【実施例】
【0102】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は、本発明を説明するためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0103】
実施例1:発現が困難な特定の遺伝子を高発現させた細胞の樹立
(1)膜タンパクのTauTとAE1は細胞表面上で塩素イオンの搬入・排出を通して協同的に機能する。これまで、TauT高発現細胞のTauT機能増強のために、AE1を同時に高発現させた宿主細胞の樹立を繰り返し試みたが、薬剤選抜過程で浮遊細胞の付着化がみられ、共発現細胞は樹立されなかった。この場合、宿主細胞における元々のAE1の発現量はqPCRで検出限界以下であった。
(2)酵素のALT1とPC(Pyruvate Carboxylase)は、アラニンからピルビン酸、ピルビン酸からオキサロ酢酸を生合成する。これまで、TCA回路へと続く代謝経路の反応を促進するために、ALT1高発現宿主細胞にPCを高発現させようとしたが、共発現細胞は樹立されなかった。この場合、宿主細胞における元々のALT1の発現量はqPCRで検出限界以下であった。
【0104】
ところが、上記2例において、2番目の遺伝子導入の前にあらかじめAPESを高発現させておくと、APESを含めて3種類以上の遺伝子を高発現する細胞が樹立された。つまり、(1)ではTauT高発現細胞にAPESを高発現させたTAUT/APES細胞を構築したのち、AE1を導入することで、TauTとAE1を高発現する高増殖なTAUT/APES/AE1細胞が樹立された。(2)においても、(1)のTAUT/APES高発現細胞からALT1が高発現なTAUT/APES/ALT1細胞を構築した後、PCを導入することで、ALT1とPCを高発現する高増殖なTAUT/APES/ALT1/PC細胞が樹立された。一方、あらかじめAPESを高発現させていないTAUT/ALT1細胞からは、ALT1とPCを高発現するTAUT/ALT1/PC細胞は樹立されなかった。
【0105】
なお、本実施例においては、宿主細胞としてCHO細胞DXB-11株を用いた。
【0106】
〔実施例1−1〕DXB11/TAUT/APES細胞の樹立
ハムスターTAUT発現プラスミドpHyg-TAUTを宿主細胞のDXB11にエレクトロポレーション法で導入し、200μg/mLハイグロマイシン存在下で選抜すると、高増殖、且つハムスターTAUT(taurine transporter)高発現な細胞であるDXB11/TauT (DT)が樹立された(
図26)。さらに、APES発現プラスミドpPur-APES165をエレクトロポレーション法で導入し、6 μg/mLのピューロマイシン存在下で選抜すると、高増殖、且つAPESを強制発現させることでNfkbia mRNA発現が抑制された細胞であるDXB11/TAUT/APES (DTP)(
図26)が樹立された。DTP細胞において、ハムスターTAUT mRNA高発現、Nfkbia mRNA発現抑制が継代培養を繰り返しても安定に維持されることはTaqman法で確認された(
図27)。
【0107】
〔実施例1−2〕DXB11/TAUT/APES/AE1細胞の樹立
2種のトランスポーターを共に安定に高発現させた宿主細胞の樹立には困難を伴う場合がある。たとえば、宿主細胞DXB11にTAUTとAE1(anion exchanger 1)を共に高発現させた安定株は樹立されなかった。しかし、
図26のハムスターTAUT高発現でAPESを強制発現させることでNfkbia mRNA発現が抑制された細胞であるDXB11/TauT/APES (DTP)にヒトAE1発現プラスミドpNeo-AE1をエレクトロポレーション法で導入し、200 μg/mLのG418存在下で選抜すると、高増殖、且つハムスターTAUTとヒトAE1を共に高発現している細胞であるDXB11/TAUT/APES/AE1 (DTPE) が樹立された(
図28)。
【0108】
DTPE細胞において、ハムスターTAUT mRNA高発現、ヒトAE1 mRNA高発現、Nfkbia mRNA発現抑制が、継代培養を繰り返しても安定に維持されることはTaqman法で確認された(
図27、
図28)。
【0109】
