(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6446306
(24)【登録日】2018年12月7日
(45)【発行日】2018年12月26日
(54)【発明の名称】食品素材の退色を抑制するための包装体及びその退色抑制方法
(51)【国際特許分類】
B65D 81/20 20060101AFI20181217BHJP
A23L 13/00 20160101ALI20181217BHJP
A23L 17/00 20160101ALI20181217BHJP
A23L 5/42 20160101ALI20181217BHJP
A23B 4/12 20060101ALI20181217BHJP
A23B 4/20 20060101ALI20181217BHJP
【FI】
B65D81/20 F
A23L13/00 D
A23L17/00
A23L5/42
A23B4/12 Z
A23B4/20 Z
【請求項の数】6
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2015-59622(P2015-59622)
(22)【出願日】2015年3月23日
(65)【公開番号】特開2016-179823(P2016-179823A)
(43)【公開日】2016年10月13日
【審査請求日】2017年10月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000118497
【氏名又は名称】伊藤ハム株式会社
(72)【発明者】
【氏名】和賀 正洋
【審査官】
家城 雅美
(56)【参考文献】
【文献】
特開平03−226475(JP,A)
【文献】
特開2006−212004(JP,A)
【文献】
特表2011−525116(JP,A)
【文献】
特開2008−007203(JP,A)
【文献】
特開2009−159825(JP,A)
【文献】
特表2007−508132(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B65D81/20
B65D85/50
A23B 4/12
A23B 4/20
A23L 5/42
A23L13/00
A23L17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
食品素材が含気包装された包装体において、当該食品素材が硝酸塩又は亜硝酸塩を含む食肉加工品、獣肉加工品、水産物加工品のいずれか1つであり、包装体内の二酸化窒素を吸収した後、当該二酸化窒素を一酸化窒素に変換し、当該一酸化窒素を包装体内に放出する窒素酸化物の循環剤が含まれており、前記循環剤は還元性を有することを特徴とする食品素材の包装体。
【請求項2】
前記循環剤のpHは5.0未満であることを特徴とする請求項1記載の食品素材の包装体。
【請求項3】
前記循環剤は、アスコルビン酸ナトリウム、グルタチオン、シスチン、及びハイドロサルファイトナトリウムから選ばれる1種以上であることを特徴とする請求項1又は2記載の食品素材の包装体。
【請求項4】
食品素材の含気包装において、当該食品素材が硝酸塩又は亜硝酸塩を含む食肉加工品、獣肉加工品、水産物加工品のいずれか1つであり、包装体内の二酸化窒素を吸収した後、当該二酸化窒素を一酸化窒素に変換し、当該一酸化窒素を包装体内に放出する窒素酸化物の循環剤が含まれており、前記循環剤は還元性を有することを特徴とする食品素材の退色抑制方法。
【請求項5】
前記循環剤のpHは5.0未満であることを特徴とする請求項4記載の食品素材の退色抑制方法。
【請求項6】
前記循環剤は、アスコルビン酸ナトリウム、グルタチオン、シスチン、及びハイドロサルファイトナトリウムから選ばれる1種以上であることを特徴とする請求項4又は5記載のいずれか1つに記載の食品素材の退色抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品素材、特に亜硝酸塩や硝酸塩といった発色剤が含まれている食品素材の退色を抑制するための包装体、及びその退色抑制方法、に関する。
【背景技術】
【0002】
牛肉、豚肉、羊肉、馬肉等の畜肉、鶏肉等の家禽肉、又は鰹、鮪等の魚肉の色調は、ヘムタンパク質であるミオグロビンの誘導体の混合割合に支配されている。生肉中のミオグロビンには、鮮赤色の酸素(オキシ)型、紫赤色の還元型、茶褐色のメト型の誘導体が存在する。
【0003】
新鮮な食肉の内部は無酸素状態であるため、ミオグロビンのほとんどは還元型であるが、切断などによって空気と接触すると食肉中のミオグロビンは酸素と結合して酸素型となり鮮やかな赤色を呈する。これが市販されている新鮮な食肉の色の本体である。ミオグロビン分子内の鉄は二価(Fe
2+)の状態である。
【0004】
しかし、こうした鮮やかな食肉の色調も、長期に渡り空気に晒されると経時的に褐色化して商品価値を著しく低下させる。この褐色化の要因として、ミオグロビンやヘモグロビンの酸化が知られている。
【0005】
通常、食肉を加熱するとミオグロビンをはじめとするヘム色素の酸化変性によって褐色化する。その一方で、ハム、ソーセージなど食肉加工品では、発色剤として亜硝酸塩、硝酸塩を加えることで塩漬食肉製品に特徴的な桃赤色を付与したり、その色調の保持を目的としてL−アスコルビン酸、エリソルビン酸、ニコチン酸アミド等を添加する方法等が一般に行われている。こうした食肉加工品では、食肉中のミオグロビンは比較的安定なニトロシルミオグロビンを形成するため、精肉と比較して退色は遅いが、ニトロシルミオグロビンは光と酸素に対して弱いという性質を持っているために蛍光灯下での店頭展示などによる退色は避けられない。
