特許第6462073号(P6462073)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6462073
(24)【登録日】2019年1月11日
(45)【発行日】2019年1月30日
(54)【発明の名称】pH感受性リポソームの製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 13/04 20060101AFI20190121BHJP
   A61K 9/127 20060101ALI20190121BHJP
   A61K 47/10 20060101ALI20190121BHJP
   A61K 47/28 20060101ALI20190121BHJP
   A61K 47/24 20060101ALI20190121BHJP
   A61K 47/12 20060101ALI20190121BHJP
   A61K 47/18 20060101ALI20190121BHJP
【FI】
   B01J13/04
   A61K9/127
   A61K47/10
   A61K47/28
   A61K47/24
   A61K47/12
   A61K47/18
【請求項の数】2
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-169359(P2017-169359)
(22)【出願日】2017年9月4日
【審査請求日】2017年9月12日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000119472
【氏名又は名称】一丸ファルコス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002697
【氏名又は名称】めぶき国際特許業務法人
(74)【代理人】
【識別番号】100110973
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100116528
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 俊男
(72)【発明者】
【氏名】那波 慶彦
【審査官】 古妻 泰一
(56)【参考文献】
【文献】 特開平06−039274(JP,A)
【文献】 特開2007−176820(JP,A)
【文献】 特開2007−291035(JP,A)
【文献】 特開2010−209012(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/143339(WO,A1)
【文献】 特開平06−210155(JP,A)
【文献】 特開平07−277956(JP,A)
【文献】 特開2016−163851(JP,A)
【文献】 特表2002−515514(JP,A)
【文献】 特表2001−501189(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/165490(WO,A1)
【文献】 特開平03−030832(JP,A)
【文献】 特開2017−093436(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 13/04
A61K 9/127
A61K 47/10
A61K 47/12
A61K 47/18
A61K 47/24
A61K 47/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1,2−プロパンジオール、1,2−ブタンジオール、1,2−ペンタンジオール、1,2−オクタンジオール、1,2−ヘキサンジオール、1,2−デカンジオール、1,3−ブチレングリコール、1,3−プロパンジオール、及びプロピレングリコールから選択される少なくとも1種のジオールと、トレハロース、スクロース、ソルボース、メレジトース、グリセロール、フルクトース、マンノース、マルトース、ラクトース、アラビノース、キシロース、リボース、ラムノース、ガラクトース、グルコース、マンニトール、キシリトール、エリスリトール、スレイトール、ソルビトール及びラフィノースから選択される少なくとも1種の三価以上のポリオールと、リポソーム膜構成成分とを加温条件下に混合し、前記ジオールとポリオールとの混合物に、前記リポソーム膜構成成分を溶解した混合物溶液を調製する工程と、
