特許第6441649号(P6441649)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6441649ダウンホールツール用分解性シール部材、ダウンホールツール、及び坑井掘削方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6441649
(24)【登録日】2018年11月30日
(45)【発行日】2018年12月19日
(54)【発明の名称】ダウンホールツール用分解性シール部材、ダウンホールツール、及び坑井掘削方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 8/60 20060101AFI20181210BHJP
   E21B 33/12 20060101ALI20181210BHJP
   C08L 67/04 20060101ALI20181210BHJP
【FI】
   C09K8/60
   E21B33/12
   C08L67/04
【請求項の数】25
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2014-232444(P2014-232444)
(22)【出願日】2014年11月17日
(65)【公開番号】特開2015-143333(P2015-143333A)
(43)【公開日】2015年8月6日
【審査請求日】2017年10月23日
(31)【優先権主張番号】特願2013-271311(P2013-271311)
(32)【優先日】2013年12月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 健夫
(72)【発明者】
【氏名】大倉 正之
(72)【発明者】
【氏名】小林 卓磨
【審査官】 神尾 寧
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−256221(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2005/0205266(US,A1)
【文献】 再公表特許第2013/183363(JP,A1)
【文献】 特開平04−179792(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 8/60
C08L 67/04
E21B 33/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分解性を有する高分子材料から形成され、温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であることを特徴とするダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項2】
温度23℃における曲げ弾性率が0.05〜6GPaの範囲である請求項記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項3】
ドライ環境下では安定状態を維持し、温度66℃以上の流体中で分解可能である請求項1または2に記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項4】
分解性を有する高分子材料は、温度150℃の水に24時間浸漬後の50%ひずみ圧縮応力の、浸漬前の50%ひずみ圧縮応力に対する減少率が5%以上である請求項1乃至のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項5】
分解性を有する高分子材料は、温度150℃の水に72時間浸漬後の質量の、浸漬前の質量に対する減少率が5〜100%である請求項1乃至のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項6】
分解性を有する高分子材料が、熱可塑性高分子材料を含有する請求項1乃至のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項7】
分解性を有する高分子材料が、2種以上の分解性を有する高分子材料を含有する請求項1乃至のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項8】
分解性を有する高分子材料が、エステル結合、アミド結合またはウレタン結合の少なくとも1つの結合を有する高分子材料を含有する請求項1乃至のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項9】
分解性を有する高分子材料が、脂肪族ポリエステルを含有する請求項1乃至のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項10】
脂肪族ポリエステルが、共重合体である請求項記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項11】
脂肪族ポリエステルが、ポリ乳酸、ステレオコンプレックス型ポリ乳酸、ポリブチレンサクシネート、ポリブチレンアジペート/テレフタレート、及びポリブチレンサクシネート/アジペートからなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する請求項または10記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項12】
分解性を有する高分子材料が、酸性物質(酸生成物質でもよい。)を含有する請求項1乃至11のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項13】
分解性を有する高分子材料が、強化材を含有する請求項1乃至12のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項14】
引張破断ひずみが20%以上である請求項1乃至13のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項15】
環状の成形体である請求項1乃至14のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項16】
環状の成形体が、ダウンホールツールに備えられるマンドレルの軸方向と直交する外周面上に置かれるものである請求項15記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項17】
坑井掘削用プラグに備えられる請求項1乃至16のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材。
【請求項18】
請求項1乃至17のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材を備えるダウンホールツール。
【請求項19】
坑井掘削用プラグである請求項18記載のダウンホールツール。
【請求項20】
請求項1乃至17のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材を使用して、ダウンホールツールとケーシングとの間の流体をシールする坑井掘削方法。
【請求項21】
請求項1乃至17のいずれか1項に記載のダウンホールツール用分解性シール部材を使用して、坑井孔の目止め処理を行った後に、ダウンホールツールが分解される坑井掘削方法。
【請求項22】
分解性を有する高分子材料から形成され、温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であって、ドライ環境下では安定状態を維持し、温度66℃以上の流体中で分解可能であるダウンホールツール用分解性シール部材を備えるダウンホールツールを使用して、坑井孔をシールした後に、坑井孔内で該ダウンホールツール用分解性シール部材が分解されることを特徴とする坑井掘削方法。
【請求項23】
分解性を有する高分子材料から形成され、温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であって、ドライ環境下では安定状態を維持し、温度66℃以上の流体中で分解可能であるダウンホールツール用分解性シール部材を備え、
さらに分解性材料を含有する他のダウンホールツール用部材を備えるダウンホールツールを使用して、坑井孔をシールした後に、坑井孔内で該ダウンホールツール用分解性シール部材が分解されることを特徴とする坑井掘削方法。
【請求項24】
他のダウンホールツール用部材に含有される分解性材料がポリグリコール酸である請求項23記載の坑井掘削方法。
【請求項25】
分解性を有する高分子材料から形成され、温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であって、ドライ環境下では安定状態を維持し、温度66℃以上の流体中で分解可能であるダウンホールツール用分解性シール部材を備え、該ダウンホールツール用分解性シール部材が、他のダウンホールツール用部材に接するダウンホールツールを使用して、坑井処理を行った後に、坑井孔内で該ダウンホールツール用分解性シール部材が分解されることを特徴とする坑井掘削方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石油または天然ガス等の炭化水素資源を産出するために行う坑井掘削において使用する坑井掘削用プラグ等のダウンホールツール用分解性シール部材、ダウンホールツール、及び坑井掘削方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油または天然ガス等の炭化水素資源は、多孔質で浸透性の地下層を有する井戸(油井またはガス井。総称して「坑井」ということがある。)を通じて採掘され生産されてきた。エネルギー消費の増大に伴い、坑井の高深度化が進み、世界では深度9000mを超える掘削の記録もあり、日本においても6000mを超える高深度坑井がある。採掘が続けられる坑井において、時間経過とともに浸透性が低下してきた地下層や、さらには元々浸透性が十分ではない地下層から、継続して炭化水素資源を効率よく採掘するために、生産層を刺激(stimulate)することが行われ、刺激方法としては、酸処理や破砕方法が知られている。酸処理は、塩酸やフッ化水素等の強酸の混合物を生産層に注入し、岩盤の反応成分(炭酸塩、粘土鉱物、ケイ酸塩等)を溶解させることによって、生産層の浸透性を増加させる方法であるが、強酸の使用に伴う諸問題が指摘され、また種々の対策を含めてコストの増大が指摘されている。そこで、流体圧を利用して生産層に亀裂(フラクチャ、fracture)を形成させる方法(「フラクチャリング法」または「水圧破砕法」ともいう。)が注目されている。
