(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記慣性モーメント推定部は、前記過渡トルク値を前記過渡加速度値で除算した値を前記慣性モーメントとして推定する請求項1から5のいずれか一項に記載された交流回転機の制御装置。
前記電流検出部は、前記交流回転機を流れる交流電流を、前記交流回転機の回転に同期して回転する二軸の回転座標系である二軸回転座標系で表した二相電流を前記電流として検出し、
前記電圧指令生成部は、前記電圧指令として前記二軸回転座標系で表した二相電圧指令を生成し、
前記回転速度推定部は、前記二相電圧指令と前記二相電流とに基づいて前記回転速度を推定し、
前記慣性モーメント推定部は、前記二相電流に基づいて前記出力トルクを推定する請求項1から6のいずれか一項に記載された交流回転機の制御装置。
【発明を実施するための形態】
【0013】
実施の形態1.
実施の形態1に係る交流回転機20の制御装置1(以下、単に制御装置1と称す)について図面を参照して説明する。
図1は、本実施の形態に係る制御装置1の概略的な構成を示すブロック図であり、
図2は、慣性モーメント推定部7のブロック図である。
【0014】
交流回転機20は、非回転部材に固定されたステータと、当該ステータの径方向内側に配置され、非回転部材に対して回転可能に支持されたロータと、を備えている。本実施の形態では、交流回転機20は、永久磁石式同期回転機とされており、ステータに各相の巻線が巻装され、ロータに永久磁石が設けられている。交流回転機20は、直流交流変換を行うインバータ21を介して、直流電源23に電気的に接続される。交流回転機20は、少なくとも、直流電源23からの電力供給を受けて動力を発生する電動機の機能を有している。なお、交流回転機20は、電動機の機能に加えて、発電機の機能を有してもよい。
【0015】
インバータ21は、直流電源23と交流回転機20との間で電力変換を行う直流交流変換装置である。インバータ21は、正極電線と負極電線との間に直列接続された2個のスイッチング素子が、三相各相(U相、V相、W相)の巻線に対応して3セット設けられたブリッジ回路に構成されている。
【0016】
交流回転機20のロータの回転軸は、機械装置22に連結され、交流回転機20の駆動力を機械装置22に伝達するように構成されている。機械装置22には、工作機械やロボット等のサーボ機構や、ポンプや、コンプレッサ等の交流回転機20により回転駆動される様々な機械装置を用いることができる。
【0017】
制御装置1は、インバータ21を制御することにより、交流回転機20の制御を行う制御装置である。制御装置1は、電流検出部3、電圧指令生成部4、電圧印加部5、回転速度推定部6、慣性モーメント推定部7、及びトルク推定部8等の制御部を備えている。制御装置1が備える各制御部3〜8等は、制御装置1が備えた処理回路により実現される。具体的には、制御装置1は、
図3に示すように、処理回路として、CPU(Central Processing Unit)やDSP(Digital Signal Processor)等の演算処理装置90(コンピュータ)、演算処理装置90とデータのやり取りする記憶装置91、演算処理装置90に外部の信号を入力する入力回路92、及び演算処理装置90から外部に信号を出力する出力回路93等を備えている。記憶装置91として、演算処理装置90からデータを読み出し及び書き込みが可能に構成されたRAM(Random Access Memory)や、演算処理装置90からデータを読み出し可能に構成されたROM(Read Only Memory)等が備えられている。入力回路92は、電流センサ24等の各種のセンサやスイッチが接続され、これらセンサやスイッチの出力信号を演算処理装置90に入力するA/D変換器等を備えている。出力回路93は、スイッチング素子等の電気負荷が接続され、これら電気負荷に演算処理装置90から制御信号を出力する駆動回路等を備えている。そして、制御装置1が備える各制御部3〜8等の各機能は、演算処理装置90が、ROM等の記憶装置91に記憶されたソフトウェア(プログラム)を実行し、記憶装置91、入力回路92、及び出力回路93等の制御装置1の他のハードウェアと協働することにより実現される。
【0018】
電圧指令生成部4は、電圧指令を生成する。電圧印加部5は、電圧指令に基づいてインバータ21を介して交流回転機20に電圧を印加させる。電流検出部3は、交流回転機20に流れる電流を検出する。
【0019】
本実施の形態では、制御装置1は、ベクトル制御法を用いた電流フィードバック制御を行うように構成されている。
電流検出部3は、
図1に示すように、制御装置1に入力される電流センサ24の出力信号に基づいて、インバータ21から交流回転機20の各相の巻線Cu、Cv、Cwに流れる交流電流Iu、Iv、Iwを検出するように構成されている。電流センサ24は、三相の全ての相に対応して三つ備えられ、三相の全ての交流電流Iu、Iv、Iwを検出するように構成されてもよいし、三相内の二相に対応して二つ備えられ、二相分の電流を検出し、三相の合計電流がゼロになることを利用して、二相の電流から残りの一相の電流を検出するように構成されてもよい。制御装置1は、電流センサ24の出力信号を入力回路92のA/D変換器によりA/D変換(アナログ電気信号からデジタル電気信号に変換)して、処理に用いるように構成されている。
【0020】
電流検出部3は、交流回転機20を流れる交流電流Iu、Iv、Iwを、交流回転機20の回転に同期して回転する二軸(dq軸とも称す)の回転座標系である二軸回転座標系で表した二相電流Id、Iq(dq軸電流Id、Iqとも称す)を、電流として検出するように構成されている。具体的には、ロータに備えられた磁石のN極の向き(磁極位置θ)にd軸を定め、これより電気角でπ/2進んだ方向にq軸をとり、ロータの電気角での回転に同期して回転するd軸及びq軸からなる二軸回転座標系が設定される。電流検出部3は、三相電流Iu、Iv、Iwを、回転速度推定部6により推定した磁極位置θに基づいて三相二相変換及び回転座標変換を行って、二軸回転座標系で表した二相電流Id、Iqに変換する。
