特許第6436701号(P6436701)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6436701植物配偶子の電気融合による同質および異質倍数性植物の作出
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6436701
(24)【登録日】2018年11月22日
(45)【発行日】2018年12月12日
(54)【発明の名称】植物配偶子の電気融合による同質および異質倍数性植物の作出
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/04 20060101AFI20181203BHJP
   C12N 15/05 20060101ALI20181203BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20181203BHJP
   A01H 5/00 20180101ALI20181203BHJP
【FI】
   C12N5/04
   C12N15/05
   A01H1/00 A
   A01H5/00 A
【請求項の数】11
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2014-195165(P2014-195165)
(22)【出願日】2014年9月25日
(65)【公開番号】特開2016-63785(P2016-63785A)
(43)【公開日】2016年4月28日
【審査請求日】2017年9月22日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成26年3月31日 首都大学東京(東京都立大学)理工学研究科 生命科学年報、第31〜36頁に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成26年6月3日 東北大学のウェブサイト http://www.ige.tohoku.ac.jp/prg/genetics/study32.htmlにおいて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】公立大学法人首都大学東京
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100101373
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 茂雄
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100128750
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 しのぶ
(74)【代理人】
【識別番号】100198018
【弁理士】
【氏名又は名称】取違 絵理
(72)【発明者】
【氏名】岡本 龍史
(72)【発明者】
【氏名】大西 由之佑
(72)【発明者】
【氏名】戸田 絵梨香
【審査官】 飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】 特開平04−278084(JP,A)
【文献】 特開2005−287423(JP,A)
【文献】 特開2000−014264(JP,A)
【文献】 特開平05−276845(JP,A)
【文献】 The Plant Cell, 1993, Vol.5, p.739-746
【文献】 Planta, 2007, Vol.226, p.581-589
【文献】 Methods in Molecular Biology, 2011, p.17-27
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
倍数体の植物細胞の製造方法であって、
(a)精細胞と卵細胞とを融合させて受精細胞を作製する工程と、
(b)卵細胞及び卵細胞同士を融合させた融合細胞からなる群より選択される1以上の細胞を、前記受精細胞に融合させる工程と、
を含む製造方法。
【請求項2】
工程(a)又は工程(b)の前に、2つの卵細胞を融合させて1つの融合細胞を作製する工程(α)をさらに有し、
工程(b)では、工程(α)で作製した融合細胞の1つ以上を前記受精細胞に順次融合させる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程(a)において融合させる精細胞と卵細胞は同一の種由来であり、
工程(b)において前記受精細胞に融合させる卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞が前記精細胞の由来する種と同種由来である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
工程(a)において融合させる精細胞と卵細胞は同一の種由来であり、
工程(b)において前記受精細胞に融合させる卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞の1以上が前記精細胞の由来する種とは異なる種由来である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
倍数体の植物細胞の製造方法であって、
(a)1つの卵細胞にx個の卵細胞を融合させて1つの融合細胞を作製する工程と、
(b)精細胞と卵細胞とを融合させて受精細胞を作製する工程と、
(c)y個の卵細胞を、工程(b)で作製した受精細胞に融合させる工程(ただし、yは、少なくとも1以上であって、(x−5)〜(x+5))と、
(d)工程(a)で作製した前記融合細胞をさらに、工程(c)で得た卵細胞を融合させた受精細胞に融合させる工程と、
を含む製造方法。
【請求項6】
細胞の融合を電気融合により行う、請求項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
精細胞と卵細胞とを融合させる際の直流電圧は12〜15kVであり、そして、卵細胞同士を融合させる際の直流電圧は、精細胞と卵細胞とを融合させる際の直流電圧の0.7〜0.8倍である、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
精細胞と卵細胞を電気融合する際の電極間距離は100〜200μmであり、そして、卵細胞と卵細胞を電気融合する際の電極間距離は、精細胞と卵細胞とを融合させる際の電極間距離の3〜5倍である、請求項6又は7に記載の製造方法。
【請求項9】
卵細胞と卵細胞を電気融合する際の浸透圧は、370〜500mosmol/kg H2Oである、請求項6〜8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
精細胞及び卵細胞が単子葉植物由来である、請求項1〜9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の製造方法により製造した倍数体の植物細胞を分化させる工程を含む、分化した植物の倍数体を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、倍数体の植物細胞の製造方法、植物の倍数体を製造する方法及び倍数体の植物細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
農業や園芸の市場では、より大きな果実のなる植物体や大きな花が咲く植物体、及び、これまでにない性質を有する交雑植物のニーズがある。そのような形質の植物体は、例えば、倍数性を高める方法や、種間交雑で得られることが知られている。
【0003】
倍数体は、種子、芽生え及び茎頂などに、細胞分裂時における核の分離を阻害する試薬であるコルヒチンで処理することにより作出できることが知られている。しかし、コルヒチンで処理する手法は倍数体の作出効率が悪く、さらに、高次の倍数体を得ることは非常に困難である。このため、作出効率の良い倍数体の作出方法が求められている。また、植物には異種間での受精を起こりにくくする機構が存在するため、交雑植物の作出は困難であり、効率の良い種間交雑技術が望まれている。
【0004】
近年、植物から採取した精細胞と卵細胞を人工的に融合させる人工受精が試みられている。非特許文献1には、トウモロコシの卵細胞及び精細胞を電気融合して受精細胞を作出し、それを植物体にまで培養する方法が記載されている。また、非特許文献2には、イネの雌雄配偶子の単離方法が記載されており、非特許文献3及び非特許文献4には、イネの雌雄配偶子の電気融合により、受精卵を作出し、それを植物体にまで培養する方法が記載されている。このような人工的な細胞の融合技術は、望ましい形質を有する植物体の作出技術への応用が期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Kranz E. and Lorz H. (1993) In vitro fertilization with isolated, single gametes results in zygotic embryogenesis and fertile maize plants. Plant Cell 5:739-746.
