特許第6450894号(P6450894)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6450894生体適合長繊維不織布、その製造方法、細胞培養用立体足場及びこれを用いた細胞培養方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6450894
(24)【登録日】2018年12月14日
(45)【発行日】2019年1月9日
(54)【発明の名称】生体適合長繊維不織布、その製造方法、細胞培養用立体足場及びこれを用いた細胞培養方法
(51)【国際特許分類】
   D04H 3/16 20060101AFI20181220BHJP
   D04H 3/015 20120101ALI20181220BHJP
   D04H 3/016 20120101ALI20181220BHJP
   A61L 27/22 20060101ALI20181220BHJP
   A61L 27/58 20060101ALI20181220BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20181220BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20181220BHJP
【FI】
   D04H3/16
   D04H3/015
   D04H3/016
   A61L27/22
   A61L27/58
   C12M1/00 C
   C12N5/071
【請求項の数】18
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2018-555291(P2018-555291)
(86)(22)【出願日】2018年6月15日
(86)【国際出願番号】JP2018022988
【審査請求日】2018年10月30日
(31)【優先権主張番号】特願2017-120759(P2017-120759)
(32)【優先日】2017年6月20日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2018-49476(P2018-49476)
(32)【優先日】2018年3月16日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】390018153
【氏名又は名称】日本毛織株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】599029420
【氏名又は名称】田畑 泰彦
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】特許業務法人池内・佐藤アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】田畑 泰彦
(72)【発明者】
【氏名】上杉 昭二
(72)【発明者】
【氏名】尾井 政夫
(72)【発明者】
【氏名】早乙女 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】中村 耕一郎
【審査官】 春日 淳一
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/196549(WO,A1)
【文献】 特開2003−125757(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/192803(WO,A1)
【文献】 特表2015−501343(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D04H1/00−18/04
A61L27/22
A61L27/58
C12M1/00
C12N5/071
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体適合ポリマーを主成分とする生体適合長繊維不織布であって、
前記生体適合長繊維不織布を構成する生体適合長繊維は、長さ方向で繊維直径が変化しており、
前記生体適合長繊維不織布を構成する生体適合長繊維は、繊維交点が少なくとも部分的に溶着しており、
前記生体適合長繊維不織布は加熱脱水架橋されており、
水に濡れてもへたらず、水に濡れると透明になることを特徴とする生体適合長繊維不織布。
【請求項2】
前記生体適合長繊維は、平均繊維直径(D)が1〜70μmの範囲にあり、D±0.5Dの範囲で繊維直径が変化している請求項1に記載の生体適合長繊維不織布。
【請求項3】
前記生体適合長繊維は、実質的に未延伸状態である請求項1又は2に記載の生体適合長繊維不織布。
【請求項4】
前記生体適合長繊維不織布は、1.0kPaの圧縮応力時の圧縮変形率が40%以下である請求項1〜3のいずれか1項に記載の生体適合長繊維不織布。
【請求項5】
前記生体適合長繊維不織布を構成する生体適合長繊維は、架橋前は水溶性である請求項1〜のいずれか1項に記載の生体適合長繊維不織布。
【請求項6】
前記生体適合ポリマーは、ゼラチン、コラーゲンおよびこれらの修飾体からなる群から選ばれる少なくとも一つの水溶性高分子である請求項1〜のいずれかに記載の生体適合長繊維不織布。
【請求項7】
請求項1〜のいずれか1項に記載の生体適合長繊維不織布の製造方法であって、
生体適合ポリマーを含む紡糸液をノズル吐出口から空気中に押し出し、
前記ノズル吐出口の後方に位置し、前記ノズル吐出口とは非接触状態の流体噴射口から前方に向けて圧力流体を噴射し、
前記押し出された紡糸液を前記圧力流体に随伴させて繊維形成させ、前記繊維形成した繊維を集積させて不織布とし、
前記生体適合長繊維不織布を真空凍結乾燥し、その後加熱脱水架橋することを特徴とする生体適合長繊維不織布の製造方法。
【請求項8】
前記紡糸液の温度は、紡糸液が流動する温度以上、かつ生体適合ポリマーの分解温度以下である請求項に記載の生体適合長繊維不織布の製造方法。
【請求項9】
前記圧力流体の噴射圧力は0.05〜0.5MPaであり、前記圧力流体の温度は前記紡糸液の温度±30℃である請求項又はに記載の生体適合長繊維不織布の製造方法。
【請求項10】
前記紡糸液の粘度は、温度60℃において500〜3000mPa・sである請求項のいずれか1項に記載の生体適合長繊維不織布の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜のいずれか1項に記載の生体適合長繊維不織布を細胞培養用立体足場とすることを特徴とする細胞培養用立体足場。
【請求項12】
前記足場の厚みが0.2mm以上であり、足場内部でも細胞が生存する請求項11に記載の細胞培養用立体足場。
【請求項13】
請求項11又は12に記載の細胞培養用立体足場を使用した細胞培養方法であって、
前記足場に細胞を播種した後、細胞播種した足場を液体培地中に入れて、細胞培養することを特徴とする細胞培養方法。
【請求項14】
前記足場の厚みが0.2mm以上であり、足場内部でも細胞が生存する請求項13に記載の細胞培養方法。
【請求項15】
前記液体培地を攪拌、循環及び振とうから選ばれる少なくとも一つの手段で流動させながら細胞培養する請求項13又は14に記載の細胞培養方法。
【請求項16】
前記細胞培養中に、前記足場は消失し、培養した細胞及び前記細胞が産生する細胞外マトリクスと置き換わる請求項1315のいずれか1項に記載の細胞培養方法。
【請求項17】
前記足場をピンセットで把持して細胞シートと積層する工程を含む請求項1316のいずれか1項に記載の細胞培養方法。
【請求項18】
前記足場の厚さは0.2mm以上であり、密度が0.8g/cm3以上である請求項17に記載の細胞培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は医療用及び細胞培養の足場用として好適な生体適合長繊維不織布、その製造方法、細胞培養用立体足場及びこれを用いた細胞培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維シートは、有孔度や比表面積の高さから、医療用及び細胞培養の足場等に有用である。特にゼラチンはこれまでにも医療に広く用いられてきた材料であり、医療機器、医薬品添加剤としての前例があり、生体適合性、細胞親和性、生体吸収性は実証済みである。ゼラチンからなる繊維は、安全性が高く、ゼラチンの化学架橋の程度によって、数日から数か月にわたる生体吸収期間のコントロールや、硬さのコントロールが可能である。例えばゼラチンの綿状成形物は、実際に医療用途において局所止血材として実用化されている。ゼラチン繊維からなる3次元成形体が多く報告されている。例えば、ゼラチンをエレクトロスピニング法で繊維化し、不織布とすることが特許文献1に提案されている。特許文献2には、ゼラチンとポリエチレングリコール等の水溶性直鎖状高分子を含む水溶液を、空気中に押し出して紡糸することが提案されている。特許文献3には、ゼラチン溶液を凝固浴に吐出させてゲル状繊維とし、取り出して延伸し、残存する溶液を除去することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2014−05519号公報
