【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業・総括実施型研究(ERATO)における研究領域、「浅野酵素活性分子プロジェクト」の委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
RAMACHANDRAN, P. Veeraraghavan et al., The influence of fluorine on the asymmetric reduction of fluoromethyl ketones, Journal of Fluorine Chemistry, 2007, Vol.128, p.844-850
【文献】
BUCCIARELLI, Maria et al., Asymmetric Reduction of Trifluoromethyl and Methyl Ketones by Yeast; An Improved Method, Synthesis, 1983, Vol.11,p.897-899
【文献】
ROSEN, Thomas C. et al., Biocatalyst vs. Chemical Catalyst for asymmetric reduction, Chimica oggi, 2004, Vol.22, No.5, suppl., p.43-45
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記作用させた後に得られる1,1−ジフルオロ−2−プロパノールおよび不純物を含む混合液を蒸留することにより、該混合液から不純物を分離し、1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを精製する工程を含む、請求項1乃至4の何れかに記載の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述のとおり、これまでに、化学触媒を用いて1,1−ジフルオロアセトンを不斉還元し、キラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを得る方法が非特許文献1で開示されているが、光学純度は16%eeと低かった。非特許文献1の方法では、1,1−ジフルオロ−2−プロパノール以外に、種々のフッ素を含む基質についても化学触媒を用いた不斉還元を検討しており、化合物によっては高い光学純度(>99%ee)で不斉還元反応が進む場合もあり、本発明で対象とする1,1−ジフルオロ−2−プロパノールの関連化合物である1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールについて高い光学純度(>90%ee)で得られることが確認されている。生物学的な方法についても、関連化合物であるキラル−1,1,1−トリフルオロ−2−プロパノールでは、生物の酵素を用いた方法で高い光学純度(90%ee以上)が特許文献1、特許文献3、非特許文献2で確認されている。
【0007】
前述の非特許文献1の方法では、1,1,1−トリフルオロアセトンでは化学触媒で高い光学純度が確認されたが、1,1,1−トリフルオロアセトンのCH
3基がCF
2H基に置き換わった化合物の1,1−ジフルオロアセトンに化学触媒を作用させた場合、置換基の電気陰性度や水素原子による立体障害のため触媒の立体選択性が低下し、光学純度が低下していた。このような現象は、1,1,1−トリフルオロアセトンと1,1、−ジフルオロアセトンの関係だけでなく、CF
3COR(RはPh−C、n−Bu−Cまたはn−Hex)のCH
3基がCF
2H基に置き換わった場合でも同様の現象が確認されており(非特許文献1)、CH
3基とCF
2H基はフッ素の数が一つ違うだけのフルオロメチル基であるものの、触媒の立体選択性に対して明確な違いが生じていた。ジフルオロメチル基に隣接するケトンの不斉還元の検討において、化学触媒の適用が上手く進まない中、生物学的方法についても検討が見送られ、キラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールの合成法については近年進展がなかった。このような中、分子中のCF
2H基とCH
3基とがほぼ同じ大きさである擬似対象ケトンと言える1,1−ジフルオロアセトンの立体構造を厳密に判別する触媒等の開発が望まれていた。
【0008】
そこで、本発明の課題は、キラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを高い立体選択性で製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋭意検討した結果、1,1−ジフルオロアセトンに特定の生体触媒を作用させることにより、高い立体選択性で不斉還元が生じ、両立体のキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを得られる方法を見出し、本発明を完成した。
【0010】
[発明1]
下記式[1]:
【化1】
で表される1,1−ジフルオロアセトンに、該アセトンを不斉還元する活性を有する微生物または該活性を有する酵素を作用させることを特徴とする、下記式[2]:
【化2】
[式中、*は不斉原子を表す。以下本明細書において同じ。]
で表されるキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールの製造方法。
【0011】
[発明2]
