特許第6459400号(P6459400)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6459400酵素固定化体およびそれを備えた分析装置ならびにL−スレオニンの測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6459400
(24)【登録日】2019年1月11日
(45)【発行日】2019年1月30日
(54)【発明の名称】酵素固定化体およびそれを備えた分析装置ならびにL−スレオニンの測定方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 11/06 20060101AFI20190121BHJP
   G01N 27/416 20060101ALI20190121BHJP
   C12M 1/34 20060101ALN20190121BHJP
【FI】
   C12N11/06
   G01N27/416 336G
   G01N27/416 336B
   !C12M1/34 E
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-222028(P2014-222028)
(22)【出願日】2014年10月30日
(65)【公開番号】特開2016-86680(P2016-86680A)
(43)【公開日】2016年5月23日
【審査請求日】2016年12月6日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000122298
【氏名又は名称】王子ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥河内 貴大
(72)【発明者】
【氏名】林 隆造
【審査官】 上條 肇
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−200227(JP,A)
【文献】 特開平06−018478(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 11/00 − 13/00
C12M 1/00 − 3/10
G01N 27/416
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAPLUS/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE/WPIDS(STN)
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−スレオニンデヒドロゲナーゼとNADHオキシダーゼが同一の膜または担体上に混合した状態で固定化された酵素固定化体であって、
前記L−スレオニンデヒドロゲナーゼが、パイロコッカス属、サーマス属、クロストリジウム属、フラボバクテリウム属、メイオサーマス属、及びサーモプラズマ属に属する微生物からなる群から選択される少なくとも1種の微生物由来のものである、酵素固定化体
【請求項2】
請求項1に記載の酵素固定化体と、該固定化体の下流に電気化学的活性物質を検知する機構とを備えたL−スレオニンの分析装置。
【請求項3】
緩衝液の流れを形成する機構と、該緩衝液流に試料を注入する機構と、該注入機構の下流に請求項1に記載の酵素固定化体と、該固定化体の下流に電気化学的活性物質を検知する機構とを備えたL−スレオニンの分析装置。
【請求項4】
L−スレオニンデヒドロゲナーゼとNADHオキシダーゼが同一の膜または担体上に混合した状態で固定化された酵素固定化体と、電気化学的活性物質を検知する機構を用いて検体中のL−スレオニンを検知する工程であって、前記L−スレオニンデヒドロゲナーゼが、パイロコッカス属、サーマス属、クロストリジウム属、フラボバクテリウム属、メイオサーマス属、及びサーモプラズマ属に属する微生物からなる群から選択される少なくとも1種の微生物由来のものである、工程を含む、検体中のL−スレオニンの測定方法。
【請求項5】
