【文献】
Andrew P. Price, B. S., et al.,Development of a Decellularized Lung Bioreactor System for Bioengineering the Lung: The Matrix Reloaded,TISSUE ENGINEERING,2010年,Vol.16,p.2581-2591
【文献】
Harald C Ott, et al.,Regeneration and orthotopic transplantation of a bioartificial lung,NATURE MEDICINE,2010年,Vol.16,p.927-933
【文献】
Stephen F. Badylak, et al.,Whole-Organ Tissue Engineering: Decellularization and Recellularization of Three-Dimensional Matrix Scaffolds,Annu.Rev.Biomed.Eng,2011年,Vol.13,p.27-53
【文献】
Thomas H Petersen, et al.,Bioreactor for the Long-Term Culture of Lung Tissue,Cell Transplant.Author manuscript,2012年,Vol.20,p.1-17
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記少なくとも1つの大型哺乳動物の肺の気道および血管系に、流体の順行流、逆行流、循環流および振動流を施すように構成されている、請求項1に記載のバイオリアクター。
液圧駆動式陰圧換気と陽圧換気の両方を介して血管系に流体を送達するように構成され、液圧駆動式陰圧換気と陽圧換気の両方を介して気道に流体を送達するようにさらに構成されている、請求項8に記載のバイオリアクター。
前記少なくとも1つの大型哺乳動物の肺血管系の動脈側および静脈側への流体の同時送達と、これに続く前記肺の陰圧収縮による流体の排出をするように構成されている、請求項1に記載のバイオリアクター。
血管回路が、前記少なくとも1つの大型哺乳動物の肺を脱細胞化するために前記肺に脱細胞化溶液を送達するように構成されている、請求項1に記載のバイオリアクター。
気管回路が、前記少なくとも1つの大型哺乳動物の肺を脱細胞化するために前記肺に脱細胞化溶液を送達するように構成されている、請求項1に記載のバイオリアクター。
【発明を実施するための形態】
【0008】
発明の詳細な説明
本発明は、大型哺乳動物の肺組織を培養するためのバイオリアクターシステムを含む。一態様では、バイオリアクターシステムは、工学的に作製されたヒト肺の脱細胞化、再細胞化、および培養のための無菌環境を提供する。一態様では、バイオリアクターシステムは、工学的に作製された肺の高度に制御可能な灌流および換気を提供する。一態様では、バイオリアクターは、液圧駆動による陰圧を介して種々の流体およびガスで肺を換気および灌流することが可能であるとともに、生理的速度および圧力で血管の灌流および換気を提供することが可能である。バイオリアクターは、とりわけ、血管系を通しての流体の灌流、気道の内外への流体または空気の移動、ならびに陰圧(のみならず陽圧)による肺の換気を可能にする。
【0009】
一態様では、本発明は、本発明のバイオリアクターシステム内で培養された、工学的に作製された大型哺乳動物の肺を含む。したがって、本発明は、再生医療の形態として、血管新生された肺組織を作製するための方法および組成物を包含する。一態様では、工学的に作製された肺組織は、脱細胞化された天然の肺組織に由来する。脱細胞化された組織は細胞およびDNAを実質的に欠いている。好ましくは、脱細胞化された組織はまた、免疫原性分子を欠いている。より好ましくは、脱細胞化された組織は、細胞の付着および増殖にとって重要であり、鍵となる細胞外マトリックス分子をいくつか保持している。
【0010】
一態様では、工学的に作製された大型哺乳動物の肺は、例えば肺発生生物学を研究するのに有用である、インビトロ3次元モデルを含む。また、このモデルは、とりわけ、創薬、毒性試験、疾患の病理などのために有用である。一態様では、このインビトロモデルは、被移植体の循環と密に連結された管上皮を含む肺胞形成単位によく似ている構造の形成を再現する。
【0011】
本発明はまた、哺乳動物、好ましくはヒト、における肺異常を軽減または治療する方法を含む。この方法は、治療に有効な量の、本発明の3次元構築物を含む組成物を、それを必要とする哺乳動物に与え、それによって該哺乳動物における肺異常を軽減または治療することを含む。
【0012】
定義
特に定義しない限り、本明細書で使用される全ての技術用語および科学用語は、一般的に、本発明が属する技術分野の当業者によって通常理解されているのと同じ意味を有する。一般に、本明細書で使用される命名法、ならびに細胞培養、分子遺伝学、有機化学、核酸化学およびハイブリダイゼーションにおける試験手順は、当技術分野で周知であって、通常使用されているものである。
【0013】
冠詞「1つ(a)」および「1つ(an)」は、その冠詞の文法上の対象物の1つまたは複数(すなわち、少なくとも1つ)を指すために本明細書で使用される。一例として、「1つの要素(an element)」は1つの要素または複数の要素を意味する。
【0014】
本明細書中で使用される「約」は、量、持続時間などの測定可能な値に言及する場合、指定された値から±20%または±10%、より好ましくは±5%、さらに好ましくは±1%、さらにより好ましくは±0.1%の変動を包含することを意味しており、このような変動は開示された方法を実施するのに適切である。
【0015】
用語「前駆細胞」(precursor cell)、「前駆(始原)細胞」(progenitor cell)、および「幹細胞」は、当技術分野では互換的に使用されており、本明細書で使用する場合、多能性細胞または分化系列が未定である前駆細胞のいずれかを指し、こうした細胞は、それ自体を新しくするために、または所望の細胞型に分化する子孫細胞を生み出すために、数に制限のない有糸分裂が潜在的に可能である。多能性幹細胞とは対照的に、分化系列が決定している前駆細胞は、一般的に、表現型が互いに異なる多数の細胞型を生じることができないと考えられる。それどころか、前駆細胞は1つまたはおそらく2つの分化系列に決定された細胞型を生じる。
【0016】
本明細書で使用する「ヒト多能性幹細胞」(hPS)は、任意の供給源から誘導することができ、かつ3胚葉(内胚葉、中胚葉および外胚葉)の全ての誘導体である異なる細胞型のヒト子孫を、適切な条件下で、生み出すことが可能な細胞を指す。hPS細胞は、8〜12週齢のSCIDマウスにおいて奇形腫を形成する能力、および/または組織培養において3つすべての胚葉の同定可能な細胞を形成する能力を持ち得る。ヒト多能性幹細胞の定義に含まれるものは、文献中でヒト胚性幹(hES)細胞と表記されることが多い、ヒト胚盤胞由来幹(hBS)細胞を含む各種タイプの胚細胞(例えば、Thomson et al. (1998), Heins et. al. (2004)参照)、ならびに人工多能性幹細胞 (例えば、Yu et al., (2007) Science 318:5858; Takahashi et al., (2007) Cell 131(5):861参照)である。本明細書に記載される種々の方法および他の態様は、さまざまな供給源からのhPS細胞を必要とし、利用することができる。例えば、使用するのに適したhPS細胞は、発生中の胚から得ることができる。追加的にまたは代替的に、適切なhPS細胞は、確立された細胞株および/またはヒト人工多能性幹(hiPS)細胞から得ることができる。
【0017】
本明細書で使用する「hiPS細胞」とは、ヒト人工多能性幹細胞を指す。
【0018】
本明細書で使用する用語「足場」および「組織足場」は、細胞の付着および増殖に適した表面を提供する生体適合性材料から成る構造を指す。足場はさらに、機械的安定性および支持を与えることができる。足場は、増殖性細胞の集団がとる3次元形状もしくは形態に影響を与えるか、またはその範囲を定めるように、特定の形状もしくは形態であり得る。このような形状または形態には、限定するものではないが、フィルム(例えば、第3の寸法よりも実質的に大きい2次元での形態)、リボン、コード、シート、平たい円盤、円筒、球、3次元無定形の形状などが含まれる。
【0019】
本明細書で使用する「支持足場」は、組織足場を機械的に位置付けて固定するための、より大きな、巨視的なシステムを指す。
【0020】
本明細書で使用する「生体適合性」は、哺乳動物に移植されたとき、哺乳動物において有害反応を誘発しない任意の材料を指す。生体適合性材料は、個体に導入された場合、その個体に毒性または有害ではなく、またそれは、哺乳動物において該材料の免疫学的拒絶反応を誘発しない。
【0021】
本明細書で使用する「自己」とは、材料が後で再導入されることになる個体と同じ個体に由来する生物学的材料を指す。
【0022】
本明細書で使用する「同種異系」とは、材料が導入されることになる個体と同じ種の遺伝的に異なる個体に由来する生物学的材料を指す。
【0023】
本明細書で使用する「移植片」とは、典型的には異常部を交換する、修復する、または他の方法で克服するために、個体または構造に移植される細胞、組織または臓器を指す。移植片はさらに足場を含むことができる。組織または臓器は、同じ個体に由来する細胞から成ることができる;この移植片は本明細書では次の交換可能な用語で呼ばれる:「自家移植片」(autograft)、「自己移植片」(autologous transplant)、「自己移植片」(autologous implant)および「自己移植片」(autologous graft)。同じ種の遺伝的に異なる個体からの細胞を含む移植片は、本明細書では次の交換可能な用語で呼ばれる:「同種移植片」(allograft)、「同種異系移植片」(allogeneic transplant)、「同種異系移植片」(allogeneic implant)および「同種異系移植片」(allogeneic graft)。一卵性双生児の片方への移植片は、本明細書では「同系移植片」(isograft)、「同系移植片」(syngeneic transplant)、「同系移植片」(syngeneic implant)または「同系移植片」(syngeneic graft)と呼ばれる。「異種移植片」(xenograft)、「異種移植片」(xenogeneic transplant)または「異種移植片」(xenogeneic implant)は、ある個体から異なる種の別の個体への移植片を指す。
【0024】
本明細書で使用する用語「組織移植」および「組織再構成」とは、いずれも、肺異常もしくは軟組織異常などの組織の異常を治療または軽減するために個体に移植片を埋め込むことを意味する。
【0025】
本明細書で使用する場合、疾患、異常、障害または状態を「軽減する」とは、疾患、異常、障害または状態の1つ以上の症状の重症度を低下させることを意味する。
【0026】
本明細書で使用する「治療する」とは、疾患、異常、障害またはつらい状態などの症状を患者が経験する頻度を低下させることを意味する。
【0027】
本明細書で使用する「治療に有効な量」とは、組成物を与える個体に有益な効果を与えるのに十分な本発明の組成物の量である。
【0028】
