(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
TIG溶接は、シールドガスとしてアルゴン(Ar)やヘリウム(He)等の不活性ガスを使用した不活性シールド溶接であり、高品質な溶接部が得られることが知られている。しかしながら、溶着効率と溶接速度が小さいため、作業効率の向上が望まれている。
【0003】
一方、MAG溶接やMIG溶接は、高速溶接が可能であり、溶着効率が高いといった利点があり、炭素鋼を中心に幅広い産業で利用されている。しかしながら、溶接金属中の酸素量の増加に伴う靭性劣化(これらはアーク安定化の為にシールドガス中に添加される酸化性ガスに起因する)といった、品質面での改善が望まれている。
【0004】
そこで、両者の欠点を補うために、TIG−MIGの複合溶接法が各種提案されている(例えば、特許文献1および特許文献2)。また、特殊なフラックス入りの溶接ワイヤを用いることによって、純アルゴンをシールドガスとした場合でもアークが安定する溶接方法が提案されている(例えば、特許文献3)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、TIG−MIG複合溶接では、溶接機およびトーチを2台用ずつ用意するか、専用のトーチが必要となるといった設備面での課題があった。または、特殊なフラックス入りの溶接ワイヤが必要になるといった課題があった。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、専用の設備を必要とすることなく、溶接部の品質及び外観に優れ、溶接速度が速く、作業効率に優れた溶接方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本出願の発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究した結果、鉄系材料の消耗電極式アーク溶接では、アークの安定を目的としてシールドガスに酸化性ガスが用いられるところ、シールドガスに不活性ガスを用いた場合であってもアーク中に粉体を用いることによってアークが安定することを見出して、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は以下の構成を有する。
(1) 不活性ガスをシールドガスとして用いて、鉄系材料をミグ溶接する方法であって、アーク中に鉄を主成分とする粉体を
、粉体の状態で供給しながらミグ溶接を行う、溶接方法
。
(2) 不活性ガスをシールドガスとして用いて、鉄系材料をミグ溶接する方法であって、アーク中に鉄を主成分とする粉体とフラックスを含む粉体との混合物を
、粉体の状態で供給しながらミグ溶接を行う、溶接方法。
(
3) 不活性ガスによって前記粉体を搬送するとともに、前記不活性ガスとともに前記粉体を前記アーク中に供給する、前項1
又は2のいずれか一項に記載の溶接方法。
(
4) 前記粉体の粒径が、10〜300μmの範囲である、前項1乃至
3のいずれか一項に記載の溶接方法。
(
5) 前記アーク中への前記粉体の供給量が、5g/min以上である、前項1乃至
4のいずれか一項に記載の溶接方法。
(
6) ミグ溶接をする際に用いる溶接ノズルから、前記粉体を前記アーク中に供給する、前項1乃至
5のいずれか一項に記載の溶接方法。
(
7) ミグ溶接をする際に用いる溶接ノズルの外側から、前記粉体を前記アーク中に供給する、前項1乃至
5のいずれか一項に記載の溶接方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の溶接方法は、不活性ガスをシールドガスとして用いて、鉄系材料をミグ溶接する際に、アーク中に鉄を主成分とする粉体を供給しながらミグ溶接を行うため、専用の設備を必要とすることなく、溶接部の品質及び外観に優れ、溶接速度が速く、作業効率にも優れる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を適用した一実施形態である溶接方法について、これに用いる溶接装置の構成とともに図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。
【0013】
