(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
調整ラインに関して説明する前に、まず、調整ラインを持たない基本的な特性モデルを中心として説明する。
【0011】
図1は、粘弾性材料構成則(特性モデル)の基本構成を模式的に示す図である。
本図に示す特性モデルでは、弾性率G0の弾性要素と、弾性率Gi(i=1〜N、Nは自然数)の弾性要素と粘性係数ηiの粘性要素とが直列接続された複数の粘弾性要素とが並列接続される。本実施形態においては、弾性率G0の弾性要素のみを含むラインも基本ラインとよぶ。すなわち、
図1では、N本の基本ラインが並列接続されている。複数の基本ラインを組み合わせた特性モデルは、タイヤやゴムブッシュなどのゴム部品の動特性を表すためのモデルとして用いられる。
【0012】
ここで、並列接続される基本ラインの剛性割合をγi(i=0〜N)、粘弾性要素における緩和時間をτi=ηi/Giとすると、この粘弾性材料モデルにおける時刻tでの応力Sは、下記の式(1)、(2)により表される。
【0014】
式(1)において、Sは、第2Piola−Kirchhoff応力を示し、上付き記号を有するS○は、粘性力成分を除去した弾性成分のみの応力であることを示す。Jは、粘弾性材料の体積変化率を示す。体積変化率Jは、ある物質点における変形前と変形後の位置の線形変換の関係を示す変形勾配テンソルFのデターミナント(det)を用いて、J=det[F]により表される。演算子DEVは、右Cauchy−GreenテンソルC=FT・Fを用いて、下記式(3)で表される。なお、式(3)における[・]は、演算子DEVの演算対象となる変数を表す。
【0016】
また、Qiは、それぞれの粘弾性要素における粘性力を示し、式(1)におけるQiは式(2)に示す発展方程式により表される。式(2)において、
【0018】
は、超弾性体におけるひずみポテンシャルエネルギーの偏差成分を表す。また、
【0020】
は、体積成分を除去した修正右Cauchy−Greenテンソルであり、式(4)で表される。
【0022】
上記の式(1)、(2)により表される第2Piola−Kirchhoff応力Sは、積分因子exp(t/τi)を用いた畳み込み積分形式を積分することで、下記の式(5)に示す積分形で表すことができる。
【0026】
は、ひずみポテンシャルエネルギーの体積成分である。また、g(t)は、緩和関数であり、上記の式(6)により表される。
【0027】
ここで、時間tの関数として表される式(5)を下記の式(7)に変形することで、時刻tn+1における第2Piola−Kirchhoff応力Sn+1を得ることができる。なお、計算ステップnにおける関数を(・)n、計算ステップn+1における関数を(・)n+1と表記している。
【0031】
は、中点定理を用いて[tn,tn+1]の時間間隔で積分した近似解として得られる中間関数であり、下記式(8)で表される。
【0035】
は、下記式(9)、(10)で定義される。
【0037】
なお、式(9)は、Kirchhoff弾性応力
【0041】
により定義することにより、下記式(12)により表すこともできる。
【0043】
また、Kirchhoff応力テンソル
【0045】
は、第2Piola−Kirchhoff応力Sn+1を用いて下記の式(13)により表すことができる。
【0047】
したがって、式(7)、(13)より、Kirchhoff応力テンソルを下記の式(14)により表すことができる。
【0049】
なお、式(14)における演算子devは、下記の式(15)により定義される。なお、式(15)における(・)は、演算子DEVの演算対象となる変数を表す。
【0051】
また、式(14)における緩和関数g
*は、下記の式(16)により定義される。
【0055】
を計算ステップ毎に保持することにより、Kirchhoff応力テンソルの値を数値解析により得ることができる。なお、上述の式変形の詳細については、例えば、非特許文献1に記載される。
【0056】
本実施形態では、
