【実施例】
【0052】
以下、本発明を実施するための形態について実験例を挙げてさらに詳細に説明する。ただし、以下に示す実験例は、本発明の技術思想を具体化するための非水電解質二次電池用正極、非水電解質二次電池、及び非水電解質二次電池用正極活物質の一例を説明するために例示したものであり、本発明は以下の実験例に何ら限定されるものではない。本発明は、その要旨を変更しない範囲において適宜変更して実施することが可能なものである。
【0053】
〔第1実験例〕
(実験例1)
まず、実験例1の非水電解質二次電池の構成について説明する。
【0054】
[正極活物質の作製]
共沈法により得られた[Ni
0.55Mn
0.20Co
0.25](OH)
2と、Li
2CO
3とを、Liと遷移金属全体とのモル比が1.05:1になるように、石川式らいかい乳鉢にて混合した。その後、この混合物を空気雰囲気中にて950℃で10時間焼成し、粉砕することにより、平均二次粒子径が約14μmのLi
1.06[Ni
0.55Mn
0.20Co
0.25]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を得た。
【0055】
このようにして得られたリチウム含有遷移金属酸化物としてのリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物粒子を1000g用意し、この粒子を3.0Lの純水に添加し攪拌して、リチウム含有遷移金属酸化物が分散した懸濁液を調製した。次に、この懸濁液に、硝酸エルビウム5水和物[Er(NO
3)
3・5H
2O]5.42gが200mLの純水に溶解された水溶液を加えた。上記懸濁液に硝酸エルビウム5水和物水溶液を加えている間、リチウム含有遷移金属酸化物を分散した溶液のpHを9に調整して一定に保持するため、適宜、10質量%の硝酸水溶液、或いは、10質量%の水酸化ナトリウム水溶液を加えた。
【0056】
次いで、上記硝酸エルビウム5水和物溶液の添加終了後に、吸引濾過し、更に水洗を行った後、得られた粉末を120℃で乾燥し、上記リチウム含有遷移金属酸化物の表面の一部に水酸化エルビウムが付着したものを得た。その後、得られた粉末を空気雰囲気中にて300℃で5時間熱処理することにより正極活物質粒子を作製した。このように300℃で熱処理すると、表面に付着した水酸化エルビウムの全部或いは大部分がオキシ水酸化エルビウムに変化するので、リチウム含有遷移金属酸化物粒子の表面にオキシ水酸化エルビウムが付着した状態となる。但し、一部は水酸化エルビウムの状態で残存する場合があるので、リチウム含有遷移金属酸化物粒子の表面には水酸化エルビウムが付着されている場合もある。
【0057】
得られた正極活物質粒子について、走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察したところ、リチウム含有遷移金属酸化物粒子の表面全体に、平均粒径100nm以下のエルビウム化合物が均一に分散して付着していることが確認された。また、エルビウム化合物の付着量をICPにより測定したところ、エルビウム元素換算で、リチウム含有遷移金属酸化物粒子(リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物)に対して0.20質量%であった。
【0058】
[正極極板の作製]
上記正極活物質粒子に、メタホウ酸リチウムと、導電剤としてのカーボンブラックと、結着剤としてのポリフッ化ビニリデンを溶解させたN−メチル−2−ピロリドン溶液とを、正極活物質粒子とメタホウ酸リチウムと導電剤と結着剤との質量比が94.5:2.5:2.5となるように秤量し、これらを混練して正極合剤スラリーを調製した。尚、混練の際には、あらかじめ正極活物質粒子とメタホウ酸リチウムのみをT.K.ハイビスミックス(プライミクス社製)で混合し、メタホウ酸リチウムが正極活物質粒子に接触し、かつ十分に分散した状態になった後に、導電剤と結着剤を添加してT.K.ハイビスミックス(プライミクス社製)で混合した。
【0059】
次いで、上記正極合剤スラリーを、アルミニウム箔からなる正極集電体の両面に塗布し、これを乾燥させた後、圧延ローラーにより圧延し、さらにアルミニウム製の集電タブを取り付けることにより、正極集電体の両面に正極合剤層が形成された正極極板を作製した。
【0060】
得られた正極極板について、走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察したところ、平均粒径500nm以下のメタホウ酸リチウムの粒子が、リチウム含有遷移金属酸化物の表面又はエルビウム化合物の表面に付着していることが確認された。但し、一部は導電剤と結着剤を混合する工程において正極活物質粒子の表面からメタホウ酸リチウムが剥がれる場合があるので、メタホウ酸リチウムが正極活物質粒子に付着することなく、正極内に含まれている場合もある。また、メタホウ酸リチウムは、エルビウム化合物に付着しているかエルビウム化合物の近傍に存在していることが確認された。
【0061】
〔負極の作製〕
負極活物質としての人造黒鉛と、分散剤としてのCMC(カルボキシメチルセルロースナトリウム)と、結着剤としてのSBR(スチレン−ブタジエンゴム)とを、98:1:1の質量比で水溶液中において混合し、負極合剤スラリーを調製した。次に、この負極合剤スラリーを銅箔からなる負極集電体の両面に均一に塗布した後、乾燥させ、圧延ローラにより圧延し、さらにニッケル製の集電タブを取り付けた。これにより、負極集電体の両面に負極合剤層が形成された負極極板を作製した。尚、この負極における負極活物質の充填密度は1.70g/cm3であった。
