【文献】
Journal of Clinical and Experimental Medicine, 2011, Vol.239, No.14, pp.1247-1252
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
外来性の初期化遺伝子が導入され、該外来性の初期化遺伝子の全てが後天的な発現抑制を受けていない自己複製可能な培養細胞であって、前記初期化遺伝子が、Oct3/4、Oct1、Oct2、Oct5およびOct6から成る群から選択されるOctファミリー遺伝子、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15およびSox17から成る群から選択されるSoxファミリー遺伝子、c-Myc、N-MycおよびL-Mycから成る群から選択されるMycファミリー遺伝子、並びにKlf4、Klf2およびKlf5から成る群から選択されるKlfファミリー遺伝子であり、内在性のOct3/4が発現しておらず、内在性のNANOG、ZEB1およびZEB2が発現している前記細胞を6日間〜10日間、1.5×105個/cm2以上の細胞密度で高密度培養する工程を含む、多能性幹細胞を製造する方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、iPS細胞とは異なる新規の初期化幹細胞を提供することを目的とする。本発明はまた、この新規の初期化幹細胞から多能性幹細胞または神経幹細胞を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らはiPS細胞の作製過程において、自己複製をする幹細胞を見出し、この幹細胞を検討した結果、単一分散培養で容易に培養が可能であり、高密度培養を行うことで多能性幹細胞へと変換できることを見出し、有用な幹細胞であることを初めて見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、以下を包含する。
[1] 外来性の初期化遺伝子が導入され、該外来性の初期化遺伝子の全てが後天的な発現抑制を受けていない自己複製可能な培養細胞であって、前記初期化遺伝子が、Octファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子、Mycファミリー遺伝子およびKlfファミリー遺伝子から成る群から選択される1以上の遺伝子である前記細胞。
[2] 前記初期化遺伝子が、Octファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子、Mycファミリー遺伝子およびKlfファミリー遺伝子である、[1]に記載の細胞。
[3] 前記Octファミリー遺伝子がOct3/4であり、前記Soxファミリー遺伝子がSox2であり、前記Mycファミリー遺伝子がc-Mycであり、および前記Klfファミリー遺伝子がKlf4である、[1]または[2]に記載の細胞。
[4] 前記初期化遺伝子が、染色体に組み込まれている、[1]から[3]のいずれかに記載の細胞。
[5] 内在性のOct3/4が発現しておらず、NANOG、ZEB1およびZEB2が発現している、[1]から[4]のいずれかに記載の細胞。
[6] 高密度培養により外来性の初期化遺伝子の発現が抑制される、[1]から[5]のいずれかに記載の細胞。
[7] 高密度培養により内在性Oct3/4の発現が増大する、[1]から[6]のいずれかに記載の細胞。
[8] 高密度培養によりヒストンH3の9番目のリジンのトリメチル化が亢進する、[1]から[7]のいずれかに記載の細胞。
[9] (1)体細胞へ初期化遺伝子を導入する工程、および、
(2)該外来性の初期化遺伝子の全てが発現抑制を受けていない細胞を選択する工程
を含む自己複製可能な培養細胞の製造方法であって、前記初期化遺伝子が、Octファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子、Mycファミリー遺伝子およびKlfファミリー遺伝子から成る群から選択される1以上の遺伝子である前記方法。
[10] 前記初期化遺伝子が、Octファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子、Mycファミリー遺伝子およびKlfファミリー遺伝子である、[9]に記載の方法。
[11] 前記Octファミリー遺伝子がOct3/4であり、前記Soxファミリー遺伝子がSox2であり、前記Mycファミリー遺伝子がc-Mycであり、および前記Klfファミリー遺伝子がKlf4である、[9]または[10]に記載の方法。
[12] 前記初期化遺伝子をレトロウィルスで導入する、[9]から[11]のいずれかに記載の方法。
[13] 前記細胞が、内在性のOct3/4が発現しておらず、NANOG、ZEB1およびZEB2が発現している細胞である、[9]から[12]のいずれかに記載の方法。
[14] [1]から[8]のいずれかに記載された培養細胞を高密度培養する工程を含む、多能性幹細胞を製造する方法。
[15] 前記高密度培養が1.5×10
5個/cm
2以上の細胞密度で行われる、[14]に記載の方法。
[16] 前記多能性幹細胞では外来性遺伝子の発現が抑制されている、[14]または[15]に記載の方法。