図1に示す特性モデルにおいて、粘弾性要素の減衰特性を表す緩和時間τiを歪速度に依存した変数とすることにより、振幅依存性の再現性を高めている。振幅依存性の精度を高める手法として、緩和時間τiを歪速度のべき関数とすることが有効である(特許文献1)。本実施形態では、下記式(17)に示す関係式を満たす緩和時間τiを用いる。
【0060】
は、偏差成分を除去したGreen−Lagrangeひずみテンソルであり、修正右Cauchy−Greenテンソル
【0062】
を用いて下記の式(18)で表される。
【0066】
は、歪速度であり、歪テンソルの時間微分値を表す。また、
【0068】
は、歪速度の大きさを表し、3次元の歪テンソルを用いる場合には、下記式(19)により表される。
【0070】
なお、べき数miおよび比例定数1/Aiは、本実施の形態で導入する値であり、調和振動試験の試験結果を用いて後述する関係式により導出される。
【0071】
つづいて、式(17)に示す緩和時間τiの導入に際し、数値解析上必要となる式の変形について述べる。上述の式(14)を用いてKirchhoff応力を算出するためには、緩和時間τiを含む式を変形する必要がある。具体的には、式(8)を下記の式(20)に、式(9)を下記の式(21)に変形すればよい。
【0073】
ここで、緩和時間τiの関数は、下記の式(22)、(23)により定義される。
【0075】
なお、式(20)の右辺第2項および式(21)における緩和時間τiとして式(23)を用いるのは、中点定理を用いて[tn,tn+1]の時間間隔で積分した近似解を用いたためである。
【0076】
次に、本実施の形態に示す特性モデルにおける材料定数の同定方法について述べる。
【0077】
図2は、調和振動試験における試験条件を示す図である。
本図は、横軸を時間tとして、予歪Epre、振幅ε、周波数ωのとした場合における粘弾性材料の試験体に加振される歪みE=Epre+εsin(ωt)のグラフを示す。このような歪みEを加振した場合における試験体の動的弾性率Gを測定することにより、下記式(24)の関係を用いてべき数miを導出できる。
【0079】
なお、式(24)は、
図2に示す調和振動試験の入力に対して、式(2)に式(17)を代入した発展方程式である下記式(25)を解くことにより得られる。
【0081】
図3は、べき数miの算出方法を模式的に示すグラフである。
本図は、調和振動試験において加振する振幅εの対数値log(ε)を横軸として、予歪Epreおよび周波数ωを変化させたときの試験結果値である動的弾性率Gの対数値log(G)をプロットしたものである。グラフ上の近似線L1は、予歪Epre1と周波数ω1に対して、振幅の値ε1〜ε3を変化させたときのプロット値に対応する傾きl1の近似線である。同様に、近似線L2、L3は、予歪Epre2、Epre3と周波数ω2、ω3に対して、振幅の値ε1〜ε3を変化させたときのプロット値に対応する傾きl2、l3の近似線である。式(24)の両辺に対数をとることにより、下記式(26)を得ることができることから、この傾きliからべき数miを得ることができる。
【0083】
式(26)より、べき数はmi=−1−liの関係式により得ることができる。なお、式(26)におけるαは、
図3に示す近似線の切片を示す。これにより、調和振動試験における加振周波数ωiに対応するべき数miを得ることができる。なお、
図3に示す振幅εの値は例示であり、べき数miを得るために4以上の振幅εの値を用いてもよいし、振幅εの値を2としてよい。
【0084】
なお、べき数miの値が加振周波数ωiによってそれほど変化しない場合には、それぞれの周波数に対応するmiを得る代わりに、それぞれのmiの平均値として得られる共通のべき数mを用いることとしてもよい。共通のべき数mを用いることにより、周波数ごとに異なるべき数miを用いる場合と比べて、計算負荷を減らすことができる。
【0085】