一方、APES導入前のDXB11/TAUT (DT)細胞にヒトAE1発現プラスミドpPur-AE1をエレクトロポレーション法で導入し、6 μg/mLのピューロマイシン存在下で選抜すると、DXB11/TAUT/AE1 (DTE)細胞は樹立されなかった。
【0110】
以上より、TAUTによるCl
-イオンの排出、AE1によるCl
-イオンの取り込みを介して、協調的に機能する2種のトランスポーターを共に高発現させるためには、APES高発現によるNfkbia mRNAの発現抑制が必要であると考えられる。
【0111】
〔実施例1−3〕DXB11/TAUT/APES/ALT1/PC細胞の樹立
2種の酵素を共に安定に高発現させた宿主細胞の樹立にも困難を伴う場合がある。たとえば、ALT1(alanine transferase)とPC(pyruvate carboxylase) を共に高発現させた安定株は樹立されなかった。しかし、
図26のDXB11/TauT/APES (DTP)にヒトALT1発現プラスミドpNeo-ALT1をエレクトロポレーション法で導入し、200 μg/mLのG418存在下で選抜すると、高増殖、且つ ヒトALT1高発現な細胞であるDXB11/TAUT/APES/ALT1 (DTPL) が樹立されたが、さらに、DTPL細胞にヒトPC発現プラスミドpZeo-PCをエレクトロポレーション法で導入し、200 μg/mLの Zeocin存在下で選抜することで高増殖、且つヒトPC高発現な細胞であるDXB11/TAUT/APES/ALT1/PC (DTPLC)が樹立された(
図29)。
【0112】
DTPLC細胞において、ハムスターTAUT mRNA高発現, ヒトALT1 mRNA高発現、、 Nfkbia発現抑制、ヒトPC mRNA高発現が継代培養を繰り返しても安定に維持されることはTaqman法で確認された(
図27、
図29)。
【0113】
一方、APES導入前のDXB11/TAUT (DT)細胞にヒトALT1発現プラスミドpPur-ALT1をエレクトロポレーション法で導入し、6μg/mLのピューロマイシン存在下で選抜すると、高増殖、且つ ヒトALT1高発現な細胞であるDXB11/TAUT/ALT1 (DTL) が樹立されたが、さらに、DTL細胞にヒトPC発現プラスミドpNeo-PCをエレクトロポレーション法で導入し、200 μg/mLの G418存在下で選抜すると、DXB11/TAUT/ ALT1/PC (DTLC)は樹立されなかった(
図30)。
【0114】
以上より、ピルビン酸代謝経路の連続した反応を促進する酵素であるALT1とPCを共に高発現させるためには、APES高発現によるNfkbia mRNAの発現抑制が必要であると考えられる。
【0115】
実施例2:倍加時間が速く、安定に増殖する細胞の樹立方法
〔実施例2−1〕倍加時間(概算値)の算出
倍加時間(概算値)は、125-mL Erlenmeyer Flaskによるシェーカー培養後、Roche Cedex Cell Counter and Analyzer system (Innovatis AG, Bielefeld, Germany) によって生細胞数を測定、算出した。Viabilityが90%以上に維持された状態の個々の細胞から継代培養を開始して、初発細胞密度2×10
5 cells/mLからの3日間培養、あるいは初発細胞密度1×10
5 cells/mLからの4日間培養などによって過増殖にならないように培養を繰り返しおこない、Viabilityを90%以上に維持しながら継代間の倍加時間を算出した。遺伝子を強制発現させた改変細胞の継代培地には各種遺伝子導入に用いたハイグロマイシン等の薬剤が含まれるが、薬剤以外はDXB11(dhfr-)と同一培地を使用した。
【0116】
遺伝子導入による改変前のDXB11(dhfr-)の倍加時間(概算値)は、薬剤を含まない培地での継代培養((Viabilityが99.5%の細胞から継代培養を7回(3日間培養を4回、4日間培養を3回))で算出したところ、27.5 ±1.7時間であった(
図31)。
【0117】
〔実施例2−2〕各種の遺伝子強制発現宿主の樹立と倍加時間
