【実施例】
【0045】
1.材料と方法
[R−CaMP2,R−GECO2L]
文献(PLoS One, 2012, 7, e39933)記載の手法に従って、R−CaMP1.07発現コンストラクトを構築した。R−GECO1は、Addgene(http://www.addgene.org/)を通して得た。R−GECO1は、pEGFP−N1(Clontech)由来のpCMVベクターからサブクローニングした。
【0046】
R−CaMP1.07及びR−GECO1のM13配列をラットCaMKKαのVal438‐Phe463に相当するCa
2+/カルモジュリン結合配列(ckkap配列)に置換し、R−CaMP2及びR−GECO2Lを作成した(
図1参照)。ckkap配列には、CaMKKαの配列(ckkapα、配列番号4)とCaMKKβの配列(ckkapβ、配列番号5)とのハイブリッド配列(ckkap−WL、配列番号6)を部位特異的変異法により作成して用いた(
図2-1参照)。CaM配列には、文献(Nature, 2013, 499, 295-300、J. Biol. Chem., 2009, 284, 6455-6464)記載のアミノ酸置換を導入した(配列番号8,9)。R−CaMP2及びR−GECO2Lは、pCAGベクターにサブクローニングした。
【0047】
[R−CaMP2_LLA]
R−CaMP2のckkap配列(ckkap−WL)を部位特異的変異法により改変し、ckkap配列をckkap−WL5(
図2-2参照)とするR−CaMP2_LLAを作成した。
【0048】
[In vitroにおけるCa
2+蛍光測定]
作成したカルシウム指示タンパクをHEK293T細胞に発現させて、Ca
2+フリーのバッファー(20 mM MOPS (pH 7.5), 100 mM potassium chloride, 1 mM DTT, 1×Protease Inhibitor Cocktail (Complete, EDTA free, Roche))にて細胞を回収した。回収後、超音波破砕を行い、遠心して上清を取りライセートとした。このライセートをスクリーニングやIn vitroの性能評価に用いた。
【0049】
In vitroの蛍光測定は、室温にてプレートリーダー(Fusion α、Perkin Elmer)と96ウェルプレートを用いて行った。ダイナミックレンジはFmax/Fminとして計算した。Fmaxは0.3 mM Ca
2+の条件下においてCa
2+飽和状態の時の蛍光強度を、Fminは15mM EGTA存在下でのゼロCa
2+の時の蛍光強度を測定した。Ca
2+適定曲線は、市販のキット(Ca
2+ Calibration Kit #1、Invitrogen)を用いて、10 mMのK
2H
2EGTAとCa
2EGTAの混合液により定量した。Kd値及びHill係数は、解析ソフトウェア(Origin Pro 7.5、Origin Lab)を用いてカーブフィットを行って算出した。
【0050】
[海馬培養神経細胞におけるCa
2+イメージング]
文献(Cell, 1996, 87, 1203-1214、Cell Rep., 2013, 3, 978-987)記載の手法に従って、海馬分散培養を行った。海馬培養神経細胞は生後当日のSDラット(日本SLC)の海馬(CA1/CA3領域)から取った。培養後10〜11日目で、CMVプロモーターのカルシウム指示タンパクをコードする遺伝子をリポフェクションにより神経細胞に導入した。遺伝子導入2〜3日後、フィールド電気刺激によって引き起こされるCa
2+イメージングをTyrode溶液(129 mM NaCl, 5 mM KCl, 30 mM glucose, 25 mM HEPES-NaOH [pH 7.4], 1 mM MgCl
2 and 3 mM CaCl
2)を用いて行った。自発発火を防ぐために、Tyrode溶液には、10 μM CNQX (Tocris Bioscience)及び50 μM D−AP5(Tocris Bioscience)を加えた。
【0051】
シナプス終末(軸索起始部から100 μm以上離れてかつ、軸索の直径が3倍以上大きい部位)のイメージングを、倒立顕微鏡(IX81, Olympus)とEM−CCD(C9100-12またはC9100-13, 浜松ホトニクス)を用いて行った。神経細胞は、ステージCO
