(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記ホットプレス部材を、250℃以上550℃以下の温度域に加熱したのち、該温度域で60秒以上保持する第2の熱処理工程を、さらに有することを特徴とする請求項6に記載のホットプレス部材の製造方法。
前記成分組成がさらに、質量%で、下記A〜E群のうちから選ばれた1群または2群以上を含有することを特徴とする請求項6または7に記載のホットプレス部材の製造方法。
記
A群:Ni:0.01〜5.0%、Cu:0.01〜5.0%、Cr:0.01〜5.0%およびMo:0.01〜3.0%のうちから選ばれた1種または2種以上
B群:Ti:0.005〜3.0%、Nb:0.005〜3.0%、V:0.005〜3.0%およびW:0.005〜3.0%のうちから選ばれた1種または2種以上
C群:REM:0.0005〜0.01%、Ca:0.0005〜0.01%およびMg:0.0005〜0.01%のうちから選ばれた1種または2種以上
D群:Sb:0.002〜0.03%
E群:B:0.0005〜0.05%
前記ホットプレス用鋼板を加熱する前に、前記ホットプレス用鋼板の表面にめっき層を形成することを特徴とする請求項6〜8のいずれか一項に記載のホットプレス部材の製造方法。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保全という観点から、自動車の燃費向上が強く要望されている。そのため、自動車車体の軽量化が要求されている。そこで、自動車用部材を薄くしても安全性が損なわれないよう、自動車用部材の素材となる鋼板の高強度化が求められている。
しかし、一般的に、鋼板の強度が高くなるにつれて成形性が低下するため、高強度鋼板を素材とした自動車用部材の製造においては、成形が困難になったり、形状凍結性が悪化するなどの問題が生じていた。
【0003】
このような問題に対し、ホットプレス工法を適用して、高強度の自動車用部材を製造する技術が提案されている。ここで、ホットプレス工法とは、鋼板をオーステナイト域に加熱した後、プレス機に搬送し、プレス機内、すなわち金型で所望形状の部材に成形すると同時に急冷する技術である。そして、金型内での冷却過程(急冷)において、部材の組織はオーステナイトからマルテンサイトへと相変態し、これによって、高強度の所望形状部材が得られる。なお、「ホットプレス工法(成形)」は、「熱間成形」や「ホットスタンプ」、「ダイクエンチ」などとも称される。
【0004】
また、最近では、乗員の安全性を確保するという観点から、自動車用部材の耐衝撃特性の向上も要望されている。この要望に応えるには、衝突時のエネルギーを吸収する能力(衝撃エネルギー吸収能)を高める必要があり、この観点からは、衝突時に自動車用部材が割れて衝撃エネルギー吸収能が低下しないように、自動車用部材の均一伸びを高くすることが効果的である。また、特に大きな変形を受ける部位においては、座屈部での割れを抑制する目的から、併せて局部伸びを高めることが効果的である。そのため、高強度でありながら、均一伸び、さらには局部伸びに優れるホットプレス部材の開発が強く要望されている。
【0005】
このような要望に対し、例えば、特許文献1には、熱間プレス成形法によって薄鋼板をプレス成形した熱間プレス成形品であって、質量%で、C:0.15〜0.35%、Si:0.5〜3%、Mn:0.5〜2%、P:0.05%以下、S:0.05%以下、Al:0.01〜0.1%、Cr:0.01〜1%、B:0.0002〜0.01%、Ti:(Nの含有量)×4〜0.1%、N:0.001〜0.01%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成と、面積率で、マルテンサイト:80〜97%、残留オーステナイト:3〜20%、残部組織:5%以下からなる組織と、を有する、熱間プレス成形品が開示されている。この技術によれば、成形条件を適切に制御することにより、熱間プレス部品の組織を、適正量の残留オーステナイトを残存させた金属組織とすることでき、これによって、成形品に内在する延性をより高くした熱間プレス部品が得られる、と記載されている。
【0006】
特許文献2には、質量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.05〜3.0%、Mn:1.0〜4.0%、P:0.05%以下、S:0.05%以下、Al:0.005〜0.1%、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成と、組織全体に占めるフェライト相の面積率が5〜55%で、マルテンサイト相の面積率が45〜95%であり、かつフェライト相とマルテンサイト相の平均粒径が7μm以下であるミクロ組織と、を有する、延性に優れたホットプレス部材が開示されている。この技術によれば、引張強さTS:1470〜1750MPaの高強度と、全伸びEl:8%以上の高延性を有するホットプレス部材が得られると記載されている。
【0007】
また、近年、ホットプレス部材を成形した後、該部材を焼戻すことによって、延性を改善しようとする技術も提案されている。
例えば、特許文献3には、質量%で、C:0.12%以上0.69%以下、Si:3.0%以下、Mn:0.5%以上3.0%以下、P:0.1%以下、S:0.07%以下、Al:3.0%以下およびN:0.010%以下を含有し、Si+Alが0.7%以上を満足し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、該部材を構成する鋼板の組織が、マルテンサイトと残留オーステナイトとベイニティックフェライトを含むベイナイトを有し、該マルテンサイトの鋼板組織全体に対する面積率が10%以上85%以下、該マルテンサイトのうち25%以上が焼戻しマルテンサイトであり、該残留オーステナイト量が5%以上40%以下、該ベイナイト中ベイニティックフェライトの鋼板組織全体に対する面積率が5%以上、鋼板組織全体に対する、該マルテンサイトの面積率、該残留オーステナイトの面積率および該ベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率の合計が65%以上を満足し、かつ該残留オーステナイト中の平均C量が0.65%以上であることを特徴とする高強度プレス部材が開示されている。この技術によれば、熱間成形を施した後に、焼戻しを行うことによって、TSが980MPa以上の高強度と、TS×T.ELが17000(MPa・%)以上の高延性を有する高強度プレス部材が得られると記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1および2に記載された技術では、Cによるマルテンサイトの強化によりホットプレス部材における高強度化を図っているため、これを利用して引張強さをさらに高めようとすると、衝撃エネルギー吸収能の向上という観点から必要とされる均一伸び、さらには局部伸びが得られない場合があった。
