(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
溶射装置を用いて行うアーク溶射においては、溶射ワイヤを溶射ガンに送給させつつアーク放電によって溶射ワイヤを溶解させる。溶解した溶射ワイヤはノズルから噴出されるガス流によって被溶射物へ噴き付けられ、当該被溶射物の表面に溶射被膜が形成される(たとえば、特許文献1を参照)。
【0003】
特許文献1には、シリンダブロックのボア面にアーク溶射処理を行うための溶射装置が記載されている。同文献に記載された溶射装置は、比較的に長尺な溶射ガンを備えている。溶射ガンは、ワイヤ導管およびガス流路が円筒部材の内部に設けられた構成である。当該溶射ガンをシリンダボア内に挿入した状態にてノズルからガス流を噴出し、ボア面に溶射被膜を形成する。ボア面への溶射被膜の形成は、溶射ガンおよびシリンダブロック(ボア面)を相対移動させながら行う。ワイヤ導管およびガス流路が円筒部材内に配置されているため、ワイヤ導管およびガス流路に、溶射した際の反射粒子や微細粒子の酸化物(溶射ヒューム)等が直接付着することはなく、これらワイヤ導管およびガス流路は保護されている。
【0004】
しかしながら、溶射処理時にノズルから噴出されるガスは次第に拡散する。このため、ボア内に溶射ガンを挿入して行う溶射処理においては、ボア面にて跳ね返った反射粒子や溶射ヒュームが溶射ガンに付着しやすい。溶射ヒューム等がノズル周辺に付着すると、ノズルから噴出されるガス流に乱れが生じたり、あるいはアークが適切に発生しない場合がある。このような場合には、意図した溶射被膜が形成されず、溶射被膜の品質低下を招くことになる。また、溶射ガンに溶射ヒューム等が付着すると、後にこれら付着物が剥がれてノズルからのガス流によって被溶射物の表面に噴き付けられる虞がある。このような事態を招くと、やはり溶射被膜の品質低下を招いてしまう。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような事情のもとで考え出されたものであって、溶着ヒューム等の付着を防止するのに適した溶射ガン、およびこれを備えた溶射装置を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明では、次の技術的手段を採用した。
【0008】
本発明の第1の側面よって提供される溶射ガンは、筒状のケース体と、上記ケース体に内挿されており、溶射ワイヤを通すための一対のワイヤ導管と、上記ケース体の先端側に設けられ、上記溶射ワイヤに電力を供給する一対の給電チップと、上記ケース体の内部に設けられ、ガスを流すためのガス流路と、上記ケース体の先端側に設けられ、上記ガス流路を経たガスを外部に噴出するためのノズルと、を備えた溶射ガンであって、上記ノズルは、上記ケース体の軸方向に対して交差する方向を向く複数の吐出口を含み、上記複数の吐出口は、それぞれの指向方向が前方に向かうにつれて互いに収束するように方向付けられていることを特徴としている。
【0009】
好ましい実施の形態においては、上記複数の吐出口の全体として指向方向が、前方に向かうにつれて上記ケース体の軸方向であって上記ケース体の先端側である第1方向に変位するように方向付けられている。
【0010】
好ましい実施の形態においては、上記複数の吐出口それぞれの指向方向が所定の収束位置に向かう。
【0011】
好ましい実施の形態においては、上記収束位置は、上記ケース体の軸方向に見て上記ケース体と重なる位置にある。
【0012】
好ましい実施の形態においては、上記複数の吐出口は、正面から見て略U字状に配列されている。
【0013】
本発明の第2の側面よって提供される溶射装置は、本発明の第1の側面に係る溶射ガンと、上記溶射ガンに溶射ワイヤを送り込むワイヤ送給手段と、上記溶射ガンにガスを送り込むガス供給手段と、上記溶射ガンに電力を供給する電力供給手段と、を備えることを特徴としている。
【0014】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好ましい実施形態につき、図面を参照しつつ具体的に説明する。
【0017】
図1は、本発明に係る溶射ガンを備えた溶射装置の一例を示す全体概略図である。溶射装置100は、基台110と、この基台110上に起立する支持板120と、支持板120に設けられた一対のワイヤ送給機構130と、溶射ガン200と、電源部300と、ガス供給手段400と、を備えている。
【0018】