[17] 前記高密度培養時に、mTOR活性化剤が添加された培地を用いる、[14]から[16]のいずれかに記載の方法。
[18] mTOR活性化剤がVPAである、[17]に記載の方法。
[19] [1]から[8]のいずれかに記載された培養細胞をGSK3β阻害剤が添加された培地で培養する工程を含む、神経幹細胞を製造する方法。
[20] 前記GSK3β阻害剤がCHIR99021である、[19]に記載の方法。
[21] 前記培地へさらにMEK阻害剤を添加する、[19]または[20]に記載の方法。
[22] 前記MEK阻害剤がPD0325901である、[21]に記載の方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明に示す新規初期化幹細胞は、単一分散培養が可能であることから遺伝子操作を容易に行うことが可能となる。さらに、この新規初期化幹細胞は、高密度培養することで多能性幹細胞へと変換することが可能であることから、遺伝子操作によりマーカー遺伝子等を導入された多能性幹細胞を得ることができるため、疾患の治療薬の開発が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、(1)体細胞へ初期化遺伝子を導入する工程、(2)得られた細胞から該外来性の初期化遺伝子の全てが発現抑制を受けていない細胞を選択する工程を含む自己複製可能な培養細胞を製造する方法を提供する。ここで得られた培養細胞は、iPS細胞とは全く異なる新規の性質を有することからIntermediately Reprogrammed Stem (iRS)細胞と称す。
【0011】
本発明において、初期化遺伝子とは、ES細胞に特異的に発現している遺伝子もしくはnon-cording RNAまたはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子もしくはnon-coding RNAによって構成されてもよい。初期化遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3、Glis1、Zscan4、PARP-1、Rex1、Cyclin D、Pin1、hTERT、SV40LT、UTF1、IRX6、GLISl、PITX2、DMRTBlおよびこれらのファミリー遺伝子等が例示される。ここで、ファミリー遺伝子とは、立体的および機能的単位であるドメインや、さらに小規模な構造的特徴であるモチーフなどのタンパク質をコードする遺伝子を有する遺伝子群を意味し、例えば、Octファミリー遺伝子には、Oct3/4、Oct1、Oct2、Oct5、Oct6などが例示され、Soxファミリー遺伝子には、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15またはSox17などが例示され、Klf ファミリー遺伝子には、Klf4、Klf2またはKlf5などが例示され、Myc ファミリー遺伝子には、c-Myc、N-MycまたはL-Mycなどが例示される。
【0012】
これらの初期化遺伝子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化遺伝子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO 2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO 2010/111409、WO 2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、WO2012/158561、WO2012/112458、WO2012/096552、WO2012/060473、WO2012/057052、Huangfu D, et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al. (2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al. (2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A, (2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al. (2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al., (2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al. (2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al. (2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al. (2010), Nature. 463:1096-100、Mali P, et al. (2010), Stem Cells. 28:713-720、Maekawa M, et al. (2011), Nature. 474:225-9.に記載の組み合わせが例示される。本発明において好ましい初期化遺伝子の組み合わせは、Octファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子、Klf ファミリー遺伝子およびMyc ファミリー遺伝子の組み合わせであり、より好ましい初期化遺伝子の組み合わせは、Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycである。