また、特許文献3に記載された技術では、局部伸びについて、考慮が払われておらず、また条件によっては、熱間成形後の焼戻し工程において、部材に変形が生じる場合があった。
【0010】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたものであって、引張強さTS:1500MPa以上の高強度と、均一伸びuEl:6.0%以上でかつ局部伸びlEl:4.0%以上の高延性とを兼備するホットプレス部材を、その有利な製造方法とともに提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
さて、発明者らは、引張強さTS:1500MPa以上の高強度と、均一伸びuEl:6.0%以上でかつ局部伸びlEl:4.0%以上の高延性とを兼備するホットプレス部材を得るべく、特に均一伸びuElと局部伸びlElに影響する各種要因について検討したところ、以下の知見を得た。
【0012】
(A)引張強さTS:1500MPa以上としつつ、均一伸びuElを6.0%以上とするためには、残留オーステナイトを適正量有する組織とすることが重要である。また、C:0.300質量%未満で、かような組織を得るためには、Mnを3.50質量%以上含有させる必要がある。なお、Mnは強度増加にも寄与し、C:0.300質量%未満としても、所望の強度が確保できる。
(B)局部伸びは、所定以上の大きさのセメンタイトの個数と相関しており、かようなセメンタイトの生成を抑制することにより、局部伸びlEl:4.0%以上を実現することができる。
(C)また、ホットプレス部材において、C濃度の高い安定な残留オーステナイトを適正量確保しつつ、所定以上の大きさのセメンタイトの生成を抑制するには、
素材とするホットプレス用鋼板のMn量を高めること、
ホットプレス用鋼板の製造過程における熱間圧延後の熱処理条件を適正に制御し、オーステナイトへのMn濃化を促進すること、
焼鈍条件を適正に制御してオーステナイトへのMn濃化を一層促進するととともに、ホットプレス用鋼板の結晶粒の微細化を図ること、および
ホットプレス時の加熱条件およびホットプレス後の熱処理条件を適正に制御すること
が重要である。
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を加えた末に完成されたものである。
【0013】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、
C:0.180%以上0.300%未満、
Mn:3.50%以上11.0%未満、
Si:0.01〜2.5%、
P:0.05%以下、
S:0.05%以下、
Al:0.005〜0.1%および
N:0.01%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するとともに、
体積率で70.0%以上のマルテンサイトと、体積率で3.0%以上30.0%以下の残留オーステナイトとを有し、該残留オーステナイト中のC濃度が0.25質量%以上であり、かつ円相当直径で0.2μm以上のセメンタイトを4.2×10
4個/mm
2以下に抑制した組織を有する、
ことを特徴とするホットプレス部材。
【0014】
2.前記成分組成がさらに、質量%で、下記A〜E群のうちから選ばれた1群または2群以上を含有することを特徴とする前記1に記載のホットプレス部材。
記
A群:Ni:0.01〜5.0%、Cu:0.01〜5.0%、Cr:0.01〜5.0%およびMo:0.01〜3.0%のうちから選ばれた1種または2種以上
B群:Ti:0.005〜3.0%、Nb:0.005〜3.0%、V:0.005〜3.0%およびW:0.005〜3.0%のうちから選ばれた1種または2種以上
C群:REM:0.0005〜0.01%、Ca:0.0005〜0.01%およびMg:0.0005〜0.01%のうちから選ばれた1種または2種以上
D群:Sb:0.002〜0.03%
E群:B:0.0005〜0.05%
【0015】
3.表面にめっき層を有することを特徴とする前記1または2に記載のホットプレス部材。
【0016】
4.前記めっき層が、Zn系めっき層またはAl系めっき層であることを特徴とする前記3に記載のホットプレス部材。
【0017】
5.前記Zn系めっき層が、Ni:10〜25質量%を含むことを特徴とする前記4に記載のホットプレス部材。
【0018】
6.質量%で、
C:0.180%以上0.300%未満、
Mn:3.50%以上11.0%未満、
Si:0.01〜2.5%、
P:0.05%以下、
S:0.05%以下、
Al:0.005〜0.1%および
N:0.01%以下
を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するスラブを加熱し、熱間圧延して、熱延鋼板を得る工程と、
前記熱延鋼板をAc
1点以上Ac
3点以下の温度域に加熱したのち、該温度域で1時間以上48時間以下保持し、ついで冷却する第1の熱処理工程と、
前記熱延鋼板を冷間圧延して、冷延鋼板を得る工程と、
前記冷延鋼板をAc
1点以上Ac
3点以下の温度域に加熱したのち、該温度域で保持し、ついで冷却し、ホットプレス用鋼板を得る焼鈍工程と、
前記ホットプレス用鋼板を、Ac
3点以上1000℃以下の温度域に加熱し、該温度域で900秒以下保持する、ホットプレス加熱工程と、
ついで、前記ホットプレス用鋼板に、成形用金型を用いてプレス成形および焼入れを同時に施して、ホットプレス部材を得るホットプレス成形工程と、
を有することを特徴とするホットプレス部材の製造方法。
【0019】
7.前記ホットプレス部材を、250℃以上550℃以下の温度域に加熱したのち、該温度域で60秒以上保持する第2の熱処理工程を、さらに有することを特徴とする前記6に記載のホットプレス部材の製造方法。
【0020】
8.前記成分組成がさらに、質量%で、下記A〜E群のうちから選ばれた1群または2群以上を含有することを特徴とする前記6または7に記載のホットプレス部材の製造方法。
