特許第6461313号(P6461313)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6461313眼鏡レンズおよびその製造方法、ならびに眼鏡
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6461313
(24)【登録日】2019年1月11日
(45)【発行日】2019年1月30日
(54)【発明の名称】眼鏡レンズおよびその製造方法、ならびに眼鏡
(51)【国際特許分類】
   G02C 7/02 20060101AFI20190121BHJP
   G02B 1/16 20150101ALI20190121BHJP
【FI】
   G02C7/02
   G02B1/16
【請求項の数】7
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-510198(P2017-510198)
(86)(22)【出願日】2016年3月31日
(86)【国際出願番号】JP2016060704
(87)【国際公開番号】WO2016159252
(87)【国際公開日】20161006
【審査請求日】2017年9月29日
(31)【優先権主張番号】特願2015-73844(P2015-73844)
(32)【優先日】2015年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】西本 圭司
【審査官】 井上 徹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−061314(JP,A)
【文献】 特開2002−085981(JP,A)
【文献】 特開2005−320532(JP,A)
【文献】 特表2012−522259(JP,A)
【文献】 特開昭62−158139(JP,A)
【文献】 特開平07−281209(JP,A)
【文献】 特開平07−151737(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0321882(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 1/00−13/00
G02B 1/10−1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ基材上に多層膜を有する眼鏡レンズであって、
前記多層膜は、屈折率の異なる層を二層以上含み、かつ屈折率の異なる二層の層間に酸化錫層を有し、
前記酸化錫層は、前記レンズ基材側から他方の側に向かって原子百分率による酸素含有率が増加する組成勾配を有し、
前記酸化錫層は、前記他方の側の表層部より原子百分率による酸素含有率が低く、かつ前記レンズ基材側の表層部より原子百分率による酸素含有率が高い中間領域を有し、
前記他方の側の表層部における酸素含有率は、前記レンズ基材側の表層部における酸素含有率より高く、かつ60原子%超70原子%以下であり、
前記レンズ基材側の表層部における酸素含有率は、45原子%以上60原子%以下である眼鏡レンズ。
【請求項2】
前記多層膜は、多層反射防止膜および多層反射膜からなる群から選ばれる多層膜である請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項3】
請求項1または2に記載の眼鏡レンズの製造方法であって、
イオンアシストなしで行われる真空蒸着によりレンズ基材上に酸化錫膜を形成する工程と、
形成した酸化錫膜の表面にエネルギーを持った酸素を照射する工程と、
を含む、前記眼鏡レンズの製造方法。
【請求項4】
前記エネルギーを持った酸素は、酸素イオンである請求項に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項5】
下記式1を満たす照射エネルギーで前記酸素イオンを照射する請求項に記載の眼鏡レンズの製造方法。
Y>(X/100) …式1
[式1中、Yは前記真空蒸着により形成される酸化錫膜の膜厚(単位:nm)であり、Xは照射エネルギー(単位:eV)である。]
【請求項6】
前記酸素イオンの照射を、18〜300秒間行う請求項またはに記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項7】
請求項1または2に記載の眼鏡レンズと、該眼鏡レンズを取り付けたフレームと、を有する眼鏡。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本出願は、2015年3月31日出願の日本特願2015−073844号の優先権を主張し、その全記載は、ここに特に開示として援用される。
【技術分野】
【0002】
本発明は、眼鏡レンズ、この眼鏡レンズの製造方法、およびこの眼鏡レンズを備えた眼鏡に関する。
