(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
(実施形態1)
本発明のガラス板の製造方法の実施形態について説明する。本実施形態のガラス板の製造方法は、改質された表面を有するガラス板を製造する方法であって、450〜630℃の範囲内の温度を有するガラス板の少なくとも一方の主面に対して、フッ化水素(HF)ガス及び塩化水素(HCl)ガスを接触させるガス接触工程を含む。
【0014】
本実施形態の製造方法によって得られるガラス板には、ガス接触工程により、その表面に、波長380〜1100nmの光の透過率向上を実現可能な、例えば深さ20〜800nm程度の凹凸を含む凹凸形状が形成され得る。なお、深さ20〜800nm程度の凹凸とは、最大凸部(ガラス板の主面において、厚さ方向に対して最も突出している凸部)と最大凹部(ガラス板の主面において、厚さ方向に対して最も深く窪んだ凹部)との間の、ガラス板の厚さ方向における距離が20〜800nm程度の範囲内であるということである。以下、凹凸の深さが記載されている場合は、前記内容を意味する。また、更なる透過率の向上の観点からは、凹凸の深さは、50〜800nmが好ましく、100〜400nmがより好ましい。
【0015】
表面に深さ20〜800nm程度の凹凸を有するガラス板は、波長380〜1100nmの光に対して高い透過率を実現できる。すなわち、本実施形態の製造方法によって得られるガラス板は、波長380〜1100nmの光の透過率ゲインの平均値を0.5以上とすることができ、1.0以上とすることも可能である。ここで、本実施形態における波長380〜1100nmの光の透過率ゲインとは、前記ガス接触工程の後のガラス板の透過率の測定値から、前記ガス接触工程の前のガラス板の透過率の測定値を差し引いた値である。透過率ゲインは、一般的には1nm波長ごとに算出する。また、透過率ゲインの平均値とは、平均値を求める波長範囲(本実施形態では波長380〜1100nm)において各波長の透過率ゲインを求め、それらの値を単純平均した値である。
【0016】
ガス接触工程の第1の例について説明する。
【0017】
ガス接触工程の第1例において用いられるガスは、HFガス及びHClガスの両方を含む混合ガスである。すなわち、ガス接触工程において、ガラス板の少なくとも一方の主面に対して、HFガス及びHClガスを含む混合ガスを接触させる。混合ガスは、ガラス板の表面と1回だけ接触させてもよいし、複数回に分けて接触させてもよい。
【0018】
混合ガスに含まれるHFの濃度は、2〜6vol%が好ましく、3〜5vol%がより好ましい。なお、混合ガスに含まれるHFとして、反応途中でHFになる物質、すなわち結果としてHFを生成する物質も用いることができる。混合ガスにおけるHFの濃度が高すぎると、ガラス板の表面に形成される凹凸形状の凹凸の深さが上記範囲よりも大きくなりすぎてヘイズ率が高くなり、光拡散により十分な透過率ゲインが得られない場合がある。一方、混合ガスにおけるHFの濃度が低すぎると、ガラス板の表面に形成される凹凸形状の凹凸の深さが上記範囲よりも小さくなりすぎて、十分な透過率ゲインが得られない場合がある。
【0019】
混合ガスに含まれるHClの濃度は、0.1〜15vol%が好ましく、0.2〜5vol%がより好ましく、0.25vol%以上とすることがさらに好ましい。HClガスの濃度が高すぎると、混合ガスの取り扱いに注意を要するようになったり、設備にダメージを与えたりする場合がある。一方、混合ガスにおけるHClの濃度が低すぎると、耐熱性の改善が得られにくくなる場合がある。なお、混合ガスに含まれるHClとして、反応途中でHClになる物質、すなわち結果としてHClを生成する物質も用いることができる。
【0020】
混合ガスは、HFガス及びHClガス以外のガスを含んでいてもよい。例えば、希釈ガスとしてN
2等が含まれていてもよい。
【0021】
本発明者らは、450〜630℃の範囲内の温度を有するガラス板の表面に上記混合ガスを接触させることによって、上記のようにガラス板の表面形状を変化させ、かつ、耐熱性を強化させることができる理由について、次のように考察している。