記
A群:Ni:0.01〜5.0%、Cu:0.01〜5.0%、Cr:0.01〜5.0%およびMo:0.01〜3.0%のうちから選ばれた1種または2種以上
B群:Ti:0.005〜3.0%、Nb:0.005〜3.0%、V:0.005〜3.0%およびW:0.005〜3.0%のうちから選ばれた1種または2種以上
C群:REM:0.0005〜0.01%、Ca:0.0005〜0.01%およびMg:0.0005〜0.01%のうちから選ばれた1種または2種以上
D群:Sb:0.002〜0.03%
E群:B:0.0005〜0.05%
【0021】
9.前記ホットプレス加熱工程の前に、前記ホットプレス用鋼板の表面にめっき層を形成する工程をさらに有することを特徴とする前記6〜8のいずれか一項に記載のホットプレス部材の製造方法。
【0022】
10.前記めっき層が、Zn系めっき層またはAl系めっき層であることを特徴とする前記9に記載のホットプレス部材の製造方法。
【0023】
11.前記Zn系めっき層が、Ni:10〜25質量%を含むことを特徴とする前記10に記載のホットプレス部材の製造方法。
【0024】
12.前記めっき層の付着量が、片面あたりで10〜90g/m
2であることを特徴とする前記9〜11のいずれか一項に記載のホットプレス部材の製造方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、引張強さTS:1500MPa以上の高強度と、均一伸びuEl:6.0%以上でかつ局部伸びlEl:4.0%以上の高延性とを兼備するホットプレス部材が得られる。
そして、かようなホットプレス部材を自動車用部材に適用することによって、衝突時に衝突エネルギーを吸収する車体構造設計を行いながら、車体軽量化による燃費改善を図ることが可能となるので、産業上格段の効果を有する。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明の一実施形態のホットプレス部材における成分組成の限定理由を以下に示す。なお、成分組成における単位はいずれも「質量%」であるが、以下、特に断らない限り単に「%」で示す。
C:0.180%以上0.300%未満
Cは、鋼の強度を増加させる元素である。このような効果を得て、引張強さTS:1500MPa以上を確保する観点から、C含有量は0.180%以上とする。一方、C含有量が0.300%以上の場合、Cによる固溶強化量が過大となり、ホットプレス部材の均一伸びuElを6.0%以上とすること、さらには引張強さTSを2300MPa未満に調整することが困難となる。よって、C含有量は0.180%以上0.300%未満とする。好ましくは0.200%以上0.285%以下である。
【0027】
Mn:3.50%以上11.0%未満
Mnは、鋼の強度を増加させるとともに、ホットプレス用鋼板の製造過程においてオーステナイト中に濃化し、ホットプレス部材において、残留オーステナイトの安定性を向上させる重要な元素である。このような効果を得て、ホットプレス部材の引張強さTS:1500MPa以上と、均一伸びuEl:6.0%以上とを同時に確保するためには、Mn含有量を3.50%以上とする必要がある。また、Mnは、ホットプレス部材に後熱処理を施す場合に、加熱時のセメンタイトの析出を抑制する。そして、セメンタイトの析出を抑制することによって、残留オーステナイトへのCの濃化を助長する働きがある。この点、Mn含有量が3.50%未満では、後熱処理を施す場合、後熱処理時の加熱によってセメンタイトが析出し、局部伸びを低下させる。一方、Mn含有量が11.0%以上の場合、Mnによる固溶強化量が過大となり、ホットプレス部材の均一伸びuElを6.0%以上とすること、さらには引張強さTSを2300MPa未満に調整することが困難となる。よって、Mn含有量は3.50%以上11.0%未満とする。好ましくは4.00%以上10.0%以下、より好ましくは4.50%以上8.00%以下、さらに好ましくは5.00%以上7.00%以下である。
【0028】
Si:0.01%以上2.5%以下
Siは、固溶強化により、鋼の強度を増加させる元素である。このような効果を得るため、Si含有量は0.01%以上とする。一方、Si含有量が2.5%を超える場合、熱間圧延時に赤スケールと呼ばれる表面欠陥が発生するとともに、圧延荷重が増大する。よって、Si含有量は0.01%以上2.5%以下とする。好ましくは0.02%以上1.5%以下である。
【0029】
P:0.05%以下
Pは、鋼中では不可避的不純物として存在し、結晶粒界等に偏析して、ホットプレス部材の靭性を低下させるなどの悪影響を及ぼす元素である。このため、Pは、できるだけ低減することが望ましいが0.05%までは許容できる。よって、P含有量は0.05%以下とする。好ましくは0.02%以下である。ただし、過度の脱P処理は精錬コストの高騰を招くため、P含有量は0.0005%以上とすることが好ましい。
【0030】
S:0.05%以下
Sは、鋼中に不可避的に含有され、硫化物系介在物として存在してホットプレス部材の延性や靭性等を低下させる。このため、Sはできるだけ低減することが望ましいが0.05%までは許容できる。よって、S含有量は0.05%以下とする。好ましくは0.005%以下である。ただし、過度の脱S処理は精錬コストの高騰を招くため、S含有量は0.0005%以上とすることが好ましい。
【0031】
Al:0.005〜0.1%
Alは、脱酸剤として作用する元素である。このような効果を発現させるため、Al含有量は0.005%以上とする。一方、Al含有量が0.1%を超える場合、窒素と結合して多量の窒化物が生成し、素材となるホットプレス用鋼板のブランキング加工性や焼入れ性が低下する。よって、Al含有量は0.005%以上0.1%以下とする。好ましくは0.02%以上0.05%以下である。
【0032】
N:0.01%以下
Nは、通常、鋼中に不可避的に含有されるが、N含有量が0.01%を超える場合、熱間圧延やホットプレスの加熱時にAlN等の窒化物が生成し、素材となるホットプレス用鋼板のブランキング加工性や焼入れ性が低下する。よって、N含有量は0.01%以下とする。好ましくは0.0030%以上0.0050%以下である。なお、とくに調整せずに、Nが不可避的に含有される場合には、N含有量は0.0025%未満程度である。また、精錬コストが増加するため、N含有量は0.0025%以上とすることが好ましい。
【0033】
