【文献】
藤澤倫彦、大橋雄二,腸内細菌学雑誌,日本,2011年 9月 6日,Vol.25, No.3,p.165-179
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、非優占的な微生物の分離培養を可能とする方法、ひいては新規な微生物をスクリーニングするために方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、非優占的な微生物の増殖の阻害要因となる優占的な微生物の増殖を限定的に抑制し、非優占的な微生物の増殖を促すことを着想した。具体的には、
図1に示すように、微生物群中の非優占的な微生物(図中「菌C」及び「菌D」)を培養する方法として、増殖速度の速い優占的な微生物(図中「菌A」及び「菌B」)の対数増殖期に、当該微生物群を、細胞の増殖に必須の過程をブロックする抗生物質を複数種組み合わせて処理しながら培養することを想到した。そして、ヒトの新鮮糞便の希釈液(腸内常在菌群)を、当該腸内常在菌群が抗生物質非存在下にて対数増殖する期間において、前記腸内常在菌群を、細胞の増殖に必須の過程をブロックする抗生物質を複数種組み合わせて処理しながら、液体培養することにより、非優占的な微生物を分離培養できることを明らかにした。さらに、得られた非優占的な微生物の中から、今まで同定されていなかった新規の菌株を多数、同定することもでき、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
<1> 微生物群から特定の微生物を分離して培養するための方法であって、
前記微生物群が抗生物質非存在下にて対数増殖する期間の一部又は全部において、前記微生物群を抗生物質存在下にて液体培養する工程と、
前記工程にて液体培養した微生物群を、前記抗生物質非存在下にて分離培養する工程とを含み、
かつ、前記抗生物質が、核酸合成阻害剤、タンパク質合成阻害剤、細胞壁合成阻害剤及び葉酸合成阻害剤からなる群から選択される少なくとも2種の抗生物質の組み合わせである方法。
<2> 前記抗生物質が、核酸合成阻害剤、タンパク質合成阻害剤、細胞壁合成阻害剤及び葉酸合成阻害剤の組み合わせである、<1>に記載の方法。
<3> 前記抗生物質が、ノルフロキサシン、ホスホマイシン、テトラサイクリン及びトリメトプリムの組み合わせである、<1>に記載の方法。
<4> 前記分離培養が塗抹培養である、<1>〜<3>のうちのいずれか1に記載の方法。
<5> 前記微生物群が腸内常在菌群である、<1>〜<4>のうちのいずれか1に記載の方法。
<6> 特定の微生物を生産するための方法であって、
<1>〜<5>のうちのいずれか1に記載の方法によって、微生物群から前記特定の微生物を分離して培養する工程と、
前記工程にて分離培養した前記特定の微生物を回収する工程と
を含む方法。
<7> 微生物群から新規な微生物をスクリーニングするための方法であって、
<1>〜<5>のうちのいずれか1に記載の方法によって、微生物群から前記特定の微生物を分離して培養する工程と、
前記工程にて分離培養した前記特定の微生物の特性を分析する工程と、
前記工程にて得られた特性と公知の微生物の特性とを比較し、一致しない場合には、前記特定の微生物は新規な微生物であると判定する工程と
を含む方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、非優占的な微生物を分離培養することが可能となり、ひいては、非優占的な微生物の中から、新規な微生物を同定することも可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<微生物の培養方法>
本発明の微生物の培養方法は、微生物群から特定の微生物を分離して培養するための方法であって、
前記微生物群が抗生物質非存在下にて対数増殖する期間の一部又は全部において、前記微生物群を抗生物質存在下にて液体培養する工程と、
前記工程にて液体培養した微生物群を、前記抗生物質非存在下にて分離培養する工程とを含み、