【0013】
本発明はまた、初期化遺伝子としてnon-cording RNAとして、miRNA、siRNAまたはshRNAなどを用いてもよい。miRNAとしては、例えば、hsa-mir-302a 、hsa-miR-302b 、hsa-miR-302c 、hsa-miR-302d 、hsa-miR-372 、hsa-miR-373 、hsa-miR-17 、hsa-miR-20a 、hsa-miR-20b 、hsa-miR-93 、hsa-mir-106a 、hsa-mir- 106bまたはhas-mir-520dが例示される。これらのmiRNAは、miRBase(www.mirbase.org/)等のウェブサイトより確認できるが、WO2009/058413、WO2009/075119、WO2009/091659、WO2010/115050、WO2011/060100、WO2011/102444、WO/2011/133288またはWO2012/008302を参照しても良い。また、siRNAまたはshRNAとしては、p53に対するsiRNAまたはshRNA、Oct3/4、Sox2またはKlf4のアンチセンスRNA に対するsiRNAまたはshRNAまたはp21に対するsiRNAまたはshRNAが例示される。これらのsiRNAまたはshRNAは、WO2009/157593、WO2010/135329、WO/2012/064090を参照することによって得られる。
【0014】
本発明において、初期化遺伝子を導入する体細胞において、ある内在性の初期化遺伝子が発現している場合は、その初期化遺伝子は導入しなくともよい。
【0015】
本発明において、初期化遺伝子を導入する方法として、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクターを用いて、あるいはリポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって、体細胞内に導入する方法を挙げることができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126, pp.663-676, 2006; Cell, 131, pp.861-872, 2007; Science, 318, pp.1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322, 945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(WO 2010/008054)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、初期化遺伝子が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、初期化因子をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合する初期化因子をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。別の好ましい一実施態様においては、トランスポゾンを用いて染色体に導入遺伝子を組み込んだ後に、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞に転移酵素を作用させ、導入遺伝子を完全に染色体から除去する方法が用いられ得る。好ましいトランスポゾンとしては、例えば、鱗翅目昆虫由来のトランスポゾンであるpiggyBac等が挙げられる(Kaji, K. et al., (2009), Nature, 458: 771-775、Woltjen et al., (2009), Nature, 458: 766-770 、WO 2010/012077)。さらに、ベクターには、染色体への組み込みがなくとも複製されて、エピソーマルに存在するように、リンパ指向性ヘルペスウイルス(lymphotrophic herpes virus)、BKウイルスおよび牛乳頭腫(Bovine papillomavirus)の起点とその複製に係る配列を含んでいてもよい。例えば、EBNA-1およびoriPもしくはLarge TおよびSV40ori配列を含むことが挙げられる(WO 2009/115295、WO 2009/157201およびWO 2009/149233)。また、複数の初期化遺伝子を同時に導入するために、ポリシストロニックに発現させる発現ベクターを用いてもよい。ポリシストロニックに発現させるためには、遺伝子をコードする配列の間は、IRESまたは口蹄病ウイルス(FMDV)2Aコード領域により結合されていてもよい(Science, 322:949-953, 2008およびWO 2009/0920422009/152529)。
【0016】
