特許第6454172号(P6454172)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6454172
(24)【登録日】2018年12月21日
(45)【発行日】2019年1月16日
(54)【発明の名称】肝細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20190107BHJP
【FI】
   C12N5/071
【請求項の数】1
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-25866(P2015-25866)
(22)【出願日】2015年2月12日
(65)【公開番号】特開2016-146785(P2016-146785A)
(43)【公開日】2016年8月18日
【審査請求日】2017年11月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000229542
【氏名又は名称】日本バイリーン株式会社
(72)【発明者】
【氏名】岩佐 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 皓平
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 理恵
(72)【発明者】
【氏名】川部 雅章
【審査官】 山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−018121(JP,A)
【文献】 特開2012−016323(JP,A)
【文献】 特開2008−142004(JP,A)
【文献】 特表2004−537951(JP,A)
【文献】 特開2014−113060(JP,A)
【文献】 Trimpl, R., et al.,Characterization of Protease-resistant Fragments of Laminin Mediaiting Attachment and Spreading of Rat Hepatocytes,The Journal of Biological Chemistry,1983年,258(14),8922-8927
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−5/28
C12N 11/00−18
C12M 1/00−3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体を細胞培養担体として用い、肝細胞を5日間以上培養する方法であり、前記繊維集合体を構成する繊維表面にラミニン又はフィブロネクチンを繊維表面積1cmあたり0.29μg〜4.2μg含有していることを特徴とする、肝細胞の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は肝細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内における薬剤の代謝のほとんどは肝臓で行なわれることから、創薬の非臨床試験では、生体から分離した正常肝細胞を用いて代謝試験を実施することが推奨されている。また、一般化学物質、食品中化学物質、新規素材などにおいても、有害性・安全性評価のために正常肝細胞を用いた評価が実施されている。
【0003】
このような正常肝細胞は新鮮状態で入手することが困難であるため、凍結保存されたものが多く用いられているが、凍結肝細胞は解凍後の寿命が短く、最も一般的なプロトコルとして推奨されている、I型コラーゲンコートプレートによる単層培養法では、培養2〜3日程度で、肝代謝試験に重要な酵素活性が失われてしまう、という問題があった。
【0004】
そのため、このような問題を解決するための方法として、細胞外基質のゲルで肝細胞を挟み込むサンドイッチ培養法(特許文献1)や、肝細胞の生存や機能維持を補助する異種細胞と共培養する方法(特許文献2)が提案されている。
【0005】
しかしながら、前者のサンドイッチ培養法は、厳格な水素イオン指数や温度の管理や、肝細胞播種後に、再度、ゲルを重層する必要があるなど、作業工程が多く、培養するのが煩雑で、また、ハイスループット分析装置への適用が困難であった。また、ゲルでサンドイッチしているが故に、薬剤が肝細胞に到達しにくい、或いは肝細胞成分を抽出するのに手間がかかるなど、様々な問題点を有していた。
【0006】
一方、後者の共培養する方法は、予め異種細胞を培養するのに手間がかかる、異種細胞と共培養しているが故に、肝細胞の応答だけを解析するのが難しい、という問題を有していた。
【0007】
なお、本願出願人らは、「平均繊維径3μm以下の無機系繊維からなる無機系繊維集合体の内部を含む全体が無機系接着剤で接着され、繊維表面に細胞機能性因子が付与され、空隙率が90%以上の高機能繊維構造体を培養担体として用いる」ことを提案した(特許文献3)。しかしながら、この高機能繊維構造体が肝細胞の培養担体として有用であることは認識していなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2013−17411号公報
【特許文献2】特開2008−119010号公報
【特許文献3】特開2012−16323号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上述のような問題点を解決するためになされたものであり、簡易に、酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養でき、また、肝細胞を評価、解析しやすい、肝細胞の培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の請求項1にかかる発明は、「単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体を細胞培養担体として用い、肝細胞を5日間以上培養する方法であり、前記繊維集合体を構成する繊維表面にラミニン又はフィブロネクチンを繊維表面積1cmあたり0.29μg〜4.2μg含有していることを特徴とする、肝細胞の培養方法。」である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の請求項1にかかる発明は、単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上であり、しかも繊維表面にラミニン又はフィブロネクチンを繊維表面積1cmあたり0.29μg〜4.2μg含有している繊維集合体を細胞培養担体として用いて肝細胞を培養すると、凍結肝細胞であっても、簡易に、酵素活性を5日間以上という長期間にわたって維持できる肝細胞を培養できるため、反復曝露などの実際の生体に近い代謝試験を実施できることを見出したものである。このように酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養できる機構は明らかではないが、本発明者らは、単位体積あたりの表面積が広い繊維集合体を使用することによって、肝細胞が繊維集合体内部に入り込み、あるいは、繊維間に形成される孔に入り込み、立体的及び/又は多点的に接触することにより、細胞接着因子であるラミニン又はフィブロネクチンと肝細胞の接触面積が広くなるため、酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養できると考えている。つまり、このような肝細胞と細胞接着因子とが立体的及び/又は多点的に、広く接触した構造は、生体内の組織構造に類似しており、生体内で肝細胞を取り巻く微小環境を再現しているため、酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養できると考えている。
【0012】
また、繊維表面にラミニン又はフィブロネクチンを繊維表面積1cmあたり0.29μg〜4.2μg含有している、単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体を、単に細胞培養担体として使用すれば良く、厳格な水素イオン指数や温度の管理やゲルを重層する必要がなく、また、異種細胞を培養する必要もないため、簡易な培養方法であり、ハイスループット分析装置への適用も容易である。
【0013】
更に、ゲルでサンドイッチする訳でもないため、薬剤が肝細胞へ浸透しやすく、肝細胞成分を抽出するためにゲルを消化分解するという処理も不要であり、更には、共培養している訳ではないため、肝細胞の応答だけを解析できるなど、肝細胞を評価、解析しやすい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の繊維集合体を製造することのできる静電紡糸装置の一態様を模式的に示す説明図
図2】(a)沿面放電素子の構造を模式的に示す平面図、(b)沿面放電素子の構造を模式的に示す側面図
図3】培養日数とアルブミン分泌量の関係を示すグラフ(実施例1〜2及び比較例1〜4)
図4】培養日数とアルブミン分泌量の関係を示すグラフ(実施例1、3、比較例2、5)
図5】誘導後の培養5日目に相当する肝細胞のラットCYP3A活性を示すグラフ
図6】誘導後の培養7日目に相当する肝細胞のラットCYP3A活性を示すグラフ
図7】誘導後の培養5日目に相当する生肝細胞の相対的細胞密度を示すグラフ
図8】誘導後の培養7日目に相当する生肝細胞の相対的細胞密度を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の肝細胞の培養方法において使用する細胞培養担体は、単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体であり、その繊維表面にラミニン又はフィブロネクチンを有している。このように、単位体積あたりの表面積が広い繊維集合体を使用することによって、肝細胞が繊維集合体内部に入り込み、あるいは、繊維間に形成される孔に入り込み、立体的及び/又は多点的に接触することにより、細胞接着因子であるラミニン又はフィブロネクチンと肝細胞の接触面積が広く、ラミニン又はフィブロネクチンが効果的に肝細胞に作用し、酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養できると考えられるため、単位体積あたりの表面積は0.05m/cm以上であるのが好ましく、0.1m/cm以上であるのがより好ましく、0.12m/cm以上であるのが更に好ましい。なお、単位体積あたりの表面積の上限は特に限定するものではないが、繊維の充填密度が高くなり過ぎると、肝細胞が繊維集合体内部に入り込みにくくなり、あるいは、繊維間に形成される孔に入り込みにくくなり、立体的及び/又は多点的に接触するのが難しくなる結果、細胞接着因子であるラミニン又はフィブロネクチンと肝細胞の接触面積が狭くなる傾向があるため、30m/cm以下であるのが好ましい。
【0016】
この「単位体積あたりの表面積(=S、単位:m/cm)」は、平均繊維径(=A、単位:μm)、平均目付(=B、単位:g/m)、平均厚さ(=C、単位:μm)及び繊維の密度(=D、単位:g/cm)を用い、次の式から算出される値である。
S=4B/(ACD)
【0017】
なお、この単位体積あたりの表面積は、次の考え方を根拠としている。
(1)平均繊維径がAμmで、繊維の密度がDg/cmである時、繊維の単位質量あたりの表面積は、4/(AD)(単位:m/g)と表すことができる。
(2)平均目付Bg/mあたりの繊維のトータルの表面積は、4B/(AD)(単位:m)と表すことができる。
(3)1m(=目付)あたり、厚さがCμmの繊維集合体の空隙も含めた体積は、10−6C(単位:m)と表すことができる。
(4)単位体積あたりの表面積は、4×10B/(ACD)(単位:m/m)=4B/(ACD)(単位:m/cm)と表すことができる。
【0018】
本発明の繊維集合体を構成する繊維の平均繊維径は、前記単位体積あたりの表面積を満たせば良く、特に限定するものではないが、表面積が広く、ラミニン又はフィブロネクチンが効果的に肝細胞に作用できるように、3μm以下であるのが好ましく、2μm以下であるのがより好ましく、1μm以下であるのが更に好ましく、0.8μm以下であるのが更に好ましい。なお、平均繊維径の下限は特に限定するものではないが、0.01μm以上であるのが好ましい。本発明における「平均繊維径」は50点における繊維径の算術平均値をいい、「繊維径」は10本以上の繊維が写る視野で繊維集合体を撮影した電子顕微鏡写真をもとに測定した繊維の太さをいう。
【0019】
また、本発明の繊維集合体の平均目付は前記単位体積あたりの表面積を満たせば良く、特に限定するものではないが、表面積が広く、ラミニン又はフィブロネクチンが効果的に作用できるように、0.5g/m以上であるのが好ましく、2g/m以上であるのがより好ましく、5g/m以上であるのが更に好ましい。なお、平均目付の上限は特に限定するものではないが、100g/m以下であるのが好ましい。本発明における「平均目付」は、最も面積の広い面の面積及び質量を測定し、この面積と質量から、面積1m当たりの質量に換算した値を目付とし、18点における目付の算術平均値をいう。
【0020】
更に、本発明の繊維集合体の平均厚さは前記単位体積あたりの表面積を満たせば良く、特に限定するものではないが、肝細胞が細胞培養担体に立体的及び/又は多点的に接触しているのが好ましいことから、肝細胞の直径20μmと同程度以上の平均厚さであるのが望ましいが、必要以上に厚いと培地の流動性又は循環性が悪くなる傾向があるため、20〜2000μmであるのが好ましく、40〜1000μmであるのがより好ましく、100〜300μmであるのが更に好ましい。本発明における「平均厚さ」は、最も面積の広い面のマイクロメーター法[荷重:0.5N(測定面積:直径14.3mm)]で測定した値を厚さとし、54箇所における算術平均値をいう。
【0021】
更に、繊維の密度は前記単位体積あたりの表面積を満たせば良く、特に限定するものではないが、繊維の密度が細胞培養に使用する代表的な緩衝液である生理食塩水よりも低いと、培養操作時に取り扱いづらいため、1.003〜16g/cmであるのが好ましく、1.05〜10g/cmであるのがより好ましく、1.1〜6g/cmであるのが更に好ましい。本発明における「繊維の密度」は、繊維の元素分析を行い、99%以上が同一素材から構成されていることが確認された場合には、素材そのものの比重を密度とし、99%未満が同一素材で、二種類以上の素材から構成されていることが確認された場合には、ピクノメータ理論に基づき、定容積膨張法[例えば、乾式自動密度計(株式会社島津製作所製、アキュピックII)で測定可能]により測定した値を密度とする。
【0022】
本発明の繊維集合体は肝細胞を培養しやすいように、肝細胞の大きさの0.1〜2倍の平均孔径を有するのが好ましい。肝細胞の大きさは約20μmであるため、繊維集合体の平均孔径は2〜40μmであるのが好ましく、4〜20μmであるのがより好ましく、6〜10μmであるのが更に好ましい。なお、平均孔径は、ASTM−F316に規定されている方法により得られる平均流量孔径の値をいい、ポロメータ[Polometer、コールター(Coulter)社製]を用いて、ミーンフローポイント法により測定される値をいう。
【0023】
本発明の繊維集合体の形態は肝細胞の培養に適用できる形態であれば良く、特に限定するものではないが、例えば、不織布、織物、編物のような二次元的形態、中空円筒形、円筒形などの三次元的形態であることができる。なお、三次元的形態の繊維集合体は、例えば、不織布形態等の二次元的形態の繊維集合体を成形することによって製造できる。
【0024】
本発明の繊維集合体は繊維集合体の内部及び/又は繊維間に形成される孔に、肝細胞が入り込み、繊維表面のラミニン又はフィブロネクチンが有効に作用しやすいように、空隙率が90%以上であるのが好ましく、91%以上であるのがより好ましく、92%以上であるのが更に好ましく、93%以上であるのが更に好ましく、94%以上であるのが更に好ましい。空隙率の上限は特に限定するものではないが、形態安定性に優れるように、99.9%以下であるのが好ましい。
【0025】
本発明の「空隙率」は、次の式から算出した値である。
P=[1−Ms/(V×SG)]×100
ここで、Pは空隙率(単位:%)、Msは繊維集合体の質量(単位:g)、Vは繊維集合体の占める見掛上の体積(単位:cm)、SGは繊維集合体構成繊維の密度(単位:g/cm)をそれぞれ表す。
【0026】
例えば、繊維集合体が不織布のように厚さが均一なシート形態の場合は、次の式から算出することができる。
P=[1−Mn/(t×SG)]×100
ここで、Pは空隙率(%)、Mnは繊維集合体の平均目付(g/m)、tは繊維集合体の平均厚さ(μm)、SGは繊維集合体構成繊維の密度(単位:g/cm)をそれぞれ表す。
【0027】
本発明で使用する繊維集合体が二次元的形態(特に不織布)の場合、形態安定性に優れ、充分な強度を有するように、引張破断強度が0.2MPa以上であるのが好ましく、0.3MPa以上であるのがより好ましく、0.4MPa以上であるのが更に好ましく、0.5MPa以上であるのが更に好ましく、0.55MPa以上であるのが更に好ましい。
【0028】
この「引張破断強度」は切断荷重を繊維集合体の断面積で除した商である。なお、切断荷重は次の条件で測定した値であり、断面積は測定時の試験片の幅(=5mm)と平均厚さの積から得られる値である。
【0029】
製品名:小型引張試験機
型式:TSM−01−cre サーチ株式会社製
試験サイズ:5mm幅×40mm長
チャック間間隔:20mm
引張速度:20mm/min.
