特許第6441382号(P6441382)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6441382
(24)【登録日】2018年11月30日
(45)【発行日】2018年12月19日
(54)【発明の名称】ラクターゼ溶液及びそれを用いた乳製品
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/24 20060101AFI20181210BHJP
   A23C 9/152 20060101ALI20181210BHJP
【FI】
   C12N9/24
   A23C9/152
【請求項の数】10
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-562390(P2016-562390)
(86)(22)【出願日】2015年11月20日
(86)【国際出願番号】JP2015082784
(87)【国際公開番号】WO2016088589
(87)【国際公開日】20160609
【審査請求日】2017年7月31日
(31)【優先権主張番号】特願2014-247308(P2014-247308)
(32)【優先日】2014年12月5日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】303036670
【氏名又は名称】合同酒精株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105315
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 温
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 智子
(72)【発明者】
【氏名】吉川 潤
(72)【発明者】
【氏名】堀口 博文
【審査官】 福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭53−024094(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/168438(WO,A1)
【文献】 O'CONNELL S. et al.,A novel acid-stable, acid-active beta-galactosidase potentially suited to the alleviation of lactose,Appl Microbiol Biotechnol., 2010, vol.86, no.2, p.517-524
【文献】 KATROLIA P. et al.,Molecular cloning and high-level expression of a beta-galactosidase gene from Paecilomyces aerugineu in Pichia pastoris,J Mol Catal B: Enzymatic, 2011 vol.69, p.112-119
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
A23C
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量が約120kDaのラクターゼの画分の割合が、20%以上であることを特徴とするラクターゼ溶液であって、
前記ラクターゼがKluyveromyces属由来ラクターゼである、ラクターゼ溶液
【請求項2】
前記120kDaのラクターゼの画分の割合と、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量が約80kDaのラクターゼの画分の割合と、の和が、30%以上であることを特徴とする請求項1に記載のラクターゼ溶液。
【請求項3】
SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量が約50kDaのラクターゼの画分の割合が、70%以下であることを特徴とする請求項1に記載のラクターゼ溶液。
【請求項4】
前記約120kDaのラクターゼの画分の割合と、前記約80kDaのラクターゼの画分の割合と、の和を、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量が約50kDaのラクターゼの画分の割合で除した値が、0.5以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のラクターゼ溶液。
【請求項5】
