特許第6442839号(P6442839)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6442839耐湿熱性ガスバリアフィルムおよびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6442839
(24)【登録日】2018年12月7日
(45)【発行日】2018年12月26日
(54)【発明の名称】耐湿熱性ガスバリアフィルムおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 9/00 20060101AFI20181217BHJP
   C23C 14/20 20060101ALI20181217BHJP
   C23C 14/02 20060101ALI20181217BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20181217BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20181217BHJP
【FI】
   B32B9/00 A
   C23C14/20 A
   C23C14/02 A
   C23C14/08 A
   C23C14/24 J
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-47206(P2014-47206)
(22)【出願日】2014年3月11日
(65)【公開番号】特開2014-223788(P2014-223788A)
(43)【公開日】2014年12月4日
【審査請求日】2017年2月22日
(31)【優先権主張番号】特願2013-92131(P2013-92131)
(32)【優先日】2013年4月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000222462
【氏名又は名称】東レフィルム加工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100182785
【弁理士】
【氏名又は名称】一條 力
(72)【発明者】
【氏名】福田 和生
(72)【発明者】
【氏名】室伏 義郎
(72)【発明者】
【氏名】内田 卓志
(72)【発明者】
【氏名】田中 範夫
【審査官】 赤澤 高之
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2003/009998(WO,A1)
【文献】 特開2006−142494(JP,A)
【文献】 特開2005−335109(JP,A)
【文献】 特開2006−056092(JP,A)
【文献】 特開2007−196550(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0011194(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00− 43/00
C23C 14/00− 14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエステルフィルムの少なくとも片面の表層に高速イオンを照射することができるリニア型アノードレイヤータイプのイオン源による高速イオンの照射により設けられた改質層が設けられ、その上に金属酸化物層、保護層がこの順で設けられ、135℃30分間のレトルト処理後における改質層と金属酸化物層間の低速ウェット密着強度が1N/15mm以上である耐湿熱性ガスバリアフィルム。
【請求項2】
金属酸化物層が酸化アルミニウムからなる請求項1に記載の耐湿熱性ガスバリアフィルム。
【請求項3】
改質層の厚さが、10nmから200nmである請求項1または2に記載の耐湿熱性ガスバリアフィルム。
【請求項4】
真空槽内でポリエステルフィルムに連続的に金属酸化物層を形成する真空蒸着装置において、該フィルムの巻き出し部と金属酸化物層蒸着部との間に設置され、該フィルムの幅方向に沿って直線部が伸びるレーストラック形状の間隙を有するカソードとその隙間背後のアノードからなり、該間隙の幅方向に磁力線が渡っており、該カソードに対して該アノードに正の電圧を印加することでアノード前面の空間にプラズマを発生させるとともに、該間隙より該フィルムの幅方向の全幅に同時に高速イオンを照射することができるリニア型アノードレイヤータイプのイオン源により該フィルムの少なくとも片面の表層の組成を変化させて改質し、引き続き金属酸化物層を形成し、さらにその上に保護層を形成することを特徴とする耐湿熱性ガスバリアフィルムの製造方法。