本発明を適用した一実施形態である溶接方法は、不活性ガスをシールドガスとして用い、溶接対象となる鉄系材料をミグ溶接する方法であって、アーク中に鉄を主成分とする粉体、又はフラックスを含む粉体、あるいはこれらの混合物を供給しながらミグ溶接を行うものである。
【0014】
先ず、本実施形態の溶接方法に適用することが可能な溶接装置の構成について説明する。ここでは、一般的なアーク溶接装置の構成を一例として説明する、
図1に示すように、本実施形態の溶接方法に適用可能な溶接装置は、溶接ノズル1と、溶接ワイヤ2と、粉体溶接材料供給導管3とを有する溶接トーチ10、シールドガス供給装置4、粉体溶接材料保管容器5、粉体溶接材料供給装置6、及び粉体溶接材料供給導管7を備えて概略構成されている。
【0015】
この溶接装置では、先ず、シールドガス供給装置4から粉体溶接材料供給導管7を介してシールドガスを溶接トーチ10に供給する。具体的には、溶接ノズル1の上部及び中央部のうち、いずれか一か所以上から、当該当接ノズル1内にシールドガスを供給する。また、溶接トーチ10では、溶接ノズル1の他に、粉体溶接材料供給導管3に対してもシールドガスを供給することができるように構成されている。これにより、溶接トーチ10では、シールドガスが溶接ノズル1の先端と、粉体溶接材料供給導管3の先端からそれぞれ噴出することが可能となっている。
【0016】
次に、図示しないアーク電源により、溶接ワイヤ2と溶接対象となる母材8との間に、アークを発生させる。このアークによって、母材8の表面が溶融して溶接プールが生じ、ミグ溶接することが可能となる。
【0017】
なお、アークの外側には、シールドガスが流れている。これらのガスとしては、アルゴン(Ar)やヘリウム(He)といった、不活性ガスを使用する。また、溶接電源としては、通常は直流逆極性が使用されるがこれに限定されるものではなく、正極性を適用しても構わない。
【0018】
ところで、シールドガスとして純アルゴンを用いた場合、溶接対象となる母材8の材質が、例えば、炭素鋼、ステンレス鋼、高張力鋼等の、鉄ベースの合金であると、アークが不安定になるという課題がある。そこで、後述する本実施形態の溶接方法によれば、溶接対象が鉄ベースの合金であり、シールドガスとして不活性ガスを用いた場合であっても、アークを安定させることができるものである。一方、溶接対象となる母材8の材質が、非鉄である場合、シールドガスとして不活性ガスを用いた場合であっても、アークが不安定となることはない。
【0019】
次に、上述した溶接装置を用いた、本実施形態の溶接方法について説明する。
具体的には、先ず、シールドガス供給装置4から供給されるシールドガスの一部を分岐させて搬送用ガスとし、粉体溶接材料供給装置6内に貯留されている粉体溶接材料を搬送用ガスと共に、溶接ノズル1の上部及び中央部から当該溶接ノズル1内に導入する。これにより、溶接トーチ10では、溶接ノズル1の先端から、シールドガスともに粉体溶接材料をアーク中に噴出することができる。このように、溶接ノズル1の上部及び中央部の少なくとも一方からシールドガスとともに溶接ノズル1の内部に粉体溶接材料を供給し、これらを溶接ノズル1の先端からアーク中に噴出することにより、粉体溶接材料供給導管3等の機器が不要となり、効率的である。
【0020】
また、上述した溶接装置では、粉体溶接材料の一部を、シールドガスと共に、粉体溶接材料供給導管3にも導入する。これにより、粉体溶接材料は、粉体溶接材料供給導管3の先端から、シールドガスとともにアーク内に噴射される。このように、溶接ノズル1の外側に設けた粉体溶接材料供給導管3から、シールドガスともに粉体溶接材料をアーク中に噴出することにより、溶接ノズル1内においてシールドガス及び粉体溶接材料の供給経路が閉塞することを防止することができるため、粉体溶接材料の供給を安定して行うことができる。
【0021】
なお、本実施形態の溶接方法では、溶接ノズル1と粉体溶接材料供給導管3とを有する溶接トーチ10を用い、溶接ノズル1及び粉体溶接材料供給導管3の先端からそれぞれ粉体溶接材料を噴出する方法を一例として説明したが、これに限定されるものではない。粉体溶接材料供給導管3を有しない溶接トーチを用い、溶接ノズルの先端のみから粉体溶接材料をアーク中に供給してもよいし、粉体溶接材料供給導管3を有する溶接トーチを用い、粉体溶接材料供給導管3の先端のみから粉体溶接材料をアーク中に供給してもよい。