【0062】
〔非水電解液の調製〕
エチレンカーボネート(EC)とメチルエチルカーボネート(MEC)ジメチルカーボネート(DEC)とを、3:6:1の体積比で混合した混合溶媒に対して、六フッ化リン酸リチウム(LiPF
6)を1.0モル/リットルの濃度になるように溶解した。さらに、ビニレンカーボネート(VC)を上記混合溶媒に対して2.0質量%溶解させた非水電解液を調製した。
【0063】
〔電池の作製〕
このようにして得た正極および負極を、これら両極間にセパレータを配置して渦巻き状に巻回した後、巻き芯を引き抜いて渦巻状の電極体を作製した。次に、この渦巻状の電極体を押し潰して、扁平型の電極体を得た。この後、この偏平型の電極体と上記非水電解液とを、アルミニウムラミネート製の外装体内に挿入し、非水電解質二次電池を作製した。尚、当該非水電解質二次電池のサイズは、厚み3.6mm×幅35mm×長さ62mmであった。また、当該非水電解質二次電池を4.40Vまで充電し、2.75Vまで放電したときの放電容量は800mAhであった。このようにして作製した電池を、以下、電池A1と称する。
【0064】
[大気暴露した正極極板を用いた電池の作製]
正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、以下の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A1と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B1)を作製した。
・大気暴露条件
温度30℃、湿度50%の恒温恒湿槽に5日静置
【0065】
(実験例2)
正極活物質粒子として、エルビウム化合物を付着させていないLi
1.06[Ni
0.55Mn
0.20Co
0.25]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を用いたことと、正極極板を作製する際に、メタホウ酸リチウムを混合させなかったこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A2と称する。
【0066】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A2と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B2)を作製した。
【0067】
(実験例3)
正極活物質粒子として、エルビウム化合物を付着させていないLi
1.06[Ni
0.55Mn
0.20Co
0.25]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を用いたこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A3と称する。
【0068】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A3と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B3)を作製した。
【0069】
(実験例4)
正極極板を作製する際に、メタホウ酸リチウムを混合させなかったこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A4と称する。
【0070】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A4と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B4)を作製した。
【0071】
(実験例5)
正極活物質粒子として、Li
1.06[Ni
0.50Mn
0.30Co
0.20]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を用いたこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A5と称する。
【0072】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A5と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B5)を作製した。
【0073】
(実験例6)
正極活物質粒子として、エルビウム化合物を付着させていないLi
1.06[Ni
0.50Mn
0.30Co
0.20]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を用いたことと、正極極板を作製する際に、メタホウ酸リチウムを混合させなかったこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A6と称する。
【0074】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A6と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B6)を作製した。
【0075】
(実験例7)
正極活物質粒子として、エルビウム化合物を付着させていないLi
1.06[Ni
0.50Mn
0.30Co
