特許第6431533号(P6431533)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6431533遺伝物質、特にDNA/RNAへの結合及びその放出のための新規ポリ(エチレンイミン)系コポリマー、並びに該コポリマーの製造方法及び使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6431533
(24)【登録日】2018年11月9日
(45)【発行日】2018年11月28日
(54)【発明の名称】遺伝物質、特にDNA/RNAへの結合及びその放出のための新規ポリ(エチレンイミン)系コポリマー、並びに該コポリマーの製造方法及び使用
(51)【国際特許分類】
   C08G 73/04 20060101AFI20181119BHJP
   A61K 47/34 20170101ALI20181119BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALN20181119BHJP
   A61K 48/00 20060101ALN20181119BHJP
   A61P 43/00 20060101ALN20181119BHJP
【FI】
   C08G73/04
   A61K47/34
   !A61K31/7088
   !A61K48/00
   !A61P43/00
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-519856(P2016-519856)
(86)(22)【出願日】2014年10月2日
(65)【公表番号】特表2016-533409(P2016-533409A)
(43)【公表日】2016年10月27日
(86)【国際出願番号】DE2014000500
(87)【国際公開番号】WO2015048940
(87)【国際公開日】20150409
【審査請求日】2017年8月2日
(31)【優先権主張番号】102013016750.7
(32)【優先日】2013年10月2日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】518316594
【氏名又は名称】スマートダイリバリー ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】110002169
【氏名又は名称】彩雲国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】エングラート,クリストフ
(72)【発明者】
【氏名】タウハルト,ルッツ
(72)【発明者】
【氏名】ゴットシャルク,ミハイル
(72)【発明者】
【氏名】シューベルト,ウーリッヒ エス.
【審査官】 楠 祐一郎
(56)【参考文献】
【文献】 特表2011−527727(JP,A)
【文献】 国際公開第2005/109248(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/123384(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/137736(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/057628(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/162366(WO,A1)
【文献】 Tim R.Dargaville et.al,Poly(2-oxazoline) Hydrogel Monoliths via Thiol-ene Coupling,Macromol. Rapid Commun.,2012年,33,1695-1700
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 73/04
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝物質、特にDNA/RNAへの結合及びその放出のための新規なポリ(エチレンイミン)系コポリマーであって、エチレンイミン単位と2−オキサゾリン単位からなり、式I:
【化1】
(式中、a、bは各モノマー単位の比率(a、b>0)を表し、dは側鎖長(1〜20)を表し、Xは2−オキサゾリン単位の官能基(二重結合又は三重結合による)を表し、コポリマーの鎖長は2単位〜1,000,000単位である)で表される化合物であることを特徴とするコポリマー。