【0003】
水圧破砕法は、水圧等の流体圧(以下、単に「水圧」ということがある。)により生産層に亀裂を発生させる方法であり、一般に、垂直な孔を掘削し、続けて、垂直な孔を曲げて、地下数千mの地層内に水平な孔を掘削した後、それらの坑井孔(坑井を形成するために設ける孔を意味し、「ダウンホール」ということもある。)内にフラクチャリング流体を高圧で送り込み、高深度地下の生産層(石油または天然ガス等の炭化水素資源を産出する層)に水圧によって亀裂(フラクチャ)を生じさせ、該フラクチャを通して炭化水素資源を採取するための生産層の刺激方法である。水圧破砕法は、いわゆるシェールオイル(頁岩中で熟成した油)、シェールガス等の非在来型資源の開発においても、有効性が注目されている。
【0004】
フラクチャリング流体等の高圧流体を使用して、高深度地下の生産層(シェールオイル等の石油またはシェールガス等の天然ガスなどの炭化水素資源を産出する層)に水圧によって亀裂(フラクチャ)を生じさせたり、また、穿孔を行うためには、通常、以下の方法が採用されている。すなわち、地下数千mの地層内に掘削した坑井孔(ダウンホール)に対して、坑井孔の先端部から順次、目止めをしながら、所定区画を部分的に閉塞し、その閉塞した区画内にフラクチャリング流体等の流体を高圧で送入して、生産層に亀裂を生じさせたり穿孔させたりする。次いで、次の所定区画(通常は、先行する区画より手前、すなわち地上側の区画)を閉塞してフラクチャリング等を行う。以下、この工程を必要な目止めとフラクチャリング等が完了するまで繰り返し実施する。
【0005】
新たな坑井の掘削だけでなく、既に形成された坑井孔の所望の区画について、再度フラクチャリングによる生産層の刺激を行うこともある。その際も同様に、坑井孔の閉塞及びフラクチャリング等を行う操作を繰り返すことがある。また、坑井の仕上げを行うために、坑井孔を閉塞して下部からの流体を遮断し、その上部の仕上げを行った後、閉塞の解除を行うこともある。
【0006】
坑井孔の閉塞及びフラクチャリング等を行うために坑井内で使用するツールであるダウンホールツールとしては、種々のものが知られている。例えば、特許文献1〜3には、芯金の周囲に諸部材(諸要素)を配置することにより坑井孔の閉塞や固定を行うプラグ(「フラックプラグ」、「ブリッジプラグ」または「パッカー」等と称することもある。)が開示されている。
【0007】
特許文献1には、マンドレルの外周面上に金属製のスリップやエラストマー製のシール等が配置された拡張性かつ分解性のプラグが開示されている。特許文献2には、マンドレルの外周面上にスリップ(slip)、円錐状部材(conical member)やエラストマーまたはゴム等から形成される可鍛性要素(malleable element)等が配置され、ボールやフラッパー(flapper)等の障害(impediment)を備える分解性のダウンホールプラグが開示されている。特許文献3には、長尺の筒状本体部材(tubular body member)の外周面上にスリップや、複数のシール要素(sealing element)からなるパッカー要素集合体(packer element assembly)等が配置された生分解性のダウンホールツール(フラックプラグ)が開示されている。
【0008】
また、特許文献4には、中心部に通路(passageway)を貫通して設けたフラクチャスリーブピストン(fracture sleeve piston。「ピストン」または「ピストンプラグ」という場合もある。)をスリーブの軸方向に移動可能に順次配列し、ボールシーラー(ball sealer。単に「ボール」ということもある。)とボールバルブシート(ball valve seat。「ボールシート」または単に「シート」と称されることもある。)により、順次閉鎖空間を形成するスリーブシステム(「フラックスリーブ」という場合もある。)が開示されている。
【0009】
坑井掘削用に使用されるダウンホールツールは、坑井が完成するまで順次坑井内に配置され、高圧の流体によってフラクチャリングや穿孔等を行うために、坑井孔内の所要の区間を流体圧力に抗して閉塞(シール)することができるシール性能が求められる。同時に、シェールオイル等の石油またはシェールガス等の天然ガス(以下、総称して「石油や天然ガス」または「石油または天然ガス」ということがある。)などの生産が開始される段階では、使用されたダウンホールツールを除去する必要がある。プラグ等のダウンホールツールは、通常、使用後に閉塞を解除して回収できるように設計されていないため、破砕(mill)、ドリル空け(drill out)その他の方法で、破壊されたり、小片化されたりすることによって除去されるが、破砕やドリル空け等には多くの経費と時間を費やす必要があった。また、使用後に回収できるように特殊に設計されたプラグ(retrievable plug)もあるが、プラグは高深度地下に置かれたものであるため、そのすべてを回収するには多くの経費と時間を要していた。
【0010】
特許文献1には、スリップやマンドレルを反応性金属等の分解性の金属要素から形成することが開示されている。特許文献2には、予め定められた温度、圧力、pH等により分解するフラッパー、ボール等を備えることが開示されている。特許文献3には、プラグまたはその部材を生分解性の材料から形成される(formed from biodegradable materials)ことが開示されているが、具体的な使用の開示はない。なお、特許文献4には、フラックスリーブを分解性とすることについての開示はない。
【0011】
エネルギー資源の確保及び環境保護等の要求の高まりのもと、特に、非在来型資源の採掘が広がる中で、高深度化など採掘条件がますます過酷なものとなり、また、採掘条件の多様化、例えば、温度条件としては深度の多様化等に付随して60℃程度から200℃程度までなどと多様化が進んでいる。すなわち、フラックプラグ、ブリッジプラグ、パッカーやセメントリテイナー、スリーブシステム(フラックスリーブ)等のダウンホールツールに使用するダウンホールツール部材としては、数千mの深度地下に部材を移送することができる機械強度(引張強度や圧縮強度)、高深度地下のダウンホールの高温かつ高湿度の環境下で、回収対象である炭化水素と接触しても機械強度等が維持される耐油性、耐水性及び耐熱性、穿孔やフラクチャリングを実施するためにダウンホールの所要空間を閉塞するときに、ダウンホールツールと坑井孔の内壁、具体的には、坑井孔の内部に配置されるケーシングとの間の流体をシールすることにより、高圧の水圧によっても閉塞を維持することができるシール性能などの諸特性が求められ、更に加えて、炭化水素資源回収用の坑井が完成した段階では、その坑井の環境条件下(先に説明したように、深度の多様化等に付随し温度条件その他において多様な環境がある。)において、容易に除去することができ、また、流体のシールを完全に解除して生産効率を向上させることができるという特性を併せ有することが求められるようになってきた。
【0012】
そこで、高深度化など採掘条件が過酷かつ多様なものとなっているもとで、確実にダウンホールツールとケーシングとの間の流体をシールすることにより、穿孔やフラクチャリングを始めとするシール操作が必要な坑井掘削における種々の坑井処理の実施を容易にするとともに、多様な坑井の環境条件下で、必要に応じて、シールを解除し、その除去や流路の確保を容易に行うことができ、経費軽減や工程短縮に寄与し、生産効率の向上に寄与できるダウンホールツール用の部材が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】米国特許出願公開2011/0067889号明細書
【特許文献2】米国特許出願公開2011/0277989号明細書
【特許文献3】米国特許出願公開2005/0205266号明細書
【特許文献4】米国特許出願公開2010/0132959号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の課題の第1の側面は、高深度化など採掘条件が過酷かつ多様となっているもとで、確実にダウンホールツールとケーシングとの間の流体をシールすることにより、穿孔やフラクチャリングを始めとするシール操作が必要な坑井掘削における種々の坑井処理の実施を容易にするとともに、多様な坑井の環境条件下で、必要に応じて、シールを解除し、その除去や流路の確保を容易に行うことができ、坑井掘削の経費軽減や工程短縮ができ、生産効率の向上に寄与できるダウンホールツール用の部材を提供することにある。さらに、本発明の課題の他の側面は、該部材を備えるダウンホールツールを提供することにある。また、本発明の課題の更に他の側面は、該ダウンホールツール用の部材を使用する坑井掘削方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究した結果、ダウンホールツール用の部材であるダウンホールツール用シール部材を分解性の高分子材料から形成することにより、課題を解決できることを見いだし、本発明を完成した。
【0016】