乳製品製造用であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のラクターゼ溶液。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載のラクターゼ溶液を含有する乳製品。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか一項に記載のラクターゼ溶液を原料乳に添加し、当該原料乳に含まれる乳糖を1〜60℃で分解させることを特徴とする原料乳の処理方法。
【請求項8】
微生物を培養する培養工程と、
前記培養工程により得られた培養物からラクターゼを回収する回収工程と、
前記回収工程により回収したラクターゼを精製する精製工程と
を含むことを特徴とするラクターゼ溶液の製造方法であって、
前記精製工程が、
塩析処理及び脱塩処理を行う工程
を1又は複数回含み、
前記ラクターゼがKluyveromyces属由来ラクターゼである、ことを特徴とするラクターゼ溶液の製造方法。
【請求項9】
前記塩析処理が、
前記回収したラクターゼに、塩析剤を10〜90%飽和させる飽和工程と、
前記飽和工程後に、ラクターゼを4〜40℃で1〜80時間放置する放置工程と
を含むことを特徴とする請求項8に記載のラクターゼ溶液の製造方法。
【請求項10】
前記塩析処理が、pH4〜9において行われることを特徴とする請求項8又は9に記載のラクターゼ溶液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラクターゼ溶液及びそれを用いた乳、乳製品などに関する。
【背景技術】
【0002】
乳糖(ラクトース)不耐症は、先天的に乳糖をうまく分解することができないため、乳製品などの食品中の乳糖により腹痛や下痢などの諸症状を呈する状態をいう。乳糖は、ガラクトース及びグルコースから構成される二糖である。乳糖不耐症に対応するために、牛乳などに含まれる乳糖を、酵素ラクターゼによってガラクトースとグルコースとに予め分解することが食品製造業において行われている。
【0003】
牛乳などの乳糖を分解するために使用されるラクターゼ溶液は、従来、ラクターゼ産生微生物を培養し、細胞内からラクターゼを抽出し、培養物由来の夾雑物を除去して精製した後、安定剤を添加し、ろ過滅菌することによって製造されている。
【0004】
特許文献1(特公昭60−18394号公報)には、Kluyveromyces lactisのある株の培養物からラクターゼの製造法に係る発明が開示されている。この方法によれば、酵母菌体を自己消化させた後、得られた粗酵素溶液をDEAEセルロースカラムに通し、食塩濃度勾配による溶出を行うと、2つの活性区分(ラクターゼA及びラクターゼB)が得られる。これらの2つの活性区分は、pH安定性がわずかに異なること以外は、温度安定性を含む各種の性質にほとんど差異はなく、酵素製剤がこれらの混合物からなっていてもよいことが開示されている。
また、Kluyveromyces lactisのラクターゼの遺伝子解析によれば、このラクターゼは1025アミノ酸からなるポリペプチドであり、分子量は117,618と推定されている(非特許文献1)。
【0005】
さらに、特許文献1に記載されたラクターゼは至適温度が40〜50℃であること、pH7.0において50℃、10分間で45%、55℃、10分間で100%失活することが記載されている。しかし、この酵素を用いて実際に乳に含まれる乳糖を分解したことは記載されていない。したがって、ラクターゼを原料乳に添加した場合の活性低下、特に乳中での40℃以上の熱負荷をかけた場合における酵素の失活の問題については、何ら記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭60−18394号公報
【特許文献2】特表2004−534527号公報
【特許文献3】特表2009−517061号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Poch et al., Gene 1992 Sep 1; 118(1):55-63
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、熱安定性に優れたラクターゼ溶液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ラクターゼのうち、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)において約120kDaのバンドを形成する画分の割合を高めることで、ラクターゼが高い熱安定性を有することを見出し、本発明を完成した。
【0010】
したがって、本発明によれば、
