特許第6436243号(P6436243)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6436243
(24)【登録日】2018年11月22日
(45)【発行日】2018年12月12日
(54)【発明の名称】金属樹脂接合部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 9/00 20060101AFI20181203BHJP
   B32B 15/08 20060101ALI20181203BHJP
   B32B 27/00 20060101ALI20181203BHJP
   B29C 65/02 20060101ALI20181203BHJP
【FI】
   B32B9/00 A
   B32B15/08 Q
   B32B27/00 A
   B32B15/08 N
   B29C65/02
【請求項の数】11
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-545477(P2017-545477)
(86)(22)【出願日】2016年10月14日
(86)【国際出願番号】JP2016080483
(87)【国際公開番号】WO2017065256
(87)【国際公開日】20170420
【審査請求日】2018年1月12日
(31)【優先権主張番号】特願2015-202590(P2015-202590)
(32)【優先日】2015年10月14日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】梅本 和彦
(72)【発明者】
【氏名】岡本 浩孝
(72)【発明者】
【氏名】金子 裕治
(72)【発明者】
【氏名】トウ ジュシン
(72)【発明者】
【氏名】八木 祐介
(72)【発明者】
【氏名】宇山 健
【審査官】 弘實 由美子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平4−225866(JP,A)
【文献】 特開昭52−69487(JP,A)
【文献】 特開2014−208459(JP,A)
【文献】 特開昭57−10374(JP,A)
【文献】 特開2009−292034(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00−43/00
B29C 65/00−65/82
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄または鉄合金からなる鉄系基材の表面に形成された酸化鉄層を有する金属体と、
該酸化鉄層を介して該金属体と接合された樹脂体と、
を備える金属樹脂接合部材であって、
前記酸化鉄層は、厚さが50nm〜10μmであり、
少なくとも最表面側でFe:60〜40at%、O:40〜60at%であると共に、
少なくともマグネタイト(Fe)を含み、
前記樹脂体は、少なくとも該酸化鉄層側にポリフェニレンサルファイド(PPS)を含む金属樹脂接合部材。
【請求項2】
前記酸化鉄層は、前記鉄系基材表面の改質層からなる請求項1に記載の金属樹脂接合部材。
【請求項3】
前記鉄合金は、その全体を100質量%(単に「%」という。)として、C含有量が1%以下である請求項1または2に記載の金属樹脂接合部材。
【請求項4】
金属体と樹脂体とを酸化鉄層を介して接合する接合工程を備え、
前記酸化鉄層は、厚さが50nm〜10μmであり、
少なくとも最表面側でFe:60〜40at%、O:40〜60at%であると共に、
少なくともマグネタイト(Fe)を含み、
前記樹脂体は、少なくとも該酸化鉄層側にPPSを含む金属樹脂接合部材の製造方法。
【請求項5】
鉄または鉄合金からなる鉄系基材の表面に酸化鉄層を形成する酸化工程と、
該鉄系基材を少なくとも被接合面側に有する金属体と樹脂体とを該酸化鉄層を介して接合する接合工程とを備え、
前記酸化工程は、前記鉄系基材の少なくとも表面を酸化雰囲気中で加熱する加熱工程であり、
請求項1〜3のいずれかに記載の金属樹脂接合部材が得られる金属樹脂接合部材の製造方法。
【請求項6】
