(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
PNPLA1遺伝子が欠損した非ヒト動物に被検物質を投与し、当該被検物質投与後の前記非ヒト動物において皮膚バリア機能の促進効果が得られたときは、前記被検物質を皮膚バリア機能促進剤として選択する工程を含む、皮膚バリア機能促進剤のスクリーニング方法。
PNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物に被検物質を投与し、当該被検物質投与後の前記非ヒト動物においてPNPLA1の発現量、又はω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドの量が増加したときは、前記被検物質を皮膚バリア機能促進剤として選択する工程を含む、皮膚バリア機能促進剤のスクリーニング方法。
PNPLA1遺伝子を有する細胞、又はPNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物から採取された生体材料に被検物質を接触させた後、PNPLA1の発現量、又はω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドを検出し、当該PNPLA1の発現量、又は当該ω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドの量が増加したときは、前記被検物質を皮膚バリア機能促進剤として選択する工程を含む、皮膚バリア機能促進剤のスクリーニング方法。
ω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドが、被検物質を接触させない対照の細胞又は生体材料と比較して増加したときは、当該被検物質を皮膚バリア機能促進剤として選択する、請求項3に記載の方法。
PNPLA1及びω-ヒドロキシセラミドを含む試料に被検物質を接触させた後にアシルセラミドを検出し、当該アシルセラミドが、被検物質を接触させない対照の試料と比較して増加したときは、前記被検物質を皮膚バリア機能促進剤として選択する工程を含む、皮膚バリア機能促進剤のスクリーニング方法。
PNPLA1遺伝子が欠損した非ヒト動物に被検物質を投与し、当該被検物質投与後の前記非ヒト動物において皮膚バリア機能の促進効果が得られたときは、前記被検物質を、アシルセラミドの合成異常による皮膚疾患治療薬として選択する工程を含む、アシルセラミドの合成異常による皮膚疾患治療薬のスクリーニング方法。
PNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物に被検物質を投与し、当該被検物質投与後の前記非ヒト動物においてPNPLA1の発現量、又はω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドの量が増加したときは、前記被検物質を、アシルセラミドの合成異常による皮膚疾患治療薬として選択する工程を含む、アシルセラミドの合成異常による皮膚疾患治療薬のスクリーニング方法。
PNPLA1遺伝子を有する細胞、又はPNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物から採取された生体材料に被検物質を接触させた後、ω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドを検出し、当該ω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドが、被検物質を接触させない対照の細胞又は生体材料と比較して増加したときは、前記被検物質を、アシルセラミドの合成異常による皮膚疾患治療薬として選択する工程を含む、アシルセラミドの合成異常による皮膚疾患治療薬のスクリーニング方法。
PNPLA1遺伝子を有する細胞、又はPNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物から採取された生体材料に被検物質を接触させた後にPNPLA1の発現量を測定し、当該PNPLA1の発現量が、被検物質を接触させない対照の試料と比較して増加したときは、前記被検物質を、アシルセラミドの合成異常による皮膚疾患治療薬として選択する工程を含む、アシルセラミドの合成異常による皮膚疾患治療薬のスクリーニング方法。
PNPLA1及びω-ヒドロキシセラミドを含む試料に被検物質を接触させた後にω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドを検出し、当該ω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドが、被検物質を接触させない対照の試料と比較して増加したときは、前記被検物質を、アシルセラミドの合成異常による皮膚疾患治療薬として選択する工程を含む、アシルセラミドの合成異常による皮膚疾患治療薬のスクリーニング方法。
アシルセラミドの合成異常による皮膚疾患が魚鱗癬、アトピー性皮膚炎、乾癬、荒れ肌、乾皮症、角化症、乾燥肌、湿疹及び乾燥性皮膚炎からなる群から選ばれる少なくとも1つである請求項6〜10のいずれか1項に記載の方法。
PNPLA1遺伝子を有する細胞、又はPNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物から採取された生体材料に被検物質を接触させた後にPNPLA1遺伝子の発現量を測定し、当該PNPLA1遺伝子の発現量が、被検物質を接触させない対照の細胞又は生体材料と比較して増加又は低下したときは、それぞれ、前記被検物質は皮膚バリア機能を増加又は低下させる物質であると判定することを特徴とする、被検物質の皮膚バリア機能の検査方法。
PNPLA1遺伝子を有する細胞、又はPNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物から採取された生体材料に被検物質を接触させた後、ω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドを検出し、当該ω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドが、被検物質を接触させない対照の細胞又は生体材料と比較して増加又は低下したときは、それぞれ、前記被検物質は皮膚バリア機能を増加又は低下させる物質であると判定することを特徴とする、被検物質の皮膚バリア機能の検査方法。
【背景技術】
【0002】
皮膚は外部環境からの様々な刺激にさらされている。皮膚にはこれら外界からの刺激や異物、微生物の侵入を防ぎ、水分を保持して蒸散を防ぐ障壁機能(バリア機能)を有する。このバリア機能が低下すると、肌の水分が蒸発して乾燥を招き、外部刺激を受けやすくなるため、アトピー性皮膚炎をはじめとした皮膚疾患の原因となる。重篤な皮膚バリア機能障害は、魚鱗癬を引き起こし、水分多損失や感染症による早期死亡を引き起こす。
【0003】
皮膚の表皮は内側から順に基底層、有棘層、顆粒層、角質層の4層構造を持ち、皮膚バリア機能の大部分は最外層の角質層が担っている。特に脂質層と水層が交互に繰り返されたラメラ構造(短周期相が約6 nm、長周期層が約13 nmの多重層構造)を持つ「角質細胞間脂質」と呼ばれる特殊な構造が、皮膚内水分の蒸発を防ぐのに不可欠である。基底層で増殖した表皮ケラチノサイトは角質層に到達するまでに分化、脱核し、物理的・化学的に非常に安定な不溶性構造物である「周辺帯」を持ち、内部にケラチン・フィラグリン凝集産物が詰まった角化細胞となる。角化細胞をレンガに喩えると、その間をモルタルのように角質細胞間脂質が埋めることで強固な障壁を形成している(
図1A)。
【0004】
この角層細胞間脂質は、有棘層と顆粒層の細胞で生合成された層板顆粒が、角層直下で細胞間に放出されて伸展し、ラメラ構造を形成して細胞間に広がったものである。角層細胞間脂質はセラミド、コレステロール、脂肪酸、リン脂質等から構成されるが、角質細胞間脂質のラメラ構造の形成には、多様なセラミド分子種の中で、アシルセラミドが最も重要である。
【0005】
表皮に存在するアシルセラミドは、超極長鎖脂肪酸(炭素数28〜34)のω位にリノール酸(C18:2)がエステル結合した構造を持つ(
図1C)。
【0006】
角化細胞は、インボルクリン、ロリクリン等の裏打ちタンパク質が架橋化して肥厚した角化不溶性膜(周辺帯)で被われる。さらに周辺帯の細胞間隙側に位置するグルタミン酸、グルタミン残基に、アシルセラミドが代謝されて生じるω-ヒドロキシセラミド(ω-OHセラミドともいう)が共有結合し、角質細胞外脂質該膜(cornified lipid-bound envelope (CLE))を形成することで、角化細胞と角質細胞間脂質を強固に結びつけて堅牢な構造を作る。
【0007】
したがって、皮膚に特有に存在するアシルセラミドは、角質細胞間脂質のラメラ構造およびCLEの存在によって実現される角質透過バリアの形成に不可欠な成分である(非特許文献1:Breiden B, Sandhoff K. The role of sphingolipid metabolism in cutaneous permeability barrier formation. Biochim Biophys Acta 1841:441-452, 2014)。
【0008】
皮膚に存在するアシルセラミドは、公知の他のセラミド類と比べて特有の構造と機能を有している。炭素数18〜42の極超長鎖脂肪酸のω位にエステル結合を介してさらにリノール酸が結合した極めて長い鎖長の炭化水素鎖を持つため、アシルセラミドは「分子リベット」として作用し、角質細胞間脂質の2つ以上の脂質層をお互いに連結し、その結果、水分や電解質の移動を制限することで、皮膚に特有のバリア機能を維持している。
【0009】
角質細胞間に分泌されたアシルセラミドは、ω位で加水分解されてリノール酸が外れた後、周辺帯を構成するタンパク質のグルタミン酸残基やグルタミン残基とエステル結合するω-ヒドロキシセラミドとなる。さらに酸性セラミダーゼにより加水分解されてスフィンゴシン骨格が遊離すると、ω位でエステル結合したω-ヒドロキシ極超長鎖脂肪酸となる。これらの周辺帯とエステル結合で共有結合したω-OHセラミドとω-OH脂肪酸は角化細胞表面でCLEを構成し、角化細胞と角質細胞間脂質を強固に結合する。
【0010】
必須脂肪酸を欠乏した餌を長期間与えた必須脂肪酸欠乏動物では、角層内の他のセラミド類は量的にはほとんど異常が無いにもかかわらず、水分蒸散量が増加して皮膚バリア機能が低下しており、角質剥離、皮膚の乾燥と肥厚などを生じ、皮膚(や毛髪)を健康に保てなくなることが知られている。セラミド組成の詳細な解析より、ω-O-アシルセラミドのω位にエステル結合するリノール酸のほとんどがオレイン酸に変化していることが発見された(非特許文献2:Wertz PW, Downig DT: Glysolipids in mammalian epidermis; Structure and function of the water barrier. Science 21, 1261-1262, 1982)。すなわち、必須脂肪酸の1つであるリノール酸が不足すると、アシルセラミドのω位のアシル部位がリノール酸からオレイン酸に置き換わるが、そのようなアシルセラミドでは皮膚バリア機能を発揮できないことを示唆する。したがって、リノール酸がω位にエステル結合したアシルセラミドは、皮膚バリア機能において他のセラミド類によって置き換え不可能な重要な役割を担うと考えられる。
【0011】
表皮のセラミドには構成成分であるスフィンゴシン骨格と脂肪酸の構造の組み合わせにより、少なくともセラミド1〜12のタイプが存在する。スフィンゴイド塩基としては、例えば、スフィンゴシン(D-erythro-dihydrosphingosine、SPH)、ジヒドロスフィンゴシン(D-erythro-dihydrosphingosine、 DHS)、フィトスフィンゴシン(phytosphigosine、PHS) の三種類を挙げることができる。多様なセラミド分子種のうち、セラミド1, 4, 9, 12あるいはEOS、EOH、EOP、EOdSは皮膚の角質層に存在するアシルセラミド成分である。存在比率としては、EOS、EOH、EOP、EOdSの順に多い。
【0012】
上記に示したように、セラミドは皮膚の重要な構成成分であり、皮膚バリア機能に大きな寄与をしていると言われている。この為、化粧料などの皮膚外用剤にセラミドを配合し、皮膚に投与することは、セラミドの減少により皮膚バリア機能の低下した皮膚の、皮膚バリア機能の向上に有効であり、水分の喪失を回復し、しわ防止効果を発揮することが分かっている。さらにセラミドは皮膚疾患の医薬品として、例えばアトピー性湿疹の治療用にも使用される。アトピー性皮膚炎患者の皮診部及び無疹部角層中のセラミド量は健常者に比べ顕著に減少していることが判明しており、セラミド種のなかでもバリア機能に関連の深いアシルセラミドが最も減少していることが、アトピー性皮膚炎患者皮膚での水分保持やバリア機能の低下の原因とされている(非特許文献3:Imokawa G. et al. A decrease level of ceramides in stratum corneum of atopic dermatitis: An etiologic factor in atopic dry skin? J Invest Dermatol, 96, 523-526, 1991)。