〔1〕 SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量が約120kDaのラクターゼの画分の割合が、20%以上であることを特徴とするラクターゼ溶液;
[2] 前記120kDaのラクターゼの画分の割合と、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量が約80kDaのラクターゼの画分の割合と、の和が、30%以上であることを特徴とする[1]に記載のラクターゼ溶液;
[3] SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量が約50kDaのラクターゼの画分の割合が、70%以下であることを特徴とする[1]に記載のラクターゼ溶液;
[4] 前記約120kDaのラクターゼの画分の割合と、前記約80kDaのラクターゼの画分の割合と、の和を、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量が約50kDaのラクターゼの画分の割合で除した値が、0.5以上であることを特徴とする[1]〜[3]のいずれか一項に記載のラクターゼ溶液;
[5] 乳製品製造用であることを特徴とする[1]〜[4]のいずれか一項に記載のラクターゼ溶液;
[6] [1]〜[5]のいずれか一項に記載のラクターゼ溶液を含有する乳製品;
[7] [1]〜[5]のいずれか一項に記載のラクターゼ溶液を原料乳に添加し、当該原料乳に含まれる乳糖を1〜60℃で分解させることを特徴とする原料乳の処理方法;
[8] 微生物を培養する培養工程と、
前記培養工程により得られた培養物からラクターゼを回収する回収工程と、
前記回収工程により回収したラクターゼを精製する精製工程と
を含むことを特徴とするラクターゼ溶液の製造方法であって、
前記精製工程が、
塩析処理及び脱塩処理を行う工程
を1又は複数回含むことを特徴とするラクターゼ溶液の製造方法;
[9] 前記塩析処理が、
前記回収したラクターゼに、塩析剤を10〜90%飽和させる飽和工程と、
前記飽和工程後に、ラクターゼを4〜40℃で1〜80時間放置する放置工程と
を含むことを特徴とする[8]に記載のラクターゼ溶液の製造方法;
[10] 前記塩析処理が、pH4〜9において行われることを特徴とする[8]又は[9]に記載のラクターゼ溶液の製造方法;
が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、原料乳に添加して40℃以上の熱負荷をかけた場合にも乳糖分解活性が低下しにくいラクターゼ溶液が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、各種ラクターゼ溶液のSDS−PAGEの結果を示す図である。レーン1=実施例1−1、レーン2=実施例1−2、レーン3=比較例1−1、レーン4=比較例1−2、レーン5=比較例2、レーン6=比較例3、レーンM=分子量スタンダードである。尚、レーン1及び2、レーン3及び4は、異なるLotによる結果を示している。
図2図2は、原料乳にラクターゼ溶液を添加して43℃、2時間の乳糖分解反応後のSDS−PAGE(パネルA)及びウェスタンブロッティング(パネルB)の結果を示す図である。各パネルにおいて、レーン1=実施例1−1、レーン2=実施例1−2、レーン3=比較例1−1、レーン4=比較例1−2、レーン5=比較例2、レーン6=比較例3、レーンM=分子量スタンダードである。
図3A図3Aは、原料乳にラクターゼ溶液を添加して37、40、43、46及び49℃で反応させた場合の乳糖量の経時変化を示す図である。図中のプロットは、□が実施例1、○が比較例1、▲が比較例2、△が比較例3での結果を示す。
図3B図3Bは、原料乳にラクターゼ溶液を添加して37、40、43、46及び49℃で反応させた場合の乳糖分解率の経時的変化を示す図である。図中のプロットは、□が実施例1、○が比較例1、▲が比較例2、△が比較例3での結果を示す。
図4図4は、120kDa画分の割合の異なるラクターゼ溶液のSDS−PAGEの結果を示す図である。レーン1=実施例1、レーン2=実施例2、レーン3=実施例3、レーン4=実施例4、レーン5=実施例5、レーン6=比較例1、レーンM=分子量マーカーである。
図5図5は、原料乳に120kDa画分の割合の異なるラクターゼ溶液を添加して49℃で反応させた場合の乳糖量(パネルA)及び乳糖分解率(パネルB)の経時的変化を示す図である。図中のプロットは、□が実施例1、◇が実施例2、▲が実施例3、×が実施例4、*が実施例5、○が比較例1での結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において使用されるラクターゼは、酵母(Kluyveromyces属)由来のラクターゼである。これらのほとんどが、最適pHをpH=6〜pH=8とする、所謂、中性ラクターゼである。Kluyveromyces属のラクターゼ産生酵母としては、例えば、Kluyveromyces lactis、Kluyveromyces fragillis、Kluyveromyces marxianus等が挙げられる。