【請求項2】
請求項1に記載の新規なポリ(エチレンイミン)系コポリマーにおいて、式IIで表される異なるオキサゾリン単位:
【化2】
(式中、a、b、cは各モノマー単位の比率(a、b、c>0)を表し、dは側鎖長(1〜20)を表し、Xは2−オキサゾリン単位の官能基(二重結合又は三重結合による)を表し、RはH又は有機残基(例えばアルキルやアリール)を表し、コポリマーの鎖長は2単位〜1,000,000単位である)を含むコポリマー。
【請求項3】
遺伝物質、特にDNA/RNAへの結合及びその放出のための新規なポリ(エチレンイミン)系コポリマーであって、エチレンイミン単位と2−オキサゾリン単位からなるコポリマーの製造方法であって、式IIIの合成スキーム:
【化3】
であることを特徴とする方法。
【請求項4】
酸が−OH又は−NHSの場合、活性化剤、特にEDC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド)又はDCC(ジシクロヘキシルカルボジイミド)の存在下で官能基を導入する、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
次式:
【化5】
で表される不飽和酸無水物又はハロゲン化物(−Cl、−Br、−I)による後続の官能化を経由して官能性側鎖を導入する、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
遺伝物質への結合及びその放出のための基質、特にビーズ又は粒子の表面の官能化のための、請求項1又は2に記載の新規なポリ(エチレンイミン)系コポリマーの使用。
【請求項7】
遺伝物質への結合及びその放出のためのヒドロゲル層構造体、特にビーズ又は粒子の調製のため、或いは該構造体の成分としての、請求項1又は2に記載の新規なポリ(エチレンイミン)系コポリマーの使用。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エチレンイミン単位と2−オキサゾリン単位からなるポリ(エチレンイミン)をベースとするコポリマー(以下、ポリ(エチレンイミン)系コポリマーと称する)であって、公知のポリ(エチレンイミン)系コポリマー(PEI)と比較して驚くべき高機能性を有する新規なポリ(エチレンイミン)系コポリマーに関する。この種のPEIはDNA/RNAへ結合及びそれを放出することが知られている。本発明は更にこれらコポリマーの製造方法及び機能特異的な使用も関する。
本発明のポリ(エチレンイミン)系コポリマーは、例えば表面の官能基化や移動分析用のDNAチップシステムの開発に、更にはセンサの防汚コーティング材として用いることができる。
【背景技術】
【0002】
2−(3−ブテニル)−2−オキサゾリンはモノマーとして既に知られている(A.グレス、A.フェルケル、H.シュラート;ポリ[2−(3−ブテニル)−2−オキサゾリン]のチオクリック修飾、マクロモレキュールズ 40、2007、7928〜7933)。このモノマーは、塩酸(2−クロロエチルアミン)をN−スクシンイミジル−4−ペンテネートで官能化した後、閉環することにより製造される。この3段階で製造されるモノマーである2−(3−ブテニル)−2−オキサゾリンを重合するとポリ(2−(3−ブテニル)−2−オキサゾリン)が得られる。このホモポリマーは時間がかかる製造プロセスによって得られるが、遺伝物質、特にDNA/RNAへの結合に必要な非結合のアミン基は含まない。
【0003】
ポリ(エチレンイミン)系コポリマーのN−イソプロピルアクリルアミドによる官能基化は、所謂マイケル反応によって行えることも知られている(H.ティアン、F.リ、J.チェン、Y.フアン、X.チェン:効果的な遺伝子キャリアーとしてのN−イソプロピルアクリルアミド修飾ポリ(エチレンイミン)、マクロモレキュラー・バイオサイエンス 12、2012、1680〜1688)。このように合成された誘導体はプラスミドDNAに対して結合親和性を示す。しかし、上述のマイケル反応によるPEIの官能基化によれば、結合能を有する多重結合が存在しない側鎖が生成してしまうため、この官能基化の利用は限定的となる。特にこのような方法では、遺伝物質への結合及びその放出のための、官能化表面を有する基質や形状を有するヒドロゲル(例えばビーズ、粒子、他)を製造することができない。
【0004】
