(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6458314
(24)【登録日】2019年1月11日
(45)【発行日】2019年1月30日
(54)【発明の名称】セラミドの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 7/64 20060101AFI20190121BHJP
C12N 1/14 20060101ALI20190121BHJP
【FI】
C12P7/64
C12N1/14 B
C12N1/14 C
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-167632(P2014-167632)
(22)【出願日】2014年8月20日
(65)【公開番号】特開2016-42803(P2016-42803A)
(43)【公開日】2016年4月4日
【審査請求日】2017年8月16日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載年月日 平成26年2月21日 掲載アドレス eco.pref.miyazaki.lg.jp/wp−content/uploads/2014/02/03sufinngo.pdf
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載年月日 平成26年4月 1日 掲載アドレス www.pref.miyazaki.lg.jp/parts/000215615.pdf
(73)【特許権者】
【識別番号】391011700
【氏名又は名称】宮崎県
(74)【代理人】
【識別番号】100105821
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 淳
(72)【発明者】
【氏名】久木崎 雅人
(72)【発明者】
【氏名】藤田 依里
(72)【発明者】
【氏名】高橋 ゆかり
(72)【発明者】
【氏名】小玉 誠
【審査官】
福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−228246(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2008/0064075(US,A1)
【文献】
リサイクル技術百科「プラスチックス」2月号別冊,1994年,p.150-151
【文献】
農芸化学会誌,1975年,Vol.49, No.4,p.205-212
【文献】
化学装置,1997年,Vol.39, No.7,p.46-47
【文献】
Agr. Biol. Chem.,1976年,Vol.40, No.7,p.1419-1423
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00−41/00
C12N 1/00−15/90
CA/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミドを製造する方法であって、
(1)液体分が90重量%以上であり、残りが固形分である焼酎粕の当該液体分100重量%を培地として用いる工程、又は当該液体に炭素源及び窒素源の少なくとも1種の栄養源を添加して培地として用いる工程
(2)前記培地で麹菌を培養する培養工程、
(3)培養した麹菌を回収する回収工程、
(4)回収された麹菌の菌体からセラミドを採取する採取工程
を含むことを特徴とする、セラミドの製造方法。
【請求項2】
前記培養工程において、培地に栄養源が外部から追加供給されない条件下で培養する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記栄養源が少なくとも炭素源である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
麹菌が、アスペルギルス属から選択される少なくとも1種である、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記培地が液体培地である、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼酎粕を培地とする麹菌培養によるスフィンゴ脂質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物として麹と酵母を用いた焼酎の製造においては多量の焼酎粕が副生する。この焼酎粕は、多くの液体分(約90重量%以上)と少量の固形分からなり、水分中にはアミノ酸、有機酸、一部未醗酵の糖分、ビタミン、灰分、発酵代謝物等が含まれている。固形分中には、麹菌、酵母菌等の菌体のほか、穀物類に由来するセルロース、ペクチン等の繊維質等が不溶性成分として含まれている。このように、焼酎粕は、栄養成分が豊富であることから腐敗しやすく、しかもBOD(生物的酸素要求量)及びSS(懸濁物質)が高い。このため、焼酎粕を廃棄する場合は、メタン発酵処理を行い、液中の有機物の濃度を低減させた後、固液分離を行って汚泥を除去し、液体分を好気性の生物処理(活性汚泥法等)により浄化する必要がある。
【0003】
このため、例えば、焼酎粕を固液分離した後、固体分は発酵槽に送って麹菌を加えて発酵させることにより、固形分を液化(可溶化)して減容化するとともに、液体分は貯留槽に送り乳酸菌を加えて腐敗と悪臭の発生を抑えて処理する方法が提案されている(特許文献1)。
【0004】
一方、焼酎粕にはさまざまな機能性成分が含まれることから、焼酎粕に含まれる機能性成分を採取し、有効利用する試みがある。例えば、焼酎粕に麹菌を植菌して培養し、焼酎粕中の固形分を麹菌の生産する酵素等により分解/可溶化し、培養後の固液分離処理を改善するとともに、分離した固形分と液体分を飼料、食品素材、調味料等に活用できることが提案されている(特許文献2)。
