特許第6453248号(P6453248)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6453248
(24)【登録日】2018年12月21日
(45)【発行日】2019年1月16日
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
   C08J 5/10 20060101AFI20190107BHJP
   F16C 33/20 20060101ALI20190107BHJP
   C08L 101/00 20060101ALI20190107BHJP
   C08L 61/06 20060101ALI20190107BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20190107BHJP
   C08K 3/36 20060101ALI20190107BHJP
【FI】
   C08J5/10CEZ
   C08J5/10CEW
   F16C33/20 A
   C08L101/00
   C08L61/06
   C08K3/04
   C08K3/36
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-558851(P2015-558851)
(86)(22)【出願日】2015年1月20日
(86)【国際出願番号】JP2015051385
(87)【国際公開番号】WO2015111574
(87)【国際公開日】20150730
【審査請求日】2017年11月20日
(31)【優先権主張番号】特願2014-9854(P2014-9854)
(32)【優先日】2014年1月22日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000103644
【氏名又は名称】オイレス工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104570
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 光弘
(72)【発明者】
【氏名】西室田 周作
【審査官】 安積 高靖
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−246676(JP,A)
【文献】 特公昭38−26779(JP,B1)
【文献】 国際公開第2011/039916(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 5/04−5/10、5/24
B29B 11/16、15/08−15/14
C08K 3/00−13/08
C08L 1/00−101/14
F16C 33/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材に含浸されたベース樹脂と、を有する摺動層を備える摺動部材であって、
前記基材は、不織布であり、
前記ベース樹脂は、分子量の異なるPTFEを含む
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
請求項1に記載の摺動部材であって、
前記ベース樹脂は、
前記分子量の異なるPTFEとして高分子量PTFEおよび低分子量PTFEを含む
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項3】
請求項1または2に記載の摺動部材であって、
前記ベース樹脂は、グラファイトをさらに含む
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか一項に記載の摺動部材であって、
前記ベース樹脂は、シリカをさらに含む
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか一項に記載の摺動部材であって、
前記PTFEは、焼成粉末である
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか一項に記載の摺動部材であって、
前記ベース樹脂は、熱硬化性樹脂であり、
前記基材は、PET繊維からなる不織布である
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項7】
請求項6に記載の摺動部材であって、
前記熱硬化性樹脂は、フェノール樹脂である