【請求項5】
リニア型アノードレイヤータイプのイオン源によりポリエステルフィルムに照射される高速イオンの平均エネルギーEaが100eV〜2keVの範囲にあり、該高速イオンによるイオン電流I(A)、ポリエステルフィルムの送り速度v(m/s)、該フィルムの幅 W(m)から、Ea×I/(v×W)の式で求められる照射エネルギー密度(J/m)が20〜800J/mの範囲にある請求項4に記載の耐湿熱性ガスバリアフィルムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐湿熱性ガスバリアフィルムおよびその製造方法に関する。さらに詳細には、それを用いた包装用積層フィルムが、強いレトルト処理後も優れたガスバリア性能を保持し、食品等の内容物の変質や劣化を抑制することができる耐湿熱性ガスバリアフィルムおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルムの基材フィルムに真空蒸着法等の形成手段により、アルミニウム、酸化アルミニウムや酸化珪素などの金属や金属酸化物薄膜を形成したガスバリア性フィルムが包装材料として使用されている。このガスバリア性フィルムを積層した食品用包装材料は、ガスバリア性、耐水性、耐湿性に優れ、ボイル・レトルト耐性、環境対応性にも優れた包装材料として好適に使用されている。なかでも金属酸化物薄膜を形成したものは、透明性により内容物が視認できる上、電子レンジ適性による利便性から広範に使用されている。
【0003】
これらガスバリア性フィルムを構成している基材フィルムには、前述した二軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルムに代表されるポリエステルフィルムが、耐熱性、寸法安定性、厚さの均一性などに優れているため好適に用いられている。特に、ボイル・レトルト適性にも優れた包装材料として好適に使用可能にするために、基材フィルムであるポリエチレンテレフタレートフィルムと酸化アルミニウムや酸化珪素などの金属酸化物からなる蒸着薄膜層との間の密着強度を高め、デラミネーションの発生やガスバリア性能の劣化を防止することが性能向上の有力な手段である。
【0004】
そのために、基材フィルムであるポリエチレンテレフタレートフィルムの前処理としてグロー放電処理、プラズマ処理、コロナ処理、マイクロウェーブ処理などがなされたり、または無機物との接着性の良いポリエステル、アクリル、ウレタン樹脂などからなる下地層をコーティングにより形成することが行われていた(特許文献1)。
【0005】
ところで食品の安全性への高い要求により、より強いレトルト処理条件による加熱殺菌処理が行われるようになってきている。最近では135℃以上の温度による加熱殺菌処理(ハイレトルト処理)によっても、密着強度やガスバリア性能が劣化せず、1g/(mday)以下の水蒸気透過率、0.5cc/(mday・atm)以下の酸素透過率を保持できるフィルムが必要となっており、従来の密着力向上処理では不十分となってきている。
【0006】
特許文献2には、プラズマによるリアクティブイオンエッチングを用いて官能基をフィルム表面に付与する方法が開示されているが、135℃でのレトルト処理後のガスバリア性能は達成されていない。またレトルト用途の包装材料の実用評価において、ウェット状態で50mm/minという低速での剥離強度が必要とされるが、従来の方法では十分な値が得られなかった。
【0007】
ところで、フィルム基材の表面処理技術としていわゆるプラズマ処理が一般的であったが、プラズマ処理よりも高いエネルギーのイオンを照射する方式が注目されており、非特許文献1には大面積基板への対応が可能なリニアイオン源に関する開示があるが、具体的な応用が課題であった。特許文献3には、プラスチックフィルムにイオン注入層が形成され、その上にガスバリア層、透明導電層が形成された透明導電性ガスバリアフィルムが開示されているが、耐湿熱性に優れたガスバリアフィルムを目的とするものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−210208号公報
【特許文献2】特開2007−196550号公報
【特許文献3】特開2008−270115号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】佐々木徳康他「リニアイオン源の開発」ULVAC TECHNICAL JOURNAL、No.63 2005、p.26