また、温和な条件下でN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)或いはやや高極性のN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)がカルボキシル含有成分(例えばブタン酸)と反応して、所謂「アミノアシルエステル」を生成することも知られている(D.セーガル、I.K.ヴィジャイ:水溶性カルボジイミドを介する高効率アミド化の方法、Anal.Biochem.、218、1994、87〜91)。
このようなアミノアシルエステルを用いれば、アミノ基を官能化できるが、この官能化は1級アミノ基のみに限られる。更に、官能化側鎖のポリマーへの導入については記載されていない。上述のように、この場合にも多重結合は生成せず、遺伝物質(特にDNA/RNA)への結合及びその放出のための、官能化表面を有する基質や形状を有するヒドロゲル(例えばビーズ、粒子、他)を製造することができない。
【0005】
更に、アセテート、ブタノエート及びヘキサノエートを用いるEDAC/NHSによる分枝PEIの官能基化も知られている(A.M.ドゥーディ、J.N.コーレイ、K.P.ダン、P.N.ザワネー、D.パットナム:インヴィトロでのDNAデリバリーのための炭化水素共役分枝ポリエチレンイミンの構造/機能パラメータスペースの特性化、J.Control.Release 116、2006、227〜237)。前述のように、ここでも官能化は1級アミノ基のみに限られる。また、無水酢酸、無水プロピオン酸及び無水ブタン酸を用いるポリエチレンイミンの官能基化も知られている(S.ニメッシュ、A.アッガルワル、P.クマール、Y.シン、K.C.グプタ、R.チャンドラ:アシル化PEIナノ粒子が介在するトランスフェクションに及ぼすアシル鎖の鎖長の影響、Int.J.Pharm. 337、2007、265〜274)。どちらの場合もDNA/RNA等の遺伝物質に対して結合親和性が示されたが、導入された側鎖の多重結合については記載されておらず、従って前述の使用機能性が限定的であるという問題点は依然として存在する。
【0006】
また、分解速度を調整できるポリアルキレンイミンヒドロゲルが知られている(M.カルナハン、J.Butlin:分解速度を調整可能な架橋ポリアルキレンイミンヒドロゲル、WO2009/102952A2)。ここで、官能基化の様式が異なる(反応プロセスは示されず)ポリアルキレンイミン、即ち分枝ポリエチレンイミンは、活性化ポリエチレングリコールにより架橋し、PEIの当初のアミン基の一部のみが次の生化学的応用に利用される。架橋の程度は、出発ポリマーと架橋剤の量比により間接的に制御されるだけである。このプロセスにおいては、ヒドロゲルネットワークの合成に力点が置かれている。その後の、例えば遺伝物質への結合及びその放出のための、形状を有するヒドロゲルの表面に対して存在する機能の利用や、該ヒドロゲルの合成に関しては詳細に述べられていない。
【0007】
また、ポリ(N−アセチルエチレンイミン)のアルカリ部分加水分解が知られている(Y.チュウジョウ、Y.ヨシフジ、K.サダ、T.サエグサ:2−メチル−2−オキサゾリンからの新規なノニオン性ヒドロゲル、マクロモレキュールズ 22、1989、1074〜1077)。既に記載したように、ポリマーネットワークへの後続の架橋反応は存在するエチレンイミン単位を介してのみ可能である。従って、遺伝物質への結合及び後のその放出はもはや実現しない。この調製されたヒドロゲル中の非結合のエチレンイミン単位は正確には定量できない。更に、ポリマーに導入された官能化側鎖についての記載はなく、表面官能化等の応用は除外される。加水分解プロセスにおいては、不飽和官能性を有する側鎖の導入は不可能である。
【0008】
ポリエチレンイミンのアルキル化及びアシル化、及びこれらコポリマーからのプラスミドDNAの放出に関する分析についてはよく知られている(M.トーマス、A.M.クリバノフ:ポリエチレンイミンによる哺乳類細胞へのプラスミドDNAデリバリーの向上、PNAS 99、2002、14640〜14645)。ここでもまた、不飽和官能基の導入と、架橋剤によるコポリマーのヒドロゲルへの転化の可能性については記載がない。
【0009】