また、本発明では、初期化遺伝子をRNAやタンパク質の形態で導入してもよく、タンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTATおよびポリアルギニン)との融合させた状態で細胞と接触させてもよく、リポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入しても良い。RNAの形態の場合、分解を抑制するため、5-メチルシチジンおよびpseudouridine (TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いても良く(Warren L, (2010) Cell Stem Cell. 7:618-630)、導入には、リポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法を用いてもよい。尚、本発明においては、初期化遺伝子を導入した体細胞にてこの遺伝子が発現し続けていることが好ましいことから、RNAやタンパク質の形態で導入した場合、例えば、1日、2日、3日、4日、5日、6日または7日ごとに初期化遺伝子を導入し続ける必要がある。
【0017】
本発明においては、導入された初期化遺伝子は染色体内に組み込まれることが好ましいため、レトロウィルス、レンチウイルス、pggyBacを有するベクターを用いて導入することが好ましい。
【0018】
本発明においては、初期化遺伝子が安定的に発現するように体細胞への該遺伝子の導入後、培養を継続することが好ましい。培養にあたっては、コーティング処理された培養容器にて、任意の培地中で培養してもよく、フィーダー細胞上で培養してもよい。フィーダー細胞としては、マウス線維芽細胞(MEF)やSTO細胞などが例示される。コーティング剤としては、例えば、マトリゲル(BD)、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、またはエンタクチン、およびこれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは、初期化遺伝子を導入した体細胞をフィーダー細胞上で培養後、マトリゲルをコーティングした培養器へ移し、培養を継続する方法が挙げられる。
【0019】
本発明の培養において用いる培養液は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばMEM、199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)、αMEM、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)およびこれらの混合培地などが包含される。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよく、必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子(bFGF等)、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい培地は、10%の血清を含有したMEMまたはKSRおよびbFGFを含有するDMEMおよびF12を1:1で混合した培地である。さらに好ましい培地は、使用する培地にてMEF等を培養した培養上清(馴化培地)である。
【0020】
培養条件について、培養温度は、以下に限定されないが、約30〜約40℃、好ましくは約37℃であり、CO
2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO
2濃度は、好ましくは約2〜約5%である。
【0021】
培養期間は、特に限定されないが、10日以上、15日以上、20日以上、25日以上、30日以上、35日以上、40日以上、またはそれ以上の日数が挙げられる。好ましくは、20日以上である。
【0022】
培養後、得られた細胞群からiRS細胞を選択することが可能である。iRS細胞の選択に当たっては、導入した初期化遺伝子の発現が抑制されていないことで選択することが可能であり、例えば、初期化遺伝子と共にマーカー遺伝子を導入した場合は、そのマーカー遺伝子の発現を確認することで行うことができる。マーカー遺伝子の発現の確認にあたっては、マーカー遺伝子が薬剤耐性遺伝子である場合は対応する薬剤を含む培養液(選択培養液)で培養を行うことによりiRS細胞を選択することができる。また、マーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、iRS細胞を選択することができる。
【0023】
本発明において、初期化遺伝子を導入する体細胞は、卵子、卵母細胞、ES細胞などの生殖系列細胞または分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好ましくは、ヒトを含む哺乳動物細胞)をいう。体細胞は、特に限定されないが、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、および成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、および株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞および脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0024】