【非特許文献2】Uchiumi T., Komatsu S., Koshiba T. and Okamoto T. (2006) Isolation of gametes and central cells from Oryza sativa L. Sex. Plant Reprod. 19:37-45.
【非特許文献3】Uchiumi T.,Uemura I. and Okamoto T. (2007) Establishment of an in vitro fertilization system in rice (Oryza sativa L.) Planta 226:581-589.
【非特許文献4】Okamoto T. (2011) In vitro fertilization with rice gametes: production of zygotes and zygote and embryo culture. Methods Mol. Biol. 710:17-27.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、植物から採取した卵細胞と精細胞を人工的に融合させて、倍数体の植物細胞及び交雑植物を効率良く製造する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために卵細胞と精細胞の融合方法について鋭意研究を行った。鋭意検討の結果、卵細胞と精細胞を融合して受精細胞を作出し、この受精細胞に卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞を融合させることによって、倍数体及び交雑植物を効率よく作出可能なことを見出した。当該知見に基づいて、本発明は完成された。
【0008】
すなわち、一態様において、本発明は以下のとおりであってよい。
【0009】
[1]倍数体の植物細胞の製造方法であって、
(a)精細胞と卵細胞とを融合させて受精細胞を作製する工程と、
(b)卵細胞及び卵細胞同士を融合させた融合細胞からなる群より選択される1以上の細胞を、前記受精細胞に融合させる工程と、を含む製造方法。
【0010】
[2]工程(a)又は工程(b)の前に、2つの卵細胞を融合させて1つの融合細胞を作製する工程(α)をさらに有し、
工程(b)では、工程(α)で作製した融合細胞の1つ以上を前記受精細胞に順次融合させる、[1]に記載の方法。
【0011】
[3]工程(a)において融合させる精細胞と卵細胞は同一の種由来であり、
工程(b)において前記受精細胞に融合させる卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞が前記精細胞の由来する種と同種由来である、[1]又は[2]に記載の方法。
【0012】
[4]工程(a)において融合させる精細胞と卵細胞は同一の種由来であり、
工程(b)において前記受精細胞に融合させる卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞の1以上が前記精細胞の由来する種とは異なる種由来である、[1]又は[2]に記載の方法。
【0013】
[5]倍数体の植物細胞の製造方法であって、
(a)1つの卵細胞にx個の卵細胞を融合させて1つの融合細胞を作製する工程と、
(b)精細胞と卵細胞とを融合させて受精細胞を作製する工程と、
(c)y個の卵細胞を、工程(b)で作製した受精細胞に融合させる工程(ただし、yは、少なくとも1以上であって、(x−5)〜(x+5))と、
(d)工程(a)で作製した前記融合細胞をさらに、工程(c)で得た卵細胞を融合させた受精細胞に融合させる工程と、を含む製造方法。
【0014】
[6]細胞の融合を電気融合により行う、[1]〜[5]のいずれか1項に記載の製造方法。
【0015】
[7]精細胞と卵細胞とを融合させる際の直流電圧は12〜15kVであり、そして、卵細胞同士を融合させる際の直流電圧は、精細胞と卵細胞とを融合させる際の直流電圧の0.7〜0.8倍である、[6]に記載の製造方法。
【0016】
[8]精細胞と卵細胞を電気融合する際の電極間距離は100〜200μmであり、そして、卵細胞と卵細胞を電気融合する際の電極間距離は、精細胞と卵細胞とを融合させる際の電極間距離の3〜5倍である、[6]又は[7]に記載の製造方法。
【0017】
[9]卵細胞と卵細胞を電気融合する際の浸透圧は、370〜500mosmol/kg H2Oである、[6]〜[8]のいずれか1項に記載の製造方法。
【0018】
[10]精細胞及び卵細胞が単子葉植物由来である、[1]〜[9]のいずれか1項に記載の製造方法。
【0019】
[11][1]〜[10]のいずれか1項に記載の製造方法により製造した倍数体の植物細胞を分化させる工程を含む、分化した植物の倍数体を製造する方法。
【0020】
[12][1]〜[10]のいずれか1項に記載の倍数体の植物細胞の製造方法により製造した、倍数体の植物細胞。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、受精細胞に卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞を融合させることによって、倍数体の植物細胞及び交雑植物を効率良く製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、倍数体の植物細胞の融合を模式的に示す図である。
図2図2は、(A)イネの卵細胞とコムギの精細胞を融合した場合に、球状様胚で発生が止まることを示す模式図である。(B)イネの受精細胞と、コムギ卵細胞を融合した場合に、カルスが形成されることを示す模式図である。
図3図3は、イネ受精細胞とコムギ卵細胞の融合細胞が発生する過程を示す画像である。
図4図4は、イネ受精細胞とミナトカモジグサ卵細胞の融合細胞が発生する過程を示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。本明細書で特段に定義されない限り、本発明に関連して用いられる科学用語及び技術用語は、当業者によって一般に理解される意味を有するものとする。
【0024】
<倍数体の植物細胞の製造方法>
第一の態様において本発明は、(a)精細胞と卵細胞とを融合させて受精細胞を作製する工程と、(b)卵細胞及び卵細胞同士を融合させた融合細胞からなる群より選択される1以上の細胞を、前記受精細胞に融合させる工程と、を含む倍数体の植物細胞の製造方法を提供する。