本明細書で使用する用語「増殖培地」は、細胞の増殖を促進する培地を指すことを意味する。増殖培地は一般的に動物の血清を含有する。場合によって、増殖培地は動物の血清を含まなくてもよい。ある場合には、増殖培地は細胞の増殖を促進する。
【0029】
「分化培地」は、完全には分化していない幹細胞、胎児肺細胞または他のこのような前駆細胞が、該培地中でインキュベートした場合に、分化した細胞の特性の一部または全部を備えた細胞に発達するように、添加剤を含むまたは添加剤を欠く細胞増殖培地を指すために本明細書中で使用される。
【0030】
本明細書で使用する用語「増殖因子」とは、細胞に成長、増殖、分化または栄養効果を与えるタンパク質、ペプチド、マイトジェン、または他の分子を指す。増殖因子としては、限定するものではないが、以下が挙げられる:線維芽細胞増殖因子(FGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、酸性線維芽細胞増殖因子(aFGF)、上皮増殖因子(EGF)、インスリン様増殖因子I(IGF-I)、インスリン様増殖因子II(IGF-II)、血小板由来増殖因子(PDGF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、アクチビン-A、骨形態形成タンパク質(BMP)、インスリン、成長ホルモン、エリスロポエチン、トロンボポエチン、インターロイキン3(IL-3)、インターロイキン6(IL-6)、インターロイキン7(IL-7)、マクロファージコロニー刺激因子、c-kitリガンド/幹細胞因子、オステオプロテゲリンリガンド、インスリン、神経成長因子、毛様体神経栄養因子、サイトカイン、ケモカイン、モルフォゲン、中和抗体、他のタンパク質、および小分子。好ましくは、FGFは、FGF2、FGF7、FGF10、およびこれらの任意の組み合わせから選択された群より選択される。
【0031】
「単離された細胞」とは、組織または哺乳動物において単離された細胞に天然で付随する他の成分および/または細胞から分離されている細胞を指す。
【0032】
本明細書で使用する「胎児肺細胞」(FPC)とは、胚の肺組織から単離された細胞を指す。FPCの混合集団は、上皮、間葉および内皮細胞を含むことができるが、これらに限定されない。
【0033】
本明細書で使用する「上皮細胞」とは、身体の外側表面を形成し、かつ器官、腔および粘膜面を覆っている細胞を意味する。
【0034】
本明細書で使用する「内皮細胞」とは、血管、リンパ管、および他の種々の体腔を覆っている細胞を意味する。
【0035】
本明細書で使用する「実質的に精製された」細胞とは、他の細胞型を本質的に含まない細胞である。したがって、実質的に精製された細胞は、その天然に存在する状態で通常は結び付いていた他の細胞型から精製されている細胞を指す。
【0036】
「増殖性」は、増殖する、例えば数を増やす、細胞の能力、または細胞の集団の場合には、集団を倍加する細胞の能力を指すために本明細書で使用される。
【0037】
「増殖」は、同様の形態の、特に細胞の、複製または数の増加を指すために本明細書で使用される。すなわち、増殖は、より多くの細胞の生産を包含し、とりわけ、細胞の数を単にカウントすること、細胞への
3H-チミジンの取り込みを測定すること、などによって測定することができる。
【0038】
本明細書で使用する「組織工学」とは、組織の置換または再構成において使用するためにエクスビボで組織を作り出すプロセスを指す。組織工学は「再生医療」の一例であり、バイオ工学的材料および技術と共に、細胞、遺伝子または他の生物学的構成単位を組み込むことによって、組織および臓器を修復または置換するアプローチを包含する。
【0039】
本明細書で使用する「内因性」とは、生物、細胞もしくは系に由来する、またはその内部で産生された、任意の物質を指す。
【0040】
「外因性」とは、生物、細胞もしくは系に導入される、またはその外部で産生された、任意の物質を指す。
【0041】
「コードする」は、遺伝子、cDNAまたはmRNAなどのポリヌクレオチドの特定のヌクレオチド配列の固有の性質を指し、規定されたヌクレオチド配列(すなわち、rRNA、tRNAおよびmRNA)または規定されたアミノ酸配列のいずれかを有し、かつそれから生じる生物学的性質を有する、生物学的プロセスにおける他の高分子および巨大分子を合成するための鋳型として機能する上記の性質を指す。こうして、ある遺伝子に対応するmRNAの転写および翻訳が細胞または他の生物系においてタンパク質をもたらす場合、その遺伝子はそのタンパク質をコードしている。コード鎖(そのヌクレオチド配列はmRNA配列と同一であり、通常は配列表に提示される)と非コード鎖(遺伝子またはcDNAの転写のための鋳型として使用される)は両方とも、その遺伝子またはcDNAのタンパク質もしくは他の産物をコードする、ということができる。
【0042】
他に特に規定がなければ、「アミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列」は、互いの縮重バージョンである全てのヌクレオチド配列、および同じアミノ酸配列をコードする全てのヌクレオチド配列を包含する。タンパク質およびRNAをコードするヌクレオチド配列は、イントロンを含んでいてもよい。
【0043】
「単離された核酸」は、天然に存在する状態でそれの両隣にある配列から分離されている核酸セグメントまたは断片、すなわち、通常は該断片に隣接する配列(すなわち、それが天然で存在するゲノム中で該断片に隣接する配列)から取り除かれているDNA断片を指す。この用語はまた、天然で該核酸に付随する他の成分、すなわち、細胞内でそれに付随するRNAまたはDNAまたはタンパク質、から実質的に精製されている核酸にも適用される。したがって、この用語は、例えば、ベクターに、自律複製プラスミドもしくはウイルスに、または原核生物もしくは真核生物のゲノムDNAに組み込まれる組換えDNA、あるいは他の配列から独立して別個の分子として(すなわち、PCRまたは制限酵素消化により生成されたcDNAまたはゲノムもしくはcDNA断片として)存在する組換えDNAを含む。また、それは、追加のポリペプチド配列をコードするハイブリッド遺伝子の一部である組換えDNAをも含む。
【0044】
本明細書で使用する用語「組織」としては、限定するものではないが、以下が挙げられる:骨、神経組織、腱と靭帯を含む線維性結合組織、軟骨、硬膜、心膜、筋肉、肺、心臓弁、静脈と動脈および他の血管系、真皮、脂肪組織、または腺組織。
【0045】
「ベクター」は、単離された核酸を含む物質混合物であり、単離された核酸を細胞の内部に送達するために使用することができる。多数のベクターが当技術分野で知られており、例えば、線状ポリヌクレオチド、イオン性または両親媒性化合物に結合されたポリヌクレオチド、プラスミド、およびウイルスを含むが、これらに限定されない。したがって、用語「ベクター」には、自律複製プラスミドまたはウイルスが含まれる。この用語はまた、細胞への核酸の移入を促進する非プラスミドおよび非ウイルス化合物、例えば、ポリリシン化合物、リポソームなどをも含む、と解釈されるべきである。ウイルスベクターの例としては、限定するものではないが、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクターなどが挙げられる。
【0046】
本明細書で使用する用語「対象者」および「患者」は、互換的に用いられる。本明細書で使用する場合、対象者は、好ましくは、哺乳動物、例えば、非霊長類(例:ウシ、ブタ、ウマ、ネコ、イヌ、ラットなど)および霊長類(例:サルおよびヒト)であり、最も好ましくはヒトである。
【0047】
本明細書で使用する用語「血管系」は、対象者の組織、臓器、または身体部分における循環系の任意の部分を含む。
【0048】
本明細書で使用する用語「陰圧」は、陰圧灌流および/または陰圧換気に関して使用される。陰圧灌流/換気では、臓器周囲の圧力が臓器内部の圧力に比べて低下するため、流体または空気は臓器内に運び込まれる。臓器周囲の圧力が臓器内部の圧力に比べて上昇するため、流体または空気は臓器から吐き出される。
【0049】
本明細書で使用する用語「陽圧」は、陽圧灌流および/または陽圧換気に関して使用される。陽圧灌流/換気では、流体ライン内の圧力が臓器の流体コンパートメント内の圧力に比べて高くなるため、流体または空気は臓器内に押し込まれる。流体ライン内の圧力が臓器の流体コンパートメント内の圧力に比べて低くなるため、流体または空気は臓器から引き出される。
【0050】
本明細書で使用する用語「液圧」とは、圧力下の閉鎖空間内で移動する非圧縮性流体により作動される、またはそのような非圧縮性流体を含む、物体または動作に関する。本発明の一態様では、陰圧換気および灌流は液圧作動によってもたらされる。
【0051】
範囲:本開示を通して、本発明のさまざまな局面は、範囲形式で提示することができる。当然のことながら、範囲形式での記載は、単に便宜上および簡潔さのためであり、本発明の範囲に対する柔軟性のない限定として解釈されるべきではない。したがって、範囲の記載は、すべての可能な部分範囲ならびにその範囲内の個々の数値を具体的に開示しているとみなすべきである。例えば、1〜6のような範囲の記載は、1〜3、1〜4、1〜5、2〜4、2〜6、3〜6などの部分範囲、ならびにその範囲内の個々の数、例えば1、2、2.7、3、4、5、5.3および6を具体的に開示しているとみなすべきである。これは、範囲の広さにかかわらず適用される。
【0052】
説明
本発明は、大型哺乳動物の肺の組織を培養するためのバイオリアクターシステムを提供する。好ましくは、肺の(pulmonary)組織は、肺(lung)組織である。一態様では、肺の組織は無傷の肺である。一態様では、バイオリアクターシステムは、工学的に作製された肺の脱細胞化、再細胞化、および培養の少なくとも1つをサポートする。一態様では、工学的に作製された肺はヒトの肺である。一態様では、バイオリアクターは、陽圧または陰圧のいずれかの灌流および換気を提供するように設計される。本発明のバイオリアクターは、広範囲の生理学的パラメータで、工学的に作製された肺の無菌換気および灌流を可能にする。一態様では、バイオリアクターの機能は、高度に制御可能かつ調節可能であり、従来の設計よりも流量に対する実質的に大きな制御を提供する。一態様では、本発明のバイオリアクターシステムは、大型哺乳動物の肺構築物の大重量を支持する支持足場を含む。別の態様では、バイオリアクターシステムは、工学的に作製された肺を取り囲む胸膜袋を備えており、それによって該肺を包囲する少容量の無菌リザーバーを提供し、これは該肺を支持するのに必要とされる培地の量を減少させる。
【0053】
本発明は、一部には、液圧駆動システムのユニークな設計に基づいており、このシステムでは、流体で満たされたバイオリアクターチャンバーの液圧により媒介される容積変化が陰圧換気および/または灌流を誘導する。バイオリアクターの各流体コンパートメントは、非伸展性または剛性の壁で製造され、かつ非圧縮性流体で完全に満たされるので、本発明の一態様によって使用される液圧駆動の陰圧換気/灌流が可能となる。このようにして、各流体コンパートメントの容積の変化は、各種経路を通って肺組織に入り、肺組織を去る流体の特定の量を誘導する。本発明の液圧駆動式バイオリアクターシステムは、高度に制御されかつ監視された設計である。
【0054】