かつ、前記抗生物質が、核酸合成阻害剤、タンパク質合成阻害剤、細胞壁合成阻害剤及び葉酸合成阻害剤からなる群から選択される少なくとも2種の抗生物質の組み合わせである方法である。
【0014】
本発明における「微生物」は、肉眼では観察が困難な微小な生物の意として用いられ、その多くは1mm以下の体長である。生物種としては特に制限されることなく、例えば、微細藻類、原生動物、真菌、粘菌等の真核生物、及び真正細菌、古細菌等の原核生物が挙げられる。
【0015】
本発明における「特定の微生物」とは、特に、後述の抗生物質非存在下における液体培養において、菌数の多い微生物(以下、「優占的な微生物」とも称する)の増殖の影響により、その増殖が抑制される傾向にある、比較的菌数の少ない微生物(以下、「非優占的な微生物」とも称する)のことを意味するまた、「特定の微生物」は、特定の一種の微生物であってもよく、特定の複数種の微生物であってもよい。
【0016】
本発明における「微生物群」とは、前記特定の微生物を含む、微生物の集団を意味し、例えば、宿主生物(ヒト等の哺乳動物、鳥類、ハ虫類、両生類、魚類、甲殻類、昆虫類、貝類、軟体動物、植物等)の体内若しくは体表に、又は排泄物、滲出物、分泌物若しくは体液に存在する微生物の集団(腸内常在微生物叢(腸内常在菌群)、口腔内微生物叢、皮膚微生物叢等)が挙げられる。さらには、海洋(海水)、河川・湖(淡水)、熱水、土壌、堆積物、大気圏、地殻内等の自然環境内に存在する微生物叢も、本発明における「微生物群」として挙げられる。また、本発明において、「微生物群」としては、その形態に特に制限はなく、微生物のみの集団であってもよく、該集団を含む試料(例えば、腸内常在菌群を含む糞便試料、土壌微生物叢を含む土壌試料)であってもよい。さらには、当該試料を水、生理食塩水又は緩衝液等にて希釈して得られる懸濁液であってもよく、また、該試料の培養物(該試料を培養して得られる培養液、培地等を含む)であってもよい。
【0017】
本発明において「抗生物質」は、微生物を殺すか、微生物の増殖又は機能を阻害する薬剤を意味し、微生物の産生物に由来する天然の薬剤のみならず、人工的に合成された薬剤も含む。さらに、本発明において「抗生物質」は、下記に示す4種の抗生物質:核酸合成阻害剤、タンパク質合成阻害剤、細胞壁合成阻害剤及び葉酸合成阻害剤からなる群から選択される少なくとも2種の抗生物質の組み合わせである必要があり、好ましくは、DNA合成阻害剤、タンパク質合成阻害剤及び細胞壁合成阻害剤の組み合わせであり、より好ましくは、DNA合成阻害剤、タンパク質合成阻害剤、細胞壁合成阻害剤及び葉酸合成阻害剤の組み合わせであり、特に好ましくは、ノルフロキサシン、テトラサイクリン、ホスホマイシン及びトリメトプリムの組み合わせである。
【0018】
(1)核酸合成阻害剤
DNAジャイレース阻害作用等の核酸合成を阻害する作用を有する抗生物質であり、例えば、ノルフロキサシン、オフロキサシン、エノキサシン、塩酸シプロフロキサシン、塩酸ロメフロキサシン、レボフロキサシン、ガレノキサシン、フレロキサシン、シタフロキサシン、トスフロキサシントシル酸塩、スパルフロキサシン、ガチフロキサシン、モキシフロキサシン等のキノロン系抗生物質、リファンピシン等のリファンピシン系抗生物質が挙げられる。
【0019】
(2)タンパク質合成阻害剤
タンパク質の合成を阻害する作用を有する抗生物質であり、例えば、テトラサイクリン、ドキシサイクリン、ミノサイクリン、オキシテトラサイクリン、デメクロサイクリン、クロルテトラサイクリン等のテトラサイクリン系抗生物質、ストレプトマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシン、トブラマイシン、アミカシン、ジベカシン、アルべカシン等のアミノグリコシド系抗生物質、エリスロマイシン、クラリスロマイシン、ロキシスロマイシン、アジスロマイシン、ジョサマイシン、ロキタマイシン、キタサマイシン、アセチルスピラマイシン、テリスロマイシン、リンコマイシン、クリンダマイシン、
タクロリムス等のマクロライド・ケトライド系抗生物質、クロラムフェニコール等のクロラムフェニコール系抗生物質が挙げられる。
【0020】