図32に示したように、各種の遺伝子の強制発現によって改変宿主を樹立した。まずはDXB11(dhfr-)にTAUT (Taurine Transporter) の発現プラスミド(pHyg-TAUT)をエレクトロポレーション法で導入、約2-3週間後に200 μg/mL ハイグロマイシン存在下で増殖良好であった細胞を2種類選抜した。さらに、継代培養時の遺伝子発現プロファイルをAFFYMETRIX社のオリゴヌクレオチドアレイ(Affymetrix MOUSE430_2)を用いたGeneChip実験で比較し、TAUT mRNAが高発現で、その他の発現プロファイルはDXB11(dhfr-)と類似していた選抜株をDT宿主とした。樹立されたDT宿主の倍加時間(概算値)は、薬剤(ハイグロマイシン)を含む培地での継代培養(((Viabilityが90.0%以上の細胞から継代培養を11回(3日間培養を4回、4日間培養を7回))で算出したところ、26.1 ±2.7時間であり、倍加時間はDXB11(dhfr-)に対してほぼ同等であった(
図31)。
【0118】
次に、DT宿主をさらに改変するために抗体産生細胞において発現が異常に亢進されていたAPESの一部配列APES165(特願2011-082002)を強制発現させた。DT宿主にpPur-APES165をエレクトロポレーション法で導入、約2-3週間後に6 μg/mL ピューロマイシン存在下で増殖良好であった細胞を9株選抜すると、APES発現量と細胞増殖に相関 (R2=0.701)がみられた(
図20)。
【0119】
TAUTとAPESが共に高発現しており、倍加時間が20.8時間と最も速かった細胞株をDTP宿主とすると、DTP宿主はいままでにない形質を獲得していた。たとえば、TAUTと共に強制発現させた宿主細胞を樹立できなかったAE1(Anion Exchanger 1)の発現プラスミド(pNeo-AE1)をエレクトロポレーション法導入、約2-3週間後に200 μg/mL G418存在下で増殖良好であった細胞を選抜すると、TAUTとAE1が共に高発現な細胞が構築された。最もAE1発現量の高かった細胞をDTPE宿主とすると、長期間培養を繰り返しても安定であり、倍加時間はDTP宿主よりも速かった(
図33、57継代、19.9 ±4.3時間)。
【0120】
次の例としては、TAUTと共に強制発現させた宿主細胞を樹立できたALT1 (Alanine Aminotransferase 1) の発現プラスミド(pNeo-ALT1)をエレクトロポレーション法で導入、約2-3週間後に200 μg/mL G418存在下で増殖良好であった細胞を選抜して、TAUTとAE1が共に高発現な細胞を構築した。ALT1発現量と細胞増殖には相関がみられるため、最もALT1発現量の高かった細胞をDTPL宿主とすると、こちらも長期間培養を繰り返しても安定であり、倍加時間はDTP宿主よりも速かった(
図33、57継代、19.8 ±4.3時間)。ALT1はAPESの強制発現に依存せずにTAUTと共に強制発現させた宿主細胞を樹立できるので、DT宿主にALT1の発現プラスミド(pPur-ALT1)をエレクトロポレーション法で導入、約2-3週間後に6 μg/mL ピューロマイシン存在下で増殖良好であった細胞を選抜し、最もALT1発現量の高かった細胞をDTL宿主とすると、長期間培養を繰り返しても安定であったが、DTPL宿主との比較では増殖にばらつきがみられ、倍加時間はDTPL宿主よりも遅かった(
図33、57継代、21.9 ±7.3時間)。
【0121】
以上の結果は、(1)APESを強制発現させることで倍加時間の速い宿主細胞を構築できること、(2)APES強発現宿主はさらに新しい遺伝子を導入することで、倍加時間のより速い細胞を構築できることを示している。このような機能をもつ核酸配列は知られていない。
【0122】
参考例
本発明者らは、以前、高い組換え抗体産生能を有する培養細胞株(CHO細胞株)を材料として、当該細胞株で発現が顕著な遺伝子について検討を行い、一つのmRNA型ノンコーディングRNAを同定した。この転写産物はNfkBiaのmRNAの非翻訳領域の相補鎖に相当した。さらに、この転写産物中の一部の配列からなる核酸分子を組換え培養細胞中で発現させることにより、当該培養細胞の抗体産生能を顕著に向上させることを見出した。また、本発明者らは当該ノンコーディングRNAの発現が昂進された抗体高産生細胞ではNfkBiaの発現が抑制されていること、高い抗体産生能を有する培養細胞が細胞内でNfkBiaの発現を抑制していること、培養細胞内のNfkBiaの発現を制御する転写産物を高発現させることにより、抗体の生産量が増加することを見出した。