一態様では、本発明のバイオリアクターシステムは、気道または血管系のいずれかを通して、任意の流体による、順行流、逆行流、循環流および振動流を行うが可能である。さらに、一態様では、本発明のバイオリアクターシステムは、陰圧と陽圧の両方の灌流ならびに陰圧と陽圧の両方の換気が可能である。このように、本発明のバイオリアクターは、工学的に作製された組織への流体送達のモードおよびパターンにおいて非常に柔軟性がある。例えば、一態様では、本発明のバイオリアクターは、血管系の両側に流体を同時に送達し、その後臓器の陰圧収縮により押し出すことを可能にする。
【0055】
本発明はまた、本発明のバイオリアクターで培養された、工学的に作製された大型哺乳動物の肺組織を提供する。一態様では、工学的に作製された肺組織は、天然の肺組織によって例示される分枝状の形態形成を示す。かくして、本発明は、天然の肺組織を模倣するインビトロモデルを提供する。このインビトロ3次元肺組織モデルは、とりわけ、創薬、毒性試験、疾患病理などに有用である。
【0056】
いくつかの例では、工学的に作製された3次元肺組織は、該組織上で培養された細胞を含む。適切な細胞はどれも、本発明の脱細胞化組織上で培養するために使用することができる。適切な細胞としては、限定するものではないが、ヒトiPS細胞、ヒトiPS由来内皮、ヒトiPS由来気道上皮、ヒトiPS由来内胚葉などが挙げられる。ある場合には、iPS細胞が肺組織の再生のために脱細胞化組織上で培養される。ある場合には、iPS細胞が脱細胞化組織上で培養される。
【0057】
播種後、足場上の細胞は、必要に応じて、増殖培地もしくは分化培地に供されるか、または組織特異的増殖因子の存在下で培養される。この組成物はその後、それを必要とする対象者に移植される。対象者は哺乳動物であってよいが、好ましくはヒトであり、増殖および移植用の細胞の供給源は任意の哺乳動物、好ましくはヒトである。移植された組成物は、インビボでさらなる細胞増殖をサポートし、こうして組織の再構成をもたらす。したがって、本発明は、組織移植療法のための工学的に作製された3次元肺組織の使用を提供する。
【0058】
本発明はまた、インビボでの肺組織の産生を含む。好ましくは、血管新生された肺組織がインビボで産生される。一局面では、胎児の肺細胞が、インビボでの肺組織形成を促進するために、脱細胞化組織の状況で哺乳動物に投与される。
【0059】
本発明においては、本発明のバイオリアクターシステムは、前臨床インビトロ薬理学的、生理学的および科学的試験のための血管新生された3次元肺組織モデルを作製することが可能であることが実証される。さらに、肺組織には、新生児肺細胞または自己肺細胞などの適切な細胞を播種することが可能であり、その結果得られる組成物はインビボでの組織再構成のために使用することができる。
【0060】
本発明の組成物および方法は、無数の有用な用途を有する。本組成物は、個体における組織異常を軽減または治療するための治療法に使用することができる。本組成物はまた、治療用化合物を同定するためにインビトロまたはインビボで使用することができ、したがって、治療的有効性を有し得る。
【0061】
バイオリアクター - 概要
本発明は、肺組織を培養するためのシステム(例えば、バイオリアクター)を提供する。このバイオリアクターは、細胞の生存、細胞の分化状態、および肺の形態の維持を可能にする。一態様では、脱細胞化足場は、適切な細胞源と共にバイオリアクター内で培養したとき、肺の内皮、上皮、間葉細胞を含む広範囲の細胞型の付着および増殖を支持することができる。一態様では、バイオリアクターは大型哺乳動物の工学的に作製された肺に構造的支持および完全性を提供するように構築される。別の態様では、バイオリアクターは工学的に作製された肺を取り囲む胸膜袋を備えており、それによって培養に必要とされる培地の量を減少させる。一態様では、バイオリアクターは、取り付けられた肺組織の無菌操作を可能にする、2つの部分を含む液圧チャンバーを備えている。
【0062】
本発明のバイオリアクターには、インビボ環境の重要な特徴が組み込まれている。バイオリアクターは、脱細胞化および/または再細胞化のプロセスを最適化しかつカスタマイズするための変更を許可するように設計されている。一態様では、バイオリアクターは、ユーザーによって指定された速度で、かつ好ましくは哺乳動物の生理学的な流量および圧力レベル内で、工学的に作製された肺組織の血管系を通して培地を灌流することが可能である。一態様では、バイオリアクターは陽圧および陰圧灌流が可能である。別の態様では、バイオリアクターは、気管を通して空気または媒体で組織(例えば、肺)を換気することが可能である。好ましくは、正常な生理的条件と一致するために陰圧換気が使用されるが、陽圧を用いて換気を行うこともできる。さらに別の態様では、バイオリアクターは、異なる種類の媒体に、組織の血管および気道コンパートメントを浸漬できるようにすることが可能である。別の態様では、バイオリアクターは、所望の換気要件を同時に満たしながら、培地へのガス交換を可能にする。別の態様では、バイオリアクターは、圧力測定、例えば肺動脈圧と気管圧の測定を可能にするためのポートを有する。好ましくは、圧力は正常な生理的値の範囲内である。別の態様では、バイオリアクターは、定期的に培地交換を可能にする手段を有する。
【0063】
本発明のバイオリアクターは、概して、組織にカニューレを挿入するための少なくとも1つのカニュレーション器具、カニューレ(複数可)を通して流体を供給するための少なくとも1つの回路、および臓器または組織の無菌環境を維持するための手段(例えば、チャンバー)を含む。カニュレーション器具は、一般に、組織の血管、導管および/または腔内に導入するための適切なサイズの中空チューブを含む。典型的には、組織において、1つ以上の血管、導管および/または腔がカニューレを装着される。流体回路は、流体(例えば、細胞破壊媒体)のためのリザーバー、および1つ以上のカニューレを介して臓器から流体を移動させるための機構(例えば、液圧作動、ポンプ、空気圧、重力)を含むことができる。脱細胞化、再細胞化、および/または培養中の組織の無菌性は、本明細書の他の箇所で説明する方法を用いて維持することができる。
【0064】
一態様では、バイオリアクターは、本明細書に記載するように、組織を脱細胞化および再細胞化するために使用される。このプロセスは、特定の灌流特性(例えば、圧力、体積、流れパターン、温度、ガス、pH)、機械的な力(例えば、心室壁運動および応力)、ならびに電気刺激(例えば、ペーシング)について監視され得る。灌流の有効性は、流出物および組織切片において評価することができる。灌流体積、流れパターン、温度、O
2およびCO
2の分圧、ならびにpHは、標準的な方法を用いて監視することができる。
【0065】
センサーは、バイオリアクターおよび/または組織をモニタリングするために使用することができる。ソノマイクロメトリー、マイクロマノメトリー、および/またはコンダクタンス測定を用いて、圧力-体積を取得することができる。例えば、センサーを用いて、カニューレ装着臓器もしくは組織を通って移動する液体の圧力;システムの周囲温度および/または臓器もしくは組織の温度;カニューレ装着臓器もしくは組織を通って移動する流体のpHおよび/または流量;および/または再細胞化する組織の生物学的活性をモニタリングすることができる。このような特徴をモニタリングするためのセンサーを有することに加えて、組織を脱細胞化および/または再細胞化するためのシステムはまた、そのような特徴を維持または調整するための手段を含むことができる。そのような特徴を維持または調整するための手段は、温度計、サーモスタット、電極、圧力センサー、オーバーフローバルブ、流体の流量を変更するためのバルブ、溶液のpHを変えるために用いる溶液への流体接続を開閉するためのバルブ、バルーン、外部ペースメーカー、および/またはコンプライアンスチャンバーなどの構成要素を含むことができる。安定した条件(例えば、温度)を確保するために、チャンバー、リザーバーおよびチューブは、ウォータージャケット方式とすることができる。
【0066】
バイオリアクターは、細胞の生存および分化をサポートするために、肺組織への十分な栄養供給と機械的刺激を提供することが可能である。バイオリアクターは、インビトロでの肺組織の培養および工学的に作製された肺組織の培養のために使用することができる。好ましくは、バイオリアクターは、工学的に作製された肺組織を、脱細胞化された肺足場を用いて培養するために使用される。
【0067】
肺組織の真の3次元セグメントのインビトロ培養が可能なバイオリアクターの開発は、臨床的に有用な、工学的に作製された肺組織の開発において重要なステップである。例えば、レシピエントに工学的に作製された肺を移植する前に、該肺組織の増殖と成熟をバイオリアクター内で行い、それによってインビボでの最終移植肺組織の機能性を高めることができる。また、インビトロ肺培養のためのバイオリアクターは、肺生物学、生理学、および発生・発達の研究を支援するために使用することができる。すなわち、肺胞毛細血管関門を形成するための肺内皮および上皮細胞の相互作用は、本発明の工学的に作製された肺組織とバイオリアクターを用いて研究することが可能である。当業者は、現在使用されている種々の動物モデルよりも制御された環境で肺の挙動を研究することができるであろう。また、工学的に作製された肺組織およびバイオリアクターは、時間とコストがかかるヒトまたは動物試験に進む前に、ヒトまたは動物組織での薬理学的試験および研究のために使用することが可能である。
【0068】
バイオリアクター - 詳細
本発明は、機械的および化学的調整の下で長期間にわたり、工学的に作製された肺を培養するために設計された、バイオリアクターシステムを提供する。場合によっては、このバイオリアクターシステムはリアクターと呼ばれる。一態様では、工学的に作製された肺は、例えばヒトをはじめとする、大型哺乳動物の脱細胞化された肺である。一態様では、工学的に作製された肺に細胞が播種される。このリアクターは、広範囲の生理学的速度で無菌的に臓器を呼吸させることが可能であり、かつ高度の呼吸のコントロールとキャリブレーションを可能にする。一態様では、工学的に作製された肺は陽圧換気を介して換気される。別の態様では、工学的に作製された肺は陰圧換気を介して換気される。リアクターはまた、広範囲の生理学的速度で、また、高度に制御された、内臓型の、無菌方式で、臓器の血管灌流が可能である。一態様では、媒体接触するように設計されたリアクターの全ての構成要素は、オートクレーブ処理が可能であり、かつ生体適合性材料から作られる。例えば、一態様では、リアクターの構成要素は、USPクラスVI材料から作られる。一態様では、リアクターは、密閉チャンバー内に工学的に作製された肺を位置付けて方向付けるための足場を含む。別の態様では、リアクターは、この足場内で工学的に作製された肺にカニューレを挿入して装着するためのシステムを備えている。一態様では、リアクターは人工の胸膜を含み、これは、臓器培養に必要な液量を大幅に減少させ、臓器の形状、位置および向きを維持し、かつ無菌を損なうことなくフードの外側でリアクターの解体およびメンテナンスを可能にする無菌バリアーとして機能する。リアクターは、使いやすく、非常に柔軟性があるように設計されており、多くのパラメータの変動および標準的な感知機器およびモニタリング技術の容易な統合を可能にする。各種設定は、ガスおよび栄養レベル、pH、圧力、ならびに各流体リザーバーの流量をリアルタイムで測定することを可能にする。
【0069】
本発明のバイオリアクターは、工学的に作製されたヒトまたは大型哺乳動物の肺構築物の脱細胞化、再播種、および成長を目的にして設計され、構築された。典型的なバイオリアクターの設計基準は以下の通りである:
i. 脱細胞化と培養の全段階の間、該構築物に無菌環境を提供する;
ii. リアクター内の工学的に作製された肺の容易なカニューレ挿入と装着、ならびに肺がリアクター内に取り付けられている間の外科用カニューレ挿入の容易な観察を可能にする;
iii. リアクター内に肺を確実に位置付けて、正しい方向に配置する手段を提供する;
iv. 肺自体の無菌性を損なうことなく、無菌環境の外でリアクターの解体および卓上メンテナンスを可能にする;
v. 全肺の培養に必要な培地の量を減らす。このような用途においては大量(10〜30リットル)の細胞特異的培地のコストが週に何万ドルもかかるので、これは重要な基準である;
vi. インビボで該臓器に起こったものと非常に類似する速度および量で、(必要ならば、陽圧呼吸をまだ可能にしながら)該臓器に陰圧呼吸させる方法を提供し、可変の呼吸量、圧力、および速度を可能にする。これは決して無菌性を損なわない方法で行わなければならない;
vii. インビボで該臓器に起こったものと非常に類似する拍動方式で、該臓器の血管系を通して流体を灌流させる方法を提供し、可変の拍出量、圧力、および速度を可能にする。これは決して無菌性を損なわない方法で行わなければならない;
viii.第三者モニタリング/感知器具または技術の容易な統合を可能にする;
ix. 使いやすく、コンパクトで、内臓型で、ワークステーション間の輸送のために容易に移動可能であるシステムを設計する。
【0070】
場合により、本発明のバイオリアクターはこれらの基準のいくつか、大半、または全部を満たしており、それによって大型哺乳動物の工学的に作製された肺を培養するための効率的なバイオリアクターシステムを提供する。
【0071】
図1に示すように、本発明の例示的なバイオリアクターシステム100は、概して、臓器チャンバー10、液圧駆動部30、血管回路40、および気管回路60を備えている。いくつかの態様では、臓器チャンバー10は工学的に作製された肺11のための無菌ハウジングを提供する。いくつかの態様では、臓器チャンバー10は流体で完全に満たされる。液圧駆動部30は液圧リザーバー12の内外に流体を圧送して臓器チャンバー10の流体量を変化させ、それによって肺11の内外に流体を移動させる。血管回路40は、動脈ライン41を通して肺11の動脈に流体を供給し、その一方で静脈ライン42を介して肺11の静脈から流体を収集する。気管回路60は、吸入ライン61を通して肺11の気管/気管支に流体を供給し、その一方で呼出ライン62を介して肺11から流体を収集する。一態様では、気管回路60はさらに、胸膜排出ライン63を含む。
【0072】
図2は、工学的に作製された肺11を収容する臓器チャンバー10の単独図である。
図6は、肺11を含む例示的なチャンバー10を示す画像である。本明細書で意図されるように、チャンバー10は、大型哺乳動物(例えば、ヒト)の肺を収容する、どのような適切なサイズおよび/または形状であってもよい。一態様では、チャンバー10は、一対の大型哺乳動物肺を収容するサイズおよび形状をしている。一態様では、チャンバー10は、例えば、プラスチック、ガラスなどを含む、任意の剛性材料から製造される。いくつかの態様では、チャンバー10は流体で少なくとも部分的に満たされる。一態様では、チャンバー10は流体で完全に満たされる。流体で満たされたチャンバー10は、肺11の拡張と収縮において、1:1の定率で、液圧チャンバー12の体積変化を直接反映することができるようになる。一態様では、チャンバー10は培地で部分的または完全に満たされる。別の態様では、チャンバー10は任意の適切な流体で部分的または完全に満たされる一方で、肺11は、本明細書の他の箇所で説明するように、胸膜袋15内に収容された培地中に浸される。例えば、一態様では、チャンバー10は水、生理食塩水などで満たされる。本明細書の他の箇所で述べるように、特定の態様では、胸膜袋15を含めることは、培地の比較的少ない量の使用を可能にし、したがって、チャンバー10には安価な液体(例えば、水)を充填することができる。一態様では、チャンバー10は10psiまでの圧力に耐えるように構築される。別の態様では、チャンバー10は100psiまでの圧力に耐えるように構成される。必須ではないが、いくつかの態様では、チャンバー10は光学的に透明な材料で構成される。一態様では、チャンバー10は、その内容物が無菌のままであるように密閉される。一態様では、チャンバー10は、内部の構成要素にだけでなく、肺11と胸膜袋15にも接近できるように、容易にかつ可逆的に組み立てられ、また解体される。
【0073】
チャンバー10は上部プレート13を含み、これは液圧リザーバー12および/または隔離ダイヤフラム14を含むことができる。一態様では、上部プレート13は、チャンバー10の内外への流体の流れを可能にする、いくつかの流体ポートを備えている。流体ポートは当技術分野で知られている任意のタイプのものであってよい。例えば、一態様では、流体ポートは1/2インチのNPTメス(female)ポートであり、多種多様な機器の取り付けおよび組み込みを可能にする。一態様では、流体ポートは、上部プレート13からのチューブの無菌着脱を可能にする、急速着脱式チューブ継手を含む。液圧リザーバー12は液圧駆動部30と流体連通しており、液圧駆動部30は液圧リザーバー12の内外に流体を圧送する。液圧リザーバー12の内外への流体の圧送は、液圧リザーバー12の体積を変化させる。一態様では、隔離ダイヤフラム14は、液圧リザーバー12をチャンバー10の残りの部分から分離する、伸展性の膜である。隔離ダイヤフラム14は、液圧リザーバー12の少なくとも1つの壁を形成し、かつチャンバー10の容積を直接変更するために液圧リザーバー12の体積変化を可能にし、それによって肺11の陰圧換気および灌流を可能にする。この液圧駆動式方法は、肺11の内外への流体の量を正確に知って、制御することができるようにする。隔離ダイヤフラム14は、当技術分野で公知の適切な伸展性材料で構成することができる。例えば、一態様では、隔離ダイヤフラム14はシリコーン膜である。隔離ダイヤフラム14は、チャンバー10内の流体を液圧リザーバー12内の流体から分離し、それによって無菌の陰圧換気および灌流を可能にする。チャンバー10全体が培地で満たされる態様では、隔離ダイヤフラム14は培地と液圧リザーバー12の流体との間に無菌バリアーを提供する。一態様では、上部プレート13はさらに、隔離ダイヤフラム14の下にシールリングを含み、これはチャンバー10の流体と液圧チャンバー12の流体との間の膜バリアーを破壊することなく無菌流体の流れを可能にする。
【0074】
図2に示すように、臓器チャンバー10はまた、無菌の胸膜袋15、カニューレ挿入ポート16、支持足場17、およびアンカーポイント18を含むことができる。胸膜袋15は、肺11を取り囲む無菌バリアーを提供するように形作られた構造体であり、それによって肺11と胸膜袋15の間に隔絶された流体リザーバーをもたらす。
図8は、チャンバー10が胸膜袋15を含む場合の本発明の一態様を示す。したがって、一態様では、胸膜袋15は、チャンバー10の流体から胸膜袋15内の培地を分離する。適切であれば、どのようなタイプの培地を胸膜袋15内で使用してもよい。適切な培地の非限定的な例としては、以下が挙げられる:最小必須培地イーグル、ADC-1、LPM(ウシ血清アルブミン不含)、F10(HAM)、F12(HAM)、DCCM1、DCCM2、RPMI 1640、BGJ培地(Fitton-Jacksonの改良ありおよび改良なし)、基本培地イーグル(BME - Earle's塩をベースとして添加)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM - 血清不含)、山根培地、IMEM-20、グラスゴー改変イーグル培地(GMEM)、ライボビッツL-15培地、マッコイ5A培地、培地M199(M199E - Earle's塩をベースとする)、培地M199(M199H - Hank's塩をベースとする)、最小必須培地イーグル(MEM-E - Earle's塩をベースとする)、最小必須培地イーグル(MEM-H - Hank's塩をベースとする)、および最小必須培地イーグル(MEM-NAA 非必須アミノ酸を含む)など。胸膜袋15の存在は、肺11の効率的な培養のために必要な培地の量を大幅に減少させる。一態様では、胸膜袋15は、脱細胞化、換気および灌流の間、肺11を生理学的方向および形状に保持するように形作られる。胸膜袋15は、適切な生体適合性の弾性材料で構成することができる。例えば、一態様では、胸膜袋15は高弾性のシリコーンで構成される。したがって、胸膜袋15は肺11の換気中に容易に拡張したり収縮したりするように設計され、構成される。カニューレ挿入ポート16は、肺11のカニューレ挿入部がカニューレ挿入ポート16の一方の側に取り付けられ、同時にカニューレ挿入ポート16の反対側が上部プレート13に向かって走行するチューブラインに接続されるように、肺11に取り付ける(
図7)。例えば、一態様では、カニューレ挿入ポート16は、動脈ライン41、静脈ライン42、吸入ライン61、呼出ライン62、胸膜排出ライン63、またはこれらの組み合わせに取り付けられる。一態様では、カニューレ挿入ポート16はまた、胸膜袋15のためのシールリングとしても機能し、それによって肺11と胸膜袋15の間に隔絶された培地室を形成するのに役立つ。カニューレ挿入ポート16は、例えば、プラスチック、ガラス、シリコーンなどの、当技術分野で公知の適切な材料で構成される。組み合わさって、胸膜袋15とカニューレ挿入ポート16は、チャンバー10の外側への肺11の無菌的な取り外し、貯蔵および輸送を可能にする。
【0075】
バイオリアクターシステム100に胸膜袋15とカニューレ挿入ポート16を含めることは、組織工学的培養に関連する感染症とコストを減らすためのユニークな機構を提供する。組み合わさって、胸膜袋15とカニューレ挿入ポート16は、チャンバー10から独立して、肺11の周囲に無菌バリアーを提供する。流体は、チャンバー10内の周囲の流体に接触することなく、肺11に流入しかつ肺11から流出することがまだ可能である。これは感染のリスクを著しく低減させる一方で、無菌フードの外側での肺11の容易な取り扱い、取り付け、および操作を可能にする。さらに、胸膜袋15とカニューレ挿入ポート16は、肺11を取り囲む小さな隔絶された培地室を形成し、これは、肺11が生理的機能で拡張および収縮することをまだ可能にしながら、培養に必要な培地量を著しく減少させる。胸膜袋15とカニューレ挿入ポート16はまた、支持足場17を取り付けるためのアンカーポイントを提供する。これは、チャンバー10内での肺11の適切な位置決めを可能にする。本明細書の他の箇所で説明するように、支持足場17は、胸膜袋15とカニューレ挿入ポート16と共に、肺11の重量を安定化するのに必要な支持を提供し、これは、チャンバー10が流体で満たされていない場合に特に重要でありうる。
【0076】