【背景技術】
【0003】
眼鏡レンズは、一般に、各種機能を付与するための機能性層をレンズ基材上に一層以上設けた構成を有する。例えば、レンズ基材上に導電層(帯電防止層とも呼ばれる。)を設けることにより、眼鏡レンズの表面に帯電によって塵や埃が付着することを防止することや付着量を低減することができる。そのような導電層として、特表2012−522259号公報(その全記載は、ここに特に開示として援用される)には、酸化錫を含有する導電層が開示されている。
【発明の概要】
【0004】
眼鏡レンズは、眼鏡に加工された後に眼鏡装用者に長期間使用される。したがって、眼鏡レンズに設けられた導電層には、長期間の使用中に導電性(帯電防止性)を良好に発揮し続けることが望まれる。しかるに本発明者の検討によれば、特表2012−522259号公報に記載の導電層は、導電性の経時的な低下が大きいものであった。
【0005】
本発明一態様は、長期にわたり良好な帯電防止性を発揮することができる導電層を有する眼鏡レンズを提供する。
【0006】
本発明の一態様は、以下の眼鏡レンズ:
レンズ基材上に酸化錫層を有する眼鏡レンズであって、
上記酸化錫層は、レンズ基材側から他方の側に向かって原子百分率による酸素含有率が増加する組成勾配を有する眼鏡レンズ、
に関する。
【0007】
本発明において、酸化錫層の組成勾配は、X線光電子分光分析により測定されるものとする。X線光電子分光分析とは、ESCA(Electron Spectroscopy for Chemical Analysis)またはXPS (X-ray Photoelectron Spectroscopy)と呼ばれ、以下ではESCAとも記載する。また、以下に記載の酸化錫層に関する酸素含有率等の組成に関する数値は、特記しない限り、ESCAにより測定された原子百分率による数値である。測定のためには、ESCAによる分析において、酸素原子についてはO1s_1スペクトル、錫原子についてはSn3d5_1スペクトルの強度を用いるものとする。
【0008】
以下は、本発明者による推察であり、本発明を何ら限定するものではないが、本発明者は、上記酸化錫層が上述の組成勾配を有することが、経時的な導電性の低下が少ないことに寄与すると考えている。詳しくは、次の通りである。
酸化錫を組成式SnxOyで表すと、xとyはいくつかの値を取り得る。それらの中でx=1、y=2のSnOが、化学量論組成の安定構造であることが知られている。
この点に関し、特表2012−522259号公報には、酸化錫はSnOと表記されているが、導電性は化学量論組成からの酸素欠損またはドーパントの添加(ドープ)に依らなければ発現し得ない。特表2012−522259号公報には導電層へのドーパントの添加について記載されていないため、特表2012−522259号公報に記載の導電層は、化学量論組成から酸素欠損していることにより導電性が発現していると言える。ただし化学量論組成から酸素欠損している酸化錫は、安定な化学量論組成に近づくべく酸素を取り込み易い状態にあり、経時的に空気中の酸素により酸化され易いと考えられる。本発明者は、このことが、特表2012−522259号公報に記載の導電層が、導電性の経時的な低下が大きい原因と考えている。ここで、特表2012−522259号公報に記載の導電層は、同公報の請求項1に記載されているように、その堆積がイオン−アシストの下で実施された層、即ちイオンアシスト蒸着により成膜された層(イオンアシスト蒸着層)である。イオンアシスト蒸着により成膜された酸化錫層は、層内で組成が均一であり、ESCAによる測定において酸素含有率の組成勾配を有するものではない。
これに対し、上記の本発明の眼鏡レンズが有する酸化錫層は、レンズ基材側より他方の側、即ち眼鏡に加工され使用される際により空気中の酸素の影響を受け易い側の酸素含有率が高いため、酸化を受け難いと考えらえる。このことが酸化錫層の導電性が酸化により低下することを抑制することに寄与し、この結果、長期にわたり良好な帯電防止性を発揮することができるのではないかと、本発明者は推察している。
ただし上述の通り、以上は本発明者による推察であって、本発明を何ら限定するものではない。
【0009】
一態様では、上記酸化錫層は、上記の他方の側の表層部における酸素含有率が、レンズ基材側の表層部における酸素含有率より高く、かつ60原子%超70原子%以下である。ここで表層部とは、酸化錫層の表面から酸化錫層の厚みの30%の深さまでの領域をいうものとする。
【0010】
一態様では、上記酸化錫層は、上記レンズ基材側の表層部における酸素含有率が、45原子%以上60原子%以下である。
【0011】
一態様では、上記酸化錫層は、多層反射防止膜および多層反射膜からなる群から選ばれる多層膜に含まれる。ここで多層反射防止膜とは、特定波長域の光の反射を防止する性質を有する多層膜をいい、多層反射膜とは、特定波長域の光を反射する性質を有する多層膜をいう。詳細は後述する。
