(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6449541
(24)【登録日】2018年12月14日
(45)【発行日】2019年1月9日
(54)【発明の名称】プラズマ質量分析装置用イオン光学システム
(51)【国際特許分類】
H01J 49/06 20060101AFI20181220BHJP
H01J 49/22 20060101ALI20181220BHJP
H01J 49/42 20060101ALI20181220BHJP
G01N 27/62 20060101ALI20181220BHJP
【FI】
H01J49/06
H01J49/22
H01J49/42
G01N27/62 E
G01N27/62 G
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-273544(P2013-273544)
(22)【出願日】2013年12月27日
(65)【公開番号】特開2015-128032(P2015-128032A)
(43)【公開日】2015年7月9日
【審査請求日】2016年12月5日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】399117121
【氏名又は名称】アジレント・テクノロジーズ・インク
【氏名又は名称原語表記】AGILENT TECHNOLOGIES, INC.
(74)【代理人】
【識別番号】100087642
【弁理士】
【氏名又は名称】古谷 聡
(72)【発明者】
【氏名】平野 一司
(72)【発明者】
【氏名】北本 淳
【審査官】
右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−266656(JP,A)
【文献】
実開昭62−053561(JP,U)
【文献】
特開平10−269985(JP,A)
【文献】
特開平10−228881(JP,A)
【文献】
特開平07−078590(JP,A)
【文献】
特開平09−161719(JP,A)
【文献】
特開2001−084954(JP,A)
【文献】
特表2013−521597(JP,A)
【文献】
英国特許出願公開第02285170(GB,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/06
G01N 27/62
H01J 49/22
H01J 49/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導入される試料をイオン化するためのプラズマを生成するプラズマ発生手段と、前記プラズマを真空中に引き込むためのインターフェース手段と、前記プラズマからイオンをイオンビームとして引き出し誘導するためのイオンレンズ手段と、イオンビーム中から所定のイオンを質量電荷比に基づいて第1の軸に沿って通過させる質量分析手段と、イオンを検出するためのイオン検出手段とを含む、質量分析装置であって、
前記質量分析手段より前に配置されイオン偏向を行う少なくとも一つの第1のイオン偏向手段と、
前記質量分析手段と前記イオン検出手段との間に配置され、前記第1の軸に沿って前記質量分析手段を通過した前記所定のイオンを、前記イオン検出手段へと第2の軸に沿うように偏向して誘導するための電場を生成するように構成された少なくとも一つの第2のイオン偏向手段とを含み、
前記少なくとも一つの第2のイオン偏向手段が、それへの電圧の印加に応じて前記イオンビームを前記第2の軸の方へ偏向するように配置された第1の電極、及び前記イオンビームを挟んで前記第1の電極に対向するように配置された少なくとも一つの追加の電極を含む、質量分析装置。
【請求項2】
前記少なくとも一つの追加の電極が、
第2の電極、又は
第3の電極および第4の電極、又は
前記第2の電極、前記第3の電極および前記第4の電極からなり、
前記第2の電極は、前記イオンビームを挟んで前記第1の軸に対して及び前記第2の軸に対して斜めに向かう方向に沿って前記第1の電極に対向するように配置され、
前記第3の電極は、前記第1の軸を挟んで前記第1の電極に対向するように配置され、前記第4の電極は、前記第2の軸を挟んで前記第1の電極に対向するように配置されている、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記第1の電極および前記少なくとも一つの追加の電極が、ロッド状電極である、請求項1又は2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記少なくとも一つの第2のイオン偏向手段は、前記第1の軸を囲む第1のアパーチャを備えた第1の遮蔽板と、