【特許文献2】特開2012−167397号公報
【特許文献3】特開2005−120527号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、前記のような従来技術で得られたゼラチン繊維からなる3次元構造体(綿あるいは不織布に代表される)は、力学特性が劣り、水膨潤時の強度が小さく、細胞培養に用いた時に細胞の増殖とともに成形体が変形し、成形体内部の細胞増殖に必要な孔構造がなくなることが問題となっている。このように、医療用及び細胞培養の足場等に有用な成形性と成形安定性の高い不織布としては、細胞培養時に、その内部構造を維持できることが必要不可欠な材料特性であり、そのための力学特性を持つことが必須となっている。
【0005】
本発明は、前記従来の問題を解決するため、医療用及び細胞培養の足場等に有用な成形性と成形安定性の高い生体適合長繊維不織布、その製造方法、細胞培養用立体足場及びこれを用いた細胞培養方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の生体適合長繊維不織布は、生体適合ポリマーを主成分とする生体適合長繊維不織布であって、前記生体適合長繊維不織布を構成する生体適合長繊維は、長さ方向で繊維直径が変化しており、前記生体適合長繊維不織布を構成する生体適合長繊維は、繊維交点が少なくとも部分的に溶着しており、水に濡れてもへたらず、水に濡れると透明になることを特徴とする。
【0007】
本発明の生体適合長繊維不織布の製造方法は、前記の生体適合長繊維不織布の製造方法であって、生体適合ポリマーを含む紡糸液をノズル吐出口から空気中に押し出し、前記ノズル吐出口の後方に位置し、前記ノズル吐出口とは非接触状態の流体噴射口から前方に向けて圧力流体を噴射し、前記押し出された紡糸液を前記圧力流体に随伴させて繊維形成させ、得られた生体適合長繊維を集積させて不織布とすることを特徴とする。
【0008】
本発明の細胞培養用立体足場は、前記の生体適合長繊維不織布を細胞培養用立体足場とすることを特徴とする。
【0009】
本発明の細胞培養方法は、前記の細胞培養用立体足場を使用した細胞培養方法であって、前記足場に細胞を播種した後、細胞播種した足場を液体培地中に入れて、細胞培養することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の細胞培養用立体足場は、生体適合ポリマーを主成分とする生体適合長繊維不織布で構成され、前記不織布を構成する生体適合長繊維は、連続する1本の繊維から構成され、一例として長さが数十メートルから数百メートルであり、長さ方向で繊維直径が変化しており、前記不織布を構成する生体適合長繊維は、繊維交点が部分的に溶着していることにより、医療用及び細胞培養の立体足場等に有用な成形性と成形安定性を提供できる。すなわち、生体適合長繊維不織布を構成する生体適合長繊維は太さ斑があり、部分的に溶着していることにより、生体適合長繊維不織布はブリッジ構造となり、嵩高く低密度であり、所望の形状に成形しやすく、かつ成形安定性も高いものとなり、水に濡れてもへたらない。このことが、細胞培養時の不織布の3次元構造の変化や内部構造(空隙)の変化を抑制する。このため、細胞が生体適合長繊維不織布全体に均一に分布して増殖し、細胞の3次元組織化が達成される。通常、細胞が三次元化することにより内部に存在する細胞は、栄養酸素不足で死滅することが問題となっている。しかしながら、本発明のゼラチン長繊維等の生体適合長繊維で構成された不織布で培養された細胞3次元組織体内部の細胞は、死滅せず、細胞からのタンパク質などの正常な生理学的産生による細胞外マトリクス形成が認められた。この理由として、不織布材料がゼラチンハイドロゲル等の生体適合ハイドロゲルであることから、ハイドロゲル層を通しての外部からの栄養酸素の供給が得られたことが考えられる。以前から報告されているハイドロゲル以外の繊維からなる不織布は、このような効果は認められていない。本発明の生体適合長繊維不織布が、ハイドロゲル繊維による不織布であること、不織布作製方法の改良により、水を含んだ場合でもその力学強度が高まり、細胞培養時における不織布の変形の抑制、内部構造(空隙)の維持、細胞親和性の高い生体適合長繊維を用いていることなどの特徴が重なり、細胞の生理学的環境が整えられたことで、細胞培養時に不織布内側及び外側で細胞が増殖でき、細胞の3次元組織化が可能となったと考えられる。細胞の3次元組織化は、細胞研究及び創薬研究に必要な技術である。細胞一つ一つに比べて、細胞が3次元的に相互作用することによって、細胞の機能が増強され、体内での細胞機能に近づくことが分かっているからである。また、本発明の生体適合長繊維不織布は、ハイドロゲルからなる嵩高な三次元材料であり、水や液体培地を含ませて膨潤して足場として使用すると、培養液と酸素が、不織布内のハイドロゲル繊維材料を通して足場全体に回りやすく、栄養と酸素が足場全体に細胞へ効率よく供給され、立体的な細胞培養が可能となる。本発明の生体適合長繊維不織布は、水に濡れても腰が強くしっかりしているため、前記液体培地を攪拌、循環及び振とうから選ばれる少なくとも一つの手段で流動させながら細胞培養することもできる。また、水に濡れると透明であり、顕微鏡観察しやすい。この透明性は、培養液中で倒立顕微鏡により足場の内部まで観察できる程度の透明性である。倒立顕微鏡で観察できる程度の透明性があれば、培養状態を確認でき、好都合である。さらに、不織布は長繊維で構成されているため、繊維が脱落する等の異物混入やごみの発生リスクも低い。加えて、生体適合性もある。また、本発明の生体適合性長繊維不織布の一例では、架橋したハイドロゲルから構成されるため、ハイドロゲルをリン酸緩衝液などで膨潤させる際に、bFGF等の薬剤を加えることで、ハイドロゲル内部に薬剤を取り込ませ、薬剤を徐放する担体としても使用することが可能である。従って本発明の生体適合長繊維不織布は、医療用や細胞培養の足場として好適である。本発明の製造方法は、前記生体適合長繊維不織布をコンタミ等がなく、衛生的にかつ効率よく合理的に製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は本発明の一実施例で得られたゼラチン長繊維不織布の走査型電子顕微鏡(SEM、日立走査型顕微鏡S−2600N、100倍)の写真である。
図2図2は同、ゼラチン長繊維不織布の走査型電子顕微鏡(SEM、日立走査型顕微鏡S−2600N、500倍)の写真である。
図3図3は本発明の一実施例で得られたゼラチン長繊維不織布(縦35mm、横25mm、厚さ0.95mm)の写真である。
図4図4は本発明の一実施例で使用する不織布製造装置の模式的説明図である。
図5図5は本発明の実施例1のゼラチン長繊維不織布を精製水中で膨潤させ、ピンセットで持った際の形状維持性を示す写真である。
図6図6は同、実施例2のゼラチン長繊維不織布の形状維持性を示す写真である。
図7図7は同、実施例3のゼラチン長繊維不織布の形状維持性を示す写真である。
図8図8は同、実施例4のゼラチン長繊維不織布の形状維持性を示す写真である。
図9図9は比較例1の精製水中で膨潤させたゼラチンスポンジの形状維持性を示す写真である。
図10図10は実施例4のゼラチン長繊維不織布製の足場を用いて細胞培養した時の細胞播種直後の倒立顕微鏡観察写真(20倍)である。
図11図11は同、培養7日目の倒立顕微鏡観察写真(20倍)である。
図12図12は比較例1のゼラチンスポンジを足場として用いて細胞培養した時の細胞播種直後の倒立顕微鏡観察写真(10倍)である。
図13図13は比較例2のポリプロピレン不織布を足場として用いて細胞培養した時の細胞播種直後の倒立顕微鏡観察写真(10倍)である。
図14図14は比較例3のポリ乳酸不織布を足場として用いて細胞培養した時の細胞播種直後の倒立顕微鏡観察写真(10倍)である。
図15図15は実施例4のゼラチン長繊維不織布製の足場を用いて細胞培養を8日間行った時、足場の内部まで、細胞が侵入していることを示すヘマトキシリンエオジン染色した足場切片の光学顕微鏡写真である。光学顕微鏡観察した写真(10倍)を蛍光顕微鏡のソフトウェア上で連結し、全体像とした。
図16図16は同、光学顕微鏡で観察した部分写真(10倍)である。
図17図17は比較例2のポリプロピレン不織布を足場として用いて細胞培養を4日間行った時、細胞が足場の外側までしか侵入していないことを示すヘマトキシリンエオジン染色した足場切片の光学顕微鏡写真(4倍)である。
図18図18は実施例4のゼラチン長繊維不織布を足場として用いて細胞培養を12日間行った時の足場の光学顕微鏡観察写真(20倍)である。
