(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
テンワ及びアミダで構成され、テン真回りに振動するテンプと、該テンプと対向する位置に備えた地板と、前記テンプに対して、前記地板と反対側に配置されたテンプ受けと、を有する機械式時計のムーブメントにおいて、
前記テンワと前記地板とが対向する対向面積と、前記テンワと前記テンプ受けとが対向する対向面積とを比較し、対向面積の大きいほうの前記地板又は前記テンプ受けと前記テンワとの距離を、対向面積が小さいほうの前記地板又は前記テンプ受けと前記テンワとの距離よりも長くする
ことを特徴とする機械式時計のムーブメント。
前記テンワは、前記テンプ受けとの対向面積よりも前記地板との対向面積が大きい場合、前記テンワの前記地板側の面の少なくとも一部が、前記アミダの前記地板側の面よりも前記テンプ受け側にある
ことを特徴とする請求項1に記載の機械式時計のムーブメント。
前記テンワは、前記地板との対向面積よりも前記テンプ受けとの対向面積が大きい場合、前記テンワの前記テンプ受け側の面の少なくとも一部が、前記アミダの前記テンプ受け側の面よりも地板側にある
ことを特徴とする請求項1に記載の機械式時計のムーブメント。
【背景技術】
【0002】
機械式時計は、ムーブメントのテンプが一定の周期で振動することにより、正確な歩度を実現している。テンプは、地板に設けられた受け石とテンプ受けに設けられた受け石とにテン真が回転可能に支持されることで、テン真を回転軸として振動する。
【0003】
一般に駆動状態における機械式時計のテンワの振幅は、テンワと空気との粘性摩擦抵抗及び、テン真と受け石との固体摩擦抵抗の影響によるエネルギー消費と、香箱車から伝達されるエネルギー供給のバランスにより変動する。
【0004】
ここで、テンワに供給されるトルクが一定とすると、テンワの振幅は、粘性摩擦抵抗及び固体摩擦抵抗が小さいほど、振幅が大きくなる。このため、粘性摩擦抵抗と固体摩擦抵抗の値が小さければ、より少ないトルクにて振幅を大きくすることができるため、ムーブメントにおける粘性摩擦抵抗及び固体摩擦抵抗の値は小さい方が時計の性能としては望ましい。
【0005】
粘性摩擦抵抗の値は、テンワとそのまわりの構造体との粘性摩擦抵抗を表し、特にテンワとその上下に存在する地板や受け等との隙間が粘性摩擦抵抗の値に影響を及ぼすことが知られている(例えば特許文献1)。
【0006】
また、テンワの地板側から受ける粘性摩擦抵抗の値は、地板との距離により反比例し、その対向面積に比例することが知られている。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[第1実施形態]
以下、本発明に係る機械式時計のムーブメントの第1実施形態について、図面を用いて説明する。
【0017】
<ムーブメントの構成>
図1は、例えば携帯用機械式時計(例えば腕時計。以下、単に時計という。)の内部に収容された本発明の第1実施形態であるムーブメント100を示す斜視図である。
【0018】
図示のムーブメント100は、香箱車11と、二番車12と、三番車13と、四番車14と、ガンギ車15及びアンクル16と、テンプ17と、地板90及び受け部材と、を備えている。
【0019】
香箱車11は内部にぜんまいを有し、巻き上げられたぜんまいが解けることによってトルクを発生し、この時計の動力源となっている。二番車12、三番車13及び四番車14は、香箱車11のぜんまいが発生したトルクにより回転する香箱車11の回転を順次伝達する。ガンギ車15及びアンクル16は脱進装置を構成している。テン真18回りに振動するテンプ17は調速装置を構成している。
【0020】
テンプ17は、テン真18で支持された環状部分を有するテンワ22とひげぜんまい20とを備えている。
【0021】
地板90及び受け部材は、これら香箱車11、二番車12、三番車13、四番車14、ガンギ車15及びテンプ17を、回転可能に上下で支持している。
図1においては、受け
部材の記載を省略している。受け部材は、香箱車11を支持する香箱受けと、二番車12、三番車13、四番車14及びガンギ車15を支持する輪列受けと、テンプ17を支持する図示していないテンプ受け21とを備えている。
【0022】
図2は、
