【発明が解決しようとする課題】
【0004】
船舶は大型であっても乗組員が少なく、例えば大型商船では、多くても20名前後の乗組員で運行されているため、長い航海では乗組員は心身的なストレスが極めて高い状態にある。船舶内で野菜等の植物を水耕栽培すれば、採れたての新鮮な野菜を食料として供給できるばかりでなく、乗組員に、植物を育てること、生育中の植物を観ること、香りを感じること、触れてみること、そして食することによる心身の癒しを与えることができ、航海時の乗組員の福祉向上に役立つ。
【0005】
しかし、従来の技術では、船舶内で水耕栽培により植物を安定して播種・育成することができない。船舶内は植物の水耕栽培には厳しい環境である。
船舶は航海中に波の動きによってローリング(横揺れ)、ピッチング(縦揺れ)による揺れや振動および衝撃を受ける。揺れによる船舶の傾きは、嵐の場合、25°近くまでに達し、数十秒の周期で繰り返される。数日間続くこともある。うねりの波にぶつかった場合は、ピッチングが発生し、船内の家具が飛ぶような強烈な衝撃を受ける。平穏な航海であっても、傾斜角度は大きくはないが常に揺れている。
【0006】
また、船舶は航海中に位置が移動するので、その位置の気候、気象条件によって育成環境の温度、湿度が影響を受け、低温地域では低温環境、高温地域では高温環境、低湿度地域では低湿度環境、高湿度地域では高湿度環境になる。船舶内でも、居住区では空調によって温度、湿度が管理されているが、空調の効いている場所が植物の育成の場所として採用されるとは限らない。
【0007】
このように船舶内は、航海中の揺れによる傾きや振動および衝撃が大きく、温度、湿度も多様に変化する厳しい環境である。陸上用に開発された既存の植物栽培装置では、このような航海中の船舶に特有の環境において安定した水耕栽培を行うことができない。
【0008】
また、航海中の揺れによる傾きや衝撃を克服して船舶内で植物を栽培する試みとして、上述のように、例えば、多段に配置された栽培台に複数の小孔を有する栽培パネルを載置し、各小孔に栓植物を定植したスポンジ等の担体を嵌め込んで栓をするとともに、船舶の揺れを検出して養液の供給・停止を制御し、また、栽培台を衝撃を吸収する器材で覆って衝撃による破損を防止し、ファンによって栽培空間内に空気を供給し、養液供給ポンプの制御、空調装置の制御、人工光源の制御等を自動で行うようにした船舶用植物栽培装置及びその使用方法が従来から知られているが、そうして従来の装置及び方法では、船舶の揺れが大きいと、栽培台に供給された養液が、小孔に嵌め込まれたスポンジ等の担体を通過して漏れ出し、栽培台から溢れ出る恐れがある。
【0009】
また、上記従来の装置および方法は、乗組員の健康を維持・促進するために船舶内で野菜を栽培し、採れたての新鮮な野菜を食料として供給するというものであるが、長い航海でストレスが高まった乗組員に、植物を育てる、生育中の植物を観る、香りを感じる、触れてみる、そして食することによる心の癒しを与えることを意図したものではなく、そうした心の癒し効果を高める手段を講じたものでもない。
【0010】
本発明は、揺れや振動および衝撃が大きい船舶内で多大な労力をかけずに植物を安定して播種・育成でき、乗組員に採りたての新鮮な野菜を食料として供給するとともに、植物を育てること、生育中の植物を観ること、香りを感じること、触れてみること、そして食することによる心身の癒しを与えることができるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の植物育成装置は、前面側が透視可能な直立箱型の装置本体の内部に、植物の種を蒔いて保持させるスポンジ等の海綿状多孔質の担体を挿し込むよう複数個の栽培穴が開けられた栽培台が設置され、栽培台の下部に養液を受けるトレーが設置され、栽培台の傾斜方向上流側のトレー上方に、トレーに向けて植物栽培用の養液を供給する複数個の注液孔が開けられた養液供給パイプが設置され、栽培台の上方に人工光源が設置されており、船舶内に設置し、担体の切込み部に種を蒔き、養液供給装置の養液槽から養液を供給し循環させて船舶内で植物を育成する植物育成装置であって、栽培台は、装置本体前方から見て左右方向には水平で、前後方向には水平に対し5〜30°装置本体前面側へ下降傾斜するよう配置され、トレーは、栽培台の各栽培穴に対応する部分が栽培穴毎に栽培台の傾斜方向に延びる仕切り板と傾斜方向に直角な方向に延びる仕切り板とで囲まれて区画された複数個のセルを形成し、傾斜方向に延びる仕切り板の高さが傾斜方向に直角な方向に延びる仕切り板の高さより高いことを特徴とする。
【0012】
この植物育成装置は、複数個の栽培穴が栽培台の傾斜方向および水平方向に並ぶ配置で設けられているものであるのが好ましい。
【0013】
また、この上記植物育成装置は、栽培台が複数段設けられているものであるのが好ましい。
【0014】
また、この植物育成装置は、栽培台の下部に受け容器が取り付けられ、該受け容器にトレーが設置され、受け容器の底部に、トレーから溢れた養液を養液供給装置へ戻す養液戻りパイプが連結されているものであるのが好ましい。
【0015】
また、この植物育成装置は、装置本体の内部を換気するファンおよび換気口が設けられているものであるのが好ましい。
【0016】
また、この植物育成装置は、装置本体の下部に養液供給装置が設置されているものであるのが好ましい。
【0017】
また、この植物育成装置は、装置本体の揺れ状態を検出するセンサーを備えるとともに、該センサーにより所定角度以上の揺れが検出されるとトレーへの養液の供給を一時的に停止する養液供給・停止制御手段を備えるものであるのが好ましい。
【0018】
また、この植物育成装置は、トレーに供給される養液の性状を検出するセンサーキットを備えるとともに、該センサーキットによる養液の性状の検出結果に基いて養液成分の配合を調整する養液性状制御手段を備えるものであるのが好ましい。
【0019】
また、この植物育成装置は、養液供給装置の養液槽内に、該養液槽内の液面が変動してもそこだけは養液が一定量溜まる養液溜が設けられ、そこにセンサーキットが設置されるものであるのが好ましい。
【0020】
また、この植物育成装置は、養液中に酸素を供給し養液中の酸素濃度を5ppm以上に管理する酸素付加装置を備えるものであるのが好ましい。
【0021】
また、この植物育成装置は、養液を循環過程で殺菌する殺菌装置を備えるものであるのが好ましい。
【0022】
また、この植物育成装置は、栽培穴が開放状態で使用されると警報を発する警報器を備えるものであるのが好ましい。
【0023】
また、この植物育成装置は、養液の廃液、装置の洗浄およびメンテナンスで発生する廃液を処理する廃液処理装置を備えるものであるのが好ましい。
【0024】
そして、本発明の植物育成方法は、船舶内に上記植物育成装置を設置し、育成する植物の種を栽培台の栽培穴に挿し込まれた海綿状多孔質の担体の切込み部に蒔き、養液供給装置を稼動させて栽培台の傾斜方向上流側からトレーに養液を供給し、前記海綿状多孔質の担体を潤した養液を、前記栽培台の傾斜により、傾斜方向に延びる高さが高い仕切り板によって縦列に保持しつつ、傾斜方向に直角な方向に延びる高さが低い仕切り板の上を越えて傾斜方向下流側に流下させ、養液供給装置に戻って循環させる養液供給プロセスを常時自動運転で行うことにより、船舶内において、温度10〜40°C、湿度15〜85%、人工光源70〜250μmol/m
2/secの光量の環境下で水耕栽培により植物の播種から育成までを一括して行うことを特徴とする。
【0025】
この植物育成方法において、装置本体は振動および衝撃を減じる防振装置を介して設置するのが好ましい。