前記酵素固定化体にNADを含む緩衝液が送液される、請求項に記載の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、L−スレオニンからの物質転換を実現する酵素固定化体および該固定化体を備えた測定装置に関する。さらに、該固定化体を用いるL−スレオニンの測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
L−スレオニンは、動物体内において全く生合成されない完全必須アミノ酸に分類されている。ヒト成人男性の要求量は、7mg/kg体重/日である。タンパク質の栄養価は、含まれている必須アミノ酸の絶対量と比率により決定される。動物飼料に用いられる穀類のアミノ酸組成を見ると、必須アミノ酸の中でリジン、スレオニン、バリン、イソロイシン等が相対的に少なく、最も少ない比率を示すアミノ酸を制限アミノ酸と呼ぶ。スレオニンは制限アミノ酸になる可能性が高い成分である。そのため、これらのアミノ酸を飼料に添加することにより動物性タンパク質の増産が可能となる(味の素株式会社編、「アミノ酸ハンドブック」、初版、株式会社工業調査会、2003年4月、20〜27、171頁)。すでに天然物よりの分離精製法、化学合成法、微生物発酵法など種々の生産方法が開発されている。
【0003】
これらの生産方法が開発されている一方において、L−スレオニンを簡便に定量するのは容易ではない。一般的には高速液体クロマトグラフ法、特にアミノ酸分析計が利用される。この方法では、試料のろ過、脱色、除菌などの前処理が必須であり、かつ分析に1時間以上を要すること、更に装置自体が高価で、メンテナンスが煩雑であるなどの問題点があり、日常的に簡便に利用できるものではない。
【0004】
比較的安価な装置で実施可能な比色定量法としては、スレオニンを過ヨード酸で酸化してアセトアルデヒドとなし、通気して酸性亜硫酸ソーダ溶液に補足し、p−ヒドロキシジフェノールを作用させて赤紫色に発色させて定量するナイディッヒ−ヘス(Neidig-Hess)の方法がある(船山信次著、「アミノ酸」、第1版、東京電機大学出版局、2009年7月、541頁)。この比色方法も多段階の分析操作が必要であり、簡便とは言い難い。
【0005】
これらの方法に対して、カプリアビダス・ネカトル(Cupriavidus necator)由来のL−スレオニン脱水素酵素を利用し、L−スレオニンを含有する試料と当該酵素および補酵素NADを混合し、生成するNADH量またはα−アミノ−β−ケト酪酸を定量する方法が提唱されている(特許文献1)。
【0006】
特許文献1においては、生成したNADHを340nmの吸光度の変化で測定する方法、NADHを蛍光測定する方法、フェナジンメトサルフェートをメディエーターとして反応させ可視部の発色を測定する方法、あるいはジアホラーゼを利用してNADHを酸化すると共に色素を還元して発色することにより定量し、L−スレオニンの定量を遂行する方法が例示されている。
【0007】
しかし、L−スレオニン脱水素酵素の性質として、L−スレオニンの酸化速度は遅く、定量的に反応を進行するには数分から数十分の時間を要する点が欠点である。
【0008】
また、L−スレオニンの2級水酸基を酸化すると、α−アミノ−β−ケト酪酸が得られる。本化合物は反応性に富み、化学原材料の出発物質になり得るが、不安定な化合物であり自発的にアミノアセトンと炭酸ガスに分解してしまう。この化合物を得る、あるいは合成原材料として利用しようとすると効率よく迅速に酸化反応を実施しないと自発分解が優先的に起きてしまう可能性が高い。酵素の利用形態を変えることにより不安定なα−アミノ−β−ケト酪酸を効率良く生成せしめることが可能になるかもしれない。この効率を向上することは、L−スレオニンを定量的に酸化する道を開き、ひいては定量感度、精度の向上が期待される。
【0009】
また、特許文献1では、カプリアビダス・ネカトル以外の微生物からもL−スレオニンデヒドロゲナーゼが単離されているが、それらの酵素は基質特異性が悪くL−セリンに応答するという欠点が指摘されている。結論として種々の微生物からL−スレオニンデヒドロゲナーゼを得たとしても分析用途に用いるのは困難とされている。
【0010】