【0022】
HFとHClとを含む混合ガスを、450〜630℃の範囲内の温度を有するガラス板の表面に接触させると、イオン交換により、混合ガス中の水蒸気や雰囲気中の水分が、プロトン(H
+)、水(H
2O)及びオキソニウムイオン(H
3O
+)等の種々の状態で、ガラス中に入り込みやすくなる(例えば以下の反応式(1))。
≡Si−O
−Na
++ H
+ ⇒ ≡Si−OH + Na
+ (1)
【0023】
さらに、混合ガス中のHFガスがガラスの基本構造であるSi−O結合を切断する、エッチング反応がおこる(以下の反応式(2))。
SiO
2(glass) + 4HF ⇒ SiF
4 + 2H
2O (2)
【0024】
反応式(1)及び(2)の反応では、ガラスの浸食や再析出等の現象も複雑に生じる。これらの要因により、ガラス板の表面に、高い透過率を実現できる凹凸形状が形成されると考えられる。
【0025】
混合ガスの供給が停止した後、生成したシラノール基が脱水されて結合していく脱水縮合反応が起きていると考えられる(以下の反応式(3))。
≡Si−OH + HO−Si≡ ⇒ ≡Si−O−Si≡ + H
2O (3)
【0026】
HClガスの触媒作用によって、この凹凸形状部分の脱水縮合反応が促進されて強固なSiO
2骨格が形成され、その結果、凹凸形状の耐熱性が向上すると考えられる。
【0027】
次に、ガス接触工程の第2の例について説明する。第2の例では、HFガスとHClガスとを別々に、ガラス板の表面に接触させる。すなわち、ガス接触工程が、HFガス接触工程と、HClガス接触工程とを含む。HFガス接触工程では、HFガスを含みかつHClガスを含まない第1ガスを、ガラス板の少なくとも一方の主面に対して接触させる。HClガス接触工程では、HClを含みかつHFガスを含まない第2ガスを、前記ガラス板の少なくとも一方の前記主面に対して接触させる。HFガス接触工程とHClガス接触工程との順番は特には限定されない。HFガス接触工程の後にHClガス接触工程を実施してもよいし、HClガス接触工程の後にHFガス接触工程を実施してもよい。また、HFガス接触工程及びHClガス接触工程の回数も、特には限定されない。したがって、例えば、HFガス接触工程→HClガス接触工程→HClガス接触工程の順で実施されてもよい。
【0028】
ガラス板の表面に第1ガスを接触させることによって、ガラス板の表面形状を変化させることができる。そのメカニズムは、第1の例の場合と同様であると考えられる。すなわち、反応式(1)及び(2)の反応、さらにこれらの反応において複雑に生じるガラスの浸食や再析出等の現象によって、ガラス板の表面に、高い透過率を実現できる上記凹凸が形成されると考えられる。
【0029】
第1ガスに含まれるHFの濃度は2〜6vol%が好ましく、3〜5vol%がより好ましい。なお、第1ガスに含まれるHFとして、反応途中でHFになる物質、すなわち結果としてHFを生成する物質も用いることができる。第1ガスにおけるHFの濃度が高すぎると、ガラス板の表面に形成される凹凸形状の凹凸の深さが上記範囲よりも大きくなりすぎてヘイズ率が高くなり、光拡散により十分な透過率ゲインが得られない場合がある。一方、第1ガスにおけるHFの濃度が低すぎると、ガラス板の表面に形成される凹凸形状の凹凸の深さが上記範囲よりも小さくなりすぎて、十分な透過率ゲインが得られない場合がある。
【0030】
第1ガスは、HFガス及び水蒸気以外のガスを含んでいてもよい。例えば、希釈ガスとしてN
2等が含まれていてもよい。
【0031】
HClガス接触工程は、HFガス接触工程で形成される透過率向上を実現する表面形状、すなわち凹凸形状の耐熱性を高めるための工程である。ガラス板の少なくとも一方の主面に、第2ガスを接触させることによって、第2ガスに含まれるHClガスの作用により上記凹凸形状の耐熱性を高めることができる。
【0032】
第2ガス中のHClガスの作用について説明する。HFガス接触工程でガラス板の表面に形成される凹凸形状は、シラノール基(≡Si−OH)を多く含んだ弱いガラス骨格を有すると想像される。HFガス接触工程とは別に実施されるHClガス接触工程で用いられるHClガスにより、この凹凸形状部分の脱水縮合が促進されて強固なSiO