【0013】
J Invest Dermatol. 96:523-526, 1991(非特許文献4)、Arch Dermatol Res. 283:219-223,1991(非特許文献5)は、「アトピー性皮膚炎や老人性乾皮症におけるセラミド量の減少」について、J Dermatol Sci. 1:79-83, 1990(非特許文献6)、Acta Derm Venereol. 74:337-340, 1994(非特許文献7)は、「セラミド量の減少と脂質代謝酵素異常」について、Contact Dermatitis. 45:280-285, 2001(非特許文献8)、J Eur Acad Dermatol Venereol. 16:587-594, 2002(非特許文献9)は、「セラミドによるバリア機能の回復」について開示している。
【0014】
肌荒れを予防または治癒する検討もなされている。荒れ肌とは、一般に角質細胞の剥離現象が認められる乾燥状態の皮膚をいう。このような荒れ肌はコレステロール、セラミド、脂肪酸等の角質細胞間脂質の溶出、および紫外線、洗剤等に起因する角質細胞の変性や表皮細胞の増殖・角化バランスの崩壊による角層透過バリアの形成不全等によって発生する。この荒れ肌を予防または治癒する目的で、角質細胞間脂質成分又はそれに類似する合成の角質細胞間脂質を供給するなどの検討が行われている。
【0015】
近年では、皮膚バリア機能の低下や肌の乾燥を伴う皮膚疾患に対する治療薬あるいは化粧品・美容健康食品の素材として注目されている。実際、化粧品、食品・サプリメント等として、セラミドを配合した多くの製品が既に市販されており、セラミド原料市場規模は拡大傾向が続いている。
【0016】
現在、化粧料や皮膚外用剤に配合されているセラミド類としては、公知のセラミド類(天然セラミド 、合成セラミド 、合成擬似セラミドが使用されている。市販されているセラミドとしては、例えば、コスモフェルム社(オランダ)製の「Ceramide 1」(セラミド1)、「Ceramide 2」(セラミド2)、コスモフェルム社およびエヴォニック社()の「Ceramide III」(セラミド3)、「Ceramide IIIB」(セラミド3)、「Ceramide VI」(セラミド6)及び高砂香料工業株式会社製の「Ceramide TTI−001」(セラミド2)、CERAMIDE II(Quest International社)、DS-Ceramide VI、DS-CLA-Phytoceramide、C6-Phytoceramide、DS-ceramide Y3S(DOOSAN社)、CERAMIDE2(セダーマ社)等が挙げられる。
【0017】
コスモフェルム社製の「Ceramide 1」(セラミド1)は、ステアロイルオキシヘプタコサノイルフィトスフィンゴシンであり、セラミド1そのものではなく、セラミド1のアナログ、すなわち疑似セラミドであってアシルセラミドではない。セラミド1のスフィンゴシン骨格がフィトスフィンゴシンで置換されており(従って、より正確にはセラミド9のアナログである)、脂肪酸ω位に脂肪酸がエステル結合しておらず、代わりにエーテル結合でステアリン酸が結合している。このセラミド1アナログは有機合成によって得られる物質であり、天然には存在しない。より重要な点として、アシルセラミドとは異なった構造特性を持つため、アシルセラミドと同様に代謝され得ず、従って、CLEとして角質細胞間脂質と角化細胞を結合させる機能を持ち得ない。したがって、皮膚バリア機能の促進効果は限定的と考えられる。
【0018】
セラミドの原料としては、これまで牛などの動物由来のものが使われていたが、感染症の問題が指摘され、現在では米、小麦、大豆や芋などの植物性セラミドが主流である。最近の基礎的研究(J. Clin. Invest. 112:1372-1382, 2003(非特許文献10)により、セラミドの構造が皮膚の保湿・バリア能に極めて重要であることが明らかとなり、ヒトのセラミドと構造が異なる植物性セラミドが機能性の高い脂質であるかどうか疑問が残る。しかも動植物に存在するセラミドは微量で抽出・精製が困難であり、生産性が悪い上コストが高いことから、それらを克服することが可能な新しい生産技術の開発が強く望まれている。
【0019】
現在、化粧料や皮膚外用剤の配合に使用されているセラミドの多くはセラミド2(NSまたは単にセラミドとも呼ぶ)である。セラミド2はω-OHセラミド(ω-ヒドロキシセラミド)の前駆体であり、上述のように、皮膚バリア機能の回復や増強にはアシルセラミドの存在が不可欠であるため、単にセラミド類を投与するだけでは不十分で、投与されたセラミド2がω-OHセラミドを経て、角質細胞間脂質やCLEの最重要成分であるアシルセラミドに効率的に代謝されることが必要である。
【0020】
皮膚のセラミド代謝経路を構成する酵素やトランスポーターが数多く報告されている(
図1B)。興味深いことに、皮膚特有のセラミド代謝経路に関わる分子の変異や欠損の多くが魚鱗癬を引き起こす。セラミド代謝に関わる分子でまだ分子実体が明らかになってないものがいくつか存在するが、特に角質細胞間脂質の層構造やCLEの形成に最も重要と考えられるアシルセラミド(ω-O-アシルセラミド)の合成酵素はこれまで同定されていなかった。ω-OHセラミドは、セラミドにチトクロームP450 4F(CYP4F22)を作用させることで酵素的に合成できることが報告されている(非特許文献11:Ohno Y, Ohkuni A., Kamiyama N., Kihara A; The cytochrome P450 4F subfamily protein CYP4F22 catalyzes ω-hydroxylation of ultra long-chain-containing ceramides in the epidermis. FASEB Summer Research conferences (Lysophospholipid and Other Related Mediators - From Bench to Clinic), Niseko, 2013. 8. 5-6.,非特許文献12:Ohno Y, Ohkuni A, Kamiyama N, Kihara A; Epidermal-specific ω-hydroxylated ceramide is synthesized by the cytochrome P450 4F subfamily protein CYP4F22. 第11回未来創薬・医療イノベーション拠点形成国際シンポジウム, 札幌, 2013. 8. 2.)。また、MATREYA社(米国、ペンシルバニア州)から、極超長鎖脂肪酸(炭素数30)を含むω-OHセラミド(ω-ヒドロキシトリアコンタノイル-スフィンゴシン、N-ω-Hydroxytriacontanoyl-D-erythro-sphingosine)を入手可能である。したがって、ω-OHセラミドのω位に脂肪酸、より望ましくはリノール酸を転移する活性を持つ、アシルセラミド合成酵素を同定して利用することで、アシルセラミドの工業的な大量生産が実現可能となる。
【0021】
Ca
2+非依存性ホスホリパーゼA
2/PNPLA (Patatin-like phospholipaseまたはPatain-like phospholipase domain containing)ファミリーに属するPNPLA1の遺伝子変異によって、ヒトとイヌにおいて魚鱗癬を発症することが報告されたが(非特許文献3)、この分子の生理機能や変異による魚鱗癬発症のメカニズムは不明であった。PNPLAファミリーには9種の分子種が存在し、patatinドメインと呼ばれる触媒ドメインを共通に持つことが特徴である(
図2、非特許文献13)。このファミリーに属する分子は、様々な脂質の代謝、例えばリン脂質、リゾリン脂質、トリグリセリド、レチノイドエステルの加水分解や、レチノール、リゾホスファチジン酸への脂肪酸転移反応に関与することが報告されている。
【0022】
ヒトのPNPLA1遺伝子は、NCBI Reference Sequence: NM_173676.2にその塩基配列とそれにコードされるタンパク質アミノ酸配列が記載され、またマウスのPnpla1遺伝子はNCBI Reference Sequence:NM_001034885.3に記載されている。
【0023】
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.概要
PNPLA1(patatin-like phospholipase domain containing 1)は、表皮ケラチノサイトの分化に伴って発現する脂質代謝酵素である。本発明者は、Pnpla1遺伝子の欠損マウスを作製して表現型解析を行った結果、このマウスは、重篤な皮膚バリア機能の低下により激しい経皮水分喪失と体重低下が起こり、出生後まもなく死亡することを見出した。表皮の脂質分析により、PNPLA1はセラミドからアシルセラミドを生合成する反応に必須であることが明らかとなり、この過程が正常に進行しないと角質間細胞脂質層の形成不全が生じるばかりでなく、角層構成タンパク質のフィラグリンやロリクリンの発現減少を引き起こし、皮膚バリア機能が低下することが分かった。
【0035】
PNPLA1を利用したアシルセラミドの合成法を提供することで、皮膚バリア機能の増強を促す治療薬や化粧品の開発のための有力な手段となることが期待される。
【0036】
本発明において見出された知見を以下に詳述する。
【0037】
なお、本明細書において、「PNPLA1」と表記したときはタンパク質(酵素)を、「Pnpla1」と表記したときは遺伝子を意味するが、説明の便宜上、PNPLA1をコードする遺伝子を「PNPLA1遺伝子」と表記することもある。「Pnpla1」と「PNPLA1遺伝子」とは同義である。
【0038】
また、本明細書において使用されるセラミド類の略号は以下の通りである。
【0039】
EOdS: N-(ω-OH-acyl)acyl-dihydrosphingosine
EOS: N-(ω-OH-acyl)acyl-sphingosine、
EOP: N-(ω-OH-acyl)acyl-phytosphingosine
EOH: N-(ω-OH-acyl)acyl-6-OH-sphingosine
NdS: N-acyl-dihydrosphingosine
NS: N-acyl-sphingosine
NP: N-acyl-phytosphingosine
NH: N-acyl-6-OH-sphingosine
AdS: N-(α-OH-acyl)-dihydrosphingosine
AS: N-(α-OH-acyl)-sphingosine
AP: N-(α-OH-acyl)-phytosphingosine
AH: N-(α-OH-acyl)-6-OH-sphingosine
(1) Pnpla1 mRNAはケラチノサイトの分化に伴って発現誘導する
C57BL/6マウスの各臓器におけるPnpla1 mRNAの発現量を定量的PCRで解析すると、皮膚に特異的に発現し(
図3A)、in situ hybridizationの結果から表皮に分布していることが明らかになった(
図3B)。さらに、マウス表皮ケラチノサイト前駆細胞であるMPEK細胞を1 mM CaCl
2存在下で培養して分化誘導すると、Pnpla1 mRNAの発現はKrt10やLorと同様に分化誘導2日目から誘導された(
図3C)。したがって、PNPLA1の発現はケラチノサイトの分化と密接に関連することが分かった。
【0040】
(2)Pnpla1欠損マウスにおける皮膚バリア機能の破綻
Pnpla1遺伝子のエクソン2の上流にFRT-LacZ-loxP-Neo-FRT-loxP配列、エクソン3の下流にloxP配列を挿入した構造のターゲティングベクターをC57BL/6由来ES細胞のRENKA株に導入し、相同組換えES細胞の選択を行った(
図4A)。キメラマウス、F1マウスを作製した後、Flippase過剰発現マウス、Cre recombinase過剰発現マウスの順に交配してエクソン2および3を欠失したマウスを作製後、ヘテロ欠損マウス同士を交配した。Pnpla1ホモ欠損マウスはメンデルの法則にしたがって生まれたが(
図4B、C)、皮膚の乾燥と硬化、低体重が観察され(
図4D、E)、生後1日以内に死亡した。胎生18.5日目に帝王切開を行うとホモ欠損マウスの体重は野生型マウスと同等だったが、時間の経過とともに減少し(
図5A)、皮膚の乾燥と硬化が進行していった。この時の皮膚バリア機能を経皮水分蒸散量(transepidermal water loss, TEWL)とトルイジンブルー染色液を用いた皮膚透過性試験により評価すると、激しい経皮水分喪失と染色液の浸透が見られた(