支持足場17は、チャンバー10内での肺11の位置決めおよび方向付けを可能にする剛性の足場をチャンバー10に提供する。大型哺乳動物の肺は非常に重いことがあり、したがって、支持足場17はチャンバー10内に肺11を支持するのに役立つ。ヒトと同じくらいの大きさの臓器に組織工学をスケールアップすることの結果は、その構築物が小型哺乳動物モデルよりもかなり重く、扱いにくいということである。そのため、小型哺乳動物の臓器を使用するバイオリアクターシステムは、これらの組織がカニューレ挿入だけでそれら自体の重さ(または浮力)を支えるのに十分な強度であるため、内部の足場を必要としない。しかし、現在、大型哺乳動物(例えば、ヒト)の臓器を用いて作業する場合には、バイオリアクターシステムに足場を組み込むことが必要であると判明している。一態様では、本発明の支持足場17は、肺11を位置決めし、方向付けるのに役立つ。一態様では、支持足場17は、流体中に吊り下げられていないときの肺11を支持する。一態様では、支持足場17は、空気で換気されているときの肺11を固定する。一態様では、支持足場17は、プラスチックおよびガラスを含むがこれらに限定されない、当技術分野で公知の適切な剛性材料で構成される。一態様では、支持足場17は生体適合性材料で構成される。支持足場17はアンカーポイント18を介して胸膜袋15に接続される。アンカーポイント18の数は、肺11の構造上の必要性に応じて変化する。一態様では、支持足場17はまた、カニューレ挿入ポート16にも接続される。支持足場17は、肺11、胸膜袋15、およびカニューレ挿入ポート16のチャンバー10への据え付け、およびチャンバー10からの移動を可能にする。さらに、一態様では、支持足場17は、まだ取り付けられたままの肺11および胸膜袋15と共に、無菌性を損なうことなく、チャンバー10から可逆的に取り出され、それによって取り付けられた肺11のための自立支持体として働く。このように、支持足場17はライン接続および肺11の位置の容易なかつ無菌の調整を可能にする。したがって、一態様では、支持足場17は培養期間中の卓上メンテナンスのためのスタンドとして働く。組み合わさって、支持足場17を胸膜袋15と連結することは、たとえチャンバー10が流体で満たされない場合、またはチャンバー10が解体される場合であっても、肺11の重量を支持することを可能にする。
【0077】
一態様では、チャンバー10はさらに、圧力除去システム19を備えている。一態様では、圧力除去システム19は少なくとも1つの圧力逃し弁を含む。例えば、一態様では、圧力除去システム19は2つの圧力逃し弁を含む。別の態様では、圧力除去システム19は圧力モニターおよび/または圧力センサーを含む。当業者には理解されるように、チャンバー10での圧力の連続的または定期的測定を可能にする当技術分野で公知の圧力モニターはどれも、本発明での使用に適している。圧力除去システム19と組み合わせて使用することができる1つの例示的な圧力モニターは、PendoTECH圧力MATモニター/送信機である(PendoTech社, プリンストン, NJ)。少なくとも1つの圧力逃し弁は、チャンバー10内の圧力がプログラムされた最大圧力より高く上がらない、またはプログラムされた最小圧力より低く下がらないことを確実にする。したがって、流体ラインが詰まったり、他の方法で誤動作になったりするならば、圧力除去システム19がチャンバー10およびバイオリアクターシステム100への損傷を防止する。
【0078】
一態様では、チャンバー10はさらに、少なくとも1つの充填/排出ライン20を備えている。一態様では、チャンバー10は2つの充填/排出ライン20を備えている。例えば、一態様では、チャンバー10は、チャンバー10の上部で終了する1つの充填/排出ライン20、およびチャンバー10の底部で終了するもう1つの充填/排出ライン20を備えている。充填/排出ライン20は、無菌的に密閉されたままの状態で、チャンバー10が迅速に充填および排出されることを可能にする。
【0079】
一態様では、チャンバー10はさらに、チャンバー10内の流体の温度を維持する熱調節システム21を備えている。一態様では、熱調節システム21はチャンバー10をインキュベーター内に配置する必要性をなくし、それによってバイオリアクターシステム100の卓上操作を可能にする。これは、いくつかの態様では、チャンバー10が従来のインキュベーターに収まるには大きすぎる、という点で重要である。一態様では、熱調節システム21は、熱源、例えば浸漬加熱コイルを含む。別の態様では、熱調節システム21は、チャンバー10内の温度の測定値を連続的または定期的に提供する温度センサーを含む。一態様では、熱調節システム21は、チャンバー10内の温度がプログラムされた最高温度より高く上がらない、またはプログラムされた最低温度より低く下がらないことを確実にする。
【0080】
図3は、チャンバー10に接続された液圧駆動部30の単独図である。液圧駆動部30は、概して、容量コントローラー31、サイクル速度コントローラー32、駆動モーター33、液圧式呼吸容量ポンプ34、および液圧ライン35を含むことができる。一態様では、駆動モーター33は歯車モーターを備えている。一態様では、サイクル速度コントローラー32は可変速ドライブを備えている。一態様では、容量コントローラー31は可変オフセット駆動アームを備えている。一態様では、液圧式呼吸容量ポンプは液圧ピストンを含む。液圧ライン35を介して、液圧リザーバー12の内外に流体を圧送することは、隔離ダイヤフラム14の進展性によって規定されるような、液圧リザーバー12の拡張と収縮を引き起こす。液圧リザーバー12の拡張と収縮はチャンバー10の容積を変化させ、これはその後胸膜袋15および肺11の拡張と収縮を推進する。このように、液圧駆動部30は、本明細書の他の箇所でさらに説明するように、陰圧灌流および/または換気を提供する。液圧ライン35は、液圧式呼吸容量ポンプ34から液圧リザーバー12の間に流体連通を提供する。一態様では、当業者には理解されるように、液圧ライン35は標準チューブから成る。当業者には理解されるように、液圧駆動部30は、液圧リザーバー12の内外への流体の圧送を可能にする追加の構成要素を含むことができる。一態様では、液圧駆動部30は、0〜15サイクル/分の間で換気することが可能である。好ましい態様では、液圧駆動部30は、0〜30サイクル/分の間で換気することが可能である。一態様では、液圧駆動部30は約10〜1000mLの1回拍出量を生み出す。好ましい態様では、液圧駆動部30は約20〜750mLの1回拍出量を生み出す。例示的な液圧駆動部30は
図9に示される。
【0081】
図4は、血管回路40の単独図であり、この回路には、動脈ライン41、静脈ライン42、血管流体リザーバー43、調整可能な収縮期圧逃し弁44、血管駆動部45、および血管リザーバーガス交換機構46が含まれる。一態様では、血管駆動部45はベローズ駆動部である。いくつかの態様では、血管駆動部45は、サイクル速度コントローラー47、容量コントローラー48、駆動モーター49、および液圧式血管容量ポンプ50を含む。一態様では、駆動モーター49は歯車モーターを備えている。一態様では、サイクル速度コントローラー47は可変速ドライブを備えている。一態様では、容量コントローラー48は可変オフセット駆動アームを備えている。一態様では、液圧式血管容量ポンプ50は、周期的に進展性のチャンバーを備えている。一態様では、液圧式血管容量ポンプ50はベローズポンプを生理学的「ダックビル」弁と共に含む。血管駆動部45は、血管流体を、動脈ライン41を介して肺11の動脈に圧送する。当業者には理解されるように、血管駆動部45は、肺11の動脈への血管流体の圧送を可能にする追加の構成要素を含むことができる。一態様では、血管駆動部45は0〜50サイクル/分のパルス繰り返し数を生じさせることが可能である。好ましい態様では、血管駆動部45は0〜94サイクル/分のパルス繰り返し数を生じさせることが可能である。一態様では、血管駆動部45は約0〜100mLの1回拍出量を生み出す。好ましい態様では、血管駆動部45は約0〜55mLの1回拍出量を生み出す。例示的な血管駆動部45は
図10に示される。
【0082】
特定の態様では、血管リザーバー43は、肺11の血管系に送達するための血管流体を含む。一態様では、血管流体は液体である。一態様では、血管流体は脱細胞化用の溶液である。別の態様では、血管流体は再細胞化用の溶液であり、該溶液は細胞を含み、肺足場の再細胞化の間に肺11に送達される。別の態様では、血管流体は培地を含む。別の態様では、血管流体は血漿、血清および/または血液を含む。別の態様では、血管流体は水、生理食塩水、または同様のものを含む。血管回路40は、肺11の血管系に血管流体を供給する。動脈ライン41は、血管リザーバー43からの血管流体を肺11の動脈に運び、一方静脈ライン42は、肺11の静脈からの血管流体を血管リザーバー43に運ぶ。特定の態様では、動脈ライン41と静脈ライン42は、流体を送達することが可能な任意のタイプの標準チューブを含む。
【0083】
一態様では、血管回路40は、肺11への容量測定型の拍動灌流を提供する。この灌流モードでは、血管駆動部45は、該回路全体にわたって血管流体をポンプで送り込む。本発明において血管回路40により行われる容量測定型の拍動灌流は、灌流の1回拍出量、速度および特性に対する制御、精密さおよび正確さの程度が、従来のシステムに比べて、はるかに高い。
【0084】
別の態様では、血管回路40は、肺11への圧力測定型の拍動灌流を提供する。このモードでは、調整可能な収縮期圧逃し弁44は、同じ回路構成要素を使用しながら、血管流れの圧力測定を可能にする。一態様では、調整可能な収縮期圧逃し弁44は収縮期圧を制限するように設定される。この態様では、動脈ライン41内の圧力がこの設定値より高い場合に、血管流体の流れは血管リザーバー43に戻され、それによって肺11への送達を回避する。この圧力測定型拍動灌流モードでは、血管リザーバー43内の血管流体の高さが拡張期圧を決定する。一態様では、血管リザーバー43それ自体は常に大気圧下にある。例えば、一態様では、血管リザーバー43は外部環境に通気される。別の態様では、血管リザーバー43は伸展性材料で構成される。圧力測定型拍動灌流モードでは、拍出速度はまだ血管駆動部45の設定値により決定されるが、1回拍出量は圧力に依存する。この圧力測定型拍動灌流モードは、従来のバイオリアクターシステムには存在しない機能である。
【0085】
別の態様では、血管回路40と液圧駆動部30は一緒に動作して、バイオリアクターシステム100内に液圧駆動による陰圧灌流を提供する。この液圧駆動式陰圧灌流モードでは、液圧駆動部30が液圧リザーバー12の内外に流体を圧送し、それによって液圧リザーバー12とチャンバー10内の圧力変化を生じさせる。チャンバー10が完全に流体で満たされ、チャンバー10の壁が剛性であり、かつ他のカニューレがキャップされている態様では、血管流体は結果的に血管リザーバー43から肺に流入し、肺から流出する。一態様では、誘導された陰圧は拍動循環流を推進し、この場合に血管流体は肺血管系の動脈側に入り、静脈側から出る。別の態様では、誘導された陰圧は振動性の非循環流を発生し、この場合に血管樹の一方の側に入った血管流体は、毛細血管床に押し流されることなく、同じカニューレ挿入部を経由して出てくる。液圧駆動式陰圧灌流は、陽圧灌流に比べて、よりきめ細かく調整およびキャリブレートされる機能を有する。この機能は、肺の脱細胞化、細胞播種、および培養の特定の部分のために特に有用である。
【0086】
図5に示すように、気管回路60は、吸入ライン61、呼出ライン62、胸膜排出ライン63、気管リザーバー64、および気管リザーバーガス交換機構65を備えている。気管回路60は、肺11の気道に気管流体を提供する。吸入ライン61は気管リザーバー64からの気管流体を肺11の気道に運び、一方呼出ライン62は肺11の気道からの気管流体を気管リザーバー64に運ぶ。胸膜排出ライン63は、気管リザーバー64を胸膜袋15内の隔絶されたリザーバーと接続し、肺11と胸膜袋15との間の空間に漏れ出している可能性がある流体の排出を可能にする。本明細書中で意図されるように、吸入ライン61、呼出ライン62、および胸膜排出ライン63は、流体送達が可能な任意のタイプの標準チューブから構成することができる。
