【実施例1】
【0019】
[試験方法、結果概要]
2枚のホットカーペット上にそれぞれ1辺2mの木組みを設け、一方の内壁面は白いセラミック塗材壁紙を貼り(Room1)、もう一方には市販の白いビニルコート壁紙を貼った石膏ボードで内装した(Room2)。室内への被験者の出入りと換気のために4方に30cmの隙間を設け、室内には布製の椅子と自転車エルゴメータ各1台を設置した(
図9)。Room1とRoom2を設置した実験室全体を28℃を目安として暖房し、扇風機で攪拌した。
【0020】
また、床面の温度が他の壁面と同じになるようにホットカーペットの電源を自動的にON/OFF調節した。8名の被験者は全員長距離走者であり、半袖Tシャツとハーフパン+ブリーフという軽装をさせ、試験Room内で2時間の椅座安静後に30分間の自転車こぎ運動をさせた。
【0021】
この間皮膚温7点と直腸温を連続で計測し、呼気を採集してその酸素の消費量から代謝量を1呼吸毎に計算した。各被験者は2名ずつの対を編成し、日を違えて両方のRoomを1回ずつ経験させた。その際、被験者には内装材の材質についての情報は伝えないブラインドテストとした。
【0022】
[結果と考察]
Room1とRoom2の室温、湿度、気流と内壁面温度には相違は見られなかった。安静時の被験者の皮膚温、直腸温と代謝量にも差は見られなかった。しかし、運動中の代謝率、直腸温と心拍数はRoom1の方が有意に高く、皮膚温は有意に低いという結果が得られた。
【0023】
Room1とRoom2は、壁紙の材質以外に違うところは無い。したがって、これら試験結果の相違の原因は、全て壁紙の材質に帰すると考えてよい。
【0024】
Room内の熱源は、被験者に由来するものであり、これを壁紙の表面が受け取って直ちに再放射又は反射していると考えられる。ヒトは、こうした微弱な放射熱を自覚できないが、心拍数や代謝を調節している交感神経は、敏感に応答しているものと思われる。
【0025】
なお、運動のような副交感神経優位となるべき状況下では、心拍数と代謝率の交感神経刺激への応答が顕著になっているということを合理的に説明することは容易ではないが、結果的にセラミック塗材を塗布した壁紙を内装したRoom1の方が、代謝率を向上させていた。被験者を全て取り替えて行った別の実験でも、セラミック塗材壁紙が運動中の皮膚温と直腸温を上昇させるという全く同じ結果が再現され、代謝率を上昇させることも確認できた。
【0026】
以下、より具体的な試験方法、計測結果、考察について、説明する。
【0027】
[実験方法]
被験者は大学の陸上部に所属して競技活動をしている現役の長距離走選手8名とした(表1)。表1は、実験当日の被験者の身体計測データである。
【0028】
【表1】
【0029】
実験装置(室)は上述の通りである。床の温度が壁面よりも低い傾向があったので、装置の下にホットカーペットを差し入れ、床に張り付けた熱電対を室温の設定温度に調節して装置内壁面が全て同一となるようにした。
【0030】
実験中の空調は、実験室の空調機を前日から28℃にセットして運転し続けて、専用装置と実験室とが十分に熱的に平衡するように配慮した。両室にはそれぞれ1台のPMV環境計測記録ロガー、自転車エルゴメータとデッキチェアを設置した。健康でスポーツを実施している8名の被験者は、毎回同じ相手とペアーを作って、実験に臨ませた。
【0031】
実験当日は8時半に集合させ実験着に更衣させた後、発信機付きの直腸温測定用プローブ(Type HT150002、HQInc., USA)を極薄のラバーゾンデに入れて肛門から挿入させた。次いで、以下に示した各部位に皮膚温計測用のサーミスタ温度計を貼り付け、1分間隔で測定し、携帯データロガー内に記録した。記録されたデータは専用のデータ交換ソフトを用いて実験終了後にコンピュータにダウンロードして回収した。
【0032】
この状態のままRoom外で椅座安静に過ごさせた後に、二人同時にそれぞれのRoom内に移動させて2時間を椅座安勢に過ごさせた。また、その後30分間の自転車漕ぎ運動をさせ、続いて30分間の椅座安静をとらせた。
【0033】
この間の直腸温は10分置き、皮膚温は1分置き、10g精度の体重測定は、それぞれの過ごし方の変更に合わせて計測記録した。ヒトの皮膚温を模擬した35℃の黒体平面上で赤外線から変換されて境界面を貫通して流入する熱量をW/m