図5B、C)。さらに皮膚切片のHE染色を行うと、セラミドやコレステロールからなる角質細胞間脂質の著しい減少が認められた(
図5D)。
【0041】
以上の結果から、Pnpla1欠損マウスでは、角質細胞間脂質の形成不全を伴う皮膚バリア機能の著しい低下が見られ、水分喪失により早期に死亡すると考えられた。
【0042】
(3)Pnpla1欠損マウスにおけるアシルセラミドの生合成異常
ケラチノサイトは顆粒層でセラミド等の脂質を豊富に含有する層板小体を産生し、さらに分化が進んで角質層に達すると層板小体は細胞外に分泌され、皮膚バリア機能に重要な角質細胞間脂質を形成する(
図1A)。皮膚の凍結切片をNile Red染色すると、野生型マウスでは角質細胞間脂質が規則正しくシート状に染色されたが、Pnpla1ホモ欠損マウスでは顆粒状の構造物が角質層に多数観察されたことから(
図5E)、層板小体の分泌異常が疑われた。さらに新生仔マウス表皮より抽出した脂質を薄層クロマトグラフィー(TLC)で展開して脂質組成分析を行うと、ホスファチジルコリン(PC)やホスファチジルエタノールアミン(PE)などのリン脂質には大きな変化は見られなかったのに対し、Pnpla1ホモ欠損マウスではアシルセラミド(EOS)やアシルグルコシルセラミド(ω-O-AcylGlcCer)が激減しており、代謝経路のすぐ上流に位置するω-ヒドロキシセラミド(ω-OH-Cer)や、セラミド(NS)から派生するグルコシルセラミド(GlcCer)及び1-O-アシルセラミド(1-O-AcylCer)が増加していた(
図6B)。この結果は、PNPLA1が存在しないとω-OH-CerからアシルセラミドEOSを生合成する反応(およびω-ヒドロキシグルコシドセラミド(ω-OH-GlcCer)からアシルグルコシルセラミド(ω-O-AcylGlcCe)が生合成する反応)が進行しないことを意味しており、その代わりに他の経路に流れた代謝物が増加すると考えられた(
図6A)。
【0043】
さらに、LC/MSを用いた表皮セラミド分子種の包括的分析により、スフィンゴシン骨格や脂肪酸の炭素数や不飽和度、あるいはヒドロキシ基による修飾の違いも検出する詳細な解析を行うと、ω位にリノール酸がエステル結合する多様なアシルセラミド分子種(EOH、EOP、EOS、EOdSなど)、アシルグルコシドセラミド(Glc-EOS、Glc-EOH)、および角化細胞にω位で共有結合した極超長鎖脂肪酸が顕著に減少していた(
図7、
図8、
図9)。一方、アシルセラミド類に代謝される前のNS、NdS、AP、NPなどの非リノール酸エステル型セラミド類は、Pnpla1ホモ欠損マウスで増加傾向を示した(
図7、
図9)。したがって、Pnpla1が存在しないと、EOSのみならず、他の多様なアシルセラミド分子種の合成が進行しなくなることが確認された。
【0044】
(4)Pnpla1欠損マウスではセラミド合成経路や角質構造タンパク質の発現が変化する
DNAマイクロアレイ解析により新生仔マウス表皮の遺伝子発現変化を検討したところ、これまでに知られている皮膚特有の超極長鎖脂肪酸を持つセラミド合成経路に関連する酵素群やトランスポーターの遺伝子発現の多くが Pnpla1欠損マウスで2倍以上に増加していることが判明した。定量的PCRにより、Elovl4、Lass3、Cyp4f39、Ugcg、Abca12、Abhd5、Tgm1などの発現が数倍に増加していることが確認された(
図10)。これらの遺伝子群は、Pnpla1欠損マウスでアシルセラミドの合成が止まっているために、アシルセラミド合成に必要な原料の供給を増やすフィードバック機構が働いて発現が上昇するものと考えられる。また、このことは、たとえアシルセラミド合成よりも上流の代謝経路が促進されても、Pnpla1がないとアシルセラミドの合成や皮膚バリア機能の強化には繋がらないことを意味する。
【0045】
さらに、表皮の4層構造に対応する分化マーカー遺伝子群の発現を解析すると、基底層マーカーのKrt5、有棘層マーカーのKrt1の発現は野生型とPnpla1欠損マウスでは有意な差がなかった。また、角質細胞の細胞膜を裏打ちする不溶性構造物である周辺帯の主要構成要素のうち、有棘細胞で産生されるインボルクリン(Ivl)の発現量には変化がなかったのに対し、顆粒細胞で作られるロリクリン(Lor)が激減していた(
図11A)。加えて、天然保湿因子の合成やケラチン線維の凝集に重要な因子であって顆粒層ケラトヒアリン顆粒の主成分であるフィラグリン(Flg)の発現も、Pnpla1欠損マウスで大幅に低下していた(
図11A)。
【0046】
新生仔マウスの皮膚切片を用いた免疫組織染色においても、ロリクリンとフィラグリンのタンパク質レベルでの発現が著しく低下することが確認された(
図11B)。一方、炎症マーカーであるS100a9の発現は激増していた(
図11A)。
【0047】
したがって、Pnpla1欠損マウスでは、アシルセラミドの合成阻害や角質細胞間脂質層の形成異常のみならず、顆粒層最表層において合成されるロリクリンとフィラグリンの減少も皮膚バリア機能の低下の要因となっていること、さらに皮膚バリア機能の破綻によって二次的に炎症が亢進していることが明らかとなった。
【0048】
(5)皮膚特異的Pnpla1欠損マウスにおける皮膚バリア機能低下とアシルセラミド合成異常
Pnpla1遺伝子のエクソン2の上流とエクソン3の下流にloxP配列を持つPnpla1
f/+マウスと、皮膚特異的にCreリコンビナーゼを発現するK14-Creマウスをもとに交配を繰り返し、皮膚特異的Pnpla1欠損マウス(Pnpla1
f/fK14-Creマウス)を作製した(
図12A)。このマウスの皮膚におけるPnpla1の発現は完全には消失していなかったものの、著しく低下していた(
図12B)。生後0日から2日までは外見上の異常は認められなかったが(
図13A)、生後3日目頃より体重増加の停止(
図12C)や皮膚剥離(
図12D)を示す個体が観察され、生後6日目までに死亡した(
図12E)。この皮膚特異的Pnpla1欠損マウスの経皮水分蒸散量は、皮膚の非剥離部位では正常値を示したが、剥離部位では著しく高い値を示した(
図13B)。したがって、皮膚特異的なPnpla1欠損では、全身性Pnpla1欠損よりもやや生存期間が延長するものの、皮膚バリア機能の著しい低下に起因する水分喪失が起きていると考えられた。
【0049】
生後5日目(P5)の皮膚特異的Pnpla1欠損仔マウスの表皮より抽出した脂質の組成分析をTLCによって行うと、全身性Pnpla1欠損新生仔の場合と同様に、アシルセラミドEOSやアシルグルコシルセラミドの含量が激減しており、代わりにω-OHセラミドや1-O-アシルセラミドが蓄積していた(
図13C)。皮膚特異的Pnpla1欠損マウスの皮膚における他のセラミド代謝酵素の発現変化も、全身性Pnpla1欠損マウスと同様の傾向を示した(
図14)。これらの結果は、Pnpla1欠損による皮膚バリア機能の低下やアシルセラミド合成異常は、皮膚ケラチノサイト以外の組織や細胞に少量発現しうるPnpla1の影響ではないことを示唆し、表皮ケラチノサイトに発現するPnpla1の役割を直接的に示すものである。
【0050】
(6)三次元培養皮膚モデルの皮膚バリア形成におけるPnpla1の役割
野生型マウスから調製したケラチノサイトは、2週間の3次元培養によりbasket wave appearanceを伴う角質層を形成したが、Pnpla1ホモ欠損マウス由来のケラチノサイトでは3次元培養しても角質細胞間脂質を伴う角質層が形成されなかった(
図15A)。さらには、蛍光色素Lucifer Yellowの組織内への透過性試験から、野生型ケラチノサイトでは皮膚バリア機能を獲得していたが、Pnpla1ホモ欠損マウス由来ケラチノサイトでは蛍光色素が組織内へ浸透しており(
図15B)、in vitroの皮膚モデルにおける皮膚バリア機能の獲得にもPnpla1が必要であることが明らかとなった。
【0051】
(7)リコンビナントPNPLA1タンパク質を用いたアシルセラミドの合成
Pnpla1欠損マウスの表皮では、皮膚バリア機能に必要なアシルセラミド類が激減しており、ω-OHセラミドやその上流から分岐した反応経路で生じる代謝物が増加していたことから、PNPLA1がこれまで発見されてこなかったアシルセラミド合成酵素である可能性が
想定される。そこで、タンパク質の大量生産に適したバキュロウィルス-昆虫細胞発現系を用いてリコンビナントPNPLA1タンパク質を調製し、ω-ヒドロキシセラミドを基質としてアシルセラミド合成活性を検討した。放射性同位体
14Cで標識したリノレイルCoAをリノール酸供給源として反応系に加えることで、ω位にリノール酸が結合したアシルセラミド(EOS)の合成が促進された(
図16)。
【0052】
(8)Discussion
本発明により、PNPLA1は表皮ケラチノサイトにおけるアシルセラミドの生合成に必要な酵素であることが示された。アシルセラミドは複雑で特殊な構造を持ち、皮膚バリアの形成に重要な角質細胞間脂質の主要成分であるが、代謝酵素が同定されていなかった。細胞レベルでω-ヒドロキシセラミドまでは合成できることから、PNPLA1を利用することで、これまで工業的に大量生産を行うことができなかったアシルセラミドを生化学的に合成することが可能となる。また、皮膚のPNPLA1発現量を増加させる薬物は、内因性アシルセラミドの合成能力を増加させることで皮膚バリア異常を伴う魚鱗癬、アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患に薬効を示す可能性がある。
【0053】
Pnpla1欠損マウスでは、アシルセラミドよりも下流の代謝産物が産生されないのみならず、ロリクリンとフィラグリンの発現量が低下していた。角層の脂質代謝産物がPPARやLXRなどの核内受容体のリガンドとして作用して、ケラチノサイトの分化や角層構造タンパク質の発現を制御することが指摘されており(文献5)、本研究においてもアシルセラミドもしくはその下流の代謝経路に位置する代謝物によって、そのような転写制御が影響を受けている可能性が想定される。
【0054】
2.スクリーニング方法
本発明により、PNPLA1は表皮ケラチノサイトにおけるアシルセラミドの生合成に必要な酵素であることが示されたことから、PNPLA1の発現又はアシルセラミド(ω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミド)の合成を指標として、皮膚バリア機能促進剤又は皮膚疾患治療薬をスクリーニングすることができる。
【0055】
従って、本発明のスクリーニング方法は、PNPLA1遺伝子が欠損した非ヒト動物に被検物質を投与し、当該被検物質投与後の前記非ヒト動物において皮膚バリア機能の促進効果が得られたときは、当該被検物質を皮膚バリア機能促進剤として選択する工程を含む。
【0056】
また、本発明は、PNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物に被検物質を投与し、当該被検物質投与後の前記非ヒト動物においてPNPLA1の発現量、又はω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドの量が増加したときは、当該被検物質を皮膚バリア機能促進剤として選択する工程を含む。
【0057】
別の態様では、本発明のスクリーニング方法は、PNPLA1遺伝子を有する細胞、又はPNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物から採取された生体材料に被検物質を接触させた後、ω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドを検出し、得られる検出結果を指標として皮膚バリア機能の促進物質を選択する工程を含む。
【0058】
また、本発明のスクリーニング方法は、PNPLA1遺伝子を有する細胞、又はPNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物から採取された生体材料に被検物質を接触させた後にPNPLA1の発現量、又はセラミド代謝関連遺伝子の発現量を測定し、得られる測定結果を指標として皮膚バリア機能の促進物質を選択する工程を含む。
【0059】
さらに別の態様において、本発明のスクリーニング方法は、PNPLA1及びω-ヒドロキシセラミドを含む試料に被検物質を接触させた後にアシルセラミドを検出し、得られる検出結果を指標として皮膚バリア機能の促進物質を選択する工程を含む。
【0060】
さらに別の態様において、本発明のスクリーニング方法は、PNPLA1遺伝子及び/又はセラミド代謝関連遺伝子を搭載したマイクロアレイに被検物質を接触させた後にPNPLA1遺伝子及び/又はセラミド代謝関連遺伝子の発現を検出し、得られる検出結果を指標として、皮膚バリア機能の促進物質を選択する工程を含む。
【0061】
