(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 光電変換素子]
本発明に係る光電変換素子は、以下の構成を備えている。
(1)前記光電変換素子は、波長λ
0の単色光を吸収して、キャリアを発生させることが可能な光吸収材料からなる光吸収部材を備え、入射光として前記単色光からなる略平行光線が用いられる。
(2)前記光電変換素子は、前記入射光が入射角θで入射する面にバンドパスフィルターが形成されており、
前記バンドパスフィルターは、少なくとも波長λ
0の光を選択的に透過させる機能を持つ。
【0011】
[1.1. 入射光]
本発明において、入射光は、波長λ
0の単色光からなる。すなわち、本発明に係る光電変換素子は、単色光照射用の光電変換素子である。
「波長λ
0の単色光」とは、中心波長がλ
0であり、かつ、中心波長λ
0に対するスペクトルの半値半幅(Δλ/2)の比(=Δλ/2λ
0)が0.0026以下である光をいう。
【0012】
本発明において、入射光は、受光面(入射光が入射する面)に向かって略平行に入射する略平行光線からなる。
「略平行光線」とは、光の進行方向を示す角の分布βが6.5°以下である光をいう。βは、小さいほど良い。高い変換効率を得るためには、入射光は、β≒0の平行光線が好ましい。
【0013】
本発明において、入射光は、入射角θで受光面に入射する。
「入射角θ」とは、受光面の法線方向と、入射光の入射方向とのなす角をいう。
「入射光の入射方向」とは、入射光の平均的な進行方向をいう。例えば、入射光が平行光線(β=0)である場合は、入射方向とは、入射光に平行な方向をいう。また、例えば、入射光の進行方向が頂角:2β(β≠0)の円錐形状内にある場合、入射方向とは、円錐の中心軸に平行な方向をいう。
【0014】
[1.2. 光吸収材料、光吸収部材]
光電変換素子は、波長λ
0の単色光を吸収して、キャリアを発生させることが可能な光吸収材料からなる光吸収部材を備えている。
本発明において、光吸収材料は、特に限定されるものではなく、種々の材料を用いることができる。光吸収材料としては、例えば、
(1)Ga
1-xIn
xAs
1-yP
y系化合物半導体(0≦x≦1、0≦y≦1)、In
1-x-yAl
xGa
yAs(0≦x≦1、0≦y≦1)系化合物半導体などのIII−V族化合物半導体、
(2)結晶Si、微結晶Si、アモルファスSi、
(3)CuIn
1-xGa
xSe
2(CIGS)、Cu
2ZnSnS
4(CZTS)、Cu
2ZnSnSe
4(CZTSe)などの硫化物系又はセレン化物系化合物半導体、
などがある。
【0015】
光吸収材料は、特に、損失の大半(50%以上)が輻射再結合である材料がより好ましい。このような材料に対して本発明を適用すると、変換効率がより大きく向上する。
主たる損失が輻射再結合である光吸収材料としては、例えば、Ga
1-xIn
xAs
1-yP
y系化合物半導体、In
1-x-yAl
xGa
yAs(0≦x≦1、0≦y≦1)系化合物半導体などがある。
【0016】
光吸収部材の形状や大きさは、特に限定されるものではなく、目的に応じて任意に選択することができる。
例えば、光吸収部材は、自立可能な厚さを有する板又は厚膜であっても良く、あるいは、基板上に形成された薄膜であっても良い。
また、光電変換素子は、光電変換要素が光吸収部材のみからなるもの(例えば、Si太陽電池)でも良く、あるいは、光電変換要素が薄膜状の光吸収部材(光吸収層)とその他の層の積層体からなるもの(例えば、光吸収層がCIGSやCZTSからなる薄膜太陽電池)でも良い。
【0017】
[1.3. バンドパスフィルター]
[1.3.1. 定義]
本発明に係る光電変換素子は、前記入射光が入射角θで入射する面(受光面)にバンドパスフィルターが形成されている。
「バンドパスフィルター」とは、少なくとも波長λ
