特許第6444276号(P6444276)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6444276磁気抵抗素子、その用途及び製造方法、並びにホイスラー合金の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6444276
(24)【登録日】2018年12月7日
(45)【発行日】2018年12月26日
(54)【発明の名称】磁気抵抗素子、その用途及び製造方法、並びにホイスラー合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G11B 5/39 20060101AFI20181217BHJP
   H01L 43/08 20060101ALI20181217BHJP
   H01L 43/10 20060101ALI20181217BHJP
   H01L 43/12 20060101ALI20181217BHJP
【FI】
   G11B5/39
   H01L43/08 Z
   H01L43/08 M
   H01L43/10
   H01L43/12
【請求項の数】18
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-148660(P2015-148660)
(22)【出願日】2015年7月28日
(65)【公開番号】特開2017-27647(P2017-27647A)
(43)【公開日】2017年2月2日
【審査請求日】2018年6月15日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 開催日(期間):平成27年3月11日から14日 研究集会名:第62回応用物理学会春季学術講演会 主催者名:公益社団法人 応用物理学会
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ドゥ イェ
(72)【発明者】
【氏名】古林 孝夫
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 泰祐
(72)【発明者】
【氏名】桜庭 裕弥
(72)【発明者】
【氏名】高橋 有紀子
(72)【発明者】
【氏名】宝野 和博
【審査官】 斎藤 眞
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−049145(JP,A)
【文献】 特開2010−056288(JP,A)
【文献】 特開2006−237094(JP,A)
【文献】 特開2008−078567(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G11B 5/33−5/39
H01L 27/22
H01L 29/82
H01L 43/00−43/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
それぞれホイスラー合金を含んでなる下部強磁性層及び上部強磁性層、並びに該下部強磁性層と該上部強磁性層との間に挟まれたスペーサ層を備える磁気抵抗素子であって、
該スペーサ層がbcc構造の合金を除くAgとZnとの合金を含んでなることを特徴とする、上記磁気抵抗素子。
【請求項2】
前記合金がAg-Znであることを特徴とする、請求項1に記載の磁気抵抗素子。
【請求項3】
前記合金が、fcc構造を有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の磁気抵抗素子。
【請求項4】
更に基板を備え、該基板は表面酸化Si基板、シリコン基板、ガラス基板、金属基板、及びMgO基板から選ばれる少なくとも一種類であることを特徴とする、請求項1から3の何れか一項に記載の磁気抵抗素子。
【請求項5】
前記基板の上に形成され、前記ホイスラー合金を所定の結晶方向にエピタキシャル成長させる機能を有する配向層を更に備え、
該配向層は、Ag、Al、Cu、Au、及びCrからなる群から選ばれた少なくとも一種類の金属又はその合金を含み、該ホイスラー合金がエピタキシャル成長する結晶方向は(001)方向であることを特徴とする、請求項4に記載の磁気抵抗素子。
【請求項6】
前記下部強磁性層及び前記上部強磁性層が、それぞれCoABの組成式で表されるホイスラー合金を含み、該AはCr、Mn、若しくはFe、又はこれらのうちの2種類以上の組み合わせ(但し、Aの合計の量は1)であり、該BはAl、Si、Ga、Ge、In、若しくはSn、又はこれらのうちの2種類以上の組み合わせ(但し、Bの合計の量は1)であることを特徴とする、請求項1から5の何れか一項に記載の磁気抵抗素子。
【請求項7】
前記下部強磁性層及び前記上部強磁性層は、B2規則構造又はL2規則構造の少なくとも一方を持つホイスラー強磁性合金を含んでなり、該ホイスラー強磁性合金が、それぞれ、CoFe(GaGex−1)(0.25<x<0.6)、CoFeAl0.5Si0.5、CoMnSi、CoMnGe、CoFeAl、及びCoFeSiからなる群より選ばれたホイスラー強磁性合金であることを特徴とする、請求項6に記載の磁気抵抗素子。
【請求項8】
前記下部強磁性層及び前記上部強磁性層の少なくとも一方が、長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素から選ばれる少なくとも1の金属元素を更に含有する、請求項1から7までのいずれか一項に記載の磁気抵抗素子。
