特許第6461635号(P6461635)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6461635
(24)【登録日】2019年1月11日
(45)【発行日】2019年1月30日
(54)【発明の名称】可視光応答性光触媒及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 35/02 20060101AFI20190121BHJP
   B01J 27/24 20060101ALI20190121BHJP
   B01J 37/08 20060101ALI20190121BHJP
   B01J 37/34 20060101ALI20190121BHJP
   B01D 53/86 20060101ALI20190121BHJP
   B01J 37/02 20060101ALI20190121BHJP
   C01G 23/04 20060101ALI20190121BHJP
【FI】
   B01J35/02 JZAB
   B01J27/24 M
   B01J37/08
   B01J37/34
   B01D53/86
   B01J37/02 301K
   C01G23/04 C
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-28321(P2015-28321)
(22)【出願日】2015年2月17日
(65)【公開番号】特開2015-166082(P2015-166082A)
(43)【公開日】2015年9月24日
【審査請求日】2017年12月27日
(31)【優先権主張番号】特願2014-27997(P2014-27997)
(32)【優先日】2014年2月17日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504238806
【氏名又は名称】国立大学法人北見工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】特許業務法人IPアシスト特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100113332
【弁理士】
【氏名又は名称】一入 章夫
(74)【代理人】
【識別番号】100160037
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 真紀
(72)【発明者】
【氏名】大津 直史
(72)【発明者】
【氏名】横井 健人
【審査官】 森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−115753(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/157266(WO,A1)
【文献】 国際公開第2005/056865(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 − 38/74
B01D 53/86
C01G 23/00 − 23/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
日本工業規格JIS R−3255に規定される薄膜の付着性試験における耐剥離性が40mN以上である、一般式TiO−xNx(xは0.005〜0.05、Nは窒素を表す)で表される二酸化チタン表層を有するチタン又はチタン合金からなる可視光応答性光触媒であって、前記二酸化チタンがアナタース型二酸化チタン及びルチル型二酸化チタンの混合型である、前記可視光応答性光触媒。
【請求項2】
二酸化チタン表層がチタン又はチタン合金の表面から0.1μm〜20μmの深さを有する、請求項1に記載の可視光応答性光触媒。
【請求項3】
硝酸塩が溶解された一価のアルコール性水酸基を有する無水溶媒中でチタン又はチタン合金を陽極酸化する工程、及び酸化後のチタン又はチタン合金を熱処理する工程を含む、一般式TiO−xNx(xは0.005〜0.05、Nは窒素を表す)で表される二酸化チタン表層を有する可視光応答性光触媒の製造方法。
【請求項4】
硝酸塩が硝酸アンモニウムである、請求項に記載の製造方法。
【請求項5】
