特許第6457935号(P6457935)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6457935
(24)【登録日】2018年12月28日
(45)【発行日】2019年1月23日
(54)【発明の名称】癌関連物質のラマン定量方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20190110BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20190110BHJP
   C12Q 1/6886 20180101ALI20190110BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20190110BHJP
【FI】
   G01N21/65
   G01N33/50 P
   C12Q1/6886 Z
   C12Q1/02
【請求項の数】3
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-515889(P2015-515889)
(86)(22)【出願日】2014年5月8日
(86)【国際出願番号】JP2014062318
(87)【国際公開番号】WO2014181816
(87)【国際公開日】20141113
【審査請求日】2017年3月21日
(31)【優先権主張番号】特願2013-98608(P2013-98608)
(32)【優先日】2013年5月8日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】508139538
【氏名又は名称】有限会社マイテック
(73)【特許権者】
【識別番号】513113688
【氏名又は名称】伊藤 寛晃
(74)【代理人】
【識別番号】100091465
【弁理士】
【氏名又は名称】石井 久夫
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 寛晃
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 裕起
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 克之
【審査官】 伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−238382(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/065747(WO,A1)
【文献】 特開2013−133475(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/033097(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/101209(WO,A1)
【文献】 特開2009−014491(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0230660(US,A1)
【文献】 特表2007−525662(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2005/0148098(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62− G01N 21/73
C12Q 1/02
C12Q 1/6886
G01N 33/48− G01N 33/98
G01N 21/41
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
過酸化銀を含む銀酸化物が自己組織化して形成されるニューロン状の三次元超構造体(メソ結晶という)領域からなり、生体試料液中で負電荷を示し、励起光に対し表面プラズモン増強効果を示す特性を有することを特徴とするバイオチップ。
【請求項2】
生体試料からバイオチップに吸着される物質がヒストンに巻きついてなるDNA及び
その関連クロマチンを含む請求項1記載のバイオチップ。
【請求項3】
銅又は銅合金上に形成されたチオ硫酸銀量子結晶を含む銀錯体量子結晶を、次亜塩素