【請求項9】
前記長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素から選ばれる少なくとも1の金属元素が、スペーサ層から拡散したものである、請求項8に記載の磁気抵抗素子。
【請求項10】
さらに、磁気抵抗測定用の電極である下地層を備え、該下地層が、前記配向層と前記下部強磁性層との間に設けられることを特徴とする、請求項5に記載の磁気抵抗素子。
【請求項11】
さらに、前記上部強磁性層に積層された、表面保護用のキャップ層を備え、該キャップ層がAg、Al、Cu、Au、RuおよびPtからなる群から選ばれた少なくとも一種類の金属、又はその合金を含んでなることを特徴とする、請求項1から10の何れか一項に記載の磁気抵抗素子。
【請求項12】
さらに、前記上部強磁性層の上、又は前記下部強磁性層の下に設けられたピニング層を備え、該ピニング層が反強磁性体の層であることを特徴とする、請求項1から11の何れか一項に記載の磁気抵抗素子。
【請求項13】
少なくとも2層のホイスラー合金薄膜間に少なくとも1層のスペーサ層を配した構造を持つ面直方向磁気抵抗効果(CPPGMR)素子であって、
該ホイスラー合金薄膜が、それぞれ、B2規則構造又はL2規則構造の少なくとも一方を持つホイスラー強磁性合金を含んでなり、該ホイスラー強磁性合金が、CoFe(GaGex−1)(0.25<x<0.6)、CoFeAl0.5Si0.5、CoMnSi、CoMnGe、CoFeAl、及びCoFeSiからなる群れより選ばれたホイスラー強磁性合金であり、
該スペーサ層が、bcc構造の合金を除くAgとZnとの合金を含んでなることを特徴とする、面直方向磁気抵抗効果(CPPGMR)素子。
【請求項14】
請求項1乃至12の何れか1項に記載の磁気抵抗素子又は請求項13に記載の面直方向磁気抵抗効果素子を備えることを特徴とする磁気ヘッド。
【請求項15】
請求項14に記載の磁気ヘッドを備えることを特徴とする磁気再生装置。
【請求項16】
少なくとも前記上部強磁性層の成膜を行った後にアニールを行う工程を有する、請求項1から12のいずれか一項に記載の磁気抵抗素子を製造する方法。
【請求項17】
前記アニールを、250℃以上の温度で行うことを特徴とする、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
ホイスラー合金を含む少なくとも1の層、並びにbcc構造の合金を除くAgとZnとの合金を含む少なくとも1の層を有する積層体をアニールし、該ホイスラー合金のL2規則度を増大させる工程を有する、ホイスラー合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強磁性金属/非磁性金属/強磁性金属の3層構造を持つ磁気抵抗素子、より具体的には薄膜の面直方向磁気抵抗効果(CPPGMR)を利用した磁気抵抗素子に関し、特に、当該非磁性金属層として特定の金属元素の組み合わせの合金を含んでなる非磁性スペーサ層を用いた、磁気抵抗素子に関する。
【背景技術】
【0002】
面直方向磁気抵抗効果(Current perpendicular to plane Giant Magnetoresistance; CPPGMR)を利用した素子は、強磁性金属/非磁性金属/強磁性金属の3層構造を持つ薄膜よりなるもので、磁気ディスク用読み取りヘッド用として期待されている。強磁性金属としてスピン分極率の大きなホイスラー合金を用いた素子について研究がなされており、スペーサ層(非磁性金属の層)として面心立方格子構造(face−centered cubic; fcc)金属であるCuを用いることが、例えば特許文献1及び2で提案されている。また、磁性層にホイスラー合金であるCFGG(CoFe(Ga0.5Ge0.5))を用い、スペーサ層として面心立方格子構造金属であるAgを用いることが、例えば非特許文献1及び2で提案されている。
【0003】
さらに、非特許文献3では、AgやCuなどのfcc構造をもつスペーサ層を用いた場合、強磁性層のホイスラー合金の方位により磁気抵抗出力が大きく変わることが開示されている。これは、bcc基のホイスラー合金とfccのAgやCuの格子歪みがホイスラー合金の結晶方位によって大きく変わるためで、その結果Agを使った場合はホイスラー合金の(001)面、Cuを使った場合はホイスラー合金の(011)面がスペーサ層と界面を構成する場合に高い磁気抵抗が得られることが開示されている。ここで、(001)や(011)はミラー指数で、結晶の格子中における結晶面や方向を記述するための指数である。
しかしながら、bcc基の構造を持つホイスラー合金とfcc構造をもつAgやCuの格子歪みとそれらの結晶方位による磁気伝導依存性のために、理論計算から予測されるほどの磁気抵抗出力が得られていない。
【0004】