0の光を選択的に透過させる機能を持つものをいう。バンドパスフィルターは、通常、白色光の中から、特定の波長を持つ光を抽出するために用いられている。本発明において、バンドパスフィルターは、入射光(単色光)をそのまま透過させ、かつ、光吸収部材からの輻射を再び光吸収部材内部に反射させるために用いられる。この点が従来とは異なる。
【0018】
バンドパスフィルターは、光電変換素子の受光面側に設けられる。
光電変換要素が光吸収部材のみからなる光電変換素子の場合(例えば、Si太陽電池の場合)、バンドパスフィルターは、光吸収部材の表面に形成される。
一方、光電変換要素が光吸収層と他の層の積層体からなる光電変換素子の場合(例えば、薄膜太陽電池の場合)、バンドパスフィルターは、積層体の最上面に形成される。
【0019】
[1.3.2. 中心波長λ]
バンドパスフィルターを透過することが可能な光の波長は、所定の幅(透過帯域)を持つ。
「中心波長λ」とは、バンドパスフィルターを透過することが可能な光の波長の中央値をいう。
「少なくとも波長λ
0の光を選択的に透過する」とは、バンドパスフィルターの中心波長λが、必ずしも入射光の中心波長λ
0に完全に一致している必要はないことを意味する。しかしながら、波長λと波長λ
0との差が大きく異なると、バンドパスフィルターを透過する光子の数が減少し、変換効率が低下する。
高い変換効率を得るためには、バンドパスフィルターの中心波長λは、0.9974×λ
0以上1.0026×λ
0以下が好ましい。中心波長λは、さらに好ましくは、0.9985×λ
0以上1.0015×λ
0以下、さらに好ましくは、0.999×λ
0以上1.001×λ
0以下である。
【0020】
[1.3.3. 構造]
バンドパスフィルターの構造は、上述した機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されない。バンドパスフィルターとしては、例えば、
(a)(L4/H4/)
m1L2(H4/L4/)
m2の積層構造を持つもの、
(b)AR/(L4/H4/)
m1L2(H4/L4/)
m2の積層構造を持つもの、
(c)(H4/L4/)
m1H2(L4/H4/)
m2の積層構造を持つもの、
(d)AR/(H4/L4/)
m1H2(L4/H4/)
m2の積層構造を持つもの、
などがある。
【0021】
但し、
「AR」は、屈折率がn
ARである材料からなる反射防止層、
「L4」は、屈折率がn
L4である低屈折材料(A)からなる低屈折率層(A)、
「L2」は、屈折率がn
L2である低屈折材料(B)からなる低屈折率層(B)、
「H4」は、屈折率がn
H4(>n
L4、>n
L2)である高屈折材料(A)からなる高屈折率層(A)、
「H2」は、屈折率がn
H2(>n
L4、>n
L2)である高屈折材料(B)からなる高屈折率層(B)、
m
1、m
2は、それぞれ、1以上の整数。
【0022】
「L4」、「L2」は、それぞれ、その光学厚さ(=屈折率n×実厚さd)がλ
0/4又はλ
0/2に比例する層を表す。入射角θの場合、バンドパスフィルターを構成する各層の光学厚さndの条件は、nd=(1−sin
2θ/n
2)
1/2×(λ
0/4 or λ
0/2)となる。この点は、「H4」、「H2」も同様である。
「(L4/H4/)
m1」は、「L4/H4/」の積層単位がm
1回繰り返されることを表す。前半の繰り返し数m
1と後半の繰り返し数m
2は、同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。
「(L4/H4/)
m1L2(H4/L4/)
m2」は、(L4/H4/)
m1の積層構造と、(H4/L4/)
m2の積層構造の間にL2層が挿入されていることを表す。
「AR/」は、バンドパスフィルターの最表面(光の入射側)に反射防止層が形成されていることを表す。