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか一項に記載の摺動部材であって、
前記基材は、サーマルボンド法もしくはバインダ法で作製された接着タイプの不織布である
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項9】
請求項8に記載の摺動部材であって、
前記サーマルボンド法で作製された接着タイプの不織布は、融着点がフィルム化されていない
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項10】
請求項1ないし7のいずれか一項に記載の摺動部材であって、
前記基材は、スパンレース法もしくはニードルパンチ法で作製された絡合タイプの不織布である
ことを特徴とする摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、滑り軸受、滑り板、スラストワッシャー等に好適な摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、高荷重での使用に対して長期に亘り無給油で低摩擦を実現可能な滑り軸受が開示されている。
【0003】
この滑り軸受は、表面に多孔質金属粉末焼結層が形成された金属板をバッキング材として、このバッキング材の多孔質金属粉末焼結層上に摺動層を形成することにより構成される。ここで、摺動層は、以下の手順により形成される。
【0004】
すなわち、バッキング材の多孔質金属粉末焼結層上に、摺動層のベース樹脂としてフェノール樹脂を所定の厚さに塗布する。その上に摺動層の基材として織布を配置して、フェノール樹脂を加熱硬化させることにより、摺動層を形成するとともに、この摺動層と多孔質金属粉末焼結層とを結合させる。ここで、織布は、潤滑性樹脂繊維であるポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと記載)繊維と、ベース樹脂であるフェノール樹脂との接着性の高い強化樹脂繊維であるポリアミド(以下、PAと記載)繊維とを、綾織りまたは朱子織りすることで作製される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−154824号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、織布は、少なくとも完成するまでに、繊維から撚り糸を作る工程、および撚り糸から布地を織る工程が必要であり、製造コストが嵩む。
【0007】
また、PTFE繊維は、比較的高価であるとともに、潤滑性には優れるが、その特性ゆえベース樹脂として使用されるフェノール樹脂等の熱硬化性樹脂との接着性が劣っている。そこで、特許文献1に記載の滑り軸受では、摺動層の基材として、熱硬化性樹脂との接着性が高いPA繊維をPTFE繊維に織り交ぜた織布を用いているが、このPA繊維も比較的高価である。
【0008】
このように、特許文献1に記載の滑り軸受は、摺動層の基材の製造コストが嵩むため、安価に作製することができない。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、長期に亘り良好な摺動特性を実現可能な摺動部材を安価に提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明では、摺動部材の摺動層を構成する基材として不織布を用いるとともに、この摺動層のベース樹脂として分子量の異なるPTFEを含有したものを用いた。
【0011】
ここで、不織布は、摺動部材の製造方法によっては、繊維同士を熱で溶かして接着するサーマルボンド法、繊維同士をバインダ(ケミカルボンド)で接着するバインダ法等で作製された接着タイプ等、摺動部材の製造工程において加えられるテンションに耐える強度を有するものであることが好ましい。また、サーマルボンド法で作製された不織布を用いる場合には、繊維同士の融着点がフィルム化していないものを用いることが好ましい。
【0012】
繊維同士の融着点がフィルム化しているものは、融着点が平滑になっているため、基材である不織布のベース樹脂への密着性が低下し、剥離しやすくなり、耐摩耗性、耐久性等の摺動特性が低下する可能性がある。したがって、繊維同士の融着点がフィルム化していない不織布を用いることによって、基材とベース樹脂とのアンカー効果が高くなり、ベース樹脂が基材から剥離するのを防止することができ、耐摩耗性、耐久性等の摺動特性が向上する。また、不織布は、安価なポリエチレンテレフタレート(以下、PETと記載)繊維で作製することが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