0.20]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を用いたこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A7と称する。
【0076】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A7と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B7)を作製した。
【0077】
(実験例8)
正極極板を作製する際に、メタホウ酸リチウムを混合させなかったこと以外は、上記電池A5と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A8と称する。
【0078】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A8と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B8)を作製した。
【0079】
(実験例9)
正極活物質粒子として、Li
1.06[Ni
0.51Mn
0.26Co
0.23]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を用いたこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A9と称する。
【0080】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A9と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B9)を作製した。
【0081】
(実験例10)
正極活物質粒子として、エルビウム化合物を付着させていないLi
1.06[Ni
0.51Mn
0.26Co
0.23]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を用いたことと、正極極板を作製する際に、メタホウ酸リチウムを混合させなかったこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A10と称する。
【0082】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A10と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B10)を作製した。
【0083】
(実験例11)
正極活物質粒子として、エルビウム化合物を付着させていないLi
1.06[Ni
0.51Mn
0.26Co
0.23]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を用いたこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A11と称する。
【0084】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A11と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B11)を作製した。
【0085】
(実験例12)
正極極板を作製する際に、メタホウ酸リチウムを混合させなかったこと以外は、上記電池A9と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A12と称する。
【0086】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A12と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B12)を作製した。
【0087】
(実験例13)
正極活物質粒子として、Li
1.06[Ni
0.70Mn
0.10Co
0.20]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を用いたこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A13と称する。
【0088】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A13と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B13)を作製した。
【0089】
(実験例14)
正極活物質粒子として、エルビウム化合物を付着させていないLi
1.06[Ni
0.70Mn
0.10Co
0.20]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を用いたことと、正極極板を作製する際に、メタホウ酸リチウムを混合させなかったこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A14と称する。
【0090】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A14と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B14)を作製した。
【0091】
(実験例15)
正極活物質粒子として、エルビウム化合物を付着させていないLi
1.06[Ni
0.70Mn
0.10Co