これに対してホイスラー合金と同じbcc基の結晶構造を持つL2規則合金CuRhSn、あるいはB2型規則合金NiAlをスペーサ層に用いた方が、バンド構造の界面での整合性が向上しより大きな磁気抵抗効果が得られるとの理論的予測が存在している。そこで、この理論的予測に基づいて研究が行われてきており、本発明者らの提案にかかる特許文献3、4には、ホイスラー合金を磁性層にL2型あるいはB2型規則合金をスペーサ層に用いたCPPGMRが開示されている。しかしながら、特許文献3、4の発明では、理論計算から予測されるほどの効果は得られていない。この原因として、これらの合金には比較的重い元素Rh・Sn、あるいは磁性元素Niが含まれるため、強いスピン軌道散乱やスピン散乱の効果により磁気抵抗効果が弱められていると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−59927号公報
【特許文献2】特開2008−52840号公報
【特許文献3】特開2010−212631号公報
【特許文献4】特許第5245179号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Appl.Phys.Lett.,98,152501(2011)
【非特許文献2】J.Appl.Phys.,113,043901(2013)
【非特許文献3】Jiamin Chen,Songtian Li,T.Furubayashi,Y.K.Takahashi and K.Hono,J.Appl.Phys.,115,233905(2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の背景技術に鑑み、強磁性金属/非磁性金属/強磁性金属の3層構造を持つ薄膜の面直方向磁気抵抗効果(CPPGMR)を利用した磁気抵抗素子において、従来構造よりも高い磁気抵抗出力を発現する磁気抵抗素子を提供すること、及びその関連技術を開発することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち本発明の一態様は、
[1]それぞれホイスラー合金を含んでなる下部強磁性層及び上部強磁性層、並びに該下部強磁性層と該上部強磁性層との間に挟まれたスペーサ層を備える磁気抵抗素子であって、
該スペーサ層がAg及びCuから選ばれる少なくとも1の金属元素と、長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素から選ばれる少なくとも1の金属元素との、合金(但し、CuとZnからなるbcc構造の合金、CuとAlからなるbcc構造の合金、CuとBeからなるbcc構造の合金、AgとAlからなるbcc構造の合金、AgとMgからなるbcc構造の合金、及びAgとZnからなるbcc構造の合金を除く)を含んでなることを特徴とする、上記磁気抵抗素子である。
【0009】
以下、[2]から[12]は、それぞれ本発明の好ましい実施形態の一つである。
[2]
前記合金が、Cu−Li、Cu−Be、Cu-Mg、Cu−Al、Cu−Ti、Cu−V、Cu−Zn、Cu−Ga、Ag−Li、Ag−Be、Ag-Mg、Ag-Al、Ag−Ti、Ag−V、Ag−Zn、及びAg-Gaから選ばれる少なくとも1の合金であることを特徴とする、[1]に記載の磁気抵抗素子。
[3]
前記合金が、fcc構造を有することを特徴とする、[1]又は[2]に記載の磁気抵抗素子。
[4]
更に基板を備え、該基板は表面酸化Si基板、シリコン基板、ガラス基板、金属基板、及びMgO基板から選ばれる少なくとも一種類であることを特徴とする、[1]から[3]の何れか一項に記載の磁気抵抗素子。
[5]
前記基板の上に形成され、前記ホイスラー合金を所定の結晶方向にエピタキシャル成長させる機能を有する配向層を更に備え、
該配向層は、Ag、Al、Cu、Au、及びCrからなる群から選ばれた少なくとも一種類の金属又はその合金を含み、該ホイスラー合金がエピタキシャル成長する結晶方向は(001)方向であることを特徴とする、[4]に記載の磁気抵抗素子。
[6]
前記下部強磁性層及び前記上部強磁性層が、それぞれCoABの組成式で表されるホイスラー合金を含み、該AはCr、Mn、若しくはFe、又はこれらのうちの2種類以上の組み合わせ(但し、Aの合計の量は1)であり、該BはAl、Si、Ga、Ge、In、若しくはSn、又はこれらのうちの2種類以上の組み合わせ(但し、Bの合計の量は1)であることを特徴とする、[1]から[5]の何れか一項に記載の磁気抵抗素子。
[7]
前記下部強磁性層及び前記上部強磁性層は、B2規則構造又はL2規則構造の少なくとも一方を持つホイスラー強磁性合金を含んでなり、該ホイスラー強磁性合金が、それぞれ、CoFe(GaGex−1)(0.25<x<0.6)、CoFeAl0.5Si0.5、CoMnSi、CoMnGe、CoFeAl、及びCoFeSiからなる群より選ばれたホイスラー強磁性合金であることを特徴とする、[6]に記載の磁気抵抗素子。
[8]
前記下部強磁性層及び前記上部強磁性層の少なくとも一方が、長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素から選ばれる少なくとも1の金属元素を更に含有する、[1]から7]までのいずれか一項に記載の磁気抵抗素子。
[9]
前記長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素から選ばれる少なくとも1の金属元素が、スペーサ層から拡散したものである、[8]に記載の磁気抵抗素子。
[10]
さらに、磁気抵抗測定用の電極である下地層を備え、該下地層が、前記配向層と前記下部強磁性層との間に設けられることを特徴とする、[5]から[9]の何れか一項に記載の磁気抵抗素子。
[11]