図19図19は同、実施例4のゼラチン長繊維不織布を足場として用いて細胞培養を12日間行った時の足場内の酸素状態を低酸素マーカーによって観察した蛍光観察顕微鏡写真(明度の高い部分(白色に近い部分):低酸素部位)(20倍)である。
図20図20は同、細胞増殖を示すグラフである。
図21図21は、一実施例の生体適合長繊維不織布製の足場を用いて撹拌培養を行う際の細胞培養装置の模式的説明図である。
図22図22は同、撹拌培養中の足場の形態変化(横方向から観察)を示す写真である。
図23図23は同、撹拌培養後、足場の形状が変化していることを示す外観(上方向から観察)を示す写真である。
図24図24は同、撹拌培養後、脱細胞処理した足場の外観(上方向から観察)を示す写真である。
図25図25は同、撹拌培養14日後における足場断面のヘマトキシリンエオジン染色結果(全体像)を示す写真である。
図26図26は同、撹拌培養14日後における足場断面のヘマトキシリンエオジン染色結果(20倍)を示す写真である。
図27図27は同、撹拌培養14日後、脱細胞処理した足場断面のヘマトキシリンエオジン染色結果(20倍)を示す写真である。
図28図28は同、撹拌培養25日後における、足場断面のヘマトキシリンエオジン染色結果(全体像)を示す写真である。
図29図29は同、撹拌培養25日後における、足場断面のヘマトキシリンエオジン染色結果(20倍)を示す写真である。
図30図30は同、撹拌培養25日後における、脱細胞処理した足場断面のヘマトキシリンエオジン染色結果(全体像)を示す写真である。
図31図31は同、撹拌培養25日後における、脱細胞処理した足場断面のヘマトキシリンエオジン染色結果(20倍)を示す写真である。
図32図32は同、撹拌培養14日後における、足場断面の生細胞の蛍光顕微鏡観察像(全体像)を示す写真である。
図33図33は同、撹拌培養25日後における、足場断面の死細胞の蛍光顕微鏡観察像(全体像)を示す写真である。
図34図34は同、撹拌培養25日後における、足場断面の生細胞の蛍光顕微鏡観察像(全体像)を示す写真である。
図35図35は同、撹拌培養25日後における、足場断面の死細胞の蛍光顕微鏡観察像(全体像)を示す写真である。
図36図36は、本発明の一実施例のゼラチン長繊維不織布製の足場を複数枚積層して細胞培養する工程説明図である。
図37図37は、実施例6のゼラチン長繊維不織布を精製水中で膨潤させ、ピンセットで持った際の形状維持性を示す写真である。
図38図38は、足場をピンセットで把持した際に形状維持性が良好であるが、屈曲している例を示す写真である。
図39図39は、実施例6のゼラチン長繊維不織布製の足場を用いた積層培養時の足場と細胞シートの積層体の外観(上方向から観察)を示す光学顕微鏡(4倍)写真を蛍光顕微鏡のソフトウェア上で連結し、全体像としたものである。
図40図40は同、積層体断面のヘマトキシリンエオジン染色結果断面を示す写真(4倍)である。
図41図41は、片持ち梁によるハンドリング性の評価におけるハンドリング性良好の例を示す写真である。
図42図42は同、ハンドリング性不良の例を示す写真である。
図43図43は、ゼラチン長繊維不織布製の足場をピンセットで把持する際のハンドリング性と厚さ及び密度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の生体適合長繊維不織布は、長繊維で構成される不織布である。繊維の長さは数メートル〜数千メートルが好ましい。長繊維はメルトブロー法で製造できる。本発明で用いるメルトブロー法は、生体適合ポリマーを含む紡糸液をノズル吐出口から押し出し、ノズル吐出口の後方に位置し、前記ノズル吐出口とは非接触状態の流体噴射口から前方に向けて圧力流体を噴射し、前記押し出された紡糸液を前記圧力流体に随伴させて乾式でダイレクトに繊維化し、得られた生体適合長繊維を集積させて不織布にすることから、コンタミ(夾雑物)の発生は防止され、衛生的に製造できる。この長繊維は非分割繊維であり、紡糸後に分割などの処理はされていない。この不織布は紡糸後に繊維を集積(堆積)させる時に繊維同士が、水分を含んだ状態で積層されるため、溶着したり互いに絡んで一体化されている。繊維を堆積させる際の捕集距離を変えることで、容易に不織布密度を変えることができる。
【0013】
これに対して従来のメルトブロー法は、紡糸液のノズル吐出口の周囲から圧力空気を噴射するため、紡糸液が圧力空気噴射口に漏れ出すことがあり、長期間溜まった紡糸液が製品中にコンタミ(夾雑物)となって入り込み、製品汚染になってしまう現象がみられた。
【0014】
本発明において、生体適合長繊維不織布は生体適合ポリマーを主成分とする。ここで主成分とは、生体適合ポリマーを90質量%以上含むことを言う。10質量%以下の成分は、架橋剤、薬剤、他の添加剤等であってもよい。実質的に100質量%の生体適合ポリマーであってもよい。生体適合ポリマーは市販品を使用できる。
【0015】
前記生体適合長繊維不織布を構成する生体適合長繊維は、長さ方向で繊維直径が変化している。長さ方向で繊維直径が変化することは、ノズルから吐出した紡糸液を圧力流体(例えば、圧空)に随伴させて紡糸するため、圧力流体の乱れ(乱流)により生ずる。また、長さ方向で繊維直径が変化することは、複数のノズルを使用した時に各ノズルの吐出速度及び/又は圧力流体の流速が異なる際にも生ずる。
【0016】
前記生体適合長繊維不織布を構成する生体適合長繊維は、繊維交点が部分的に溶着している。この部分的溶着は、圧力流体によって吹き飛ばされたゼラチン長繊維等の生体適合長繊維が堆積する際に、完全に固化していない状態の時に発現する。この部分的溶着により、生体適合長繊維不織布はブリッジ構造となり、嵩高く低密度であり、所望の形に成形しやすく、かつ成形安定性も高いものとなる。本発明において、「繊維交点が少なくとも部分的に溶着している」とは、生体適合長繊維不織布が水に濡れてもへたらない程度に溶着していることを意味し、生体適合長繊維不織布が水に濡れてもへたらない程度に繊維交点の一部が溶着してもよく、繊維交点の全部が溶着してもよい。
【0017】
前記生体適合長繊維は、平均繊維直径(D)が1〜70μmの範囲にあり、D±0.5Dの範囲で繊維直径が変化していることが好ましい。平均繊維直径(D)のさらに好ましい範囲は5〜60μmである。前記生体適合長繊維の直径とその変化の度合いが前記のとおりであると、医療用及び細胞培養の足場等にさらに有用である。本発明において、「平均繊維直径」及び「その変化の度合い」は、それぞれ、生体適合長繊維不織布の走査型電子顕微鏡写真(500倍)から任意に選択した50本の繊維の直径の平均値及びその変化の度合いを意味する。
【0018】
前記生体適合長繊維は、実質的に未延伸状態であることが好ましい。前記において、実質的に未延伸状態とは、機械的延伸を受けていない状態をいう。ノズルから吐出した紡糸液を圧空に随伴させて吹き飛ばすと繊維は細くなるが、実質的に未延伸状態である。
【0019】
前記生体適合長繊維不織布は、水に濡れてもへたらない。本発明において、「水に濡れてもへたらない」とは、生体適合長繊維不織布の水で飽和状態まで膨潤した後における1.0kPaの圧縮応力時の圧縮変形率(以下において、単に「圧縮変形率」とも記す。)が40%以下であることを意味する。前記飽和状態とは、水が最大限に含まれた状態であり、水の含有量が一定限度にとどまりそれ以上増えない状態を意味する。前記生体適合長繊維不織布の圧縮変形率は、40%以下であることが好ましく、35%以下であることがより好ましく、30%以下がさらに好ましい。なお、前記生体適合長繊維不織布の圧縮変形率の下限は特に限定されないが、例えば、1%以上であることが好ましく、5%以上であることがより好ましい。また、前記生体適合長繊維不織布は、水に濡れてもへたらない観点から、水で飽和状態まで膨潤した後における初期弾性率(以下において、単に「初期弾性率」とも記す))が0.30kPa以上であることが好ましく、より好ましくは0.35kPa以上であることが好ましい。なお、前記生体適合長繊維不織布の初期弾性率の上限は特に限定されないが、例えば、20kPa以下であることが好ましく、10kPa以下であることがより好ましい。本発明において、圧縮変形率は、水で飽和状態まで膨潤した後の生体適合長繊維不織布において、無荷重の時の厚さを(H1)とし、1.0kPaの圧縮応力時の厚さを(H2)とした場合、下記式で算出したものである。水で膨潤した後の圧縮変形率が上述した範囲であると、水に濡れてもへたらない。本発明において、初期弾性率は、ひずみ1〜5%の圧縮弾性率を意味する。圧縮試験は、後述のとおりに行う。
圧縮変形率(%)=100−{(H2/H1)×100}
【0020】