【0123】
これらの事項を、以下の参考例により説明する。
【0124】
〔参考例1〕各種遺伝子導入CHO細胞のGeneChip解析実験
GeneChip実験は、AFFYMETRIX社のオリゴヌクレオチドアレイ(Affymetrix MOUSE430_2)を用いて通常の手順にしたがった。ただし、Hamster Arrayは商品化されていないためMouse Genome 430 2.0 Arrayを用いた。ハイブリダイゼーション条件の最適化によって、Test 3 array 上のMouse Gene16種のプローブ中、8種のプローブでPresent Callが得られるようになり、Mouseとの塩基配列相同性が約90%以上の場合は、Hamster転写産物の発現定量が可能になった。
【0125】
各種遺伝子を強発現させた細胞から高純度total RNAを調製したのち、total RNAとT7プロモーター配列を含むオリゴdTプライマー(T7-(T)24)を用いてcDNAを合成した。つぎに、Bio-11 CTP, Bio-16 UTPとMegascript T7 Kit(Ambion)を用いた転写反応により、cDNAからビオチンラベルcRNAを合成した。cRNAはカラム精製後、電気泳動上で18sから28s rRNAに相当する分子量が確認された高品質cRNAを断片化し、均一なサイズをもつGeneChipサンプルとした。使用までのGeneChipサンプルは、ハイブリダイゼーションサンプル溶液を加えて−80℃で凍結保存した。サンプル溶液は使用直前に熱処理、遠心、Mouse Genome 430 2.0 Arrayにアプライし、Arrayを回転させながら45℃のハイブリダイゼーション専用オーブンで16時間インキュベーションした。サンプルを回収、Arrayを繰り返し洗ってStreptavidin R-Phycoerythrinで染色後にスキャンした。
【0126】
Array上の転写物(約45,000)のGeneChipシグナル値を比較することで、1Lジャー流加培養10日目に900mg/L以上のMAb1(抗IL-6R抗体;tocilizumab、商品名 アクテムラ)を産生するMAb1(抗IL-6R抗体)強発現 TAUT強発現 CSAD強発現DG44細胞の継代培養細胞において、発現強度が高く且つ発現昂進が著しい転写産物としてマウスゲノム上のmRNA型ノンコーディングRNAUG_GENE=AI462015(Affymetrix MOUSE430_2, 1420088_AT)を同定した(
図1:AI462015転写産物の配列)。
【0127】
AI462015は437塩基のmRNA型ノンコーディングRNAであるが、その配列はマウスゲノム12のNfkBia mRNA 3’側の非翻訳領域近傍(56590831- 56590397)の相補鎖上に存在する。AI462015転写産物が直接にNfkBia mRNAの非翻訳領域に作用して翻訳を阻害する可能性、あるいは437塩基の一部の配列が低分子 RNAとして機能してNfkBia mRNAを分解する可能性が考えられた。
【0128】
たとえば、AI462015配列中の5’側40番目のAから91番目のAを含む52塩基の配列(AAGTACCAAAATAATTACCAACAAAATACAACATATACAACATTTACAAGAA:配列番号7)は、ラット NfkBia mRNA 3‘側の非翻訳領域(1478-1529, GENE ID: 25493 NfkBia) の相補鎖と一塩基(AI462015中の5’側61番目のA)を除いて一致しており、さらにはAI462015の40番目のAから63番目のAを含む24塩基の配列(AAGTACCAAAATAATTACCAACAA:配列番号9)は、ヒト NfkBia mRNA 3‘側の非翻訳領域の一部配列(TTGTTGGTAATTATTTTGGTACTT, 1490 - 1513:配列番号24)の相補鎖でもあることから、52塩基の一部である19-25塩基がmicroRNAとして、あるいは一部配列がアンチセンスRNAとしてCHO細胞のNfkBia mRNAに作用する可能性が予測された。
【0129】