また、上記した基本成分に加えて、さらに以下のA〜E群のうちから選ばれた1群または2群以上を含有させてもよい。
A群:Ni:0.01〜5.0%、Cu:0.01〜5.0%、Cr:0.01〜5.0%およびMo:0.01〜3.0%のうちから選ばれた1種または2種以上
Ni、Cu、CrおよびMoはいずれも、鋼の強度を増加させるとともに、焼入れ性向上に寄与する元素であり、必要に応じて1種または2種以上を選択して含有できる。このような効果を得るため、各元素の含有量は0.01%以上とする。一方、過度のコストの増加を避ける観点から、Ni、CuおよびCr含有量は5.0%以下、Mo含有量は3.0%以下とする。よって、Ni、Cu、CrおよびMoを含有する場合、これらの含有量はそれぞれ、Ni:0.01〜5.0%、Cu:0.01〜5.0%、Cr:0.01〜5.0%およびMo:0.01〜3.0%とする。各元素の好ましい含有量はいずれも、0.01%以上1.0%以下である。
【0034】
B群:Ti:0.005〜3.0%、Nb:0.005〜3.0%、V:0.005〜3.0%およびW:0.005〜3.0%のうちから選ばれた1種または2種以上
Ti、Nb、VおよびWはいずれも、析出強化によって鋼の強度増加に寄与するとともに、結晶粒の微細化によって靭性向上にも寄与する元素であり、必要に応じて1種または2種以上を選択して含有させることができる。
ここに、Tiは、強度増加および靭性向上の効果に加え、Bよりも優先して窒化物を形成し、固溶Bによる焼入れ性を向上させる効果を有する。このような効果を得る観点から、Ti含有量は0.005%以上とする。一方、Ti含有量が3.0%を超える場合、熱間圧延時に圧延荷重が極端に増大するとともに、ホットプレス部材の靭性が低下する。よって、Tiを含有する場合、その含有量は0.005%以上3.0%以下とする。好ましくは0.01%以上1.0%以下である。
また、上記した強度増加および靭性向上の効果を得る観点から、Nb含有量は0.005%以上とする。一方、Nb含有量が3.0%を超える場合、Nb炭窒化物の量が増大し、延性や耐遅れ破壊特性が低下する。よって、Nbを含有する場合、その含有量は0.005%以上3.0%以下とする。好ましくは0.01%以上0.05%である。
Vは、強度増加および靭性向上の効果に加え、析出物や晶出物として析出し、水素のトラップサイトとして耐水素脆性を向上させる効果を有する。このような効果を得る観点から、V含有量は0.005%以上とする。一方、V含有量が3.0%を超える場合、V炭窒化物の量が顕著に増大し、延性が低下する。よって、Vを含有する場合、その含有量は0.005%以上3.0%以下とする。好ましくは0.01%以上2.0%以下である。
Wは、強度増加および靭性向上の効果に加え、耐水素脆性を向上させる効果を有する。このような効果を得る観点から、W含有量は0.005%以上とする。一方、W含有量が3.0%を超える場合、延性が低下する。よって、Wを含有する場合、その含有量は0.005%以上3.0%以下とする。好ましくは0.01%以上2.0%以下である。
【0035】
C群:REM:0.0005〜0.01%、Ca:0.0005〜0.01%およびMg:0.0005〜0.01%のうちから選ばれた1種または2種以上
REM、CaおよびMgは、いずれも介在物の形態制御によって、延性や耐水素脆性を向上させる元素であり、必要に応じて選択して1種または2種以上を含有させることができる。このような効果を得る観点から、各元素の含有量は0.0005%以上とする。一方、熱間加工性を低下させない観点から、REM含有量およびCa含有量は0.01%以下とする。また、粗大な酸化物や硫化物の生成により延性を低下させない観点から、Mg含有量は0.01%以下とする。よって、REM、CaおよびMgを含有する場合、これらの含有量はそれぞれ、REM:0.0005〜0.01%、Ca:0.0005〜0.01%およびMg:0.0005〜0.01%とする。各元素の好ましい含有量はいずれも、0.0006%以上0.01%以下である。
【0036】
D群:Sb:0.002〜0.03%
Sbは、鋼板の加熱および冷却に際し、鋼板表層における脱炭層の形成を抑制するため、必要に応じて含有させることができる。このような効果を得る観点から、Sb含有量は0.002%以上とする。一方、Sb含有量が0.03%を超える場合、圧延荷重の増大を招き、生産性を低下させる。よって、Sbを含有する場合、その含有量は0.002%以上0.03%以下とする。好ましくは0.002%以上0.02%以下である。
【0037】
E群:B:0.0005〜0.05%
Bは、ホットプレス時の焼入れ性向上やホットプレス後の靭性向上に寄与するため、必要に応じて含有させることができる。このような効果を得る観点から、B含有量は0.0005%以上とする。一方、B含有量が0.05%を超える場合、熱間圧延時の圧延荷重の増加や、熱間圧延後にマルテンサイトやベイナイトが生じることによって、鋼板に割れが生じる場合がある。よって、Bを含有する場合、その含有量は0.0005%以上0.05%以下とする。好ましくは0.0005%以上0.01%以下である。
【0038】
なお、上記以外の成分はFeおよび不可避的不純物である。なお、不可避的不純物としては、例えば、O(酸素)が挙げられ、Oは0.0100%以下であれば許容できる。
【0039】
次に、本発明の一実施形態のホットプレス部材の組織について、説明する。
【0040】
マルテンサイトの体積率:70.0%以上
ホットプレス部材において引張強さTS:1500MPa以上を確保するためには、マルテンサイトを主相とし、体積率で70.0%以上とする必要がある。好ましくは80.0%以上である。なお、マルテンサイトの体積率は、所望量の残留オーステナイトを含有するために、97.0%以下となる。
【0041】
残留オーステナイトの体積率:3.0〜30.0%
残留オーステナイトは、変形時のTRIP効果(変態誘起塑性)により均一伸びを高める重要な組織である。ここで、均一伸びuEl:6.0%以上を実現するためには、体積率で3.0%以上の残留オーステナイトを含有させる必要がある。一方、残留オーステナイトの体積率が30.0%を超えると、TRIP効果を発現した後に変態した硬質なマルテンサイトが多くなりすぎて、靭性が低下する。よって、残留オーステナイトの体積率は、3.0%以上30.0%以下とする。好ましくは5.0%以上20.0%以下である。
【0042】