【0012】
本発明の更なる態様は、
上記眼鏡レンズの製造方法であって、
イオンアシストなしで行われる真空蒸着によりレンズ基材上に酸化錫膜を形成する工程と、
形成した酸化錫膜の表面にエネルギーを持った酸素を照射する工程と、
を含む眼鏡レンズの製造方法、
に関する。
【0013】
一態様では、上記エネルギーを持った酸素は、酸素イオンである。
【0014】
一態様では、上記酸素イオンの照射は、下記式1を満たす照射エネルギーで行われる。
Y>(X/100) …式1
[式1中、Yは上記真空蒸着により形成される酸化錫膜の膜厚(単位:nm)であり、Xは照射エネルギー(単位:eV)である。]
【0015】
一態様では、上記酸素イオンの照射は、18〜300秒間行われる。
【0016】
本発明の更なる態様は、
上記眼鏡レンズと、この眼鏡レンズを取り付けたフレームと、を有する眼鏡、
に関する。
【0017】
本発明の一態様によれば、長期にわたり良好な帯電防止性を発揮することができる眼鏡レンズ、この眼鏡レンズの製造方法、およびこの眼鏡レンズを備えた眼鏡を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施例1でレンズ基材上に形成した多層反射防止膜の膜構成(設計膜厚)を示す。
図2】実施例1で作製した眼鏡レンズの凸面における反射スペクトルを示す。
図3】表面電気抵抗の測定方法の説明図である。
図4】実施例1の眼鏡レンズおよび比較例1の眼鏡レンズの表面電気抵抗の経時変化を示すグラフである。
図5】実施例1で作製した酸化錫層のESCAによる組成分析結果を示す。
図6】帯電防止性の蒸着レート依存性の検討結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[眼鏡レンズおよびその製造方法]
本発明の眼鏡レンズは、レンズ基材上に酸化錫層を有する眼鏡レンズであって、上記酸化錫層は、レンズ基材側から他方の側に向かって原子百分率による酸素含有率が増加する組成勾配を有する眼鏡レンズである。
以下、上記眼鏡レンズについて、更に詳細に説明する。
【0020】
<レンズ基材>
レンズ基材としては、プラスチックレンズ基材、ガラスレンズ基材等の、通常眼鏡レンズに使用される各種レンズ基材を、何ら制限なく用いることができる。軽量であること、割れにくいこと等の観点から、レンズ基材は、プラスチックレンズ基材であることが好ましい。具体例としては、これらに限定されるものではないが、(メタ)アクリル樹脂をはじめとするスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アリル樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(CR−39)等のアリルカーボネート樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル樹脂、イソシアネート化合物とジエチレングリコールなどのヒドロキシ化合物との反応で得られたウレタン樹脂、イソシアネート化合物とポリチオール化合物とを反応させたチオウレタン樹脂、分子内に1つ以上のジスルフィド結合を有する(チオ)エポキシ化合物を含有する重合性組成物を硬化して得られる透明樹脂等を、プラスチックレンズ基材を構成する樹脂として挙げることができる。なおレンズ基材としては、染色されていないもの(無色レンズ)を用いてもよく、染色されているもの(染色レンズ)を用いてもよい。レンズ基材の屈折率は、例えば、1.60〜1.75程度である。ただしレンズ基材の屈折率は、これに限定されるものではなく、上記の範囲内でも、上記の範囲から上下に離れていてもよい。
【0021】
上記眼鏡レンズは、単焦点レンズ、多焦点レンズ、累進屈折力レンズ等の各種レンズであることができる。レンズの種類は、レンズ基材の両面の面形状により決定される。また、レンズ基材表面は、凸面、凹面、平面のいずれであってもよい。通常のレンズ基材および眼鏡レンズでは、物体側表面は凸面、眼球側表面は凹面である。ただし、本発明は、これに限定されるものではない。上記酸化錫層は、眼鏡レンズの物体側に設けられていてもよく、眼球側に設けられていてもよく、両側に設けられていてもよい。
【0022】
<酸化錫層>
上記眼鏡レンズに、上記酸化錫層は、レンズ基材上に直接または少なくとも一層の他の層を介して間接的に設けられている。そして上記酸化錫層は、レンズ基材側から他方の側に向かって酸素含有率が増加する組成勾配を有する。ここで酸素含有率の増加は、レンズ基材側から他方の側に向かって、即ち厚み方向において、連続的であってもよく段階的であってもよい。厚み方向の3箇所以上において酸素含有率が異なり、レンズ基材側から他方の側に向かって酸素含有率が増加することが好ましい。なお先に記載した通り、本発明における酸化錫層の組成勾配は、ESCAにより測定されるものとする。