前記微生物が、キャンディダ・グイリエルモンディ(Candida guilliermondii)、キャンディダ・パラプシロシス(Candida parapsilosis)、キャンディダ・ビニ(Candida vini)、キャンディダ・ビスワナシィ(Candida viswanathii)、クリプトコッカス・ラウレンティ(Cryptococcus laurentii)、クリプトコッカス・カルバタス(Cryptococcus curvatus)、デバリョマイセス・マラムス(Debaryomyces maramus)、クルイベロマイセス・マーキシアヌス(Kluyveromyces marxianus)、オガタエア・ポリモルファ(Ogataea polymorpha)、ピキア・アノマラ(Pichia anomala)、ピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)、ピキア・ハプロフィラ(Pichia haplophila)、ピキア・ミヌタ(Pichia minuta)、ロドトルラ・ム
シラギノーサ(Rhodotorula muc
ilaginosa)、
ジゴサッカロマイセス・
バイリィ(
Zygosaccharomyces
bailii)、トルラスポーラ・デルブルエキィ(Torulaspora delbrueckii)、ウィッカーハモマイセス・サブペリクロサ(Wickerhamomyces subpelliculosa)、およびジゴサッカロマイセス・ロウキシィ(Zygosaccharomyces rouxii)からなる群より選ばれる少なくとも1種である、発明1に記載の製造方法。
【0012】
[発明3]
前記微生物が、下記表に示す受託番号の微生物であることを特徴とする、発明2に記載の製造方法。
【0013】
【表1】
【0014】
[発明4]
前記微生物を、微生物菌体またはその細胞抽出物として作用させることを特徴とする、発明1乃至3の何れかに記載の製造方法。
【0015】
[発明5]
前記酵素が、オガタエア・ポリモルファ(Ogataea polymorpha)、オガタエア・パラポリモルファ(Ogataea parapolymorpha)、ピキア・アノマラ(Pichia anomala)、またはピキア・ミヌタ(Pichia minuta)由来の精製酵素であることを特徴とする、発明1に記載の製造方法。
【0016】
[発明6]
前記オガタエア・ポリモルファ(Ogataea polymorpha)が、オガタエア・ポリモルファ(Ogataea polymorpha)NBRC0799菌株である、発明5に記載の製造方法。
【0017】
[発明7]
前記作用させる際の温度(反応温度)が、5℃〜60℃であることを特徴とする、発明1乃至6の何れかに記載の製造方法。
【0018】
[発明8]
前記作用させる際のpH(反応時におけるpH)が、4.0〜8.0の範囲であることを特徴とする、発明1乃至7の何れかに記載の製造方法。
【0019】
[発明9]
前記作用させた後(反応終了後)に得られる1,1−ジフルオロ−2−プロパノールおよび不純物を含む混合液(反応終了液)を蒸留することにより、該混合液から不純物を分離し、1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを精製する工程を含む、発明1乃至8の何れかに記載の製造方法。
【0020】
前述したように、1,1,1−トリフルオロアセトンに高い立体選択性を示した化学触媒を1,1−ジフルオロアセトンに作用させ立体選択的に不斉還元し、キラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを得ようとする方法が検討されたが、その光学純度は最大でも16%eeと低いものであった。一般に、フッ素原子のvan der Waals半径は1.47Åであり、水素原子1.20Åと近い大きさであることから、水素原子がフッ素原子に置き換わった化合物が元の化合物を認識する生体触媒や化学触媒の活性部位に同様に取り込まれる(ミミック効果と呼ばれる)ことが知られている。しかしながら、フッ素原子の持つ電
気陰性度やC−F結合の強さなどにより、元の化合物と異なる性質を示す場合が多く(薬効の増大、毒性の増大・低減)、医農薬に頻繁に使用されている。同様に、トリフルオロメチル(CF
3)基とジフルオロメチル(CF
2H)基とはフッ素原子が一つしか違わない極めて類似した置換基であるが、生体触媒に及ぼす影響については未解明な部分が多く、それぞれの置換基を持つ化合物を実際に生体触媒に作用させて反応性を調査する必要があった。
【0021】
そこで本発明者らは、微生物菌体や精製酵素といった生体触媒の中から本発明の目的を達成することができる生体触媒のスクリーニングを鋭意実施し、従来技術では成し得なかった高い光学純度のキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを与える生体触媒を見出し、本発明を完成するに至った。
【0022】
またその過程において、本発明者らは、用いる生体触媒を変えることで、キラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールの両光学異性体を作り分けることができるという、大変有用な知見を得た。
【0023】
また、詳細は後述するが、本発明者らは、有機溶媒を特定の濃度に設定して添加することで、反応が円滑に進行すると言う、好ましい知見も得た。
【0024】
