(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6433277
(24)【登録日】2018年11月16日
(45)【発行日】2018年12月5日
(54)【発明の名称】チタン製部材
(51)【国際特許分類】
C25D 5/28 20060101AFI20181126BHJP
C25D 5/50 20060101ALI20181126BHJP
C23C 18/36 20060101ALI20181126BHJP
C25D 5/14 20060101ALI20181126BHJP
C23C 28/02 20060101ALI20181126BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20181126BHJP
【FI】
C25D5/28
C25D5/50
C23C18/36
C25D5/14
C23C28/02
C23C26/00 B
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2014-249899(P2014-249899)
(22)【出願日】2014年12月10日
(65)【公開番号】特開2016-108641(P2016-108641A)
(43)【公開日】2016年6月20日
【審査請求日】2017年9月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002439
【氏名又は名称】株式会社シマノ
(74)【代理人】
【識別番号】100117204
【弁理士】
【氏名又は名称】岩田 徳哉
(72)【発明者】
【氏名】岩井 亨
(72)【発明者】
【氏名】宗和 誠
(72)【発明者】
【氏名】谷口 誠典
【審査官】
萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】
特開平01−079397(JP,A)
【文献】
国際公開第2006/043507(WO,A1)
【文献】
特開2006−070894(JP,A)
【文献】
特開昭59−083127(JP,A)
【文献】
特開2007−023316(JP,A)
【文献】
特開2007−023317(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/00−7/12
C23C 18/00−20/08
C23C 24/00−30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材がチタン合金であり、表面には炭化クロムからなる非晶質クロムめっき被膜が形成され、該非晶質クロムめっき被膜の内側には、ニッケルが母材に拡散した拡散領域が存在していることを特徴とするチタン製部材。
【請求項2】
拡散領域として、非晶質クロムめっき被膜の内側に位置し、ニッケルの濃度が相対的に高い第一の拡散領域と、該第一の拡散領域の内側に位置し、ニッケルの濃度が相対的に低い第二の拡散領域とが存在し、第一の拡散領域と第二の拡散領域との境界においてニッケルの濃度がステップ状に変化している請求項1記載のチタン製部材。
【請求項3】
母材がβ型のチタン合金である請求項1又は2記載のチタン製部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン材の表面に非晶質クロムめっきを施したものに関する。
【背景技術】
【0002】
金属製の母材の表面にクロムめっきを施すことは従来から行われている。しかしながら、クロムめっきは硬度が高くなく耐摩耗性という観点では不十分である。かかるクロムめっきは結晶質であるが、非晶質のクロムめっきを施すことも行われている(下記特許文献1参照)。この非晶質クロムめっきによる被膜は硬度が非常に高く、結晶質のクロムめっきに比して耐摩耗性に優れているという特徴がある。
【0003】
そこで、本発明者らは、チタン材を母材としてその表面に非晶質クロムめっきを施すことを試みた。しかしながら、チタン材には非晶質クロムめっきの密着性が良くないということが判明した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平3−19306号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
それゆえに本発明は上記従来の問題点に鑑みてなされ、耐摩耗性に優れたチタン製部材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、チタン材の中でも特にチタン合金に着目し、そのチタン合金に種々の前処理を施した後に非晶質クロムめっきを施すことによって耐摩耗性に優れたチタン材が得られることを見出した。