<iRS細胞>
上記の方法で得られたiRS細胞は、自己複製により増殖が行われ、導入した初期化遺伝子が継代培養を継続後にも発現が抑制されないことによって特徴づけられる。さらに、iRS細胞は、特異的なマーカー遺伝子の発現の有無によっても特徴づけられる。例えば、内在性のOct3/4、Klf4、c-Myc、TDGF1、Rex1、E-cadherin(ECAD)およびEPCAMから選択されるマーカー遺伝子の発現が、ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞と比較して有意に低い、または発現が無い細胞、ならびにNanog、ZEB1およびZEB2から選択されるマーカー遺伝子を発現している細胞、好ましくは、Nanogの発現が体細胞よりも有意に高く、ZEB1および/またはZEB2の発現が多能性幹細胞よりも有意に高い細胞をiRS細胞とする。より好ましくは、iRS細胞は、内在性のOct3/4を発現しておらず、かつNanog、ZEB1およびZEB2を発現している細胞であり、さらに好ましくは、Nanogを多能性幹細胞と同等に発現し、かつZEB1およびZEB2を体細胞と同等に発現する細胞である。この他にも、ヒストンH3の4番目のリジン(H3K4)のモノメチル化(H3K4me1)、ジメチル化(H3K4me2)およびトリメチル化(H3K4me3)、ヒストンH3の9番目のリジン(H3K9)のモノメチル化(H3K9me1)、ジメチル化(H3K9me2)、トリメチル化(H3K9me3)およびアセチル化(H3K9Ac)、ヒストンH3の14番目のリジン(H3K14)のアセチル化(H3K14Ac)、ヒストンH3の27番目のリジン(H3K27)のモノメチル化(H3K27me1)、ジメチル化(H3K27me2)およびトリメチル化(H3K27me3)、ヒストンH3の36番目のリジン(H3K36)のモノメチル化(H3K36me1)、ジメチル化(H3K36me2)およびトリメチル化(H3K36me3)、ヒストンH4の8番目のリジン(H4K8)のアセチル化(H4K8Ac)ならびにヒストンH4の20番目のリジン(H4K20)のモノメチル化(H4K20me1)が、多能性幹細胞に比べて有意に低い、または当該修飾が無い細胞をiRS細胞とすることができる。
本発明において、マーカー遺伝子の発現の検定は、核酸増幅法によってRNA量を測定することによって行われてもよく、特異的抗体を用いてその翻訳産物量を特定することによって行われてもよい。
【0025】
iRS細胞は、継代培養により増幅させることができる。継代にあたって、細胞は解離して単一細胞へと分散させることができる。細胞を解離する方法としては、例えば、力学的に解離する方法、プロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する解離溶液(例えば、トリプシン溶液、Accutase(TM)およびAccumax(TM)など)またはコラゲナーゼ活性のみを有する解離溶液を用いた解離方法が挙げられる。
【0026】
本発明においては、iRS細胞の継代培養にあたっては、コーティング処理された培養容器にて、任意の培地中で培養してもよい。コーティング剤としては、例えば、マトリゲル(BD)、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、またはエンタクチン、およびこれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは、初期化遺伝子を導入した体細胞をフィーダー細胞上で培養後、マトリゲルをコーティングした培養器へ移し、培養を継続する方法が挙げられる。
【0027】
本発明のiRS細胞の継代培養において用いる培養液は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばMEM、199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)、αMEM、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)およびこれらの混合培地などが包含される。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよく、必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子(bFGF等)、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい培地は、KSRおよびbFGFを含有するDMEMおよびF12を1:1で混合した培地である。さらに好ましい培地は、使用する培地にてMEF等を培養した培養上清(馴化培地)である。
【0028】
培養条件について、培養温度は、以下に限定されないが、約30〜約40℃、好ましくは約37℃であり、CO
2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO
2濃度は、好ましくは約2〜約5%である。
【0029】
継代期間は、細胞同士の接着がiRS細胞の自己複製に影響を与えることから、好ましくは、2日以内、3日以内、4日以内、5日以内が例示される。好ましくは、3日である。