一価のアルコール性水酸基を有する無水溶媒が無水アルキレングリコールである、請求項3又は4に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒素原子がドープされた二酸化チタン表層を有する可視光応答性光触媒、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化チタンは、紫外線領域に属する特定波長光の照射によって優れた光触媒活性を発揮し、気相あるいは液相(場合によっては固相)の化学物質を酸化分解することができる。この酸化分解能は、二酸化チタンの防臭、防黴、殺菌その他の様々な用途への利用を可能にしている。
【0003】
光触媒活性を有する二酸化チタンは、適当な基板、通常はガラス基板上に二酸化チタン被膜を形成させることで、上記目的に利用される。基板表面上に二酸化チタンの被膜を形成する方法としては、蒸着法及びゾル−ゲル法が挙げられる。蒸着法は膜の緻密性や均一性に優れる、ゾルゲル法はディップコートやスピンコートなどの簡便な方法で被膜を形成することができるなどの利点をそれぞれ有する。
【0004】
また上記方法はいずれも、窒素原子や硫黄原子の二酸化チタンへのドーピングが容易であるという利点を有する。窒素原子や硫黄原子などのドーピングは、添加元素の電子軌道と二酸化チタンの価電子帯の混成によって価電子帯の上端電位が高まることによる、二酸化チタンのいわゆるバンドギャップの狭窄をもたらし、結果として二酸化チタンの可視光照射での光触媒活性(可視光応答性と表す)の発揮を可能にする。特に窒素原子のドーピングが有効であることが知られている(非特許文献1)。
【0005】
しかしながら、蒸着法は特殊装置を要するために二酸化チタンの被膜の製造コストが高いこと、またゾル−ゲル法は非平板状の表面への二酸化チタン被膜形成能が低いこと及び量産性が劣ること等の欠点を有している。さらにこれらの方法により製造される二酸化チタン被膜は、基板表面の上に被膜が載るという構造的な特徴のため、被膜が剥がれ易く耐久性が低いという問題を有する。
【0006】
基板表面の上に被膜を載せるという原理と異なる二酸化チタンの形成方法として、陽極酸化法が報告されている。陽極酸化法は、チタン又はチタン合金の表面及びその下にあるチタンを二酸化チタンへと酸化させて、二酸化チタン表層を形成させる技術である。陽極酸化法により生じる二酸化チタン表層は、蒸着法やゾル−ゲル法で生じる基板表面に載った被膜とは異なり、チタン又はチタン合金の表面及びその下が二酸化チタンに変化しているために、極めてはがれにくい(耐剥離性)という利点を有する。
【0007】
しかし一方で、陽極酸化法は、窒素原子や硫黄原子を二酸化チタン表層にドープさせることが容易ではないという問題を有する。そのため、窒素原子や硫黄原子を容易にドープすることができ、かつ耐剥離性を有する二酸化チタン表層を提供するさらなる工夫が研究されている。
【0008】
例えば、硫酸浴中でチタン又はチタン合金を陽極酸化することにより硫黄原子をドープさせた二酸化チタン表層を形成する方法(特許文献1)、予め窒化処理したチタン又はチタン合金を硫酸浴中で陽極酸化することにより窒素原子及び硫黄原子をドープさせた二酸化チタン表層を形成する方法(特許文献2)などが報告されている。
【0009】
特許文献1に記載の方法でドープされる原子は硫黄原子であるが、可視光で光触媒を効率的に発生させるためには窒素原子をドープさせることが望まれている。また、特許文献2に記載の方法は窒素原子をドープさせることが可能であるが、窒化処理と陽極酸化という多段階処理が必要となる上に、窒化処理は特別な装置を必要とするため、製造コストが高いという問題を有する。
【0010】
本発明者らはさらに、二酸化チタンへの窒素原子のドーピングを達成することを目的として、硝酸塩水浴中でチタン又はチタン合金を陽極酸化する方法を試みた。しかし、結果として形成された二酸化チタン表層は極めてもろく、耐剥離性は十分なものではなかった(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Chemical Physics Letter、1986年、第123巻、126ページ
【非特許文献2】Applied Surface Science、2013年、第230巻、513ページ
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2010−29838号公報
【特許文献2】特開2011−120998号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、窒素原子がドープされた耐剥離性に優れた二酸化チタン表層を有する可視光応答性光触媒、及びこれをより安価に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、硝酸塩が溶解された一価の水酸基を有する無水溶媒中でチタン又はチタン合金を陽極酸化することにより、窒素原子がドープされた耐剥離性の高い二酸化チタン表層をチタン又はチタン合金に形成させることができることを見いだし、下記の各発明を完成させた。