本発明においては、1,1−ジフルオロアセトンの濃度は、反応液中の該アセトンの濃度(w/v)のことを意味し(還元された生成物の濃度は考慮されない(除外される))、反応全体を通しての該アセトンの添加総量を規定するものではない。
【0025】
本発明のように、高い光学純度で目的物を与える微生物または酵素を見出し、これを1,1−ジフルオロアセトンに作用させることにより、高い光学純度(85%ee〜100%ee)の両光学異性のキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを効率よく製造できる知見は従来知られていなかった。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、医農薬中間体として重要なキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを、高い光学純度で効率良く製造することができる。
【0027】
本発明の製造方法において用いる微生物または酵素は、1,1−ジフルオロアセトンのカルボニル基を水酸基へと高い光学純度で還元し得るものであり、さらに不斉還元の反応方法(補酵素NAD(P)Hを外部から新たに加えることなく、脱水素酵素により再生させる方法など)を考案することにより、工業的に採用可能な生産性でキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に、本発明について詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0029】
本発明に係るキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノール(下記式[2])の製造方法(以下、本発明の方法)において用いる1,1−ジフルオロアセトン(下記式[1])は、公知の化合物であり、従来技術を基に当業者が適宜調製してもよいし、市販されているものを用いてもよい。
【0032】
本発明の方法において、1,1−ジフルオロアセトンは、化合物そのもの自体は当然、それ以外に水または炭素数1から4のアルコールとの混合物も同等に用いることができる。該アセトンを水を主成分とする反応液に直接投入することもできるが、該アセトンは水と水和する際、発熱を生じるため、事前に水和した後に投入するほうが好ましい。
【0033】
本発明の方法に用い得る微生物、すなわち、1,1−ジフルオロアセトンをキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールへ還元する活性を有する微生物は、特に限定はされないが、例えば、キャンディダ・グイリエルモンディ (Candida guilliermondii) 、キャンディダ・パラプシロシス(Candida parapsilosis)、キャンディダ・ビニ(Candida vini)、キャンディダ・ビスワナシィ(Candida viswanathii)、クリプトコッカス・ラウレンティ(Cryptococcus laurentii)、クリプトコッカス・カルバタス(Cryptococcus curvatus)、デバリョマイセス・マラムス (Debaryomyces maramus) 、クルイベロマイセス・マーキシアヌス (Kluyveromyces marxianus) 、オガタエア・ポリモルファ(Ogataea polymorpha)、ピキア・アノマラ(Pichia anomala)、ピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)、ピキア・ハプロフィラ(Pichia haplophila)、ピキア・ミヌタ(Pichia minuta)、ロドトルラ・ム
シラギノーサ(Rhodotorula muc
ilaginosa) 、
ジゴサッカロマイセス・
バイリィ(
Zygosaccharomyces
bailii) 、トルラスポーラ・デルブルエキィ (Torulaspora delbrueckii)、ウィッカーハモマイセス・サブペリクロサ (Wickerhamomyces subpelliculosa) 、ジゴサッカロマイセス・ロウキシィ (Zygosaccharomyces rouxii) からなる群より選ばれる少なくとも1種が挙げられ、好ましくは、キャンディダ・パラプシロシス(Candida parapsilosis)、キャンディダ・ビニ(Candida vini)、クリプトコッカス・カルバタス(Cryptococcus curvatus)、デバリョマイセス・マラムス (Debaryomyces maramus) 、クルイベロマイセス・マーキシアヌス (Kluyveromyces marxianus) 、オガタエア・ポリモルファ(Ogataea polymorpha)、ピキア・アノマラ(Pichia anomala)、ピキア・ハプロフィラ(Pichia haplophila)、ピキア・ミヌタ(Pichia minuta)、ロドトルラ・ム
シラギノーサ(Rhodotorula muc
ilaginosa) 、
ジゴサッカロマイセス・
バイリィ(
Zygosaccharomyces
bailii)、トルラスポーラ・デルブルエキィ(Torulaspora delbrueckii) からなる群より選ばれる少なくとも1種が挙げられ、より好ましくは、クリプトコッカス・カルバタス(Cryptococcus curvatus)、クルイベロマイセス・マーキシアヌス (Kluyveromyces marxianus) 、オガタエア・ポリモルファ(Ogataea polymorpha)、ピキア・アノマラ(Pichia anomala)、ピキア・ハプロフィラ(Pichia haplophila)、ロドトルラ・ム
