(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、例えば樹脂、コンクリート、セラミック等の構造材料のための強化材として広く利用されている。また、他にも炭素繊維は、例えば断熱材、活性炭原料、導電材料、伝熱材料等としても利用される。
【0003】
炭素繊維は、ポリアクリロニトリル等の合成樹脂や、石油又は石炭から得られるピッチを紡糸により繊維状に成形し、この糸を不融化(空気酸化)及び炭化することにより製造される。石炭ピッチは、石炭を乾留してコークスを製造する際に副生する液状物質であるコールタールから蒸留によりナフタレン等の揮発性の成分を取り出した後の残渣であり、粘稠な黒色物質である。このような石炭ピッチは、ベンゼンをその骨格に多数含んだ芳香族化合物を多く含む多数の化合物の混合物である。
【0004】
石炭ピッチは、100℃から200℃程度に加熱すると、溶融して粘稠な液体となるので、これをノズルから押し出すことにより紡糸することができる。しかしながら、上述のように、石炭ピッチは、コークス製造時の副生成物であって、残渣として回収されるものであるため、紡糸並びにその後の不融化及び炭化を阻害する例えば金属不純物や固形炭素分等の様々な成分を含んでおり、安定して効率よく炭素繊維を製造することが難しい。また、これらの不純物は、製造される炭素繊維の欠陥の原因となり得る。
【0005】
つまり、炭素繊維の製造に用いるピッチは、炭素含有量が大きく、金属不純物や固形炭素分を含まないことが好ましい。
【0006】
また、炭素繊維の製造に用いるピッチは、紡糸時に一定の温度で均一に溶融することが好ましい。また、ピッチの軟化点としては、ピッチを紡糸した繊維の形状固定のための不融化処理の温度を上げて効率化できるよう150℃以上が好ましく、かつ紡糸時に熱分解反応が起こらない温度で紡糸できるよう300℃以下が好ましい。
【0007】
これらの要求を満たすため、石炭ピッチに対して例えば粘度や成分の調整、不純物の除去等の処理を行って石炭ピッチを改質することが提案されている(例えば特公平7−15099号公報参照)。
【0008】
しかしながら、上記のような石炭ピッチの改質処理は、炭素繊維の製造コストを押し上げる結果となる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、適宜図面を参照しつつ、本発明の実施の形態を詳説する。
【0021】
[炭素繊維の製造方法]
本発明の一実施形態に係る炭素繊維の製造方法は、
図1に示すように、歴青炭又は亜歴青炭の熱分解及び溶剤抽出処理により無灰炭を形成する工程(無灰炭形成工程:ステップS1)と、歴青炭又は亜歴青炭から得られた無灰炭を低温溶剤抽出処理により可溶成分及び不溶成分に分離する工程(分離工程:ステップS2)と、得られた可溶成分を熱処理する工程(熱処理工程:ステップS3)と、熱処理した可溶成分を溶融紡糸する工程(溶融紡糸工程:ステップS4)と、この溶融紡糸により得られる糸状体を不融化する工程(不融化工程:ステップS5)と、成形した配合物を炭化する工程(炭化工程:ステップS6)とを備える。
【0022】
<無灰炭形成工程>
ステップS1の無灰炭形成工程では、歴青炭又は亜歴青炭と溶剤とを混合したスラリーを、歴青炭又は亜歴青炭の熱分解温度以上に加熱して、熱分解した歴青炭又は亜歴青炭の可溶成分を溶剤に抽出することによって無灰炭を得る。歴青炭又は亜歴青炭は、他の種類の石炭に比して、収率やピッチ特性に優れる。例えば褐炭や亜炭は酸素含有率が高く、炭素含有率が低いことが炭素繊維原料としては問題になる場合がある。また、無煙炭のように石炭化度が高いものについても、無灰炭の収率が低いため好ましくない。
【0023】
上記溶剤としては、歴青炭又は亜歴青炭を溶解する性質を有するものであれば特に限定されず、例えばベンゼン、トルエン、キシレン等の単環芳香族化合物や、ナフタレン、メチルナフタレン、ジメチルナフタレン、トリメチルナフタレン等の2環芳香族化合物等を用いることができる。なお、上記2環芳香族化合物には、脂肪族鎖を有するナフタレン類や長鎖脂肪族鎖を有するビフェニル類が含まれる。
【0024】