本発明において、皮膚バリア機能促進剤及び皮膚疾患治療薬の候補となる被検物質(候補物質)は、特に限定されるものではなく、例えば、ペプチド、タンパク質、DNA、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液などが挙げられ、これら化合物は新規化合物であってもよいし、公知化合物であってもよい。これら被検物質は塩を形成していてもよく、被検物質の塩としては、生理学的に許容される酸(例えば無機酸など)や塩基(例えば有機酸など)などとの塩が用いられ、生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。この様な塩としては、例えば、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸など)との塩、あるいは有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸など)との塩などが用いられる。被検物質は、単一の物質を独立に試験しても、混合物(ライブラリーなどを含む)について試験をしてもよい。複数の被検物質を含むライブラリーとしては、合成化合物ライブラリー(コンビナトリアルライブラリーなど)、ペプチドライブラリー(コンビナトリアルライブラリーなど)などが挙げられる。
【0062】
被検物質の非ヒト動物への投与方法は特に限定されるものではなく、例えば経口投与、非経口投与(注射、塗布等)などが用いられ、動物の種類、被検物質の性質などにあわせて適宜選択することができる。また、被検物質の投与量は、投与方法、被検物質の性質などに応じて適宜選択することができる。非ヒト動物自体に被検物質を接触させるには、被検物質をこれらの動物に注射等により接種する、被検物質の皮膚に塗布する、湿布する、スプレーする等の態様がある。
【0063】
被検物質投与の対象となる非ヒト動物(被検動物)及び対照動物としては、特に限定されるものではないが、通常、同種の非ヒト動物を用いる。また被検動物及び対照動物は、同腹の動物を用いることが好ましく、同性及び同齢の動物を用いることがより好ましい。非ヒト動物としては、例えばマウス、ラット、モルモット等のげっ歯類のほか、ウサギ、トリ、ヤギ、ウシ、ウマ、ブタ等が挙げられる。
【0064】
本発明においては、非ヒト動物に被検物質を投与して皮膚バリア機能の再生、修復又は増強効果を調べる。
【0065】
これらの効果が得られた被検物質は、皮膚バリア機能促進剤として選択することができる。このようにして選択された促進剤は、皮膚疾患用医薬又は化粧品、例えば魚鱗癬、アトピー性皮膚炎等の治療薬又は化粧品として選択することができる。
【0066】
「皮膚バリア機能」とは、体外からの異物の侵入を防御し、あるいは体内の水分の蒸発又は体液の漏出を防御する皮膚の機能を意味する。皮膚の表皮は内側から順に基底層、有棘層、顆粒層、角質層の4層構造を持つ。皮膚バリア機能の大部分は最外層の角質層が担っており、物理的・化学的に非常に安定な不溶性構造物である「周辺帯」を持ち、内部にケラチン・フィラグリン凝集産物が詰まった表皮角化細胞と、その周りを満たすセラミド、コレステロール、脂肪酸を主成分とする多重層構造の「角質細胞間脂質」で構成される(
図1A)。レンガブロックに喩えると、レンガに相当する表皮角化細胞の間をモルタル(セメント)に相当する角質細胞間脂質が埋めることで強固な壁を形成し、皮膚バリア機能の促進を発揮する。
【0067】
「皮膚バリア機能の促進」とは、皮膚にバリア機能を有する角質細胞間脂質やCLEをを再生し、修復し、又は増強させることを意味する。また、「皮膚バリア機能の促進物質」とは、皮膚バリア機能を再生し、修復し又は増強する効果、または皮膚バリア機能の低下を予防する効果を有する物質を意味する。
【0068】
「再生」とは、喪失した皮膚バリア機能を再度生み出すこと、「修復」とは、一部喪失した皮膚バリア機能を修正復元すること、「増強」とは、すでに保有しているバリア機能をさらに高めること、予防とは、すでに保有しているバリア機能の低下を防ぐことを意味する。
【0069】
被検物質が皮膚バリア機能を促進したかどうかを評価するための項目としては、例えば、PNPLA1の発現量、セラミド代謝関連遺伝子の発現量、アシルセラミドの量、角質細胞の剥離現象が認められる乾燥状態の皮膚の有無、表皮組織の縮小の有無又は度合い、表皮細胞分化増殖マーカー、経皮水分蒸散量、フィラグリンの発現量等が挙げられる。これらの評価は、動物の外見観察、組織学的解析、遺伝子工学的分析、生化学的分析等の手法を用いて行うことができる。そして、皮膚バリア機能促進効果について、皮膚疾患の発症抑制、皮膚疾患の縮小、アシルセラミド量の増加、PNPLA1の発現量の増加、及び表皮細胞分化増殖マーカーの出現又は消滅などの効果の少なくとも1つが観察されたときは、皮膚バリア機能の再生、修復、増強又は低下の予防効果が得られたと判断し、被検物質を、皮膚バリア機能促進作用を有する物質(皮膚バリア機能促進剤)として選択する。また、セラミド代謝関連遺伝子としては、Elovl4、Lass3、Cyp4f39、Ugcg、Abca12、Gba、Abhd5、Aloxe3及びAlox12bからなる群から選ばれる少なくとも1つが挙げられる。なお、Cyp4f39は、ヒトではCYP4F22となる。PNPLA1遺伝子ノックアウトマウスではこれらのセラミド代謝関連遺伝子の発現が増加するが、これはアシルセラミドの不足を補うためのフィードバック機構が働き、アシルセラミドの原料を供給する上流のセラミド代謝経路が促進されていると考えられる。従って、上記セラミド代謝関連遺伝子の発現量が対照と比較して増加したときは、被検物質を皮膚バリア機能促進剤として選択する。言い換えると、セラミド代謝関連遺伝子の発現量が対照と比較して変化したときは、被検物質を皮膚バリア機能修飾剤として選択する。
【0070】
本発明において使用されるPNPLA1遺伝子が欠損した非ヒト動物は、PNPLA1遺伝子がホモノックアウトされた動物でもヘテロノックアウトされた動物でもよいが、全身性ホモノックアウト動物は、前述のように出生後極めて早期に死亡することから、皮膚特異的ホモノックアウト動物またはヘテロノックアウト動物を使用することが好ましい。
【0071】
本発明においては、PNPLA1遺伝子が欠損した非ヒト動物、のほか、PNPLA1遺伝子を有するがこの遺伝子が変異した非ヒト動物を使用することができる。変異とは、PNPLA1遺伝子の全長配列のうち、一部の配列に欠失、置換、付加等の変異が生じ、PNPLA1活性を有するタンパク質をコードしない配列を含む遺伝子、すなわち、PNPLA1遺伝子本来の機能を有さない遺伝子を意味する。
【0072】
また本発明においては、皮膚バリア機能促進効果を評価するには、PNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物自体を用いることもできるが、この態様に限定されず、PNPLA1遺伝子を有する細胞、又は当該非ヒト動物から採取された生体材料を用いることもできる。この場合、PNPLA1遺伝子を有する細胞、又はPNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物から採取された生体材料に被検物質を接触させた後に、アシルセラミド、例えばω位にリノール酸がエステル結合したセラミドを検出する。ヘテロノックアウト非ヒト動物や変異PNPLA1遺伝子を持つ非ヒト動物を用いるときは、PNPLA1の発現を指標とすることもできる。そして、アシルセラミド若しくはPNPLA1が増加したとき、又はPNPLA1遺伝子の発現量が増加したときは、当該被検物質を皮膚バリア機能促進剤として選択する。
【0073】
さらに、本発明においては、PNPLA1遺伝子が欠損若しくは変異した非ヒト動物、又はPNPLA1遺伝子が欠損若しくは変異した非ヒト動物から得られた生体材料を用いるときは、比較対照としてPNPLA1遺伝子がノックアウト又は変異されていない野生型非ヒト動物、あるいはPNPLA1遺伝子がノックアウト又は変異されていない細胞などを用いることが好ましい。例えば、ω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドが、被検物質を接触させない対照の細胞又は生体材料と比較して増加したときは、当該被検物質を皮膚バリア機能促進剤として選択する。
【0074】
さらに、本発明においては、PNPLA1遺伝子が欠損した非ヒト動物ではなくPNPLA1遺伝子を有する非ヒト動物、例えば野生型非ヒト動物、又は当該非ヒト動物から採取された生体材料、あるいはPNPLA1遺伝子を有する細胞を使用することもできる。この場合、PNPLA1遺伝子を含む非ヒト動物、当該動物から採取された生体材料、又はPNPLA1遺伝子を含む細胞等を被検物質と接触させ、接触後にω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドの量、PNPLA1の発現量、PNPLA1酵素活性又は表皮細胞分化増殖マーカーの発現等を指標として、皮膚バリア機能促進剤を選択することもできる。選択手法、及び対照を使用したときの判定手法は、前記と同様である。
【0075】
非ヒト動物から採取された生体材料としては、例えば非ヒト動物由来の皮膚切片(皮膚組織)、細胞、体液、血液、リンパ液などが挙げられる。「PNPLA1遺伝子を含む細胞」とは、非ヒト動物から採取された生体材料以外の細胞を意味し、その種類は不問である。例えば樹立された培養細胞、遺伝子工学的にPNPLA1遺伝子が導入された形質転換細胞(形質転換された大腸菌、酵母、植物細胞等を含む)などが挙げられる。
【0076】
「接触させる」とは、被検物質を非ヒト動物に投与する態様、被検物質を生体材料に添加する態様、被検物質の存在下で培養する態様などを意味する。非ヒト動物自体に被検物質を投与するには、被検物質をこれらの動物に注射等により接種する、被検物質の皮膚に塗布する、スプレーにより散布する、湿布する等の態様がある。被検物質を生体材料に添加する態様は、細胞の培養物に被検物質を添加すること、体液、血液又はリンパ液等に被検物質を添加することなどが挙げられる。「培養物」とは、細胞、培養液、細胞抽出物のいずれをも意味する。「被検物質の存在下で培養する」とは、細胞と被検物質とが接触する条件下で培養することを意味し、被検物質の上記細胞等との接触は、例えば、細胞培養培地や各種緩衝液(例えば、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水など)の中に被検物質を添加して、細胞を一定時間インキュベートすることにより実施することができる。
【0077】
培養物中に添加される被検物質の濃度は、その特徴(化合物の種類、溶解度、毒性等)により異なるが、例えば、1 nM〜1,000μMの範囲で適宜選択される。インキュベート時間としては、例えば、24〜72時間が挙げられる。
【0078】
「表皮細胞分化増殖マーカー」とは、表皮最下層の基底細胞が上層の表皮有棘細胞、顆粒細胞、角質細胞に増殖分化する際に特異的に発現が誘導される分子を意味し、本発明においてはKeratin 1、Keratin 5、ロリクリン、フィラグリンなどが挙げられる。表皮細胞分化増殖マーカーを測定するための測定手法には限定されず、定量的PCRによりmRNA発現量を解析する、あるいはウエスタンブロッティングや免疫抗体染色によりタンパク発現量を解析する。表皮細胞分化増殖マーカーを用いたときの選択基準については、Keratin 1、Keratin 5、ロリクリン、フィラグリンなどの発現が増加したときは表皮細胞の増殖分化が進んだ状態であると判断する。
【0079】
さらに本発明においては、上記動物や細胞を用いずにPNPLA1の酵素活性を生化学的に測定し、この測定結果を指標とすることも可能である。また、PCRやDNAマイクロアレイを用いてPNPLA1遺伝子の発現を検出することもできる。
【0080】
生化学的に測定動物や細胞を用いない態様の場合は、PNPLA1を被検物質で処理してPNPLA1の酵素活性を検出し、この検出結果を指標として皮膚バリア機能促進薬を選択する工程を含む。「被検物質で処理」するとは、PNPLA1と被検物質とが接触するアッセイ系に両者を混合させることを意味する。例えば、試験管にPNPLA1と被検物質とを混合すること、PNPLA1が含まれる試験管に被検物質を添加すること、被検物質が含まれる試験管にPNPLA1を添加し、必要により所定時間反応させることを意味する。具体的には、PNPLA1及び基質(ω-ヒドロキシセラミド)を含む試料に被検物質を接触させた後にアシルセラミドを検出し、得られる検出結果を指標として皮膚バリア機能の促進物質を選択する工程を含む。
【0081】
酵素活性の測定は、基質となるω-ヒドロキシセラミドとリノール酸含有脂質にPNPLA1リコンビナント酵素標品を添加して、生成するアシルセラミドを定量することにより行なうことができる。
【0082】
酵素活性の測定装置は、例えば、TLC、LC/MS(質量分析)、LSC-6100液体シンチレーションカウンター(ALOKA社)、ARVO mxマルチラベルカウンター(Perkin Elmer社)などを用いることができる。
【0083】
被検物質の存在下で培養された細胞において測定された測定結果、又は被検物質により処理されたPNPLA1の活性の測定結果が、対照と比較して増加したときは、被検物質を皮膚バリア機能促進剤として選択する。