(3)細胞壁合成阻害剤
細胞壁の合成を阻害する作用を有する抗生物質であり、例えば、ホスホマイシン等のホスホマイシン系抗生物質、ペニシリン、ベンジルペニシリン、フェノキシメチルペニシリン、ベンジルペニシリンベンザチン、メチシリン
、オキサシリン、クロキサシリン、ジクロキサシリン、アンピシリン、アモキシシリン、バカンピシリン、タランピシリン、カルベニシリン、チカルシリン、メズロシリン、テモシリン、アパラシリン、ピペラシリン、スルタミシリン、アゾシリン、ピブメシリナム等のペニシリン系抗生物質、セファゾリン、セファロチン、セファピリン、セファレキシン、セファラジン、セファドロキシル、セフマンドール、セフロキシム、セフォニシド、セフォラニド、セファクロル、セフプロジル、セフポドキシム、ロラカルベフ、セフトリアキソン、セフォタキシム、セフチゾキシム、セフタジジム、セフォペラゾン、セフスロジン、セフチブテン、セフィキシム、セフェタメット、セフジトレン
ピボキシル、セフェピム、セフピロム、セフォキシチン、セフォテタン、セフメタゾール、セフブペラゾン、セフミノクス、ラタモキセフ、フロモキセフ等のセフェム・オキサセフェム系抗生物質、ファロペネム、イミペネム、メロペネム等のペネム・カルバペネム系抗生物質、アズトレオナム、カルモナム等のモノバクタム系抗生物質が挙げられる。
【0021】
(4)葉酸合成阻害剤
葉酸の合成(代謝)を阻害する作用を有する抗生物質であり、例えば、トリメトプリム等のトリメトプリム系抗生物質、プロントジル、スルファモノメトキシン、スルファジアジン、スルファジメトキシン、スルファセタミド、スルファドキシン、スルファニルアミド、スルフィソミジン、スルフィソキサゾール、スルファメトキサゾール、スルファジミジン、スルファメラジン、スルファキノキサリン等のスルホンアミド系抗生物質が挙げられる。
【0022】
本発明の微生物の培養方法においては、先ず、前記微生物群が抗生物質非存在下にて対数増殖する期間の一部又は全部において、前記微生物群を抗生物質存在下にて液体培養する。
【0023】
本発明において「液体培養」とは、培養液中にて微生物を培養することを意味する。この液体培養に用いられる培養液としては特に制限はなく、培養する微生物群又は特定の微生物に合わせて、適宜、様々な物質を添加することにより調製することができる。例えば、窒素源として、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩、牛肉・魚肉等を原料とした肉エキス、ポテト等を原料とした植物エキス、パン酵母・ビール酵母等を原料とした酵母エキス、コーンスチープリカー、大豆粕及び大豆粕加水分解物、各種発酵菌体並びにその消化物、その他の含窒素化合物等を培養液に添加してもよい。また、カゼインペプトン、獣肉ペプトン、心筋ペプトン、ゼラチンペプトン、大豆ペプトン等に例示されるペプトン類が培養液に添加されていてもよい。さらに、炭素源として、グルコース、フラクトース、スクロース、これらを含有する糖蜜、デンプンあるいはデンプン加水分解物等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類等も培養液に添加されていてもよく、無機塩として尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、塩化カリウム、水酸化カリウム、過リン酸石灰、リン安、リン酸マグネシウム、塩酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等のリン酸成分、カリウム成分、マグネシウム成分、その他、亜鉛、銅、マンガン、鉄イオン等も培養液に添加されていてもよい。その他、ビタミン、核酸関連物質等も培養液に添加されていてもよい。さらに、微生物の生息環境に近い環境を再現させるために、生息環境であった土壌や堆積物由来の成分、海水、淡水等を培養液に適宜添加してもよい。また、宿主生物内又は表面での生息環境を再現するために、宿主生物(ヒト等の哺乳動物、鳥類、ハ虫類、両生類、魚類、甲殻類、昆虫類、貝類、軟体動物、植物等)由来の排泄物、滲出物、分泌物、体液、組織抽出物等、又は、酵母若しくは植物の抽出物等を培養液に適宜添加してもよい。さらに、かかる培養液のpHは、培養する微生物群又は特定の微生物に合わせて、適宜調整することができる。また、本発明における液体培養の条件、例えば、温度、湿度、酸素濃度、二酸化炭素濃度の条件も、培養する微生物群又は特定の微生物に合わせて、適宜調整することができる。