前記鉄系基材は、該鉄系基材全体を100%としてC含有量が0.25%未満であり、
前記加熱工程は、加熱温度が200〜850℃である請求項5に記載の金属樹脂接合部材の製造方法。
【請求項7】
前記鉄系基材は、該鉄系基材全体を100%としてC含有量が0.25%以上で0.65%未満であり、
前記加熱工程は、加熱温度が200〜600℃である請求項5に記載の金属樹脂接合部材の製造方法。
【請求項8】
前記鉄系基材は、該鉄系基材全体を100%としてC含有量が0.65%以上であり、
前記加熱工程は、加熱温度が200〜500℃である請求項5に記載の金属樹脂接合部材の製造方法。
【請求項9】
前記加熱工程は、加熱温度が250〜450℃であり、加熱時間が0.1〜10時間である請求項5〜8のいずれかに記載の金属樹脂接合部材の製造方法。
【請求項10】
前記接合工程は、前記酸化鉄層へ軟化または溶融した樹脂を供給する供給工程と、
該樹脂を固化させて前記樹脂体とする固化工程と、
を有する請求項4〜9のいずれかに記載の金属樹脂接合部材の製造方法。
【請求項11】
前記接合工程は、前記樹脂体の被接合部を加熱する加熱工程と、
該被接合部を前記金属体の酸化鉄層に接触させて冷却する冷却工程と、
を有する請求項4〜9のいずれかに記載の金属樹脂接合部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属と樹脂を接合した金属樹脂接合部材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車分野や航空機分野における軽量化ニーズ等に伴い、高信頼性の金属と樹脂の接合部材が求められている。また、電子機器やパワーデバイスの多くは、樹脂で封止されてパッケージ化されるため、筐体などの金属と封止樹脂との間でも、高温耐久性等に優れた接合が求められている。金属と樹脂は一般的に接着剤を用いて接合されるが、接着剤の使用は経年劣化による剥離等を生じるため信頼性に欠ける。接着剤の使用は、環境負荷物質である接着溶剤の使用等を伴うことも多いため、あまり好ましくない。そこで、接着剤を用いないで金属と樹脂を接合する提案が種々なされており、例えば、下記の特許文献に関連する記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−292034号公報
【特許文献2】特開2011−168017号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1および特許文献2には、インサート成形により、ステンレス鋼板と熱可塑性樹脂(PPS等)とを接合した複合体に関する記載がある。これらは、ステンレス鋼板の被接合面を、その接合前に予め化学的に粗面化しておくことにより、アンカー効果を利用して、ステンレス鋼板と樹脂とを機械的または物理的に接合することを提案している。
【0005】
本発明はこのような事情下で為されたものであり、従来とは異なる手法により、高い接合強度等を発揮し得る金属樹脂接合部材と、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、従来とは異なり、金属と樹脂を化学的に接合し得ることを見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0007】
《金属樹脂接合部材》
(1)本発明の金属樹脂接合部材は、鉄または鉄合金からなる鉄系基材の表面に形成された酸化鉄層を有する金属体と、該酸化鉄層を介して該金属体と接合された樹脂体とを備える金属樹脂接合部材であって、前記酸化鉄層は、厚さが50nm〜10μmであり、少なくとも最表面側でFe:60〜40at%、O:40〜60at%であると共に、少なくともマグネタイト(Fe)を含み、前記樹脂体は、少なくとも該酸化鉄層側にポリフェニレンサルファイド(PPS)を含む。
【0008】
(2)本発明の金属樹脂接合部材(単に「接合部材」という。)は、酸化鉄層を介して金属体と樹脂体が強固に接合されているため、各種分野の様々な部材に利用可能である。
【0009】