酸ナトリウム水溶液を含む、ハロゲンイオンの存在下のアルカリ水溶液で処理し、過酸化銀を含み、銀酸化物の複合物の針状ナノ結晶を形成することを特徴とするバイオチップの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌の進行に伴って増加する血中の癌関連物質、主として遊離DNAを対象とする癌関連物質のラマン定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、癌の診断方法の一つとして、癌の進行に伴って血液中に現れ、増加する癌関連物質を検出する方法が用いられる。ここで、癌関連物質とは、ガン患者の体液から抽出される癌特有物質であり、一般に癌化した細胞が破壊されたりした場合に血液中に遊離してくる、その破壊された癌細胞由来のタンパク質等をさす。そして、従来の癌の診断方法では、血液中の癌関連物質の定量値がある一定値以上の場合に、被験者が癌に罹患している可能性があると判定される。
【0003】
このように癌化した細胞の破壊等によって血液中に遊離してくる癌関連物質としては、タンパク質だけではなく、DNAも同様に遊離してくることが知られている。そして、健常人と癌患者とで比較すると、血液中の癌細胞由来の遊離DNA(ctDNA)の量は、癌患者の方が健常人よりも有意に多いことが報告されている。したがって、血液などの体液中の癌細胞由来の遊離DNAを定量することで、被験者が癌に罹患しているか否か診断することが可能になると考えられ、このような癌の診断方法として、例えば、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法等で増幅される200bp以上のDNAが、体液や体外に排出された糞便中などに検出された場合、被験者が癌に罹患している可能性があると診断し、さらにそのDNAの変異を解析する方法(特許文献1)、体液などに含まれる細胞残渣由来のゲノムDNAを定量し、その値がある一定値以上の場合に、さらにDNA検査を行う方法(特許文献2)が提案されている。
【0004】
ところで、診断によって癌に罹患していることが判明しても、体液中のDNAを定量するだけでは、癌が発生している臓器を特定するまでには至らない。そして、癌が発生している場合には、その発生している臓器により、特異的なDNAの変異が生じていることが知られている。したがって、DNAの変異の種類を明らかにすることで、癌が発生している臓器を特定できる可能性がある。ここでDNAの変異としては、DNAの点突然変異、染色体の欠失や増幅などの構造異常が挙げられる。例えば、膵臓癌の約7割には、K−ras遺伝子に点突然変異が生じていることが知られている。また、ヘテロ接合の欠失(Loss of heterozygous、以下、LOHと略記する)の解析でも、各癌種に特異的な染色体腕の欠損が報告されており、例えば、肺癌では3番染色体の短腕にLOHが集中していることが知られている。また、乳癌では8番染色体の長腕の増幅や、RB2の増幅が知られている。そこで、癌細胞由来のDNAを定量して癌の診断を高精度に行う方法を提供すべく、被験者から採取した血漿より遊離DNAを抽出する工程と、抽出した遊離DNAを定量して血漿単位体積あたりの遊離DNAを算出する工程と、算出した遊離DNAの算出値を第1しきい値以上の第2しきい値と比較する工程と、算出値が第1しきい値未満の場合は被験者の癌羅患可能性が高いと判定し、他方第2しきい値以上の場合は正常細胞由来のDNAが血漿中に混入しているという癌の診断方法が提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第6143529号明細書
【特許文献2】米国特許2004/0259101A1号明細書
【特許文献3】国際公開2008/090930号
【特許文献4】特開2011-81001号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、例えば、全血中の癌細胞由来の遊離DNAを定量しようとしても、その量は微量であるのに対して、全血中には正常細胞であるリンパ球由来のDNAが大量に含まれている。したがって、全血からそのままDNAを抽出しても、癌細胞由来の遊離DNAを定量することは困難である。そこで、例えば、全血から分離した血漿を用い、血漿中の癌細胞由来の遊離DNAを抽出して定量する方法が考えられるが、DNAの抽出方法によっては、リンパ球等の正常細胞由来のDNAが混入することがあり、癌細胞由来の遊離DNAではなく、正常細胞由来のDNAを定量してしまう場合があり、癌の診断を誤る可能性がある。そこで、癌の正確な診断には、癌細胞由来の遊離DNA(本発明ではヒストンに巻き付いたDNAをいう)を正確に定量することが重要ではあり、微量の遊離DNAを如何にして簡易迅速に抽出するか、正常細胞由来のDNAを如何にして除去して遊離DNAの検出精度を向上させるか、如何にして微量のDNAを精度よく検出するかが癌の適切な診断には必要である。