【0023】
本発明において酸化錫層とは、構成成分として酸化錫(錫酸化物)を含む層をいい、好ましくは構成成分の最も多くを酸化錫が占める層をいい、より好ましくは、意図せず混入する不純物を除けば酸化錫からなる層をいう。なお酸化錫層に含まれる酸化錫は、詳細を後述するように、酸化状態の異なる複数の構造を取っていると考えられる。これにより上記酸化錫層は、上記の組成勾配を有することができると本発明者は推察している。
【0024】
酸化錫が取り得る構造について、以下に説明する。
前述のように、酸化錫を組成式SnxOyで表すと、xとyはいくつかの値を取ることができ、x=1、y=2のSnOが化学量論組成の安定構造である。このほかにx=3、y=4のSnやx=1、y=1のSnOが、準安定構造と言われている。そして、これらの安定構造や準安定構造から酸素が欠損した状態にあることで、酸化錫層は導電性を発現することができる。ここで、上記の安定構造および準安定構造の酸化錫における酸素含有率および錫含有率は、その組成式から以下の通りとなる。
【0025】
【表1】
【0026】
ESCAによる定量精度が数パーセント程度であることから、ESCAによる測定において酸素含有率が60原子%超70原子%以下の酸化錫は、安定構造のSnOまたはこれに近い酸化状態にあり比較的安定であると考えられる。したがって、帯電防止性を長期にわたりより良好に発揮する観点から、上記酸化錫層は、レンズ基材側と反対の他方の側の表層部における酸素含有率が、レンズ基材側の表層部における酸素含有率より高く、かつ60原子%超70原子%以下であることが好ましい。
【0027】
また、上記の表1から、酸素含有率が45原子%以上60原子%以下の酸化錫は、準安定構造であるSnもしくはSnO、またはこれらと酸化状態が近い状態にあり比較的安定であると考えられる。したがって、上記酸化錫層が長期にわたりよりいっそう良好に帯電防止性を発揮する観点から、上記の他方の側の表層部より酸素含有率の低いレンズ基材側の表層部の酸素含有率は、45原子%以上60原子%以下であることが、より好ましい。
【0028】
以上の通り、上記酸化錫層は、レンズ基材側の表層部において準安定構造であるSnもしくはSnO、またはこれらと酸化状態が近い状態にある酸化錫を含み、他方の側の表層部において、安定構造のSnOまたはこれに近い酸化状態にある酸化錫を含むことが好ましい。上記酸化錫層は、このような酸化状態の酸化錫を含む両表層部の間(以下、「中間領域」と記載する。)に、レンズ基材側の表層部より酸素含有率が高く、かつ他方の側の表層部より酸素含有率が低い酸化錫を含むことが好ましい。中間領域に含まれる酸化錫が、安定構造のSnOや準安定構造のSn、SnOとは酸化状態が大きく異なることが、良好な導電性を発現することに寄与すると考えられる。また、そのような中間領域が、好ましくは上記の比較的安定な酸化錫を含むレンズ基材側とは反対の表層部により保護され、より好ましくは上記の比較的安定な酸化錫を含むレンズ基材側の表層部により保護されていることで、中間領域の酸化状態の変化をより小さくすることができ、これにより上記酸化錫層が長期にわたりよりいっそう優れた帯電防止性を発揮することができると本発明者は推察している。
【0029】
上記酸化錫層の厚さは、特に限定されるものではなく、眼鏡レンズに一般に設けられる導電層(帯電防止層)と同様とすることができる。例えば、上記酸化錫層の厚さは、物理膜厚として、3.0〜30.0nmとすることができ、好ましくは3.0〜17.0nmとすることができる。酸化錫層の厚さは、成膜条件によって制御することができる。なお以下に記載の膜厚とは、特記しない限り、物理膜厚をいうものとする。また、上記酸化錫層は、本発明の眼鏡レンズに少なくとも一層含まれるが、二層以上含まれていてもよい。
【0030】
<製造方法>
本発明の眼鏡レンズは、以上説明した酸化錫層をレンズ基材上に有するものである限り、どのような製造方法により製造されてもよい。好ましい製造方法は、上述の本発明の眼鏡レンズの製造方法であり、イオンアシストなしで行われる真空蒸着によりレンズ基材上に酸化錫膜を形成する工程(以下、「真空蒸着工程」という。)と、形成した酸化錫膜の表面にエネルギーを持った酸素を照射する工程(以下、「後酸化工程」という。)と、を含む。
以下に、上記製造方法について、更に詳細に説明する。
【0031】
(真空蒸着工程)
前述の特表2012−522259号公報では、イオンアシスト蒸着により酸化錫を含む導電層を形成する。イオンアシスト蒸着とは、蒸着中にアシストガス(イオン化ガス)を照射して行われる蒸着処理であるが、本発明の眼鏡レンズの製造方法における真空蒸着工程では、イオンアシストなしで真空蒸着を行いレンズ基材上に酸化錫膜を形成する。以下は本発明者による推察であるが、イオンアシストなしの真空蒸着により、先に記載した準安定構造のSnO、Snまたはこれらの近い酸化状態の酸化錫の少なくともいずれかをレンズ基材上に堆積させることができると本発明者は考えている。このような状態の酸化錫は、絶縁性であるか、または導電性に乏しい。ここに後酸化工程において酸素を導入することにより、酸化錫膜に含まれる酸化錫の少なくとも一部を酸化することによって、導電性を発現させるか、または導電性を高めることができると本発明者は考えている。後酸化工程について、詳細は後述する。
