特許第6443807号(P6443807)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ カゴメ株式会社の特許一覧

特許64438075−シス−リコピン含有組成物及びその製造方法
<>
  • 特許6443807-5−シス−リコピン含有組成物及びその製造方法 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6443807
(24)【登録日】2018年12月7日
(45)【発行日】2018年12月26日
(54)【発明の名称】5−シス−リコピン含有組成物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 5/23 20060101AFI20181217BHJP
   A61K 31/01 20060101ALI20181217BHJP
   A61K 8/31 20060101ALI20181217BHJP
   A61K 8/92 20060101ALI20181217BHJP
   A61K 47/46 20060101ALI20181217BHJP
   A61K 9/10 20060101ALI20181217BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20181217BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20181217BHJP
   A61P 17/18 20060101ALI20181217BHJP
   A61P 39/06 20060101ALI20181217BHJP
   A61K 36/81 20060101ALI20181217BHJP
   A61K 47/22 20060101ALI20181217BHJP
   C07C 11/21 20060101ALI20181217BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20181217BHJP
【FI】
   C07C5/23
   A61K31/01
   A61K8/31
   A61K8/92
   A61K47/46
   A61K9/10
   A61K9/08
   A61Q19/00
   A61P17/18
   A61P39/06
   A61K36/81
   A61K47/22
   C07C11/21
   A23L33/105
【請求項の数】14
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-113970(P2015-113970)
(22)【出願日】2015年6月4日
(65)【公開番号】特開2017-1959(P2017-1959A)
(43)【公開日】2017年1月5日
【審査請求日】2017年12月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000104113
【氏名又は名称】カゴメ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100108578
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 詔男
(74)【代理人】
【識別番号】100094400
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 三義
(72)【発明者】
【氏名】本田 真己
【審査官】 山本 吾一
(56)【参考文献】
【文献】 中国特許出願公開第101032266(CN,A)
【文献】 中国特許出願公開第1380009(CN,A)
【文献】 中国特許出願公開第101228910(CN,A)
【文献】 特表2007−522166(JP,A)
【文献】 Joseph Schierle et al.,Food Chemistry,1997年,59(3),pp.459-465
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リコピン含有材料と胡麻油を混合した混合物を加熱処理することを特徴とする、5−シス−リコピン含有組成物の製造方法。