図1で示したムーブメント100にテンプ受け21を設置した場合の斜視図であり、一般的にテン真18及びテンプ17の一部を覆うようにテンプ受け21が配置されている。
【0023】
図3は、第1実施形態における、テンプ17、テンプ受け21、地板90との距離関係を示した断面図である。テンプ17は、外周に配置されたテンワ22と、テン真18とテンワ22とを連結しているアミダ23で構成されている。通常のテンプ17では、2本ないし3本のアミダ23が等間隔で配置されている。第1実施形態のテンプ17の構造の特徴は、テンワ22の厚みが一定で、テンワ22と対向面積の小さい側(テンワ受け21側)にテンワ22をずらしたような形状としてΔhだけ地板90側から離れていることである。
【0024】
アミダ23と地板90との距離h1を0.45mm、テンワ22とテンプ受け21との距離h2を0.75mmとし、Δhを0.2mmとしている。なお、
図3においては、テンワ22と地板90及びテンプ受け21との距離関係を説明するため、ひげぜんまい20等の部材は省略してある。また、テンワ22の地板90側を下面、テンプ受け21側を上面としている。
【0025】
<粘性摩擦抵抗の低減機構>
図3を用いて粘性摩擦抵抗の低減機構について説明する。
図3は、第1実施形態における、テンプ17、テンプ受け21、地板90との距離関係を示した断面図である。第1実施形態におけるテンプ17は、従来のテンプの構造と比較して、テンワ下面22aと地板90との距離がアミダ下面23aと地板90との距離h1よりもΔhだけ離れている形状となっている。
【0026】
テンワ22の上下面が、地板90とテンプ受け21から受ける粘性摩擦抵抗の値は、地板90との距離により反比例し、その対向面積に比例することが知られている。
【0027】
図2に示したムーブメントのように、テンプ受け21は一般的にテンワ22の一部を覆うように配置されており、テンワ22との対向面積は小さいが、テンワ22全下面と地板90とが対向するように配置されているため対向面積が大きく、対向面積が大きいテンワ22と地板90との間で発生する粘性摩擦抵抗が大きくなる。
【0028】
そのため、テンワ22の上面がテンプ受け21に近づいた場合に増加する粘性摩擦抵抗よりも、テンワ下面22aがアミダ下面23aよりもΔh離れることで低減する粘性摩擦抵抗の方が大きく、全体として粘性摩擦抵抗を低減することが可能となっている。
【0029】
上記説明では、テンワ22の下面全部と地板90が対向し、テンプ10の上面の一部がテンプ受け21が対向する場合について説明したが、テンワ22との対向面積が地板90の方が小さく、テンプ受け21の方が大きい場合には、
図4に示すようにテンワ22が地板90に近づくような形状とすればよい。
【0030】
<ムーブメントの作用>
以上のように構成された第1実施形態における機械式時計のムーブメント100は、
図1に示すように、香箱車11の内部で巻き上げられたぜんまいが解けることによって発生したトルクが、香箱車11から二番車12、三番車13、四番車14へ順次伝達される。
そして、四番車14からガンギ車15に伝達された回転が、ガンギ車15及びアンクル16並びにテンプ17及びひげぜんまい20の相互作用により調速される。
【0031】
第1実施形態のテンプ17の構造の特徴は、テンワ22の厚みが一定で、テンワ22と対向面積の小さい側(テンワ受け21側)にテンワ22をずらしたような形状としてΔhの距離だけ地板90側から離れていることである。
【0032】
図5は、第1実施形態の効果を検証するための比較例であり、一般的なテンプ17の形状である。テンワ下面22aとアミダ下面23aが同一面となるように形成されている。テンワ22の大きさは
図3に示すテンワ22のものと同じであり、重量も同じである。
【0033】
テンプ17と地板90及びテンプ受け21との距離関係を説明するため、ひげぜんまい20等の部材は省略してある。
【0034】
粘性摩擦抵抗は、テンワ22が地板90からΔhの距離だけ離れることによって減少した成分と、テンワ22がテンプ受け21に近づくことによって増加した成分とが生じる。
【0035】
説明のため、テンワ22と地板90との対向面積U1と、テンワ22とテンプ受け21との対向面積U2との比を3:1する。h1は0.45mm、h2は0.75mm、Δhは0.2mmとしている。
【0036】