【0021】
電圧指令生成部4は、電圧指令として二軸回転座標系で表した二相電圧指令Vd、Vq(dq軸電圧指令Vd、Vqとも称す)を生成する。具体的には、電圧指令生成部4は、二相電流Id、Iqが二相電流指令Ido、Iqoに近づくように二相電圧指令Vd、Vqを、PI制御等により変化させる電流フィードバック制御を行う電流フィードバック制御部10を備えている。本実施の形態では、電圧指令生成部4は、回転速度推定部6により推定した交流回転機20の回転速度ωが回転速度指令ωoに近づくように、二相電流指令Ido、Iqo(本例では、q軸電流指令Iqoのみ)を変化させる速度フィードバック制御を行う速度フィードバック制御部11を備えている。d軸電流指令Idoには、ゼロ又は、運転条件に応じた値が設定される。
【0022】
速度フィードバック制御部11は、速度フィードバック制御の制御ゲインを、後述する慣性モーメント推定部7により推定された慣性モーメントJに応じて変化させるように構成されている。本実施の形態では、速度フィードバック制御部11は、式(1)に示すように、回転速度指令ωoと回転速度ωとの偏差Δω(=ωo−ω)を算出し、回転速度の偏差Δωに対して比例演算及び積分演算を行って、q軸電流指令Iqoを算出するように構成されている。
【数1】
【0023】
速度フィードバック制御部11は、比例演算において回転速度の偏差Δωに乗算される比例ゲインKp、及び積分演算において回転速度の偏差Δωに乗算される積分ゲインKiを、例えば、式(2)に示すように、推定した慣性モーメントJに応じて変化させるように構成されている。
【数2】
ここで、Ap、Aiは、予め設定された定数である。
この構成によれば、機械装置22の機種の変更や、機械装置22の特性変化などにより、慣性モーメントJが変化しても、速度フィードバック制御系の応答性を適切な状態に維持することができる。
【0024】
電圧印加部5は、座標変換部12により、二相電圧指令Vd、Vqを、回転速度推定部6により推定された磁極位置θに基づいて、固定座標変換及び二相三相変換を行って、三相それぞれの巻線への交流電圧指令である三相交流電圧指令Vu、Vv、Vwに変換する。そして、電圧印加部5は、PWM信号生成部13により、三相交流電圧指令Vu、Vv、Vwのそれぞれと、キャリア周波数で振動するキャリア波(例えば、三角波)とを比較し、交流電圧指令がキャリア波を上回った場合は、矩形パルス波をオンさせ、交流電圧指令がキャリア波を下回った場合は、矩形パルス波をオフさせる。電圧印加部5は、三相各相の矩形パルス波を、三相各相のインバータ制御信号Uu、Uv、Uwとしてインバータ21に出力し、スイッチング素子をオンオフさせる。
【0025】
回転速度推定部6は、電圧指令生成部4が生成した電圧指令と、電流検出部3が検出した電流とに基づいて、交流回転機20の回転速度ω及び磁極位置θを推定する。本実施の形態では、回転速度推定部6は、二相電圧指令Vd、Vqと二相電流Id、Iqとに基づいて回転速度ω及び磁極位置θを推定するように構成されている。具体的には、回転速度推定部6は、モータモデルを用い、二相電圧指令Vd、Vqに基づいて、二相電流Id、Iqを推定し、二相電流Id、Iqの推定値が、二相電流Id、Iqの検出値に近くづくように、フィードバック制御により回転速度ωの推定値を変化させる。回転速度推定部6は、式(3)に示すように、回転速度ωの推定値を積分して、磁極位置θを推定する。詳
しくは、「センサレス突極形ブラシレスPMモータの初期位置推定角方法」(電学論D、116巻7号、平成8年)、及び国際公開第2002/091558号に記載されている方法を用いる。
【数3】
ここで、sは、ラプラス演算子であり、ω/sにより、回転速度ωを積分することを意味する。
回転速度推定部6は、モータモデルを用い、二相電圧指令Vd、Vqに基づいて、二相電流Id、Iqを推定する際に、回転子磁束φfも推定するように構成されている。
【0026】
モータモデルには、交流回転機20の回転機定数である、電機子抵抗R、回転子磁束φf、d軸インダクタンスLd、及びq軸インダクタンスLq、及び回転子磁束φfが用いられており、これらの回転機定数が回転速度ωの推定に用いられる。なお、回転子磁束φfにはモータモデルを用いて推定された推定値が用いられる。
【0027】
トルク推定部8は、電流に基づいて交流回転機20の出力トルクτを推定する。本実施機の形態では、トルク推定部8は、式(4)に示すトルク演算理論式を用い、二相電流Id、Iqに基づいて、出力トルクτを推定するように構成されている。
【数4】
ここで、Pmは、極対数である。トルク演算理論式には、極対数Pm、回転子磁束φf、d軸インダクタンスLd及びq軸インダクタンスLqが用いられている。
【0028】
次に、慣性モーメント推定部7による慣性モーメントJの推定方法について説明する。交流回転機20の運動方程式によれば、式(5)によって慣性モーメントJを推定できる。
【数5】
ここで、τdは、交流回転機20に作用する外力トルクであり、本実施の形態では、機械装置22の負荷トルクとなる。αは、交流回転機20の回転角速度であり、sは、ラプラス演算子であり、s・ωにより、回転速度ωを微分することを意味する。
【0029】
式(5)より、外力トルクτdの影響を除去できれば、交流回転機20の出力トルクτ及び回転速度ωに基づいて、慣性モーメントJを推定できることがわかる。
そこで、慣性モーメント推定部7は、
図2及び式(6)に示すように、トルク推定部8により推定された出力トルクτに対してハイパスフィルタの特性を有するトルク用フィルタ処理F1を行った値である過渡トルク値τfと、回転速度推定部6により推定された回転速度ωに対して微分特性及びハイパスフィルタの特性を有する速度用フィルタ処理F2
を行った値である過渡加速度値αfとに基づいて、交流回転機20のロータ及びロータと一体的に回転する回転部材の慣性モーメントJを推定するように構成されている。
【数6】
【0030】