2骨格が形成され、その結果、凹凸形状の耐熱性が向上すると考えられる。詳細に説明すると、ガラス板の表面にHFを接触させると、SiO
2からなるガラス骨格がエッチングされるモードと、ガラス中のNa
+とH
+(又はH
3O
+)がイオン交換するモードとが進行する。HFとの接触後は、ガラス板の表面では、生成されたシラノール基(≡Si−OH)が、脱水縮合により≡Si−O−Si≡骨格を形成していく。しかしながら、シラノール基は完全には脱水縮合されないため、第1ガスとだけ接触したガラス板の表面は、シラノール基を多数残したガラス構造、言い換えれば、水をたくさん含んだガラス骨格を有していると考えられる。HClガスには脱水縮合反応の触媒的作用があると考えられる。したがって、ガラス板の表面をHClガスに曝すことで、より短時間で効率的に脱水縮合反応が進んで凹凸の耐熱性が向上すると考えられる。
【0033】
第2ガスに含まれるHClの濃度は3〜30vol%が好ましい。第2ガスに含まれるHClの濃度は、8vol%以下であることがより好ましい。また、より高い耐熱性を付与するために、第2ガスに含まれるHClの濃度を4vol%以上とすることがより好ましい。HClの濃度を4vol%以上とすることで、ガラス板に熱処理を施しても高い透過率を維持することができる。なお、第2ガスに含まれるHClには、反応途中でHClになる物質、すなわち結果としてHClを生成する物質も用いることができる。
【0034】
第2ガスは、水蒸気を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。第2ガスは、HClガス及び水蒸気以外のガスを含んでいてもよい。例えば、希釈ガスとしてN
2等が含まれていてもよい。
【0035】
なお、上述のとおり、HClガス接触工程は、HFガス接触工程よりも前に実施されてもよいし、後に実施されてもよい。例えば、先にHClガス接触工程を実施して、その後にHFガス接触工程を実施した場合でも、HClガス接触工程において接触させた第2ガスにおけるHClガスのガラス板の表面への影響は、HFガス接触工程でガラス板の表面に凹凸形状が形成された後も残ると考えられる。したがって、この場合でも、HClガス接触工程によってHFガス接触工程で形成される凹凸形状の耐熱性を向上させることができる。ただし、HClガス接触工程をHFガス接触工程よりも前に実施すると、凹凸形状形成よりも前に脱水縮合が開始されることになるので、HClガス接触工程をHFガス接触工程よりも後に実施する場合と比較して凹凸形状が形成されにくくなる場合がある。したがって、より高い透過率ゲインを得るためには、HClガス接触工程はHFガス接触工程よりも後に実施されることが好ましい。
【0036】
ガス接触工程の第1の例及び第2の例では、共に、HFガス及びHClガスを接触させるガラス板の温度は450℃以上であることが必要である。さらに、本発明者らは、HFガス及びHClガスを接触させて、高い透過率と高い耐熱性との両方を実現する表面形状を形成するためには、ガラス板の温度に上限があることを見出した。詳細には、本発明者らは、HFガス及びHClガスを630℃を超える高温のガラス板の表面に接触させると、ガラス板の光散乱機能が増加してヘイズ率が上昇し、高い透過率が実現できないことを見出した。この理由について、本発明者らは、次のように考察している。
【0037】
HFガス及びHClガスを、630℃を超える高温のガラス板の表面に接触させると、HClとガラス中に含まれるナトリウムとが反応し、局所的にNaCl結晶が形成される(以下の反応式(4))。
≡Si−O
−Na
++ HO−Si≡ + HCl ⇒ ≡Si−O−Si≡ + NaCl + H
2O(4)
【0038】
NaClの存在する箇所では、NaClが存在しない箇所と比べて、HFによるガラスのエッチング反応(上記反応式(2))が遅くなり、ガラス板の表面においてHFによるガラスのエッチング反応の速度に差が生じると考えられる。ガラス材料の温度が高いほど、NaCl形成速度及びエッチング反応速度が大きい。したがって、ガラス材料の温度が高すぎると、ガラス材料の表面に、凹凸の高低差が1〜3μm程度と大きい、不規則的な凹凸を含む凹凸形状が形成されてしまう。