【0014】
本発明のラクターゼ溶液は、10〜100,000NLU/gのラクターゼ活性を有することが望ましい。「NLU」はNeutral Lactase Unitである。活性の測定方法は、以下のとおりである。基質o−ニトロフェニル−β−ガラクトピラノシド(ONPG)を、o−ニトロフェノール及びガラクトースにする加水分解によって測定される。反応は、炭酸ナトリウムの添加によって終了する。形成されたo−ニトロフェノールは、アルカリ媒体中で黄色になり、吸光度の変化が酵素活性(NLU/gで表される)を測定するのに使用される。この手順は、米国食品化学物質規格集(FCC; Food Chemicals Codex)第4版、1996年7月1日、第801〜802頁/ラクターゼ(中性)(β-ガラクトシダーゼ)活性で、公表されている。
【0015】
本発明に使用されるラクターゼ溶液は、以下の方法で微生物から回収され、精製されたものであることができる。
本発明のラクターゼ溶液の製造方法は以下の4つの工程を経る。すなわち、
(1)微生物の培養工程、
(2)微生物からのラクターゼ回収工程、
(3)ラクターゼの精製工程、及び
(4)ラクターゼ活性の調整工程
である。
【0016】
以下、上記4つの工程の詳細について説明する。
(1)微生物の培養工程については公知の培地を使用し、公知の菌株を使用すればよい。培養条件も公知であり、必要に応じて適宜選択することができる。
(2)微生物からのラクターゼ回収工程については、細胞内酵素である場合、ラクターゼを抽出する工程を含む必要がある。この抽出工程は、ラクターゼを細胞外に移行させることができる方法であれば特に限定されず、公知の抽出方法を使用することができる。他方、遺伝子導入、変異等によりラクターゼを細胞外に分泌される酵素とすれば、その培養液にラクターゼが含まれることになるため、本抽出工程は不要である。
(3)ラクターゼの精製工程は本発明のラクターゼ溶液を得るために重要である。特許文献1、特許文献2及び特許文献3は、いずれもクロマトグラフィーによってラクターゼ溶液を精製することが共通する。このクロマトグラフィーを行うことによって、ラクターゼの精製が進みラクターゼ活性を向上させることができる。しかし、後述するように、クロマトグラフィー(分配クロマトグラフィー又は分子篩クロマトグラフィー、吸着クロマトグラフィー又はイオン交換クロマトグラフィーなど)を使用してラクターゼを精製すると、本来120kDaであるラクターゼが、80kDa及び50kDaのラクターゼにそれぞれ分解されることが判明した。いずれの分子量のラクターゼもラクターゼ活性を有するが、ラクターゼが分解を受けることによって、特に50kDaの画分の割合が増すと、ラクターゼの熱安定性が低下する結果、比較的高い温度で乳糖の分解が進みにくくなる問題が生じるものであった。
【0017】
本発明のラクターゼは、精製工程に塩析と脱塩処理を使用することによって得ることができる。すなわち、塩析によってラクターゼを沈殿させた後、その沈殿物を回収・再溶解し、沈殿物に含まれる塩を脱塩することで、本発明のラクターゼが得られる。塩析、沈殿物の回収・再溶解及び脱塩は連続して行ってもよい。また、本発明のラクターゼが得られる限り、他の精製手段(クロマトグラフィーや活性炭処理を含む)を併用することも可能である。
【0018】
120kDaのラクターゼが塩析によって分解を受けない理由は、塩析によってラクターゼが高分子として析出し、不溶化するため、反応性が低くなることに起因するものと推測される。
【0019】
塩析を行う塩析剤としては、硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウム、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、クエン酸ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウムが挙げられ、これらのうち1種又は2種以上を用いることができる。
ラクターゼを含む溶液に、塩析剤としての硫酸アンモニウムを添加する場合、10〜90%飽和とすることが好ましく、30〜70%飽和とすることがさらに好ましい。他の塩析剤を使用する場合、当該硫酸アンモニウムの添加量に相当する量を使用すればよい。
【0020】