外力トルクτdが、クーロン摩擦等により生じており、回転速度ωの変化に関わらず一定値だと仮定すると、外力トルクτdにハイパスフィルタの特性を有するトルク用フィルタ処理F1を行った値はゼロになる。よって、式(7)に示すように、式(5)の分子と分母のそれぞれに対して、ハイパスフィルタ特性を有するフィルタ処理Fhを行うことにより、外力トルクτdの影響を除去して慣性モーメントJを推定することができる。よって、上記の構成によれば、出力トルクτに対してハイパスフィルタ特性を有するトルク用フィルタ処理F1を行った過渡トルク値τfと、回転速度ωに対して微分特性及びハイパスフィルタの特性を有する速度用フィルタ処理F2を行った過渡加速度値αfとに基づいて慣性モーメントJを推定するので、外力トルクτdの影響を除去して精度よく慣性モーメントJを推定することができる。
【数7】
【0031】
慣性モーメント推定部7により推定される慣性モーメントJには、ロータの回転軸に機械装置22が連結されている場合は、ロータ及びロータの回転軸の慣性モーメントに加えて、ロータの回転軸と一体的に回転する機械装置22の部材の慣性モーメントが含まれる。ここで、一体的に回転する部材には、ロータと一体回転する部材の他、ギヤ機構やベルト機構等などを介して同速又は変速されて回転する部材や、送りねじ機構等により回転運動が直線運動に変換されて回転に応じて移動する部材が含まれ、これらの慣性モーメントをロータ基準に変換した慣性モーメントが推定される。ロータの回転軸に機械装置22が連結されていない場合は、ロータ及びロータ回転軸の慣性モーメントが推定される。
【0032】
慣性モーメント推定部7は、式(8)に示すように、過渡トルク値τfを過渡加速度値αfで除算した値を慣性モーメントJとして推定するように構成されている。
【数8】
【0033】
本実施の形態では、トルク用フィルタ処理F1及び速度用フィルタ処理F2は、ローパスフィルタ特性を有するように構成されている。この構成によれば、出力トルクτ及び回転速度ωに含まれるノイズ成分を低減して、慣性モーメントJの推定精度を向上させることができる。
【0034】
本実施の形態では、トルク用フィルタ処理F1の伝達関数と、速度用フィルタ処理F2から微分特性sを除いた特性F3の伝達関数と、が同じ伝達関数になるように構成されている。この構成によれば、式(8)から理解できるように、分子の特性F1の伝達関数と、分母の特性F3の伝達関数とを相殺することができ、式(8)により算出する慣性モーメントJと、フィルタ処理F1、F2を行わずに式(5)により算出する慣性モーメントJとを等価にすることができ、慣性モーメントJを精度よく推定できる。
【0035】
なお、トルク用フィルタ処理F1及び速度用フィルタ処理F2の一方又は双方は、実際の回転速度ωに対する回転速度ωの推定値の応答遅れ、及び実際の出力トルクτに対する出力トルクτの推定値の応答遅れの一方又は双方の影響を打ち消す補償特性を有するように構成されてもよい。
【0036】
本実施の形態では、ハイパスフィルタ及びローパスフィルタの特性を有するトルク用フィルタ処理F1、並びに微分、ハイパスフィルタ及びローパスフィルタの特性を有する速度用フィルタ処理F2の伝達関数は、式(9)のように設定される。
【数9】
ここで、分母の多項式fd(s)はsの3次の多項式として、低周波数成分と高周波数成分を低減する特性を持たせるものとする。
【0037】
慣性モーメント推定部7は、出力トルクτから低周波成分と高周波成分を低減した過渡的な出力トルク成分を抽出し、過渡トルク値τfとして出力する。慣性モーメント推定部7は、回転速度ωから低周波成分と高周波成分を低減した過渡的な回転加速度成分を抽出し、過渡加速度値αfとして出力する。
【0038】
慣性モーメント推定部7は、過渡トルク値τfを過渡加速度値αfで除算して算出した慣性モーメントJに対して平均化処理16を行った値を、最終的な慣性モーメントJとするように構成されている。平均化処理16として、移動平均処理、一次遅れフィルタ等のローパスフィルタ処理、又は逐次最小二乗法による処理等を用いることができる。
【0039】
次に、慣性モーメントJの推定値の更新禁止処理について説明する。出力トルクτの変化、及び回転加速度αの変化が小さくなり定常状態に近づくと、過渡トルク値τf及び過渡加速度値αfがゼロに近づき、過渡トルク値τf及び過渡加速度値αfに含まれる誤差成分及びノイズ成分が相対的に大きくなり、SN比が悪化するため、慣性モーメントJの推定精度が悪化する。本実施の形態では、特に、電流センサ24により検出した電流に基づき回転速度ω及び出力トルクτを推定し、また、三相電流Iu、Iv、Iwを二相電流Id、Iqに変換する際に、電流に基づいて推定した回転速度ω(磁極位置θ)を用いるように構成されているため、回転速度センサを用いて回転速度ω及び磁極位置θを検出し、検出した磁極位置θを電流変換に用いる場合よりも、回転速度ω及び出力トルクτの誤差成分及びノイズ成分が大きくなる。そのため、過渡トルク値τf及び過渡加速度値αfがゼロに近づいたときの、慣性モーメントJの推定誤差が無視できないほど大きくなる。
【0040】
そこで、慣性モーメント推定部7は、更新禁止処理を実行する更新禁止部15を備えている。更新禁止部15は、
図4のフローチャートに示すように、過渡トルク値τfの大きさ(絶対値)が、トルク用判定閾値Xτよりも大きく(ステップS01:Yes)、且つ、過渡加速度値αfの大きさ(絶対値)が、加速度用判定閾値Xαよりも大きい(ステップS02:Yes)場合に、ステップS03に進み、慣性モーメントJの推定値の更新を許可し、それ以外の場合(ステップS01:No、又はステップS02:No)に、ステップS04に進み、慣性モーメントJの推定値の更新を禁止するように構成されている。本実施の形態では、更新禁止部15は、ステップS03で、禁止許可フラグSgnに、更新許可を表す1を設定し、ステップS04で、禁止許可フラグSgnに、更新禁止を表す0を設定するように構成されている。
【0041】
この構成によれば、過渡トルク値τf又は過渡加速度値αfがゼロに近づき、電流センサ24により検出した電流に基づいて算出した慣性モーメントJの推定誤差が無視できないほど大きくなる状態において、慣性モーメントJの推定値の更新を禁止するため、慣性モーメントJの推定精度が悪化することを抑制できる。