なお、本発明のホットプレス部材の組織は、基本的に上記したマルテンサイトおよび残留オーステナイトにより構成されるが、マルテンサイトおよび残留オーステナイト以外に、セメンタイトが含まれる。このセメンタイトの体積率は、特に限定されるものではないが、通常、0.05〜0.20%である。また、マルテンサイト、残留オーステナイトおよびセメンタイト以外の残部組織として、ベイナイトやフェライト、パーライトが微量であれば含まれていてもよく、これらの残部組織の合計の体積率が10%以下(0%を含む)であれば許容できる。
【0043】
また、ホットプレス部材の組織における体積率の測定は以下のようにして行う。
まず、ホットプレス部材のハット天板部から、X線回折用試験片を切り出し、肉厚1/4面が測定面となるように機械研磨、化学研磨を施したのち、X線回折を行う。入射X線にはCoKα線を使用し、残留オーステナイト(γ)の{200}面、{220}面、{311}面のピークの積分強度と、フェライト(α)の{200}面、{211}面のピークの積分強度を測定する。α{200}-γ{200}、α{200}-γ{220}、α{200}-γ{311}、α{211}-γ{200}、α{211}-γ{220}、α{211}-γ{311}の計6通りについて、積分強度比から求まる残留γ体積率をそれぞれ算出する。これらの平均値を「残留オーステナイトの体積率」とする。
【0044】
次に、ホットプレス部材のハット天板部から、圧延方向に平行で、かつハット天板面に垂直な面が観察面となるように、組織観察用試験片を採取する。観察面を研磨し、3vol.%ナイタール液で腐食して組織を現出し、板厚1/4となる位置の組織を走査型電子顕微鏡(倍率:1500倍)で観察し、撮像する。得られた組織写真から、画像解析により、組織の同定を行う。ここで、比較的平滑な面で黒く観察される相はフェライトと、結晶粒界にフィルム状または塊状に白く観察される相はセメンタイトと、フェライトとセメンタイトが層状に形成した相をパーライトと、ラス間に炭化物が生成した相および粒内に炭化物を有しないベイニティックフェライトで構成される相をベイナイトとして同定する。ついで、組織写真において各相が占有する面積率を求め、これらの相が三次元的に均質であるとみなして、これら各相の占有面積率の体積率とし、「セメンタイトの体積率」ならびにフェライト、パーライトおよびベイナイトの体積率を合計して「マルテンサイト、残留オースナイトおよびセメンタイト以外の残部組織の体積率」を求める。
そして、「マルテンサイトの体積率」を、100%から上記した「残留オーステナイトの体積率」、「セメンタイトの体積率」および「マルテンサイト、残留オースナイトおよびセメンタイト以外の残部組織の体積率」を減じることにより、求める。
【0045】
残留オーステナイト中のC濃度:0.25質量%以上
また、残留オーステナイト中のC濃度は0.25質量%以上とする必要がある。というのは、残留オーステナイト中のC濃度が0.25質量%未満の場合、均一伸びに有効な残留オーステナイトが十分に生成せず、6.0%以上の均一伸びが得られない。よって、残留オーステナイト中のC濃度は0.25質量%以上とする。好ましくは0.30質量%以上1.20質量%以下である。
【0046】
なお、残留オーステナイト中のC濃度は以下のようにして求める。
すなわち、残留オーステナイト中のC濃度は、上記したX線回折強度測定でのオーステナイトの{200}面、{220}面、{311}面の各強度ピークから格子定数を求め、次の計算式から残留オーステナイト中のC濃度(質量%)を求める。
a
0=0.3580+0.0033×[C%]
ただし、a
0は格子定数(nm)、[C%]は残留オーステナイト中のC濃度(質量%)である。
【0047】
円相当直径で0.2μm以上のセメンタイト:4.2×10
4個/mm
2以下
セメンタイトは、変形時のボイドの起点となり、特に、円相当直径で0.2μm以上のセメンタイトの個数が、局部伸びに大きく影響する。ここで、円相当直径で0.2μm以上のセメンタイトの個数が4.2×10
4個/mm
2を超えると、変形時に生成するボイドが増えるため、所望とする局部伸びを得ることができない。よって、円相当直径で0.2μm以上のセメンタイトは、4.2×10
4個/mm
2以下に抑制するものとする。好ましくは3.5×10
4個/mm
2以下である。なお、下限は特に限定されるものではないが、通常、1.0×10
4個/mm
2程度である。
なお、円相当直径で0.2μm未満のセメンタイトは、粒径が小さいために局部伸びに大きな影響を及ぼさないので、ここで対象とするセメンタイトは円相当直径で0.2μm以上のものに限定した。
【0048】
なお、円相当直径で0.2μm以上のセメンタイトの単位面積当たりの個数は以下のようにして求める。
すなわち、ホットプレス部材の組織の体積率に使用した組織写真から、画像解析により、セメンタイトと同定した相のみを抽出する。そして、それぞれのセメンタイトの面積から円相当直径を算出し、円相当直径が0.2μm以上のセメンタイトの個数を数え、1mm×1mmあたりの個数を算出する。
【0049】
なお、上記したC濃度の高い安定な残留オーステナイトを適正量確保しつつ、所定以上の大きさのセメンタイトの生成を抑制するには、素材とするホットプレス用鋼板のMn量を高めるとともに、ホットプレス用鋼板の製造過程における熱間圧延後の熱処理条件および焼鈍条件、さらにはホットプレス時の加熱条件およびホットプレス後の熱処理条件を適正に制御することが重要である。
【0050】
以上のような成分組成および組織とすることにより、本発明のホットプレス部材では、引張強さTS:1500MPa以上(好ましくは2300MPa未満)の高強度と、均一伸びuEl:6.0%以上(20%以下)で、かつ局部伸びlEl:4%以上(10%以下)の高延性を兼備することが可能となる。
なお、本発明のホットプレス部材の厚さは特に限定されるものではないが、通常、最大厚さ(例えば、一般的な断面ハット形状の部材の場合は、フランジ部の厚さ)が2.0mm未満のホットプレス部材である。また、かようなホットプレス部材は、板厚が2.0mm未満の鋼板を用いてなるホットプレス部材である。
【0051】
また、ホットプレス部材は、めっき層を有することが好ましい。ホットプレス部材の素材として使用する鋼板がめっき鋼板である場合には、得られたホットプレス部材の表層にめっき層が残存することになる。この場合、ホットプレスの加熱時にスケール生成が抑制される。そのため、表面のスケール剥離を行うことなくホットプレス部材を使用に供することができ、生産性が向上する。
【0052】
