特許第6450315号(P6450315)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6450315S1P1受容体アゴニストの評価方法及びスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6450315
(24)【登録日】2018年12月14日
(45)【発行日】2019年1月9日
(54)【発明の名称】S1P1受容体アゴニストの評価方法及びスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/566 20060101AFI20181220BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20181220BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20181220BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20181220BHJP
   A61P 37/06 20060101ALI20181220BHJP
   A61K 31/397 20060101ALI20181220BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20181220BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20181220BHJP
   C07K 14/705 20060101ALN20181220BHJP
【FI】
   G01N33/566
   G01N33/50 Z
   G01N33/15 Z
   A61P43/00 111
   A61P37/06
   A61K31/397
   A61K45/00
   C12Q1/02
   !C07K14/705
【請求項の数】9
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-532873(P2015-532873)
(86)(22)【出願日】2014年8月20日
(86)【国際出願番号】JP2014071737
(87)【国際公開番号】WO2015025871
(87)【国際公開日】20150226
【審査請求日】2017年5月19日
(31)【優先権主張番号】特願2013-170383(P2013-170383)
(32)【優先日】2013年8月20日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006091
【氏名又は名称】Meiji Seikaファルマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】二宮 智尚
(72)【発明者】
【氏名】吉田 諭
【審査官】 草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/094761(WO,A1)
【文献】 特表2010−524886(JP,A)
【文献】 千葉健治,スフィンゴシン1−リン酸受容体調節薬、フィンゴリモド(FTY720)の自己免疫疾患治療への応用,薬学雑誌,日本,2009年,Vol.129,No.6,Page.655-665
【文献】 ZHI L ET AL.,FTY720 blocks egress of T cells in part by abrogation of their adhesion on the lymph node sinus,J IMMUNOL,2011年 9月 1日,Vol.187, No.5,Page.2244-2251
【文献】 GERGELY P ET AL.,The selective sphingosine 1-phosphate receptor modulator BAF312 redirects lymphocyte distribution and has species-specific effects on heart rate,BR J PHARMACOL,2012年11月,Vol.167,No.5,Page.1035-1047
【文献】 HILL JJ ET AL.,Inhibition of a Gi- activated potassium channel (GIRK1/4) by the Gq-coupled m1 muscarinic acetylcholine receptor,J BIOL CHEM,2001年,Vol.276,No.8,Page.5505-5510
【文献】 PHAM TH ET AL.,S1P1 receptor signaling overrides retention mediated by G alpha i-coupled receptors to promote T cell egress,IMMUNITY,2008年,Vol.28,No.1 ,Page.122-133
【文献】 BROWN AJ,Functional coupling of mammalian receptors to the yeast mating pathway using novel yeast/mammalian G protein alpha-subunit chimeras,YEAST,2000年 1月15日,Vol.16,No.1,Page.11-22
【文献】 吉田諭、他3名,Gαi2/Gαi3 Biased−S1P1Reseptor Agonistの創製:受容体下流シグナル選択による心毒性軽減,メディシナルケミストリーシンポジウム講演要旨集,日本,2013年11月 1日,Vol.31st,Page.168