前記混合物溶液と、あらかじめ加温した水性媒体とを混合し、これらを均質化する工程と、
前記均質化された水性媒体を急冷し、リポソームを生成する工程と、
前記リポソームを回収する工程と、を含み、
前記リポソーム膜構成成分は、常温で固体の飽和脂肪酸であるアニオン性物質と、両イオン性物質とを1:1〜1:3の比率で含み、
前記両イオン性物質が、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタインを含むN−アルキル−N,N−ジメチルアミノ酸ベタイン;コカミドプロピルベタイン、ラウラミドプロピルベタインを含む脂肪酸アミドアルキル−N,N−ジメチルアミノ酸ベタイン;ココアンホ酢酸ナトリウム、ラウロアンホ酢酸ナトリウムを含むイミダゾリン型ベタイン;アルキルジメチルタウリンを含むアルキルスルホベタイン;アルキルジメチルアミノエタノール硫酸エステルを含む硫酸型ベタイン;及びアルキルジメチルアミノエタノールリン酸エステルを含むリン酸型ベタインからなる群より選択される少なくとも1つであり、
前記リポソームを以下の各pH条件の水性媒体中に分散させたとき、前記リポソームのゼータ電位は、pH5以下でプラスであり、pH8以上でマイナスであり、そして、pH5〜8の間で、pH値の増加とともにプラスからマイナスへ移行することを特徴とする、pH感受性リポソームの製造方法。
【請求項2】
1,2−プロパンジオール、1,3−ブチレングリコール又はこれらの混合物からなるジオールと、ソルビトール、グリセロール又はこれらの混合物からなる三価以上のポリオールと、リポソーム膜構成成分とを加温条件下に混合し、前記ジオールとポリオールとの混合物に、前記リポソーム膜構成成分を溶解した混合物溶液を調製する工程と、
前記混合物溶液と、あらかじめ加温した水性媒体とを混合し、これらを均質化する工程と、
前記均質化された水性媒体を急冷し、リポソームを生成する工程と、
前記リポソームを回収する工程と、を含み、
前記リポソーム膜構成成分は、パルミチン酸又はステアリン酸であるアニオン性物質と、両イオン性物質とを1:1〜1:3の比率で含み、
前記両イオン性物質が、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタインを含むN−アルキル−N,N−ジメチルアミノ酸ベタインから選択される少なくとも1つであり、
前記リポソームを以下の各pH条件の水性媒体中に分散させたとき、前記リポソームのゼータ電位は、pH5以下でプラスであり、pH8以上でマイナスであり、そして、pH5〜8の間で、pH値の増加とともにプラスからマイナスへ移行することを特徴とする、pH感受性リポソームの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、pH感受性リポソームの製造方法に関し、より詳細には、ジオールと三価以上のポリオールとの混合物を用いるpH感受性リポソームの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リポソームは、生物学的に活性な分子を細胞質内に送達するためのキャリアとして注目されている。リポソームを用いた薬剤送達における主な課題は、通常のリポソームでは膜融合性が低いため、細胞質内へ移行した後で、脂質二分子膜に内包された薬剤の放出が遅いことである。これを解決するため、生理的条件下では安定でありながら、細胞質内に移行した後、酸性条件下で不安定化されるpH感受性リポソームが開発されている。
【0003】
リポソームの製法には、超音波法、エクストルージョン法、フレンチプレス法、ホモジナイゼーション法、エタノール注入法等の種々の方法があるが、典型的なリポソームの工業的製造法において、水混和性有機溶媒に溶解したリン脂質等の脂質成分を撹拌しながら水溶液に注入添加する方法がある。この方法は、水混和性有機溶媒として、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ブタノール等のアルコール類を用いることができるが、脂質の溶解状態を維持するため脂質溶液を加温しながら、水溶液に添加混合する必要があり、温度や添加速度あるいは撹拌速度を精密に制御する必要があった(特許文献1参照)。
【0004】
また、レシチンとコレステロールとトリグリセライドを所定の重量比で含むリポソームは、均質高圧処理等の工程を行わなくても、一般的な混合に要する攪拌のみで形成できることが報告されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2006−517594号公報