前記第2の軸を囲む第2のアパーチャを備えた第2の遮蔽板とを含む、請求項1〜3の何れかに記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記イオンレンズ手段と前記質量分析手段との間にコリジョン/リアクションセル手段を含む、請求項1〜4の何れかに記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラズマをイオン源として用いる質量分析装置に関し、特にイオン偏向装置を備える質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
無機元素を高精度で分析するための分析装置として、プラズマ質量分析装置が知られている。この装置は、プラズマトーチ上に形成したプラズマ内に霧化された被分析試料を導入して、それに含有される元素をイオン化し、その後プラズマ中に存在するイオンをイオンビームの形で抽出して、イオンビームを構成するイオンの質量スペクトル分析を行うものである。試料が導入されるプラズマとしては、プラズマトーチに隣接したコイルから提供される高周波の電磁場をエネルギー源として生成される誘導結合プラズマ(ICP)、又はプラズマトーチ先端に導入されるマイクロ波によって生成されるマイクロ波プラズマが利用され、前者は誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS)と呼ばれ、後者はマイクロ波プラズマ質量分析装置(MIP−MS)と一般に呼ばれる。
【0003】
図7は、従来技術の例示的な誘導結合プラズマ質量分析装置(以下、単に装置ともいう)11の基本的な概念を表す略示図である。装置11は、プラズマ22を生成するプラズマトーチ20、プラズマ22に面する位置に置かれるインタフェース部30、当該インタフェース部30の後に置かれるイオンレンズ部50、当該イオンレンズ部50の後に置かれるイオンガイド部70、及びイオンガイド部70の後に置かれる質量分析部80を有する。装置11は一般に、正イオンを測定するが、負イオンを測定することもできる。本明細書では、装置11が正イオンを測定することを想定して説明を行う。当業者には明らかなように、装置11が負イオンを測定する場合には、電極等に印加される電圧の極性は反転される。
【0004】
プラズマトーチ20は、先端近傍に高周波電磁場を発生するためのコイル21を備え、大気圧下に置かれている。コイル21は、図示しないRF電源に接続される。プラズマトーチ20内では、コイル21によって生じる高周波電磁場により、大気圧下において高周波誘導結合プラズマ22が発生する。プラズマトーチ20内において、霧化された図示しない試料が、プラズマトーチ20の前方よりプラズマ22中に導入される。導入された図示しない試料は、プラズマ22の作用により、蒸発、分解し、大多数の元素の場合、最終的にイオンへと変換される。イオン化された図示しない試料は、プラズマ22に含まれる。また、プラズマトーチ20の内部では後端から先端に向けてガス流が生じているので、プラズマ22はサンプリングコーン31に向かって伸びる。
【0005】
インタフェース部30には、サンプリングコーン31及びスキマーコーン33の2つのコーン部材が設けられる。プラズマ22に直接面するサンプリングコーン31のアパーチャ37を通過した一部のプラズマ32は、さらにその後に位置するスキマーコーン33に達する。その後、プラズマ32の一部は、スキマーコーン33に形成されるアパーチャ38を通過し、その背後に至る。なお、スキマーコーン33を通過し得ない気体分子(中和されたイオンを含む)は、回転ポンプRPによって、排気口39を介してインタフェース部30から排気される。
【0006】
イオンレンズ部50には、引出電極部を構成する第1電極53及び第2電極54が設けられる。引出電極部を構成する第1電極53または第2電極54は、負電位とされるので、プラズマ
22から、正イオンのみがイオンビームの形で取り出される。イオンビームは、第2電極54からイオンガイド部70のコリジョン/リアクションセル71内へ導かれるが、第2電極54の後段に偏向イオンレンズを配置して、偏向イオンレンズを介してコリジョン/リアクションセル71内に導かれてもよい。
【0007】