【請求項2】
リコピンが、胡麻油に溶解又は分散されている組成物を製造する、請求項1に記載の5−シス−リコピン含有組成物の製造方法。
【請求項3】
前記加熱処理の加熱温度が70〜150℃である、請求項1又は2に記載の5−シス−リコピン含有組成物の製造方法。
【請求項4】
前記リコピン含有材料中のリコピンが、青果物由来のもの、化学合成されたもの、又は微生物によって合成されたものである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の5−シス−リコピン含有組成物の製造方法。
【請求項5】
加熱処理前の前記混合物の総リコピン濃度が、0.1〜5質量%である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の5−シス−リコピン含有組成物の製造方法。
【請求項6】
総リコピン含有量(質量)に対する5−シス−リコピン含有量(質量)の割合が0.061以上であり、セサミン及びセサモールを含有することを特徴とする、5−シス−リコピン含有組成物。
【請求項7】
総リコピン含有量(質量)に対する5−シス−リコピン含有量(質量)の割合が0.061〜0.143である、請求項に記載の5−シス−リコピン含有組成物。
【請求項8】
リコピンが、胡麻油に溶解又は分散されている、請求項又はに記載の5−シス−リコピン含有組成物。
【請求項9】
総リコピン濃度が、組成物の総量(質量)に対して0.09〜5質量%である、請求項のいずれか一項に記載の5−シス−リコピン含有組成物。
【請求項10】
5−シス−リコピン濃度が、組成物の総量(質量)に対して0.01〜0.46質量%である、請求項のいずれか一項に記載の5−シス−リコピン含有組成物。
【請求項11】
セサモール濃度が、組成物の総量(質量)に対して0.015質量%以上である、請求項10のいずれか一項に記載の5−シス−リコピン含有組成物。
【請求項12】
青果物由来のリコピン含有する、請求項11のいずれか一項に記載の5−シス−リコピン含有組成物。
【請求項13】
前記青果物がトマトである、請求項12に記載の5−シス−リコピン含有組成物。
【請求項14】
オレオレジン由来のリコピンを含有する、請求項11のいずれか一項に記載の5−シス−リコピン含有組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸での吸収性と保存安定性に優れた5−シス−リコピン(11個の共役π結合中、5位のみがシス型であり、残りがトランス型であるリコピン)の含有量が多い組成物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リコピン(Lycopene)は、トマトに含まれている赤い色素であり、天然に存在するカロテノイド化合物の一種である。リコピンは、強い抗酸化作用を有しており、飲食品、化粧品、医薬品、動物用飼料等への添加物として広く使用されているが、保存安定性にやや劣るという問題がある。リコピンの保存安定性を高める方法としては、例えば特許文献1には、結晶化度が20%超であり、オールトランス異性体含有量の高いリコピンを粉末製剤化する方法が記載されている。
【0003】
リコピンには11個の共役π結合があるため、様々なシス異性体が存在しており、シス異性体リコピン(11個の共役π結合のうち、1個でもシス型を含む異性体)は、トランス異性体リコピンよりも腸管吸収性がよいことが知られている(例えば、非特許文献1参照。)。中でも、5−シス−リコピンは、オールトランスリコピンやその他のシス異性体リコピンに比べて、安定性が高く(非特許文献2参照。)、抗酸化能も高い(非特許文献3参照。)。
【0004】
リコピンは、自然界ではそのほとんどがトランス異性体として存在しているため、通常、植物等から抽出・精製されたリコピン含有組成物のシス異性体含有量は少ない。そこで、リコピンのシス異性体の含有率(シス体含有率)を高める方法が望まれている。例えば、非特許文献4には、トマトペーストをオリーブオイル中で70℃、180分間加熱処理して熱異性化反応を行うことにより、総リコピン含有量(質量)中の5−シス−リコピン含有量(質量)の割合が増加することが記載されている。また、特許文献2には、リコピンに対して熱処理、酸処理、電磁波照射処理、又はラジカル反応を行うことにより、シス体含有率を高められること、また、トマトオレオレジンをヨウ素触媒を用いたラジカル反応によって光異性化させた後、反応物を溶媒分画することにより、5−シス−リコピンとオールトランスリコピンのみを含有する組成物が得られたことが記載されている。特許文献3及び4には、リコピンを酢酸エチル中で固体触媒と共に加熱処理することにより、5−シス−リコピン含有量の多いリコピン含有組成物が調製できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−103733号公報
