【実施例】
【0046】
図4は、本発明の実施例に係る、人工衛星搭載用の雲・エアロゾル観測レーダ装置の信号処理装置を示すブロック図である。
【0047】
図4において、(A)部は校正回路300を示す。校正回路300は、IQ検波回路100内に、アンプ302、可変減衰器304、移相器306、および温度センサ308を具備する。本実施例では、校正用温度情報は、アナログ値で信号処理装置200に供給されるが、デジタル値で通知する態様でもよい。
【0048】
校正回路300には、図示しない基準発振器から基準中間周波数発振信号(COHO信号)が供給される。基準中間周波数発振信号(COHO信号)は、単に、基準信号とも呼ばれる。尚、COHO信号は、IQ検波器400にも供給される。
【0049】
可変減衰器304は、アンプ302で増幅されたCOHO信号(基準信号)を校正指令に従って可変減衰して減衰した信号を出力する。移相器306は、減衰した信号の位相を校正指令に従ってシフトして、位相シフトした信号を校正信号として出力する。
【0050】
したがって、この校正回路300では、可変減衰器304でCOHO信号の入力信号レベルを任意のレベルに固定して、移相器306でその位相を360°回転させることができる。これにより、任意の入力信号レベルで位相決定精度(直交度)を評価できる様になる。また、校正回路300は温度センサ308を具備していることから、位相決定精度の温度依存性も評価することが出来る。
【0051】
IQ検波回路100には、IF信号(中間周波数信号)が供給される。IF信号は、前述したように、レーダエコーや受信信号とも呼ばれる。
【0052】
IQ検波回路100は、第1のIFアンプ102と、バンドパスフィルタ(BPF)104と、第2のIFアンプ106と、スイッチ108とを含む。
【0053】
通常の動作(運用)時、IF信号は、第1のIFアンプ102、バンドパスフィルタ104、第2のIFアンプ106、およびスイッチ108を介して、IQ検波器400に供給される。
【0054】
一方、校正処理を行う(校正式を作成する)時には、校正回路300からの校正信号が、スイッチ108を介してIQ検波器400へ供給される。
【0055】
IQ検波器400からの検波出力信号は、アンプ110を介して信号処理回路200へ供給される。
【0056】
図4において、(B)部は、信号処理回路200である。信号処理回路200において、A/D変換器500は、2つのアンプ回路501、502と、2つのA/D変換器506、507とから成る。
【0057】
また、信号処理回路200において、デジタル信号処理回路600は、デジタル信号処理用FPGA(Field Programmable Gate Array)610と、マイクロプロセッサ620とから成る。マイクロプロセッサ620は、そのメモリ(図示せず)に本発明に係る処理動作を実行させる制御用ソフトウェアを格納している。
【0058】
FPGA610は、図示はしないが、信号処理ロジックと、内部バッファとを備える。
【0059】
信号処理回路200は、校正回路300の温度センサ310と、アナログマルチプレクサ(MUX)202と、A/D変換器204とを更に具備する。
【0060】
アナログマルチプレクサ202は、IQ検波回路100内の温度センサ308で検出された温度情報(校正用温度情報)と信号処理回路200内の温度センサ310で検出された温度情報との一方を選択して出力する。A/D変換器204は、アナログマルチプレクサ202で選択された温度情報をデジタルの温度データに変換して、マイクロプロセッサ620へ供給する。
【0061】
この信号処理回路200では、IQ検波器400の検波出力信号をA/D変換器500でA/D変換して、デジタル信号処理用FPGA610に入力する。FPGA610内の信号処理ロジックは、パルスペア演算を行い、その結果をFPGA610の内部バッファに蓄積する。
【0062】
マイクロプロセッサ620は、FPGA610の演算結果を通信用パケットに編集して、観測データを通信機能部に引き渡す処理を行う。また、マイクロプロセッサ620は、予め校正処理により取得した校正式を基に、温度センサ308の計測値から、現温度でのオフセット値を推定して、FPGA610の信号処理ロジックへオフセット成分をキャンセルするための補正値を設定する機能を備えている。
【0063】
校正処理(校正式作成)時、FPGA610は、校正信号検波出力信号を位相平面上にプロットして、IQ検波器400のオフセット成分を推定するオフセット推定手段として働く。推定したオフセット成分は、校正データとして、マイクロプロセッサ620に供給される。マイクロプロセッサ620は、オフセット成分(校正データ)と温度と信号レベルとの関係を数式化して、オフセット成分をキャンセルするための校正式を作成する校正式作成手段として働く。
【0064】
一方、通常の運用時、マイクロプロセッサ620は、温度センサ310で検出した温度情報に基づいて、校正式により補正値を算出する補正式算出手段として働く。FPGA610は、レーダエコー検波出力信号(同相成分および直交成分)を補正値により補正した値を用いて、パルスペア演算を行って、相関係数を求めるパルスペア演算手段として働く。そして、マイクロプロセッサ620は、相関係数から移動速度を含む観測データを計算する手段として働く。