分析用途で酵素を利用する場合、固定化酵素電極として利用する方法が最も分析コストが下がり、簡便に利用できると考えられる。特許文献1においても酵素センサーに言及されているが、固定化体としてジアホラーゼを利用するもの、NADHを電極表面で直接酸化する方式のものが例示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第4979822号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、L−スレオニンデヒドロゲナーゼの基質特異性が改善され、安定に繰り返し使用可能であり、更に簡便且つ効率良くL−スレオニンを定量することができる酵素固定化体及び該固定化体を備えた測定装置を提供することを目的とする。また、基質特異性に優れ、簡便且つ効率良くL−スレオニンを定量可能な測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、L−スレオニンデヒドロゲナーゼとNADHオキシダーゼが同一の膜または担体上に固定化された酵素固定化体(以下、「L−スレオニンデヒドロゲナーゼ・NADHオキシダーゼ固定化体」と称することもある)を開示する。
【0014】
特にL−スレオニンデヒドロゲナーゼが、パイロコッカス属(Pyrococcus)、サーマス属(Thermus)、クロストリジウム属(Clostridium)、フラボバクテリウム属(Flavobactrerium)、メイオサーマス属(Meiothermus)、及びサーモプラズマ属(Thermoplasma)に属する微生物からなる群から選択される少なくとも1種の微生物由来のものであることが好ましい。
【0015】
また、上記の酵素固定化体と、該固定化体の下流に電気化学的活性物質を検知する機構とを備えたL−スレオニンの分析装置を開示する。
【0016】
すなわち、緩衝液の流れを形成する機構と、該緩衝液流に試料を注入する機構と、該注入機構の下流に上記の酵素固定化体と、該固定化体の下流に電気化学的活性物質を検知する機構とを備えたL−スレオニンの分析装置が好適である。
【0017】
また、L−スレオニンデヒドロゲナーゼとNADHオキシダーゼが同一の膜または担体上に固定化された酵素固定化体と、電気化学的活性物質を検知する機構を用いて検体中のL−スレオニンを検知する工程を含む、検体中のL−スレオニンの測定方法を開示する。
【0018】
特に酵素固定化体にNADを含む緩衝液が送液されることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
L−スレオニンデヒドロゲナーゼとNADHオキシダーゼを同一の膜または担体上に固定化することにより、L−スレオニンの酸化速度を著しく向上させることができるとともに、優れた定量性が得られた。さらに、各種L−スレオニンデヒドロゲナーゼを利用して前記固定化を行うことにより、基質特異性を改善させることができた。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】フロー型測定装置の概略図である。
図2】pHと変換率(メイオサーマス・シルバナス由来L−スレオニンデヒドロゲナーゼ)の関係を示すグラフである。
図3】pHと変換率(サーモプラズマ・アシドフィラム由来L−スレオニンデヒドロゲナーゼ)の関係を示すグラフである。
図4】pHと検量線の相関係数(メイオサーマス・シルバナス由来L−スレオニンデヒドロゲナーゼ)の関係を示すグラフである。
図5】pHと検量線の相関係数(サーモプラズマ・アシドフィラム由来L−スレオニンデヒドロゲナーゼ)の関係を示すグラフである。
図6】NAD濃度と変換率の関係を示すグラフである
図7】NAD濃度と検量線の相関係数の関係を示すグラフである。
図8】L−スレオニン検量線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0022】
L−スレオニンデヒドロゲナーゼ(L-threonine dehydrogenase)(EC 1.1.1.103)は細菌などから単離される。本酵素は下記の反応(1)を触媒する。
【0023】
【化1】
【0024】