上記溶剤の中でも、石炭乾留生成物から精製した石炭誘導体である2環芳香族化合物が好ましい。石炭誘導体の2環芳香族化合物は、加熱状態でも安定しており、石炭との親和性に優れている。そのため、溶剤としてこのような2環芳香族化合物を用いることで、溶剤に抽出される石炭成分の割合を高めることができると共に、蒸留等の方法で容易に溶剤を回収し循環使用することができる。
【0025】
スラリーの加熱温度(熱分解抽出温度)の下限としては、300℃が好ましく、350℃がより好ましく、380℃がさらに好ましい。一方、スラリーの加熱温度の上限としては、470℃が好ましく、450℃がより好ましい。スラリーの加熱温度が上記下限に満たない場合、石炭を構成する分子間の結合を十分に弱めることができないため、例えば原料石炭として低品位炭を使用した場合に、抽出される無灰炭の再固化温度を高めることができないおそれや、収率が低く不経済となるおそれがある。逆に、スラリーの加熱温度が上記上限を超える場合、石炭の熱分解反応が非常に活発になり生成した熱分解ラジカルの再結合が起こるため、抽出率が低下するおそれがある。
【0026】
無灰炭形成工程での歴青炭又は亜歴青炭からの抽出率(無灰炭の収率)としては、原料となる歴青炭又は亜歴青炭の品質にもよるが、例えば40質量%以上60質量%以下とされる。
【0027】
<分離工程>
ステップS2の分離工程では、上記ステップS1の無灰炭形成工程において得られた無灰炭を低温溶剤抽出処理に供することにより、低温で溶剤抽出される比較的低分子量の可溶成分と溶剤抽出されない比較的高分子量の不溶成分とに分離する。これにより、溶融紡糸可能な可溶成分が得られる。
【0028】
より詳しくは、粉砕した無灰炭を溶剤中に分散したスラリーを調製し、このスラリーを所定の温度範囲内で一定時間保持してから、スラリー中の固形分つまり不溶成分と、液体分つまり可溶成分が溶出した溶剤とを分離する。
【0029】
溶剤に分散する無灰炭の平均粒径の下限としては、50μmが好ましく、100μmがより好ましい。一方、溶剤に分散する無灰炭の平均粒径の上限としては、3mmが好ましく、1mmがより好ましい。溶剤に分散する無灰炭の平均粒径が上記下限に満たない場合、抽出した可溶成分を含む液体と、不溶成分である固形分とを分離することが困難となるおそれがある。逆に、溶剤に分散する無灰炭の平均粒径が上記上限を超える場合、可溶成分の抽出効率が低下するおそれがある。なお、「平均粒径」とは、レーザー回折散乱法によって測定される粒度分布において体積積算値50%となる粒径を意味する。
【0030】
上記スラリーの溶剤に対する無灰炭の混合率の下限としては、3質量%が好ましく、5質量%がより好ましい。一方、溶剤に対する無灰炭の混合率の上限としては、40質量%が好ましく、30質量%がより好ましい。溶剤に対する無灰炭の混合率が上記下限に満たない場合、製造効率が低く、不経済となるおそれがある。逆に、溶剤に対する無灰炭の混合率が上記上限を超える場合、スラリーの取り扱いや不溶成分の分離が困難となるおそれがある。
【0031】
可溶成分が溶出した溶剤と不溶成分との分離方法としては、特に限定されず、濾過法、遠心分離法、重力沈降法等の公知の分離方法、あるいはこれらのうちの2法の組合せを採用できる。これらの中でも、流体の連続操作が可能であり、低コストで大量の処理にも適しており、かつ不溶成分を確実に除去できる遠心分離法と濾過法との組合せが好ましい。
【0032】
そして、上記不溶成分を分離した液体(上澄み液)から溶剤を除去することで、無灰炭の可溶成分が分離回収され、固形分濃縮液から溶剤を除去することで、無灰炭の不溶成分が分離回収される。上記上澄み液及び固形分濃縮液から溶剤を除去する方法としては、特に限定されず、一般的な蒸留法や蒸発法等を用いることができる。特に不溶成分からの溶剤の除去は、溶剤を回収して再利用するために蒸留によることが好ましい。
【0033】
上記分離工程で用いる溶剤としては、無灰炭の低分子量成分を溶出できるものであればよく、上記無灰炭形成工程に使用する溶剤と同様のものを使用することができる。分離工程用の溶剤としては、中でも低い温度、好ましくは常温で十分な抽出率が得られる溶剤が好ましく、そのような好ましい溶剤としては、例えばピリジン、メチルナフタレン、テトラヒドロフラン等が挙げられる。
【0034】