【0065】
このように、校正回路300と信号処理回路200とにより、IQ検波系・信号処理系回路のオフセット成分を動的にキャンセルすることで、信号処理装置の位相決定精度を、低い入力信号レベルでも、広い温度範囲で高精度に維持することが出来る。
【0066】
次に、
図5乃至
図7を参照して、
図4に示した信号処理装置の動作について説明する。
【0067】
図5は、本実施例の信号処理装置用の校正式を求めるシーケンス図である。
【0068】
図6及び
図7は、本実施例の信号処理装置の動作を示すシーケンス図である。
【0069】
先ず、
図5を参照して、信号処理装置の製作・試験段階で、装置個体の校正式を生成する場合の動作について説明する。
【0070】
このとき、マイクロプロセッサ620は、ソフトウェア指令により、IQ検波回路100のスイッチ108を校正回路300の校正信号を選択するように制御する。また、マイクロプロセッサ620は、ソフトウェア指令により、信号処理回路200のアナログマルチプレクサ202を温度センサ308からの校正用温度情報を選択するように制御する。
【0071】
先ず、信号処理装置を恒温槽等、温度制御が出来る環境に設置する(ステップS101)。
【0072】
次に、信号処理装置の温度が任意の温度T(例えば、−20℃)に維持されるように恒温槽等で環境を温度制御して(ステップS102)、校正用温度センサ308の温度をモニタし、内部温度が安定するまで状態を維持する(ステップS103)。尚、マイクロプロセッサ620が、校正用温度センサ308の温度をモニタし、内部温度が安定するまで計測を待機するようにしてもよい。
【0073】
次に、マイクロプロセッサ620は、校正回路300の可変減衰器304にソフトウェア指令として校正指令を与え、IQ検波器400への入力信号レベルPを決定する(ステップS104)。
【0074】
次に、マイクロプロセッサ620は、入力信号レベルPに固定した状態で、校正指令によって移相器306に、校正信号の位相を0°〜360°まで逐次的にシフトさせながら、その時のI信号、Q信号出力を信号処理回路200で取得し、そのデータを位相平面上にプロットする(ステップS105)。なお、取得出データの位相平面上へのプロットは事後的に行ってもよい。
【0075】
ここで、位相平面は、原点と、原点で直交する実軸および虚軸とを持つ。実軸は同相軸(I軸)とも呼ばれ、虚軸は直交軸(Q軸)とも呼ばれる。
【0076】
1つの入力信号レベルPの測定が終了したら、ステップS104に戻って、マイクロプロセッサ620は、可変減衰器304にソフトウェア指令を与え、IQ検波器400への入力信号(校正信号)のレベルを変更して、第1の所定回数、同様のプロットを行う(ステップS106)。
【0077】
ここで、前述したように、IQ検波器400のオフセット成分の影響が顕著に現れるのは、IQ検波器400の入力信号レベルが低い時である。したがって、どの程度の入力信号レベルをどの程度のステップで変化させてデータを取得するかは、使用するIQ検波器400の特性に合わせて設定する。
【0078】
その後、ステップS102に戻り、温度Tを信号処理装置が性能保証する温度範囲で、例えば5〜10℃のステップで変更しながら、第2の所定回数、上記ステップS104、ステップS105を繰り返す。
【0079】
次に、FPGA610は、IQ検波器400の温度と信号レベル毎のオフセット成分を、測定データに表れた理想値とのズレ量で推定する。なお、この推定値は、位相平面上で、温度毎に各入力信号レベルで測定した各位相のプロット群の座標中心(円の中心)と、理想原点との間の距離を求めればよく、その手法は問わない。
【0080】
そして、マイクロプロセッサ620は、このズレ分(オフセット成分)と温度と信号レベルとの関係を数式化して、オフセット成分をキャンセルするための校正式を作成する(ステップS107)。
【0081】
最後に、この校正式を信号処理装置のマイクロプロセッサ620のメモリに制御ソフトウェアの一部として実装する(ステップS108)。
【0082】
次に、
図6を参照して、信号処理装置の運用段階の動作について説明する。
【0083】
このとき、マイクロプロセッサ620は、ソフトウェア指令により、IQ検波回路100のスイッチ108を第1のIFアンプ106からの受信信号(IF信号)を選択するように制御する。また、マイクロプロセッサ620は、ソフトウェア指令により、信号処理回路200のアナログマルチプレクサ202を温度センサ308からの温度情報を選択するように制御する。
【0084】
この場合、信号処理装置内で自動的に環境温度に応じて、オフセット成分の補正値を算出して、信号処理装置内のデジタル信号処理回路600でオフセット成分のキャンセルを行い、観測データを生成することになる。
【0085】
まず、マイクロプロセッサ620は、1つの観測データ単位のデータを取得する際に、校正用の温度センサ308または、310からIQ検波回路100の温度情報を取得する(ステップS201)。
【0086】
次に、マイクロプロセッサ620は、その温度情報に基づき、実装された校正式により、オフセット成分キャンセル用の補正値を算出し、それをデジタル信号処理用FPGA610に設定する(ステップS202)。