【0015】
(1)日本工業規格JIS R−3255に規定される薄膜の付着性試験における耐剥離性が40mN以上である、一般式TiO−xNx(xは0.005〜0.05、Nは窒素を表す)で表される二酸化チタン表層を有するチタン又はチタン合金である、可視光応答性光触媒。
(2)二酸化チタン表層がチタン又はチタン合金の表面から0.1μm〜20μmの深さを有する、(1)に記載の可視光応答性光触媒。
(3)二酸化チタンがアナタース型二酸化チタン及びルチル型二酸化チタンの混合型である、(1)又は(2)に記載の可視光応答性光触媒。
(4)硝酸塩が溶解された一価のアルコール性水酸基を有する無水溶媒中でチタン又はチタン合金を陽極酸化する工程、及び酸化後のチタン又はチタン合金を熱処理する工程を含む、一般式TiO−xNx(xは0.005〜0.05、Nは窒素を表す)で表される二酸化チタン表層を有する可視光応答性光触媒の製造方法。
(5)硝酸塩が硝酸アンモニウムである、(4)に記載の製造方法。
(6)一価のアルコール性水酸基を有する無水溶媒が無水アルキレングリコールである、(4)又は(5)に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、耐久性に優れた二酸化チタン表層を有する可視光応答性光触媒が提供される。かかる可視光応答性光触媒は、可視光下で光触媒活性を発揮するので、紫外線を含む幅広い光源の下で光触媒として利用することができる。特に二酸化チタン表層の耐久性に優れることから、医療分野、室内の壁材などの室内環境に限られず、ビル外壁、屋根その他の建造物資材さらには厨房ダクトなどの各種広範な用途に対して非常に有用である。また、本発明の製造方法によると、かかる有益な可視光応答性光触媒を特定の溶媒中でチタン又はチタン合金を陽極酸化することにより、簡便かつ安価に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施例である可視光応答性光触媒の外観を撮影した写真である。
図2】本発明の実施例である可視光応答性光触媒の表面を撮影した走査電子顕微鏡写真である。
図3】本発明の実施例である可視光応答性光触媒のX線回折プロファイルを解析した結果を示すパターン図である。
図4】本発明の実施例である可視光応答性光触媒の耐剥離性を示すグラフである。
図5】本発明の実施例である可視光応答性光触媒のメチレンブルーの分解能を示すグラフである。
図6】本発明の実施例である可視光応答性光触媒及び比較例である光触媒の抗菌試験の結果を示すグラフである。
図7】本発明の実施例である可視光応答性光触媒の断面を撮影した電子顕微鏡写真である。
図8】本発明の可視光応答性光触媒の触媒活性に対する、陽極酸化における溶媒中の硝酸塩濃度の影響を示すグラフである。
図9】本発明の可視光応答性光触媒の触媒活性に対する、陽極酸化における溶媒温度の影響を示すグラフである。
図10】本発明の可視光応答性光触媒の触媒活性に対する、陽極酸化の時間の影響を示すグラフである。横軸の値は分である。
図11】本発明の可視光応答性光触媒の触媒活性に対する、陽極酸化における電流密度の影響を示すグラフである。
図12】異なる電流密度によって得られる可視光応答性光触媒のX線回折プロファイルを解析したパターンの一部を示す図である。
図13】異なる電流密度によって得られる可視光応答性光触媒中のルチル型二酸化チタンの強度を表す図である。
図14】本発明の可視光応答性光触媒の触媒活性に対する、陽極酸化後の熱処理における温度の影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、日本工業規格JIS R−3255に規定される薄膜の付着性試験における耐剥離性が40mN以上である、一般式TiO−xNx(xは0.005〜0.05、Nは窒素を表す)で表される二酸化チタン表層を有するチタン又はチタン合金である、可視光応答性光触媒に関する。
【0019】
本発明の可視光応答性光触媒は、一般式TiO−xNx(xは0.001〜0.05、Nは窒素を表す)で表される二酸化チタン表層を有するチタン又はチタン合金である。一般式TiO−xNx(xは0.001〜0.05)は、二酸化チタン表層に0.03at%〜1.6at%の窒素原子が含まれていることを示す。従って、本発明における二酸化チタン表層は、0.03at%〜1.6at%の窒素原子を含有している二酸化チタン表層と表すこともできる。