シラギノーサ (Rhodotorula muc
ilaginosa) 、トルラスポーラ・デルブルエキィ (Torulaspora delbrueckii) からなる群より選ばれる少なくとも1種が挙げられる。
【0034】
これらの微生物については、それぞれ下記表に示す受託番号を得て、独立行政法人製品評価技術基盤機構(〒151-0066 東京都渋谷区西原2-49-10)に寄託されている。これらの微生物は、他の微生物株保存機関にも相互に寄託されている場合があり、同様に利用することができる。なお、これらの微生物は一般に公開されているものであり、当業者が容易に入手できる。
【0036】
本発明の方法に用いる微生物としては、培養した菌体をそのまま用いることができるのは勿論、超音波やガラスビーズで破砕した菌体、アクリルアミド等で固定化した菌体、アセトンやグルタルアルデヒドなどの有機化合物で処理した菌体、アルミナ、シリカ、ゼオライトおよび珪藻土等の無機担体に担持した菌体、該微生物より調製した無細胞抽出液や精製酵素、該微生物よりクローニングした酵素の遺伝子を導入した遺伝子組換え体も用いることができる。
【0037】
本発明の方法に用い得る酵素、すなわち、1,1−ジフルオロアセトンをキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールへ還元する活性を有する酵素は、特に限定はされないが、例えば、アルコール脱水素酵素またはカルボニル還元酵素が挙げられる。上記活性を有する酵素は、1,1−ジフルオロアセトンを基質に用いたスクリーニングを行うことで選抜することができる。
【0038】
アルコール脱水素酵素は、例えば、オリエンタル酵母工業株式会社の「アルコール脱水素酵素、酵母由来」、ユニチカ株式会社の「アルコール脱水素酵素(ZM−ADH)」、株式会社ダイセルのChiralscreen(登録商標) OH E001(以下同じ)、E007、E008、E031、E039、E072、E077、E082、E092から選ばれる少なくとも1種が挙げられ、好ましくはE001、E007、E008、E031、E039、E077、より好ましくはE001、E031、E039、E077である。また、当該酵素を発現する遺伝子組換え微生物も同様に用いることができる。
【0039】
他方、カルボニル還元酵素は、例えば、オガタエア・ポリモルファ(Ogataea polymorpha)、オガタエア・パラポリモルファ(Ogataea parapolymorpha)、ピキア・アノマラ(Pichia anomala)、ピキア・ミヌタ(Pichia minuta)などのサッカロミケス目の酵母から産生される酵素が挙げられる。該酵素の精製には、硫安分画、疎水クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィーなどの一般的なタンパク質の精製方法が適用できる。
【0040】
前記微生物の培養には、通常、微生物の培養に用いられる栄養成分を含む培地(固体培地または液体培地)が使用できるが、水溶性である1,1−ジフルオロアセトンの還元反応を行う場合には、液体培地が好ましい。培地は、炭素源としてグルコース、スクロース、マルトース、ラクトース、フルクトース、トレハロース、マンノース、マンニトール、デキストロース等の糖類、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、グリセロール等のアルコール類、クエン酸、グルタミン酸、リンゴ酸等の有機酸類が、そして窒素源としてアンモニウム塩、ペプトン、ポリペプトン、カザミノ酸、尿素、酵母エキス、麦芽エキス、コーンスティープリカー等が用いられる。さらに、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム等の他の無機塩や、イノシトール、ニコチン酸等のビタミン類等の培地組成が適宜添加できる。
【0041】
これらの炭素源、窒素源、無機塩のうち、炭素源については微生物が十分に増殖する量且つ増殖を阻害しない量を加えることが好ましく、通常、培地1Lに対して5〜80g、好ましくは10〜40g加える。窒素源についても同様で、微生物が十分に増殖する量かつ増殖を阻害しない量を加えることが好ましく、通常、培地1Lに対して5〜60g、好ましくは10〜50g、栄養源としての無機塩については微生物の増殖に必要な元素を加える必要があるが、高い濃度の場合には増殖が阻害されるため、通常、培地1Lに対して0.001〜10g加える。なお、これらは微生物に応じて複数の種類を組み合わせて使用することができる。
【0042】
培地におけるpHは微生物の増殖に好適な範囲で調整する必要があり、通常4.0〜10.0、好ましくは6.0〜9.0で行う。培養における温度範囲は微生物の増殖に好適な範囲で調整する必要があり、通常10〜50℃、好ましくは20〜40℃で行う。培養中は培地に空気を通気する必要があり、好ましくは0.3〜4vvm(「vvm」は1分間当たりの培地体積に対する通気量を意味する。volume/volume/minute)、より好ましくは0.5〜2vvmで行う。酸素の要求量が多い微生物に対しては、酸素発生器等を用いて、酸素濃度を高めた空気を通気しても良い。また、試験管やフラスコ等の任意の通気量を設定し難い器具については、該器具の容積に対して培地量を20%以下に設定し、綿栓やシリコン栓等の通気栓を取り付ければ良い。培養を円滑に進めるためには培地を攪拌することが好ましく、培養槽の場合には該装置の攪拌能力の好ましくは10〜100%、より好ましくは20〜90%で行う。一方、試験管やフラスコ等の小規模な器具の場合には振盪機を用いて行うのが良く、好ましくは50〜300rpm、より好ましくは100〜250rpmで行う。培養時間は微生物の増殖が収束する時間であれば良く、6〜72時間、好ましくは12〜48時間で行う。