【文献】 SATOSHI YOSHIDA ET AL.,Novel S1P1 receptor agonists with unique intracellular signaling,246TH NATIONAL MEETING OF THE AMERICAN - CHEMICAL-SOCIETY(ACS),2013年 9月 8日,Vol.246,Pages.65-MEDI
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
S1P1受容体アゴニストの免疫抑制活性の強さを評価する方法であって、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体の少なくとも一つに対するS1P1受容体アゴニストの下記(i)〜(iv)のいずれかのアゴニスト活性を指標とする方法。
(i)Gγ2及びGβ1とともに、S1P1受容体とGαi2又はGαi3を発現させた細胞における、S1P1受容体アゴニストの添加後のGαタンパク質とGβγタンパク質との乖離率
(ii)S1P1受容体とGαi2又はGαi3を共発現させ、かつ、細胞内cAMP量を上昇させた細胞における、S1P1受容体アゴニストの添加後のcAMP量の減少
(iii)S1P1受容体とGαi2又はGαi3を共発現させた細胞を膜上に培養した培養物における、S1P1受容体アゴニストの添加後の抵抗値の変化
(iv)S1P1受容体とGαi2又はGαi3を共発現させた細胞膜における、S1P1受容体アゴニストの添加後のGTP交換反応によるγ-[35S]GTPの膜画分への蓄積
【請求項2】
S1P1受容体アゴニストの免疫抑制活性の強さを評価する方法であって、
Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストの下記(i)〜(iv)のいずれかのアゴニスト活性を測定する工程を含み、
(i)S1P1受容体とGαi2又はGαi3を、Gγ2及びGβ1とともに発現させた細胞における、S1P1受容体アゴニストの添加後のGαタンパク質とGβγタンパク質との乖離率
(ii)S1P1受容体とGαi2又はGαi3を共発現させ、かつ、細胞内cAMP量を上昇させた細胞における、S1P1受容体アゴニストの添加後のcAMP量の減少
(iii)S1P1受容体とGαi2又はGαi3を共発現させた細胞を膜上に培養した培養物における、S1P1受容体アゴニストの添加後の抵抗値の変化
(iv)S1P1受容体とGαi2又はGαi3を共発現させた細胞膜における、S1P1受容体アゴニストの添加後のGTP交換反応によるγ-[35S]GTPの膜画分への蓄積
Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性と比較して高い場合に、S1P1受容体アゴニストが強い免疫抑制活性を発揮することができると評価される方法。
【請求項3】
S1P1受容体アゴニストの免疫抑制活性の強さを評価する方法であって、
Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストの下記(i)〜(iv)のいずれかのアゴニスト活性を測定する工程を含み、
(i)S1P1受容体とGαi2又はGαi3を、Gγ2及びGβ1とともに発現させた細胞における、S1P1受容体アゴニストの添加後のGαタンパク質とGβγタンパク質との乖離率
(ii)S1P1受容体とGαi2又はGαi3を共発現させ、かつ、細胞内cAMP量を上昇させた細胞における、S1P1受容体アゴニストの添加後のcAMP量の減少
(iii)S1P1受容体とGαi2又はGαi3を共発現させた細胞を膜上に培養した培養物における、S1P1受容体アゴニストの添加後の抵抗値の変化
(iv)S1P1受容体とGαi2又はGαi3を共発現させた細胞膜における、S1P1受容体アゴニストの添加後のGTP交換反応によるγ-[35S]GTPの膜画分への蓄積
Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体の少なくとも一方に対するアゴニスト活性が内因性アゴニストS1Pと比較して高い場合に、S1P1受容体アゴニストが強い免疫抑制活性を発揮することができると評価される方法。
【請求項4】
S1P1受容体アゴニストの心毒性の生じやすさを評価する方法であって、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストの下記(i)〜(iv)のいずれかのアゴニスト活性を指標とする方法。
(i)S1P1受容体とGαi1を、Gγ2及びGβ1とともに発現させた細胞における、S1P1受容体アゴニストの添加後のGαタンパク質とGβγタンパク質との乖離率
(ii)S1P1受容体とGαi1を共発現させ、かつ、細胞内cAMP量を上昇させた細胞における、S1P1受容体アゴニストの添加後のcAMP量の減少
(iii)S1P1受容体とGαi1を共発現させた細胞を膜上に培養した培養物における、S1P1受容体アゴニストの添加後の抵抗値の変化
(iv)S1P1受容体とGαi1を共発現させた細胞膜における、S1P1受容体アゴニストの添加後のGTP交換反応によるγ-[35S]GTPの膜画分への蓄積
【請求項5】
S1P1受容体アゴニストの心毒性の生じやすさを評価する方法であって、
Gαi1と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストの下記(i)〜(iv)のいずれかのアゴニスト活性を測定する工程を含み、
(i)S1P1受容体とGαi1を、Gγ2及びGβ1とともに発現させた細胞における、S1P1受容体アゴニストの添加後のGαタンパク質とGβγタンパク質との乖離率
(ii)S1P1受容体とGαi1を共発現させ、かつ、細胞内cAMP量を上昇させた細胞における、S1P1受容体アゴニストの添加後のcAMP量の減少
(iii)S1P1受容体とGαi1を共発現させた細胞を膜上に培養した培養物における、S1P1受容体アゴニストの添加後の抵抗値の変化
(iv)S1P1受容体とGαi1を共発現させた細胞膜における、S1P1受容体アゴニストの添加後のGTP交換反応によるγ-[35S]GTPの膜画分への蓄積
Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性と比較して低い場合に、S1P1受容体アゴニストは心毒性が生じにくいと評価される方法。
【請求項6】
S1P1受容体アゴニストの心毒性の生じやすさを評価する方法であって、
Gαi1と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストの下記(i)〜(iv)のいずれかのアゴニスト活性を測定する工程を含み、
(i)S1P1受容体とGαi1を、Gγ2及びGβ1とともに発現させた細胞における、S1P1受容体アゴニストの添加後のGαタンパク質とGβγタンパク質との乖離率
(ii)S1P1受容体とGαi1を共発現させ、かつ、細胞内cAMP量を上昇させた細胞における、S1P1受容体アゴニストの添加後のcAMP量の減少
(iii)S1P1受容体とGαi1を共発現させた細胞を膜上に培養した培養物における、S1P1受容体アゴニストの添加後の抵抗値の変化
(iv)S1P1受容体とGαi1を共発現させた細胞膜における、S1P1受容体アゴニストの添加後のGTP交換反応によるγ-[35S]GTPの膜画分への蓄積
Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が内因性アゴニストS1Pと比較して低い場合に、S1P1受容体アゴニストが心毒性を生じにくいと評価される方法。
【請求項7】
S1P1受容体アゴニストのスクリーニング方法であって、
(a)Gαi1と共役するS1P1受容体、Gαi2と共役するS1P1受容体、及びGαi3と共役するS1P1受容体に対する被検化合物の下記(i)〜(iv)のいずれかのアゴニスト活性を測定する工程、
(i)S1P1受容体とGαi1、Gαi2、又はGαi3を、Gγ2及びGβ1とともに発現させた細胞における、被検化合物の添加後のGαタンパク質とGβγタンパク質との乖離率
(ii)S1P1受容体とGαi1、Gαi2、又はGαi3を共発現させ、かつ、細胞内cAMP量を上昇させた細胞における、被検化合物の添加後のcAMP量の減少
(iii)S1P1受容体とGαi1、Gαi2、又はGαi3を共発現させた細胞を膜上に培養した培養物における、被検化合物の添加後の抵抗値の変化
(iv)S1P1受容体とGαi1、Gαi2、又はGαi3を共発現させた細胞膜における、被検化合物の添加後のGTP交換反応によるγ-[35S]GTPの膜画分への蓄積、及び
(b)Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性よりも、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が高い化合物を選択する工程、を含む方法。
【請求項8】
工程(b)において、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性よりも、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が30倍以上高い化合物を選択する、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
S1P1受容体アゴニストのスクリーニング方法であって、
(a)Gαi1と共役するS1P1受容体、Gαi2と共役するS1P1受容体、及びGαi3と共役するS1P1受容体に対する被検化合物の下記(i)〜(iv)のいずれかのアゴニスト活性を測定する工程、
(i)S1P1受容体とGαi1、Gαi2、又はGαi3を、Gγ2及びGβ1とともに発現させた細胞における、被検化合物の添加後のGαタンパク質とGβγタンパク質との乖離率
(ii)S1P1受容体とGαi1、Gαi2、又はGαi3を共発現させ、かつ、細胞内cAMP量を上昇させた細胞における、被検化合物の添加後のcAMP量の減少
(iii)S1P1受容体とGαi1、Gαi2、又はGαi3を共発現させた細胞を膜上に培養した培養物における、被検化合物の添加後の抵抗値の変化
(iv)S1P1受容体とGαi1、Gαi2、又はGαi3を共発現させた細胞膜における、被検化合物の添加後のGTP交換反応によるγ-[35S]GTPの膜画分への蓄積、及び
(b)Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が内因性アゴニストS1Pと比較して低く、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体の少なくとも一方に対するアゴニスト活性が内因性アゴニストS1Pと比較して高い化合物を選択する工程、を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スフィンゴシン-1-リン酸1(以下、「S1P1」と称する)受容体アゴニストの免疫抑制活性及び心毒性を評価する方法、並びに、強い免疫抑制活性を有し、かつ、心毒性の低いS1P1受容体アゴニストをスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの自己免疫疾患は、結果として、異常な免疫応答により、誤って自己を認識するリンパ球細胞が増殖して活性化し、特定の組織あるいは全身性に自己を攻撃することで症状が呈されるが、その原因は様々で、かつ明確になっていない。これまでにリンパ球細胞の増殖、活性化を抑制する薬剤を指向して、種々の免疫抑制剤が開発され臨床応用もされてきているが、非特異的な細胞増殖抑制活性や細胞毒性作用による副作用も少なくなく問題となっている。
【0003】
近年、再発寛解型多発性硬化症に対する薬剤として承認されたFingolimod(別名、FTY-720)は、リンパ球細胞を細胞死により枯渇させることなく、その局在をコントロールすることで免疫を調節することから、新しいメカニズムの薬剤として注目されている。しかしその一方で、Fingolimodには、徐脈や房室ブロック(AVブロック)などの不整脈も含め、心循環器系を中心とした重篤な副作用が認められており、問題となっている(非特許文献1、非特許文献2)。