前記生体適合長繊維不織布は、水に濡れると透明になる。この透明性は、培養液中で倒立顕微鏡により足場の内部まで観察できる程度の透明性である。倒立顕微鏡で観察できる程度の透明性があれば、培養状態を確認でき、好都合である。具体的には、本発明において、「水に濡れると透明になる」とは、水で飽和状態まで膨潤した後の生体適合長繊維不織布(厚さ1.5mm)の波長400〜800nmの範囲における平均透過率が10%以上であることを意味する。水で飽和状態まで膨潤した後の生体適合長繊維不織布(厚さ1.5mm)の波長400〜800nmの範囲における平均透過率は、好ましくは15%以上であり、より好ましくは20%以上である。
【0021】
前記生体適合長繊維不織布は、シート状に形成されているのが好ましい。シート状であれば様々な形状に成形できる。
【0022】
前記生体適合長繊維不織布は、架橋しているのが好ましい。これにより形態安定性及び耐熱性を保てる。架橋は加熱脱水架橋が生体安全性のために好ましい。また、架橋前の生体適合長繊維又は生体適合ポリマーは水溶性であるのが好ましい。生体適合ポリマーが水溶性であると、紡糸液として水溶液の状態で紡糸でき、生体に対する安全性を高くすることができる。
【0023】
前記生体適合ポリマーは、ゼラチン、コラーゲン、キトサン、アルギン酸、ヒアルロン酸、ムコ多糖、デキストラン、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコールなどの水溶性高分子およびこれらの修飾体からなる群から選ばれる少なくとも一つのポリマーであるのが好ましい。ここで、「修飾体」とは、水溶性を損なわない程度に分子末端や側鎖等を変性することを意味する。これらは水(加熱水を含む)に溶解しやすく、溶液紡糸が可能で、繊維形成後にゲル化し、架橋させることができ、形態安定性の高い不織布に形成できることから好ましい。この中でもゼラチンがより好ましい。
【0024】
本発明の生体適合長繊維不織布の製造方法は、生体適合ポリマーを含む紡糸液をノズル吐出口から空気中に押し出し、前記ノズル吐出口の後方に位置し、前記ノズル吐出口とは非接触状態の流体噴射口から前方に向けて圧力流体を噴射し、前記押し出された紡糸液を前記圧力流体に随伴させて繊維形成させ、得られた生体適合長繊維を集積させて不織布とする。本発明において、生体適合長繊維不織布の製造に用いる製造装置は、生体適合ポリマーを含む紡糸液をノズル吐出口から空気中に押し出す手段と、前記ノズル吐出口の後方に位置し、前記ノズル吐出口とは非接触状態の流体噴射口から前方に向けて圧力流体を噴射する手段と、前記押し出された紡糸液が前記圧力流体に随伴されて形成される生体適合長繊維を集積させる手段を含む。圧力流体噴射口は、ノズル吐出口とは独立にかつ非接触状態で後方に配置されているため、紡糸液が混入することはない。このため、製品にコンタミが混入することを防止できる。
【0025】
前記紡糸液の温度は、紡糸液が流動する温度以上、かつ生体適合ポリマーの分解温度未満であることが好ましい。紡糸液が流動する温度以上でないと紡糸することはできず、生体適合ポリマーの分解温度以上であると分解物が製品に混入する恐れがある。
【0026】
前記圧力流体の噴射圧力は0.05〜0.5MPaであるのが好ましい。前記の範囲であれば、ノズル吐出口から空気中に押し出された紡糸液を吹き飛ばして繊維化できる。また、前記圧力流体の温度は前記紡糸液の温度近辺が好ましく、より好ましくは、圧力流体の温度は紡糸液の温度±50℃であり、さらに好ましくは紡糸液の温度±30℃とする。この状態であればノズル吐出口から空気中に押し出された紡糸液は急冷されず、流動状態で繊維化され、その後空気中で冷却されて固体の繊維が形成される。
【0027】
前記紡糸液の粘度は、温度60℃において500〜3000mPa・sであるのが好ましい。粘度が前記範囲であれば、繊維化するのに都合がよい。
【0028】
前記生体適合長繊維不織布は、真空凍結乾燥し、その後、架橋させることが好ましい。真空凍結乾燥するのは、生体適合長繊維(生体適合ポリマー)の変質を防いで急速に乾燥させるためである。その後、架橋させるのは、形態安定性のために好ましい。架橋は、化学試薬を用いた架橋、加熱脱水架橋、光架橋、紫外線、電子線、放射線等のエネルギー線架橋等でもよい。加熱脱水架橋の温度は生体ポリマーの種類によって異なるが、例えば、ガラス転移点以上軟化点以下が好ましい。ゼラチン長繊維の加熱脱水架橋温度は100〜160℃が好ましい。
【0029】
以下、ゼラチン長繊維不織布を例に挙げて説明する。ゼラチン長繊維不織布は、医療用不織布又は細胞培養の足場用に好適である。ゼラチン自体は生体適合性、生分解性があり、長繊維不織布であると使い勝手が良い。
【0030】
ゼラチン長繊維不織布の製造方法は、下記の工程を含む。
1.準備工程
(1)ゼラチンを加熱水に溶解する。溶解温度(加熱水の温度)は20〜90℃が好ましい。溶解した後、フィルトレーションして異物やごみなどを除去してもよい。
(2)その後、減圧又は真空脱泡して溶解空気を除去してもよい。
2.本工程
(1)加熱したゼラチン水溶液(紡糸液)を紡糸機のノズルから吐出する。
(2)前記ノズル周囲から圧力流体を供給し、前記吐出したゼラチン水溶液を前記圧力流体に随伴させて繊維形成させる。
(3)得られたゼラチン長繊維を集積させてゼラチン長繊維不織布とする。
3.後工程
(1)ゼラチン長繊維不織布を真空凍結乾燥する。
(2)乾燥したゼラチン長繊維不織布は所定の大きさにカットし、所定の形状に成形してもよい。成形はプレス成形等を使用できる。
(3)ゼラチン長繊維不織布を架橋させる。架橋は、加熱脱水架橋、熱架橋、電子線架橋、γ線等の放射線架橋、紫外線架橋等を採用できる。
(4)所定形状のゼラチン長繊維不織布、又はシートは滅菌する。滅菌はエチレンオキサイドガス滅菌、水蒸気、電子線照射、γ線等の放射線照射等を使用できる。電子線照射、γ線等の放射線照射の場合は、滅菌とともに架橋を同時にすることもできる。
4.使用時の滅菌
医療用及び細胞培養の足場等に使用する際の準備工程として、エチレンオキサイド滅菌、または蒸気滅菌してもよい。架橋後のゼラチン長繊維不織布は蒸気滅菌できる。
【0031】
前記加熱したゼラチン水溶液(紡糸液)の温度は20〜90℃であることが好ましい。前記の範囲であればゼラチンは安定したゾル状態を維持できる。また、前記加熱したゼラチン水溶液のゼラチン濃度は、ゼラチン水溶液を100質量%とした時、30〜55質量%であることが好ましい。さらに好ましい濃度は35〜50質量%である。前記の濃度であれば安定したゾル状態を維持できる。前記加熱したゼラチン水溶液(紡糸液)の粘度は500〜3000mPa・sが好ましい。前記の粘度であれば安定した紡糸ができる。
【0032】
前記圧力流体の温度は、ゼラチン水溶液(紡糸液)の場合は80〜120℃が好ましい。圧力流体の流速及び周囲雰囲気の温度にもよるが、前記の温度範囲であれば安定した紡糸ができる。圧力流体は空気を使用することが好ましく、圧力は0.1〜1MPaが好ましい。
【0033】
本発明の細胞培養用立体足場は、前記生体適合長繊維不織布を使用して作製する。一例として、架橋させた後の不織布(シート)を所定の形に打ち抜くなどして成形し、細胞培養用足場とする。或いは、所定の液体培地で膨潤した後に、目的の細胞培養用足場とする。前記液体培地で膨潤する前(乾燥状態)の足場の厚さは0.2mm以上であることが好ましく、より好ましくは0.3mm以上10mm以下である。厚さが前記の範囲であれば、水又は液体培地で膨潤した後にピンセットで把持する際に、形状維持性が高いとともに、屈曲しにくくハンドリング性が良好になる。また、積層培養に用いる場合、液体培地で膨潤する前(乾燥状態)の足場の密度は、0.8g/cm3以上が好ましく、より好ましくは1.0g/cm3以上1.3g/cm3以下である。密度が前記の範囲であれば、積層培養に用いる場合、水又は液体培地で膨潤した後にピンセットで把持する際に、形状維持性が高いとともに、屈曲しにくくハンドリング性が良好になる。
【0034】
前記足場を用いた細胞培養は、特に限定されないが、例えば、下記のように行うことができる。まず、目的とする細胞を液体培地中に、所定の濃度で懸濁し、細胞懸濁液を準備するとともに、同様の液体培地にゼラチン長繊維不織布製の足場等の生体適合長繊維不織布製の足場を入れ、所定時間(例えば30分間)静置して、十分に膨潤させる。次に、膨潤させた生体適合長繊維不織布製の足場を、チューブや培養皿中に入れ、ここに細胞懸濁液を加え、インキュベーター中のシェイカー上で振盪し、細胞播種する。細胞懸濁液は、1種の細胞の懸濁液であってもよく、2種以上の複数種の異なる細胞の懸濁液であってもよい。すなわち、細胞播種は、単一細胞を播種してもよく、異なる細胞種を同時に播種することで行っても良い。細胞播種後、リン酸緩衝液で生体適合長繊維不織布製の足場を洗浄し、未接着の細胞を除去し、細胞播種した生体適合長繊維不織布製の足場を得る。細胞播種した生体適合長繊維不織布製の足場をプレートや培養皿に移し、液体培地を加え、所定条件(例えば温度37℃、5%CO2)のインキュベーター中で静置培養してもよい。液体培地は、2〜3日毎に交換してもよい。或いは、細胞播種した生体適合長繊維不織布製の足場を培養容器に配置し、細胞播種した生体適合長繊維不織布製の足場が浸るまで、液体培地を加え、37℃、5%CO2のインキュベーター中に置いたマグネティックスターラー上で液体培地を撹拌して循環させながら、撹拌培養してもよい。3〜4日毎に、液体培地を半分量除き、等量の新たな液体培地を加えることで、培地交換を行ってもよい。或いは、細胞播種した生体適合長繊維不織布製の足場を培養容器に配置し、細胞播種した生体適合長繊維不織布製の足場が浸るまで、液体培地を加え、37℃、5%CO2のインキュベーター中で振とうさせながら培養してもよい。3〜4日毎に、液体培地を半分量除き、等量の新たな液体培地を加えることで、培地交換を行ってもよい。本発明の生体適合長繊維不織布及び生体適合長繊維不織布を用いた細胞培養用立体足場は、水に濡れると透明になる。この透明性は、培養液中で倒立顕微鏡により足場の内部まで観察できる程度の透明性である。倒立顕微鏡で観察できる程度の透明性があれば、培養状態を確認でき、好都合である。上記のように生体適合長繊維不織布製足場に細胞を播種し、細胞培養を行うと、後述するように3次元細胞凝集体が得られる。得られた3次元細胞凝集体は、単一の細胞の細胞シート又は複数種の細胞の細胞シートと組み合わせて用いることができる。