0.20]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を用いたこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A15と称する。
【0092】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A15と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B15)を作製した。
【0093】
(実験例16)
正極極板を作製する際に、メタホウ酸リチウムを混合させなかったこと以外は、上記電池A13と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A16と称する。
【0094】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A16と同様にして大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B16)を作製した。
【0095】
<初期充放電効率の測定>
上述の条件で大気暴露をしていない正極極板を用いて作製された電池A1〜A16、及び電池A1〜A16において上述の条件で大気暴露をした正極極板を用いて作製された電池B1〜電池B16を用いて、下記の充放電試験を行い、各々の電池の初期充放電効率を測定した。
・1サイクル目の充電条件
25℃の温度条件下において、800mAの定電流で電池電圧が4.4V(正極電位はリチウム基準で4.5V)となるまで定電流充電を行い、電池電圧が4.4Vに達した後は、4.4Vの定電圧で電流が40mAになるまで定電圧充電を行った。
・1サイクル目の放電条件
25℃の温度条件下において、800mAの定電流で電池電圧3.0Vとなるまで定電流放電を行った。
・休止
上記充電と放電との間の休止間隔は10分間とした。
【0096】
上記の条件での充放電を1サイクルとし、充電容量測定値と放電容量測定値から、下記に示す式(1)に基づき、1サイクル目の初期充放電効率を求めた。
初期充放電効率(%)=放電容量/充電容量×100 ・・・(1)
【0097】
<暴露による特性劣化指標の算出>
上記で求めた初期充放電効率のうち、大気暴露なし(大気暴露していない正極極板使用時)の初期充放電効率を「暴露なし初期効率」とし、大気暴露あり(大気暴露した正極極板使用時)の初期充放電効率を「暴露あり初期効率」とし、下記に示す式(2)に基づき、対応する電池の暴露なし初期効率と暴露あり初期効率の差から暴露による特性劣化指標を算出した。
暴露による特性劣化指標=(暴露なし初期効率)−(暴露あり初期効率) ・・・(2)
その結果を纏めて下記表1に示した。
【0098】
【表1】
【0099】
上記表1の結果からわかるように、リチウム含有遷移金属酸化物の粒子表面にオキシ水酸化エルビウムとメタホウ酸リチウムが付着し、ニッケルとマンガンのモル比率の差が0.25以上である実験例1、9、13の電池は、実験例2〜4、5〜8、10〜12、14〜16の電池に比べ、暴露による特性劣化指標が大きく低減している。加えて、メタホウ酸リチウムのみを付着した実験例3、7、11、15の電池、及びオキシ水酸化エルビウムのみを付着した実験例4、8、12、16の電池は、それらのどちらも備えていない実験例2、6、10、14の電池と比べ、大気暴露による特性劣化指標にほとんど変化が見られなかったが、実験例3、7、11、15と実験例4、8、12、16の電池の両者の構成が兼ね備わった実験例1、9、13の電池は、それら個々の効果をはるかに上回る改善がみられている。このような結果が得られた理由は、下記に述べるとおりのものと考えられる。
【0100】
オキシ水酸化エルビウムとメタホウ酸リチウムがリチウム含有遷移金属酸化物の表面に同時に付着している実験例1の電池の場合、オキシ水酸化エルビウムにより、大気暴露による特性劣化の原因であるLiOH生成反応(具体的には、リチウム含有遷移金属酸化物の表面に存在する水分とリチウム含有遷移金属酸化物とが反応し、リチウム含有遷移金属酸化物の表面層にあるLiと水素の置換反応が起こることにより、リチウム含有遷移金属酸化物からLiが引き抜かれてLiOHが生成する反応)の進行が抑制されるため、大気暴露後に充放電した際に充放電効率が低下するという、大気暴露による初期充放電特性の劣化を低減することができると考えられる。
【0101】
加えて、リチウム含有遷移金属酸化物の表面エネルギーがメタホウ酸リチウムとオキシ水酸化エルビウムの相互作用によって下げられるために、リチウム含有遷移金属化合物への大気中の水分の吸着が抑制される。この水分吸着量を少なくできることに起因して、大気暴露による特性劣化の原因である上記LiOH生成反応の進行がさらに抑制され、大気暴露による初期充放電特性の劣化を一層低減することができると考えられる。このような相乗効果が発揮されることによって、大気暴露による特性劣化の原因である上記LiOH生成反応を抑制することができ、この結果、大気暴露後に充放電した際に充放電効率が低下するという、大気暴露による初期充放電特性の劣化を飛躍的に低減することができる。
【0102】
尚、上記したホウ素化合物とオキシ水酸化エルビウムの相互作用は、ホウ素化合物と希土類化合物が共存している場合にホウ素化合物によって発揮される作用であって、ホウ素化合物が単独で存在する場合には発揮されないと考えられる。
【0103】