さらに、前記上部強磁性層に積層された、表面保護用のキャップ層を備え、該キャップ層がAg、Al、Cu、Au、RuおよびPtからなる群から選ばれた少なくとも一種類の金属、又はその合金を含んでなることを特徴とする、[1]から[10]の何れか一項に記載の磁気抵抗素子。
[12]
さらに、前記上部強磁性層の上、又は前記下部強磁性層の下に設けられたピニング層を備え、該ピニング層が反強磁性体の層であることを特徴とする、[1]から[11]の何れか一項に記載の磁気抵抗素子。
【0010】
本発明の他の一態様は、
[13]少なくとも2層のホイスラー合金薄膜間に少なくとも1層のスペーサ層を配した構造を持つ面直方向磁気抵抗効果(CPPGMR)素子であって、
該ホイスラー合金薄膜が、それぞれ、B2規則構造又はL2規則構造の少なくとも一方を持つホイスラー強磁性合金を含んでなり、該ホイスラー強磁性合金が、CoFe(GaGex−1)(0.25<x<0.6)、CoFeAl0.5Si0.5、CoMnSi、CoMnGe、CoFeAl、及びCoFeSiからなる群れより選ばれたホイスラー強磁性合金であり、
該スペーサ層が、Ag及びCuから選ばれる少なくとも1の金属元素と、長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素から選ばれる少なくとも1の金属元素との、合金(但し、CuとZnからなるbcc構造の合金、CuとAlからなるbcc構造の合金、CuとBeからなるbcc構造の合金、AgとAlからなるbcc構造の合金、AgとMgからなるbcc構造の合金、及びAgとZnからなるbcc構造の合金を除く)を含んでなることを特徴とする、面直方向磁気抵抗効果(CPPGMR)素子、である。
【0011】
以下、[14]から[17]も、それぞれ本発明の好ましい実施形態の一つである。
[14]
[1]乃至[12]の何れか1項に記載の磁気抵抗素子又は[13]に記載の面直方向磁気抵抗効果素子を備えることを特徴とする磁気ヘッド。
[15]
[14]に記載の磁気ヘッドを備えることを特徴とする磁気再生装置。
[16]
少なくとも前記上部強磁性層の成膜を行った後にアニールを行う工程を有する、[1]から[12]のいずれか一項に記載の磁気抵抗素子を製造する方法。
[17]
前記アニールを、250℃以上の温度で行うことを特徴とする、[16]に記載の方法。
【0012】
本発明の更に他の一態様は、
[18]
ホイスラー合金を含む少なくとも1の層、並びにAg及びCuから選ばれる少なくとも1の金属元素と、長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素から選ばれる少なくとも1の金属元素との、合金(但し、CuとZnからなるbcc構造の合金、CuとAlからなるbcc構造の合金、CuとBeからなるbcc構造の合金、AgとAlからなるbcc構造の合金、AgとMgからなるbcc構造の合金、及びAgとZnからなるbcc構造の合金を除く)を含む少なくとも1の層を有する積層体をアニールし、該ホイスラー合金のL2規則度を増大させる工程を有する、ホイスラー合金の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、それぞれホイスラー合金を含んでなる下部強磁性層及び上部強磁性層、並びに該下部強磁性層と該上部強磁性層との間に挟まれたスペーサ層を備える磁気抵抗素子において、該スペーサ層にAg及びCuから選ばれる少なくとも1の金属元素と、長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素から選ばれる少なくとも1の金属元素との、合金(但し、CuとZnからなるbcc構造の合金、CuとAlからなるbcc構造の合金、CuとBeからなるbcc構造の合金、AgとAlからなるbcc構造の合金、AgとMgからなるbcc構造の合金、及びAgとZnからなるbcc構造の合金を除く)を用いることによって、従来の磁気抵抗素子よりも高い磁気抵抗出力を発現できる磁気抵抗素子を提供する、という実用上高い価値を有する顕著な技術的効果を実現することができる。
本発明の磁気抵抗素子は、磁気ヘッド、磁気再生装置等において、好適に使用することができる。
更に本発明は、高スピン分極率を持つホイスラー合金の新しい製造方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の一実施形態である磁気抵抗素子の構造模式図である。
図2】本発明の一実施例である素子を構成する各層のナノビーム電子線回折パターンである。
図3】本発明の一実施例である素子の断面のエネルギー分散X線分光(EDS)による元素分布図である。
図4】本発明の一実施形態であるCPPGMR素子に磁界に対する電気抵抗測定用の電極を付加した素子の断面模式図である。
図5】本発明の一実施例であるAgZnをスペーサ層に用いた素子の、印加磁場に対する電気抵抗×素子面積の変化を示す図である。
図6】本発明の一実施例中のCFGG層のX線回折パターンと、当該実施例のスペーサ層をAg層で置き換えた例中のCFGG層のX線回折パターンとを比較したものである。
図7】本発明の一実施例の素子のΔRAのアニール温度による変化と、当該実施例のスペーサ層をAg層で置き換えた素子のΔRAのアニール温度による変化とを比較したものである
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、必要に応じて図面を参照しながら、本発明を実施するための形態を説明する。