【0032】
真空蒸着は、イオンアシストを行わないものである限り、特に限定されるものではない。例えば例示として、蒸着材料(蒸着源)としてSnO等の酸化錫を用いて、蒸発条件として電圧を5〜10kV、電流を10〜100mAとし、蒸着対象を配置する基板の基板温度を20〜100℃とし、酸化性雰囲気中で真空蒸着を行うことができる。酸化性雰囲気とは、酸素(O)含有雰囲気であり、体積基準で酸素を例えば10%以上含む雰囲気をいい、100%酸素(O)雰囲気であってもよい。雰囲気中に酸素(O)ガスを導入しながら真空蒸着を行うこともできる。また、真空蒸着を行う装置内の真空度は、例えば1E−4〜1E−2Pa程度とすることができる。真空蒸着を行う時間は特に限定されるものではなく、眼鏡レンズのレンズ基材上に設けるべき酸化錫層の膜厚に応じて設定すればよい。
以上の真空蒸着は、市販または公知の方法で調製した蒸着源を用いて、公知の蒸着装置を用いて行うことができる。
【0033】
(後酸化工程)
後酸化工程では、上記の真空蒸着により酸化錫膜の表面に、エネルギーを持った酸素を照射する。ここで、エネルギーを持った酸素とは、酸素イオン、酸素ラジカル等の酸素分子(O)より活性の高い状態の酸素をいう。ここで酸素ラジカルには、ヒドロキシラジカル、スーパーオキサイドアニオン等の酸素フリーラジカルが包含される。真空蒸着により形成された酸化錫膜にエネルギーを持った酸素を照射することにより、酸化錫膜のレンズ基材側とは反対側の表面(以下、「導入側表面」とも記載する。)から酸素が導入され(打ち込まれ)、酸化錫膜は導入側表面に近い領域ほど酸化が進み、先に記載した組成勾配を有する前述の酸化錫層になると本発明者は推察している。即ち、後酸化工程により、酸化錫膜の中に、導入側表面に近いほど酸素含有率が高くなる組成勾配を持たせることができると考えられる。
【0034】
エネルギーを持った酸素は、公知の方法により発生させ照射することができる。例えば、イオン銃(イオンガン)による照射、イオンビーム照射、イオンプレーティング、RF(Radio Frequency)ラジカルソース等により、エネルギーを持った酸素を発生させ酸化錫膜表面に照射することができる。以下に、一例として、エネルギーを持った酸素として酸素イオンを照射する態様について説明する。
【0035】
上述のように、真空蒸着で形成した酸化錫膜の導入側表面に向かって酸素イオンを照射すると、導入側表面から酸素が導入されて(打ち込まれて)導入側表面に近いほど酸素含有率が高くなりレンズ基材側表面に近いほど酸素含有率が低くなる組成勾配をもたらすことができると考えられる。酸化錫膜への酸素の導入量は、酸素イオンの照射エネルギーが高いほど多くなり、また、照射時間が長いほど多くなる。したがって、酸素導入量が過剰になると、酸化の進行により、真空蒸着により形成された酸化錫膜に含まれる酸化錫は化学量論組成のSnOまたはこれに近い酸化状態となり、結果的に、酸素イオン照射後の酸化錫層は導電性を示さないか導電性に乏しいものになってしまうと考えられる。したがって、真空蒸着により形成された酸化錫膜が酸素イオン照射後に先に記載した組成勾配を有する酸化錫層となるように酸素イオンの照射条件を制御することが好ましい。そのような照射条件として、照射エネルギーは、下記式1を満たす照射エネルギーとすることが好ましい。また、酸素イオンの照射時間は、18〜300秒間とすることが好ましい。なお照射エネルギーが高くなるとスパッタ(エッチング)が発生し真空蒸着工程で形成した酸化錫膜の膜厚が減少する場合がある。このような膜厚減少を抑制する観点からは、酸素イオンの照射エネルギーは、500eV未満とすることが好ましく、400eV以下とすることがより好ましい。
Y>(X/100) …式1
[式1中、Yは真空蒸着により形成される酸化錫膜の膜厚(単位:nm)であり、Xは照射エネルギー(単位:eV)である。]
【0036】
上記の後酸化工程により、真空蒸着工程において形成した酸化錫膜に導入側表面から酸素を導入し(打ち込み)、導入側表面側の表層部(即ちレンズ基材側とは反対の他方の側の表層部)の酸素含有率をレンズ基材側の表層部における酸素含有率より高くすることが好ましく、先に記載したように、60原子%超70原子%以下とすることがより好ましい。また、レンズ基材側の表層部における酸素含有率は、先に記載したように、45原子%以上60原子%以下とすることが好ましい。
【0037】