オキシ水酸化エルビウムのみが付着している実験例4、8、12、16の電池の場合、オキシ水酸化エルビウムとメタホウ酸リチウムによる上記相乗効果が得られない。すなわち、オキシ水酸化エルビウムの存在により大気暴露の劣化原因である上記LiOH生成反応が若干抑制できるものの、ホウ素化合物が存在していないことからリチウム含有遷移金属酸化物の表面エネルギーを下げることができず、リチウム含有遷移金属酸化物表面への水分吸着量が多くなる。このため、大気暴露の劣化原因である上記LiOH生成反応の進行が加速され、大気暴露による初期充放電特性の劣化を十分に抑制することができなかったと考えられる。
【0104】
メタホウ酸リチウムのみが付着している実験例3、7、11、15の電池の場合もまた、オキシ水酸化エルビウムとメタホウ酸リチウムによる上記相乗効果が得られない。すなわち、上述のとおりメタホウ酸リチウムが希土類化合物と共存せず単独で存在する場合には、メタホウ酸リチウムによる表面エネルギーの低下が起こらないと考えられる。このため、リチウム含有遷移金属酸化物への大気中の水分吸着を抑制することができず、上記LiOH生成反応の進行が加速されたと考えられる。加えて、実験例3、7、11、15の電池においては希土類化合物が存在しないために、希土類化合物による上記LiOH生成反応の抑制効果も得られなかったと考えられる。即ち、実験例2、6、10、14と実験例3、7、11、15ではほぼ同等の結果となっており、実験例3、7、11、15のようにホウ素化合物を付着させるだけでは、大気暴露による初期充放電特性の劣化を抑制する効果が得られないことがわかる。
【0105】
実験例2、6、10、14の電池の場合は、オキシ水酸化エルビウムとメタホウ酸リチウムの両方がリチウム含有遷移金属化合物の表面に付着していないため、オキシ水酸化エルビウムによる効果もオキシ水酸化エルビウムとメタホウ酸リチウムによる相乗効果も得られないために、上記LiOHが生成する反応が抑制できず、大気暴露による初期充放電特性の劣化が抑制されなかったと考えられる。
【0106】
また、実験例5の電池は、オキシ水酸化エルビウムとメタホウ酸リチウムの両方がリチウム含有遷移金属化合物の表面に付着している。しかしながら、ニッケルとマンガンのモル比率の差が0.20のため、ニッケルとマンガンのモル比率の差が0.25以上である実験例1、9、13に比べて、大気暴露による初期充放電特性の劣化が十分に抑制されていない。これは、ニッケルとマンガンのモル比率の差が0.20以下の場合には、実験例6のようにそもそも表面元素が無い状態でも大気暴露による初期充放電特性の劣化が小さく、オキシ水酸化エルビウムとメタホウ酸リチウムによる改善効果が認められなかったものと考えられる。
【0107】
〔第2実験例〕
(実験例17)
正極活物質粒子を作製する際に、希土類化合物として硝酸エルビウム5水和物の代わりに硝酸サマリウム6水和物を用いたこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A17と称する。
【0108】
得られた正極活物質は、表面に付着した水酸化サマリウムの全部或いは大部分が熱処理によりオキシ水酸化サマリウムに変化したものであり、オキシ水酸化サマリウムが正極活物質粒子の表面に付着した状態であった。但し、一部は水酸化サマリウムの状態で残存する場合があるので、リチウム含有遷移金属酸化物粒子の表面には水酸化サマリウムが付着されている場合もある。この正極活物質粒子について、走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察したところ、リチウム含有遷移金属酸化物粒子の表面全体に、平均粒径100nm以下のサマリウム化合物が均一に分散して付着していることが確認された。また、サマリウム化合物の付着量をICPにより測定したところ、サマリウム元素換算で、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物に対して0.20質量%であった。
【0109】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A17と同様にして、電池A17に対応する大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B17)を作製した。
【0110】
(実験例18)
正極極板を作製する際に、メタホウ酸リチウムを混合させなかったこと以外は、上記電池A17と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A18と称する。
【0111】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A18と同様にして、電池A18に対応する大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B18)を作製した。
【0112】
(実験例19)
正極活物質粒子を作製する際に、希土類化合物として硝酸エルビウム5水和物の代わりに硝酸ネオジム6水和物を用いたこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A19と称する。
【0113】
得られた正極活物質粒子は、表面に付着した水酸化ネオジムの全部或いは大部分が熱処理によりオキシ水酸化ネオジムに変化したものであり、オキシ水酸化ネオジムがリチウム含有遷移金属酸化物の表面に付着した状態であった。但し、一部は水酸化ネオジムの状態で残存する場合があるので、リチウム含有遷移金属酸化物粒子の表面には水酸化ネオジムが付着されている場合もある。この正極活物質について、走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察したところ、リチウム含有遷移金属酸化物粒子の表面全体に、平均粒径100nm以下のネオジム化合物が均一に分散して付着していることが確認された。また、ネオジム化合物の付着量をICPにより測定したところ、ネオジム元素換算で、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物に対して0.20質量%であった。