【0043】
基質である1,1−ジフルオロアセトンに前記微生物を作用させるには、通常、微生物を培養した懸濁液をそのまま反応に使用することができる。培養中に生じる成分が還元反応に悪影響を与える場合には、遠心分離等の操作で培養液から菌体を1度回収して得られた菌体(静止菌体)を用いて再び懸濁液を調製して反応に使用しても良い。また、培養した微生物菌体の細胞を破砕等して得られたものや、培養した微生物菌体から調製した酵素などの、各種細胞抽出物も反応に使用することもできる。他方、基質である1,1−ジフルオロアセトンに前記酵素(精製酵素)を作用させる場合には、該酵素を溶解させた緩衝液中で行うことができる。本反応は還元反応であることから、弱酸性の緩衝液が好ましく、リン酸ナトリウム緩衝液、リン酸カリウム緩衝液、クエン酸ナトリウム緩衝液、クエン酸カリウム緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液、酢酸カリウム緩衝液が挙げられる。
【0044】
前記微生物を用いた反応を効率的に進めるには、これらの懸濁液中の菌体の密度を高める必要があるが、密度が高過ぎると自己溶解酵素の産生や終末代謝産物の蓄積等により反応が阻害される場合があるため、通常10
6〜10
12cfu/ml(「cfu」は寒天培地上に形成されるコロニーの数を意味する、colony forming units)、好ましくは10
7〜10
11cfu/ml、より好ましくは10
8〜10
10cfu/mlで行う。他方、前記酵素を用いた反応を効率的に進めるためには、緩衝液中の酵素の濃度を高める必要があるが、酵素を使用しすぎると経済的ではないため、好ましくは0.01g/L〜20g/L、より好ましくは0.1g〜10gの範囲で使用する。
【0045】
これらの懸濁液または緩衝液への1,1−ジフルオロアセトンの添加において、該アセトンの濃度は、還元反応が円滑に進み且つ微生物または酵素の活性に悪影響を与えない濃度を維持することが好ましい。該アセトンの濃度は、5%(w/v)より高い場合、微生物が死滅したり、酵素が変性することがあるため、この数値以下の濃度、すなわち、通常0.01〜10%(w/v)、好ましくは0.05〜6%(w/v)で行う。該アセトン濃度算出の容量の根拠は、例えば、後述する実施例1では蒸気滅菌前の試験管に分注した培養液量を、後述する実施例3では培養後の微生物の懸濁液総量を、目安として考えれば良い。
【0046】
基質である1,1−ジフルオロアセトンに前記微生物または酵素を作用させる際の温度(すなわち反応温度)は、該微生物または酵素に好適な範囲を維持する必要があり、通常5〜60℃、好ましくは15〜50℃、より好ましくは15〜38℃である。また、上記作用させる際のpH(すなわち反応時のpH)も、好適な範囲を維持する必要があり、通常4.0〜8.0、好ましくは5.5〜8.0、より好ましくは5.5〜7.0である。
【0047】
微生物懸濁液または酵素緩衝液が静置状態にあると反応効率が低下するため、反応時は反応液を攪拌しながら行う。また、反応時は無通気で行うことができるが、必要に応じて通気を行ってもよい。その際、通気量が多過ぎる場合には1,1−ジフルオロアセトンおよびキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールが系外に気体として飛散するおそれがあるため、通気量は、0.3vvm以下が好ましく、より好ましくは0.1vvm以下である。反応時間は、目的物の生成具合によって決定すればよく、通常6〜312時間である。
【0048】
本発明では、還元反応に利用される補酵素NAD(P)H(水素供与体)は、微生物が本来持つ脱水素酵素、大腸菌に組み込まれた脱水素酵素を利用して補酵素NAD(P)より再生されるため、懸濁液に水素源となる基質を別途存在させて還元反応を行うのが好ましく、ここでは糖類やアルコール類も使用可能である。補酵素NAD(P)Hは市販されているものを別途加えて還元反応を行うことも可能であるが、非常に高価なため経済的ではない。本発明のように補酵素NAD(P)Hを外部から新たに加えることなく、脱水素酵素により再生させることで、1菌体当たりの還元回数が増え、経済的に且つ高い生産性で目的物を製造することができる。
【0049】
本発明の方法は、1,1−ジフルオロアセトンからキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールへ変換する際に、工業的な製造方法を目的とし、好適な反応条件を採用することで、キラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを大量に製造することが可能である。
【0050】
なお、本発明の方法では、光学活性体のアルコール、すなわちキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを、実用的にも採用できる光学純度として、85%ee以上、特に好ましくは98%ee以上で得ることができる。
【0051】