初荷重:50mg/1d
【0030】
本発明の繊維集合体の繊維単位質量あたりの水酸基量は特に限定するものではないが、ラミニン又はフィブロネクチンを繊維表面に付与する際の、ラミニン又はフィブロネクチンを含有する水溶液との親和性に優れるように、ある程度の量の水酸基が必要である一方で、水酸基量が過剰で親水性が高すぎると、繊維表面を水分子が取り巻き、ラミニン又はフィブロネクチンの繊維表面への吸着が阻害される場合があるため、5〜500μmol/gであるのが好ましく、15〜300μmol/gであるのがより好ましく、30〜100μmol/gであるのが更に好ましい。
【0031】
この繊維単位質量あたりの水酸基量は、繊維集合体の水酸基量を水酸基量測定に用いた繊維集合体の繊維量(単位:g)で除した商である。なお、「水酸基量」は、中和滴定法を用いて定量した値である。つまり、繊維集合体を20vol%の塩化ナトリウム水溶液50mL中に分散させた後、0.1N水酸化ナトリウム水溶液を中和点まで滴下し、中和に必要な水酸化ナトリウム滴下量から、繊維集合体の水酸基量を決定する(参考文献参照)。
(参考文献)
George W S.,Determination of Specific Sufface Area of Colloidal Silica by Titration with Sodium Hydroxide,Anal.Cheam.;28,1981-1983,(1956)
【0032】
本発明の繊維集合体を構成する繊維は前記単位体積あたりの表面積を満たす限り、特に限定するものではないが、例えば、ナイロン繊維、ビニロン繊維、ビニリデン繊維、ポリ塩化ビニル繊維、ポリエステル繊維、アクリル繊維、ポリオレフィン繊維、ポリウレタン繊維、フッ素樹脂繊維などの合成繊維;レーヨン繊維などの再生繊維;アセテート繊維などの半合成繊維;金属酸化物成分を1種類以上含む繊維、炭素繊維などの無機系繊維;綿、麻、羊毛、絹などの天然繊維;を挙げることができ、単独で、又は2種類以上の繊維から構成することができる。これらの中でも、無機系繊維は剛性があり、培地中においても繊維集合体の形態を維持し、繊維集合体の広い表面積を有効に利用できるため好適であり、特に、金属酸化物成分を1種類以上含む繊維表面は生体親和性に優れ、ラミニン又はフィブロネクチンといった生体分子、並びに肝細胞との親和性に優れているため好適である。
【0033】
なお、好適である金属酸化物成分を1種類以上含む繊維の場合、ゲル状、乾燥ゲル状又は焼結した繊維であることができる。ゲル状繊維は溶媒を含む状態の繊維であり、乾燥ゲル状繊維はゲル状繊維中に含まれる溶媒などが抜けた多孔質の繊維であり、焼結繊維は乾燥ゲル状繊維が焼結した無孔質の繊維である。これらの中でも、焼結繊維は剛性に優れ、細胞培養時に形態安定性に優れているため好適である。このような金属酸化物成分を1種類以上含む繊維は保形性に優れているように、繊維集合体の30mass%以上を占めているのが好ましく、50mass%以上を占めているのがより好ましく、70mass%以上を占めているのが更に好ましく、100mass%を占めているのが最も好ましい。
【0034】
また、好適である金属酸化物成分を1種類以上含む繊維を構成する金属酸化物としては、例えば、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、リン、硫黄、カリウム、カルシウム、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウム、ヒ素、セレン、ルビジウム、ストロンチウム、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、カドミウム、インジウム、スズ、アンチモン、テルル、セシウム、バリウム、ランタン、ハフニウム、タンタル、タングステン、水銀、タリウム、鉛、ビスマス、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、又はルテチウムなどの金属酸化物を挙げることができ、より具体的には、SiO、Al、B、TiO、ZrO、CeO、FeO、Fe、Fe、VO、V、SnO、CdO、LiO、WO、Nb、Ta、In、GeO、PbTi、LiNbO、BaTiO、PbZrO、KTaO、Li、NiFe、SrTiOなどを挙げることができる。なお、一成分の金属酸化物から構成されていても、二成分以上の金属酸化物から構成されていても良い。例えば、SiO−Alの二成分の金属酸化物から構成されていても良い。
【0035】
更に、本発明の繊維集合体構成繊維は連続繊維であるのが好ましい。培養条件下の肝細胞は生育に最適な環境を形成するために、細胞同士が接触して相互作用することが知られており、繊維が不連続であると、肝細胞が移動し、接触する確率が低下しやすい傾向があるためである。なお、「連続繊維」とは、繊維集合体の5,000倍の電子顕微鏡写真を撮影した場合に、構成繊維の端部を確認できないことを意味する。
【0036】
本発明の繊維集合体(特に不織布の場合)は接着剤で接着されているのが好ましい。形態安定性に優れ、細胞培養時に変形しにくいためである。特に、繊維集合体の内部を含む全体において、繊維同士間に被膜を形成することなく接着剤で接着していると、表面積が広いため、ラミニン又はフィブロネクチンを効率的に作用させることができ、また、肝細胞に必要な栄養素や酸素などを効率的に供給できるため好適である。
【0037】
この接着剤は有機系接着剤であっても、無機系接着剤であっても、或いは有機系接着剤と無機系接着剤との併用であっても良いが、形態安定性に優れているように、無機系接着剤を含む接着剤で接着されているのが好ましく、無機系接着剤のみによって接着されているのがより好ましい。
【0038】
また、本発明の繊維集合体は細胞培養時における形態安定性に優れているように、前述のような接着剤による接着に替えて、又は加えて、繊維同士が部分的に融着した状態にあるのが好ましい。部分的に融着している場合、ドット状又はライン状であることができ、前者のドット状である場合、その形状は、例えば、長方形などの矩形、円形、楕円形、長円形などの丸形、又はこれらの組合せであることができ、後者のライン状である場合、直線、曲線又はこれらの組合せであることができる。特に、繊維集合体の外縁において、繊維同士がライン状又はドット状に融着していると、形態安定性に優れ、細胞培養時に変形しにくいため好適である。
【0039】