【0023】
L4を構成する低屈折材料(A)と、L2を構成する低屈折率材料(B)は、後述する条件を満たす限りにおいて、同一材料であっても良く、あるいは、異なる材料であっても良い。さらに、積層構造中に含まれる個々のL4は、後述する条件を満たす限りにおいて、同一材料であっても良く、あるいは、異なる材料であっても良い。
同様に、H4を構成する高屈折率材料(A)と、H2を構成する高屈折率材料(B)は、後述する条件を満たす限りにおいて、同一材料であっても良く、あるいは、異なる材料であっても良い。さらに、積層構造中に含まれる個々のH4は、後述する条件を満たす限りにおいて、同一材料であっても良く、あるいは、異なる材料であっても良い。
【0024】
バンドパスフィルターは、特に、積層構造(a)又は積層構造(b)を備えているものが好ましい。これらの積層構造を備えたバンドパスフィルターは、他の積層構造を備えたバンドパスフィルターに比べて高い変換効率が得られる。
【0025】
バンドパスフィルターを構成する各層の厚さ(実厚さ)dには、理想的な厚さ(実厚さ)d
0が存在する。各層の厚さdは、必ずしも理想的な厚さd
0と完全に同一である必要はない。しかしながら、厚さdと理想的な厚さd
0との差が大きくなると、変換効率が低下する。従って、厚さdは、理想的な厚さd
0に近いのが好ましい。
【0026】
例えば、上述した積層構造(a)又は積層構造(b)を備えたバンドパスフィルターの場合、低屈折率層(A)の厚さd
L4、低屈折率層(B)の厚さd
L2、及び、高屈折率層(A)の厚さd
H4は、それぞれ、以下の関係を満たしているのが好ましい。
【0027】
すなわち、低屈折率層(A)の厚さd
L4は、0.987×d
L40以上1.013×d
L40以下が好ましい。厚さd
L4は、さらに好ましくは、0.992×d
L40以上1.008×d
L40以下、さらに好ましくは、0.995×d
L40以上1.005×d
L40以下である。
但し、d
L40は、低屈折率層(A)の理想的な厚さ(実厚さ)であり、d
L40=(1−sin
2θ/n
L42)
1/2×(λ
0/4)×(1/n
L4)で表される。
【0028】
また、低屈折率層(B)の厚さd
L2は、0.9940×d
L20以上1.0059×d
L20以下が好ましい。厚さd
L2は、さらに好ましくは、0.996×d
L20以上1.004×d
L20以下、さらに好ましくは、0.998×d
L20以上1.002×d
L20以下である。
但し、d
L20は、低屈折率層(B)の理想的な厚さ(実厚さ)であり、d
L20=(1−sin
2θ/n
L22)
1/2×(λ
0/2)×(1/n
L2)で表される。
【0029】
また、高屈折率層(A)の厚さd
H4は、0.9924×d
H40以上1.0075×d
H40以下が好ましい。厚さd
H4は、さらに好ましくは、0.995×d
H40以上1.005×d
H40以下、さらに好ましくは、0.997×d
H40以上1.003×d
H40以下である。
但し、d
H40は、高屈折率層(A)の理想的な厚さ(実厚さ)であり、d
H40= (1−sin
2θ/n
H42)
1/2×(λ
0/4)×(1/n
H4)で表される。
【0030】
積層構造(b)又は積層構造(d)を備えたバンドパスフィルターにおいて、反射防止層の屈折率n
AR及び厚さ(実厚さ)d
ARは、特に限定されない。すなわち、反射防止層は、少なくとも光を透過する材料からなる層であればよい。
【0031】
また、積層構造(b)を備えたバンドパスフィルターにおいて、さらに高い変換効率を得るためには、反射防止層の屈折率n
AR及び厚さd
ARは、それぞれ、以下の関係を満たしているのが好ましい。
【0032】
すなわち、反射防止層の屈折率n
ARは、0.83×n
pv1/2以上1.17×n
pv1/2以下が好ましい。屈折率n
ARは、さらに好ましくは、0.88×n