コリジョン/リアクションセル71内に導かれたイオンビームは、多重極電極73により生成される電場によって決められる軌道に沿って後段に誘導される。多重極電極73は、例えば、八重極(オクタポール)構造とされる。また、コリジョン/リアクションセル71内には、導入口72から衝突/反応ガスが導入される場合もある。導入されるガスの分子がイオンビームに含まれる種々のイオンと衝突または電荷移動を伴う反応を生じることにより、キャリアガスおよび試料に含まれる元素からなり、質量スペクトルに干渉を生じるような多原子イオン、即ち干渉イオンが、イオンビームから除去される。
【0008】
なお、装置11の動作時には、イオンガイド部70は、イオンレンズ部50と共に、ターボ分子ポンプ(TMP1)を用いて排気される。従って、プラズマ
22に含まれていたが、イオンレンズ部50又はイオンガイド部70内で中和された分子、或いはコリジョン/リアクションセル内に導入された衝突・反応ガスの分子は、排気口79から排気される。
【0009】
コリジョンセル71から取り出されたイオンビーム75は、質量分析部80内に導入される。質量分析部80内には一般に、四重極とされる多重極構造81が設けられており、四重極の多重極構造は一般に、四重極質量分析器または四重極マスフィルタとも呼ばれている(以降、多重極構造81を、質量分析器81と呼ぶ)。質量分析器81によって生じる電場によって、イオンビーム中のイオンは、図
7のX軸に沿って質量分析器81を通過すると共に質量電荷比に基づいて分離される。続いて、分離されたイオン85(波線で示される)は、後段のイオン検出器82に導かれる。質量分析部80も、イオンガイド部70と同様に、ターボ分子ポンプ(TMP2)を用いて排気されており、質量分析器81によって分離された不要なイオン及び他の分子等が、排気口84から排気される。
【0010】
イオン検出器82は、質量分析器81において分離されたイオンを受け取って検出し、電気信号に変換する。例えば、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS)は、ダイナミックレンジの大きな装置であり、検出される信号は極微量(例えば、0.1cps)から主成分(例えば、10
10cps)にまで及ぶ。一般に、検出される信号が低い場合にはイオンカウンティングによる計測が使用され、検出される信号が高い場合にはアナログ計測が使用される。例えば、イオンカウンティングの場合には、イオンが、二次電子増倍管に導入されることにより10
5から10
6倍に増幅された電子に変換される。そのような電子を電圧パルスに変換して一定時間計数することにより、イオンカウントが求められる。
【0011】
このような質量分析装置においては、第1電極53または第2電極54においてプラズマからイオンを引き出す際などに、エネルギーの高い中性粒子が生成される。このような中性粒子は一般にバックグラウンドノイズの原因として知られており、このような中性粒子をイオンと分離することが必要とされている。例えば、そのような分離を行うための機構が、特許文献1、特許文献2、及び特許文献3に開示されている。
【0012】
例えば、特許文献1では、イオンレンズが90°偏向器を備えることにより、インターフェースを通過したイオンビームに含まれる中性粒子がマスフィルタに到達しないようにしている。また、特許文献2でも、スキマーコーンの開口を介して送られて来るイオンと中性粒子からなるビームを、イオン鏡によって90°反射して質量分析器に送ることにより、中性粒子が質量分析器に到達しないようにしている。
【0013】
特許文献3は、上記の特許文献2と類似したイオン鏡42を開示する。そして、質量分析部のイオン入射部の透過率を上げるために、このイオン鏡42と線形四重極質量分離部54との間に四重極フリンジ電極56を設けることも開示する。この四重極フリンジ電極56の4本のロッド電極は、互いに平行を保ったまま湾曲されており、中性粒子が線形四重極質量分離部54に到達しないようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平7−78590号
【特許文献2】特表2002−525821号
【特許文献3】特表2004−515882号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、イオンが質量分析器(例えば、四重極質量分析器)へ導入され、これらのイオンが四重極のRF電圧で加速されて、残留ガスの分子と衝突する場合には、当該イオンが衝突前のエネルギーを有する中性粒子へ変化する場合がある。このような中性粒子がイオン検出器の近くの壁、又はイオン検出器内部の壁に衝突することにより、二次イオンが生成され、イオン検出器によりバックグラウンドノイズとして検出される可能性がある。特に、プラズマ質量分析装置においては、GC−MSやLC−MSなどと比較して、キャリアガスに由来するイオン量が多いため、この中性粒子の発生を原因とするバックグラウンドノイズが問題となりやすいと考えられる。
