(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
非鉄製錬のプロセスにおいては、様々な形態の製錬原料を使用し、また、各種製錬中間物が発生する。これらの製錬原料や製錬中間物には有価金属が含まれているが、砒素などの環境上好ましくない元素が含まれている場合も多い。製錬原料や製錬中間物からの砒素の分離・回収には、一般に、製錬原料や製錬中間物から、酸の水溶液により浸出させた砒素化合物を難溶性塩として沈殿・析出させた後に、濾過等の方法により機械的に固液分離する方法が用いられる。したがって、これらの沈殿物には、保管の際の安定性と、分離操作時の良好な分離性が求められる。
【0003】
砒素の化合物は、その酸化数が+3価もしくは+5価の状態で存在するが(以下、それぞれ3価もしくは5価と呼称する。)、3価の砒素化合物(亜砒酸塩)は一般的に水溶性のものが多いので、砒素の分離・回収には、通常、水に難溶性の5価の砒素化合物(砒酸塩)を用いる。アルカリ土類の砒酸塩は一般に水に難溶性であるが、これらの塩の沈殿生成はアルカリ性域で行うので、前処理として酸の水溶液で浸出を行う本発明の技術分野には不向きである。酸性域で難溶性を示す砒酸塩には、例えば、砒酸塩鉱物のスコロド石(スコロダイト)がある。スコロダイト(FeAsO
4・2H
2O)は、3価の陽イオンである鉄(3)イオン(Fe
3+)と3価の陰イオンである砒酸イオン(AsO
43-)が1対1で結合した化学的に安定な化合物であるが、砒酸イオンの対イオンが安価に入手可能な鉄(3)イオンであるため、砒素の分離・回収には、スコロダイト類似の化合物の析出反応を利用することが多い。スコロダイトの析出反応を利用した砒素の処理技術には、例えば、以下のものがある。なお、価数を表す前記の括弧内の数字は、本来、ローマ数字で書き表すべきものである。
【0004】
特許文献1(特開2010−285322号公報)には、5価の砒素化合物を含有する水溶液のpHを0.8以上3.0以下とし、そこに3価鉄源を添加し、結晶性スコロダイトを得る技術が開示されており、3価鉄源として、鉄(3)イオンおよび、固体状態の水酸化鉄(Fe(OH)
3)、ゲーサイト(FeOOH)および酸化鉄(Fe
2O
3)が挙げられている。なお、この技術では、鉄源は全て3価の鉄(3)であり、鉄(2)イオンは使用されていない。
特許文献2(特開2008−105921号公報)には、5価の砒素化合物と2価の鉄(2)イオン(Fe
2+)を含有する水溶液に、酸化剤として酸素ガスを吹き込み、スコロダイトの沈殿形成反応を最終的にpHが1.2以下で終結させる技術が開示されている。この技術は、スコロダイトに含まれる鉄(3)イオンを、鉄(2)イオンの酸素酸化反応により供給するものである。
特許文献3(特開2011−178602号公報)には、5価の砒素化合物、鉄(3)イオン、および鉄(2)イオンを含有する水溶液のpHを1以下とした後、酸化剤として酸素ガスを吹き込み、結晶性ヒ酸鉄を得る技術が開示されている。この技術の場合、結晶性ヒ酸鉄に含まれる鉄(3)イオンは、反応溶液中に最初に添加した鉄(3)イオンおよび、鉄(2)イオンの酸素酸化反応により生成した鉄(3)イオンの両方である。
特許文献4(特開2009−018291号公報)には、5価の砒素化合物と鉄(2)イオンを含有する水溶液に、種晶としてスコロダイト、ヘマタイト、ジャロサイト、ゲーサイト等の3価の鉄塩を添加した後、酸化剤として酸素ガスを吹き込み、スコロダイトを生成する技術が開示されている。この技術では、ヘマタイトは、種晶としての効果のみならず、3価の鉄源としての作用も有するとされている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記の技術はいずれも、問題点を有するものであった。
特許文献1で開示される技術は、鉄源として鉄(3)化合物のみを用いるものであるが、その場合、反応用液中に溶け出した鉄(3)イオンの砒酸イオンとの反応性が乏しく、結晶性の良好な砒酸鉄が得られる低pH域で、結晶生成速度が極度に遅くなるという問題があった。結晶生成速度を増大させるために、砒酸鉄の生成反応を高pH域で行うと、結晶の生成速度は速くなるが、得られる結晶の結晶性が悪化し、非晶質化するため、結晶生成反応の最適pH範囲が非常に狭く、工業上実用性に乏しいという問題があった。
特許文献2の技術の場合には、鉄源として鉄(3)化合物を使用した場合の問題点を解消するために、鉄源として鉄(2)イオンを用い、それを空気酸化により鉄(3)イオンとした後、砒酸イオンと反応させるものであるが、鉄(2)イオンの空気酸化反応を必要とし、反応コストが増大するとともに、酸化反応が進行すると鉄(2)イオン濃度が減少するため、鉄(3)イオンの生成速度が減少するという問題があった。なお、特許文献2に開示された技術には、付随的に、反応系のpHが低く、結晶生成速度が遅いという問題、および、気液系の酸化反応を利用するため、反応溶液内の場所により生成物が不均一になるという問題があった。
特許文献3の場合には、反応系のpHが低く、かつ、気液系の酸化反応を利用するため、特許文献2と同様の問題があった。
特許文献4の場合には、結晶成長に大量の種晶を必要とする上、反応速度が遅く、生産性が劣るという問題があり、気液系の酸化反応を利用することに関しては、特許文献2と同様な問題点を有していた。また、種晶としてヘマタイトを用いた場合には、得られる結晶がヘマタイトとスコロダイトの混合物であり、ヘマタイトが大量に残存し、当該ヘマタイトに吸着した砒素が時間の経過と共に溶出する場合があるため、保存安定性に難点があった。
さらに、特許文献1から4に開示された製造方法の場合、結晶生成に伴い処理液中に含まれる遊離の砒酸イオン濃度が減少すると、砒酸鉄結晶の生成速度が極度に低下するため、砒酸鉄結晶の生成反応を完結させるためには長時間を必要とした。そのため、経済性の観点からは、処理時間を限定せざるを得ず、砒酸イオンの回収率を上げることが困難であった。
【0007】
