特許第6443596号(P6443596)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6443596
(24)【登録日】2018年12月7日
(45)【発行日】2018年12月26日
(54)【発明の名称】ホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
   C23C 2/28 20060101AFI20181217BHJP
   C23C 2/06 20060101ALI20181217BHJP
   C23C 2/12 20060101ALI20181217BHJP
   B21D 22/20 20060101ALI20181217BHJP
   B32B 15/01 20060101ALI20181217BHJP
   C22C 18/00 20060101ALI20181217BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20181217BHJP
   C22C 30/06 20060101ALI20181217BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20181217BHJP
【FI】
   C23C2/28
   C23C2/06
   C23C2/12
   B21D22/20 H
   B32B15/01 B
   C22C18/00
   C22C21/00 M
   C22C30/06
   C22C38/00 302X
【請求項の数】3
【全頁数】33
(21)【出願番号】特願2018-540075(P2018-540075)
(86)(22)【出願日】2018年3月20日
(86)【国際出願番号】JP2018011206
【審査請求日】2018年7月31日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】▲徳▼田 公平
(72)【発明者】
【氏名】光延 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】仙石 晃大
(72)【発明者】
【氏名】松村 賢一郎
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−112010(JP,A)
【文献】 特開2012−041610(JP,A)
【文献】 特開2010−018860(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 2/00−2/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼母材と、
前記鋼母材の表面に形成された金属層とを備えるホットスタンプ成形体であって、
前記金属層は、質量%で、Al:30.0〜36.0%を含み、厚みが100nm〜5μmであり、前記鋼母材との界面に位置する界面層と、MgZn相と島状のFeAl相が混在し、厚みが3μm〜40μmであり、前記界面層の上に位置する主層とを備え、
前記金属層の平均組成が、質量%で、
Al:20.0〜45.0%、
Fe:10.0〜45.0%、
Mg:2.0〜10.0%、
Sb:0〜0.5%、
Pb:0〜0.5%、
Cu:0〜1.0%、
Sn:0〜1.0%、
Ti:0〜1.0%、
Ca:0〜3.0%、
Sr:0〜0.5%、
Cr:0〜1.0%、
Ni:0〜1.0%、
Mn:0〜1.0%、
Si:0〜1.0%、
残部:12.0〜45.0%のZnおよび不純物であり、
前記主層において、前記MgZn相が、質量%で、
Mg:13.0〜20.0%、
Zn:70.0〜87.0%、
Al:0〜8.0%、
Fe:0〜5.0%を含有し、
前記主層において、前記FeAl相が、質量%で、
Al:40.0〜55.0%、
Fe:40.0〜55.0%、
Zn:0〜15.0%を含有する、
ホットスタンプ成形体。
【請求項2】
前記主層において、
前記FeAl相の体積分率が50.0〜80.0%であり、
前記MgZn相の体積分率が20.0〜50.0%である、
請求項1に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項3】
前記主層において、
前記FeAl相の体積分率が60.0〜75.0%であり、
前記MgZn相の体積分率が25.0〜45.0%である、
請求項1または2に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等に用いられる構造部材(成形体)は、強度および寸法精度をいずれも高めるため、ホットスタンプ(熱間プレス)により製造されることがある。成形体をホットスタンプによって製造する際には、鋼板をAc点以上に加熱し、金型でプレス加工しつつ急冷する。つまり、当該製造では、プレス加工と焼入れとを同時に行う。ホットスタンプによれば、寸法精度が高く、かつ、高強度の成形体を製造することができる。
【0003】
一方、ホットスタンプにより製造された成形体は、高温で加工されていることから、表面にスケールが形成される。特許文献1〜5には、ホットスタンプ用鋼板としてめっき鋼板を用いることによりスケールの形成を抑制するとともに、耐食性を向上させる技術が提案されている。
【0004】
例えば、特開2000−38640号公報(特許文献1)には、Alめっきを用いた熱間プレス用鋼板が開示されている。特開2003−49256号公報(特許文献2)にはAlめっき層が形成された高強度自動車部材用アルミめっき鋼板が開示されている。特開2003−73774号公報(特許文献3)にはZnめっき層が形成された熱間プレス用鋼板が開示されている。また、特開2005−113233号公報(特許文献4)には、Znめっき鋼板のめっき層中にMn等の各種元素が添加された熱間プレス用Zn系めっき鋼材が開示されている。特開2012−112010号公報(特許文献5)には、Al−Zn系合金めっきを使用しためっき鋼材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−38640号公報
【特許文献2】特開2003−49256号公報
【特許文献3】特開2003−73774号公報
【特許文献4】特開2005−113233号公報
【特許文献5】特開2012−112010号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の技術によれば、ホットスタンプ時のスケール発生、および脱炭等が抑制されるとしている。しかし、このようなホットスタンプ成型体は、Alめっきを主体とすることから、Znを主体とするめっき鋼板よりも犠牲防食性が劣る傾向にあり、防錆の観点で不十分である。Alめっきを主体とするめっき鋼板に関する特許文献2も上記と同様の課題を有する。
【0007】
特許文献3および特許文献4の技術では、ホットスタンプ後にZnが鋼材表層に残存するため、高い犠牲防食作用が期待できる。しかし、これらのZn系めっき鋼材は、めっき層中に地鉄から多量のFe元素が拡散するため、早期に赤錆が発生するという問題がある。また、Znが溶融した状態で鋼板が加工されるため、溶融Znが鋼板に侵入し、鋼材内部に割れが生ずるおそれがある。この割れは、液体金属脆化割れ(Liquid Metal Embrittlement、以下「LME」ともいう。)と呼ばれる。そして、LMEに起因して、鋼板の疲労特性が劣化する。
【0008】
特許文献5のめっき鋼板をホットスタンプに供すると、Al−Zn系合金めっき鋼板でも液相Znが発生してLMEを発生させる。また、Al−Zn系合金めっき鋼板では、めっき層が合金化しており、めっき層中に地鉄から多量のFe元素が拡散しているため、赤錆が発生することがある。
【0009】
ホットスタンプ成形体は、主として自動車構造部材として用いられることから、成型後にスポット溶接が施される。一般的に、耐食性を向上させるためには、めっき厚みを厚く設定することが効果的であるものの、めっき層中に含有されるAlおよびZnは、スポット電極のCuと反応し、めっき層が厚い場合には、スポット溶接の連続打点性が著しく低下してしまう。そのため、めっき鋼板のホットスタンプ成形体において、十分な耐食性と、スポット溶接性とを両立させることは困難であった。
【0010】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、疲労特性、耐食性、およびスポット溶接性を向上させた、新規かつ改良された成形体を提供することが目的である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の目的を達成するために、Zn−Al−Mg系めっき層を有するめっき鋼板について鋭意研究を行なった。その結果、本発明者らは、下記の知見を得た。
【0012】
図1は、通常の条件で製造しためっき鋼板10aである。鋼材10aは、母材11aの表面にめっき層13aを有し、母材11aとめっき層13aとの間には、地鉄のFeがめっき層に拡散した拡散層12aがある。