【0084】
DNAマイクロアレイを用いる場合は、PNPLA1遺伝子及び/又はセラミド代謝関連遺伝子を搭載したマイクロアレイに被検物質を接触させた後にPNPLA1遺伝子及び/又はセラミド代謝関連遺伝子の発現を検出し、この検出結果を指標として皮膚バリア機能の促進物質を選択する工程を含む。「DNAマイクロアレイ」とは、微小基板上に、被検物質と結合する核酸(プローブ)をアレイ状に複数配置させたものである。検体をマイクロアレイの基板に配置したプローブに接触させて、被検物質とプローブとを反応させた後、結合体を検出することで、検体中に存在する被検物質の有無又は発現量を調べることができる。本発明において使用できるマイクロアレイは特に限定されるものではなく、様々なタイプのマイクロアレイを使用することができる。例えば、Whole Mouse GenomeオリゴDNAマイクロアレイキット Ver2.0(4x44K)(Agilent Technologies社製)、SurePrint G3 Human GE マイクロアレイ 8x60K ver.2.0(Agilent Technologies社製)、GeneChip(登録商標)Human Transcriptome Array 2.0(Affymetrix社製)のマイクロアレイが挙げられる。これらのマイクロアレイにPNPLA1遺伝子(プローブ)が搭載されていないときは、周知手法により、例えば基板上でフォトリソグラフィーにより合成するか、あるいは予め合成されたプローブを基板上にスポッティングすることにより搭載させることができる。PNPLA1遺伝子は、全長であっても部分長であってもよい。
【0085】
DNAマイクロアレイを用いてPNPLA1遺伝子の発現を検出するには、所定のマイクロアレイスキャナ(SureScan; Agilent Technologies社)等を使用することができる。
【0086】
以上のようにして皮膚バリア機能促進剤として選択された物質は、PNPLA1の発現を増加させ、あるいはアシルセラミドの合成を促進することから、皮膚バリア機能の再生、修復又は増強効果が得られる。従って、このような物質は、皮膚疾患治療薬や化粧品等の配合品として選択することができる。
【0087】
皮膚疾患としては、特に限定されるものではないが、例えば魚鱗癬、アトピー性皮膚炎、荒れ肌、乾癬、乾皮症、接触性皮膚炎、角化症、湿疹、乾燥性皮膚炎、荒れ肌、乾燥肌等が挙げられるが、これらの疾患に限定されるものではない。
【0088】
3.被検物質の安全性評価方法
本発明において、PNPLA1遺伝子の発現を低下させるような物質は皮膚バリア機能を低下させると考えられる。
【0089】
従って、本発明は被検物質の安全性確認のための検査方法として利用可能である。
【0090】
まず、PNPLA1遺伝子若しくはセラミド代謝関連遺伝子を有する細胞、又はPNPLA1遺伝子若しくはセラミド代謝関連遺伝子を有する非ヒト動物から採取された生体材料に被検物質を接触させる。次に、PNPLA1遺伝子及び/又はセラミド代謝関連遺伝子の発現量を測定する。得られる測定結果は、被検物質の性質を評価するための指標となる。
【0091】
また本発明においては、PNPLA1遺伝子及び/又はセラミド代謝関連遺伝子を搭載したマイクロアレイに被検物質を接触させた後にPNPLA1遺伝子及び/又はセラミド代謝関連遺伝子の発現量を測定し、上記と同様の評価をすることができる。
【0092】
さらに、本発明においては、」PNPLA1遺伝子若しくはセラミド代謝関連遺伝子を有する細胞、又はPNPLA1遺伝子若しくはセラミド代謝関連遺伝子を有する非ヒト動物から採取された生体材料に被検物質を接触させた後、ω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドを検出し、上記と同様の評価をすることができる。例えば被検物質で処理した後のPNPLA1遺伝子の発現量が対照と比較して低下したときは、当該被検物質は皮膚バリア機能を低下させる物質であると判定する。また、ω位にリノール酸がエステル結合したアシルセラミドが、被検物質を接触させない対照の細胞又は生体材料と比較して低下したときは、当該被検物質は皮膚バリア機能を低下させる物質であると判定する。
【0093】
他方、Elovl4、Lass3、Cyp4f39、Ugcg、Abca12、Gba、Abhd5、Aloxe3及びAlox12bからなる群から選ばれる少なくとも1つのセラミド代謝関連遺伝子は、前記のとおりPNPLA1遺伝子ノックアウトマウスにおいて増加することが確認され、アシルセラミド合成に必要な原料を増やすためのフィードバックが働くと考えられる。従って、これらのセラミド代謝関連遺伝子を増加させる物質は、皮膚バリア機能を増加させる物質であると判定することができる。
【0094】
4.PNPLA1を用いたアシルセラミドの生合成
本発明は、ω-ヒドロキシセラミドにPNPLA1を作用させることを特徴とするアシルセラミドの製造方法を提供する。
【0095】
ω-ヒドロキシセラミドは、例えば極超超鎖セラミドにCYP4F22(ヒト)あるいはCyp4f39(マウス)を作用させることにより作製することができる(Ohno Y, Ohkuni A, Kamiyama N, Kihara A; Epidermal-specific ω-hydroxylated ceramide is synthesized by the cytochrome P450 4F subfamily protein CYP4F22. 第11回未来創薬・医療イノベーション拠点形成国際シンポジウム, 札幌, 2013. 8. 2.)。あるいは、市販のω-ヒドロキシセラミド (N-ω-Hydroxytriacontanoyl-D-erythro-sphingosine;MATREYA社)を使用することができる。
【0096】
上記のω-ヒドロキシセラミドに、PNPLA1を作用させる。
【0097】
「作用させる」とは、基質であるω-ヒドロキシセラミドに対し、酵素であるPNPLA1の触媒を行わせることを意味し、例えば、ω-ヒドロキシセラミド含有溶液にリノール酸供与体とPNPLA1を添加して所定時間反応させればよい。
【0098】
<ω-ヒドロキシセラミドやアシルセラミドの構造・定義>
ω-ヒドロキシセラミド及びアシルセラミドの構造式は以下の通りである。
【0100】
式中、R
1およびR
2は50個までの炭素原子を有する直鎖または枝分かれした炭化水素鎖であり、該炭化水素鎖は、任意に酸素原子により中断されていてもよく、任意に1つまたはそれ以上の二重結合を含んでいてもよく、かつ任意に1つまたはそれ以上のヒドロキシル基等で置換されていてもよく、 R
3はHまたはヘキソースもしくはペントース部分などの炭水化物である(任意に、さらに炭水化物部分に結合していてもよい)。
【0101】
本発明のより好ましい実施態様において、R
1は14〜24個の炭素原子を有する直鎖または枝分かれした脂肪酸であり、任意に1つまたはそれ以上の二重結合を含んでいてもよく、かつ任意に1つまたはそれ以上のヒドロキシル基等で置換されていてもよく、 R
2は20〜40個の炭素原子を有する直鎖または枝分かれした脂肪酸であり、任意に1つまたはそれ以上の二重結合を含んでいてもよく、かつ任意に1つまたはそれ以上のヒドロキシル基等で置換されていてもよく、R
3はHまたはグルコシルもしくはガラクトシル基である 。
【0103】
式中、R
1、R
2 およびR
4は50個までの炭素原子を有する直鎖または枝分かれした炭化水素鎖であり、該炭化水素鎖は、任意に酸素原子により中断されていてもよく、任意に1つまたはそれ以上の二重結合を含んでいてもよく、かつ任意に1つまたはそれ以上のヒドロキシル基等で置換されていてもよく、 R
3はHまたはヘキソースもしくはペントース部分などの炭水化物である(任意に、さらに炭水化物部分に結合していてもよい)。
【0104】
本発明のより好ましい実施態様において、R
1は14〜24個の炭素原子を有する直鎖または枝分かれした脂肪酸であり、任意に1つまたはそれ以上の二重結合を含んでいてもよく、かつ任意に1つまたはそれ以上のヒドロキシル基等で置換されていてもよく、 R
2は20〜40個の炭素原子を有する直鎖または枝分かれした脂肪酸であり、任意に1つまたはそれ以上の二重結合を含んでいてもよく、かつ任意に1つまたはそれ以上のヒドロキシル基等で置換されていてもよく、R
3はHまたはグルコシルもしくはガラクトシル基であり、R
4はリノール酸である。
【0105】
アシルセラミド合成酵素PNPLA1は、Pnpla1遺伝子を発現させた細胞や微生物のホモジネートに含有されたものを使用できる。あるいは、Pnpla1のアミノ酸配列及びDNA塩基配列の情報を基に、遺伝子工学的手法を用いてPnpla1に変異を入れた組み換えタンパク質を調製することもできる。
【0106】
PNPLA1のω-ヒドロキシセラミド含有溶液中への添加量(濃度)は、1μM〜1 mM、好ましくは50 μM〜300 μMであり、反応温度は20〜40℃、好ましくは35〜37℃である。反応時間は、10分〜6時間、好ましくは30分〜2時間である。リノール酸供与体としては、Linoely CoA、Trilinoleinなどが使用できる。
【0107】
反応後、生成されたアシルセラミドを採取する。採取手法は、HPLCやTLCなどが利用できる。
【0108】
採取された物質がアシルセラミドであることの確認は、公知の方法、すなわち、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)、TLC、LC/MS等を単独あるいは組み合わせて測定することで判定できる。。
【0109】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0110】
図3
マウス組織におけるPnpla1遺伝子発現量の解析:
8週齢の雄マウスをイソフルランで麻酔後、背部皮膚やその他の組織を採取し、液体窒素で急速凍結後に-80℃で保存した。凍結したマウス組織20 mgに対してRNA調製用のTRIZOL (Invitrogen社)を1 mL加え、ポリトロンPT10-35 GT (KINEMATICA社)を用いて破砕した。この溶液にクロロホルムを1/5容量加えて激しく撹拌した後、15,000 rpm、室温で10分間遠心して上清を分取した。上清に同容量の2-プロパノールを加えて転倒混和し、15分間静置した後、5,000 rpm、4℃で15分間遠心してRNAを沈殿させた。上清を除いて70% (v/v) エタノールを加え、15,000 rpm、4℃で5分間遠心してRNAを洗浄した。上清を除いた沈殿に滅菌水を適量加えて再溶解させ、260 nmにおける吸光度の測定により、得られたRNAを定量した。1 μgのRNAを鋳型としてReverTraAce (東洋紡)を用いて逆転写反応を行い、cDNAを作製した。RNA発現量の評価は蛍光標識プローブを用いた定量的PCR(TaqMan法qPCR)によって行った。ThunderBird qPCR Master Mix (東洋紡)を用いて、cDNA試料1 μLに2 x qPCR Master Mix 10 μL、リファレンス遺伝子Hprt1及び検出する該当遺伝子のプライマー (Pnpla1)、蛍光標識UPLプローブ (ロッシュ社)を加え、滅菌水で全量を20 μLに調製した。qPCR反応には96穴プレート(LightCycler(登録商標) 480 Multiwell Plate 96、04729692001;ロッシュ社)を用い、LightCycler(登録商標)480 Instrument II(ロッシュ社)を使用して50℃、2 min → 95℃、10 min → (95℃、15 sec → 60℃、1 min ) x 40サイクルの条件で反応させ、蛍光強度の変化曲線から比較C
T法(DDC
T法)を用いて目的とする遺伝子発現量を計算した。
【0111】
各遺伝子発現量の定量に用いたプライマーとUPLプローブ番号の組み合わせを以下に示す。
【0112】
Hprt1: TGATAGATCCATTCCTATGACTGTAGA (配列番号1), AAGACATTCTTTCCAGTTAAAGTTGAG (配列番号2),UPL#22
Pnpla1: TGCGGGATTGAGATGGAG(配列番号3), CGCATCATCTGTACCATCTTG(配列番号4),UPL#94
In situ hybridization:
ジェノスタッフ社に委託し、胎生17.5日(E17.5)の胎仔マウスをイソフルランで麻酔後、4%パラホルムアルデヒド-リン酸緩衝液(pH7.4)で浸漬固定し、約4 μmに薄切した切片を使用した。検出プローブはPnpla1 mRNAに対するアンチセンスRNAを用い、コントロールとしてこの配列と相補的なセンスRNAを用いた。下に示すPnpla1の部分配列をコードしたプラスミドからin vitro transcription法によりジゴキシゲニン標識(DIG RNA Labeling Mix;ロッシュ社)したプローブを作製した。検出にはアルカリフォスファターゼ標識‐抗ジコキシゲニン抗体(ロッシュ社)と発色基質NBT/BCIP(シグマ社)を用い、対比染色はKernechtrot染色液(武藤化学)にて行った。