図5に示すテンワ22形状の場合、テンワ22と地板90との対向面積と距離の比をU1/h1とし、テンワ22とテンプ受け21との対向面積と距離の比をU2/h2とする。
【0037】
テンワ22の上下面が地板90及びテンプ受け21から受ける、粘性摩擦抵抗の値は地板90との距離により反比例し、その対向面積に比例することが知られており、U1/h1+U2/h2の値に定数Kを乗算したものが粘性摩擦抵抗Fとなる。
【0038】
図3に示すテンワ22形状の場合、テンワ22と地板90との対向面積と距離の比をU1/(h1+Δh)とし、テンワ22とテンプ受け21との対向面積と距離の比をU2/(h2−Δh)とすると、U1/(h1+Δh)+U2/(h2−Δh)の値に定数Kを乗算したものが粘性摩擦抵抗F’となる。
【0039】
定数Kは、地板90及びテンプ受け21の形状により異なってくるが、第1実施形態の検証を行ったムーブメントでは約0.5であった。
【0040】
図5に示すテンワ22形状のときの粘性摩擦抵抗Fを計算すると(U1/h1+U2/h2)×乗数K=(3/0.45+1/0.75)×0.5=4となり、
図3に示すテンワ22形状のときの粘性摩擦抵抗F’を計算すると(U1/(h1+Δh)+U2/(h2−Δh))×0.5=(3/(0.45+0.2)+1/(0.75−0.2))×0.5=約3.22となる。このときの粘性摩擦抵抗Fと粘性摩擦抵抗F’との比はおよそF:F’=1:0.8となる。上記計算は、説明のためテンワ22と地板90との対向面積U1と、テンワ22とテンプ受け21との対向面積U2との比をそのまま式に代入している。
【0041】
つまり、
図3に示すようなテンワ22形状の場合、
図5に示すテンワ22形状と比較してテンワ22に働く粘性摩擦抵抗が約2割減少する。
【0042】
次に、
図3及び
図5に示すテンプ17全体の粘性摩擦抵抗の変化を算出した結果につい
て説明する。前述したようにテンプ17は、テンワ22とアミダ23とで構成されているが、ここで、テンプ17全体の粘性摩擦抵抗に対して、テンワ22部分が寄与する粘性摩擦抵抗の占める割合が1/3であると仮定して説明する。
【0043】
最初に、
図5に示すテンワ22形状のテンプ17全体の粘性摩擦抵抗Faを定義する。テンプ17全体の粘性摩擦抵抗Faは、テンワ22部分が寄与する粘性摩擦抵抗1/3Faとテンワ22部分以外が寄与する粘性摩擦抵抗2/3Faとを加算した値となりFa=2/3Fa+1/3Fa=1Faとなる。
【0044】
次に
図3に示すテンワ22形状のテンプ17全体の粘性摩擦抵抗Fa’は、テンワ22部分が寄与する粘性摩擦抵抗1/3Fa×0.8とテンワ22部分以外が寄与する粘性摩擦抵抗2/3Faとを加算した値となりFa’=2/3Fa+0.8×1/3Fa≒0.93Faとなる。
【0045】
上記、計算結果から
図3に示すテンワ22全体の粘性摩擦抵抗Fa’は、
図5に示すテンワ22全体の粘性摩擦抵抗Faと比較して約7%減少しているしていることがわかった。
【0046】
実際に機械式時計のムーブメントとして
図3及び
図5に示すテンワ22形状のテンプ17を動作させた場合の振幅の変化について説明する。香箱車11からテンプ17へ伝達されるエネルギーは、主として、テンプ17と空気との粘性摩擦抵抗及びテン真18とテンプ受け21に設けた受け石との固体摩擦抵抗によって消費される。そのためテンプ17振幅の一周期あたりの消費エネルギーとテンプ17振幅の一周期あたりの香箱車11からの伝達エネルギーを等しく表すことができ、テンプ17の振幅Aが一定であれば、数式1が成立する。
【0048】
上記の数式1において、Fはテンプ17の粘性摩擦抵抗、Tはテンプ17の振動周期、Rはテンプ17の固体摩擦抵抗、fはテンプ17の振動数、Sは香箱車11の動力トルク、ηは香箱車11からテンプに伝わるエネルギー効率、Nは香箱車11から四番車14までの歯数比に、ガンギ車15の歯数を積算した歯数比である。
【0049】
数式1の左辺である(2A
2Fπ
2/T
2+4AR/T)/fの部分はテンプ17の振幅一周期あたりの消費エネルギーを示しており、右辺である(2πSη)/Nの部分はテンプ17の振幅一周期あたりの香箱車11からの伝達エネルギーを示している。
【0050】
数式1の左辺である(2A
2Fπ
2/T
2+4AR/T)/fのうち2A
2Fπ
2/T
2の部分は粘性摩擦抵抗による消費エネルギーを示しており、4AR/Tの部分は固体摩擦抵抗による消費エネルギーを示している。