【0042】
具体的には、慣性モーメント推定部7は、推定値の更新が禁止されている場合(Sgn=0)は、更新が禁止される直前に算出された慣性モーメントJの値を維持し、推定の更新が許可されている場合(Sgn=1)は、過渡トルク値τf及び過渡加速度値αfに基づいて慣性モーメントJを算出し、慣性モーメントJの値を更新する。
【0043】
加速度用判定閾値Xα及びトルク用判定閾値Xτは、SN比の悪化により慣性モーメントJの推定精度が悪化しないように、過渡トルク値τf及び過渡加速度値αfに含まれる誤差成分及びノイズ成分Δτf、Δαfの大きさに応じた値に設定される。すなわち、過渡トルク値τf及び過渡加速度値αfに含まれる誤差成分及びノイズ成分Δτf、Δαfが大きくなる場合は、加速度用判定閾値Xα及びトルク用判定閾値Xτは大きい値に設定される。
【0044】
過渡トルク値τf及び過渡加速度値αfに含まれる誤差成分及びノイズ成分Δτf、Δαfの大きさは、電流に基づいて出力トルクτ又は回転速度ωの推定する際に用いられる交流回転機20の回転機定数に応じて変化する。
【0045】
まず、過渡トルク値τfについて説明する。
出力トルクτを算出する式(4)において、φf・Iqの項は、(Ld−Lq)・Id・Iqの項よりも十分大きい値となるため、(Ld−Lq)・Id・Iqの項を無視すると、式(10)のように近似することができる。よって、q軸電流Iqに含まれる誤差成分及びノイズ成分ΔIqは、交流回転機20の回転機定数である極対数Pm及び回転子磁束φfに比例して、出力トルクτの誤差成分及びノイズ成分Δτとして表れる。よって、出力トルクτに対してトルク用フィルタ処理F1を行った過渡トルク値τfに含まれる誤差成分及びノイズ成分Δτfの大きさは、q軸電流Iqに含まれる誤差成分及びノイズ成分ΔIqの大きさに比例し、極対数Pm及び回転子磁束φfに応じて変化する。
【数10】
【0046】
次に、過渡加速度値αfについて説明する。
上記したように、回転速度推定部6は、式(11)に示すように、モータモデルを用いて推定した推定q軸電流Iqeと電流検出部3により検出したq軸電流Iqとの電流偏差ΔIqeと、回転速度ωの推定誤差Δωeとの関係は、「回転座標上の適用オブザーバを用いたPM電動機の位置センサレス制御」電学論D、123巻5号、2003年によれば、式(11)のようになる。
【数11】
ここで、Rは、電機子抵抗であり、φfeは、回転子磁束φfの推定値であって、実際の回転子磁束φfに相当し、ωrは、実際の回転速度ωであり、h1からh4は、Hゲインである。
【0047】
Giqの算出において、Hゲインは予め設計されているものであり、定常的な特性を仮定して微分演算子sの項を無視すると、Giqは、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lqに基づいて算出される。回転子磁束の推定値φfeは、定常的には実際の回転子磁束φfに一致する。よって、−1/(Giq・φfe)は、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、及び回転子磁束φfに基づいて算出される。また、推定誤差Δωeは、回転速度ωの推定値と実際の回転速度ωの変動分であり、回転速度ωの変動分は実質、回転加速度αとみなしてよい。よって、式(12)に示すように、q軸電流Iqに含まれる誤差成分及びノイズ成分ΔIqは、−1/(Giq・φf)に比例して、回転加速度αの誤差成分及びノイズ成分Δαとして表れる。従って、過渡加速度値αfに含まれる誤差成分及びノイズ成分Δαfの大きさは、q軸電流Iqに含まれる誤差成分及びノイズ成分ΔIqの大きさに比例し、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、回転子磁束φfに応じて変化する。
【数12】
【0048】
そこで、本実施の形態では、トルク用判定閾値Xτ及び加速度用判定閾値Xαの一方又は双方(本例では、双方)は、出力トルクτ又は回転速度ωの推定に用いられる交流回転機20の回転機定数に応じた値に設定されるように構成されている。
【0049】
この構成によれば、交流回転機20の回転機定数の大きさに応じて変化する、過渡トルク値τf又は過渡加速度値αfに含まれる誤差成分及びノイズ成分Δτf、Δαfの大きさに適したトルク用判定閾値Xτ又は加速度用判定閾値Xαが設定される。よって、慣性モーメントJの推定精度の悪化を適切に抑制することができる。
【0050】
具体的には、トルク用判定閾値Xτは、出力トルクτの推定に用いられる回転機定数である、極対数Pm及び回転子磁束φfに応じた値に設定される。加速度用判定閾値Xαは、回転速度ωの推定に用いられる回転機定数である、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、及び回転子磁束φfに応じた値に設定される。
【0051】
q軸電流Iqに含まれる誤差成分及びノイズ成分ΔIqには、電流検出部3が電流センサ24の出力信号をA/D変換器によりA/D変換するときの量子化誤差(丸め誤差)が含まれる。量子化誤差は、A/D変換器のビット数Nbit、及びA/D変換器の電圧レンジに対応する電流レンジΔIrngに応じて定まる電流検出の最小分解能ΔIlsbの範囲内の大きさになる。電流検出の最小分解能ΔIlsbは、A/D変換器のビット数Nbit及び電流レンジΔIrngから、式(13)に基づいて算出できる。
【数13】
【0052】
本実施の形態では、電流センサ24の出力信号をA/D変換して三相電流Iu、Iv、Iwを検出する際に、電流検出の最小分解能ΔIlsbの範囲内の量子化誤差が生じる。三相電流Iu、Iv、Iwに対して三相二相変換及び回転座標変換を行って算出した二相電流Id、Iqでは、三相電流Iu、Iv、Iwの量子化誤差は、電流検出の最小分解能ΔIlsbに対応する幅を有する高周波のノイズ成分(誤差成分)となる。
【0053】