【0013】
図2は、通常のホットスタンプ成形体20aである。ホットスタンプ成形体20aは、母材1aの表面に一定厚さの表層部2aを有するものとなる。表層部2aは、母材1aに近い順に、界面層21aと、金属層21bとを備え、最表層に酸化物層4aを備える、層状の構造を有する。
【0014】
通常の条件で製造しためっき鋼板10aを通常の条件でホットスタンプするとホットスタンプ成形体20aのようになる。ホットスタンプ成形体20aの界面層21aは、通常の条件で製造しためっき鋼板10aの拡散層12aに由来する部分である。界面層21aは、ホットスタンプ時に、地鉄のFeがめっき層13aに拡散した部分を含んでいる。界面層21aの化学組成は、母材11aおよびめっき層13aの化学組成によって異なるが、例えば、Al、Mgなどを含みZnを主体とするめっき層13aの場合、Fe(Al,Zn)、Fe(Al,Zn)などのFe−Al相、さらにSiを多く含むめっき層13aの場合、Fe(Al,Si)、Fe(Al,Si)などのFe−Al−Si相で構成される層となる。また、酸化物層4aは、Znを主体とする酸化物層である。
【0015】
通常の条件で製造しためっき鋼板10aのめっき層の拡散層12aは厚いため、ホットスタンプ時に種々の問題を引き起こしていた。具体的には、めっき層13a中のZnが、ホットスタンプの加熱時に液相状態となり、蒸発して、金属層21b中のZn量が減少してしまう。また、めっき層13a中のZnは、ホットスタンプ時に界面層21aと反応するため、金属層21b中のZn量が減少してしまう。そのため、通常の条件で製造しためっき鋼板10aをホットスタンプすると、めっき層(ホットスタンプ成形体20aの金属層21b中)にZn犠牲防食作用を有するが残存しにくいため、耐食性が著しく低下するという問題がある。さらに、Znの蒸発は酸化物層4aの厚みを増大させるため、スポット溶接性の低下を招いてしまう。
【0016】
本発明者らは、上記の問題点を解決するために、通常の条件で製造しためっき鋼板10aとホットスタンプ成形体20aとの関係を検討した結果、めっき鋼板10aの拡散層12aの厚さを薄くするための製造条件を見出した。
【0017】
通常、めっき浴温は、均質なめっき層13aを形成するために、めっきの溶融温度+50℃〜100℃程度の範囲で設定される。めっき浴の温度が溶融温度に近づくと、製造時、めっき浴の一部が固体化してドロスとなり、めっき層の表面清浄を劣化させやすくなるからである。
【0018】
そして、めっき層13aへのFeの拡散を十分に進行させるために、通常、めっき浴への浸漬時間は5秒以上に設定される。さらに、めっき浴に浸漬する前の鋼板の温度(侵入板温)は、通常、めっき浴温度+0〜−15℃の温度に保持される。理由は、めっき浴の温度を上昇させることは容易であるが、めっき浴の温度を低下させることは難しく、侵入板温が高いと、めっき浴を冷却する必要があるからである。この点、例えば、特許文献5では全ての実施例において侵入板温がめっき浴温度(℃)〜めっき浴温度−10(℃)の温度に設定されている。
【0019】
しかし、このような通常のめっき条件(めっき浴温度がめっきの溶融温度+50〜100℃程度、浸漬時間が5秒以上、鋼板の侵入板温がめっき浴温+0〜−15℃など)で製造しためっき鋼板10aは、めっき浴温度、浸漬時間が支配的であり、めっき側へのFe拡散が容易な状態となる。そして、通常の条件で製造しためっき鋼板10aは、図1を参照して、母材(地鉄)の表層に、Fe(Al,Zn)、Fe(Al,Zn)、めっきがSiを多く含む場合には、Fe(Al,Si)、Fe(Al,Si)などで構成される拡散層12aが地鉄とめっき層との間に厚く(1μm以上)成長してしまう。
【0020】
そこで、本発明者らは、通常のめっき条件とは異なるめっき浴温度の温度、浸漬時間、鋼板の侵入板温の条件でめっき鋼板を製造することで、拡散層12aの厚さを従来よりも薄くすることに成功した。
【0021】
第一に、めっき浴の温度および浸漬時間である。めっき浴の温度が高すぎると、めっき鋼板におけるFe(Al,Zn)などの拡散層12aが1μm以上に成長し、ホットスタンプ成形体に厚い界面層を形成して、層状の金属層の形成を避けることができない。また、めっき浴の温度を低減しても、浸漬時間が長過ぎる場合にも同様の問題がある。このため、めっき浴温度を極力低下させる、具体的には、めっきの溶融温度+5〜20℃に制限し、浸漬時間を1〜3秒に制限した。このような条件で母材(地鉄)11とめっき層13との間に成長する拡散層12は、図3に参照して、Fe(Al,Zn)を主体とする薄い層になる。このような拡散層12を有するめっき鋼板10は、その後にホットスタンプを行っても、Fe(Al,Zn)5などで構成される界面層を成長させることはない。
【0022】
第二に、めっき浴への鋼板の侵入温度について検討した。本発明においては、めっき浴の温度を下げ、浸漬時間を短くすると、将来、厚い界面層になるFe(Al,Zn)などの拡散層12の成長を抑制できる。しかし、侵入板温がめっき浴温よりも低いと、めっき浴が固化しめっき層13の清浄が損なわれることが懸念される。一方で、侵入温度が高すぎると、冷却速度が低下してFe(Al,Zn)などの拡散層12が厚く成長するという問題がある。これらの問題を考慮して、侵入板温は、めっき浴温度+5〜20℃にした。
【0023】
本発明者らは、上記の製造条件に加えて、めっき層13中に7.0%以上のMgを含有させるというさらなる工夫を行った。Mgは、めっき層13中のZnと結合してMgZn相32aとなる。そのため、ホットスタンプ時に溶融Znがに侵入し、鋼材内部に割れが生ずるLME、溶融Znが原因となるスポット溶接性の低下を防ぐ。そして、めっき層13中にMgを含有させることで、ホットスタンプ時に母材のFeが、薄くなった拡散層12を突き破ってめっき層13に拡散するのを抑制できる。そして、FeのZn、Al、または、ZnおよびAlの混合物と、地鉄との過度の反応を抑制し、拡散層12の成長も抑制することができる。さらに、めっき層13中に含まれる微量のFeがAlと反応し、島状FeAl相32bを形成することができる。
【0024】
また、意外なことに、本発明者らは、ホットスタンプ成形体のFeAl相32bが島状であることを見出した。この島状のFeAl相32bは、融点が高い金属間化合物であるため、スポット溶接時の連続打点性を向上させ、LMEを抑制する効果を有すると考えられる。
【0025】
図3は、上記のとおり、本発明者らが見出した条件で製造しためっき鋼板の模式図である。図4は、上記のとおり、本発明者らが見出した条件で製造しためっき鋼板をホットスタンプすることで製造されたホットスタンプ成形体の模式図である。図4に示すとおり、本発明者らが見出した条件で製造したホットスタンプ成形体20は、界面層31は薄く、MgZn相32aと島状のFeAl相32bが混在した状態の主層32を備える。島状のFeAl相32bは、融点が高い金属間化合物であるため、スポット溶接時の連続打点性を向上させ、LMEを抑制する効果を有する。
【0026】
本発明は、上記の知見に基づいてなされたものであり、下記を要旨とする。
(1)鋼母材と、
前記鋼母材の表面に形成された金属層とを備えるホットスタンプ成形体であって、
前記金属層は、質量%で、Al:30.0〜36.0%を含み、厚みが100nm〜5μmであり、前記鋼母材との界面に位置する界面層と、MgZn相と島状のFeAl相が混在し、厚みが3μm〜40μmであり、前記界面層の上に位置する主層とを備え、
前記金属層の平均組成が、質量%で、
Al:20.0〜45.0%、
Fe:10.0〜45.0%、
Mg:2.0〜10.0%、
Sb:0〜0.5%、
Pb:0〜0.5%、
Cu:0〜1.0%、
Sn:0〜1.0%、
Ti:0〜1.0%、
Ca:0〜3.0%、
Sr:0〜0.5%、
Cr:0〜1.0%、
Ni:0〜1.0%、
Mn:0〜1.0%、
Si:0〜1.0%、
残部:12.0〜45.0%のZnおよび不純物であり、
前記主層において、前記MgZn相が、質量%で、
Mg:13.0〜20.0%、
Zn:70.0〜87.0%、
Al:0〜8.0%、
Fe:0〜5.0%を含有し、
前記主層において、前記FeAl相が、質量%で、
Al:40.0〜55.0%、
Fe:40.0〜55.0%、
Zn:0〜15.0%を含有する、
ホットスタンプ成形体。
【0027】
(2)前記主層において、
前記FeAl相の体積分率が50.0〜80.0%であり、
前記MgZn相の体積分率が20.0〜50.0%である、
上記(1)のホットスタンプ成形体。
【0028】
(3)前記主層において、
前記FeAl相の体積分率が60.0〜75.0%であり、
前記MgZn相の体積分率が25.0〜45.0%である、
上記(1)または(2)のホットスタンプ成形体。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、疲労特性、スポット溶接性、および塗装後耐食性に優れるホットスタンプ成形体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1図1は、通常のめっき工程で製造されためっき鋼板を示す模式図である。