【0006】
これまで、食肉加工品の退色抑制技術として、アスコルビン酸、シスチン類および所定量の澱粉加水分解物(又は、アスパラギン酸)を含有する退色抑制用組成物を添加する方法(特許文献1と2)、コウジ酸及びL−アスコルビン酸ナトリウムを肉類製品に含有させる方法(特許文献3)、所定量のラフィノースを添加する方法(特許文献4)が開示されている。また、食肉加工品ではないが、窒素酸化物を被着させたパッケージフィルムと精肉とを接触させることで、精肉表面に安定な赤色を発生させる方法が知られている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公平4−59863
【特許文献2】特公平4−59864
【特許文献3】特公平5−25463
【特許文献4】特許第4416356号
【特許文献5】特表2007−531672
【0008】
このように様々な食肉あるいは食肉加工品の退色抑制技術が提案されているが、そのほとんどが食品素材に添加物を添加することが前提となっており、含気包装された包装体内に、窒素酸化物の循環剤を封入することで、食品素材の退色を抑制する技術はこれまでなかった。類似技術として特許文献5には、精肉と窒素酸化物が被着されたフィルムを接触させることで、精肉に窒素酸化物が移行し、これによってニトロシルミオグロビンを生じせしめる方法が開示されているが、密着させる必要があるほか、亜硝酸根残存量の制御が困難になるという問題を抱える。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明では上記事情に鑑み、食品素材由来の化学物質を利用することで食品素材へ添加をせずに、退色抑制の持続効果が得られるような食品素材の包装体、及びその退色抑制方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者らは、食品素材が含気包装された包装体において、包装体内の二酸化窒素を吸収した後、当該二酸化窒素を一酸化窒素に変換し、当該一酸化窒素を包装体内に放出する窒素酸化物の循環剤を封入することで、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
即ち、本発明は、(1)食品素材が含気包装された包装体において、包装体内の二酸化窒素を吸収した後、当該二酸化窒素を一酸化窒素に変換し、当該一酸化窒素を包装体内に放出する窒素酸化物の循環剤が含まれており、前記循環剤は還元性を有することを特徴とする食品素材の包装体、(2)前記食品素材には発色剤が含まれることを特徴とする(1)記載の食品素材の包装体、(3)前記循環剤のpHは5.0未満であることを特徴とする(1)又は(2)記載の食品素材の包装体、(4)前記循環剤は、アスコルビン酸ナトリウム、グルタチオン、シスチン、及びハイドロサルファイトナトリウムから選ばれる1種以上であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1つに記載の食品素材の包装体、(5)前記食品素材は、食肉加工品、獣肉加工品、又は、水産物加工品であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれか1つに記載の食品素材の包装体、(6)食品素材の含気包装において、包装体内の二酸化窒素を吸収した後、当該二酸化窒素を一酸化窒素に変換し、当該一酸化窒素を包装体内に放出する窒素酸化物の循環剤が含まれており、前記循環剤は還元性を有することを特徴とする食品素材の退色抑制方法、(7)前記食品素材には発色剤が含まれることを特徴とする(6)記載の食品素材の退色抑制方法、(8)前記循環剤のpHは5.0未満であることを特徴とする(6)又は(7)記載の食品素材の退色抑制方法、(9)前記循環剤は、アスコルビン酸ナトリウム、グルタチオン、シスチン、及びハイドロサルファイトナトリウムから選ばれる1種以上であることを特徴とする(6)〜(8)のいずれか1つに記載の食品素材の退色抑制方法、(10)前記食品素材は、食肉加工品、獣肉加工品、又は、水産物加工品であることを特徴とする(6)〜(9)のいずれか1つに記載の食品素材の退色抑制方法、に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によって、食品素材の退色を抑制することができ、さらにその効果を持続させることができる食品素材の包装体、及びその退色抑制方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】ソーセージ、モモハム、鴨ハム、たらこの包装体において、窒素酸化物の循環剤の有無による、赤色保持率の経時変化を示したグラフ。
【
図2】ハムの包装体において、pHによる赤色保持率の経時変化を示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、食品素材が含気包装された包装体において、包装体内の二酸化窒素を吸収した後、当該二酸化窒素を一酸化窒素に変換し、当該一酸化窒素を包装体内に放出する窒素酸化物の循環剤が含まれており、前記循環剤は還元性を有することを特徴とする食品素材の包装体、に関する。
【0015】