また、比例定数1/Aiは、上記方法で得られたべき数miを用いて、下記式(27)の関係から得ることができる。上述のべき数miにおける導出方法と同様、式(27)における周波数ωiは、調和振動試験における加振周波数であり、この周波数を変化させることにより周波数成分ωiが異なるそれぞれの粘弾性要素に対応する比例定数1/Aiを得ることができる。
【0087】
べき数miおよび比例定数1/Aiを同定したあと、剛性割合γiを決めるための最適化処理を実行する。
【0088】
図4は、粘弾性材料特性解析装置100の機能ブロック図である。
粘弾性材料特性解析装置100の各構成要素は、任意のコンピュータのCPU、メモリ、メモリにロードされた本図の構成要素を実現するプログラム、そのプログラムを格納するハードディスクなどの記憶ユニット、ネットワーク接続用インタフェースを中心にハードウェアとソフトウェアの任意の組み合わせによって実現される。そして、その実現方法、装置にはいろいろな変形例があることは、当業者には理解されるところである。以下説明する各図は、ハードウェア単位の構成ではなく、機能単位のブロックを示している。
【0089】
粘弾性材料特性解析装置100は、計算部102、モデル格納部104およびモデル生成部106を含む。計算部102は、粘弾性材料の振動実験結果を取得し、べき数mi等の各種材料定数を同定する。モデル生成部106は、各材料定数に基づいて、粘弾性材料の特性モデルを生成し、モデル格納部104に格納する。
【0090】
図5は、粘弾性材料の特性解析処理過程を示すフローチャートである。
まず、粘弾性材料の振動実験を行い、計算部102は予歪Epre、周波数ω、動的弾性率G等の各種データを取得する(S12)。計算部102は、これらのデータに基づいてべき数miや材料定数Aiを上述の計算式に基づいて算出する(S14)。モデル生成部106は、剛性割合γiを求めるために最適化処理を実行する(S16)。最適化処理は既知のアルゴリズムの応用でよい。本実施形態における最適化処理では、ヒューリスティック法の一種である解適応焼きなまし法により剛性割合を求める。通常、この最適化処理は解が収束するまでに時間がかかる。
【0091】
図6は、本実施形態における特性モデル110(粘弾性材料構成則)の模式図である。
特性モデル110においては、弾性率G0の弾性要素のみを含む基本ライン112−0と、弾性率Giの弾性要素および粘性係数ηi(緩和時間τi)の粘性要素の双方を含む基本ライン112i(112−1〜112−N)に加えて、弾性率Gxの弾性要素および粘性係数ηx(緩和時間τx)の粘性要素を含む調整ライン114も並列接続される。調整ライン114を追加することにより、全基本ライン112の剛性割合と調整ライン114の剛性割合の合計値を1とすることでソルバに制約をかけることができるため、最適化処理を高速化できる。本発明者の実験では調整ライン114を導入することにより最適化処理に要する時間を約6割カットできる。
【0092】
調整ライン114は最適化処理の高速化のために便宜的に導入されるものであるから、特性モデル110への影響を極力抑える必要がある。本実施形態においては、材料定数(miやAiなど)が未知の状態で、シミュレートしたい粘弾性材料の振動実験を行って実験データを取得し、各基本ライン112および調整ライン114のべき数mi、比例定数1/Aiを同定する。最適化処理を簡潔にするため、すべての基本ライン112のべき数miは同一であるとしてもよい。たとえば、上述のように、各基本ライン112のmiの平均値として得られる共通のべき数m(以下、「共通べき数m」とよぶ)をすべての基本ライン112に適用してもよい。
【0093】
調整ライン114のべき数mxは、本実施形態においては−1に固定される。理由については後述する。調整ライン114の比例定数1/Axに含まれる材料定数Axは、100×Apに設定される。Apは、基本ライン112−0〜112−Nのうち、もっとも大きな材料定数Aである。定数Axを大きくすると、式(17)からも明らかなように調整ライン114の緩和時間τxは非常に小さくなる。緩和時間τxが小さいことは、粘弾性要素がほとんど効かないことを意味する。定数Axを大きくすることで、調整ライン114は特性モデル110の全体としての特性にほとんど影響しなくなる。歪速度が小さいときには、緩和時間τxは特に小さくなる。