図2図2は、通常のめっき工程で製造されためっき鋼板から得たホットスタンプ成形体を示す模式図である。
図3図3は、本発明者らが見出した条件で製造しためっき鋼板を示す模式図である。
図4図4は、本発明者らが見出した条件で製造しためっき鋼板から得たホットスタンプ成形体を示す模式図である。
図5図5は、本発明の一実施形態に係るホットスタンプ成形体の金属層断面の反射電子像である。
図6図6は、本発明の一実施形態に係るホットスタンプ成形体の島状のFeAl相の定義を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の一実施形態であるホットスタンプ成形体、ホットスタンプ成形体を得るためのめっき鋼板、および、ホットスタンプ成形体の製造方法について説明する。なお、含有量についての「%」は、特に断りのない限り「質量%」を意味するものとする。
【0032】
1.ホットスタンプ成形体20について
図4および図5を参照して、本実施形態に係るホットスタンプ成形体20の概要を説明する。図4および図5を参照して、本実施形態に係るホットスタンプ成形体20は、鋼母材(以下、単に「母材」ともいう。)1と、金属層3とを備え、金属層3は、母材1との界面に界面層31と、主層32とを備え、主層32は、MgZn相32aと島状のFeAl相32bが混在した状態のものとなる。金属層3の外面は、場合によって、酸化物層4が存在する。ただし、めっき層13の化学組成、特に、Zn、Mg成分の関係から、めっき鋼板表面全体にわたって、めっき断面において層状の酸化物は形成されにくい。よって、酸化物層4は、観察されても部分的にZn、Mg、Ca成分等の酸化物が微量に付着する程度である。また、この酸化物層4は、化成処理等の工程中のアルカリ処理によって取り除かれ、最終製品の表面には残存しない場合がある。
【0033】
1−1.母材1について
母材1は、本実施形態に係るホットスタンプ成形体20の用途に応じた特性を有しておれば、特に制約はない。母材1には、例えば、下記の化学組成を有する鋼を用いることができる。
【0034】
C:0.05%〜0.40%
炭素(C)は、ホットスタンプ成形体の強度を高めるのに有効な元素であるが、C含有量が多すぎると、ホットスタンプ成形体の靭性を低下させる。従って、C含有量は、0.05%〜0.40%とする。好ましいC含有量の下限値は、0.10%であり、より好ましいC含有量の下限値は、0.13%である。好ましいC含有量の上限値は、0.35%である。
【0035】
Si:0.5%以下
シリコン(Si)は、鋼を脱酸するのに有効な元素である。しかし、Si含有量が多すぎると、ホットスタンプの加熱中に鋼中のSiが拡散して、鋼板表面に酸化物を形成し、その結果、りん酸塩処理の効率を低下させる。また、Siは、鋼のAc点を上昇させる元素である。このため、Siの過剰な含有は、鋼板のAc点が上昇させて、ホットスタンプの加熱温度を上昇させるので、めっき層中のZnの蒸発が避けられなくなる。従って、Si含有量は、0.5%以下とする。好ましいSi含有量の上限値は、0.3%であり、より好ましいSi含有量の上限値は、0.2%である。好ましいSi含有量の下限値は、求められる脱酸レベルによって異なるが、通常、0.05%である。
【0036】
Mn:0.5%〜2.5%
マンガン(Mn)は、焼入れ性を高め、ホットスタンプ成形体の強度を高める。一方、Mnを過剰に含有させても、その効果は飽和する。従って、Mn含有量は、0.5%〜2.5%とする。好ましいMn含有量の下限値は、0.6%であり、より好ましいMn含有量の下限値は、0.7%である。また、好ましいMn含有量の上限値は、2.4%であり、より好ましいMn含有量の下限値は、2.3%である。
【0037】
P:0.03%以下
りん(P)は、鋼中に含まれる不純物である。Pは結晶粒界に偏析して鋼の靭性を低下させ、耐遅れ破壊性を低下させる。従って、P含有量は、0.03%以下とする。P含有量は、できる限り少なくすることが好ましく、0.02%以下とするのが好ましい。P含有量の過剰な低減はコスト上昇を招くので、好ましい下限は0.01%である。
【0038】
S:0.01%以下
硫黄(S)は、鋼中に含まれる不純物である。Sは硫化物を形成して鋼の靭性を低下させ、耐遅れ破壊性を低下させる。従って、S含有量は0.01%以下とする。S含有量はできる限り少なくすることが好ましく、0.005%以下とするのが好ましい。S含有量の過剰な低減はコスト上昇を招くので、好ましい下限は0.0001%である。
【0039】
sol.Al:0.1%以下
アルミニウム(Al)は、鋼の脱酸に有効である。しかし、Alの過剰な含有は、鋼板のAc点が上昇させて、ホットスタンプの加熱温度を上昇させるので、めっき層中のZnの蒸発が避けられなくなる。鋼のAc点が上昇してホットスタンプ時の加熱温度がめっき層中のZnの蒸発温度を超えるおそれがある。従って、Al含有量は、0.1%以下とする。好ましいAl含有量の上限値は、0.05%であり、より好ましいAl含有量の下限値は、0.01%である。なお、本明細書において、Al含有量は、sol.Al(酸可溶Al)の含有量を意味する。
【0040】
N:0.01%以下
窒素(N)は、鋼中に不可避的に含まれる不純物である。Nは窒化物を形成して鋼の靭性を低下させる。Nは、鋼中にボロン(B)がさらに含有される場合、Bと結合することで固溶B量を減少させ、焼入れ性を低下させる。従って、N含有量は0.01%以下とする。N含有量はできる限り少なくすることが好ましく、0.005%以下とするのが好ましい。N含有量の過剰な低減はコスト上昇を招くので、好ましい下限は0.0001%である。
【0041】
B:0〜0.005%
ボロン(B)は、鋼の焼入れ性を高め、ホットスタンプ後の鋼板の強度を高めるので、母材に含有させてもよい。しかし、Bを過剰に含有させても、その効果は飽和する。従って、B含有量は、0〜0.005%とする。好ましいB含有量の下限値は0.0001%である。
【0042】
Ti:0〜0.1%
チタン(Ti)は、窒素(N)と結合して窒化物を形成して、BN形成による焼入れ性の低下を抑制することができる。また、Tiは、ピン止め効果により、ホットスタンプの加熱時にオーステナイト粒径を微細化し、鋼板の靱性等を高めることができる。よって、Tiを母材に含有させてもよい。しかし、Tiを過剰に含有させても、上記効果は飽和し、しかも、Ti窒化物が過剰に析出すると、鋼の靭性を低下させる。従って、Ti含有量は、0〜0.1%とする。好ましいTi含有量の下限値は、0.01%である。
【0043】
Cr:0〜0.5%
クロム(Cr)は、鋼の焼入れ性を高めて、ホットスタンプ成形品の強度を高めるのに有効であるので、母材に含有させてもよい。しかし、Cr含有量が過剰であり、ホットスタンプの加熱時に溶解し難いCr炭化物が多量に形成されると、鋼のオーステナイト化が進行し難くなり、逆に焼き入れ性が低下する。従って、Cr含有量は、0〜0.5%とする。また、好ましいCr含有量の下限値は0.1%である。
【0044】
Mo:0〜0.5%
モリブデン(Mo)は、鋼の焼入れ性を高めので、母材に含有させてもよい。しかし、Moを過剰に含有させても、上記効果は飽和する。従って、Mo含有量は、0〜0.5%とする。また、好ましいMo含有量の下限値は0.05%である。
【0045】
Nb:0〜0.1%
ニオブ(Nb)は、炭化物を形成して、ホットスタンプ時に結晶粒を微細化し、鋼の靭性を高める元素であるので、母材に含有させてもよい。しかし、Nbを過剰に含有させると、上記効果は飽和し、さらに、焼入れ性を低下させる。従って、Nb含有量は、0〜0.1%とする。好ましいNb含有量の下限値は0.02%である。
【0046】
Ni:0〜1.0%
ニッケル(Ni)は、ホットスタンプの加熱時に、溶融Znに起因した脆化を抑制することができるので、母材に含有させてもよい。しかし、Niを過剰に含有させても、上記効果は飽和する。従って、Ni含有量は、0〜1.0%とする。好ましいNi含有量の下限値は0.1%である。
【0047】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体を構成する母材の化学組成の残部は、Feおよび不純物である。本明細書において、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料である鉱石またはスクラップに含まれ得る成分、または、製造環境などに起因して混入され得る成分であり、本発明の効果を妨げない範囲で許容される成分である。なお、任意添加元素については、上記不純物として母材に含有されていてもよい。
【0048】
1−3.金属層3について
(a)界面層31について
界面層31は、ホットスタンプの加熱によってめっき層中のAl成分が母材(地鉄)に拡散して、Feと結合した層のことであり、Fe−Al主体の金属間化合物(以下、単に「Fe−Al」ともいう。)で構成される。