ところで、本発明の接合部材は、従来のアンカー効果等のような物理的な結合力に依るまでもなく、高い接合強度を発揮し得る。このことから、酸化鉄層と樹脂体との間には化学的な結合力が生じていると考えられる。化学的な結合力を生じる要因(化学的要因)には、ファンデルワールス力、水素結合、共有結合、イオン結合等が考えられるが、本発明の接合部材は接合強度が大きいことから、酸化鉄層と樹脂体の間で共有結合のような強固な結合が少なくとも部分的に生じていると考えられる。このような結合が生じるメカニズムは定かではないが、現状では次のように推察される。
【0010】
本発明に係る酸化鉄層は、大気雰囲気中にある金属体の表面に単に自然に形成されたものではなく、少なくとも上記のような厚さ、成分組成および構造(組織)を有するものである。このような酸化鉄層は、電子不足気味な状態にあり、エネルギー的に高い活性状態にあると考えられる。このため、金属体の表面に形成された酸化鉄層は、樹脂体の被接合面近傍にあるC、O、H、N、PまたはS等と化学的に結合するようになり、結果的に、金属体と樹脂体が強固に接合されるようになったと考えられる。
【0011】
なお、金属体の表面に形成された酸化鉄層の少なくとも最表面が微細な凹凸構造である場合、それによる表面積(ひいては接合界面の面積)の増大が、副次的に、接合強度をより向上させ得る。
【0012】
《金属樹脂接合部材の製造方法》
(1)本発明は接合部材としてのみならず、その製造方法としても把握できる。すなわち本発明は、金属体と樹脂体とを酸化鉄層を介して接合する接合工程を備え、前記酸化鉄層は、厚さが50nm〜10μmであり、少なくとも最表面側でFe:60〜40at%、O:40〜60at%であると共に、少なくともマグネタイト(Fe)を含み、前記樹脂体は、少なくとも該酸化鉄層側にPPSを含む金属樹脂接合部材の製造方法としても把握できる。
【0013】
(2)さらに本発明は、鉄または鉄合金からなる鉄系基材の表面に酸化鉄層を形成する酸化工程と、該鉄系基材を少なくとも被接合面側に有する金属体と樹脂体とを該酸化鉄層を介して接合する接合工程とを備え、前記酸化工程は、前記鉄系基材の少なくとも表面を酸化雰囲気中で加熱する加熱工程であり、上述した金属樹脂接合部材が得られる金属樹脂接合部材の製造方法としても把握できる。
【0014】
《その他》
(1)本明細書でいう「少なくともマグネタイト(Fe)を含む」とは、酸化鉄層中にFeが含まれていればよく、酸化鉄層中におけるFe含有量と他の酸化鉄(Fe等)の含有量との比率は問わない。なお、一般的にFeから成る「赤さび」は非常にもろい性質を有するため、Feの含有量が増加すると接合には好ましくない傾向となり易い。従って酸化鉄層中にFeは実質的に含有されていないか、その含有量が少ないと好ましい。
【0015】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1A】純鉄と樹脂の接合強度と、純鉄の酸化条件との関係を示す棒グラフである。
図1B】炭素鋼と樹脂の接合強度と、炭素鋼の酸化処理条件との関係を示す棒グラフである。
図1C】工具鋼と樹脂の接合強度と、工具鋼の酸化処理条件との関係を示す棒グラフである。
図2】種々の酸化処理を施した純鉄の表層部を観察した走査型電子顕微鏡(SEM)像である。
図3】種々の酸化処理を施した純鉄の表層部を電子線マイクロアナライザ(EPMA)分析して得られた酸素ピークのX線カウント数を示すグラフである。
図4A】純鉄(BK)とそれを種々の条件で酸化処理してできた酸化鉄層とに係るX線回折(XRD)パターンである。
図4B】炭素鋼(BK)とそれを種々の条件で酸化処理してできた酸化鉄層とに係るXRDパターンである。
図4C】工具鋼(BK)とそれを種々の条件で酸化処理してできた酸化鉄層とに係るXRDパターンである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書で説明する内容は、本発明の接合部材のみならず、その製造方法にも適宜該当し得る。上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一以上の構成要素を付加し得る。製造方法に関する構成要素は、物に関する構成要素ともなり得る。なお、いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0018】