【0094】
図7および
図8は、調整ラインのべき数を共通べき数としたときの歪速度と緩和時間の関係を示すグラフである。
横軸は歪速度E’の対数値を示し、縦軸は緩和時間τの対数値を示す。
図7には4種類の基本ライン112に対応するグラフ112a〜112dと、調整ライン114に対応するグラフ114が示されている。基本ライン112a〜112dの材料定数Aはそれぞれ0.01,0.1,1,10であるとする。また、調整ライン114の材料定数Aは1000である。式(17)から明らかなように、各グラフの傾きはべき数mを示す。
図7,
図8では基本ライン112と同じく、調整ライン114のべき数mxも共通べき数mとしているため、すべてのグラフの傾きは同一である。調整ライン114は材料定数Aが大きいため、基本ライン112に比べて緩和時間τが小さい。
【0095】
図8に示す特性影響領域116は、粘弾性材料のゴム特性への影響が大きな領域を概念的に示したものである。たとえば、歪速度が1のとき、基本ライン112dは特性影響領域116から外れているため、基本ライン112dはゴム特性にほとんど影響しない。一方、基本ライン112cは特性影響領域116に含まれているため、基本ライン112cの粘弾性要素はゴム特性に影響しやすい。調整ライン114は、粘弾性材料のゴム特性に一切影響を与えないのが理想である。調整ライン114の材料定数Aを大きく設定することで、調整ライン114を特性影響領域116から外れるように調整できる。しかし、歪速度が大きくなると、粘弾性材料に含まれる粘弾性要素の影響が無視しがたくなる。
図8においては、歪速度が1000付近になると、調整ライン114のグラフが特性影響領域116に包含されている。すなわち、歪速度が大きいときには、わずかな緩和時間を有する粘弾性要素であっても、粘弾性材料のゴム特性に影響を及ぼすことがある。
【0096】
図9は、調整ラインのべき数を−1としたときの歪速度と緩和時間の関係を示すグラフである。
調整ライン114Aはべき数mxを共通べき数mとしたときのグラフであり、調整ライン114Bはべき数mxを−1に固定したときのグラフである。上述のように、べき数mxを基本ライン112と同じく共通べき数mとした場合、歪速度が大きくなるときに調整ライン114Aと特性影響領域116が重なってしまう。そこで本実施形態においては、調整ライン114Bのようにべき数mxを−1に固定している。粘弾性要素のべき数は−1〜0の範囲にあるため、べき数mxを最小値にしているともいえる。
【0097】
調整ライン114Bのべき数mxを最小値にすることで、調整ライン114Bの傾きを最大化し、調整ライン114Bを特性影響領域116から外す。べき数mx=−1と設定するときに傾きが最大になるので最も影響抑制しやすいが、少なくとも、共通べき数mよりも小さなべき数mxを設定することでも効果がある。たとえば、共通べき数mが−0.5のときには、少なくとも、調整ライン114のべき数mxを−0.5未満にするだけでも調整ライン114のゴム特性への影響を抑制できる。
【0098】
すぐり(切欠部分)を有するサスペンションブッシュなど複雑なゴム製品は、局所的に応力が集中することもある。また、ゴム材料の静的な応力−ひずみ特性は非線形特性を示すこともある。実験前にゴムの変形を定量的に予測するのは難しいため、調整ライン114がゴム特性に影響を及ぼすかどうかを事前に判断するのは難しい。調整ライン114のべき数mxを共通べき数mとする場合には、振動実験の結果によって調整ライン114の緩和時間τxが左右されてしまう。本実施形態においては、調整ライン114のべき数mxを実験結果に影響されない定数、特に、最小値の−1に設定することで、調整ライン114のゴム特性に対する影響を抑制している。
【0099】
以上、本発明を実施の形態をもとに説明した。実施の形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。