【0007】
即ち、本発明に係るチタン製部材は、母材がチタン合金であり、表面には
炭化クロムからなる非晶質クロムめっき被膜が形成され、該非晶質クロムめっき被膜の内側には、ニッケルが母材に拡散した拡散領域が存在していることを特徴とする。
【0008】
該構成のチタン製部材は、母材がチタン合金からなり、ニッケルの拡散領域を介して非晶質クロムめっき被膜が形成されているので、非晶質クロムめっき被膜の密着性が高く、耐摩耗性に優れている。
【0009】
かかるチタン製部材は以下のようにして形成することができる。即ち、母材の表面を所定のエッチング液にてエッチングする。完全にα相のみからなるα型のチタン合金である場合を除いて、チタン合金の表面はα相とβ相とがまだら模様に混在した結晶構造となっている。α+β型のチタン合金はもとより、β型のチタン合金であってもα相が存在しており、また、α型のチタン合金であってもニアαとも称されるものではβ相が若干ながら存在している。そこで、そのようにα相とβ相が混在している母材の表面をエッチングすることによって、α相のみを溶かして母材の表面に微細な凹凸を形成することができる。そして、その後、ニッケルめっきを施した後、更に、非晶質クロムめっきを施して、所定温度で熱処理を行う。これにより、母材の表面に非晶質クロムめっき被膜が形成されると共にその内側にはニッケルが母材側(内側)に向けて拡散浸透した拡散領域が形成される。非晶質クロムめっきは炭化クロム(Cr−C)からなり、結晶性のクロムめっきに比して高い硬度が得られるが、チタン材への密着性が問題となる。そこで、母材をチタン合金とし、そのα相をエッチングにて溶解させることで表面に微細な凹凸を形成した上で更に、その上に直接非晶質クロムめっきを施すのではなく、まずはニッケルめっきを施し、その上で非晶質クロムめっきを施すようにする。非晶質クロムめっき後の熱処理によって、ニッケルが母材へと拡散浸透するので、ニッケルめっきの密着性が高く、その上の非晶質クロムめっきの密着性も高くなる。
【0010】
上記構成においては特に、拡散領域として、非晶質クロムめっき被膜の内側に位置し、ニッケルの濃度が相対的に高い第一の拡散領域と、該第一の拡散領域の内側に位置し、ニッケルの濃度が相対的に低い第二の拡散領域とが存在し、第一の拡散領域と第二の拡散領域との境界においてニッケルの濃度がステップ状に変化していることが好ましい。このように拡散領域として二つの領域が存在していると、より一層非晶質クロムめっきの密着性が高くなり、耐摩耗性が向上する。
【0011】
また、母材はβ型のチタン合金であることが好ましい。母材がβ型のチタン合金であると、冷間加工性が良く、部材の強度も容易に確保できる。しかも、エッチング処理によって表面に微小な凹凸を分散した状態で形成することができ、ニッケルめっきの密着性が高くなって、非晶質クロムめっきの密着性も高くなる。
【発明の効果】
【0012】
以上のように、本発明に係るチタン製部材にあっては、母材をチタン合金とすると共にニッケルの拡散領域を介して非晶質クロムめっき被膜が形成されているので、非晶質クロムめっき被膜の密着性が高く、耐摩耗性に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態におけるチタン製部材の要部断面を模式的に示した要部断面図。
【
図2】同チタン製部材のGD−OES分析結果を示すグラフ。
【
図3】同チタン製部材の表面付近をFE−EPMA分析した結果を示す図面代用写真。
【
図4】本発明の他の実施形態におけるチタン製部材のGD−OES分析結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態に係るチタン製部材について図面を参酌しつつ説明する。
図1に本実施形態におけるチタン製部材の表面付近の要部断面を模式的に示している。本実施形態におけるチタン製部材は、母材1がチタン合金からなるものであって、部材の表面には非晶質クロムめっき被膜2が形成されているものである。かかるチタン製部材は各種の用途に使用でき、各種の釣り具や自転車部品として好適である。例えば、釣り具としてはリールの部品や、釣竿の釣り糸ガイドに適用できる。釣り糸ガイドでは、釣り糸が摺動する部分であるガイドリングに適用できる。また、釣り糸ガイドにおいてフレームとガイドリングが一体的に形成されている構成では、釣り糸が摺動する部分であるリング部に適用できる。
【0015】