【特許文献2】特表2007−522166号公報
【特許文献3】特表2010−500302号公報
【特許文献4】特表2010−502572号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ファイラ(Failla)、他2名、Journal of Nutrition、2008年、第138巻、第482〜486ページ。
【非特許文献2】ケイス(Chasse)、他10名、Journal of Molecular Structure (Theochem)、2001年、第571巻、第27〜37ページ。
【非特許文献3】ミュラー(Muller)、他5名、Journal of Agricultural and Food Chemistry、2011年、第59巻、第4504〜4511ページ。
【非特許文献4】「FOOD INGREDIENTS BRASIL」、Revista official da Fi South America発行、2008年、第5巻、第32〜42ページ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2に記載の方法では、5−シス−リコピン含有量を高めるためには、異性化処理後のリコピン含有組成物を溶媒分画しなければならず、労力を要する上に、食用として用いるためには分画に用いた溶媒を除去する必要がある。また、特許文献3及び4に記載の方法では異性化処理のみによって5−シス−リコピンの存在割合を高めることができるものの、反応後に固体触媒及び溶媒を除去しなければならない。
【0008】
本発明は、腸での吸収性と保存安定性に優れた5−シス−リコピンの含有量が多いリコピン含有組成物及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、リコピンを、胡麻油に溶解又は分散させた状態で加熱処理することにより、他の食用油中で加熱処理した場合よりも5−シス−リコピン含有量の多い組成物が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明に係る5−シス−リコピン含有組成物の製造方法、及び5−シス−リコピン含有組成物は、下記[1]〜[14]である。
[1] リコピン含有材料と胡麻油を混合した混合物を加熱処理することを特徴とする、5−シス−リコピン含有組成物の製造方法。
[2] リコピンが、胡麻油に溶解又は分散されている組成物を製造する、前記[1]の5−シス−リコピン含有組成物の製造方法。
[3] 前記加熱処理の加熱温度が70〜150℃である、前記[1]又は[2]の5−シス−リコピン含有組成物の製造方法。
[4] 前記リコピン含有材料が、果物由来のもの、化学合成されたもの、又は微生物によって合成されたもの、前記[1]〜[3]のいずれかの5−シス−リコピン含有組成物の製造方法。
[5] 加熱処理前の前記混合物の総リコピン濃度が、0.1〜5質量%である、前記[1]〜[4]のいずれかの5−シス−リコピン含有組成物の製造方法。
] 総リコピン含有量(質量)に対する5−シス−リコピン含有量(質量)の割合が0.061以上であり、セサミン及びセサモールを含有することを特徴とする、5−シス−リコピン含有組成物。
] 総リコピン含有量(質量)に対する5−シス−リコピン含有量(質量)の割合が0.061〜0.143である、前記[]の5−シス−リコピン含有組成物。
] リコピンが、胡麻油に溶解又は分散されている、前記[]又は[]の5−シス−リコピン含有組成物。
] 総リコピン濃度が、組成物の総量(質量)に対して0.09〜5質量%である、前記[]〜[]のいずれかの5−シス−リコピン含有組成物。