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような従来技術の問題点を解決しようとするものであり、強いレトルト処理条件による高湿熱状態を経過後も金属酸化物膜の密着強度やガスバリア性能が維持できる耐湿熱性ガスバリアフィルムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、ポリエステルフィルムの少なくとも片面の表層に高速イオンを照射することができるリニア型アノードレイヤータイプのイオン源による高速イオンの照射により設けられた改質層を設け、その上に金属酸化物層、保護層を順次設け、135℃30分間のレトルト処理後における改質層と金属酸化物層間の低速ウェット密着強度が1N/15mm以上であるとすることで上記課題を解決できることを見出した。
【0012】
また、この耐湿熱性ガスバリアフィルムの製造方法として、真空槽内でポリエステルフィルムに連続的に金属酸化物層を形成する真空蒸着装置において、該フィルムの巻き出し部と金属酸化物層蒸着部との間に設置され、該フィルムの幅方向の全幅に同時に高速イオンを照射することができるリニア型アノードレイヤータイプのイオン源により該フィルム表層の組成を変化させて改質し(本願で改質とはこのように組成が変化することをいう)、引き続き金属酸化物層を形成し、さらにその上に保護層を形成することを特徴とする耐湿熱性ガスバリアフィルムの製造方法を開発した。
【発明の効果】
【0013】
本発明の耐湿熱ガスバリアフィルムを使用した包装用積層フィルムは、ハイレトルト処理によっても密着強度やガスバリア性能の劣化が小さく、内容物の長期の保管を可能とする信頼性の高い包装材料とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の耐湿熱性ガスバリアフィルムの構成である。
図2】本発明に用いられる製造装置の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1に本発明の耐湿熱性ガスバリアフィルムの構成を示す。ポリエステルフィルム1の表層に改質層2が形成されており、その上に金属酸化物層3、保護層4が順次形成される。
【0016】
図2には本発明の耐湿熱性ガスバリアフィルムの製造方法に用いる製造装置の蒸着機の一例を示す。ポリエステルフィルムは巻き出しロール13から出て、高速イオンを発生するリニア型アノードレイヤータイプのイオン源17の前で高速イオンを照射されて通過し、冷却ドラム15に巻かれて蒸発源の上を通過する際に、金属酸化物層が蒸着される。その後、巻取りロール14に巻き取られる。ポリエステルフィルム1の背面側のイオン源に対向する位置にイオン電流測定用電極18を設けることで、ポリエステルフィルムをイオン源の前に通さない状態でイオン電流とイオンのエネルギー分布を測定することができる。イオン電流測定用電極はポリエステルフィルムの前面側に設けても良く、測定後は取り除くか、ポリエステルフィルムへの高速イオン照射の妨げにならない位置に機械的な機構により待避することで、高速イオン照射を実施することができる。
【0017】
本発明におけるポリエステルフィルムのポリエステルとは、カルボン酸とアルコールによるエステル結合を有するポリマーの総称であるが、ジカルボン酸とジオールの縮合重合体が代表的なものであり、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)などが工業的に安価に製造されている。中でもPETは成形性や物性バランスが優れており、常法により二軸延伸されたフィルムは包装材料として広く用いられている。
【0018】
これまでのプラズマ処理においては、大気圧のコロナ放電や減圧下の低温プラズマなどにフィルム表面を暴露して表面にのみ官能基を付与し、形成された官能基と蒸着された金属や金属酸化物との化学的な結合により密着力を向上させる効果が重要であったが、本発明においては、フィルムの少なくとも片面の表層に高速イオンを照射して表層を改質することでレトルト処理後のガスバリア性能の安定化を図るものである。実際、高速のイオンが照射されることで、そのエネルギーにより高分子の一部が分解され、分子鎖中の酸素や水素が排除されることで炭素リッチな層が形成されると推定される。135℃といった高温のハイレトルト処理条件下においては、従来のプラズマ処理による化学結合の効果がポリマー鎖の動きによって減衰するのに対して、高速イオンにより形成された炭素リッチな層は耐熱性に優れることから高温においても動きにくく、金属酸化物層との結合を強固に保ち、金属酸化物層の密着性を確実なものとするものと考えられる。
