【文献】
Petropavlovskiy, G. A. et al.,Zh Prikl Khim,1985年,vol.58, no.2,p.421-423
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
[化学修飾セルロース繊維]
本実施形態に係る化学修飾セルロース繊維は、セルロースI型結晶を有し、セルロースを構成するグルコースユニット中の水酸基の一部が下記式(1)で表される置換基によって置換されたものである。
【0013】
【化2】
式中、Mは1〜3価の陽イオンを表す。
【0014】
(セルロースI型結晶)
化学修飾セルロース繊維は、セルロースI型結晶構造を有するものであり、その結晶化度が50%以上であることが好ましい。結晶化度が50%以上であることにより、セルロース結晶構造に由来する特性を発現することができ、増粘性や機械的強度を向上させることができる。結晶化度は、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは65%以上であり、70%以上でもよい。結晶化度の上限は特に限定されないが、硫酸エステル化反応の反応効率を向上させる観点から、98%以下が好ましく、より好ましくは95%以下であり、更に好ましくは90%以下であり、85%以下でもよい。
【0015】
本明細書において、セルロースの結晶化度は、X線回折法による回折強度値からSegal法により算出したセルロースI型結晶化度であり、下記式により定義される。
セルロースI型結晶化度(%)=〔(I
22.6−I
18.5)/I
22.6〕×100
式中、I
22.6は、X線回折における格子面(002面)(回折角2θ=22.6°)の回折強度、I
18.5は、アモルファス部(回折角2θ=18.5°)の回折強度を示す。なお、セルロースI型とは天然セルロースの結晶形のことであり、セルロースI型結晶化度とは、セルロース全体のうち結晶領域量の占める割合のことを意味する。
【0016】
(置換基)
上記の式(1)で表される置換基は硫酸基であり、下記式で表されるように、波線部分をセルロース分子として、セルロース中の水酸基の酸素原子に対して水素原子の代わりに−SO
3−Mが結合した構造を持ち、セルロース繊維に硫酸基が導入されている。
【化3】
【0017】
式(1)中のMで表される1〜3価の陽イオンとしては、水素イオン、金属イオン、アンモニウムイオンが挙げられる。なお、2価又は3価の陽イオンの場合、当該陽イオンは、2つ又は3つの−OSO
3−との間でイオン結合を形成する。
【0018】
金属イオンとしては、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、遷移金属イオン、その他の金属イオンが挙げられる。ここで、アルカリ金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウムなどが挙げられる。アルカリ土類金属としては、カルシウム、ストロンチウムが挙げられる。遷移金属としては、鉄、ニッケル、パラジウム、銅、銀が挙げられる。その他の金属としては、ベリリウム、マグネシウム、亜鉛、アルミニウムなどが挙げられる。
【0019】
アンモニウムイオンとしては、NH
4+だけでなく、NH
4+の1つ以上の水素原子が有機基に置き換わってできる各種アミン由来のアンモニウムイオンが挙げられ、例えば、NH
4+、第四級アンモニウムカチオン、アルカノールアミンイオン、ピリジニウムイオン等が挙げられる。
【0020】
Mで表される陽イオンとしては、保存安定性の観点から、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、又は第四級アンモニウムカチオンが好ましい。以上列挙した陽イオンは、いずれか1種でもよいが、2種以上を組み合わせてもよい。
【0021】
(置換基の導入量)
化学修飾セルロース繊維において、化学修飾セルロース繊維1gあたりにおける前記式(1)で表される置換基の導入量は、0.1〜3.0mmolであることが好ましい。導入量が3.0mmol/g以下であることにより、セルロース結晶構造の保持効果を高めることができる。導入量はより好ましくは2.8mmol/g以下であり、さらに好ましくは2.5mmol/g以下である。また、セルロース繊維の構成要素であるセルロース微細繊維の表面全体を置換基で覆うという観点から、0.1mmol以上/gであることが好ましく、より好ましくは0.15mmol/g以上、さらに好ましくは0.2mmol/g以上である。