【特許文献2】特開2017−66059号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、pH感受性リポソームは通常のリポソームに比べて不安定であるため、その工業的な製造が難しく、簡便で且つ安定化されたpH感受性リポソームの製造方法が求められている。
本発明はかかる課題を解決するためになされたものであって、これまで不安定で調製が難しかったpH感受性リポソームを安定化し、簡便な方法によりpH感受性リポソームの調製を可能にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の1つの実施形態に係るpH感受性リポソームの製造方法は、ジオールと、三価以上のポリオールと、リポソーム膜構成成分とを加温条件下に混合し、前記ジオールとポリオールとの混合物に、前記リポソーム膜構成成分を溶解した混合物溶液を調製する工程と、この混合物溶液と、あらかじめ加温した水性媒体とを混合し、これらを均質化する工程と、均質化された水性媒体を急冷し、リポソームを生成する工程と、生成したリポソームを回収する工程と、を含むことを特徴とする。リポソーム膜構成成分は、アニオン性物質と、両イオン性物質とを所定の比率で含み、リポソームを以下の各pH条件における水性媒体中に分散させたとき、そのゼータ電位は、pH5以下でプラスであり、pH8以上でマイナスであり、そして、pH5〜8の間で、pH値の増加とともにプラスからマイナスへ移行するようにした。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、ジオールと三価以上のポリオールと、リポソーム膜構成成分とを混合、溶解し、水性媒体と撹拌及び混合するという簡単な操作により、安定なpH感受性リポソームを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の一実施形態にかかるpH感受性リポソームの製造方法のフローチャートである。
図2】本発明の他の実施形態にかかるpH感受性リポソームの製造方法のフローチャートである。
図3】実施例1〜6で製造したリポソームを水性媒体に分散して測定したゼータ電位のpHプロフィールである。
図4】比較例1及び2で製造したリポソームを水性媒体に分散して測定したゼータ電位のpHプロフィールである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の好適な実施の形態について、図面を参照しながら以下の順序により説明する。
1. pH感受性リポソームの製造に用いる物質
2. pH感受性リポソームの製造方法
3. pH感受性とその発現機構
【0011】
[pH感受性リポソームの製造に用いる物質]
(ジオール)
本実施形態において、リポソーム膜構成成分を溶解するジオールとしては、1,2−アルカンジオール又は1,3−アルカンジオールが好ましい。1,2−アルカンジオール又は1,3−アルカンジオールとしては、1,2−プロパンジオール、1,2−ブタンジオール、1,2−ペンタンジオール、1,2−オクタンジオール、1,2−ヘキサンジオール、1,2−デカンジオール、1,3−ブチレングリコール、1,3−プロパンジオール、プロピレングリコール等が挙げられる。1,2−アルカンジオール又は1,3−アルカンジオールは、一種または二種以上を併用することができる。1,2−アルカンジオール又は1,3−アルカンジオールは、好ましくは、1,2−プロパンジオール、及び1,3−ブチレングリコールである。1,2−アルカンジオール又は1,3−アルカンジオールの使用量は、リポソーム膜構成成分を溶解しうる限り特に限定されないが、リポソーム膜構成成分の全質量に対して10〜50倍程度、好ましくは15〜30倍程度使用することで、生成したpH感受性リポソームを安定化することができる。
【0012】
(ポリオール)
ジオールとともにリポソーム膜構成成分を溶解するポリオールは、3価以上のポリオールであり、例えばトレハロース、スクロース、ソルボース、メレジトース、グリセロール、フルクトース、マンノース、マルトース、ラクトース、アラビノース、キシロース、リボース、ラムノース、ガラクトース、グルコース、マンニトール、キシリトール、エリスリトール、スレイトール、ソルビトール、ラフィノース等が挙げられる。好ましくは、ソルビトール、及びグリセロールである。これらの使用量は、リポソーム膜構成成分を溶解しうる限り特に限定されないが、リポソーム膜構成成分の全質量に対して10〜50倍程度、好ましくは15〜30倍程度使用することで、生成したpH感受性リポソームを安定化することができる。