基台110には、載置テーブル111が設けられ、この載置テーブル111上にワーク500(被溶射物)が置かれている。載置テーブル111は、ワーク移動機構112に支持されている。詳細な図示説明は省略するが、ワーク移動機構112は、水平面内でのスライド移動、昇降および回転の各動作を行うことが可能であり、ワーク移動機構112の動作によってワーク500に所望の動きを与えることができる。
【0019】
本実施形態において、ワイヤ送給機構130は、ワイヤリール131、ガイドローラ132、送給ローラ133、およびモータ134を備えており、ワイヤリール131に巻き取られた溶射ワイヤWを溶射ガン200に向けて送り出すものである。
【0020】
ワイヤリール131は、たとえば水平方向に延びる軸心回りに回転可能なリールに溶射ワイヤWが巻き取られた形態を有しており、回転しながら溶射ワイヤWを繰り出すことができる。ワイヤリール131から繰り出される溶射ワイヤWは、ガイドローラ132を経て下向きに方向を変え、溶射ガン200に至っている。
【0021】
送給ローラ133は、対をなすローラの少なくとも一方がモータ134によって駆動される。送給ローラ133は、ワイヤリール131に近接する位置と溶射ガン200に近接する位置との2箇所に設けられている。本実施形態においては、一対のワイヤ送給機構130の駆動により、溶射ワイヤWが対をなして溶射ガン200に供給される。
【0022】
電源部300は、溶射ガン200に電力を供給するものである。電源部300からの電力は、定電圧制御されて給電ケーブル310を介して溶射ガン200に供給され、後述のワイヤ導管220、給電部材215を介して給電チップ230に供給される。
【0023】
ガス供給手段400は、溶射ガン200にガスを送り込むものであり、たとえばコンプレッサにより噴出された圧縮エアを、流量および圧力が制御された状態で溶射ガン200に送り込む。
【0024】
溶射ガン200は、被溶射物にアーク溶射を行うものであり、適所に設けられたブラケット140を介して支持板120に支持されている。
図2〜6に示すように、溶射ガン200は、ケース体210と、一対のワイヤ導管220と、一対の給電チップ230と、一対のガイドライナ240と、ガス流路250とを備えている。
【0025】
ケース体210は、筒状本体211、上部カバー212、および下部カバー213を含んで構成される。筒状本体211は、所定の軸方向に長状に延びる円筒形状とされている。上部カバー212は筒状本体211の上端(基端)を塞いでおり、下部カバー213は筒状本体211の下端(先端)に設けられている。
【0026】
ワイヤ導管220は、溶射ワイヤWを通すものであり、たとえば銅管などの金属製パイプによって構成される。ワイヤ導管220は筒状本体211に内挿されており、ワイヤ導管220の下部は、ケース体210の下端寄りに設けられた絶縁部材214を介して当該ケース体210に支持されている。ワイヤ導管220の上部は、上部カバー212を貫通してケース体210の上端側(基端側)から外部に延びている。ワイヤ導管220は、筒状本体211の軸方向と略平行に延びている。各ワイヤ導管220の下端は、金属製の給電部材215に接続されている。詳細は後述するが、一対のワイヤ導管220は、ガス流路250内に配置されている。
【0027】
給電チップ230は、給電部材215に取り付けられている。給電部材215は、ワイヤ導管220と給電チップ230との間に位置しており、一対の給電チップ230に対応するように対をなして設けられている。より詳細には、
図6によく表れているように、給電部材215の先端部には雌ねじ215aが形成され、また、給電チップ230の基端部231には雄ねじ231aが形成されており、雌ねじ215aに雄ねじ231aを螺合することによって給電チップ230が給電部材215に取り付けられる。このようにして、給電チップ230はケース体210の下端側(先端側)に着脱可能に設けられている。
【0028】
一対の給電部材215に形成された一対の雌ねじ215aは、筒状本体211の軸方向に対して傾斜して延びる。そして、
図6によく表れているように、一対の給電部材215に取り付けられた一対の給電チップ230については、互いの中心軸線O1がケース体210の先端に向かうほど近接している。これら中心軸線O1は、ケース体210の先端側外方において交わっており、当該交点がアーク点P1として設定される。
【0029】
図5、
図6に示すように、ケース体210の先端部には、溶射ガスを外部に噴出するためのノズル216が設けられている。本実施形態において、ノズル216は、第1吐出口216a、および第2吐出口216を含んで構成される。これら第1および第2吐出口216a,216bは、互いに異なる方向を向いている。
【0030】