【0005】
焼酎粕に含まれる機能性成分を活用する別の試みとして、焼酎粕を遠心分離等の方法で分離した液状物のエタノール抽出液又は抽出残渣を医薬組成物又は健康食品に配合し、このエタノール抽出液又は抽出残渣が腫瘍等の細胞増殖性疾患の予防や治療に有効であることが開示されている(特許文献3)。
【0006】
また、焼酎粕に含まれるスフィンゴ脂質に着目し、それを採取するための原料として焼酎粕を利用する方法も知られている。より具体的には、麹を用いた醗酵製品製造の際に生ずる副産物である、醗酵粕のアルコール抽出物から遊離セラミドの非溶媒を用いて不純物を除去することを特徴とする遊離セラミド含有量の多いスフィンゴ脂質の取得方法が提案されている(特許文献4)。その他にも、水分が除去された焼酎粕からスフィンゴ脂質を抽出する工程を含む、スフィンゴ脂質の製造方法が提案されている(特許文献5)。
【0007】
ここに、スフィンゴ脂質とは、長鎖塩基であるスフィンゴシンに長鎖脂肪酸が酸アミド結合したセラミドを共通構造とし、それに糖がグリコシド結合したスフィンゴ糖脂質と、燐酸及び塩基が結合したスフィンゴ燐脂質に分類される種々の化合物の総称であり、主に微生物及び動植物の生体膜に分布している。
【0008】
それらの化合物の中に、生理活性機能を有するものがあることが示されている。特に、セラミド(又は「遊離セラミド」と称する。)は、ヒトの皮膚器官の構成成分として存在し、水分の損失あるいは皮膚の乾燥を防ぐ役割がある。ちなみに、加齢に伴いセラミドの生成量が減少すると、皮膚の乾燥、アトピー性皮膚炎等を発症しやすくなる。
【0009】
セラミドについては、保湿、肌荒れ防止改善、シワ防止改善等の美肌効果があることが報告されている(非特許文献1,2)。また、海綿動物から抽出した特定構造のスフィンゴ糖脂質が、抗腫瘍剤や免疫賦活剤として有効であることも報告されている(特許文献6)。このほかにも、特定構造のグリコシルセラミドは、自己免疫疾患の治療剤又は堕胎剤として有効であることが示されている(特許文献7)。
【0010】
前記の焼酎粕に含まれるスフィンゴ脂質は水に不溶性のため、焼酎粕の液体分にはほとんど存在せず、その固形分に存在する。このため、特許文献5に示す方法において、焼酎粕に含まれるスフィンゴ脂質を回収するためには、予め固液分離して水分を除去した後、固形分に対して有機溶剤を用いてスフィンゴ脂質の抽出が行われる。この場合、焼酎粕の約90%以上を占める液体分は何ら利用されることなく、大量の廃液となるため、多大なコストをかけて浄化処理しなければならない。
【0011】
一方、スフィンゴ脂質は、動植物又は微生物の生体膜に多く存在するため、動物由来スフィンゴ脂質は牛脳等から抽出することもできる。ところが、BSE問題等により、牛脳等の動物由来スフィンゴ脂質を経口摂取等によってヒトが利用することは敬遠される傾向がある。また、植物由来のスフィンゴ脂質については、麦、米等の穀類、大豆等の豆類、パイナップル等の果実類から抽出されているが、これらの植物原料中のスフィンゴ脂質の含有量が少ないために(例えば、特許文献4等 参照)、製造コスト面において問題がある。
【0012】
これらの問題を解決すべく、微生物を利用してスフィンゴ脂質を製造する方法も提案されている。例えば、酢酸菌(特許文献9)、シュードモナス属に属する細菌(特許文献10)、酵母(特許文献11)等の微生物を培養して菌体を増殖させ、回収した菌体からスフィンゴ脂質を採取する方法が知られている。
【0013】
しかしながら、これらの微生物を利用する従来の製造方法では、a)微生物を培養するために高価な培地を必要とすること、b)酢酸菌の培養では菌体の増殖速度が低いこと、c)細菌、酵母等の微生物を用いる場合は、微生物の安全性・管理の面で問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2008−126187
【特許文献2】特開平6−315369
【特許文献3】特許第4071062号
【特許文献4】特開2012−41518号
【特許文献5】特開2012−228246号
【特許文献6】特許第3068910号
【特許文献7】特開2004−131481号
【特許文献8】特開2012−228246号
【特許文献9】特開2007−306882号
【特許文献10】特開平10−81655号
【特許文献11】特表2008−518612号
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】フレグランス・ジャーナル(Fragrance Journal)、23巻、p.81〜89、1995年
【非特許文献2】バイオインダストリー(Bioindustry)、19巻、p.16〜26、2002年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
このため、より安価な培地を用いて、安全性の高い方法によって、高い付加価値を有するスフィンゴ脂質を効率良く生産できる技術の開発が切望されているが、未だ開発に至っていないのが現状である。
【0017】
従って、本発明の主な目的は、スフィンゴ脂質をより効率的に生産する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者は、従来技術の問題点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、特定の処理工程を採用することにより上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0019】
すなわち、本発明は、下記の
セラミドの製造方法に係る。
1.