【0030】
<多能性幹細胞への変換方法>
上記の方法で得られたiRS細胞は、高密度培養することで、多能性幹細胞へ変換することができる。ここで多能性幹細胞とは、生体に存在する全ての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、自己増殖能をも併せもつ幹細胞である。
【0031】
iRS細胞から多能性幹細胞への変換のための高密度培養とは、細胞同士が接触していればよく、例えば、特に限定されないが、5×10
4 cells/cm
2以上、1×10
5 cells/cm
2以上、1.5×10
5 cells/cm
2以上、2×10
5 cells/cm
2以上、2.5×10
5 cells/cm
2以上、3×10
5 cells/cm
2以上または3.5×10
5 cells/cm
2以上が挙げられる。
【0032】
本発明においては、iRS細胞の高密度培養にあたっては、コーティング処理された培養容器にて、任意の培地中で培養してもよい。コーティング剤としては、例えば、マトリゲル(BD)、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、またはエンタクチン、およびこれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは、初期化遺伝子を導入した体細胞をフィーダー細胞上で培養後、マトリゲルをコーティングした培養器へ移し、培養を継続する方法が挙げられる。
【0033】
本発明のiRS細胞の高密度培養において用いる培養液は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばMEM、199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)、αMEM、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)およびこれらの混合培地などが包含される。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよく、必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子(bFGF等)、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい培地は、KSRおよびbFGFを含有するDMEMおよびF12を1:1で混合した培地である。さらに好ましい培地は、使用する培地にてMEF等を培養した培養上清(馴化培地)である。
【0034】
添加する低分子化合物としては、mTOR活性化剤が例示される。mTOR活性化剤としては、例えば、国際公開第2006/027545号;Foster,D.A.,Cancer Res,67(1):1−4(2007);及び、Tee et al.,J.Biol.Chem.278:37288−96(2003)に記載のmTOR活性化剤およびバルプロ酸ナトリウム(VPA)が例示される。本発明において好ましいmTOR活性化剤はVPAである。
【0035】
培養条件について、培養温度は、以下に限定されないが、約30〜40℃、好ましくは約37℃であり、CO
2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO
2濃度は、好ましくは約2〜5%である。
【0036】
本発明の高密度培養の期間は、少なくとも6日間行われることが望ましく、例えば、6日間、7日間、8日間、9日間または10日間が例示される。
【0037】
<神経幹細胞への変換方法>
上記の方法で得られたiRS細胞は、GSK3β阻害剤を添加された培地で培養することで、神経幹細胞へ変換することができる。
【0038】
本発明において神経幹細胞とは、ニューロンおよびグリア細胞へ分化する細胞を供給する能力を持つ幹細胞であり、神経細胞接着分子(NCAM)、ポリシアリル化NCAM、A2B5(胎児や新生児の神経細胞に発現する)、中間体フィラメントタンパク質(ネスチン、ビメンチンなど)、転写因子Pax-6などの原始的神経外胚葉および神経幹細胞の発現マーカー、ドーパミンニューロンマーカー(チロシンハイドロキシラーゼ(TH)など)、神経マーカー(TuJ1など)などによって同定することができる。
【0039】
iRS細胞から神経幹細胞を培養する工程において用いる培養液は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばIMDM、199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)、αMEM、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)およびこれらの混合培地などが包含される。好ましくは、Neurobasal Mediumである。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい培地は、MEK阻害剤、GSK-3β阻害剤、N2サプリメント、B27サプリメントを含有するDMEMおよびF12を1:1で混合した培地である。
【0040】