【0022】
本明細書において、置換基の導入量は、電位差測定により算出される値であり、例えば、洗浄により原料として用いた変性化剤や、それらの加水分解物等の副生成物を除去した後、電位差測定の分析を行って算出することができる。具体的には後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0023】
(平均重合度)
化学修飾セルロース繊維の平均重合度(即ち、グルコースユニットの繰り返し数)は、350以上であることが好ましい。平均重合度が350以上であることにより、増粘性を向上することができる。平均重合度は、より好ましくは380以上であり、更に好ましくは400以上である。平均重合度の上限は、特に限定されず、例えば5000以下でもよく、4000以下でもよく、3000以下でもよく、2000以下でもよい。
【0024】
本明細書において、平均重合度は、粘度法により測定される値であり、具体的には後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0025】
(平均繊維幅、平均繊維長)
本実施形態に係る化学修飾セルロース繊維としては、解繊処理(微細化処理)がなされていないマイクロオーダーの化学修飾セルロース繊維(形態1)と、解繊処理されたナノオーダーの化学修飾セルロース繊維(形態2)が例示される。
【0026】
形態1の化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅は、パルプ形態(即ち、セルロース原料としてのセルロース繊維形状)を保持するという観点から、5μmよりも大きいことが好ましく、より好ましくは8μm以上、さらに好ましくは10μm以上である。平均繊維幅の上限は特に限定されないが、セルロース原料の形態を考慮して、100μm以下であることが好ましく、より好ましくは80μm以下、さらに好ましくは60μm以下である。
【0027】
形態1の化学修飾セルロース繊維の平均繊維長は、増粘性や機械的強度を高める観点から、0.5mm以上であることが好ましく、より好ましくは0.8mm以上、さらに好ましくは1.0mm以上である。また上限は特に限定されないが、セルロース原料の形態を考慮して、50mm以下であることが好ましく、より好ましくは30mm以下、さらに好ましくは10mm以下である。
【0028】
なお、形態1の化学修飾セルロース繊維は、前記式(1)記載の置換基が親水性であるため、一部がフィブリル化していてもよい。
【0029】
形態2の化学修飾セルロース繊維は、解繊処理された微細な化学修飾セルロース繊維であるため、化学修飾解繊セルロース繊維ないしは化学修飾セルロース微細繊維と称することができる。形態2の化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅は、セルロースI型結晶構造を保持した微細な化学修飾セルロース繊維を製造する観点から、平均繊維幅が3nm以上であることが好ましく、より好ましくは5nm以上、さらに好ましくは8nm以上であり、10nm以上でもよく、30nm以上でもよい。また、化学修飾セルロース繊維を製造する段階でパルプの他構成要素(有縁壁孔、導管要素など)を除去し純粋な化学修飾セルロース繊維を得るという観点から、平均繊維幅は5μm以下であることが好ましく、より好ましくは1μm以下、さらに好ましくは0.5μm以下、より一層好ましくは0.1μm以下である。
【0030】
形態2の化学修飾セルロース繊維の平均繊維長は、増粘性や機械的強度を高める観点から、0.1μm以上であることが好ましく、より好ましくは1μm以上、さらに好ましくは10μm以上である。また上限は特に限定されないが、500μm以下であることが好ましく、300μm以下でもよく、200μm以下でもよい。
【0031】
なお、本明細書において、化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅および平均繊維長は、顕微鏡観察により50本の繊維について測定される繊維幅及び繊維長の各平均値であり、具体的には後述の実施例に記載の方法により測定される。