【0007】
ところで、血中の微量DNAを分析する手法としてラマン分光分析技法を使用して、定性的および定量的に検出する手段の提供が必要とされるが、SERS現象は、1)メカニズムが完璧に理解されていないばかりか、2)正確に構造的に定義されているナノ物質合成及び制御の困難であることと、3)スペクトルを測定する時使用される光の波長、偏光方向による増強効率の変化などにより、再現性及び信頼性側面で解決すべき問題が多く、ナノ−バイオセンサーの開発及び商用化を始めとしたSERS現象の応用に大きい課題として残っており、ナノワイヤとナノパーティクルのハイブリッド構造を利用して、生体抽出物及び蛋白質、DNAのようなバイオ分子のSERS信号の増強と測定の再現性、敏感度及び信頼度向上を図る技術が提案されている(特許文献4)が、ナノワイヤとナノパーティクルのハイブリッド構造が受容体を介して被測定対象を吸着させるもので、微量な癌細胞由来のDNAを検出する方法としては適切なものでない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者らは、検出対象とすべきは、癌が発症しやすい又は発症しているときに血液中で増加する癌関連物質、例えば癌細胞由来の遊離DNAを、受容体を介することなく、直接検出するのが最善であると考え、鋭意研究を行った。
【0009】
ここで、検出すべき対象の遊離DNAは糸巻きに相当するヒストンというタンパク質に巻き付いており、ひと巻きされた単位構造(1セット)はヌクレオソームと呼び、ヌクレオソームが集まりひも状になった構造をクロマチン(線維)と呼ぶ。そして、細胞ががん化して分裂を繰り返すとき、がんが増えるのに都合の悪い遺伝子(がん抑制遺伝子)が出てこないようしっかりヒストンに巻きついて蓋をし、ヒストンへの巻き方をさらにきつくして、DNAが簡単にはほどけないようにして、メチル化という修飾が起こっているが、通常ヒストンは(+)、DNAは(−)にチャージされていて、2つは磁石のようにくっつきあい、しかもメチル化して解けないようになっており、ヒストンに巻き付いたDNAは(+)に帯電している(図11(a)参照)。他方、アセチル化は(−)にチャージするため、通常は(+)のヒストンがアセチル化されれば、(−)同士となってDNAと反発する。すると、DNAという‘糸’がヒストンからほどけて遺伝子が発現するメカニズムとなっている(図11(b)参照)。したがって、癌細胞由来の遊離DNAを選択的に吸着させるには、ヒストンに巻き付いたDNAは(+)に帯電しているので、吸着させる基板は(−)に帯電しているのが好ましいと考えられる。
【0010】
ところで、本発明者らは金属錯体水溶液を錯体を形成する金属より卑なる電極電位(イオン化傾向の大きい)金属基板上で電極電位差により化学還元して量子結晶(ナノサイズの金属錯体結晶)を凝集させている。銀錯体の場合、チオ硫酸銀水溶液を銀より卑なる電極電位(イオン化傾向の大きい)の銅または銅合金上で凝集させることにより銀錯体の量子結晶を化学還元法を採用して形成している。
詳しくは、金属錯体の水溶液中の濃度は主として形成する量子結晶のサイズを考慮して決定すべきであり、分散剤を使用するときはその濃度をも考慮するのがよく、通常、100ppmから5000ppmの範囲で使用できるが、配位子の機能にも依存してナノクラスタというべきナノサイズを調製するには500から2000ppmの濃度が好ましい。量子結晶を形成する金属錯体は担持金属の電極電位Eと相関する式(I)で示される錯体安定度定数(logβ)以上を有するように選択される。
式(I):E゜= (RT/|Z|F)ln(βi
(ここでE゜は、標準電極電位、Rは、気体定数、Tは、絶対温度、Zは、イオン価、Fは、ファラデー定数を表す。)
ここで、金属錯体が、Au、Ag、PtまたはPdから選ばれるプラズモン金属の錯体である場合は、ラマン光に対して局在表面プラズモン共鳴増強効果を有する。特に、金属錯体が銀錯体であるときは、安定度定数(生成定数)(log βi)が8以上の銀錯化剤とハロゲン化銀との反応により形成されるのがよく、ハロゲン化銀としては塩化銀が好ましく、錯化剤としてはチオ硫酸塩、チオシアン酸塩、亜硫酸塩、チオ尿素、ヨウ化カリ、チオサリチル酸塩、チオシアヌル酸塩から選ばれる1種であるのが好ましい。銀錯体は平均直径が5〜20nmであるナノクラスタからなる量子ドットを有し、量子結晶のサイズが100〜200nmとなる。