図1は、本発明の一実施形態である磁気抵抗素子の構造模式図である。図1において、磁気抵抗素子は、基板11、下地層12、下部強磁性層13、スペーサ層14、上部強磁性層15、キャップ層16がこの順で積層されている。
【0016】
基板11には、例えば単結晶MgO基板を好ましく用いることができるが、これに限定されるものではなく、ホイスラー合金を含む下部磁性層13や上部磁性層15が多結晶となるSiや金属、合金等を基板として使ってもよい。コストの観点からは、表面酸化Si基板が安価なため基板11として好ましいが、半導体製造用のシリコン基板を用いてもよく、またガラス基板や金属基板を用いてもよい。これらのいずれの材料を基板11に用いても、本発明の構成を具備し、かつ適切な設計を行うことで、高い磁気抵抗比を有する磁気抵抗素子が得られる。
基板11の厚さには特に限定は無く、本発明の目的に反しない限りにおいて当業者が適宜設定すればよいが、機械的強度、磁気抵抗素子製造プロセスにおける取り扱いの容易さ等の観点から、0.1〜1mmであることが好ましく、0.2〜0.5mmであることが特に好ましい。
【0017】
下地層12は、磁気抵抗測定用の電極となるもので、例えばAg、Al、Cu、Au、Cr等から選ばれる少なくとも一種類の金属や、これらの金属元素の合金を好ましく用いることができるが、これらには限定されない。
なお、下地層12を、複数の金属・合金層から構成される2層構造や、3層以上の多層構造としてもよい。
下地層12の厚さには特に限定は無く、本発明の目的に反しない限りにおいて当業者が適宜設定すればよいが、導電性確保や、強磁性層及びスペーサ層への影響を限定する等の観点から、5〜1000nmであることが好ましく、10〜100nmであることが特に好ましい。
【0018】
さらに、配向層を下地層12の下側(基板側)に設けても良い。配向層は、下部磁性層13及び上部磁性層15のホイスラー合金を(001)方向に配向させる作用を持つもので、例えばAg、Al、Cu、Au、Cr合金の少なくとも一種類を含むものを用いることが好ましいが、これらには限定されない。
配向層の厚さには特に限定は無く、本発明の目的に反しない限りにおいて当業者が適宜設定すればよいが、ホイスラー合金を適切に配向させる等の観点から、2〜50nmであることが好ましく、5〜20nmあることが特に好ましい。
【0019】
下部強磁性層13と上部強磁性層15は、XYZの組成でL2、B2またはA2型構造を取るホイスラー合金を含んでいるものであればよく、それ以外に限定されるものではないが、例えばCoABの組成式で表されるホイスラー合金であって、該AがCr、Mn、若しくはFe、又はこれらのうちの2種類以上の組み合わせ(但し、Aの量の合計は1)であり、該BがAl、Si、Ga、Ge、In、若しくはSn、又はこれらのうちの2種類以上の組み合わせ(但し、Bの量の合計は1)であるものを含むことが好ましい。本発明で用いるホイスラー合金としては、CoFe(GaGex−1)(0.25<x<0.6)、CoMnSi、CoMnGe、CoFeAl、及びCoFeSi等が好ましいが、とりわけCoFeGa0.5Ge0.5(CFGG)が特に好ましい。また、(001)単結晶薄膜を用いたCPPGMRで大きな磁気抵抗変化量×素子面積ΔRAが得るために、CoFeAl1−xSi、CoMnSi、又はCoFe1−xMnSiを用いてもよい。
【0020】
下部強磁性層及13び上部強磁性層15には、1種類のホイスラー合金を用いてもよく、2種類以上のホイスラー合金を組み合わせて用いたり、他の金属や合金と組み合わせて用いて用いてもよい。
【0021】
高い磁気抵抗出力を発現する観点からは、下部強磁性層13及び前記上部強磁性層の少なくとも一方が、ホイスラー合金に加えて、長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素から選ばれる少なくとも1の金属元素を更に含有することが好ましい。
【0022】
下部強磁性層13及び上部強磁性層15の少なくとも一方に好ましく含まれる長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素から選ばれる少なくとも1の金属元素は、当該技術分野において通常用いられる手法で適宜添加することができるが、当該金属元素がスペーサ層14に存在することから、スペーサ層14から下部強磁性層13及び/又は上部強磁性層15に拡散させることができる。
長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素をスペーサ層14から下部強磁性層13及び/又は上部強磁性層15に拡散させる手法には特に限定されないが、例えば適当な熱処理によって拡散させることが可能であり、アニールによって拡散させることが特に好ましい。
【0023】
スペーサ層14、並びに下部強磁性層13及び上部強磁性層15の少なくとも一方が成膜されていればアニールを行うことが可能であり、そのタイミングにそれ以外の制限は無く、アニール温度、各層の耐熱性等に応じて適切なタイミングでアニールを行うことが好ましい。本実施形態においては通常、基板11上に、順次、下地層12、下部磁性層13、スペーサ層14、上部磁性層15、及びキャップ層16を成膜していくので、少なくとも上部強磁性層15の成膜を行った後にアニールを行うことが好ましい。更にキャップ層16を成膜した後にアニールを行っても良いし、アニール温度が高温、例えば500℃以上の場合には、上部磁性層15まで成膜した後にアニールを行い、その後にキャップ層16を成膜しても良い。