上述の先行技術においてはいずれも、反応溶液のpH上昇に伴う砒酸鉄結晶の生成速度の増加と、結果として得られる砒酸鉄結晶の結晶性および耐砒素溶出性はトレードオフの関係にあり、結晶性および耐砒素溶出性の良好な砒酸鉄結晶を得るためには、砒酸鉄結晶の生成速度が低い低pH域で処理を行わざるを得なかった。低pH域で砒酸鉄結晶の生成速度が低くなるのは、以下の理由による。
砒酸は3塩基酸で、3段解離する弱酸であるが、室温において、第1段の酸解離定数pK
a1=2.24である。したがって、pH2.24以下で優勢な化学種は未解離の砒酸(H
3AsO
4(aq))と1段解離した砒酸2水素イオン(H
2AsO
4-(aq))であり、pHがそれよりも1低いpH1.24以下では、未解離の砒酸(H
3AsO
4(aq))が90%以上を占めることになる。なお、(aq)は、水和していることを意味する。その場合、未解離の砒酸(H
3AsO
4(aq))はゼロ電荷なので、鉄(3)イオンとの反応性は乏しい。これらの処理系では、高温の水溶液中においても、同様の酸解離平衡が存在するものと考えられる。
強酸性域における砒酸鉄結晶の生成反応は、以下のように記述される。
H
2AsO
4-+Fe
3++2H
2O → FeAsO
4・2H
2O+2H
+ (1)
H
3AsO
4+Fe
3++2H
2O → FeAsO
4・2H
2O+3H
+ (2)
いずれの反応もプロトン放出反応であり、pHが低下すると平衡は左向きに移動するので、砒酸鉄結晶の生成反応は抑制される。
【0008】
ところが、本発明者等は、この低pH域においても、鉄(2)イオンを共存させることにより、鉄(3)イオンと砒酸イオンとの反応による砒酸鉄結晶の生成反応が促進されることを見出して、先に特願2013−181303号として特許出願をした。
低pH域で、5価の砒素化合物を含む水溶液に予め鉄(2)イオンを添加した後に鉄(3)イオンを供給すると、鉄(2)イオンを含むスコロダイト結晶構造類似のゲル状の析出物が生成し、結晶性砒酸鉄の前駆体となる。すなわち、ゲル状の析出物が一旦生成すると、その表面で結晶性砒酸鉄の析出が起こり、反応系のpHが低下しても結晶性砒酸鉄の析出が継続することが判明した。鉄(3)イオンの供給源としては、水可溶性の鉄(3)塩および鉄(3)を含む酸化物、特にヘマタイト(Fe
2O
3)が用いられている。ヘマタイトを酸で溶解すると以下の反応が生起し、鉄(3)イオンの供給源となる。
1/2Fe
2O
3+3/2H
2O → Fe
3++3OH
- (3)
前記のゲル状の前駆体の生成、および、ゲル状の前駆体の表面における結晶性砒酸鉄析出の機構については、現時点では不明であるが、鉄(2)イオンが砒酸(H
3AsO
4(aq))もしくは砒酸2水素イオン(H
2AsO
4-(aq))の解離反応に対し触媒作用を示すものと推測される。すなわち、水溶液中において鉄(2)イオンと鉄(3)イオンとが共存すると、不均化反応により電子の授受が起こるため、共存する砒酸(H
3AsO
4(aq))もしくは砒酸2水素イオン(H
2AsO
4-(aq))の解離反応に影響を及ぼすことが考えられる。
【0009】
上記の特願2013−181303号で開示された結晶性砒酸鉄の製造方法は、前述した特許文献1から4で開示された製造方法と比較して、短時間で結晶性砒酸鉄を製造することが可能であるが、それでも数〜10時間程度の処理時間を必要とするので、さらに高速な結晶性砒酸鉄の製造方法の開発が希求されていた。
これらの問題点につき、本発明者等が鋭意検討を行った結果、鉄(3)イオンの供給源としてマグネタイト(Fe
3O
4)を用いると、前述の先行技術では結晶性および耐砒素溶出性の良好な砒酸鉄結晶が得られなかったpH2以上の領域においても、これらの特性が良好な砒酸鉄結晶が短時間で得られ、しかも、副次的に砒酸イオンの回収率も向上することを見出して本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、鉄(3)源としてマグネタイトを用い、酸性域において、経済性を有する速度で結晶性の良好な砒酸鉄を得ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的は、5価の砒素化合物と2価の鉄イオンを含む酸性水溶液に、3価の鉄源としてマグネタイトを添加し、pHが0.5〜3.0の範囲で鉄砒素化合物を析出させる、結晶性砒酸鉄の製造方法により達成される。なお、本発明の製造方法においては、3価の鉄源として5価の砒素化合物の含有量に対してモル比で最大0.5倍の鉄(3)イオンをマグネタイトと同時に添加しても良い。反応溶液に鉄(3)イオンを共存させると、pH調整に必要な酸の量を低下させることができる。
【0011】
また、本発明の製造方法は、上記水溶液がさらに2価の銅イオンを含むことができる。反応溶液に2価の銅イオンを共存させると、結晶性砒酸鉄への結晶化反応が反応初期から促進され、当該結晶性砒酸鉄の砒素溶出特性の向上と共に結晶化反応終了後の砒素濃度をさらに低減することができる。
また、本発明の製造方法は、上記水溶液が種結晶としてのスコロダイト結晶をさらに含むことができる。反応溶液にスコロダイト結晶を共存させると、結晶性砒酸鉄の平均粒径が増加し、固液分離時の分離性が増加する。
また、本発明の製造方法は、鉄砒素化合物の析出反応の後期に、酸素を含む酸化性ガスを吹き込むプロセスをさらに含むことができる。酸化性ガスの吹込みにより、残留するゲル状の前駆体を結晶性砒酸鉄へ変換することができ、当該結晶性砒酸鉄の砒素溶出特性の向上のみならず、固液分離時の分離性が増加する。さらに反応後期における結晶化反応を早めることになるため、結晶化反応終了後の砒素濃度をさらに低減することができる。
なお、本発明の製造方法においては、2価の銅イオンの共存、種結晶の共存、および、反応後期の酸化性ガスの吹き込み、の各プロセスは、それらを複合して行っても良い。
上述の本発明の製造法により得られた結晶性砒酸鉄は、スコロダイトと類似の結晶構造を有し、実質的にジャロサイト系化合物(NaFe
3(SO
4)