10] 5−シス−リコピン濃度が、組成物の総量(質量)に対して0.01〜0.46質量%である、前記[]〜[]のいずれかの5−シス−リコピン含有組成物。
11] セサモール濃度が、組成物の総量(質量)に対して0.015質量%以上である、前記[]〜[10]のいずれかの5−シス−リコピン含有組成物。
12] 青果物由来のリコピ含有する、前記[]〜[11]のいずれかの5−シス−リコピン含有組成物。
13] 前記青果物がトマトである、前記[12]の5−シス−リコピン含有組成物。
14] オレオレジン由来のリコピンを含有する、前記[]〜[11]のいずれかの5−シス−リコピン含有組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、5−シス−リコピンの含有比率が高く、食用用途に適しており、腸での吸収性と保存安定性が良好なリコピン含有組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例3において、各サンプルのリコピンをHPLC分析したクロマトグラムを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明及び本願明細書において、「シス体含有率(%)」とは、総リコピン含有量(全ての異性体の含有量(質量)の総和)に対する総シス異性体リコピン含有量(総リコピン含有量から、オールトランスリコピンの含有量(質量)を除いた量(質量))の割合(%)を意味し、「5−シス体含有率(%)」とは、総リコピン含有量に対する5−シス−リコピン含有量(質量)の割合(%)を意味する。また、「リコピン残存率(%)」とは、異性化処理(本発明においては、胡麻油と混合した状態での熱異性化処理)前の総リコピン含有量に対する異性化処理後の総リコピン含有量の割合を意味する。さらに、「シス体含有量(%)」及び「5−シス−リコピン含有量(%)」とは、それぞれ、異性化反応後の反応物におけるシス異性体リコピンの含有量(%)及び異性化反応後の反応物における5−シス−リコピンの含有量(%)を意味し、具体的には、下記式で算出される。
[シス体含有量(%)]=[シス体含有率(%)]×[リコピン残存率(%)]/100
[5−シス体含有量(%)]=[5−シス体含有率(%)]×[リコピン残存率(%)]/100
【0014】
本発明及び本願明細書において、リコピンの含有量は、逆相カラムや順相カラムを用いたHPLC(高速液体クロマトグラフィー)法により測定できる。定量は、クロマトグラム中における各リコピン異性体ピークのピーク面積に基づいて算出される。より詳細には、シス体含有率(%)、5−シス体含有量(%)、及びリコピン残存率(%)は、下記式により算出できる。クロマトグラム中における各リコピン異性体ピークの選定は、具体的には後記実施例3の通りに行うことができる。
【0015】
[シス体含有率(%)]=[全シス異性体のピークのピーク面積の合算値]/[全リコピンのピークのピーク面積の合算値]×100
[5−シス体含有率(%)]=[5−シス異性体のピークのピーク面積値]/[全リコピンのピークのピーク面積の合算値]×100
[リコピン残存率(%)]=[異性化処理後の全リコピンのピークのピーク面積の合算値]/[異性化処理前の全リコピンのピークのピーク面積の合算値]×100
【0016】
本発明に係る5−シス−リコピン含有組成物の製造方法(以下、「本発明に係る製造方法」ということがある。)は、リコピン含有材料と胡麻油を混合した混合物を加熱処理することを特徴とする。胡麻油を溶媒又は分散媒としてリコピンを混合し、得られた混合物を加熱処理して熱異性化することにより、5−シス異性化が効率よく行われ、5−シス体含有率の高い組成物が得られる。
【0017】
加熱処理前の前記混合物は、リコピン含有材料と胡麻油のみを混合してなるものが好ましいが、5−シス異性化の効率を低下させない限度において、その他の物質も添加してもよい。当該その他の物質としては、胡麻油以外の植物油等が挙げられる。加熱処理前の前記混合物が胡麻油以外の植物油を含有する場合、胡麻油の含有量(質量)に対するその他の植物油の含有量(質量)の割合は、0.3以下であることが好ましい。
【0018】