不織布は、繊維同士を接着あるいは絡合させることにより作製され、繊維から撚り糸を作成して布地を織る必要がないため、織布に比べて製造コストが安い。また、織布を基材として用いた場合は、ベース樹脂が、織布を構成する撚り糸の中心にまで浸み込みにくいため、ベース樹脂と基材を強固に接着することができない。これに対して不織布は、編み目がなく、繊維が均一に分散しているため、繊維の一本一本にベース樹脂が絡むことで、基材とベース樹脂との接着性が向上し、耐摩耗性ならびに耐久性等の摺動特性が向上する。さらに織布を用いた場合のように、切削加工後に撚り糸の毛羽立ちが発生しないため、摺動部材の表面をより平滑にすることができるので、流体による良好な潤滑が得られやすくなり、水中環境下等の液体中における摺動特性も向上する。これらの効果は、不織布の融着点がフィルム化していないものを用いることにより、より顕著なものとなる。また、本発明者は、摺動部材の摺動層を構成するベース樹脂に分子量の異なるPTFEを含有させることにより、耐摩耗性が向上することを見出した。特に、ベース樹脂に高分子量PTFEおよび低分子量PTFEの両方を含有させることにより、ベース樹脂に高分子量PTFEおよび低分子量PTFEの一方を含有させた場合に比べて摩耗量が減少して、良好な摺動特性を得ることができた。したがって、本発明によれば、摺動部材の摺動層を構成する基材として不織布を用いるとともに、摺動部材の摺動層を構成するベース樹脂として分子量の異なるPTFEを含有したものを用いることにより、長期に亘り低摩擦特性、耐摩耗性、耐久性の向上等の良好な摺動特性を実現可能な摺動部材を安価に提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本発明の一実施の形態に係る摺動部材1の断面構造を模式的に示した図である。
図2図2は、摺動部材1の摺動層20の断面構造を模式的に示した図である。
図3図3は、摺動部材1の摺動層20の形成に用いられるプリプレグ22の製造工程の一例を説明するための図である。
図4図4は、平面往復動試験を説明するための図である。
図5図5は、表2に示す試験体8A〜8Fに対して、表1に示す条件にて行った平面往復動試験の試験結果を示す図である。
図6図6は、スラスト試験を説明するための図である。
図7図7は、表4に示す試験体8G〜8Jに対して、表1に示す条件にて行った大気中における平面往復動試験の試験結果および表3に示す条件にて行った水中におけるスラスト試験の試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の一実施の形態について説明する。
【0016】
図1は、本実施の形態に係る摺動部材1の断面構造を模式的に示した図である。
【0017】
図示するように、本実施の形態に係る摺動部材1は、ガラス繊維を基材とする樹脂板、金属板等のバッキング材21と、バッキング材21上に形成された摺動層20と、を備える。ここでは、四層のプリプレグ22(図3参照)から形成された摺動層20を模式的に示しているが、実際には、これらの摺動層20は、摺動部材1の製造における加熱硬化処理により、一体となって一つの摺動層を構成する。なお、摺動層20は、少なくとも一層のプリプレグ22から形成されたものであればよい。
【0018】
図2は、摺動部材1の摺動層20の断面構造を模式的に示した図である。
【0019】
図示するように、摺動層20は、シート状の基材2と、基材2に含浸されたベース樹脂3と、を備えて構成される。
【0020】
基材2には不織布が用いられる。不織布は、繊維同士を接着あるいは絡合させることにより作製されるため、繊維から撚り糸を作成して布地に織る必要がある織布に比べて製造コストが安い。また、不織布は、編み目がなく、繊維が均一に分散しているため、織布に比べて、切削加工後の摺動層20の表面をより平滑にすることができる。このため、流体による良好な潤滑が得られやすくなり、摺動層20を有する摺動部材1の摺動特性が向上する。また、織布を基材2に用いた場合は、織布を構成する撚り糸の中心にまでベース樹脂3が浸み込まない可能性があるが、繊維が均一に分散している不織布を基材2に用いた場合では、基材2とベース樹脂3との接触面積を大きくすることができ、これにより、基材2とベース樹脂3との接着性を向上させることができる。