【0024】
本発明にかかる液体培養において、前記抗生物質を培養液に添加しておく期間としては、前記微生物群が抗生物質非存在下にて対数増殖する期間の一部又は全部である。
【0025】
「抗生物質の非存在下」とは、前記抗生物質の組み合わせが存在していない条件のことをいい、抗生物質が実質的に存在していない条件
を意味する。また、優占的な微生物を死滅させるため抗生物質を長時間に渡って処理した場合、目的の非優占的な微生物も死滅させる恐れがある。そのため、本発明においては優占的な微生物群が抗生物質非存在下にて対数増殖する期間を対象にして抗生物質を処理する。「微生物群が抗生物質非存在下にて対数増殖する期間」とは、微生物群を抗生物質の非存在下にて液体培養した際に、培養時間に対して指数関数的に増殖する期間のことを意味する。さらに、後述の実施例において示す通り、前記抗生物質による処理時期及びその時間の違いによって、分離培養できる特定の微生物の種類は変動するため、所望の微生物が分離培養できるよう、前記抗生物質を培養液に添加しておく期間は、前記対数増殖する期間内において適宜調整され得る。当該期間としては、好ましくは抗生物質を培養液に添加してから1時間以上18時間以内であり、より好ましくは2時間以上、さらに好ましくは4時間以上である。目的の非優占的な微生物の生存への影響を考慮して、より好ましく15時間以内であり、より好ましくは12時間以内、9時間以内、7時間以内である。また、前記抗生物質の培養液への添加濃度としては、培養する微生物群又は特定の微生物に合わせて、適宜調整することができる。
【0026】
例えば、腸内常在菌群を、ノルフロキサシン、テトラサイクリン、ホスホマイシン及びトリメトプリムの存在下、NT培地にて液体培養する際には、これら抗生物質の好適な添加濃度としては、ノルフロキサシンを0.1〜3.13μg/mL(但し、耐性菌B.fragilisでは20〜100μg/mL)、テトラサイクリンを0.8〜6.25μg/mL(但し、耐性菌は8〜40μg/mL以上)、ホスホマイシンは0.12〜64μg/mL(但し、耐性を持つものは100〜500μg/mL以上)、トリメトプリムを2〜10μg/mL以上が挙げられる。
【0027】
このように、前記抗生物質存在下にて、前記微生物群の液体培養を、前記対数増殖する期間の一部又は全部において行うことにより、前記微生物群における優占的な微生物の対数増殖を抑制することができる。故に、本発明においては、かかる液体培養を行うことにより、当該対数増殖に影響を受けずに、特定の微生物の増殖は促進されるため、前記抗生物質非存在下にて、特定の微生物を分離培養することが可能となる。
【0028】
ここで「抗生物質非存在下」は前述の通りであり、かかる条件は、前述の抗生物質存在下にて培養した微生物群と、前記抗生物質を含有する培養液とを分離することにより、調製することができる。かかる微生物群と培養液とを分離する方法としては特に制限はなく、例えば、遠心分離、フィルター処理(通常、孔径が0.22μm以下であるフィルターによる処理)が挙げられる。
【0029】
また、本発明における「分離培養」としては、前述の液体培養した微生物群における他の微生物と、特定の微生物とを分離して培養できればよく、このような培養は、例えば、限外希釈、混釈培養、塗抹培養によって行うことができる。
【0030】
本発明にかかる「限外希釈」においては、前述の液体培養した微生物群を前記培養液にて何倍にも希釈して、前記抗生物質非存在下にて培養することにより、単一の特定の微生物に由来する培養液を得ることができる。
【0031】
本発明にかかる「混釈培養」においては、前述の液体培養した微生物群又はその一部を、固化する前の固形培地に加えて混釈し、固化させた後、前記抗生物質非存在下にて培養することにより、単一の特定の微生物に由来するコロニーを得ることができる。