この反応は左方向に偏っており、基質酸化体と補酵素であるNADHからL−スレオニンを生成する方向の還元反応は迅速に行われるが、単純にL−スレオニンとNADを混合して酵素に接触させても酸化反応の進行は遅い。そこで、NADHオキシダーゼを同時固定化し、生成したNADHを速やかにNADに戻すことにより酸化反応を進行できた。
【0025】
NADHオキシダーゼ(NADH oxidase)(EC 1.6.3.1)は下記の反応(2)を触媒する。
【0026】
【化2】
【0027】
L−スレオニンデヒドロゲナーゼによるL−スレオニン酸化反応に伴い生成されたNADHは、NADHオキシダーゼにより即座に酸化される。NADHオキシダーゼは、NAD存在下では高濃度のNADHを酸化する反応が抑制されるため、補酵素FADを共存させることが必須となっている。しかしながら、近年ではFADによる活性化を必要とせず、NADHを特異的に酸化するNADHオキシダーゼがブレビバクテリウム属(Brevibacterium)の微生物から単離されている。
【0028】
本発明におけるL−スレオニンデヒドロゲナーゼ及びNADHオキシダーゼとしては何れの生物由来のものであってもよい。本明細書において、ある生物(微生物、動物、植物)由来の酵素とは、当該生物が産生する酵素自体であってもよく、更に該酵素のアミノ酸配列において、1又はそれ以上のアミノ酸を置換、付加、欠失、挿入させることで得られる改変体を広く包含する。
【0029】
L−スレオニンデヒドロゲナーゼおよびNADHオキシダーゼの固定化方法としては、物理吸着法、イオン結合法、包括法、共有結合法などタンパク質の固定化方法として公知の方法を利用できるが、中でも共有結合法が長期安定性に優れ望ましい。タンパク質を共有結合させる方法としては、ホルムアルデヒド、グリオキザール、グルタルアルデヒドなどのアルデヒド基を有する化合物を用いるか、多官能基性アシル化剤を利用する方法、スルフヒドリル基を架橋させる方法など各種の方法を利用できる。
【0030】
本発明では、L−スレオニンデヒドロゲナーゼおよびNADHオキシダーゼの固定化は、好ましくは、L−スレオニンデヒドロゲナーゼとNADHオキシダーゼを混合した状態で行うことにより、同一の膜または担体上に同時に固定化する。
【0031】
酵素固定化体の形状としては、膜に固定化することもできるし、不溶性担体に固定化し担体をカラムリアクタに充填して用いることもできる。さらに、固定化の際に他種の酵素あるいはゼラチンや血清アルブミンなどのタンパク質、ポリアリルアミンやポリリジンなどの合成高分子を共存させ、酵素固定化体の特性、すなわち膜強度、基質透過特性などを変更することもできる。
【0032】
酵素を不溶性担体に固定化する場合の担体としては、無機質の担体としてケイソウ土、活性炭、アルミナ、酸化チタン、シリカゲル、有機質の担体として架橋処理デンプン粒子、セルロール系高分子、キチン、キトサン誘導体などの公知の担体を利用できる。上記の中でも無機質の担体が、耐圧性に優れ安定した検量線を確保する上で特に好ましい。
【0033】
L−スレオニンデヒドロゲナーゼは、超好熱菌、中等度好熱菌あるいは常温菌など広範な微生物から取得することができる。一般的に超好熱菌から精製された酵素を固定すると、固定化体の耐熱特性もよい。ただし、同時に利用する酵素の至適温度により同時に固定化するL−スレオニンデヒドロゲナーゼの最も適したものは変わってくる。例えば、常温菌であるバチルス属から取得されたNADHオキシダーゼの至適温度は40℃付近で、固定化体ではわずかに至適温度が高くなるが、30〜45℃の範囲で利用することが望ましい。このような場合、超好熱菌由来のL−スレオニンデヒドロゲナーゼを利用すると、NADHを生成する工程の反応速度が遅くなり、全体としての効率が低下する場合がある。一方、中等度好熱菌あるいは常温菌の酵素を利用するとNADHオキシダーゼの動作温度で最大速度が得られる場合が多く、固定化量を低減できるなどの経済的効果が期待できるのでより好ましい。
【0034】
酵素の固定化量については、分析に用いる担体の粒度、試料の接触時間などにより変化するが、固定化カラムを利用したリアクタ形式の場合、L−スレオニンデヒドロゲナーゼについては、1つのカラム内に1〜1000ユニット、より好ましくは5〜500ユニットを固定化することが望ましい。同様に、NADHオキシダーゼは、1〜1000ユニット、より好ましくは2〜100ユニットを固定化することが望ましい。いずれの酵素についても、あまり活性が低いと反応の進行が遅くて所定の分析感度が得られないことが多く、逆に多すぎるとコストが上昇するため望ましいことではない。