セラミドを製造する方法であって、
(1)
液体分が90重量%以上であり、残りが固形分である焼酎粕の
当該液体分
100重量%を培地として用いる工程、又は当該液体に炭素源及び窒素源の少なくとも1種の栄養源を添加して培地として用いる工程
(2)前記培地で麹菌を培養する培養工程、
(3)培養した麹菌を回収する回収工程、
(4)回収された麹菌の菌体から
セラミドを採取する採取工程
を含むことを特徴とする、
セラミドの製造方法。
2. 前記培養工程において、培地に栄養源が外部から追加供給されない条件下で培養する、前記項1に記載の製造方法。
3. 前記栄養源が少なくとも炭素源である、請求項2に記載の製造方法。
4. 麹菌が、アスペルギルス属から選択される少なくとも1種である、前記項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
5. 前記培地が液体培地である、前記項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明の製造方法によれば、スフィンゴ脂質(特にセラミド)をより効率的に生産することができる。特に、安価で安全な焼酎粕の液体分を麹菌の培地として利用することから、得られるスフィンゴ脂質の安全性も高く、なおかつ、比較的低コストで効率良く製造することが可能となる。同時に、焼酎製造の副産物である焼酎粕の液体分を安価で経済的な麹菌の培地として利用することができる結果、焼酎粕のメタン発酵処理又は飼料・肥料等の応用に代わる高付加価値の再利用を図ることができ、環境保全にも貢献することができる。
【0021】
このようにして得られたスフィンゴ脂質(セラミドを含むスフィンゴ脂質)は、例えば機能性食品、化粧品、医薬品等の原材料(添加物)として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】培養後の各培地における菌体の乾燥重量を示すグラフである。
【
図2】麹菌の菌体から抽出した遊離セラミドをTLCにより分析して得られたクロマトグラムである。
【
図3】麹菌の菌体から抽出した遊離セラミドをTLCにより分析して得られたクロマトグラムである。
【
図4】各培地における菌体から抽出された遊離セラミドの含有量を示すグラフである。
【
図5】麹菌培養と培養温度の関係を示すグラフである。
【
図6】回収した菌体の乾燥重量と培養時間の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の製造方法は、スフィンゴ脂質を製造する方法であって、
(1)焼酎粕の液体分を含む培地で麹菌を培養する培養工程、
(2)培養した麹菌を回収する回収工程、
(3)回収された麹菌の菌体からスフィンゴ脂質を採取する採取工程
を含むことを特徴とする。
【0024】
培養工程
培養工程では、焼酎粕の液体分を含む培地で麹菌を培養する。
【0025】
ここで用いられる焼酎粕は、特に限定的ではなく、一般的な焼酎の製造工程で産出される焼酎粕を利用することができる。一般に、焼酎は、麹の原料に麹菌を加えて麹を製造される。より具体的には、麹に水と酵母菌を加えて1〜約30日寝かせて仕込みを行い、1次もろみを造る。次に、穀類や芋類等の原料と水を加え、さらに1〜約30日寝かせて2次仕込みを行い、2次もろみをつくる。続いて、2次もろみを単式蒸留し、原酒を造る。ここに、焼酎粕は、主として、前記蒸留工程で蒸留された2次もろみの残渣物である。本発明の製造方法では、焼酎製造の蒸留工程で発生した焼酎粕を好適に使用することができる。
【0026】
一般に、焼酎粕は、約90重量%以上が液体分(水分等)で、残りが固形分である。本発明では、麹菌の培地として前記の液体分を用いる。液体分を用いることにより、より多くのスフィンゴ脂質をつくりだすことができる。また、液体分を用いることにより、後工程である回収工程における菌体回収操作をより効率的に行うことが可能となる。
【0027】