pv1/2以上1.12×n
pv1/2以下、さらに好ましくは、0.92×n
pv1/2以上1.08×n
pv1/2以下である。
但し、n
pvは、前記光吸収材料の屈折率である。
【0033】
また、反射防止層の厚さd
ARは、0.81×d
AR0以上1.18×d
AR0以下が好ましい。厚さd
ARは、さらに好ましくは、0.88×d
AR0以上1.10×d
AR0以下、さらに好ましくは、0.95×d
AR0以上1.05×d
AR0以下である。
但し、d
AR0は、反射防止層の理想的な厚さ(実厚さ)であり、d
AR0=(1−sin
2θ/n
AR2)
1/2×(λ
0/4)×(1/n
AR)で表される。
【0034】
[1.3.4. 材料]
バンドパスフィルターを構成する各層の材料は、特に限定されるものではなく、目的に応じて種々の材料を用いることができる。
低屈折率材料としては、例えば、MgF
2(波長1064nmの屈折率:約1.36)、SiO
2(波長1064nmの屈折率:約1.42)などがある。
高屈折率材料としては、例えば、ZnS(波長1064nmの屈折率:約2.29)、TiO
2(波長1064nmの屈折率:約2.25)などがある。
反射防止層の材料としては、例えば、Y
2O
3(波長1064nmの屈折率:約1.73)、TiO
2−SiO
2などの複合酸化物などがある。
【0035】
[2. 作用]
バンドパスフィルターは、従来、白色光の中から特定波長の光を抽出するために用いられていた。このバンドパスフィルターを光電変換素子の受光面の上に設け、受光面に向かって単色光を入射すると、バンドパスフィルターは、入射光を遮ることなく、光吸収部材からの輻射を再び光吸収部材内部に反射する。反射された輻射光は、光吸収部材により吸収され、発電に寄与する。その結果、変換効率が向上する。
特に、主たる損失が輻射再結合である光吸収材料に対して本発明を適用すると、高い効果が得られる。
【0036】
[2.1. 太陽電池からの輻射の抑制]
理想的な太陽電池の電流密度Jと電圧Vの関係は、(1)式により表される。
【数1】
【0037】
ここで、N
absは太陽電池に吸収される光子数、N
em(V)は太陽電池から輻射により放出される光子数、qは電荷素量である。また、N
emがVに依存することを明示した。この式は、吸収された光子数に等しい数のキャリアが生成し、そのうちの一部は輻射再結合により消滅して残りが電流として取り出されることを意味している。これより求められる変換効率は、原理的にこれよりも高い値はありえないという限界値であるから、限界変換効率(limiting efficiencyあるいはradiative limit)と呼ばれる。
【0038】
実際の太陽電池では非輻射再結合によるキャリアの消滅を無視することができないが、これは原理的に抑制することができるという考え方に基づいている。
【0039】
入射角θ方向からの太陽光スペクトルをn
sun(ε、θ)(εは光子エネルギー)、太陽電池表面の光透過率をT(ε、θ)とする(
図1)。太陽電池中の光吸収層が十分厚く、太陽電池内に到達したバンドギャップε
g以上のエネルギーを持つ光子は完全に吸収されると仮定すると、N
abs、N
em、及びn
em(ε、V)は、それぞれ、(2)〜(4)式となる。
【数2】
ただし、h、c、k
B、T
RTは、それぞれ、プランク定数、真空中の光速度、ボルツマン定数、室温である。
【0040】
通常の太陽電池の表面にはT(ε、θ)が1に近い値となるような反射防止のための工夫がなされている。しかし、入射光に対する反射防止構造は、光伝搬の相反定理により、必然的に太陽電池からの輻射に対しても反射防止機能をもってしまう。簡単化のため、全エネルギー範囲及び角度範囲について、(2)、(3)式中のT(ε、θ)を共に1であると仮定すれば、角度積分された太陽光スペクトルn