このように外縁において繊維同士が融着している場合、形態安定性に優れているように、外縁部における厚さ方向の内部においても、繊維同士が融着しているのが好ましい。具体的には、外縁部における融着部を含む厚さ方向断面の電子顕微鏡写真において、粒状の塊(融着部)の占める面積が、繊維集合体の断面積の5%以上を占めているのが好ましく、より好ましくは10%以上占めており、更に好ましくは15%以上占めており、更に好ましくは20%以上占めている。なお、前記粒状の塊(融着部)の占める面積が5%未満であっても、融着部の数が5ヶ所以上であるように融着していれば、形態安定性に優れている。
【0040】
この外縁部における厚さ方向断面における、粒状の塊(融着部)の占める面積の比率及び融着部の数は、次の操作により得られる値をいう。
(1)繊維集合体の融着部を含む厚さ方向断面の電子顕微鏡写真を撮影する。
(2)前記電子顕微鏡写真において、融着部における厚さを一辺(短辺)とし、前記厚さの5倍の長さを一辺(長辺)とする長方形の枠を任意の箇所に設定し、測定領域を確定する。
(3)前記測定領域内における粒状の塊(融着部)の占める面積、又は融着部の数を測定する。なお、粒状の塊(融着部)の占める面積の比率(Arc)は、次の式から算出する。
Arc=(Atc/Amc)×100
ここで、Atcは測定した融着部の面積の総和、Amcは測定領域の面積、をそれぞれ意味する。
【0041】
なお、繊維集合体が接着剤で接着していない場合には、形態安定性に優れるように、繊維集合体の外縁がライン状又はドット状に融着しているとともに、繊維集合体の主面における融着した外縁よりも内側においても、ドット状又はライン状に部分的に融着しているのが好ましい。このように内側においても融着している場合、融着した外縁よりも内側における融着部の総面積が、主面における融着した外縁に囲まれた面積の5%以上を占めるように融着しているのが好ましく、10%以上を占めるように融着しているのがより好ましい。なお、繊維集合体の主面における融着部は1点以上であるのが好ましく、5点以上であるのがより好ましい。また、主面における融着した外縁に囲まれた領域に2点以上融着している場合、任意の箇所で融着していることができるが、融着部が分散して融着していると、より形態安定性に優れている。
【0042】
なお、繊維集合体の主面における融着した外縁よりも内側において、粒状の塊(融着部)の占める面積の比率及び融着部の数は、次の操作により得られる値をいう。
(1)繊維集合体の主面全体の電子顕微鏡写真を撮影する。
(2)繊維集合体の主面における外縁の粒状の塊(融着部)により囲まれた領域の面積を測定する。
(3)繊維集合体の主面における外縁の粒状の塊(融着部)により囲まれた領域における、粒状の塊(融着部)の占める面積、又は融着部の数を測定する。なお、粒状の塊(融着部)の占める面積の比率(Ars)は、次の式から算出する。
Ars=(Ats/Ams)×100
ここで、Atsは繊維集合体の主面における融着部の占める面積の総和、Amsは繊維集合体の主面における外縁の粒状の塊(融着部)により囲まれた領域の面積、をそれぞれ意味する。
【0043】
本発明における「融着」とは、繊維集合体構成繊維が溶融し、繊維集合体構成繊維の横断面積の2倍以上の大きさを有する粒状の塊の状態で固着し、繊維間に介在していることをいう。このような状態は、繊維集合体の厚さ方向における断面電子顕微鏡写真、及び/又は繊維集合体の主面における電子顕微鏡写真から確認することができる。なお、「繊維集合体構成繊維の横断面積」は粒状の塊に隣接する箇所における繊維の横断面積をいう。また、「繊維集合体構成繊維が溶融して粒状の塊の状態で固着している」ことは、EDX(エネルギー分散型X線分析:Energy dispersive X-ray spectrometry)などの微小領域を分析可能な元素分析により、繊維集合体構成繊維を構成する元素と粒状の塊を構成する元素とが同じであることによって確認できる。
【0044】
このような本発明の単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体は、例えば、静電紡糸法、特開2009−287138号公報に開示されているような、液吐出部から吐出された紡糸液に対してガスを平行に吐出し、紡糸液に1本の直線状に剪断力を作用させて繊維化する方法、メルトブロー法、スパンボンド法、フラッシュ紡糸法などにより製造することができるが、空隙率が90%以上であるのが好ましいため、特開2004−238749号公報に記載の方法により製造するのが好ましく、特には、前記公報に記載の方法により繊維を集積した後に、接着剤で接着するのが好ましい。より具体的には、(1)紡糸溶液を静電紡糸法により繊維を紡糸する工程(紡糸工程)、(2)前記繊維とは反対極性のイオンを照射し、集積させ、繊維ウエブを形成する工程(集積工程)、及び(3)前記繊維ウエブを結合(特に接着剤で接着)して繊維集合体とする工程(結合工程)、により製造することができる。
【0045】
特に、本発明の繊維集合体構成繊維として好適である、金属酸化物成分を1種類以上含む繊維を含む繊維集合体は、特開2010−185164号公報に記載の方法により製造することができる。つまり、(1)金属元素の酸化物を含む紡糸用ゾル溶液を用いて、静電紡糸法により無機系繊維を紡糸する工程(紡糸工程)、(2)前記無機系繊維とは反対極性のイオンを照射し、集積させ、無機系繊維ウエブを形成する工程(集積工程)により、無機系繊維ウエブを繊維集合体として製造することができる。
【0046】
なお、(2)の集積工程の後に、熱処理する工程を実施して、無機系繊維同士を接着すると、形態安定性に優れ、細胞培養時に変形しにくいため好適である。特に、200℃以上、好ましくは300℃以上で熱処理を実施し、無機系繊維同士の交点で接着すると、形態安定性に優れているため好適である。なお、無機系繊維が水酸基を有する場合、熱処理温度によって水酸基量を調節することもでき、例えば、熱処理温度を300℃とすることによって、水酸基量を約300μmol/gとすることができ、熱処理温度を500℃とすることによって、水酸基量を約100μmol/gとすることができる。
【0047】
また、(2)の集積工程の後(熱処理する場合には熱処理後)に、形態安定性に優れ、細胞培養時に変形しにくいように、(3)前記無機系繊維ウエブを結合して繊維集合体とする工程(結合工程)を含んでいるのが好ましい。この結合工程としては、例えば、接着剤による接着、部分的な融着などを挙げることができる。
