【実施例】
【0030】
(酵母の単離)
ラオス国内4つの地域において、果実、野菜、草木の葉や土からサンプルを採取し、YPD培地に植え込み、37℃で3日間培養後、YPD寒天平板上に広げて37℃で1〜2日間培養しコロニーとして分離した。かかる分離したコロニーから、耐熱性を有し、キシロース資化能が高い株をスクリーニングし、そのうちの1株をNo.21と命名した。
【0031】
(酵母の同定)
前述のスクリーニングで得られたNo.21株について、その形態的、生理的、生化学的性質を一般的な方法(Kurtzman and Fell (1998))等により調べた。その結果、No.21株は、コロニーはクリーム色、湿光、隆起状で、滑らかな縁を有し、粘着性があり、多極性に出芽しており、子嚢胞子は球形で、2〜4胞子/子嚢であった。また、かかる株は45℃で生育し、グルコースからエタノールを生産した。さらに、No.21株からゲノムDNAを抽出し、サンガー法によりその26S rDNA塩基配列(配列番号1)を決定し、BLAST homology searchを用いて酵母の既知種と比較した。その結果、クルイベロマイセス・マルシアヌスの既知株(BM4株、NBRC1777株等)と100%配列が一致した。したがって、No.21株はクルイベロマイセス・マルシアヌスと同定した。
【0032】
(各種ストレス耐性)
No.21株の工業的な有用性を確認するため、酵母を用いた培養で起こりうる種々のストレスへの耐性を検討した。YPD液体培地(pH7.0)にNo.21株又は対照株として3−1042株を一白金耳植菌し、30℃、18時間、好気的条件下で培養して原菌液を調製した。次にYPD寒天培地を用意し、No.21株、3−1042株の原菌液をYP液体培地によって1倍、10倍、100倍、1000倍、10000倍希釈してそれぞれ左から順に5箇所スポットし、30℃、45℃、47℃の3温度条件下で18時間培養して生育を調べた。また、上記の熱ストレス(物理的ストレス)の他、酸化ストレス(5mM又は6mM H
2O
2)、浸透圧ストレス(30%又は35% グルコース)、エタノールストレス(8%又は10% エタノール)の3種類の化学的なストレスを検討するため、各ストレス源を含有したYPD寒天培地上に上述と同様に希釈した原菌液をそれぞれスポットして培養し、生育を比較した。
【0033】
図1に、各種ストレス耐性試験の結果を示す。図はマトリックスになっており、列は温度条件(30℃、45℃、47℃)を、行は各種ストレス(1.熱ストレス、2.酸化ストレス、3.浸透圧ストレス、4.エタノールストレス)をそれぞれ示している。1枚のYPD寒天培地プレートに対照株の3−1042株(上段:DMKU3−1042と記載)とNo.21株(下段)を並べてスポットし、1枚の写真に収めている。
【0034】
熱ストレスに対しては、No.21株は30℃、45℃、47℃いずれの温度条件下でも良好に生育し、特に47℃では耐熱性エタノール生産株である3−1042株よりも生育が良好であった。このことから、No.21株は耐熱性の菌株として高温条件下で利用可能なことが明らかとなった。
【0035】
酸化ストレスに対しては、No.21株はすべての温度条件下で3−1042株よりも良好な生育を示した。5mM H
2O
2存在下で3−1042株はほとんど生育しなかった。一方、No.21株は30℃、45℃では良好に生育し、47℃においても5mMのH
2O
2に対しては一定の抵抗性を持つことが明らかとなった。
【0036】
浸透圧ストレスに対しては、No.21株は3−1042株とほぼ同程度の抵抗性を示した。3−1042株にはわずかに劣るものの、45℃まではその生育が良好であることが示され、浸透圧ストレス下でも利用可能なことが明らかとなった。
【0037】
エタノールストレスに対しては、No.21株は30℃において3−1042株よりも良好な生育を示した。45℃、47℃ではどちらの株も全く生育しなかった。30℃、8%エタノールでは、化学的なストレスの無い熱ストレスのみの場合と同程度の生育を示し、本菌株がエタノール耐性を有していることが示された。
【0038】