【0019】
保護層は、金属酸化物層の上に積層され、それ自身のガスバリア性能により金属酸化物層のピンホールなどの欠陥部分を補ってガスバリア性能をさらに強化する。また耐熱性に優れたものであることが好ましく、レトルト処理による高温下で金属酸化物層を保護することができる。さらに加工時には、金属酸化物層が過剰な屈曲・延伸・擦過などによりひび割れてガスバリア性能が劣化するのを機械的に防ぐことができる。
【0020】
保護層は、このような機能のためにガスバリア性能に優れていることは勿論、透明性、耐熱性・耐湿性・機械的強度が高く、金属酸化物との密着性が良いものが好ましい。ガスバリア性能に優れた樹脂としては、ポリアクリロニトリルに代表されるニトリル基を有するポリマーやポリビニルアルコール(PVA)などのポリマー鎖間の結合が強い、いわゆるフリーボリュームの小さい樹脂があげられる。これらの樹脂は塗工性や耐熱性・耐水性を考慮して、溶媒可溶性のアクリル樹脂であってニトリル基や水酸基を有し、塗工後に水酸基をイソシアネートで架橋したものを用いることができる。また、PVA系の水溶性樹脂と金属アルコキシドを縮重合させた液を塗布乾燥させた有機無機ハイブリット膜は特に好ましく用いることができる。これら保護層はグラビアロールコートなどの常法により金属酸化物層上に積層される。
【0021】
この様にして上下両面で金属酸化物層を保護することで、ハイレトルト処理による高温高湿状態を経過後のガスバリア性能と密着強度の劣化を防止することができる。
【0022】
本発明におけるポリエステルフィルムの少なくとも片面の表層には、金属酸化物層の形成に先立ち、高速イオンの照射による改質層が形成される。通常の低圧プラズマ処理(あるいはグロー放電処理)においてもイオン照射による表層の改質が行われるが、この場合のイオンのエネルギーは0.1〜数eV程度とされており、表層の改質の効果は表層のみに限定されている。
【0023】
本発明においてポリエステルフィルムの片面の表層を改質する厚さは、10nmから200nmが好適である。10nm以下では期待する効果が得難い。200nmを超える場合には表面層の改質が進みすぎて着色も出て、透明フィルムとしての品質が低くなる。また、改質層の強度が失われる結果、密着強度が弱くなる。200nm以下とすることで、生産性よく、過剰な処理による着色を生じることなく透明な改質層を得ることができ好ましい。
【0024】
上記の適切な改質層の厚さを得るためには、好ましくは100eV以上の高速イオンを照射することが重要である。
【0025】
照射する高速イオンのエネルギーは、イオン源の機構によって特徴的な分布を持つ。一般的なイオン源では、プラズマを発生させる機構、プラズマからイオンを引き出す機構、および引き出したイオンに加速電圧をかける機構が独立しており、加速電圧に従ったシャープなエネルギー分布を持つ高速イオンを得ることができる。一方で、後述するアノードレイヤータイプのイオン源では、上記の機構が独立でないためにイオンのエネルギーに分布が生じる。
【0026】
イオンの持つエネルギーにより加重平均した平均イオンエネルギーは100eV〜1keVの範囲とすることが好ましい。100eV以上とすることで、ポリエステルフィルムの表層の改質の効率を高くすることができる。平均イオンエネルギーが150eV程度から改質層がより効率よく形成されるようになり、300eVでは充分効率よく形成される。これより平均イオンエネルギーを高くして、1keV程度までは適切な領域となる。これを超えると処理としては過剰になるとともに、改質層を形成するだけでなく、高いエネルギーにより改質層もエッチングされて生産性の無駄を生じる。また、改質層の黒色の着色のため、透明な包装材として使用する際の制約が生じることがある。
【0027】
本発明においてポリエステルフィルム表層の改質の程度は、以下のパラメータにより調整できる。イオンのエネルギーは、1個のイオンがポリエステルフィルム表層に与えるエネルギーを意味する。イオン電流は、照射されるイオン粒子により流れる電流であり、改質のために入射する時間当たりのイオンの数に対応する。フィルムを送りながら処理する場合、フィルムの幅と送り速度の積が単位時間当たりの処理面積である。ポリエステルフィルムの表層改質の程度は、イオンの平均エネルギーEaとイオン電流Iの積である電力値を、単位時間当たりの処理面積で割って、単位面積あたりの照射エネルギー値(以下照射エネルギー密度)(J/m)として、Ea×I/(v×W)で表される。ここで、フィルムの送り速度はv(m/s)、フィルムの幅はW(m)である。
【0028】