【0011】
かかる銀錯体をハロゲンイオンの存在下にアルカリ処理(次亜塩素酸で処理)すると、以下の反応により銀ハロゲン化物を核として過酸化銀を含み、銀酸化物の複合物の針状ナノ結晶群が形成され(図9)、しかも水中で(−)荷電を帯びる一方、ヒストンに巻き付いてDNAが(+)荷電を帯びるため(図11(a))、この遊離DNAに代表される正電荷を帯びた癌関連物質を選択的に吸着することを見出した。しかも過酸化銀を含む銀酸化物の針状ナノ結晶群はレーザー光の照射により還元され、金属銀を析出するため、レーザー光照射により表面プラズモン増強効果を示し、吸着された遊離DNAに代表される癌関連物質を検出する表面増強ラマン散乱(SERS)が得られることを見出した。
Na2S2O3+4NaClO+HO →Na2SO4+H2SO+4NaCl
Ag+ + NaCl → AgCl + Na+
Ag+ + 3NaOCl → 2AgCl + NaClO3 + 2Na+
Ag+ + OH- → AgOH
2Ag++ 2OH → Ag2O +H2O (米国特許第4478943号参照)
【0012】
本発明は上記知見に基づいて、なされたもので、銀ハロゲン化物又はハロゲンを含む銀酸化物の複合針状ナノ結晶群を含み、水中で負電荷を示し、正電荷の癌関連物質を吸着して電荷移動錯体を形成可能であるとともに光照射により銀粒子を析出可能で、レーザー照射により表面プラズモン増強効果が得られる領域を有することを特徴とする癌関連物質測定用バイオチップを要旨とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の銀酸化物の複合針状ナノ結晶群は、過酸化銀を含む銀酸化物が自己組織化してニューロン状の三次元超構造体(メソ結晶という)を形成するもので(図12及び13)、銀イオン水溶液をAg/AgCl電極を用いて定電位電析を行って形成することができるが、銀錯体量子結晶、例えばチオ硫酸銀量子結晶をハロゲンイオンの存在下でアルカリ処理(次亜塩素酸ナトリウム水溶液で処理)することによって容易に形成することができる。
【0014】
また、本発明のバイオチップを用いることにより、ラマン分析により、血中に含む生体試料中の、癌関連物質、例えば癌細胞由来の遊離DNAを以下の方法で定量することができる。すなわち、銀ハロゲン化物又はハロゲンを含む銀酸化物の複合針状ナノ結晶群、すなわち過酸化銀を含む銀酸化物のメソ結晶領域(図12及び13)を有するバイオチップを用意し、該バイオチップの針状ナノ結晶群領域に血清又は生体試料液を滴下し、試料中の正電荷を有する癌関連物質を選択的に吸着し、吸着した癌関連物質に対しレーザー照射してそこからのラマン散乱光を検知する工程により、表面増強ラマン散乱(SERS)の強度により癌疾病を判断することができる。
【0015】
血清中の癌関連物質としては、癌細胞由来のヒストンにDNAが巻きついてなるDNA(ここで遊離DNAという)、そのひと巻きされた単位構造(1セット)のヌクレオソームが集まりひも状になった構造のクロマチン(線維)を含む。また、正電荷を帯びるグロブリンを含むが、その増加は他の癌関連物質に比べて最大2倍以下であるので、本発明で検知される物質のがん進行に伴う増加が100倍以上に達するのでグロブリン以外の増加(がん細胞由来遊離DNA)が検知されていることを物語っている。また、正常細胞から出るDNA、アセチル化してヒストンが解離したDNA、そしてアルブミンは血清中の約60%を占めるが、負荷電を帯びるため、本発明では吸着されない。したがって、癌関連物質の定量検査には好都合である。
【0016】
また、本発明の針状ナノ結晶(過酸化銀を含む銀酸化物のメソ結晶)は、過酸化銀を含む銀酸化物が水溶液中で負電荷を帯びやすく、試料(ターゲット分子)と接触して電荷移動錯体を形成すると思われる。さらに、銀酸化物は光エネルギーを受けて還元され、金属銀を析出するので、規則的に配列する金属ナノ粒子の持つ表面プラズモン共鳴増強効果を有することになる。したがって、本発明の針状ナノ結晶(メソ結晶)は非金属であるが金属性質とイオン化性質を兼ね備えるため、表面増強ラマン散乱(SERS)測定用に好適なバイオチップを提供できる。
【0017】