【0048】
この接着剤によって接着する場合、金属元素の酸化物を含むゾル溶液(特には、金属アルコキシド加水分解縮合物が好ましい)を接着剤として使用すると、繊維集合体の形態安定性に優れ、無機系繊維が離脱しにくいため好適である。特に、無機系繊維を構成する金属酸化物と同じ金属元素の酸化物を含むゾル溶液を接着剤として使用すると、接着力に優れ、更に繊維集合体の形態安定性に優れ、無機系繊維が離脱しにくいため好適である。この接着剤による接着は無機系繊維ウエブ表面のみなど、一部の無機系繊維のみを接着しても良いが、形態安定性及び繊維脱落性に優れているように、無機系繊維ウエブの内部を含む全体を接着するのが好ましい。このように無機系繊維ウエブの内部を含む全体を接着するには、例えば、無機系繊維ウエブを金属元素の酸化物を含むゾル溶液に浸漬することによって実施できる。なお、無機系繊維ウエブの全体を接着剤で接着する際に無機系繊維ウエブの嵩が潰れないように、接着剤付与後の余剰の接着剤は、通気により除去するのが好ましい。通気により除去することによって、無機系繊維間に被膜を形成することもない。更に、室温で自然乾燥するか、熱処理により接着剤の溶媒を除去して、接着することができる。
【0049】
更に、(3)結合工程の後に、無機系繊維を無機化及び/又は金属元素の酸化物を含むゾル溶液(接着剤)を無機化し、無機系繊維の強度及び剛性、無機系繊維同士の接着強度、及び繊維集合体の形態安定性を向上させるために、焼成処理を行なうのが好ましい。なお、無機系繊維が水酸基を有する場合、焼成温度によって水酸基量を調節することもでき、例えば、焼成温度を300℃とすることによって、水酸基量を約300μmol/gとすることができ、焼成温度を500℃とすることによって、水酸基量を約100μmol/gとすることができる。
【0050】
前述の結合工程(3)を、接着剤で接着するのに替えて、又は加えて、部分的に融着し、形態安定性及び繊維脱落防止性を付与することができる。なお、接着剤での接着と部分的融着の両方を実施する場合には、どの順序で行っても構わない。また、部分的に融着する方法としては、例えば、集光した光やレーザーを照射する方法、ガスバーナーを使用する方法、放電を使用する方法、電子ビームを使用する方法、などを挙げることができ、特にレーザーによる方法は、所望箇所のみを融着させることができ、また、非接触状態で融着させることができることから、小さい歪で融着させることができ、嵩高性を損なわないため好適である。
【0051】
本発明の肝細胞の培養方法においては、上述のような繊維集合体を構成する繊維表面にラミニン又はフィブロネクチンを有する細胞培養担体を使用することによって、凍結肝細胞であっても、簡易に、酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養できるため、反復曝露などの実際の生体に近い代謝試験を実施できることを見出したものである。その機構は明らかではないが、本発明者らは、単位体積あたりの表面積が広い繊維集合体を使用することによって、肝細胞が繊維集合体内部に入り込み、あるいは、繊維間に形成される孔に入り込み、立体的及び/又は多点的に接触することにより、細胞接着因子であるラミニン又はフィブロネクチンと肝細胞の接触面積が広くなるため、酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養できると考えている。つまり、このような肝細胞と細胞接着因子とが立体的及び/又は多点的に、広く接触した構造は、生体内の組織構造に類似しており、生体内で肝細胞を取り巻く微小環境を再現しているため、酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養できると考えている。
【0052】
本発明において、繊維集合体を構成する繊維表面にラミニン又はフィブロネクチンを有する細胞培養担体の調製方法は特に限定するものではないが、例えば、繊維集合体を培養容器等の底面に配置した後、ラミニン又はフィブロネクチンを含有する溶液を供給し、該溶液中に繊維集合体を浸漬して自然吸着する方法、繊維集合体を培養容器等の底面に配置した後、ラミニン又はフィブロネクチンを含有する溶液を繊維集合体に塗布又はスプレーして自然吸着する方法などを挙げることができる。
【0053】
前記ラミニン又はフィブロネクチンを含有する溶液における、ラミニン又はフィブロネクチンの含有量は特に限定するものではないが、繊維表面の単位面積に対して含有量が少ないと、肝細胞との接触が少なくなり、酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養しにくくなる傾向があるため、繊維表面積1cmあたり、0.05μg以上含有しているのが好ましく、0.15μg以上含有しているのがより好ましく、0.25μg以上含有しているのが更に好ましい。また、含有量の上限に関しては特に限定するものではないが、繊維表面の単位面積に対して必要以上の含有量があっても、ラミニン又はフィブロネクチンを含有していることの効果が上限に達しており、それ以上の効果は得られない傾向があるため、繊維表面積1cmあたり、30μg以下含有しているのが好ましい。
【0054】
なお、ラミニン又はフィブロネクチンを含有する溶液は、ラミニンとフィブロネクチンの両方を含有していても構わず、更に、その他の生理活性物質(例えば、ラミニン、フィブロネクチン以外の細胞外基質、細胞増殖因子など)を含有していても構わない。このように、ラミニンとフィブロネクチンの両方を含有している場合、その合計含有量が0.05〜30μg/cmであるのが好ましく、1.5〜30μg/cmであるのがより好ましく、0.25〜30μg/cmであるのが更に好ましい。
【0055】
本発明の肝細胞の培養方法は、上述のようなラミニン又はフィブロネクチンを有する繊維表面に有する繊維集合体を細胞培養担体として使用する方法であり、単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体とラミニン又はフィブロネクチンとを組合せた細胞培養担体を用いて肝細胞を培養すると、凍結肝細胞であっても、簡易に、酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養でき、反復曝露などの実際の生体に近い代謝試験を実施できるという、予測できない優れた効果を見出したものである。つまり、凍結肝細胞は凍結、解凍等の低温保存する過程において、損傷を受けやすく、培養するのが非常に難しい細胞であるが、このような凍結肝細胞であっても、酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養でき、反復曝露などの実際の生体に近い代謝試験を実施できるということは、驚くべき優れた効果である。