さらに、その後のGeneBankの情報更新によって、AI462015の転写産物である437塩基はマウスNfkBia 遺伝子の3’側 非翻訳領域(513塩基)の相補鎖に相当することが明らかになった(
図23)。
図24に示したように、CHO-K1細胞のゲノム配列上にAI462015の相同配列が存在すること(配列番号25:AI462015;配列番号26-27:CHO-K1ゲノム)、さらに、抗体高産生なCHO細胞においてNfkbia の発現抑制(参考例4)がみられたことから、CHO細胞ではAI462015の相同配列が高発現されて機能するものと考えられる。
【0130】
たとえば、AI462015配列中の5’側7番目のTから91番目のAを含む85塩基の配列(
図23と24の下線部、配列番号29)(TGTAAAAATCTGTTTAATAAATATACATCTTAGAAGTACCAAAATAATTACCAACAAAATACAACATATACAACATTTACAAGAA)は、ラット NfkBia mRNA 3‘側の非翻訳領域(1478-1562, GENE ID: 25493 NfkBia、配列番号31) の相補鎖と一塩基(AI462015中の5’側70番目のA)を除いて一致しており(Matching = 84/85、
図25b)、同様に、ヒト(Matching = 75/85、
図25a、配列番号30)、チンパンジー(Matching = 75/85、
図25c、配列番号32)、アカゲザル(Matching = 74/85、
図25d、配列番号33)、ウシ(Matching = 76/85、
図25e、配列番号34)でも相同性が確認された。よって、この85塩基(Conserved Sequence 7-91)の一部である19-25塩基がmicroRNAとして、あるいは一部配列がアンチセンスRNAとして種を超えて動物細胞、若しくは哺乳動物細胞に作用すると考えられる。従って、動物培養細胞、好ましくはCHO細胞のような哺乳動物細胞のNfkBia mRNAにも作用することが予測された。
【0131】
〔参考例2〕抗体高産生細胞において発現昂進された転写産物の同定
参考例1で、MAb1(抗IL-6R抗体;tocilizumab、商品名 アクテムラ)高産生DG44細胞で転写産物AI462015の発現量が昂進されたが(
図2)、異なる宿主細胞(CHO-DXB11s)に異なる抗体(MAb2:抗グリピカン3抗体;GC33(WO2006/006693参照))を高産生させた場合も同様にAI462015転写産物の発現昂進がみられた(
図3)。
【0132】
図2に示したように、CHO-DG44細胞にタウリントランスポーター (TauT)遺伝子を強発現させた場合、システインスルフィン酸デカルボキシラーゼ(CSAD)遺伝子を強発現させた場合(data not shown)、TauTとCSADを共に強発現させた場合、いずれも転写産物AI462015の発現量は同程度であったが、TauTとCSADを共に強発現させた細胞にさらにMab1(抗IL-6レセプター抗体)を強発現させた場合は、AI462015の異常な昂進(宿主細胞の7倍)がみられ、発現量も異常に高いGeneChipシグナル値(10,000以上)を示した。コントロールのGAPDH発現強度は細胞間で同レベルであったことから、転写産物AI462015の発現昂進はMab1抗体高産生細胞に特異的であった。
図3も同様であり、CHO-DXB11s細胞にMAb2(抗グリピカン3抗体)遺伝子を強発現させた場合、AI462015配列の発現昂進(TauT, CSAD, AE1強発現細胞の平均値の13倍)はMAb2抗体高産生細胞に特異的であった。
【0133】
以上の結果は、シェーカー継代培養3日目で安定増殖している抗体高産生細胞は、AI462015配列を異常に高発現していることを示している。
【0134】
また、1Lジャー培養3日目の生産培養条件下においてもAI462015配列の異常な発現昂進がみられた。
図4に示したように1Lジャー流加培養の10日目に約1200−1400mg/LのMAb1(抗IL-6R抗体)を産生する2種の抗体高産生細胞は5,000以上の高いGeneChipシグナル値を示した。培養条件の違いから、1Lジャー流加培養3日目のシグナル値はシェーカー培養の50%程度であったが、培養後期13日目にAI462015配列の発現強度はシェーカー継代培養と同程度にまで昂進され、異常に高いシグナル値を示した(