【0032】
[化学修飾セルロース繊維の製造方法]
一実施形態に係る化学修飾セルロース繊維の製造方法は、セルロース繊維とスルファミン酸を反応させて化学修飾セルロース繊維を製造する方法であり、セルロース繊維形状を保ったままセルロース繊維をスルファミン酸で処理することにより、スルファミン酸と当該セルロース繊維の構成要素であるセルロース微細繊維を反応させ、これによりセルロース微細繊維を硫酸エステル化する工程(化学修飾工程)を含む。
【0033】
この化学修飾工程により、上記形態1に係るマイクロオーダーの化学修飾セルロース繊維が得られる。また、化学修飾工程により得られた化学修飾セルロース繊維(形態1)に対し、機械的に解繊する工程(微細化工程)を行ってもよい。形態1の化学修飾セルロース繊維を機械的に解繊することにより、上記形態2に係るナノオーダーの化学修飾セルロース繊維を得ることができる。
【0034】
(セルロース原料)
上記化学修飾工程で用いるセルロース繊維(セルロース原料)の具体例としては、植物(例えば木材、綿、竹、麻、ジュート、ケナフ、農地残廃物、布、パルプ、再生パルプ、古紙)、動物(例えばホヤ類)、藻類、微生物(例えば酢酸菌)、微生物産生物等を起源とするものが挙げられる。これらの中で、植物由来パルプが好ましい原材料として挙げられる。
【0035】
前記パルプとしては、植物原料を化学的、若しくは機械的に、又は両者を併用してパルプ化することで得られる、ケミカルパルプ(クラフトパルプ(KP)、亜硫酸パルプ(SP))、セミケミカルパルプ(SCP)、ケミグランドパルプ(CGP)、ケミメカニカルパルプ(CMP)、砕木パルプ(GP)、リファイナーメカニカルパルプ(RMP)、サーモメカニカルパルプ(TMP)、ケミサーモメカニカルパルプ(CTMP)が好ましいものとして挙げられる。
【0036】
また、セルロース原料としては、本実施形態の目的を阻害しない範囲内で化学修飾されていてもよく、即ち、化学変性パルプを用いてもよい。例えば、セルロース繊維表面、あるいはセルロース微細繊維表面に存在する一部あるいは大部分の水酸基が酢酸エステル、硝酸エステルを含むエステル化されたもの、またメチルエーテル、ヒドロキシエチルエーテル、ヒドロキシプロピルエーテル、ヒドロキシブチルエーテル、カルボキシメチルエーテル、シアノエチルエーテルを含むエーテル化されたもの、また一級水酸基を酸化させたTEMPO酸化処理パルプを含むことができる。
【0037】
セルロース原料としては、セルロースI型結晶を有しその結晶化度が50%以上であるものを用いることが好ましい。セルロース原料のセルロースI型結晶化度の値は、より好ましくは60%以上であり、更に好ましくは70%以上である。セルロース原料のセルロースI型結晶化度の上限は、特に限定されないが、例えば98%以下でもよく、95%以下でもよく、90%以下でもよい。
【0038】
本実施形態に使用されるセルロース原料の形状は、特に制限はないが、取り扱いの観点から繊維状、シート状、綿状、粉末状、チップ状、フレーク状が望ましい。
【0039】
(前処理工程)
嵩密度が10kg/m
3以上のセルロース原料を用いる場合は、化学修飾工程の反応に先立ち、前処理を行い、嵩密度を0.1〜5kg/m
3にしてもよい。この前処理を予め行うことにより、化学修飾をより効率的に行うことができる。前処理方法としては、特に限定されないが、機械処理を行い、セルロース原料を適度な嵩密度にすることができる。機械処理としては、使用する機械や処理条件に制限はなく、例えばシュレッダー、ボールミル、振動ミル、石臼、グラインダー、ブレンダー、高速回転ミキサーなどがあげられる。嵩密度は好ましくは、0.1〜5.0kg/m
3、より好ましくは0.1〜3.0kg/m
3、さらにより好ましくは0.1〜1.0kg/m
3である。
【0040】
(反応工程)
化学修飾工程において、セルロース繊維とスルファミン酸との反応(即ち、硫酸エステル化反応)は、スルファミン酸を含む薬液にセルロース原料(セルロース繊維)を浸漬することにより行うことができる。
【0041】