【0035】
また、生体適合長繊維不織布製の足場を複数枚積層させて、細胞培養を行ってもよい。例えば、細胞培養して得られた細胞シートと、液体培地で膨潤させた生体適合長繊維不織布製の足場を交互に複数枚積層させて細胞培養を行うことができる。積層培養を行う際、ハンドリング性を高める観点から、上述したとおり、積層培養に用いる場合、液体培地で膨潤する前(乾燥状態)の足場の厚さは0.2mm以上であり、密度は、0.8g/cm3以上であることが好ましい。複数枚細胞培養する方法では細胞シートが同一の細胞種に限られることはなく、複数種の細胞からなる細胞シート及び複数種の異なる細胞の細胞シートを積層して共培養してもよい。
【0036】
次に図面を用いて説明する。図1は本発明の一実施例で得られたゼラチン長繊維不織布の走査型電子顕微鏡(SEM,日立走査型顕微鏡S−2600N、100倍)の写真である。図2は同、ゼラチン長繊維不織布の走査型電子顕微鏡(SEM,日立走査型顕微鏡S−2600N、500倍)の写真である。不織布を構成するゼラチン長繊維は長さ方向で繊維直径が変化していることが分かる。また、不織布を構成するゼラチン長繊維は、繊維交点が部分的に溶着していることも確認できる。
【0037】
図3は本発明の一実施例で得られた長繊維不織布(縦35mm、横25mm、厚さ0.95mm)の写真である。本発明の生体適合長繊維不織布の製造方法によれば、長尺シート状の不織布が得られるが、細胞培養用立体足場にする場合の取り扱い性を考慮して、一例として前記の大きさにすることができる。
【0038】
図4は本発明の一実施例で使用する不織布製造装置の模式的説明図である。不織布製造装置10において、加温槽1に入れた生体適合ポリマーを含む紡糸液2をノズル吐出口3から空気中に押し出す。加温槽1にはコンプレッサー4により、所定の圧力をかけておく。12は保温容器である。
また、ノズル吐出口3の後方に位置し、ノズル吐出口3とは非接触状態の流体噴射口5から前方に向けて圧力流体7を噴射させる。流体噴射口5にはコンプレッサー6から圧力流体(例えば圧空)が供給される。流体噴射口5とノズル吐出口3との距離は5〜30mmが好ましい。
押し出された紡糸液は圧力流体7に随伴されて長繊維8となり、巻き取りロール11上で長繊維不織布9となって堆積される。この時、堆積された長繊維は水分を含んでいたり、完全には固化していないので、繊維交点の少なくとも一部において接している繊維が互いに溶着する。なお、巻き取りロール以外でもネット等で長繊維を捕集し堆積して不織布にしてもよい。
【0039】
図21は一実施例の生体適合長繊維不織布製の足場を用いて撹拌培養を行う際の細胞培養装置の模式的説明図である。この撹拌培養試験装置20は、スピナーフラスコ21内に攪拌棒22と攪拌子23を備えており、攪拌棒22を回転させることにより、液体培地24が攪拌される。液体培地24内には例えば22ゲージ針25に通した生体適合長繊維不織布製の足場26を入れ、細胞培養する。フラスコ内には所定の雰囲気ガスを送り込んでもよい。培養液は攪拌以外に、振とうさせてもよく、循環させてもよい。このように細胞培養すると、短期で、大きな3次元細胞凝集体が得られ、その凝集体内部で、細胞は高生存率となる。また、得られた3次元細胞凝集体は、ゼラチン長繊維不織布等の生体適合長繊維不織布製の足場が消失し、細胞及び細胞が産生する細胞外マトリクスと置き換わることもある。さらに、得られた3次元細胞凝集体は、高強度を示す。このようにして得られた3次元細胞凝集体は、その他の単一の細胞の細胞シート又は複数種の細胞の細胞シートと適宜に組み合わせて用いることができる。
【0040】
図36は本発明の一実施例の生体適合長繊維不織布製の足場を複数枚積層して細胞培養する工程説明図である。(a)に示されているように、所定の液体培地30を入れた培養皿31に所定の濃度の細胞懸濁液32を播種し、所定の時間(例えば10日間)静置培養して、(b)に示されているように、細胞シート33を作製する。次に、ピペットの液流によって、細胞シート33を、(c)に示されているように、培養皿から剥離する。培養皿31から液体培地30を除去した後、所定の液体培地中で所定時間(例えば30分)膨潤させておいた生体適合長繊維不織布製の足場34をピンセットで把持して入れ、(d)に示されているように、剥離された細胞シート33の上に載せる。次に、(e)に示されているように、それらを上から所定の圧力35(例えば1kPa)で数秒押すことで、細胞シート33と足場34を一体化できる。細胞シート33と足場34が一体化したものをピンセットで把持して、(f)に示されているように、複数枚積層する。このようにして3次元化した大きな細胞の塊を作製する。従来は、足場をピペットで吸い上げて積層しており、手間暇がかかるうえ、成功率も低く、熟練を要するという問題があった。これに比較して、本発明のゼラチン長繊維不織布製の足場等の生体適合長繊維不織布製の足場はピンセットで把持できるので、取扱性は飛躍的に向上できる。ピンセットで把持する操作は、例えば、図6−9に示すとおりに行う。図36では細胞シートと足場を積層して複数枚細胞培養する方法を説明しているが、細胞懸濁液を所定の液体培地で所定時間膨潤したゼラチン長繊維不織布製の足場に播種し、所定時間細胞培養して得られた細胞培養後の足場を複数枚積層して、3次元化した大きな細胞の塊を作製してもよい。この所定時間細胞培養して得られた細胞培養後の足場は、足場内部に細胞が浸潤してもよい。また細胞が足場表面に留まるように培養し細胞シート様の構造となってもよい。複数枚細胞培養する方法では細胞シートが同一の細胞種に限られることはなく、複数種の細胞からなる細胞シート及び複数種の異なる細胞の細胞シートを積層して共培養してもよい。
【実施例】
【0041】
以下、実施例を用いてさらに具体的に説明する。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0042】
測定方法は下記のとおりである。
<繊維直径>
生体適合長繊維不織布の走査型電子顕微鏡(SEM、日立走査型顕微鏡S−2600N、500倍)の写真から任意に選択した50本の繊維を用いて、平均繊維直径及びその変化の度合いを測定した。
<その他>
後述のとおり、JIS又は業界の規定する測定方法に従って測定した。
【0043】
(実施例1)
ゼラチンとして新田ゼラチン社製(ゼリー強度262g 原料:アルカリ処理牛骨)を使用し、ゼラチン:水=3:5の質量比(ゼラチン濃度37.5質量%)とし、温度60℃で溶解した。60℃における粘度は960〜970mPa・sであった。このゼラチン水溶液を紡糸液とし、図4に示す不織布製造装置を使用して長繊維不織布を製造した。紡糸液の温度は60℃、ノズル直径(内径)250μm、吐出圧0.3MPa、ノズル高さ5mm、エアー圧力0.3MPa、エアー温度100℃、流体噴射口5とノズル吐出口3との距離は20mm、捕集距離100cmとし、巻き取りローラ11で長繊維不織布9を巻き取った。
次いで、長繊維不織布は真空凍結乾燥し(−80℃、13Pa、72時間)、その後、加熱脱水架橋させた。架橋条件は温度140℃、48時間とした。
【0044】
得られた実施例1の不織布を走査型電子顕微鏡(SEM、日立走査型顕微鏡S−2600N)で観察し、その結果を図1(100倍)及び図2(500倍)に示した。図2の生体適合長繊維不織布の走査型電子顕微鏡写真(500倍)から任意に選択した50本の繊維直径を測定したところ、前記不織布を構成する長繊維の平均繊維直径は51μmであり、51±20μmの範囲で繊維直径が変化していた。また、図1〜2に示すように構成繊維は、繊維交点において部分的に溶着していた。
【0045】