【0021】
ここで、基材2に用いる不織布は、摺動部材の製造方法によっては、例えば、繊維同士を熱で溶かして接着するサーマルボンド法、繊維同士をバインダ(ケミカルボンド)で接着するバインダ法等で作製された接着タイプ等の、後述する摺動層20の形成に用いられるプリプレグ22の製造工程において与えられる強いテンションに耐える強度を有するものであることが好ましい。繊維同士を高圧水流で絡合させるスパンレース法、繊維同士をニードリングして絡合させるニードルパンチ法等で作製された絡合タイプの不織布を用いた場合よりも、プリプレグ22の製造工程において与えられるテンションの強さによって繊維同士の絡みがほどける可能性を低減することができる。
【0022】
また、基材2として、サーマルボンド法で作製された不織布を用いる場合には、繊維同士の融着点がフィルム化していないものを用いることが好ましい。繊維同士の融着点がフィルム化していない不織布を基材2に用いることにより、基材2全体において繊維とベース樹脂3とのアンカー効果が良好に発揮され、密着性が向上することにより、基材2からのベース樹脂3の剥離を防止することができる。
【0023】
また、基材2に用いる不織布には、安価なPET繊維を用いた。
【0024】
ベース樹脂3には、PET繊維との親和性の高い熱硬化性樹脂、特にフェノール樹脂が好適である。また、ベース樹脂3には、分子量の異なるPTFEを含有させている。後述するように、本発明者は、ベース樹脂3に分子量の異なるPTFEを含有させることにより、耐摩耗性が向上することを見出した。特に、分子量200万以上のPTFEである高分子量PTFEおよび分子量100万未満のPTFEである低分子量PTFEの両方をベース樹脂3に含有させることにより、これらのPTFEの一方をベース樹脂3に含有させた場合に比べて、摩耗量が減少して、良好な摺動特性を得ることができた。
【0025】
なお、ベース樹脂3に含有させるPTFEは、ベース樹脂3に対する分散性のよい焼成粉であることが好ましい。上述したように、基材2には、PET繊維からなる不織布が用いられるが、PET繊維は、PTFE繊維に比べて潤滑性が劣る。そこで、ベース樹脂3に、PTFE繊維に比べて安価でベース樹脂に対する分散性のよいPTFE焼成粉を、摺動部材1に要求される潤滑性能に応じて添加することにより、摺動部材1の潤滑性を改善することができる。このようなPTFE焼成粉のうち、高分子量PTFE焼成粉として、株式会社喜多村製のフッ素樹脂潤滑用添加剤KT−300M(分子量1000万程度)等がある。また、低分子量PTFE焼成粉として、株式会社喜多村製のフッ素樹脂潤滑用添加剤KTL−2N(分子量10万程度)等がある。
【0026】
ここで、ベース樹脂3に、分子量の異なるPTFEに加えて、グラファイトあるいはグラファイトおよびシリカを含有させてもよい。後述するように、本発明者は、ベース樹脂3に、分子量の異なるPTFEに加えてグラファイトを含有させることにより、水中における耐摩耗性が向上することを見出した。また、本発明者は、ベース樹脂3に、分子量の異なるPTFEに加えて、グラファイトおよびシリカを含有させることにより、大気中および水中の両環境下における耐摩耗性が向上することを見出した。ベース樹脂3に含有させるグラファイトとして、日本黒鉛工業株式会社製の鱗状黒鉛粉J−ACP、土状黒鉛粉AOP等がある。また、ベース樹脂3に含有させるシリカとして、株式会社アドマテックス製の高純度合成球状シリカSO−C1等がある。
【0027】
図3は、摺動部材1の摺動層20の形成に用いられるプリプレグ22の製造工程の一例を説明するための図である。
【0028】
まず、分子量の異なる2種類のPTFE(高分子量PTFEおよび低分子量PTFE)をフェノール樹脂に添加して、ベース樹脂3を構成する樹脂液4を調製し、これを液槽5に供給する(S1)。樹脂液4を構成する各成分の配合比率は、例えば、フェノール樹脂100重量部に対して、高分子量PTFE25〜62.5重量部、低分子量PTFE25〜62.5重量部、界面活性剤0.01〜0.03重量部、メタノール20重量部である。
【0029】
つぎに、基材2となるPET繊維からなる不織布を不織布ロール6から引き出して液槽5に送り、この液槽5内の樹脂液4に浸すことにより、不織布に樹脂液4を含浸する(S2)。それから、樹脂液4を含浸した不織布を、100〜130℃程度に保たれた乾燥炉7に送り、溶剤であるメタノールを蒸発させ乾燥させるとともに、フェノール樹脂の反応を進め、半硬化状態とする。これにより、例えば、基材2が10〜50重量部、ベース樹脂3が50〜90重量部となるように、摺動部材1の摺動層20を形成するための成形用中間材料であるプリプレグ22を作製する(S3)。そして、作製したプリプレグ22をロールで巻き取る(S4)。