2(OH)
6、KFe
3(SO
4)
2(OH)
6)を含まないものである。
【発明の効果】
【0012】
以上、本発明においては、5価の砒素化合物を含む酸性水溶液に、予め2価の鉄イオンを添加した後、3価の鉄源としてマグネタイトを添加することにより、酸性域において、経済性を有する速度で結晶性の良好な砒酸鉄を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[砒素含有被処理液]
本発明が処理対象とする砒素含有液(被処理液)としては、非鉄製錬の過程で発生するものを始めとして、いかなるものでも対象となり得る。本発明においては、被処理液中の3価の砒素は予め全て酸化して、5価の砒酸イオンの形態にしておくことが好ましい。砒素の酸化については、例えば特開2009−242221号公報に開示されている方法を始めとして、公知の種々の方法を適用することができる。なお、本発明の実施例のモデル被処理液では、砒素源として5価の砒酸を用いている。
本発明においては、被処理液中の砒素濃度は特に規定するものではないが、鉄(2)化合物を添加した状態で、砒素として20g/L以上、好ましくは40g/L以上、さらに好ましくは50g/L以上とする。砒素濃度が20g/L未満と低いと、結晶性砒酸鉄の生成速度が遅く、粒子径が小さくなるので、好ましくない。また一度に処理される砒素量が少ないので、経済的な観点からも好ましくない。従って、砒素として20g/L以上、好ましくは40g/L以上、さらに好ましくは50g/L以上と高い程好ましい。
被処理液中に溶解可能な砒素濃度の上限は、共存する金属イオンや他のアニオンの溶解量等、被処理液の発生の経緯によって変化する量であり、鉄(2)化合物を添加した状態で、砒酸鉄以外の沈殿物が発生しないように、適宜調整する。
なお、被処理液中に5価砒素の他に3価の砒素が含まれる場合は、結晶生成反応後半に、2価の鉄イオンと2価の銅イオンの共存下で酸素ガスを吹き込むことにより、3価砒素の5価の砒酸イオンへの酸化ならびに結晶性砒酸鉄への転換は可能であるがこの場合、酸素を吹き込むプロセスの時間を十分に取る必要がある。したがって、被処理液中の3価の砒素は全砒素(5価と3価の砒素の合計)の20%以下にすることが好ましい。
【0015】
[鉄(2)化合物]
本発明においては、砒素含有被処理液中に鉄(2)イオンを共存させることが必須である。鉄(2)イオンそれ自身は、上述のように、ゲル状の前駆体形成に用いられ、結晶性砒酸鉄に一部取り込まれるが、被処理液中に含まれる鉄(2)イオンの大部分は、処理の終了後もそのまま被処理液中に残存することから、基本的には触媒として作用するものと考えられる。
ゲル状の前駆体の表面における結晶性砒酸鉄析出反応については、反応系の鉄(2)イオンの含有量の増大とともに、生成する結晶性砒酸鉄の量も増大することから、前駆体に含まれる鉄(2)イオンではなく、水溶液中の鉄(2)イオンが触媒作用を示すものと推測される。したがって、反応開始時に反応溶液中に存在する鉄(2)イオン量は殆ど変化せず、マグネタイトの溶解に伴い、被処理液中の鉄(2)イオン濃度が増加するが、鉄源として投入した鉄(3)化合物のみが結晶性砒酸鉄生成に用いられることになる。
【0016】
鉄(2)イオンの供給源としては、硫酸塩、硝酸塩、塩化物等、水に可溶性の塩であれば、いずれを用いても構わないが、価格および入手の容易さから、硫酸塩を用いるのが好ましい。
本発明においては、被処理液中に共存させる鉄(2)イオン濃度は特に規定するものではないが、被処理液中に含有する砒素の総モル量の0.2〜0.5倍モル量が好ましい。0.2倍モル量未満であれば結晶性砒酸鉄の粒子径が小さくなるので、好ましくない。また、0.2倍モル以上あればその添加量の増大とともに触媒効果は増すが、0.5倍モル程度で当該効果は十分に発揮されるのでそれ以上の添加は経済的に不利である。
3価の鉄源の全量をマグネタイトとする場合には、マグネタイトの溶解に伴い鉄(2)イオンが蓄積していくので、被処理液中に含有する砒素の総モル量の0.1倍モル量でも良い。
鉄(2)イオンを含む化合物は、水に溶解した液体状態で被処理液に添加しても、固体状態で被処理液に添加して、その中で溶解しても、いずれでも構わない。
なお、砒素化合物と鉄(2)イオンを含む被処理液に鉄(3)化合物を添加すると、結晶性砒酸鉄が析出するので、公知の撹拌手段を用いて被処理液を強撹拌する。
【0017】
[鉄(3)源]
本発明においては、スコロダイト類似の結晶性砒酸鉄を形成するための鉄(3)イオンの供給源として、主としてマグネタイト(Fe
3O
4)を用いる。マグネタイトはFeO・Fe
2O
3に相当するので、酸で溶解すると、以下の式にしたがって鉄(3)イオンと鉄(2)イオンが放出される。
1/2Fe
3O
4+2H
2O → Fe
3++1/2Fe
2++4OH
- (4)
マグネタイトとしては、天然に産出するものや、人工的に合成したもの、例えば鉄鋼材料の酸洗廃液などを湿式処理して製造したもの等いかなるものでも使用することが可能である。
被処理液中におけるマグネタイトの溶解速度は、使用するマグネタイトの作成履歴により異なるため、事前に当該マグネタイトの溶解性を調査しておくことが好ましい。本発明に使用するマグネタイトの平均粒径は特に規定するものではないが、平均粒径が増大すると比表面積が減少して溶解速度が減少するので、被処理液中での溶解速度を確保するために、500μm以下であることが好ましい。結晶が微細になると、被処理液中での溶解速度が増加し、マグネタイトを被処理液に投入した際に、後述するpHの急激な上昇を招き易くなる。しかし、その場合には、多段分割して投入することによりpHの急上昇を抑えることが可能なので、通常の手段で入手可能な微細結晶のマグネタイトは、何れも使用することができる。
鉄(3)イオンを全てマグネタイトで供給する場合、被処理液へのマグネタイトの添加量は、被処理液中に含まれる砒素化合物(砒酸イオン)の量に対してモル比で1〜1.1倍とすることが好ましい。モル比が1未満では、砒素化合物の回収率が悪化する。モル比が1.1倍を超えると、処理後の被処理液中に鉄(3)イオンが多量に残存するので、経済的な観点から好ましくない。