硫酸アンモニウム等の塩析剤を添加することでラクターゼを含む溶液からラクターゼを沈殿させることができる。塩析剤の添加からラクターゼを沈殿させるまでの条件は、1〜40℃で1〜80時間放置することが好ましい。このときのpH条件は4〜9であることが好ましい。さらに好ましくは、4〜25℃(室温)、1〜48時間、pH5〜8である。なお、温度条件の下限値については、ラクターゼを含む溶液が凝固しない温度であればよい。濾過によってラクターゼを含んでいた液体とラクターゼを含む沈殿物とを固液分離した後、固体状のラクターゼを水や緩衝液等に再溶解させ、透析や限外濃縮によって脱塩処理を行う。
【0021】
(4)ラクターゼ活性の調整工程は、ラクターゼの活性を調整することができるものであれば制限されない。例えば、水、塩類を含む水溶液の添加、安定剤の添加等である。
【0022】
本発明のラクターゼ溶液は、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量の画分の割合が所定の割合を満たす範囲において、市販のラクターゼ溶液と上述した方法で得られるラクターゼ溶液を混合することで得ることも可能である。
【0023】
ラクターゼ溶液中のラクターゼの分子量は、10%ポリアクリルアミドゲルを用いるSDS−PAGEによって概算することができる。たとえば、ラクターゼ溶液を精製水で必要に応じて希釈し、SDS−PAGE用Sample Bufferと1:1に混合し、95度、5分間の加熱処理により泳動用サンプルを調製する。10%アクリルアミドゲルにスタンダード及び泳動用サンプルを供し、泳動する。スタンダードはBIO−RAD#161‐0313(プレステインド)などを使用する。泳動後のゲルは、CBB染色液(APRO SP−4010)によるタンパク染色を行う。
【0024】
本発明のラクターゼ溶液は、SDS−PAGE及びCBB染色後、TEFCOポリアクリルアミドゲル乾燥キット(商品名Clear Dry Solution)を使用して乾燥させた。乾燥後のゲルはEPSON社製スキャナGT‐X820でグレースケールの画像として取り込み、ImageJソフトウェア(NIH,Bethesda,MD) により、各バンドの濃度(タンパク量)を測定する。
【0025】
本発明のラクターゼ溶液は、上記の方法で測定した分子量が約120kDaの画分の割合が高いことを特徴とする。本発明において、「SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量が約120kDaのラクターゼの画分」とは、上記の方法で電気泳動した後に、分子量スタンダードの移動度と比較して約120kDaに相当する位置(約100kDa〜約150kDaの間)にバンドを形成する分子の画分を指す。
【0026】
本発明のラクターゼ溶液は、SDS−PAGE及びCBB染色後、ImageJソフトウェア(NIH,Bethesda,MD)により測定した約120kDaの画分の割合が20%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは80%以上、最も好ましくは90%以上である。上限値は特に限定されないが、例えば100%である。この割合は、下記の方法により算出する。
【0027】
SDS−PAGE及びCBB染色後、ImageJソフトウェア(NIH,Bethesda,MD)を用いることによって各バンドの濃度を定量化し、約120kDa(100〜150kDa)、約80kDa(80〜100kDa)約50kDa(49〜54kDa)及び約30kDa(28〜32kDa)に相当するバンドを含む主要なバンドの全体を100%とした場合の約120kDaのバンドの割合を算出する。本願の特許請求の範囲における記載は、特別の記載がない限り、上記4つのバンドの全体を100%とした場合の値を記載している。
【0028】
本発明のラクターゼ溶液は、上記と同様の方法により算出した約80kDaの画分の割合と、上記120kDaの画分の割合と、の和が、好ましくは30%以上であり、より好ましくは60%以上であり、さらに好ましくは90%以上である。上限値は特に限定されないが、例えば100%である。
【0029】
約120kDaのラクターゼ(以下、ラクターゼIという場合がある)が分解すると約80kDaのラクターゼ(以下、ラクターゼIIという場合がある)になり、ラクターゼI又はラクターゼIIが分解すると約50kDaのラクターゼ(以下、ラクターゼIIIという場合がある)となる。
ラクターゼ溶液中のラクターゼI及びラクターゼIIは、いずれもラクターゼ活性及び耐熱性を有する。ラクターゼIIIはラクターゼ活性を有するが耐熱性が不十分である。いずれの画分であってもラクターゼ活性は同等である。
【0030】
ラクターゼIIはラクターゼIの分解物であるため、耐熱性の観点からはラクターゼ溶液中のラクターゼIの割合をラクターゼIIよりも多くすることが好ましい。