本実施形態では、セルロース繊維形状を保ったまま、当該セルロース繊維の構成要素であるセルロース微細繊維の表面をスルファミン酸で化学修飾することが好ましい。すなわち、セルロース繊維は、セルロース微細繊維(セルロースナノファイバーとも称される)を構成要素として、これが束になったものである。本実施形態では、かかるセルロース微細繊維の束であるセルロース繊維の形状を保持したまま(即ち、解繊することなく)、セルロース微細繊維の表面をスルファミン酸で化学修飾することが好ましい。このようにセルロース繊維を解繊しない状態でエステル化処理するため、セルロース繊維分散液の粘性上昇を抑えて、効率性及び生産性を向上することができる。なお、上記のように化学修飾セルロース繊維の一部がフィブリル化されていたとしても、セルロース微細繊維を束ねた状態が概ね維持されていれば、実質的には解繊されておらず、よってセルロース繊維形状は保たれているといえ、本実施形態に係る製造方法に包含される。
【0042】
硫酸化試薬としては、スルファミン酸が好ましく用いられる。スルファミン酸は、無水硫酸や硫酸水溶液等に比べてセルロース溶解性が小さいだけでなく、酸性度が低いために重合度の保持が可能である。また、強酸性かつ高腐食性のある無水硫酸や硫酸水溶液に対して、取り扱いに制限がなく、大気汚染防止法の特定物質にも指定されていないため、環境に対する負荷が小さい。
【0043】
スルファミン酸の使用量は、セルロース繊維への置換基の導入量を考慮して適宜調整することができる。スルファミン酸は、例えば、セルロース分子中のアンヒドログルコース単位1モル当たり、好ましくは0.01〜50モル、より好ましは0.1〜30モルで使用することができる。
【0044】
硫酸エステル化反応を行う薬液は、スルファミン酸と溶媒を混合してなるものであり、更に触媒を添加してもよく、添加しなくてもよい。触媒としては、尿素,アミド類,三級アミン類等が挙げられるが、工業的観点から尿素を用いることが好ましい。触媒の使用量は、特に限定されないが、たとえば、セルロース分子中のアンヒドログルコース単位1モル当たり0.001〜5モルが好ましく、0.005〜2.5モルがより好ましく、0.01〜2.0モルが更に好ましい。触媒は、高濃度のものをそのまま用いてもよく、或いは、事前に溶媒で希釈して用いてもよい。また、特に限定するものではないが、塩基性触媒の添加方法は、一括添加、分割添加、連続的添加、又はこれらの組合せで行うことができる。しかし、環境負荷の観点および工業的見地から、触媒は反応時に使用しないのが好ましい。
【0045】
薬液に使用する溶媒は、特に限定されないが、公知の溶媒を使用してもよい。公知の溶媒としては、水のほか、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、オクタノール、ドデカノール等の炭素数1〜12の直鎖あるいは分岐のアルコール; アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等の炭素数3〜6のケトン; 直鎖又は分岐状の炭素数1〜6の飽和炭化水素又は不飽和炭化水素; ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素; 塩化メチレン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素; 炭素数2〜5の低級アルキルエーテル; ジオキサン、アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチルピロリドン、ピリジン等の溶媒等が例示される。これらは、単独で又は2種以上を混合して用いることができる。上記の有機溶媒の中では、セルロース原料の膨潤を促進する観点から、たとえば、水または極性有機溶媒がより好ましい。なお、上記溶媒は単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。溶媒の使用量は、特に限定されないが、たとえば、セルロース原料の溶媒含有量(即ち、セルロース原料の乾燥質量に対する溶媒の質量の比率)が10質量%以上、好ましくは10〜10000質量%、より好ましくは20〜5000質量%、更に好ましくは50〜2000質量%で使用される。溶媒量が少ないほど、洗浄工程の利便性が向上する。
【0046】