【0087】
特定の態様では、気管リザーバー64は肺11の気道に送達するための気管流体を含む。一態様では、気管流体は液体である。別の態様では、気管流体は気体である。例えば、一態様において、気管流体は空気である。一態様では、気管流体は脱細胞化用の溶液である。別の態様では、気管流体は再細胞化用の溶液であり、該溶液は細胞を含み、肺足場の再細胞化の間に肺11に送達される。別の態様では、気管流体は培地を含む。別の態様では、気管流体は血漿、血清および/または血液を含む。別の態様では、気管流体は水、生理食塩水、または同様のものを含む。一態様では、気管リザーバー64それ自体は常に大気圧下にある。例えば、一態様では、気管リザーバー64は外部環境に通気される。別の態様では、気管リザーバー64は伸展性材料で構成される。
【0088】
一態様では、気管回路60と液圧駆動部30は一緒に動作して、バイオリアクターシステム100内に液圧駆動による陰圧換気を提供する。この液圧駆動式陰圧換気モードでは、液圧駆動部30が液圧リザーバー12の内外に流体を圧送し、それによって液圧リザーバー12とチャンバー10内の容積変化を生じさせる。チャンバー10が完全に流体で満たされ、かつチャンバー10の壁が剛性である態様では、気管流体は結果的に気管リザーバー64から肺に流入し、肺から流出する。一態様では、誘導された陰圧は拍動循環流を推進し、この場合に気管流体は吸入ライン61を通って気道に入り、呼出ライン62を通って出てくる。別の態様では、誘導された陰圧は振動性の非循環流を発生し、この場合に気管流体は、同じカニューレ挿入部を経由して肺11の気道に入り、気道から出てくる。液圧駆動式陰圧換気は、呼吸量、呼吸速度および呼吸力学に対する制御、精密さおよび正確さの程度が、他のバイオリアクターシステムに比べて、はるかに高い。
【0089】
特定の態様では、バイオリアクターシステム100は同時の陰圧換気と陰圧灌流が可能である。いくつかの態様では、気管回路60の吸入ライン61と呼出ライン62が閉鎖され、それによって血管回路40からの陰圧灌流のみを可能にする。別の態様では、血管回路40の動脈ライン41と静脈ライン42が閉鎖され、それによって気管回路60からの陰圧換気のみを可能にする。他の態様では、陰圧換気が圧力駆動型または容量測定型の灌流と組み合わされる。
【0090】
一態様では、血管リザーバー43および/または気管リザーバー64は、バイオリアクターシステム100内での培養中にガス調節される。一態様では、血管回路40は血管リザーバーガス交換機構46を含む。一態様では、気管回路60は気管リザーバーガス交換機構65を含む。当業者には理解されるように、血管リザーバーガス交換機構46および/または気管リザーバーガス交換機構65は、血管リザーバー43および/または気管リザーバー64内のガス交換を調節する公知の機構を含むことができる。特定の態様では、血管リザーバーガス交換機構46および/または気管リザーバーガス交換機構65は、市販のバイオプロセスガス調節システムを含む。一態様では、血管リザーバー43および/または気管リザーバー64の壁は、ガス高透過性材料で構成される。別の態様では、血管リザーバー43および/または気管リザーバー64は、インキュベーター内に置かれる。一態様では、血管リザーバーガス交換機構46および気管リザーバーガス交換機構65は、該リザーバー内の十分なガス交換を可能にする無菌フィルターを備えている。
【0091】
特定の態様では、バイオリアクターシステム100のリザーバーは、培養中に熱的に制御されねばならない。上述したように、一態様では、チャンバー10は、チャンバー10内の温度を測定して制御する温度調節システム21を備えている。別の態様では、チャンバー10はウォータージャケットに囲まれており、それによってチャンバー10を断熱する。特定の態様では、チャンバー10にウォータージャケットを設置することは、卓上操作を可能にする。別の態様では、チャンバー10、血管リザーバー43、および/または気管リザーバー64は、温度制御されたインキュベーター内に置かれる。別の態様では、チャンバー10、血管リザーバー43、および/または気管リザーバー64は、温度制御された水浴中に置かれる。
【0092】
特定の態様では、バイオリアクターシステム100は100ポンド超の重さがある。したがって、一態様では、バイオリアクターシステム100の構成要素は、システム全体の重量を支持することができる車輪付きカートを伴っている。一態様では、1つ以上の構成要素が該カートに統合される。別の態様では、1つ以上の構成要素は別々にポータブルであるが、該カート内に配置される。
【0093】
脱細胞化
いくつかの態様において、本発明のバイオリアクターシステムは、大型哺乳動物の肺の脱細胞化をサポートする。一態様では、本発明は、出発源として脱細胞化組織を用いて、好ましくは大型哺乳動物(例えば、ヒト)由来の脱細胞化天然組織を用いて、工学的な組織足場を作製する方法を提供する。
【0094】
当業者には理解されるように、脱細胞化のプロセスはどれも、本発明のバイオリアクターと組み合わせて使用することができる。例えば、米国特許出願公開第US2012/0064050号は、肺組織の脱細胞化に使用される典型的な脱細胞化方法を記載しており、その開示はその全体が参照により本明細書に組み入れられる。
【0095】
一態様では、脱細胞化のプロセスは化学的方法論に依存している。一局面では、脱細胞化に使用される脱細胞化溶液とも呼ばれる化学溶液は、一般に、少なくとも高張液、界面活性剤、およびキレート剤を含む。好ましくは、高張液は高張塩化ナトリウム溶液である。好ましくは、界面活性剤はCHAPSのような両性イオン界面活性剤である。好ましくは、キレート剤はEDTAである。
【0096】
一態様では、脱細胞化溶液は、細胞との浸透圧適合性のための緩衝剤(例えば、PBS)を含むことができる。いくつかの例では、脱細胞化溶液はまた、酵素、例えば、限定するものではないが、1種以上のコラゲナーゼ、1種以上のディスパーゼ、1種以上のDNアーゼ、またはトリプシンなどのプロテアーゼを含むことができる。場合によっては、脱細胞化溶液はさらに、または代わりに、1種以上の酵素の阻害剤(例えば、プロテアーゼ阻害剤、ヌクレアーゼ阻害剤、および/またはコラゲナーゼ阻害剤)を含んでもよい。
【0097】
一態様では、本発明の組織を脱細胞化する方法は、組織に脱細胞化溶液を灌流させることを含む。脱細胞化溶液が組織を通って灌流される圧力は、所望の圧力に調整することができる。好ましくは、脱細胞化溶液は約30mmHg以下の灌流圧で組織を通して灌流される。より好ましくは、脱細胞化溶液は約20mmHg未満の圧力で組織を通して灌流される。一態様では、脱細胞化溶液は9〜18mmHgの圧力で組織を通して灌流される。
【0098】
一態様では、脱細胞化溶液は、細胞除去を行うために肺組織の気道に導入することができる。本発明のバイオリアクターは、脱細胞化溶液の送達のために利用することができる流体の流れの多くの異なるモードおよびパターンを容易にするが、これについては本明細書の他の箇所で説明する。
【0099】
一態様では、本発明の脱細胞化組織は、血管樹の細胞外マトリックス(ECM)成分を含めて、組織の全てのまたはほとんどの領域のECM成分から本質的に成る。ECM成分には以下の全てが含まれる:フィブロネクチン、フィブリリン、ラミニン、エラスチン、コラーゲンファミリーのメンバー(例えば、コラーゲンI、IIIおよびIV)、グリコサミノグリカン、礎質、細網繊維およびトロンボスポンジン;これらは基底板などの明確な構造として組織化されたままであり得る。脱細胞化の成功は、標準的な組織学的染色法を用いて、組織切片中の検出可能な筋フィラメント、内皮細胞、平滑筋細胞、上皮細胞、および核の非存在として定義される。好ましくは、しかし必ずしも必要ではないが、残存する細胞破片もまた、脱細胞化組織から除去されている。
【0100】
一態様では、天然組織の脱細胞化プロセスは、該組織の天然の3次元構造を保っている。すなわち、ECM成分を含めて、該組織の形態およびアーキテクチャは、脱細胞化のプロセスの最中および後で維持される。ECMの形態およびアーキテクチャは、視覚的および/または組織学的に調べることができる。例えば、固形臓器の外表面上の基底板、または臓器もしくは組織の血管系内の基底板は、脱細胞化が原因で除去されたり、顕著に損傷されたりしてはならない。また、ECMの原線維は、脱細胞化されていない臓器または組織のそれに類似していなければならず、それから大きく変化しないようにすべきである。
【0101】
一態様では、例えば、脱細胞化組織を保存するために、または再細胞化のための脱細胞化組織を調製するために、および/または再細胞化プロセスの間に細胞を支援もしくは刺激するために、1種以上の化合物が脱細胞化組織に適用され得る。このような化合物としては、限定するものではないが、以下が挙げられる:1種以上の増殖因子(例えば、VEGF、DKK-1、FGF、BMP-1、BMP-4、SDF-1、IGFおよびHGF)、免疫調節剤(例えば、サイトカイン、グルココルチコイド、IL2Rアンタゴニスト、ロイコトリエン拮抗薬)、および/または凝固カスケードを変更する因子(例えば、アスピリン、ヘパリン結合タンパク質、およびヘパリン)。また、脱細胞化された臓器または組織は、脱細胞化組織に残存するどのようなタイプの微生物の存在をも減少または排除するために、例えば照射(例:UV、ガンマ)により、さらに処理することができる。
【0102】
脱細胞化組織を作製するための本発明の脱細胞化溶液の使用は、血管新生などの基礎となるECMと、無傷の元の組織の他の全体的な形態学的特徴とを残したままで、組織の細胞を破壊するための、制御された正確な方法を提供する。脱細胞化された足場はその後、適切な細胞を播種するのに適している。このプロセスがインビトロで行われる場合、播種された組織は代替組織としてレシピエントに移植するのに適している。脱細胞化組織そのものに加えて、本発明は、このような足場から構築された工学的組織の作製方法を包含する。
【0103】
本発明は、組織工学において使用するための組織足場を作製するのに適した方法を提供する。組織の供給源は限定されないが、例示的な態様では、組織は、比較的大きな動物またはヒトに(関心対象の組織に関して)類似した解剖学的構造を有すると認められる動物、例えばブタ、ウシ、ウマ、サル、または類人猿、に由来するものである。いくつかの態様では、組織の供給源はヒトであり、その使用は足場に基づいた工学的組織の拒絶反応の可能性を低減することができる。好ましい態様では、前記方法は、組織の無傷の血管構造を残すだけでなく、肺胞中隔を保存したままの肺胞アーキテクチャをも残しておく。本明細書で使用する用語「無傷」とは、ある要素がその本来の機能をかなりの程度まで実行することが可能な状態を意味する。
【0104】
一態様において、脱細胞化された肺は、正常な肺マトリックスのいくつかの重要な特徴を保持する。例えば、脱細胞化された肺は、コラーゲン、エラスチン、フィブロネクチン、およびプロテオグリカンの少なくとも1つ以上を含む。
【0105】
脱細胞化された組織は、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスIまたはII抗原を保持しておらず、したがって、レシピエントに与えたとき、該組織は有害な免疫応答を誘発しない。
【0106】