【0024】
アニールの温度には特に制限は無いが、例えば250℃以上、好ましくは350℃以上、より好ましくは、500℃以上の温度で行うことで、長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素を、十分な量及び速度で下部強磁性層13及び/又は上部強磁性層15に拡散させることができる
【0025】
より具体的な一実施形態として、基板/下地層/ホイスラー合金層(下部強磁性層)/AgZn層(スペーサ層)/ホイスラー合金層(上部強磁性層)/キャップ層からなる積層構造薄膜の場合を例に説明すると、この積層構造薄膜に適当な熱処理をすることにより、AgZn層(スペーサ層)中のZnが熱拡散によりホイスラー合金層を通って下地層あるいはキャップ層に移動し、この際ホイスラー合金層のL2型規則化を促進し、これによりホイスラー合金層のスピン分極率が増強され、その結果磁気抵抗変化量が増大し、高い磁気抵抗出力を得ることが可能となる。この結果、従来技術においてAgをスペーサ層に用いた場合と比較して、上記実施形態においてAg−Zn合金を用いることにより高い磁気抵抗変化量を得ることができる。これにより高い磁気抵抗出力を発現する磁気抵抗素子、特にCPP−GMR素子(面直方向磁気抵抗効果素子)を作製することができる。
【0026】
さらに上記の熱処理プロセスは、上述の磁気抵抗素子の製造にとどまらず、高スピン分極率を持つホイスラー合金の製造一般に適用が可能である。例えば、ホイスラー合金層とAgZn層を積層させた薄膜を作り、これにアニールなどの適切な熱処理を行うことで、Znがホイスラー合金層内を拡散し、これによってホイスラー合金層のL2規則度が増大する。このL2規則度の増大によりスピン分極率が増大すると考えられる。
この様に、高スピン分極率を持つホイスラー合金の新しい製造方法が見出された。
【0027】
以上、スペーサ層がAgZnである場合を例に説明したが、長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素、すなわちLi、Be、Na、Mg、Al、K、Ca、Sc、Ti、V、Zn及びGaは、金属元素であり、非磁性であり、かつ比較的軽い元素でありスピン軌道相互作用が比較的小さいという共通点を有するため、Zn以外の長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素を用いた場合も、同様にホイスラー合金層のL2規則度の増大、及びスピン分極率の増大を実現することができ、また磁気抵抗素子の磁気抵抗出力の増大を実現することができる。
【0028】
下部強磁性層13及び上部強磁性層15の厚さには特に限定は無く、本発明の目的に反しない限りにおいてそれぞれ当業者が適宜設定すればよいが、高い磁気抵抗出力を得る等の観点から、1〜20nmであることが好ましく、1〜5nmあることが特に好ましい。
【0029】
下部強磁性層13と上部強磁性層15との間に設けられるスペーサ層14は後述する特定の合金を含んでなるものである。
スペーサ層14には、Ag及びCuから選ばれる少なくとも1の金属元素と、長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素から選ばれる少なくとも1の金属元素、すなわちLi、Be、Na、Mg、Al、K、Ca、Sc、Ti、V、Zn、及びGaから選ばれる少なくとも1の金属元素、との合金(但し、CuとZnからなるbcc構造の合金、CuとAlからなるbcc構造の合金、CuとBeからなるbcc構造の合金、AgとAlからなるbcc構造の合金、AgとMgからなるbcc構造の合金、及びAgとZnからなるbcc構造の合金を除く)を用いる。
【0030】
上記合金を構成する一方の成分であるAg及びCuは、いずれも電気伝導性が良いという共通点を有し、もう一方の成分であるLi、Be、Na、Mg、Al、K、Ca、Sc、Ti、V、Zn、及びGaは、いずれも金属元素であり、非磁性であり、かつ比較的軽い元素でありスピン軌道相互作用が比較的小さいという共通点を有することから、これらの成分を有する合金一般について本発明の効果が得られるものと考えられる。
より好ましくは、スペーサ層14には、Cu−Li、Cu−Be、Cu-Mg、Cu−Al、Cu−Ti、Cu−V、Cu−Zn、Cu−Ga、Ag−Li、Ag−Be、Ag-Mg、Ag-Al、Ag−Ti、Ag−V、Ag−Zn、及びAg-Gaから選ばれる少なくとも1の合金を用いることが好ましく、Ag−Znを用いることが特に好ましい。
【0031】
スペーサ層14を構成するAg及びCuから選ばれる少なくとも1の金属元素と、長周期型周期表の第2から第4周期までの非磁性金属元素から選ばれる少なくとも1の金属元素との合金(但し、CuとZnからなるbcc構造の合金、CuとAlからなるbcc構造の合金、CuとBeからなるbcc構造の合金、AgとAlからなるbcc構造の合金、AgとMgからなるbcc構造の合金、及びAgとZnからなるbcc構造の合金を除く)は、fcc構造を有することが好ましい。本発明の磁気抵抗素子において上記金合金がfcc構造を有すると、高い磁気抵抗出力が得られ、実用上有利である。上記合金のfcc構造を実現する手段は特に限定されないが、例えば、上記合金を熱処理、好ましくはアニールすることで、fcc構造を実現することができる。アニール温度は、通常250℃以上、好ましくは350℃以上、特に好ましくは500℃以上である。