【0030】
こうして得られたプリプレグ22を、ロールド成形により100〜160℃で加熱加圧しながら鉄心で巻き取り、さらに、鉄心に巻き取られたプリプレグ22の外側にバッキング材21となる部材を巻く。そして、硬化炉において130〜180℃で加熱硬化処理した後、鉄心を引き抜くことにより、円筒状の摺動部材1を作製する(ロールド成形方法)。あるいは、プリプレグ22を、適当な寸法に裁断し、バッキング材21となる部材上に複数枚重ね合わせる。そして、130〜180℃で加熱圧縮成形することにより、プレート状の摺動部材1を作製する(圧縮成形方法)。ここで、バッキング材21となる部材として、金属板、表面に多孔質金属粉末焼結層が形成された金属板、有機繊維強化熱硬化性樹脂プリプレグ、または無機繊維強化熱硬化性樹脂プリプレグ等が用いられる。
【0031】
本発明者は、基材2およびベース樹脂3の異なる摺動層20を有する平板状の試験体(平板)8を複数作製し、これらの試験体8に対して、以下の表1に示す条件において大気中における平面往復動試験を行い、そのときの摩耗状態を観察した。
【0032】
【表1】
【0033】
平面往復動試験では、図4に示すように、表1に示す面圧で試験体8が相手材9の平坦面(摺動面)に押圧されるように、垂直V方向の荷重Nを試験体8に加えながら、表1に示す速度およびストロークで試験体8を水平方向Hに往復移動させ、そのときの試験体8の摩耗量を測定している。
【0034】
作製した試験体8は、以下の表2に示すとおりである(試験体8A〜8F)。ここで、試験体8Aの基材2には、PET織布を用いており、試験体8B〜8Fの基材2には、サーマルボンド法により作製した溶着点がフィルム化していないPET不織布を用いている。また、すべての試験体8A〜8Fにおいて、ベース樹脂3にはPTFEを含有したフェノール樹脂を用いている。フェノール樹脂に対するPTFEの配合比率は、高分子量PTFEおよび低分子量PTFEを、それぞれ、フェノール樹脂100重量部に対して0〜87.5重量部の間で試験体8毎に変化させた。また、フェノール樹脂に含有する高分子量PTFEには、高分子量PTFE焼成粉である株式会社喜多村製のフッ素樹脂潤滑用添加剤KT−300Mを用い、フェノール樹脂に含有する低分子量PTFEには、低分子量PTFE焼成粉である株式会社喜多村製のフッ素樹脂潤滑用添加剤KTL−2Nを用いた。
【0035】
【表2】
【0036】
なお、表2において、不織布におけるフィルム化の有無の判断は、光学顕微鏡を使った観察により行い、この観察により、融着点に約500μm四方の平坦領域が形成されていることが確認できた不織布は、フィルム化ありと判断して、基材2に採用しないこととした。
【0037】
図5は、表2に示す試験体8A〜8Fに対して、表1に示す条件にて行った平面往復動試験の試験結果を示す図である。ここで、縦軸は大気中における摩耗量を示している。また、棒グラフ80A〜80Fは、試験体8A〜8Fの大気中における摩耗量の試験結果を示している。
【0038】
図示するように、基材2に不織布を用いた試験体8B〜8Fは、基材2に織布を用いた試験体8Aに比べていずれも摩耗量が少なく、大気中において、より優れた性能を示すことが確認された。これは、摺動面において、織布にみられる毛羽立ちや表面の荒れを、不織布を用いることで均一で平滑な面にすることができ、これによって耐摩耗性が向上したと考えられる。
【0039】
また、基材2に不織布を用いた試験体8B〜8Fにおいて、ベース樹脂3に高分子量PTFEおよび低分子量PTFEの両方を含有するフェノール樹脂を用いた試験体8C〜8Eは、ベース樹脂3に高分子量PTFEおよび低分子量PTFEの一方を含有するフェノール樹脂を用いた試験体8B、8Fに比べて摩耗量が少なく、大気中において、より優れた性能を示すことが確認された。
【0040】
また、本発明者は、ベース樹脂3の異なる摺動層20を有する平板状の試験体(平板)8を複数作製し、これらの試験体8に対して、上記の表1に示す条件において大気中における平面往復動試験を行うとともに、以下の表3に示す条件において水中におけるスラスト試験を行い、そのときの摩耗状態を観察した。
【0041】
【表3】
【0042】