【0032】
本発明にかかる「塗抹培養」においては、前述の液体培養した微生物群を白金耳等にとり、固形培地の表面上に塗抹し、前記抗生物質非存在下にて培養することにより、単一の特定の微生物に由来するコロニーを得ることができる。
【0033】
これら培養法においては、所望する菌株の単離の容易性の観点から、塗抹培養が好ましい。
【0034】
また、混釈培養や塗抹培養に用いられる固形培地としては特に制限はなく、前記液体培養に用いられる培養液同様に、培養する微生物群又は特定の微生物に合わせて、前述の通り、窒素源、ペプトン類、炭素源、無機塩等の様々な物質を、固化させるために必要な寒天等と添加することにより調製することができる。かかる固形培地における寒天等の濃度は、培養する微生物群又は特定の微生物に合わせて、適宜調整することができるが、通常、0.3〜2.0%である。また、かかる固形培地のpHは、培養する微生物群又は特定の微生物に合わせて、適宜調整することができる。さらに、本発明にかかる混釈培養や塗抹培養の条件、例えば、温度、湿度、酸素濃度、二酸化炭素濃度の条件も、培養する微生物群又は特定の微生物に合わせて、適宜調整することができる。
【0035】
以上、本発明にかかる分離培養の好適な実施形態について説明したが、本発明にかかる分離培養は上記実施形態に限定されるものではない。例えば、特定の微生物が、共生関係にある他の微生物(以下「共生微生物」とも称す)との共生下においてのみ生存・増殖することが可能な微生物、又は共生微生物との共生下において増殖が促進される微生物である場合には、
図2に示すような培養システムを用い、下記培養方法にて分離培養することが好ましい。
【0036】
共生微生物を第二の寒天培地で培養する工程と、
第一の寒天培地と第二の寒天培地を区画する工程であって、両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが微生物が産出する物質は通過させるフィルターで区画する工程と、
前述の液体培養した微生物群を第一の寒天培地で培養する工程とを含む、
特定の微生物を共生微生物と共培養するための方法。
【0037】
かかる「特定の微生物を共生微生物と共培養するための方法」(以下「共培養法」とも称する)において、「微生物が産出する物質」としては特に制限はなく、例えば、微生物を構成する物質、微生物の分泌産物、微生物による代謝産物が挙げられる。
【0038】
かかる共培養法において、「フィルター」は、培養している微生物は通過させずに、それらが産出する物質を通過させるために用いられる。そのため、フィルターの孔径は、0.22μm以下であることが好ましい。また、かかるフィルターの材質は特に制限されないが、親水性の材質が好ましい。
【0039】
「第一の寒天培地」は、前述の液体培養した微生物群における他の微生物から分離して、特定の微生物にシングルコロニーを形成させるために用いられる。そのため、「第一の寒天培地」は、該シングルコロニーが形成できる程度の固形性を保ち、かつ前記物質を拡散できる程度の流動性を保つ濃度の寒天を有している培地であればよい。かかる寒天の濃度としては、0.3〜1.0%の範囲であることが好ましい。
【0040】
また、「第二の寒天培地」は、特定の微生物の生存・増殖に必要な因子を供給する為の培地であり、少なくとも共生微生物を培養して特定の微生物の生息環境を擬似的に再現することを目的に用いられる。そのため、「第二の寒天培地」は、共生微生物が産出する物質を拡散できる程度の流動性を保つ濃度の寒天であり、かつ培養システムを構築する際に構造的に安定する程度の固形性を保つ濃度の寒天を有している培地であればよい。かかる寒天の濃度としては、0.3〜1.0%の範囲であることが好ましい。
【0041】
また、第二の寒天培地において共生微生物を培養する際には、当該微生物以外に、特定の微生物と共生関係にない微生物を混入して培養してもよい。すなわち、第二の寒天培地においては、共生微生物を含む微生物群、前述の液体培養した微生物群等を培養してもよい。