すなわち、本発明によれば、(1)分解性を有する高分子材料から形成されることを特徴とするダウンホールツール用分解性シール部材が提供される。
【0017】
さらに、本発明の第1の側面によれば、発明の具体的な態様として、以下(2)〜(18)のダウンホールツール用分解性シール部材が提供される。
【0018】
(2)温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲である前記(1)のダウンホールツール用分解性シール部材。
(3)温度23℃における曲げ弾性率が0.05〜6GPaの範囲である前記(2)のダウンホールツール用分解性シール部材。
(4)ドライ環境下では安定状態を維持し、温度66℃以上の流体中で分解可能である前記(1)〜(3)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材。
(5)分解性を有する高分子材料は、温度150℃の水に24時間浸漬後の50%ひずみ圧縮応力の、浸漬前の50%ひずみ圧縮応力に対する減少率が5%以上である前記(1)〜(4)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材。
(6)分解性を有する高分子材料は、温度150℃の水に72時間浸漬後の質量の、浸漬前の質量に対する減少率が5〜100%である前記(1)〜(5)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材。
(7)分解性を有する高分子材料が、熱可塑性高分子材料を含有する前記(1)〜(6)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材。
(8)分解性を有する高分子材料が、2種以上の分解性を有する高分子材料を含有する前記(1)〜(7)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材。
(9)分解性を有する高分子材料が、エステル結合、アミド結合またはウレタン結合の少なくとも1つの結合を有する高分子材料を含有する前記(1)〜(8)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材。
(10)分解性を有する高分子材料が、脂肪族ポリエステルを含有する前記(1)〜(9)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材。
(11)脂肪族ポリエステルが、共重合体である前記(10)のダウンホールツール用分解性シール部材。
(12)脂肪族ポリエステルが、ポリ乳酸、ステレオコンプレックス型ポリ乳酸、ポリブチレンサクシネート、ポリブチレンアジペート/テレフタレート、及びポリブチレンサクシネート/アジペートからなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する前記(10)または(11)のダウンホールツール用分解性シール部材。
(13)分解性を有する高分子材料が、酸性物質(酸生成物質でもよい。)を含有する前記(1)〜(12)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材。
(14)分解性を有する高分子材料が、強化材を含有する前記(1)〜(13)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材。
(15)引張破断ひずみが20%以上である前記(1)〜(14)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材。
(16)環状の成形体である前記(1)〜(15)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材。
(17)環状の成形体が、ダウンホールツールに備えられるマンドレルの軸方向と直交する外周面上に置かれるものである前記(16)のダウンホールツール用分解性シール部材。
(18)坑井掘削用プラグに備えられる前記(1)〜(17)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材。
【0019】
また、本発明の他の側面によれば、(19)前記(1)〜(18)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材を備えるダウンホールツール、好ましくは(20)坑井掘削用プラグである前記(19)のダウンホールツールが提供される。
【0020】
本発明の更に他の側面によれば、以下(21)及び(22)の坑井掘削方法が提供される。
(21)前記(1)〜(18)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材を使用して、ダウンホールツールとケーシングとの間の流体をシールする坑井掘削方法。
(22)前記(1)〜(18)のいずれかのダウンホールツール用分解性シール部材を使用して、坑井孔の目止め処理を行った後に、ダウンホールツールが分解される坑井掘削方法。
【0021】
本発明の更に他の側面による発明の具体的な態様として、以下(23)〜(26)の坑井掘削方法が提供される。
(23)分解性を有する高分子材料から形成され、温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であって、ドライ環境下では安定状態を維持し、温度66℃以上の流体中で分解可能であるダウンホールツール用分解性シール部材を備えるダウンホールツールを使用して、坑井孔をシールした後に、坑井孔内で該ダウンホールツール用分解性シール部材が分解されることを特徴とする坑井掘削方法。
(24)分解性を有する高分子材料から形成され、温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であって、ドライ環境下では安定状態を維持し、温度66℃以上の流体中で分解可能であるダウンホールツール用分解性シール部材を備え、
さらに分解性材料を含有する他のダウンホールツール用部材を備えるダウンホールツールを使用して、坑井孔をシールした後に、坑井孔内で該ダウンホールツール用分解性シール部材が分解されることを特徴とする坑井掘削方法。
(25)他のダウンホールツール用部材に含有される分解性材料がポリグリコール酸である前記(24)の坑井掘削方法。
(26)分解性を有する高分子材料から形成され、温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であって、ドライ環境下では安定状態を維持し、温度66℃以上の流体中で分解可能であるダウンホールツール用分解性シール部材を備え、該ダウンホールツール用分解性シール部材が、他のダウンホールツール用部材に接するダウンホールツールを使用して、坑井処理を行った後に、坑井孔内で該ダウンホールツール用分解性シール部材が分解されることを特徴とする坑井掘削方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、分解性を有する高分子材料から形成されることを特徴とするダウンホールツール用分解性シール部材であることによって、好ましくは、温度23℃での曲げ弾性率が0.01〜8GPa、または、ドライ環境下で安定状態を維持し温度66℃以上の流体中で分解可能であることによって、また好ましくは、高分子材料は、温度150℃の水に24時間浸漬後の50%ひずみ圧縮応力の減少率が5%以上、または、温度150℃の水に72時間浸漬後の質量減少率が5〜100%であることによって、高深度化など採掘条件が過酷かつ多様となっているもとで、確実にダウンホールツールとケーシングとの間の流体をシールすることにより、穿孔やフラクチャリングを始めとするシール操作が必要な坑井掘削における種々の坑井処理の実施を容易にするとともに、多様な坑井の環境条件下で、必要に応じて、シールを解除し、その除去や流路の確保を容易に行うことができ、坑井掘削の経費軽減や工程短縮ができ、生産効率の向上に寄与できるダウンホールツール用の部材が提供され、更に、該部材を備えるダウンホールツール、及び坑井掘削方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0023】
I.ダウンホールツール用分解性シール部材
本発明の第1の側面であるダウンホールツール用分解性シール部材は、分解性を有する高分子材料から形成されることを特徴とする。
【0024】
1.分解性を有する高分子材料
〔分解性〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料において、分解性とは、例えば、フラクチャリング流体が使用される土壌中の微生物によって分解される生分解性、または、フラクチャリング流体中の溶媒、特に、水によって、更に所望により酸またはアルカリによって分解する加水分解性などであり、更に他の何らかの方法によって化学的に分解することができる分解性であってもよい。好ましくは、所定温度以上の水によって分解する加水分解性である。なお、従来坑井掘削用プラグに備えられるマンドレルとして汎用されているアルミニウム等の金属材料のように、大きな機械的な力を加えることによって、破壊、崩壊等物理的に形状を失う性質は、前記の分解性には該当しない。ただし、高分子材料が、重合度の低下等により本来の樹脂材料が有した強度が低下して脆くなる結果、極めて小さい機械的力を加えることによって簡単に崩壊し、当初の形状を失う(以下、「崩壊性」ということがある。)性質も、分解性に該当する。
【0025】