【0087】
次に、マイクロプロセッサ620は、デジタル信号処理用FPGA610にレーダのパルス送信とデータ取得を指示する(ステップS203)。
【0088】
入力されるレーダエコーを信号処理する際に、デジタル信号処理用FPGA610は、I-ch、Q-chのA/D変換結果を補正値により、補正した値を用いて、パルスペア処理演算を行い、相関係数を求める。そして、マイクロプロセッサ620は、この相関係数から観測データ(観測対象の移動速度)を生成する(ステップS204)。
【0089】
次に、
図7を参照して、信号処理装置の運用期間において校正処理を実行する場合の動作について説明する。
【0090】
このとき、マイクロプロセッサ620は、ソフトウェア指令により、IQ検波回路100のスイッチ108を校正回路300の校正信号を選択するように制御する。また、マイクロプロセッサ620は、ソフトウェア指令により、信号処理回路200のアナログマルチプレクサ202を温度センサ308からの温度情報または、温度センサ310からの温度情報を選択するように制御する。
【0091】
まず、マイクロプロセッサ620は、校正信号を取得する際に、校正用の温度センサ308からIQ検波回路100の温度情報を取得する(ステップS301)。
【0092】
次に、マイクロプロセッサ620は、校正回路300の可変減衰器304に校正指令を与え、IQ検波器400への入力信号レベルPを決定する(ステップS302)。
【0093】
次に、マイクロプロセッサ620は、入力信号レベルPに固定した状態で移相器306に校正指令を与え、校正信号の位相を0°〜360°までシフトさせて、その時のI信号、Q信号出力を信号処理回路200で取得し、そのデータを位相平面上にプロットする(ステップS303)。
【0094】
1つの入力信号レベルPの測定が終了したら、ステップS302に戻って、マイクロプロセッサ620は、可変減衰器304及び移相器306に新たに校正指令を与え、IQ検波器400への入力信号(校正信号)のレベルと位相を変更して、第1の所定回数、同様のプロットを行う(ステップS304)。
【0095】
そして、マイクロプロセッサ620は、このように校正回路300を用いて取得した校正データと、上述した初期設定段階で取得したデータとの変化を確認することで、回路特性の経時変動等の特性変化を監視する(ステップS305)。なお、ステップS305に係る処理は、地上局(オペレータ側)が受け持つこととしてもよい。
【0096】
尚、マイクロプロセッサ620は、必要に応じて運用期間の校正データを反映させて再調整した校正式を生成し、校正式を更新することにより特性変化後のハードウェアに追従することを自動的に実行してもよい。
【0097】
図8を参照して、本発明の実施例の効果について説明する。
【0098】
図8(A)は、関連技術の信号処理装置のドップラ速度変動(常温時取得データに基づく速度推定結果)を示す図である。
図8(B)は、本実施例に係る信号処理装置のドップラ速度推定値(常温時取得データに基づく速度推定結果)を示す図である。
【0099】
図8(A)および
図8(B)ともに、IF信号レベル特性(パルス入力時)における速度変動が1.6m/sのドップラシフト条件の場合の例を示している。
図8(A)において、横軸はIF信号レベル[dBm]を示し、縦軸は速度変動[m/s]を示し、ダイナミックレンジは95dB(+10dBm〜−85dBm)である。
図8(B)において、横軸はIF信号レベル[dBm]を示し、縦軸はドップラ速度推定値[m/s]を示し、ダイナミックレンジは120dB(+10dBm〜−110dBm)である。
【0100】
図8(A)から明らかなように、関連技術では、信号処理装置への入力信号レベルが−40dBmより低くなると、ドップラ速度推定精度が劣化し始めることが分かる。
【0101】
これに対して、
図8(B)から明らかなように、本実施例では、IF信号入力レベルが−76dBmまで、ドップラ速度精度要求(±0.2m/s)を満足していることが分かる。そして、本実施例では、入力信号レベルが、−60dBmまで特性が維持されていることが分かる。従って、オフセットキャンセル方法を改変することにより、約18dB改善していることが分かる。
【0102】
以上の様に、レーダ装置の信号処理装置を採用することにより、レーダエコーの入力信号レベルが低く、信号処理装置の温度が広い温度範囲で変動する様な環境においても、回路固有のオフセット成分と、その環境条件による特性変化とを動的にキャンセルすることができる。そのため、信号処理装置の位相決定精度(直交度)を高精度に維持することができる。その結果として、レーダ装置の観測データ(ドップラ速度)の計測精度を高精度に維持することができるという効果が得られる。
【0103】
[変形例]
図4のA部の校正回路300は、移相器306の設定を固定し、可変減衰器304により校正信号のレベルを変化させて、IQ検波器400の出力をプロットすることで、IQ検波器400のリニアリティ確認回路としても使用できる(
図9参照)。
【0104】
以上、実施形態(及び実施例)を参照して本発明を説明したが、本発明は上記実施形態(実施例)に限定されるものではない。本発明の構成や詳細には、本発明のスコープ内で当業者が理解し得る様々な変更をすることができる。