【0039】
しかしながら、本発明者らは、例えば、630℃以下の処理温度にてガラス板にガスを接触させることで、NaCl形成速度を低く抑えることが可能であり、微小なNaClが形成されるため、光拡散を抑えた凹凸形状の形成が可能である点を見出した。具体的には、光散乱率(ヘイズ率)を10%以下にできる凹凸形状の形成が可能であることを見出した。
【0040】
ガス接触工程で使用されるHFガスを含むガス(第1の例では混合ガス、第2の例では第1ガス)は、水蒸気を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。ただし、HFガスを含むガスが水蒸気を含んでいる場合は、HFガスに対する水蒸気の体積比(水蒸気の体積/HFガスの体積)が8未満である必要がある。水蒸気の体積がHFガスの体積の8倍以上になると、ガラス板の表面に凹凸のない平坦な層が形成されてしまうので、得られる透過率ゲインが低くなってしまい実用性に乏しくなるからである。HFガスを含むガスとガラス板との接触時に、水蒸気の量がHFガスの量の8倍以上となると、上記反応式(2)で表されるガラスのエッチング反応が進みにくくなり、その結果、凹凸形状が形成されなくなると考えられる。より高い透過率ゲインを得るために、HFガスに対する水蒸気の体積比は5以下が好ましく、2以下がより好ましい。
【0041】
ガスとガラス材料との接触時間は、特には限定されないが、例えば2〜8秒が好ましく、3〜6秒がより好ましい。接触時間が長すぎると、ガラス板の表面に形成される凹凸形状の凹凸の深さが大きくなりすぎてヘイズ率が高くなり、光拡散により十分な透過率ゲインが得られない場合がある。一方、接触時間が短すぎると、ガラス材料の表面に形成される凹凸形状の凹凸の深さが小さくなりすぎて、十分な透過率ゲインが得られない場合がある。例えば混合ガスを複数回に分けてガラス板の表面に接触させる場合は、その処理の合計時間を例えば上記時間範囲内とするとよい。
【0042】
ガス接触工程を経たガラス板を冷却することにより、ガラス板を得ることができる。冷却方法は、特には限定されず、公知のガラス板の製造方法によって実施される冷却方法を用いることができる。
【0043】
本実施形態の製造方法によって製造されるガラス板は、高い透過率と高い耐熱性との両方を備えている。したがって、製造されたガラス板に対してさらなる熱処理が施された場合でも、透過率が大きく低下することはなく、高い透過率が維持される。
【0044】
本実施形態のガラス板の製造方法は、例えばフロート法によるガラス板の製造に適用することが可能である。すなわち、本実施形態のガラス板の製造方法のガス接触工程は、溶融金属上で板状に成形された状態のガラス板の主面の少なくとも一方に、ガスを接触させることによって、実施してもよい。これは、例えば
図1に示す装置を用いて実現できる。以下、本実施形態のガラス板の製造方法を、フロート法によるガラス板の製造に適用した例について説明する。
【0045】
フロート窯11で溶融されたガラス材料(溶融ガラス)は、フロート窯11からフロートバス12に流れ出し、ガラスリボン(ガラス材料が板状に成形されたものであり、本実施形態のガラス板の製造方法における「ガラス板」に相当する。)10となって溶融錫(溶融金属)15上を移動して半固形となった後、ローラ17により引き上げられて徐冷炉13へと送り込まれる。徐冷炉13で固形化したガラスリボンは、図示を省略する切断装置によって所定の大きさのガラス板へと切断される。
【0046】
溶融錫15上の高温状態のガラスリボン10の表面から所定距離を隔てて、所定個数の吹付部16(図示した装置では3つの吹付部16a,16b,16c)が、フロートバス12内に配置されている。これらの吹付部16a〜16cの少なくとも1つの吹付部から、ガラスリボン10上に連続的にガス(HFガス及びHClガスを含む混合ガス、HFガスを含む第1ガス、又は、HClガスを含む第2ガス)が供給される。吹付部16a〜16cの付近を通過する溶融錫15上のガラスリボン10の温度は、450〜630℃の範囲内に設定されている。