【0025】
本明細書において「倍数体」とは、1細胞内に3組以上のゲノムを有する個体をいう。ゲノムとは、それぞれの生物の生活機能の調和を保つ上に欠くことのできない染色体の1組をいう。1つのゲノムをAで表すと二倍性の生物の体細胞と生殖細胞のゲノム構成はそれぞれAAとAになる。ゲノムをn組有する場合には、n倍体と表記する(nは整数)。すなわち、本明細書において、「倍数体」とは三倍体以上の植物細胞又は当該細胞を有する植物を意味する。
【0026】
倍数体には、同質倍数体と異質倍数体があり、同質倍数体は細胞中のすべてのゲノムが同一の種から由来している場合をいい、異質倍数体は細胞中のゲノムが2以上の種から由来している場合を言う。
【0027】
本明細書において「精細胞」とは、雄ずいの葯の中において、花粉母細胞の減数分裂により形成される雄性配偶子を意味する。精細胞の単離方法は限定されないが、例えば、適切な浸透圧の溶液に葯から採取した花粉を浸すと、数分後には、花粉から精細胞を含む花粉内容物が溶液中に放出されるので、顕微鏡下においてガラスキャピラリーを用いて精細胞を単離することができる。
【0028】
本明細書において「卵細胞」とは、雌ずいの中において、胚嚢母細胞の減数分裂により形成される雌性配偶子を意味する。卵細胞の単離方法は限定されないが、例えば、適切な浸透圧の溶液中において子房を切断し、その切断面から出てきた卵細胞を顕微鏡下においてガラスキャピラリーを用いて単離することができる。
【0029】
本明細書において「受精細胞」とは、精細胞と卵細胞とが融合した細胞を意味する。
【0030】
本明細書において「細胞融合」「細胞を融合させる」とは、同種あるいは異種の2個以上の細胞の細胞質を融合させることをいい、本明細書において「融合細胞」とは、同種あるいは異種の2個以上の細胞の細胞質を融合させることによって形成された細胞を意味する。細胞を融合する方法は特に限定されないが、電気融合により行うのが好ましい。
【0031】
電気融合により細胞融合を行う場合、電圧、電極間距離等の条件は、細胞の大きさ等に応じて決めればよい。
【0032】
例えば、精細胞と卵細胞とを融合させる際の直流電圧は、下限を10kV以上にすることが好ましく、11kV以上にすることがより好ましく、12kV以上にすることがさらに好ましい。また、上限を17kV以下にすることが好ましく、16kV以下にすることがより好ましく、15kV以下にすることがさらに好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。
【0033】
卵細胞同士を融合させる際の直流電圧は、下限を、精細胞と卵細胞とを融合させる際の直流電圧の0.5倍以上にすることが好ましく、0.6倍以上にすることがより好ましく、0.7倍以上にすることがさらに好ましい。また、上限を0.95倍以下にすることが好ましく、0.9倍以下にすることがより好ましく、0.8倍以下にすることがさらに好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。また、卵細胞同士を融合させる際の直流電圧は、下限を6kV以上にすることが好ましく、7kV以上にすることがより好ましく、8kV以上にすることがさらに好ましい。また、上限を、12kV以下にすることが好ましく、11kV以下にすることがより好ましく、10kV以下にすることがさらに好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。
【0034】
受精細胞と卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞とを融合させる際の直流電圧は、下限を6kV以上にすることが好ましく、7kV以上にすることがより好ましく、8kV以上にすることがさらに好ましい。また、上限を12kV以下にすることが好ましく、11kV以下にすることがより好ましく、10kV以下にすることがさらに好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。
【0035】
精細胞又は卵細胞と、卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞とを電気融合して1つの融合細胞を作製する際、電極間距離は、下限を、融合させる細胞の直径の和の2倍以上にすることが好ましく、2.5倍以上にすることがより好ましく、3倍以上にすることがさらに好ましい。また、上限を6倍以下にすることが好ましく、5倍以下にすることがより好ましく、4倍以下にすることがさらに好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。細胞の直径を測定する方法としては、顕微鏡に装着した測微接眼レンズを用いて直径を測定する方法や、顕微鏡で撮影した画像をコンピュータに取り込み、画像解析ソフトウェアで測定する方法がある。
【0036】
精細胞と卵細胞を電気融合する際に電極間距離は、下限を80μm以上とすることが好ましく、90μm以上とすることがより好ましく、100μm以上とすることがさらに好ましい。また、上限を240μm以下とすることが好ましく、220μm以下とすることがより好ましく、200μm以下とすることがさらに好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。
【0037】
2つの卵細胞を電気融合して1つの融合細胞を作製する際に電極間距離は、下限を、精細胞と卵細胞とを融合させる際に使用する電極間距離の2倍以上にすることが好ましく、2.5倍以上にすることがより好ましく、3倍以上にすることがさらに好ましい。また、上限を7倍以下にすることが好ましく、6倍以下にすることがより好ましく、5倍以下にすることがさらに好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。また、卵細胞と卵細胞を電気融合する際の電極間距離は、下限を200μm以上とすることが好ましく、250μm以上とすることがより好ましく、300μm以上とすることがさらに好ましい。また、上限を700μm以下とすることが好ましく、600μm以下とすることがより好ましく、500μm以下とすることがさらに好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。