この照射エネルギー密度については20J/mから800J/m範囲が本発明においては好適な領域である。20J/m以上とすることで十分な表層改質効果を得ることができ、800J/m以下とすることで過度な処理をすることなく、褐色の着色のない無色透明なポリエステルフィルムの改質層とすることができる。
【0029】
上述のような適切な照射エネルギー条件は、イオン源に導入するガスの流量や動作圧力、動作電圧などのパラメータを調整し、フィルムの送り速度を適宜選択することで達成できる。
【0030】
イオン照射に際して、電子シャワーによる電荷の中性化を行うと、照射されたイオンが形成する電場がその後から照射されるイオンに対して斥力となることを防止して効率的な照射が行えるようになる。イオンビームの進路にフィラメントを設置して電流を流すと熱電子が放出されて、イオンビームの電荷を中和する。また、チャージアップしたフィルム面があれば電場に引かれて電子が到達し、フィルム面の電荷を中和する。フィラメント交換のメンテナンスが装置の保全の効率を落とす場合は、RF放電によるプラズマよりメッシュ状の引き出し電極を用いて電子のみを引き出し、フィルム面に照射ても良い。
【0031】
照射するイオンの種類は特にこだわらないが、食品包装用として問題のない無害なイオン種から選択すればよく、室温で気体であるものは取り扱い性に好適であり、希ガスの他に窒素、酸素、水素、二酸化炭素などのガスイオンは実用性の面で適している。その中でもコスト的に酸素、窒素、アルゴンのイオンは有利である。
【0032】
金属酸化物層は酸化アルミニウムによるものが性能と生産性の観点から適しているが、これに限らず、酸化ケイ素、酸化亜鉛、酸化マグネシウム、酸化チタンなどでも良い。また、酸化アルミニウムには、化学的安定性を高めたりバリア性の最適化のため、酸化ケイ素など他の酸化物を多元蒸着により混入させても良い。他に、金属酸化物層は透明無機物層であれば有効であり、窒化物であっても良い。
【0033】
本発明の高速イオンの照射に用いるイオン源の形状は、走行させるポリエステルフィルムの幅方向に均一にイオンの照射が可能であって、金属酸化物層を蒸着により形成するための蒸着装置内に設置できるコンパクトなものが望ましい。一般的なイオン源によるイオンビームの形状は円形であり、フィルム幅方向に均一なイオンビームとするには幅方向に複数のイオン源を配置して使用することができるが、複数のイオン源間の干渉の影響や、イオンビームの幅方向の均一性に課題がある。一方で細長いという意味のリニア型と呼ばれるイオン源は、1台のイオン源の長手方向をフィルム幅方向に配置することで、フィルムの幅方向に均一な処理を行うことができることから好ましく用いることができる。
【0034】
このリニア型の代表的なものが、非特許文献1で解説されているアノードレイヤー型のものである。すなわちレーストラック状の間隙部の間隙幅方向に磁場を形成し、開口部背面に配置されたアノードに間隙部(カソード)に対して正の電圧を印加し、間隙部磁場に基づく電子のホール運動によりプラズマを強化するとともにイオンの加速を行う方式のイオン源である。イオン発生部であるレーストラック形状をフィルムの幅方向に長く伸ばすことでリニア形状が得られ、フィルム幅方向に均一な高速イオン照射を行うことができる。
【0035】
高速イオン照射のためのイオン源内部の真空度はプラズマを維持し、大電流のイオンを取り出すために一定圧力以上としなければならず、一方引き出された高速イオンはポリエステルフィルムに照射されるまでに残留ガスとの衝突でエネルギーを失わないようイオン源外部の圧力は低く設定されることが好ましく、0.1Pa以下の圧力とすることが好ましい。
【0036】
本発明においては、真空槽内でポリエステルフィルムに連続的に金属酸化物層を形成する真空蒸着装置を用い、該フィルムの巻き出し部と金属酸化物層蒸着部との間に設置され、該フィルムの幅方向の全幅に同時に高速イオンを照射することができるリニア型アノードレイヤータイプのイオン源により該フィルム表層を改質し、引き続き金属酸化物層を形成することを特徴とする耐湿熱性ガスバリアフィルムの製造方法とするが、上記イオン源の動作環境を整えるため、イオン源部分を囲って内部をそれ用の排気システムで排気を行う差動排気を行なうことも有効である。
【0037】
イオンの残留気体との衝突は、イオン源とポリエステルフィルムが近いほど減少できるので、イオン源のイオン引き出し開口部とフィルム間は15cm以下に近づけることが望ましい。
【0038】