更に、無水酢酸を介するポリエチレンイミンの部分アセチル化については詳細に解析されている(M.L.フォレスト、G.E.マイスター、J.T.ケーバー、D.W.パックル、「ポリエチレンイミンの部分アセチル化はインヴィトロの遺伝子デリバリーを増強する」、Pharm.Res.21、2004、365〜371)。側鎖に多重結合がないことから、上述のように、これまでにあった使用可能性についての限定が存在するため好ましくない。
【0010】
更に、単官能、2官能又は多官能成分による分枝ポリエチレンイミンの官能化と架橋についても述べられている(P.タルカ、T.メルダン、E.ワグナー、J.クレックナー;siRNAデリバリーのための化学修飾ポリカチオンポリマー、WO 2007/084797)。マイケル反応による不飽和の官能基の導入の可能性は記載されているものの、実際の導入に関する記載はない。従って、ここでも、これらのポリマーが、遺伝物質、特にDNA/RNA等への結合及びその放出のために有用なヒドロゲル(例えば、ビーズ、粒子、他)の表面官能基化や構造化に対して応用できるか否かは述べられていない。更に、既存の結合可能なポリエチレンイミン単位は架橋剤によりコポリマーに結合される。
【0011】
長鎖酸ハロゲン化物による官能基化も知られている(L.ヤン、W.T.S.ハック、X.M.ツァオ、G.M.ホワイトサイズ:ミクロコンタクトプリンティング技法による反応性SAM上のポリ(エチレンイミン)薄膜のパターニング、ラングミュイア 15、1999、1208〜1214)。しかし、側鎖に多重結合がないことや、関連する応用の可能性が失われているという問題点を依然として伴う。
【0012】
種々の組成を有する水溶性コポリマーの合成が知られている(WO2011/162366A1)。分枝ポリエチレンイミンに多重結合を導入することが記載されてはいるものの、側鎖のエチレングリコール単位に関してのみであり、この導入の目的は水溶性ポリマーの合成にある。遺伝物質の化学結合は、特に長い側鎖の場合、正電荷密度のパーセント刻みでの減少により非常に制限される。望ましい溶解特性は非常に多数のエチレングリコール単位によって達成されるが、特にDNAの場合は結合が困難となる。にもかかわらず、遺伝物質の最も高効率の結合を達成するためには、コポリマーのエチレンイミン比率をある程度まで上げる必要がある。しかし、この組成から出発しても水溶性に関しては達成不可能である。不飽和官能化コポリマーの応用(例えばヒドロゲルの形成)については述べられていない。
【0013】
更に、ポリ(2−オキサゾリン)の部分加水分解が知られている(F.ヴィースブロック、F.シュテルツァー、C.スルゴヴィッチ、N.ヌーモフィディ、V.カルテンハウザー、E.クロイツヴィースナー、K.ラメトシュタイナー:ポリ(2−置換)オキサゾリンを主成分とするコンタクト式殺生物剤の使用、WO2012/149591)。この反応方法からでは多重結合を有するコポリマーは合成できない。必要とされる条件下では、多重結合の官能基は加水分解によって分解される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】M.カルナハン、J.Butlin:分解速度を調整可能な架橋ポリアルキレンイミンヒドロゲル、WO2009/102952A2
【特許文献2】P.タルカ、T.メルダン、E.ワグナー、J.クレックナー;siRNAデリバリーのための化学修飾ポリカチオンポリマー、WO 2007/084797
【特許文献3】WO2011/162366A1
【特許文献4】F.ヴィースブロック、F.シュテルツァー、C.スルゴヴィッチ、N.ヌーモフィディ、V.カルテンハウザー、E.クロイツヴィースナー、K.ラメトシュタイナー:ポリ(2−置換)オキサゾリンを主成分とするコンタクト式殺生物剤の使用、WO2012/149591
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】A.グレス、A.フェルケル、H.シュラート;ポリ[2−(3−ブテニル)−2−オキサゾリン]のチオクリック修飾、マクロモレキュールズ 40、2007、7928〜7933
【非特許文献2】H.ティアン、F.リ、J.チェン、Y.フアン、X.チェン:効果的な遺伝子キャリアーとしてのN−イソプロピルアクリルアミド修飾ポリ(エチレンイミン)、マクロモレキュラー・バイオサイエンス 12、2012、1680〜1688
【非特許文献3】D.セーガル、I.K.ヴィジャイ:水溶性カルボジイミドを介する高効率アミド化の方法、Anal.Biochem.、218、1994、87〜91