【0035】
本明細書において、L−スレオニンデヒドロゲナーゼ酵素量は、37℃で1μmolのL−スレオニンを1分間に1μmolのα−アミノ‐β酪酸に変換する酵素量を1Uとする。また、NADHオキシダーゼ酵素量は、37℃で1μmolのNADHを1分間に1μmolのNADに変換する酵素量を1Uとする。
【0036】
L−スレオニンデヒドロゲナーゼ固定化体の至適pHは、6.0〜10.0、より好ましくは7.5〜8.5である。これは同時に固定化体として使用するNADHオキシダーゼの至適pHと合致し、本発明の同時固定化体の使用時のpHとしては7.5〜8.5が望ましい。このpH域では、リン酸緩衝液、クエン酸−リン酸緩衝液、ピロリン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液などが強い緩衝能を有するため好適である。
【0037】
また、本発明のL−スレオニンデヒドロゲナーゼ・NADHオキシダーゼ固定化体の特性としては、その至適温度が40℃付近である。至適温度とは、反応の速度の上昇が続く限り温度を上げ、最大の速度が得られた際の温度を意味する。実際に分析を行う場合、室温の変動に測定結果が影響を受けることを避け、かつ酵素反応により生成した過酸化水素などの電気化学的活性物質の検出を行う電極の感度を高める上でも、多用される温度は30〜50℃である。
【0038】
過酸化水素は、公知の方法により直接、間接的に測定することができる。過酸化水素の高感度計測には、アンペロメトリー等の電気化学的な手法を用いるのがよい。
【0039】
固定化された酵素に試料を一定時間接触させて反応を進行させるには、試料液を一定時間撹拌しながら反応を起こさせるバッチ方式でも可能であるが、より高精度の測定を実施するためにフロー方式の測定を用いることが望ましい。もちろん、固定化する担体の表面積は一定であるので固定化できる酵素量には限界があるし、固定化する酵素量を増やすとコストも高くなる。そのため、できるだけ低い酵素量で効率的にL−スレオニンから過酸化水素への変換を行うことが望ましい。そのための方法としては、酵素固定化体と試料の接触時間を増加させることが挙げられる。接触時間を増加させるには担体の粒度を小さくして接触面積を増やす方法、流量を低下させる、あるいは酵素固定化体と試料が接触した状態で一定時間送液を停止させるとよい。
【0040】
本発明ではより高精度の測定を行えるフロー方式の装置を開示する。図1に示される、本発明の1つの好ましい実施形態は、緩衝液ボトル(1)とポンプ(2)と、試料を注入するオートサンプラ(3)よりなる。オートサンプラ(3)の下流にL−スレオニンデヒドロゲナーゼ・NADHオキシダーゼ固定化体(5)の順に配置する。その下流に電気化学的活性物質濃度を検知できる電極を配置する。この場合は過酸化水素電極(6)である。過酸化水素電極(6)の電流値の変化を電流電圧変換器(7)で電圧変化とし、ボードコンピュータ(8)でデジタル化してパーソナルコンピュータ(10)にデータを送り解析する。分析に使用された廃液は廃液ボトル(9)に排出される。
【0041】
この装置に流す緩衝液は特に限定されないが、酵素固定化体の活性が高くなるようなpH(例えばpH7.5〜8.5)になるように選択する。また、該緩衝液には、NADが含まれており、必要により、FAD、制菌剤、界面活性剤などが含まれていてもよい。
【0042】
該緩衝液中のNADの濃度は、好ましくは10μM以上、より好ましくは100〜1000μMである。1000μMより高い濃度でも使用可能だが、不必要に高濃度添加すると分析コストの上昇原因となる。10μMよりも低い濃度で使用する場合にはL−スレオニンの測定レンジを下げる必要がある。また、遊離のNADに限らず、より安定なNAD誘導体なども使用可能である。該緩衝液中のFADの濃度は、好ましくは10〜1000μM、より好ましくは500〜1000μMである。あまり低濃度ではいずれも効果が認められないが、補酵素は緩衝液に利用する無機塩類に比べて高価であり、不必要に高濃度添加すると分析コストの上昇原因となる。