本発明の耐湿熱性ガスバリアフィルムは、135℃30分間のレトルト処理後における改質層と金属酸化物層間の低速ウェット密着強度が1N/15mm以上である。低速ウェット密着強度とは、剥離部分に水を供給しながら引っ張り速度60mm/min以下の低速で剥離する際の密着強度である。低速ウェット密着強度を1N/15mm以上とすることで、レトルト処理後の水蒸気透過率や酸素透過率を低く保つことができ好ましい。
【0039】
当発明により、高品質の耐湿熱性ガスバリアフィルムが高い生産性で製造できる。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を実施例を用いて、更に詳細に説明する。なお実施例及び比較例中の物性は次のようにして測定した。
【0041】
(1)全光線透過率
真空蒸着後のバリア性フィルムの全光線透過率(%)を、日本電色工業(株)製ヘイズメーターNDH2000により測定した。80%以上を透明包装材料として好適な範囲とした。
【0042】
(2)レトルト処理
東洋モートン(株)製ドライラミネート用接着剤AD−503タイプ20重量部、東洋モートン(株)製硬化剤CAT−10タイプ1重量部、および酢酸エチル20重量部を混合し、30分攪拌して固形分濃度19重量%のドライラミネート用接着剤溶液を調整した。次に本発明の耐湿熱性ガスバリアフィルムの保護層の面にバーコート法により上記接着剤溶液を塗工し、80℃で45秒間乾燥して3.5μmの接着剤層を形成した。接着剤層面に無延伸ナイロンフィルム東レフィルム加工(株)製「レイファン」(登録商標)NO1401タイプ(厚さ30μm)を重ね、富士テック(株)製「ラミパッカー」(LPA330)を用いてヒートロールを40℃に加熱して貼り合わせた。次に未延伸ポリプロピレンフィルム「トレファン」(登録商標)NO ZK100タイプ(厚さ70μm)を同じ方法で貼り合わせた。このラミネートフィルムを40℃に加熱したオーブン内で2日間エージングして接着剤を硬化させた。
【0043】
上記ラミネートフィルムから15cm角に切り出してカットサンプルを作成した。2枚のカットサンプルを未延伸ポリプロピレンフィルム面が対向するようにして重ね、ヒートシーラーを用いて3辺の端部10mmを熱シールして150mm角のパッケージを作成した。
【0044】
次にそのパッケージを、(株)トミー精工製オートクレーブ(SR−24タイプ)を用いて温度135℃で30分間レトルト処理した。
【0045】
(3)レトルト処理後の低速ウェット密着強度
レトルト処理後、パッケージを幅15mm、長さ150mmに切断してカットサンプルを作成し、(株)オリエンテック製「テンシロン」(PTM50タイプ)を使用して耐湿熱性ガスバリアフィルムとナイロンフィルム間を界面としてその界面に水を綿棒で塗工しながら、180°ピール法により、引っ張り速度50mm/minで剥離し強度を測定した。これらの測定を異なる2枚のカットサンプルを使用して行い、得られた値の平均値をレトルト処理後低速ウェット密着強度(N/15mm)とした。1N/15mm以上を合格とした。
【0046】
(4)レトルト処理後の酸素透過率
レトルト処理後、パッケージを幅100×100mmに切断したサンプルを作成し、酸素透過率(cc/(mday・atm))をJISK7126−2(制定2006年8月20日)に準じて、モダンコントロール社製酸素透過率測定装置OX−TRAN2/20を用いて、23℃、0%RHの条件にて測定した。サンプル3点の平均値を求めた。酸素透過率0.5cc/(mday・atm)以下を合格範囲内とした。
【0047】
(5)レトルト処理後の水蒸気透過率
レトルト処理後、パッケージを幅100×100mmに切断したサンプルを作成し、水蒸気透過率(g/mday)をJISK7129B(制定2008年3月20日)に準じて、モダンコントロール社製水蒸気透過率測定装置Permatran−W3/30を用いて、40℃、90%RHの条件にて測定した。サンプル3点の平均値を求めた。水蒸気透過率1g/mday以下を合格範囲内とした。
【0048】
(6)改質層の厚さの測定
改質層の厚さは、以下の方法で求めた。ポリエステルのイオンビーム処理を行った後、大気中に取り出して、TOF-SIMS分析(IONTOF社TOF−SIMS5)による分析を行った。
【0049】
一次イオン源(Arクラスターイオンビーム、2.5keV,0.35nA)でエッチングを行い、それぞれの深さでビスマス液体金属(Bi、10keV,0.5pA)を照射して得られる二次イオンである分子片(フラグメント) をカウントした。フラグメントの質量から対応する分子式を特定し、エッチング時間に対する変化としてデータ集計した。エッチング時間に対するエッチング深さは、SiO換算で10sが1nmに相当するが、これに別途わかっているSiOに対するポリエチレンテレフタレートのエッチング速度比5倍を乗じてエッチング深さに換算した。