〔高分子材料〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料としては、高深度化など採掘条件が過酷かつ多様となっているもとで、確実にダウンホールツールとケーシングとの間の流体をシールすることにより、穿孔やフラクチャリングなどの操作を容易にするとともに、かつ、必要に応じて、その除去や流路の確保を容易にすることにより坑井掘削の経費軽減や工程短縮ができるダウンホールツール用分解性シール部材を得ることができる限り、特に限定されない。所望の形状や大きさのダウンホールツール用分解性シール部材を調製することが容易である観点から、分解性を有する高分子材料が、熱可塑性高分子材料を含有する前記のダウンホールツール用分解性シール部材が好ましい。また、ダウンホール環境内におけるダウンホールツール用分解性シール部材の分解性とシール性を調整することが容易となることから、分解性を有する高分子材料が、2種以上の分解性を有する高分子材料を含有する前記のダウンホールツール用分解性シール部材を好ましく使用することができる。さらに、先に説明した温度23℃における曲げ弾性率、更に所望によっては引張破断ひずみ等のダウンホールツール用分解性シール部材として好ましい特性を有するものとすることが容易であること、並びに、分解性としては所定温度以上の水によって分解する加水分解性が望まれることがあることから、分解性を有する高分子材料が、高分子の主鎖にエステル結合、アミド結合またはウレタン結合の少なくとも1つの結合を有する高分子材料を含有する前記のダウンホールツール用分解性シール部材が好ましい。したがって、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料としては、ポリエステル、ポリアミドまたはポリウレタンに属する重合体(ホモ重合体または共重合体)からなる高分子材料を含有することが好ましく、ダウンホールツール用分解性シール部材により適合する特性を有するものとすることが容易である観点から、分解性を有する高分子材料が、脂肪族ポリエステルを含有することがより好ましい。なお、従来シール部材として広く使用されてきた形状復元性を有する弾性体(ゴム、エラストマー)を、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料として使用することもできるが、フラクチャリング等を実施するために該シール部材に負荷される高荷重に抗した後、炭化水素資源の生産を開始するときに、該シール部材の形状が復元する必要はないので、ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料が、弾性体である必要はない。
【0026】
〔150℃24時間圧縮応力減少率〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料は、ダウンホール環境において、確実に分解性を発現する観点から、温度150℃の水に24時間浸漬後の50%ひずみ圧縮応力の、浸漬前の50%ひずみ圧縮応力に対する減少率(以下、「150℃24時間圧縮応力減少率」ということがある。)が5%以上であることが好ましい。ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料の150℃24時間圧縮応力減少率の測定方法は以下のとおりである。すなわち、分解性を有する高分子材料から調製した所定形状の試料(例えば、分解性を有する高分子材料から形成したシール部材から、厚み、長さ及び幅各5mmに切り出して調製した試料を使用することができる。)を、温度150℃の水(脱イオン水等)400mL中に浸漬し、24時間経過後に取り出して、JIS K7181(ISO604準拠)に従って、常温で圧縮応力を測定し、50%ひずみ圧縮応力(「圧縮ひずみ50%における圧縮応力」をいう。以下同様である。単位:MPa)を求める。予め温度150℃の水に浸漬する前に測定した50%ひずみ圧縮応力(「当初の圧縮応力」)の値と比較して、当初の圧縮応力に対する減少率(単位:%)を算出する。なお、温度150℃の水に浸漬中に、ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料が、分解したり溶出したりして形状を失ったり消失したりする場合、または、圧縮応力を測定しているときに50%ひずみ到達前にダウンホールツール用分解性シール部材が崩壊する場合は、前記の減少率を100%とする。
【0027】
ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料の当初の圧縮応力、すなわち、温度150℃の水への浸漬前の50%ひずみ圧縮応力としては、高深度地下にあるダウンホール内において、フラクチャリング等の坑井処理を行うのに要する期間(プラグの所定位置までの搬入・移送、ダウンホールツール用分解性シール部材によるダウンホールの閉塞、及び、穿孔またはフラクチャリングの準備及び実施等を含む時間であり、概ね1〜2日間程度である。)、ダウンホールツール用分解性シール部材の強度が維持され、ダウンホールの閉塞を確実に継続できる限り、特に限定はないが、通常5MPa以上、多くの場合7MPa以上であり、10MPa以上であることが特に好ましい。ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料の当初の50%ひずみ圧縮応力は、上限値が特にないが、取扱い性や分解性(または崩壊性)の観点から、通常200MPa以下、多くの場合150MPa以下のものが使用される。
【0028】
ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料は、150℃24時間圧縮応力減少率が5%以上であることにより、ダウンホール環境(深度の多様化等に付随し60℃程度〜200℃程度の温度であり、近年は更に25〜40℃程度の低温のダウンホール環境もある。)において、数時間〜数週間以内の所望の期間内で、該高分子材料から形成されるダウンホールツール用分解性シール部材が分解または崩壊することにより、ダウンホールツール用分解性シール部材によるシール機能が喪失されるため、その回収や物理的な破壊など多くの経費と時間を費やす必要がないので、坑井掘削のための経費軽減や工程短縮に寄与することができる。ダウンホールツール用分解性シール部材には、種々のダウンホールの温度等の環境や当該環境において実施する工程に応じて、多様なシール機能の機能維持時間及び機能喪失時間が求められるが、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料は、150℃24時間圧縮応力減少率が、5%以上が好ましいものであり、より好ましくは20%以上、更に好ましくは50%以上、特に好ましくは70%以上、最も好ましくは100%であることにより、例えば、温度177℃、163℃、149℃、121℃、93℃、80℃または66℃、更には25〜40℃などの種々のダウンホールの温度環境において、一定時間シール機能を発揮し、その後シール機能を喪失してシールを解除する特性を有するものとすることができる。
【0029】
ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料の150℃24時間圧縮応力減少率を制御する因子や制御できる程度は、分解性を有する高分子材料、例えば分解性ゴムの種類によって異なるが、例えば、加硫度や架橋度の調整による分解速度の制御、加硫方式の変更や架橋剤の種類と比率の変更による分解速度の制御、硬度による分解速度の制御(一般には、硬度を上げると分解が抑制され、硬度を下げると分解が促進される。)、分解性を有する高分子材料中の加水分解抑制剤等の配合剤や充填物の種類と量の調整による分解速度の制御、成形条件や硬化条件の変更による分解速度の制御ができる。分解性を有する高分子材料の150℃24時間圧縮応力減少率の上限は、100%である。本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料は必要に応じて、150℃24時間圧縮応力減少率が100%であって、更に異なる温度、例えば、温度93℃、66℃、40℃または25℃などの種々の温度の水に24時間浸漬後の50%ひずみ圧縮応力の浸漬前の当初の圧縮応力に対する減少率が、例えば30%以下、10%以下、8%以下、更には5%未満であるように調製することもできる。
【0030】
〔150℃72時間質量減少率〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料は、また、ダウンホール環境において、確実に分解性を発揮する観点から、温度150℃の水に72時間浸漬後の質量の、浸漬前の質量に対する減少率(以下、「150℃72時間質量減少率」ということがある。)が5〜100%であることが好ましい。ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料の150℃72時間質量減少率は、分解性を有する高分子材料から調製した所定形状の試料(分解性を有する高分子材料から形成したシール部材から、厚み、長さ及び幅各20mmに切り出して調製した試料を使用することができる。)を、温度150℃の水400mL中に浸漬し、72時間経過後に取り出した後に測定した試料の質量と、予め温度150℃の水に浸漬する前に測定した試料の質量(以下、「当初質量」ということがある。)とを比較して、算出するものである。ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料は、150℃72時間質量減少率が5〜100%であることにより、ダウンホール環境において、数時間〜数週間以内で、所定量の分解性を有する高分子材料を含有する高分子材料から形成されるダウンホールツール用分解性シール部材が分解または崩壊、更に望ましくは消失することにより、ダウンホールツール用分解性シール部材によるシール機能が喪失されるので坑井掘削のための経費軽減や工程短縮に寄与することができる。ダウンホールツール用分解性シール部材には、種々のダウンホールの温度等の環境や当該環境において実施する工程に応じて、多様なシール機能の機能維持時間及び機能喪失時間が求められるが、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材は、150℃72時間質量減少率が、より好ましくは10〜100%、更に好ましくは50〜100%、特に好ましくは80〜100%、最も好ましくは90〜100%であることにより、例えば、温度177℃、163℃、149℃、121℃、93℃、80℃または66℃、更には25〜40℃などの種々のダウンホールの温度環境において、一定時間シール機能を発揮し、その後シール機能を喪失してシールを解除する特性を有するものとすることができる。ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料の150℃72時間質量減少率を制御する因子や制御できる程度は、先に150℃24時間圧縮応力減少率について説明したと同様である。