2/hで表記した。なお、平均体温、平均皮膚温と蓄熱量は次式で算出した。
【0034】
平均体温 (℃) =直腸温×0.8+平均皮膚温×0.2
平均皮膚温(℃) =額温×0.1+胸温×0.25+前腕外側温×0.07+上腕中央外側温×0.13+大腿中央外側温×0.25+下腿中央外側温×0.15+足背中央部上面温×0.05
蓄熱量(kcal)=0.82(人体の比熱)×平均体温(℃)×体重(kg)
【0035】
食事条件は、厳密に調整することとし、実験開始の2時間前に同一の食事内容と量を全員に摂取させるようにした。測定項目は、各図の通りである。
【0036】
[データ収集]
環境計測記録:PMVロガー(JMS、東京)2台をそれぞれの部屋に1台ずつ入れ、センサーの高さが椅座の胸の高さになるように設置した。計測記録間隔は5分とした。室温、湿度、気流を測定記録、解析した。実験室全体のパッケージ型エアコンの室温の設定は、28℃にした。額中央、右胸部、上腕外側、前腕外側、大腿外側、下腿外側及び足背の皮膚温の測定間隔は2分、直腸温は10分とした。呼気は30分間隔に5分間の採集を行い、一呼吸毎の酸素濃度を測定し、吸気との差から代謝産熱量を算出した。皮膚温は測定部位の面積案分比から平均皮膚温を求め、直腸温との容積案分比を決めて平均体温を求めた。各部位の皮膚温、直腸温、平均皮膚温、平均体温と代謝量は時系列に配置してそれぞれの動向を観察した。
【0037】
[実験室の環境測定値の等質性]
内装材の異なる同じ仕様の部屋を設置したので、内装材を除いて両室の環境条件が、同一であることを証明しておく必要がある。そのために、表2では、実験中の両室の環境条件の測定値を示した。8回行われた測定の間の測定値は、それぞれ約100セットが記録されている。これらの平均値の差を検定すれば有意差があることもあるが、その実質的な差は、室温が±0.2℃、湿度が±2%、気流が−0.01m/秒以内と両室が同じ環境条件下にあると断言できる範囲である。
【0038】
【表2】
【0039】
[内装材表面温度の等質性]
内装材の表面温度は、サーモカメラで撮影し、画像のそれぞれの場所を読み取る方法で測定した。
【0040】
[椅座安静時と自転車運動時の代謝]
椅座安静時には内装材の違いによる代謝量に差は見られなかった。他方、運動開始直後からビニルクロス内装よりもセラミック塗材内装の方が有意に大きな代謝量を示すようになった。その増加率は15%程であった。
【0041】
代謝量を体表面積で割って求めた代謝率では、この差は10%であった(
図1)。当然ながら、実験に用いた2台の自転車エルゴメータの負荷設定は同じであり、自転車エルゴメータに若干の機器差があったとしても、被験者が自覚できない程度の範囲の相違である。
【0042】
[椅座安静時と自転車運動時の皮膚温]
皮膚は、熱エネルギーが赤外線に、またその逆に赤外線が熱エネルギーに変換される場であり、その温度は放出(入)するエネルギー量の決定的因子である。身体の7部位の皮膚温を計り、これをそれぞれの部位の面積案分比に応じて平均する方法によって平均皮膚温を算出できる。
【0043】
こうして求めた値は、安静時には群間に差は認められないが、運動時にはビニル群が長時間上昇し続けるのに反して、セラミック塗材内装群では短時間で上昇が止まる結果、運動開始11分後以降の両群の差は統計的に有意となった(
図2矢印)。上腕、前腕、大腿の各皮膚温は、平均皮膚温と同様に推移した。
【0044】
セラミック塗材内装群の額中央部の皮膚温は、安静時と運動時の両条件を通じて一貫してビニル群より高値を維持した(
図3)。胸の皮膚温は、額の皮膚温と同様に推移した(データ示さず)。
【0045】
下腿と足背の皮膚温は、実験の全行程を通じて、群間に差は認められない。足背の皮膚温は、セラミック塗材内装群の数値のバラツキが大きくなったために統計的な有意差は見られないが、運動開始後にセラミック塗材群がビニル群を上回るという他の皮膚温や平均皮膚温には見られない特異な現象が観察された(
図4矢印)。
【0046】
[椅座安静時と自転車運動時の直腸温]