【0051】
数式1をテンプ17の振幅Aを求める形に変形すると数式2となる。
【0053】
図8は第1の実施形態の効果を検証するために用いたムーブメントの特性を記載した表であり、数式1の各パラメータの数値を記載している。
図8に記載している各パラメータの数値を用いて数式1を変形した数式2によって振幅Aを算出すると、
図5に示すテンワ22形状の比較例では、振幅A=280.4°となり、
図3に示すテンワ22形状の第1実施形態では、振幅A=290.2°となる。
【0054】
すなわち、
図5に示すテンワ22形状のときのテンプ17の振幅値を280°として動作させる場合と同じ香箱車11からの動力トルクで
図3に示すテンワ22形状のときのテンプ17を動作させると、振幅がおよそ10°増加することになることがわかる。実際にムーブメントを動作させてテンプ17の振幅を計測した結果でも同様の効果を確認することができ、より少ない香箱車11からの動力トルクでも高振幅値で動作する機械式時計のムーブメントを得ることができた。
【0055】
[第2実施形態]
次に、本発明に係る機械式時計のムーブメントの第2実施形態について、
図2及び
図5から
図7を用いて説明する。
【0056】
<ムーブメントの構成>
第2実施形態における機械式時計のムーブメントの基本的な構成は第1実施形態と同様であるため、第1実施形態との相違点のみ説明する。
【0057】
図6は、第2実施形態における、テンプ17、テンプ受け21、地板90との距離関係を示した断面図である。第2実施形態のテンワ22の構造の特徴は、テンワ22と対向面積が大きいテンワ下面22aに凹部22bを設けたことであり、この凹部22bによって地板90との間で発生する粘性摩擦抵抗を低減していることである。
【0058】
テンワ22と地板90との対向面積U1と、テンワ22とテンプ受け21との対向面積U2との比を3:1とし、h1は0.45mm、h2は0.75mmとしている。
【0059】
凹部22bは、テンワ下面22aに設けた凹凸の平均値をΔhとし、0.2mmとなるように形成している。
【0060】
<粘性摩擦抵抗の低減機構>
図2及び
図5から
図7を用いて第2実施形態における粘性摩擦抵抗の低減機構について説明する。第2実施形態におけるテンプ17は、テンワ22と対向面積が大きいテンワ下面22aに凹部bを設けてあり、テンワ22の凹凸と地板90との平均距離が広がることで、テンワ22と地板90との間で発生する粘性摩擦抵抗を低減している。
【0061】
図2に示したムーブメントのように、テンプ受け21は一般的にテンプ17の一部を覆うように配置されており、テンワ22との対向面積は小さいが、テンワ22全下面と地板90とが対向するように配置されているため対向面積が大きく、テンワ22と地板90との間で発生する粘性摩擦抵抗が大きくなる。
【0062】
そのため、テンワ22の上面がテンプ受け21に近づいた場合に増加する粘性摩擦抵抗よりも、テンワ下面22aに凹部22bを設けたことで低減する粘性摩擦抵抗の方が大きく、全体として粘性摩擦抵抗を低減することが可能となっている。
【0063】
上記説明では、テンワ22の下面全部と地板90が対向し、テンワ19の上面の一部がテンプ受け21に対向する場合について説明したが、テンワ22との対向面積が地板90の方が小さく、テンプ受け21の方が大きい場合には、テンワ22の上面側に凹部22bを形成すればよい。
【0064】
<ムーブメントの作用>
以上のように構成された第2実施形態における機械式時計のムーブメント100について、第1実施形態と同様に
図5に示す比較例との粘性摩擦抵抗の比較を行った。
【0065】
図6に示すテンワ22に凹部22bを設けたことによる性摩擦抵抗の減少によって、
図5に示すテンワ22の振幅値を280度として動作させた場合と同じ香箱車11からの動力トルクで
図6に示すテンワ22を動作させると、振幅がおよそ10度増加するため、より少ない香箱車11からの動力トルクでも高振幅値で動作する機械式時計のムーブメントを得られることがわかった。
【0066】
上記説明では、テンワ22に対して凹部22bを1つ設けた例で説明したが、複数の凹部22bを設けることでも同様の効果が得られることは言うまでもなく、凹部22bの形状も
図7に示すようなすり鉢状としてもよく、特に限定されない。