被処理液へのマグネタイトの添加は、上述のように、反応初期に一度に行っても良いし、多段階に分割して行っても、何れでも構わない。被処理液へのマグネタイトの溶解速度が速すぎると、系全体がゲル化傾向を示し、得られる析出物が非晶質化し易くなるので、使用するマグネタイトの溶解速度を考慮して、適宜調整すれば良い。
【0018】
鉄(3)イオンの供給源として主としてマグネタイトを用いた場合、結晶性の良好な砒酸鉄が短時間で得られ、しかも、比較的高いpH領域においても結晶性が悪化しない機構は、以下のように推定される。
3価の鉄源としてマグネタイトを用いた砒酸鉄結晶の生成反応は、全体の反応として、以下の式で表される。
H
2AsO
4-+1/2Fe
3O
4+2H
2O →
FeAsO
4・2H
2O+1/2Fe
2++2OH
-(5)
H
3AsO
4+1/2Fe
3O
4+2H
2O →
FeAsO
4・2H
2O+1/2Fe
2++OH
-(6)
pHが2付近では、被処理液にマグネタイトを添加すると、反応系全体のpHが上昇するのが観察される。これは、この付近のpHでは(5)式が優勢であり、水酸化物イオンの放出によりpHが上昇するものと考えられる。一方、マグネタイト/被処理溶液界面においても(4)式の反応による水酸化物イオンの放出によるpH上昇が起こるため、当該界面において上述した鉄(2)を含むゲル状の前駆体が急速に生成する。
通常、pH2付近では、ランダムに発生した砒酸鉄の沈殿が急速に生成して非晶質化し易いのであるが、鉄源としてマグネタイトを用いた場合には、鉄(3)イオンの供給は当該界面でしか起こらないので、ゲル状の前駆体の生成も当該界面でのみ生起する。したがって、被処理液全体でゲル状の前駆体が発生することはなく、沈殿の非晶質化も起こらないものと推定される。この場合、反応時間の進行と共に、溶解した鉄(3)イオンとゲル状の前駆体が被処理液中に拡散し、さらにpH上昇が進みpHが3を超えると、沈殿の非晶質化が起こるので、反応系全体のpHを制御する必要がある。
これらの現象は、鉄源としてヘマタイトを用いた場合も同様に生起すると考えられるが、3価の鉄源としてマグネタイトを用いた場合の方が、短時間で砒酸鉄の結晶成長が進行する。その理由は現時点では不明であるが、(3)式と(4)式で、放出される水酸化物イオンの数が異なること、および、マグネタイトとヘマタイトとでは、被処理液への溶解性が異なることに起因すると考えられる。
一方、pH1付近では、被処理液にマグネタイトを添加すると、反応系全体のpHが反応の進行とともに緩やかに上昇する。しかしこの場合も、マグネタイト/被処理溶液界面において(4)式の反応に基づくpHの急上昇が起こり、当該界面においてゲル状の前駆体が急速に生成するものと考えられる。ゲル状の前駆体が一度生成すると、低pH域でもその表面で砒酸鉄の結晶生成が継続して起こるため、結晶性の良好な砒酸鉄が短時間で得られる。
上述したマグネタイト/被処理溶液界面におけるpH上昇は、副次的に、被処理液中の砒酸イオンの回収率の向上をもたらす。すなわち、処理の後期においても、マグネタイトの溶解が起こっている間は、上記界面における局所的なpHの上昇が起こり、砒酸鉄の結晶成長が加速されるので、3価の鉄源として鉄(3)イオンを添加した場合と比較して、砒素イオン濃度の低下に伴う砒酸鉄結晶成長速度の低下の割合が少ない。
【0019】
本発明においては、3価の鉄源として、マグネタイトと同時に鉄(3)イオンそのものを添加することも可能である。鉄(3)イオンを被処理液に添加すると、(1)式もしくは(2)式の反応によりプロトンを放出する。マグネタイトの添加量の一部を鉄(3)イオンで置き換えると、マグネタイトの溶解により放出される水酸化物イオンの一部がプロトンで中和されるので、pH調整に必要な酸の量を減少させることができる。
しかし、被処理液中の鉄(3)イオン濃度が増加すると、それに応じてプロトンの放出量も増え、反応系のpH低下と結晶の析出速度の低下を招くので、鉄(3)イオンの過度の添加は、反応の短時間化の観点から好ましくない。反応系pHの極度の低下を防ぐためには、鉄(3)イオンの添加量として、5価の砒素化合物の含有量に対するモル比で0.5倍以下とする。なお、当然ながら、鉄(3)イオンは無添加でも構わないので、添加量の下限は0である。
なお、鉄(3)イオンを添加する場合には、マグネタイトに含まれる鉄(3)イオンの量と、イオン状態で添加する鉄(3)イオンの量との和が、被処理液中に含まれる砒素化合物(砒酸イオン)の量に対してモル比で1〜1.1倍とすることが好ましい。
【0020】
[pH]
本発明においては、反応系のpHは、砒酸鉄の析出速度および析出形態に影響を及ぼす重要な因子である。本発明においてpHは、以下で定義される。
本明細書に記載のpHの値は、JIS Z8802に基づき、ガラス電極を用い、pH標準液として、酸性域ではシュウ酸塩およびフタル酸塩緩衝液を、中性域では中性りん酸塩緩衝液を用いて、3点校正したpH計により測定した値をいう。また、本明細書に記載のpHは、温度補償電極により補償されたpH計の示す測定値を、反応温度条件下で直接読み取った値である。
本発明においては、2価鉄(2)イオンを含む砒素含有被処理液に3価鉄を含む鉄化合物を添加し、pHが0.5〜3.0の範囲内で反応を行う。pHが0.5未満であれば、結晶性砒酸鉄結晶の析出速度が小さくなり、短時間生成の観点から好ましくない。さらに、反応後の液中に残留する未反応の砒素量が増える。pHが3.0を超えると、析出物が非晶質化し易く、反応が遅延するだけでなく得られる結晶性砒酸鉄の溶出値が悪化するので好ましない。したがって、反応系のpHの上昇を3.0以下に抑えることが好ましい。
本発明においては、反応開始時のpHは特に規定するものではないが、処理条件によってpHが上昇する場合と低下する場合があるので、1.0〜2.5の範囲にすることが好ましい。