(グルコース抵抗性試験)
上述のNo.21株及び3−1042株の原菌液をYP液体培地によって1倍、10倍、100倍、1000倍、10000倍希釈して、各種糖(グルコース、ガラクトース、マンノース、キシロース、アラビノース)を唯一の糖源とするYPD寒天培地(各種糖をそれぞれ2%含有)にそれぞれ左から順に5箇所スポットし、2−デオキシグルコース(2−DOG)を0.01%となるように添加して30℃、37℃、40℃の3温度条件下で48時間培養してグルコース抵抗性を調べた。2−DOGはグルコーストランスポーターによって取り込まれ、かつ解糖系において代謝されない物質であり、2−DOGを添加することでグルコース抑制を誘導することができる。
【0039】
結果を
図2に示す。図はマトリックスになっており、列は培養温度(30℃、37℃、40℃)と2−DOGの有無に関する条件([+0.01% 2−DOG]が2−DOG有)を、行は培地中の糖源(グルコース、ガラクトース、マンノース、キシロース、アラビノース)をそれぞれ示している。1枚のYPD寒天培地プレートに対照の3−1042株(上段)とNo.21株(下段)をそれぞれスポットし、撮影した写真を並べている。
【0040】
グルコースは陽性対照であり、グルコースも2−DOGも共に細胞が取り込むため、両者の間で生育に差は見られなかった。
【0041】
ガラクトースについては、30℃、37℃、40℃の各温度で2−DOG存在下における生育が陽性対照のグルコースよりも悪くなっており、No.21株及び3−1042株の両方でグルコース抑制がみられた。また、No.21株と3−1042株との間で明確な差はみられなかった。
【0042】
マンノースについては、No.21株及び3−1042株の両方でグルコース抑制がみられなかった。これはマンノースの代謝がグルコースの存在によって影響を受けないという酵母の性質によるものと考えられた。また、No.21株と3−1042株との間で明確な差はみられなかった。
【0043】
キシロースについては、No.21株及び3−1042株の両方でグルコース抑制がみられたが、No.21株の方がその抑制効果は小さく、No.21株はグルコース抵抗性を有する株であることが明らかになった。2−DOGへの抵抗性は特に高温(37℃、40℃)で顕著であり、No.21株は40℃付近という高温条件において、たとえグルコースが存在する培養液でもキシロースを資化する能力を有していることが明らかとなった。
【0044】
アラビノースについては、No.21株及び3−1042株の両方でグルコース抑制がみられたが、No.21株は特に高温(37℃、40℃)において3−1042株より高いグルコース抵抗性を有していることが明らかとなった。アラビノースについても、No.21株はグルコース存在下で資化できることが示された。
【0045】
(キシロースからのエタノール生産−1)
No.21株が有するキシロースからのエタノール生産性を検討するため、キシロースを唯一の糖源として含有する液体YPXyl培地を用いたエタノール生産試験を行った。No.21株及び3−1042株を30mLのYPXyl培地(pH7、キシロースを2%含有)に一白金耳植菌し、30℃で培養した。キシロース資化の酸素要求性を確認するため、50rpm、100rpm、150rpmの3条件で振とう培養し、生育とエタノール生産性を調べた。培養はそれぞれ96時間行い、24時間ごとに培養液を少量採取し、OD
660の吸収(生育の指標)、培養液中のキシロース濃度(キシロースの資化の指標)、培養液中のキシリトール濃度(エタノール発酵に使われなかったキシロースの指標)、培養液中のエタノール濃度(エタノール生産能の指標)をそれぞれ測定した。キシロース濃度、エタノール濃度は、培養液を遠心分離(14,000rpm、1分)し、上清をメンブレンフィルター(日本ポール社製)でろ過して検液とし、高速液体クロマトグラフィー(日立ハイテクノロジーズ社製)で測定することで求めた。培地中のエタノール濃度の測定における高速液体クロマトグラフィーの分析条件として、カラムはGelpack(登録商標)GL−C610−S(日立ハイテクノロジーズ社製)を使用した。