本発明では、焼酎粕の液体分をそのまま培地として使用することができるが、本発明の効果を損なわない範囲内において栄養源を必要に応じて添加することもできる。すなわち、本発明における培地は、焼酎粕の液体分100重量%である培地のほか、焼酎粕の液体分に栄養源が添加されてなる培地も包含される。添加される栄養源としては、炭素源及び窒素源の少なくとも1種を挙げることができる。炭素源としては、グルコース等の糖類が挙げられる。窒素源としては、各種のアミノ酸等を挙げることができる。
【0028】
特に、本発明の培養工程では、培地に栄養源が外部から追加供給されない条件下で培養することが望ましい。従って、例えば焼酎粕の液体分99〜100重量%である培地を好適に用いることができる。このような培地を用いることによって、スフィンゴ脂質の濃度が高い麹菌を得ることができる結果、スフィンゴ脂質をより高収量で製造することが可能となる。
【0029】
また、培地は、固体又は液体のいずれでも良いが、特に分離・精製工程の効率性等の観点より液体培地であることが望ましい。すなわち、本発明では、液体培養にて麹菌を培養することが望ましい。ただし、本発明の効果を妨げない範囲内において、液体培地中に固形分が存在していても良い。
【0030】
培養工程で用いることができる麹菌は、スフィンゴ脂質を生産できるものであれば特に限定されるものではないが、特にアスペルギルス属に属するものを好適に用いることができる。このような麹菌としては、例えば以下のようなものが挙げられる。
a)アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)
b)アスペルギルス・ルウチウエンシス(Aspergillus luchuensis)
c)アスペルギルス・ウサミ(Aspergillus usami)
d)アスペルギルス・サイトイ(Aspergillus saitoi)
e)アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)
【0031】
本発明の培養工程においては、これらの麹菌の少なくとも1種使用することができるが、特にアスペルギルス・カワチ及びアスペルギルス・オリゼーの少なくとも1種が安全性あるいは微生物の管理のし易さ等の点において好ましい。
【0032】
培養工程における麹菌の培養温度は、通常30〜40℃とし、特に30〜35℃とすることが望ましい。一般的に製麹の温度は32〜37℃であるため、通常、これ以上の温度で培養は行なわれない。また、培養時間は、通常は24〜150時間の範囲内で所望のスフィンゴ脂質の収量等に応じて適宜設定すれば良い。なお、培地に栄養源が存在する限りは麹菌が増殖するものの、液体培養では菌体がビーズ状となるため、ビーズ状の内部の菌体は酸素又は栄養源の供給不足により死滅する可能性があるので、培養時間の上限は150時間程度、特に110時間程度とすることが望ましい。
【0033】
回収工程
回収工程では、培養した麹菌を回収する。
【0034】
回収方法は特に制限されず、例えば一般的な固液分離方法に従って実施すれば良い。固液分離方法としては、例えばろ過、遠心分離等の公知の方法を採用することができる。
【0035】
麹菌の菌体を回収した後、採取工程に先立って、水分除去を行うために予め菌体を乾燥処理に供することが望ましい。乾燥方法としては、例えば凍結乾燥、真空乾燥等の手法が適用できる。
【0036】
採取工程
採取工程では、回収された麹菌の菌体からスフィンゴ脂質を採取する。
【0037】
麹菌の菌体からのスフィンゴ脂質の採取方法は特に制限されないが、例えば溶媒を用いて麹菌の菌体からスフィンゴ脂質を抽出する方法を好適に採用することができる。より具体的には、麹菌の菌体と溶媒とを混合することによりスフィンゴ脂質を溶解させた後、溶媒を除去してスフィンゴ脂質を得る工程を含む方法が挙げられる。
【0038】
溶媒の選定については、極性の高い物質(極性溶媒)であることが望ましい。例えば、a)極性溶媒の少なくとも1種又はb)極性溶媒の少なくとも1種と非極性溶媒との混合液等が挙げられる。
【0039】
極性溶媒としては、例えばクロロホルム等の有機塩素化合物、メタノール、エタノール等のアルコール類、アセトン等が挙げられる。特に、食品等に供されるスフィンゴ脂質を抽出する場合は、食品添加物として指定されているエタノール、アセトン等が好適である。また、非極性溶媒としては、食品添加物に指定されているノルマル−ヘキサン等が挙げられる。