ここで、めっき層は、Zn系めっき層またはAl系めっき層とすることが好ましい。耐食性が必要とされる場合は、Al系めっき層よりもZn系めっき層が優れている。これは、亜鉛の犠牲防食作用により、地鉄の腐食速度を低下することができるためである。また、めっき鋼板をホットプレスする場合、ホットプレス工程における加熱初期に酸化亜鉛膜が形成され、その後のホットプレス部材の処理においてZnの蒸発を防止できるという利点もある。
【0053】
また、Zn系めっきとしては、一般的な溶融亜鉛めっき(GI)、合金化溶融亜鉛めっき(GA)、Zn−Ni系めっきなどが挙げられるが、なかでも、Zn−Ni系めっきが好ましい。Zn−Ni系めっき層は、ホットプレス加熱時のスケール生成を顕著に抑制することに加えて、液体金属脆化割れをも防ぐことができる。この効果を得る観点から、Zn−Ni系めっき層は10〜25質量%のNiを含むことが好ましい。なお、Niが25質量%を超えて含有されると、この効果は飽和する。
なお、Al系めっき層としては、Al−10質量%Siめっきなどが挙げられる。
【0054】
次に、本発明の一実施形態のホットプレス部材の製造方法について説明する。
本発明のホットプレス部材の製造方法は、上記した成分組成を有するスラブを加熱し、熱間圧延して、熱延鋼板を得る工程と、前記熱延鋼板をAc
1点以上Ac
3点以下の温度域に加熱したのち、該温度域で1時間以上48時間以下保持し、ついで冷却する第1の熱処理工程と、前記熱延鋼板を冷間圧延して、冷延鋼板を得る工程と、前記冷延鋼板をAc
1点以上Ac
3点以下の温度域に加熱したのち、該温度域で保持し、ついで冷却し、ホットプレス用鋼板を得る焼鈍工程と、前記ホットプレス用鋼板を、Ac
3点以上1000℃以下の温度に加熱する、または、該加熱後、さらに該温度で900秒以下保持する、ホットプレス加熱工程と、ついで、前記ホットプレス用鋼板に、成形用金型を用いてプレス成形および焼入れを同時に施して、ホットプレス部材を得るホットプレス成形工程と、を有するものである。
【0055】
<熱延鋼板を得る工程>
熱延鋼板を得る工程は特に限定されず、定法に従えばよい。
例えば、上記の成分組成を有する溶鋼を、転炉等で溶製し、マクロ偏析を防止するために連続鋳造法でスラブとすることが好ましい。なお、連続鋳造法に代えて、造塊法、あるいは薄スラブ連鋳法を用いてもよい。
なお、スラブは、一旦、室温まで冷却されたのち、再加熱のため加熱炉に装入される。ただし、スラブを室温まで冷却することなく、温片のまま加熱炉に装入するプロセスや、スラブを短時間保熱した後、ただちに熱間圧延するプロセスなどの省エネルギープロセスも適用できる。
【0056】
このようにして得られたスラブを所定の加熱温度に加熱したのち、熱間圧延して、熱延鋼板とする。加熱温度としては1000〜1300℃が好ましい。加熱したスラブは、通常、仕上げ圧延入側温度が1100℃以下で、仕上げ圧延出側温度が800〜950℃の条件で熱間圧延され、平均冷却速度:5℃/秒以上の条件で冷却され、300〜750℃の巻取り温度でコイル状に巻き取られ、熱延鋼板とされる。
【0057】
<第1の熱処理(Mn濃化熱処理)工程>
ついで、上記熱延鋼板をAc
1点以上Ac
3点以下の温度域に加熱したのち、該温度域で1時間以上48時間以下保持し、ついで冷却する。この熱処理は、オーステナイトにMnを濃化させるものであり、残留オーステナイトを適正量確保して、均一伸びuEl:6.0%以上を実現したホットプレス部材を製造するために重要なプロセスである。
【0058】
加熱温度:Ac
1点以上Ac
3点以下
オーステナイトにMnを濃化させるには、熱延鋼板を、フェライト−オーステナイト二相温度域に加熱することが重要である。Mnが濃化したオーステナイトは、マルテンサイト変態終了温度が室温以下となり、このため、残留オーステナイトが生成しやすくなる。ここで、加熱温度がAc
1点未満では、オーステナイトが生成せず、Mnをオーステナイトへ濃化させることができない。一方、加熱温度がAc
3点を超えると、オーステナイト単相温度域となり、オーステナイトへのMn濃化が生じない。よって、加熱温度はAc
1点以上Ac
3点以下とする。好ましくは(Ac
1点+20℃)以上(Ac
3点−20℃)以下とする。
【0059】
なお、上述したAc
1点(℃)およびAc
3点(℃)は、以下の式を使用して算出する。
Ac
1点(℃)=751−16C+11Si−28Mn−5.5Cu−16Ni+13Cr+3.4Mo
Ac
3点(℃)=910−203C
1/2+44.7Si−4Mn+11Cr
ここで、式中のC、Si、Mn、Cu、Ni、CrおよびMoは、各元素の含有量(質量%)であり、上記元素が含有されていない場合には、当該元素の含有量は零として算出するものとする。
【0060】
保持時間:1時間以上48時間以下
オーステナイトへのMnの濃化は、保持時間の経過に伴い進行する。保持時間が1時間未満では、Mnのオーステナイトへの濃化が不十分で、所望の均一伸びが得られない。一方、保持時間が48時間を超えると、パーライトが生成し、やはり所望の均一伸びが得られない。よって、保持時間は1時間以上48時間以下とする。好ましくは1.5時間以上24時間以下である。より好ましくは2時間以上10時間以下である。
【0061】
なお、保持後の冷却は、特に限定されず、使用する加熱炉等に応じて適宜、放冷(徐冷)、または制御冷却とすればよい。
【0062】
また、この第1の熱処理工程は、バッチ焼鈍炉で行うことが好ましい。
バッチ焼鈍炉での処理条件は、上記した条件以外は特に限定されないが、例えば、平均加熱速度は10℃/時間以上150℃/時間以下とし、保持後の平均冷却速度は10℃/時間以上150℃/時間以下とすることが、Mn濃化の観点からは好ましい。
【0063】
<冷延鋼板を得る工程>
その後、熱延鋼板を冷間圧延して、冷延鋼板とする。冷間圧延時の圧下率は、その後の焼鈍工程やホットプレス加熱工程時の異常粒成長を防止するために、30%以上とすることが好ましく、より好ましくは50%以上とする。また、圧延負荷が増し、生産性が低下するため、圧下率は85%以下にすることが好ましい。
【0064】
<焼鈍工程>
上記のようにして得た冷延鋼板をAc
1点以上Ac
3点以下の温度域に加熱したのち、該温度域で保持し、ついで冷却することにより、ホットプレス用鋼板を得る。
【0065】
加熱温度:Ac
1点以上Ac
3点以下