【0022】
粉体溶接材料としては、鉄を主成分とする粉体や、フラックスを含む粉体、あるいはこれらの混合物を用いることができる。鉄を主成分とする粉体としては、例えば、日本ウェルディングロッド社製「PM−3・2(粉体プラズマ溶接用パウダー)」が挙げられる。また、フラックスを含む粉体としては、例えば、日本ウェルディングロッド社製「WEL SUB F−8(サブマージアーク溶接用フラックス)」等が挙げられる。なお、後述するように、アーク内への粉体溶接材料の添加量は微量であるため、母材8の性質に大きく影響を与えることがない。そのため、溶接対象となる母材8の種類に応じて、粉体溶接材料の種類を変更する必要がない。
【0023】
また、粉体の粒径としては、10〜300μmの範囲であることが好ましく、15〜60μmの範囲であることがより好ましくい。上述した好ましい範囲であると、アーク中に供給された際にアーク熱で充分に溶融するために好ましい。
【0024】
また、アーク中への粉体の供給量としては、5g/min以上であることが好ましく、10g/min以上30g/min以下がより好ましい。粉体の供給量が10g/min以上であると、溶接電流値にかかわらずにアークを安定させることができるために好ましい。
【0025】
また、粉体を搬送するとともにアーク中に供給する不活性ガスとしては、シールドガスとして供給する不活性ガスの一部を用いる、すなわち、同一成分の不活性ガスを用いることができる。
【0026】
粉体溶接材料は、母材8と溶接ワイヤ2間に発生しているアーク中に噴射されることにより、アーク熱で溶融されて溶着金属となる。この溶着金属となった粉体溶接材料は、シールドガスの流れに沿って下方に移動し、溶解した溶接棒と共に母材8上に生じる溶接プールの一部となる。
【0027】
ところで、一般に、アルゴンやヘリウムのような単原子分子ガスでは、アーク中でも解離とそれに伴う吸熱反応、すなわち熱的ピンチ力が生じない。すると、アークは溶接ワイヤの広い範囲、つまり上部からも発生して溶接ワイヤを溶融する。一方、電流経路が広いため、電磁ピンチ力は弱く、溶融した溶接ワイヤを切断、離脱させることができない。このため、ストリーミング移行と呼ばれる過剰な長さの液柱が形成され、溶接ワイヤ先端の溶融部がむちを打つように揺らいだ不安定なアークとなる。また、酸化力がないため、溶融金属上にスラグが形成されず、陰極点を求めてアークがふらつく(スラグが形成されると、その表面から電子が放出されやすいため、陰極点がスラグ表面に固定される)。その結果、得られる溶接ビードは、ワンダリング現象と呼ばれるビード蛇行を呈する。
【0028】
一方、粉体は溶接ワイヤよりも溶けやすく、粉体の蒸発によって生じた金属蒸気によりアークの経路が確保できるため、アークの硬直性が増加し、アークのふらつきが生じにくくなり、アークの安定性を高めることが出来る。また、粉体の蒸発によってアークが冷却されるため、いわゆるサーマルピンチ効果が生じ、アークが緊縮するとともに、アーク長が短くなる。
【0029】
すなわち、本実施形態の溶接方法によって得られる効果は、以下の通りとなる。
(1)高品質溶接金属
鋼中、酸素量が増えると脆化しやすくなる。また、ステンレス鋼では炭素が増えると耐食性が低下する。本実施形態の溶接方法では、シールドガスとして炭酸や酸素を全く用いないことから、アーク中で解離された炭素や酸素が溶接金属中に移行しないため、清浄度の高い溶接金属が得られる。
【0030】
(2)スラグレス・美麗なビード外観
スラグとは、溶融池内でSiやMn,Tiなどが酸化されて生成された化合物である。シールドガスに純Arを用いる本実施形態の溶接方法では、シールドガス中に酸素を含まないため、スラグを極めて少なくすることが可能である。また、シールドガスとして純Arガスを用いるため、ビード表面が酸化されにくく、光沢のある外観が得られる。
【0031】
(3)高速・高能率
サーマルピンチ力によってアークが緊縮し、適正電圧が増加するため、入熱が増加するとともに、熱を集中することが出来、溶け込みを増やすことが出来る。また、粉体供給によって溶着量を増やすことが出来るため、溶接速度及び作業効率を向上させることが出来る。
【0032】