本発明に係る製造方法において供されるリコピン含有材料中のリコピンとしては、化学合成されたものであってもよいが、植物、動物、微生物等由来の天然物に由来するものであることが好ましい。なかでも、青果物由来のリコピンや微生物によって合成されたリコピンが好ましく、リコピン含有量の多い青果物由来のものがより好ましい。リコピン含有量の多い青果物としては、例えば、トマト、スイカ、メロン、グレープフルーツ、カキ、パパイヤ、レッドグアバネーブル、ローズヒップ、ニンジン、ガック等が挙げられ、特にトマトが好ましい。
【0019】
天然物に由来するリコピンを用いる場合、本発明に係る製造方法において供されるリコピン含有材料としては、天然物そのものではなく、天然物からリコピンを抽出したものが好ましい。例えば、青果物由来のリコピンを含有するリコピン含有材料としては、オレオレジン(青果物又はその搾汁液を充分に濃縮した濃縮物から有機溶媒や超臨界二酸化炭素により抽出した後、溶媒を除去することにより得られる脂質画分)、オレオレジンを酢酸エチル等の溶媒に混合してこれらに含まれているリコピンを溶解させることによって得られたリコピン溶液、オレオレジンの油分を除去したもの(「精製リコピン」と称されることがある。)等が挙げられる。また、微生物によって合成されたリコピンを含有するリコピン含有材料としては、リコピンを合成する微生物(リコピン合成真菌)の菌体を酢酸エチル等の溶媒に混合して当該溶媒にリコピンを抽出させることによって得られたリコピン溶液や、当該リコピン溶液から有機溶媒を除去した固形分等が挙げられる。
【0020】
なお、青果物の搾汁液は、原料となる青果物を常法により搾汁することによって調製することができる。搾汁機としては、パルパー、スクリュープレス、ギナー、デカンター、一軸又は二軸(同方向若しくは異方向回転型)エクストルーダー等の飲食品分野で搾汁、搾油に通常用いられるものを適宜組み合わせて用いることができる。搾汁は、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下で行うこともできる。青果物は、搾汁前に、適当な大きさに細断又は破砕しておくことも好ましい。細断等には、ダイサー、カッター、スライサー、ハンマークラッシャー等の通常野菜や果物の細断や破砕に用いられるものを使用することができる。また、青果物又はその細断物等は、搾汁する前に、必要に応じて加熱処理を行ってもよい。搾汁液の濃縮処理は、減圧濃縮機、撹拌型薄膜式濃縮機、プレート式濃縮機等の通常用いられる濃縮機を用いて、常法により行うことができる。
【0021】
青果物のオレオレジンは、常法により調製できる。例えば、青果物の搾汁液から不溶性画分を回収し、この不溶性画分を、アセトン、酢酸エチル、ヘキサン、ジクロロメタン、ジクロロエタン、低級脂肪族アルコール類等の有機溶剤又は超臨界二酸化炭素と混合して脂質画分を抽出した後、当該溶媒を留去法等により除去することにより、オレオレジンが得られる。本発明においては、市販されているオレオレジンを用いてもよい。
【0022】
本発明において用いられるリコピン含有材料としては、材料総量(質量)に対する総リコピン濃度が1質量%以上であることが好ましく、3質量%以上であることがより好ましく、5質量%以上であることがさらに好ましい。また、本発明において用いられるリコピン含有材料中のリコピンとしては、総リコピン含有量(質量)に対する5−シス−リコピン含有量(質量)の割合が0.04以下であることが好ましく、0.03以下であることがより好ましい。
【0023】
本発明に係る製造方法において加熱処理に供される混合物は、リコピン含有材料を、胡麻油に溶解又は分散させることによって調製できる。当該混合物中の総リコピン濃度は、特に限定されるものではない。本発明においては、例えば、組成物の総量(質量)に対する総リコピン濃度を、0.01〜10質量%とすることが好ましく、0.1〜5質量%とすることがより好ましく、0.1〜3質量%とすることがさらに好ましい。
【0024】
本発明に係る製造方法においては、5−シス体含有率とリコピン残存率のバランスが重要である。リコピンの分解が進み、リコピン残存率が低下すると、リコピン由来の分解物等が増加し、リコピンとしての純度が低下する可能性がある。このため、リコピンの分解を抑制しつつリコピンを効率よくシス異性化し、5−シス−リコピン含有量と総リコピン含有量の両方が充分に高い組成物を得る点から、本発明に係る製造方法における加熱処理の温度や時間等の条件は、異性化反応後において、リコピンのシス体含有量が50%以上、かつリコピン残存率が70%以上となる条件が好ましく、リコピンのシス体含有量が50%以上、かつリコピン残存率が80%以上となる条件がより好ましく、リコピンのシス体含有量が50%以上、かつリコピン残存率が90%以上となる条件がさらに好ましい。