【0020】
本発明における一般式TiO−xNx中のxは、0.005〜0.03であることが好ましく、0.01〜0.02であることがより好ましい。at%で表せば、二酸化チタン表層には0.16at%〜0.99at%の窒素原子が含まれていることが好ましく、0.33at%〜0.66at%の窒素原子が含まれていることがより好ましいことを意味する。
【0021】
本発明の二酸化チタン表層の深さは、チタン又はチタン合金の表面から0.1μm〜20μmとすることができるが、好ましくは0.1μm〜10μm、より好ましくは0.1μm〜3μm、さらに好ましくは0.5μm〜2μmである。この範囲に上記の量の窒素原子がドープされていると推察される。
【0022】
本発明の二酸化チタン表層は、日本工業規格JIS R−3255に規定される薄膜の付着性試験において40mN以上という耐剥離性を示す。本発明における二酸化チタン表層の高い耐剥離性は、蒸着法及びゾルゲル法などによってチタン又はチタン合金の表面上に載る形で形成される被膜とは異なり、チタン又はチタン合金の表面から適度な深さまでが二酸化チタンに変換されたことによるものと推察される。この二酸化チタンの結晶系はアナタース型二酸化チタン及びルチル型二酸化チタンの混合型である。
【0023】
本発明にいう可視光応答性とは、紫外線照射のみならず、可視光、特に400nm以上の長波長の可視光照射、好ましくは420nm、より好ましくは450nm以上の長波長の可視光照射によっても二酸化チタンの光触媒活性が発揮される性質をいう。かかる波長を有する可視光としては、太陽光の他に、室内蛍光灯、LED電球その他の日常生活において一般的に使用される様々な光源から照射される光を挙げることができる。したがって、かかる可視光応答性を有する本発明の光触媒は、屋外のみならず、オフィス、住宅などの室内空間においても効率的な光触媒として利用することができるという利点を有する。
【0024】
本発明の可視光応答性光触媒の光触媒活性は、当業者に知られた任意の方法で評価することができる。かかる方法としては、湿式メチレンブルー法、空気浄化(NOx、VOC、悪臭など)性能試験(日本工業規格 JIS R1701-1など)、水質浄化性能試験(日本工業規格 JIS R−1704など)、抗菌防かび性能試験(日本工業規格 JIS R−1702など)などを挙げることができる。例えば、湿式メチレンブルー法は、0.01±0.001mmol/Lのメチレンブルー試験液35.0±0.3mLを、試験片表面に載せた円筒状の試験セルに満たした後にカバーグラスで蓋をし、上から紫外線又は可視光(1.00±0.05mW/cm)を20分間照射した後にメチレンブルーの吸光度を算出した測定値を縦軸に、照射時間を横軸にプロットしたときの傾きを分解活性指数として評価する方法である。
【0025】
本発明の可視光応答性光触媒は、日本工業規格 JIS R−1702におけるフィルム密着試験で、紫外光(例えば351nm)照射のみならず、可視光(例えば420nm)照射によっても、高い抗菌活性を示す。
【0026】
なお、本発明の可視光応答性光触媒は、上記の光触媒活性の他に、例えば超親水性などの特徴を同時に有しているものであってもよい。超親水性は、例えばオレイン酸法で評価することができる。具体的には、試料表面に塗布したオレイン酸(試料表面積100cmあたり2.0±0.2mg)に紫外線又は可視光(2.0±0.1mW/cm)を照射し、接触角が照射時間と共に減少する過程で、一定値になったときをもって接触角とし、5点の接触角の平均値で評価すればよい。
【0027】
また本発明は、硝酸塩が溶解された一価のアルコール性水酸基を有する無水溶媒中でチタン又はチタン合金を陽極酸化する工程、及び酸化後のチタン又はチタン合金を熱処理する工程を含む、一般式TiO−xNx(xは0.001〜0.05、Nは窒素を表す)で表される二酸化チタン表層を有する可視光応答性光触媒の製造方法も提供する。ここで、一般式TiO−xNx(xは0.001〜0.05、Nは窒素を表す)で表される二酸化チタン表層を有する可視光応答性光触媒は、先に説明したとおりである。
【0028】
本発明で使用されるチタン又はチタン合金は、実質的な純度が100%である純チタン、陽極酸化によって表面に二酸化チタン表層が形成されることを妨げない程度の不純物を含むチタン、及びチタンとその他の金属元素とからなるチタン合金を包含する。また、チタン以外の金属又はその他の部材を覆うように設けられたチタンメッキ部又はチタン合金メッキ部も、本発明にいうチタン又はチタン合金に含まれる。