【0042】
なお「第一の寒天培地」及び「第二の寒天培地」に添加される成分については、寒天の濃度以外、前述の通りである。また、培養条件についても、前述の通り、培養する微生物群、特定の微生物、共生微生物等に合わせて、適宜調整することができる。さらに、
図2に示すように、かかる共培養法において、適宜、「第三の寒天培地」を用いてもよい。「第三の寒天培地」は、第一又は第二の寒天培地中の微生物の培養(生存・増殖)に必要な物質を豊富に含有させることにより、少なくとも栄養層としての役割を担わせることができる。
【0043】
以上、説明したように、前記フィルターを介することにより、他の微生物と混在させることなく、第一の寒天培地にて培養されている特定の微生物は、第二の寒天培地にて培養されている共生微生物から、生存・増殖に必要な因子の提供を受けることができる。そのため、かかる共培養法によれば、特定の微生物を効率良く分離して培養することができる。
【0044】
<微生物の生産方法>
前述の通り、公知の分離培養(例えば、特定の抗生物質を添加した寒天培地を用いた塗抹培養)においては培養することのできない非優占的な微生物を増殖させることができる。従って、本発明は、非優占的な微生物(特定の微生物)を生産するための下記方法を提供することもできる。
【0045】
前述の方法によって、微生物群から前記特定の微生物を分離して培養する工程と、
前記工程にて分離培養した前記特定の微生物を回収する工程と
を含む方法。
【0046】
かかる工程において、特定の微生物を回収する方法としては特に制限はなく、特定の微生物の性質に合わせて、公知の方法を適宜選択することができる。また、かかる特定の微生物を生産するための方法は、特定の微生物そのものの生産のみならず、該微生物から産生される有用な物質の生産方法としても好適に用いることができる。
【0047】
<新規な微生物のスクリーニング方法>
前述の通り、公知の分離培養においては培養することのできない非優占的な微生物を培養することができる。さらに後述の実施例において示す通り、このようして得られた非優占的な微生物の中から、新規な微生物を同定することもできる。従って、本発明は、微生物群から新規な微生物をスクリーニングするための下記方法を提供することもできる。
【0048】
前述の方法によって、微生物群から前記特定の微生物を分離して培養する工程と、
前記工程にて分離培養した前記特定の微生物の特性を分析する工程と、
前記工程にて得られた特性と公知の微生物の特性とを比較し、一致しない場合には、前記特定の微生物は新規な微生物であると判定する工程と
を含む方法。
【0049】
本発明にかかるスクリーニング方法において、分析対象となる「特性」としては、他の微生物と相違する性質であれば特に制限はなく、例えば、ゲノムDNA、mRNA又はタンパク質等の配列情報が挙げられる。かかる特性を分析する手段としても特に制限はなく、例えば、マイクロアレイによる分析、全ゲノムショットガン法、16S rRNA遺伝子の配列決定法が挙げられる。
【0050】
また、かかる分析により得られた特性を、公知の微生物の特性と比較する方法についても特に制限はなく、当業者であれば、各特性に適した比較方法及びその基準に則して、公知の微生物の特性との一致又は不一致を判断することができる。
【0051】
例えば、特性が16S rRNA遺伝子の配列情報である場合には、特定の微生物の16S rRNA遺伝子の塩基配列について、公知の微生物の16S rRNA遺伝子の配列情報が登録されているGenbank等のデータベースに対し、BLASTによる相同性検索(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi?CMD=Web&PAGE_TYPE=BlastHome)を行うことにより、特定の微生物の特性と公知の微生物の特性とを比較することができる。そして、その結果、特定の微生物の16S rRNA遺伝子の塩基配列に対する相同性が98.7%以上である公知の微生物が、前記データベースに登録されていなければ、特定の微生物と公知の微生物とは一致しておらず、当該特定の微生物は新規な微生物であると判定することができる。