【0013】
(水性媒体)
本発明において「水性媒体」とは、有機溶剤を含まない水性媒体であって、リポソーム膜構成成分を分散しうる媒体をいい、特に限定されないが、例えば水、好適には注射用蒸留水、生理的食塩水、イオン交換水や、これらの溶液に等張化剤や緩衝液等を加えても良い。あるいは、リポソーム内包物質としての生理活性物質を含ませておいても良い。
【0014】
(リポソーム膜構成成分)
リポソーム膜構成成分としては、リン脂質やコレステロール等の他、リポソームにpH感受性を付与するためのアニオン性物質及び両イオン性物質等があげられる。以下、順を追って説明する。
【0015】
(1)リン脂質
リン脂質は、一般的に、分子内に長鎖アルキル基より構成される疎水基とリン酸基等で構成される親水基を持つ両親媒性物質である。リン脂質としては、例えば、ホスファチジルコリン(レシチン)、ホスファチジルグリセロール、フォスファチジン酸、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリンおよびホスファチジルイノシトールのようなグリセロリン脂質、スフィンゴミエリンのようなスフィンゴリン脂質、カルジオリピンのような天然または合成のジホスファチジル系リン脂質およびこれらの誘導体、さらには、これらを常法に従って水素添加したもの(例えば、水素添加大豆ホスファチジルコリン(HSPC))等を用いることができる。これらのうちでも、HSPC等の水素添加されたリン脂質、スフィンゴミエリン等が好ましい。リン脂質の量は、リポソームの膜を構成する脂質全体中、通常、20〜100mol%であり、好ましくは40〜100mol%である。また、その他の膜構成成分の量は、通常、0〜80mol%であり、好ましくは0〜60mol%である。
【0016】
(2)コレステロール
リポソーム膜の構成成分として、上記リン脂質の他に、必要に応じて膜流動性を低下させるコレステロール等の安定化剤を含んでもよい。例えば、脂質膜安定化剤として作用するステロール類、例えばコレステロール、ジヒドロコレステロール、コレステロールエステル、フィトステロール、シトステロール、スチグマステロール、カンペステロール、コレスタノール、またはラノステロールなどが挙げられる。また1−O−ステロールグルコシド,1−O−ステロールマルトシドまたは1−O−ステロールガラクトシドといったステロール誘導体もリポソームの安定化に効果があることが示されている(特開平5−245357号公報)。これらの中で、特にコレステロールが好ましい。
【0017】
(3)アニオン性物質
リポソームにpH感受性を付与するためのアニオン性物質は、ジアシルグリセロールヘミスクシネート、ジアシルグリセロールヘミマロネート、ジアシルグリセロールヘミグルタレート、ジアシルグリセロールヘミアジペート、ジアシルグリセロールヘミシクロヘキサン-1,4-ジカルボン酸、脂肪酸、例えば、オレイン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ネルボン酸、ベヘン酸等が挙げられるが、これらに限定はされない。特に、常温で固体の飽和脂肪酸が好ましく、パルミチン酸やステアリン酸が特に好ましい。本明細書において、常温とは10℃〜30℃をいう。リポソーム構成成分の全体量に対する上記アニオン性物質の含有割合は、0〜20質量%であり、2.5質量%以上が好ましく、5質量%以上がさらに好ましい。一方、含有割合の上限は、20質量%がよく、15質量%が好ましい。アニオン性物質の含有割合が20%を超えるとリポソーム膜構成成分を含む水性媒体中で乳化状態を維持することが難しく、白濁、凝集や沈殿が生じて不均質なリポソーム製剤となってしまう。
【0018】
(4)両イオン性物質