【0031】
ラクターゼ溶液中のラクターゼIIIの割合は、70%以下であることが好ましく、40%以下であることがより好ましく、10%以下であることがさらに好ましい。下限値は特に限定されないが、例えば0%である。
【0032】
ラクターゼIの割合と、ラクターゼIIの割合と、の和を、ラクターゼIIIの割合で除した値は、0.5以上とすることが好ましく、1.0以上がより好ましく、5.0以上がさらに好ましい。0.5未満であると、耐熱性が不足する傾向にある。ラクターゼ溶液にはラクターゼIIIが全く含まれないこと、すなわちゼロであることが最も好ましいため、上限値は限定されない。
【0033】
原料乳は、ラクターゼ溶液を添加する対象となるものである。本発明では、公知の原料乳を用いればよい。原料乳には、殺菌前のものも、殺菌後のものも含まれる。原料乳は乳を使用するものであればよい。原料乳を構成する材料としては、水、生乳、殺菌処理した乳、脱脂乳、全脂粉乳、脱脂粉乳、バターミルク、バター、クリーム、ホエータンパク質濃縮物(WPC)、ホエータンパク質単離物(WPI)、α(アルファ)−La、β(ベータ)−Lgなどがあげられる。
【0034】
本発明のラクターゼ溶液を原料乳に添加することで、当該原料乳に含まれる乳糖を分解させることができる。分解温度は1〜60℃であり、分解時間は10分間〜24時間である。
【0035】
ラクターゼ溶液の具体的な利用形態としては、例えば、発酵乳の製造において用いられる。乳糖分解した発酵乳の製造方法は、1.殺菌前の乳にラクターゼを添加して乳糖の分解を行なった後、乳の加熱殺菌と同時にラクターゼを失活させてから乳を発酵させる方法(特開平5−501197号公報)、2.殺菌乳にラクターゼを添加して乳糖の分解を行なった後、加熱処理によってラクターゼを失活させてから乳を発酵させる方法、3.固定化したラクターゼで乳中の乳糖を分解した後、乳を発酵させる方法(特開昭46−105593号公報、特開昭59−162833号公報)、4.予め乳糖分解もしくは乳糖除去した原材料を殺菌乳に用いて発酵させる方法等がある。
【0036】
本発明に係るラクターゼ溶液は、乳製品製造用として特に適している。ここで、乳製品とは、アイス、ロングライフミルク等の牛乳類、ヨーグルト、生クリーム、サワークリーム、チーズ等をいう。特に、本発明に係るラクターゼ溶液は、40℃以上の熱負荷をかける場合に好ましく利用することができる。このような用途としては、例えば、ヨーグルトがある。
【実施例】
【0037】
1. ラクターゼ溶液の製造
(実施例1)
コーン・スティープ・リカー7%、ラクトース2%を含有する液体培地を加圧殺菌後(殺菌後のpH5.5)、Kluyveromyces lactisNo.013−2(ATCC 8585株)を植菌し、30℃にて24時間、12000L/minの通気で培養した。培養終了後冷却しながら4時間放置後、タンク上部から上澄液を除き、タンク底部に凝集沈降した菌体1500kgを得た。次いでここに得られた菌体のうち1500gを水道水で洗浄後、トルエン80mlを加え混和後、1500mlの0.05Mリン酸緩衝液(pH7.0)を加え撹拌均一化し、密栓を施して30℃、15時間放置し自己消化せしめた。
この消化液を遠心分離して得た上清2500mlに等容の冷アセトンを加え一夜放置した。生じた沈殿を遠心分離にて集め600mlの水道水に溶かし、濃縮前酵素溶液を得た。
この濃縮前酵素溶液600mlを4℃に冷却しながら、硫酸アンモニウム粉末を60分間かけて少しずつ添加し、50%飽和水溶液を得た。当該水溶液を80時間4℃で放置(静置)しラクターゼを沈殿させた後、濾過によって固液分離し、固体状のラクターゼを回収した。当該ラクターゼを600mlの水道水に再溶解させた後、限外濃縮を行った。脱塩されたラクターゼに水道水を添加し、終濃度が50%となるようにグリセリンを添加し実施例1のラクターゼ溶液(5,000NLU/g)を得た。
(実施例2)
実施例1のラクターゼ溶液と下記比較例1とを、重量比が80:20となるように混合して、実施例2のラクターゼ溶液(5,000NLU/g)を得た。
(実施例3)
実施例1のラクターゼ溶液と下記比較例1とを、重量比が60:40となるように混合して、実施例3のラクターゼ溶液(5,000NLU/g)を得た。
(実施例4)
実施例1のラクターゼ溶液と下記比較例1とを、重量比が40:60となるように混合して、実施例4のラクターゼ溶液(5,000NLU/g)を得た。
(実施例5)
実施例1のラクターゼ溶液と下記比較例1とを、重量比が20:80となるように混合して、実施例5のラクターゼ溶液(5,000NLU/g)を得た。
【0038】
(比較例1)