第1吐出口216aは、ケース体210の下端付近に位置する絶縁部材217に形成されており、ケース体210の軸方向であって当該ケース体210の先端側である方向x(第1方向)を向いている。
【0031】
第2吐出口216bは、下部カバー213の下垂部分の先端に形成されている。第2吐出口216bは複数設けられており、各第2吐出口216bは方向xと交差する方向を向いている。複数の第2吐出口216bは、溶射ワイヤWがアーク点P1で溶融した後、当該溶融金属を被溶射物に対して直接噴き付けるためのものであり、アーク点P1付近に向けられている。本実施形態において、
図7、
図8に示すように、複数の第2吐出口216bは、それぞれの指向方向が前方に向かうにつれて互いに収束するように方向付けられている。これら第2吐出口216bは、本発明でいう吐出口に相当する。なお、
図7、
図8においては、各第2吐出口216bの指向方向に沿った線分を一点鎖線で表している。
【0032】
本実施形態においては、複数の第2吐出口216bは、それぞれの指向方向に対して直角である断面が円形状であり、正面から見て略U字状に配列されている(
図6参照)。本実施形態においては、
図8に示すように、これら第2吐出口216bの全体としての指向方向(
図8において矢印D1で表す)が、前方に向かうにつれてケース体210の先端側である方向xに変位するように方向付けられている。また、
図7、
図8に示すように、複数の第2吐出口216bは、それぞれの指向方向が実質的に共通の収束点P2(収束位置)を向いている。
図8によく表れているように、この収束点P2は、ケース体210の軸方向に見てケース体210と重なる位置にある。なお、
図8において、第2吐出口216bが設けられた部分については第2吐出口216bが並ぶ方向に沿って切断した断面を表す。また、複数の第2吐出口216bは、それぞれの指向方向が共通の収束点P2を向くことを意図して形成されるが、実際には多少の誤差が生じうる。したがって、各第2吐出口216bの指向方向に沿った線分は、必ずしも収束点P2を通過するとは限らず、収束点P2の近傍を通過する場合もある。
【0033】
ガス流路250は、ケース体210の内部に設けられており、溶射ガスをノズル216(第1および第2吐出口216a,216b)まで流すための流路である。本実施形態において、ガス流路250は、ケース体210の内部空間によって構成されており、共通流路251、第1分岐流路252、および第2分岐流路253を有する。共通流路251は、筒状本体211の内側空間の大部分を占めており、比較的に大きな容積である。筒状本体211の外径寸法に対して共通流路251の占有する断面積が比較的大きい。
【0034】
ワイヤ導管220は、共通流路251において露出しており、このようにして、ワイヤ導管220は、共通流路251(ガス流路250)内に配置されている。第1および第2分岐流路252,253は、互いに分離しており、各々が共通流路251に連通している。第1および第2分岐流路252,253は、それぞれ第1および第2吐出口216a,216bにつながっている。本実施形態において、第1分岐流路252は、方向yに離間する2箇所に設けられている。
【0035】
一対のガイドライナ240は、それぞれ一対のワイヤ導管220に内挿されている。ガイドライナ240は、可撓性を有する筒状とされており、溶射ワイヤWを挿通させることによってこの溶射ワイヤWを案内する機能を果たす。ガイドライナ240を構成する材料としては、溶射ワイヤWの摺動抵抗の小さいものが好ましい。そのような材料としては、たとえばテフロン(登録商標)樹脂などの合成樹脂を挙げることができる。
【0036】
各ガイドライナ240は、ワイヤ導管220の全長にわたって内挿される。
図6によく表れているように、ガイドライナ240の下端部241(先端部)は、給電チップ230の基端部231に内挿されており、給電チップ230の中心軸線O1に沿って延びている。
図3、
図4に表れているように、ガイドライナ240の上端部(基端部)は、ワイヤ導管220の上端(基端)から突出して外部に延びている。
【0037】
次に、上記した実施形態に係る溶射ガン200および溶射装置100の作用について説明する。
【0038】
溶射装置100を用いて行う溶射作業時には、ワイヤ送給機構130によって溶射ガン200に溶射ワイヤWが送給される。送給された溶射ワイヤWは、ガイドライナ240内を挿通し、このガイドライナ240によってガイドされながらワイヤ導管220内を進む。そして、溶射ワイヤWは、ガイドライナ240の下端部241を経て給電チップ230へ送られ、給電チップ230に接触しながら中心軸線O1に沿ってアーク点P1に向かう。
【0039】