得られた実施例1の不織布を、直径φ4mmの円柱状に打ち抜いた。打ち抜いた不織布サンプルを、37℃の精製水中で、1晩静置し、飽和状態になるまで十分に膨潤させ、ピンセットで持った際の形状維持性を確認した。その結果を図5に示した。図5に示されているように、実施例1の不織布は膨潤後の形態維持性が良好であり、膨潤後にピンセットで持っても、形状を維持しておりハンドリング性に優れていた。また、膨潤させた不織布サンプルの直径を計測後、(株)山電製クリープメータ物性試験システムRE2−33005Cにて、厚さ(H1)を測定し、直径φ40mmのプランジャーを用い、0.05mm/secで圧縮した。ひずみ1〜5%の圧縮弾性率(kPa)及び、ひずみ10%、20%、30%の中間圧縮応力(kPa)を測定した。また、無荷重時の厚さ(ひずみ0%)を基準とし、圧縮応力1kPa時の厚さの変化率(ひずみ率)を算出し、圧縮変形率とした。ひずみ1〜5%の圧縮弾性率(kPa)は初期弾性率に該当する。また、プレートリーダー社製、型番「Spectra Max i3」)を用いて、膨潤させた不織布サンプル(厚み1.5mm)の波長範囲400〜800nmにおける透過率を10nm間隔で測定し、400〜800nmの範囲における平均透過率を算出した。
【0046】
(実施例2)
吐出圧0.15MPaとした以外は実施例1と同様にして不織布を作製し、実施例1と同様にして物性を測定した。
【0047】
(実施例3)
吐出圧0.2MPaとした以外は実施例1と同様にして不織布を作製し、実施例1と同様にして物性を測定した。
【0048】
(実施例4)
吐出圧0.1MPaとし、エアー圧力0.2MPa、捕集距離50cmとした以外は実施例1と同様にして不織布を作製し、実施例1と同様にして物性を測定した。
【0049】
(実施例5)
不織布の作製時間を増やし、膨潤後、無荷重時での厚さが3.03mmになるようにした以外は、実施例4と同様に不織布を作製し、実施例1と同様にして物性測定をした。
【0050】
(実施例6)
不織布の作製時間を減らし、膨潤後、無荷重時での厚さが0.69mmになるようにした以外は、実施例4と同様に不織布を作製し、物性測定に用いた不織布サンプルの直径φ6mmにした以外は、実施例1と同様にして物性測定をした。
【0051】
(比較例1)
比較例1として、熱架橋後のゼラチンスポンジ(ファイザー株式会社、商品名「ゼルフォーム」)を任意の厚さにスライスした後、直径φ4mmに打ち抜き、37℃の精製水中で、1晩静置し、飽和状態になるまでに十分に膨潤させ、実施例1と同様に物性測定した。
【0052】
以上の条件及び結果は表1にまとめて示す。また、実施例2〜4のゼラチン長繊維不織布、比較例1のゼラチンスポンジ、及び実施例6のゼラチン長繊維不織布を精製水中で膨潤させ、ピンセットで持った際の形状維持性を確認した結果を図6〜9、37にそれぞれ示した。図6〜9、37から分かるように、実施例2〜4のゼラチン長繊維不織布も、実施例1のゼラチン長繊維不織布と同様、膨潤後の形態維持性が良好であり、膨潤後にピンセットで持っても、形状を維持しておりハンドリング性に優れていた。一方、比較例1のゼラチンスポンジは、膨潤後の形態維持性が悪く、膨潤後にピンセットで持った場合、形状が崩れていた。
【0053】
【表1】
【0054】
表1から明らかなとおり、比較例1のゼラチンスポンジは、膨潤前後での厚さを対比すると、膨潤後の方が薄くなった。また、比較例1のゼラチンスポンジは、圧縮特性において、圧縮弾性率が低く、またひずみに伴い、圧縮応力変化が小さいことから、非常に変形しやすく、腰がなかった。一方で、本発明の各実施例のゼラチン長繊維不織布は、膨潤前後の厚さを対比すると、膨潤後の方が、厚くなった。ゼラチンスポンジと比較して、圧縮弾性率が約1.2〜3.0倍高かった。さらに繊維直径が太いほど、ひずみに伴い、圧縮応力が増大しており、変形に強かった。また、1.0kPaの圧縮応力時の圧縮変形率(ひずみ率)は、ゼラチンスポンジは56.8%と大きく変形するが、実施例のゼラチン長繊維不織布は、35%以下であり、腰が強かった。
【0055】
(実施例A1)
本実施例は、静置培養による細胞培養試験の例である。実施例4で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場(乾燥時の厚さ1.2mm、密度 0.44g/cm3、直径4mm)を用いて細胞の静置培養を行った。
1.試験の内容
(1)細胞培養
(a)ヒト骨髄由来間葉系幹細胞(hMSC)を、液体培地中(ウシ胎児血清10質量%、ペニシリンストレプトマイシン1質量%を含むαMEM培地)に、2.0×106cells/mLとなるよう懸濁し、細胞懸濁液を準備した。
(b)エチレンオキサイドガス滅菌後のゼラチン長繊維不織布製の足場を、液体培地に30分間静置して、十分に膨潤させた。
(c)膨潤させたゼラチン長繊維不織布製の足場を、15mLのPPチューブ中に入れ、ここに細胞懸濁液200μLを加え、37℃インキュベーター中で、オービタルシェイカー上で、300rpm、6時間振盪し、細胞播種した。
(d)細胞播種後、リン酸緩衝液(pH7.4)でゼラチン長繊維不織布製の足場を洗浄し、未接着の細胞を除去し、12ウェルプレートにピンセットで移し、液体培地3mLを加え、温度37℃、5%CO2のインキュベーター中で静置培養した。液体培地は、2〜3日毎に交換した。
(2)培養時の観察
細胞培養中の足場を、ルーチン倒立顕微鏡(カールツァイスマイクロスコピー社製の「Primo Vert」)で観察、撮影した。
(3)細胞数
培養した足場をリン酸緩衝液(pH7.4)で洗浄し、37℃の、0.2mg/mLのドデシル硫酸ナトリウムを含んだ30mMの塩化ナトリウム−クエン酸溶液(SSC溶液)300μL中で、24時間、300rpmで撹拌し、細胞を回収した。回収した細胞の分散液100μLに、30mMの塩化ナトリウム−クエン酸溶液(SSC溶液)400μLを加え、得られた溶液に核染色剤であるHoechest33258(ナカライテスク社)を1μL/mLとなるよう加えた。得られた溶液をEx355nm、Em460nmで蛍光強度測定し、細胞数既知の溶液から得られた標準線から、細胞数を求めた。
(4)足場内の細胞分布
培養した足場をリン酸緩衝液で洗浄後、4%パラホルムアルデヒドで固定し、さらにリン酸緩衝液(pH7.4)で3回洗浄した。洗浄後、OCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン社)で包埋後、凍結状態で、円柱状の足場の直径と垂直方向に、切片を作製した。凍結切片をヘマトキシリンエオジン染色し、足場内の細胞分布の仕方を光学顕微鏡(株式会社キーエンス社製、型番「BZ−X710」)観察した。
(5)足場内の低酸素状態の評価
細胞培養中の液体培地を取り除き、新たに加えたαMEM培地に、Hypoxia Probe LOX−1(ORGANOGENIX社)を所定量加え、一晩インキュベートした。培養中の足場を、蛍光顕微鏡(株式会社キーエンス製の「BZ−X710」)で、Ex510−560nm、Em580nmで蛍光観察した。Image Jでコントラストを調整した。
【0056】
(実施例A2)
実施例4で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場に代わりに、実施例2で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場を用いた以外は、実施例A1に記載のとおりに細胞培養を行った。
【0057】
(比較例A1〜A3)
実施例4で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場に代わりに、比較例1のゼラチンスポンジ製の足場(比較例A1)、比較例2として繊維径40μmのポリプロピレン長繊維不織布製の足場(比較例A2)、比較例3として繊維径2μmのポリ乳酸長繊維不織布製の足場(比較例A3)を用いた以外は、実施例A1に記載のとおりに細胞培養を行った。
【0058】
2.結果
(1)細胞培養及び培養時の観察性
図10に実施例4のゼラチン長繊維不織布製の足場を用いて細胞培養した時の細胞播種直後の倒立顕微鏡観察写真(20倍)を示し、図11に同培養7日目の倒立顕微鏡観察写真(20倍)を示した。図10及び図11から分かるように、実施例4のゼラチン長繊維不織布製の足場は、培養液中で透明で、細胞培養の様子が観察できた。また、細胞播種後は、ゼラチン長繊維の交点に細胞接着が見られ、培養7日目には繊維間隙を細胞が覆い尽くした。一方、比較例1のゼラチンスポンジの足場を用いた比較例A1(図12)、比較例2のポリプロピレン不織布製の足場を用いた比較例A2(図13)、比較例3のポリ乳酸不織布製の足場を用いた比較例A3で(図14)は、細胞培養時に光が足場を透過せず、細胞の状態を観察できなかった。実施例で得られたゼラチン長繊維不織布を用いた足場は、細胞培養しながら細胞形態の観察が可能であるため、研究用途に使いやすいことが確認できた。
(2)細胞数