市販のラクターゼ製剤である商品名「GODO−YNL2SS」(合同酒精社製、5000NLU/g)を比較例1のラクターゼ溶液とした。
(比較例2)
市販のラクターゼ製剤である商品名「MAXILACT LG5000」(DSM社製、5000NLU/g)を比較例2のラクターゼ溶液とした。
(比較例3)
市販のラクターゼ製剤である商品名「MAXILACT LGX5000」(DSM社製、5000NLU/g)を比較例3のラクターゼ溶液とした。
【0039】
2. ラクターゼ溶液の電気泳動
ラクターゼ溶液をミリQ水で10NLU/gに希釈し、SDS−PAGE用Sample Buffer(0.125M Tris-HCl pH6.8、0.0125% ブロモチモールブルー、20% グリセリン、2.5% SDS、2.5% 2-メルカプトエタノール)と1:1に混合し、95℃、5分間の加熱処理により泳動用サンプルを調製した。10%アクリルアミドゲル(4%スタッキングゲル、ゲル厚1mm、泳動距離50mm)に分子量スタンダード及び泳動用サンプルを供し、マリソル産業泳動漕にて、スタッキング10mA定電流、セパレーティング20mAにて泳動前線がゲル下端付近に達するまで泳動した。分子量スタンダード(レーンM)にはBIO−RAD#161−0313(プレステインド)を使用した。泳動後のゲルは、CBB染色液(APRO SP−4010)によるタンパク染色を1時間行った。
【0040】
結果を図1に示す。実施例1のラクターゼ溶液(レーン1及び2)は分子量約120kDaのメインバンドのみが観察されたのに対し、比較例1(レーン3及び4)は分子量約120kDaのバンドがほとんど消失しており、分子量約80kDa、約50kDa、約30kDaの3本がメインバンドとして検出された。比較例2(レーン5)、比較例3(レーン6)ともに分子量約120kDaのバンドに加え分子量約80kDaのバンドもほとんど観察されず、メインバンドは約50kDa、約30kDaの2本であった。
ラクターゼ活性を有するのは、約120kDa、約80kDa及び約50kDaのバンドであり、約30kDaのバンドはラクターゼ活性を有するものではなかった。
【0041】
3.各バンドの定量及び結果1
上述する方法により、泳動後のゲルについて、バンドの定量により割合を算出した。結果を表1に示す。表1は全てのバンドを含む値を記載した。さらに、表2には、主要な4つのバンドのみを全体としたそれぞれのバンドの割合を算出した結果を示した。表1〜表4において、各実施例、比較例等の値を合計しても100にならないのは、得られた測定結果の小数点第2位を四捨五入したためである。
表1、2には示していないが、上記実施例1等と同様にして、特許文献1の実施例1を追試することによって得られたA区分及びB区分について、電気泳動を行ったところ、比較例2、3と同様の傾向を示した。
表1
表2
【0042】
4. 乳糖分解反応後の電気泳動及びウエスタンブロット
UHT殺菌(130℃、2秒)牛乳(商品名「明治おいしい牛乳」、株式会社明治製)に実施例1のラクターゼ溶液(レーン1及びレーン2)、比較例1(レーン3及びレーン4)、比較例2(レーン5)又は比較例3(レーン6)を、それぞれ終濃度0.05%(W/V)となるように添加し、43℃で2時間乳糖分解反応を行った。反応後の溶液を精製水で20倍(W/V)に希釈して、上記と同様にSDS−PAGE用Sample Bufferと1:1に混合し、95℃、5分間の加熱処理により泳動用サンプルを調製した。10%アクリルアミドゲル2枚に分子量スタンダード及び泳動用サンプルを供し、同時に泳動した。分子量スタンダード(レーンM)はBIO−RAD#161−0313(プレステインド)を使用した。
【0043】
泳動後のゲルは、1枚は上記と同様にCBB染色液によるタンパク染色を行い、もう1枚はウエスタンブロットに供した。ウエスタンブロットの転写膜はニトロセルロースメンブレン(BIO−RAD#162−0114)を使用し、ウェット方式により転写した。転写後のメンブランはブロックエース溶液(雪印乳業ブロックエース粉末4g/精製水100mL)でブロッキング操作を行った後、Tween−PBSにて洗浄した。
一次抗体としては以下の様に自家調製した抗ラクターゼポリクローナル抗体を使用した。実施例1で得られたラクターゼ溶液のSDS-PAGEを行い、ゲルより120kDaのバンドを切り出して細かく砕いた後にDifco社製アジュバント コンプリート フロイントと混合してエマルジョン化した。これをBalb-Cマウスの尾部根元に計3回皮下注射し、血清中抗体価の上昇を確認後、採取した全血の遠心分離上清を抗ラクターゼポリクローナル抗体とした。この抗体でラクターゼの120、80、50kDaのバンドが検出可能であった。