【0114】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A19と同様にして、電池A19に対応する大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B19)を作製した。
【0115】
(実験例20)
正極極板を作製する際に、メタホウ酸リチウムを混合させなかったこと以外は、上記電池A19と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A20と称する。
【0116】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A20と同様にして、電池A20に対応する大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B20)を作製した。
【0117】
上述の条件で大気暴露をしていない正極極板を用いて作製された電池A17〜電池A20の電池、及び電池A17〜電池A20において上述の条件で大気暴露をした正極極板を用いて作製された電池B17〜電池B20を用いて、上記第1実験例と同様にして暴露による特性劣化指標を算出した。その結果を実験例1、4の電池の結果とともに纏めて下記表2に示した。
【0118】
【表2】
【0119】
上記表2の結果からわかるように、エルビウム化合物に代えて、サマリウム化合物やネオジウム化合物を表面の一部に付着したリチウム含有遷移金属酸化物を用いた実験例17、19の電池は、実験例17、19の電池にそれぞれ対応するホウ素化合物を加えなかった実験例18、20の電池に比べ、暴露による特性劣化指標が大きく低減している。
【0120】
以上の結果から、サマリウム化合物、ネオジウム化合物であっても、エルビウム化合物の場合と同様の効果が得られることがわかる。このことから、リチウム含有遷移金属酸化物の表面に希土類化合物を付着させると、大気暴露による特性劣化の原因である上記LiOHが生成する反応が抑制され、これによって大気暴露による初期充放電特性劣化を低減することができると考えられ、この作用効果は、希土類化合物に共通する効果と考えられる。
【0121】
尚、実験例1、17、19の電池の結果を比較すると、実験例1の電池は、実験例17や実験例19の電池よりも暴露による特性劣化指標が低減していることが認められる。このことから、希土類元素の中でも、特にエルビウム化合物が好ましいことがわかる。
【0122】
〔第3実験例〕
(実験例21)
正極極板を作製する際に、ホウ素化合物としてメタホウ酸リチウムの代わりに四ホウ酸リチウムを用いたこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A21と称する。
【0123】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A21と同様にして、電池A21に対応する大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B21)を作製した。
【0124】
(実験例22)
正極活物質粒子として、エルビウム化合物を付着させていないLi
1.06[Ni
0.55Mn
0.20Co
0.25]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を用いたこと以外は、上記電池A21と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A22と称する。
【0125】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気暴露を行ったこと以外は、上記電池A22と同様にして、電池A22に対応する大気暴露した正極極板を用いた電池(電池B22)を作製した。
【0126】
上述の条件で大気暴露をしていない正極極板を用いて作製された電池A21〜電池A22の電池、及び電池A21〜電池A22において上述の条件で大気暴露をした正極極板を用いて作製された電池B21〜電池B22を用いて、上記第1実験例と同様にして暴露による特性劣化指標を算出した。その結果を実験例1、3の電池の結果とともに纏めて下記表3に示した。
【0127】
【表3】
【0128】
上記表3の結果からわかるように、メタホウ酸リチウムに代えて、四ホウ酸リチウムを表面の一部に付着したリチウム含有遷移金属酸化物を用いた実験例21の電池は、実験例21の電池に対応するエルビウム化合物を付着していない実験例22の電池に比べ、暴露による特性劣化指標が大きく低減している。
【0129】
以上の結果から、四ホウ酸リチウムであっても、メタホウ酸リチウムと同様の効果が得られることがわかり、この結果はホウ素を含む化合物を用いた場合に得られる共通の効果であると考えられる。尚、実験例1、21の電池の結果を比較すると、実験例1の電池は、実験例21の電池よりも暴露による特性劣化指標が低減していることが認められる。このことから、ホウ素化合物の中でも、特にメタホウ酸リチウムが好ましいことがわかる。