【0038】
受精細胞と卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞とを融合させる際に電極間距離は、下限を200μm以上とすることが好ましく、250μm以上とすることがより好ましく、300μm以上とすることがさらに好ましい。また、上限を700μm以下とすることが好ましく、600μm以下とすることがより好ましく、500μm以下とすることがさらに好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。
【0039】
精細胞と卵細胞を電気融合する際の溶液の浸透圧は、下限を380mosmol/kg H2O以上とすることが好ましく、390mosmol/kg H2O以上とすることがより好ましく、400mosmol/kg H2O以上とすることがさらに好ましい。また、上限を470mosmol/kg H2O以下とすることが好ましく、460mosmol/kg H2O以下とすることがより好ましく、450mosmol/kg H2O以下とすることがさらに好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。
【0040】
卵細胞と卵細胞を電気融合する際の溶液の浸透圧は、下限を370mosmol/kg H2O以上とすることが好ましく、380mosmol/kg H2O以上とすることがより好ましく、390mosmol/kg H2O以上とすることがさらに好ましい。また、上限を500mosmol/kg H2O以下とすることが好ましく、480mosmol/kg H2O以下とすることがより好ましく、465mosmol/kg H2O以下とすることがさらに好ましい。また、450mosmol/kg H2Oとすることが最も好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。繰り返し電気融合を行う場合は、電気融合を終えた際に融合細胞を350〜400mosmol/kg H2Oの低浸透圧の溶液に一度移し、電気融合を行う際に再度浸透圧を高めることが好ましい。
【0041】
受精細胞と卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞を電気融合する際の溶液の浸透圧は、下限を370mosmol/kg H2O以上とすることが好ましく、380mosmol/kg H2O以上とすることがより好ましく、390mosmol/kg H2O以上とすることがさらに好ましい。また、上限を500mosmol/kg H2O以下とすることが好ましく、470mosmol/kg H2O以下とすることがより好ましく、450mosmol/kg H2O以下とすることがさらに好ましい。上限と下限は、当業者がそれぞれ適宜選択することができる。繰り返し電気融合を行う場合は、電気融合を終えた際に融合細胞を350〜400mosmol/kg H2Oの低浸透圧の溶液に一度移し、電気融合を行う際に再度浸透圧を高めることが好ましい。
【0042】
本発明において使用する細胞は、植物細胞由来の細胞であればよく、単子葉植物や双子葉植物であってもよく、単子葉植物が好ましく、例えばイネ、ミナトカモジグサ、又はコムギが好ましい。
【0043】
上記(a)工程において、精細胞と卵細胞は、同一の種由来であることが好ましい。
【0044】
上記(b)工程において、受精細胞に融合させる卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞は、(a)工程において使用する精細胞と同種由来であっても異なる種由来であってもよい。異なる種由来である場合、本発明の方法により得られる植物細胞は交雑植物となりうる。
【0045】
卵細胞と精細胞とが融合すると細胞壁が形成される。細胞壁が形成されると細胞融合が阻害されるため、受精細胞への卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞の融合は、受精細胞の作製後に速やかに行い、細胞壁の形成開始前に完了することが好ましい。具体的には、卵細胞と精細胞とを融合させてから、好ましくは、20分以内、より好ましくは10分以内、さらに好ましくは5分以内に、受精細胞を卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞と融合させることが好ましい。
【0046】
上記(a)工程又は(b)工程の前に2つの卵細胞を融合させて1つの融合細胞を得て、(b)工程において、その融合細胞を1つ以上受精細胞に順次融合させることが好ましい。卵細胞を1つずつ受精細胞に融合させる場合と比べて、2つの卵細胞の融合細胞を受精細胞に融合させる場合のほうが、短時間で多くの卵細胞を受精細胞に融合させることができるため好ましい。また、卵細胞を1つずつ受精細胞に融合させる場合と比べて、2つの卵細胞の融合細胞を受精細胞に融合させる場合のほうが、融合させる細胞同士の大きさの差が低減する。細胞同士の大きさが同程度であると、電気融合による融合効率が高まるため好ましい。本態様は特に、12倍体以下、10倍体以下、8倍体以下の作製に有効である。
【0047】
融合させる細胞同士の細胞質の大きさの差が小さいほど電気融合による融合効率が高まる。このため、より高次の倍数体を作製する場合は、卵細胞を融合させた受精細胞に対して、これと同程度の大きさの卵細胞同士の融合細胞を融合させることが好ましい。受精細胞は、卵細胞と精細胞の2つの細胞が融合しているが、精細胞の細胞質は卵細胞と比較して非常に小さい。このため、卵細胞を融合させた受精細胞の細胞質の量を算出する場合は、受精細胞自体の大きさを1つの卵細胞の大きさとして考えてもよい。
【0048】
卵細胞同士の融合細胞と、卵細胞を融合させた受精細胞とを融合させる態様において、卵細胞同士の融合細胞を作製する際に1つの卵細胞に融合させる卵細胞数と、受精細胞に融合させる卵細胞数の差は、5個以下の卵細胞数であることが好ましく、4個以下の卵細胞数であることがより好ましく、3個以下の卵細胞数であることがさらに好ましい。例えば、x個(xは整数である)の卵細胞を1つの卵細胞に融合させて得た1つの融合細胞には、(x−5)〜(x+5)個の卵細胞を融合させた受精細胞を融合させることが好ましく、(x−4)〜(x+4)個の卵細胞を融合させた受精細胞を融合させることがより好ましく、(x−3)〜(x+3)個の卵細胞を融合させた受精細胞を融合させることがさらに好ましい。本態様において、n個(nは整数である)の卵細胞を、卵細胞、融合細胞又は受精細胞の融合先の細胞に融合させる場合は、n個の卵細胞のうち、一部又は全部を1つずつ融合先の細胞に融合させてもよく、一部又は全部をそれぞれ融合させて融合細胞を作製し、この融合細胞を融合先の細胞に融合させてもよい。