【0004】
スフィンゴシン-1-リン酸(以下、「S1P」と称する)の受容体は、細胞膜上に存在するG蛋白質共役型受容体(GPCR)であり、5つのサブタイプ受容体(S1P1、S1P2、S1P3、S1P4、S1P5;別名では、内皮分化遺伝子EDG-1、EDG-5、EDG-3、EDG-6、EDG-8)が特定されている。生体内でリン酸化されたFingolimod(FTY-p)は、S1P1受容体、S1P3受容体、S1P4受容体、及びS1P5受容体に結合し、アゴニストとして働くことが知られている。
【0005】
リンパ球細胞は、常に循環血液中とリンパ組織中を一定の時間をかけて巡っており、リンパ組織から循環血液中へ移動する際には、リンパ球細胞膜上のS1P1受容体が極めて重要な役割を持つことが知られている。FTY-pに代表されるS1P1受容体アゴニストは、主にリンパ球細胞上のS1P1受容体に結合し、S1P1受容体を細胞内へ取り込ませることでリンパ球細胞上のS1P1受容体を欠損させる。そして、これにより、リンパ球細胞を二次リンパ組織に隔離して循環リンパ球数を低下せしめる。その結果、S1P1受容体アゴニストは優れた免疫抑制活性を発揮する(非特許文献2)。一方で、げっ歯類の研究から、S1P3受容体を刺激することで徐脈などの心循環器系副作用が発現すると考えられており(非特許文献3、4)、このためS1P3受容体への作用を減弱したS1P1受容体アゴニストの研究が進められてきた。
【0006】
このような状況の中で、近年、S1P1受容体及びS1P5受容体に選択的なアゴニストであるBAF312(別名Siponimod)の臨床試験成績が報告され(非特許文献5)、その中で副作用である心拍低下作用と有効性である循環リンパ球数低下効果が同用量で認められた。このため、S1P3受容体への作用を乖離するだけでは、臨床において心毒性を乖離できず、Fingolimodで認められた心毒性作用の少なくとも一部は、S1P1受容体へのアゴニスト刺激による毒性であることが示された。
【0007】
S1P1受容体は、抑制性Gα蛋白質(以下、「Gαi」と称する)と共役しており、心臓においては受容体へのアゴニスト刺激により活性化したGαiは、GβγとともにG蛋白質共役型内向き整流性カリウムチャネル(以下、「GIRKチャネル」と称する)を活性化する。心臓では、GIRK1とGIRK4の複合体が発現していることから、このアゴニスト刺激により、AVブロックや心拍数低下などの心毒性が生じると考えられている(非特許文献5、6)。
【0008】
S1P受容体に対する、内因性アゴニストであるS1Pのアゴニスト活性は、評価法によって若干の違いはあるものの、一般的には、約10nM前後の50%活性化濃度(EC50値)を示すことが報告されている。一方、S1Pの一般健常人での血中濃度は数百nMとEC50値の数十倍高い濃度で存在するにも拘わらず、一般健常人において心毒性を誘発することはない。さらに、同程度のEC50値を示すBAF312では、FTY-pと同様に、有効血中濃度が数十nMと低い濃度であるにも拘わらず心毒性が発現するという矛盾が存在している。
【0009】
このようにS1P受容体アゴニストが、その主作用である免疫抑制活性やその副作用である心毒性を発揮するメカニズムは、いまなお十分には解明されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】WO2013/094761
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Science, 296, 346-349(2002)
【非特許文献2】Journal of the American Society of Nephrology, 13(4), 1073-1083(2002)
【非特許文献3】Journal of Biological Chemistry, 279(14), 13839-13848(2004)
【非特許文献4】Molecular Pharmacology, 58, 449-454(2000)
【非特許文献5】British Journal of Pharmacology, 167, 1035-1047(2012)
【非特許文献6】Journal of Biological Chemistry, 276(8), 5505-5510(2001)
【非特許文献7】Nature Chemical Biology, 8, 622-630(2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、S1P受容体アゴニストの主作用と副作用が発揮されるメカニズムを明らかにし、当該メカニズムの情報に基づき、S1P受容体アゴニストの主作用と副作用を評価する方法を提供することにある。さらなる本発明の目的は、当該メカニズムの情報に基づき、強い主作用を有し、かつ、副作用の少ない、S1P受容体アゴニストをスクリーニングする方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
S1P1受容体のシグナル伝達に関与する分子は数多く存在し、それら分子の中で、S1P1受容体と共役するGαタンパク質に着目しても数多くのサブタイプが存在する。このような状況の下、本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、S1P1受容体アゴニストの免疫抑制活性が、S1P1受容体とGαi2又はGαi3との組み合わせを発現させた細胞への選択性と相関し、S1P1受容体アゴニストの心毒性が、S1P1受容体とGαi1との組み合わせを発現させた細胞への選択性と相関していることを見出した。すなわち、本発明者は、S1P1受容体と共役するGαi1、Gαi2、及びGαi3が、S1P受容体アゴニストの免疫抑制活性や心毒性に関係していることを、遂に突き止めた。