微生物の菌体を用いた場合、菌体内には多数の酸化還元酵素が混在することから、全体として見た場合、光学純度が低下するが、目的の酵素を精製して用いることで光学純度を向上することができる。
【0052】
生成したキラル−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを反応終了液(反応終了後の不純物などを含む混合液)から回収するには、有機合成における一般的な単離方法が採用できる。反応終了後、蒸留や有機溶媒による抽出等の通常の後処理操作を行うことにより、粗生成物を得ることができる。特に、反応終了液または必要に応じて菌体を取り除いた後の濾洗液を直接、蒸留に付すことで簡便に且つ収率良く回収することができる。得られた粗生成物は、必要に応じて、脱水、活性炭、分別蒸留、カラムクロマトグラフィー等の精製操作を行うことができる。
【0053】
[実施例]
次に実施例を示すが、本発明は以下の実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0054】
[1,1−ジフルオロアセトンに対する微生物の反応性調査(スクリーニング)結果]
蒸留水1000ml、ポリペプトン10g、酵母エキス5g、塩化ナトリウム10gの組成からなる液体培地を調製し、試験管(φ1.8cm×18cm)に5mlずつ分注し、下記表Aに示す各微生物を接種し、28℃、160spmで24時間の培養を行った。培養終了後、1,1−ジフルオロアセトンを1%wt/vとなるように添加し、28℃、160rpmで還元反応を24時間行った。反応後の変換率の測定は、
19F−NMRの内部標準法により行い、光学純度の測定は、反応液に酢酸エチルを加えて混合し、1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを有機層に抽出し、後述するキラルカラムを用いたガスクロマトグラフィー法での分析により行った。用いた微生物ごとに、変換率及び光学純度の測定結果をそれぞれ下記表Aに示した。(変換率及び光学純度の測定方法は以下同)
【0055】
【表3】
【0056】
[キラルカラムを用いたガスクロマトグラフィー法の分析条件]
酢酸エチルに抽出された1,1−ジフルオロアセトンに対して、無水酢酸1.2当量、ピリジン1.2等量を反応させ、アセトキシ体に誘導し、分析試料とした。ガスクロマトグラフィーのカラムにはアジレント・テクノロジー社製のCyclosil−B(0.25mm×30m×0.25μm)を用い、キャリアガスは窒素、圧力は100kPa、カラム温度は60〜90℃(1℃/min)〜150℃(10℃/min)、気化室・検出器(FID)温度は230℃の分析条件で得られるピークの面積により光学純度を算出した。1,1−ジフルオロ−2−プロパノールのそれぞれのエナンチオマーの保持時間は、S体が4.6min、R体が5.3minであった。立体配置の決定は(-)-モッシャー酸クロリドを用いた新モッシャー法により決定した(
1H−NMR化学シフト:[S−MTPAエステル]CF
2H 6.06、H 5.42、CH
3 1.44、[R−MTPAエステル]CF
2H 6.18、H 5.44、CH
3 1.36)。
【実施例2】
【0057】
[微生物菌体による(S)−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールの製造]
前培養の培地として、蒸留水1000ml、ポリペプトン10g、酵母エキス5g、塩化ナトリウム10gの組成からなる液体培地を調製し、試験管(φ1.8cm×18cm)に5mlずつ分注し、121℃で15分間の蒸気滅菌を行った。この液体培地にOgataea polymorpha NBRC0799菌株を白金時で無菌的に接種し、28℃、160spmで16時間の培養を行い、1.4×10
7cfu/mlの前培養液を得た。本培養の培地として、蒸留水500ml、グルコース16.25g、酵母エキス12.5g、ポリペプトン7.5g、リン酸二水素カリウム1.2g、リン酸水素二カリウム0.625g、消泡剤(旭化成製、FC2901)0.2gの組成からなる液体培地を調製し、容量1Lの培養槽((株)エイブル製、BME01型)に張り込み、121℃で15分間の蒸気滅菌を行った。この培養槽に前培養液を無菌的に5ml接種し、28℃、通気1vvm、攪拌700rpmで18時間培養し、1.7×10
9cfu/ml(湿菌重として28g/L)の懸濁液を調製した。培養時のpHは20%重炭酸ナトリウム水溶液、42.5%リン酸水溶液を用いてpH6.5に調整した。培養終了後、通気を0vvmに変更し、培養液に対して1,1−ジフルオロアセトン1%wt/v、グルコースを6.25gwt/vとなるように添加し、28℃で還元反応を43時間行った。反応後の変換率は100%、光学純度は93.4%ee(S)であった。反応後の培養液から直接蒸留により(S)−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールの水溶液を9.8g回収した。この水溶液に水酸化カルシウム(無水)を加え脱水し、水分濃度2.1%の(S)−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを4.1g得た。
【実施例3】
【0058】
[無細胞抽出液による(S)−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールの製造]