【0050】
改質層の厚さを求めるのには、C16とCのピーク面積の比を用いた。C16は、イオンの衝撃によりポリエステルの分子結合の一部が破壊し、大気中の窒素がポリエステルに取り込まれた成分に起因する。Cは、イオンビーム処理によっても変化が見られず表層から均等に分布している成分に相当する。強い原子結合を持つベンゼン環に起因すると思われる。イオンビーム処理が強く行われるほどにC16が多く検出されることを利用して、Cに対する比率を改質層の指標とする。この比率において、0.1以上となる領域を改質層として改質層の深さを定義した。
【0051】
(実施例1)
A.ポリエステルフィルムへの改質層と金属酸化物層の形成
連続巻き取り式蒸着機((株)アルバック製)のフィルム巻き出し部と蒸着部の間に、有効長1mのリニア型アノードレイヤータイプのイオン源(米Veeco社、ALS1000L)を、フィルム走行面から50mmの距離に設置した。イオン源用電源は、米グラスマン・ハイボルテージ社SHタイプを用いた。フィルム走行面からフィルム背面側に10mm遠ざかった位置に1m×200mmの水冷を施したイオン電流測定用の電極を設け、イオン源を動作させた状態で正のリターディング電圧を変化させながらイオン電流を測定した。リターディング電圧とイオン電流の関係から非特許文献1と同様にしてイオンのエネルギー分布からイオンの平均エネルギーEa(eV)を算出した。なお、リターディング電圧をかけない状態でのイオン電流I(A)も測定した。まずイオン源には酸素を80cc/min導入し、アノード電圧2kV、アノード電流860mAで動作させた。この際のイオンの平均エネルギーEaは0.6keVであり、イオン電流は650mAでることを確認した。実施例2以降においても同様にイオン源の動作条件でのイオンの平均エネルギーとイオン電流を事前に測定した。
【0052】
フィルム巻き出し部には、ポリエステルフィルムとして、包装用の二軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルム(東レ(株)製「ルミラー」(登録商標)P60、厚さ12μm、幅1000mm)をセットし、到達圧力3×10−3Paまで真空引きした。つぎに粒状アルミニウム(真空冶金(株)製、純度99.99%)の入ったるつぼを高周波加熱して、フィルムを4m/sの速度で走行させ、透過率モニターにてアルミニウム蒸着フィルムの透過率が10%となるように投入電力を調節して蒸発量を設定した。イオン源を上記条件で動作させて酸素イオンを照射し、蒸着部に酸素を導入して酸化アルミニウム層を形成した。この時のフィルム冷却ドラムの温度は−30℃であった。これにより、10nm厚の酸化アルミニウム層を形成した。この時の照射エネルギー密度は、0.6keV×650mA/(4m/s×1m)=98J/mであった。イオン源の横の真空槽の壁に取り付けたB−Aゲージ式圧力計で、真空度は2×10−2Paであった。
【0053】
B.保護層塗液の調製
保護層として塗布する樹脂はアクリル系共重合体であり、アクリロニトリル(AN)、2−ヒドロキシエチルメタクリレート(2−HEMA)およびメチルメタクリレート(MMA)の各モノマーをそれぞれ20:50:30の割合(質量%)で共重合したものを準備した。該共重合樹脂をメチルエチルケトン(MEK)、ピロメリット酸ジ無水物(PMDA)、プロピレングリコールモノメチルエーテル(PGM)酢酸プロピル、プロピレングリコールモノメチルエーテル(PGM)およびn−プロピルアルコールの混合溶剤に溶解させて固形分濃度が6.93質量%の共重合樹脂の溶液を得た。
【0054】
3−アミノプロピルトリエトキシシランをアセトンと水の混合溶媒に混合して2時間攪拌し加水分解させ固形分比率14.8%の溶液を得た。これをDIC(株)製キシレンジイソシアネートを主成分とする硬化剤HX−75(固形分濃度75質量%)、メチルエチルケトンと混合し、固形分11.8%の溶液を得た。この溶液103.8重量部と上記アクリル系共重合樹脂の溶液 144.5重量部を混合し、固形分濃度9.0%の保護層用のコーティング液を調整した。
【0055】
C.保護層の形成
上記フィルムの酸化アルミニウム層上に、上記保護層塗液を、ロール・ツー・ロールのダイレクトグラビアコーティング機にて、59線/cm、深度64μmの格子柄のグラビアロールを使用し、速度100m/minにて酸化アルミニウム層上にコーティングを行った後、乾燥炉で乾燥を行い、厚さ0.2μmの保護層を形成し、耐湿熱性ガスバリアフィルムを作成した。乾燥時のフィルム温度はヒートラベルにて140℃になるよう乾燥条件を設定した。このフィルムのレトルト後の各種特性を測定し、表1に記載した。