反応系のpHが上昇する場合にpH調整に用いる酸は特に規定するものではないが、汎用的に使われている硫酸が好ましい。当該硫酸の添加は以下の要領で行う。
まず、硫酸を添加する所定pH値を1.5から3.0の間内に設定し、反応系のpHが反応の進行とともに上昇し、所定pH値に達したら硫酸添加を開始し、その後も反応系のpH上昇が所定pH値を超さないように適宜適時添加をおこなう。硫酸添加による反応系pHの低下幅は、所定pH値から0.5以内とすべきである。極端な低下は反応を遅延させるからである。反応初期は析出速度が速いので添加する硫酸量、添加頻度ともに高いが、その後は添加量、頻度とも減り最終的に反応系のpH上昇がおさまり、硫酸添加が不要になる。この時点で、被処理液中の砒素化合物の95%以上が結晶性砒酸鉄として析出する。
反応系のpH値が0.5より低下する場合には、アルカリ添加による中和を行なうことができる。アルカリとしては、ナトリウムやカリウムの水酸化物、炭酸塩等、汎用的に用いられているもののいずれを用いることも可能であるが、カルシウム塩は、被処理液中の硫酸塩イオンと反応して、難溶性の硫酸カルシウム(石膏)を形成し、反応で得られる結晶性砒酸鉄へ混入するので、当該混入を避けたい場合には、事前に濾別することもできる。
【0021】
[処理条件]
本発明においては、反応温度は特に規定するものではないが、80〜100℃が好ましい。反応温度が80℃未満では、結晶性砒酸鉄の析出に長時間を要するので、経済的に不利となる。反応温度が100℃を超えると、オートクレーブ等の高圧反応設備が必要となり、設備費用が高額となり、エネルギーコストも増大するので好ましくない。より好ましい範囲は90〜95℃である。
反応時間は、被処理液中に含まれる砒素濃度や3価鉄を含む鉄化合物の添加方法、反応系pH上昇時の酸添加による制御pH値等により依存するものであるが、後述の酸素を含む酸化性ガスを吹き込むプロセスを含めて1〜2時間以内に設定することもできる。
なお、上述のように、処理を開始すると沈殿物が発生するので、処理中は、被処理液を強撹拌する。
本発明においては、被処理液に鉄(2)イオンを共存させるが、撹拌に伴う空気の巻き込みによる鉄(2)イオンの酸化は、それ程多くはないので、特に雰囲気制御をする必要はなく大気雰囲気下で反応を行うことができる。
【0022】
[銅(2)イオン]
本発明においては、反応溶液に銅(2)イオンを共存させることにより、結晶性砒酸鉄への結晶化反応が反応初期から促進され、当該結晶性砒酸鉄の溶出特性の向上と共に結晶化反応終了後の砒素濃度をさらに低減することができる。
本発明においては、銅(2)イオン濃度は特に規定するものではないが、0.1g/L以上で効果が現れ、濃度の上昇とともに効果が高まっていく。しかし同時に結晶性砒酸鉄粒子が微細化していくので後述の種結晶を添加し結晶化反応を行うことで、結晶性砒酸鉄粒子の微細化を阻止することができる。
銅(2)イオンの共存により、結晶性砒酸鉄への結晶化反応が反応初期から促進される理由については、現時点で不明であるが、前駆体の表面での鉄(2)イオンと鉄(3)イオンとの不均化反応による砒酸(H
3AsO
4(aq))から砒酸2水素イオン(H
2AsO
4-(aq))への解離反応(下記の(7)式)の触媒として作用することに起因するものと推定される。
H
3AsO
4 → H
2AsO
4- + H
+ (7)
また、反応溶液に銅(2)イオンを共存させると、マグネタイトの溶解が促進され、砒酸鉄結晶の生成速度が増大するので、処理時間短縮の観点から、共存させることが好ましい。
【0023】
[種結晶]
本発明においては、反応溶液に種結晶としてスコロダイト結晶を添加することにより、得られる結晶性砒酸鉄が粗大化するので、結晶性砒酸鉄の分離性をさらに高めることができる。
本発明においては、種結晶の添加量は特に規定するものではないが、10〜20g/Lで効果が飽和する。
なお、種結晶として使用するスコロダイト結晶は、天然のスコロダイトでも良いし、本発明をはじめとして、砒素化合物の回収により得られたスコロダイトと類似の結晶構造を有する結晶のいずれも使用可能であるが、結晶性砒酸鉄の粗大化のためには、可能な限り結晶性の良好なものを使用することが好ましい。なお、種結晶の平均粒径としては特に限定されず、通常の手段で入手可能なサイズのものであればいかなるものでも使用可能であるが、粒径が大きくなると比表面積が小さくなり、反応の活性点が減少するので、500μm(mm)以下とすることが好ましい。
【0024】
[酸化性ガスの吹き込み]
本発明においては、結晶性砒酸鉄の析出反応の後期に、酸素を含む酸化性ガスを吹き込むことにより、結晶性砒酸鉄の溶出特性と固液分離時の分離性を向上させ、結晶化反応終了後の砒素濃度をさらに低減することができる。
酸化性ガスとしては、酸素ガス、空気等、あるいはこれらの混合ガスを使用することができるが、短時間で反応を終了させたい場合には、酸素分圧が高いガス程良く、特に酸素ガスが好ましい。ここで、反応の後期とは、被処理液に溶存する砒素の80%以上が析出した時点を意味するが、酸化性ガスの吹き込みは、必ずしも砒素の80%が反応した時点で開始する必要はなく、反応速度が速い場合には、反応がさらに進行した時点で吹き込みを開始しても構わない。なお、反応開始時から酸化性ガスを吹き込むと、反応開始時に反応溶液中に添加した鉄(2)イオンが酸化するので、好ましくない。
酸化性ガスの吹込みにより、結晶性砒酸鉄の溶出特性と固液分離時の分離性が向上する理由に関しては、反応後期に残留する前駆体が酸化され結晶性砒酸鉄へ転換されることに起因するものと推定される。
さらに、結晶化反応終了後の砒素濃度をさらに低減する理由に関しては、酸化性ガスを吹き込むことにより被処理溶液中の鉄(2)イオンが酸化して鉄(3)イオン濃度が増加するために、未反応の砒素化合物の結晶への取り込みが促進されるためと推定される。
【0025】
[ナトリウム(Na)イオン、カリウム(K)イオン]
一般に、鉄(3)イオンとNaイオンまたはKイオンが溶存する硫酸溶液を、pHが1〜2.5、温度が80℃以上で反応させた場合、ジャロサイト化合物(NaFe