本発明の窒素酸化物の循環剤とは、包装体内に蓄積する二酸化窒素を吸収した後、退色抑制効果のある一酸化窒素に変換し、それが食品素材に吸収されることで、食品素材の退色を抑制することができるが、この窒素酸化物は以下に述べるメカニズムで循環する。(1)亜硝酸塩又は硝酸塩等の発色剤が含まれている食品素材から、還元作用によって窒素酸化物である一酸化窒素が放出され、(2)当該一酸化窒素と元々包装体に含まれる酸素、又は、包装体外から包装体内に透過する酸素が結合することで二酸化窒素を形成し、(3)当該二酸化窒素は、アスコルビン酸ナトリウム、グルタチオン、シスチン、及びハイドロサルファイトナトリウム等の循環剤によって取り込まれた後、当該循環剤の作用で一酸化窒素に還元された上で、包装体内に放出され、(4)当該一酸化窒素は、食品素材に取り込まれ、硝酸塩又は亜硝酸塩に変換され、その硝酸塩又は亜硝酸塩の作用により食品素材の発色を維持する。即ち、(1)→(2)→(3)→(4)→(1)とプロセスが循環することで、包装体内の一酸化窒素の濃度を一定に保つことができ、持続的に食品素材の退色を抑制することができる。
【0016】
ここで、食品素材としては、ハム、ソーセージ、ベーコン等の食肉加工品、シカやイノシシ等の獣肉を加工した獣肉加工品、あるいは、魚肉、鯨肉、魚卵を加工した水産物加工品が挙げられるが、硝酸塩又は亜硝酸塩等の発色剤が含まれていれば、これらに限定されることはない。主には、人間が食べる食品素材のことであるが、動物が食べるペットフードであってもよい。
【0017】
発色剤には、亜硝酸塩又は硝酸塩等を用いることができ、これらを添加することで、原料肉自身の持つ色素と結合して、加熱しても安定した桃赤色となる。この桃赤色は原料肉中のミオグロビンのヘムポケットに一酸化窒素が配位結合することで生じるものである。また、発色剤は、食肉製品特有の風味を与えたり、脂肪の酸化や食中毒菌などの増殖を抑えたりする働きもある。
【0018】
また、循環剤に含まれる還元物質としては、例えば、アスコルビン酸ナトリウム、グルタチオン、シスチン、及びハイドロサルファイトナトリウムを代表的に選択することができ、これらを適宜組み合わせることも可能である。因みに、同じような循環作用を有しているものであれば、これらに限定されることはない。循環剤は、固体状、液体状いずれの態様でもよいが、例えば、液体状の場合は、所定量の循環剤(液体)を採取し、それをろ紙に染み込ませることで、循環剤として使用することができる。食品素材とともに包装する際は、プラスチック製の仕切りによって、食品素材と循環剤とが接触しないよう分離することが好ましい。
【0019】
また、窒素酸化物をより最適に循環させるためには、循環剤のpHは5.0未満であることが望ましく、より望ましくはpH4.5以下である。pH5.0未満であれば、食品素材の赤色度を有意に高く保持することが可能である。一方で、pH5.0以上であれば、食品素材の赤色度を保持することは困難である。
【実施例】
【0020】
以下に本発明の実施例を掲載して、さらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0021】
(実施例1)窒素酸化物の循環剤を封入することによる退色抑制効果の検証
0.1%アスコルビン酸ナトリウム溶液を調製し(pH4.5)、その溶液を1ml採取し、φ90mmのろ紙に染み込ませて、窒素酸化物の循環剤とした。食品素材としては、常法で製造したソーセージ、モモハム、鴨ハム、たらこを、それぞれ100gずつ準備し、それぞれ別々に窒素酸化物の循環剤とともに含気包装し、食品素材の包装体を製造した。食品素材と循環剤との間には、プラスチック製の仕切りが入っており、お互いが接触することがないよう包装されている。包装体に使用する包装材の酸素透過度は、57cc・atm
−1・m
−2・day
−1であった。このような包装体を10℃のショーケース(光量2000lux)で保持し、製造初日の赤色度(a
*)を100%として、2日後、4日後、6日後、8日後、10日後の赤色度の残存率(赤色保持率)を評価した。赤色度の測定は、コニカミノルタ製の分光測色計(CM−2002)を使用した。
【0022】
(結果)
図1より、ソーセージ、モモハム、鴨ハム、たらこのいずれの包装体も、循環剤を加えることによって、赤色保持率が、循環剤を加えない試験区(コントロール群;
図1ではソーセージC、たらこC、鴨C、ハムCと記載)よりも高く推移していることが明らかとなった。
【0023】
(実施例2)窒素酸化物の循環剤のpHが食品素材の退色抑制に与える影響
食品素材としてハム100gと、窒素酸化物の循環剤のpHを2.5〜6.0まで0.5間隔で8種類準備し、ハムと窒素酸化物の循環剤を含気包装した後、それぞれのpHにおける食品素材の赤色度の残存率(赤色保持率)を評価した。ここで、循環剤の調製方法、食品素材と循環剤の包装方法、使用する包装材、包装体の保存条件、赤色度の残存率(赤色保持率)を評価方法は、前記実施例1と同様である。
【0024】
(結果)
図2より、窒素酸化物の循環剤のpHが4.5以下の場合であれば、赤色保持率は70%以上を維持できたが、pHが5.0以上となると60%を下回る結果となった。外観を比較しても、pHが5.0以上ではやや褐色がかっており退色が確認されたことから、退色抑制効果を発揮するためには、窒素酸化物の循環剤のpHを5.0未満とすることが望ましいことが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明により、窒素酸化物の循環剤によって、退色させる二酸化窒素が吸収された後、一酸化窒素に変換されて包装体に放出されることから、食品素材の退色を抑制することができ、さらにその効果を持続させることができる食品素材の包装体、及びその退色抑制方法を提供することができる。