本発明におけるGSK-3β阻害剤は、GSK-3βタンパク質のキナーゼ活性(例えば、βカテニンに対するリン酸化能)を阻害する物質として定義され、既に多数のものが知られているが、例えば、インジルビン誘導体であるBIO(別名、GSK-3β阻害剤IX;6-ブロモインジルビン3'-オキシム)、マレイミド誘導体であるSB216763(3-(2,4-ジクロロフェニル)-4-(1-メチル-1H-インドール-3-イル)-1H-ピロール-2,5-ジオン)、フェニルαブロモメチルケトン化合物であるGSK-3β阻害剤VII(4-ジブロモアセトフェノン)、細胞膜透過型のリン酸化ペプチドであるL803-mts(別名、GSK-3βペプチド阻害剤;Myr-N-GKEAPPAPPQSpP-NH
2)および高い選択性を有するCHIR99021(6-[2-[4-(2,4-Dichlorophenyl)-5-(4-methyl-1H-imidazol-2-yl)pyrimidin-2-ylamino]ethylamino]pyridine-3-carbonitrile)が挙げられる。これらの化合物は、例えばCalbiochem社やBiomol社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、他の入手先から入手してもよく、あるいはまた自ら作製してもよい。
【0041】
本発明で使用されるGSK-3β阻害剤は、好ましくは、CHIR99021であり得る。
【0042】
培地におけるCHIR99021の濃度は、例えば、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、3μMである。
【0043】
本発明におけるMEK阻害剤とは、MEKの働きを阻害(細胞増殖シグナル伝達を遮断)する働きを有する薬剤であり、MEKとは、細胞増殖因子が細胞の受容体に結合し、核に至るまでの細胞増殖シグナル伝達経路(MAPキナーゼ経路)にあるリン酸化酵素である。MEK阻害剤は、例えば、PD184352、PD98059、U0126、SL327およびPD0325901などが挙げられる。
【0044】
本発明で使用されるMEK阻害剤は、好ましくは、PD0325901であり得る。
【0045】
培地におけるPD0325901の濃度は、例えば、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、500nMである。
【0046】
培養条件について、培養温度は、以下に限定されないが、約30〜約40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2〜約5%である。
【0047】
本発明の高密度培養の期間は、少なくとも6日間行われることが望ましく、例えば、6日間、7日間、8日間、9日間または10日間が例示される。
【0048】
<iRS細胞作製用キット>
本発明は、iRS細胞を作製するためのキットを提供する。本キットには、上述した初期化遺伝子、遺伝子導入試薬、化合物、培養液、解離溶液および培養容器のコーティング剤を含んでもよい。本キットには、さらに分化誘導の手順を記載した書面や説明書を含んでもよい。
【実施例】
【0049】
実施例1
<Intermediately Reprogrammed Stem (iRS)細胞の製造>
OCT3/4、SOX2、KLF4、c-MYC(Takahashi K, et al, Cell. 131, 861-872, 2007)およびDsRed(Okita K, et al, Nature. 448, 313-317, 2007)をレトロウィルスを用いてヒト線維芽細胞TIG1(Ohashi, M, et al, Exp. Gerontol., 15, 539-549, 1980)へ導入した。続いて、遺伝子を導入したTIG1(1×10
5個)を3cmディッシュ中へ播種した。この時、4.0×10
5個のMEF をフィーダー細胞として用い、培地は、10%FBSを含有するMEMを用いた。4日間培養後、細胞を0.25%トリプシン/EDTA 溶液を用いて剥離し、10cmディッシュへ遺伝子導入したTIG1(5×10
4個)を播種した。この時、2.5×10
6個のMEF をフィーダー細胞として用い、培地は、10%FBSを含有するMEMを用いた。
【0050】
翌日、培地を、ヒトES細胞培地(KSRおよびbFGFを含有したDMEM/F12)でMEFを24時間培養して得られたMEF馴化培地へと交換した。
【0051】
培地交換から15-25日後、得られたコロニーのうちDsRedを発現しているコロニーを2%マトリゲル(BD)をコートした1cm wellへ各1コロニーずつ移し、MEF馴化培地中で培養し、5日後にDsRedを発現しているiRS細胞を得た(
図1AまたはB)。
【0052】
実施例2
<iRS細胞の培養>
上記の方法で得られたiRS細胞は、2.5×10
5個をマトリゲルコートした3cmディッシュ上でMEF馴化培地中で培養し、2日おきに0.25%トリプシン/EDTA 溶液を用いて細胞を剥離し継代を行った。この時、培地交換は毎日行った。
【0053】
<iRS細胞におけるマーカー遺伝子の発現>