sun(ε)を用いて、Jは(5)式のように表せる。
【数3】
【0041】
これより、Shocley-Queisser limit(AM1.5Gスペクトルに対して33%)が得られる。光学相反定理を破ることは、磁気光学効果をもつ材料を用いることにより原理的には可能であるが、幅広いスペクトル及び伝搬方向にわたってこれを実現することは、実際には極めて難しい。
【0042】
一方、波長λ
0(光子エネルギーε
0、ε
0≧ε
g)で発振するレーザー光を太陽電池に垂直に入射させる場合は、単位時間当たりの入射光子数をN
0とすると、Jは(6)式で表せる。
【数4】
【0043】
従って、T(ε=ε
0、θ=0)を1に近い値、(ε=ε
0、θ=0)以外でのT(ε、θ)をなるべく小さい値にすることができれば、N
absが大きく、N
em(V)が小さくなるので、高い変換効率が得られる。そこで、太陽電池表面に波長λ
0、垂直入射用のバンドパスフィルターを形成すれば良いことがわかる。
【0044】
(3)式を、太陽電池の中での伝搬角θ
inに基づいて考える。太陽電池表面が平滑であり、理想的な反射防止膜が形成されている場合、太陽電池材料の屈折率n
pvにより決まる臨界角をθ
c=arcsin(1/n
pv)とすると、T(θ
in<θ
c)=1、T(θ
in>θ
c)=0である。T(θ
in)=1となるθ
inの範囲を狭くすることができれば、N
em(V)が抑制され、変換効率が向上する。この効果は、GaAs太陽電池に太陽光を垂直に入射させた場合について定量的に示されている(参考文献1)。ただし、θ
inの範囲を狭くするための具体的な方法は述べられていない。
[参考文献1]E. D. Kosten et al., Proc. SPIE 8124, 81204F(2011)
【0045】
[2.2. バンドパスフィルターの設計]
屈折率の異なる2種類の材料の薄膜を交互に積層することにより、種々の機能を持つ光学フィルターを形成することができる。入射光には、太陽光により励起されたNd:YAGレーザーを用いることを想定し、λ
0=1064nm(ε
0=1.165eV)の値と、高屈折率材料、低屈折率材料の屈折率にそれぞれZnS、MgF
2の値である2.29、1.36の値を用いる。
【0046】
太陽電池材料には、InP基板に格子整合し、バンドギャップε
gがε
0=1.165eVに一致するGa
0.114In
0.886As
0.250P
0.750を想定し、その屈折率3.5を用いる。直接バンドギャップ半導体の場合、吸収層の厚さがおよそ2〜3μm以上ならば、ε
0=ε
gの光はほぼ完全に吸収される。これらの条件下でのバンドパスフィルターの最適構造を考える。
【0047】
バンドパスフィルターの基本構造は、光学厚さ(厚さとその材料の屈折率とをかけた値)がλ
0/2の膜を、厚さλ
0/4の高/低屈折率材料の交互積層膜により挟んだものである。これを屈折率:1.5のガラス基板上に形成する場合、積層順が(L4/H4/)
m1L2/(H4/L4/)
m2/ガラス基板よりも、
図2(a)に示されるような(H4/L4/)
m1H2/(L4/H4/)
m2/ガラス基板の方が、バンド幅が狭くなることが知られている。ここで、L4、H4はそれぞれ低屈折率、高屈折率材料の光学厚さλ
0/4の層を表す。(L4/H4/)
mはL4/H4/がm回繰り返して積層されていることを表す。
【0048】
これらの積層構造の垂直入射光に対する透過スペクトルを転送行列法により計算した結果を
図3(a)(b)に示す。ここで、各材料の屈折率の波長依存性は無視し、波長1064nmでの値をそのまま用いた。
これらを太陽電池の表面に形成した場合、太陽電池材料の屈折率が大きいため、バンドパスフィルターの機能は得られるものの、透過率の尖頭値が低くなる(
図3(c)、(d))。そこで、最表面に反射防止(AR)のための層を形成するのが好ましい。屈折率n