【非特許文献4】A.M.ドゥーディ、J.N.コーレイ、K.P.ダン、P.N.ザワネー、D.パットナム:インヴィトロでのDNAデリバリーのための炭化水素共役分枝ポリエチレンイミンの構造/機能パラメータスペースの特性化、J.Control.Release 116、2006、227〜237
【非特許文献5】S.ニメッシュ、A.アッガルワル、P.クマール、Y.シン、K.C.グプタ、R.チャンドラ:アシル化PEIナノ粒子が介在するトランスフェクションに及ぼすアシル鎖の鎖長の影響、Int.J.Pharm. 337、2007、265〜274
【非特許文献6】Y.チュウジョウ、Y.ヨシフジ、K.サダ、T.サエグサ:2−メチル−2−オキサゾリンからの新規なノニオン性ヒドロゲル、マクロモレキュールズ 22、1989、1074〜1077
【非特許文献7】M.トーマス、A.M.クリバノフ:ポリエチレンイミンによる哺乳類細胞へのプラスミドDNAデリバリーの向上、PNAS 99、2002、14640〜14645
【非特許文献8】M.L.フォレスト、G.E.マイスター、J.T.ケーバー、D.W.パックル、「ポリエチレンイミンの部分アセチル化はインヴィトロの遺伝子デリバリーを増強する」、Pharm.Res.21、2004、365〜371
【非特許文献9】L.ヤン、W.T.S.ハック、X.M.ツァオ、G.M.ホワイトサイズ:ミクロコンタクトプリンティング技法による反応性SAM上のポリ(エチレンイミン)薄膜のパターニング、ラングミュイア 15、1999、1208〜1214
【非特許文献10】T.R.ダガヴィユら、「チオール−エンカップリングによるポリ(2−オキサゾリン)ヒドロゲルモノリス」、Macromol. Rapid Commun.、33、2012、1695〜700
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
従って、本発明の目的は、低コスト且つ短時間で製造可能で、目的にかなっており、広範囲に有効な使用のための高度な官能性を有する新規なポリ(エチレンイミン)系コポリマーを製造することにある。遺伝物質、特にDNA/RNAへの本コポリマーの結合能は特に限定されない。
【0017】
例えば、DNA/RNAへの高い結合親和性を有するポリ(エチレンイミン)系コポリマーからヒドロゲルを製造することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上の目的は、遺伝物質、特にDNA/RNAへの結合及びその放出のための新規なポリ(エチレンイミン)系コポリマーにより達成される。本コポリマーは、エチレンイミン単位と2−オキサゾリン単位からなり、式I:
【0019】
【化1】
【0020】
(式中、a、bは各モノマー単位の比率(a、b>0)を表し、dは側鎖長(1〜20)を表し、Xは2−オキサゾリン単位の官能基(二重結合又は三重結合による)を表し、コポリマーの鎖長は2単位〜1,000,000単位である)で表される化合物である。
【0021】
ここで好ましくは、前記の新規なポリ(エチレンイミン)系コポリマーは、式IIで表される異なるオキサゾリン単位:
【0022】
【化2】
【0023】
(式中、a、b、cは各モノマー単位の比率(a、b、c>0)を表し、dは側鎖長(1〜20)を表し、Xは2−オキサゾリン単位の官能基(二重結合又は三重結合による)を表し、RはH又は有機残基(例えばアルキルやアリール)を表し、コポリマーの鎖長は2単位〜1,000,000単位である)を含む。
【0024】
目的に叶うような前述のコポリマーの組成は核磁気共鳴スペクトルにより簡便且つ迅速に決定できる。本発明のコポリマーの構造は、コポリマー主鎖に多重結合の導入を可能とし、もって従来技術と比較した場合に結合親和性を遺伝物質に限定することないような官能性のための条件を生み出す。従って、この官能性は、遺伝物質、特にDNA/RNAへの結合及びその放出のための応用を可能とするものであることは明らかに示される。例えば、自体公知のクリックケミストリー(チオール−エンの光付加、アジドクリック)によって、前記コポリマーへの追加成分の付加が可能である。本発明で製造されるコポリマーの最大の利点は、存在するアミノ基の正確な定量に反応が影響を及ぼさないことである。従って、遺伝物質への結合及びその放出に対する本発明のコポリマーの親和性も、何ら影響を受けず、この親和性はコポリマーのPEI含有量を調整すれば変更できる。この観点は、単純な短い側鎖であって、生物学的応用に影響を及ぼさず、遺伝物質への結合に関する定量的な見解を可能とする側鎖の導入についても同様である。