3(SO
4)
2(OH)
6、KFe
3(SO
4)
2(OH)
6)を形成することが知られている。これら化合物は、砒素(5)イオンを吸着するため、鉄(3)を用いて高温下でスコロダイトを生成する場合、同時にジャロサイトが析出すると、得られた砒酸鉄化合物の砒素の溶出値が悪化するという問題があった。
しかし、本発明の製造方法では、被処理液にNaイオンまたはKイオンが大量に共存していてもジャロサイト化合物が実質的に生成せず、砒素の溶出特性に優れたスコロダイト類似の砒酸鉄結晶生成が可能である。
本発明においては、被処理液中のNaイオンおよびKイオンの許容量は特に規定しないが、砒素溶出性を考慮して、NaイオンおよびKイオンの合計量として20g/L以下が好ましく、15g/L以下がさらに好ましい。
本発明の製造方法において、ジャロサイト化合物が生成しない理由については、現時点では不明であるが、本発明者等は以下のように推定している。すなわち、本発明の製造方法においては、被処理液に鉄(3)イオンとNaイオンまたはKイオンが共存していても、鉄(3)イオンは反応初期にスコロダイト形成用の鉄源として急速に反応するものであり、当該反応の自由エネルギー変化(ΔG
S)が、ジャロサイト形成のそれ(ΔG
J)より、マイナスに大きな値(ΔG
S−ΔG
J<0)を取るものと考えられる。さらに反応終了時においては、液中に残留する鉄イオンは、鉄(2)イオンが多いため、ジャロサイトが形成される酸化性領域に達することができていないものと考えている。
【0026】
[固液分離]
結晶性砒酸鉄の析出反応、および酸化性ガス吹込みによる酸化処理を終了した後、フィルタープレスや遠心分離機等の公知の固液分離手段を用いて固相を分離する。固相分離後の液相には、砒素が数100〜数10mg/Lしか含まれておらず、また鉄(2)イオンが含まれているので、砒素含有原料の浸出用の用水として用いることができる。また、本発明を用いた砒素の分離・回収のための鉄(2)源として再利用することも可能である。
分離した結晶性砒酸鉄は、ろ過性・沈降性に優れており、さらに砒素品位が30%前後と高いので減容化が達成され、かつ、耐溶出性も優れ安定であり、製錬工程から安定な形として砒素を除去し、保管することが可能となる。
【0027】
[砒素、鉄(2)および鉄(3)の分析]
反応の各時点のサンプルは、孔径0.2μmのMCE(Mixed Cellulose Ester)製のフィルターを介し濾過を行い、得られた濾液を60%硝酸と蒸留水で濃度調整した。この液をICP−OES分析装置(アジレント製 Agilent−720)で測定し、全砒素濃度および全鉄濃度を定量した。被処理液中の砒素はすべて添加形態の5価とみなし、全砒素濃度を砒素(5)濃度として扱った。
また鉄(2)は、上述の濾過で得られた濾液を、希硫酸、りん酸、および蒸留水で濃度調整し、この液を0.05mol/Lの重クロム酸カリウム水溶液で滴定し(終点は濃紫色)濃度を求めた。
鉄(3)濃度は、ICP−OESの全鉄濃度から鉄(2)濃度を差し引き求めた。
【0028】
[砒酸鉄の構造観察]
走査電子顕微鏡は日本電子製JSM−7500FAを使用した。試料には白金蒸着をおこない、加速電圧8kVで観察した。X線回折装置はRIGAKU製RINT−2200を使用した。X線管球にはCuのKα線を用い、印加電圧40kV、電流30mAとした。
【実施例】
【0029】
本発明の実施例および比較例について、表1に被処理液の組成、表2に被処理液中の5価の砒素化合物に対する鉄(2)イオンおよび鉄(3)イオンのモル比、5価の砒素化合物に対する添加したマグネタイト中の鉄(3)成分および鉄(2)成分のモル比、5価の砒素化合物に対する最終的な全鉄(鉄(2)と鉄(3)の和)のモル比、および反応時間を、表3に固液分離して得られた沈殿物の含水量、平均粒子径、組成および砒素溶出値を、それぞれまとめて示した。
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】
【0032】
【表3】
【0033】
[実施例1]
被処理液として、市販の60%砒酸溶液と硫酸第一鉄を用いて、As(5):45.0g/L、Fe(2):3.4g/Lの組成の水溶液800mLを準備し、これにFe(3)源としてマグネタイト(Fe
30
4)をAs(5)の等モル量投入し、4枚邪魔板付き2段デイスクタービン羽根で撹拌しながら昇温し、95℃になった時点を反応開始とし、当該温度を維持しながら砒酸鉄の析出反応を行った。本実施例では、マグネタイトとして、50%粒子径(D
50)が2.3μm、BET法により測定した比表面積が3.8m
2/gのものを用いた。なお、この条件は、反応開始時のFe(2)/As(5)のモル比が0.1、マグネタイト投入後のFe(3)/As(5)のモル比が1.0、反応系の全Fe/As(5)のモル比が1.6である。Fe(3)の投入量は、原料のマグネタイト(Fe
30
4)を化学分析して決定した。なお、反応は、大気開放条件下、1000rpmの強撹拌下で行なった。
本実施例では、反応開始時のpHは1.67で、Ag/AgCl電極基準の酸化還元電位は248mVであった。その後pHは徐々に上昇し、6min後にでゲル化の兆候が現れたので、その時点から95%を添加してpHが2.1を超さないように制御した。反応開始後おおよそ14min以降はpHの上昇は観察されなかった。pH制御を行っていた8min間に添加した95%硫酸の量は25gであった。反応開始後30minの時点(pH=1.96、316mV vs Ag/AgCl)で被処理液を少量サンプリングし、次いで、ガラス管を介し反応容器底部より酸素ガスを1L/minの体積速度で吹き込みながら90min(pH=1.90、411mV vs Ag/AgCl)まで反応を行った。
図1に、本実施例におけるpHの推移を示した。