以上、エネルギーを持った酸素として酸素イオンを用いる態様を例に後酸化工程について説明したが、酸素イオン以外のエネルギーを持った酸素を照射して、導入側表面から酸素を導入することによって(打ち込むことによって)、同様に、真空蒸着工程により形成した酸化錫膜に上述の組成勾配をもたらすことができる。
【0038】
なお前述の特表2012−522259号公報に記載されているようにイオンアシスト蒸着により酸化錫を含む導電層を形成する場合には、蒸着材料(例えば酸化錫の焼結体)を真空中で加熱し酸化錫を蒸発させながらイオンアシスト(蒸着時のイオンの照射)により酸化させて酸素欠損を適度に含んだ酸化錫膜とする。安定した導電性を得るためには、この酸素欠損の量(酸化度)を安定させることが望ましい。複数の眼鏡レンズを量産する際に酸化錫の酸化度にばらつきが生じると、量産される眼鏡レンズの導電性にばらつきが生じてしまうからである。この点に関し、イオンアシスト蒸着により形成される酸素欠損を含んだ酸化錫膜について、酸化度を決める因子として、蒸着レートがある。蒸着レートが変動すると、イオンアシストによる酸化の程度が変化してしまう。詳しくは、蒸着レートが遅くなれば、イオンアシストによる酸化はより進行し易くなるため酸化度は上昇し、蒸着レートが早くなればイオンアシストによる酸化は進行し難くなり酸化度は低下する。したがって、イオンアシスト蒸着によって酸化錫を含む導電層を形成する際、複数の眼鏡レンズにおける導電性のばらつきを低減するためには、蒸着レートを安定化することが望ましい。しかし一般に、酸化錫は、蒸着レートにばらつきが生じやすい。これは、酸化錫の蒸着材料は一般に昇華性材料であり溶融し難いことと昇華温度が低いことによる。そのため、特表2012−522259号公報に記載されているようにイオンアシスト蒸着により酸化錫を含む導電層を形成すると、量産される眼鏡レンズの間で品質(導電性)にばらつきが生じやすい。これに対し、先に説明した本発明の眼鏡レンズの製造方法では、イオンアシスト蒸着によらず、真空蒸着工程後にエネルギーを持った酸素を照射することで導電性を付与するか導電性を向上することができる。かかる製造方法であれば、導電性の付与や向上は蒸着レートに依らないため、イオンアシスト蒸着のように導電性にばらつきが生じることを防ぐことができ、安定な品質(導電性)を有する眼鏡レンズを量産することが可能になると本発明者は推察している。
【0039】
<導電性(表面電気抵抗)>
上記酸化錫層は、この層のレンズ基材側とは反対側の表面において測定される表面電気抵抗として、好ましくは1E10Ω以下の表面抵抗を示すことができる。また、かかる酸化錫層を有する本発明の眼鏡レンズは、眼鏡レンズ最表面において測定される表面電気抵抗として、好ましくは1E9Ω以下の表面電気抵抗を示すことができる。前者の表面電気抵抗、後者の表面電気抵抗とも、より好ましくは1E4〜1E10Ωの範囲であり、更に好ましくは8E4〜1E9Ωの範囲である。ここで表面電気抵抗は、公知の抵抗率計により測定することができる。測定方法の具体例は、後述の実施例に示す。
【0040】
<眼鏡レンズの構成>
上記眼鏡レンズは、少なくとも、レンズ基材と上記酸化錫層を含み、他の一層以上の層を任意に含むことができ、含むことが好ましい。そのような層としては、眼鏡レンズに通常設けられる各種機能性層を挙げることができる。ここで機能性層とは、眼鏡レンズに所望の性質を付与することができる層をいう。所望の性質とは、例えば、特定波長域の光の反射を防止する性質(反射防止性)、特定波長の光を反射する性質(反射性)を挙げることができる。例えば、反射防止性を付与するための機能性層は、好ましくは、多層反射防止膜であり、反射性を付与するための機能性層は、好ましくは多層反射膜である。特定波長域の光としては、可視光(例えば波長380〜780nm)、紫外線(例えば波長280〜400nm)、青色光(例えば波長400〜500nm)、赤外線(例えば波長780〜2500nm)等を挙げることができる。これらの多層膜は、屈折率の異なる層(高屈折率層、低屈折率層)を二層以上に積層することにより、特定波長域の光の反射を防止したり特定波長域の光を反射することができる。そのような多層膜の構成自体は公知である。一態様では、上記酸化錫層は、そのような多層膜に少なくとも一層含まれることができる。
また、上記眼鏡レンズが有し得る機能性層としては、耐久性向上のためのハードコート層、偏光性能を付与するための偏光層、フォトクロミック性能を付与するためのフォトクロミック層、レンズ基材と他の層との密着性や二層間の密着性を向上するためのプライマー層等を挙げることもできる。
【0041】