スラスト試験では、図6に示すように、表3に示す面圧で試験体8が相手材10の一方の端面(摺動面)に押圧されるように、軸心O方向の荷重Nを相手材10に加えながら、表3に示す速度で相手材10を軸心O回りの回転方向Rに回転させ、そのときの試験体8の摩耗量を測定している。
【0043】
作製した試験体8は、以下の表4に示すとおりである(試験体8G〜8J)。ここで、すべての試験体8G〜8Jの基材2には、サーマルボンド法により作製したフィルム化していないPET不織布を用いている。また、すべての試験体8G〜8Jにおいて、ベース樹脂3には高分子量PTFEおよび低分子量PTFEを含有したフェノール樹脂を用いている。フェノール樹脂に対する高分子量PTFEおよび低分子量PTFEの配合比率は、フェノール樹脂100重量部に対して高分子量PTFE37.5重量部、低分子量PTFE50重量部とした。また、フェノール樹脂に含有する高分子量PTFEには、高分子量PTFE焼成粉である株式会社喜多村製のフッ素樹脂潤滑用添加剤KT−300Mを用い、フェノール樹脂に含有する低分子量PTFEには、低分子量PTFE焼成粉である株式会社喜多村製のフッ素樹脂潤滑用添加剤KTL−2Nを用いた。また、試験体8H、8Jのベース樹脂3に用いるフェノール樹脂にはグラファイトをさらに含有させた。フェノール樹脂に対するグラファイトの配合比率は、フェノール樹脂100重量部に対してグラファイト0.5重量部とした。また、フェノール樹脂に含有させるグラファイトには、日本黒鉛工業株式会社製の鱗状黒鉛粉J−ACPを用いた。また、試験体8I、8Jのベース樹脂3に用いるフェノール樹脂にはシリカをさらに含有させた。フェノール樹脂に対するシリカの配合比率は、フェノール樹脂100重量部に対してシリカ0.2重量部とした。また、フェノール樹脂に含有させるシリカには、株式会社アドマテックス製の高純度合成球状シリカSO−C1を用いた。
【0044】
【表4】
【0045】
なお、表4において、不織布におけるフィルム化の有無の判断は、光学顕微鏡を使った観察により行い、この観察により、融着点に約500μm四方の平坦領域が形成されていることが確認できた不織布は、フィルム化ありと判断して、基材2に採用しないこととした。
【0046】
図7は、表4に示す試験体8G〜8Jに対して、表1に示す条件にて行った大気中における平面往復動試験の試験結果および表3に示す条件にて行った水中におけるスラスト試験の試験結果を示す図である。ここで、縦軸は大気中および水中における摩耗量を示している。また、棒グラフ80G〜80Jは、試験体8G〜8Jの大気中における摩耗量の試験結果を示しており、棒グラフ81G〜81Jは、試験体8G〜8Jの水中における摩耗量の試験結果を示している。
【0047】
図示するように、ベース樹脂3にグラファイトを含有するフェノール樹脂を用いた試験体8H、8Jは、ベース樹脂3にグラファイトおよびシリカのいずれも含有していないフェノール樹脂を用いた試験体8Gに比べて、水中における摩耗量が少なく、水中において、より優れた性能を示すことが確認された。また、ベース樹脂3にグラファイトおよびシリカの両方を含有するフェノール樹脂を用いた試験体8Jは、ベース樹脂3にグラファイトおよびシリカのいずれも含有していないフェノール樹脂を用いた試験体8Gに比べて、大気中および水中における摩耗量が少なく、いずれの環境下においても、より優れた性能を示すことが確認された。
【0048】
以上のことから、本発明者は、基材2に不織布を用いることにより、基材2に織布を用いた場合に比べて基材2とベース樹脂3の接着強度を向上させることができ、これにより、耐摩耗性を向上させることができることを見出した。
【0049】
また、高分子量PTFEおよび低分子量PTFEの両方を含有するベース樹脂3を用いることにより、高分子量PTFEおよび低分子量PTFEの一方を含有するベース樹脂3を用いた場合と比べて、摩耗量を少なくすることができ、耐摩耗性を向上させることができることを見出した。
【0050】
また、ベース樹脂3にグラファイトを含有させることにより、グラファイトを含有していないベース樹脂3を用いた場合と比べて、水中における耐摩耗性を向上させることができることを見出した。
【0051】
また、ベース樹脂3にグラファイトおよびシリカを含有させることにより、ベース樹脂3にグラファイトおよびシリカを含有していないベース樹脂3を用いた場合と比べて、大気中および水中のいずれの環境下においても耐摩耗性を向上させることができることを見出した。
【0052】