上述したように、焼鈍工程では、オーステナイトへのMn濃化を促進するとともに、ホットプレス用鋼板で主相となるフェライト、第2相の結晶粒を微細化することが重要である。なお、「第2相」とは、フェライト以外の残部組織(パーライトやベイナイト、残留オーステナイト、マルテンサイト)である。
すなわち、ホットプレス部材において、所定の組織として所望の高強度と高延性を得るには、素材とするホットプレス用鋼板の組織を、フェライトの平均結晶粒径:10μm以下で、かつ第2相の平均結晶粒径:10μm以下であり、フェライト中のMn濃度をMnα、第2相中のMn濃度をMnsとした時、Mns/Mnαが1.5以上である組織とすることが重要である。
ここに、加熱温度がAc
1点未満であれば、未再結晶のフェライトが残存し、フェライトの平均結晶粒径が10μmを超える。一方、加熱温度がAc
3点を超えると、マルテンサイトが主体の組織となって、第2相の平均結晶粒径が10μmを超える。
したがって、焼鈍工程における加熱温度は、Ac
1点以上Ac
3点以下とする。好ましくはAc
1+20℃以上Ac
3-20℃以下である。
【0066】
なお、フェライトおよび第2相の平均結晶粒径は以下のようにして求める。
すなわち、ホットプレス用鋼板から、圧延方向に平行で、かつ圧延面に垂直な面が観察面となるように、組織観察用試験片を採取する。観察面を研磨し、3vol.%ナイタール液で腐食して組織を現出し、板厚1/4となる位置の組織を走査型電子顕微鏡(倍率:1500倍)で観察し、撮像する。得られた組織写真から、画像解析により、組織を同定する。上述したように、比較的平滑な面で黒く観察される相はフェライトとし、それ以外の相(例えば、フェライトとセメンタイトが層状に形成した相をパーライトと、ラス間に炭化物が生成した相および粒内に炭化物を有しないベイニティックフェライトで構成される相をベイナイト)を第2相として同定する。
そして、JIS G 0551(2005)に記載の線分法により、フェライトおよび第2相の平均結晶粒径を求める。
【0067】
また、Mns/Mnαは、以下のようにして求める。
すなわち、ホットプレス用鋼板から、圧延方向に平行で、かつ圧延面に垂直な面が観察面となるように、組織観察用試験片を採取する。観察面を研磨し、3vol.%ナイタール液で腐食して組織を現出し、板厚1/4となる位置の組織をEPMA(Electron Probe Micro Analyzer;電子プローブマイクロアナライザ)で観察し、フェライトおよび第2相のそれぞれ30粒子についてMnの定量分析を行う。Mnの定量分析結果から、フェライトおよび第2相の各結晶粒のMn濃度をそれぞれ平均し、その平均値をMnαおよびMnsとした。そして、MnsをMnαで除した値をMns/Mnαとした。
【0068】
なお、焼鈍工程における保持時間は特に限定されないが、30秒以上300秒以下が好ましい。30秒以上とすれば、Mn濃化の効果が十分に得られ、300秒以下であれば生産性を損なうことがないからである。また、保持後の冷却についても特に限定されず、常法に従えばよい。
【0069】
また、ホットプレス用鋼板を製造するにあたり、上記した各工程間に、酸洗をする工程や調質圧延をする工程を適宜はさんでもよいことは勿論である。
【0070】
<めっき工程>
また、上記のようにして得られたホットプレス用鋼板の表面にめっき層を形成してもよい。上述したように、表面にめっき層が形成されていないホットプレス用鋼板を素材とする場合、ホットプレス後に、ホットプレス部材にショットブラストなどのスケール剥離処理を行う必要があるが、ホットプレス用鋼板の表面にめっき層を形成する場合、ホットプレスの加熱時にスケール生成が抑制されるため、ホットプレス後のスケール剥離処理が不要となり、生産性が向上する。
なお、ホットプレス用鋼板のめっき層の付着量は、片面あたりで10〜90g/m
2とすることが好ましく、30〜70g/m
2とすることがより好ましい。付着量が10g/m
2以上とすれば、加熱時のスケール生成を抑制する効果が十分に得られ、付着量が90g/m
2以下であれば、生産性が阻害されないからである。めっき層の成分については上述のとおりである。
【0071】
以上、素材とするホットプレス用鋼板を得るための工程について説明した。次に、上記のようにして得たホットプレス用鋼板を用いて、ホットプレスを行い、ホットプレス部材を得るための工程について説明する。
【0072】
<ホットプレス加熱工程>
上記のようにして得たホットプレス用鋼板を、Ac
3点以上1000℃以下の温度に加熱し、該温度で、900秒以下保持する。
【0073】
加熱温度:Ac
3点以上1000℃以下
加熱温度がオーステナイト単相域であるAc
3点よりも低いと、オーステナイト化が不十分となり、ホットプレス部材において所望のマルテンサイト量を確保できず、所望の引張強さを得られない。
一方、加熱温度が1000℃を超えると、オーステナイトに濃化したMnが均一化され、所望の残留オーステナイト量を確保できず、所望の均一伸びが得られない。
よって、加熱温度はAc
3点以上1000℃以下とすることが好ましい。より好ましくは、(Ac
3点+30)℃以上950℃以下とする。
【0074】
なお、加熱温度への平均加熱速度は、特に限定されないが、1〜400℃/秒とすることが好ましい。より好ましくは10〜150℃/秒である。ここに、平均加熱速度が1℃/秒以上であれば、生産性を損なわず、400℃/秒以下であれば、温度制御の不安定化を回避できる。
【0075】
保持時間:900秒以下
保持時間の経過に伴い、濃化されたMnが周囲に拡散し均一化される。そのため、保持時間が900秒を超えると、所望の残留オーステナイト量を確保できず、所望の均一伸びが得られない。よって、保持時間は900秒以下とする。好ましくは10秒以上60秒以下である。また、上記の加熱温度の到達後、直ちに、加熱を終了してもよい。
【0076】
なお、加熱方法は特に限定されず、一般的な加熱方法である、電気炉、ガス炉、赤外線加熱、高周波加熱および直接通電加熱等がいずれも適用できる。また、雰囲気についても特に限定されず、大気中や不活性ガス雰囲気中など、いずれも適用できる。
【0077】
<ホットプレス成形工程>
ホットプレス成形工程では、上記のホットプレス加熱工程を経たホットプレス用鋼板に、成形用金型を用いてプレス成形および焼入れを同時に施して、所定形状のホットプレス部材を得る。ここで、「ホットプレス成形」は、加熱された鋼板を金型でプレス成形すると同時に急冷する工法であり、「熱間成形」、「ホットスタンプ」、「ダイクエンチ」などとも称される。
【0078】