【0047】
図1に示す装置においては、ガラス板を冷却する工程は徐冷炉13で実施される。
【0048】
ガラス板には、フロート法が適用可能なガラス組成を有する公知のガラス材料を用いることができる。例えば一般的なソーダライムガラス及びアルミノシリケートガラス等を用いることができ、一般的にナトリウムが成分として含まれている。例えば、一般的なクリアガラスや低鉄ガラスなどを用いることができる。また、成形される板状のガラス材料の厚さは、製造するガラス板の厚さに応じて適宜決定されるため、特には限定されない。最終的に得られるガラス板の厚さは、特には限定されないが、例えば0.3〜25mmの厚さとできる。
【0049】
なお、本実施形態では、吹付部16が溶融錫15上の高温状態のガラスリボン10の表面から所定距離を隔てて配置されているが、吹付部16は徐冷炉13に配置されていてもよい。すなわち、ガラス板の表面にガスを接触させるガス接触工程は、徐冷工程において実施されることも可能である。
【0050】
本実施形態の製造方法によれば、ガラス板の表面に、特定のガスを接触させるという非常に簡便な処理を実施するだけで、耐熱性が向上した高い透過率を有するガラス板を製造できる。また、本実施形態の製造方法は、上述のとおり、ガラス板の連続製造方法であるフロート法の製造ラインを利用して実施することも可能である。このように、本発明の製造方法によれば、従来の方法と比較して、製造効率を大幅に低下させることなく、かつ製造コストの上昇を低く抑えながら、より簡便に、耐熱性が向上した高い透過率を有するガラス板を提供することができる。
【0051】
(実施形態2)
本発明のガラス板の実施形態について説明する。本実施形態のガラス板は、少なくとも一方の主面に凹凸形状を有している。この凹凸形状は、450〜630℃の範囲内の温度を有するガラス板の少なくとも一方の主面に、HFガスを接触させることによって形成されたものである。凹凸形状に含まれる凹凸の深さ等は、実施形態1で説明した凹凸と同じであるので、ここでは凹凸形状についての詳細な説明を省略する。本実施形態のガラス板を、前記主面の温度が室温からガラス板のガラス転移点+92℃になるまで220秒間かけて加熱し、その直後に室温で自然冷却した場合に、本実施形態のガラス板の、波長380〜1100nmの光に対する透過率ゲインの平均値は、0を超える。すなわち、本実施形態のガラス板は、熱処理が施された場合でも、その表面に形成された凹凸形状に起因する高い透過率を維持することが可能な、耐熱性が向上した高い透過率を有するガラス板である。なお、本実施形態における透過率ゲインとは、本実施形態のガラス板の透過率の測定値から、同一厚さ及び同一組成を有し、かつ主面に前記凹凸形状を有さないガラス板(対照ガラス板)の透過率の測定値を差し引いた値である。透過率ゲインは、一般的には1nm波長ごとに算出する。また、透過率ゲインの平均値とは、平均値を求める波長範囲(本実施形態では波長380〜1100nm)において各波長の透過率ゲインを求め、それらの値を単純平均した値である。
【0052】
ガラス板の表面にHF等のフッ素原子を含む物質を接触させて凹凸形状を形成し、その凹凸形状によって高い透過率を実現している従来のガラス板は、その後に施される熱処理等で高温に曝されると、その凹凸形状を維持することができずに透過率を大幅に低下させてしまう。これに対し、本実施形態のガラス板は、HFガスを接触させることによって形成された凹凸形状を有しているにも関わらず、上述のとおり高い耐熱性を有している。したがって、本実施形態のガラス板は、熱処理が施される熱処理用のガラス板としての使用が可能であるので、その用途が広い。
【0053】
ここでいう熱処理は、例えば風冷強化のための熱処理であってもよい。
【0054】
ガラス板のヘイズ率が高すぎると、高い透過率を得ることが困難になる。したがって、本実施形態のガラス板は、ヘイズ率が10%未満であることが望ましい。
【0055】