【0016】
また、特許文献1から特許文献3に開示されたように偏向器またはイオン鏡を質量分析器の前段に配置した場合には、測定されるべきイオンが多少失われることになり、測定感度が低下する可能性もある。それはイオンの質量数によりエネルギーの差があるため偏向角度に違いが生じることや、偏向器へのイオンの入射位置や入射角度の違いによりイオンの出射位置に違いが生じることなどのためである。また、特許文献3に開示されたような湾曲した四重極フリンジ電極は、単純な直線状のフリンジ電極に比べてイオン透過率が低下する可能性があり、4本のロッド状電極を互いに平行に保ちながら湾曲させることは、構造が複雑になると共に、加工のコストと労力も増加する。
【0017】
従って、本発
明の課題は、プラズマ質量分析装置において、測定されるべきイオンの測定感度をなるべく低下させずに、イオンビームから中性粒子を取り除くことにより、プラズマ質量分析装置のバックグラウンドノイズを低減すること、及びイオンビームから中性粒子を取り除くための手段として構造が簡単で安価なイオン偏向装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明では、上記の課題を解決するために、プラズマイオン源と質量分析器との間に、中性粒子を取り除くための第1のイオン偏向装置を設けると共に、質量分析器とイオン検出器との間に第2のイオン偏向装置を設け、質量分析器を通過したイオンを電場により偏向させてイオン検出器に入射させるようにしている。これにより、質量分析器に導入される前に発生した中性粒子等が質量分析器に導入されることを防止すると共に、主に質量分析器で生成されて質量分析器を通過したイオンに含まれる中性粒子等を取り除き、結果としてバックグラウンドノイズを低減することができる。
【0019】
本発明の一態様によれば、導入される試料をイオン化するためのプラズマを生成するプラズマ発生手段と、プラズマを真空中に引き込むためのインターフェース手段と、プラズマからイオンをイオンビームとして引き出し誘導するためのイオンレンズ手段と、イオンビームから妨害イオンを除去するためのコリジョン/リアクションセル手段と、コリジョン/リアクションセル手段からのイオンビーム中から所定のイオンを質量電荷比に基づいて第1の軸に沿って通過させる質量分析手段と、イオンを検出するための検出手段とを含む、質量分析装置が開示され、その質量分析装置は、イオンレンズ手段から質量分析手段までの間に配置されてイオンの偏向を行い、イオンビームから中性粒子等を除去する少なくとも一つの第1のイオン偏向手段と、質量分析手段と検出手段との間に配置されイオン偏向を行う、少なくとも一つの第2のイオン偏向手段を含み、第2のイオン偏向手段は、第1の軸に沿って質量分析手段を通過した所定のイオンを、検出手段へと第2の軸に沿うように偏向して誘導するための電場を生成する電極を備える。
【0020】
また、第2のイオン偏向手段は例えば、質量分析手段からのイオンが通過する第1のアパーチャを備えた第1の遮蔽板と、検出手段に通じる第2のアパーチャを備えた第2の遮蔽板とを含むことができる。電極は、第1の軸に交わらないように配置することができ、これは、中性粒子が第1の軸に沿って第1のアパーチャを通過して直進したと仮定した場合に、その中性粒子が電極に衝突しないように配置し得ることを意味する。また、電極は、第1のアパーチャを通過するイオンを第2のアパーチャに集束させながら偏向するように複数配置することができる。更に、その場合の複数の電極は、2本、3本、4本など、様々な構成が考えられるが、3本の電極の場合には、第1及び第2の電極は、第1の軸を挟んで対向するように配置され、第3の電極は、第2の軸を挟んで第1の電極に対向するように配置され得る。電極は、ロッド状電極とすることができる。また、第1の軸と第2の軸は直交しても良く、直角以外の角度でもよい。第1の遮蔽板は第2の遮蔽板に結合され得る。
【0021】