【0031】
ダウンホールツール用分解性シール部材には、種々のダウンホールの温度等の環境や当該環境において実施する工程に応じて、多様なシール機能の機能維持時間及び機能喪失時間が求められるが、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材は、該ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料の150℃24時間圧縮応力減少率及び/または150℃72時間質量減少率が、所定の範囲内であることによって、種々のダウンホールの温度環境において、一定時間シール機能を発揮し、その後シール機能を喪失してシールを解除する特性を有するものとすることができる。したがって、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材としては、ダウンホールの環境や工程に応じて、所定の150℃24時間圧縮応力減少率及び/または150℃72時間質量減少率を有する分解性を有する高分子材料から最適のものを選択することができる。
【0032】
〔脂肪族ポリエステル〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料としてより好ましい重合体である脂肪族ポリエステルは、例えば、オキシカルボン酸及び/またはラクトンの単独重合または共重合、脂肪族ジカルボン酸と脂肪族ジオールとのエステル化反応、脂肪族ジカルボン酸と、脂肪族ジオールと、オキシカルボン酸及び/またはラクトンとの共重合により得られる脂肪族ポリエステルであり、温度20〜100℃程度の水に速やかに溶解するものが好ましい。
【0033】
オキシカルボン酸としては、グリコール酸、乳酸、リンゴ酸、ヒドロキシプロピオン酸、ヒドロキシ酪酸、ヒドロキシペンタン酸、ヒドロキシカプロン酸、ヒドロキシヘプタン酸、ヒドロキシオクタン酸等の炭素数2〜8の脂肪族ヒドロキシカルボン酸などが挙げられる。ラクトンとしては、プロピオラクトン、ブチロラクトン、バレロラクトン、ε−カプロラクトン等の炭素数3〜10のラクトンなどが挙げられる。
【0034】
脂肪族ジカルボン酸としては、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸等の炭素数2〜8の脂肪族飽和ジカルボン酸、マレイン酸、フマル酸等の炭素数4〜8の脂肪族不飽和ジカルボン酸などが挙げられる。脂肪族ジオールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ヘキサンジオール等の炭素数2〜6のアルキレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリブチレングリコール等の炭素数2〜4のポリアルキレングリコールなどが挙げられる。
【0035】
脂肪族ポリエステルを形成する成分は、それぞれ単独でまたは2種以上組み合わせて使用することもできる。また、分解性の樹脂としての性質を失わない限り、テレフタル酸等の芳香族であるポリエステルを形成する成分を組み合わせて使用することもできる。
【0036】
脂肪族ポリエステルの具体例としては、ポリ乳酸(PLA)、ポリブチレンサクシネート(PBS)、ポリブチレンアジペート/テレフタレート(PBAT)、ポリブチレンサクシネート/アジペート(PBSA)、ポリエチレンサクシネート(PES)、ポリグリコール酸(PGA)、グリコール酸/乳酸共重合体(PGLA)、ポリカプロラクトン(PCL)などが挙げられる。ダウンホールツール用分解性シール部材により適合する特性の調整が比較的容易であり、成形加工性に優れることから、脂肪族ポリエステルが共重合体であることがより好ましく、具体的には、PBSA、PBAT、PGLAなどが挙げられる。
【0037】
先に説明したように、分解性を有する高分子材料が、2種以上の分解性を有する高分子材料を含有する前記のダウンホールツール用分解性シール部材を好ましく使用することができる。例えば、PLAとしては、ポリ−L−乳酸(PLLA)及びポリ−D−乳酸(PDLA)が知られているが、PLLAとPDLAとの混合物とを混合すると、それぞれの分子鎖が好適に噛み合ってステレオコンプレックスを形成し(「ステレオコンプレックス型ポリ乳酸」または「SCPLA」ということもある。SCPLAは、広義にはPLAに包含されるが、通常PLAと区別されることが多い。)、耐熱性が高まることがあるので、高温下での使用の観点から、SCPLAもダウンホールツール用分解性シール部材を形成するために好ましく使用することができる。
【0038】
したがって、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材としては、より具体的には、脂肪族ポリエステルが、PLA、SCPLA、PBS、PBAT、及びPBSAからなる群より選ばれる少なくとも1種を含有するダウンホールツール用分解性シール部材を好ましく使用することができる。
【0039】
〔他の配合成分〕
分解性を有する高分子材料、特に好ましくは脂肪族ポリエステルを含有する高分子材料、中でも脂肪族ポリエステル共重合体を含有する高分子材料には、本発明の目的を阻害しない範囲で、更に他の配合成分として、他の樹脂材料や、安定剤、分解促進剤または分解抑制剤、強化材等の各種添加剤を含有させ、または配合してもよい。
【0040】
〔分解促進剤〕
分解性を有する高分子材料は、分解促進剤を含有するものでもよい。分解性を有する高分子材料に含有される分解促進剤とは、ダウンホールツール用分解性シール部材が使用されるダウンホール環境下において、分解性を有する高分子材料の分解や崩壊を促進することができる配合剤であり、特に、分解性を有する高分子材料の分解、中でも加水分解を促進することができる高分子材料に含有される配合剤である。分解性を有する高分子材料の分解を確実に果たす効果が期待できることから、分解促進剤としては、分解性を有する高分子材料の重合体分子の主鎖の結合を切断する機能または分解性を有する高分子材料を可塑化する機能を有する配合剤であることが好ましく、したがって、分解促進剤として好ましくは、酸性物質が挙げられる。
【0041】
〔酸性物質〕
すなわち、酸性物質が、ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料に含有される重合体分子の主鎖の結合を切断することによって、該高分子材料の分解を促進し、その結果、ダウンホールツール用分解性シール部材の分解が促進される。ダウンホールツール用分解性シール部材が、酸性物質を含有する分解性を有する高分子材料から形成される場合には、該高分子材料の内部に、通常は均質に分散して酸性物質が存在することにより、酸性物質が重合体分子の多くに接触することができるので、例えば、分解性を有する高分子材料から形成されるダウンホールツール用分解性シール部材を水(酸性物質を含有してもよい。)に浸漬する場合のように、該シール部材の表面から分解が進行する場合と比較して、より大きな速度で分解性シール部材の分解が進行するものと推察されるため、酸性物質は好ましい分解促進剤である。
【0042】
酸性物質としては、酸などの狭義の酸性物質であってもよいし、何らかの条件下、例えば、水中に浸漬されるときに加水分解して酸を生成するような酸生成物質でもよい。したがって、酸生成物質としては、有機酸や無機酸等の酸のほかに、例えばオキシカルボン酸の二量体、三量体、オリゴマーまたは重合体等の加水分解性を有する酸の誘導体や、反応性が高い有機酸の誘導体、例えばスルホン酸誘導体であるスルホン酸エステル(有機酸エステルに該当する。)やスルホンアミド、無機酸エステル及び酸無水物など、それ自体酸前駆体として公知の酸生成物質が挙げられる。また、酸性物質としては、所定量の酸性物質を含有する分解性を有する高分子材料からダウンホールツール用分解性シール部材を形成するまでの間(分解性を有する高分子材料の重合中、溶融混練または溶融成形中など)に、分解したり揮散したりして消失しないものであることが求められる。以上の点から、酸性物質としては、具体的には、ラウリン酸等の炭素数8〜20程度の飽和脂肪酸;グリコール酸、乳酸、リン酸、グリコリド、グリコール酸オリゴマー、ラクチド、乳酸オリゴマー等のオキシカルボン酸またはその誘導体;p-トルエンスルホン酸メチル(MPTS)、o/p−トルエンスルホンアミド、N−ブチルベンゼンスルホンアミド等のスルホン酸誘導体;無水フタル酸、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)等の酸無水物;などが挙げられる。分解促進剤である酸性物質として特に好ましくは、酸生成物質であるグリコリド、ラクチド、または無水フタル酸から選ばれる群より選ばれる少なくとも1種を含有するものが挙げられる。
【0043】
酸性物質は、ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料中において、相溶状態になっている場合と、顆粒状(「粒状」といってもよい。)に分散している場合とがある。いずれの場合でも分解性を有する高分子材料の分解を促進する効果があるが、通常、相溶状態になっている場合の方が、分解促進効果が大きい。分解性を有する高分子材料100質量部に対する分解促進剤である酸性物質の含有量は、特に限定がないが、通常0.1〜20質量部であり、多くの場合0.3〜15質量部、ほとんどの場合0.5〜10質量部の範囲で分解性を有する高分子材料に対する分解促進効果を有する。