表2及び図20に実施例2で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場及び実施例4で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場を用いた場合の細胞増殖データのデータを示す。実施例4のゼラチン長繊維不織布製の足場を用いた場合は、培養7日目で、細胞播種後の約3.5倍、培養14日目で細胞播種後の約8.2倍、培養21日目で細胞播種後の約19.5倍に細胞増殖した。
【0059】
【表2】
【0060】
(3)足場内の細胞分布
図15に、実施例4で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場を用いて8日間細胞培養した後の足場切片のヘマトキシリンエオジン染色し、光学顕微鏡で観察した全体像の写真(10倍で観察した写真をソフトウェア上で連結)を示し、図16にその部分拡大写真(10倍)を示した。図15及び図16から明らかなように、本発明の実施例4で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場不織布製の足場を用いて細胞培養した時、足場の内部まで、細胞が侵入していた。一方、比較例2のポリプロピレン不織布製の足場を用いた比較例A2では、細胞侵入は足場の外側までであった(図17:倍率4の写真)。図15〜17において、濃色に見える部分は細胞核である。
(4)足場内の酸素分圧
図18に、実施例4で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場を用いて12日間細胞培養を行った時の足場の光学顕微鏡観察写真(20倍)を示した。図19に、実施例4で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場を用いて細胞培養を12日間行った後の足場内の酸素状態を低酸素マーカーによって観察した蛍光観察顕微鏡写真(明度の高い部分(白色に近い部分):低酸素部位)(20倍)を示した。実施例4で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場は、図18の光学顕微鏡観察写真で繊維と同定できる部位にて、低酸素マーカーによる蛍光強度が弱いことから(図19)、繊維内を酸素が拡散していることが確認できた。本発明の実施例で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場は、構成繊維が部分的に溶着し、水に濡れてもへたらないことから、酸素がゼラチン長繊維不織布製の足場全体に行きわたり、立体足場として有用であった。
【0061】
(実施例A3)
本実施例は、撹拌培養による細胞培養試験の例である。
1.試験の内容
(1)ゼラチン長繊維不織布の作製
実施例5で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場(乾燥時の厚さ1.6mm、密度0.44g/cm3、直径4mm)を用いて撹拌培養による細胞培養を行った。
(2)細胞培養
上記で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場を用い、上述の静置培養と同様の細胞播種方法にて、細胞播種した。図21に示す装置を用いて、細胞播種したゼラチン長繊維不織布製の足場26を、22ゲージの滅菌針25に複数個刺し、足場26間の距離が2mmとなるよう調整した。ゼラチン長繊維不織布製の足場26を刺した22G針25をスピナーフラスコ21の上部のゴム栓に刺し、固定した。ゼラチン長繊維不織布製の足場が浸るまで、液体培地を加え、37℃、5%CO2のインキュベーター中に置いたマグネティックスターラー上で、100rpmで撹拌し、培養液を撹拌させた。3〜4日毎に、液体培地を半分量除き、等量の新たな液体培地を加えることで、培地交換を行った。
(3)細胞生死の確認
培養中の足場を、リン酸緩衝液で洗浄した。リン酸緩衝液に、Calcein AM(Life Technologies社)0.75μL/mL、Ethidium homodimer−1(Life Technologies社)2μL/mLとなるよう、溶液を調整した。24ウェルプレート中に置いた足場に、上記溶液を1mL加え、37℃で30分間インキュベートした。インキュベート後、溶液を除去し、リン酸緩衝液を1mL加え、37℃で5分間インキュベートすることで、洗浄した。洗浄後の足場を、OCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン社)で包埋後、凍結状態で、円柱状の足場の直径と垂直方向に、切片を作製した。蛍光顕微鏡(株式会社キーエンス製、型番「BZ−X710」)を用い、生細胞をEx:470nm、Em:525nm、死細胞をEx:545nm、Em:605nmで蛍光観察した。
(4)脱細胞処理
培養した足場をリン酸緩衝液で洗浄し、37℃の、0.2mg/mLのドデシル硫酸ナトリウムを含んだ30mMの塩化ナトリウム―クエン酸(SSC)溶液300μL中で、24時間、300rpmで撹拌し、細胞を抽出し、脱細胞処理を行った。
(5)細胞分布
撹拌培養後の足場及び脱細胞処理を行った足場を、リン酸緩衝液で洗浄後、4%パラホルムアルデヒドで固定し、さらにリン酸緩衝液で3回洗浄した。洗浄後、OCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン社)で包埋後、凍結状態で、円柱状の足場の直径と垂直方向になるように、切片を作製した。凍結切片をヘマトキシリンエオジン染色し、足場内の細胞分布の仕方を光学顕微鏡(株式会社キーエンス製、型番「BZ−X710」)で観察した。
(6)足場の強度測定
細胞培養後の足場及び脱細胞処理後の足場の直径を計測し、(株)山電製のクリープメータ物性試験システムRE2−33005Cにて、厚さを測定し、φ40mmのプランジャーを用い、0.05mm/secの速度で圧縮した。ひずみ1〜5%の圧縮弾性率(kPa)及び、ひずみ10%、20%、30%の中間圧縮応力(kPa)を測定した。また無荷重時(ひずみ0%)を基準とし、圧縮応力1kPa時のひずみを寸法変化率とした。
【0062】
2.結果
(1)撹拌培養による足場形状の変化
培養日時の経過により、ゼラチン長繊維不織布製の足場の形状が変化した。図22に、培養中の足場を、横方向からデジタルカメラで撮影した写真を示した。図23に、培養後、足場一つ分を切り出した、細胞足場の外観写真を示した。図24に、脱細胞処理した細胞足場の写真を示した。撹拌培養により、ゼラチン長繊維不織布製の足場は、培養7日目で、ゼラチン長繊維不織布製の足場の角が取れ、14日目以降で直径が小さくなり、白く濁った。培養25日目には、2mm間隔で針に配置した足場同士が繋がり、一体となった。細胞培養後の足場は、脱細胞処理を行っても形状を維持していた。
(2)細胞の分布
図25に、実施例A3において、14日間撹拌培養した後の足場の切片(足場断面)をヘマトキシリンエオジン染色し、光学顕微鏡で観察した全体像の写真(10倍で観察し、ソフトウェア上で連結)を示した。図26に、その端部における部分拡大写真(20倍)を示した。図25及び26から明らかなように、細胞が足場内部まで侵入しており、特に足場の端部では、細胞がより高密度に増殖していた。図25、26において、濃色に見える部分は細胞核である。
図27に、実施例A3において、14日間撹拌培養後、脱細胞処理した後の足場の切片をヘマトキシリンエオジン染色し、端部を光学顕微鏡で観察した(20倍)を示した。細胞が高密度で増殖した足場端部では、足場を取り除いた後も、ゼラチン繊維間に組織が残存しており、細胞が細胞外マトリクスを産生していることが分かった。
図28に、実施例A3において、25日間撹拌培養した後の足場の切片をヘマトキシリンエオジン染色し、光学顕微鏡で観察した全体像の写真(10倍で観察し、ソフトウェア上で連結)を示した。図29に、その端部における部分拡大写真(20倍)を示した。図28及び29から明らかなように、細胞が組織中心部まで高密度に増殖した。図28、29において、濃色に見える部分は細胞核である。
図30に、実施例A3において、25日間撹拌培養後、脱細胞処理した後の足場の切片をヘマトキシリンエオジン染色し、光学顕微鏡で観察した全体像の写真(10倍で観察し、ソフトウェア上で連結)を示した。図31に、その端部及び中心部における部分拡大写真(20倍)を示した。図30及び31より明らかなように、培養25日目には、ゼラチン繊維が見られず、細胞外マトリクスのみが見られるため、細胞が高密度に凝集する中で、ゼラチン長繊維不織布が分解し、細胞が産生した細胞外マトリクスとすべて置き換わったことが分かった。
(3)細胞生死
図32に、実施例A3において、14日間撹拌培養した後の足場の切片の生細胞を蛍光顕微鏡で観察した全体像の写真(10倍で観察し、ソフトウェア上で連結)を示した。生細胞部位にて、蛍光強度が強いため、明度の高い部位(白色に近い部位)が、生細胞である。