分離工程での溶剤抽出処理温度は、溶剤の種類により最適な温度が異なる。しかしながら、一般的に、溶剤抽出処理温度しては、300℃未満が好ましく、200℃以下がより好ましく、150℃以下がさらに好ましい。一方、溶剤抽出処理温度の下限としては、特に限定されないが、常温、例えば20℃が好ましい。溶剤抽出処理温度が上記上限を超える場合、抽出される可溶成分の分子量が大きくなることにより軟化温度が高くなり過ぎ、ステップS4における紡糸効率が低下するおそれがある。逆に、溶剤抽出処理温度が上記下限に満たない場合、冷却が必要となり、不必要にコストが上昇するおそれがある。
【0035】
分離工程での抽出時間、つまり上記溶剤抽出処理温度で保持される時間の下限としては、10分が好ましく、15分がより好ましい。一方、抽出時間の上限としては、120分が好ましく、90分がより好ましい。抽出時間が上記下限に満たない場合、無灰炭の低分子量成分を十分に溶出させられないおそれがある。逆に、抽出時間が上記上限を超える場合、製造コストが不必要に増大するおそれがある。
【0036】
分離工程での無灰炭からの可溶成分の抽出率の下限としては、10質量%が好ましく、20質量%がより好ましく、30質量%がさらに好ましい。一方、無灰炭からの可溶成分の抽出率の上限としては、90質量%が好ましく、70質量%がより好ましく、50質量%がさらに好ましい。分離工程での無灰炭からの可溶成分の抽出率が上記下限に満たない場合、歩留まりが低く、製造コストが増加するおそれがある。逆に、分離工程での無灰炭からの可溶成分の抽出率が上記上限を超える場合、可溶成分の軟化温度が高くなり、紡糸効率が低下するおそれがある。
【0037】
<熱処理工程>
ステップS3の熱処理工程では、ステップS2の分離工程で得られた可溶成分を加熱して低分子量成分を揮発させると共に、低温で熱分解する成分を予め分解して除去することにより、ステップS4の溶融紡糸工程において使用するピッチを得る。
【0038】
上記熱処理は、非酸化性ガス雰囲気中で加熱することが好ましい。このように、非酸化性ガス雰囲気中で加熱して酸化架橋を防止することで、軟化温度の上昇等の不都合を防止できる。上記非酸化性ガスとしては、ピッチの酸化を抑制できるものであれば特に限定されないが、経済的観点から窒素ガスがより好ましい。
【0039】
また、上記熱処理は、減圧状態で行うことが好ましい。このように減圧状態で熱処理することによって、揮発性成分の蒸気及び熱分解物のガスをピッチから効率よく除去することができる。
【0040】
上記熱処理工程での熱処理温度の下限としては、150℃が好ましく、170℃がより好ましい。一方、上記熱処理温度の上限としては、320℃が好ましく、280℃がより好ましい。上記熱処理温度が上記下限に満たない場合、不溶成分中の揮発性成分を十分に除去することができず、ピッチの曳糸性が不十分となり、紡糸効率が低下するおそれがある。逆に、上記熱処理温度が上記上限を超える場合、不必要にエネルギーコストが増大するおそれや、有用な成分が熱分解されて製造効率が低下するおそれや、さらに炭化が進んで紡糸性が低下するおそれがある。
【0041】
また、熱処理工程での熱処理温度は、ステップS2の分離工程における溶剤抽出処理温度よりも高いことが好ましい。このように、熱処理温度が溶剤抽出処理温度よりも高いことによって、沸点が溶剤抽出処理温度よりも高い揮発性成分をピッチから除去することができる。これにより、ステップS4の紡糸工程で糸状に形成されたピッチから揮発性成分が抜け出ることによって、気孔が形成されることや糸状体が断線することを防止できる。
【0042】
また、熱処理工程での熱処理温度は、後述するステップS4の溶融紡糸工程における溶融紡糸温度よりも高いことがより好ましい。このように、熱処理温度が溶融紡糸温度よりも高いことによって、溶融紡糸時に熱分解し得る成分をこの熱処理工程において予め熱分解して除去することができる。これにより、紡糸時に生成される熱分解物がピッチを紡糸した糸状体を断線することや、これらの熱分解物が最終的に得られる炭素繊維中に欠陥を形成することを防止できる。
【0043】