イオンを偏向して誘導するための電場を発生するために、例えば、正イオンの場合、第1の電極には、第2及び第3の電極に比して負の電圧が印加され得る。また、第2及び第3の電極には同じ電圧を印加してもよい。しかしながら、これらの電圧は、分析されるイオンのエネルギーに依存する。また、コリジョン/リアクションセルには、衝突/反応ガスが導入され得る。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、少なくとも1つの第1のイオン偏向手段がイオンレンズ手段と質量分析手段との間に配置されると共に、質量分析手段とイオン検出器との間に少なくとも1つの第2のイオン偏向手段が配置されることにより、イオンの質量分離を行う前に生成された中性粒子等が質量分析手段に導入されることを防止すると共に、主に質量分析手段で生成され質量分析手段を通過した中性粒子等を取り除くことができ、検出器により検出される二次イオンを生成するだけのエネルギーを有する中性粒子が取り除かれ、バックグラウンドノイズを低減することができる。また、第2のイオン偏向装置は、主たる構成要素として単一のもしくは複数のロッド状電極により構成することができるので、構造が簡単で安価なものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明による、誘導結合プラズマ質量分析装置の実施例表す略示図である。
【
図2】本発明による、第2のイオン偏向装置の斜視図である。
【
図3】本発明による、第2のイオン偏向装置の上面図である。
【
図4】本発明による、第2のイオン偏向装置のシミュレーション結果を示す図である。
【
図5】本発明による、代替の第2のイオン偏向装置の上面図である。
【
図6】本発明による、別の代替の第2のイオン偏向装置の上面図である。
【
図7】従来技術の誘導結合プラズマ質量分析装置の基本的な概念を表す略示図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に添付図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。
図1は、本発明の例示となる誘導結合プラズマ質量分析装置(以下、単に装置ともいう)10の基本的な概念を表す略示図である。ここで、前述した図
7と同じ構成要素には同じ参照符号を付けることにより、図
7と同じ構成要素の説明を省略する。本発明の装置10と、基本概念図で説明した従来技術の装置11との違いは、本発明の装置10が第1のイオン偏向手段および第2のイオン偏向手段を備える点である。本発明の装置10は、第1のイオン偏向手段の一例として、イオンレンズ部50に位置するイオン偏向装置56、及びコリジョンセル71と四重極質量分析部80との間に位置するイオン偏向装置76を備えている。また、本発明の装置10は、質量分析器81とイオン検出器82との間に第2のイオン偏向手段の一例であるイオン偏向装置100も備えている。これらのイオン偏向装置56、76、100について、以下でより詳細に説明する。
【0025】
イオン偏向装置56は、イオンレンズ部50の後段部に位置し、引出電極部により引き出されたイオンビーム55を、進行軸を平行移動させるように偏向させることにより、プラズマから飛来するもしくは引出電極部で生成された中性粒子等を除去しつつ、コリジョンセル71に導入する。例えば、イオン偏向装置は、
図1に示されたような円筒状電極58とイオンを通過させるアパーチャを備えた遮蔽板57からなる。第2電極54は−150V前後の負電圧、円筒状電極58は+10V前後の電圧、遮蔽板57は−100V前後の負電圧に印加される。円筒状電極58の中心軸はイオンビームの進入軸とずらして配置されるため、円筒状電極58の内面の電位によりイオンビームは偏向され、円筒状電極58の反対側の面に近づく。ここでイオンビームは再度偏向され、遮蔽板57のアパーチャを通過していく。
【0026】
イオン偏向装置76は、コリジョンセル71と質量分析器81との間に位置し、コリジョンセル71を通過したイオンビーム75を、進行軸を平行移動させるように偏向させることにより、イオンレンズ部50もしくはコリジョンセル71で生成された中性粒子等を除去しつつ、質量分析器81に導入する。例えば、イオン偏向装置76は、
図1に示されたように円筒の一部を切り欠いた円筒状電極77とその前後に配置されたイオンを通過させるアパーチャを備えた遮蔽板78、79からなる。遮蔽板78、79はどちらも−50V前後の負電圧、円筒状電極77には+10V前後の電圧が印加される。円筒状電極77はイオン入射側の一部が切り欠かれているため、イオンビームは円筒状電極77の内面の電位により偏向され、反対側の面に近づく。ここでイオンビームは再度偏向され、遮蔽板79のアパーチャを通過していく。