【0044】
〔強化材〕
分解性を有する高分子材料は、強化材を含有するものでもよい。強化材としては、従来、機械的強度や耐熱性の向上を目的として樹脂材料等の強化材として使用されている材料を使用することができ、繊維状強化材や、粒状または粉末状強化材を使用することができる。強化材は、分解性を有する高分子材料100質量部に対して、通常150質量部以下、好ましくは10〜100質量部の範囲で含有させることができる。本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料が、強化材を含有するものであると、ダウンホール環境が分解性を有する高分子材料の融点に近い環境であっても、処理に必要な期間、シールを行うことが可能となることがある。
【0045】
繊維状強化材としては、ガラス繊維、炭素繊維、アスベスト繊維、シリカ繊維、アルミナ繊維、ジルコニア繊維、窒化硼素繊維、窒化珪素繊維、硼素繊維、チタン酸カリ繊維等の無機繊維状物;ステンレス、アルミニウム、チタン、鋼、真鍮等の金属繊維状物;アラミド繊維、ケナフ繊維、ポリアミド、フッ素樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂等の高融点有機質繊維状物質;などが挙げられる。繊維状強化材としては、長さが10mm以下、より好ましくは1〜6mm、更に好ましくは1.5〜4mmである短繊維が好ましく、また、無機繊維状物が好ましく使用され、ガラス繊維が特に好ましい。
【0046】
粒状または粉末状強化材としては、マイカ、シリカ、タルク、アルミナ、カオリン、硫酸カルシウム、炭酸カルシウム、酸化チタン、フェライト、クレー、ガラス粉(ミルドファイバー等)、酸化亜鉛、炭酸ニッケル、酸化鉄、石英粉末、炭酸マグネシウム、硫酸バリウム等を用いることができる。強化材は、それぞれ単独で、または2種以上を組み合わせて使用することができる。強化材は、必要に応じて、集束剤または表面処理剤により処理されていてもよい。
【0047】
〔分解時間、分解速度等の制御〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料において、分解時間や分解速度等を制御する因子や制御が可能である程度は、高分子材料の種類によっても異なるが、例えば、分子量の調整、共重合割合の調整、結晶化度の調整、酸性物質等の分解促進剤及び/または加水分解抑制剤等の配合剤や充填材(強化材等)の種類と量の調整による分解速度の制御、成形条件やエージング条件の変更による分解速度の制御ができる。また、加水分解性または生分解性を有する分解性の高分子材料においては、共重合度の調整、分解促進剤及び/または加水分解抑制剤の添加など複数の手法により調整可能である。
【0048】
〔ダウンホール環境内での分解特性〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材は、上記したような組成や特性を有する分解性を有する高分子材料から形成されるものから選択することにより、既に説明したダウンホール環境内において、数時間〜数週間以内で、該ダウンホールツール用分解性シール部材が分解または崩壊して消失したり、強度を失ったりすることによりシール機能を喪失するものとすることができる。したがって、ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料は、坑井掘削用プラグ等のダウンホールツールとケーシングとの間の空間の閉塞を解除することを目的として、ダウンホールツール用の部材を回収したり物理的に破壊するなどのために、多くの経費と時間を費やす必要がなく、炭化水素資源の回収のための経費軽減や工程短縮に寄与することができるものである。
【0049】
2.ダウンホールツール用分解性シール部材
〔温度23℃における曲げ弾性率〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材は、ダウンホール環境内においてシール機能を確実に発揮する観点から、温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であることが好ましい。本発明のダウンホールツール用分解性シール部材の温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であれば、ダウンホール環境、例えば、温度177℃、163℃、149℃、121℃、93℃、80℃または66℃、更には25〜40℃などの環境内において坑井孔の閉塞を行う、例えば、ダウンホールツールとケーシングとの間の流体をシールしようとする場合、該ダウンホール環境内ではダウンホールツール用分解性シール部材の曲げ弾性率が適度に低下するため、ダウンホールツール用分解性シール部材が、ダウンホールツールの形状及びケーシングの形状に確実に係合するように変形することができる。したがって、ダウンホールツール用分解性シール部材とケーシングとの当接面積が大きくなり、閉塞が確実となる。さらに、例えばフラクチャリング等のシールが必要とされる処理を実施するために、流体による極めて高い圧力が負荷されても、先に説明した大きな当接面積にも由来して、流体のシールが破壊されにくい効果がある。温度23℃における曲げ弾性率は、JIS7113(ISO178に相当)に準拠して測定する。すなわち、一軸のフルフライトスクリューを有する射出成形機を使用して、分解性を有する高分子材料が結晶性である場合はその融点以上に加熱し、結晶化温度近傍の温度に設定した金型で成形・冷却することにより、JIS K7113に規定される形状の試験片(1号試験片)を調製し、また分解性を有する高分子材料が非晶性である場合はそのガラス転移温度以上に加熱し、ガラス転移温度以下の温度に設定した金型で成形・冷却することにより、同形状の試験片を調製する。いずれも、ゲートは試験片の長手方向に対する端部とする。調整された試験片について、常温(温度23℃±1℃)において、速度50mm/分で引張試験を行い、試験片が破断したときの引張応力を測定して、温度23℃における曲げ弾性率を算出する(n=5の平均値。単位:GPa)。
【0050】
ダウンホール環境内においてシール機能を確実にする変形が容易なものとなる観点から、ダウンホールツール用分解性シール部材の温度23℃における曲げ弾性率は、好ましくは7GPa以下、より好ましくは6GPa以下、更に好ましくは5GPa以下であり、特に厚みが5mmを超えるようなシール部材において有効である。ダウンホールツール用分解性シール部材の温度23℃における曲げ弾性率が小さすぎると、高い流体圧力が負荷されるときに、変形してシールが破壊されてしまう場合があるので、好ましくは0.015GPa以上、より好ましくは0.03GPa以上、更に好ましくは0.05GPa以上とするとよい。したがって、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材は、温度23℃における曲げ弾性率が0.03〜7GPaの範囲であることが特に好ましく、0.05〜6GPaの範囲であることが最も好ましい。
【0051】
〔ドライ安定性〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材は、所望により、ドライ環境下では安定状態を維持し、温度66℃以上の流体中で分解可能である(以下、「ドライ安定性」ということがある。)ことにより、フラクチャリング等の坑井処理を行うのに要する期間、ダウンホールツール用分解性シール部材の形状及びシール性能が維持され、ダウンホールの閉塞をより確実に実施することができるので好ましい。すなわち、坑井掘削のための採掘条件が多様なものとなっているもとで、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を備えるダウンホールツールを坑井孔内に配置し、フラクチャリング等の坑井処理を行うに至る前段階において、シール機能を喪失することがなく、かつ、該坑井処理の終了後には、温度66℃以上の流体に接触することにより、所望の短時間でダウンホールツール用分解性シール部材を分解させることを可能とすることができる。なお、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材について、「ドライ環境下では安定」とは、温度23℃相対湿度50%の環境下において168時間(7日間)以上、圧縮応力の減少が生じないことをいう。また、「温度66℃以上の流体中で分解可能」とは、温度66℃の水(脱イオン水等)に168時間(7日間)浸漬後の圧縮応力の、浸漬前の圧縮応力に対する減少率が5%以上、好ましくは20%以上、より好ましくは50%以上、更に好ましくは100%であることをいう。
【0052】
〔引張破断ひずみ〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材は、好ましくは、ダウンホール環境内においてシール機能を確実に発揮する観点から、ダウンホール環境内における引張破断ひずみが20%以上であるものとすることができる。本発明のダウンホールツール用分解性シール部材の引張破断ひずみが20%以上であれば、坑井孔の閉塞を行う、例えば、ダウンホールツールとケーシングとの間の流体をシールしようとする場合に、ダウンホールツール用分解性シール部材が、ダウンホールツールの形状及びケーシングの形状に確実に係合するように変形、具体的には大きな引張力または圧縮力を受けながら変形しても、破断するおそれがないので、ダウンホールツール用分解性シール部材とケーシングとの当接面積が大きくなり、閉塞が確実となる。さらに、例えばフラクチャリング等のシールが必要とされる処理を実施するために、流体による極めて高い圧力が負荷されることで大きな引張力または圧縮力を受けることがあっても、先に説明した大きな当接面積にも由来して、流体のシールが破壊されにくい効果がある。引張破断ひずみは、先に曲げ弾性率の測定方法について説明した方法によって調製した試料を使用して、ISO527に準拠して、所望のダウンホール環境、例えば、温度177℃、163℃、149℃、121℃、93℃、80℃または66℃、更には25〜40℃などに対応する所定の温度で測定する(n=5の平均値。単位:%)。