分析の結果、反応開始後30minおよび90min後の反応終了時点での液中砒素濃度は、いずれも50mg/Lであり、反応開始後30min以内の短時間に、被処理液中の砒素の99.9%程度が砒酸鉄化合物として沈殿を形成していた。反応終了後のスラリーは濾過に供して固液分離した後、回収した固形物の湿潤(wet)重量の10倍量の純水によりリパルプ洗浄し、再度濾過に供し、沈殿物(結晶化物)を回収した(他の実施例、比較例も同一の操作を実施)。なお、本実施例で得られた沈殿物は結晶化していた。
得られた結晶化物は、X線回折(XRD)の結果、天然のスコロダイト鉱物とほぼ同一の回折パターンを示した。なお、以下に示す本発明の実施例で得られた沈殿物は全て結晶性が良好で、同様なX線回折パターンが得られている。また、本実施例で得られた結晶化物の環境庁告示13号溶出試験による砒素の溶出値は0.01mg/Lであった。
得られた結晶化物の水分、平均粒子径(D
50)、組成、および砒素溶出値を、他の実施例、比較例と併せて表3に示した。
【0034】
[実施例2]
実施例1で用いた被処理液に硫酸銅と種結晶を添加してCu(2):1g/L、種結晶:15g/L(乾燥重量)とし、さらに反応後期に酸素ガスの吹き込みは行なわずに、他の条件は実施例1と同一で処理を行なった。なお種結晶として、実施例1と同一の条件により2回処理して得られた結晶化物を混合して使用した。
本実施例の場合、反応開始の基準点の95℃に昇温する途中の85℃付近からpH上昇が早まったので、95℃に到達する直前から硫酸を添加しpHが2.1を超さないように制御した。pH制御が必要な時間は約6min間、添加した95%硫酸の量は17.5gであり、それ以降pH上昇は観察されなかったが、90minまで処理を行った。反応開始後30minおよび90minの時点におけるpHと酸化還元電位は、それぞれpH=1.91、340mV vs Ag/AgClおよびpH=1.83、375mV vs Ag/AgClであった。
反応開始後30minおよび90minの時点での液中砒素濃度は、それぞれ40mg/Lおよび15mg/Lであった。得られた結晶化物の水分、平均粒子径(D
50)、組成、および砒素溶出値を表3に示した。
【0035】
[実施例3]
本実施例における被処理液の組成、およびマグネタイト(Fe
30
4)添加条件は実施例2と同一である。ただし、硫酸添加は、反応初期のpH上昇が3.0を超さないように行い、次いでpHを2.1まで下げ、反応開始後15minから酸素ガスを吹き込み、60minまで反応を行った。
本実施例では、昇温途中の85℃付近からpH上昇が早まったので、95℃に到達する前から硫酸をpHが3.0を超さない(具体的にはpHが2.7〜3.0間をハンチングする)ように制御した。この場合、pH制御に必要な時間は約3minであり、次いでpHを2.1まで下げ、15minから酸素ガスの吹き込みを開始し、60minまで反応を行った。添加した95%硫酸の量は25.0gであり、反応開始後15minおよび60minの時点におけるpHと酸化還元電位は、それぞれpH=1.98、328mV vs Ag/AgClおよびpH=1.81、418mV vs Ag/AgClであった。本実施例におけるpHの推移を
図1に併せて示す。
反応開始後15minおよび60minの時点での液中砒素濃度は、それぞれ115mg/Lおよび25mg/Lであった。得られた結晶化物の水分、平均粒子径(D
50)、組成、および砒素溶出値を表3に示す。また
図2に、反応開始後15minの時点の結晶化物の走査電子顕微鏡(SEM)写真を、また
図3に、反応終了時(60min)の結晶化物の走査電子顕微鏡(SEM)写真をそれぞれ示した。なお、それぞれの写真の下部中央にある白いバーの長さが1μmに相当する。液中の砒素濃度の分析結果、および結晶化物のSEM写真から、反応開始後15minの時点において結晶化物の形成は既に完了していることがわかる。
図4に、反応終了時(60min)時に得られた結晶化物のX線回折(XRD)図形を示す。回折図形には、広い回折角の範囲でスコロダイト同一の回折角において鋭いピークが観察された。
【0036】
[実施例4]
本実施例における被処理液の組成、およびマグネタイト(Fe
30
4)添加条件は実施例2と同一である。ただし、硫酸添加は、反応初期のpH上昇が2.6を超さないように行い、次いでpHを2.1まで下げ、反応開始後15minから酸素ガスを吹き込み、60minまで反応を行った。pH制御に必要な時間は約6minであり、添加した95%硫酸の量は18.2gであった。反応開始後15minおよび60minの時点におけるpHと酸化還元電位は、それぞれpH=2.03、314mV vs Ag/AgClおよびpH=1.98、399mV vs Ag/AgClであった。
反応開始後15minおよび60minの時点での液中砒素濃度は、それぞれ30mg/Lおよび15mg/Lであった。得られた結晶化物の水分、平均粒子径(D
50)、組成、および砒素溶出値を表3に示す。
【0037】
[実施例5]
本実施例における被処理液の組成、およびマグネタイト(Fe
30
4)添加条件は実施例2と同一である。ただし、硫酸添加は、反応初期のpH上昇が2.8超さないように行い、その後反応は成り行きとし、反応開始後20minから酸素ガスを吹き込み、60minまで反応を行った。pH制御に必要な時間は約4minであり、添加した95%硫酸の量は13.6gであった。反応開始後20minおよび60minの時点におけるpHと酸化還元電位は、それぞれpH=2.70、273mV vs Ag/AgClおよびpH=2.29、371mV vs Ag/AgClであった。本実施例におけるpHの推移を
図1に併せて示す。
反応開始後20minおよび60minの時点での液中砒素濃度は、それぞれ24mg/Lおよび18mg/Lであった。得られた結晶化物の水分、平均粒子径(D
50)、組成、および砒素溶出値を表3に示す。
【0038】
[実施例6]
本実施例においては、被処理液に対して、Fe(3)/As(5)のモル比が0.3になるように、予め鉄(3)イオンを添加した。鉄(3)イオン源としては硫酸第二鉄を用い、Feとして50g/Lの水溶液としたものを被処理液に所定量配合した。なお、本実施例の場合、反応開始時のpHが0.98と低くなっているが、これは、被処理液中に含まれる鉄(2)イオンおよび鉄(3)イオンの加水分解によるものと考えられる。