量子結晶を形成する金属錯体は担持金属の電極電位Eと相関する式(I)で示される錯体安定度定数(logβ)以上を有するように選択される。
式(I):E゜ = (RT/|Z|F)ln(βi
(ここでE゜は、標準電極電位、Rは、気体定数、Tは、絶対温度、Zは、イオン価、Fは、ファラデー定数を表す。)
本発明において、金属錯体が、Au、Ag、PtまたはPdから選ばれるプラズモン金属の錯体である場合は、ラマン光に対して表面プラズモン共鳴増強効果を有する。
【0018】
金属錯体が銀錯体であるときは、安定度定数(生成定数)(log βi)が8以上の銀錯化剤とハロゲン化銀との反応により形成されるのがよい。
【0019】
ハロゲン化銀としては塩化銀が好ましく、錯化剤としてはチオ硫酸塩、チオシアン酸塩、亜硫酸塩、チオ尿素、ヨウ化カリ、チオサリチル酸塩、チオシアヌル酸塩から選ばれる1種であるのが好ましい。
【0020】
銀錯体は平均直径が5〜20nmであるナノクラスタからなる量子ドットを有し、量子結晶のサイズが100〜200nmとなる。
【0021】
金属錯体の水溶液中の濃度は主として形成する量子結晶のサイズを考慮して決定すべきであり、分散剤を使用するときはその濃度をも考慮するのがよい。通常、100ppmから5000ppmの範囲で使用できるが、配位子の機能にも依存してナノクラスタというべきナノサイズを調製するには500から2000ppmの濃度が好ましい。
【0022】
金属基板又は金属粒子上に形成された量子結晶は金属錯体結晶として水溶液中では正極性を持ちやすいものと思われ、生体試料中のタンパク質を吸着固定するためには、ハロゲンイオンの存在下でアルカリ処理、例えばpH11以上の次亜塩素酸ソーダ水溶液を滴下して極性を調整するのが好ましい。量子結晶は再結晶して水溶液中で負極性となるだけでなく、銀酸化物の複合針状ナノ結晶は過酸化物を形成するので、試料中癌関連物質が正電荷を持つ癌細胞由来の遊離DNAの固定化を促進することができる。
【0023】
生体試料中の総タンパク濃度の定量は、特定波長のレーザー光を照射してラマンスペクトルを得ることにより知ることができる。図3は大腸ガン患者の血清試料であり、それを10倍、100倍、500倍、1000倍および一万倍に純水で希釈して633nmのレーザー(30mW)で測定したラマンスペクトルであり、濃度とともにピーク上昇値(PSV)およびピーク積分値が変化する。よって、血清中の総タンパク質の定量分析を行うことができることがわかる。特に炭素特有のG(1300〜1400cm−1付近)及びDバンド(1550〜1600cm−1付近)にピークが見られ、メチル基に特有の2900cm−1付近にもピークが観測できることがわかった。これはガン関連物質としてヒストンにDNAが巻きついたメチル化状態で検出されていることを物語るものであると推測される。
【0024】
したがって、得られたラマンスペクトルのピーク高さ、ピーク積分値、ピーク発現時間などの情報から癌の同定および進行状態を解析することができる。図1はラマン波形のピーク算出法を示し、ヒト血清サンプルの633nmレーザーによるラマン散乱のスペクトルは1350cm−1近辺と1550cm−1近辺に散乱強度のピークを形成することが確認される。よって、800cm−1(a)と2000cm−1(b)の散乱強度の平均値(m)を基準とした最大上昇値(p−m)をピーク上昇値(Shifting Peak Value:PSV)として定義した。また、ピーク全体の面積をピーク積分値として定義した。これらのピーク上昇値およびピーク積分値はヒト血清中の癌関連物質を見る上で重要であり、ピーク発現時間とともに、ガンの同定および進行度を示す指標とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】ラマン波形のピーク算出法を示し、ヒト血清サンプルの633nmレーザーによるラマン散乱のスペクトルは1350cm−1近辺と1550cm−1近辺に散乱強度のピークを形成することを示す。
図2A】胃癌患者12例から得られた血清を調整した試料のラマンスペクトル図である。
図2B】大腸がん患者12例から得られた血清を調整した試料のラマンスペクトル図である。
図2C】良性疾患患者12例から得られた血清を調整した試料のラマンスペクトル図である。
図2D】胃癌、大腸がん、良性疾患試料のラマン散乱ピーク上昇値の比較を示すグラフである。
図3】大腸がん患者12例から得られた血清を調整した希釈試料とラマン散乱強度との関係を示すラマンスペクトルで、試料濃度と散乱強度ピーク上昇値が相関関係にあることを示す。