このように、q軸電流Iqに含まれる誤差成分及びノイズ成分ΔIqには、A/D変換器の電流検出の最小分解能ΔIlsbに起因する成分が含まれ、その成分は、電流検出の最小分解能ΔIlsbに対応する幅の高周波のノイズ成分となる。よって、過渡トルク値τf及び過渡加速度値αfに含まれる誤差成分及びノイズ成分Δτf、Δαfの大きさは、電流検出の最小分解能ΔIlsbに比例して変化する。
【0054】
そこで、本実施の形態では、トルク用判定閾値Xτ及び加速度用判定閾値Xαの一方又は双方(本例では双方)は、電流の検出の最小分解能ΔIlsbに応じた値に設定されるように構成されている。
【0055】
この構成によれば、電流の検出の最小分解能ΔIlsbの大きさに応じて変化する、過渡トルク値τf又は過渡加速度値αfに含まれる誤差成分及びノイズ成分Δτf、Δαfの大きさに適したトルク用判定閾値Xτ又は加速度用判定閾値Xαが設定される。よって、慣性モーメントJの推定精度の悪化を適切に抑制することができる。
【0056】
本実施の形態では、トルク用判定閾値Xτは、式(10)に基づいた式(14)を用い、極対数Pm、回転子磁束φf、及び電流検出の最小分解能ΔIlsbに基づいて予め設定される。
【数14】
ここで、Kτは、トルク用判定閾値の設定ゲインであり、本実施の形態では1に設定される。なお、設定ゲインKτは、1以外の値に設定されてもよい。
【0057】
本実施の形態では、加速度用判定閾値Xαは、式(12)に基づいた式(15)を用い、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、回転子磁束φf、及び電流検出の最小分解能ΔIlsbに基づいて予め設定される。
【数15】
ここで、Kαは、加速度用判定閾値の設定ゲインであり、本実施の形態では1に設定される。なお、設定ゲインKαは、1以外の値に設定されてもよい。Giqは、上記したように、式(11)に従って、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lqに基づいて算出される。
【0058】
次に慣性モーメントJの推定挙動について説明する。
図5に、判定閾値Xτ、Xαに、回転機定数及び最小分解能ΔIlsbに応じた適切な値が設定されている場合の推定挙動の例を示し、
図6に、判定閾値Xτ、Xαに、適切な値よりも小さな値が設定されている比較例の場合の推定挙動の例を示す。
【0059】
まず、
図5に示す、判定閾値Xτ、Xαに適切な値が設定されている場合について説明する。回転速度指令ωoが増加された後、速度フィードバック制御により、回転速度ωが増加して過渡状態になっている。
図5には、実際の回転速度ωを示している。過渡状態になると、回転加速度αがゼロから変動する。検出電流に基づいて推定された回転速度ωの推定値から算出される回転加速度αには、q軸電流Iqの誤差成分及びノイズ成分ΔIqによって生じる誤差成分及びノイズ成分が重畳している。q軸電流Iqの誤差成分及びノイズ成分ΔIqは、電流検出の最小分解能ΔIlsbに起因して生じている。また、検出電流に基づいて算出された出力トルクτの推定値には、q軸電流Iqの誤差成分及びノイ
ズ成分ΔIqによって生じる誤差成分及びノイズ成分が重畳している。
【0060】
回転速度ωの推定値に対して速度用フィルタ処理F2を行うことにより、過渡的な回転加速度成分である過渡加速度値αfを抽出できている。また、出力トルクτの推定値に対してトルク用フィルタ処理F1を行うことにより、過渡的な出力トルク成分である過渡トルク値τfを抽出できている。
図5には、過渡加速度値αf及び過渡トルク値τfの絶対値を示している。出力トルクτ及び回転加速度αの変化が減少し、定常状態に近づくに従って、過渡トルク値τf及び過渡加速度値αfがゼロに近づいている。そのため、過渡トルク値τf及び過渡加速度値αfの実値に対して誤差成分及びノイズ成分が相対的に大きくなっており、SN比が悪化している。このSN比が悪化した過渡トルク値τf及び過渡加速度値αfに基づいて算出した慣性モーメントJの推定精度は大幅に悪くなっている。
【0061】
慣性モーメント推定部7は、過渡加速度値αfの絶対値|αf|が加速度用判定閾値Xαよりも大きく、且つ、過渡トルク値τfの絶対値|τf|がトルク用判定閾値Xτよりも大きい場合に、慣性モーメントJの推定値の更新を許可し、それ以外の場合に、慣性モーメントJの推定値の更新を禁止している。また、
図5の加速度用判定閾値Xα及びトルク用判定閾値Xτは、式(14)及び式(15)に基づき、回転速度ω及び出力トルクτの推定に用いられる交流回転機20の回転機定数、及び電流の検出の最小分解能ΔIlsbに応じた値に設定されている。よって、SN比が大きく悪化していない過渡加速度値αf及び過渡トルク値τfに基づいて、慣性モーメントJの推定値を精度よく更新することができている。特に、過渡加速度値の絶対値|αf|及び過渡トルク値の絶対値|τf|がゼロに近づいていき、SN比が大きく悪化する前の適切なタイミングで更新を禁止することができており、慣性モーメントJの推定精度の悪化を抑制できている。
【0062】
慣性モーメント推定部7は、過渡加速度値αf及び過渡トルク値τfに基づいて算出した慣性モーメントJに対して平均化処理16を行った値を、最終的な慣性モーメントJとして算出している。平均化処理16後の慣性モーメントJの推定値の精度は、良好になっている。また、推定値の更新開始前に生じていた推定値の誤差は更新中に減少している。
【0063】
次に、
図6に示す、判定閾値Xτ、Xαに、適切な値よりも小さな値が設定されている比較例の場合について説明する。
図6の加速度用判定閾値Xα及びトルク用判定閾値Xτは、
図5の場合よりも小さい値に設定されている。そのため、SN比が悪化した過渡加速度値αf及び過渡トルク値τfに基づいて、慣性モーメントJの推定値が更新されており、推定精度が悪化している。特に、過渡加速度値の絶対値|αf|及び過渡トルク値の絶対値|τf|がゼロに近づいていき、SN比が悪化してから更新が禁止されており、慣性モーメントJの推定精度が悪化している。
【0064】
実施の形態2.