母材1は、各種のチタン合金からなる。チタン合金は、α相とβ相が混在しているものであって、主としてα相であって一部にβ相が残留したニアα型(少量のβ安定化元素を添加したα合金)、α+β型、β型が適用できる。ニアα型としては、例えば、Ti−8Al−1Mo−1VやTi−6Al−2Nb−1Ta−0.8Mo等である。α+β型は、ニアα型よりも多量のβ相が残留しており、例えば、Ti−3Al−2.5VやTi−6Al−4V等である。β型は、準安定β型とも称されるものであって、α+β型に比してβ安定化元素が多く、α安定化元素が少ない。β型では、残留β相中に微細な粒でα相が分散して生成しており、従って、β型においてもその表面にはα相とβ相とがまだら模様となって存在している。β型としては、例えば、Ti−15V−3Cr−3Sn−3Alや、Ti−3Al−8V−6Cr−4Zr−4Moや、Ti−10V−2Fe−3Al等があるが、特に、冷間加工性に優れていることからTi−15V−3Cr−3Sn−3Alが好ましい。
【0016】
非晶質クロムめっき被膜2は、厚さが1μm以上、好ましくは5μm以上、更に好ましくは10μm以上であって、実用上は50μm以下である。非晶質クロムめっき被膜2は、炭化クロムからなり、非晶質(アモルファス)である。また、その硬度はHv1100〜2000である。
【0017】
非晶質クロムめっき被膜2の内側には拡散領域3が存在している。該拡散領域3は、母材1にニッケル(Ni)が拡散浸透した領域である。該拡散領域3は、二つの領域から構成されている。即ち、拡散領域3は、浅い側である第一の拡散領域3aと深い側である第二の拡散領域3bから構成されており、第一の拡散領域3aは非晶質クロムめっき被膜の内側に位置し、第二の拡散領域3bは第一の拡散領域3aの内側に位置している。第一の拡散領域3aは母材1の表面近傍に形成されていて、比較的薄い層状となって母材1の表面に沿って形成されている。第二の拡散領域3bは第一の拡散領域3aの直ぐ内側に第一の拡散領域3aよりも厚く形成されている。尚、拡散領域3の厚さは、例えば非晶質クロムめっき被膜2と同程度の厚さ、あるいはそれよりも厚く、例えば数十μmから数百μmである。第一の拡散領域3aの厚さは例えば非晶質クロムめっき被膜2よりも薄い。第一の拡散領域3aは、ニッケルの濃度が相対的に高い。これに対して第二の拡散領域3bは、ニッケルの濃度が相対的に低い。そして、ニッケルの濃度は、第一の拡散領域3aと第二の拡散領域3bとの境界においてステップ状に変化しており、第二の拡散領域3bにおけるニッケルの濃度は、第一の拡散領域3aにおけるそれよりも一段低くなっている。そして、拡散領域3の内側即ちそれよりも深い母材1の部分には、ニッケルが実質上(含有率1%以下)拡散浸透していない非拡散領域4が存在している。即ち、母材1は非拡散領域4とその外側(表面側)の拡散領域3とを有しており、拡散領域3は母材1の表層を構成しており、その拡散領域3の更に外側に非晶質クロムめっき被膜2が形成されている。
【0018】
図2にチタン製部材のGD−OES分析結果(グロー放電発光分析法)を示している。尚、チタン合金としては、β型のものであり、その中でも特にTi−15V−3Cr−3Sn−3Alとしている。但し、チタン合金に含有している元素であるバナジウム(V)、スズ(Sn)、アルミニウム(Al)についてはその表示を省略している。グラフの横軸は分析深さであって右側に向けて表面から深くなっていく。横軸の単位はμmである。グラフの縦軸は含有する元素の含有率(濃度)であって単位は%である。この
図2に示すように、表面から一定の深さまで、実質上クロム(Cr)と炭素(C)のみからなり、クロムと炭素の濃度がそれぞれ略一定となった領域が存在している。この領域が非晶質クロムめっき被膜2である。また、クロムと炭素の濃度がそれぞれ略一定となった領域の内側には、ニッケルが母材1を構成しているチタンに拡散した領域が認められる。この領域が拡散領域3である。
【0019】
図3に、このチタン製部材をFE−EPMA(電界放出型電子線マイクロアナライザ)による元素分析結果の写真を示している。但し、グレースケールにて示しているため、元々のカラー表示ではなくなっている。また、含有する元素のうちクロム(Cr)、ニッケル(Ni)、チタン(Ti)のみを表示している。尚、合計四枚の写真は何れも同じ箇所を示したものであって、下側が表面側(外側)であり上側が内側(深い側)である。左端のものから順にクロム(Cr)、ニッケル(Ni)、チタン(Ti)の分析結果を示しており、最も右側の写真は光学顕微鏡写真である。光学顕微鏡写真において上下方向の中央やや下側に横方向に延びる一筋のラインとして白く写っているところが部材の表面であり、それよりも上側が部材内部である。ニッケルの分析結果を見ると、部材表面のクロムの層(非晶質クロムめっき被膜2)の内側に、ニッケルの元素が集中的に存在している部分が薄い層状となって存在している。この薄い層状の部分は、第一の拡散領域3aであり、チタンとオーバーラップしていることから、ニッケルがチタンに分散浸透していることがわかる。この第一の拡散領域3aは、一番右側の光学顕微鏡写真においても、表面から所定深さ内部に入ったところに薄く層状に写っている。また、ニッケルの分析結果において、第一の拡散領域3aの内側にもニッケルが点状に分散して存在しており、この部分が第二の拡散領域3bであって、ニッケルがチタン内部へと深く拡散浸透していることがわかる。このように第一の拡散領域3aにおいてはニッケルの濃度が高く、第二の拡散領域3bにおいてはニッケルの濃度が低くなっていて、第一の拡散領域3aにおけるニッケルの濃度に対して第二の拡散領域3bのそれは一段ステップ状に低くなっている。