一例として、多層膜の高屈折率層を構成する高屈折率材料としては、例えば、ジルコニウム酸化物(例えばZrO)、タンタル酸化物(例えばTa)、ニオブ酸化物(例えばNb)、チタン酸化物(例えばTiO)、およびこれら酸化物からなる群から選ばれる二種以上の複合酸化物を挙げることができる。また、多層膜の低屈折率層を構成する低屈折率材料としては、例えば、ケイ素酸化物(例えばSiO)、アルミニウム酸化物(例えばAl)、マグネシウムフッ化物(例えばMgF)、カルシウムフッ化物(例えばCaF)、アルミニウムフッ化物(例えばAlF3)、およびこれら酸化物からなる群から選ばれる二種以上の複合酸化物を挙げることができる。高屈折率層および低屈折率層は、真空蒸着法、イオンアシスト蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法等の各種成膜方法により形成することができる。多層膜に含まれる低屈折率層、高屈折率層の層数は、それぞれ1層以上であり、好ましくは2層以上であり、より好ましくは3層以上であり、4層、5層または6層以上であってもよい。多層膜の総層数は、特に限定されるものではなく、所望の反射防止性または反射性(以下、これらを合わせて「反射特性」と記載する。)が得られるように適宜設定すればよい。また、各層の膜厚も、所望の反射特性に応じて、公知の手法による光学設計により決定することができる。そして本発明の眼鏡レンズは、一態様では、そのような多層膜に上記の酸化錫層を含むことができる。
【0042】
[眼鏡]
本発明の更なる態様は、上記の本発明の眼鏡レンズと、この眼鏡レンズを取り付けたフレームとを有する眼鏡を提供することもできる。眼鏡レンズについては、先に詳述した通りである。その他の眼鏡の構成については、特に制限はなく、公知技術を適用することができる。
【実施例】
【0043】
以下に、本発明を実施例により更に説明する。但し、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0044】
[実施例1]
以下の方法により、多層反射防止膜を有する眼鏡レンズを作製した。
ハードコート層付のプラスチックレンズ基材の凸面側表面に、基材側の第1層から空気側に向かって、図1に示す設計膜厚(第1層:ケイ素酸化物層(35.0nm)、第2層:ジルコニウム酸化物層(10.3nm)、第3層:ケイ素酸化物層(225.7nm)、第4層:ジルコニウム酸化物層(39.0nm)、第5層:ケイ素酸化物層(14.6nm)、第6層:ジルコニウム酸化物層(57.0nm)、第7層:酸化錫層(7.0nm)、第8層:ケイ素酸化物層(93.8nm)、以上において括弧内は設計膜厚)で、高屈折率層としてZrOを蒸着材料としたイオンアシスト蒸着により成膜されたジルコニウム酸化物層を、低屈折率層としてSiOを蒸着材料としたイオンアシスト蒸着により成膜されたケイ素酸化物層を有する多層反射防止膜を形成した。
この多層反射防止膜は、基材側から数えて第6層目のジルコニウム酸化物層と第8層目のケイ素酸化物層との間に、酸化錫層を有する。酸化錫層は、第6層目のジルコニウム酸化物層を形成した後、第6層のジルコニウム酸化物層表面にイオンアシストなしの真空蒸着により酸化錫膜を形成した後、酸素イオンを照射することにより形成した。酸化錫膜形成のための真空蒸着条件および酸素イオン照射条件を、下記表2に示す。真空蒸着により成膜する酸化錫膜の膜厚は、蒸着時間により制御した。
【0045】
【表2】
【0046】
日立分光光度計U−4100を用いて、実施例1で作製した眼鏡レンズの凸面における反射スペクトルを得た。得られた反射スペクトルを、図2に示す。図2に示す反射スペクトルから、実施例1で作製した眼鏡レンズが、可視光域において反射防止性能を有することが確認された。この結果から、実施例1で作製した多層膜が反射防止膜として機能することが確認できる。
【0047】
[比較例1]
第7層の酸化錫層を、酸素イオンアシストによるイオンアシスト蒸着(印加電圧:500V、印加電流:200mA、成膜した酸化錫層の膜厚:7nm)により成膜した点以外、実施例1と同様の方法で眼鏡レンズを作製した。
【0048】
<表面電気抵抗の経時変化の確認>
実施例1の眼鏡レンズおよび比較例1の眼鏡レンズを、雰囲気温度60℃の環境下(加速試験環境下)に置き、経時的に眼鏡レンズ凸面における表面電気抵抗を測定した。表面電気抵抗は、以下の方法で測定した。
図3(A)および(B)に、眼鏡レンズの凸面において表面電気抵抗を測定する様子を示している。眼鏡レンズ10の凸面10Aにリングプローブ61を接触させ、眼鏡レンズ10の凸面10Aの表面電気抵抗を測定した。測定装置60としては、三菱化学社製高抵抗抵抗率計ハイレスタUP、MCP−HT450型を使用した。使用したリングプローブ61は、URSタイプであり、2つの電極を有し、外側のリング電極61aは外径18mm、内径10mmであり、内側の円形電極61bは直径7mmであった。それらの電極間に1000V〜10Vの電圧を印加し、眼鏡レンズの凸面において表面電気抵抗を測定した。
【0049】