<分化した倍数体植物を製造する方法>
第二の態様において、本発明は、上記の倍数体の植物細胞の製造方法により製造した倍数体の植物細胞を分化させる工程を含む、植物の倍数体を製造する方法を提供する。植物細胞を分化させる工程は、植物細胞を培養して、球状様胚又はカルスを形成させることを含む。所望により、この球状様胚又はカルスをさらに、不定胚、不定芽、不定根、又は、根、茎及び葉を有する植物体に分化させてもよい。
【0049】
倍数体の植物細胞を分化させる工程は特に限定されないが、例えば、次のように行うことができる。
【0050】
まず、倍数体の植物細胞を、7%マンニトール液滴(450mosmol/kg H2O)の中に入れて細胞内の浸透圧を高める。その後、植物細胞を2,4−ジクロロフェノキシ酢酸、ナフタレン酢酸などのオーキシンを添加した、液体のMS培地(T. Murashige et al., Physiol. Plant., 15, 473 (1962))、B5培地(O.L.Gamborg et al, Experimental Cell Research, 50, 151-158 (1968))、N6培地(Chu et al., Sci. Sinica, 18, 659-668(1975))等に投入して一晩静置した後、穏やかに振とう培養する。振とう速度は、30〜50rpmが好ましく、35〜45rpmがより好ましい。培養の温度は、24〜28℃が好ましく、25〜27℃がより好ましい。培養は暗下で行うことが好ましい。培地へのオーキシンの添加濃度は、0.1〜0.3mg/Lが好ましく、0.15〜0.25mg/Lがより好ましい。培地にはフィーダー細胞を加えるのが好ましい。この培養期間は、4〜7日が好ましく、5〜6日がより好ましい。
【0051】
培養開始から4〜7日後、直径50〜200μm程度の球状様胚が形成される。その球状様胚を、フィーダー細胞を加えていない上記の培地に移し、さらに10〜14日程度培養する。その後、オーキシンを添加しない任意の培地、例えばMS培地に入れて培養し植物体を形成させる。この際、培養は光を照射して行うことが好ましく、光は、例えば、50〜180μmol/m2・secが好ましく、70〜150μmol/m2・secがより好ましい。植物体形成用の培地には支持体が含まれることが好ましく、支持体としては、例えば寒天やゲランガム、ゲルライト等を使用することができる。
<倍数体の植物細胞>
第三の態様において、本発明は、上記の倍数体の植物細胞の製造方法により製造した倍数体の植物細胞を提供する。
【0052】
本発明に係る倍数体の植物細胞は、上記の倍数体の植物細胞の製造方法により容易に製造することができる。
【0053】
従来の方法では、6倍体以上の倍数体の植物細胞を製造することは困難であったが、本発明に係る倍数体の植物細胞の製造方法によれば、6倍体以上の倍数体の植物細胞を作製することができる。
【実施例】
【0054】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、これらは本発明の技術的範囲を限定するためのものではない。当業者は本明細書の記載に基づいて容易に本発明に修飾・変更を加えることができ、それらは本発明の技術的範囲に含まれる。
実施例1:イネの卵細胞、精細胞、受精細胞の取得
(1)イネのH2B−GFP導入株の作製
イネユビキチンプロモータの下流にヒストンH2B−GFP融合タンパク質をコードするDNAを繋いだDNAコンストラクトを組み込んだバイナリーベクターを用いて、アグロバクテリウム法によってイネ(Oryza sativa L. cv Nipponbare)を形質転換することによって、H2B−GFP導入株を作製した。
(2)卵細胞と精細胞の取得
イネの穂から得た未開花の花を解体して子房と葯を採取した。3mlの6%マンニトール溶液(370mosmol/kg H2O)が入った3.5cmプラスチックシャーレの中に子房と葯を入れた。
【0055】
新しい3.5cmプラスチックシャーレ中の3mLの6%マンニトール溶液(370mosmol/kg H2O)に柱頭を除去した子房を沈めて、シャーレの底でレーザーブレード(フェザー安全カミソリ(株)、FA−10)により子房の下部を切断した。顕微鏡観察により切断部から出てくる卵細胞を確認し、ミクロキャピラリーで卵細胞を単離した。30〜40個の子房からおよそ10〜15個の卵細胞が得られた。各卵細胞の直径は40〜50μmであった。なお、各実験では、細胞の直径の測定は、顕微鏡で細胞の外周長が最も大きい位置にピントを合わせて画像を撮影し、画像処理ソフト(Pixela社製、InStudio)を使用して測定した。
【0056】
マイクロインジェクター(STサイエンス社製, UJI−B)に接続したミクロキャピラリーで1〜2μLの6%マンニトール液滴(370mosmol/kg H2O)を作った。同ミクロキャピラリーを用いて、単離した卵細胞をこの液滴中に入れた。この卵細胞は、単離後8時間以内に各実験に使用した。また、当日に卵細胞を使わない場合は、4℃で一晩保存して、翌日、実験に使用した。卵細胞の直径は40〜50μmであった。
【0057】
6%マンニトール溶液(370mosmol/kg H2O)中において葯をピンセットで開裂させて、花粉粒を溶液に曝露した。溶液中で花粉粒が破裂し、精細胞を含む花粉内容物が放出された。精細胞は、花粉粒を破裂させてから1時間以内に各実験に使用した。各精細胞の直径は8〜10μmであった。
(3)受精細胞の作製
本実施例では、図1(A)に示すように、精細胞と卵細胞を融合して受精細胞を作製し、各実験に使用した。
【0058】
以下の細胞の電気融合には、融合用装置(ネッパジーン社製、ECFG21)を使用した。ダブルピペットホルダー(ナリシゲ社製、HD−21)を装着したマニピュレーター(UMMT−3FC、成茂科学器械研究所製)を用いた。チタン電極(ネッパジーン社製,CUY5100Ti100)をピペットホルダーに固定した。
【0059】