硫酸エステル化反応の温度は0〜100℃、好ましくは10〜80℃、さらに好ましくは20〜70℃である。この反応温度は低すぎると反応完結に長時間を要し、反応温度が高すぎるとセルロース分子内のグリコシド結合が切断するため好ましくない。硫酸エステル化反応時間は通常30分〜5時間で完結する。
【0047】
更に着色の少ない製品を得るために、硫酸エステル化反応の際に、窒素ガス,ネオンガス,アルゴンガス,ヘリウムガス等の不活性ガスや炭酸ガスを導入してもよい。これらの不活性ガスの導入方法としては不活性ガスを反応槽に吹き込みながら反応を行う方法、反応前に反応槽内を不活性ガスで置換した後、反応槽を密閉して反応を行う方法またはその他の方法のいずれでもよい。しかし、工業的見地から、ガスは反応時に使用しないのが好ましい。
【0048】
(中和・洗浄工程)
本実施形態では、必要に応じて、硫酸エステル塩を中和する工程を設けてもよい。硫酸エステル塩は、得られた粗製物のpHが低下し酸性を示した場合、粗製物の保存安定性が低い。そのため、この硫酸エステル塩に塩基性化合物を添加して中和させることにより、pH値を中性もしくはアルカリ性に調整することが好ましい。中和に用いる塩基性化合物としては、特に限定するものではないが、例えばアルカリ金属水酸化物、アルカリ土類金属水酸化物、その他の無機塩、アミン類などが挙げられる。具体的には、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、酢酸カルシウム、乳酸カルシウム、シュウ酸カルシウム、水酸化マグネシウム、酢酸マグネシウム、乳酸マグネシウム、シュウ酸マグネシウム、塩基性乳酸アルミニウム、塩基性塩化アルミニウム、アンモニア,メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、モノエタノールアミン,ジエタノールアミン,トリエタノールアミンが挙げられる。なお、本実施形態において、一種以上の塩基性化合物を使用して中和することができる。
【0049】
また、反応停止の目的、及び/又は、硫酸化試薬残渣、残留触媒、溶媒などの除去の目的で、湿潤状態の化学修飾セルロース繊維を洗浄する工程を設けてもよい。この時、洗浄条件は特に限定されないが、有機溶媒を用いて、反応終了後の化学修飾セルロース繊維を洗浄するのが好ましい。
【0050】
脱溶媒方法は、特に限定されないが、遠心沈降法、濾過、プレス処理などが使用できる。ここで、有機溶媒を完全に除去せず、化学修飾セルロース繊維からなるシートを有機溶媒で湿潤状態にしておいてもよい。化学修飾セルロース繊維の有機溶媒含有量(即ち、化学修飾セルロース繊維集合体の乾燥質量に対する有機溶媒の質量の比率)は1〜500質量%であることが好ましく、より好ましくは10〜100質量%であり、更に好ましくは10〜50質量%である。
【0051】
(化学修飾セルロース繊維)
以上の工程により上記形態1に係るマイクロオーダーの化学修飾セルロース繊維が得られる。得られる化学修飾セルロース繊維においては、セルロース中の水酸基の一部が式(1)で表される硫酸基により置換されることで硫酸エステル化されている。すなわち、この段階で得られる化学修飾セルロース繊維において、セルロース繊維の構成要素であるセルロース微細繊維は式(1)の硫酸基により硫酸エステル化されており、かかる硫酸エステル化されたセルロース微細繊維により化学修飾セルロース繊維が構成されている。硫酸基は、セルロース繊維を構成するセルロース微細繊維の表面に導入されており、セルロース繊維の表面に存在するセルロース微細繊維だけでなく、セルロース繊維の内部に存在するセルロース微細繊維についても、それらセルロース微細繊維の表面に硫酸基が導入されていることが好ましい。
【0052】
該化学修飾セルロース繊維は、有機溶媒へ分散させることができ、有機溶媒中に化学修飾セルロース繊維が分散した化学修飾セルロース繊維分散体を得ることができる。攪拌装置は、特に限定されないが、スターラー、ブレンダー、ホモミキサーなどが挙げられる。化学修飾セルロース繊維分散体の濃度(スラリー濃度)は、攪拌可能であれば特に限定されないが、0.01〜5質量%が好ましい。
【0053】
(微細化工程)