図5)。一方、抗体産生量の低いMAb1強発現DXB11s細胞(加水分解物無添加のシェーカー培養7日目で300mg/L以下、加水分解物添加でも500mg/L以下)は、高産生化に寄与する加水分解物(Hy-Fish、Procine Lysate)を添加した条件でも、1Lジャー培養3日目の AI462015配列の発現昂進はみられなかった(
図6)。
【0135】
図2で高いシグナル値を示したMAb1強発現TauT強発現CSAD強発現DG44細胞の抗体産生量が高かったこと(加水分解物無添加のシェーカー培養7日目で640mg/L)、
図3で高いシグナル値を示したMAb2強発現DXB11s細胞の抗体産生量が高かったこと(加水分解物無添加のシェーカー培養7日目で640mg/L)、
図6で抗体高産生化に寄与する加水分解物を加えた場合もシグナル値が昂進されなかった実験結果に基づいて、「AI462015配列の発現量が高い細胞は抗体産生ポテンシャルが高い」と考えられた。
【0136】
〔参考例3〕APES強発現による抗体産生細胞の高産生化例
AI462015配列発現量の高さが抗体産生ポテンシャルの高さと相関することを示すため、
図6で抗体産生ポテンシャルの低かったMAb1強発現DXB11s細胞にAI462015配列の一部を発現するプラスミドを導入し、強発現させて抗体産生ポテンシャルを比較した。
【0137】
マウスゲノム由来の転写産物AI462015(
図1、437塩基) 配列の一部(Affymetrix GeneChipのAI462015 Probe Sequenceを含む)5’側4番目のGから3’末端のTまでをAPES434、5’側4番目のGから168番目のCまでをAPES165と命名して、2種類の発現ユニットを作成した(APESとはAntibody Production Enhancing Sequenceの略称)。Kozak配列を加えた発現ユニットを合成することで、CMVプロモーター下で高発現するpHyg-APES434(
図7)、 pHyg-APES165(
図8)、pHyg-null(
図9)を構築した。
【0138】
Amaxa社(現、LONZA社) 遺伝子導入システムNucleofectorによって、
図6の抗体低産生株の MAb1強発現DXB11s細胞に発現プラスミドを導入し、96ウェルプレート上でHygromycin(200μg/ml) を含む選択培地存在下で高増殖だった全細胞株を選抜し、24ウェルプレート拡大後に抗体産生量を比較した。選抜された株数はそれぞれpHyg-APES434(N=38), pHyg-APES165(N=60)、pHyg-null(N=11)であり、それらの株数はAPES強発現プラスミド導入によるポジティブ効果を期待させた。1mL継代培地を含む24ウェルプレートでの静置培養は、培養13日目に細胞増殖がみられなかったので、抗体産生量および細胞数を測定した。抗体産生量の平均値はpHyg-APES434(44.3 mg/L)、 pHyg-APES165(41.2 mg/L)、pHyg-null(21.9 mg/L)、細胞数(平均値)はpHyg-APES434(9.27x10
5cells/mL)、 pHyg-APES165(11.39x10
5 cells/mL)、pHyg-null(7.76x10
5cells/mL)であり、pHyg-APES434、 pHyg-APES165導入細胞は共にコントロールのpHyg-nullに対して統計的に優位であった(t検定 P< 0.001,
図10)。
【0139】
以上の結果は、AI462015転写産物の5’側165bpを含む核酸配列(例えば配列番号2のDNAの転写産物であるAPES165、又は配列番号3のDNAの転写産物であるAPES434)を強発現させると、細胞の抗体産生ポテンシャルが上がったことを示している。
【0140】
〔参考例4〕抗体高産生CHO細胞におけるNfkBiaの発現抑制