iRS細胞についてマイクロアレイを用いて遺伝子解析を行い、ヒトiPS細胞(201B7株、京都大学より入手)、ヒトES細胞(京都大学より入手)およびTIG1と共にクラスター解析を行ったところ、iRS細胞の遺伝子発現プロファイルは、ヒトiPS細胞やES細胞のそれとは異なるものであり、さらに、TIG1とも異なるものあった(
図2A)。さらに、PCRを用いてOCT4、SOX2、KLF4およびc-MYC(以上は、外来性および内在性のそれぞれを検出した)、ならびにNANOG、TDF1、REX1、E-cadherin(ECAD)、EPCAM、ZEB1、ZEB2およびSLUGの発現を検出した。その結果を
図2Bに示す。
【0054】
実施例3
<iRS細胞から多能性細胞の作製>
iRS細胞をマトリゲルコートした3cmディッシュへ高密度培養(1×10
6個)で播種し、MEF馴化培地中で培養を継続すると3日目よりDsRed陰性の細胞が散見され、6日目にはDsRed陰性の細胞塊が確認できた。10日目にはES細胞様コロニーが確認できた(
図3A)。この時の外来性のOCT4およびSOX2の発現量を定量PCRで確認したところ、高密度培養から6日目で、外来性の遺伝子の発現はなくなり、以後、再発現することはなかった(
図3B)。さらに、内在性のOCT4、TDGF1およびECADの発現量を定量PCRで確認したところ、これらの多能性マーカー遺伝子の発現が確認された(
図3C)。同様に、他の多能性マーカー遺伝子のmRNAの発現量をヒートマップで確認したところ、6日目と10日目にはほぼ同様の遺伝子発現プロファイルであることが確認された(
図3D)。さらに、多能性を示す表面抗原マーカーであるSSEA4およびECADに対して、免疫染色法により検査したところ、6日目からいずれの表面抗原も認識することができた(
図3E)。以上より、iRS細胞を高密度培養行うことで、多能性細胞へと変換することが可能であった。
【0055】
<iRS細胞から多能性細胞への変換における低分子化合物の影響>
iRS細胞をマトリゲルコートした3cmディッシュへ高密度培養(1×10
6個)で播種し、MEF馴化培地へ0.5mMのVPAを添加し培養を継続したところ播種後6日目でのDsRedが陰性である細胞への変換率が格段に高くなった(
図4A)。一方、20nMのラパマイシンを培地へ添加したところ、DsRed陰性の細胞は現れなかった(
図4A)。この時のmTORのリン酸化を測定したところ、VPA添加ではリン酸化mTOR(p-mTOR)の量が増大し、ラパマイシン添加では減少していた(
図4B)。以上より、iRS細胞から多能性細胞への変換にはmTORシグナル伝達が重要な役割を果たしていることが確認された。従って、mTORシグナル伝達を亢進する低分子化合物(例えば、VPA)はiRS細胞から多能性細胞への変換に有用であることが示唆された。
【0056】
<iRS細胞のヒストン修飾>
iRS細胞をマトリゲルコートした3cmディッシュへ高密度培養(1×10
6個)で播種し、MEF馴化培地中で培養を継続した後、1日目、3日目および6日目の各ヒストンのメチル化およびアセチル化について免疫染色法により調べた。その結果を
図5および6に示す。高密度培養1日目のiRS細胞においては調べたヒストンの修飾についてはほとんど陰性であったが、3日目にはヒストンH3の9番目のリジン(H3K9)のトリメチル化(H3K9me3)(
図6A)、H3K27のトリメチル化(H3K27me3)、H3K27のアセチル化(H3K27Ac)(
図6B)およびH3K36のジメチル化(H3K36me2)(
図6C)が亢進することが確認された。さらに、6日目には、先ほどの修飾に加えてH3K4のモノメチル化(H3K4me1)、ジメチル化(H3K4me2)およびトリメチル化(H3K4me3)、H3K9のアセチル化(H3K9Ac)、H3K14のアセチル化(H3K14Ac)、H3K36のトリメチル化(H3K36me3)、ヒストンH4(H4)のK8のアセチル化(H4K8Ac)およびH4K20のモノメチル化(H4K20me1)が亢進することが確認された(
図5)。以上より、iRS細胞は、高密度培養することによりヒストンの修飾が変化することで多能性を獲得することが確認された。
【0057】
実施例4
<iRS細胞から神経幹細胞の作製>
iRS細胞をマトリゲルコートした3cmディッシュへ高密度培養(1×10
6個)で播種し、N2およびB27を含有するDMEM/F12(N2B27)へ3μMのCHIR99021(GSK3β阻害剤)および0.5μMのPD0325901(MEK阻害剤)を添加した培地に交換して6日間培養後、コロニーピックアップを行ったところ神経幹細胞様の細胞が現れた(
図7A)。この神経幹細胞様の細胞を継続培養後、免疫染色でTUJ1(ニューロンマーカー遺伝子)、O4(オリゴデンドロサイトマーカー遺伝子)およびGFAP(アストロサイトマーカー遺伝子)に対する抗体で染色したところ、これらのマーカー遺伝子が陽性である細胞が確認された。従って、神経幹細胞様の細胞は、各神経系の細胞への分化能を有する神経幹細胞であることが確認された(
図7B)。即ち、iRS細胞をGSK3β阻害剤およびMEK阻害剤を添加した培地中で培養することによって神経幹細胞へと誘導できることが確認された。さらに、GSK3β阻害剤のみでも同様のことが確認された(
図7C)。以上より、iRS細胞を少なくともGSK3β阻害剤を添加した培地で培養することで神経幹細胞を誘導できることが確認された。