【0032】
スペーサ層14の厚さには特に制限は無いが、例えば0.1nmから20nmとすることができ、このときこれら合金は1個ないし200個程度の金属原子層を形成している。この様なスペーサ層14の厚さは、原子数として数個から数百個であるため、下部強磁性層のような隣接層の影響を受けて、合金の結晶構造はバルクと異なる場合がある。
【0033】
本発明において、上記特定の合金を含むスペーサ層が高い磁気抵抗出力をもたらす理由は必ずしも明らかではなく、また本発明は特定の理論に束縛されるものではないが、Ag及び/又はCuに、第2から第4周期までの非磁性金属元素を添加することで、磁気抵抗出力が増大することは、強磁性金属を含む下部強磁性層13及び上部強磁性層15と、非磁性金属を含むスペーサ層14との界面における電気抵抗が増大することにより、磁気抵抗変化量が増大するためであるものと考えられる。
図5に示すように、本発明の一実施例では電気抵抗×素子面積(RA)は、大きな磁界において46[mΩ・μm]程度の値を取る。これに対し従来技術であるAgをスペーサーに用いた場合、これに対応する値は非特許文献2に示されるように20[mΩ・μm]程度である。このRAの増大は界面における電気抵抗が増大するためと考えられる。
【0034】
キャップ層16は表面の保護のための金属又は合金を含んでなる層である。キャップ層16は、例えばAg、Al、Cu、Au、Cr 等から選ばれる少なくとも一種類の金属を含んでいてもよく、またこれら金属元素の合金を用いてもよい。
キャップ層の厚さには特に限定は無く、本発明の目的に反しない限りにおいて当業者が適宜設定すればよいが、表面を十分に保護する等の観点から、0.5〜10nmであることが好ましく、2〜5nmあることが特に好ましい。
【0035】
下地層12、スペーサ層14及びキャップ層16の各層は、それぞれ1種類の材料を用いても良いし、2種類以上の材料を積層させたものでもよい。
【0036】
図1に示す構造に加え、上部強磁性層15の上にピニング層としてIrMn合金、PtMn合金等の反強磁性体の層を追加し、交換異方性によって上部強磁性層の磁化反転を抑えることにより、上部強磁性層と下部強磁性層が反平行に磁化した状態を安定化することができる。ピニング層は下部強磁性層13の下に挿入してもよい。
【0037】
本発明の磁気抵抗素子の製造方法には特に制限は無く、金属薄膜、金属化合物薄膜を精密に積層できる方法を当業者が適宜選択すればよいが、スパッタ法により製造することが好ましい。
【実施例1】
【0038】
以下、実施例を参照しながら、本発明を具体的に説明する。なお、本発明はいかなる意味においても、以下の実施例によって限定されるものではない。
【0039】
本発明の一実施例である素子の構造模式図を図1に示す。実施例においては基板11として単結晶MgO基板、下地層12にはCr、Agを下から順に積層させたもの、下部強磁性層13、及び上部強磁性層15にはホイスラー合金CoFeGa0.5Ge0.5(CFGG)、スペーサ層14にはAgZn、キャップ層16にはAgとRuを下から順に積層させたものを用いている。
MgO基板上に、下から順次、Cr(10)/Ag(100)/CFGG(10)/AgZn(5)/CFGG(10)/Ag(5)/Ru(8)(括弧内の数字は膜厚(nm))の膜構成でスパッタ法により製膜を行った。
【0040】
製膜後、CFGG薄膜の結晶構造の改善のため、300℃から630℃までの温度で試料のアニールを行った。300℃から450℃までの温度でのアニールは、上記のすべての層を成膜してから真空中で行った。また500℃以上でのでアニールは、上部のCFGG(10)の層のうち上部強磁性層15に相当するものを成膜した後にスパッタ室内で真空中で行い、その後Ag(5)/Ru(8)を積層させた。
透過電子顕微鏡(TEM)観察、電子線回折、エネルギー分散X線分光(EDS)、X線回折により得られた積層体の構造を調べた。電子線回折の結果、上部のAg層まですべて結晶方位が(001)にそろったエピタキシャル成長をしていることがわかった。
図2に、各温度でアニールした試料の断面について、得られたナノビーム電子線回折パターンを示す。具体的には、各アニール条件(アニール無し、350℃アニール、及び630℃アニール)の試料について、電子ビームをナノメートルサイズに絞り、各層(上部CFGG層(上部強磁性層)、AgZn層(スペーサ層)、及び下部CFGG層(下部強磁性層))の結晶構造を調べた結果である断面ナノビーム電子線回折パターンを示す。gは電子線の入射方向を示し、写真内の数字は各回折スポットの指数を示す。
上部及び下部のCFGG層については、いずれも、アニール無し及び350℃でアニールした場合には、電子線をCFGGの[110]方向に入射した回折パターンにおける(200)回折スポットの存在によりB2型規則構造であることがわかった。一方、630℃でアニールした試料については(111)回折スポットの存在により、さらに規則度の高いL2型規則構造であることがわかった。アニールにより、L2規則度が増大している。