図33に、実施例A3において、14日間撹拌培養した後の足場の切片の死細胞を蛍光顕微鏡で観察した全体像の写真(10倍で観察し、ソフトウェア上で連結)を示した。死細胞部位にて、蛍光強度が強いため、明度の高い部位(白色に近い部位)が、死細胞部位である。
図32〜33より明らかなように、ゼラチン長繊維不織布内部では、生細胞が多くみられ、死細胞がほぼ見られない。ゼラチン長繊維不織布を細胞培養足場とすることで、3次元の細胞凝集体においても、組織中心部で細胞が、高い生存率を示すことが分かった。
図34に、実施例A3において、25日間撹拌培養した後の足場の切片の生細胞を蛍光顕微鏡で観察した全体像の写真(10倍)で観察し、ソフトウェア上で連結)を示した。生細胞部位にて、蛍光強度が強いため、明度の高い部位(白色に近い部位)が、生細胞である。
図35に、実施例A3において、25日間撹拌培養した後の足場の切片の死細胞を蛍光顕微鏡で観察した全体像の写真(10倍で観察し、ソフトウェア上で連結)を示した。死細胞部位にて、蛍光強度が強いため、明度の高い部位(白色に近い部位)が、死細胞部位である。
図34及び35より明らかなように、ゼラチン長繊維不織布が消失し、細胞と細胞外マトリクスで構成される組織と置き換わった後においても、細胞組織内部では、生細胞が多くみられ、死細胞がほぼ見られなかった。ゼラチン長繊維不織布を足場として細胞培養した時、ゼラチン長繊維不織布が、直径2mm以上と大きく、かつ高密度の3次元細胞凝集体と置き換わったあとも、高い生存率を示すことが分かった。
(4)足場の強度測定
実施例A3において、撹拌培養した後の足場及び、脱細胞処理した足場の力学特性を表3に示した。ゼラチン長繊維不織布を用い、撹拌培養することで、1-5%弾性率及び中間応力は、いずれも上昇した。ゼラチン長繊維不織布の空隙内、細胞が密に増殖していくことで、強度が向上した。さらにこれらの力学挙動は、脱細胞処理した足場においても、同傾向であり、細胞が産生した細胞外マトリクスが、ゼラチン長繊維不織布の空隙内を満たすことによって、強度が向上した。特に、培養25日目においては、ゼラチン長繊維不織布が消失し、細胞及び細胞外マトリクスのみからなる細胞凝集体となっているにも関わらず、高強度となっており、細胞が産生した細胞外マトリクスには、エラスチンなどの弾性線維が含まれており、よりヒトの生態環境に近い細胞凝集体となっていると期待できる。
【0063】
【表3】
【0064】
本実施例のゼラチン長繊維不織布製の足場を用いて撹拌下で細胞培養した結果から、次のことが分かる。
(1)培養25日の短期で、大きさ2mm以上の3次元細胞凝集体が得られ、その凝集体内部で、細胞は高生存率であった。
(2)得られた3次元細胞凝集体では、ゼラチン長繊維不織布が消失し、細胞及び細胞が産生する細胞外マトリクスと置き換わっていた。
(3)得られた3次元細胞凝集体は、高強度を示した。
【0065】
(実施例A4)
本実施例は、積層培養による細胞培養試験の例である。実施例6で得られたゼラチン長繊維不織布製の足場(乾燥時の厚さ0.2mm、密度0.8g/cm3、直径6mm)を用いて細胞の静置培養を行った。
【0066】
1.細胞培養
(1)ゼラチン長繊維不織布製の足場と細胞シートの交互積層
(a)ヒト骨髄由来間葉系幹細胞(hMSC)を、液体培地中(ウシ胎児血清10質量%、ペニシリンストレプトマイシン1質量%を含むαMEM培地)に、2.0×106cells/mLとなるよう懸濁し、細胞懸濁液を準備した。
(b)12穴のウェルプレートに液体培地を1mL加え、そこに細胞懸濁液を50μL播種し、10日間静置培養して細胞シートを作製した。
(c)1000mLのマイクロピペットを用い、液流によって細胞シートを12穴のウェルプレートから剥離した。
(d)エチレンオキサイドガス滅菌後のゼラチン長繊維不織布製の足場を、液体培地に30分間静置して、十分に膨潤させた。
(d)ウェルプレートの培地を抜き、細胞シートの上に膨潤させたゼラチン長繊維不織布製の足場を置いた。ゼラチン長繊維不織布製の足場の上から圧力1.3kPaの圧力をかけて、細胞シートとゼラチン不織布を接着させた。
(e)ピンセットを用いて、同様にして作製した細胞シート・ゼラチン長繊維不織布製の足場の一体物を3層積層させて(図36−f)、温度37℃、5%CO2の条件で60分間インキュベートして、層同士を接着し一体化した。
(2)積層体の上面の観察
積層後の足場と細胞シートの積層体を、光学顕微鏡(株式会社キーエンス製、型番「BZ−X710」)で観察し、撮影した。
(3)積層体の断面の観察
積層体をリン酸緩衝液で洗浄後、4%パラホルムアルデヒドで固定し、さらにリン酸緩衝液(pH7.4)で3回洗浄した。洗浄後、OCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン社)で包埋後、凍結状態で、円柱状の足場の直径と垂直方向に、切片を作製した。凍結切片をヘマトキシリン・エオジン染色し、足場内の細胞分布の仕方を光学顕微鏡(株式会社キーエンス製、型番「BZ−X710」)で観察した。
【0067】
2.結果
(1)積層体の観察
図39に、積層体を上面から観察した顕微鏡写真(4倍)を蛍光顕微鏡(株式会社キーエンス製、型番「BZ−X710」)のソフトウェア上で連結し、全体像としたものを示した。細胞シートがゼラチン不織布の上面にシワなく重なっていることが確認できた。
図40にゼラチン長繊維不織布と細胞シートを3層交互に積層した積層体の断面図の顕微鏡写真を示した。ヘマトキシリン・エオジンによって染色された細胞核と細胞質が線状にみられることから、細胞シートの存在が確認できた。また、その細胞シートが一定の間隔を置いて3層みられた。その間隔は膨潤したゼラチン長繊維不織布の厚さ(約0.7mm)と同等であり、ゼラチン長繊維不織布と細胞シートが交互積層していることが確認できた。
【0068】
(実施例B1)
異なる厚さ(乾燥状態)及び密度(乾燥状態)のゼラチン長繊維不織布を用いて、積層用足場に好ましいゼラチン長繊維不織布を検討した。ハンドリグ性が良好というのは、液体培地で膨潤した後の足場をピンセットで把持した際に形状維持性は良好であるとともに、屈曲しにくいことを意味する。例えば、図5〜8及び図37は、水又は液体培地で膨潤した後の足場をピンセットで把持した際に形状維持性が良好であとともに、屈曲していない例である。一方、図38には、ピンセットで把持した際に形状維持性が良好であるが、屈曲している例を示した。ゼラチン長繊維不織布製の足場のハンドリング性を片持ち梁で評価した。直方体の台を試験台とした。片持ち梁となるように、試験片の面積の半分が台座から出るように、台座の端に試験片を置いた。試験片の俯角を測定して45度以内であればハンドリング性良好(A)、45度より大きければハンドリング性不良(B)と判断した。片持ち梁試験において、ハンドリング性良好の例を図41に示し、ハンドリング性不良の例を図42に示した。ハンドリング性の結果を図43に示した。図43から、ゼラチン長繊維不織布製の足場を液体培地で膨潤させてピンセットで把持する際に、膨潤する前の乾燥状態の厚さが0.2mm以上、密度は0.8g/cm3以上が好ましいことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の生体適合長繊維不織布は、細胞培養用立体足場に好適であるほか、様々な医療用途にも適用できる。
【符号の説明】
【0070】
1 加温槽
2 紡糸液
3 ノズル吐出口
4,6 コンプレッサー
5 流体噴射口
7 圧力流体
8 長繊維
9 長繊維不織布
10 不織布製造装置
11 巻き取りロール
12 保温容器
20 撹拌培養試験装置
21 スピナーフラスコ
22 攪拌棒
23 攪拌子
24、30 液体培地
25 22ゲージ針
26、34 足場
31 培養皿
32 細胞懸濁液
33 細胞シート
35 圧力
【要約】
本発明は、生体適合ポリマーを主成分とする生体適合長繊維不織布であって、生体適合長繊維不織布を構成する生体適合長繊維は、長さ方向で繊維直径が変化しており、かつ繊維交点が少なくとも部分的に溶着しており、水に濡れてもへたらず、水に濡れると透明になる生体適合長繊維不織布に関する。前記生体適合長繊維不織布は、生体適合ポリマーを含む紡糸液をノズル吐出口3から空気中に押し出し、ノズル吐出口3の後方に位置し、ノズル吐出口3とは非接触状態の流体噴射口5から前方に向けて圧力流体7を噴射し、押し出された紡糸液を圧力流体7に随伴させて繊維形成させ、前記繊維形成した長繊維8を集積させて長繊維不織布9とすることで作製することができる。これにより、医療用及び細胞培養の足場等に有用な成形性と成形安定性の高い生体適合長繊維不織布、その製造方法、細胞培養用立体足場及びこれを用いた細胞培養方法を提供する。
図1
図2
図3
図4
図5
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図9
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