【0053】
ダウンホール環境内においてシール機能を確実にする変形が容易なものとなる観点から、ダウンホールツール用分解性シール部材の引張破断ひずみは、より好ましくは30%以上、更に好ましくは40%以上であることが望まれる。ダウンホールツール用分解性シール部材の引張破断ひずみは、特に上限値がないが、引張破断ひずみが大きすぎると、ダウンホールツール用分解性シール部材が分解して強度を失った際に小片となりにくくなる場合があることから、通常1000%以下、多くの場合900%以下である。なお、ダウンホールツール用分解性シール部材の厚みが小さい、例えば10mm以下である場合は、引張破断ひずみが20%未満、例えば10%以上であっても使用することができる場合がある。
【0054】
ダウンホールツール用分解性シール部材を形成する特に好ましい分解性を有する高分子材料である脂肪族ポリエステルについて、温度23℃における曲げ弾性率、及び、引張破断ひずみ(温度23℃で測定した。)を確認したところ、重合条件や重合体の特性により変動するが、概ね表1のとおりである。
【0055】
【表1】
【0056】
表1から、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を形成する分解性を有する高分子材料としては、温度23℃における曲げ弾性率、引張破断ひずみ(温度23℃で測定)及び融点(融解温度)を考慮して、該ダウンホールツール用分解性シール部材を使用するダウンホール環境、例えば、温度177℃、163℃、149℃、121℃、93℃、80℃または66℃、更には25〜40℃などの環境内における処理工程を実施するに当たり、シール部材に求められる曲げ弾性率や引張破壊ひずみ等を実現することができる高分子材料を選択することができることが分かる。
【0057】
例えば、PBAT(ポリブチレンアジペート/テレフタレート)は、温度23℃における曲げ弾性率が0.05〜0.1GPaと小さい値を示す高分子材料であることによって、温度66℃やその近傍など温度23℃より顕著に高温でないダウンホール環境において、ダウンホールツールとケーシングとの間の流体をシールしようとする場合に、PBATから形成されるダウンホールツール用分解性シール部材は、大きな引張力または圧縮力を受けると、ダウンホールツールの形状及びケーシングの形状に確実に係合するように変形することが可能で、破断するおそれがないので、ダウンホールツール用分解性シール部材とケーシングとの当接面積が大きくなり、閉塞が確実となる。なお、例えば温度23℃における曲げ弾性率が0.09GPa程度であるPBATは、温度66℃における曲げ弾性率が0.03GPa程度であり、温度80℃における曲げ弾性率が0.02GPa程度であるので、流体シールのために受ける大きな引張力または圧縮力により、ダウンホールツールの形状及びケーシングの形状に確実に係合するように破断することなく変形することが可能である。なお、ダウンホールツールとケーシングとの間の流体をシールしようとする場合、ダウンホールツールの形状及びケーシングの形状に確実に係合するために大きな変形を要しないときは、温度23℃における曲げ弾性率が小さくない分解性を有する高分子材料から形成されるダウンホールツール用分解性シール部材でも十分使用可能であるが、先に説明したように、ダウンホール環境内においてシール機能を確実に発揮する観点から、温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であることが好ましい。
【0058】
また、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材は、分解性を有する高分子材料が、分解促進剤である酸性物質、より好ましくは酸生成物質の種類や含有量等を調整することによって、ダウンホール環境内における分解を促進することができ、場合によっては、温度等のダウンホール環境に応じて、ダウンホールツール用分解性シール部材の分解挙動を制御することができる。例えば、PBATは、酸性物質(酸生成物質)である無水フタル酸5質量%を含有させることにより、温度66℃の水中に168時間浸漬したシール部材の圧縮強度が温度23℃における圧縮強度に対して、約73%に低下し、温度80℃の水中に72時間浸漬したシール部材の圧縮強度が温度23℃における圧縮強度に対して、約46%に低下する。同じく、PBATは、酸性物質(酸生成物質)であるグリコリドを5質量%または10質量%含有させることにより、温度80℃の水中に72時間浸漬したシール部材の圧縮強度が温度23℃における圧縮強度に対して、約60%に低下することがある。したがって、温度等のダウンホール環境に応じた分解性を有する高分子材料の選択や分解促進剤の選択等を行うことにより、ダウンホールツール用分解性シール部材として最適の組み合わせを採用して分解性シール部材のシール性能と分解性とに関する設計や調整を容易に行うことができる。
【0059】
〔ダウンホールツール用分解性シール部材の形状及び大きさ〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材の形状及び大きさは、特に限定されず、ダウンホールツール用分解性シール部材を備えるダウンホールツールの種類、形状や大きさに適合するように調製することができる。例えば、シート状(薄いフィルム状、厚板状等)、棒状(丸棒状、角柱状等)、直方体状(立方状を含む)、塊状(定形、不定形等)などの形状でもよいし、所定の形状を有する成形体でもよい。ダウンホールツール用分解性シール部材がシート状であったり、シーリング材またはパッキング材(詰め物様)であったりする場合は、所定の形状を有する成形体である必要はない。ダウンホールツール用分解性シール部材を備えるダウンホールツールが、坑井掘削用プラグ等である場合は、環状の成形体であるダウンホールツール用分解性シール部材とすることができ、更に具体的には、環状の成形体がマンドレルの軸方向と直交する外周面上に置かれるものであるダウンホールツール用分解性シール部材などとすることができ、フラックプラグまたはブリッジプラグ等の坑井掘削用プラグに備えられるダウンホールツール用分解性シール部材とすることができる。
【0060】
〔ダウンホールツール用分解性シール部材の製造方法〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材は、製造方法は限定されない。例えば、射出成形、押出成形(固化押出成形を含む。)、遠心成形、圧縮成形その他の公知の成形方法により、所定形状の成形品を成形し、または予備成形品を成形した後、必要に応じて切削加工や穿孔等の機械加工した後に、それ自体公知の方法によって組み合わせて、ダウンホールツール用分解性シール部材を得ることができる。
【0061】
II.ダウンホールツール
本発明の他の側面によれば、先に説明した本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を備えるダウンホールツールが提供される。ダウンホールツールの種類、形状や大きさは、特に限定されない。例えば、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材は、スリーブシステム(フラックスリーブ)におけるシール部材、ダウンホールツール内におけるボールバルブ、フラッパーバルブ等のシール部材、ダウンホールツールとケーシングの間の開口部に配置されることで一時的に流体を遮断できるシール部材、さらに金属等のダウンホールツール部材を覆う形で存在し、これら金属部分等が拡径することで坑井孔をシールするなどの他の多くのシール用途におけるシール部材として使用することができる。本発明のダウンホールツール用分解性シール部材の特性をより有効に発揮することができる観点から、好ましいダウンホールツールとしては、坑井掘削用プラグが挙げられ、より好ましくはフラックプラグまたはブリッジプラグが挙げられる。
【0062】
〔坑井掘削用プラグ〕
本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を備えるダウンホールツール(以下、「本発明のダウンホールツール」ということがある。)として、より好ましい坑井掘削用プラグは、通常、マンドレル(中実でも中空部を有するものでもよい。)と、マンドレルの軸方向に直交する外周面上に置かれる種々のダウンホールツール部材とを備える、それ自体周知の構造を備えるものが適合する。ダウンホールツール部材としては、拡径してダウンホールツール(坑井掘削用プラグ)とケーシングとの間の空間を閉塞して流体をシールすることができる拡径可能な環状のシール部材、及び/または、拡径してダウンホールツール(坑井掘削用プラグ)とケーシングとを相互に固定するスリップや、ウエッジ、リングその他の部材が挙げられ、それ自体周知の部材を備えるものとすることができる。
【0063】
本発明のダウンホールツールは、特に好ましくは環状の成形体であるダウンホールツール用分解性シール部材を備えるものであり、最も好ましくはマンドレルの軸方向と直交する外周面上に置かれる環状の成形体であるダウンホールツール用分解性シール部材を備えるものである。
【0064】