《酸化鉄層》
(1)本発明に係る酸化鉄層は、主にFeとOからなり、少なくとも最表面部では、Fe:60〜40at%、55〜40at%さらには55〜45at%であり、O:40〜60at%、45〜60at%さらには45〜55at%であると好ましい。
【0019】
なお、本明細書でいう酸化鉄層の最表面部の組成は、酸化鉄層の断面を電子線マイクロアナライザ(EPMA)で観察して定量分析することにより求まる。その範囲内の全体組成を100at%として、各元素量を算出する。at%とは原子比のことで、X線強度比(k%)にZAF補正係数を乗じて算出した値である。k%は、例えばFeの場合、試料から検出されたX線カウント数をFe用の標準試料である純鉄を測定した際のX線カウント数で除した値をパーセント表示した値であり、ZAF補正係数は試料中で電子線と特性X線のふるまいを吸収効果、原子番号効果、蛍光励起効果の3つの項目毎に求めた値である。具体的には、その範囲内(1μm×1μm)で深さ方向(深さ:1μm)のほぼ均等な3箇所で測定・分析したFe量とO量を、相加平均して本発明に係る酸化鉄層の組成(FeとO)とする。
【0020】
酸化鉄層は、例えば、ウスタイト(FeO)、ヘマタイト(Fe/α型に限らず、β型、γ型、ε型等でもよい。)、マグネタイト(Fe)等の種々の酸化鉄からなり得る。本発明に係る酸化鉄層は、一種または二種以上の酸化鉄が混在したものでもよいし、Oが部分的に欠乏(欠損)した酸化鉄を含んでいてもよい。さらに酸化鉄層は、酸化鉄となっていない鉄(フェライト)または鉄合金を含むものでもよい。但し、上述したように、酸化鉄層は少なくともFeを含み、Feをあまり含まない方が高い接合強度が得られて好ましいと考えられる(表1および図4A図4Cを参照)。
【0021】
酸化鉄層は、通常、鉄または鉄合金からなる鉄系基の表面に形成される。この際、酸化鉄層は、鉄系基材の組成等に応じて、FeおよびO以外の元素を含んでもよい。また、その鉄系基材は、金属体自体でもよいし、組成が異なる異種金属からなる金属体の被接合面側に別途形成されたもの(鉄めっき等)でもよい。
【0022】
鉄系基材は、接合強度の向上に有効な酸化鉄層が形成され易い組成であればよく、純鉄に限らず、炭素鋼、合金鋼等の鉄合金でもよい。樹脂体と接合する酸化鉄層が形成される限り、鉄系基材はステンレス鋼等からなってもよい。
【0023】
但し、鉄系基材の成分組成によって、接合強度の向上に有効な酸化鉄層の特徴(組成、組織、構造等)や、その形成条件等は変化し得る。特に、鉄系基材中のC含有量(率)の影響が大きいと考えられる。具体的にいうと、鉄系基材が純鉄や低炭素鋼等であるとき、幅広い酸化条件下で接合強度の向上に有効な酸化鉄層が形成され易い。一方、鉄系基材中のC含有量が増加するほど、好ましい酸化条件の範囲は徐々に狭くなり得る。そこで、鉄系基材は、その全体を100質量%(単に「%」という。)として、C含有量が1%以下、0.95%以下、0.7%以下、0.5%以下、0.3%以下であると好ましい。
【0024】
(2)酸化鉄層は、常温の大気中で自然に形成される酸化膜等ではなく、意図的に形成されるものであり、その厚さ(層厚)は、50nm〜10μm、80nm〜6μmさらには160nm〜400nmであると好ましい。
【0025】
その厚さが過大になると、マグネタイトの他にヘマタイト等の酸化鉄も酸化鉄層中に多く含まれるようになり、Feの酸化状態と構造の両方で不均一になって、その剥離や接合強度の低下が生じ得る。一方、その厚さが過小では、樹脂体との間で十分な接合強度が得難い。なお、本明細書でいう酸化鉄層の厚さは、酸化鉄層の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、最表面から最深部までの距離である。
【0026】
ちなみに酸化鉄層は、その最表面側から深さ1μmまでの範囲をEPMAで定性分析した際に、酸素ピークのX線カウント数が1500〜13000cps、2000〜12000cpsさらには3000〜6000cpsであると、接合強度の向上を図れて好ましい。なお、このX線カウント数は、加速電圧:15kV、ビーム電流:100nA、ビーム径:100μmφとして、使用装置:フィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ(JXA-8500F、日本電子株式会社製)を用いて分析することにより得られる。