リポソームにpH感受性を付与するための両イオン性物質としては、ラウリルベタイン(ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン)等のN−アルキル−N,N−ジメチルアミノ酸ベタイン;コカミドプロピルベタイン、ラウラミドプロピルベタイン等の脂肪酸アミドアルキル−N,N−ジメチルアミノ酸ベタイン;ココアンホ酢酸ナトリウム、ラウロアンホ酢酸ナトリウム等のイミダゾリン型ベタイン;アルキルジメチルタウリン等のアルキルスルホベタイン;アルキルジメチルアミノエタノール硫酸エステル等の硫酸型ベタイン;アルキルジメチルアミノエタノールリン酸エステル等のリン酸型ベタインを挙げることができる。リポソーム構成成分の全体量に対する上記両イオン性物質の含有割合は、5〜20質量%であり、7質量%以上が好ましい。一方、含有割合の上限は、20質量%がよく、15質量%が好ましい。両イオン性物質の含有割合が20質量%を超えるとリポソーム(脂質二重膜)構造を保つことが難しい。
【0019】
(5)その他の添加剤
本発明のpH感受性リポソームは、必要に応じてその他の添加剤を含むことができる。例えば、酸化防止剤として、トコフェロール同族体、即ち、ビタミンEなどが挙げられる。また、リポソーム表面を修飾する親水性高分子の脂質誘導体は、リポソームの構造安定を損なうものでなければ特に限定されず、例えば、ポリエチレングリコール、デキストラン、プルラン、フィコール、ポリビニルアルコール、合成ポリアミノ酸、アミロース、アミロペクチン、マンナン、シクロデキストリン、ペクチン、カラギーナン、及びこれらの誘導体が挙げられる。中でもポリエチレングリコールおよびポリエチレングリコール誘導体が望ましい。親水性高分子の脂質誘導体の分子量は、200〜5万程度であることが好ましく、1000〜1万程度であることがより好ましい。
【0020】
(内包物質)
本発明のpH感受性リポソームは、水溶性又は脂溶性の種々の目的物質を内包することができる。リポソームに目的物質を保持させる方法は、目的物質の種類等に応じて適宜選択すればよい。例えば目的物質が水溶性薬物の場合には、リポソーム製造時に薬物を水性媒体に溶解させて調製することができる。保持されなかった水溶性薬物はゲルろ過、超遠心分離または限外ろ過膜処理などにより目的物質を保持したリポソームと分離できる。他方、脂溶性薬物の場合には、リポソーム膜構成成分がジオールとポリオールとの混合物に溶けている状態で薬物を混合してリポソームを形成することにより、例えば二分子膜小胞体の疎水部に目的物質を保持させることができる。
【0021】
[pH感受性リポソームの製造方法]
次に本実施形態にかかるpH感受性リポソームの製造方法を、図1を参照しながら説明する。なお、以下の各工程は好ましい例であって、適宜各工程に変形を加え、または公知の製造方法をさらに追加してもよい。例えば、リポソームの粒子径を調整するために、超音波照射法、エクストルージョン法、フレンチプレス法、ホモジナイゼーション法等を組み合わせてもよい。
【0022】
(ジオール及びポリオールの溶解工程)
図1において、ステップS01では、少なくとも1種のジオールと、少なくとも1種のポリオールとを加温条件下に混合し、これらを均質化してジオールとポリールとの混合物を調製する。ジオールとポリオールとの混合割合は、リポソーム膜構成成分を均一に溶解しうる限り特に限定されないが、1:5〜5:1が好ましく、1:2〜2:1がさらに好ましく、ほぼ1:1が最も好ましい。これらの混合方法は、手動による揺動、撹拌子、撹拌羽根を用いた撹拌の他、超音波振動器等を用いて行うことができる。また、混合時の加温条件は、これらの混合物が溶融する温度であれば特に制限されないが、60℃〜90℃が好ましく、80℃〜85℃がより好ましい。
【0023】
加温方法は、特に限定されるものではないが、例えば、容器を、温水を入れた浴槽内に入れる温浴の他、容器内に混合物を入れた状態で当該容器を直火で加熱する方法、容器を電熱器内に入れる方法などを採用できる。
【0024】
(リポソーム膜構成成分の溶解工程)
次に、ステップS02において、均質化した状態の上記混合物に、リポソーム膜構成成分を添加する。そして、添加したリポソーム膜構成成分をジオールとポリオールとの混合物に溶解した混合物溶液を調製する。リン脂質等の各成分を別々に添加、混合してもよいが、あらかじめ全てのリポソーム膜構成成分を混合しておきこれらを上記混合物に添加することが、可溶化の効率を上げるために好ましい。このとき、各成分の含有量は、上述した範囲内であれば特に限定されないが、アニオン性物質と両イオン性物質との含有比率が1:1〜1:3の範囲内であることが好ましい。
【0025】