【0020】
かかるチタン製部材の製造方法の概要について説明すると、まず、母材1の表面を脱脂した後、所定のエッチング液にてエッチングする。尚、脱脂処理の前に例えばショットブラスト等によって表面を粗面にしてもよい。エッチング液は、母材1の材質によって種々調整する。即ち、チタン合金の種類等に応じて適宜調整して、チタン合金の表面におけるα相のみが溶けて母材1の表面に微細な凹凸が形成されるようにする。尚、チタン合金としてβ型のものを使用すれば、表面に微細な凹凸を容易に形成でき、また、分散状態で凹凸を形成できる。その後、ニッケルめっきを施す。ニッケルめっきとしては、特に電気めっきが好ましく、本実施形態におけるチタン製部材は電気めっき処理を行ったものである。電気めっきは密着性が良く、特に部材の表面形状が平面であっても曲面であっても良好な密着性が得られるため好ましい。従って、部材を例えばガイドリングのようなリング状とする場合に適している。
【0021】
その後、非晶質クロムめっきを施す。めっき浴には、シュウ酸やクエン酸、ギ酸等の有機酸を添加するが、特に、ギ酸を使用することが好ましく、凹凸の少ない滑らかな表面が得られる。その後、200℃〜800℃で熱処理を行う。熱処理の時間は例えば数十時間、一例としては50時間とする。尚、熱処理の時間は任意であって更に所望に応じて調整する。この熱処理を行うことによって高い硬度の非晶質クロムめっき被膜2が得られる。
【0022】
更にその後、所定温度で時効を行う。所定温度での時効には二種類あって、上記熱処理終了段階での冷却性能によって異なってくるが、例えば、上記熱処理後に溶体化して時効する場合には、例えば800℃に加熱した後冷却して、例えば300〜600℃で12時間時効を行う。一方、上記熱処理時に溶体化している場合には、例えば300〜600℃で12時間時効を行う。尚、時効の時間も任意であって更に長時間行ってもよい。このように非晶質クロムめっき後の熱処理とその後の更なる熱時効を行うことによって、ニッケルめっきによって母材1の表面に付着したニッケルが母材1の深い部分へと拡散浸透し、非晶質クロムめっき被膜2の内側に拡散領域3が形成される。
【0023】
以上のようなチタン製部材においては、部材の表面が硬い非晶質クロムめっき被膜2によって覆われており、該非晶質クロムめっき被膜2の内側にはニッケルが母材1に浸透拡散した拡散領域3が形成されているので、非晶質クロムめっき被膜2の母材1への密着性が高く、耐摩耗性に優れた表面被膜が得られる。特に、母材1をチタン合金とすることで、エッチングによって表面に微細な凹凸を形成することができ、特にβ型のチタン合金とすることにより、微細な凹凸を分散して形成することができる。従って、その後のニッケルめっきの密着性が高まり、その結果、非晶質クロムめっきの密着性も高くなって、耐摩耗性に優れることになる。しかも、ニッケルの濃度が相対的に高い外側の第一の拡散領域3aとニッケルの濃度が相対的に低い内側の第二の拡散領域3bとが存在しているので、非晶質クロムめっきの密着性がより一層高くなる。更には、第一の拡散領域3aと第二の拡散領域3bとの境界においてニッケルの濃度がステップ状に変化してニッケルが母材1に深く浸透しているので、非晶質クロムめっきの密着性がより向上する。
【0024】
尚、本実施形態ではニッケルめっきとして電気めっきを行ったが、無電解ニッケルめっきであってもよい。詳細には、無電解ニッケル−リンめっきを施す。無電解ニッケル−リンめっきの中でも特に、リンの含有率が低い低リンタイプで行うことが好ましい。無電解ニッケルめっきは、部材の表面形状が平面である場合に特に好ましい。
図4に低リンタイプの無電解ニッケル−リンめっきを行ったチタン製部材のGD−OES分析結果を示す。母材1は同様にβ型のチタン合金(Ti−15V−3Cr−3Sn−3Al)としている。このグラフのように、非晶質クロムめっき被膜2の内側には、母材1にニッケルとリンとが拡散浸透した拡散領域3が形成される。
【符号の説明】
【0025】
1 母材
2 非晶質クロムめっき被膜
3 拡散領域
3a 第一の拡散領域
3b 第二の拡散領域
4 非拡散領域