上記の実施の形態1では、トルク用判定閾値Xτ及び加速度用判定閾値Xαは、予め設定されている場合を例に説明したが、本実施の形態では、トルク用判定閾値Xτ及び加速度用判定閾値Xαは、測定した回転機定数に応じて変化されるように構成される場合を説明する。制御装置1は、回転機定数を測定する構成、及び回転機定数の測定値に応じて判定閾値Xτ、Xαを変化させる構成以外は、上記の実施の形態1と同様に構成されている。よって、上記の実施の形態1と同様の部分は、説明を省略する。
【0065】
本実施の形態では、制御装置1は、
図7のブロック図に示すように、電流検出部3、電圧指令生成部4、電圧印加部5、回転速度推定部6、慣性モーメント推定部7、及びトルク推定部8に加えて、回転機定数測定部9を備えている。回転機定数測定部9は、出力トルクτ及び回転速度ωの一方又は双方(本例では、双方)の推定に用いる、交流回転機20の回転機定数を測定する。そして、慣性モーメント推定部7は、回転機定数の測定値に
応じて、加速度用判定閾値Xα及びトルク用判定閾値Xτの一方又は双方(本例では、双方)を変化させるように構成されている。
【0066】
制御装置1が制御する交流回転機20の機種が変化すると、交流回転機20の回転機定数が変化する。回転機定数が変化すると、適切な加速度用判定閾値Xα及びトルク用判定閾値Xτの値が変化する。上記の構成によれば、回転機定数が変化しても、回転機定数測定部9により、変化した回転機定数を測定することができる。そして、回転機定数の測定値に応じて、加速度用判定閾値Xα及びトルク用判定閾値Xτの一方又は双方を、適切な値に変化させることができる。よって、交流回転機20の機種が変化しても、慣性モーメントJの推定精度を維持することができる。
【0067】
本実施の形態に係る制御装置1の処理の手順(慣性モーメント演算方法)について、
図8に示すフローチャートに基づいて説明する。
ステップS21で、回転機定数測定部9は、
図9のフローチャートを用いて後述するように、交流回転機20の回転機定数を測定する回転機定数測定処理(回転機定数測定ステップ)を実行する。次に、ステップS22で、慣性モーメント推定部7は、ステップS21で測定した回転機定数の測定値に応じて、加速度用判定閾値Xα及びトルク用判定閾値Xτの一方又は双方を変化させる閾値設定処理(閾値設定ステップ)を実行する。その後、ステップS23で、制御装置1は、交流回転機20の通常運転を開始し、回転機の駆動制御処理(駆動制御ステップ)を実行する。ステップS23では、電圧指令生成部4は、電圧指令を生成する電圧指令生成処理(電圧指令生成ステップ)を実行する。電圧印加部5は、電圧指令に基づいてインバータ21を介して交流回転機20に電圧を印加させる電圧印加処理(電圧印加ステップ)を実行する。電流検出部3は、交流回転機20に流れる電流を検出する電流検出処理(電流検出ステップ)を実行する。回転速度推定部6は、電圧指令と電流とに基づいて、交流回転機20の回転速度ωを推定する回転速度推定処理(回転速度推定ステップ)を実行する。トルク推定部8は、電流に基づいて交流回転機20の出力トルクτを推定するトルク推定処理(トルク推定ステップ)を実行する。慣性モーメント推定部7は、出力トルクτに対してハイパスフィルタの特性を有するトルク用フィルタ処理F1を行った値である過渡トルク値τfと、回転速度ωに対して微分特性及びハイパスフィルタの特性を有する速度用フィルタ処理F2を行った値である過渡加速度値αfとに基づいて、慣性モーメントJを推定する慣性モーメント推定処理(慣性モーメント推定ステップ)を実行する。そして、慣性モーメント推定部7は、慣性モーメント推定処理(慣性モーメント推定ステップ)において、過渡トルク値τfの大きさが、トルク用判定閾値Xτよりも大きく、且つ、過渡加速度値αfの大きさが、加速度用判定閾値Xαよりも大きい場合に、慣性モーメントJの推定値の更新を許可し、それ以外の場合に、慣性モーメントJの推定値の更新を禁止する更新禁止処理(更新禁止ステップ)を実行する。
【0068】
式(10)を用いて上述したように、過渡トルク値τfに含まれる誤差成分及びノイズ成分Δτfの大きさは、出力トルクτの推定に用いる交流回転機20の回転機定数である極対数Pm及び回転子磁束φfに応じて変化する。そのため、慣性モーメント推定部7は、トルク用判定閾値Xτを、回転子磁束φfの測定値に応じて変化させるように構成されている。
【0069】
慣性モーメント推定部7は、式(16)に示すように、回転子磁束φfとトルク用判定閾値Xτとの関係が予め設定されたマップ又は関数fτを用い、回転子磁束φfの測定値に対応するトルク用判定閾値Xτを算出する。なお、慣性モーメント推定部7は、制御装置1が極対数Pmの異なる交流回転機20に対応できる場合は、極対数Pmの測定値に応じてトルク用判定閾値Xτを変化させるように構成されてもよい。
【数16】
【0070】
本実施の形態では、慣性モーメント推定部7は、式(14)に従い、回転子磁束φfの測定値、及び予め設定された電流検出の最小分解能ΔIlsbに基づいて、トルク用判定閾値Xτを算出するように構成されている。なお、トルク用判定閾値の設定ゲインKτ、及び極対数Pmは、予め設定されている。
【0071】