【0026】
また、この植物育成方法においては、養液供給パイプの内部に細孔を持ち柔軟性を有するストッキング状の交換可能な濾過フィルターを挿入してその開口部をパイプ入口側の円周内面に沿って固定するのが好ましい。
【0027】
本発明によれば、トレーが設置された栽培台が傾斜していて、傾斜方向上流側からトレーに養液が供給されることにより、養液は傾斜方向上流側から下流側(装置本体前面側)へ流れる。
【0028】
そして、トレーが、栽培台の各栽培穴に対応する部分が栽培穴毎に栽培台の傾斜方向に延びる仕切り板と傾斜方向に直角な方向に延びる仕切り板とで囲まれて区画された複数個のセルを形成していることにより、養液は栽培穴毎のセルに一定量溜まりながら仕切り板の上を越えて下流側へ溢れ流れる。
【0029】
船舶が波による揺れや衝撃で傾いても、その傾きが、栽培台の装置本体前面側への下降傾斜が保たれる程度であれば、セル内に一定量溜まりながら下流側へ溢れ流れる養液の流れは維持される。船舶の揺れや衝撃による傾きが一時的大きくなって、栽培台が水平に対し装置本体前面側とは反対側に傾斜する状態になることがあっても、セル内にはそのまま養液が溜まっている。
【0030】
そして、セルを形成せる仕切板は、傾斜方向に延びる仕切り板の高さが傾斜方向に直角な方向に延びる仕切り板の高さより高いため、養液の流れは、傾斜方向に延びる高さが高い仕切り板に沿った縦列の流れとなる。
【0031】
また、船舶の揺れや衝撃によって栽培台が水平に対し装置本体前方から見て左右の方向に傾いても、傾斜方向に延びる仕切り板によって、傾斜方向に直角な方向への養液の流れが阻止され、傾斜方向に直角な方向に延びる高さが低い仕切り板の上を越えて流れる養液の縦列の流れが維持される。
【0032】
このように、船舶の揺れや衝撃によって栽培台が傾いてもトレーの各セルを上流側から下流側へ縦列に維持されて養液が流れることにより、トレーの各セルに万遍なく養液が行き渡る。そのため、各栽培穴の担体に保持された植物に万遍なく養液を行き渡させることができ、植物を安定して播種・育成することができる。そして、その養液供給プロセスを常時自動運転で行うことにより人手を節減し、温度10〜40°C(15〜35℃がより好ましい)、湿度15〜85%(35〜75%がより好ましい)、人工光源70〜250μmol/m
2/secの光量の環境下で水耕栽培により植物の播種から育成までを一括して行うようにできる。そして、乗組員に採りたての新鮮な野菜を食料として供給して健康の維持・促進に役立てることができる。
【0033】
また、装置本体の前面側が透視可能で、栽培台が前後方向に下降傾斜するよう配置されていることにより、生育中の植物が外からよく観えて、扉を開けて香りを感じたい、触ってみたいといった気持ちも起きやすく、長い航海でストレスが高まった乗組員に、植物を育てること、生育中の植物を見ること、香りを感じること、触れてみること、そして食することによる心身の癒しを与えることができる。
【0034】
平行な栽培台では前面側から植物が見えにくい。傾斜角度が5〜30°であれば、前面側から野菜等が幅広く見える。傾斜角度は10〜26°がより好ましい。
また、傾斜した栽培台の高い位置から養液が供給されると、養液は重力によって流下するので、ポンプ動力を削減でき、経済的である。
【0035】
乗組員はそれぞれ、専任の担当を有しているために、植物の育成に多くの時間を割くことはできない。本発明によれば、種蒔き、間引き、移植、取入れ以外については全自動または半自動で水耕栽培を行うことができる。
【0036】
光については、自然光が得られる環境は得難いため、人工光源が適している。光量としては、明るさの単位でなく植物が必要とする波長域の光量である70〜250μmol/m
2/secが適している。
【0037】