実施例2で培養したOgataea polymorpha NBRC0799菌株の菌体懸濁液を500ml容の遠沈管に移液し、18,000×g、30分間の遠心分離を行い、菌体を回収した。回収した湿菌体に0.2MのpH7.0のリン酸緩衝液を15ml加え、懸濁液を調製した。ビーズ式細胞破砕装置(BioSpec社製、ビードビーター)を用いて、懸濁液中の細胞を破砕し、ガラスビースを除去後、20,000×g、30分間の遠心分離を行い、無細胞抽出液を調製した。この無細胞抽出液1mlに1,1−ジフルオロアセトンを1%wt/v、2Mグルコースを250μL添加し、28℃で還元反応を24時間行った。反応後の変換率は100%、光学純度は95.6%ee(S)であった。
【実施例4】
【0059】
[Ogataea polymorpha NBRC0799菌株からのカルボニル還元酵素の精製]
Ogataea polymorpha NBRC0799菌株を、グルコース10g/L、ペプトン5g/L、酵母エキス3g/L、麦芽エキス3g/L、リン酸二水素カリウム3g/L、リン酸水素二カリウム2.0g/Lの組成からなるpH6.5の液体培地を5ml分注した試験管(φ1.4cm×18cm)を121℃で15分間蒸気滅菌した後、白金時で無菌的に接種し、30℃、300rpmで24時間の培養を行い、3.84×10
10cfu/mlの前々培養液を調製した。
【0060】
200mlの上記液体培地を含む500ml三角フラスコを、121℃で15分間の蒸気滅菌を行い、前培養液を無菌的に2ml添加し、30℃、攪拌180rpmで24時間培養し、3.8×10
10cfu/mlの前培養液を調製した。
【0061】
上記と同一の培地を2L容の坂口フラスコに1000mlづつ分注し、121℃で15分間の蒸気滅菌し、前培養液を無菌的に10ml添加し、30℃、96rpmで24時間培養した。培養液を500ml容の遠沈管に移し、3000×g、8分間の遠心分離を行い、菌体として回収した。
【0062】
[酵素活性測定方法]
酵素活性は、酵素または微生物を含む168mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)にNADHを終濃度0.1mMとなるように添加し、この反応溶液に終濃度50mMとなるように1,1−ジフルオロアセトンを添加して反応を開始した(反応液1mL)。反応は30℃で行い、分光光度計(日本分光株式会社、V−630BIO)を用いてNADHの減少を340nmの吸光度でモニターした。なお、酵素活性は、1分当たり1μmolのNADHの酸化を触媒する酵素量を1U(ユニット)として定義した。
【0063】
[無細胞抽出液の調製]
回収した菌体に10mMのリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)を菌体の5倍量加え、懸濁液を調製した。ビーズ式細胞破砕装置(安井器械株式会社、マルチビーズショッカー)を用いて、菌体を破砕し、20,000×g、10分間の遠心分離を行い、上清を無細胞抽出液として使用した。
【0064】
[硫安分画]
30%飽和硫安濃度になるように硫安を無細胞抽出液に添加し、氷上で3時間撹拌した。20,000×g、30分間の遠心分離を行い、上清を30%飽和硫安画分として次の精製過程に使用した。
【0065】
[疎水クロマトグラフィー−PhenylToyopearl]
30%飽和硫安溶液で平衡化した60mlのPhenyl−Toyopearl(東ソー株式会社、TOYOPEARL(登録商標) Phenyl−650M)カラムに上記の30%飽和硫安上清画分を供した。300mMの硫安を含む、10mMリン酸緩衝液(pH7.0)300mlで洗浄し10mMリン酸ナトリウム緩衝液で溶出した。得られた活性画分をプールしPhenyl−Toyopearl活性画分として、次の精製ステップに使用した。
【0066】
[イオン交換クロマトグラフィー−Q−sepharose]
上記、Phenyl−Toyopearl活性画分を10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)で平衡化した30mlのQ−sepharose(GE Healthcare UK Ltd.、Q−sepharose Fast Flow)カラムに供した。そして、カラムを10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)150mlで洗浄後、0〜150mMの塩化ナトリウムのリニアグラジェントにより溶出した。得られた活性画分をQ−sepharose活性画分として次の精製ステップに用いた。
【0067】
[ヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー−Hydroxyapatite]
Q−sepharose活性画分を10mMリン酸緩衝液(pH7.0)で平衡化した10mLのHydroxyapatite(ナカライテスク株式会社、ヒドロキシアパタイト)カラムに供した。10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)100mlで洗浄し、10mMと300mMのリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)によるリニアグラジェントにより溶出した。活性を示した画分をプールし、遠心式フィルターユニット(Merck Millipore、Amicon Ultra−15、10kDa)で濃縮し、酵素を単離した。
精製酵素は最終的に比活性29.8U/mgとなった。
【実施例5】
【0068】