式(12)を用いて上述したように、過渡加速度値αfに含まれる誤差成分及びノイズ成分Δαfの大きさは、回転速度ωの推定に用いる交流回転機20の回転機定数である電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、回転子磁束φfに応じて変化する。そのため、慣性モーメント推定部7は、加速度用判定閾値Xαを、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、及び回転子磁束φfの測定値に応じて変化させるように構成されている。慣性モーメント推定部7は、式(17)に示すように、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、及び回転子磁束φfと、加速度用判定閾値Xαとの関係が予め設定されたマップ又は関数fαを用い、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、及び回転子磁束φfの測定値に対応する加速度用判定閾値Xαを算出する。
【数17】
【0072】
本実施の形態では、慣性モーメント推定部7は、式(15)に従い、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、及び回転子磁束φfの測定値、並びに予め設定された電流検出の最小分解能ΔIlsbに基づいて、加速度用判定閾値Xαを算出するように構成されている。なお、加速度用判定閾値の設定ゲインKαは、予め設定されている。
【0073】
回転機定数測定部9は、回転速度推定部6において推定される回転子磁束φfの推定値φfeを、回転子磁束φfの測定値として用いるように構成されている。
【0074】
回転機定数測定部9は、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lqを測定する定数測定制御を実行するように構成されている。
図9のフローチャートに示すように、回転機定数測定部9は、新たな交流回転機20が制御装置1に接続された判定した場合(ステップS11:Yes)に、ステップS12以降の定数測定制御を開始する。例えば、回転機定数測定部9は、初期化スイッチ(不図示)が、ユーザにより操作されたと判定した場合に、新たな交流回転機20が制御装置1に接続されたと判定するように構成される。或いは、回転機定数測定部9は、電源オン後の初期動作として、定数測定制御を実行するように構成されてもよい。
【0075】
ステップS12で、回転機定数測定部9は、交流回転機20の停止時の磁極位置θを測定する初期磁極検出処理(初期磁極検出ステップ)を実行する。停止時の磁極位置測定法については、例えば「センサレス突極形ブラシレスPMモータの初期位置推定角方法」(電学論D、116巻7号、平成8年)など、さまざまな方法が提案されており、これらの方法を用いることで、停止時の磁極位置θを検出することができる。例えば、回転機定数測定部9は、交流回転機20にパルス電圧を印加した後の電流波形に基づいて、磁極位置θを推定する。
【0076】
ステップS13では、回転機定数測定部9は、ステップS12で測定した交流回転機20の磁極位置θの方向に電圧を印加して交流回転機20の電機子抵抗Rを測定する抵抗測定処理(抵抗測定ステップ)を実行する。具体的には、回転機定数測定部9は、電圧指令生成部4により、トルク電流を発生させるq軸電圧指令Vqを0とし、一定のd軸電圧指令Vdを発生させて、交流回転機20に電圧を印加させ、電流検出部3により、その時の電流を測定する。そして、回転機定数測定部9は、式(18)を用い、d軸電圧指令Vd、d軸電流Id、q軸電流Iqに基づいて、電機子抵抗Rを算出する。
【数18】
【0077】
ステップS14では、回転機定数測定部9は、交流回転機20のインダクタンスLq、Ldを測定するインダクタンス測定処理(インダクタンス測定ステップ)を実行する。特許第5523584号公報に記載の方法を用いることができる。回転機定数測定部9は、電圧指令生成部4により、交流回転機20の基本回転周波数より十分高い周波数ωh[Hz]の電圧を印加させ、電流検出部3により、その時の電流を測定し、インダクタンスLを演算する。具体的には、電圧指令生成部4は、周波数ωhで回転する直交座標系をγδ軸として、γδ軸上で(Vh、0)なる電圧指令を与え、dq軸電圧指令Vd、Vqに高調波を重畳させる。電流検出部3は、検出電流を、周波数ωhより低い周波数ωh*で回転する直交座標系γ*δ*軸上に座標変換し、γ*軸電流Iγ*を演算する。回転機定数測定部9は、γ*軸電流Iγ*から周波数ωhと同一周波数の電流振幅Ihを抽出し、式(19)を用い、インダクタンスLを演算する。
【数19】
回転機定数測定部9は、γ*δ*軸を少なくとも電気角で一周分以上回転させてインダクタンスLを演算し、その間のインダクタンスLの最大値と最小値を抽出し、最大値をq軸インダクタンスLqの測定値、最小値をd軸インダクタンスLdの測定値とする。
【0078】
なお、各回転機定数の測定方法については、本実施の形態に示すものに限らず、回転速度センサを用いないセンサレスの交流回転機において、初期磁極位置、電機子抵抗、インダクタンスの回転機定数を測定する方法であれば、どのような方法を用いてもよい。
【0079】
実施の形態3.