【0014】
そして、かかる知見に基づき、本発明者は、共役するGαサブユニット(Gαi1、Gαi2、Gαi3)特異的にアゴニスト活性を検出することにより、S1P1受容体アゴニストの免疫抑制活性の強さや心毒性の低さを評価し得ること、ひいては、免疫抑制活性が強く、心毒性が低いS1P1受容体アゴニストをスクリーニングし得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
従って、本発明は、共役するGαサブユニット特異的にS1P1受容体に対するアゴニスト活性を検出することを特徴とする、S1P1受容体アゴニストの評価方法及びスクリーニング方法に関し、より詳しくは、以下を提供するものである。
【0016】
(1)S1P1受容体アゴニストの免疫抑制活性の強さを評価する方法であって、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体の少なくとも一つに対するS1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を指標とする方法。
【0017】
(2)S1P1受容体アゴニストの免疫抑制活性の強さを評価する方法であって、
Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を測定する工程を含み、
Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性と比較して高い場合に、S1P1受容体アゴニストが強い免疫抑制活性を発揮することができると評価される方法。
【0018】
(3)S1P1受容体アゴニストの免疫抑制活性の強さを評価する方法であって、
Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を測定する工程を含み、
Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体の少なくとも一方に対するアゴニスト活性が内因性アゴニストS1Pと比較して高い場合に、S1P1受容体アゴニストが強い免疫抑制活性を発揮することができると評価される方法。
【0019】
(4)S1P1受容体アゴニストの心毒性の生じやすさを評価する方法であって、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を指標とする方法。
【0020】
(5)S1P1受容体アゴニストの心毒性の生じやすさを評価する方法であって、
Gαi1と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を測定する工程を含み、
Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性と比較して低い場合に、S1P1受容体アゴニストは心毒性が生じにくいと評価される方法。
【0021】
(6)S1P1受容体アゴニストの心毒性の生じやすさを評価する方法であって、
Gαi1と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を測定する工程を含み、
Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が内因性アゴニストS1Pと比較して低い場合に、S1P1受容体アゴニストが心毒性を生じにくいと評価される方法。
【0022】
(7)S1P1受容体アゴニストのスクリーニング方法であって、
(a)Gαi1と共役するS1P1受容体、Gαi2と共役するS1P1受容体、及びGαi3と共役するS1P1受容体に対する被検化合物のアゴニスト活性を測定する工程、及び
(b)Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性よりも、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が高い化合物を選択する工程、を含む方法。
【0023】
(8)工程(b)において、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性よりも、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が30倍以上高い化合物を選択する、(7)に記載の方法。
【0024】
(9)S1P1受容体アゴニストのスクリーニング方法であって、
(a)Gαi1と共役するS1P1受容体、Gαi2と共役するS1P1受容体、及びGαi3と共役するS1P1受容体に対する被検化合物のアゴニスト活性を測定する工程、及び
(b)Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が内因性アゴニストS1Pと比較して低く、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体の少なくとも一方に対するアゴニスト活性が内因性アゴニストS1Pと比較して高い化合物を選択する工程、を含む方法。
【0025】
なお、本発明における「S1P1受容体」は、NCBIデータベース上に、その代表的なアミノ酸配列がNP001391.2として、対応するmRNAの塩基配列がNM001400.4として登録されている。
【0026】
また、「Gαi1(遺伝子名としてGNAI1)」は、NCBIデータベース上に、その代表的なアミノ酸配列がNP_002060.4として、対応するmRNAの塩基配列がNM002069.5として登録されている。
【0027】
また、「Gαi2(遺伝子名としてGNAI2)」は、NCBIデータベース上に、その代表的なアミノ酸配列がNP_002061.1として、対応するmRNAの塩基配列がNM002070.2として登録されている。
【0028】