【0040】
抽出の際には、スフィンゴ脂質以外のさまざまな夾雑物も同時に抽出されるため、純度の高いスフィンゴ脂質を得るためには、抽出の前後(好ましくは抽出前に)で夾雑物を除去する工程を実施することが好ましい。例えば菌体中に含まれるトリグリセライド等の脂質は、予め水酸化カリウム−メタノール溶液で脂質のエステル結合を開裂させ、グリセリンと脂肪酸に分解する。このとき、スフィンゴ脂質にはエステル結合が存在しないために分解されない。そして、前記の水酸化カリウム−メタノール溶液処理後、クロロホルムと水を加え、水相にトリグリセライド等の脂質の分解生成物であるグリセリンと脂肪酸を溶解させる一方、スフィンゴ脂質はクロロホルム相に溶解させる。このようにして、夾雑物のトリグリセライド等の脂質は除去できる。また、このほかの夾雑物除去法として、スフィンゴ脂質を抽出した後に、公知のクロマトグラフィー等の各種の手法を利用して精製することができる。
【0041】
菌体からのスフィンゴ脂質抽出後のスフィンゴ脂質の分析は、薄層クロマトグラフィー(TLC)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC蒸発光散乱検出法)及び質量分析(LC/MS、GC/MS)等を適宜組み合わせて行なうことができる。
【実施例】
【0042】
以下に実施例を示し、本発明の特徴をより具体的に説明する。ただし、本発明の範囲は、実施例に限定されない。なお、実施例中における「%」はいずれも「重量%」を示す。
【0043】
実施例1〜2
(1)培地の調製
芋焼酎粕を7000rpmで10分間かけて遠心分離することにより上澄み液を得た。得られた上澄み液を孔径0.45μmの
セルロース混合エステルメンブレンフィルターでろ過することにより、上記液体中に含まれる固形物を取り除いた。得られたろ液(液体分)100mLをバッフル付き三角フラスコ(容量500mL)に分注し、オートクレーブで滅菌した。
【0044】
(2)麹菌の培養
次に、滅菌処理されたろ液に白麹菌(Aspergillus kawachii)の胞子を添加した。より具体的には、予め滅菌処理した0.05%のTritonX水溶液に分散させた白麹菌の胞子を胞子濃度が8.0×10
5個/100mLとなるように添加した。続いて、振とう培養機(タイテック(株)製、Bio Shaker BR−300LF型)を用いて振とう培養法により培養した。培養条件は、培養時間:最大88時間、培養温度:30℃、培養機の振とう速度:100/分とした。
【0045】
なお、比較のため、表1に示す組成の培地を人工培地として使用した(比較例1)。また、上記の焼酎粕のろ液に、濃度が2%となるようにグルコースを添加した培地を用いて、前記と同一条件で麹菌の液体培養を行った(実施例2)。前記三種類の培地である(a)人工培地(比較例1)、(b)焼酎粕ろ液(実施例1)、(c)グルコースを2%添加した焼酎粕ろ液(実施例2)の各培地において、栄養源の指標の一つとなる総窒素量(T−N)を総窒素分析装置((株)アクタック製、スーパーケル1500型)を用いて分析した。その結果、前記(a)では0.071%、前記(b)及び(c)が0.080%であり、いずれもほぼ同じであった。なお、前記(a)及び(b)の糖(グルコース)濃度はいずれも2%に設定した。
【0046】
【表1】
【0047】
(3)菌体の重量測定
培養後、親水化処理したPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)製メンブレンフィルター(孔径1μm)を用いてろ過を行い、回収した麹菌体をナス型フラスコ(容量500mL)に移して凍結乾燥を行った後、得られた乾燥菌体の重量を測定した。その結果、比較例1(人工培地)は0.20g、実施例1(ろ過)は0.58g、実施例2(ろ過+2%グルコース)は0.77gであった。これらの結果を
図1にも示す。なお、菌体重量は、培地100mL当たりの値である。
【0048】
図1の結果からも明らかなように、比較例1よりも実施例1の方が菌体重量は多く、約3倍になっていることがわかる。