【0113】
発現検出プローブの作製に用いたPnpla1 cDNAの部分配列を以下に記す(配列番号41)。
TTCCGAGTACCGATCCAAGGAAGAGCTCATCGAGGCCCTGTATTGCAGCTGCTTTGTTCCTGTTTACTGTGGCTTCATCCCCCCAACGTATCGGGGAGAGAGATACATCGACGGTGGCTTCACAAGCATGCAGCCCTGTTCCTTCTGGACAGACTCCATCACCATCTCCACCTTCAGCAGCCAGCAGGACATCTGTCCGAGAGACTGCCCCACCATCTTCCATGACTTCCGAATGTTCAACTTCTCCTTCCAGTTCTCCCTGGAGAATATCACCCGCATGACACATGCGCTGTTTCCCCCGGACCTGGTGATTCTGCAGGAATATTACTATCGGGGATACAATGATGCTGTCTCATACCTGCGGAGACTGAATGCAGCGTACCTTGACTCTCCCAGCAAGAGAGTGATTTTCCCGAGGGTTGAAGTATACTGCCAGATAGAGGTCGCCCTTGGCCATGAGCCCCCACCTCCGAGTCTGCAGAACCTGCCAGCCCTGAGGAGAAGCCCAGCAGACTCCTCACAAACCCATGCACAGGGGTCTCCCAAAAAGGACAGAAAGGACAGCCATTCCTCAGCCGCCCCCTCAGTGCAGACACCTGAATCTGGGTGCAAGGAGTCTGTGGAATCACCCGTGTCACTACGGGTCTCTATATCCAAGCAACCATCTGTATCGCCATTATCCCCAGCCCAGCCGGTCCCAGTAATGAGGCCCACTGGCCCCAGGGACAGTTGCCCAATAAATGTTCAAACTCCAAACCCGGAGCGAGGAGTGAAGGGTGCCCTGGACTCTGCCACAGAACGAGGAATGAAGGATGCTCTGGC
表皮前駆細胞の分化誘導に伴う遺伝子発現解析:
MPEK-BL6細胞 (Mouse Epidermal Keratinocyte Progenitors Cell, C57BL/6; CELnTEC社)を3.8×10
5 cells/ wellの細胞密度で12穴プレートに蒔き、表皮細胞用培地CnT-07(CELnTEC社)で37℃、5%CO
2の条件で培養した。3日後に1 mM CaCl
2を添加した表皮細胞培養液CnT-02(CELnTEC社)に培地交換することで、細胞の分化誘導を開始した。分化誘導後0、2、4、6、8日目にTRIZOL溶液を用いて細胞溶解液を回収した。上記と同様の方法で調製したRNAからcDNAを合成し、qPCRによってKeratin10(Krt10), Loricrin(Lor), Pnpla1の発現量を定量した。リファレンス遺伝子としてHprt1を用いた。
【0114】
各遺伝子発現量の定量に用いたプライマーとUPLプローブ番号の組み合わせを以下に示す。
【0115】
Krt10: GAACAACTTGCAGAAAAGAATCG(配列番号5), TGTGGTGAGTTCCTTGCTCTT(配列番号6), UPL#89
Lor: GGTTGCAACGGAGACAACA(配列番号7), CATGAGAAAGTTAAGCCCATCG(配列番号8), UPL#11
図4
Pnpla1遺伝子欠損マウスの作製:
BACPAC Resources(Children’s Hospital Oakland Research Institute、米国カリフォルニア州オークランド)からマウスPnpla1遺伝子のターゲティングベクター(Clone name HTGRS6008_A_A04)を得た。このターゲティングベクターは、
図4Aにその一部の模式図を示すように、マウスPnpla1のゲノムDNAのエクソン2から6を有し、エクソン2の上流側に2つのFRT配列に挟まれた自律性プロモーター/ネオマイシン耐性遺伝子カセット(hBactP-neo)とloxP配列、エクソン3とエクソン4の間にloxP配列、エクソン6の下流にホスホグリセリン酸キナーゼプロモーター/ジフテリア毒素Aフラグメント遺伝子(PGK−DTA)を有する。このターゲッティングベクターを制限酵素Sal Iで切断して直鎖化し、エレクトロポレーションによって、RENKA株(新潟大学脳研究所 崎村建司教授より入手)に遺伝子導入した。遺伝子導入されたES細胞を抗生物質G418 (100 μg/mL) を含む17.5% KSR(knockout serum replacement;Lifetechnologies) -DMEM培地において37℃で培養し、相同組み換えクローンをサザンブロッティングにより選択した。適切に相同組み換えが生じたマウス胚幹細胞をICR 8細胞期胚(アーク・リソース社)と共培養してaggregation chimera胚を作製し、偽妊娠ICRマウス(日本チャールスリバー社)の子宮に移植し、ヘテロ型Pnpla1遺伝子改変のキメラマウスを発生させた。選別した雄個体を雌C57BL/6(日本クレア社)と交配し、得られた産仔の尾先端から抽出したゲノムDNAを鋳型としてGoTaqポリメラーゼ(プロメガ)とトランスジーンを検出するプライマーを使用したPCRジェノタイピングを行い、トランスジーンが子孫に伝わることを確認した。この状態ではPnpla1遺伝子はまだ活性型であり、Cre-loxPシステムにより2つのloxP配列に挟まれたエクソン2および3を除くことによりPnpla1遺伝子をノックアウトすることができる。
【0116】
まず、第1段階として、フリッパーゼ発現マウスと交配し、2つのFRT配列に挟まれたhBactP-neoカセットがゲノムDNAから除かれたPnpla1
f/+マウスを作製した。第2段階として、このPnpla1
f/+マウスをさらに全身にCreリコンビナーゼを発現するCAG-Creマウスと交配し、得られた産仔の尾先端から抽出したゲノムDNAに対してPCRジェノタイピングを行い、Pnpla1遺伝子のエクソン2および3を欠失する個体を得て、Pnpla1ヘテロ欠損 (Pnpla1
+/-) マウスとした。第3段階としてこのヘテロ欠損マウスの雌雄を交配することで、
図4Cに示すように、野生型(Pnpla1
+/+)、Pnpla1ヘテロ欠損 (Pnpla1
+/-)、Pnpla1ホモ欠損 (Pnpla1
-/-) の新生仔をほぼ1:2:1の比率で得られた。遺伝子型は、得られた産仔の尾先端から再びゲノムDNAを抽出してPCRジェノタイピングを行うことによって決定した。また、皮膚からRNAを抽出してqPCR解析を行うことで、
図4Bに示すように、Pnpla1ホモ欠損の新生仔の皮膚でPnpla1 mRNAが発現しないことを確認した。
【0117】
図5
帝王切開して得た胎仔の体重測定:
ヘテロPnpla1欠損マウス同士を交配して妊娠 18.5日目となった雌マウスをイソフルランで麻酔後、開腹して子宮内から胎仔を取り出した。このE18.5胎仔にマジックマーカーで目印をつけ、1時間毎に16時間まで電子天秤ScoutPro(OHAUS社、ニュージャージー州、米国)を使用して体重の経時変化を測定した。測定終了後、尻尾の先端を切断し、抽出したゲノムDNAを用いたPCRにより、遺伝子型を決定した。
【0118】
皮膚バリア機能の評価
経表皮水分蒸散量の測定:
Tewameter(登録商標)TM300 (Courage+Khazaka社、ドイツ)のプローブ先端の開放型チャンバー部を新生仔マウスの皮膚に押し当て、経表皮水分蒸散量を測定した。
【0119】
トルイジンブルー染色による皮膚透過性試験:
出生直後の生直後の新生児を100%メタノールにて脱水後、0.1%トルイジンブルー溶液に全身を5分間浸した。体内への青色色素の侵入度合いにより、皮膚バリア機能を判定した。
【0120】
ヘマトキシリン・エオシン染色(HE染色):
出生当日(PO)の新生仔マウスをイソフルランにて麻酔し、背部皮膚を採取した。10% (w/v) 中性ホルマリン緩衝溶液(和光純薬)で一晩固定した組織を適当な大きさに成形し、包埋カセット(ユニカセット;サクラファインテック社)に入れて70% エタノール中に1時間浸漬させた。真空自動固定包埋装置(サクラバキュームロータリーVRX-23;サクラファインテック社)を用いて以下のように組織中のエタノール濃度を上げた後パラフィンに置換し、包埋した(70% エタノール → 80% エタノール → 90% エタノール → 100% エタノール(5回) → 100% キシレン(3回) → 100% キシレン (4回))(Tissue Enbedding Medium;Mc Cormick Sientific社) → 100% パラフィン (60℃) → 100% パラフィン (60℃) → 100%パラフィン (60℃)、各3時間ずつ浸漬)。包埋したパラフィンブロックを滑走ミクロトーム(REM710;大和光機工業)にて皮膚面と垂直方向に厚さ約5 μm毎に切削した。得られた切片を42℃水浴上に浮かべて扁平にし、スライドグラス(プラチナプロホワイトPRO-01;松浪硝子)に貼り付けた後、42℃のティッシュー・テック パラフィン伸展器(PS-53;サクラファインテック社)で一晩乾燥させた。パラフィン包埋された切片のスライドを染色バスケットに入れ、以下のように順に各液に浸して脱パラフィンした(キシレン 5 分 (4回) → 99% エタノール 30 秒 →95% エタノール 30 秒→ 90% エタノール 30 秒→ 80%エタノール 30 秒→ 70% エタノール 30 秒→ 50% エタノール 30 秒)。マイヤー・ヘマトキシリン溶液(和光純薬)に約1分間浸漬し、水道水で3分間洗浄した。その後エオジン (0.5% Eosin Y ethanol solution; 和光純薬) に約1分浸漬し、再度水道水で3分間洗浄した。脱水および透徹を行った後、ソフトマウント (和光純薬) を用いて、カバーガラス(NEO MICRO COVER GLASS; 松浪硝子) により封入した。作製した組織切片は顕微鏡 (BX61; オリンパス) および画像解析ソフトウェア (DP2-BSW、オリンパス) を用いて観察した。
【0121】
Nile Red染色:
出生当日(P0)のマウスをイソフルランにて麻酔し、背部の皮膚を採取し、中性ホルマリン緩衝溶液を用いて一晩固定した。これを10%ショ糖/PBS溶液に4℃で一晩浸漬後、さらに30%ショ糖/PBS溶液に置換してさらに半日静置した。凍結用包埋剤(Tissue-Tek(登録商標)
O.C.T compound、サクラファインテック)/30%ショ糖=3:1 を用いて包埋し、皮膚標本を凍結させたブロックを作製した。クリオスタット(Leica CM3050)を用いて厚さ5 μmの切片を薄切し、スライドガラス(スーパーフロストホワイトS9441、松浪硝子)に貼り付け、送風乾燥させた。得られた皮膚切片にNile Red染色液(5 mg/ml in 75%グリセロール、和光純薬)を適量滴下し、カバーガラスにより封入した。共焦点レーザー顕微鏡(LSM710;Carl Zeiss社)を用い、励起波長 557 nm、蛍光波長 572 nmで観察した。
【0122】
薄層クロマトグラフィー(TLC)による皮膚脂質の分析:
皮膚検体を1.5 mg/ml ディスパーゼ(Invitrogen社)/PBS溶液に4℃、1晩浸し、ピンセットを用いて表皮層を剥がして採取した。凍結乾燥した後、乾燥重量を秤量し、メタノール1 mlを加えてポリトロンPT10-35 GT(KINEMATICA社)を用いて破砕した。Folch法(FOLCH J, LEES M, SLOANE STANLEY GH. A simple method for the isolation and purification of total lipides from animal tissues. J Biol Chem 226:497-509, 1957)に準じて脂質を抽出し、窒素ガスを吹きかけて有機溶媒を蒸発させた後、表皮乾燥重量1 mg当たり1 μLになるようクロロホルムを加えて脂質サンプルを溶解した。シリカゲル60 TLCガラスプレート(1.05721.0001 、20 cm× 20 cm;Merck社)に5 μLの脂質サンプルをスポットし、クロロホルム/メタノール/水(40: 10: 1)で2 cm、クロロホルム/メタノール/水(40: 10: 1)で5 cm、クロロホルム/メタノール/酢酸(47: 2: 0.5)で8.5 cm、ヘキサン/ジエチルエーテル/酢酸(65: 35: 1)で18 cmの順で展開した。ヨウ素蒸気で発色させてTLCで分離したバンドを可視化し、LAS4000(GEヘルスケア)を用いて画像を取得した。
図7〜
図9
質量分析による皮膚セラミド分子種の分析:
マウスの表皮から脂質を3回繰り返し抽出し、脂質の酸化を抑制するためにブチル化ヒドロキシトルエン(BHT)を50 μg/mLとなるように添加した。共有結合した脂質は2 mLの1M NaOH, 90%メタノール溶液中で60分間処理した後、3M塩酸を用いてpH 6に調整し、2.5 mLのクロロホルムを加えた。3,000×gで15分間遠心して得られた有機層を回収し、さらに液層を1mLのクロロホルムと混合し、3,000×gで10分間遠心した。得られた有機層を先の有機層と一緒にし、滅菌水で2回洗浄した後、窒素ガスを吹き付けて有機溶媒を蒸発させ、乾燥重量1 mg当たり1 μlのクロロホルムに溶解した。遊離スフィンゴ脂質の分離には逆相HPLCを用いた。5 μLの脂質抽出物をHPLCカラム(Phnomenex Luna C18, 100 mm×3 mm、2.6 μm粒子サイズ、100Åポアサイズ:Phenomenex社、カリフォルニア州、米国)に注入し、移動層Aには、メタノール:水(95:5)、移動層Bには100%酢酸エチルを使用した。14.15分まで650μL/minの流速にセットし、移動層Bを0%まで2分間維持し、そこから10.5分までに移動層Bの割合を55%まで直線的に増加させ、さらに14.15分まで100%に増加させた。その後、4分間100%で維持し、全ての脂質をカラムから溶出させた。共有結合した脂質の分離は、5 μlのサンプルを順相TLC Advantage Silicaカラム(250 mm×4.6 mm、5 μm粒子サイズ、150Åポアサイズ:Thomson Instrument社、カリフォルニア州、米国)に注入し、1 mL/minの流速でヘキサン/イノプロパノール/酢酸(90:10:0.1)で溶出した。
【0123】
逆相HPLCで分離した遊離セラミド分子種の質量分析計による検出には、ThemoFinniganDSQ instrumentをAPCIイオンソースのポジティブイオンモードで使用した。キャピラリ温度 200℃、イオン移動電圧 2000 V、vaporizer温度450℃、電子エネルギー 70 eV。共有結合脂質の検出には、キャピラリ温度 275℃、イオン移動電圧 2000 V、vaporizer温度450℃、電子エネルギー 70 eVの条件を用いた。どちらの場合も400から1400 amu (±0.4 amu)でスキャンした。検出した脂質分子種の相対的な定量を行うためには、イオンクロマトグラムのピーク面積を計算し、それぞれの表皮脂質サンプルの乾燥重量で補正することで、サンプル間の比較を行った。
【0124】
図10
セラミド代謝関連遺伝子群の発現量解析:
出生当日(P0)の新生仔マウスをイソフルランで麻酔後、背部皮膚を採取し、液体窒素で急速凍結後に-80℃で保存した。凍結したマウス皮膚片にRNA調製用のTRIZOL (Invitrogen社)を1 mL加え、ポリトロンPT10-35 GT (KINEMATICA社)を用いて破砕した。上述と同様の方法で調製したRNAからcDNAを合成し、qPCRによってElovl4, Lass3, Cyp4f39, Ugcg, Abca12, Abhd5, Aloxe3, Alox12b, Tgm1の発現量を定量した。
【0125】
用いたプライマーとUPLプローブ番号の組み合わせを以下に示す。
Elovl4: GCGGCCAGTCTGCTACAC(配列番号9),CTTTGGTCCTGATGGCAAC(配列番号10),UPL#85
Lass3: CATGATATATCTGACATTTGGCTAGAG(配列番号11), GTGAAGATGAAGAACAGGGTGTTA(配列番号12), UPL#38
Cyp4f39: AAAGAAGAAAGCCAAGAGAATTGA(配列番号13),TGCAACAGGTAGTCGGTGAG(配列番号14), UPL#89
Ugcg: AGTTTCAATCCAGAATGATCAGG(配列番号15),CATTCTGAAATTGGCTCACAAAT(配列番号16), UPL#4
Abca12: CCTGCTAAACCAGACGATCC (配列番号17), ACTTGCACAAAGGGGTTCC (配列番号18),UPL#50
Abhd5: ATCTTTGGAGCCCGATCCT(配列番号19),CTTCTGGCTGATCTGCATACAC(配列番号20),UPL#89
Aloxe3: GGCCTCACTGATCTTCAACG(配列番号21),GTCCAGGAGACCTCGAATCTT(配列番号22),UPL#4
Alox12b: CTTTGGTCCTGATGGCAAC(配列番号23), GACAATCAGGCCCAGGAGT(配列番号24),UPL#105
Tgm1: CAGAAAGGACCGATCTCCAG(配列番号25),TCCGGTGACGGTGTTGTAG(配列番号26),UPL#51
図11
表皮ケラチノサイトの分化マーカー遺伝子群の発現解析:上述の出生当日(P0)の新生仔マウス皮膚から調製したcDNAを鋳型として、qPCRによりFilaggrin(Flg), Loricrin (Lor), Involucrin (Inv), Keratin 1(Krt1), Keratin 10(Krt10), Keratin 5(Krt5), Keratin 14(Krt14), S100a9の発現量を定量した。
【0126】
用いたプライマーとUPLプローブ番号の組み合わせを以下に示す(既に記載したものは省略する)。
Krt1: TTTGCCTCCTTCATCGACA(配列番号27),GTTTTGGGTCCGGGTTGT(配列番号28),UPL#62
Krt5: CAGAGCTGAGGAACATGCAG(配列番号29),CATTCTCAGCCGTGGTACG(配列番号30),UPL#22
Krt14: ATCGAGGACCTGAAGAGCAA(配列番号31),TCGATCTGCAGGAGGACATT(配列番号32),UPL#83
Inv: AGCAGCTGCAGGTGAAAAAG (配列番号33),TCTCCAGATGCAGTTCCTGTT (配列番号34),UPL#18
Flg: GGAGGAAGAAACACTGAGCAA(配列番号35),CGATGTCTTGGTCATCTGGA(配列番号36),UPL#96
S100a9: GACACCCTGACACCCTGAG(配列番号37),TGAGGGCTTCATTTCTCTTCTC(配列番号38), UPL#31
免疫組織染色によるケラチノサイト分化マーカーの発現検出:HE染色と同様の方法で、スライドグラスに貼付けた切片を作製した。脱パラフィン操作を行った後、リン酸緩衝液(PBS)で2回(各3分間)洗浄し、ブロックエース(大日本製薬)を用いて室温で30分間処理して非特異的タンパク質に対するブロッキングを行った。その後、PBSで1回(3分)、T-PBS(0.05% Tween 20含有PBS)で1回(各3分間)洗浄し、一次抗体としてウサギ抗Keratin 5抗体(1,000倍希釈;Covance社)、抗Keratin 1抗体(1,000倍希釈;Covance社)、抗Loricrin抗体(1,000倍希釈;Covance社)、抗Filaggrin抗体(1,000倍希釈;Covance社)を用いて4℃一晩反応させた。PBSで2回(各3分)、T-PBSで1回(3分間)洗浄し、二次抗体としてAlexa546標識抗ウサギIgG抗体(1,000倍希釈;Invitrogen社)を用いて常温で1時間反応させた。PBSで2回(各3分間)洗浄した後、VECTASHIELD Mounting Medium with DAPI (Vector laboratories社)とカバーグラスで封入し、共焦点レーザー顕微鏡(LSM710; Carl Zeiss社)で蛍光シグナルを観察した
実施例1で得られた結果を
図3〜
図11に示す。
【0127】
図3は、Pnpla1が皮膚の表皮ケラチノサイトに特異的に発現することを示す。(パネルA)
8週齢マウスではPnpla1は皮膚に発現していたが、肝臓、白色脂肪組織(WAT)、骨格筋ではほとんど検出されなかった。(パネルB)E17.5マウス胎仔皮膚の切片を用いてin situ hybridizationを行った結果、Pnpla1発現が表皮に限局して発現していた。(パネルC)培養ケラチノサイト前駆細胞であるMPEK細胞を1 mM CaCl
2の添加により分化誘導させると、Pnpla1のmRNA発現量が増加した。ケラチノサイト分化マーカー遺伝子であるKeratin10やLoricrinのmRNA発現も、この分化誘導条件で増加することを確認した。
【0128】
図4において、パネルAは実施例で用いたマウスゲノムのPnpla1遺伝子部位の模式図を示し、パネルBは遺伝子型に対応してP0新生仔の背部皮膚においてPnpla1 mRNAの発現量が異なることを示す。パネルCに示すように、野生型(Pnpla1
+/+)、Pnpla1ヘテロ欠損 (Pnpla1
+/-)、Pnpla1ホモ欠損 (Pnpla1
-/-) の新生仔はほぼ1:2:1の比率で得られたことから、Pnpla1ホモ欠損は胎生致死を示さないと言える。
【0129】
C57BL/6マウス(野生型)の新生仔マウスと比較した時の、ヘテロ型Pnpla1遺伝子欠損マウスとホモ型Pnpla1遺伝子欠損マウスの特徴は、次のようにまとめられる。
【0130】
ヘテロ型Pnpla1遺伝子欠損マウスは、外見、体重、寿命、皮膚構造の光学的顕微鏡病理所見は野生型と比べて差異がなかった。
【0131】
ホモ型Pnpla1遺伝子欠損マウスは、出生後24時間以内に全ての個体が死亡した。皮膚は硬くて柔軟性がなく、尾の先端で壊死を生じたホモ型Pnpla1遺伝子欠損マウスも認められた(
図4D)。体重は野生型の平均が1.4 g程度であるのに対して、ホモ欠損マウスは平均1.0 g程度であった(
図4E)。
図5Aに示すように、胎生18.5 日で妊娠マウスを帝王切開することで得たPnpla1
-/-マウスの体重変化は、取り出した直後は野生型と体重が同等であったにも関わらず、時間経過とともに体重が急激に低下したことから、体重低下の原因は成長不良ではなく、皮膚からの水分蒸発に起因する体内水分喪失と考えられた(
図5A)。実際、出生直後の新生仔(P0)の経皮水分蒸散量(TEWL)を測定すると、野生型マウスは1.22±0.08 g/h/m
2 (19匹)、ヘテロ欠損マウスは1.56±0.11 g/h/m
2(45匹)であったのに対し、Pnpla1欠損マウスのそれは6.34±0.29 g/h/m
2 (19匹)と、野生型に比べて約5倍高かった(
図5B)。また、トルイジンブルー染色液を用いた皮膚透過性試験を行うと、ホモ欠損マウスでは色素が体内へ浸透して青く染まった(
図5C)。したがって、Pnpla1が発現しないと、深刻な皮膚バリア機能の低下が生じる。
【0132】
皮膚組織切片を用いて組織学的解析を行った結果を
図5Dに示す。HE染色すると野生型マウスでは、角質層に矢印で示すような角質細胞間脂質に相当するbasket weave appearanceがはっきりと観察されたが、ホモ欠損マウスではこの構造が消失しており(角質細胞間脂質の消失)、加えて表皮の肥厚が見られた。皮膚の凍結切片をNile Redによって脂質部分を染色すると、野生型マウスでは角質層が規則正しく層状に染色されたが、ホモPnpla1欠損マウスでは矢印で示すように顆粒状の構造物が角質層に多数観察され、ラメラボティが分泌されて層状に広がる過程が正常に進行していないことが示唆された(
図5E)。
【0133】
図6は、セラミド代謝経路(パネルA)と表皮の主要な脂質成分のTLC分析(パネルB)を示す。新生仔マウスの表皮から抽出した脂質を薄層クロマトグラフィー(TLC)で展開すると、ホモ欠損マウスでは、青字で示すEOS、アシルグルコシルセラミド(ω-O-AcylGlcCer)がほぼ消失し、赤字で示すω-OH-Ceramide、グルコシルセラミド(GlcCer)、1-O-AcylCerが著しく増加していた。この結果は、Pnpla1ホモ欠損マウスではω-OH-CeramideからAcylCer(EOS)を産生する反応がほぼ完全に阻害されていることを示す。またアシルセラミドの産生経路が機能しないためにすぐ上流の代謝物であるω-OH-Ceramideが蓄積し、さらにその一つ上流のCermide(NS)から他の代謝経路を介して他の種類のセラミド代謝物の産生が増加していることが示唆される。
【0134】
図7および
図8
図7は新生仔表皮から調製した脂質試料を液体クロマトグラフで分離し、質量分析装置でイオン化して検出することで、表皮セラミド分子種の網羅的解析を行った結果である。横軸にHPLCカラムによる保持時間、縦軸に質量数/電荷(m/z)をプロットした多段マスクロマトグラムであり、プロットの濃淡が該当物質のイオン強度を示す。丸で囲った位置にそれぞれのセラミド分子種クラスが検出され、青丸で囲んだEOH、EOP、EOS、Glc-EOH、Glc-EOSがPnpla1
-/-マウスで減少していた。これらの分子はいずれも、ω位にリノール酸がエステル結合するセラミド分子種である。一方、赤点線の丸で囲んだNS、NdS、AP、NPなどのセラミド類はPnpla1
+/+マウスよりもPnpla1
-/-マウスにおいて増加傾向が見られた。
【0135】
図8では
図7の方法で得られたデータに対して、Pnpla1
+/+マウス、Pnpla1
+/-マウスPnpla1