カバーガラスの周囲を、5%ジクロロメチルシランを含む1,1,1-トリクロロエタン溶液に浸し、乾燥させた。このカバーガラス中央部分に0.2〜0.3mLのミネラルオイル(Embryo Culture-tested Grade,シグマアルドリッチ社製、1001279270)を載せた。このミネラルオイル内に1〜2μLの6%マンニトール液滴(370mosmol/kg H2O)を作り、この液滴の中に1つの卵細胞と1つの精細胞を入れた。
【0060】
このミネラルオイル内において、交流電流(AC)フィールド(1MHz,0.4kV/cm)下で、一つの電極に卵細胞を接着させ、この卵細胞に精細胞を接着させた。そして、この電極に他方の電極を近づけた。電極間距離は、100〜200μmに調整した。
【0061】
ガラスキャピラリーを用いて、0.5〜1μLの8%マンニトール溶液(520mosmol/kg H2O)を液滴に穏やかに加えた。これにより、マンニトール液滴の浸透圧を400〜450mosmol/kg H2Oにした。精細胞が楕円形状に変形し、また、卵細胞が電極に付着しやすくなった。
【0062】
直流パルス(50μs、12〜15kV/cm)をかけて細胞融合し、得られた融合細胞を回収した。この融合細胞(受精細胞)の直径は40〜50μmであった。
【0063】
受精細胞は、直流パルスをかけてから20分以内に以下の各実験に使用した。
【0064】

(4)卵細胞同士の融合細胞の作製
本実施例では、2つの卵細胞を融合して1つの融合細胞を得た。
【0065】
カバーガラス上のミネラルオイル(Embryo Culture-tested Grade,シグマアルドリッチ社製、1001279270)内に1〜2μLの6%マンニトール液滴(370mosmol/kg H2O)を作製した。1つの液滴の中に卵細胞を2つ入れた。
【0066】
このミネラルオイル内において、交流電流(AC)フィールド(1MHz,0.4kV/cm)下で、一つの電極に1つの卵細胞を接着させ、この卵細胞にもう一つの卵細胞を接着させた。そして、この電極に他方の電極を近づけた。2つの電極の距離は、300〜500μmに調整した。
【0067】
ガラスキャピラリーを用いて、0.5〜1μLの8%マンニトール溶液(520mosmol/kg H2O)を液滴に穏やかに加えた。これにより、マンニトール液滴の浸透圧を400〜450mosmol/kg H2Oにした。そして直流パルス(50μs、9〜11kV/cm)をかけて細胞融合し、融合細胞を回収した。この融合細胞の直径は50〜60μmであった。
【0068】
卵細胞同士の融合細胞は、融合させてから4時間以内に以下の各実験に使用した。
(5)4つの卵細胞を融合させて得る四倍体の融合細胞の作製
本実施例では、4つの卵細胞を融合して1つの融合細胞を得た。
【0069】
カバーガラス上のミネラルオイル(Embryo Culture-tested Grade,シグマアルドリッチ社製、1001279270)内に1〜2μLの6%マンニトール液滴(370mosmol/kg H2O)を作製した。1つの液滴の中に上記(4)と同様にして得た卵細胞同士の融合細胞を2つ入れた。
【0070】
このミネラルオイル内において、交流電流(AC)フィールド(1MHz,0.4kV/cm)下で、一つの電極に1つの融合細胞を接着させ、この融合細胞にもう一つの融合細胞を接着させた。そして、この電極に他方の電極を近づけた。2つの電極の距離は、350〜600μmに調整した。
【0071】
ガラスキャピラリーを用いて、0.5〜1μLの8%マンニトール溶液(520mosmol/kg H2O)を液滴に穏やかに加えた。これにより、マンニトール液滴の浸透圧を400〜450mosmol/kg H2Oにした。そして直流パルス(50μs、9〜11kV/cm)をかけて細胞融合し、融合細胞を回収した。この融合細胞の直径は60〜70μmであった。
【0072】
融合細胞は、融合させてから4時間以内に以下の各実験に使用した。
実施例2:受精細胞と卵細胞とを融合させる、三倍体の植物細胞の作製
本実施例では、図1(B)に示すように、受精細胞と卵細胞を融合させて、三倍体の植物細胞を作製した。
【0073】
カバーガラス上のミネラルオイル(Embryo Culture-tested Grade,シグマアルドリッチ社製、1001279270)内に1〜2μLの6%マンニトール液滴(370mosmol/kg H2O)を作製した。1つのマンニトール液滴の中に、受精細胞及び卵細胞を1つずつ入れた。
【0074】
このミネラルオイル内において、交流電流(AC)フィールド(1MHz,0.4kV/cm)下で、一つの電極に受精細胞を接着させ、この受精細胞に卵細胞を接着させた。そして、この電極に他方の電極を近づけた。2つの電極の距離は、300〜500μmに調整した。
【0075】
ガラスキャピラリーを用いて、0.5〜1μLの8%マンニトール溶液(520mosmol/kg H2O)を液滴に穏やかに加えた。これにより、マンニトール液滴の浸透圧を400〜450mosmol/kg H2Oにした。そして直流パルス(50μs、9〜11kV/cm)をかけて細胞融合し、融合細胞を回収した。
実施例3:受精細胞と卵細胞同士を融合させた融合細胞を融合させる、四倍体の植物細胞の作製
本実施例では、図1(C)に示すように、受精細胞と卵細胞同士の融合細胞とを融合させて、四倍体の植物細胞を作製した。
【0076】
カバーガラス上のミネラルオイル(Embryo Culture-tested Grade,シグマアルドリッチ社製、1001279270)内に1〜2μLの6%マンニトール液滴(370mosmol/kg H2O)を作製した。1つの液滴の中に受精細胞と卵細胞同士の融合細胞を1つずつ入れた。
【0077】
このミネラルオイル内において、交流電流(AC)フィールド(1MHz,0.4kV/cm)下で、一つの電極に受精細胞を接着させ、この受精細胞に融合細胞を接着させた。そして、この電極に他方の電極を近づけた。2つの電極の距離は、350〜600μmに調整した。
【0078】
ガラスキャピラリーを用いて、0.5〜1μLの8%マンニトール溶液(520mosmol/kg H2O)を液滴に穏やかに加えた。これにより、マンニトール液滴の浸透圧を400〜450mosmol/kg H2Oにした。そして直流パルス(50μs、9〜11kV/cm)をかけて細胞融合し、融合細胞を回収した。
実施例4:受精細胞に卵細胞同士を融合させた融合細胞を2つ融合させる、六倍体の植物細胞の作製