【0043】
恒温槽(4)の温度は25〜40℃、より好ましくは30〜39℃の一定温度で利用する。流量は0.1〜2.0mL/分の範囲、より好ましくは0.5〜1.5mL/分で送液する。
【実施例】
【0044】
以下に実施例を挙げて、本発明の内容をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0045】
[実施例]
(1)メイオサーマス・シルバナス(Meiothermus silvanus)由来L−スレオニンデヒドロゲナーゼ・NADHオキシダーゼ同時固定化カラムの製造方法
アミノシラン化処理したシリカゲル担体75mgを5%グルタルアルデヒドに1時間浸漬した後、よく蒸留水で洗浄し、最後にpH7.0、100mMのリン酸ナトリウム緩衝液で置き換え、この緩衝液をできるだけ除いておいた。このホルミル化したシリカゲル担体にpH7.0、100mMリン酸ナトリウム緩衝液にメイオサーマス・シルバナス由来L−スレオニンデヒドロゲナーゼ37ユニット/mlの濃度で溶解した溶液250μl、pH7.0、100mMリン酸ナトリウム緩衝液にバチルス・リセニホルミス(Bacillus licheniformis)由来NADHオキシダーゼ1ユニット/mlの濃度で溶解した溶液1mlを同時に接触させ、0〜4℃で1日放置し固定化した。この酵素固定化担体を内径3.5mm、長さ15mmのカラムに充填した。
【0046】
(2)サーモプラズマ・アシドフィラム(Thermoplasma acidophilum)由来L−スレオニンデヒドロゲナーゼ・NADHオキシダーゼ同時固定化カラムの製造方法
アミノシラン化処理したシリカゲル担体75mgを5%グルタルアルデヒドに1時間浸漬した後、よく蒸留水で洗浄し、最後にpH7.0、100mMのリン酸ナトリウム緩衝液で置き換え、この緩衝液をできるだけ除いておいた。このホルミル化したシリカゲル担体にpH7.0、100mMリン酸ナトリウム緩衝液にサーモプラズマ・アシドフィラム由来L−スレオニンデヒドロゲナーゼ6.7ユニット/mlの濃度で溶解した溶液250μl、pH7.0、100mMリン酸ナトリウム緩衝液にバチルス・リセニホルミス由来NADHオキシダーゼ1ユニット/mlの濃度で溶解した溶液1mlを同時に接触させ、0〜4℃で1日放置し固定化する。この酵素固定化担体を内径3.5mm、長さ15mmのカラムに充填した。
【0047】
(3)過酸化水素電極の製造方法
過酸化水素電極はガラス板上に貴金属を蒸着法により成膜したものを用いた。厚さ0.7mmの無アルカリガラス基板上に白金、白金、銀の3本の貴金属を蒸着した。銀は参照電極として、白金の1本は作用電極、もう1本は電子供給に用いる対極として利用した。貴金属薄膜を成膜したものの上に、セルロースアセテートを1μmの厚さでスピンコートした。なお、セルロースアセテートは過酸化水素のように低分子量の化合物を透過し、アスコルビン酸のような分子量が比較的大きく、過酸化水素と同電位で酸化される化合物が白金作用電極表面に到達するのを妨げる。
【0048】
このように作成したガラス板上に貴金属薄膜を形成したものをフローセルに組み込み、塩化銀化された銀電極に対して+0.6Vの電圧を白金電極に印加した。
【0049】
(4)測定装置
図1はフロー型の測定装置に前述のL−スレオニンデヒドロゲナーゼ・NADHオキシダーゼ同時固定化体を装着したものである。緩衝液槽(1)より緩衝液をポンプ(2)により送液し、オートサンプラー(3)より試料4μlを注入した。送液された試料は、恒温槽(4)中に設置されたL−スレオニンデヒドロゲナーゼ・NADHオキシダーゼ同時固定化カラム(5)を通過し、L−スレオニンから過酸化水素が生成する。生成した過酸化水素は、下流の過酸化水素電極(6)を通過し、電流値の変化を生じさせる。
【0050】
電流値の変化は、電流電圧変換器(7)で電圧変化とし、ボードコンピュータ(8)でデジタル化してパーソナルコンピュータ(10)にデータを送り解析する。分析に使用された廃液は廃液ボトル(9)に排出される。緩衝液の流速は、1.0ml/分、恒温槽の温度は37℃とした。