上記の実施の形態1では、トルク用判定閾値Xτ及び加速度用判定閾値Xαは、予め設定されている場合を例に説明したが、本実施の形態では、トルク用判定閾値Xτ及び加速度用判定閾値Xαは、ユーザにより入力された回転機定数に応じて変化されるように構成される場合を説明する。制御装置1は、ユーザによる回転機定数の入力を受け付ける構成、及び回転機定数の入力値に応じて判定閾値Xτ、Xαを変化させる構成以外は、上記の実施の形態1と同様に構成されている。よって、上記の実施の形態1と同様の部分は、説明を省略する。
【0080】
本実施の形態では、制御装置1は、
図10のブロック図に示すように、電流検出部3、電圧指令生成部4、電圧印加部5、回転速度推定部6、慣性モーメント推定部7、及びトルク推定部8に加えて、回転機定数入力部14を備えている。回転機定数入力部14は、出力トルクτ及び回転速度ωの一方又は双方(本例では、双方)の推定に用いる、交流回転機20の回転機定数の入力を受け付ける。そして、慣性モーメント推定部7は、回転機定数の入力値に応じて、加速度用判定閾値Xα及びトルク用判定閾値Xτの一方又は双方(本例では、双方)を変化させるように構成されている。
【0081】
この構成によれば、交流回転機20の機種が変更され、回転機定数が変化したとしても、ユーザにより入力された回転機定数の入力値に応じて、加速度用判定閾値Xα及びトルク用判定閾値Xτの一方又は双方を、適切な値に変化させることができる。よって、交流回転機20の機種が変化しても、慣性モーメントJの推定精度を維持することができる。
【0082】
回転機定数入力部14は、表示装置及び入力装置等から構成されるユーザインターフェイス装置を備えており、ユーザによるユーザインターフェイス装置の操作により、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、回転子磁束φf、及び極対数Pmの値の入力を受け付けるように構成されている。
【0083】
慣性モーメント推定部7は、トルク用判定閾値Xτを、回転子磁束φf及び極対数Pmの入力値に応じて変化させるように構成されている。慣性モーメント推定部7は、回転子磁束φf及び極対数Pmと、トルク用判定閾値Xτとの関係が予め設定されたマップ又は関数を用い、回転子磁束φf及び極対数Pmの入力値に対応するトルク用判定閾値Xτを算出する。
【0084】
本実施の形態では、慣性モーメント推定部7は、式(14)に従い、回転子磁束φf及び極対数Pmの入力値、並びに予め設定された電流検出の最小分解能ΔIlsbに基づいて、トルク用判定閾値Xτを算出するように構成されている。なお、トルク用判定閾値の設定ゲインKτは、予め設定されている。
【0085】
慣性モーメント推定部7は、上記の実施の形態2と同様に、加速度用判定閾値Xαを、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、及び回転子磁束φfの入力値に応じて変化させるように構成されている。慣性モーメント推定部7は、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、及び回転子磁束φfと、加速度用判定閾値Xαとの関係が予め設定されたマップ又は関数を用い、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、及び回転子磁束φfの入力値に対応する加速度用判定閾値Xαを算出する。
【0086】
本実施の形態では、慣性モーメント推定部7は、式(15)に従い、電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lq、及び回転子磁束φfの入力値、並びに予め設定された電流検出の最小分解能ΔIlsbに基づいて、加速度用判定閾値Xαを算出するように構成されている。なお、加速度用判定閾値の設定ゲインKαは、予め設定されている。
【0087】
〔その他の実施の形態〕
最後に、本発明のその他の実施の形態について説明する。なお、以下に説明する各実施の形態の構成は、それぞれ単独で適用されるものに限られず、矛盾が生じない限り、他の実施の形態の構成と組み合わせて適用することも可能である。
【0088】
(1)上記の各実施の形態においては、トルク用フィルタ処理F1及び速度用フィルタ処理F2は、ローパスフィルタの特性を有している場合を例に説明した。しかし、トルク用フィルタ処理F1及び速度用フィルタ処理F2は、ローパスフィルタの特性を有していなくともよい。
【0089】
(2)上記の実施の形態2において、回転機定数測定部9は、交流回転機20の通常運転を開始する前(回転機の駆動制御を開始する前)に、交流回転機20の回転機定数として電機子抵抗R、dq軸インダクタンスLd、Lqを測定する回転機定数測定処理を実行するように構成されている場合を例に説明した。しかし、回転機定数測定部9は、回転機の駆動制御の実行中に、交流回転機20の回転機定数として、電機子抵抗R、及びdq軸インダクタンスLd、Lqの一方又は双方を測定し、慣性モーメント推定部7は、回転機定数の測定値に応じて判定閾値Xτ、Xαの一方又は双方を変化させるように構成されてもよい。この場合は、回転機定数測定部9は、回転機の駆動制御の実行中に、式(18)に基づいて、電機子抵抗Rを算出するように構成される。また、回転機定数測定部9は、回転機の駆動制御の実行中に、実施の形態2と同様に、dq軸電圧指令Vd、Vqに周波数ωhの高調波を重畳させ、その時の検出電流から式(19)に基づいて、インダクタンスLを算出し、算出したインダクタンスLの最大値と最小値からdq軸インダクタンスLd、Lqを算出するように構成される。この構成によれば、回転機の駆動制御の実行中に、交流回転機20の温度変化により、電機子抵抗Rが変化し、また、電流変化により、dq軸インダクタンスLd、Lqが変化しても、これらの回転機定数の変化に応じて、判定閾値Xτ、Xαの一方又は双方を変化させることができ、慣性モーメントJの推定精度が悪化することを抑制できる。なお、回転子磁束φfには、実施の形態2と同様に、回転機の駆動制御の実行中に、回転速度推定部6において推定される回転子磁束φfの推定値φfeが用いられる。
【0090】
(3)上記の各実施の形態においては、制御装置1は、演算処理装置90、記憶装置91、入力回路92、及び出力回路93等により構成されている場合を例に説明した。しかし、制御装置1の一部が、他の処理回路により構成されてもよい。例えば、固定座標変換及び二相三相変換、三相二相変換及び回転座標変換等の座標変換処理、三相交流電圧指令Vu、Vv、Vwに基づいて矩形パルス波を生成するPWM信号生成処理等の制御装置1の処理の一部又は全部を実行する、システムLSI、コンパレータ、三角波生成回路等の電子回路が、制御装置1に備えられてもよい。
【0091】
なお、本発明は、その発明の範囲内において、各実施の形態を自由に組み合わせたり、各実施の形態を適宜、変形、省略したりすることが可能である。