本実施例では、図1(D)に示すように、実施例3と同様にして作製した四倍体細胞と、実施例1(4)と同様にして作製した卵細胞同士の融合細胞である二倍体細胞とを融合させて、六倍体の植物細胞を作製した。
【0079】
まず、受精細胞と卵細胞同士の融合細胞を実施例3と同様に融合させた。この融合細胞の直径は60〜70μmであった。この融合細胞を6%マンニトール溶液(370mosmol/kg H2O)に移した。
【0080】
次に、カバーガラス上のミネラルオイル(Embryo Culture-tested Grade,シグマアルドリッチ社製、1001279270)内に1〜2μLの6%マンニトール液滴(370mosmol/kg H2O)を作製した。1つのマンニトール液滴の中に、四倍体の融合細胞と、卵細胞同士の融合細胞を1つずつ入れた。
【0081】
このミネラルオイル内において、交流電流(AC)フィールド(1MHz,0.4kV/cm)下で、一つの電極に四倍体の融合細胞を接着させ、この四倍体の融合細胞に卵細胞同士の融合細胞を接着させた。そして、この電極に他方の電極を近づけた。2つの電極の距離は、400〜650μmに調整した。
【0082】
ガラスキャピラリーを用いて、0.5〜1μLの8%マンニトール溶液(520mosmol/kg H2O)を液滴に穏やかに加えた。これにより、マンニトール溶液の浸透圧を400〜450mosmol/kg H2Oにした。そして直流パルス(50μs、9〜11kV/cm)をかけて細胞融合し、融合細胞を回収した。
実施例5:八倍体の植物細胞の作製
本実施例では、図1(E)に示すように、実施例3と同様にして作製した四倍体細胞と、実施例1(5)と同様に、4つの卵細胞を融合させた四倍体の植物細胞とを融合させて、八倍体の植物細胞を作製した。
【0083】
まず、四倍体の融合細胞を実施例3と同様に融合させた。この融合細胞を6%マンニトール溶液(370mosmol/kg H2O)に移した。次に、4つの卵細胞を融合させた四倍体の融合細胞を6%マンニトール溶液(370mosmol/kg H2O)に移した。
【0084】
次に、カバーガラス上のミネラルオイル(Embryo Culture-tested Grade,シグマアルドリッチ社製、1001279270)内に1〜2μLの6%マンニトール液滴(370mosmol/kg H2O)を作製した。1つのマンニトール液滴の中に、四倍体の融合細胞と、4つの卵細胞を融合させて得た四倍体の融合細胞を1つずつ入れた。
【0085】
このミネラルオイル内において、交流電流(AC)フィールド(1MHz,0.4kV/cm)下で、一つの電極に六倍体の融合細胞を接着させ、この六倍体の融合細胞に卵細胞同士の融合細胞を接着させた。そして、この電極に他方の電極を近づけた。2つの電極の距離は、500〜700μmに調整した。
【0086】
ガラスキャピラリーを用いて、0.5〜1μLの8%マンニトール溶液(520mosmol/kg H2O)を液滴に穏やかに加えた。これにより、マンニトール溶液の浸透圧を400〜450mosmol/kg H2Oにした。そして直流パルス(50μs、9〜11kV/cm)をかけて細胞融合し、融合細胞を回収した。
実施例6:融合細胞から植物体への発生
0.2mL受精細胞用培地(N6Z培地(Kumlehn J. et.al. (1998)Planta 205: 327-333)に以下の改変を加えたもの(2g/L CHU(N6) basal salt mixture (シグマアルドリッチ社製)、0.025mg/L Na2MoO4・2H2O、0.025mg/L CoCl2・6H2O、0.025mg/L CuSO4・5H2O、0.01mg/L レチノール、0.01mg/L カルシフェロール、0.01mg/Lビオチン、1mg/L チアミン・H2O、1mg/L ニコチン酸、1mg/L ピリドキシン・HCl、1mg/L 塩化コリン、1mg/L Ca-パントテン酸、0.2mg/L リボフラビン、0.2mg/L 2,4-D、0.02mg/L コバラミン、0.02mg/L p-アミノ安息香酸、0.4mg/L 葉酸、2mg/Lアスコルビン酸、40mg/L リンゴ酸、40mg/L クエン酸、40mg/L フマル酸、20mg/L Na-ピルビン酸、1,000mg/L グルタミン、及び250mg/L カゼイン加水分解物、100mg/L ミオイノシトール。浸透圧はグルコースで450mosmol/kg H2Oに調整。pH5.7。フィルター滅菌。)を、直径12mmのMillicell CMインサート(ミリポア社製)内に入れ、2mLの培地の入った3.5cmプラスチックシャーレの中に入れた。40〜60μLのイネ浮遊細胞培養物(Line Oc、理研バイオリソースセンター製)をフィーダー細胞としてシャーレに加えた。
【0087】
無水エタノールと滅菌水でミクロキャピラリーを洗浄して滅菌した後、実施例2〜4で得られた融合細胞を新鮮な7%マンニトール液滴(450mosmol/kg H2O)中に投入し、その後、受精細胞用培地の入ったCMインサート内のメンブレン上に移した。
【0088】
融合細胞は、暗所に26℃で一晩静置して培養した。細胞融合から12−16時間後に、融合細胞を蛍光顕微鏡で観察し、核が融合している個体数を数えた。結果を表1に示す。その後、40rpmの速度で穏やかに振とう培養した。
【0089】
そして、細胞融合から1日後に細胞分裂をしている個体数、細胞融合から5日後に球状様胚を形成した個体数を数えた。結果を表1に示す。
【0090】
融合後5日目に、胚の入ったCMインサートを、2mLの受精細胞用培地の入った新しい35mm直径シャーレの中に移し、上記の培養を続けた。
【0091】
18日間の培養後、細胞コロニーを、再分化培地(改変したMS培地の固体培地。MS塩、MSビタミン、100mg/L myoinositol、2g/L casamino acid、30g/L sucrose、30 g/L sorbitol、0.2 mg/L l-naphthaleneacetic acid(NAA)、1 mg/L kinetin及び0.3 % Gelrite)に移して培養した。30℃で12〜30日間持続的に光で照らして培養した。そして、細胞融合から30日後に観察し、カルスを形成した個体数を数えた。結果を表1に示す。
【0092】