上記熱処理工程での熱処理時間(上記熱処理温度に保持される時間)の下限としては、10分が好ましく、15分がより好ましい。一方、上記熱処理工程での熱処理時間の上限としては、120分が好ましく、90分がより好ましい。上記熱処理工程での熱処理時間が上記下限に満たない場合、低分子量成分を十分に除去できないおそれがある。逆に、上記熱処理工程での熱処理時間が上記上限を超える場合、不必要に処理コストが増大するおそれがある。
【0044】
可溶成分を熱処理して得られるピッチの軟化温度の下限としては、150℃が好ましく、170℃がより好ましい。一方、上記ピッチの軟化温度の上限としては、280℃が好ましく、250℃がより好ましい。上記ピッチの軟化温度が上記下限に満たない場合、ステップS5の不融化工程での不融化処理温度を高くすることができず、不融化処理が非効率となるおそれがある。逆に、上記ピッチの軟化温度が上記上限を超える場合、ステップS4の溶融紡糸工程における紡糸温度を高くする必要があり、紡糸が不安定となるおそれや、コストが増大するおそれがある。なお、「軟化温度」とは、ASTM−D36に準拠したリングアンドボール法によって測定される値である。
【0045】
この熱処理工程における上記分離工程で得た可溶成分からのピッチの収率の下限としては、80質量%が好ましく、85質量%がより好ましい。一方、熱処理工程における可溶成分からのピッチの収率の上限としては、98質量%が好ましく、96質量%がより好ましい。熱処理工程における可溶成分からのピッチの収率が上記下限に満たない場合、不必要に歩留まりが低下するおそれがある。逆に、熱処理工程における可溶成分からのピッチの収率が上記上限を超える場合、ピッチ中への揮発性成分や低温で熱分解する成分の残留により、ピッチの曳糸性が不十分となり、紡糸効率が低下するおそれがある。
【0046】
<溶融紡糸工程>
ステップS4の溶融紡糸工程では、ステップS3の熱処理工程で得られたピッチを公知の紡糸装置を用いて溶融紡糸する。つまり、溶融状態のピッチをノズル(口金)を通過させることにより糸状に成形し、冷却によりピッチの形状を糸状に固定する。
【0047】
この溶融紡糸に用いるノズルとしては、公知のものを使用すればよく、例えば直径0.1mm以上0.5mm以下、長さ0.2mm以上1mm以下のものを使用することができる。ピッチを溶融紡糸した糸状体は、例えば直径100mm以上300mm以下程度のドラムによって巻き取られる。
【0048】
溶融紡糸温度の下限としては、180℃が好ましく、200℃がより好ましい。一方、溶融紡糸温度の上限としては、350℃が好ましく、300℃がより好ましい。溶融紡糸温度が上記下限に満たない場合、ピッチの溶融が不十分となり安定した紡糸ができないおそれがある。逆に、溶融紡糸温度が上記上限を超える場合、ピッチ中の成分が熱分解してて紡糸した糸状体が断線するおそれがある。
【0049】
溶融紡糸の線速の下限としては、特に限定されないが、100m/minが好ましく、150m/minがより好ましい。一方、溶融紡糸の線速の上限としては、500m/minが好ましく、400m/minがより好ましい。溶融紡糸の線速が上記下限に満たない場合、製造効率が低く、炭素繊維が高価となるおそれがある。逆に、溶融紡糸の線速が上記上限を超える場合、紡糸が不安定になることにより却って製造効率が低下し、炭素繊維がやはり高価となるおそれがある。
【0050】
溶融紡糸において紡糸するピッチ繊維の平均径の下限としては、7μmが好ましく、10μmがより好ましい。一方、溶融紡糸において紡糸するピッチ繊維の平均径の上限としては、20μmが好ましく、15μmがより好ましい。ピッチ繊維の平均径が上記下限に満たない場合、安定して紡糸できないおそれがある。逆に、ピッチ繊維の平均径が上記上限を超える場合、ピッチ繊維の可撓性が不十分となるおそれがある。
【0051】
<不融化工程>
ステップS5の不融化工程では、ステップS4の溶融紡糸工程で得られる糸状体を酸素を含む雰囲気中で加熱することにより架橋して不融化する。酸素を含む雰囲気としては、一般に空気が用いられる。
【0052】
不融化処理温度の下限としては、150℃が好ましく、200℃がより好ましい。一方、不融化処理温度の上限としては、300℃が好ましく、280℃がより好ましい。不融化処理温度が上記下限に満たない場合、不融化が不十分となるおそれや、不融化処理時間が長くなり、非効率となるおそれがある。逆に、不融化処理温度が上記上限を超える場合、酸素架橋される前に糸状体が溶融するおそれがある。