sの下地の上に、屈折率n
AR=n
s1/2、厚さλ
0/n
AR/4の層を形成すれば反射率をゼロにすることができる。
【0049】
今の場合、バンドパス層の上に反射防止層を形成するが、その場合も屈折率n
AR=n
pv1/2=1.871、厚さλ
0/n
AR/4の層を用いれば、反射率をゼロにできることを確認した。この屈折率の値は、TiO
2−SiO
2、ZrO
2−SiO
2、Nb
2O
3−SiO
2などの複合酸化物を用いることにより実現することができる。このときは、
図3(e)、(f)に示されるように、AR/(L4/H4/)
m1L2/(H4/L4/)
m2/太陽電池(
図2(b))の積層順の方がバンド幅が狭くなる。
【0050】
この構成のバンドパスフィルターを太陽電池表面に形成した時のJ−V特性と変換効率を、(6)式を基にして求め、理想的な反射防止構造(T(ε、θ)=1)の場合と比較する。
【0051】
[2.3. 太陽電池への入射光強度の影響]
Nd:YAGレーザー発振の始準位のエネルギーは波長870nmに相当する。そこで、AM1.5D太陽光スペクトルのうちの波長870nm以下の成分がすべて吸収され、量子効率1で波長1064nmの単色光に変換されると仮定すると、集光機構がない場合には、その強度は33mW/cm
2となる。
【0052】
太陽電池への入射光強度が大きくなると、(1)式に現れるN
em(V)の影響が相対的に小さくなるのでlimiting efficiencyは高くなるが、実際には太陽電池内部の直列抵抗による損失が顕著となる。両者のトレードオフにより、マクロなサイズのIII−V族化合物3接合太陽電池の変換効率は集光倍率:数100倍のときに最高値となる。
【0053】
直列抵抗の影響を小さくするための方法の1つは太陽電池の微小化である。直径18μmのCIGS太陽電池に白色光を入射させたときの変換効率の入射強度依存性を
図4に示す(参考文献2)。
[参考文献2]M. Paire et al., J. Appl. Phys. 108, 034907(2010)
【0054】
III−V族化合物太陽電池の場合、シート抵抗は数10Ωであるから、集光倍率10
4〜10
5で変換効率が最高となる。この値を波長1064nm単色光の強度に換算すると、0.5〜5kW/cm
2となる。
従って、以下の太陽電池の変換効率の計算の際には、入射光強度は10mW/cm
2〜10kW/cm
2の範囲を考える。
【実施例】
【0055】
(実施例1)
太陽電池表面に
図2(b)の構成のバンドパスフィルターを形成したときの限界変換効率の計算結果を、理想的な反射防止構造の場合と比較して
図5(a)に示す。バンドパスフィルター中の全層数が増えるのに伴い、限界変換効率が向上し、何れの入射光強度の場合も、14層(m
1=m
2=3)のバンドパスフィルターにより、理想的な反射防止層の場合に比べて約5%向上する。ただし、これ以上層数を増やしてもその効果は小さい。
【0056】
入射光強度の影響を示したものが
図5(b)である。入射光の増大に伴い限界変換効率は向上し、14層(m
1=m
2=3)のバンドパスフィルターによる向上分は5%から殆ど変化しない。ただし、10kW/cm
2の場合には、理想的な反射防止構造の場合であっても輻射の影響はかなり小さいので、バンドパスフィルターによる向上分が小さくなる。
【0057】
バンドパスフィルターの全層数が14層(m
1=m
2=3)のときの垂直入射光に対する透過スペクトルを
図6(a)に示す。波長1064nmでの透過率T(θ=0)はほぼ1である。
図6(b)はこのときの透過率の伝搬角度θ依存性である。ただし、θは太陽電池外部での角度である。内部での角度θ
inは、θ
in=arcsin(sinθ/n
pv)である。
図1参照。
波長1064nmについては、T(θ=0)がほぼ1である。θ>0はλ>λ