本実施例においては、反応開始時(pH=0.98、405mV vs Ag/AgCl)から5min後(pH=0.89、300mV vs Ag/AgCl)までpHが微減した後上昇に転じ、10min後(pH=1.62、282mV vs Ag/AgCl)にpH上昇はほぼ収束した。反応開始後30minから酸素ガスを吹き込み、90minまで反応を行った。本実施例の場合、硫酸添加は行っていない。反応開始後15min、30minおよび90minの時点におけるpHと酸化還元電位は、それぞれpH=1.65、320mV vs Ag/AgCl、pH=1.62、370mV vs Ag/AgClおよびpH=1.53、438mV vs Ag/AgClであった。
反応開始後15minおよび90minの時点での液中砒素濃度は、それぞれ115mg/Lおよび20mg/Lであり、本実施例の場合でも、被処理液中の砒素の殆どが、短時間で砒酸鉄結晶を形成していることがわかる。得られた結晶化物の水分、平均粒子径(D
50)、組成、および砒素溶出値を表3に示す。また、
図5に、反応終了時(90min)時に得られた結晶化物のX線回折(XRD)図形を示す。回折図形には、広い回折角の範囲でスコロダイト同一の回折角において鋭いピークが観察された。
本実施例における反応系のpH挙動については、以下のように考えられる。すなわち、反応開始時にはマグネタイトの溶解により放出された水酸化物イオンにより強酸性の被処理液が中和され、砒酸鉄結晶の形成により遊離の鉄(3)イオン濃度が減少するとともに、反応系のpHが上昇したものと考えられる。
【0039】
[実施例7]
本実施例においては、被処理液に対して、Fe(3)/As(5)のモル比が0.5になるように、予め鉄(3)イオンを添加した。
本実施例のpHの推移を
図1に併せて示す。本実施例においては、pHの著しい上昇は観察されない。反応開始時、17min後、60min後、および90min後(反応終了時)のpHと酸化還元電位は、それぞれpH=0.97、461mV vs Ag/AgCl、pH=0.70、402mV vs Ag/AgCl、pH=0.84、448mV vs Ag/AgCl、およびpH=0.77、488mV vs Ag/AgClである。なお、本実施例の場合は、反応開始後60miの時点で酸素ガスの吹き込みを開始している。
反応開始後60minおよび90minの時点での液中砒素濃度は、それぞれ801mg/Lおよび228mg/Lであった。得られた結晶化物の水分、平均粒子径(D
50)、組成、および砒素溶出値を表3に示す。
本実施例の場合、強酸性域であるにも拘らず、短時間で砒酸鉄結晶の形成が進行するが、これは上述のように、マグネタイト/被処理液界面における局所的なpHの上昇により、結晶成長が促進されたためと考えられる。
【0040】
[実施例8]
本実施例においては、被処理液に対して、Fe(3)/As(5)のモル比が0.3になるように、予め鉄(3)イオンを添加した。銅(2)イオンは添加せず、Na
+イオンを5.0g/L、K
+イオンを8.0g/L、それぞれ硫酸塩を用いて添加した。なお、当該硫酸塩の添加により、被処理液のpHが若干上昇したが、これは被処理液をアルカリで部分的に中和したことに相当するためである。
本実施例においては、反応開始時(pH=1.51、388mV vs Ag/AgCl)から12min後(pH=1.42、369mV vs Ag/AgCl)までpHはあまり変化せず、その後上昇し、約20min後(pH=2.24、255mV vs Ag/AgCl)にpH上昇はほぼ収束した。反応開始後30min(pH=2.22、295mV vs Ag/AgCl)から酸素ガスを吹き込み、90min(pH=2.02、387mV vs Ag/AgCl)まで反応を行った。本実施例の場合、硫酸添加は行っていない。
反応開始後30minおよび90minの時点での液中砒素濃度は、それぞれ94mg/Lおよび33 mg/Lである。本実施例で得られた結晶化物のNaおよびKの含有量はいずれも0.1mass%未満であった。得られた結晶化物の水分、平均粒子径(D
50)、組成、および砒素溶出値を表3に示す。また、
図6に、反応終了時(90min)時に得られた結晶化物のX線回折(XRD)図形を示す。回折図形には、広い回折角の範囲でスコロダイト同一の回折角において鋭いピークが観察され、ジャロサイト化合物を示す明瞭なピークは認められなかった。
【0041】
[比較例1]
本比較例は、実施例1においてpH制御を行わなかった場合に相当する。なお、酸素ガスの吹き込みは行っていない。本比較例の場合、反応開始時(pH=1.89、222mV vs Ag/AgCl)からpHが上昇すると共に、ゲルの発生が僅かに観察されたが、反応開始後12min(pH=3.10、−62mV vs Ag/AgCl)でゲルが大量発生し、pH上昇がほぼ停止した。ゲルの大量発生により撹拌が困難となったため、反応開始後25min(pH=3.15、−105mV vs Ag/AgCl)までに350mLの純水を間歇的に添加した。そのまま反応を継続すると、反応開始後95min(pH=3.13、67mV vs Ag/AgCl)あたりからゲルの結晶化が観察されたので、360min(pH=3.47、160mV vs Ag/AgCl)まで反応を継続した。
図7に本比較例におけるpHの推移を示した。
本比較例における反応開始後30minおよび360minの時点での液中砒素濃度は、それぞれ488mg/Lおよび5mg/Lである。得られた沈殿物の水分、平均粒子径(D
50)、組成、および砒素溶出値を表3に示す。360min後に得られた沈殿物はある程度結晶化していたが、粒子同士の凝集が不完全であり多くの間隙が観察され、含水率が高く、濾過性の非常に悪いものであった。また、砒素の溶出値が2.80mg/Lであり、溶出基準(<0.3mg/L未満)を満足するものではなかった。