上記形態1の化学修飾セルロース繊維は、機械的解繊による微細化処理を行うことで、上記形態2に係るナノオーダーの化学修飾セルロース繊維を得ることができる。化学修飾セルロース繊維の微細化処理を行う装置としては、例えば、リファイナー、二軸混錬機(二軸押出機)、高圧ホモジナイザー、媒体撹拌ミル(例えば、ロッキングミル、ボールミル、ビーズミルなど)、石臼、グラインダー、振動ミル、サンドグラインダー等が挙げられる。なお、本微細化工程を行わずに製品化してもよい。
【0054】
[作用効果・用途]
本実施形態に係る化学修飾セルロース繊維は、セルロース表面が硫酸エステル化されていることから、増粘剤や吸水性材料として利用することができ、例えば、食品、化粧品、機能紙、樹脂補強材等の工業原料の他、様々な用途に用いることができる。また、重合度が高く、セルロースI型結晶構造を有し繊維長を保持した化学修飾セルロース繊維であるため、高い増粘性を有している。特に、形態2に係る解繊後の化学修飾セルロース繊維であると、この効果に優れる。
【0055】
本実施形態によれば、また、硫酸エステル化セルロース繊維を、環境適合性を有し効率的かつ高い生産性で製造することができるので、工業的に有利である。詳細には、セルロース繊維とスルファミン酸と反応させることにより、環境負荷を抑えながら安価に化学修飾セルロース繊維を得ることができる。
【0056】
また、上記化学修飾工程であると、繊維形状を保持したまま化学修飾セルロース繊維を得ることができるため、効率的かつ高い生産性で化学修飾セルロース繊維を製造することができる。また、得られた化学修飾セルロース繊維は、水中に容易に分散させることができ、また解繊処理により容易に微細化することができるため、ユーザーで解繊処理を行うことも可能である。そのため、微細化処理前の化学修飾セルロース繊維の段階で製品化してユーザーに供給してもよく、例えば該化学修飾セルロース繊維をシート状でユーザーに供給することにより、流通コストを抑えることもできる。
【実施例】
【0057】
以下、実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。各実施例及び各比較例における測定・評価方法は以下の通りである。
【0058】
(1)セルロースI型結晶化度
セルロース原料および化学修飾セルロース繊維のX線回折強度をX線回折法にて測定し、その測定結果からSegal法を用いて下記式により算出した。
セルロースI型結晶化度(%)=〔(I
22.6−I
18.5)/I
22.6〕×100
式中、I
22.6は、X線回折における格子面(002面)(回折角2θ=22.6°)の回折強度、I
18.5は、アモルファス部(回折角2θ=18.5°)の回折強度を示す。また、サンプルのX線回折強度の測定を、株式会社リガク製の「RINT2200」を用いて以下の条件にて実施した:
X線源:Cu/Kα−radiation
管電圧:40Kv
管電流:30mA
測定範囲:回折角2θ=5〜35°
X線のスキャンスピード:10°/min
【0059】
(2)化学修飾セルロース繊維の同定
化学修飾セルロース繊維において導入基(置換基)の同定は、フーリエ赤外分光光度計(FT−IR、ATR法)で行った。
【0060】
(3)化学修飾セルロース繊維の置換基の導入量の測定
置換基(硫酸基)の導入量は電位差測定により算出した。詳細には、乾燥重量を精秤した化学修飾セルロース繊維試料から固形分率0.5質量%に調製した化学修飾セルロース繊維の水分散体を60ml調製し、0.1Mの塩酸水溶液によってpHを約1.5とした後、ろ過、水洗浄し、繊維を再び60mLの水に再分散させ、0.1Mの水酸化カリウム水溶液を滴下してpHを約11にした。このスラリーに対して0.1Mの塩酸水溶液を滴下して電位差滴定を行った。終点までに滴下した0.1Mの塩酸水溶液の滴下量から化学修飾セルロース繊維の硫酸基導入量を算出した。
【0061】
(4)化学修飾セルロース繊維の平均重合度の測定(粘度法)
化学修飾セルロース繊維の平均重合度は粘度法により算出した。JIS−P8215に準じて極限粘度数[η]を測定し、下記式より平均重合度(DP)を求めた。
DP=(1/Km)×[η]
(Kmは係数でセルロース固有の値。1/Km=156)
【0062】
(5)化学修飾セルロース繊維の繊維形状評価
解繊前の化学修飾セルロース繊維において、化学修飾セルロース繊維の形状評価は、光学顕微鏡観察で行い、下記の基準で評価した。
◎:繊維形状を保持している。