0と等価であるから、θの増大に伴い急激に低下する。arctan(n
pv)により決まるBrewster角に近いθ=78.7°を中心に幅広いピークが現れるが、このような浅い角度の輻射のN
em(V)への影響は僅かであることが、
図6(c)に示される輻射強度の出射角度分布T(ε、θ)cosθからわかる。
【0058】
太陽電池内部での輻射スペクトルである(4)式のn
em(ε、V)は、Vが小さければ分母の定数項(−1)を無視して(7)式で近似できる。
【数5】
【0059】
この関数は、
図7に示されるように、εの単調減少関数であり、N
em(V)に主に寄与するのはε=ε
0〜ε
0+0.1eV(波長1064〜980nm)の範囲である。そこで、ε=ε
0+0.05、ε
0+0.1eV(波長1020、980nm)のT(θ)を
図6(b)に併せて示す。θが大きくなり、光路長が波長1064nmの垂直入射の値に近くなるところで透過率はほぼ1となるが、それ以外のθでは低い値となる。θ=80°付近の透過率の増大の影響も殆どないことが
図6(c)からわかる。
【0060】
このときの輻射の抑制を定量的に評価するために、バンドパスフィルターが形成されたときの実効的な輻射の立体角Ω
em(ε)を(8)式により定義し、全層数が14の場合の値を、理想的な反射防止構造の場合の値であるπと比較した値を
図7に併せて示す。
【数6】
【0061】
図示された全光子エネルギー範囲にわたってΩ
em(ε)/πは0.1以下である。即ち、理想的な反射防止構造の場合に比べて輻射が1/10以下に抑制されていることがわかる。これは、入射光強度が10倍以上であることと等価であり、その結果、例えば、全層数14のバンドパスフィルターが形成された場合の10mW/cm
2での限界変換効率は、理想的な反射防止構造の場合の100mW/cm
2での値よりも僅かに高くなる。
【0062】
(実施例2)
ここまでは、バンドギャップε
g(=ε
0)以下のエネルギーの光子の吸収、放出はゼロであると近似した。しかし、実際の太陽電池材料では、ε
g以下の領域の吸収スペクトルにUrback tailと呼ばれる弱い吸収が現れるので、その影響を評価した。このとき、(6)式の中の輻射を表す第2項は、ε
g以下の輻射を含めて以下のように修正される。
【数7】
【0063】
α(ε)は輻射率であり、高純度Ga
1-xIn
xAs
1-yP
y及びGaAsの典型的な吸収係数の値から求めた。その結果、Urback tailの影響により、
図5に示されている何れの場合もそれぞれ限界変換効率がおよそ1%低下するが、理想的な反射防止構造の場合に比べてのバンドパスフィルターの効果は、先のUrback tailを考慮しないときと同様に得られることがわかった。
【0064】
(実施例3)
限界変換効率に及ぼす各種パラメータの揺らぎの影響を検討した。バンドパスフィルターの合計層数は10(m
1=m
2=2)とした。
図8に、結果を示す。
図8中、細線(限界変換効率:90.33%)は、太陽電池表面に理想的な反射防止構造が形成されている場合の結果である。
図8より、以下のことがわかる。
【0065】
(1)Δλ/λ
0が−0.26%〜+0.26%のときに、限界変換効率は90%以上となる(
図8(a))。
図8(a)より、入射光の波長λ
0(又は、バンドパスフィルターを透過可能な光の中心波長λ)が理想的な値から若干ずれても、ずれが所定の範囲内であれば、高い限界変換効率が得られることがわかる。
(2)Δθが6.5°以下のときに、限界変換効率は90%以上となる(
図8(b))。
図8(b)より、入射光が垂直入射する平行光線でない場合であっても、入射角θのずれ又は平行光線からのずれが所定の範囲内であれば、高い限界変換効率が得られることがわかる。
【0066】
(3)Δn
AR/n
AR0が−17%〜+17%のときに、限界変換効率は90%以上となる(