【0027】
(3)本発明に係る酸化鉄層は、加熱炉やレーザー照射を用いた加熱など、種々の方法により形成され得る。例えば、金属体の少なくとも被接合面側にある鉄または鉄合金からなる鉄系基材の表面を酸化処理すること(酸化工程)により形成すると、簡易で好ましい。酸化工程は、例えば、鉄系基材の少なくとも表面を、酸化雰囲気(大気雰囲気を含む)中で加熱する加熱工程として行える。加熱温度は200〜850℃さらには250〜600℃、加熱時間は0.01〜20時間、0.05〜15時間さらには0.1〜10時間とすると好ましい。特に、加熱温度を250〜450℃さらには300〜400℃とし、加熱時間を0.1〜2時間さらには0.1〜1.5時間とすると好ましい。このように加熱温度と加熱時間を調整することにより、酸化鉄層の厚さ、組成等の調整が可能となり、ひいては樹脂体に応じた接合強度の調整も可能となる。
【0028】
また加熱条件は、例えば、鉄系基材中のC含有量により調整されると好ましい。具体的にいうと、鉄系基材全体を100%としたときのC含有量が0.25%未満、0.2%以下さらには0.1%以下のとき、加熱温度は200〜850℃、225〜650℃さらには250〜450℃であると好ましい。また加熱時間は0.05〜10時間、0.1〜5時間さらには0.1〜2時間であると好ましい。
【0029】
鉄系基材中のC含有量が0.25%以上で0.65%未満さらには0.3%〜0.5%のとき、加熱温度は200〜600℃、225〜500℃さらには250〜400℃であると好ましい。また加熱時間は0.05〜5時間さらには0.1〜2時間であると好ましい。
【0030】
鉄系基材中のC含有量が0.65%以上、0.75%以上、0.9%以上さらには1%以上のとき、加熱温度は200〜500℃さらには225〜400℃であると好ましい。また加熱時間は0.05〜20時間さらには0.1〜13時間であると好ましい。
【0031】
このような酸化処理により得られた酸化鉄層は、鉄系基材(金属体)表面の改質層となっており、その表面に別途形成した薄膜等とは異なり、鉄系基材(金属体)から容易に剥離等することはない。従って、酸化処理して得られた酸化鉄層(改質層)を介することにより、金属体と樹脂体をより強固に安定的に接合し得る。
【0032】
《樹脂体》
酸化鉄層を介して金属体と強固に接合する樹脂体は、種々の樹脂からなり得る。このような樹脂は、熱硬化性樹脂でも、汎用プラスチック、汎用エンジニアリングプラスチック、スーパーエンジニアリングプラスチック等の熱可塑性樹脂でもよい。なお、樹脂体は、酸化鉄層と接合する樹脂が被接合面部(酸化鉄層側)に存在すれば足り、必ずしも全体が同一種の樹脂からなる必要はない。
【0033】
ちなみに、熱可塑性樹脂である汎用プラスチックには、ポリエチレン、ポリプロピレンといったポリオレフィン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体、アクリロニトリル−スチレン共重合体、ポリメチルメタクリレート、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニリデン、ポリブタジエン、ポリエチレンテレフタレート等がある。汎用エンジニアリングプラスチックには、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン12といったポリアミド、ポリアセタール、ポリカーボネート、変性ポリフェニレンエーテル、ポリブチレンテレフタレート、超高分子量ポリエチレン等がある。スーパーエンジニアリングプラスチックには、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリアリレート、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリエーテルエーテルケトン、熱可塑性ポリイミド、液晶ポリマー、ポリテトラフロロエチレンといったフッ素樹脂等がある。