以上、本発明の実施の形態を説明した。
【0053】
不織布は、繊維同士を接着あるいは絡合させることにより作製されるため、繊維から撚り糸を作成して布地に織る必要がある織布に比べて製造コストが安い。
【0054】
また、織布を基材として用いた場合は、ベース樹脂が、織布を構成する撚り糸の中心にまで浸み込みにくいため、ベース樹脂と基材を強固に接着することができない。これに対して不織布は、編み目がなく、繊維が均一に分散しているため、繊維の一本一本にベース樹脂が絡むことで、基材とベース樹脂との接着性が向上し、耐摩耗性、耐久性等の摺動特性が向上する。さらに織布を用いた場合のように、切削加工後に撚り糸の毛羽立ちが発生しないため、摺動部材の表面をより平滑にすることができるため、流体による良好な潤滑が得られやすくなり、水中環境下等の液体中における摺動特性も向上する。これらの効果は、不織布の融着点がフィルム化していなものを用いることにより、より顕著なものとなる。
【0055】
したがって、本実施の形態によれば、摺動部材の摺動層を構成する基材として不織布を用いることにより、織布を用いた場合に比べて、長期に亘り低摩擦特性、耐摩耗性、耐久性の向上等の良好な摺動特性を実現可能な摺動部材を、より安価に提供できる。
【0056】
また、本実施の形態において、サーマルボンド法、バインダ法等で作製された接着タイプの不織布を基材2に用いた場合、スパンレース法、ニードルパンチ法等で作製された絡合タイプの不織布と異なり、プリプレグ22の製造工程において、基材2に加えられるテンションにより繊維同士の絡みがほどけてしまう可能性が少ない。このため、プリプレグ22の製造工程における歩留りを向上させることができる。
【0057】
また、本実施の形態において、繊維同士の融着点がフィルム化していないサーマルボンド法で作製された不織布を基材2に用いた場合、繊維同士の融着点がフィルム化しているサーマルボンド法で作製された不織布を基材2に用いた場合に比べて、ベース樹脂3とのアンカー効果が高くなることにより密着力が向上し、これにより、ベース樹脂3が基材2から剥離する可能性を低くして、摺動部材1の長寿命化を図ることができる。
【0058】
また、本実施の形態において、摺動部材1の摺動層20を構成する基材2として、PET繊維からなる不織布を用いている。PET繊維は、PTFE繊維に比べて安価であり、また、ベース樹脂3として用いたフェノール樹脂との親和性が高いので、PA繊維等を混在させる必要もない。このため、不織布をより安価に作製することが可能となり、摺動部材1のコストをさらに低減させることができる。
【0059】
また、本実施の形態によれば、摺動部材1の摺動層20を構成するベース樹脂3に分子量の異なるPTFEを含有させることにより、耐摩耗性を向上させることができた。特に、ベース樹脂に高分子量PTFEおよび低分子量PTFEの両方を含有させることにより、ベース樹脂に高分子量PTFEおよび低分子量PTFEの一方を含有させた場合に比べて、良好な摺動特性を得ることができた。なお、本実施の形態では、ベース樹脂3に含有させるPTFEとしてPTFE焼成粉を用いているが、焼成粉以外のPTFEを用いてもよい。本発明者は、ベース樹脂3に含有させるPTFEとして、ファインパウダーあるいはモールディングパウダーを用いた場合においても、高分子量PTFEおよび低分子量PTFEの両方を含有させることにより、ベース樹脂に高分子量PTFEおよび低分子量PTFEの一方を含有させた場合に比べて、良好な摺動特性を得ることができることを確認した。
【0060】
また、本実施の形態によれば、摺動部材1の摺動層20を構成するベース樹脂3にグラファイトを含有させることにより、水中における耐摩耗性を向上させることができた。さらに、摺動部材1のベース樹脂3にグラファイトおよびシリカを含有させることにより、大気中および水中の両環境下における耐摩耗性を向上させることができた。
【0061】
なお、本実施の形態では、バッキング材21と、バッキング材21上に形成された摺動層20と、を備える摺動部材1を例にとり説明したが、本発明は、バッキング材21を有しない摺動層20のみからなる摺動部材にも同様に適用可能である。
【符号の説明】
【0062】
1:摺動部材、 2:基材、 3:ベース樹脂、 4:樹脂液、 5:液槽、 6:不織布ロール、 7:乾燥炉、 8:試験体、 9:相手材、 20:摺動層、 21:バッキング材、 22:プリレグ
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