【0049】
Fe−Alは、原子比が決まった金属間化合物である。Fe−Alの元素組成比(質量%)は、Al:約33%、Fe:約67%となる。TEM(Transmission Electron Microscope)観察によれば、界面層31の極表層にAl濃度の高いAlFe相が、層を形成しない微小析出物として形成されること、母材近傍にFeAl相等が、層を形成しない微小析出物として形成されることがある。そして、SEM−EDX(走査型電子顕微鏡−エネルギー分散型X線分光法)等を用いて、5000倍程度の倍率で当該層を定量分析すると、Al含有量は30.0〜36.0%の範囲で変動する。よって、界面層のAl含有量は、30.0〜36.0%の範囲とする。
【0050】
なお、Fe−Al主体の金属間化合物には、めっき鋼板の母材およびめっき層の化学組成によっては、少量Zn、Mn、NiなどがFe−Alに固溶し、含有されることがある。よって、Fe−Al主体の金属間化合物とは、Al:30.0〜36.0%を含み、残部は実質的にFeであるということができる。ここで、「実質的」とは、3%未満の他の成分(例えば、Zn、Mn、Si、およびNi)の含有を許容することを意味する。
【0051】
ここで、界面層は、母材のバリア被膜となり、一定の耐食性を有する。よって、界面層は、塗膜下腐食の際に、地鉄の溶出を防ぎ、腐食試験等でカット傷から発生する流れ赤錆(具体的には、カット傷から垂れ状に筋模様を形成する赤錆)の発生を抑制することができる。このような効果を得るために、界面層の厚さを100nm以上とする。しかし、界面層が厚すぎると、Fe−Al自体から形成される赤錆が流れ赤錆となるので、界面層の厚みは5μm以下とする。よって、界面層の厚みは、100nm以上5μm以下とする。なお、界面層の厚みは、明瞭な錆抑制効果を確認するために、下限を500nmとするのが好ましく、上限を2μmとするのが好ましい。上限は、1μmとするのがさらに好ましい。
【0052】
(b)主層32について
図4および図5を参照して、主層32は、MgZn相32aと島状のFeAl相32bが混在した状態の層である。主層32は、ホットスタンプ時のスケール発生を抑制する効果を有し、かつ、ホットスタンプ成形体20の耐食性を担う。ホットスタンプ成形体20の耐食性は、主層32の犠牲防食により母材(地鉄)に赤錆を発生させないようにする作用と、主層32と、さらに上層の塗膜(図示省略)との密着性を確保し、錆範囲を拡張させない作用によって発揮される。
【0053】
MgZn相32aと島状FeAl相32bが混在した状態とは、島状FeAl相32bが主層32全体に分散(点在)していることを意味する。島状FeAl相32bの具体的な様子は図5に示されている。島状FeAl相32bには、島状FeAl相32b単体で存在しているもののほか、隣接する複数の島状FeAl相32bが凝集しているものも含まれる。
【0054】
本発明のFeAl相32bは島状であることを特徴とする。FeAl相32bを金属層3と母材1との界面に投影した長さを2d(図6中の2d、2d、2d、2d参照)とし、FeAl相32bの周囲長さをLとして、測定した2dとLから、下式を用いて比周囲長さRを算出し、Rが2以上のFeAl相を島状であるとした。
R=L/2d≧2
【0055】
島状のFeAl相32bは、めっき層と地鉄の界面において地鉄側からめっき層中へ層状に成長するものではなく、めっき層中に球状に核生成し、成長したものである。実際の断面組織を観察すると、球状の相が接触し、固着した状態で観察される。島状のFeAl相32bは三次元的には球状に成長しているため、通常の製法で形成されるめっき層/地鉄の界面の層状FeAl相に比べて、主層内部におけるMgZn相との接触面積が大きい。
【0056】
島状FeAl相32bが形成される機構について詳細は明らかでないが、下記の仮説が考えられる。本発明のホットスタンプ前のめっき鋼板10の拡散層12(Fe(Al,Zn)など)は、その厚さが1μm未満と薄く、かつ、拡散層12中へのSi固溶量が少ないため、化学結合はあまり強くない状態である。よって、めっき鋼板10を製造した時点で拡散層12を通してめっき層13中に微量のFeが分散する。また、ホットスタンプの加熱中においても、母材中のFeが拡散層12を通って、溶融状態にあるめっき層13中に拡散する。めっき層中の微量分散Feがホットスタンプ時に核生成サイトとしてAl原子およびZn原子と結合し、島状に成長するものと推察される。
【0057】
島状FeAl相が形成される場合、加熱前のめっき層13に対して発煙硝酸を用いて溶解した溶液を分析すると、0.05〜0.5%のFeが検出される。一方で、通常の条件で製造しためっき鋼板10aの場合、母材中のFeの拡散が溶融状態にあるめっき層13aに及ばず、結果として、Fe(Al,Zn)などの界面層21aを成長させ、得られたホットスタンプ成形体20aは、層状の構造を有することになると考えられる。
【0058】
MgZn相32aは、金属間化合物であることから、原子比から成分濃度がほぼ一定で、Mg濃度は16.0%程度となり、Zn濃度は84.0%程度となる。しかし、MgZn相中には、Alが0〜8.0%の範囲で固溶し、Feが0〜5.0%の範囲で固溶することがあるため、Mg濃度は13.0〜20.0%の範囲で定義され、Zn濃度は、70.0〜87.0%の範囲で定義される。これらの成分以外の残部は不純物である。不純物としては、例えば、0〜0.01%のNi、0〜0.01%のSiなどが挙げられる。
【0059】
島状FeAl相32bは、金属間化合物であることから、原子比から成分濃度がほぼ一定で、Al濃度、およびFe濃度共に50.0%程度となる。しかし、FeAl相中には、Znが0〜15.0%の範囲で固溶することがあるため、Al濃度は、40.0〜55.0%の範囲で定義され、Fe濃度は、40.0〜55.0%の範囲で定義される。これらの成分以外の残部は不純物である。不純物としては、例えば、0〜0.01%のNi、0〜0.01%のSiなどが挙げられる。
【0060】
FeAl相32bが層状から島状になることで、金属層中のMgZn相32a内のAl成分が減少するので、スポット溶接時の連続打点性を向上する。MgZn相32aに存在するAl成分は、スポット溶接のCu電極と反応して、著しく連続打点性を低下させるからである。また、FeAl相が層状ではなく、島状になることで、ホットスタンプ時に発生する溶融Znの母材への侵入が抑制され、LMEを抑制する効果を有する。ただし、FeAl相32bの量を単純に増大させただけだと、かえって耐食性を悪化することもあるので、FeAl相の量と形態のバランスが重要である。
【0061】
島状FeAl相32bの大きさには特に制約がないが、大きすぎると主層32中に偏在するおそれがある。島状FeAl相32bが偏在すると、耐食性および耐チッピング性に悪影響を及ぼすおそれがある。そのため、島状FeAl相32bの大きさはできる限りバラツキが小さいことが好ましく、偏在していないことが好ましい。
【0062】
MgZn相32aは、主層32中に含有されることで、ホットスタンプ成形体の赤錆発生を抑制することができる。通常、MgZn相の量が増大する程、耐食性が向上する。また、MgZn相32aは、主相層中へのZnの固溶を防止し、ホットスタンプの加熱時の液相Znの発生を抑制する。液相Znは、スポット溶接時にも発生し、Cu電極と反応することで連続打点性を低下させる。MgZn相32aを主層32中に存在させることにより、液相Znの発生を抑制し、連続打点性の低下も抑制することができる。ただし、MgZn相の量が多すぎる場合、ホットスタンプ時に、金型にめっき層が溶着したり、MgZn相内でZn濃度が高い領域が生成されることでLMEが発生したりするおそれがある。
【0063】
そのため、主層32において、FeAl相32bの体積分率が50.0〜80.0%であり、MgZn相32aの体積分率が20.0〜50.0%であることが好ましい。この範囲であれば、優れた耐食性、スポット溶接性、LME性、および金型溶着性が得られやすい。FeAl相32bの体積分率は、60.0〜75.0%とするのが好ましく、MgZn相32aの体積分率は、25.0〜40.0%とするのが好ましい。
【0064】
主層32の厚みが3μm未満の場合、腐食時に母材(地鉄)を十分に保護することができないため、主層32の厚みは3μm以上とする。主層32の厚みが増大した場合、耐食性が向上する傾向にあるが、厚すぎると、スポット溶接性に悪影響を与えるので、主層32の厚みは、40μm以下とする。なお、主層32の厚みの下限は、6μmとするのが好ましく、10μmとするのがより好ましい。主層32の厚みの上限は、30μmとするのが好ましく、25μmとするのがより好ましい。
【0065】
(c)金属層3の平均組成について
金属層3は、下記の平均組成を有する。
【0066】
Al:20.0〜45.0%