図4】実施例1で示す新規SERS基板作成法の手順を示す説明図で、左上の有限会社マイテック製基板は右横のSEM像を示す写真である。
図5】実施例1で製造したナノ粒子凝集体(量子結晶)の各種SEM像を示す写真である。
図6】ナノ粒子の拡大SEM像を示す。
図7】りん青銅坂上に滴下後の放置時間と量子結晶形状の関係を示す写真である。
図8】量子結晶のEDSスペクトル(元素分析)の結果を示すグラフである。
図9】量子結晶をハロゲンイオンの存在下にアルカリ処理(次亜塩素酸処理)した場合のSEM像である。
図10A】アルカリ処理した量子結晶中の針状結晶を示す図である。
図10B】ラクビーボール状の塊を示す図である。
図10C】大きい塊のEDSスペクトル(元素分析)の結果を示すグラフ図である。
図11】メチル化した遊離DNA(a)とアセチル化したDNA(b)の機能説明図である。
図12図1の量子結晶基板をハロゲンイオンの存在下にアルカリ処理(次亜塩素酸処理)した場合の再結晶基板のSEM像(上図)と、再結晶基板のEDSスペクトル(元素分析)の結果を示すグラフ(下図)である。
図13】アルカリ処理した再結晶基板のXPS測定結果を示す。
図14】再結晶基板の表面をエッチングした後のXPS測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態を詳細に説明する。
(実施例1)
図4に示すように、チオ硫酸銀1000ppm水溶液を調製し、その1滴をりん青銅板上に滴下し、約3分間放置し、溶液を吹き飛ばすと、右横のSEM像を示す量子結晶が作成されていた。
図5は実施例1で製造したナノ粒子凝集体(量子結晶)の各種SEM像を示す写真であり、図6はナノ粒子の拡大SEM像を示す。100nm前後の薄い六角柱状結晶であって、表面に数nmオーダの凹凸が発現している。金属ナノ結晶に特有のファセットは確認できなかった。
図7はりん青銅坂上に滴下後の放置時間と量子結晶形状の関係を示す写真である。まず、六角形の量子結晶が生成し、形状を維持しつつ成長するのが認められる。
図8は量子結晶のEDSスペクトル(元素分析)の結果を示すグラフである。りん青銅板上に形成された結晶は銀及び錯体配位子由来の元素を検出したが、銅板上にチオ硫酸銀1000ppm水溶液を調製し、その1滴を滴下し、約3分間放置し、溶液を吹き飛ばした場合は、銀のみを検出したに過ぎなかった。
【0027】
(量子結晶の作成の考察)
量子結晶は1000ppmチオ硫酸銀錯体水溶液の場合、りん青銅板上に滴下して3分間放置すると、100nm前後の六角柱状に形成され、各六角柱状の量子結晶は数nmオーダの凹凸を持つことがSEM像から確認された(図4図5及び図6)が、金属ナノ結晶に特有のファセットは確認できず、EDS元素分析で銀及び錯体配位子由来の元素を検出されたため、全体は銀錯体のナノ結晶であって、その表面に現れる凹凸は錯体中の銀がクラスタとして量子ドットを形成して広がっていると推測される。本発明の銀錯体量子結晶がりん青銅板上に形成される一方、銅基板上には銀のみのナノ粒子が析出する現象を見ると、チオ硫酸銀錯体の平衡電位が0.33で銅の電極電位(0.34)と同等であるため、銅基板上には銀(0.80)のみが析出し、りん青銅の場合は0.22と電極電位がわずかに卑であるため、銀錯体の結晶が析出したものと思われる。したがって、量子結晶を作成するためには1)錯体水溶液が500〜2000ppmという希薄な領域であること、2)金属錯体水溶液の平衡電位に対し担持金属の電極電位がわずかに卑であること、3)電極電位差で金属錯体が凝集させることが重要であると思われる。また、1000ppmチオ尿素銀錯体水溶液を使用した場合も同様であった。
【0028】
(実施例2)
実施例1で調整したりん青銅板上のチオ硫酸銀量子結晶基板にpH11の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を滴下し、3分後水溶液を吹き飛ばし、その直後、胃癌患者12例から得られた血清を純粋で10倍希釈して調整した試料、大腸がん患者12例から得られた血清を純粋で10倍希釈して調整した試料および良性疾患患者12例から得られた血清を純粋で10倍調整した試料のそれぞれを633nmのレーザー光を照射してラマンスペクトルを測定した。胃がんおよび大腸がんの進行度とピーク上昇値およびピーク積分値との間には相関関係が認められるということができる。また、胃がんの場合、ラマンスペクトルはレーザー照射後1分後に、大腸がんの場合はレーザー照射後2〜3分後にラマンスペクトルにピークが発現した。また、Dは胃癌、大腸がん、良性疾患試料のラマン散乱ピーク上昇値の比較を示すグラフである。良性疾患患者に対し、胃癌試料および大腸がん試料のピークは有意に高いことが認められる。胃癌試料と大腸がん試料とはピーク上昇値では差を見つけるのが困難であるということができるが、ピーク発現時間およびピーク積分値を考慮すると、両者のがん同定は可能であるということができる。