【0025】
従属請求項においては、上述の官能性に基づく本発明のコポリマーの具体的利用が示されている。例えば、本発明のコポリマーは官能化表面に適用でき、このような表面における遺伝物質への結合及びその放出を可能とすることができる。表面での結合が不完全であれば、未結合の多重結合が存在することとなり、これらは目的とする表面にヒドロゲル層を徐々に形成するために用いられる。更なる利点は、三次元ポリマーネットワーク(所謂ヒドロゲル)を構築できることである。2官能リンカー(ジチオール)を用いると、本コポリマーはこのようなヒドロゲルに架橋することができる。この種のポリマーネットワークの決定的な問題点は、全ての溶媒に対して絶対的溶解度に欠けることである。従って、ゲル構造体のPEI含有量を(溶液)核磁気共鳴スペクトル(コポリマーと同様)によって正確に決定することができない。しかし、上述のコポリマーの特性化と、不飽和官能基(アミノ基は影響を受けないまま)を経由する後続の架橋反応に基づけば、ヒドロゲルに含まれるPEIの比率を正確に知ることができる。
【0026】
例えば、試料にUV光(365nm)を照射するチオール−エン光付加反応を簡単且つ迅速に行うことによっても、その場で所望のヒドロゲルビーズを製造することができる。この場合でも、遺伝物質は選択的に結合又は放出される。
【0027】
本発明によれば、新規ポリ(エチレンイミン)系コポリマーは式IIIの合成スキームによって製造される。
【0028】
【化3】
【0029】
酸が−OH又は−NHSの場合、活性化剤、特にEDC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド)又はDCC(ジシクロヘキシルカルボジイミド)の存在下で官能基を導入することが好ましい。
【0030】
しかし、不飽和酸無水物又はハロゲン化物(−Cl、−Br、−I)による後続の官能化を経由して官能性側鎖を導入することもできる。
【0031】
この合成プロセスによって、本発明のコポリマーは不飽和の官能基と非結合のアミノ基の両者を有する。本発明によれば、例えば式I又はIIのコポリマーの合成は、後続のポリエチレンイミンホモポリマー(式III)の官能化に基づく。
この合成法は、時間がかからず、技術的に簡単なプロセスにより低コストで実施でき、小スケール、高スループット技術にも適用可能である。目的に叶うコポリマーを生産することにより、特定の用途に適合するよう正確に調整された組成を有する材料を得ることができる。この組成は核磁気共鳴スペクトルにより簡便且つ迅速に決定できる。このように、前駆体の量を調節するだけで、組成の異なる様々なコポリマーを製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明実施形態により更に詳細に説明する。
【実施例1】
【0033】
(ニシンのゲノムDNAへの結合及びその放出のための)正確に調整可能なPEI比率を有するヒドロゲルの合成。コポリマーは、ダガヴィユ(T.R.ダガヴィユら、「チオール−エンカップリングによるポリ(2−オキサゾリン)ヒドロゲルモノリス」、Macromol. Rapid Commun.、33、2012、1695〜700)に類似する光開始剤によるチオール−エン光付加技法で架橋させている。
【0034】
触媒DMPA存在下、UV光(365nm)照射下でのP(ButEnOx−co−EI)と2,2’−(エチレンジオキシ)ジエタンチオールとのチオール−エン光付加反応を次のスキームに示す。
【0035】
【化4】
【0036】
ポリ[2−(3−ブテニル)−2−オキサゾリン−co−エチレンイミン]系ヒドロゲル
コポリマーP(ButEnOx−co−EI)をマイクロ波用ガラス瓶中、エタノールに溶解した。これとは別のガラス瓶に光開始剤の2,2−ジメトキシ−2−フェニルアセトフェノンと2官能チオールの2,2’−(エチレンジオキシ)ジエタンチオールを入れ、これらもエタノールに溶解した(0.9:1.0、チオール:二重結合)。これら2液を合一した清澄な溶液(10wt%)を窒素で30分間脱気した後、UV光(365nm)を約24時間照射した。初期のゲル生成の様子からヒドロゲルが合成できたことがわかった。得られたゲルをメタノールと水で繰り返し洗浄した。その後凍結乾燥に付した。
【0037】
適切なコポリマーから種々のヒドロゲルのライブラリーを作ることができた。合成された物質の各種特性化(膨潤度、ベーパーTGA、FT−IR、EA、固体H−/13C−NMR、SEM)もできた。