脱細胞化された組織は、正常な天然肺の力学的特性を保持する。脱細胞化された組織はまた、正常な天然肺のバリアー機能の一部をも保持する。
【0107】
組成物
本発明の組成物は、工学的に作製された大型哺乳動物の肺組織を含む。好ましくは、工学的に作製された肺組織は、以下の特性のうちのいずれか1つ以上を呈する:1)血管系および気道、ここでは開放灌流血管系および換気することができる開放気道樹が存在する;2)ガス交換、ここでは工学的に作製された肺は、レシピエントの生理的要求をサポートするのに十分なガスを気道と血管コンパートメントの間で交換することが可能である;最も好ましくは、肺静脈内の酸素の分圧は少なくとも50mmHgである;3)力学、ここでは工学的に作製された組織は、すべての必要な動き、特に呼吸運動および血管灌流、ならびに外科的移植時の操作、に耐えるのに十分な強度である;4)免疫原性、ここでは工学的に作製された肺組織は、レシピエントに移植したとき、免疫応答を誘発しない。
【0108】
本発明の組成物および方法は、任意の適切な細胞を用いて実施することができる。好ましくは、その適切な細胞(複数可)は再生力があり、本発明の脱細胞化組織を再細胞化するために使用することができる。再生細胞の例としては、限定するものではないが、以下が挙げられる:幹細胞、胚性幹細胞、成体幹細胞、臍帯血細胞、人工多能性幹細胞(iPSC)、組織由来の幹細胞または前駆細胞、骨髄由来の幹細胞または前駆細胞、血液由来の幹細胞または前駆細胞、間葉幹細胞(MSC)、骨格筋由来細胞、多能性成体前駆細胞(MAPC)、胎児肺細胞、分化した肺上皮細胞、肺前駆細胞、血管前駆細胞、分化した血管細胞など。使用され得るさらなる再生細胞には、骨髄由来の幹細胞、例えば骨髄単核細胞(BM-MNC)、内皮または血管の幹細胞もしくは前駆細胞、および末梢血由来の幹細胞、例えば内皮前駆細胞(EPC)が含まれる。
【0109】
好ましくは、適切な細胞は、哺乳動物、より好ましくは霊長類、さらに好ましくはヒトから単離される。本発明の方法に有用な細胞は、当技術分野で公知の方法を用いて単離される。単離後、適切な細胞は培地中で培養される。
【0110】
非限定的な例として、人工多能性幹細胞(iPSC)は、細胞の培養に関して、より詳細に記載されている。しかし、当業者であれば、培養条件はその適切な細胞に合わせて変更され得ることを認識するであろう。iPSCの増殖を支持する培地調合物としては、限定するものではないが、以下が挙げられる:最小必須培地イーグル、ADC-1、LPM(ウシ血清アルブミン不含)、F10(HAM)、F12(HAM)、DCCM1、DCCM2、RPMI 1640、BGJ培地(Fitton-Jacksonの改良ありおよび改良なし)、基本培地イーグル(BME - Earle's塩をベースとして添加)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM - 血清不含)、山根培地、IMEM-20、グラスゴー改変イーグル培地(GMEM)、ライボビッツL-15培地、マッコイ5A培地、培地M199(M199E - Earle's塩をベースとする)、培地M199(M199H - Hank's塩をベースとする)、最小必須培地イーグル(MEM-E - Earle's塩をベースとする)、最小必須培地イーグル(MEM-H - Hank's塩をベースとする)、および最小必須培地イーグル(MEM-NAA 非必須アミノ酸を含む)など。
【0111】
本発明はまた、足場に「播種する」細胞を提供する。これに関連して、脱細胞化された臓器または組織は、分化した(成熟または初代)細胞、幹細胞(例えば、iPS細胞)、または部分的に分化した細胞のいずれかの、細胞の集団と接触される。したがって、細胞は、全能性細胞、多能性細胞、または多分化能細胞とすることができ、分化系列が決定されていても、決定されていなくてもよく、かつ単一系列の細胞とすることができる。細胞は未分化の細胞、部分的に分化した細胞、または胎児由来の細胞などの完全に分化した細胞であってよい。
【0112】
臓器または組織を作製するために脱細胞化臓器に導入される細胞の数は、臓器(例えば、どの臓器か、該臓器のサイズおよび重さ)または組織と、再生細胞のタイプおよび発達段階との両方に依存する。異なるタイプの細胞は、こうした細胞が到達する集団密度に関して異なる傾向をもつ可能性がある。同様に、異なる臓器または組織は、異なる密度で細胞化される可能性がある。一例として、脱細胞化された臓器または組織は、少なくとも約1,000(例えば、少なくとも10,000、100,000、1,000,000、10,000,000、または100,000,000)個の再生細胞を播種することができる;または、それに付着した細胞を組織(湿重量、すなわち脱細胞化の前の) 1mgあたり約1,000個から約10,000,000個まで持つことができる。
【0113】
細胞は、1つ以上の位置に注入することによって脱細胞化された臓器または組織に導入され得る。さらに、複数のタイプの細胞(すなわち、細胞のカクテル)を脱細胞化臓器または組織に導入することができる。例えば、細胞のカクテルを脱細胞化臓器または組織の複数の位置に注入したり、異なるタイプの細胞を脱細胞化臓器または組織の異なる部分に注入したりすることが可能である。注入とは別に、または注入に加えて、再生細胞または細胞のカクテルは、カニューレを装着した脱細胞化臓器または組織内に灌流することによって導入され得る。例えば、灌流媒体を用いて脱細胞化臓器に細胞を灌流させることができ、該媒体はその後再生細胞の増殖および/または分化を誘導するために増殖および/または分化培地に変更することができる。肺組織の場合には、気管を介して気道コンパートメントに、または肺動脈もしくは静脈を介して血管コンパートメントに、またはその両方に細胞を導入することができる。本発明のバイオリアクターの一態様では、細胞は、細胞懸濁液を血管リザーバーおよび/または気管リザーバーに添加することによって工学的肺に導入される。
【0114】
再細胞化の間、臓器または組織は、再生細胞の少なくとも一部が脱細胞化臓器または組織内または上で増殖および/または分化することができる条件下に維持される。こうした条件には、限定するものではないが、適切な温度および/または圧力、電気的および/または機械的活動、力、適切なO
2および/またはCO
2量、適切な湿度、ならびに無菌またはほぼ無菌の状態が含まれる。再細胞化の間、脱細胞化された臓器または組織と、それに付着した細胞は、適切な環境に維持される。例えば、細胞は、栄養補給剤(例えば、栄養素および/またはグルコースなどの炭素源)、外因性のホルモンもしくは増殖因子、および/または特定のpHを必要とすることがある。
【0115】
細胞は、脱細胞化された臓器または組織に対して同種異系とすることができ(例えば、ヒト細胞を播種されたヒト脱細胞化臓器または組織)、または再生細胞は脱細胞化された臓器または組織に対して異種とすることもできる(例えば、ヒト細胞を播種されたブタ脱細胞化臓器または組織)。
【0116】
ある場合には、本明細書に記載の方法により作製された臓器または組織は、患者に移植されることになっている。こうしたケースでは、脱細胞化臓器または組織を再細胞化するために使用される細胞は、再生細胞が患者に対して自己由来であるように、患者から得ることができる。患者由来の細胞は、生涯のさまざまな段階で(例えば、出生前に、新生児期もしくは周産期に、青年期に、または成体として)、例えば、血液、骨髄、組織または臓器から、当技術分野で公知の方法を用いて得ることができる。あるいは、脱細胞化臓器または組織を再細胞化するために使用される細胞は、患者に対して同系(すなわち、一卵性双生児の片方由来)であるか、細胞は、例えば患者の血縁者もしくは患者と無関係のHLA適合個体由来の、ヒトリンパ球抗原(HLA)適合細胞であるか、または細胞は、例えば非HLA適合ドナー由来の、患者に対して同種異系であり得る。
【0117】
細胞の供給源にかかわらず(例えば、自己由来であろうとなかろうと)、脱細胞化された固形臓器は、患者に対して自己、同種異系、または異種とすることができる。
【0118】
特定の場合には、脱細胞化組織は、インビボで(例えば、該組織を個体に移植した後で)細胞により再細胞化することができる。インビボ再細胞化は、例えば本明細書に記載の細胞のいずれかを用いて、上述したように(例えば、注入および/または灌流により)行うことができる。代替的にまたは追加的に、内因性細胞による脱細胞化臓器または組織のインビボ播種は、自然に発生してもよいし、再細胞化組織に送達される因子によって媒介されてもよい。
【0119】
投与
本発明は、工学的に作製された大型哺乳動物の組織のインビトロおよびインビボの両方の設定での使用を意図している。したがって、本発明は、研究目的のための、および治療または医療/獣医学的目的のための、工学的に作製された組織の使用を提供する。研究上の設定では、非常に多くの実際的な応用が、この技術のために存在する。こうした応用の一例は、エクスビボ癌モデル、例えば研究室でさまざまなアブレーション技術(例えば、放射線処置、化学療法剤処置、またはこれらの組み合わせを含む)の有効性を試験するためのモデル、における工学的組織の使用であり、こうして、治療方法を最適化するために病気に苦しむ患者を利用することが避けられる。例えば、最近摘出した肺をバイオリアクターに取り付けて、組織を除去するように該肺を処置することができる。インビボ使用の別の例は、組織工学向けの使用である。
【0120】
本発明の工学的組織はインビボで使用される。種々の用途の中でも、対象者(本明細書では「患者」と互換的に用いられ、ヒトと動物の両方を含むことを意味する)のインビボ治療の方法に言及することができる。一般的に、特定の態様では、対象者を治療する方法は、本発明による工学的組織を対象者の体内にまたはその表面に移植することを含み、該組織を移植することによって結果的に該対象者に検出可能な変化が生じる。検出可能な変化は、自然の感覚を用いてまたは人工の装置を用いて検出することができる、どのような変化であってもよい。あらゆるタイプの治療(例えば、疾患または障害の治療、皮膚の傷の美容上の治療など)が本発明によって想定されるが、多くの態様では、その治療は対象者の疾患、障害、または他の苦痛の治療である。こうして、検出可能な変化は、対象者を侵している疾患または障害の少なくとも1つの臨床症状の変化、好ましくは改善、の検出であり得る。例示的なインビボ治療法には、腫瘍の治療後の臓器の再生、医療機器を埋め込むための手術部位の準備、皮膚移植、ならびに疾患もしくは障害により損傷または破壊されたものなど、組織または臓器の一部もしくは全部の置換が含まれる。代表的な臓器または組織としては、以下が挙げられる:心臓、肺、肝臓、腎臓、膀胱、脳、耳、目、または皮膚。対象者がヒトまたは動物であり得るという事実を考慮して、本発明は、医学的応用と獣医学的応用の両方を有する。
【0121】
一態様では、前記方法は、組織を本発明の脱細胞化方法にさらして、処置された組織の細胞を死滅させ、かつ組織足場を作製することを含む。この方法はさらに、組織足場に細胞を播種し、播種した細胞を組織足場の内部および表面上で増殖させることを含むことができる。増殖は、健康で機能的な細胞を含む再生された組織をもたらす。
【0122】