カルス中に芽が分化してきたら、それを発根用培地(キネチン及びNAAを含めないこと以外は再分化培地と同じ)に移し、13時間/11時間の明/暗サイクルで、28℃で11〜13日培養した。そして、細胞融合から43〜45日後に植物体を形成した個体数を数えた。結果を表1に示す。
【0093】
【表1】
【0094】
表1に示すように、融合した細胞から高い確率で植物体が形成された。この結果は、受精細胞に卵細胞を融合させることにより、植物体まで発生する倍数体の細胞を作製することができることを示すものである。
実施例7:イネの受精細胞とコムギの卵細胞との融合
(1)コムギの精細胞及び卵細胞の取得
イネの子房及び葯から卵細胞と精細胞を取得した方法と同様の方法で、コムギ(Triticum aestivum,明治大学・川上直人博士から分与)の子房及び葯から卵細胞及び精細胞を取得した。卵細胞の直径は50〜60μmであった。
(2)イネの卵細胞とコムギの精細胞との融合(比較例)
カバーガラス上のミネラルオイル(Embryo Culture-tested Grade,シグマアルドリッチ社製、1001279270)内に1〜2μLの6%マンニトール液滴(370mosmol/kg H2O)を作製した。1つのマンニトール液滴の中にイネの卵細胞とコムギの精細胞を1つずつ入れた。
【0095】
このミネラルオイル内において、交流電流(AC)フィールド(1MHz,0.4kV/cm)下で、一つの電極にイネの卵細胞を接着させ、この卵細胞にコムギの精細胞を接着させた。そして、この電極に他方の電極を近づけた。2つの電極の距離は、100〜200μmに調整した。
【0096】
ガラスキャピラリーを用いて、0.5〜1μLの8%マンニトール溶液(520mosmol/kg H2O)を液滴に穏やかに加えた。これにより、マンニトール溶液の浸透圧を400〜450mosmol/kg H2Oにした。そして直流パルス(50μs、12〜15kV/cm)をかけて細胞融合し、融合細胞を回収した。
(3)イネの受精細胞とコムギの卵細胞の融合(実施例)
カバーガラス上のミネラルオイル(Embryo Culture-tested Grade,シグマアルドリッチ社製、1001279270)内に1〜2μLの6%マンニトール液滴(370mosmol/kg H2O)を作製した。1つのマンニトール液滴の中にイネの受精細胞とコムギの卵細胞を1つずつ入れた。
【0097】
このミネラルオイル内において、交流電流(AC)フィールド(1MHz,0.4kV/cm)下で、一つの電極に受精細胞を接着させ、この受精細胞に卵細胞を接着させた。そして、この電極に他方の電極を近づけた。2つの電極の距離は、300〜500μmに調整した。
【0098】
ガラスキャピラリーを用いて、0.5〜1μLの8%マンニトール溶液(520mosmol/kg H2O)を液滴に穏やかに加えた。これにより、マンニトール溶液の浸透圧を400〜450mosmol/kg H2Oにした。そして直流パルス(50μs、9〜11kV/cm)をかけて細胞融合し、融合細胞を回収した。
(4)融合細胞の培養
実施例5と同様に、(1)及び(2)で作製した融合細胞を培養した。その結果を図2に示す。イネの卵細胞とコムギの精細胞との融合細胞は、球状様胚までで発生が止まってしまった。一方、イネの受精細胞とコムギの卵細胞の融合は、カルスまで発生した。
【0099】
イネの受精細胞とコムギの卵細胞を融合させて作成した融合細胞は、細胞融合から3分後、18時間後、1日後、5日後、7日後、11日後、39日後、41日後、50日後、60日後、及び74日後に画像を撮影した。画像を図3に示す。
【0100】
融合細胞がカルスを形成したことから、植物体まで発生しうる、イネとコムギの雑種細胞の作製に成功したことがわかる。この結果は、イネの精細胞と卵細胞を融合した細胞にイネとは異種のコムギの卵細胞を融合させることにより、植物体まで発生しうる雑種細胞を作製できることを示すものである。
実施例8:イネの受精細胞とミナトカモジグサの卵細胞との融合
(1)ミナトカモジグサの卵細胞の取得
イネの子房から卵細胞を取得した方法と同様の方法で、ミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon、理研バイオリソースセンターから分与)の子房から卵細胞を取得した。この卵細胞の直径は30〜40μmであった。
(2)イネの受精細胞と、ミナトカモジグサの卵細胞の融合
カバーガラス上のミネラルオイル(Embryo Culture-tested Grade,シグマアルドリッチ社製、1001279270)内に1〜2μLの6%マンニトール液滴(370mosmol/kg H2O)を作製した。
【0101】
1つのマンニトール液滴の中にイネの受精細胞とミナトカモジグサの卵細胞を1つずつ入れた。
【0102】
このミネラルオイル内において、交流電流(AC)フィールド(1MHz,0.4kV/cm)下で、一つの電極にイネの受精細胞を電極に接着させ、このイネの受精細胞にミナトカモジグサの卵細胞を接着させた。そして、この電極に他方の電極を近づけた。2つの電極の距離は、300〜500μmに調整した。
【0103】
ガラスキャピラリーを用いて、0.5〜1μLの8%マンニトール溶液(520mosmol/kg H2O)を液滴に穏やかに加えた。これにより、マンニトール溶液の浸透圧を400〜450mosmol/kg H2Oにした。そして直流パルス(50μs、9〜11kV/cm)をかけて細胞融合し、融合細胞を回収した。
(3)融合細胞の培養
実施例5と同様に融合細胞を培養した。融合細胞は、融合直後、融合から1.5時間後、1日後、2日後、4日後、6日後、14日後、および65日後に画像を撮影した。画像を図4に示す。融合細胞がカルスを形成し、芽及び根様の器官の形成も観察された。このことから、植物体まで発生しうる、イネとミナトカモジグサの雑種細胞の作製に成功したことがわかる。この結果は、イネの精細胞と卵細胞を融合した細胞にイネとは異種のミナトカモジグサの卵細胞を融合させることにより、植物体まで発生しうる雑種細胞を作製できることを示すものである。
【産業上の利用分野】
【0104】
本発明の倍数体の製造方法は、受精細胞に卵細胞又は卵細胞同士を融合させた融合細胞を融合させることによって、倍数体の植物細胞及び交雑植物を効率良く製造することができるものである。本発明の倍数体の製造方法は、大きな果実や花を形成させる倍数体の植物体や異種の植物体が得られるため、農業及び園芸の分野での利用が期待できる。
図1
図2
図3
図4