本実施形態のガラス板は、例えば実施形態1の製造方法によって製造することが可能である。
【0056】
本実施形態のガラス板は、様々な用途へ適用することが可能であり、例えば太陽電池用ガラス板、ショーウィンドウ用ガラス板、低摩擦ガラス板及び耐指紋性ガラス板などに適用できる。例えば、本実施形態のガラス板を、太陽光について高い透過率が求められる太陽電池用ガラス板及びショーウィンドウ用ガラス板に適用する場合は、波長400nm〜800nmの光に対する透過率ゲインの平均値が1.0%以上となるようにする。すなわち、本実施形態のガラス板を、当該ガラス板と同一厚さ及び同一組成を有し、かつ主面に凹凸形状を有さない対照ガラス板と比較した場合に、波長400nm〜800nmの光の透過率が1.0%以上高くなるようにする。また、本実施形態のガラス板を、タッチパネル用のガラス基板などのように、低摩擦や耐指紋性が求められる低摩擦用ガラス板及び耐指紋性ガラス板に適用する場合は、ガラス板の主面に設けられる凹凸形状が深さ20nm〜200nmの凹凸を含むようにする。
【実施例】
【0057】
以下、本発明について実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明は、本発明の要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0058】
[ガラス板の製造方法]
(実施例1〜8)
フロート法によって、厚さ3mmのガラス板を製造した。まず、主なガラス組成が、質量%で、SiO
2:70.8%、Al
2O
3:1.0%、CaO:8.5%、MgO:5.9%、Na
2O:13.2%、となるように調合したガラス材料を溶融し、フロートバスの溶融錫上で溶融したガラス材料をガラスリボンへと成形した。なお、このガラス材料のTgは558℃であった。本実施例では、ガラスリボンを切断して得た厚さ3mmのガラス板の一方の主面に対し、ガラス板製造ラインとは別のラインで、ガス(HFガス及びHClガスを含む混合ガス)を吹付けた。すなわち、本実施例では、オフラインでガスの吹付けが実施された。本実施例におけるガスの吹付けには、
図2に示すような、ガラス板を搬送する搬送機構21と、搬送されているガラス板22の表面にガスを吹付けることができる吹付部23とを備えた装置20を用いた。装置20には、搬送されるガラス板22を加熱できる加熱機構(図示せず)が設けられていた。ガラス板22は、所定の温度(450〜630℃の範囲内)に加熱された状態で、180℃に暖められたガスと所定の時間接触した。各実施例における処理条件(吹付けたガスの成分)、HFガスに対する水蒸気の体積比(H
2O/HF)、ガス接触時のガラス板の温度、ガスの接触時間を表1に示す。なお、吹付けた各ガスには、希釈ガスとしてN
2ガスが用いられた。すなわち、表1に示したガスの成分以外の残部は、全てN
2ガスであった。HClガスには99.99%のHClガスを用いた。HFガスは、55質量%のHF水溶液を気化させたものであった。
【0059】
(実施例9〜11)
実施例1〜8と同じ方法で作製したガラス板に対して、同じ装置20を用いてガスの吹付けを行った。ただし、実施例9〜11では、HFガス及びHClガスを含む混合ガスではなく、HFガス及びHClガスを別々にガラス板の表面に吹付けた。すなわち、HFガスを含みかつHClガスを含まない第1ガスと、HClガスを含みかつHFガスを含まない第2ガスとを、別々にガラス板に吹付けた。実施例9及び10では第1ガス→第2ガスの順、実施例11では第2ガス→第1ガスの順であった。実施例9〜11における処理条件(吹付けたガスの成分)、HFガスに対する水蒸気の体積比(H
2O/HF)、ガス接触時のガラス板の温度、ガスの接触時間を表1に示す。なお、吹付けた各ガスには、希釈ガスとしてN
2ガスが用いられた。すなわち、表1に示したガスの成分以外の残部は、全てN
2ガスであった。HClガスには99.99%のHClガスを用いた。HFガスは、55質量%のHF水溶液を気化させたものであった。
【0060】
(比較例1〜11)