脂質の一種であるコレステロールは、通常、水に溶けにくく、リポソーム膜中の濃度を調製することが難しい。しかし、本実施形態のようにあらかじめジオールとポリオールとの混合物にリン脂質を共存させてコレステロールが溶解することにより、リポソーム膜へのコレステロールの導入量を容易に調整することができる。
【0026】
(均質化工程)
ステップS03では、ステップS02で調製した混合物溶液と、あらかじめ80℃〜85℃で加温しておいた水性媒体とを混合する。このとき、これらの混合物全体に対する水性媒体の添加量は、リポソーム膜構成成分がリポソームを形成するための適切な濃度領域となるように調整しなければならない。水性媒体の量が多すぎると、ジオールとポリオールとの混合物に溶解している脂質成分が急に凝集してリポソームを形成することができない。したがって、本工程で添加する水性媒体の量は、ジオールとポリオールとの混合物溶液に溶解している脂質成分が水性媒体と混合したときに溶解できる臨界的な濃度となるようにすることが好ましい。例えば、ステップS02で調製した混合物溶液の容量に対して、2〜6倍量、好ましくは3〜5倍量、更に好ましくは約4倍量である。
【0027】
(リポソーム生成工程)
ステップS04では、80℃〜85℃でリポソーム膜構成成分が溶解している水性媒体を、室温付近まで急冷することでリポソームを生成させる。冷却方法は、特に限定されるものではないが、例えば、容器を、冷水を入れた浴槽内に入れる方法の他、容器内に混合物を入れた状態で当該容器を冷蔵庫等に入れる方法などを採用できる。冷却温度は、リポソームが生成する温度であれば限定されるものではない。一例を挙げると、脂質にホスファチジルコリンとコレステロールを用いた場合には、冷却温度としては、62℃以下にするのが好ましい。さらに室温付近まで冷却してもよい。また、冷却速度としては、0.5℃/分以上が好ましく、さらには、1℃/分以上が好ましい。
【0028】
(回収工程)
ステップS05では、水性媒体中に存在するリポソームをろ過やデカンテーションなど任意の方法で回収することができる。なお、図1に示した実施形態において、ステップS01で予めジオールとポリオールとを混合して均質化した溶液に、ステップS02においてリポソーム膜構成成分を添加しているが、必ずしもこのような手順に限定されない。例えば、予め加温したジオールにリポソーム膜構成成分を添加、溶解し、その後ポリオールを添加して均質化する方法や、これとは逆に、最初にポリオールとリポソーム膜構成成分とを混合、溶解し、その後ジオールを添加して均質化する方法でもよい。したがって、本発明の他の実施形態としては、図2に示すように、ステップS11において、ジオールとポリオールとリポソーム膜構成成分とを任意の順序で混合し、最終的にジオールとポリオールとの混合物にリポソーム膜構成成分を溶解するようにしてもよい。ステップS11以降の工程は図1と同様である。
【0029】
[pH感受性とその発現機構]
本実施形態のpH感受性リポソームは、pH条件の異なる種々の水性媒体中に分散させたとき、そのゼータ電位が、pH5以下でプラスであり、pH8以上でマイナスであり、そして、pH5〜8の間で、pH値の増加とともにプラスからマイナスへ移行するという性質を有する。
【0030】
ここで、水性媒体中に分散されたリポソーム粒子の荷電状態の指標として用いたゼータ電位は、粒子から充分に離れて電気的に中性である領域の電位をゼロと定義し、このゼロ点を基準として測った場合の、「滑り面」の電位と定義されている。微粒子の場合、ゼータ電位の絶対値が増加すれば、粒子間の反発力が強くなり粒子の安定性は高くなる。逆に、ゼータ電位がゼロに近くなると、粒子は凝集しやすくなる。そこで、ゼータ電位は分散された粒子の分散安定性の指標として用いられる(北原文雄、古澤邦夫、尾崎正孝、大島広行、「Zeta Potentialゼータ電位:微粒子界面の物理化学」、サイエンティスト社、1995)。
【0031】
従って、本実施形態のpH感受性リポソームは、表面電荷が、pH5〜8の間でpH値の増加とともにプラスからマイナスへ移行するという挙動を示すため、リポソーム分散液のpHが5以下の酸性条件下で目的物質を保持して安定に存在し、リポソーム分散液のpHが5〜8の間でゼータ電位がゼロになるpH条件で不安定となり膜融合を起こして内包物を放出すると考えられる。ゼータ電位の測定方法としては公知の方法を用いることができる。例えば、帯電した粒子が分散している系に、外部から電場をかけると、粒子は電極に向かって泳動(移動)するが、その速度は粒子の荷電に比例するため、その粒子の泳動速度を測定することによりゼータ電位を測定することができる。電気泳動光散乱測定法は、別名レーザードップラー法と呼ばれ、泳動している粒子からの散乱光を観測することによって、ゼータ電位が求められる。