【0046】
結果を
図3に示す。図はマトリックスになっており、列は左からOD
660の吸収(Growth OD660)、培養液中のキシロース濃度(Xylose %w/v)、培養液中のキシリトール濃度(Xylitol %w/v)、培養液中のエタノール濃度(Ethanol %w/v)をそれぞれ表している。行は振とう条件(50、100、150rpm)を示す。図中、No.21株を薄い灰色実線(−▲−)、3−1042株を濃い灰色実線(−◆−)でそれぞれ表している。
【0047】
50rpmで振とう培養した場合は、両株ともほとんど生育せず、培養液中のキシロース濃度もほとんど変化が無く、エタノールも生産されなかった。これは、キシロースの資化に酸素(通気)が必要であることを示している。
【0048】
100rpmで振とう培養した場合は、両株とも良好に増殖した。培養液中のキシロース濃度も時間経過と共に減少し、それぞれの菌株がキシロースを資化したことを示している。一方、培養液中のキシリトール濃度は3−1042株の方が高く、反対にエタノール濃度はNo.21株の方が高かった。この結果は、No.21株がキシロースを資化してエタノール発酵を行ったのに対し、3−1042株はエタノール発酵以外の他の代謝にキシロースを使い、その結果、キシリトールが代謝産物として増加したと考えられた。また、No.21株は、72時間で0.3%(w/v)のエタノールを生産した。
【0049】
150rpmで振とう培養した場合でも、100rpm同様に両株ともキシロースを資化し、良好に増殖した。No.21株では、培養液中のキシリトールの濃度はほぼ0%であり、エタノール濃度は48時間でほぼ極大(0.2% w/v)に達した。十分な通気により、No.21株ではキシロースの資化が早く進み、エタノールが効率よく生産されたことが示された。なお、3−1042株においては、エタノールはほとんど生産されず(<0.1%)、その代わりにキシリトールが培養液中に蓄積した。
【0050】
これらの結果より、No.21株は培養液中のキシロースを唯一の糖源として資化し、ここからエタノールを生産する能力を有している株であることが示された。キシロースは植物系バイオマスに豊富に含まれる五炭糖である。これまでは酵母の資化性に問題があり、かかる問題が植物系バイオマスからのエタノール生産を阻害する要因になっていたが、本発明の酵母であるNo.21株はこの技術課題を解決する優れた酵母株であることが示された。
【0051】
(キシロースからのエタノール生産−2)
No.21株が37℃でもキシロースからのエタノール生産性を有することを以下の方法で確認した。No.21株、3−1042株及びキシロースを資化してエタノールを生産する能力が高いピキア・スチピチス(P.stipitis)株を30mLのYPXyl培地(pH7、キシロースを2%含有)に一白金耳植菌し、30℃又は37℃、160rpmで培養して生育とエタノール生産性を調べた。培養はそれぞれ120時間行い、12時間ごとに培養液を少量採取し、OD
660の吸収(生育の指標)及び培養液中のキシロース濃度(キシロースの資化の指標)、培養液中のエタノール濃度(エタノール生産能の指標)をそれぞれ測定した。キシロース濃度、エタノール濃度は、上述と同様の方法で測定することで求めた。
【0052】
結果を
図4に示す。各図中、培養液中のエタノール濃度(%w/v)を薄い灰色実線(−▲−)、培養液中のキシロース濃度(g/L)を濃い灰色実線(−◆−)、OD
660の吸収を濃い灰色実線(−■−)でそれぞれ表している。また、各図中、上段の軸はOD
660の吸収や、培養液中のキシロース濃度(g/L)、下段の軸は培養液中のエタノール濃度(%w/v)を表す。
【0053】
No.21株を培養した場合には、30℃だけでなく37℃でもキシロースを糖源としてエタノールを効率よく生産するが、3−1042株やピキア・スチピチス株を培養した場合には、30℃ではキシロースを糖源としてエタノールを効率よく生産するものの、37℃ではキシロースを糖源としたエタノールの生産効率が低いことが明らかとなった。