Alは、ホットスタンプ時の加熱によって、母材1および金属層3の界面付近では界面層31を形成して、主層32においてFeAl相32bを生成することにより、Feが母材1から主層32中に過度に拡散するのを抑制するために必須の元素である。金属層3中のAl含有量が少なすぎると、界面層31の厚さが薄くなり、Feが母材1から主層32に拡散しやすくなり、MgZn相32aに固溶するFe含有量が高くなる。また、主層32中のFeAl相32bを減少させる。その結果、スポット溶接性の低下、LMEの発生、およびホットスタンプ時の溶着の発生につながる。よって、金属層3中のAl含有量の下限値は20.0%とする。
【0067】
一方、金属層3中のAl含有量が多すぎると、金属層3中のMgZn相32a内に固溶するAl濃度が高くなり、犠牲防食作用が弱くなり、塗膜下耐食性が低下し、赤錆発生までの時間が悪化するという問題が生じる。したがって、金属層3中のAl含有量の上限は、45.0%とする。Al含有量の好ましい下限は、25.0%であり、より好ましい下限は29.0%である。Al含有量の好ましい上限は、44.0%であり、より好ましい上限は38.0%である。
【0068】
Fe:10.0〜45.0%
ホットスタンプ時に、めっき鋼板を加熱すると、Feが母材1から金属層3に拡散するため、ホットスタンプ成形体20の金属層3には必ずFeが含まれる。Feは、金属層3中のAlと結合して、界面層31および主層32中のFeAl相32bを形成する。金属層3中のFe濃度は、界面層31の厚みが増大し、主層32中のFeAl相32bの量が増大するほど上昇する。Fe濃度が低い場合、FeAl相32bの量も減少するため、主層32の構造が崩れやすくなる。具体的には、Fe濃度が10.0%未満である場合、主層32中のMgZn相32aの量が相対的に増加し、スポット溶接性、および溶着性が悪化する傾向にあるため、金属層3のFe含有量の下限は、10.0%とする。一方、Fe濃度が高すぎる場合、FeAl相32bの量が多くなり、主層32中のMgZn相32bが相対的に減少することで、主層32の構造が崩れて耐食性が悪化する傾向にあるため、金属層3のFe含有量の上限は、45.0%とする。金属層3のFe含有量の下限は、20.0%とするのが好ましく、27.0%とするのがより好ましく、32.5%とするのがさらに好ましい。金属層3のFe含有量の上限は、42.0%とするのが好ましく、36.5%とするのが好ましい。
【0069】
Mg:2.0〜10.0%
Mgは、金属層3の耐食性を向上し、腐食試験における塗膜下の膨れ幅を改善するのに有効な元素である。また、Mgは、ホットスタンプの加熱時に、金属層3中のZn成分と結合して液相Znの発生を防止するので、LME割れを抑制する効果も有する。金属層3中のMg濃度が過度に低い場合、MgZn相が形成されず、主層32中に固溶Znが残存するので、LMEが発生する可能性が増大する。そのため、Mg含有量は、2.0%以上とする。一方、金属層3中のMg含有量が多すぎると、過度に犠牲防食が働き、腐食試験において、塗膜膨れ幅、および流れ錆が急激に大きくなる傾向がある。よって、Mg含有量の上限は、10.0%とする。Mg含有量は、3.0%以上とするのが好ましく、3.5%以上とするのがより好ましい。
【0070】
Sb:0〜0.5%
Pb:0〜0.5%
Cu:0〜1.0%
Sn:0〜1.0%
Ti:0〜1.0%
Sb、Pb、Cu、SnおよびTiは、金属層3中でZnと置換され、MgZn相内で固溶体を形成するが、所定の含有量の範囲内であれば、ホットスタンプ成形体20に悪影響を及ぼさない。よって、これらの元素が金属層3に含まれていてもよい。しかし、それぞれの元素の含有量が過剰な場合、ホットスタンプの加熱時に、これらの元素の酸化物が析出し、ホットスタンプ成形体20の表面性状を悪化させ、りん酸化成処理が不良となって塗装後耐食性が悪化する傾向にある。また、腐食試験での赤錆発生までの時間も早くなる。また、Pb、Snの含有量が過剰な場合には、溶着性およびLME性を劣化させる。SbおよびPbの含有量は、0.5%以下、Cu、SnおよびTiの含有量は1.0%以下とする。SbおよびPbの含有量は0.2%以下とするのが好ましく、Cu、SnおよびTiの含有量は、0.8%以下が好ましく、0.5%以下がより好ましい。
【0071】
Ca:0〜3.0%
Sr:0〜0.5%
CaおよびSrは、製造時にめっき浴上に形成されるトップドロスの生成を抑制することができる。また、CaおよびSrは、ホットスタンプの熱処理時に、大気酸化を抑制する傾向があるため、熱処理後のめっき鋼板の色変化を抑制することができる。これらの効果は、CaよりもSrの方が強いため、Srのほうが少量で効果を発揮する。また、これらの元素の含有量が過剰な場合、腐食試験において塗膜膨れ幅および流れ錆に悪影響を与える。よって、CaおよびSrから選択される一種以上を、Ca含有量は3.0%以下、Sr含有量は0.5%以下の範囲で、金属層3に含有させてもよい。Ca含有量は、2.0%以下とするのが好ましく、1.5%以下とするのがより好ましい。Sr含有量は、0.3%以下とするのが好ましく、0.1%以下とするのがより好ましい。上記の効果を得るためには、Ca含有量は0.1%以上とするのが好ましく、Sr含有量は0.05%以上とするのが好ましい。
【0072】
Cr:0〜1.0%
Ni:0〜1.0%
Mn:0〜1.0%
Cr、NiおよびMnは、めっき鋼板においては、めっき層と母材との界面付近に濃化し、めっき層表面のスパングルを消失させるなどの効果を有する。これらの元素は、ホットスタンプ成形体20の金属層3中では、Feと置換され、界面層31中に含まれるか、主層32中のFeAl相32b中で固溶体を形成する。よって、Cr、NiおよびMnから選択される一種以上が、金属層3中に含まれていてもよい。しかし、これらの元素の含有量が過剰な場合には、塗膜膨れ幅および流れ錆が大きくなり、耐食性が悪化する傾向にある。よって、Cr、NiおよびMnの含有量は、それぞれ1.0%以下とする。Cr、NiおよびMnの含有量は、0.5%とするのが好ましく、0.1%以下とするのがより好ましい。Cr、NiおよびMnの含有量の下限は、0.01%とするのが好ましい。
【0073】
Si:0〜1.0%
Siは、溶融状態のZnおよびAlの活量を大きく下げ、ホットスタンプ時におけるFeおよび金属層3を構成する元素の拡散に大きく影響を与える元素である。したがって、Siは、FeAl相32bの分散構造を大きく崩しかねないため、適切な含有量に制限する必要がある。金属層3中のSi含有量が過剰な場合、金属層3中のMgZn相32aが減少して、母材と金属層との界面を起点にMgSi相が形成され、耐食性が大きく悪化する。また、MgZn相の減少によって、フリーとなったZnがZn相を形成するため、LMEが発生することがある。さらに、Siは、金属層3内部へのFeの拡散を抑制し、界面層31の成長およびFeAl相32bの成長を阻害する。このため、Si含有量は、極力低減するのが好ましく、1.0%以下とする。Si含有量は、0.2%以下とするのが好ましく、より好ましいのは0%である。
【0074】
残部:12.0〜45.0%のZnおよび不純物
金属層3中において、防錆の観点からZnの含有は必須である。金属層3中に含まれるZn成分のほとんどは、MgZn相32aとして存在している。一方、Zn原子はAl原子と置換することが可能であるから、Znは、少量ではあるが、FeAl相32bにも固溶することが可能である。従って、金属層中に含まれるMgZn相32aの量が増大した場合、金属層3中のZn濃度も増大する。
【0075】
ここで、金属層3中のZn含有量が高く、ZnがMgZn相32aとして存在している、ホットスタンプ成形体20は、腐食試験に供すると、MgZn相32aが溶出して白錆が発生する。一方、金属層3中のZn含有量が低く、MgZn相などのFeを含まない金属間化合物がほとんど存在しない、ホットスタンプ成形体は、腐食試験に供すると、金属層中のFeを含有する金属間化合物が腐食して、赤錆が発生してしまう。すなわち、腐食時に白錆または赤錆のいずれが発生するかは、金属層3中のZn含有量および主層32中のMgZn相32aの存在に密接な関係がある。
【0076】
具体的には、金属層3中のZn含有量が12.0%以上である場合、塗膜クロスカット傷からの腐食試験において白錆が発生するが、金属層3中のZn含有量が12.0%を下回る場合、即座に赤錆が発生する。このため、金属層3中のZn含有量は、12.0%以上とする。一方、Zn含有量が多すぎると、金属層3中でMgと反応しないZn相が析出する。Zn相の析出は、LMEを発生させる可能性があり、結果として、ホットスタンプ成形体の疲労強度を悪化させる可能性がある。よって、Zn含有量は、45.0%以下とする。Zn含有量の好ましい下限は、16.5%であり、より好ましい下限は18.5%である。また、Zn含有量の好ましい上限は、40.0%であり、より好ましい上限は、32.0%である。
【0077】
このように、金属層3の残部は、12.0〜45.0%のZnおよび不純物とする。不純物として、上記以外の任意の元素が、本発明の効果を妨げない範囲で含まれていてもよい。
【0078】
1−4.酸化物層4について