【0051】
(5)変換率の算出方法
0、1、2、5mMにそれぞれ調製したL−スレオニン標準物を測定装置に注入し、各濃度の標準物における検出電流値を記録した。横(X)軸に標準物の濃度、縦(Y)軸に検出電流値となるように検出電流値の値をグラフにプロットした後、最小二乗法により、濃度と検出電流値の関係を表す検量線を作製した。このとき、検量線はY=aX+bの一次直線であり、傾きであるaは単位濃度(1mM)当りの電流値を表す。過酸化水素、NADHも同様の方法で濃度と検出電流値の関係を表す検量線を作製し、傾きを算出した。
【0052】
L−スレオニン/NADH変換率は、L−スレオニン検量線の傾きとNADH検量線の傾きの比率で、L−スレオニンからNADHへの変換効率を表す値である。この値はカラム中のL−スレオニンデヒドロゲナーゼの活性を示す指標になる。
【0053】
L−スレオニン/過酸化水素変換率は、L−スレオニン検量線の傾きと過酸化水素検量線の傾きの比率で、L−スレオニンから過酸化水素への変換効率を表す値である。この値はカラム中のL−スレオニンデヒドロゲナーゼとNADHオキシダーゼの全体活性を示す指標になる。
【0054】
(6)使用緩衝液
使用する緩衝液のpHを6.5〜9.0の間で検討した。結果を図2図5に示す。pHが7.5〜8.5の間でL−スレオニン/過酸化水素変換率、L−スレオニン/NADH変換率、検量線の相関係数が向上した。
【0055】
(7)緩衝液中NAD濃度
緩衝液中に添加するNAD濃度を0.01mM〜1.00mMの間で検討した。結果を図6図7に示す。NAD濃度が0.10〜1.00mMでL−スレオニン/過酸化水素変換率、L−スレオニン/NADH変換率、検量線の相関係数が向上した。
【0056】
(8)検量線の直線領域
50mMの塩化カリウム、0.5mMのNAD、50μMのFADを含む50mMピロリン酸緩衝液(pH8.0)を用いてL−スレオニンの検量線を作成した。結果を図8に示す。L−スレオニン濃度が10mMまで検量線の相関係数0.9999を維持した。
【0057】
(9)基質特異性の検討
本固定化体の基質特異性を検討した。1mMに調製した種々のアミノ酸を測定装置に注入し、それぞれのアミノ酸ごとの検出電流値を記録した。L−スレオニンの電流値を100%とし、他のアミノ酸への反応率を算出した。結果を表1に示す。L−スレオニン以外には、ほぼ応答することが無かった。
【0058】
【表1】
【0059】
[比較例]
(1)分離型固定化カラムの製造方法
実施例(1)、(2)に記載の方法で、L−スレオニンデヒドロゲナーゼのみを固定化したものを分離型L−スレオニンデヒドロゲナーゼ固定化カラム、NADHオキシダーゼのみを固定化したものを分離型NADHオキシダーゼ固定化カラムとする。これらをテフロン(登録商標)チューブで直列に接続したものを比較実験に用いた。
【0060】
(2)L−スレオニンデヒドロゲナーゼ・NADHオキシダーゼ同時固定化体との比較
実施例(4)の装置を用いて、0、1、2、5mMのL−スレオニンを4μlずつ注入し、検出値を得た。検出値から、同時固定化体を使用した際の検量線と分離型カラムを使用した際の検量線を作成した。検量線の傾きからL−スレオニン/過酸化水素変換率、L−スレオニン/NADH変換率を算出した。結果を表2〜3に示す。L−スレオニンデヒドロゲナーゼとNADHオキシダーゼを同時固定することにより、L−スレオニン/過酸化水素変換率、L−スレオニン/NADH変換率が向上した。
【0061】
【表2】
【0062】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、L−スレオニンデヒドロゲナーゼを利用した物質変換反応に有用であり、また血中、発酵液中、食品中などの試料中L−スレオニンの定量分析に応用できるものである。
【符号の説明】
【0064】
1 緩衝液ボトル
2 送液ポンプ
3 オートサンプラ
4 恒温槽
5 固定化カラムリアクタ
6 過酸化水素電極
7 電流電圧変換器
8 ボードコンピュータ
9 廃液ボトル
10 パーソナルコンピュータ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8