2インキュベーター中で37℃に維持した。神経細胞は、フィールド電気刺激(50 mA、1 msecの電流パルス)を用いて刺激した。この刺激条件は、パルス刺激装置(Master-8、A.M.P.I.)を用いて、確実に細胞体のスパイクを誘導するのに十分であった。
【0052】
UVグルタミン酸アンケージングでは、神経細胞を0.4 mMのMNI−グルタミン酸(Tocris Bioscience)と1μMのTTXで処置した、Mg
2+を含まないTyrode溶液中でイメージングを行った。MNI−グルタミン酸のUVアンケージングは、AQUACOSMOSソフトウェアプラットフォーム(浜松ホトニクス)上で動作する紫外線光分解システム(浜松ホトニクス)と、該システムにより制御された355nmのUVナノ秒パルスレーザー((Polaris II, New Wave Research)を用いて誘導した(Cell Rep., 2013, 3, 978-987)。
【0053】
[子宮内電気穿孔法]
子宮内電気穿孔法は、文献(J. Neurosci., 2009, 29, 13720-13729)記載の方法に従った。胎生14.5日目のICRマウス(SLC日本)の側脳室に、麻酔下で、精製したプラスミド溶液約1.0 μlを注入し、5回の電気パルス(45 V、1 Hz、50ミリ秒の持続時間を5回)をエレクトロポレーター(BTX)により与えた。カルシウム指示タンパクを発現するマウスまたは細胞を可視化するために、体積のコントロールとしてEGFPを共発現させた。生後4〜7週間後のマウスを、急性スライス標本またはin vivoイメージングに供した。
【0054】
[急性脳スライスにおけるCa
2+イメージングとホールセル記録の同時測定]
文献(Eur. J. Neurosci., 2014, 39, 1720-1728)記載の手法に従って、急性脳スライス実験を行った。4〜7週齢のマウスをCO
2で深く麻酔し、断頭した。カルシウム指示タンパクは、CAGプロモーター下で、あるいは、TRE−tightプロモーターとTet3G(Clontech及びTet-Systems)を用いたテトラサイクリン誘導発現系を用いて、発現させた。
【0055】
全脳を迅速に除去し、氷冷した人工脳脊髄液(ACSF)(125 mM NaCl, 2.5 mM KCl, 1.25 mM NaH
2PO
4, 26 mM NaHCO
3, 2 mM CaCl
2, 1 mM MgCl
2, 25 mM glucose, bubbled with 95% O
2 and 5% CO
2)中に浸した。体性感覚野(厚さ250 μm)の急性冠状脳スライスは、ミクロトーム(VT1200S, Leica)を使用して切断した。脳スライスを記録チャンバーに移動する前に30℃で酸素飽和ACSF中に30分間培養し、続いて室温に維持した。
【0056】
脳切片を、二光子顕微鏡ステージ上に液浸型記録チャンバーに装着し、バレル野の第4層を明視野によって同定した。ホールセルパッチクランプ記録は、バレル野の第2/3錐体細胞で行った。記録中、記録チャンバーは連続的に30℃の酸素飽和ACSFで灌流した。パッチピペットは、垂直プラー(PC-10、成茂)を使用して、ホウケイ酸ガラスキャピラリーから引き出し、細胞内液(133 mM K-MeSO
3, 7.4 mM KCl, 10 mM HEPES, 3 mM Na
2ATP, 0.3 mM Na
2GTP, 0.3 mM MgCl
2)が満たされたときに5〜8 Mオームの抵抗を有した。ホールセル電流固定記録は、EPC10増幅器(Heka)を用いて行った。すべての電気生理学的データは、10 kHzでフィルターし、20 kHzでデジタル化した。
【0057】
[In vivoイメージングのための頭蓋骨手術]
In vivoイメージングのために、マウス(4〜7週齢)にウレタン(1.5〜1.8mg/ g)を腹腔内投与し麻酔した。加熱パッド(FHC, Bowdoin)を用いて体温を37℃に維持した。瞬間接着剤と歯科用セメントを用いて、右バレル野の上の頭蓋骨にステンレス製のヘッドプレートを接着した(ブレグマから3.0〜3.5 mm横、1.5 mm後部)。円形の開頭(直径1.8〜2.0 mm)を作製し、硬膜を慎重に取り除いた。開頭を溶液(150 mM NaCl, 2.5 mM KCl, 10 mM HEPES, 2 mM CaCl