図8(c))。
図8(c)より、n
ARが理想的な値(=n
pv1/2)からずれても、ずれが所定の範囲内であれば、高い限界変換効率が得られることがわかる。
(4)Δd
AR/d
AR0が−19%〜+18%のときに、限界変換効率は90%以上となる(
図8(d))。
図8(d)より、d
ARが理想的な値からずれても、ずれが所定の範囲内であれば、高い限界変換効率が得られることがわかる。
【0067】
(5)Δd
L4/d
L40が−1.3%〜+1.3%のときに、限界変換効率は90%以上となる(
図8(e))。Δd
H4/d
H40が−0.76%〜+0.75%のときに、限界変換効率は90%以上となる(
図8(f))。さらに、Δd
L2/d
L20が−0.60%〜+0.59%のときに、限界変換効率は90%以上となる(
図8(g))。
図8(e)〜
図8(g)より、バンドパスフィルターを構成する各層の厚さが理想的な値から若干ずれても、ずれが所定の範囲内であれば、高い限界変換効率が得られることがわかる。
【0068】
(実施例4)
最後に、1064nm以外の波長の単色光を入射させた場合の結果を
図9に示す。各材料の屈折率の波長依存性は無視し、波長1064nmでの値をそのまま用いた。ここでは再びUrback tailの影響を無視した。N
0=5.4×10
16/cm
2(λ
0=1064nmのときの10mW/cm
2に相当する)の場合は、限界変換効率は波長の単調減少関数であるが、N
0=5.4×10
21/cm
2(λ
0=1064nmのときの1kW/cm
2に相当する)の場合には限界変換効率は波長に殆ど依存しない。ただし、何れのN
0の場合も、λ
0が長い方がバンドパスフィルターの効果が顕著である。
【0069】
理想的な反射防止構造(T(ε、θ)=0)の場合、(6)式の右辺第2項の分母の定数を無視すると限界変換効率の表式を解析的に導くことができる。ただし複雑な表式となるので、先ず、出力が最大となる電圧V
maxをε
0=1eVの近傍でTayler展開すると、(10)式及び(11)式となる。
【数8】
【0070】
ここで、W(z)はLambertのW関数(f(w)=wexp(w)の逆関数)である。これより、V
maxはε
0の値によらない一定値だけε
0よりも小さくなることがわかる。限界変換効率ηを(qV
max)/ε
0により近似的に表すと、(12)式となる。
【数9】
【0071】
実際には、V=V
maxのときにはJがqN
0よりも小さくなるので、限界変換効率は(12)式よりも小さい値となる。N
0=5.4×10
16/cm
2〜5.4×10
21/cm
2の変化に対して、(12)式の右辺第2項は0.36/ε
0〜0.07/ε
0となる。従って、入射光が弱くN
0が小さいときは、ε
0の増大(λ
0の減少)に対してηは向上するが、N
0が大きくなれば、ε
0(λ
0)はηの値に殆ど影響しないことがわかる。
【0072】
一方、λ
0が長い方がバンドパスフィルターの効果が顕著であることは以下のような理由による。バンドパスフィルターの効果は、バンドパスフィルターの透過帯域のエネルギー幅Δεと、太陽電池内部での輻射スペクトルであるn
em(ε)が外部への放出光子数N
em(V)に寄与するεの範囲の幅((4)式、
図7参照)の相対値により決まる。n
em(ε)の幅は、λ
0、ε
0にはよらず、約0.1eVである。一方、フィルターの透過帯域の波長幅Δλと中心波長λ
0の比Δλ/λ
0はλ
0に依存しない。これを光子エネルギーで表現すると、中心光エネルギーε
0とΔεの比ε
0/Δεが一定であることを示す。従って、波長λ
0が長く、光子エネルギーε
0が小さいほど、Δεは小さくなる。このため、λ
0が長い方がN
em(V)が小さくなる。
【0073】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。