【0056】
このように、本発明の肝細胞の培養方法は、前述のような繊維集合体の繊維表面にラミニン又はフィブロネクチンを有する細胞培養担体を使用すること以外は、従来と全く同様にして、肝細胞を培養する方法である。つまり、前述の細胞培養担体を用い、肝細胞を播種し、培養する方法である。例えば、前述の細胞培養担体を培養容器等に入れ、培地に懸濁した肝細胞を静かに播種し、適宜、培地交換を行うことによって培養できる。
【0057】
本発明においては、接着性を有する肝細胞を使用するのが好ましい。凍結肝細胞においては、肝臓からの細胞単離処理時のダメージにより、接着性が失活する場合があるが、このような接着性が失活した肝細胞は本発明の細胞培養担体を使用しても、培養するのが困難な傾向があるためである。なお、本発明の培養方法によれば、凍結肝細胞であっても、簡易に、酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養できるという優れた効果を奏するが、新鮮肝細胞であっても、使用することができる。また、肝細胞の由来する動物種は特に限定されず、例えば、ヒト、サルなどの霊長類、マウス、ラット、ハムスター、モルモットといったげっ歯類、更には、イヌ、ウサギ、ブタなど、創薬の非臨床試験や化学物質などの安全性評価に用いられる哺乳動物の肝細胞を使用することができる。
【0058】
なお、本発明において肝細胞の播種密度は特に限定するものではないが、細胞培養担体の播種面の見掛面積に対して、過剰な肝細胞を播種すると、肝細胞と繊維が十分に接触できず、ラミニン又はフィブロネクチンが十分に作用できない場合があるため、播種密度は細胞培養担体播種面の見掛面積1cmあたり、3.0×10viable cells以下あるのが好ましく、2.0×10viable cells以下であるのがより好ましく、1.5×10viable cells以下であるのが更に好ましい。一方で、肝細胞の播種密度が少なすぎると、肝細胞同士の相互作用が低下し、成育に必要な微小環境の構築に不具合が生じやすい傾向があるため、播種密度は細胞培養担体播種面の見掛面積1cmあたり、0.1×10viable cells以上であるのが好ましく、0.2×10viable cells以上であるのがより好ましく、0.5×10viable cells以上であるのが更に好ましい。
【0059】
また、培地は各細胞メーカー又は試薬メーカーから肝細胞培養用として販売されている培地を使用することができる。
【0060】
以上、説明した通り、本発明の肝細胞の培養方法は、単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体の繊維表面にラミニン又はフィブロネクチンを有する細胞培養担体として単に使用すれば良く、厳格な水素イオン指数の管理、温度の管理、ゲルの重層、或いは異種細胞の培養といった煩雑な操作の必要性がなく、簡易な培養方法であり、ハイスループット分析装置への適用も容易である。更に、ゲルでサンドイッチする訳でもなく、肝細胞が露出した状態で培養することができるため、薬剤が肝細胞へ浸透しやすく、肝細胞成分を抽出するためにゲルを消化分解する手間も不必要で、更には、共培養する必要がなく、肝細胞のみで培養できるため、肝細胞の応答だけを解析できるなど、評価、解析しやすい培養方法である。
【実施例】
【0061】
以下、本発明の肝細胞の培養方法について具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。なお、繊維単位重量あたりの水酸基量は繊維集合体の水酸基量を水酸基量測定に用いた繊維集合体質量(単位:g)で除した商であり、水酸基量は中和滴定法を用いて定量した値である。つまり、繊維集合体を20vol%の塩化ナトリウム水溶液50mL中に分散させた後、0.1N水酸化ナトリウム水溶液を中和点まで滴下し、中和に必要な水酸化ナトリウム滴下量から、繊維集合体の水酸基量を決定した(参考文献参照)。
(参考文献)
George W S.,Determination of Specific Surface Area of Colloidal Silica by Titration with Sodium Hydroxide,Anal.Cheam.;28,1981-1983,(1956)
【0062】
(繊維集合体の作製)
金属化合物としてのテトラエトキシシラン、溶媒としてのエタノール、加水分解のための水、及び触媒として1規定の塩酸を、1:5:2:0.003のモル比で混合し、温度78℃で10時間の還流操作を行い、次いで、溶媒をロータリーエバポレーターにより除去して濃縮した後、温度60℃に加熱して、粘度が2ポイズのゾル溶液を形成した。
【0063】
得られたゾル溶液を用いて、静電紡糸法によりゲル状シリカ連続繊維を紡糸する(紡糸工程)とともに、前記ゲル状シリカ連続繊維とは反対極性のイオンを照射し、集積させ、ゲル状シリカ連続繊維ウエブを形成(集積工程)した。つまり、特開2005−264374号公報の実施例8と同じ紡糸条件でゲル状シリカ連続繊維ウエブを形成した。より具体的には、図1の対向電極5として、図2の対向電極(沿面放電素子25)を紡糸容器室内に収納した紡糸装置を使用し、次の条件で紡糸した。
【0064】
(1)紡糸ノズル:内径0.4mmの金属製注射針(先端カット)
(2)紡糸ノズルと対向電極との距離:200mm
(3)対向電極及びイオン発生電極(両電極を兼ねる):ステンレス板(誘起電極)上に厚さ1mmのアルミナ膜(誘電体基板)を溶射し、その上に直径30μmのタングステンワイヤ(放電電極)を10mmの等間隔で張った沿面放電素子(タングステンワイヤ面を紡糸ノズルと対向させると共に接地し、ステンレス板とタングステンワイヤ間に交流高電圧電源により50Hzの交流高電圧を印加)
(4)第1高電圧電源:−16kV
(5)第2高電圧電源:±5kV(交流沿面のピーク電圧:5kV、50Hz)
(6)気流:水平方向(紙面上、左から右方向)25cm/sec、鉛直方向(紙面上、捕集部材4の上から下方向)15cm/sec