-/-マウスで比較定量したグラフを示す。加えて、アルカリ処理によって遊離させた角化細胞に共有結合する極超超鎖脂肪酸の定量結果も示す。これらの結果は、Pnpla1ホモ欠損マウスでは、極超長鎖のω位にリノール酸がエステル結合した多様なアシルセラミド分子種(EOH、EOP、EOS、EOdSなど)、アシルグルコシドセラミド、および角化細胞にω位で共有結合した極超長鎖脂肪酸が顕著に減少することを表すものである。
【0136】
図9
皮膚のセラミド生合成経路と、多様なそれぞれのセラミド分子種のPnpla1
-/-マウスにおける存在量の変化をまとめた図を示す。
図7、
図8からも分かるようにω位がリノール酸でエステル化されたアシルセラミド類が減少し、そのすぐ上流に位置するnon-esterified ceramide分子種が増加することが分かる。したがって、PNPLA1は、EOSだけでなく、他の種類のアシルセラミドの生合成にも必要であることを示している。
【0137】
図10は、表皮特有のセラミド代謝に関わる代謝酵素やトランスポーターの遺伝子の多くが、Pnpla1ホモ欠損マウスで発現増加することを示す。パネルAはパネルBに示す各遺伝子がセラミド代謝経路のどの過程で働くかを表したものである。皮膚セラミドの代謝経路に関するこれら既知の遺伝子が発現低下すると、ω-ヒドロキシセラミド等の供給が減少し、その結果、アシルセラミド類の合成が不足する可能性がある。しかしながら、Pnpla1遺伝子欠損マウスの表皮における公知のセラミド代謝関連遺伝子の発現をqPCRによって解析したところ、Elovol4、Lass3、Cypf39、Ugcg、Abc12、Abhd5などの発現量が野生型に比べて2倍以上に増加していた。したがって、Pnpla1欠損マウスにおけるアシルセラミド量の低下は、上流の代謝経路の遺伝子発現低下や下流の代謝経路の活性化によるものではなく、欠損したPnpla1が機能しないことによる直接的な結果であることを支持する。また、アシルセラミド合成よりも上流のセラミド代謝経路が促進されても、Pnpla1がなければアシルセラミドが合成されず、皮膚バリア機能の低下を補うことができないことを意味する。
【0138】
図11
Pnpla1ホモ欠損マウスでは、基底層マーカーのKrt5、Krt14や有棘層マーカーのKrt1、Krt10の発現は野生型と同等であったが、顆粒層マーカーのLorと角質層マーカーのFlgの発現がmRNAレベルおよびタンパク質レベルで低下していた。両者は角層構成タンパク質として重要であり、Pnpla1欠損によってアシルセラミド量が低下するのみならず、表皮ケラチノサイトの顆粒層以降の遺伝子発現が影響を受けることが示された。さらにS100a9はアトピー性皮膚炎や乾癬に罹患している患者の表皮で発現増加する炎症マーカーであり、Pnpla1ホモ欠損マウスの表皮におけるS100a9の発現増加は、皮膚バリア機能の破綻によって炎症応答が起きていることを示唆する。
【0139】
【実施例2】
【0140】
図12
皮膚特異的Pnpla1欠損マウスの作製:
Pnpla1
f/+マウス同士を交配してPnpla1
f/fマウスを得た。また一方で、Pnpla1
f/+マウスと皮膚特異的にCreリコンビナーゼを発現するK14-Creマウスと交配し、Pnpla1
f/+K14-Creマウスを得た。得られたPnpla1
f/fマウスとPnpla1
f/+ K14-Creマウスをさらに交配することにより、Pnpla1
f/fマウス、Pnpla1
f/f K14-Creマウス、 Pnpla1
f/+マウス、Pnpla1
f/+ K14-Creマウスの4通りの仔が得られるが、Pnpla1
f/f K14-Creマウスが皮膚特異的Pnpla1欠損マウスであり、同腹のPnpla1
f/fマウスをPnpla1発現が正常なコントロールとして使用した。
【0141】
実施例1と同様に各組織におけるPnpla1 mRNAの発現量をqPCRにより定量すると、皮膚特異的Pnpla1欠損マウスであるPnpla1
f/f K14-Creマウスでは、皮膚におけるPnpla1の発現が著しく低下していた(
図12B)。しかしながら、生後0日から2日までは外見上の異常は認められず(
図13A)、体重の低下(
図12C)、経皮水分蒸散量の増加(
図13C)は見られなかった。Pnpla1
f/f K14-Creマウスは、生後3日目より体重増加の停止(
図12C)や脚部や背部の皮膚剥離(
図12D、
図13A)を示す個体が観察されるようになり、生後6日までに全個体が死亡した(
図12E)。コントロールのPnpla1
f/fマウスの経皮水分蒸散量は1.43±0.10 g/h/m
2 (10匹)であった。これに対し、Pnpla1
f/f K14-Creマウスの経皮水分蒸散量は、皮膚の非剥離部位では1.46±0.04 g/h/m
2 (19匹)と正常値を示したが、剥離部位では12.48±0.79 g/h/m
2 (19匹)と著しく高い値を示した。
【0142】
生後5日(P5)のマウス背部から実施例1と同様に脂質を抽出し、シリカゲル60 TLCによる脂質分析を行った。その結果、実施例1と同様に、青字で示すEOS、アシルグルコシルセラミド(ω-O-AcylGlcCer)がほぼ消失し、赤字で示すω-OH-Ceramide、グルコシルセラミド(GlcCer)、1-O-AcylCerが著しく増加していた(
図13E)。実施例2の結果から、皮膚に発現するPnpla1がアシルセラミドの産生に必要不可欠であることが示された。
【0143】
【実施例3】
【0144】
図15
初代培養表皮細胞の3次元培養を用いた蛍光色素透過性試験:
出生当日(PO)のマウスを氷上に30分放置して活動を抑制させ、背部皮膚を採取し、遺伝子型の決定には同じマウスの尻尾先端部を用いた。皮膚を5 mg/mlディスパーゼ(Invitrogen社)溶液/表皮細胞培養溶液(CnT-57;CELnTEC社)で4℃、一晩処理を行った。
【0145】
表皮をピンセットで剥がし、TrypLE Select(Invitrogen社)を用いて室温で20分酵素処理を行い、表皮細胞を分散させた。表皮培養溶液を加えて細胞を懸濁後、800 x gで5分間遠心して細胞を回収した。細胞を再び表皮細胞培養液に懸濁し、Millicell(登録商標)Cell Culture Insert (12 mm polycarbonate、 0.4 μm;Merck社)1つ当たり1×10
5細胞を播き、6 cm培養デッシュ中に静置して表皮細胞培養液にて培養した。表皮細胞培養液にCaCl
2が含まれていないため、この段階で表皮ケラチノサイト以外の細胞は死滅する。6日後 Cell Culture Insertを1つ取り出し、100%メタノールに浸し室温で5分固定後、細胞染色用試薬(CnT-ST-100;CELnTEC社)を用いて細胞密度を確認した。細胞密度が100%となったことを確認後、3次元培養用培地(CnT-02-3DP1;CELnTEC社)に交換した。
【0146】
1晩培養後にCell Culture Insert内の培地を除き、3次元分化誘導を開始した。以降、3日毎に6 cm培養デッシュ内の培地を交換し14日間培養した。Cell Culture Insertを24穴プレートに移し、1 mM Lucifer Yellow溶液(Invitrogen社)を50 μL滴下し、37℃で1時間静置した。Lucifer Yellow溶液を除いた後、中性ホルマリン緩衝溶液(和光純薬)中で4℃、一晩固定した。Cell Culture Insertの膜部分を切り出し、パラフィン置換をおこなった。ミクロトームを用いて膜面と垂直方向に厚さ約5 μmに切削し、スライドグラスに貼り付けた。脱パラフィン操作を行った後、VECTASHIELD Mounting Medium with DAPI (Vector laboratories社) で封入し、共焦点レーザー顕微鏡(LSM710;Carl Zeiss社)で観察した。Lucifer Yellowの3次元培養表皮組織内への浸透は、励起波長 553nm、蛍光波長 637 nmで検出した。
【0147】
野生型(Pnpla1
+/+)の3次元培養組織片でbasket wave appearance(角質細胞間脂質に相当)を伴う角質層を形成し、蛍光色素Lucifer Yellowの組織内への侵入がほとんど見られなかった。これに対し、Pnpla1ホモ欠損 (Pnpla1
-/-)の3次元培養組織片では角質細胞間脂質を伴う角質層が十分形成されず、組織内部がLucifer Yellowで染色された。したがって、3次元培養によるin vitroの皮膚モデルにおいても、Pnpla1が皮膚バリア機能に必要であることが示唆された。
【0148】
【実施例4】
【0149】
リコンビナントPNPLA1タンパク質の調製:
マウスPnpla1 cDNAを挿入したpFastBac1ベクターをMax Efficiency DH10BAC competent cells(10361-012 Invitrogen社)にトランスフォームし、10 μg/ml Tetracycline、100 μg/ml X-Gal、7 μg/ml Gentamycin、40 μg/ml IPTGを加えたLBプレートに撒いた。組換えが生じた青色コロニーを選択して増幅し、Bacmid DNAを精製した。CCCAGTCACGACGTTGTAAAACG(配列番号39) とAGCGGATAACAATTTCACACAGG(配列番号40)の配列を持つプライマーセットを使用し、GoTaqポリメラーゼ(M5005;Promega社)を用いて、93℃、45秒→(94℃、45秒→55℃、45秒→72℃、5分)×30サイクル→72℃、3分のPCR反応を行い、部位特異的トランスポジションが起きたことを確認した。
【0150】
1×10
6cells/well の細胞密度で6穴プレートにSf9細胞を播き、10%FBS、100 Unit/ml Penicillin、100 Unit/ml Streptomycin、1% CD Lipid Concentrate (Invitorgen社)を含むGrace's Insect medium(11605-102; Invitorgen社)で27℃、30分間培養した。細胞の接着を確認後、Cellfectin (Invitrogen社)を用いてBacmid DNA 2 μgを遺伝子導入した。27℃で5日間培養後、培地を回収し、2,000 rpmで10分間遠心し、上清を回収しバキュロウイルス懸濁液を得た。
【0151】
Sf9細胞を5×10
5 cells/wellの細胞密度で12穴プレートに細胞を播き、PNPLA1をコードするバキュロウイルス懸濁液を1 μlずつ添加し、27℃の条件下で3日間培養した。細胞をセルスクレイパーではがして回収し、100 μlのlysis buffer(20 mL Tris、pH 7.4、50 mM NaCl、1 mM DTT、100 μg/mL leupeptin、10μg/mL pepstatin)を加え、音波処理した。1,000 x gで5分間遠心し、上清を酵素源とした。また、コントロールとしてウイルスを感染させていないSf9細胞から同様の方法でタンパク質溶液を調製した。
【0152】
図16
アシルセラミドの合成:
反応基質としてLinoleoyl Coenzyme A, [linoleoyl 1-
14C](終濃度20 μM、ARV1195;American Radiolabeled Chemicals社)、N-ω-Hydroxytriacontanoyl-D-erythro-sphingosine (終濃度266 μM 、MATREYA社)をガラス製試験管中で100 μlの反応液(100 mM Tris、pH7.0、100 mM NaCl、0.1%BSA、0.03% TritonX-100)に溶解し、Sf9から調製したタンパク質溶液1 μg分を酵素源として加え、37℃で30分間撹拌しながら反応させた。脂肪酸エステルの形成を確認するためのアルカリ処理は、酵素反応直後にアルカリ処理溶液 (クロロホルム/メタノール/10 M NaOH =2: 7: 1)を1 mL加え、37℃で60分間行った。得られた反応液を、クロロホルム2 ml、メタノール2 ml、酢酸バッファー 1.6 ml を加え、撹拌後3,000 rpmで10分間遠心後、下層を回収した。窒素ガスを吹きかけて有機溶媒を蒸発させた後、5 μlクロロホルムを加えて脂質サンプルを溶解した。全量をシリカゲル60 TLCプレートにスポットし、上記のTLCによる脂質分析と同様の方法で展開した。イメージングプレート(BAS IP MS2040;富士フィルム)を用いて放射線を検出し、イメージングアナライザー(BAS-2500;富士フィルム)を用いて可視化した。
【0153】
酵素源としてPNPLA1を加えた試料で、アシルセラミド(EOS)の位置にアイソトープ標識されたバンドが見られ、このバンドはアルカリ処理によって消失することから、
14C標識されたリノール酸とエステル結合していることが示された。この結果は、PNPLA1がリノール酸をω-OHセラミドのω位に転移し、皮膚バリア機能に必須であるアシルセラミドを合成する活性を持つことを示している。したがって、PNPLA1を利用することでアシルセラミドの大量生産系を構築できることを示唆する。
【0154】