【0032】
本実施形態のpH応答性リポソームは、水性媒体に分散させたとき、酸性pH環境下でプラスのゼータ電位を有し、かつ、塩基性pH環境下でマイナスのゼータ電位を有するといった、従来にないpH応答挙動を示すことができる。近年、遺伝子や核酸誘導体などのマイナスに荷電した物質を細胞内へ導入する研究が行われている。本実施形態のpH応答性リポソームは、pH5以下の酸性条件下でプラスの表面電荷を有するため、これらの物質を細胞内へ導入する方法等の用途が広がるものと期待される。
【実施例】
【0033】
以下の実施例は、本発明の1つの態様及び局面を実証し、さらに例示するために記載するものであり、本発明の範囲を限定していると解釈すべきではない。
【0034】
[実施例1]
プロパン−1,2−ジオール10.0gにソルビトール10.0gを加え、80℃〜85℃にて汎用撹拌機350rpmにて加温撹拌溶解し、均質化した。加温撹拌しているこの液に、ホスファチジルコリンを含む水添レシチン0.41g、コレステロール0.09g、パルミチン酸0.05g、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン0.1gを添加し、同様に撹拌溶解した。
【0035】
上記で調製した混合物溶液に、予め、80℃〜85℃に加温した精製水を100gになるよう加えて撹拌しながら混合し、1〜2時間汎用撹拌機350rpmで撹拌した。加温を停止し、撹拌しながら急冷し、室温程度まで冷却し生成したリポソームをろ過して回収した。
【0036】
[実施例2]
プロパン−1,2−ジオール10.0gにグリセリン10.0gを加え、80℃〜85℃にて汎用撹拌機350rpmにて加温撹拌し、均質化した。加温撹拌しているこの液に、ホスファチジルコリンを含む水添レシチン0.82g、コレステロール0.18g、ステアリン酸0.1g、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン0.2gを添加し、同様に撹拌溶解した。
【0037】
上記で調製した混合物溶液に、予め、80℃〜85℃に加温した精製水を100gになるよう加えて撹拌しながら混合し、1〜2時間ホモミキサーにて8,000rpmで撹拌した。加温を停止し、撹拌しながら急冷し、室温程度まで冷却し生成したリポソームをろ過して回収した。
【0038】
[実施例3]
プロパン−1,2−ジオール5.0gにグリセリン10.0gを加え、80℃〜85℃にて汎用撹拌機500rpmにて加温撹拌し、均質化した。加温撹拌しているこの液に、ホスファチジルコリンを含む水添レシチン0.41g、コレステロール0.09g、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン0.1gを添加し、同様に撹拌溶解した。上記で調製した混合物溶液に、予め、80℃〜85℃に加温した精製水を100gになるよう加えて撹拌しながら混合し、エクストルーダーで処理した。
【0039】
[実施例4]
プロパン−1,2−ジオール30.0gにソルビトール10.0gを加え、80℃〜85℃にて汎用撹拌機600rpmにて加温撹拌溶解し、均質化した。加温撹拌しているこの液に、ホスファチジルコリンを含む水添レシチン0.41g、コレステロール0.09g、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン0.2gを添加し、同様に撹拌溶解した。上記で調製した混合物溶液に、予め、80℃〜85℃に加温した精製水を100gになるよう加えて撹拌しながら混合し、エクストルーダーで処理した。
【0040】
[実施例5]
1,3−ブチレングリコール10.0gにグリセリン10.0gを加え、80℃〜85℃にて汎用撹拌機600rpmにて加温撹拌し、均質化する。加温撹拌しているこの液に、ホスファチジルコリンを含む水添レシチン0.41g、コレステロール0.09g、パルミチン酸0.05g、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン0.1gを添加し、同様に撹拌溶解した。上記で調製した混合物溶液に、予め、80℃〜85℃に加温した精製水を100gになるよう加えて撹拌しながら混合し、エクストルーダーで処理した。