(7)紡糸容器内の雰囲気:温度25℃、湿度40%RH以下
【0065】
次に、前記ゲル状シリカ連続繊維ウエブを、温度800℃で3時間の熱処理をすることにより乾燥し、乾燥シリカ連続繊維同士の交点で接着した乾燥シリカ連続繊維ウエブを作製した。
【0066】
続いて、金属化合物としてテトラエトキシシラン、溶媒としてエタノール、加水分解のための水、及び触媒として硝酸を、1:7.2:7:0.0039のモル比で混合し、温度25℃、攪拌条件300rpmで15時間反応させた後、酸化ケイ素の固形分濃度が0.25%となるようにエタノールで希釈してシリカゾル溶液を調製し、接着剤とした。
【0067】
次いで、前記乾燥シリカ連続繊維ウエブを前記シリカゾル溶液(接着剤)に浸漬した後、吸引により余剰のシリカゾル溶液を除去した後、温度500℃で3時間焼成して、内部を含む全体における焼結シリカ連続繊維同士を、被膜を形成することなくシリカで接着した、焼結シリカ連続繊維のみからなる、不織布形態を有するシート状の焼結シリカ連続繊維集合体(平均目付:7.42g/m、平均厚さ:0.142mm、空隙率:95%、平均孔径:7μm、水酸基量:50μmol/g、焼結シリカ連続繊維の平均繊維径:0.73μm、焼結シリカの密度:2.2g/cm、引張破断強度:0.568MPa、単位体積あたりの表面積:0.13m/cm)を作製した。
【0068】
(実施例1〜2、比較例1)
前記焼結シリカ連続繊維集合体を直径6.25mmの円形となるように打ち抜いた後、細胞低接着性96ウェルプレートの各ウェルに、前記円形の焼結シリカ連続繊維集合体を挿入し、各ウェルの底面に配置した。
【0069】
次いで、479.52μg/mLのラミニン111溶液[=実施例1、マウスEHS細胞株由来(Wako製、120−05751)]、479.52μg/mLのフィブロネクチン溶液[=実施例2、ヒト血漿由来(BD,354008)]、又は479.52μg/mLのI型コラーゲン溶液[=比較例1、ラット尾由来(BD,354236)]のコート液を、それぞれ1ウェルあたり50μL注液した後、一晩、室温下で静置し、自然吸着により、各焼結シリカ連続繊維表面にラミニン、フィブロネクチン又はコラーゲンを有する細胞培養担体をそれぞれ調製した。なお、細胞低接着性96ウェルプレートにはタンパク質は吸着しないものと見なした場合、いずれの細胞培養担体も繊維表面積1cmあたりの含有量は4.2μgであった。
【0070】
その後、各コート液を除去した後、1ウェルあたり150μLのリン酸緩衝生理食塩水によって、細胞培養担体をそれぞれ2回ずつ洗浄した。
【0071】
そして、細胞培養担体上で、14日間、肝細胞を培養した。なお、培養条件は次の通りとした。
【0072】
SDラット凍結肝細胞(Lonza,AC−6009)を解凍後、2%牛胎児血清を含む肝細胞培養培地(Lonza,CC−3198)に分散し、遠心洗浄(50xg,90sec,4℃)を一回行った。次いで、同培地を用いて肝細胞を再懸濁させ、トリパンブルー法によって肝細胞の生存率を算出した。
【0073】
その後、細胞培養担体の播種面の見掛面積1cmあたり播種密度1.0×10viable cells、1ウェルあたりの培地量100μLで、それぞれのウェルに生肝細胞を播種し、温度37℃、CO分圧5%の加湿インキュベータ内で培養を開始した。そして、播種4時間後に、牛胎児血清を含まない肝細胞培養培地に交換を行い、その後、同培地を用いて1日1回の頻度で培地交換を行った。
【0074】
(比較例2〜4)
細胞接着性96ウェルプレートの各ウェルに、33.3μg/mLのラミニン111溶液[=比較例2、マウスEHS細胞株由来(Wako製、120−05751)]、33.3μg/mLのフィブロネクチン溶液[=比較例3、ヒト血漿由来(BD,354008)]、又は33.3μg/mLのI型コラーゲン溶液[=比較例4、ラット尾由来(BD,354236)]のコート液を、それぞれ1ウェルあたり50μL注液した後、一晩、室温下で静置し、自然吸着により、各ウェル底面をラミニン、フィブロネクチン又はコラーゲンでコートした。なお、いずれも底面積1cmあたりの含有量は5μgであった。
【0075】
その後、各コート液を除去した後、1ウェルあたり150μLのリン酸緩衝生理食塩水によって、各ウェルをそれぞれ2回ずつ洗浄した。
【0076】
そして、実施例1〜2と同じ操作で、14日間、肝細胞を培養した。
【0077】
(実施例3)
前記焼結シリカ連続繊維集合体を直径6.25mmの円形となるように打ち抜いた後、細胞低接着性96ウェルプレートの各ウェルに、前記円形の焼結シリカ連続繊維集合体を挿入し、各ウェルの底面に配置した。
【0078】
次いで、33.3μg/mLのラミニン111溶液[マウスEHS細胞株由来(Wako製、120−05751)]のコート液を、1ウェルあたり50μL注液した後、一晩、室温下で静置し、自然吸着により、焼結シリカ連続繊維表面にラミニンを有する細胞培養担体を調製した。なお、細胞低接着性96ウェルプレートにはタンパク質は吸着しないものと見なした場合、細胞培養担体の繊維表面積1cmあたりの含有量は0.29μgであった。
【0079】
その後、コート液を除去した後、1ウェルあたり150μLのリン酸緩衝生理食塩水によって、各細胞培養担体をそれぞれ2回ずつ洗浄した。
【0080】
そして、実施例1〜2と同じ操作で、細胞培養担体上で、14日間、肝細胞を培養した。
【0081】
(比較例5)
細胞接着性96ウェルプレートの各ウェルに、479.52μg/mLのラミニン111溶液[マウスEHS細胞株由来(Wako製、120−05751)]のコート液を、1ウェルあたり50μL注液した後、一晩、室温下で静置し、自然吸着により、ウェル底面をラミニンでコートした。なお、底面積1cmあたりの含有量は72.7μgであった。
【0082】
その後、コート液を除去した後、1ウェルあたり150μLのリン酸緩衝生理食塩水によって、各ウェルをそれぞれ2回ずつ洗浄した。
【0083】
そして、実施例1〜2と同じ操作で、14日間、肝細胞を培養した。
【0084】
(アルブミン分泌量の測定)