【実施例】
【0052】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、本実施例は、下記の通りに調製した試料、培地及び抗生物質を用いて行った。
【0053】
<腸内常在菌混合懸濁液>
糞便は、各被験者(ヒト)から採取した後、速やかに冷蔵にて保管したものを使用した。そして、各新鮮糞便を希釈液Aにて10
2倍希釈することにより、腸内常在菌混合懸濁液として調製した。希釈液Aの組成を表1に示す。
【0054】
【表1】
【0055】
<NT培地>
腸内常在菌混合懸濁液を液体培養するために用いたNT液体培地、及び、塗抹培養(分離培養)等するために用いたNT寒天培地の組成を表2に示す。また、NT液体培地の成分である「5×ソルト」の組成を表3に示す。
【0056】
【表2】
【0057】
【表3】
【0058】
<抗生物質>
前記NT液体培地には、表4に記載の抗生物質を、単独又は組み合わせて添加して用いた。
【0059】
【表4】
【0060】
図1に示す通り、腸内常在菌混合懸濁液(図中「微生物群」)中の非優占的な微生物(図中「菌C」及び「菌D」)を培養するためには、増殖速度の速い優占的な微生物(図中「菌A」及び「菌B」)の対数増殖期に、抗生物質にて処理しながら培養することが有効ではないかと想定し、下記培養を行った。
【0061】
すなわち、先ず、腸内常在菌混合懸濁液をNT液体培地に1/100量接種し、37℃、CO
2ガス下にて嫌気培養を行った。また、この嫌気培養は、
図3に示す通り、ノルフロキサシン、ホスホマイシン、テトラサイクリン若しくはトリメトプリム、又は、前記4種の抗生物質の存在下、培養開始〜7時間後迄(図中「1」の条件)、培養開始〜5.5時間後迄(図中「2」の条件)又は培養開始してから4〜7時間迄(図中「3」の条件)行った。
【0062】
なお、抗生物質存在下における培養時間は、腸内常在菌混合懸濁液をNT液体培地に1/100量接種し、37℃、CO
2ガス下、抗生物質無添加にて嫌気培養を行った際の対数増殖期(嫌気培養を開始してから4〜8時間迄)が、増殖速度の速い優占的な微生物の対数増殖期に相当するものとして設定した(
図4参照)。
【0063】
前記の通り、
図3に記載の条件にて嫌気培養を行った後、遠心分離(10000rpm,10分,10℃)を行い、添加した抗生物質が含まれる上清部分を取り除いた。得られた沈殿(菌体)を各々、希釈液Aにて10
2〜10
4倍希釈した。次いで、各希釈液100μLをNT寒天培地に塗抹し、嫌気培養を行った。培養7日後に寒天培地上の一定範囲に認められるコロニーを無作為に釣菌し、継代培養を行った。そして、継代培養7日後に、コロニーの様子を観察した。また、常法に従って、これらコロニーからゲノムDNAを抽出し、16SrRNA遺伝子の配列を決定し、菌種の同定を行った。
【0064】
また、腸内常在菌混合懸濁液を、NT液体培地に1/100量接種し、37℃、CO
2ガス下、抗生物質非存在下にて嫌気培養を行った。そして、前記抗生物質存在下における培養同様に、遠心分離を行い、得られた沈殿を各々、希釈液Aにて10
2〜10
4倍希釈した。次いで、各希釈液100μLをNT寒天培地に塗抹し、7日間嫌気培養した。そして、得られたコロニーの16SrRNA遺伝子の配列を決定し、菌種の同定を行った。
【0065】
さらに、新鮮糞便サンプルを希釈液Aにて10
7倍希釈したものを、NT寒天培地に塗抹し、嫌気培養した。そして、その7日後、得られたコロニーの16SrRNA遺伝子の配列を決定し、菌種の同定を行った。
【0066】
以上の実験につき、得られた結果を表5〜12及び
図5〜10に示す。なお、
図5〜9は、表5〜9に示した結果を各々円グラフにて表わしたものである。
図9及び10において、四角枠で囲まれている菌株は、今回新たに同定された新規菌株であることを示す。
【0067】
【表5】
【0068】
【表6】
【0069】
【表7】
【0070】
【表8】
【0071】
表5〜8及び