[Ogataea polymorpha NBRC0799菌株由来のカルボニル還元酵素の1,1−ジフルオロアセトンに対する反応性の確認]
Ogataea polymorpha NBRC0799菌株から精製した酵素を含む168mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)にNADHを終濃度0.1mMとなるように添加し、この反応溶液に終濃度50mMとなるように、下記表Bに示す各基質を添加して反応を開始した(反応液1mL)。30℃で反応を行い、分光光度計(日本分光株式会社、V−630BIO)を用いてNADHの減少を吸光度340nmにより測定した。
【0069】
Relative activity(相対活性)とは、アセトンを基質に用いた際の酵素の活性を100%として、それと比較した場合の各基質の酵素活性(変換速度)の割合を示し、1,1−ジフルオロアセトンや1,1,1−トリフルオロアセトンを基質として供した場合、酵素の変換速度自体は低下している(時間を掛ければ反応は完結する)。アセトンについてはどちらのメチル基も同一のため、酵素の認識部位に区別なく取り込まれるが、1,1−ジフルオロアセトンや1,1,1−トリフルオロアセトンでは、フルオロメチル基とメチル基を認識しながら酵素の活性部位に取り込まれるため速度が遅くなっていると考えられる。他方、1,3−ジフルオロアセトンについては、フッ素が導入されることで電気陰性度などがアセトンと比べて変化したと考えられる。
【0070】
【表4】
【実施例6】
【0071】
[
1,1−ジフルオロアセトンに対する市販のアルコール脱水素酵素の反応性の調査(スクリーニング)結果]
1mlの200mM リン酸カリウム緩衝液(pH6.5、206mM ギ酸ナトリウム、222mM グルコース、5mM NAD
+、(NAD
+:ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド酸化型、以下同じ)5mM NADP
+(NAD
+:ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸酸化型、以下同じ)に1,1−ジフルオロアセトンを1重量%になるように添加し、下記表Cの「酵素名」に示す株式会社ダイセルのChiralscreen(登録商標) OH(アルコール脱水素酵素)を、それぞれ5mg加えてマグネチックスターラーで攪拌しながら25℃で2日間反応させた。反応後の変換率と光学純度を測定し、下記表Cに示した。
【0072】
【表5】
【0073】
[比較例1]
実施例5と同様の方法で、下記表Dの「酵素名」に示す株式会社ダイセルのChiralscreen(登録商標) OH(アルコール脱水素酵素)の、1,1−ジフルオロアセトンに対する反応性を評価し、下記表Dにその結果を示した。
【0074】
【表6】
【実施例7】
【0075】
[アルコール脱水素酵素を発現する遺伝子組換え大腸菌による(R)−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールの製造]
前培養の培地として、蒸留水1000ml、ポリペプトン10g、酵母エキス5g、塩化ナトリウム10gの組成からなる液体培地を調製し、試験管(φ1.6cm×15cm)に5mlずつ分注し、121℃で15分間の蒸気滅菌を行った。この液体培地に、株式会社ダイセルのChiralscreen(登録商標) OH E031のアルコール脱水素酵素を大量発現する遺伝子組換え大腸菌を白金時で無菌的に接種し、30℃、160spmで一晩培養を行い、波長600nmでの光学濃度(OD600)7.7の前培養液を得た。
【0076】
本培養の培地として、蒸留水2000mlに酵母エキス、グルタミン酸ナトリウム、グルコース、ラクトース、無機塩類、消泡剤からなる液体培地を調製し、容量5Lの培養槽((株)丸菱バイオエンジ製、MDN型5L(S))に張り込み、121℃で30分間の蒸気滅菌を行った。この培養槽に前培養液を無菌的に5ml接種し、30℃、通気0.5vvm、攪拌しながら40時間培養し、光学濃度(OD600)24の懸濁液を調製した。培養時のpHは28%アンモニア水溶液、50%リン酸水溶液を用いてpH7.0付近に調整した。培養終了後、通気を0vvmに変更し、培養液に対して1,1−ジフルオロアセトンを3.6%wt/v(72g)となるように添加し、補酵素の再生を行いながら20℃、pH6.5で還元反応を24時間行った。反応後の変換率100%光学純度は96.9%ee(R)であった。
【0077】
反応後の培養液から直接蒸留により(R)−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールの水溶液を102g回収した。この水溶液に水酸化カルシウム(無水)を加え脱水し、水分濃度1.2%の(R)−1,1−ジフルオロ−2−プロパノールを70g得た。この(R)−1,1−ジフルオロ−2−プロパノール70gをヘリパックパッキンNo.1(トウトクエンジ株式会社製)を充填したφ2cm×30cmの精留塔を用いて分別蒸留を実施し、蒸気温度87〜88℃で留分を回収した。回収した留分をアジレント・テクノロジー社製のCyclosil−B(0.25mm×30m×0.25μm)を用いたガスクロマトグラフィー[キャリアガスは窒素、圧力は100kPa、カラム温度は60〜90℃(1℃/min)〜150℃(10℃/min)、気化室・検出器(FID)温度は230℃]によりピークを取得し、全体の面積に占める1,1−ジフルオロ−2−プロパノールの面積を算出したところ99.0%であった。