○:繊維形状を保持しており、所々フィブリル化している。
△:繊維形状を保持しているが、所々繊維が切断している。
×:繊維形状が保持されず、繊維が溶解または短繊維化している。
【0063】
(6)化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅、平均繊維長の測定
化学修飾後(即ち、解繊前)の化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅および平均繊維長の測定は、光学顕微鏡観察で行い、倍率100〜400倍で観察した繊維50本の繊維幅、繊維長の各平均値を算出し、平均繊維幅および平均繊維長とした。
【0064】
一方、微細化工程後(即ち、解繊後)の化学修飾セルロース繊維の平均繊維幅および平均繊維長の測定は、走査型電子顕微鏡(SEM)で行った。湿潤した化学修飾セルロース繊維をろ過し脱溶媒することで、微細繊維シートを得て、液体窒素中で凍結乾燥しSEM観察を行った。倍率100〜10000倍で観察した繊維50本の繊維幅、繊維長の各平均値を算出し、平均繊維幅、平均繊維長とした。
【0065】
(7)水分散性評価
解繊前後の化学修飾セルロース繊維のそれぞれについて、固形分率0.2質量%に調製した化学修飾セルロース繊維の水分散体を一晩静置した後、繊維状態を目視で観察し、下記の基準で評価した。
○:繊維が水中で分散している。
△:繊維が水中で膨潤している。
×:繊維が水中で凝集している。
【0066】
(8)粘度測定
固形分率0.5質量%に調製した化学修飾セルロース繊維の水分散体の粘度を、B型粘度計を用いて回転数6.0rpm、25℃、3分の条件で測定した。
【0067】
[実施例1]
(化学修飾工程)
セパラブルフラスコにスルファミン酸3.0g、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)50gを投入し、10分間攪拌を行った。その後、室温下、セルロース原料として綿状の針葉樹クラフトパルプ(NBKP、セルロースI型結晶化度:85%)1.0gを投入した。ここで、硫酸化試薬であるスルファミン酸の使用量は、セルロース分子中のアンヒドログルコース単位1モル当たり5.2モルとした。50℃で3時間反応させた後、室温まで冷却した。次に化学修飾セルロース繊維を取り出し、中和剤として2N水酸化ナトリウム水溶液に投入してpHを7.6にし、反応を停止した。得られた化学修飾セルロース繊維を水で2〜3回洗浄した後、遠心分離することで化学修飾セルロース繊維を得た(固形量:1.24g、固形分濃度:6.4質量%)。
【0068】
(微細化工程)
上記で得られた化学修飾セルロース繊維を固形分濃度5.0質量%になるよう希釈した。得られた化学修飾セルロース繊維水分散液を、ジルコニア製ビーズ(直径20mm:30個、直径10mm:100個)を充填したジルコニア製容器(容量:1L、直径:10cm)に入れ、室温下で60rpmにて回転(自転)、2時間ボールミル処理を行った。その後、固形分濃度0.5質量%になるように水で希釈し、マイクロフルイダイザーによる処理(150MPa、1パス)を行うことで、化学修飾セルロース微細繊維の水分散体を得た(固形量:1.12g、固形分率0.5質量%)。
【0069】
[実施例2]
実施例1において、化学修飾工程でのスルファミン酸の仕込量を0.7gとし、DMFの投入量を14gとし、反応条件を25℃、24時間とし、かつ、中和剤を使用せず、その他は実施例1と同様にして、反応、洗浄、脱溶媒処理、微細化処理を行った。
【0070】
[実施例3]
実施例1において、化学修飾工程でのスルファミン酸の仕込量を3.8gとし、反応条件を50℃、3時間とし、かつ、微細化工程を実施例1と同条件のボールミル処理のみとし、その他は実施例1と同様にして、反応、洗浄、脱溶媒処理、微細化処理を行った。
【0071】
[実施例4]
実施例1において、化学修飾工程でのスルファミン酸の仕込量を3.8gとし、反応条件を50℃、5時間とし、微細化工程を実施例1と同条件のマイクロフルイタイザー処理のみとし、その他は実施例1と同様にして、反応、洗浄、脱溶媒処理、微細化処理を行った。
【0072】
[実施例5]