【0053】
不融化処理時間の下限としては、10分が好ましく、20分がより好ましい。一方、不融化処理時間の上限としては、120分が好ましく、90分がより好ましい。不融化処理時間が上記下限に満たない場合、不融化が不十分となるおそれがある。逆に、不融化処理時間が上記上限を超える場合、不必要に炭素繊維の製造コストが増大するおそれがある。
【0054】
<炭化工程>
ステップS6の炭化工程では、ステップS5の不融化工程で不融化した糸状体を加熱して炭化することによって、炭素繊維を得る。
【0055】
具体的には、糸状体を電気炉等の任意の加熱装置へ装入し、内部を非酸化性ガスで置換した後、この加熱装置内へ非酸化性ガスを吹き込みながら加熱する。
【0056】
炭化工程における熱処理温度の下限としては、800℃が好ましく、1000℃がより好ましい。一方、熱処理温度の上限としては、3000℃が好ましく、2800℃がより好ましい。熱処理温度が上記下限に満たない場合、炭化が不十分となるおそれがある。逆に、熱処理温度が上記上限を超える場合、設備の耐熱性向上や燃料消費量の観点から製造コストが上昇するおそれがある。
【0057】
炭化工程における加熱時間も炭素材料に求める特性により適宜設定すればよく、特に制限されないが、加熱時間としては、15分以上10時間以下が好ましい。加熱時間が上記下限に満たない場合、炭化が不十分となるおそれがある。逆に、加熱時間が上記上限を超える場合、炭素材料の生産効率が低下するおそれがある。
【0058】
上記非酸化性ガスとしては、炭素材料の酸化を抑えられるものであれば特に限定されないが、経済的観点から窒素ガスが好ましい。
【0059】
[炭素繊維]
図1の炭素繊維の製造方法によれば、ピッチの溶融紡糸、不融化及び炭化により得られる炭素繊維であって、歴青炭又は亜歴青炭から得られる無灰炭の溶剤抽出処理により得られる可溶成分を熱処理したピッチを用いた炭素繊維が製造される。
【0060】
[利点]
当該炭素繊維の製造方法によれば、紡糸を阻害する灰分等の不純物の含有率が小さい無灰炭から溶剤抽出処理により比較的低分子量の有機質を主成分とする可溶成分を抽出し、さらにこの可溶成分から熱処理によって紡糸を阻害する揮発性の成分や低温で熱分解する成分を除去することによって、紡糸を阻害する不純物が少なく、溶融紡糸に好適かつ比較的高い温度で不融化処理が可能な軟化温度を有するピッチを得る。このため、当該炭素繊維の製造方法は、炭素繊維の製造効率が高く、比較的安価に高品質の炭素繊維を製造できる。
【0061】
[その他の実施形態]
上記実施形態は、本発明の構成を限定するものではない。従って、上記実施形態は、本明細書の記載及び技術常識に基づいて上記実施形態各部の構成要素の省略、置換又は追加が可能であり、それらは全て本発明の範囲に属するものと解釈されるべきである。
【0062】
本発明の炭素繊維の製造方法は、歴青炭又は亜歴青炭から無灰炭を自ら製造することを要件とはしていない。つまり、本発明の炭素材料の製造方法では、第三者が製造した無灰炭を出発原料としてもよい。
【0063】
当該炭素繊維の製造方法は、炭化工程の後に、非酸化性雰囲気中で炭化工程よりも高温に加熱することによって炭素繊維をさらに黒鉛化する工程を備えてもよい。
【実施例】
【0064】
以下、実施例に基づき本発明を詳述するが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるものではない。
【0065】
以下に説明する無灰炭形成工程、分離工程、熱処理工程、溶融紡糸工程、不融化工程及び炭化工程により、炭素繊維の実施例1〜4を試作した。また、実施例1から熱処理工程を省略して炭素繊維の比較例1を試作した。さらに、無灰炭を溶融紡糸することにより炭素繊維の比較例2を試作した。
【0066】
実施例1〜4及び比較例1,2の製造条件の違い並びに製造過程における種々の測定値を表1に示す。
【0067】
【表1】
【0068】
(無灰炭形成工程)
実施例1〜4及び比較例の原料として使用する無灰炭は、ボイラーの燃料として一般に使用される瀝青炭を用いて製造した。無灰炭の原料石炭に対する収率は、48質量%であった。