【0034】
特に本発明に係る樹脂体は、熱可塑性樹脂の中でも、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン12などのポリアミド、またはポリフェニレンサルファイド(PPS)が、少なくとも酸化鉄層側(被接合面側)にあると好ましい。
【0035】
このような樹脂は単独で使用されても2種以上が混合されてもよい。また、このような樹脂には、公知の充填材や公知の添加剤、公知の樹脂強化材などが適宜配合されてもよい。さらに樹脂体は、ガラスファイバーやカーボンファイバーなどの強化繊維を強化材として含むものでもよい。
【0036】
また、本発明に係る樹脂には、本発明の効果を損なわない範囲で各種添加剤を配合してもよい。添加剤を配合することにより、樹脂の弾性率の向上(炭素繊維、ガラス繊維といった無機フィラーによる効果)、極性変化(ゴム、エラストマー、他の樹脂による効果)、劣化抑制、分解反応の遅延化(酸化防止剤等による効果)などの効果により、接合強度の更なる向上、樹脂−金属界面の漏れ性の向上、界面接着性の更なる向上、長期安定性(耐熱性、耐湿熱性、耐水性など)の向上などが期待できる。
【0037】
このような添加剤としては特に制限はないが、例えば、難燃剤、酸化防止剤、加水分解抑制剤、光安定剤、紫外線吸収剤、帯電防止剤、滑剤、離型剤、結晶核剤、粘度調整剤、着色剤、染料、抗菌剤、シランカップリング剤などの表面処理剤;グラファイト、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブ、カーボンナノプレートレット、(単層)グラフェン、複層(多層)グラフェン、ナノグラファイト(グラフェンナノリボンなど)、ナノグラフェン、カーボンナノホーン、カーボンナノコーン、カーボンナノコイル、フラーレンといったカーボン系ナノフィラー、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維といった合成繊維、セルロース、キチン、キトサンといった天然繊維などの繊維状物質;雲母(マイカ)鉱物およびカオリン鉱物といった層状ケイ酸塩、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、酸化チタン、シリカ、ウイスカー、アルミナ、窒化ホウ素、窒化アルミ、窒化ケイ素、炭化ケイ素、ダイヤモンド、酸化亜鉛といった無機充填剤などが挙げられる。なお、これらの添加剤を過多に加えると衝撃強度の低下を招き得る。また、ゴム、エラストマー、軟質樹脂成分及び/又は可塑剤などの有機系添加剤を加えてもよい。ただし、有機系添加剤を過多に加えると高温剛性率及び荷重たわみ温度の低下を招き得る。
【0038】
このような添加剤の種類は特に限定されないが、樹脂との相容性が極端に低下しない成分、もしくは相容性が低下しても化学的変性や相容化剤の添加により相容性が改善される成分が好ましい。また、このような添加剤は1種を単独で使用しても、2種以上を併用してもよい。
【0039】
《製造方法》
金属体と樹脂体の接合工程は、種々考えられる。例えば、接合工程は、酸化鉄層へ軟化または溶融した樹脂を供給する供給工程と、樹脂を固化させて樹脂体とする固化工程とを有するものでもよい。供給工程は、具体的にいうと、酸化鉄層を有する金属体を成形型内へ収容またはセットし、その酸化鉄層と接触するように軟化または溶融した樹脂をその成形型内へ注入して行うことができる。このような、いわゆるインサート成形により、金属体と樹脂体の接合が併せてなされると効率的である。なお、樹脂体の成形は、射出成形、押出成形、ブロー成形、真空成形、トランスファー成形、圧縮成形等のいずれによりなされてもよい。
【0040】
接合工程は、既に所望形状に成形されている樹脂体を金属体に、別途、熱溶着してなされてもよい。例えば、接合工程は、樹脂体の被接合部を加熱する加熱工程と、被接合部を金属体の酸化鉄層に接触(または圧接)させた状態で冷却する冷却工程とを有するものでもよい。加熱工程により、樹脂体の被接合部が、部分的に加熱されて軟化または溶融したり、活性化し得る。加熱工程は、例えば、金属体の酸化鉄層に圧接した樹脂体の被接合部へ超音波振動等を印加して、接合界面近傍に摩擦発熱を生じさることにより行える。