以上説明したように、本実施形態の溶接方法によれば、不活性ガスをシールドガスとして用いて、鉄系材料をミグ溶接する際に、アーク中に鉄を主成分とする粉体を供給しながらミグ溶接を行うため、新たに専用の設備を必要とすることなく、優れた品質及び外観の溶接部を得ることができるとともに、溶接速度が速く、作業効率にも優れる。
【0033】
なお、本発明の技術範囲は上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0034】
以下に、具体例を用いて、本発明の効果を示す。
図1に示す溶接装置を用いて、以下の条件でビードオン溶接を行った。
【0035】
<検証試験1>
(施行条件)
・母材:SM490A(黒皮付き)
・溶接条件:290A−30V−25cm/min
・溶接ワイヤ:神鋼SEA−50(φ1.2mm)
・粉体供給量:10g/min
・シールドガス種:Ar−20%CO
2、Ar−5%CO
2、Ar(粉体MIG)
・シールドガス流量:20L/min
・粉体供給装置:テクノスアーク社PDF−20D5M(ガス圧送ローター回転制御)
・粉体キャリアガス流量:5L/min
・使用粉体:日本ウェルディングロッド社製「PM−3・2(粉体プラズマ溶接用パウダー)」
【0036】
シールドガス種の違いによる溶接結果を
図2及び
図3に示す。ここで、
図2は、ビード外観、及びビード断面形状を示している。また、
図3は、溶接金属中に含まれる酸素量を分析した結果を示している。
【0037】
図2に示すように、ビード外観を比較した結果、シールドガス中の炭素濃度の減少に伴い、表面のスラグが減少し、美しいビード外観が得られることがわかった。
【0038】
また、
図2に示すように、ビード断面形状を比較した結果、本発明の溶接方法は、純アルゴンをシールドガスに用いた割には溶け込み量が大きいことがわかった。
【0039】
図3に示すように、溶接金属中に含まれる酸素量を比較した結果、シールドガス中の炭酸濃度とともに溶接金属中の酸素濃度(酸素分は、シールドガスとして用いた炭酸が原因)は順調に減っており、本発明の溶接方法が溶接金属中の酸素量低減に有効であることがわかった。
【0040】
<検証試験2>
(施工条件)
・母材:SM490A(黒皮無し)
・溶接条件:290A−29V−25cm/min
・溶接ワイヤ:神鋼SEA−50(φ1.2mm)
・粉体供給量:20g/min
・シールドガス種:Ar−20%CO
2、Ar−5%CO
2、Ar(粉体A)、Ar(粉体A+粉体B)
・シールドガス流量:20L/min
・粉体供給装置:テクノスアーク社PDF−20D5M(ガス圧送ローター回転制御)
・粉体キャリアガス流量:5L/min
・使用粉体:下記の2つの粉体を混合して使用
・ノズル供給位置:溶接ノズル1中間部分
A:日本ウェルディングロッド社製「PM−3・2(粉体プラズマ溶接用パウダー)」
B:日本ウェルディングロッド社製「WEL SUB F−8(サブマージアーク溶接用フラックス)」
【0041】
なお、粉体の供給位置は溶接ノズル1の上流側、溶接ノズル1の中間部分、溶接ノズル1の出口の何れでも良い。また、溶接ノズル1の上流側、及び溶接ノズル1の出口から粉体を供給する等、紛体の供給位置を溶接ノズルの異なる位置に複数カ所設置しても良い。
【0042】
シールドガス種の違いによる溶接結果を
図4及び
図5に示す。ここで、
図4は、ビード外観、及びビード断面形状を示している。また、
図5は、溶接金属中に含まれる酸素量を分析した結果を示している。
【0043】
検証試験2では、シールドガスに混合粉体を用いることでアークの安定度が向上し、アーク長を短くしても短絡が生じにくくなった。そこで、検証試験1の施行条件に比べて電圧を1V低減させた。これにより、
図4に示すように、検証試験1の施工条件よりもビード幅が小さくなっていることが確認された。
【0044】
得られた結果をまとめると以下の通りである。
(1)シールドガス中の炭酸濃度とともに溶接金属中の酸素濃度は順調に減っており、本発明の溶接方法が溶接金属中の酸素量低減に有効であることがわかった。また、母材の表面の黒皮を剥離した場合、更に酸素濃度が低下することが示唆された。
(2)本発明の溶接方法は、溶け込み量も純アルゴンをシールドガスに用いた割には大きいことがわかった。また、粉体供給によりアーク長が詰まり、適正電圧が増加した。
(3)シールドガス中の炭素濃度の減少に伴い、表面のスラグが減少し、美しいビード外観が得られることがわかった。