【0038】
DNA研究 − P(ButEnOx−co−EI)系ヒドロゲルのエチジウムブロミド試験
各ヒドロゲルをHBGバッファー(pH:7)中、24時間かけて膨潤させた。次いで、ゲノムDNAエチジウムブロミドを加えた。一定の時間が経過した各時点で試料の一部を取り出し、その蛍光を測定し、ピペットで元に戻した。ヘパリン溶液を添加し、温度を70℃に上げることにより、結合していたDNAの目的とする放出を短時間で達成できた。
【0039】
【表1】
【0040】
結果:
PEI含有量が75%を下回る場合のみゲル化が起こる。
予想される不溶性とは異なり、これらヒドロゲルは水中で典型的な膨潤挙動を示す。この膨潤挙動はPEI含有量とゲルの架橋度(ジチオール量)に強く依存する。DNAの結合/放出能はヒドロゲル構造体中のPEI比率に依存する。放出のコントロールには、温度を上げることとヘパリンの存在も必要となる。DNAは非常に短い時間(<60分)内にほぼ完全に再放出される。
【実施例2】
【0041】
懸濁重合に類似するチオール−エン光付加を経由するヒドロゲルビーズの調製
【0042】
本発明の新規コポリマーをヒドロゲルビーズとして作成すると、非常に表面積が増大するため、より効果的なDNA結合が達成される。更に、反応条件を変えることにより、ビーズのサイズを正確に一定の値に調節できる。
【0043】
P(ButEnOx−co−EI)系ヒドロゲルのビーズ
コポリマーP(ButEnOx−co−EI50%)を出発物質とした。このコポリマーと適量の触媒DMPAをエタノールに溶解し(8wt%)した後、ジチオール2,2’−(エチレンジオキシ)ジエタンチオールを加えた。パラフィン油と安定剤(Span(R)80)を加えて二相混合物を形成した。Nで25分間脱気した後、室温でUV光(365nm)照射下攪拌(375rpm)することによりチオール−エン光付加を行った。2.5時間後、得られたヒドロゲルを分離し、エタノールと水で丁寧に洗浄した。その後、ゲルを水中で6時間かけて膨潤させ、凍結乾燥した。
【実施例3】
【0044】
チオール−エン光付加を経由する、官能化ガラス上への単層の付加及び、共有結合性ヒドロゲル層の段階的生成
【0045】
本発明の新規コポリマーをチオール官能化表面へ共有結合させることにより、この表面へのDNAの結合と、そこからの放出を効果的に行うことができる。上述のジチオールを導入することにより、層厚に応じてDNA親和性の異なる各ヒドロゲル層を段階的に形成することができる(概略図1を参照)。この表面に関する遺伝子物質、特にDNA/RNAへの結合及びその放出は、例えばモバイル分析(チップ診断)に応用することができる。
【0046】
マイクロ波用三角ガラス瓶に、コポリマーP(ButEnOx−co−EI50%)と光開始剤としての2,2−ジメトキシ−2−フェニルアセトフェノンを添加し、エタノールに溶解した。予めプラズマ炉で焼成し且つ3−(トリメトキシシリル)−1−プロパンチオールで官能化しておいたガラスプレート(1x1cm)を、そのガラスプレートが磁気スターラーバーで攪拌できるよう設置した。このガラス瓶を30分間窒素で脱気した後、室温でUV光(365nm)を約24時間照射した。このコーティングされたガラス表面(第1クリック)をエタノールと水で繰り返し洗浄した。第2のクリックは、該コポリマーに代えて架橋剤である2,2’−(エチレンジオキシ)ジエタンチオールを添加した以外は同様に行った。上述の洗浄ステップは再度行った。上述のコポリマーとの繰り返しの反応(第3クリック)により、形式としてはヒドロゲル層が生成する。未結合の二重結合が存在することにより、層構造が段階的に第7クリックまで積層された。無論、更に多くの積層も可能である。
【0047】
【表2】
【0048】
ガラス表面におけるコーティングの形成は蛍光顕微鏡で確認した。このために、上述のコポリマーをフルオレセイン色素(約1%)でマークした。次いで、マークしたコポリマーを検出対象の表面に添加した(クリック段階)。このように処理した表面では、十分に洗浄した後であっても、共有結合が検出された。これは、色素フリーのコーティングと比較したマーク試料の蛍光増強から確認した。コート表面のスクラッチをAFMで確認したところ、第1層(第1クリック)の厚さは15nmであった。ヒドロゲル層(第3クリック)厚さ(高さ)は35nmと決定された。更に、結合の完成はIRスペクトルから確認した。