本実施形態に係るホットスタンプ成形体20の最表層には、めっき成分の酸化によって酸化物層4が形成される場合がある。酸化物層4は、ホットスタンプ後に供されるりん酸化成処理性および電着塗装性を悪化させる恐れがあるので、薄い方がよい。1.0μm以下の厚みであれば、金属層3の主たる性能に影響を与えない。
【0079】
2.めっき鋼板10について
本実施形態に係るホットスタンプ成形体20を得るために用いるめっき鋼板10について説明する。図3を参照して、本実施形態に係るホットスタンプ成形体20を得るために用いるめっき鋼板10は、母材(地鉄)11とめっき層13との間に拡散層12を備える。母材11の化学組成は、本実施形態に係るホットスタンプ成形体20の母材1の化学組成と共通するので、説明を省略する。拡散層12は、Fe(Al,Zn)を主体とする薄い層である。めっき層13は、Zn−Al−Mg系めっき層であり、ホットスタンプ後に上述した化学組成を有する金属層3を形成するものであれば特に制約がない。めっき層13としては、例えば、下記の化学組成を有するものを用いることができる。
【0080】
Zn:17.0%以上
Znは、本実施形態に係るホットスタンプ成形体20の主層32にMgZn相32aを形成するために必須の元素であり、その含有量は、17.0%以上とすることが推奨される。
【0081】
Al:10.0〜70.0%
Alは、本実施形態に係るホットスタンプ成形体20の主層32に島状のFeAl相32bを形成するために必須の元素であり、その含有量は、10.0〜70.0%とすることが推奨される。
【0082】
Mg:7.0〜20.0%
Mgは、本実施形態に係るホットスタンプ成形体20の主層32にMgZn相32aを形成するために必須の元素であり、その含有量は、7.0〜20.0%とすることが推奨される。この範囲のMgは、溶融状態にあるZn、Al、または、ZnおよびAlの混合物と、地鉄との過度の反応を抑制する。
【0083】
Fe:0.05〜2.0%
Feは、ホットスタンプの加熱中に島状のFeAl相を析出するために、その含有量は0.05%以上とすることが推奨される。一方、ホットスタンプ時の過度な合金化反応を抑制するために、Feの含有量は、2.0%以下が好ましい。めっき層中のFeは、めっき浴中に含まれていたものだけでなく、母材由来のものも含まれる。
【0084】
Si:0〜1.0%
Siは、その含有量が多すぎると、ホットスタンプ時にMgと反応してMgSi相を形成し、耐食性が大きく悪化する。よって、その含有量は1.0%以下が好ましい。
【0085】
めっき層13には、さらに下記の元素が含まれていてもよい。これらの元素の含有量は、ホットスタンプ前後で、ほとんど変化しない。また、それぞれの元素の含有量の範囲については、金属層3における説明と共通するので、省略する。
Sb:0〜0.5%
Pb:0〜0.5%
Cu:0〜1.0%
Sn:0〜1.0%
Ti:0〜1.0%
Ca:0〜3.0%
Sr:0〜0.5%
Cr:0〜1.0%
Ni:0〜1.0%
Mn:0〜1.0%
【0086】
なお、めっき層13には、本発明の効果を妨げない範囲であれば、上記以外の任意の元素が不純物として含有されていてもよい。
【0087】
めっき層13の厚みは、例えば、3〜50μmとしてもよい。また、めっき層13は、鋼板の両面に設けられてもよく、鋼板の片面のみに設けられていてもよい。
【0088】
3.ホットスタンプ成形体20の製造方法
次に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体20の製造方法について説明する。本実施形態に係るホットスタンプ成形体の製造方法は、母材を準備する工程(母材準備工程)と、母材にZn−Al−Mgめっき層を形成してめっき鋼板を準備する工程(めっき処理工程)と、めっき鋼板に対してホットスタンプを行う工程(熱間プレス工程)と、を含み、必要に応じて防錆油膜形成工程、及びブランキング加工工程を含む。以下、各工程を詳述する。
【0089】
[母材準備工程]
本工程は、母材を準備する工程である。例えば、上述した化学組成を有する溶鋼を製造し、製造された溶鋼を用いて、鋳造法によりスラブを製造する。または、製造された溶鋼を用いて、造塊法によりインゴットを製造してもよい。さらに、製造されたスラブ又はインゴットを熱間圧延することで母材(熱延板)を製造する。なお、必要に応じて、上記熱延板に対して酸洗処理を行った後、熱延板に対して冷間圧延を行い、冷延板を母材として用いてもよい。
【0090】
[めっき処理工程]
本工程は、母材にZn−Al−Mgめっき層を形成する工程である。本工程では、前述した組成のZn−Al−Mgめっき層を母材の両面に形成する。めっき層の付着量は、片面当たり170.0g/m以下とすることが好ましい。なお、本工程では、めっき付着の補助として、Niプレめっき、Snプレめっき等の各種プレめっきを施すことも可能であるが、各種プレめっきは、合金化反応に変化を及ぼすため、プレめっきの付着量は、片面当たり2.0g/m以下とすることが好ましい。
【0091】
ただし、めっき鋼板に、Fe(Al,Zn)などで構成される拡散層12aを成長させないようにするためには、下記を満足する条件でめっき処理を行うことが推奨される。
【0092】
めっき浴の温度が高すぎると、めっき鋼板におけるFe(Al,Zn)などの拡散層12aが1μm以上に成長し、ホットスタンプ成形体に厚い界面層を形成して、層状の金属層の形成を避けることができない。また、めっき浴の温度を低減しても、浸漬時間が長過ぎる場合にも同様の問題がある。このため、めっき浴温度を極力低下させる、具体的には、めっきの溶融温度+5〜20℃に制限し、浸漬時間を1〜3秒に制限することが好ましい。このような条件で母材(地鉄)11とめっき層13との間に成長する拡散層12は、図3に参照して、Fe(Al,Zn)を主体とする薄い層になる。このような拡散層12を有するめっき鋼板10は、その後にホットスタンプを行っても、Fe(Al,Zn)などで構成される界面層を成長させることはない。
【0093】
上記のように、めっき浴の温度を下げ、浸漬時間を短くすると、将来、厚い界面層になるFe(Al,Zn)などの拡散層12の成長を抑制できる。しかし、侵入板温がめっき浴温よりも低いと、めっき浴が固化しめっき層13の清浄が損なわれることが懸念される。一方で、侵入温度が高すぎると、冷却速度が低下してFe(Al,Zn)などの拡散層12が厚く成長するという問題がある。これらの問題を考慮すると、侵入板温は、めっき浴温度+5〜+20℃とするのが好ましい。
【0094】
[熱間プレス工程]
本工程は、上述のめっき鋼板に対して、緩加熱した後、ホットスタンプを行う工程である。本工程では、主に通電加熱(ジュール熱)、または輻射熱を利用してめっき鋼板を加熱する。
【0095】
ホットスタンプ工程では、まず、めっき鋼板を加熱炉に挿入し、鋼板のAc点以上の温度である900℃でめっき鋼板を均熱化させた後、めっき鋼板を炉から取り出し、直ちに水冷ジャケットを備えた平板金型で挟み込むことでプレス加工と同時に冷却する。なお、加熱されためっき鋼板を炉から取り出して冷却を開始するまでの時間は5秒程度であり、冷却開始は、めっき鋼板の温度が800℃程度の時点で行う。なお、冷却は、めっき鋼板の冷却速度が遅い部分でも、マルテンサイト変態開始点(410℃)までの冷却速度が50℃/秒以上となるように行う。
【0096】
ホットスタンプの昇温過程および保持時間には、最適条件が存在する。昇温過程における昇温速度は、好ましくは10℃/秒以上、より好ましくは30℃/秒以上である。昇温速度を上記の値以上とすることにより、めっき層中に地鉄から過度のFeが供給されることを抑制することができる。また、同様の理由から、均熱のための保持時間は、900℃で60秒以下が好ましく、30秒以下がより好ましい。
【0097】
上記のホットスタンプ工程によって、めっき鋼板からホットスタンプ成形体を得ることができる。ホットスタンプ工程では、めっき鋼板は高温に曝されるが、めっき層が地鉄の酸化を抑制するため、スケール形成を抑制することができる。なお、冷却金型を矩形、円形等の様々な形状の金型とすることで、ホットスタンプ成形体の形状を変化させることが可能である。
【0098】
以上では、めっき鋼板の母材の準備から本実施形態に係るホットスタンプ成形体の製造方法について説明したが、上記説明に限定されない。例えば、本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、市場から購入等した所望のめっき層を有するめっき鋼板をホットスタンプすることによって製造することも可能である。以下では、当該製造方法において任意選択可能な工程を併記する。
【0099】
[防錆油膜形成工程]
本工程は、めっき処理工程後、かつ、ホットスタンプ工程前に、ホットスタンプ用のめっき鋼板の表面に防錆油を塗布して防錆油膜を形成する工程である。ホットスタンプ用のめっき鋼板が製造されてからホットスタンプが行われるまでに、長期間が経過している場合、めっき鋼板の表面が酸化するおそれがある。しかし、本工程により防錆油膜が形成されためっき鋼板の表面は酸化し難く、これにより、スケールの形成が抑制される。なお、防錆油膜の形成方法は、公知の技術を適宜用いることができる。