これに対し、AgZn層は、アニール無しのものについてはCFGGと同じ回折パターンを示しB2型規則構造であることがわかる。一方、350℃及び630℃でアニールした試料については、回折パターンが変化している。電子線の入射方向をCFGGの[100]方向に入射した回折パターンと合わせて検討した結果、fcc構造になっていることがわかった。
以上から、成膜直後のスペーサ層のAgZnの構造は体心立方格子(bcc)であるB2型規則相であったが、350℃及び630℃でアニールした後の結晶構造は面心立方格子(fcc)に変化していたことがわかった。
【0041】
EDSによる断面の元素分布図を図3に示す。350℃でアニールした試料においては元のスペーサ層の位置にZnが存在しているが、630℃でアニールした試料ではZnのかなりの部分が元の場所から移動したことがわかる。
【0042】
膜面に垂直方向の電気抵抗を測定するため、微細加工を行い、図4に示すように電極を設け、磁界に対する電気抵抗の変化を調べた。図5に、AgZnをスペーサ層に用いた590℃でアニールした素子の、印加磁場に対する電気抵抗×素子面積の変化を示す。
図5中、横軸が印加磁場Hex(kA/m)、縦軸が電気抵抗×素子面積[mΩ・μm](右)及び抵抗[Ω](左)である。印加磁場Hex(kA/m)を−80kA/mから+80kA/mまで増加させると、−80kA/mから−40kA/mまでは46[mΩ・μm]程度、−40kA/mから−10kA/mまでは46から50[mΩ・μm]程度まで凹状の曲線的に増加し、−10kA/m付近で66[mΩ・μm]程度まで急激に増加し、−10kA/mから+30kA/mまでは66から62[mΩ・μm]程度まで凸状の曲線的に漸減し、+30kA/mから+80kA/mまでは再び46[mΩ・μm]程度となっている。印加磁場Hex(kA/m)を+80kA/mから−80kA/mまで減少させると、印加磁場Hexが0kA/mを中心線として、印加磁場Hを増加させる場合とほぼ対称な曲線となっている。この実施例では、アニール温度Ta=590℃でΔRA=20.6[mΩ?μm]という従来技術と比較して顕著に高い単位面積当たりの電気抵抗の変化量が得られている。
【0043】
本実施例において、Ag−Zn合金をスペーサ層に使うことによって磁気抵抗効果が増強される原因としては、Znの添加によって磁気抵抗効果が増強されることが考えられる。これに加えて、Znを含む層とCFGGを積層させアニールすることにより、Znの拡散によってCFGGのL2型規則度が増大し、スピン分極率が増大する、というメカニズムが考えられる。
【0044】
この点を確認するために、本実施例で用いた積層構造のうち、スペーサ層のAgZnを従来技術で用いられるAgに置き換えた比較試料、すなわち、Cr(10)/Ag(100)/CFGG(10)/Ag(5)/CFGG(10)/Ag(5)/Ru(8)からなる比較試料を作製し、この比較試料及び実施例の試料の2つを同じ温度630°Cでアニールした後のCFGGの結晶構造の比較を行った。図6にその結果を示す。スペーサ層にAgZnを用いた場合、Agの場合に比べ、CFGGの(111)回折線の相対強度が大きいことがわかる。これはL2型規則度が増大していることを示すものであり、Znの拡散によってCFGGのL2型規則度が増大した。
【0045】
図7は、上記実施例の試料及び比較試料について、アニール温度Taに対して、磁気抵抗変化量×素子面積ΔRAをプロットしたものである。実施例では、すべてのアニール温度Taにおいて、従来手法によるAgをスペーサ層に用いた比較試料を上回る結果が得られた。即ち、Ta=350℃で平均値がΔRA=9.9[mΩ・μm]、Ta=400℃で平均値がΔRA=12.2[mΩ・μm]、Ta=450℃で平均値がΔRA=15.4[mΩ・μm]、Ta=500℃で平均値がΔRA=16.6[mΩ・μm]、Ta=590℃で平均値がΔRA=19.6[mΩ・μm]、Ta=630℃で平均値がΔRA=20.7[mΩ・μm]となった。
【0046】
なお、上記の実施例においては、(001)方向に配向したエピタキシャル膜を示しているが、結晶方位はこれに限られるものではなく、(110)、(111)、(211)等の適宜の方向に配向したエピタキシャル膜も本発明に使用することができる。また基板の構造は単結晶に限られるものではなく多結晶でもよい。多結晶の場合においても結晶方位は(001)、(110)、(111)、(211)等の適宜の方向に配向していてもよく、あるいは全く配向していなくてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の面直方向磁気抵抗効果(CPPGMR)を利用した素子は、磁気ディスク用読み取りヘッド用として使用するのに適しており、また微細な磁性情報の検出にも利用できるなど、実用上高い価値を有するものであり、情報通信などの産業の各分野において高い利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0048】
11 基板
12、12a、12b 下地層
13 下部強磁性層
14 スペーサ層
15 上部強磁性層
16a、16b キャップ層
17 酸化シリコン層
18 銅電極層
19 定電流源
20a、20b、22a、22b 導線
21 電圧計
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7