図5〜8に示した結果から明らかなように、単種の抗生物質存在下における液体培養においては、特定の菌株による占有率が大きく、特定の3種の菌株が、検査したコロニー全体の70%以上を占有していた。
【0072】
【表9】
【0073】
【表10】
【0074】
【表11】
【0075】
一方、表9及び
図9に示した結果から明らかなように、これらの抗生物質4種存在下にて液体培養した場合には、前記単種の抗生物質存在下における液体培養とは異なり、数種の特定の菌株によって優占的にコロニーが形成されてしまうことはなかった。具体的には、単種の抗生物質存在下においては、特定の3種の菌株による占有率が70%以上であったが、抗生物質4種を併用して培養した場合には、55%弱に抑えられていた。また、単種の抗生物質存在下の培養においては、検出されなかった多数の菌株を、この抗生物質併用培養により検出することが可能となった。さらに、かかる培養方法によれば、抗生物質非存在下にて液体培養した場合(表10 参照)や、液体培養せずに腸内常在菌混合懸濁液を直接塗抹培養した際(表11 参照)には認められない菌種を、多く検出できることが明らかになった。また、
図10に示す通り、前記抗生物質4種存在下にて液体培養した場合には、今まで同定されていなかった新規な菌を、腸内常在菌群から分離して培養することができ、それらの存在を検出できることも明らかになった。
【0076】
【表12】
【0077】
また、表12に示した結果から明らかなように、複数の抗生物質にて培養開始直後から7時間迄処理した場合には、培養開始後4〜7時間迄処理した場合には認められない菌属(Desulfotomaculum属,Holemania属,Odonibacter属,Akkermansia属)が分離された。さらにまた、複数の抗生物質にて培養開始直後から5.5時間後迄処理した場合においても、BL1183、Lactobacillus属、Dorea属といった、培養開始後4〜7時間迄処理した場合には認められない菌種/菌属が分離された。このように、複数の抗生物質による処理時期及びその時間の違いによっても、分離される菌株に違いが認められることが明らかとなった。
【0078】
次に、今回分離培養することができ、新規に同定された菌株の一部について、各抗生物質に対する最小発育阻止濃度(MIC)を調べた。すなわち、−80℃に保存した菌株をNT液体培地に接種して2日間培養したものを、新しい同液体培地に1/10接種して1日間継代培養した。その後、種々の濃度の各抗生物質(ノルフロキササシン,テトラサイクリン,トリメトプリム,ホスホマイシン)を各々添加したNT寒天培地上にスポットし、嫌気培養した。そして、その5日後に、コロニー形成の様子を観察してMICを判定した。得られた結果を表13に示す。
【0079】
【表13】
【0080】
表13に示した結果から明らかなように、今回新規に同定された菌株は、いずれも前記液体培養時に添加された抗生物質に対して耐性を有しておらず、また、それら菌株のMICは、前記液体培養時に添加された抗生物質の濃度以下であることが明らかになった。従って、今回新規に同定された菌株に関しては、対数増殖期が抗生物質処理期間よりも遅かったため、分離培養できたことが示唆される。
【0081】
次に、複数の被験者の腸内常在菌混合懸濁液を対象にして、前記同様に、培養開始してから4〜7時間迄、複数の抗生物質の存在下にて液体培養した後、塗抹培養を行い、得られたコロニーの16SrRNA遺伝子の配列を決定し、菌種の同定を行った。得られた結果を表14に示す。
【0082】
【表14】
【0083】
表14に示した結果から明らかな通り、いずれの被験者から検出された菌株も前記同様に、その大半は、通常の塗抹培養では認められにくい菌種が多くを占め、その中には新規菌株(BL826、unidentified bacteria CJ7、BL1832、、BL1879)も複数含まれていた。また分離された菌株を被験者間で比較すると、菌種レベルで個人ごとに多様性が認められた。
【0084】
従って、本発明の方法を用いることにより、様々なヒトの腸内常在菌等をスクリーニングすることにより、未同定菌株を含む非優占菌の多様性が観察できることが明らかになった。