【0027】
イオン偏向装置100は、質量分析器81とイオン検出器82との間に配置される。イオン偏向装置100は、X軸に沿って質量分析器81(例えば、四重極質量分析器)を通過するイオンを受け取って、イオン検出器82へとY軸に沿って偏向させるように構成されている。即ち、イオンはX軸に沿って質量分析器81を通過し、イオン偏向装置100により90°偏向されて、イオン検出器へとY軸に沿って進む。ここで、X軸およびY軸はデカルト座標系を意味している。このようなイオン偏向装置100の詳細が
図2に示される。
【0028】
図2は、イオン偏向装置100の斜視図を示し、
図3はイオン偏向装置100の上面図を示す。
図2及び
図3において、イオン偏向装置100は、第1の遮蔽板140、第2の遮蔽板150、第1のロッド状電極110、第2のロッド状電極120、及び第3のロッド状電極130を含む。第1の遮蔽板140は、質量分析器81に隣接して配置され、X軸に直交する。また、第1の遮蔽板140は、X軸に沿って質量分析器81を通過したイオンが通過できるアパーチャ141を含む。このアパーチャ141の直径は例えば、約5mmである。第1のロッド状電極110、及び第2のロッド状電極120は、第1の遮蔽板140を介して質量分析器81とは反対側に配置され、第1の遮蔽板140に対して離隔して配置される。そして、第1のロッド状電極110、及び第2のロッド状電極120は、アパーチャ141を通過するX軸を挟んで対向するように配置される。従って、X軸に沿ってアパーチャ141を通過したイオンが、第1のロッド状電極110と第2のロッド状電極120との間を通過する。第1の遮蔽板140と第1のロッド状電極110又は第2のロッド状電極120との間の間隔は例えば、約10mmであり、第1のロッド状電極110と第2のロッド状電極120との間の間隔は例えば、約20mmである。
【0029】
第2の遮蔽板150は、第1の遮蔽板140に直交し、検出器82に隣接して配置される。第2の遮蔽板150は、イオン検出器82へと通じるアパーチャ151を含む。このアパーチャ151の直径は例えば、約10mmである。第2の遮蔽板150と第1の遮蔽板140は結合されてもされなくてもよい。第1のロッド状電極110、及び第3のロッド状電極130は、第2の遮蔽板150を介して検出器82とは反対側に配置され、第2の遮蔽板150に対して離隔して配置される。第1のロッド状電極110と第3のロッド状電極130は、アパーチャ151を通るY軸に平行な軸を挟んで対向するように配置される。第2の遮蔽板150と第1のロッド状電極110又は第3のロッド状電極130との間の間隔は例えば、約10mmであり、第1のロッド状電極110と第3のロッド状電極130との間の間隔は例えば、約20mmである。
【0030】
第1のロッド状電極110には例えば、約−300Vの電圧が印加され、第2のロッド状電極120、及び第3のロッド状電極130にはそれぞれ、例えば約0Vの電圧が印加される。第2のロッド状電極120及び第3のロッド状電極130に印加される電圧は同じとすることもできる。また、第1の遮蔽板140及び第2の遮蔽板150には例えば、約0Vの電圧が印加される。このように各電極および各遮蔽板に電圧を印加することにより、イオン偏向装置100の内部に電場が生成される。この電場は、アパーチャ141を通過したイオンがアパーチャ151へ入射するようにイオンを90°偏向させると共に、アパーチャ151に集束させるような働きをする。従って、X軸に沿って質量分析器81を通過したイオンは、イオン偏向装置100により90°偏向されてY軸に沿ってイオン検出器82へ入射する。このようなイオンの流れが、
図2及び
図3において概略的に線により示される。
【0031】
第1、第2、及び第3のロッド状電極110から130の断面形状は、円形が好ましいが、楕円、半円形、三角形、又は矩形のような他の形状も可能である。断面が円形のロッド状電極の場合、その直径は約1mmから30mmである。第1、第2、及び第3のロッド状電極110から130の材質は例えば、ステンレス鋼とすることができる。また、第1及び第2の遮蔽板140、150の材質は例えば、ステンレス鋼とすることができる。
【0032】
図4は、本発明のイオン偏向装置100の例示的なシミュレーション結果を示している。このシミュレーションの条件は、第1のロッド状電極110には−400V、第2及び第3のロッド状電極120、130には+20V、第1及び第2の遮蔽板140、150には−30Vが印加され、イオンのエネルギーを+5eVとしている。この