【0069】
(分離工程)
上記無灰炭を平均粒径0.5mm以下に粉砕し、この無灰炭100gから1Lの溶剤を用いて可溶成分を抽出した。実施例1及び比較例1では、溶剤としてピリジンを使用し、溶剤抽出温度を115℃、抽出時間を60分とした。実施例2では、溶剤としてメチルナフタレンを使用し、溶剤抽出温度を320℃、抽出時間を60分とした。実施例3では、溶剤としてメチルナフタレンを使用し、溶剤抽出温度を100℃、抽出時間を60分とした。実施例4では、溶剤としてテトラヒドロフランを使用し、溶剤抽出温度を65℃、抽出時間を60分とした。具体的な分離方法としては、溶剤に無灰炭を分散して上記溶剤抽出温度で上記抽出時間保持したスラリーから、減圧濾過によって不溶成分を分離し、さらに溶剤を減圧蒸留することにより可溶成分を取り出した。
【0070】
この分離工程で得られた可溶成分の無灰炭からの抽出率、つまり収率(質量%)を測定した。
【0071】
測定の結果、可溶成分の収率は、実施例1及び比較例1で42質量%、実施例2で93質量%、実施例3で38質量%、実施例4で36質量%であった。
【0072】
(熱処理工程)
上記分離工程で得られた可溶成分を窒素雰囲気中で熱処理することによってそれぞれピッチを得た。熱処理の条件としては、熱処理温度を200℃、熱処理時間(保持時間)を1時間とした。
【0073】
この熱処理工程におけるピッチの収率、つまり熱処理前の可溶成分の質量に対する熱処理後のピッチの質量の比を測定した。
【0074】
測定の結果、熱処理における収率は、実施例1で92質量%、実施例2で96質量%、実施例3で97質量%、実施例4で98質量%であった。
【0075】
また、熱処理して得られた実施例1〜4のピッチ、比較例1のピッチ(熱処理していない可溶成分)及び比較例2の無灰炭について、軟化温度を測定した。ピッチの軟化温度はASTM−D36に準拠したリングアンドボール法によって、無灰炭の軟化温度はJIS−M8801(2004)に準拠したギーセラー法によって行った。
【0076】
測定の結果、ピッチの軟化温度は、実施例1で205℃、実施例2で259℃、実施例3で194℃、実施例4で188℃、比較例1で195℃であり、比較例2の無灰炭の軟化温度は245℃であった。
【0077】
これらの測定結果から、可溶成分の抽出率(収率)が高いほど、軟化温度が高くなることが分かる。
【0078】
(溶融紡糸工程)
実施例1〜4及び比較例1のピッチ及び比較例2の無灰炭を溶融紡糸して糸状に成形した。溶融紡糸の条件としては、直径0.2mm、長さ0.4mmのノズルを使用し、紡糸温度を250℃、紡糸速度を188m/minとした。
【0079】
溶融紡糸工程における紡糸の安定性を評価した。連続的に紡糸できたものを「A」、まれに断線したものを「B」、頻繁に断線したものを「C」とした。
【0080】
紡糸性の評価結果、実施例1、実施例3,4は、非常に良好な紡糸性を示した。実施例2については、曳糸性がやや劣り、まれに断線(ノズルでの閉塞)を生じた。比較例1は、ガスの発生により、形成した糸状体が頻繁に断線した。比較例2は、曳糸性がかなり劣り、頻繁に断線(ノズルでの閉塞)を生じた。
【0081】
(不融化工程)
上記溶融紡糸工程で形成した糸状体を空気中で熱処理にして不融化した。不融化処理の条件としては、処理温度を250℃、処理時間を1時間とした。
【0082】
(炭化工程)
上記不融化工程で不融化した糸状体を窒素雰囲気中で炭化した。炭化処理の条件としては、炭化処理温度を800℃、保持時間を30分とした。
【0083】
このようにして得られた実施例1〜4及び比較例1,2の炭素繊維について、それぞれ引張強度を測定した。引張強度の測定は、JIS−R7606(2000)に準拠して行った。
【0084】
測定の結果、炭素繊維の引張強度は、実施例1で600MPa、実施例2で750MPa、実施例3で800MPa、実施例4で850MPaであった。一方、比較例1及び比較例2では、一定の繊維径で連続して安定的に溶融紡糸することが困難であったため、炭素繊維を得ることができなかった。よって、比較例1及び比較例2の引張強度の測定は実施しなかった。