安静時の直腸温は、セラミック塗材内装群が高目で推移したが2時間後まで差は見られなかった。安静最後の10分ほどの間は、セラミック塗材内装群が明らかに高値を示した(P<0.05)。運動開始後はセラミック塗材内装群の値は、直後から明らかに高値を示し、その差も0.20℃から0.27℃まで漸増していった(
図5)。
【0047】
[椅座安静時と自転車運動時の体熱収支]
椅子に座って安静に過ごして体温が変化しない状態の代謝産熱量は、伝導、対流と放射による放熱の総和と等しいはずである。代謝産熱量は呼気中の酸素消費量を測定して求めることができる。伝導による放熱量は、椅座では無視できる量である。
【0048】
対流による放熱量は、姿勢や作業内容ごとに発表されている対流熱伝達率(椅座安静時;0.18kcal/m
2/h/℃、自転車運動時;5.2kcal/m
2/h/℃)を導入すれば、平均皮膚温と室温との温度差の関数として容易に算出できる。
【0049】
汗が蒸発する際に身体から奪われる熱は、物質伝達率から算出することもできるが、精密な体重計を用いれば、体重の変化量と水の気化潜熱から算出する方法が最も精度が高い。放射による放熱量は、平均皮膚温、壁温、およびそれぞれの放射率(皮膚;0.98、セラミック塗材;0.95(測定値を反映)、ビニル;0.90(仮の値))をStefan−Boltzmannの式に入れて算出することができる。
【0050】
[代謝産熱量]
ヒトを含む恒温動物の体温は、体内で発生した熱(代謝産熱量)の全てを体外に放出することによって一定に維持されている。表3に示した通り、運動中のセラミック塗材内装群は116kcal/m
2/h、ビニル群は104kcal/m
2/hの発熱をしている。したがって、身体はこれに適応して放熱を促進するために皮膚への血流量を増大させて皮膚温を上昇させると考えられる。
図2−
図4でセラミック塗材内装群の運動中の皮膚温が急上昇しているのには、こうした背景が予想される。
【0051】
[放射放熱量]
運動中の人体表面と壁面との間の放射熱交換量は、次式(1)で求めることが出来る(Stefan−Boltzmannの法則)。
R=ε
1σT
14−ε
2σT
24(Kcal/m
2/h)・・・式(1)
ただし、Rは放射熱交換量,ε
1はヒト皮膚の放射率、ε
2は壁面の放射率,σはStefan−Boltzmann定数=4.88×10
−8(kcal/m
2/h/K
−4),T
1は皮膚表面絶対温度,T
2は壁面絶対温度を示す。
【0052】
式(1)を用いれば、平均皮膚温が0.5℃低くなっているセラミック塗材内装群の被験者が28℃の周囲壁面に向かって放出する放射放熱量(42kcal/m
2/h,壁面の放射率として0.95(測定値)を採用)が、ビニル群の被験者が放出する放射熱量(21kcal/m
2/h,放射率0.90と仮定して試算)より21kcal/m
2/hほど小さいと、見積もることが出来る。
【0053】
[対流放熱量]
静止空気中の対流放熱量(C)は、姿勢や作業内容ごとに実験的に得られている対流熱伝達率(h
c,kcal/m
2/h/℃)を用いて次式(2)で算出できる。座位のh
cは1.8、自転車運動中のそれは5.2が与えられている。
C=h
c(Ts−Ta)(kcal/m
2/h)・・・式(2)
ただし、Cは対流放熱量、h
cは対流熱伝達率、Tsは平均皮膚温、Taは室温を示す。
【0054】
式(2)と平均皮膚温の測定値から椅座安静時の対流放熱量:セラミック塗材内装;10.3、ビニル内装;10.8 (kcal/m
2/h)と、自転車運動時の対流放熱量:セラミック塗材内装;31.2、ビニル内装;35.9 (kcal/m
2/h)が各々得られる。この結果を表3にまとめた。
【0055】
[発汗(不感蒸泄を含む)による放熱]
発汗量(g/m
2/h)は、10g精度の体重変化量を測定し、体表面積で除して求める。安静時の値は、セラミック塗材内装:25.1、ビニル内装:26.6、運動時はセラミック塗材内装:100.2、ビニル内装:87.8g/m
2/hが得られた。皮膚温付近の蒸発潜熱を580cal/gとして、発汗と不感蒸泄による蒸発放熱量(kcal/m
2/h)を求め、表3に示した。
【0056】
【表3】
【0057】
[蓄熱量]