【0041】
《接合部材》
本発明の接合部材は、種々の分野における様々な製品に利用可能である。特に本発明の接合部材は、接着剤等に依ることなく、金属体と樹脂体の強固な接合が可能であるため、自動車分野で用いられる外板、内外装のような構造部品(材料)、制御系、駆動系等のユニットを構成する機能性部品(材料)に好適である。また本発明の接合部材は、建築・土木分野において、金属体からなる補強材の固定化に用いられたり、家電分野において、生産自由度が高くて意匠性に優れた樹脂体と高強度の金属体とを組み合わせた部品や製品等に用いられると好ましい。
【実施例】
【0042】
酸化鉄層が形成された金属と樹脂とを一体成形した接合体(供試材)を製造し、それぞれの接合強度を評価した(実施例1)。また、その酸化鉄層を種々の観点から分析した(実施例2)。これらを通じて、本発明をより具体的に説明する。
【0043】
[実施例1]
《試料の製造》
(1)鉄系基材(金属体)
鉄系基材として、主にC含有量が異なる純鉄(純度:99.99%)、炭素鋼(JIS S45C/C:0.42〜0.48%、Si:0.15〜0.35%、Mn:0.6〜0.9%、残部:Fe)または工具鋼(JIS SK5/C:0.80〜0.90%、Si:0.1〜0.35%、Mn:0.10〜0.50%、残部:Fe)からなる鉄系基板(10mm×50mm×t1mm)をそれぞれ複数用意した。なお、鉄系基板の組成は、その全体を100質量%として、単に「%」で示した。
【0044】
各鉄系基板は、その表面を有機溶剤(アセトン)で脱脂した後、電気炉で加熱して酸化処理した(酸化工程)。加熱雰囲気は大気雰囲気とした。加熱温度は、250℃、350℃、550℃または750℃のいずれかとした。加熱時間は、0.1時間(hr)、1時間または10時間のいずれかとした。
【0045】
(2)樹脂体
各基板を配置した成形金型内へ、330℃に加熱して溶融した樹脂(PPS)を射出した(供給工程)。その後、成形金型を冷却して樹脂を固化させた(固化工程)。こうして鉄系基板に樹脂体をインサート成形した複数の供試材(金属樹脂接合部材)を製造した。なお、その樹脂体は、10mm×40mm×t2mmとし、鉄系基板との接触領域(接合部)は10mm×5mmとした。
【0046】
また、比較例として、上述した酸化処理をしていない各種の鉄系基板を用いて、同様にインサート成形した供試材も用意した。なお、このような酸化未処理の鉄系基板からなる試料または供試材を、適宜、「BK」という。
【0047】
《接合強度》
各供試材の接合強度を次のように測定した。樹脂体に治具を押し当てて、鉄系基板と樹脂体との間に剪断力を加える。接合界面で剥離するか、樹脂体が破壊されたときの剪断力を測定した。こうして得られた剪断力を、鉄系基板と樹脂体との接合面積で割って求めた接合強度を、各鉄系基板毎に表1および図1A図1C(これらを併せて単に「図1」という。)にそれぞれ示した。なお、各図に示した加熱温度または加熱時間は、各鉄系基板に施した酸化処理条件である。
【0048】
《評価》
(1)表1から明らかなように、酸化処理していない鉄系基板を用いた場合、金属樹脂接合部材の接合強度は、いずれも0 MPaであり、鉄系基板と樹脂は全く接合しなかった。
【0049】
(2)一方、表1および図1から明らかなように、適切な酸化処理を施した鉄系基板を用いると、十分に高い接合強度が得られることがわかった。鉄系基板の組成により多少異なるが、特に、350℃×1時間の加熱(酸化処理)を行った鉄系基板を用いると、いずれの場合でも、高い接合強度が得られた。これらのことから、鉄系基材の種類に依らず、その酸化処理条件は、例えば、200〜450℃さらには250〜400℃で、0.05〜5時間さらには0.1〜2時間程度であると好ましいといえる。
【0050】
[実施例2]
上述した結果を踏まえて、各種の鉄系基板を種々の条件で酸化処理して得られた試料(樹脂体との接合前の鉄系基材)の表層を、SEM、EPMAおよびXRDにより、それぞれ観察または分析した。なお、比較例として、酸化未処理の鉄系基材からなる試料(BK)も同様に観察および分析を行った。