本発明のダウンホールツールが備える他のダウンホールツール部材、例えば、マンドレル、スリップ、ウエッジまたはリングなどは、従来、当該ダウンホールツール部材として使用されてきた材料、形状や大きさ、機械的特性等を有するものの範囲から選択することができる。したがって例えば、マンドレル等としては、分解性材料から形成されるものを使用してもよく、また、強化材を含有する材料から形成されるものを使用してもよく、さらに、他の材料から形成される別部材との複合材から形成されるものを使用してもよい。さらに、マンドレルについていえば、中空部を有してもよいし、軸方向に沿って径が変化するものでもよいし、外表面に固定部、段部、凹部、凸部等を有するものでもよい。
【0065】
〔ダウンホールツールによるダウンホールのシール〕
ダウンホールツールのシールを確実なものとするために、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材は、環状の成形体、好ましくはダウンホールツールに備えられるマンドレルの軸方向と直交する外周面上に置かれる環状の成形体が、軸方向に圧縮されて縮径することに伴い軸方向と直交する方向に拡径して、坑井孔のケーシングとダウンホールツールとの間の空間を閉塞し、流体をシールすることができる。
【0066】
さらに、本発明のダウンホールツールを、本発明のダウンホールツール用分解性シール部材とともに、PGAやPLA等の分解性材料、より好ましくはPGAを含有する他のダウンホールツール用部材を備えるものとすることにより、ダウンホールツール用の部材を回収したり物理的に破壊する操作を完全に不要とすることができる。本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を備える坑井掘削用プラグ等の本発明のダウンホールツールには、種々のダウンホールの温度等の環境や当該環境において実施する工程に応じて、多様な強度等の性能維持時間及び分解時間が求められるが、本発明のダウンホールツールは、例えば、温度177℃、163℃、149℃、121℃、93℃、80℃または66℃、更には25〜40℃などの種々のダウンホールの温度環境において、所望の時間シール機能を維持し、その後崩壊し、または除去が容易となる特性を有するものとすることができる。さらに、分解性を有する高分子材料のシール性能や分解性の特性、例えば、PBATは、曲げ弾性率や圧縮強度等の機械的特性の温度依存性が高いので、所望によっては分解促進剤との組み合わせを選択することにより、限定的なダウンホール環境において特異的に有効なシール機能、次いで分解性を発揮するようなダウンホールのシールを行うことができる。
【0067】
III.坑井掘削方法
本発明の更に別の側面によれば、先に説明した本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を使用して、具体的にはダウンホールツール用分解性シール部材を備える坑井掘削用プラグ等のダウンホールツールを使用して、ダウンホールツールとケーシングとの間の流体をシールする坑井掘削方法によって、並びに、先に説明した本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を使用して、具体的にはダウンホールツール用分解性シール部材を備える坑井掘削用プラグ等のダウンホールツールを使用して、坑井孔の目止め処理を行った後に、該ダウンホールツール用分解性シール部材が、好ましくはダウンホールツール用分解性シール部材を備える坑井掘削用プラグ等のダウンホールツールの一部または全部が分解される坑井掘削方法によって、所定の諸区画のフラクチャリング等の坑井処理が終了し、または、坑井の掘削が終了して坑井が完成し、石油や天然ガス等の生産を開始するときには、生分解、加水分解または更に他の何らかの方法による化学的な分解により、坑井孔を閉塞しているダウンホールツール用分解性シール部材を、容易に分解して除去することができる。この結果、本発明の坑井掘削方法によれば、従来、坑井処理の終了後または坑井完成後に、坑井内に残置されていた多数の坑井掘削用プラグまたはシール部材等のその部材を除去、回収したり、破砕、穿孔その他の方法によって、破壊したり、小片化したりするために要していた多くの経費と時間が不要となるので、坑井掘削の経費軽減や工程短縮ができる。
【0068】
〔坑井孔の閉塞〕
すなわち、本発明のダウンホールツールは、ダウンホールツール用分解性シール部材に対して、例えば、1対のリングにマンドレルの軸方向の力を加えることにより、ダウンホールツール用分解性シール部材が、軸方向への圧縮により縮径することに伴い、マンドレルの軸方向に直交する方向に拡径して、軸方向に直交する方向の外方部がダウンホールの内壁と当接するとともに、軸方向に直交する方向の内方部がマンドレルの外周面に当接することにより、ダウンホールツールと、ダウンホールとの間の空間を閉塞し、流体をシールすることができる。なお、ダウンホールツール用分解性シール部材が短時間で分解してしまうような高温環境にあるダウンホール内において、上記した閉塞(シール)を行う場合には、地上から流体を注入して(cooldown injection)、ダウンホールツール用分解性シール部材の周辺温度を低下させた状態にコントロールすることによって、所望の時間、シール性能(強度等)を維持するような処理方法を採用することができる。
【0069】
〔ダウンホールツールの分解〕
本発明の坑井掘削用プラグ等のダウンホールツールは、所定の諸区画のフラクチャリング等の坑井処理が終了した後、通常は、坑井の掘削が終了して坑井が完成し、石油や天然ガス等の生産を開始するときに、生分解、加水分解または更に他の何らかの方法による化学的な分解によって、ダウンホールツール用分解性シール部材を、所望によっては、分解性を有するマンドレルやスリップ、リング等を、容易に分解して除去することができる。本発明のダウンホールツール用分解性シール部材を使用して坑井孔の目止め処理を行った後に、ダウンホールツールが分解されることによって、(i)シール部が分解されるので、坑井内において流体の移動を妨げるためのシールが解除できる、(ii)生産を妨げる不要なダウンホールツールの除去が容易である、(iii)ダウンホールツールに備えられる他の部材をPGAやPLA等の分解性材料、より好ましくはPGAから形成することにより、生産開始前に破砕処理が全く不要なダウンホールツールを得ることができる、(iv)フラクチャリング工程に使用されるダウンホールツールに限られることなく、何らかのシールが必要とされる多様な工程において使用される種々のダウンホールツールに適用することができる、などの利点がある。なお、坑井処理が終了した後に残存するダウンホールツール用分解性シール部材は、生産を開始するまでに完全に消失していることが好ましいが、完全に消失していないとしても、強度が低下してダウンホール中の水流等の刺激により崩壊するような状態となれば、崩壊したダウンホールツール用分解性シール部材は、フローバックなどにより容易に回収することができ、ダウンホールやフラクチャに目詰まりを生じさせることがないので、石油や天然ガス等の生産障害となることがない。また通常、ダウンホールの温度が高い方が、短時間でダウンホールツール用分解性シール部材の分解や強度低下が進行する。なお、坑井によっては地層中の含水量が低いことがあり、その場合にはフラクチャリング時に使用した水ベースの流体を、フラクチャリング後に回収することなく坑井中に残留させることで、ダウンホールツールの分解を促進させることができる。
【0070】
本発明の更に他の側面の具体的態様によれば、分解性を有する高分子材料から形成され、温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であって、ドライ環境下では安定状態を維持し、温度66℃以上の流体中で分解可能であるダウンホールツール用分解性シール部材を備えるダウンホールツールを使用して、坑井孔をシールした後に、坑井孔内で該ダウンホールツール用分解性シール部材が分解されることを特徴とする坑井掘削方法が提供される。
【0071】
本発明の更に他の側面の具体的態様によれば、分解性を有する高分子材料から形成され、温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であって、ドライ環境下では安定状態を維持し、温度66℃以上の流体中で分解可能であるダウンホールツール用分解性シール部材を備え、さらに分解性材料、好ましくはポリグリコール酸を含有する他のダウンホールツール用部材を備えるダウンホールツールを使用して、坑井孔をシールした後に、坑井孔内で該ダウンホールツール用分解性シール部材が分解されることを特徴とする坑井掘削方法が提供される。
【0072】
本発明の更に他の側面の具体的態様によれば、分解性を有する高分子材料から形成され、温度23℃における曲げ弾性率が0.01〜8GPaの範囲であって、ドライ環境下では安定状態を維持し、温度66℃以上の流体中で分解可能であるダウンホールツール用分解性シール部材を備え、該ダウンホールツール用分解性シール部材が、他のダウンホールツール用部材に接するダウンホールツールを使用して、坑井処理を行った後に、坑井孔内で該ダウンホールツール用分解性シール部材が分解されることを特徴とする坑井掘削方法が提供される。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、分解性を有する高分子材料から形成されることを特徴とするダウンホールツール用分解性シール部材であることによって、高深度化など採掘条件が過酷かつ多様となっているもとで、確実にダウンホールツールとケーシングとの間の流体をシールすることにより、穿孔やフラクチャリングを始めとするシール操作が必要な坑井掘削における種々の坑井処理の実施を容易にするとともに、多様な坑井の環境条件下で、必要に応じて、シールを解除し、その除去や流路の確保を容易に行うことができ、坑井掘削の経費軽減や工程短縮ができ、生産効率の向上に寄与できるダウンホールツール用の部材、及び、該部材を備えるダウンホールツール、及び、坑井掘削方法を提供することができるので、産業上の利用可能性が高い。