【0025】
具体的には、加熱処理温度が高いほど、熱異性化反応が進みやすいが、リコピンの分解も起こりやすくなる傾向にある。本発明に係る製造方法においては、加熱処理温度は、70〜150℃の範囲内で行うことが好ましく、90〜130℃の範囲内で行うことがより好ましく、100〜120℃の範囲内で行うことがさらに好ましい。また、加熱処理時間としては、30分間〜6時間であることが好ましく、30分間〜4時間であることがより好ましく、1〜3時間であることがさらに好ましい。
【0026】
本発明に係る製造方法により、総リコピン含有量(質量)に対する5−シス−リコピン含有量(質量)の割合が0.061以上と高い5−シス−リコピン含有組成物を製造することができる。当該5−シス−リコピン含有組成物中の総リコピン含有量(質量)に対する5−シス−リコピン含有量(質量)の割合としては、0.061〜0.143の範囲内であることが好ましく、0.085〜0.143の範囲内であることがより好ましい。
【0027】
なお、本発明に係る製造方法により得られた5−シス−リコピン含有組成物に含有されている、5−シス−リコピン以外のリコピン異性体としては、オールトランスリコピン;9−シス−リコピン、13−シス−リコピン等のモノシス異性体;9,13’−シス−リコピン、5,9’−シス−リコピン等のジシス異性体等がある。
【0028】
本発明に係る製造方法により、リコピンが胡麻油に溶解又は分散されている5−シス−リコピン含有組成物が得られる。得られた5−シス−リコピン含有組成物の総リコピン濃度や5−シス−リコピン濃度は、加熱処理に供された混合物中のリコピン濃度に依存する。例えば、リコピン含有量が20質量%のオレオレジンのようにリコピン含有量が高いリコピン含有材料を用いることにより、総リコピン濃度や5−シス−リコピン濃度が高い5−シス−リコピン含有組成物を得ることができる。当該5−シス−リコピン含有組成物における、組成物の総量(質量)に対する総リコピン濃度としては、0.09〜10質量%の範囲が好ましく、0.09〜5質量%であることがより好ましい。また、当該5−シス−リコピン含有組成物における、組成物の総量(質量)に対する5−シス−リコピン濃度としては、0.01〜0.46質量%であることが好ましい。
【0029】
本発明に係る製造方法においては、熱異性化反応を胡麻油中で行うため、得られた5−シス−リコピン含有組成物には、加熱処理した胡麻油由来の成分も含まれる。胡麻油に特徴的な成分としては、セサミンやセサモリン、セサモール等が挙げられる。これらのうち、セサミンは加熱処理によってあまり影響を受けないが、セサモリンは加熱処理により加水分解されセサモールが生成される。このため、本発明に係る製造方法により製造された5−シス−リコピン含有組成物は、セサミン及びセサモールを含有する。
【0030】
一般的な未加熱の胡麻油中のセサモール濃度は0.002〜0.01質量%(0.002〜0.01g/100g oil)であるが(「シリーズ<食品の科学>ゴマの科学」、朝倉書店発行、1989年、第160〜162ページ。)、加熱処理後の胡麻油中のセサモール濃度は未加熱のものよりも高くなる。例えば、本発明に係る製造方法により製造された5−シス−リコピン含有組成物における、組成物の総量(質量)に対するセサモール濃度としては、0.015質量%以上、例えば、0.015〜0.15質量%とすることができる。
【0031】
リコピンのシス異性化では、異性化方法により得られやすいシス体の種類が異なる。例えば、有機溶媒中でリコピンを加熱処理した場合には、主に13−シス体が合成される。これに対して、本発明に係る製造方法では、特に5−シス体(5−シス−リコピン)の含有率の高いリコピン含有組成物が得られる。5−シス−リコピンは、活性化エネルギーがリコピンのモノシス体の中で最も高く、生成しにくいが、一度合成された5−シス−リコピンは安定的に存在する。加えて、リコピンのモノシス体の中で、5−シス−リコピンが最も生体への吸収性及び抗酸化作用が高い。つまり、本発明に係る製造方法により得られた5−シス−リコピン含有組成物は、生体への吸収性や抗酸化作用が高い上に、長期保管にも適している。