【0100】
[ブランキング加工工程]
本工程は、防錆油膜形成工程後、かつ、ホットスタンプ工程前に、ホットスタンプ用のめっき鋼板に対して剪断加工または打ち抜き加工の少なくともいずれかを行って、めっき鋼板を特定の形状に加工する工程である。ブランキング加工後のめっき鋼板の剪断面は酸化し易いが、上述した防錆油膜形成工程によって、めっき鋼板表面に事前に防錆油膜が形成されていれば、めっき鋼板の剪断面にも防錆油がある程度広がることにより、ブランキング加工後のめっき鋼板の酸化を抑制することができる。
【0101】
以上、本発明の一実施形態に係るホットスタンプ成形体について説明したが、上述した実施形態は本発明の例示にすぎない。従って、本発明は、上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内において、適宜設計変更することができる。
【0102】
4.ホットスタンプ成形体20の解析方法について
次に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体における金属層の解析方法について説明する。
【0103】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体20の金属層3、界面層31および主層32それぞれの厚みは、ホットスタンプ成形体20から試験片を切り出し加工し、樹脂等に埋め込んだ後、断面研磨し、SEM観察画像を測長することで判断することができる。また、SEMにおいて反射電子像にて観察を実施すれば、金属成分によって観察時のコントラストが異なることから、各層を識別し、各層の厚みを確認することが可能である。なお、界面層31と主層32との界面が分かりにくく、界面層31の厚みが特定しにくい場合は、ライン分析を実施し、Al濃度が30.0〜36.0%となる位置を界面層31と主層32との界面と特定すればよい。異なる3以上の視野において、同様の組織構造の観察を行い、各視野における平均の厚みを算出し、これを金属層3、界面層31および主層32それぞれの厚みとする。
【0104】
なお、金属層3の組織に広がりが存在する場合は、EPMA(Electron Probe MicroAnalyser)によるマッピング像等を利用すれば、各層の厚みを正確に把握することが可能となる。また、あらかじめ成分確定した合金を用いて、高周波グロー放電発光分光分析装置(Glow Discharge Spectrometer:GDS)で定量分析用の検量線を作成し、対象とする層の深さ方向の元素強度分布を把握することで、各層の厚みを決定することもできる。例えばφ5mmのGDS分析にて、深さ方向の成分強度がほぼ平坦になる場所の成分を把握し、5箇所以上の測定結果から、その平均値を採用して各層の厚みを決定しても良い。
【0105】
また、金属層3全体の化学組成は、地鉄の腐食を抑制するインヒビターを加えた酸溶液に金属層3を溶解し、金属層3の剥離溶液をICP(高周波誘導結合プラズマ)発光分光法によって測定することで確認することが可能である。この場合、測定されるのは、界面層31と、主層32との合計の平均的な成分値である。加熱する前のめっき層の平均組成は、発煙硝酸を用いてめっき層を溶解し、剥離溶液をICP発光分光法によって測定することで確認することが可能である。ここで、発煙硝酸を用いるのは、発煙硝酸を用いればFe−Al系金属間化合物の影響を溶解させることなく残存させ、めっき層中のみに含有されるFe濃度を測定することが可能であるためである。
【0106】
主層32中におけるMgZn相32aおよびFeAl相32bの成分値は、SEM−EDX、EPMA観察等によって定量分析を実施することが好ましい。この場合、複数の同様の組織構造を有する場所にて定量分析を実施し、これらの平均値を成分値として採用することが好ましい。各相の成分の決定においては、少なくとも10箇所以上の平均値を採用することが好ましい。
【0107】
主層32中におけるMgZn相32aおよびFeAl相32bの体積分率は、任意の断面における主層32のSEMの反射電子像から、コンピューター画像処理を実施することで算出することができる。通常、MgZn相32aおよびFeAl相32bは、反射電子像においてコントラストが大きく異なる組織であるため、2値化によって簡易的に各相の面積率を測定しても良い。具体的には、MgZn相32aおよびFeAl相32bの体積分率は、少なくとも5断面(5視野)以上のSEMの反射電子像からMgZn相32aおよびFeAl相32bの面積率を測定し、測定した面積率の平均をそのまま主層32中に占める各相の体積分率と定義する。
【0108】
金属層3の耐食性は、実環境に即したデータが得られる暴露試験を用いて評価することが最も好ましいが、高耐食性めっきは評価に時間を要するため、腐食促進試験にて耐食性評価を実施してもよい。例えば、塩水噴霧試験、または複合サイクル腐食試験を行い、白錆発生状況、または赤錆発生状況を判断することで、耐食性を評価することができる。ホットスタンプ成形体は塗装して使用されることが多いため、ホットスタンプ成形体に事前に自動車用の塗装を施してもよく、必要に応じてホットスタンプ成形体の表面にカット傷を付与してもよい。
【0109】
スポット溶接性は、スポット溶接機を使用し、ホットスタンプと同等の熱処理を施しためっき鋼板にてウェルドローブ試験を実施して適性電流値を測定した後、連続打点試験を実施することで評価することができる。例えば、開始時のナゲット径を6mmとし、ナゲット径が4√t(tは鋼板厚さ)を下回るまでの打点数を測定することで、スポット溶接性を評価することができる。
【0110】
LMEの発生は、ホットスタンプ後、曲げ試験を行った試験片にて金属層3からの割れ部を観察することで確認することができる。具体的には、ホットスタンプ成形体を直ちにV曲げ試験等に供し、V曲げ試験を行った試験片を樹脂等に埋め込み、表面研磨し、金属層3からの割れ部を観察することで確認することできる。また、同時に、曲げ試験に使用した金型を観察することによって、ホットスタンプ時のめっき層の溶着有無についても判断することが可能である。
【0111】
以下の手順でFeAl相が島状であることを判断した。
(1)上記のとおり、FeAl相の面積率の測定と同様にして、主層32中において全輪郭線が認識できるFeAl相32bをSEMの反射電子像から認識した。このとき、FeAl相の面積から算出した円相当径が100nm以上のものを測定対象とした。100nm未満のFeAl相は、性能に実質的な影響を与えないので無視した。
(2)FeAl相32bを金属層と母材との界面に投影した長さ2d、FeAl相の輪郭線(周囲長さ)Lを測定した。なお、隣接する複数の島状FeAl相が凝集している場合には、凝集体を構成する、それぞれのFeAl相の2dおよびLを測定した。
(3)そして、測定した2dとLを式R=L/2dに当てはめてR値を算出した。
(4)上記のとおり、FeAl相32の面積率の測定と同様に、少なくとも5断面(5視野)以上のSEMの反射電子像から、1断面につき5個以上で合計50個以上のFeAl相32bのR値を測定した。そして、測定したR値の平均を主層32中に占めるFeAl相32のR値とした。
(5)R=2.0以上のとき、FeAl相32bは島状であるとした。一方で、FeAl相32bが2.0未満のとき、FeAl相32bは層状であるとした。FeAl相32bが2.0未満のとき、FeAl相32bは従来のホットスタンプ成形体とほぼ同じ状態であり、R値の測定に使用できるFeAl相32bは非常に少なかった。
【実施例】
【0112】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0113】
まず、ホットスタンプ成形体を構成する母材を準備した。即ち、表1に示す化学組成を含有し、残部がFeおよび不純物からなる溶鋼を用いて、連続鋳造法によりスラブを製造した。次いで、スラブを熱間圧延して熱延鋼板を製造し、熱延鋼板をさらに酸洗した後、冷間圧延を行って冷延鋼板を製造した。製造した冷延鋼板をホットスタンプに用いるめっき鋼板の母材(板厚は、1.4mm、または0.8mm)とした。
【0114】
【表1】
【0115】
次に、製造した母材を用いて、レスカ社製バッチ式溶融めっき装置を使用し、表2および表3に示す成分を含有するめっき浴を用いて、表4および表5に示す条件で、めっき鋼板を製造した。なお、No.45、46の比較例は、それぞれ、ホットスタンプ用のめっき鋼板として、従来使用されているAl合金めっき鋼板、及び合金化亜鉛めっき鋼板である。具体的には、No.45の比較例は、Al−10%Si合金めっき鋼板であり、No.46の比較例は、Zn−11%Fe合金化亜鉛めっき鋼板である。
【0116】