また、「Gαi3(遺伝子名としてGNAI3)」は、NCBIデータベース上に、その代表的なアミノ酸配列がNP_006487.1として、対応するmRNAの塩基配列がNM006496.3として登録されている。
【発明の効果】
【0029】
従来のアゴニスト活性の評価方法では、S1P1受容体アゴニストの主作用(有効性)と副作用を区別して評価することが不可能であった。本発明においては、S1P1受容体と共役するGαタンパク質のサブタイプ(Gαi1、Gαi2、Gαi3)に分けて、S1P1受容体に対するアゴニスト活性を検出することにより、S1P1受容体アゴニストの主作用と副作用を区別して評価することが可能となった。また、これにより優れたS1P1受容体アゴニストを効率的にスクリーニングすることが可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0030】
<S1P1受容体アゴニストの免疫抑制活性の強さを評価する方法>
本発明は、S1P1受容体アゴニストの免疫抑制活性の強さを評価する方法を提供する。本実施例において、S1P1受容体アゴニストの免疫抑制活性の強さが、Gαi2と共役するS1P1受容体又はGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性と相関することが見出された。従って、本発明の評価方法は、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体の少なくとも一つに対するS1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を指標とする方法である。
【0031】
本発明における「免疫抑制活性」は、例えば、循環リンパ球数が低下を指標として把握することができる。循環リンパ球数は、例えば、本実施例2に記載の方法により測定することができる。
【0032】
本発明におけるGαiのサブタイプ特異的なアゴニスト活性の測定は、例えば、本実施例1(2)に記載の方法(非特許文献7に記載の方法)により行うことができる。すなわち、S1P1受容体及び特定のGαサブタイプを、Gγ2及びGβ1とともに細胞において発現させ、S1P1受容体アゴニストによるGα蛋白とGβγ蛋白との乖離率を指標として、アゴニスト活性を測定することができる。
【0033】
また、一般的に、S1P1受容体にアゴニスト刺激が入ると細胞内cAMP量が減少する方向に調節されることが知られている。従って、例えば、S1P1受容体と特定のGαiサブタイプを共発現させた細胞を用い、フォルスコリンなどで細胞内cAMP量を上昇させた条件下での、S1P1受容体アゴニストによるcAMP量の減少を指標に、Gαiサブタイプ特異的なアゴニスト活性を測定することも可能である。
【0034】
また、細胞が形を変えると単層膜で形成されていた抵抗値が変化する。この現象を利用し、S1P受容体を発現させた細胞を膜上に単層で培養し、S1P1受容体アゴニストの添加によって生じる抵抗値の変化を測定する方法が知られている(Invest Ophthalmol Vis Sci. 2005 Jun;46(6):1927-33.)。この方法に基づき、例えば、S1P1受容体及び特定のGαサブタイプを共発現させた細胞を膜上に培養し、S1P1受容体アゴニストの添加によって生じる抵抗値の変化を指標として、Gαiサブタイプ特異的なアゴニスト活性を測定することも可能である。
【0035】
また、一般的に、GPCRを発現した細胞膜と化合物とγ-[35S]GTPをバッファー中で反応させ、膜に結合したラベル体の量を、アゴニストの活性値として定量する方法が知られている(Life Science Volume 74, Issue 4, 12 December 2003, Pages 489-508)。従って、例えば、S1P1受容体と特定のGαiサブタイプを共発現させた細胞膜を用い、GTP交換反応によるγ-[35S]GTPの膜画分への蓄積を指標として、Gαiサブタイプ特異的なアゴニスト活性を測定することも可能である。
【0036】
本発明の一つの態様においては、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を測定し、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性と比較して高い場合に、S1P1受容体アゴニストが強い免疫抑制活性を発揮することができると評価される。
【0037】
Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性は、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性と比較して、好ましくは10倍以上であり、より好ましくは20倍以上であり、さらに好ましくは30倍以上である。
【0038】
また、本発明の他の一つの態様においては、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を測定し、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体の少なくとも一方に対するアゴニスト活性が内因性アゴニストS1Pと比較して高い場合に、S1P1受容体アゴニストが強い免疫抑制活性を発揮することができると評価される。
【0039】
対照となる内因性アゴニストS1Pのアゴニスト活性は、S1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を測定する際に測定してもよいが、予め測定された値を用いてもよい。例えば、本実施例1(2)に記載の方法(非特許文献7に記載の方法)により測定した場合において、Gαi2と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性のEC50値(nM)が14以下である場合、または、Gαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性のEC50値(nM)が8以下である場合に、S1P1受容体アゴニストが強い免疫抑制活性を発揮することができると評価される。
【0040】
<S1P1受容体アゴニストの心毒性の生じやすさを評価する方法>
本発明は、S1P1受容体アゴニストの心毒性の生じやすさを評価する方法を提供する。本実施例において、S1P1受容体アゴニストの心毒性の生じやすさが、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性と相関することが見出された。従って、本発明の評価方法は、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を指標とする方法である。
【0041】
本発明における「心毒性」は、例えば、AVブロックや心拍数の低下を指標として把握することができる。AVブロックは、例えば、本実施例3に記載の方法により測定することができる。また、本発明におけるGαiのサブタイプ特異的なアゴニスト活性の測定の手法は、上記の通りである。
【0042】
本発明の一つの態様においては、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を測定し、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性と比較して低い場合に、S1P1受容体アゴニストは心毒性が生じにくいと評価される。
【0043】
Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性は、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性と比較して、好ましくは10分の1以下であり、より好ましくは20分の1以下であり、さらに好ましくは30分の1以下である。
【0044】
また、本発明の他の一つの態様においては、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するS1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を測定し、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が内因性アゴニストS1Pと比較して低い場合に、S1P1受容体アゴニストが心毒性を生じにくいと評価される。
【0045】
対照となる内因性アゴニストS1Pのアゴニスト活性は、S1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を測定する際に測定してもよいが、予め測定された値を用いてもよい。例えば、本実施例1(2)に記載の方法(非特許文献7に記載の方法)により測定した場合において、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性のEC50値(nM)が261より高い場合、S1P1受容体アゴニストが心毒性を生じにくいと評価される。
【0046】
<S1P1受容体アゴニストのスクリーニング方法>
本発明は、S1P1受容体アゴニストのスクリーニング方法を提供する。本実施例において、S1P1受容体アゴニストの免疫抑制活性が、S1P1受容体とGαi2又はGαi3との組み合わせを発現させた細胞への選択性と相関し、S1P1受容体アゴニストの心毒性が、S1P1受容体とGαi1との組み合わせを発現させた細胞への選択性と相関していることが判明した。本発明のスクリーニング方法は、このような相関を利用するものである。
【0047】
スクリーニングに用いる被検化合物には、特に制限はなく、例えば、合成低分子化合物ライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、ペプチドライブラリー、抗体、細菌放出物質、細胞(微生物、植物細胞、動物細胞)の抽出液及び培養上清、精製又は部分精製ポリペプチド、海洋生物、植物又は動物由来の抽出物、ランダムファージペプチドディスプレイライブラリーを用いることができる。また、Gαiのサブタイプ特異的なアゴニスト活性の検出の手法は、上記の通りである。
【0048】
本発明の一つの態様においては、Gαi1と共役するS1P1受容体、Gαi2と共役するS1P1受容体、及びGαi3と共役するS1P1受容体に対する被検化合物のアゴニスト活性を測定し、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性よりも、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が高い化合物を選択する。
【0049】
Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性よりも、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が、10倍以上高い化合物を選択することが好ましく、20倍以上高い化合物を選択することがより好ましく、30倍以上高い化合物を選択することがさらに好ましい。
【0050】
また、本発明の他の一つの態様においては、Gαi1と共役するS1P1受容体、Gαi2と共役するS1P1受容体、及びGαi3と共役するS1P1受容体に対する被検化合物のアゴニスト活性を測定し、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性が内因性アゴニストS1Pと比較して低く、Gαi2と共役するS1P1受容体及びGαi3と共役するS1P1受容体の少なくとも一方に対するアゴニスト活性が内因性アゴニストS1Pと比較して高い化合物を選択する。
【0051】