【0032】
本発明に係る製造方法によって得られた5−シス−リコピン含有組成物は、原料としたリコピンと同様に、様々な用途に用いることができる。特に、本発明に係る製造方法においては、異性化反応において有機溶媒を使用しないため、得られた5−シス−リコピン含有組成物に含有される有機溶媒は、熱異性化反応の原料として用いるリコピンから持ち込まれるもののみとすることができる。このため、本発明に係る製造方法により得られた5−シス−リコピン含有組成物は、有機溶媒含有量が極めて低く、飲食品、化粧品、医薬品、動物用飼料等の原料や添加物として安全に使用できる。当該飲食品としては、特に限定されるものではないが、各種飲料、ジュレ、ゼリー、ジャム、シャーベット、サプリメント(栄養補助食品)等が好ましい。
【0033】
リコピンと胡麻油を含有する混合物を加熱処理した後、得られた5−シス−リコピン含有組成物を原料として飲食品や化粧品、医薬品、動物用飼料等を製造する場合、原料とする5−シス−リコピン含有組成物は、胡麻油に溶解又は分散されている状態のまま原料として用いてもよく、さらに粉末化した後に原料としてもよい。
【0034】
胡麻油に溶解又は分散されている5−シス−リコピン含有組成物の粉末化は、賦形剤添加後、噴霧乾燥法や薄膜乾燥法等の常法により行うことができる。乾燥粉末化された5−シス−リコピン含有組成物中の総リコピン含有量(質量)に対する5−シス−リコピン含有量(質量)の割合としては、0.061以上であることが好ましく、0.061〜0.143であることがより好ましい。また、乾燥粉末化された5−シス−リコピン含有組成物中のセサミン含有量(質量)に対するセサモール含有量(質量)の割合としては、0.02以上が好ましい。
【実施例】
【0035】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
[実施例1]
リコピンを各種植物油中で熱異性化処理した後、得られた処理物の総リコピン含有量、5−シス−リコピン含有量等を調べた。
具体的には、トマトペーストより公知の手法にて精製したリコピン結晶(純度98.3%、オールトランスリコピン)を1質量%になるように、表2に記載の各種食用油(胡麻油、アマニ油、シソ油、ダイズ油、コーン油、グレープシード油、コメ油、ベニバナ油、ナタネ油、オリーブ油、ヒマワリ油)とそれぞれ混合し、得られた混合物をサンプルとした。各サンプル25μLを褐色ガラスバイアルに入れ、アルゴン置換後に密栓し、オイルバスを用い、静置した状態で100℃、1時間又は3時間加熱処理し、熱異性化反応を行った。熱異性化反応後のサンプルをベンゼンに溶解させた後、リコピンの各異性体を定量した。リコピンの各異性体を定量する際のHPLCは、下記の条件で行った。
【0037】
<HPLC条件>
装置:日本分光 GLLIVERシステム(日本分光(株)社製)、
カラム:YMC Carotenoid C−30〔固定相:C30(トリアコンチル基)、内径:4.6mm×250mm、YMC(株)社製〕、
カラム温度:25℃、
サンプル注入量:10μL、
移動相A液:メタノール:TBME:水=75:15:10(容量比)
移動相B液:メタノール:TBME:水=7:90:3(容量比)
グラジエント条件:表1参照、
移動相の流速:1.0mL/min、
検出器:フォトダイオードアレイ検出器、
検出波長:470nm。
【0038】
【表1】
【0039】
クロマトグラフ中のピーク面積に基づいて、熱異性化処理後のリコピン残存率(%)、リコピンのシス体含有率(%)、及び5−シス体含有率(%)を求めた。測定結果を表2に示す。熱異性化後の生成物中のリコピンのうち、5−シス体含有率(%)が、他の食用油に比べて胡麻油では4倍程度高く、胡麻油を溶媒又は分散媒として熱異性化処理することにより、5−シス−リコピンの含有量が高い組成物が得られることがわかった。
【0040】
【表2】
【0041】
[実施例2]
リコピンを、胡麻油、オリーブ油、又はヒマワリ油中で熱異性化処理した後、得られた処理物の総リコピン含有量、5−シス−リコピン含有量等を調べた。