培地交換時の培養上清を全量回収(各ウェル100μL)し、凍結保存を行った。全培養日程終了後、これらを解凍し、培養上清中に分泌されたラット由来アルブミン量を、ELISA法 (Enzyme−Linked Immuno Sorbent Assay)によって測定した。検出には、一次抗体として抗ラットアルブミンウサギ抗血清(MP Biomedicals,55711)、二次抗体としてペルオキシダーゼ標識抗ラットアルブミンヒツジIgG(MP Biomedicals,55776)を使用した。なお、測定値の取得には、マイクロプレートリーダー(コロナ電気,SH−9000)を使用し、付属のソフトウェアで解析した。この結果を示すグラフを図3(実施例1〜2及び比較例1〜4)及び図4(実施例1、3、比較例2、5)に示した。なお、グラフは4ウェルの平均値と標準偏差を示している。
【0085】
(肝代謝酵素の誘導実験)
実施例1と比較例2の肝細胞の培養において、3日又は5日間培養した後に、肝細胞の培養培地を除去し、肝細胞培養培地(図5〜8中、「定常状態」と表記)、0.1vol%ジメチルスルホキシド(DMSO)を含む肝細胞培養培地(図5〜8中、「溶媒のみ」と表記)、又は50mMデキサメサゾン(Dex)を溶解したDMSOを0.1vol%混和した肝細胞培養培地(Dex終濃度:50μM、図5〜8中、「誘導薬剤あり」と表記)を、各ウェルに100μL添加した。
【0086】
次の日、同様の培地交換を行い、計48時間の酵素誘導を行って、誘導後の培養5日又は7日目に相当する肝細胞のラットCYP3A活性を測定した。なお、ラットCYP3A活性の測定は、CYP3A4活性測定キット(プロメガ,V9001)を使用し、マイクロプレートリーダー(コロナ電気,SH−9000)によって実施した。この結果を示すグラフを図5(誘導後の培養5日目)及び図6(誘導後の培養7日目)に示した。なお、グラフは3ウェルの平均値と標準偏差で示した。
【0087】
更に、ラットCYP3A活性測定後に、ウェルの生肝細胞の相対的細胞密度の測定を行なった。なお、生肝細胞の相対的細胞密度の測定は、Cell Counting Kit−8(同仁化学研究所,341−07761)を使用し、マイクロプレートリーダー(コロナ電気,SH−9000)によって行なった。この結果を示すグラフを図7(誘導後の培養5日目)及び図8(誘導後の培養7日目)に示した。なお、グラフは3ウェルの平均値と標準偏差で示した。
【0088】
実施例1〜2の肝細胞の培養方法と比較例1〜4の肝細胞の培養方法により培養した肝細胞のアルブミン分泌量を示す図3から、単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体の繊維表面にラミニン又はフィブロネクチンを有する細胞培養担体を使用すると、10〜14日間程度、高い活性を維持できる肝細胞を培養できることが分かった。
【0089】
また、創薬の非臨床試験および化学物質などの安全性評価で重要な酵素の誘導活性についても、図5、6から理解できるように、同様の傾向が見られ、単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体の繊維表面にラミニン又はフィブロネクチンを有する細胞培養担体を使用した場合は、このような繊維集合体を使用しなかった場合では活性がほぼ消失してしまう培養7日目においても、高い薬剤応答性を有していることが示された。
【0090】
更に、肝代謝酵素の誘導実験後の生肝細胞の相対的細胞密度の計測からは、図7、8から理解できるように、単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体の繊維表面にラミニン又はフィブロネクチンを有する細胞培養担体を使用した場合と使用しなかった場合では、生残細胞数には殆ど差がなかったことが分かった。
【0091】
これらの結果から、本発明は、ラミニン又はフィブロネクチンを付与することによって肝細胞の接着性を向上させるという単純なものではなく、個々の肝細胞の機能が高められており、肝細胞の生体内の微小環境が正しく再現されていることを示唆する結果であった。このことは、接着性向上のための因子として最も一般的なI型コラーゲンの付与では効果がみられなかったこと(比較例1)からも支持され、細胞外基質ならどれでも同様の効果が得られるわけではないことから、単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体とラミニン又はフィブロネクチンとを組合わせた細胞培養担体が有する、肝細胞に対する接着性向上以外の作用によって、個々の肝細胞の機能が高められるという、予測できない、優れた効果を奏することがわかった。
【0092】
また、実施例1〜2の肝細胞の培養方法と比較例1〜4の肝細胞の培養方法とでは、単位表面積あたりのラミニン又はフィブロネクチンの含有量をほぼ同量に揃えていることから、ラミニン又はフィブロネクチンの絶対含有量で14.4倍もの差がある。そのため、この絶対含有量の差によって、培養した肝細胞の活性に差が生じたのではないか、とも考えられたが、図4に示すように、実施例3の肝細胞の培養方法と、比較例5の肝細胞の培養方法により培養した肝細胞のアルブミン分泌量の比較から、絶対含有量の影響よりも、単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体とラミニン又はフィブロネクチンとを組合わせた細胞培養担体を使用することによって、高い活性を維持できる肝細胞を培養できることが分かった。
【0093】
つまり、比較例5におけるラミニンの絶対量は実施例3における14.4倍であるにも関わらず、活性を維持できなかったのに対して、実施例3においては、10日間程度、高い活性を維持できる肝細胞を培養できたことから、単位体積あたりの表面積が0.01m/cm以上の繊維集合体とラミニン又はフィブロネクチンを組合わせた細胞培養担体を使用することが有用であることが明確となった。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明の肝細胞の培養方法によれば、簡易に、酵素活性を長期間にわたって維持できる肝細胞を培養できる。また、肝細胞を評価、解析しやすい、肝細胞の培養方法である。
【符号の説明】
【0095】
1 静電紡糸装置
2 紡糸ノズル
3 繊維回収容器
4 捕集部材
5 対向電極
5a イオン
6 ゾル溶液供給機
7 第1高電圧電源
8 第2高電圧電源
9 吸引機
25 沿面放電素子
26 誘電体基板
27 放電電極
28 誘起電極
29 交流電源
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8