【0029】
純チタンとしては、例えば、JIS1種〜4種、ASTMG1〜G4、AMS4900〜4902及びAMS4921などが挙げられる。また、不純物を含むチタン及びチタン合金は、本発明の製造方法で得られる触媒に光触媒活性を発揮させるという観点で、少なくともチタン含有量は80%以上であることが望ましい。
【0030】
チタンと共に合金を構成する金属は、チタンとの相溶性が良好であれば特に制限はなく、例えば、V、Nb、Taなどの5族元素、Cr、Mo、Wなどの6族元素、Mn、Reなどの7属元素、Fe、Co、Niなどの鉄族元素、Ru,RH,Pd,Os、Ir、Ptなどの白金族元素、Cu、Ag、Auなどの11族元素(1B属元素)、Si、Sn、Pbなどの14族元素(4B属元素)、Y、La、Ce、Nd、Sm、TB、Er、Yb、Acなどの3族元素などを挙げることができる。本発明で用いる好ましいチタン合金を形成する金属元素としては、Mo、Nb、Ta、V、Ag、Co、Cr、Cu、Fe、Mn、Ni、Pb、Si、Wなどを挙げることができる。
【0031】
代表的なチタン合金としては、Ti−Nb−Sn合金、Ti−Fe−O合金、Ti−Fe−O−Si合金、Ti−Pd合金、Ti−Ni−Pd−Ru−Cr合金、Ti−Al−V合金、Ti−Al−Sn−ZR−Mo合金、Ti−Al−Mo−V−Fe−Si−C合金、Ti−V−Cr−Sn−Al合金、Ti−Mo−ZR−Al合金、Ti−Mo−Ni合金、Ti−Ta合金、Ti−Al−Sn合金、Ti−Al−Mo−V合金、Ti−Al−Sn−Zn−Mo−Si−C−Ta合金、Ti−Al−Nb−Ta合金、Ti−Al−V−Sn合金、Ti−Al−Sn−ZR−Cr−Mo合金、Ti−V−Fe−Al合金、Ti−V−Cr−Al合金、Ti−V−Sn−Al−Nb合金、Ti−Al−Nb合金、Ti−Al−V−S合金などが挙げられる。
【0032】
本発明においては、チタン又はチタン合金は、可視光応答性光触媒としての使用形態に適合した所望の形状に予め加工したものを使用することが好ましい。かかる形状は特に限定されるものではなく、板状、棒状、円柱状、網状、繊維状、多孔質状、スポンジ状、粉体や繊維を圧縮加工してなる成形体、塊状物等であってよい。
【0033】
本発明の製造方法は、硝酸塩が溶解された一価のアルコール性水酸基を有する無水溶媒を使用する。
【0034】
一価のアルコール性水酸基を有する無水溶媒としては、無水アルキレングリコールの使用が好ましく、特に無水エチレングリコールまたは無水プロピレングリコールの使用が好ましく、無水エチレングリコールの使用が最も好ましい。
【0035】
本発明では、二酸化チタンにドープされる窒素原子の供給源として硝酸塩が用いられる。硝酸塩としてはNa、Kなどのナトリウム金属と硝酸との塩、又は硝酸アンモニウムなどを使用することが好ましく、特に硝酸アンモニウムの使用が好ましい。また、硝酸塩の濃度は0.05M〜2Mとすればよく、0.1M〜1Mとすることが好ましい。
【0036】
本発明の製造方法では、前記無水溶媒を満たした浴中に陽電極として前記チタン又はチタン合金を浸して陽極酸化が行われる。陽極酸化はチタンを二酸化チタンへと酸化することのできる条件で行うことができるが、電圧印加下又は高電流密度下で行われることが好ましい。
【0037】
電圧印加下での陽極酸化における電極間の電圧は、例えば50〜500Vの範囲で適宜調節して行えばよく、例えば100〜400V、好ましくは150〜300V、より好ましくは150〜250V、さらに好ましくは150〜200Vの範囲で行うことが望ましい。
【0038】
上記の高電圧印加下での陽極酸化は、1分間〜50時間の範囲で行えばよく、例えば2分間〜24時間、好ましくは3分間〜12時間、より好ましくは9分間〜5時間、さらに好ましくは10分間〜3時間、特に好ましくは20分間〜3時間、最も好ましくは60分間〜3時間行うことが望ましい。
【0039】
高電流密度下での陽極酸化における電流密度は、電流値と試料表面積で算出される。本発明における陽極酸化の際の電流密度としては、所要の結果が得られるものを選択でき、少なくとも25mA/cm以上、好ましくは30mA/cm以上、より好ましくは50mA/cm以上、さらに好ましくは70mA/cm以上、最も好ましくは100mA/cm以上とすることが好ましい。かかる電流密度を生じさせる化成電圧は100〜500Vの範囲で調節すればよい。
【0040】