具体的には、リコピン濃度15%のオレオレジン(ライコレッド社製、「Lyc−O−Mato(登録商標) 15%」、5−シス体含有率:2.9%)を、0.1、1、又は5質量%になるように、表3に記載の各種植物油と混合し、得られた混合物をサンプルとした。なお、使用したオレオレジンは、トマトから調製されたものであり、トマト由来のリコピン以外の油(中性脂質、極性脂質等)を85質量%含有している。各サンプル1gを褐色ガラスバイアルに量り取り、アルゴン置換後に密栓し、オイルバスを用い、静置した状態で100℃又は120℃、1時間又は3時間加熱処理し、熱異性化反応を行った。熱異性化反応後のサンプルをベンゼンに溶解させた後、リコピンの各異性体を定量した。リコピンの各異性体を定量する際のHPLCは、下記の条件で行った。
【0042】
<HPLC条件>
装置:日立高速液体クロマトグラフChromaster((株)日立ハイテクノロジーズ社製)、
カラム:Nucleosil 300−5〔固定相:シリカゲル、内径:4.6mm×250mm、ジーエルサイエンス(株)社製、3本連結にて使用〕、
カラム温度:30℃、
サンプル注入量:10μL、
移動相:ヘキサン(0.1% N,N−ジイソプロピルエチルアミン含有、アイソクラティック)、
移動相の流速:1.0mL/min、
検出器:フォトダイオードアレイ検出器、
検出波長:460nm。
【0043】
クロマトグラフ中のピーク面積に基づいて、熱異性化処理後のリコピン残存率(%)、リコピンのシス体含有率(%)、及び5−シス体含有率(%)を求めた。測定結果を表3に示す。また、胡麻油を用いたサンプルについて、熱異性化反応後の生成物中の総リコピン含有量(質量%)〔[熱異性化前の総リコピン濃度(質量%)]×[熱異性化後のリコピン残存率(%)]〕と熱異性化反応後の生成物中の5−シス−リコピン含有量(質量%)〔[熱異性化反応後の生成物中の総リコピン含有量(質量%)]×[熱異性化後のリコピンの5−シス体含有率(%)]〕を表4に示す。この結果、リコピン残存率は、胡麻油、オリーブ油、及びヒマワリ油で大きな差はなかったが、シス体含有率と5−シス体含有率は、胡麻油の方が大きかった。
【0044】
【表3】
【0045】
【表4】
【0046】
[実施例3]
リコピンを、胡麻油中で熱異性化処理した後、得られた処理物の総リコピン含有量、5−シス−リコピン含有量、セサミン含有量、及びセサモール含有量等を調べた。
具体的には、リコピン濃度15%のオレオレジン(ライコレッド社製、「Lyc−O−Mato(登録商標) 15%」)を1質量%になるように胡麻油と混合し、得られた混合物をサンプルとした。各サンプル1gを褐色ガラスバイアルに量り取り、密栓し、オイルバスを用い、静置した状態で120℃、1時間又は3時間加熱処理し、熱異性化反応を行った。熱異性化反応前(加熱処理時間が0時間)のサンプルと熱異性化反応後のサンプルをそれぞれベンゼンに溶解させた後、リコピンの各異性体を実施例2と同様にして定量した。また、各サンプルのセサミン濃度(g/100g)とセサモール濃度(g/100g)をHPLC法により測定した。測定結果を表5に示す。この結果、加熱処理時間が長くなるほど、リコピン残存率は小さくなり、シス体含有率及び5−シス体含有率は大きくなる傾向があった。さらに、加熱処理の有無や加熱処理時間によってセサミン濃度には差がなかったが、セサモール濃度は加熱処理時間に依存して多くなっていた。
【0047】
【表5】
【0048】
図1に、各サンプルのリコピンをHPLC分析したクロマトグラムを示す。表6に、図1中のサンプル3の各ピークにおける溶出時間(分)と極大吸収波長(λmax(nm))を示す。一般的に、リコピンに特徴的な極大吸収波長は400〜500nmにおいて3つ存在する。すなわち、極大吸収波長の確認はリコピンであること定性的に判断する情報となる。本願においては、熱異性化後に出現した各ピーク(サンプル1には存在しておらず、サンプル2又は3にのみ存在するピーク)がリコピンであることを確認した上で、全リコピンのピークのピーク面積の合算値とした。本実施例の試験条件においては、溶出時間17分付近のピークcから溶出時間31分付近のピークqまでが、リコピン異性体のピークであり、これらのピーク面積の合算値が、全リコピンのピークのピーク面積の合算値である。なお、ピークpはオールトランスリコピンであり、ピークqは5−シス−リコピンである。また、ピークa及びbは、オレオレジンの原料由来のカロテン類と推察された。
【0049】
【表6】
図1