ホットスタンプは、鋼板のAc点以上の温度である900℃に加熱炉の炉温を設定し、めっき鋼板を加熱炉に装入して900℃で加熱した後、水冷ジャケットを備えた金型でプレスすることで実施した。なお、ホットスタンプは、加熱処理の条件を変更して、2種類実施した。
【0117】
加熱処理Aでは、ホットスタンプの加熱方式を通電加熱とし、鋼板の両端を電極で挟み込み、50℃/秒で室温から900℃まで昇温した後、30秒保持し、次いで、加熱炉から鋼板を取り出し、直ちに水冷ジャケットを備えた平板金型に鋼板を挟み込んでホットスタンプすることで、ホットスタンプ成形体を製造した。この際、加熱炉内では、窒素フローを実施することで、炉内の酸素濃度を18%未満に制御した。
【0118】
加熱処理Bでは、ホットスタンプの加熱方式を大気開放炉での輻射熱加熱とし、5〜10℃/秒で室温から900℃まで120秒で昇温した後、60秒保持し、次いで、加熱炉から鋼板を取り出し、直ちに水冷ジャケットを備えた平板金型に鋼板を挟み込んでホットスタンプすることで、ホットスタンプ成形体を製造した。
【0119】
なお、冷却条件は、加熱処理AおよびB共に同様であり、冷却速度が遅い部分でも、マルテンサイト変態開始点(410℃)程度まで、50℃/秒以上の冷却速度となるように焼入れを制御した。また、必要に応じて、ホットスタンプ成形体からサンプルを切り出した。
【0120】
【表2】
【0121】
【表3】
【0122】
【表4】
【0123】
【表5】
【0124】
製造したホットスタンプ成形体から切り板サンプルを切り出し、めっき剥離して、ホットスタンプ成形体の金属層の化学組成を測定した。また、切り板を樹脂埋め込みし、SEM−EDXまたはEPMA分析によって定量分析を実施することで、界面層および主層の厚みを測定し、また、AlFe相、およびMgZn相の成分を定量分析した。結果を表6〜表9に示す。
【0125】
【表6】
【0126】
【表7】
【0127】
【表8】
【0128】
【表9】
【0129】
ホットスタンプ成形体の性能を表10および表11に示す。なお、各性能の試験方法は、以下のとおりである。
【0130】
[熱間V曲げ試験]
LME性を調べるため、ホットスタンプ前のめっき鋼板(50mm×50mm×1.4mm)を加熱炉に装入して900℃に加熱した。なお、加熱炉の炉温は、鋼板のAc点以上の温度である900℃に設定した。
【0131】
次いで、加熱炉から鋼板を取り出し、直ちに大型プレス機を用いて熱間V曲げ加工を行った。なお、加熱炉から鋼板を取り出し始めてから、鋼板の加工を開始するまでの時間は5秒に設定した。加工後、50℃/秒以上の冷却速度にてマルテンサイト変態開始点(410℃)程度まで焼入れした。金型の形状は、V曲げ加工による曲げ半径の外側部分が曲げ加工終了時に15%程延ばされるような形状とした。
【0132】
V曲げ加工部位の鋼板の厚み方向の断面をSEM及び反射電子検出器を用いて観察し、反射電子像を確認することにより、液体金属脆化割れ(LME)の発生の有無を確認した。
【0133】
V曲げ加工部位の断面を観察し、下記のように評価した。クラックが発生していないもの、および、クラックは発生しているが、その終端が主層内のものは、「AAA」(最良)とする。クラックの終端が界面層内のものを「A」(良)とする。クラックが母材に達しているものを「B」(不良)とする。そして、評価「A」以上を合格とした。この結果を表10および表11に併記する。
【0134】
同時に、同様のV曲げ試験を100回繰り返した。各試験後、熱間V曲げ試験に用いた金型へのめっき付着(溶着)を確認し、わずかにでも金型に溶着が確認された場合、溶着有と判断した。溶着の発生率が0%である場合を「AAA」(最良)と評価し、溶着の発生率が0〜5%である場合を「A」(良)と評価し、溶着の発生率が5%以上である場合を「B」(不良)と評価した。そして、評価「A」以上を合格とした。この結果を表10および表11に併記する。
【0135】
[腐食試験]
次いで、ホットスタンプ成形体(板状100×50mm)に対して、日本パーカライジング株式会社製の表面調整処理剤(商品名:プレパレンX)を用いて、表面調整を室温で20秒間行った。次いで、表面調整後のホットスタンプ成形体に対して、日本パーカライジング株式会社製のりん酸亜鉛処理液(商品名:パルボンド3020)を用いて、りん酸塩処理を行った。具体的には、処理液の温度を43℃とし、ホットスタンプ成形体を処理液に120秒間浸漬した。これにより、ホットスタンプ成形体の鋼板表面にりん酸塩被膜を形成した。
【0136】
上述のリン酸塩処理を実施した後、各試験番号の板状のホットスタンプ成形体に対して、日本ペイント株式会社製のカチオン型電着塗料を、電圧160Vのスロープ通電で電着塗装し、更に、焼き付け温度170℃で20分間焼き付け塗装した。電着塗装後の塗料の膜厚の平均は、いずれの試料についても15μmであった。
【0137】
耐赤錆性の評価は、上記塗装後のホットスタンプ成形体に、鋼材に到達するまでクロスカットを入れ、複合サイクル腐食試験(JASO M609−91)を行うことで評価した。具体的な評価方法としては、赤錆が発生するまでの時間で評価した。上記の複合サイクル腐食試験の30サイクル時点で赤錆が発生したものを「B」(不良)と評価し、60サイクル時点で赤錆が発生したものを「A」(やや良)と評価し、90サイクル時点で赤錆が発生したものを「AA」(良)と評価し、150サイクル以上でも赤錆が発生しなかったものを「AAA」(最良)と評価した。そして、評価「A」以上を合格とした。この結果を表10および表11に併記する。
【0138】
また、上記の複合サイクル腐食試験の120サイクル時点で、カット傷からの塗膜の最大膨れ幅をクロスカット周囲、8点平均で算出し、塗膜膨れ性を評価した。120サイクル時点での塗膜膨れ幅が3mm以上のものは「B」(不良)と評価し、塗膜膨れ幅が2mm〜3mmのものを「A」(良)と評価し、塗膜膨れ幅が2mm未満のものを「AAA」(最良)と評価した。そして、評価「A」以上を合格とした。この結果を表10および表11に併記する。
【0139】
また、上記の複合サイクル腐食試験の120サイクル時点で、塗膜膨れ部の先端から錆付着部先端の流れ錆(錆垂れ幅)をクロスカット周囲、8点平均で算出し、流れ錆幅を測定した。120サイクル時点での流れ錆幅が5mm以上のものを「B」(不良)と評価し、流れ錆幅が3mm〜5mmのものを「A」(良)と評価し、流れ錆幅が3mm未満を「AAA」(最良)と評価した。そして、評価「A」以上を合格とした。この結果を表10および表11に併記する。
【0140】
[スポット溶接]
次いで、ホットスタンプ成形体の連続打点性を確認するため、ホットスタンプ成形体において主層厚みが25μmとなるサンプル(0.8mm板)を準備した。
【0141】
溶接条件は、加圧力1860N、スクイズタイム30サイクル、アップスロープ3サイクル、通電時間7サイクル、ホールドタイム25サイクル、使用電極:オバラDHOM型、予打点20点とした。ナゲット径は、ピール剥離により測定し、ボタン径をナゲット径として評価した。異径の場合は長径、短径の平均値をナゲット径とした。連続打点の電流値は、予め同溶接条件で、ウェルドローブ試験を実施し、ナゲット径が6mmとなる電流値を採用した。以上の条件にて、平均ナゲット径が3.8mm以下となる打点まで連続打点を実施した。
【0142】
連続打点数が100点未満のものを「B」(不良)と評価し、連続打点数が100点〜200点のものを「A」(やや良)と評価し、連続打点数が200点〜1000点以上のものを「AA」(良)と評価し、連続打点数が1000点以上を「AAA」(最良)と評価した。そして、評価「A」以上を合格とした。この結果を表10および表11に併記する。
【0143】
【表10】
【0144】
【表11】
【0145】
表2〜表11を参照すると、発明例のホットスタンプ成形体は、疲労特性、スポット溶接性、および耐食性に優れていることがわかる。
【0146】
一方、比較例のホットスタンプ成形体は、疲労特性、スポット溶接性、および耐食性の評価項目において「B」(不良)評価が含まれており、疲労特性、スポット溶接性、および耐食性のうちのいずれか一つまたは複数が満足しない結果となった。
【符号の説明】
【0147】
10 めっき鋼板
11 母材
12a 拡散層
13aめっき層
20 本実施形態に係るホットスタンプ成形体
1 鋼母材(母材)
3 金属層
31 界面層
32 主層
32a MgZn
32b FeAl
4 酸化物層
10a 通常の条件で製造しためっき鋼板
11a 母材
12a 拡散層
13aめっき層
20a 通常のホットスタンプ成形体
1a 母材
2a 表層部
21a 界面層
21b 金属層
4a 酸化物層
【要約】
鋼母材と、前記鋼母材の表面に形成された金属層とを備えるホットスタンプ成形体であって、前記金属層は、質量%で、Al:30.0〜36.0%を含み、厚みが100nm〜5μmであり、前記鋼母材との界面に位置する界面層と、MgZn相と島状のFeAl相が混在し、厚みが3μm〜40μmであり、前記界面層の上に位置する主層とを備える、ホットスタンプ成形体。
図1
図2
図3
図4
図5
図6