【0041】
[実施例6]
1,3−ブチレングリコール30.0gにソルビトール10.0gを加え、80℃〜85℃にて汎用撹拌機600rpmにて加温撹拌溶解し、均質化した。加温撹拌しているこの液に、ホスファチジルコリンを含む水添レシチン0.41g、コレステロール0.09g、パルミチン酸0.15g、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン0.3gを添加し、同様に撹拌溶解した。上記で調製した混合物溶液に、予め、80℃〜85℃に加温した精製水を100gになるよう加えて撹拌しながら混合し、エクストルーダーで処理した。
【0042】
[比較例1]
1,3−ブチレングリコール5.0gにグリセリン15.0gを加え、80℃〜85℃にて汎用撹拌機350rpmにて加温撹拌し、均質化した。加温撹拌しているこの液に、ホスファチジルコリンを含む水添レシチン0.41g、コレステロール0.09g、パルミチン酸0.05gを添加し、同様に撹拌溶解した。上記で調製した混合物溶液に、予め、80℃〜85℃に加温した精製水を100gになるよう加えて撹拌しながら混合し、1〜2時間後、エクストルーダー処理した。
【0043】
[比較例2]
グリセリン10.0gを加え、80℃〜85℃にて汎用撹拌機350rpmにて加温撹拌溶解し、均質化した。加温撹拌しているこの液に、ホスファチジルコリンを含む水添レシチン0.82g、コレステロール0.18g、パルミチン酸0.05g、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン0.1gを添加し、同様に撹拌溶解した。上記で調製した混合物溶液に、予め、80℃〜85℃に加温した精製水を100gになるよう加えて撹拌しながら混合し、1〜2時間汎用撹拌機350rpmで撹拌した。加温を停止し、撹拌しながら急冷し、室温程度まで冷却しろ過した。
【0044】
[比較例3]
グリセリン10.0gを加え、80℃〜85℃にて汎用撹拌機350rpmにて加温撹拌溶解し、均質化した。加温撹拌しているこの液に、ホスファチジルコリンを含む水添レシチン0.82g、コレステロール0.18g、パルミチン酸0.05gを添加し、同様に撹拌溶解した。上記で調製した混合物溶液に、予め、80℃〜85℃に加温した精製水を100gになるよう加えて撹拌しながら混合し、1〜2時間ホモミキサーを用いて8,000rpmで撹拌した。加温を停止し、撹拌しながら急冷し、室温程度まで冷却した。本比較例では、油脂の再析出が多く(乳化力不足と考えられる)、リポソーム作成が不能であった。
【0045】
[3]ゼータ電位の測定
上記実施例及び比較例で調製したリポソームの水性分散液を、水酸化カリウム水溶液とリン酸水溶液を使用して種々のpHに調整し、26℃恒温条件下にてマルバーン社製の商品名ゼータサイザーナノシリーズZSPを用いてゼータ電位を測定した。その結果を図3及び4に示す。図3に示したように、実施例1〜6で調製したリポソームは、pH5以下の水性媒体中ではすべてプラスのゼータ電位を有し、pH5.4からpH7.6の間でpH値の増加とともにゼータ電位がゼロに近づき、プラスからマイナスへ移行することが分かった。この範囲よりもpHが高くなるとゼータ電位がマイナスの値に変化した。これに対し、図4に示したように、比較例1で調製したリポソームは、pH4以下でわずかにプラスのゼータ電位を示したがゼータ電位の絶対値が小さいためこの領域では極めて不安定であると考えられる。また、比較例2で調製したリポソームはすべてのpHでマイナスのゼータ電位を示した。このように、実施例1〜6で調製したリポソームはpH感受性を示すとともに、pH5以下でゼータ電位の絶対値が大きいため安定して存在しうることが分かった。
【要約】
【課題】これまで不安定で調製が難しかったpH感受性リポソームを安定化し、簡便な方法によりpH感受性リポソームの調製を可能にする。
【解決手段】ジオールと、三価以上のポリオールと、リポソーム膜構成成分とを加温条件下に混合し、前記ジオールとポリオールとの混合物に、前記リポソーム膜構成成分を溶解した混合物溶液を調製する工程と、この混合物溶液と、あらかじめ加温した水性媒体とを混合し、これらを均質化する工程と、均質化された水性媒体を急冷し、リポソームを生成する工程と、生成したリポソームを回収する工程と、を含む。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4