図4は、実施例1の眼鏡レンズおよび比較例1の眼鏡レンズの表面電気抵抗の経時変化を示すグラフである。図4に示す結果から、実施例1の眼鏡レンズは、比較例1の眼鏡レンズと比べて表面電気抵抗の経時的な上昇が少ないこと、即ち帯電防止性の経時的な低下が少なく長期にわたり良好な帯電防止性を示すことできることが確認できる。
【0050】
<実施例1で作製した酸化錫層の組成分析>
ガラス基板上に実施例1と同じ方法で形成した酸化錫層の組成をESCAにより分析した。ESCAによる分析は、以下の分析条件で行った。
(ESCA分析条件)
使用機種:Thermo Fisher Scientific社製VG Theta Probe
照射X線単結晶分光:AlKα
X線スポット径:800×400μm(楕円形)
中和電子銃:未使用
【0051】
ESCAによる測定では、光電子取り出し角度によって深さ方向で測定箇所を変えることができるため、取り出し角度を変えながら測定を行うことで、酸化錫層の深さ方向における組成分布を評価した。酸素原子については、O1s_1スペクトル、錫原子についてはSn3d5_1スペクトルの強度から各深さ位置における酸素含有率および錫含有率を求めた結果を、図5に示す。図5に示す結果から、実施例1で作製した酸化錫層が、レンズ基材側から他方の側に向かって酸素含有率が増加する組成勾配を有することが確認できる。
また、レンズ基材側表層部とは反対側の表層部における酸素含有率は60原子%超70原子%以下の範囲であり、レンズ基材側の表層部における酸素含有率が45原子%以上60原子%以下の範囲であったことから、レンズ基材側の表層部には準安定構造であるSnO、Snまたはこれらに近い状態の酸化錫が含まれ、他方の表層部には化学量論組成の安定構造であるSnOまたはこれに近い状態の酸化錫が含まれると考えられる。
【0052】
[酸化錫層形成条件の検討]
実施例1における真空蒸着工程における真空蒸着条件と同じ条件で、蒸着時間を変えることで形成する酸化錫膜の膜厚を変えて(膜厚3.3nm、6.0nm、8.9nm、11.7nm、14.2nm、16.3nm)、各種膜厚の酸化錫膜をガラス基板表面に形成した。
各種照射エネルギー(200eV、300eV、500eV、700eV)で酸化錫膜表面に向かって酸素イオンを照射し、照射の途中で前述の方法で酸化錫膜表面の表面電気抵抗を測定することを繰り返し、合計照射時間300秒間まで酸素イオンの照射を行った。その結果、酸素イオン照射前には表面電気抵抗が1E11Ω超であった酸化錫膜が、先に記載した式1を満たす照射エネルギーで酸素イオンを照射することにより、照射18秒後から1E6Ω以下の表面電気抵抗を示すことが確認された。このことは、上記条件で酸素イオンを照射することにより、真空蒸着工程で形成した酸化錫膜に表面から酸素が導入されて(打ち込まれて)組成勾配がもたらされたことで導電性が発現ないし向上することを示している。
なお照射エネルギーが500eVおよび700eVでは、0.4nm以上の膜厚減少が確認されたことから、膜厚減少を抑制する観点からは、照射エネルギーが500eV未満、例えば400eV以下が好ましいと判断できる。
【0053】
[帯電防止性の蒸着レート依存性の検討]
(後酸化工程を経る酸化錫層の形成)
ガラス基板上にイオンアシストなしの真空蒸着により膜厚3.5nmの酸化錫膜を形成した。真空蒸着条件は実施例1と同様とし、蒸着時間によって膜厚を制御した。こうして形成した酸化錫膜の表面に、イオン銃(イオンガン)を用いて、35sccmでOを導入し印加電圧200V、印加電流100mAで酸素イオンを発生させ照射した。酸素イオンの照射時間は90秒間とした。
以上の工程を、真空蒸着における蒸着レートを0.5〜1.5nm/secの範囲で変化させて行った。
上記工程により得られた酸化錫層の表面において、前述の方法で表面電気抵抗を測定した。
【0054】
(イオンアシスト蒸着による酸化錫層の形成)
ガラス基板上にイオンアシスト蒸着により膜厚3.5nmの酸化錫層を形成した。イオンアシスト蒸着は、印加電圧200V、印加電流100mAで酸素イオンアシストにより行い、イオンアシスト蒸着時間により膜厚を制御した点以外、比較例1と同様とした。
以上の工程を、イオンアシスト蒸着における蒸着レートを0.5〜1.5nm/secの範囲で変化させて行った。
上記工程により得られた酸化錫層の表面において、前述の方法で表面電気抵抗を測定した。
【0055】
図6は、上記の後酸化工程を経て形成された酸化錫層、イオンアシスト蒸着により形成された酸化錫層の表面電気抵抗を、蒸着レートに対してプロットしたグラフである。図6に示す結果から、イオンアシスト蒸着では蒸着レートにより表面電気抵抗が大きく変化するのに対し、後酸化工程を経る製造方法によれば、蒸着レートによらず安定的に帯電防止性を酸化錫層に付与できることが確認できる。
【0056】
本発明の一態様は、眼鏡レンズの製造分野において有用である。
【0057】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6