【0056】
(実施例2)
実施例1と同様の方法で、イオン源のアノード電圧を3kV、アノード電流1680mA、送り速度8m/sとした。イオンの平均エネルギーEaは0.9keVであり、イオン電流は1430mAであった。単位面積あたりの照射エネルギー密度は161J/mであり、特性は良好であった。
【0057】
(実施例3)
実施例1と同様の方法で、イオン源のアノード電圧を1kV、アノード電流390mA、送り速度3m/sとした。イオンの平均エネルギーは0.3keV、イオン電流は260mA、単位面積あたりの照射密度は26J/mであり特性は良好だった。
【0058】
(実施例4)
実施例1と同様の方法で、イオン源のアノード電圧を0.6kV、アノード電流210mA、送り速度3m/sとした。イオンの平均エネルギーは0.2keV、イオン電流は150mA、照射エネルギー密度は10J/mであった。耐水密着力は1N/15mm、酸素透過率が0.5cc/(mday・atm)、水蒸気透過率が1g/(mday)であり、何とか使用に耐えるレベルであった。
【0059】
(実施例5)
実施例1と同様の方法で、イオン源の電圧を3kV、イオン電流1680mA、送り速度1.5m/sとした。照射エネルギー密度は858J/mであった。耐レトルト性としては優れた特性であった。ただし高速イオン照射が強すぎたため、全光線透過率が79%と若干低めで褐色の着色があり、用途がやや限定される懸念があった。
【0060】
(実施例6)
実施例1において、保護層を下記の通り作製した。実施例1に比べても良好な結果が得られた。
【0061】
A.保護層塗液の調製
エチルシリケート40(多摩化学工業株式会社製)、イソプロピルアルコール、アセチルアセトンアルミニウム、イオン交換水からなる加水分解液を溶液1とする。ポリビニルアルコール水溶液、シランカップリング剤(東レ・ダウコーニング株式会社製エポキシシランSH6040、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン) 、酢酸、イソプロピルアルコール及びイオン交換水からなる混合液を溶液2とする。EVOH(エチレン共重合比率29%)をイソプロピルアルコールおよびイオン交換水の混合溶媒に溶解して溶液3とする。
【0062】
溶液3に溶液2を加えて攪拌した。次に溶液2を加えて攪拌し、無色透明のガスバリア性組成物を得た。
溶液1 エチルシリケート40 11.460 (wt%)
イソプロピルアルコール 17.662
アルミニウムアセチルアセトン 0.020
2O 13.752
溶液2 ポリビニルアルコール 1.520
シランカップリング剤 0.050
イソプロピルアルコール 13.844
2O 35.462
酢酸 0.130
溶液3 EVOH 0.610
イソプロピルアルコール 3.294
O 2.196
B.保護層の形成
上記フィルムの酸化アルミニウム層上に、上記ガスバリア性組成物をロール・ツー・ロールのダイレクトグラビアコーティング機にて、18線/cm、深度200μmの格子柄のグラビアロールを使用し、速度100m/minにて酸化アルミニウム層上にコーティングを行った後、乾燥炉で乾燥を行い、厚さ0.25μmの保護層を形成し、耐湿熱性ガスバリアフィルムを作成した。乾燥時のフィルム温度はヒートラベルにて100℃になるよう乾燥条件を設定した。
【0063】
(比較例1)
実施例1において、イオン照射を行わずに酸化アルミニウム層を蒸着した以外は、実施例1と同様に保護層を形成し、作成した。
【0064】
(比較例2)
実施例1において、銅をターゲットとするマグネトロンカソードを1Paの酸素中で高周波にて放電させて発生させたプラズマ中をフィルムを通過させてイオンビームに代わる表面処理とした。カソードの形状は1.3m×100mmで、放電時の電圧、電流は320V、9.2Aとした。それ以外は実施例1と同様に酸化アルミニウム層を蒸着し、保護層を形成し、作成した。
【0065】
(比較例3)
実施例1において、保護層を形成しないこと以外は実施例1と同様に作成した。
【0066】
【表1】
【符号の説明】
【0067】
1 ポリエステルフィルム
2 改質層
3 金属酸化物層
4 保護層
11真空槽
12真空ポンプ
13巻き出しロール
14巻き取りロール
15冷却ドラム
16蒸発源
17イオン源
18イオン電流測定電極
19イオン源動作用電源
図1
図2