高電流密度下での陽極酸化は、1分間〜100時間の範囲内で行えばよく、例えば2分間〜48時間、好ましくは3分間〜12時間、より好ましくは9分間〜5時間、さらに好ましくは10分間〜3時間、特に好ましくは20分間〜3時間、最も好ましくは60分間〜3時間行うことが好ましい。
【0041】
陽極酸化は、直流、交直重畳、又はパルス波を印加して室温で行うことができる。又は、サイリスタ方式による直流電源を用いて、単相半波、三相半波、六相半波を印加して行うことも可能である。なお、無水溶媒中での陽極酸化は発熱を伴うため、適当な冷却手段を備えた装置で行うことが好ましい。冷却は、溶媒の温度が60℃を越えない程度に行えばよく、また氷点下付近にまで冷却してもよい。
【0042】
陽極酸化によって微細で均一な表面酸化が可能となり、これによって複雑な形状の金属材料に対しても、均一ですぐれた光触媒機能や超親水性能を有する二酸化チタン表層を形成させることができる。また酸化電圧及び/又は電流密度をコントロールすることにより、形成される二酸化チタン表層の深さを制御することができる。
【0043】
典型的な態様では、前記硝酸塩を含む無水エチレングリコールを満たした適当な浴にチタン又はチタン合金及び白金をそれぞれアノード及びカソードとして浸し、直流電力供給装置により電力を供給して、電圧約210〜500V程度(電流密度が少なくとも25mA/cm以上の場合では電圧約120〜500V程度)で、陽極酸化を行う。これにより、アノードであるチタン又はチタン合金の表面及びその下層を酸化して二酸化チタン表層を形成させると同時に、浴中の窒素原子を当該表層中にドープさせる。
【0044】
陽極酸化されたチタン又はチタン合金は、浴から取り出された後に洗浄してもよい。洗浄は水、又はメタノール、エタノールもしくはアセトンなどの有機溶媒を用いて行うことができる。
【0045】
また本発明は、上記の陽極酸化を行ったチタン又はチタン合金を熱処理する工程を含む。熱処理は、酸化性雰囲気中300〜1000℃の範囲で行うことができるが、温度範囲は350〜550℃であることが好ましく、400〜500℃であることがより好ましい。また処理時間は30分間〜20時間程度、特に1〜10時間程度の範囲内で調節することが好ましい。例えば、温度を400℃程度とする場合には保持時間を30分間〜10時間程度の範囲で、温度を450℃程度とする場合には保持時間を30分間〜5時間程度の範囲でそれぞれ調節すればよい。典型的な熱処理は、400℃〜450℃で約3時間程度行われる。酸化性雰囲気は特に限定されないが、典型的には酸素が存在する雰囲気であり、通常は大気雰囲気が挙げられる。
【0046】
熱処理により、チタン又はチタン合金の表面に形成された二酸化チタン表層を固定化し、強度、密着性をより向上させ、且つ、光触媒特性や超親水性の特性を向上させることができる。
【0047】
本発明の製造方法の好ましい態様の1つは、チタン又はチタン合金を0.1mol/Lの硝酸アンモニウムを含む無水エチレングリコール中で、その表面に約150V〜約300Vの電圧を約20分間〜約1時間の間印加して陽極酸化を行った後、アノード金属を約400〜約500℃で約1〜約20時間熱処理を行い、アナタース型二酸化チタン及びルチル型二酸化チタンを含む本発明の二酸化チタン表層を有するチタン又はチタン合金を製造する方法である。
【0048】
また、本発明の製造方法の別の好ましい態様は、チタン又はチタン合金を例えば、0.1mol/Lの硝酸アンモニウムを含む無水エチレングリコール中で、その表面に電流約360〜440mA、電流密度90〜110mA/cmを印加して、約20〜約60分間陽極酸化を行った後、アノード電極を取り出して約430〜約470℃の温度で、約2〜約6時間熱処理を行い、アナタース型二酸化チタンを含む本発明の二酸化チタン表層を有するチタン又はチタン合金を製造する方法である。
【0049】
なお、例えば特開2010−29838に記載された方法によって予め硫黄原子がドープされた二酸化チタン表層を有するチタン又はチタン合金を、本発明における硝酸塩が溶解された一価のアルコール性水酸基を有する無水溶媒中で陽極酸化することにより、硫黄原子に加えて窒素原子をさらにドープすることもできる。この様に、本発明は硝酸塩が溶解された一価のアルコール性水酸基を有する無水溶媒中で硫黄原子がドープされたチタン又はチタン合金を陽極酸化する工程を含む、チタン又はチタン合金に硫黄原子及び窒素原子をドープする方法も提供するものである。
【0050】