2, 1 mM MgCl
2, 1.5% agarose, pH 7.3)で満たした。露出された脳の動きを抑制するために、ガラスカバースリップをアガロース上に置いた後、マウスを二光子顕微鏡の動物用ステージに移した。
【0058】
[In vivo 2光子Ca2
+イメージング]
カルシウム指示タンパク発現神経細胞のin vivo Ca
2+イメージングは右バレル野の第2/3層(軟膜から約150〜300 μm下部)で実施した。カルシウム指示タンパクの発現は、CAGプロモーターによって行った。CAGプロモーターによる永続的なカルシウム指示タンパクの発現は、測定可能な神経細胞毒性を引き起こさなかった。
【0059】
感覚刺激は、短いエアパフ(40〜45 psiで50 ms)を用いて対側のひげに与えた。神経細胞集団の自発的および感覚誘発活動は、3分間、256×192画素(サンプリングレート= 2.3 Hz)の分解能で取得した。単一神経細胞におけるCa
2+変動の高速撮像のために、高速ラインスキャン(サンプリングレート= 650〜700 Hz)は、皮質ニューロンの細胞体で行った。樹状突起イメージングのために、可能な限り1焦点面に多くの目に見えるスパインと樹状突起が入るように選択した。イメージングは、22秒、232×64ピクセルの解像度(サンプリングレート= 4.3 Hz)で取得した。
【0060】
[Ca
2+イメージング及びin vivo loose−seal cell attached電気記録法の同時測定]
in vivoでのセルアタッチ記録は、蛍光物質(Alexa488、50 μM)を含むACSFで満たされたガラス電極(5-7M オーム)を用いて行った。カルシウム指示タンパクを発現させたバレル野の神経細胞に、2光子ターゲットのパッチ法(Neuron, 2003, 39, 911-918)を適用した。セルアタッチ成立から約10分後、スパイク記録と高速ラインスキャンのCa
2+イメージング(サンプリングレート=675 Hz)の同時測定を細胞体にて実施した。電気生理学的データは、クランプモードでEPC10増幅器(HEKA)を用いて増幅した。10kHzでフィルターをかけて、20kHzでデジタル化した。さらにオフラインで100Hzのハイパスフィルターをかけた。スパイクの検出は、MATLABを使用して、閾値処理することにより自動的に計数した。
【0061】
以上に説明した材料と方法については、本願優先日後に公表された文献(Nature Method, 2015, Vol.12, No.1, p.64-70)も参照できる。
【0062】
2.結果
R−CaMP2とR−GECO2Lは、Kd値が100nM以下であった(
図3参照)。また、R−CaMP2とR−GECO2Lは、Ca
2+非存在下の基底蛍光値(Baseline Fluorescence)においてはR−CaMP1.07に比べて同等ないし2倍以内に留まり、ダイナミックレンジにおいてはR−CaMP1.07には劣るものの5倍以上であった。(
図4参照)。
【0063】
R−CaMP2とR−GECO2Lを初代海馬培養神経細胞に発現させた。また、赤色指示薬の蛍光スペクトルと分離するEGFPを体積のコントロールとして発現させた。R−CaMP2は特徴的な核外の局在を示した(
図5A)。一方、R−GECO2Lは細胞質だけでなく核内にも局在を示した(
図5B)。さらに、R−CaMP2及びR−GECO2Lは、樹状突起、軸索及びシナプス終末において一様な分布を示した。
【0064】
フィールド電気刺激による単一活動電位(1AP)(
図6)及び細胞体近傍へのUVパルスレーザーによる単一のナノ秒パルスによるMNI−glutamateのアンケイジング(
図7)は、顕著なCa
2+変動を引き起こし、単一指数関数でフィットできた。
【0065】
R−CaMP2及びR−GECO2Lは、in vitroにおいて既存の蛍光カルシウム指示タンパクよりもずっと高いCa
2+親和性を示した(表1)。加えて、R−CaMP2及びR−GECO2Lは、生きた神経細胞において、R−GECO1及びR−CaMP1.07よりも早いキネティクスを有した(
図8〜11)。さらに、R−CaMP2のΔF/Fの振幅応答はR−CaMP1.07より3倍以上大きく、R−GECO2L(