蓄熱量は身体が保有する熱エネルギーの総量を表す数字であり、平均体温(℃)、身体の比熱(0.83)及び体重(kg)の積で与えられる。その表示単位はkcalである。ここで用いる平均体温とは、平均皮膚温と直腸温のそれぞれ3割と7割に案分した和で与えられる。
【0058】
安静時と運動時の蓄熱量は、いずれもセラミック塗材内装群がビニル内装群より明らかに大きい(
図7の左バーと右バーとの比較)が、安静時と運動時の蓄熱量には明らかな増大は認められなかった(左バー同士、右バー同士の比較)。
【0059】
これらの比較結果は、28℃の室内で、健康な人間で、尚且つ椅座安静から軽い自転車こぎ運動に変化する程度の運動負荷の増加では、体温調節が適切に行われることによって、壁材の放射率が大きくなることによる極端な蓄熱増大は生じないと予測し得ることを示している。
【0060】
[椅座安静時と自転車運動時の心拍数]
1分当りの心拍数は、交感神経の緊張状態を表す良い指標となる。一般的に温熱刺激に対しては、寒さや冷たさを感じ取っている時に、より多くの交感神経シグナルが発生して末梢血管を収縮させて皮膚温を低下させることにより、放熱を抑制させて体温を下げさせないように調節が行われていると考えられている。実験中の心拍数をセラミック塗材内装群とビニル内装群とに分けて示したのが、
図8である。
【0061】
安静時の心拍数は群間に統計的な差は見られないが、運動中はセラミック塗材内装群がビニル内装群よりも有意に大きな値を示している。部屋の内装材以外の環境要因に相違が無い場所で過ごさせた同じ集団の心拍数に差が生じるということは、内装の違い(表面の放射率の違い)を唯一の原因とする交感神経の緊張が起きていることを示している。
【0062】
測定した指標のうち、セラミック塗材内装時の平均皮膚温その他の皮膚温の低下、代謝量の上昇、直腸温の上昇および蓄熱量の増大は、いずれも交感神経の緊張の高まりで矛盾無く説明できる。
【0063】
こうした顕著な差が安静時には見られずに、運動時だけに顕著となる理由については更に考察を深める必要がある。しかし、安静時の各データには統計的な差は無いとは言っても皮膚温、直腸温、心拍数代謝率などはそれぞれ、交感神経の緊張傾向を示しており、安静時のデータのバラツキに隠されているに過ぎないと解釈することも出来る。
【0064】
[結果の概要と結論]
居室壁面の放射率のわずかな違いが、その室内に滞在する人々にどのような熱的影響を及ぼすことになるかはコンピュータによる数値シミュレーションで容易に解を得ることが出来る。しかし、ヒトを対象としてそれを実験的に検証した例はない。
【0065】
セラミック塗材という大きな放射率を有するセラミック粒子含有塗材を部屋の内装に用いることにより、実験的にこれを検証することが出来るようになった。
【0066】
セラミック粒子含有塗材(日進産業社製、断熱塗材)を内装した部屋で過ごしている時には、代謝率が約10%高まり、皮膚温が低目(平均皮膚温で0.5℃)に推移し、直腸温は0.3℃高く、心拍数は毎分最大5拍ほど高まるという結果が得られた。この現象は、運動時にはとりわけ顕著であった。これらの結果は、いずれも交感神経が緊張状態の時に起きる生理的な現象に近似している。
なお、セラミック粒子含有塗材の組成には、
少なくとも、次の成分比率の素材
二酸化チタン9〜15重量%、
エチレングリコール0.25〜0.3重量%、
セラミック粒子12.8〜20.0重量%、
鉱油0.062〜0.065重量%、
を含むものである。
【0067】
2基の実験装置の唯一の相違点は内装材である。セラミック塗材の内装材は交感神経系を刺激する作用を有する可能性が示された。代謝率の直接測定で10%もの増加を示していることは、内装材の放射率が高いことが強力な交感神経活性化誘導作用を有していると考えられる(
図10)。交感神経系は、冷気や冷たい物体に触れることでも容易に一過性の緊張状態にすることが出来るが、この実験のように特別の刺激を与えることなく長時間にわたって交感神経の緊張状態を創出させる作用をセラミック塗材は有すると考えられる。
【0068】
上記試験結果から、断熱塗材を室内の内装材の表面に用いることで、ヒト、その他動物等の生体に対して、代謝率を向上させ、それに伴う健康促進効果、例えば、ダイエット効果を得ることが実現できる。