上記の抗ラクターゼ抗体をブロックエース希釈液(ブロックエース溶液を精製水で10倍希釈)で1,000倍に希釈した液中で、室温で2時間反応させた。Tween−PBSで4回洗浄した後、2次抗体(Gort a−mouse IgG(H+L)−HRP;SouthernBiotech 1034−05)をブロックエース希釈液で5,000倍に希釈した液中で、室温で2時間反応させた。Tween−PBSで洗浄後、3,3’−ジアミノベンジジン(DAB)による染色を行った。DAB基質はDAB buffer tablets(MERCK 1.02924.0001)を使用した。
【0044】
結果を図2に示す。CBB染色像(パネルA)においては、ラクターゼ溶液に関わらず、ほぼ同様の結果が観察された。これに対し、ウェスタンブロッティングの結果(パネルB)では、反応前のラクターゼ溶液と同様に、ラクターゼ溶液による相違が見られた。すなわち、実施例1は分子量約120kDaのメインバンドのみが観察されたのに対し、比較例1は分子量約120kDaのバンドがほとんど消失し、分子量約80kDa、約50kDaの2本がメインバンドとして検出された。比較例2又は比較例3は分子量約120kDaのバンドに加え分子量約80kDaのバンドもほとんど観察されず、メインバンドは約50kDaであった。
【0045】
以上から、分解反応の前後で各ラクターゼ溶液に含まれるラクターゼの分子量及び各分子量の画分の割合に変化は見られなかった。
【0046】
5.乳糖分解試験1
UHT殺菌牛乳(130℃、2秒)に実施例1のラクターゼ溶液、比較例1、比較例2及び比較例3をそれぞれ終濃度0.05%(w/v)(2.5NLU/100mL牛乳)となるように添加し、49℃、46℃、43℃、40℃及び37℃で乳糖分解反応を行った。乳糖分解反応前の乳糖の含量と、反応中の乳糖の含量を経時的にHPLC(Transgenomic CARBOSep CHO620カラム)で測定した(Waters Alliance HPLCシステム、カラム温度:85℃、溶媒:HO、流速:0.5mL/min、検出器:Waters2414RIディテクター)。乳糖分解率は、以下のように算出した。乳糖分解率(%)=100−(各実施例又は各比較例のラクターゼ溶液を用いた乳糖分解反応後の牛乳に含まれる乳糖含量/各実施例又は各比較例のラクターゼ溶液を用いた乳糖分解反応前の牛乳に含まれる乳糖含量)×100)
【0047】
結果を図3に示す。図3Aは乳糖量、図3Bは乳糖分解率の経時変化の結果を示している。2時間の反応により、37℃では実施例1、比較例1、比較例2又は比較例3で分解率に差は見られなかったが、反応温度が上がるにつれて、実施例1の分解率が最も高く、次いで比較例1、もっとも分解率が低いものが比較例2又は比較例3という傾向が認められた。上記のように、本発明のラクターゼ溶液は、反応温度を高くした場合においてもラクターゼが失活せず、熱安定性が高いことが示された。実施例1のラクターゼ溶液は温度を高めることによって、短い反応時間でより効率的に乳糖を分解することも可能である。尚、異なるLotのラクターゼ溶液においても、その結果の再現性が確認された。
【0048】
各ラクターゼ溶液中の主要なラクターゼ画分の分子量が反応前後で変化していないことから、分解率の低下は、反応中にラクターゼの活性が低下したために生じたものと考えられる。また、40℃以上での反応における分解率は、120kDa画分の含有量が高いほど高かった。
【0049】
6.混合ラクターゼ溶液における検討
実施例1のラクターゼ溶液と比較例1のラクターゼ溶液を上述する割合で混合して得たラクターゼ溶液、実施例2〜5について以下検討を行った。
【0050】
6−1.各バンドの定量及び結果2
実施例2〜5について、上述した方法により、電気泳動を行った後、各バンドの定量を行った。電気泳動の結果を図4、定量の結果を表3に示す。表3は全てのバンドを含む値を記載した。さらに表4には、主要な4つのバンドのみを全体としたそれぞれのバンドの割合を算出した結果を示した。尚、比較のため、実施例1及び比較例1についても同時に泳動及び定量を行った結果を示した。
表3
表4
【0051】
乳糖分解試験2
実施例1〜5及び比較例1のラクターゼ溶液を用いて、上述した乳糖分解試験の方法により、49℃で乳糖分解反応を行った。得られた結果を図5に示した。
パネルAは乳糖量、パネルBは乳糖分解率の経時変化の結果を示している。約120kDaのバンドが増えるにつれ、乳糖分解が進むことを確認した。
【0052】
したがって、上記の結果より、SDS−PAGEにおいて約120kDaのメインバンドが20%以上であるラクターゼ溶液は、SDS−PAGEにおいて分子量約80kDa、約50kDa及び約30kDaのメインバンドを有するラクターゼ溶液よりも耐熱性が高いといえる。
図1
図2
図3A
図3B
図4
図5