図8,9)より大きかった。
【0066】
【表1】
※PLOS One,2012,7,e51286参照。
【0067】
【表2】
【0068】
R−CaMP2及びR−GECO2Lは、1近くのヒル係数を有する(表1)。これはOGB−1(J. Neurosci., 2008, 7399-7411)のような化学合成されたカルシウム指示薬のヒル係数とほぼ同じである。このことは、既存の蛍光カルシウム指示タンパクの多くが、ヒル係数2以上(表1)であることと明確に異なる。
【0069】
脳組織中のR−CaMP2の有用性を検証するために、子宮内電気穿孔法(J. Neurosci., 2009, 29, 13720-13729)にてバレル野第2/3層の神経細胞にR−CaMP2を導入し、成体マウスにおいて急性スライスを作成した。チタンサファイアレーザーで励起し、R−CaMP2発現神経細胞の細胞体および近位樹状突起において、ホールセルパッチクランプと組み合わせて高速(700Hz近傍)の2光子ラインスキャンでCa
2+イメージングを行った。R−CaMP2_LL
Aについても同様の実験を行った。
【0070】
初代海馬培養神経細胞の結果と同様に、単一の脱分極電流注入によるΔF/F応答振幅は、R−CaMP1.07発現神経細胞よりR−CaMP2発現神経細胞の方が有意に大きかった(
図12、13)。信号対雑音比(SNR:signal to noise ratio)(最大4.0倍大きい)、立ち上がり時間(最大2.6倍早い)、減衰時定数(最大3.4倍早い)において、R−CaMP2は、R−CaMP1.07に比して数倍の改善を示した(
図13-1)。R−CaMP2_LLAは、R−CaMP2に比してさらに早い立ち上がり時間を示した(
図13-2)
。なお、GCaMP6s,GCaMP6fは、M13配列を用いたカルシウムセンサーである。
【0071】
R−CaMP2は、これらの改善されたパラメータと一致して、最大4パルスに対する電流注入の連続パルスまでΔF/F振幅およびSNRの改善を示した(
図14)。また、20〜40Hzの連続した活動電位までは単一の試行でも判別することができた(
図15-1、B)。同じ実験条件下で、R−CaMP1.07発現神経細胞から記録したCa
2+シグナルは、よりベースラインのノイズが大きく、また立ち上がり時間が遅く、5Hzの周波数のパルスまでしか活動電位を判別できなかった(
図15-1、A)。R−CaMP2_LLAは、R−CaMP2に比してさらに高周波数の刺激に追従し、50Hzまでの分解能を有した(
図15-2)
。
【0072】
麻酔下の頭固定マウスのバレル野第2/3層の神経細胞におけるin vivoでのCa
2+イメージングを行った。第2/3層錐体神経細胞の約30〜60%を標識した条件下では、自発的なCa
2+スパイクを確実に記録できた(
図16)。触覚情報の表現はまばらな神経細胞にコードされている(Neuron, 2010, 67, 1048-1061、Neuron, 2013, 78, 28-48、Trends Neurosci., 2012, 35, 345-355)。これと一致して、ひげへのエアパフ刺激は限られた細胞でしかCa
2+変動が生じなかった。また、R−CaMP2ベースのCa
2+変動に刺激相関活性を示すアクティブ神経細胞は、連続的なエアパフ刺激の際に誘発反応を起こした。つまり、バレル野での感覚刺激に応答するアクティブな神経細胞を同定することができた。
【0073】
in vivoでの記録の解像度を確認するために、loose−seal cell attached電気記録法と同時に、高速ラインスキャンのCa
2+イメージングを行った(
図17)。自発的な活動電位は、5パルスまでSNR、振幅、振幅の時間積分のぞれぞれの応答において、線形に近い増加を示した(
図18)。以上より、R−CaMP2はin vivoにおける単一の活動電位に伴うCa
2+変動の立ち上がりと減衰時間のキネティクスが、これまでに報告されているGCaMP6f(Nature, 2013, 499, 295-300)またはfast−GCaMP(Nat. Commun., 2013, 4, 2170)といった早いキネティクスを持つ緑色蛍光カルシウム指示タンパクと同程度であることが明らかになった。