また、光は、白色光に限定されず、植物の好む波長、ピンク系や青色系を使用して、光による慰安効果を演出することも好ましい選択である。
【0038】
また、栽培穴は植物を保持するスポンジ等の担体で閉じられているが、航行中に大きい揺れが発生し、傾斜が過大になれば、栽培穴から養液が漏れだす危険がある。そうした漏れを防止すために、一定の角度になれば養液の供給を停止してタンク内に還流させるのがよく、そのために、上記のように、装置本体の揺れ状態を検出するセンサーを設けるとともに、該センサーにより所定角度以上の揺れが検出されるとトレーへの養液の供給を一時的に停止する養液供給・停止制御手段を設けるのがよい。
【0039】
また、栽培台の下部にあるトレーは育成植物一株毎に区画されたセルを形成し、液溜ができて、植物の根が養液に浸かる構造になっているが、養液供給の停止時間があまり長いと、液溜まりに養液が少なくなって植物が枯れに至る危険性が生じる。それを防止するために、大きな揺れが続き養液の供給停止時間が長期になる時は一定間隔で5〜15分間供給停止を解除して養液を循環させるのがよい。
【0040】
また、植物の育成のためには養液中の酸素濃度は5ppm以上に保持する必要があるが、養液供給系は傾斜時に養液が漏れないようにしたもので、それなりの閉鎖系になっているため、植物が酸素を吸収することによって養液は酸欠状態になりやすい。そのため、養液中にバブル発生ノズル等で空気を吹き込み酸素濃度5ppm以上に保持するのがよい。そして、もともと酸素は水に溶解し難いので常時吹き込むのがよい。
【0041】
また、閉鎖された船内では、植物に病気が発生すること、さらには人体に有害な細菌が繁殖することは防がなければならない。乗組員が他国において上陸する際に、身体に病原菌が付着していないことも重要である。したがって、大腸菌、サルモネラ菌、コレラ菌、ボツリヌス菌など、陰性の状態に維持することが必要である。そのため、養液および生育野菜に対して、オゾン、次亜塩素酸、イオン水、紫外線などの殺菌設備を備え防疫を行う必要がある。そのため、養液を循環過程で連続して殺菌する殺菌装置を設けるのである。
【0042】
また、栽培台の栽培穴は、植物を育成しない場合は閉じておかないと、揺れや衝撃のために養液がこぼれ出る恐れがあり、装置外の床に漏れると、腐食の原因になり船舶に損傷を与える。そこで、閉じ忘れを防止するために、装置本体の扉を閉める際に、閉じ忘れの確認を促すなど、栽培穴が開放状態で使用されると警報を発する警報器を設けるのである。
【0043】
また、一定期間使用後の役目を終えた養液や、栽培装置の器具、トレーなどを洗浄した洗浄水等の廃液を、そのまま海洋に放出することは好ましくない。そこで、養液の廃液、装置の洗浄およびメンテナンスで発生する廃液を処理する廃液処理装置を設けるのである。廃液は、例えば、蒸発によって水分を飛ばす蒸発乾固法やゲル化によって減容し、固形廃棄物として貯蔵し陸揚げする。
【0044】
船舶内は、振動と衝撃が大きい環境である。そのため、植物育成装置の装置本体は防振装置を介して床に取り付ける。
【0045】
また、循環している養液には植物の根の剥離したものなどごみが混ざることがあり、これによって養液供給パイプの注液孔が閉塞することがある。そのため、ごみによって注液孔が閉塞しないように、細孔を持ち柔軟性を有するストッキング状(長い袋状)の交換可能な濾過フィルターを養液供給パイプの内部に挿入する。挿入した濾過フィルターは、袋状であるので水流によってパイプ先端に達するまで広がり、水圧によってパイプ内面に張り付く。そして、ごみはフィルターで濾過される。フィルターにごみが多少付着しても、パイプの注液孔が直接ごみで詰まることはない。そのため、長時間注液を継続することができる。また、この濾過フィルターは、開口部がパイプ入口側の円周内面に沿って固定するもので、多忙な乗組員でも極めて短時間に取り換えることができる。