本発明の方法で得られた可視光応答性光触媒は、脱臭、防黴、防汚性、殺菌作用等を示す。かかる特性の応用例としては、自浄作用、空気清浄化作用、殺菌作用をもった各種資材、材料及び部材などの提供であり、例えば工場プラント用又は一般建築用の資材、道路の遮音壁、金属タイル、セラミック等の部材と接合させた複合材料、食品保管庫用材料、下水管等の土木用材料又は医療用材料など、調理用器具、食器類、衛生機器、空調機器又は浄水設備等に用いられる各種部材などを挙げることができる。
【0051】
以下に実施例を掲げ、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のため、その具体的な態様の参考のために提供されているものであり、発明の範囲を限定する、あるいは制限するものではない。また、全ての実施例は、特に詳細に記載するもの以外は、当業者に標準的な技術又は方法を用いて実施し、又は実施することのできるものである。
【実施例】
【0052】
1.可視光応答性光触媒の製造
平均粒子径40nmのコロイダルシリカを含むエタノール中に10mm×20mm×1mmのチタン板(99.5%)を浸し、超音波処理して表面を研磨した。研磨後のチタン板をアノードとし、同サイズのPt板をカソードとして、0.1M硝酸アンモニウムを含む無水エチレングリコール200mLを満たした浴1、1M硝酸アンモニウムを含む無水エチレングリコール200mLを満たした浴2、及び0.1M硝酸アンモニウム水溶液を満たした浴3にそれぞれ浸漬した。
【0053】
それぞれの浴において、電流密度100mA/cm、化成電圧を210V(最終電位)として、30分間の陽極酸化を室温で行った。さらに陽極酸化後にチタン板を蒸留水で洗浄後、450℃で5時間熱処理を行って、二酸化チタン表層を有するチタン1〜3を得た。チタン3は水溶液溶媒中での陽極酸化で作製されたものであり、比較例に相当する。
【0054】
また別の比較例として、鏡面状態まで研磨したチタン表面に石原産業株式会社製のコート剤ST−K211(光触媒酸化チタンを原料とした超親水性塗膜用コーティング剤)を塗布し、450℃で2時間加熱処理することで、二酸化チタン被膜を表面に有するチタン4を用意した。
【0055】
2.試験例
1)外観
チタン1〜3の外観を図1(写真)に示す。図中、(a)はチタン2、(b)はチタン1、(c)はチタン3である。チタン1及びチタン2は表面がなめらかで剥離等がなく、安定した形態を有している一方、チタン3は表面が全体に粗く、広い範囲で剥がれがある他、チタンの欠落も発生しており、光金属触媒としての実用性に欠けるものであった。
【0056】
2)電子顕微鏡観察
株式会社日本電子製の走査電子顕微鏡(JCM−5000 Neo Scope)を用い、製造者のマニュアルに従ってチタン1〜3の表面を観察した。電子顕微鏡写真を図2に示す。図中、(a)及び(d)がチタン2、(b)及び(e)がチタン1、(c)及び(f)がチタン3であり、上段と下段は拡大倍率の違いを示す。図1に示す外観から予想されるように、チタン3の表面は極めて粗いものであった。
【0057】
3)X線回折測定
株式会社リガク製の粉末X線回折装置(MiniFlexII)を用い、製造者のマニュアルに従ってチタン1及び2のX線回折測定を行った。その結果を図3に示す。図中、(a)はチタン2、(b)はチタン1である。チタン1及びチタン2いずれも、アナタース型二酸化チタン及びルチル型二酸化チタンの典型的なピークがそれぞれ観察された。また、ルチル型二酸化チタンのピーク強度は、アナタース型二酸化チタンよりも高いものであった。
【0058】
4)耐剥離性
チタン1及び比較例であるチタン4について、株式会社レスカ製の超薄膜スクラッチ試験機CSR−2000を用い、日本工業規格JIS R−3255に準拠した方法で耐剥離性(せん断応力)を測定した。測定は、チタン1及びチタン4をそれぞれ3枚作製して、その平均値を求めた。その結果を図4に示す。チタン1の耐剥離性は46.0±2.3mN、及びチタン4は21.0±2.4mNであった。
【0059】
5)メチレンブルー分解能試験
実施例で作製したチタン1及びチタン2を、10mg/Lメチレンブルー水溶液に24時間浸漬して触媒表面へメチレンブルーを吸着させた後、LEDランプを用いて波長370nm又は420nmの光(強度はいずれも1mW/cm)を別々に3時間照射した。20分おきに反応液をサンプリングして分光光度計(日本分光V−550)にて664nmの吸光度を測定し、吸光度を縦軸に照射時間を横軸にプロットしたときの傾きを分解活性指数として算出した。得られた結果を、図5に示す。チタン1及びチタン2は紫外光照射ではほぼ同等の活性を示す一方、可視光照射ではチタン1がより高い活性を示した。
【0060】
6)抗菌性能