【0051】
《SEM》
純鉄からなる鉄系基板を用いた各試料の表層部の断面に係るSEM像を図2に示す。また、各SEM像から求めた酸化鉄層の厚さを表2に示した。さらに、各SEM像を分析して得られた酸化鉄層中におけるFeの有無も表2に併せて示した。
【0052】
先ず、図2および表2から明らかなように、酸化処理を施すことにより、未処理の場合には観察されなかった十分な厚さを有する改質層が鉄系基板の表面に形成されていることが確認された。この改質層は、加熱温度の上昇または加熱時間の増加と共に厚くなることもわかった。特に、加熱温度が高くなると、急激に厚さが増大することもわかった。特に大きな接合強度が安定して得られる350℃×1時間で酸化処理した試料のSEM像から、改質層の厚さは、50〜600nmさらには100〜500nm程度であると好ましいといえる。
【0053】
次に、表1および表2から明らかなように、接合強度が生じている各試料の酸化鉄層には、いずれもマグネタイト(Fe)が含まれていることも確認された。
【0054】
《EPMA》
(1)純鉄からなる鉄系基板を用いた各試料の表層部の断面をEPMAにより定性分析して得られた酸素ピークのX線カウント数を図3に示す。特に大きな接合強度が安定して得られる350℃×1時間で酸化処理した試料の結果から、改質層をEPMA分析して得られる酸素ピークのX線カウント数は、3000〜9000cpsさらには4000〜8000cps程度であると好ましいといえる。
【0055】
(2)純鉄からなる鉄系基板を用いた各試料の表層部の断面をEPMAにより定量分析して求めたFeとOの原子比率(at%)を表2に示した。この結果から、改質層は、鉄系基板の表面部分が酸化されてできた酸化鉄層であることが明らかとなった。特に大きな接合強度が安定して得られる350℃×1時間の酸化処理により形成された酸化鉄層は、その最表層側の組成が、Fe:40〜60at%さらには41〜55at%であり、O:60〜40at%さらには59〜45at%であった。なお、既述したように、改質層の組成は、その表面から深さ1μmについて算出した平均値である。
【0056】
350℃×1時間の酸化処理で形成された酸化鉄層は、Fe含有量がO含有量よりも多いことから、Oが部分的に欠乏(欠損)した酸化鉄を含んでいると考えられる。このような酸化鉄が形成される理由として、酸化鉄層の厚さは高々100nm程度であるため、基板側(酸化鉄層の下層側)に存在するFeが影響しているとも考えられる。
【0057】
さらに、350℃×10時間の酸化処理で形成された酸化鉄層は、FeとOの原子比から主にマグネタイトと推定される。この酸化鉄層に対して、350℃×1時間の酸化処理で形成された酸化鉄層は、加熱温度が同じで加熱時間が短いだけである。これらのことから、350℃×1時間の酸化処理で形成された酸化鉄層も、成長途中のマグネタイトと推定される。
【0058】
一方、550℃×1時間または750℃×1時間の酸化処理で形成された酸化鉄層は、マグネタイト組成よりもFe含有量が少ない傾向にあった。このことから、それらの酸化鉄層には、マグネタイト以外の酸化物(ヘマタイト等)が増加したと考えられる。これらの考察は、後述する試料表面のXRDによる分析を加味して導き出した。
【0059】
《XRD》
各試料の酸化鉄層(またはBK)の表面をXRDにより分析して得られたX線回折パターン(CuKα線/波長λ=1.5418Å)を図4A図4C(これらを併せて単に「図4」という。)に示した。接合強度が高い試料(特に350℃×1時間で酸化処理した試料)から明らかなように、それらの酸化鉄層は、少なくともマグネタイトを含み、ヘマタイト等をあまり含まない方が好ましいといえる。なお、今回用いたXRD測定の検出限界は1質量%程度である。
【0060】
以上のことから、適切な酸化鉄層を金属体の表面に形成して、その酸化鉄層を介して金属体と樹脂体を接合すると、接合強度や信頼性に優れた金属樹脂接合部材が得られることが確認できた。
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
図1A
図1B
図1C
図2
図3
図4A
図4B
図4C