実施例1において、化学修飾工程でのスルファミン酸の仕込量を1.1gとし、触媒として尿素1.1gを添加し、DMFの投入量を14gとし、中和剤としてモノエタノールアミンを用い、かつ、微細化工程を実施例1と同条件のボールミル処理のみとし、その他は実施例1と同様にして、反応、洗浄、脱溶媒処理、微細化処理を行った。
【0073】
[実施例6]
実施例1において、化学修飾工程でのスルファミン酸の仕込量を0.35gとし、DMFの投入量を14gとし、触媒としてピリジン1.5gを添加し、中和剤としてピリジンを用い(陽イオンはピリジニウムイオンとなる)、かつ、微細化工程を実施例1と同条件のボールミル処理のみとし、その他は実施例1と同様にして、反応、洗浄、脱溶媒処理、微細化処理を行った。
【0074】
[比較例1]
実施例1において、化学修飾工程でスルファミン酸の代わりに三酸化硫黄1.5gを用い、DMFの投入量を20gとし、反応条件を40℃、5時間とし、その他は実施例1と同様にして、反応、洗浄、脱溶媒処理、微細化処理を行った。
【0075】
[比較例2]
実施例1において、化学修飾工程での反応条件を60℃、5時間とし、その他は実施例1と同様にして、反応、中和処理を行った。得られた化学修飾セルロース繊維は水に溶解するものであったため、微細化処理は行わなかった。
【0076】
[比較例3]
セルロース原料として綿状の針葉樹クラフトパルプ(NBKP、セルロースI型結晶化度:85%)1.0gを水に分散させ、固形分濃度5.0質量%になるよう希釈した。得られたセルロース繊維水分散液に対して実施例1と同条件のボールミル処理を行った。その後、水洗浄を行い、遠心分離することで、セルロース繊維の水分散体を得た。
【0077】
上記実施例及び比較例について、化学修飾工程後の化学修飾セルロース繊維につき、導入基の同定、導入量、平均重合度及び結晶化度の算出、繊維形状の評価、平均繊維幅および平均繊維長の測定、及び水分散性の評価を行った。また、微細化工程後の繊維について、平均繊維幅及び平均繊維長の測定、水分散性の評価、及び粘度の測定を行った。結果を表1,2に示す。
【0078】
また実施例1で得られた化学修飾工程後の化学修飾セルロース繊維、比較例1で得られた化学修飾工程後の化学修飾セルロース繊維、比較例3で得られた微細化工程後のセルロース繊維の光学顕微鏡写真をそれぞれ
図1(倍率:100倍)、
図2(倍率:100倍)、
図3(倍率:100倍)に示す。
【0079】
【表1】
【0080】
【表2】
【0081】
表中の成分の詳細は以下の通りである。
・NBKP:針葉樹クラフトパルプ
・DMF:ジメチルホルムアミド
・NaOH:水酸化ナトリウム
・MEA:モノエタノールアミン
【0082】
結果は表1,2、
図1〜3に示す通りである。比較例1では、強酸性の三酸化硫黄により平均重合度が低下し、セルロース繊維の短繊維化が生じた。また、微細化処理後の粘度が低すぎて測定できなかった。比較例2では、硫酸基の導入量が多すぎて結晶化度が低下した。比較例3では、硫酸化試薬を使用していないため、セルロース繊維は化学修飾されておらず、微細化処理による解繊が不十分であった。
【0083】
これに対し、実施例1〜6では、短時間の反応でありながら、セルロース微細繊維表面に硫酸基を導入することができ、また、セルロースI型結晶構造を有し、高い結晶化度と平均重合度を維持し、かつセルロース繊維形状および繊維長を保持したまま、硫酸基が導入されていた。また、三酸化硫黄などの環境毒性のある硫酸化試薬を使わなくても、環境適合性のある試薬で安価かつ簡便に硫酸エステル化することが可能であった。また、解繊せずに化学修飾するため、ろ液性が高く、洗浄及び脱溶媒処理の作業性に優れていた。従って、効率的かつ高い生産性で化学修飾セルロース繊維を得ることができた。また、得られた化学修飾セルロース繊維は水への分散性に優れており、また微細化処理により容易に化学修飾セルロース微細繊維に解繊されており、また、得られた微細繊維分散液は粘度が高く、増粘性に優れていた。
【0084】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これら実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその省略、置き換え、変更などは、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。