実施例1〜8と同じ方法で作製したガラス板に対して、同じ装置20を用いてガスの吹付けを行った。実施例1〜8と同様に、ガスの吹付けが行われた。各比較例における処理条件(吹付けたガスの成分)、HFガスに対する水蒸気の体積比(H
2O/HF)、ガス接触時のガラス板の温度、ガスの接触時間を表1に示す。なお、吹付けた各ガスには、希釈ガスとしてN
2ガスが用いられた。すなわち、表1に示したガスの成分以外の残部は、全てN
2ガスであった。HClガスには99.99%のHClガスを用いた。HFガスは、55質量%のHF水溶液を気化させたものであった。
【0061】
[評価方法]
(熱処理前後の透過率ゲインの平均値)
実施例1〜11及び比較例1〜11のガラス板について熱処理を実施し、熱処理前の透過率ゲインの平均値と、熱処理後の透過率ゲインの平均値とを求めた。ガラス板に対して実施した熱処理の方法、及び、透過率ゲインの平均値を求める方法は、以下のとおりである。
【0062】
まず、熱処理について説明する。雰囲気温度を760℃に設定可能な電気炉に、50mm×50mmに切断されたガラス板のサンプルを、10枚セットした。ガラス板の表面温度は、炉に投入された直後から上昇した。サンプルのガラス板を、その表面温度が室温から650℃(ガラス板のガラス転移点(558℃)+92℃)に至るまで220秒間かけて加熱し、その直後に室温で自然冷却した。なお、ガラス転移点+92℃は、風冷強化温度を想定して設定された温度である。
【0063】
次に、透過率ゲインの平均値を求める方法について説明する。実施例1〜11及び比較例1〜11のガラス板について、波長380〜1100nmの光に対する透過率ゲインの平均値を求めた。まず、透過率ゲインを求めるために、日立ハイテクノロジーズ製U4100分光光度計を用いて、ガスの吹付けが行われる前(ガス接触前)のガラス板の透過率、ガスの吹付けが行われた後であって熱処理前(ガス接触後)のガラス板の透過率、及び、熱処理後のガラス板の透過率を、それぞれ、波長380〜1100nmにおいて1nmおきに測定した。波長ごとに、ガス接触後のガラス板の透過率からガス接触前のガラス板の透過率を差し引いて、熱処理前の透過率ゲインを計算した。その後、380〜1100nmの透過率ゲインを単純平均して、熱処理前の透過率ゲインの平均値を求めた。また、波長ごとに、熱処理後のガラス板の透過率からガス接触前のガラス板の透過率を差し引いて、熱処理後の透過率ゲインを計算した。その後、380〜1100nmの透過率ゲインを単純平均して、熱処理後の透過率ゲインの平均値を求めた。結果を表1に示す。なお、本実施例において、ガス接触前のガラス板の透過率とは、ガス接触による凹凸形状が形成されていないガラス板の透過率、すなわち実施形態2で説明した対照ガラス板の透過率と同じである。
【0064】
(熱処理前のヘイズ率)
実施例1〜11及び比較例1〜11のガラス板について、ガスの吹付けが行われた後であって熱処理前に、ガードナー社製「ヘイズガードプラス」を用い、C光源を用いてヘイズ率を測定した。結果を表1に示す。
【0065】
【表1】
【0066】
本発明の製造方法の条件を全て満たしている実施例1〜11の製造方法によって製造されたガラス板は、熱処理後でも高い透過率ゲインを得ることができた。すなわち、実施例1〜11の製造方法によって製造されたガラス板は、高い耐熱性と高い透過率とを備えたガラス板であった。
【0067】
一方、本発明の製造方法の条件を満たしていない比較例1〜11の製造方法によって製造されたガラス板では、熱処理後の透過率ゲインが0以下であった。すなわち、比較例1〜11の製造方法によって製造されたガラス板は、熱処理後に高い透過率を維持することができない、耐熱性の低いものであった。
【0068】
以下に、実施例及び比較例の結果をより詳しく考察する。
【0069】