溶射ガン200には電源部300によって電力が供給される。溶射ワイヤWが給電チップ230に接触することにより、給電部材215から給電チップ230を介して溶射ワイヤWに電力供給される。そして、一対の給電チップ230から送り出された一対の溶射ワイヤWがアーク点P1で短絡することによって、一対の溶射ワイヤWの先端間にアークが発生する。
【0040】
溶射ガン200にはまた、ガス供給手段400からの圧縮ガスが送り込まれる。当該ガスは、ガス流路250(共通流路251、第1および第2分岐流路252,253)を通過し、ノズル216(第1および第2吐出口216a,216b)から噴出される。当該噴出されたガスは、溶射ワイヤWの先端のアークに吹き付けられ、溶融金属が液滴や微粒子状となって被溶射物(ワーク500)の表面に溶射被膜が形成される。ワーク500としては、たとえばシリンダブロックが用いられ、このシリンダブロックのボア面に対して溶射処理を行う。
図8に示されるように、ボア面Sに対する溶射処理は、溶射ガン200(ケース体210)をボア面Sの内側に挿入した状態で行う。溶射処理に際し、ボア面S(被溶射物の表面)は、ワーク移動機構112(
図1参照)によって回転や昇降などの動作を行う。
【0041】
本実施形態の溶射ガン200において、アーク点P1付近を向いた複数の第2吐出口216bは、それぞれの指向方向が前方に向かうにつれて互いに収束するように方向付けられている。複数の第2吐出口216bの各々から噴出されるガスは次第に拡散するが、これら第2吐出口216bは互いに収束するように方向付けられている。このため、複数の第2吐出口216bそれぞれから噴出されるガスは重畳し、流量および流速が大きく、また指向性が強いガス流が形成される。その結果、ボア面S(被溶射物の表面)にて跳ね返る反射粒子や溶射ヒュームが拡散しにくい。したがって、溶射ヒューム等がケース体210の先端付近に付着するのを防止することができる。
【0042】
図7、
図8を参照して上記したように、複数の第2吐出口216bそれぞれの指向方向は共通の収束点P2に向かう。この収束点P2は、ケース体210の軸方向に見てケース体210と重なる位置にある。このような構成によれば、
図8等からも理解されるように、ケース体210に近接する位置にあるボア面S(被溶射物の表面)に対し、指向性の強いガス流を適切に噴き付けることができる。このことは、溶射ヒューム等がケース体210の先端付近に付着するのを防止するうえで好ましい。
【0043】
図8に示したように、複数の第2吐出口216bの全体としての指向方向D1が、前方に向かうにつれてケース体210の先端側である方向xに変位するように方向付けられている。すなわち、複数の第2吐出口216bは、全体としてケース体210から当該ケース体210の先端側に遠ざかるように方向付けられている。このような構成によれば、ボア面S(被溶射物の表面)にて跳ね返った反射粒子がケース体210側に向かうのを抑制することができる。このことは、溶射ヒューム等がケース体210の先端付近に付着するのを防止するうえで好ましい。
【0044】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明の範囲は上記した実施形態に限定されるものではなく、各請求項に記載した事項の範囲内でのあらゆる変更は、すべて本発明の範囲に包摂される。
【0045】
上記実施形態においては、複数の第2吐出口216bそれぞれの指向方向が共通の収束点P2を向くように構成されていたが、本発明はかかる構成に限定されるものではなく、複数の吐出口それぞれの指向方向が所定の収束位置に向かって互いに収束するように方向付けられておればよい。たとえば、
図9に示すように、複数の吐出口それぞれの指向方向が所定の収束エリアS2に向かっており、当該収束エリアS2を通過する構成でもよく、また、複数の吐出口それぞれの指向方向が所定の収束線L2に向かっており、当該収束線L2を通過する構成でもよい。
【0046】
上記実施形態においては、複数の第2吐出口216bの全体としての指向方向D1が前方に向かうにつれてケース体210の軸方向であって当該ケース体210先端側である方向x(第1方向)に変位するように方向付けられていたが、これに限定されない。たとえば、複数の吐出口の全体としての指向方向がケース体210の軸方向に直角である方向に向いていてもよい。
【0047】
上記実施形態では、溶射ガスを外部に噴出するためのノズル216として、第1吐出口216aおよび第2吐出口216bを備える場合を例に挙げて説明したが、これら第1吐出口および第2吐出口とは異なる方向を向いた別の吐出口を追加的に設けてもよい。