なお、プレス機内での成形開始温度は、特に限定されないが、Ms点以上とすることが好ましい。成形開始温度がMs点未満の場合、成形荷重が増大し、プレス機にかかる負荷が増加する。なお、成形開始までの素材鋼板の搬送中は、一般的に空冷とする。そのため、成形開始温度の上限は、上記のホットプレス加熱工程での加熱温度である。また、ガスや液体などにより冷却速度が速まる環境下で搬送される場合、保熱箱などの保温治具により冷却速度を低減することが好ましい。
【0079】
また、金型内での冷却速度は特に限定されないが、生産性の観点から、200℃までの平均冷却速度を好ましくは20℃/秒以上、より好ましくは40℃/秒以上とする。
金型からの取出し時間と、取出し後の冷却速度についても、特に限定されない。冷却方法としては、例えば、パンチ金型を下死点にて1〜60秒間保持し、ダイ金型とパンチ金型を用いてプレス部材を冷却する。その後、金型からプレス部材を取り出し、冷却する。金型内、また、金型から取り出し後の冷却は、ガスや液体などの冷媒による冷却方法を組み合わせることができ、それによって生産性を向上させることもできる。
【0080】
<第2の熱処理(後熱処理)工程>
また、上記のホットプレス成形工程で作製されたホットプレス部材に、さらに第2の熱処理(後熱処理)を施してもよい。以下、第2の熱処理の条件について、説明する。
【0081】
熱処理温度:250℃以上550℃以下
第2の熱処理では、残留オーステナイトにCを濃化させて、残留オーステナイトを安定化させる。また、マルテンサイトを焼戻すことによって、局部伸びの一層の向上を図ることが可能となる。
この点、熱処理温度が250℃未満では、マルテンサイトの焼戻しが十分に行われず、却って所望の局部伸びが得られなくなる。また、熱処理温度が550℃を超えると、残留オーステナイトがフェライトとセメンタイトに分解し、所望の均一伸びが得られなくなる。
よって、第2の熱処理を施す場合、熱処理温度は250℃以上550℃以下とする。好ましくは275℃以上500℃以下である。
【0082】
熱処理時間:60秒以上
熱処理時間が60秒未満では、マルテンサイトの焼戻しが十分に行われず、所望の局部伸びが得られない。よって、後熱処理を施す場合、熱処理時間は60秒以上とする。好ましくは80秒以上である。なお、上限については、生産性の観点から、好ましくは2400秒以下である。
【0083】
なお、上記熱処理後の冷却速度等については特に限定されないが、生産性の観点から、所定温度までの平均冷却速度を10℃/秒以上とすることが好ましい。
【実施例】
【0084】
表1および表4に示す成分組成(残部はFeおよび不可避的不純物)を有する溶鋼を小型真空溶解炉で溶製し、スラブとした。スラブを1250℃に加熱し、さらに粗圧延および仕上げ圧延を含む熱間圧延を施して、熱延鋼板を得た。熱間圧延条件は、仕上げ圧延入側温度:1100℃、仕上げ圧延出側温度:850℃とした。また、熱間圧延後、800〜650℃の温度域における平均冷却速度を15℃/秒として冷却し、巻取り温度を650℃として巻き取った。
【0085】
得られた熱延鋼板を、バッチ焼鈍炉で表2および表5の加熱温度T1に加熱し、表2および表5に示す時間保持する第1の熱処理を行った。なお、平均加熱速度は40℃/時間、保持後の平均冷却速度は40℃/時間であった。
ついで、得られた鋼板を、酸洗し、圧下率54%で冷間圧延して、冷延鋼板(板厚:1.6mm)を得た。ついで、表2および表5に示す加熱温度T2に加熱し、表2および表5に示す時間保持し、その後、平均冷却速度:15℃/秒で500℃まで冷却し、500℃で150秒間保持することにより、ホットプレス用鋼板を得た。
【0086】
かくして得られたホットプレス用鋼板について、上述した方法により、主相となるフェライトおよび第2相の平均結晶粒径、ならびにMns/Mnαの導出を行った。結果を表2および表5に示す。
【0087】
なお、表2および表5に示すように、一部のホットプレス用鋼板では、めっき処理を施した。表2および表5中、「Zn-Niめっき」はZn−12質量%Niめっき層、「Al-Siめっき」はAl−10質量%Siめっき層である。なお、めっき層の付着量はいずれも片面あたりで60g/m
2とした。
【0088】
ついで、これらのホットプレス用鋼板を、表3および表6に示す条件で加熱し、ついでホットプレスを施してハット断面形状のホットプレス部材を得た。なお、ホットプレスは、幅:70mm、肩半径R:6mmのパンチ金型と肩半径R:6mmのダイ金型とを使用し、成形深さ:30mmで行った。
【0089】
なお、上記の加熱を、電気加熱炉により大気中で行った場合、室温から750℃までの平均加熱速度を7.5℃/秒、750℃から加熱温度までの平均加熱速度を2.0℃/秒とした。また、上記の加熱を、直接通電加熱装置により大気中で行った場合、室温から加熱温度までの平均加熱速度を100℃/秒とした。
【0090】
また、ホットプレスにおける成形開始温度はいずれも750℃とした。さらに、金型内での冷却は、次のようにして行った。すなわち、パンチ金型を下死点にて15秒間保持し、ダイ金型とパンチ金型による挟み込みと、挟み込みから開放したダイ上での空冷との組合せにより、150℃以下まで冷却した。なお、成形開始温度から200℃までの平均冷却速度は100℃/秒であった。
ついで、得られたホットプレス部材に、さらに表3および表6に示す条件で、第2の熱処理を施した。
【0091】
上記の第2の熱処理後に得られたホットプレス部材のハット天板部の位置からJIS 5号引張試験片(平行部:25mm幅、平行部長さ:60mm、GL=50mm)を採取し、JIS Z 2241に準拠して引張試験を実施し、降伏応力YS、引張強さTS、均一伸びuEl、局部伸びlElおよび全伸びtElを求めた。結果を表3および表6に示す。
【0092】
また、上記のホットプレス部材について、上述した方法により、組織の同定および体積率の測定、残留オーステナイト中のC濃度の測定ならびに円相当直径で0.2μm以上のセメンタイトの個数の測定を行った。結果を表3および表6に示す。
【0093】
【表1】
【0094】
【表2】
【0095】
【表3】
【0096】
【表4】
【0097】
【表5】
【0098】
【表6】
【0099】
表3および表6から、発明例はいずれも、引張強さTS:1500MPa以上の高強度と、均一伸びuEl:6.0%以上でかつ局部伸びlEl:4.0%以上の高延性が得られていることがわかる。これに対し、比較例では、少なくともいずれかの特性を満足しなかった。