対照となる内因性アゴニストS1Pのアゴニスト活性は、S1P1受容体アゴニストのアゴニスト活性を測定する際に測定してもよいが、予め測定された値を用いてもよい。例えば、本実施例1(2)に記載の方法(非特許文献7に記載の方法)により測定した場合において、Gαi1と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性のEC50値(nM)が261より高く、かつ、Gαi2と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性のEC50値(nM)が14以下であるか、またはGαi3と共役するS1P1受容体に対するアゴニスト活性のEC50値(nM)が8以下である化合物を選択することができる。こうして選択された化合物は、強い免疫抑制活性を示すとともに、心毒性が低いと考えられる。
【実施例】
【0052】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0053】
[実施例1] S1P1受容体アゴニスト免疫抑制活性評価
(1)一般的なS1P1受容体アゴニスト活性の評価
一般的なS1P1受容体アゴニスト活性を評価する方法としては、S1P1受容体を発現させたCHO細胞などを用いて、受容体への結合や結合によるシグナル伝達活性を指標としてアゴニスト活性を測定する方法が知られている(特許文献1)。特許文献1の試験例1に記載の方法により、S1P、FTY-p、BAF312、欧州特許第1826197号のexample48に記載の化合物(以下、「compound A」と称する)及び特許文献1-実施例2に記載の化合物(以下、「compound B」と称する)のS1P1受容体アゴニスト活性を測定した。その結果、S1P1受容体アゴニスト活性は、それぞれ6.4nM、0.08nM、3.0nM、0.3nM、9.2nMであった。
【0054】
(2)Gαタンパク質のサブタイプ特異的なS1P1受容体アゴニスト活性の評価
次に、非特許文献7に記載の方法により、Gαタンパク質のサブタイプ特異的なS1P1受容体アゴニスト活性の評価を行った。なお、発現条件については、非特許文献7の「Supplementary Methods」の項に、測定条件については「Bioluminescence resonance energy transfer measurement」の項に従った。
【0055】
まず、HEK293T細胞にS1P1受容体、特定のGαサブタイプ(Gαi1、Gαi2またはGαi3)、Gγ2、及びGβ1を共発現し、内因性アゴニストS1PによるGαタンパク質とGβγタンパク質との乖離率を指標として、アゴニスト活性を測定した。その結果、S1Pの50%活性化濃度(EC50値)は、Gαi1発現条件において261nM、Gαi2発現条件において14.6nM、Gαi3発現条件において8.4nMであった。
【0056】
次いで、同一の試験条件において、FTY-p、BAF312、compound A、及びcompound BのEC50値は、Gαi1発現条件において、それぞれ17.6nM、122nM、98nM、640nM、Gαi2発現条件において、それぞれ約100nM、81nM、11nM、6nM、Gαi3発現条件において、それぞれ0.94nM、27nM、85nM、19nMであった(表1)。
【0057】
【表1】
【0058】
この結果から、FTY-p、BAF312、及びcompound Aは、Gαi1に対して活性が強く、かつGαi2やGαi3に対する選択性が低いことが判明した。一方で、compound Bは、Gαi1に対する活性が弱く、Gαi2及びGαi3に対する選択性が高いことが判明した。compound Bは、S1Pで認められた活性の偏りをさらに偏らせた強いバイアスドアゴニストであるといえる。
【0059】
[実施例2] S1P1受容体アゴニスト有効性評価
雄性SDラットにBAF312又はcompound Bについて用量を振って経口投与し、3、6時間後及び24時間後の血中リンパ球細胞数を血球測定装置にて測定した。その結果、いずれも投与6時間後リンパ球数を最も強く抑制し、24時間までその効果は認められた。
【0060】
6時間後及び24時間後の50%リンパ球細胞数抑制用量(ED50)は、BAF312ではそれぞれ0.1mg/kg、>1mg/kgであり、compound Bではそれぞれ0.17mg/kg、0.65mg/kgであった。24時間後での有効血中濃度を算出した結果、BAF312では>208nMであり、compound Bでは176nMであった。
【0061】
[実施例3] S1P1受容体アゴニスト心毒性評価
BAF312とほぼ同等の有効血中濃度を示すcompound Bを用いて、麻酔下モルモット心毒性評価モデルにおける心毒性発現強度を検討した。本モデルはS1P1受容体に対する応答性の高いモルモットを用い、更に麻酔下で実施することでS1P1受容体依存的な心毒性を強力に検出できるモデルである。麻酔下で人工呼吸管理した雄性モルモットに心電図測定用機器とペーシング用機器を取り付け、薬剤の投与を行った。
【0062】
その結果、0.01mg/kgのBAF312を10分間インフュージョン投与した場合では、4例中4例に完全AVブロックが発現し、1時間後まで全例とも完全AVブロックが持続した。
【0063】
一方、compound Bを同じ条件で投与した場合、4例中1例も完全AVブロックの発現を認めなかった。
【0064】
また、BAF312及びcompound Bの投与終了時の血中濃度はそれぞれ17nM、91nMであり、1時間後の血中濃度はそれぞれ<4nM、27nMであった。この事実から、よりバイアスド活性の強いcompound Bは、より高い血中濃度であるにも拘らず、より弱い心毒性化合物であることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明により、S1P1受容体アゴニストの主作用(有効性)と副作用を区別して評価し、優れたS1P1受容体アゴニストを効率的にスクリーニングすることが可能となった。従って、本発明は、医薬品の開発及び評価の分野において大きく貢献しうるものである。