実施例1〜5と比較例1及び2とは、ガラス板の温度以外の条件は全て同じであった。ガラス板の温度が450℃の実施例1とガラス板の温度が400℃の比較例1とを対比すると、ガラス板の温度が低下すると、ヘイズ率はほぼ同じであったが、熱処理前の透過率ゲインの平均値は0.8%から0.2%に低下し、熱処理後の透過率ゲインの平均値は0.5%から0.0%に低下した。これは、ガスと接触するガラス板の温度が低すぎると、高い透過率を実現するための凹凸形状をガラス板の表面に形成できないためであると考えられる。また、ガラス板の温度が630℃の実施例5とガラス板の温度が660℃の比較例2とを対比すると、ガラス板の温度の上昇により、ヘイズ率は4.9%から16.2%に上昇し、熱処理前の透過率ゲインの平均値は1.0%から−1.2%に低下し、熱処理後の透過率ゲインの平均値は0.6%から−1.8%に低下した。これは、ガラス板の温度の上昇によってヘイズ率が上昇したことにより、光散乱による透過率の減少幅が拡大したためである。
【0070】
実施例1〜5及び比較例1,2のガラス板と、比較例3〜9のガラス板とで、ガス吹付け時のガラス板の温度が同じもの同士を対比する。なお、実施例1〜5及び比較例1,2で用いたガスと、比較例3〜9で用いたガスとは、HClの有無を除いて同じであった。HFガス及びHClガスの両方に接触させたガラス板は、HClガスを含まないガスに接触させたガラス板と比較して、熱処理後の透過率ゲインの平均値が高かった。ガス吹付け時のガラス板の温度変化及び吹付けるガスにおけるHClの有無と、透過率ゲインの平均値との関係を、
図3(熱処理前)及び
図4(熱処理後)に示す。
図3に示すように、ガスがHClを含むか含まないかに関わらず、ガス吹付け時のガラス板の温度を450〜630℃とすることで、熱処理前のガラス板は0.5%以上の透過率ゲインの平均値を有していた。しかし、このガラス板に対して、風冷強化を想定した熱処理を施すと、
図4に示すように、ガス吹付け時のガラス板の温度を450〜630℃としたガラス板のうち、吹付けられたガスにHClガスが含まれなかったガラス板は、透過率ゲインの平均値が0%以下に低下してしまった。これに対し、吹付けられたガスにHFガス及びHClガスの両方が含まれていたガラス板は、0%を超える透過率ゲインの平均値を維持していた。
【0071】
吹付けるガスにHFガスが含まれなかった比較例11のガラス板は、ガス吹付け時のガラス板の温度が630℃であったにも関わらず、そもそも熱処理前の透過率ゲインの平均値が低かった。これは、HFガスによるガラス表面の凹凸形状の形成が成されなかったため、ガラス板が凹凸形状による低反射の効果を得ることができず、その結果、高い透過率ゲインが得られなかったと考えられる。
【0072】
実施例5と比較例10とは、ガス中のH
2O量が異なる点以外は、全て同じ条件であった。これら実施例5と比較例10とを対比すると、ガス中のH
2O量の増加により、ヘイズ率は4.9%から0.20%に減少し、熱処理前の透過率ゲインの平均値は1.0%から0.6%に低下し、熱処理後の透過率ゲインの平均値は0.6%から0.0%に低下した。これは、ガス中に、HFに対して多量のH
2Oが存在すると、HFによるガラスのエッチング反応が阻害されて、ガラス表面に凹凸形状は形成されずに、平坦な層が形成されるためである。ガラス表面に凹凸形状が形成されなければ、凹凸形状による低反射の効果は得られず、高い透過率ゲインを得ることができない。なお、比較例10ではH
2O/HF体積比は15であるが、体積比8を境に徐々に表面に凹凸形状が形成されるようになり、5以下ではガラス表面の凹凸形状の形成が顕著になることも、本発明者らによって確認されている。
【0073】
ガラス板の温度以外の条件が全て同じである実施例1〜5を対比することにより、ガラス板の温度が高くなるほどヘイズ率が上昇することが確認された。これは、ガラス板の温度が高いほど、NaCl形成速度及びエッチング反応速度が大きいため、ガラス板の表面により大きな凹凸が形成されるためである。
【0074】
実施例6によれば、混合ガスを用いる場合、ガス中のHCl濃度が0.25vol%の場合に、熱処理後の透過率ゲインの平均値は0.6%となり、耐熱性の改善が確認された。実施例4と実施例6と実施例7とを対比すると、HCl濃度が高くなるほど熱処理前の透過率ゲインの平均値は低下したが、いずれの実施例でも熱処理後の透過率ゲインの平均値は0.6%以上であり、高い光透過率及び高い耐熱性の両方が実現できていた。