【0049】
比較例1と実施例1の総窒素量はほぼ同じ値であるのに対し、代表的な炭素源の1つであるグルコースを比較例1では2%添加しているのに対し、実施例1はアルコール発酵後であることから糖類はほとんど含まれていない。それにもかかわらず、麹菌は、比較例1より実施例2の方が、より多くの菌体が増殖する結果となった。これにより、実施例1の培地には麹菌の増殖を促進する何らかの成分が含まれていると推察され、本実施例から焼酎粕の液体分が麹菌の培地として適していることがわかる。
【0050】
また、焼酎粕ろ液にグルコースを2%添加した実施例2の培地を用いた場合は、比較例1及び実施例1の培地に比較してさらに菌体重量が増大した。比較例1と実施例2は総窒素量及びグルコース濃度がほぼ同じ値であるが、菌体収量については実施例2が約4倍に達していることは、前記の推察を裏付ける結果と言える。
【0051】
(3)セラミドの含有量測定
次に、回収した麹菌体に含まれる遊離セラミドの含有量について、以下に示す方法に従って薄層クロマトグラフィー(TLC)により定量した。まず、菌体重量1g当たり20mLのクロロホルム/メタノール(容量比1:1)混合溶媒を加え、約40℃の湯浴中で超音波を1時間照射した。さらに、0.8M水酸化カリウム−メタノール溶液を20mL加え、約40℃の湯浴中で超音波を1時間照射し、菌体中の夾雑物であるトリグリセライド等の脂質を分解させた。続いて、クロロホルム50mLと水23mLを加え、2液に分液した後、下層(クロロホルム/メタノール層)を分取しエバポレーターでクロロホルム/メタノールの混合有機溶媒を除去した。得られた乾固物に、クロロホルム/メタノール(容量比1:1)混合溶媒を加えて5mLにメスアップし、薄層クロマトグラフィー法(TLC)により遊離セラミドの定量分析を行った。分析装置は、薄層自動検出装置イアトロスキャン((株)ヤトロン製、イアトロスキャン
newMK−5)を用いた。分析の際は、三菱化学メディエンス(株)製のクロマロッド−S4を用い、展開溶媒としてクロロホルム/メタノール/水(容量比90:10:1)を使用した。遊離セラミドの標準物質としてToronto Research Chemicals Co. Ltd.製の C18 Ceramide(Cat.♯C263050)を使用した。
【0052】
このようにして麹菌体から抽出したスフィンゴ脂質の1つである遊離セラミドをTLCにより分析した。そのときのクロマトグラムを
図2に示す。
図3には、定量分析の際に使用した前記標準物質(セラミド)のクロマトグラムを示す。また、麹菌体の乾燥菌体の単位重量当たりの遊離セラミド重量の割合(%)は、比較例1では0.34%、実施例1では1.09%、実施例2では0.67%であった。これらを
図4にも示す。
【0053】
図4の結果からも明らかなように、比較例1の人工培地より実施例1の方が、遊離セラミド含有量は約3倍に達していることがわかる。この結果は、焼酎粕の液分を麹菌の培地として活用し、菌体からスフィンゴ脂質を採取するのに、焼酎粕の液分が極めて有効であることを示している。
【0054】
また、グルコースを2%添加した実施例2の培地では、比較例1の場合より菌体の遊離セラミド含有量が増大したが、実施例1よりも遊離セラミド含有量が少ないことがわかる。この結果は、麹菌が生育しにくい環境(例えば、炭素源であるグルコースが添加されていない条件下)の方が菌体中のスフィンゴ脂質含有量が増大することを示唆している。
【0055】
(4)麹菌培養と培養温度の関係
図5に麹菌培養と培養温度の関係を示す。
図5の結果からも明らかなように、本発明では30〜35℃が培養に適する温度と考えられる。
【0056】
(5)麹菌培養と培養時間の関係
回収した菌体の乾燥重量と培養時間の関係を
図6に示す。
図6の結果からも明らかなように、培養開始後約24時間経過後から麹菌の増殖速度が徐々に増大した。また、培養時間とともに菌体重量は増大した。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、飲食品、化粧品又は保湿剤としての用途を有するスフィンゴ脂質の製造に有用である。