また、本発明は、工学的に作製された肺組織を、それを必要とする哺乳動物に移植することにより、患者を治療する方法を提供する。いくつかの例では、工学的に作製された肺組織は適切な細胞、例えばiPS細胞、を含む。しかし、本発明は、いかなる特定のタイプの細胞にも限定されるべきではない。移植後、移植された細胞は、内因性組織の特徴を発現させる環境要因に応答することができる。好ましくは、該細胞は、管構造を形成する分化した遠位上皮細胞(proSpC発現性)から成る、組織タイプの肺胞様構造を形成する。こうして、移植された細胞は、それを周囲の組織と同等にさせる特徴を発現するだろう。これらの方法を使用して、生物学的足場は組織を増強することができる;本発明の生物学的足場は、組織工学のために、かつ従来の組織工学の設定において、使用することができる。
【0123】
したがって、本発明は組織再生の用途を包含する。組織再生療法の目的は、初期の創傷力学と最終的な新生組織(neotissue)産生の両方を最適化する形式で、異常部位に修復能のある細胞(または局所環境の影響を受けたときに有能になることができる細胞)を高密度で送達することである。本発明の組成物は、個体における肺組織異常を軽減または治療する方法において特に有用である。有利には、本発明の組成物は、改善された肺組織の再生を提供する。特に、組織の再生は、本発明の組成物の結果として、より迅速に達成される。
【0124】
有利なことに、本発明の組成物および方法は、従来技術の方法を超える改善を示す。一態様では、肺組織異常の治療に使用するための該組成物は、幹細胞、好ましくはiPS細胞を含み、これらの細胞は、本明細書の他の箇所で説明するように、3次元培養物を作製するために足場に播種されて、インビトロで培養されたものである。
【0125】
創薬のためのモデル
本発明は、肺の疾患または障害に対する治療活性について試験化合物の評価を可能にするのに適したインビトロ方法を提供する。好ましくは、この方法は、工学的に作製された3次元肺組織の使用を含む。
【0126】
本発明は、大型哺乳動物の肺組織を培養するためのバイオリアクターの開発に基づいている。いくつかの例では、肺組織は、適切な細胞を播種することができる脱細胞化された肺足場から産生される。ある場合には、3次元の工学的肺組織を作製するために、上皮細胞、間葉細胞および内皮細胞を含むiPS細胞の混合集団が使用される。例えば、iPS細胞は3次元の脱細胞化肺組織内に配置される。こうして、このモデルには、増殖および近隣細胞との細胞間連絡に及ぼすiPS細胞の影響が組み込まれている。3次元肺組織は天然の肺組織を模倣しており、例えば、工学的に作製された肺組織は天然の肺組織により例示される分枝状の形態形成を示す。したがって、特定の態様では、本発明のバイオリアクターで成長させた工学的肺組織は、種々の組成物の特性を評価するためのモデルとして役に立つ。
【0127】
前記モデルは、肺組織の病理に対する薬物の作用を試験するのに有用である。また、このモデルは、肺組織の病理に対する治療剤のための特定の送達ビヒクルの作用を調べるために使用することができ、例えば、異なる送達システムを介して投与された同じ剤の作用を比較するために、または単に送達ビヒクル自体(例えば、ウイルスベクター)が肺の病理に影響を与えることが可能かどうかを評価するために使用される。
【0128】
一態様では、本発明は、肺組織の健康を調節する試験剤の能力について試験剤をスクリーニングするためのインビトロ方法を提供する。この方法は、試験剤を工学的に作製された3次元肺組織モデルに接触させ、その試験剤が肺組織モデルに及ぼす影響を測定することを含む。試験剤の存在下での該モデルにとってのどのような変化も、試験剤が肺組織の健康を調節することができるという指標である。
【0129】
別の態様では、本発明は、試験剤が肺組織に与える影響を観察するためのインビトロ方法を提供し、この方法は、以下の段階:
a)少なくとも1つの3次元肺組織モデルを提供する段階、その際、該モデルは正常な肺組織のモデルを作るよう意図される;
b)試験剤を該肺組織モデルと接触させる段階;および
c)試験剤が該肺組織モデルに与える影響を観察する段階;
を含む。
【0130】
前記組織モデルは、足場、例えばコラーゲンマトリックス上の細胞の3次元配列、および少なくとも1つの試験細胞を含む構築物である。前記方法は、肺組織の病理に対する試験剤の作用を観察することを含む。しかし、この方法は、肺組織の個々の細胞型に及ぼす試験剤の作用を観察する段階をさらに含むことができる。
【0131】
試験剤は、以下を含む任意の剤であり得る:化学物質(例えば毒素)、医薬品、ペプチド、タンパク質(例えば抗体、サイトカイン、酵素など)、ならびにタンパク質、アンチセンス剤(すなわち、標的細胞型において発現される標的RNAに相補的な配列を含む核酸、例えばRNAiまたはsiRNA)、リボザイムなどの治療剤をコードし得る、遺伝子医薬品および導入遺伝子を含めた、核酸。追加的にまたは代替的に、試験剤は放射線(例えば、電離放射線、UV光、または熱)などの物理的作用剤であってもよい;これらは単独で、または化学物質および他の剤と組み合わせて試験することができる。
【0132】
前記モデルはまた、送達ビヒクルを試験するためにも使用することができる。これらは、従来の医薬製剤から、遺伝子送達ビヒクルまで、どのような形態であってもよい。例えば、前記モデルを用いて、2つ以上の異なる送達システム(例えば、デポー製剤と徐放性製剤)によって投与された同じ剤の治療効果に及ぼす影響を比較することができる。また、それを用いて、特定のビヒクルが肺組織にそれ自体の影響を与えることができるかどうかを調べることができる。遺伝子ベースの治療薬の使用が増加するにつれて、各種の可能な送達システムに伴う安全性の問題がますます重要になりつつある。こうして、本発明のモデルは、裸のDNAまたはRNA、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスまたはアデノウイルスベクター)、リポソームなどの、核酸治療薬のための送達システムの特性を調べるために使用することができる。したがって、試験剤は、関連する治療薬を含んでいようがいまいが、任意の適切なタイプの送達ビヒクルであり得る。
【0133】
試験剤は、試験される前記モデルに、任意の適切な手段を用いて添加することができる。例えば、試験剤を該モデルの表面上に滴下して、該モデルの中に拡散させるか、または他の方法で入らせることができる。あるいは、試験剤を栄養培地に添加して、臓器にわたって灌流させることができる。このモデルはまた、電離放射線、UV光、もしくは熱などの物理的作用剤の影響を単独で、または化学物質と組み合わせて(例えば、光線力学療法において)、試験するのに適している。
【0134】
試験剤が前記モデルに与える影響を観察することは、さまざまな方法を用いて達成することができる。例えば、特定の剤はアポトーシスに入るように細胞を誘導し得る。細胞における検出可能な変化は、細胞の面積、体積、形状、形態、マーカー発現(例えば、細胞表面マーカーの発現)、または他の適切な特徴、例えば染色体断片化、の変化を含むことができる。細胞増殖に及ぼす試験剤の影響を観察するために、細胞数を監視してもよい;これは、直接的に、例えば存在する特定の細胞型の数をカウントすることによって、または間接的に、例えば特定の細胞塊の大きさを測定することによって、分析することができる。これらは、例えば適切な蛍光細胞染色を用いて、無傷のモデル上で直接的または間接的に観察することが可能である。これは、生きているモデルの連続分析のための生体染色色素または遺伝的に導入された蛍光マーカー(例えば緑色蛍光タンパク質)で細胞をプレラベリングすることによって、または固定化し、かつヨウ化プロピジウムもしくは蛍光標識抗体などの蛍光物質を用いてポストラベリングすることによって可能である。あるいは、モデルは、適切な細胞標的に対する抗体を用いて、免疫組織化学のような通常の組織学的方法により、または特定のmRNA種の発現について試験するための、インサイチュハイブリダイゼーションにおいて、処理することができる。さらに、これは、細胞を種々の時点で画像化し、例えば細胞密度、位置および/または形態の、何らかの変化を検出するコンピュータシステムおよびソフトウェアを用いて、自動化された/ロボットによる方法または半自動化された方法で行うことができる。共焦点レーザー走査型顕微鏡は特に無傷のモデルの3次元解析を可能にする。したがって、通常は従来の2次元培養物中の細胞にのみ可能である細胞挙動の定量分析を、無傷の3次元肺組織モデルに直接適用することが可能である。このようにして、とりわけ、細胞増殖、アポトーシス、壊死、遊走およびマトリックス侵入の定量的な連続分析が、従来の2次元細胞培養物と生きた動物モデルとの間のギャップを埋める3次元肺組織モデルにおいて得られる。
【実施例】
【0135】
実験的実施例
本発明は、以下の実験的実施例を参照することによりさらに詳細に説明される。これらの実施例は、例示のみを目的として提供され、他に特に規定がない限り、限定することを意図したものではない。したがって、本発明は、決して以下の実施例に限定されると解釈されるべきではなく、むしろ、本明細書に提供される教示の結果として明らかになる、ありとあらゆる変更を包含すると解釈されるべきである。
【0136】
さらなる説明なしに、当業者であれば、前述の説明および以下の例示的な実施例を使用して、本発明の複合物を作製して利用することができ、かつ特許請求された方法を実施することができると考えられる。したがって、以下の実施例は、本発明の好ましい態様を具体的に指摘しており、本開示の残りを何らかの点で限定するものとして解釈されるべきではない。
【0137】
実施例1:バイオリアクター
本発明のバイオリアクターは、工学的に作製されたヒトまたは大型哺乳動物の肺構築物の脱細胞化、再播種、および成長を目的として設計され、構成された。典型的なバイオリアクターの設計基準は、以下の通りである:
・ 脱細胞化と培養の全段階の間、該構築物に無菌環境を提供する;
・ リアクター内の工学的に作製された肺の容易なカニューレ挿入と装着、ならびに肺がリアクター内に取り付けられている間の外科用カニューレ挿入の容易な観察を可能にする;
・ リアクター内に肺を確実に位置付けて、正しい方向に配置する手段を提供する;
・ 肺自体の無菌性を損なうことなく、無菌環境の外でリアクターの解体および卓上メンテナンスを可能にする;
・ 全肺の培養に必要な培地の量を減らす。このような用途においては大量(10〜30リットル)の細胞特異的培地のコストが週に何万ドルもかかるので、これは重要な基準である;
・ インビボで該臓器に起こったものと非常に類似する速度および量で、(必要ならば、陽圧呼吸をまだ可能にしながら)該臓器に陰圧呼吸させる方法を提供し、可変の呼吸量、圧力、および速度を可能にする。これは決して無菌性を損なわない方法で行わなければならない;
・ インビボで該臓器に起こったものと非常に類似する拍動方法で、該臓器の血管系を通して流体を灌流させる方法を提供し、可変の拍出量、圧力、および速度を可能にする。これは決して無菌性を損なわない方法で行わなければならない;
・ 第三者モニタリング/感知器具または技術の容易な統合を可能にする;
・ 使いやすく、コンパクトで、内臓型で、ワークステーション間の輸送のために容易に移動可能であるシステムを設計する。
【0138】
本発明のバイオリアクターの非限定的な例は、
図1〜10に示される。
【0139】
本明細書に引用される特許、特許出願、および刊行物の1つ1つの開示は、その全体が参照により本明細書に組み入れられる。
【0140】
本発明は特定の態様に関して開示されているが、本発明の他の態様および変形が、本発明の真の主旨および範囲から逸脱することなく、当業者によって考案され得ることは明らかである。添付の特許請求の範囲は、すべてのそのような態様および同等の変形を含むと解釈されることが意図されている。