図4からも明らかなように、アパーチャ141を通過したイオンがアパーチャ151へ入射するように90°偏向されると共に、アパーチャ151に集束されている。
【0033】
質量分析器81からは質量分離されたイオンビームとともにバックグラウンドノイズの原因となる中性粒子も放出される。しかしながら、本発明のイオン偏向装置100に入射した中性粒子は、静電的な力を受けないため、90°偏向されずにそのまま直進する。即ち、中性粒子または少なくとも検出器により検出される二次イオンを生成するだけのエネルギーを有する中性粒子は、検出器82の方へ向かうことができず、結果としてバックグラウンドノイズが低減される。また、X軸に沿ってアパーチャ141を通過した中性粒子は前述のように直進するが、このような中性粒子が例えばロッド状電極等に衝突した場合には、二次イオンが生成されてバックグラウンドノイズの原因となる。従って、ロッド状電極は、このような直進する中性粒子が衝突しないような位置に配置される必要がある。
【0034】
以下の表1は、アジレント・テクノロジー社のICP質量分析装置7700xを実験装置として使用して、本発明による質量分離後イオン偏向装置100を使用しない場合(
図1の装置において、イオン偏向装置100の位置にイオン検出器82を置いた構成)と、質量分離後イオン偏向装置100を組み込んで使用した場合(
図1の装置)とのバックグラウンドノイズの実測データを示している。ここで、プラズマは、低マトリックス(Low Matrix)条件を使用し、コリジョンセルには衝突/反応ガスを導入していない状態で測定を行った。
【0036】
表1からも明らかなように、本発明による質量分離後イオン偏向装置100を使用することにより、質量数7u、89u、205uのそれぞれのバックグラウンドノイズは、イオン偏向装置100を使用しない場合に比べて低減されている。質量数7u、89u、205uのそれぞれについて、バックグラウンドノイズがそれぞれ40%、13%、35%に低減され、大幅に改善された。
【0037】
上記では、本発明のイオン偏向装置100は、入射してくるイオンを90°偏向させて出射する(即ち、第1の遮蔽板140と第2の遮蔽板150とが直交する)ように説明されている。しかしながら、イオンを偏向させる角度、即ち第1の遮蔽板140と第2の遮蔽板150とのなす角は必ずしも90°でなくてもよく、第1の遮蔽板140と第2の遮蔽板150とのなす角は例えば、約30度から約180度の範囲にすることができる。また、イオン偏向装置100は、イオンを偏向させるために3本のロッド状電極を備えるように説明されているが、その本数は、必ずしも3本でなくてもよく、1本、2本または4本以上でもよい。例えば、
図5は2本のロッド状電極110、111を備えるイオン偏向装置を示し、
図6は4本のロッド状電極110、111、120、130を備えるイオン偏向装置を示す。
図5及び
図6において、イオンの流れが概略的に線により示されている。例えば、ロッド状電極111の位置は、第1の遮蔽板140に平行に第3のロッド状電極130から延長された線と第2の遮蔽板150に平行に第2のロッド状電極120から延長された線との交点とすることができる。例えば、
図5のイオン偏向装置においては、第1のロッド状電極110には−300Vが印加され、ロッド状電極111には0Vが印加され得る。
図6のイオン偏向装置においては、第1のロッド状電極110には−300Vが印加され、第2及び第3のロッド状電極120、130、及びロッド状電極111には0Vが印加され得る。但し、2本または4本以上のロッド状電極を使用する場合には、前述したように、X軸に沿ってアパーチャ141を通過して直進する中性粒子が、ロッド状電極に衝突しないような位置にロッド状電極を配置することが重要である。尚、イオン偏向装置100が1本のロッド状電極(例えば、110)のみを備える場合については、質量分析装置10がコリジョンガスモード(衝突ガスをコリジョン/リアクションセル内に導入するモード)で動作する際にイオンのエネルギーが変化するため、イオン偏向装置100の機能が十分でないことが判明している。
【符号の説明】
【0038】
10 質量分析装置
20 プラズマトーチ
22 プラズマ
30 インタフェース部
50 イオンレンズ部
56、76 イオン偏向装置
71 コリジョン/リアクションセル
81 質量分析器
82 イオン検出器
100 イオン偏向装置
110、111、120、130 電極
140、150 遮蔽板
141、151 アパーチャ