【0029】
(銀酸化物のメソ結晶についての考察:その1)
上記量子結晶基板に5%次亜塩素酸ソーダ水溶液を滴下して2分間処理して除去すると図12に示す結晶構造が見られ、針状の結晶とラクビーボール状の塊と大きい塊が見られたので、それぞれの組成をEDSスペクトル(元素分析)で分析すると、以下の反応式から針状の結晶はともに塩化銀と酸化銀の複合結晶からなるものと考えられるが、図12の結果は塩素は確認できず、銀と酸素が支配的であることがわかる。
Na2S2O3+4NaClO+HO →Na2SO4+H2SO+4NaCl (1)
Ag+ + NaCl → AgCl + Na+ (2)
Ag+ + 3NaOCl → 2AgCl + NaClO3 + 2Na+ (3)
Ag+ + OH- → AgOH (4)
2Ag++ 2OH → Ag2O +H2O (5)
したがって、本発明に係るメソ結晶の形成には銀イオンとチオ硫酸イオンが塩素イオンの存在下にアルカリ酸化反応により生ずるものと思われるが、通常の水溶液中では酸化銀が形成されるに過ぎないが、以下のXPS測定から過酸化銀が支配的に形成されていると推測される。
【0030】
(銀酸化物のメソ結晶についての考察:その2)
XPS測定:
上記量子結晶基板に次亜塩素酸ナトリウム水溶液25μlを2分間滴下し、再結晶基板を作り、エッチングせずそのまま(使用機種: アルバック・ファイ(株)/PHI5000 Versa Probe II(走査型X線光電子分光分析装置))でAgとOとをXPS測定した。また、比較対象のため、酸化銀の粉と塩化銀の粉のAgを測定した。他方、再結晶基板をアルゴンガスクラスターイオン銃で5分間エッチングしてAgとOをXPS測定した。図13及び図14のXPS測定結果を図12に基づくEDSの結果から推測すると、529eV付近のピークは過酸化銀(AgO)に由来するOピークで、530eV付近のピークは酸化銀(Ag2O)に由来するOピークであると認められる。エッチングした場合に、酸素量は減少するが、529eV付近のピークの過酸化銀(AgO)に由来するOピークが、530eV付近のピークは酸化銀(Ag2O)に由来するOピークよりも大きいことは基板近傍に過酸化銀が形成されているのを物語るものといえる。これは、メソ結晶形成時の触媒作用と基板の電極電位が影響しているものと推測される。
なお、EDS測定は上記再結晶基板を使用機種: 日本電子株式会社/JSM-7001F(電界放出形分析走査電子顕微鏡)を用いて行った。
また、チオ硫酸銀の量子結晶を次亜塩素酸水溶液、0.01規定苛性ソーダ水溶液、0.01規定塩酸水溶液、0.1モル炭酸ナトリウム水溶液で処理しても同様の結果は得られなかった。よって、この針状結晶の形成には銀イオンとチオ硫酸イオンの存在下に上記反応により生ずるものと思われる。酸化銀は水溶液中で負電荷を帯び、光により還元されて金属銀を析出させる。過酸化銀はその傾向が顕著なので、正電荷の癌関連物質を吸着し、しかも吸着した癌関連物質と銀粒子との間の表面プラズモン増強効果が得られるものと思われる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
したがって、本発明を利用することにより、血および生体試料中の癌関連物質を選択的に検出することができるので、ラマンスペクトルより癌の早期発見、癌の進行度に関する判定を行うことができる。
図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図3
図4
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図6
図7
図8
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図10A
図10B
図10C
図11
図12
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図14