実施例で作製したチタン1及び比較例であるチタン4について、日本工業規格JIS R1702のフィルム密着法に従い、波長351nmの紫外光(100μW/cm)及びキセノンランプ光源(2000μW/cm)のそれぞれの照射における抗菌性を評価した。その結果を図6に示す。
【0061】
紫外光照射におけるチタン1の抗菌活性ΔRは1.74、可視光照射では0.89という値を示した。これらはそれぞれ、添加した菌数が1/50及び1/8となる光触媒活性に相当する。一方、比較例であるチタン4においては、紫外光照射ではΔR=1.19であるが、可視光照射では0.1を大きく下回るものであった。
【0062】
7)電子顕微鏡写真
株式会社日本電子製の電界放出型走査電子顕微鏡装置(JSM−6701F)を用い、製造者のマニュアルに従って、実施例で作製したチタン1をファインカッターで切断した断面を観察した。その写真を図7に示す。チタン表面からおおよそ10μmの深さに二酸化チタン表層とチタンとの境界が観察された。
【0063】
3.製造条件の検討
本発明の製造方法に関し、陽極酸化における硝酸塩の濃度、溶媒温度、電流密度、陽極酸化時間及び陽極酸化後の熱処理温度が光触媒活性に与える影響について、検討を行った。上記以外の製造条件は、全て前記1.可視光応答性光触媒の製造に記載されたチタン1の製造条件に従った。また、光触媒活性は、前記2.試験例の5)に記載されたメチレンブルー分解能試験に従って評価した。
【0064】
1)硝酸塩の濃度
硝酸アンモニウムの濃度を0.01M、0.1M、0.25M及び1Mとして製造した各二酸化チタンの光触媒活性を図8に示す。図8に示されるように、上記範囲の硝酸塩濃度で可視光応答性光触媒を製造することができることが確認された。
【0065】
2)溶媒温度
冷却水循環装置(東京理化器械社製、型式CTP−1000)を用いて、陽極酸化中の溶媒温度を−5℃、10℃、温度調節無し(前記装置を作動させない)、100℃及び120℃として製造した各二酸化チタンの光触媒活性を図9に示す。なお、温度調節無しの場合の実際の溶媒温度は25℃であった。図9に示されるように、可視光応答性光触媒の製造においては、溶媒温度は25℃程度以下とすることが好ましく、また氷点下付近に冷却することも可能であることが確認された。
【0066】
3)陽極酸化時間
陽極酸化時間を5分間、15分間、30分間、60分間、90分間及び120分間として製造した各二酸化チタンの光触媒活性を、図10に示す。図10に示されるように、5分間の陽極酸化でも可視光応答性光触媒を製造することができること、時間は60分間以上とすることが好ましく、またより長くすることが好ましいことが確認された。
【0067】
4)電流密度
陽極酸化における電流密度を50mA/cm、100mA/cm、150mA/cm、200mA/cmとして製造した各二酸化チタンの光触媒活性を図11に示す。図11に示されるように、上記範囲の電流密度で可視光応答性光触媒を製造することができることが確認された。
【0068】
また、上記2.試験例の3)X線回折測定に準じて各触媒のX線回折測定を行った。その結果を図12及び図13に示す。これらの図に示されるように、電流密度を100mA/cm以上とした場合にルチル型二酸化チタン強度の増加が認められた。
【0069】
5)熱処理温度
熱処理の温度を350℃、400℃、450℃、500℃、550℃及び650℃として製造した各二酸化チタンの光触媒活性を、図14に示す。図14に示されるように、前記温度範囲のいずれにおいても可視光応答性光触媒を製造することができること、処理温度は400℃〜500℃の範囲が特に好ましいことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の可視光応答性光触媒は、紫外光での光触媒活性や超親水性という特性と共に可視光下で優れた光触媒作用を有するものとして、通常の生活空間における光触媒活性保有材料として有用性が高く、防黴、防汚などの効果を有する建築、空調機器、浄水設備、医療分野、衛生分野等に用いられる各種資材、部材、材料などに使用することができる。

図1
図2
図3
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図5
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図7
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図11
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図14