参考例1で述べたように、AI462015配列はマウスゲノム12のNfkBia 遺伝子の3’側の非翻訳領域近傍(3’側78bp)の相補鎖上に存在すること、AI462015配列に含まれる22塩基(AAGTACCAAAATAATTACCAAC:配列番号10)はヒトNfkBia 遺伝子の3’側非翻訳領域(1492-1513)の相補鎖と同一配列であり、さらにラット、アカゲザル、イヌ、ウマなど種を超えて保存されていることからmicroRNAとしてRNA干渉してNfkBia mRNAを分解する可能性があること、あるいはAI462015発現を定量できるAFFYMETRIX社のオリゴヌクレオチドアレイ(Affymetrix MOUSE430_2)上の特異的プローブ配列領域(CATATACAACATTTACAAGAAGGCGACACAGACCTTAGTTGG:配列番号16)42bpの前半部分に相当する5’側71番目のCからの21塩基(CATATACAACATTTACAAGAA:配列番号15)がラットNfkBia mRNAの1478から1498塩基目の相補配列であることから、AI462015配列由来の核酸分子がNfkBia mRNA にRNA干渉し、発現を抑制することで抗体高産生CHO細胞のホメオスタシスを維持する可能性が考えられた(ノックアウトマウスのlethality はpostnatal)。(注記:後に、AI462015の転写産物はマウスNfkBia 遺伝子の3’側513塩基の非翻訳領域の相補鎖に相当することが判明した。参考例8参照。また、マウスGeneChipで定量されたAI462015の71番目から112番目の配列(配列番号16)はCHO細胞での転写産物として確認された。)
【0141】
そこで、抗体産生ポテンシャルが高かったAI462015高発現細胞でのNfkBia mRNA 発現量を定量し、その発現が抑制されていることを確認することにした。
【0142】
CHO細胞のNfkBia mRNA配列は未知であったため、マウスとラットのアミノ酸コード領域(共に942塩基:314アミノ酸)で保存されている配列からプローブ( 5’ACTTGGTGACTTTGGGTGCT、 5’GCCTCCAAACACACAGTCAT )(配列番号17、18)を設計して325bpのPCR産物を得た。 PCRクローニングされた325bp は、その配列相同性からCHO細胞由来NfkBia mRNAの一部配列であると考えられる(
図11)。
【0143】
Mouse Genome 430 2.0 Array(参考例1)では、そのプローブ配列がCHO細胞の種特異的配列に相当するためなのか、NfkBia mRNA発現を定量できなかったが、325bp PCR産物量を比較すると、抗体を産生させていない遺伝子強発現細胞(レーン1,2)に対して、AI462015配列の発現が昂進された抗体高産生細胞(レーン3,4)ではNfkBia mRNA発現が抑制されていた。さらに、325bp の一部の配列を定量可能なTaqMan Probe Set(
図12)を設計し、RT-PCR法で定量すると、抗体高産生細胞では、抗体を産生させていない細胞の約50%にまでNfkBia mRNA発現が抑制されていた(
図13)。
【0144】
以上から、抗体高産生細胞ではNfkBia mRNAの発現が抑制されており、その結果、抗体産生ポテンシャルが上がると考えられる。実際、われわれが抗体遺伝子発現に用いている発現プラスミドのプロモーター/エンハンサー領域には 複数個以上のNfkB結合部位が存在しており(
図14:マウスMCMV IE2プロモーター上のNfkB結合部位)、それらのエンハンサー領域は抗体遺伝子の高発現に必須の領域であることから、NfkBia発現抑制によって活性化されたNfkBが核内に移行し、プロモーター活性が増強されることが、抗体高産生の一因であると考えられる。
【0145】
〔参考例5〕抗体高産生CHO細胞で亢進されているmicroRNAの解析
microRNAを解析するために、
図15に示したようにMir-X
TMmiRNA First-Strand Sythesis Kit (Clontech)を用いて、継代培養中のMAb1(抗IL-6R抗体)高産生DXB11s細胞とMAb1(抗IL-6R抗体)高産生TAUT強発現DXB11s細胞、さらに抗体遺伝子導入前のDXB11s宿主細胞から調製したsmall RNAの3’側にpoly(A)タグを付加したのち、オリゴdTを3’側にPCRプライマー配列(mRQ 3’Primer)を5’側にもつアダプターをプライミングして一次鎖cDNAを合成した。得られたcDNAを鋳型にして、mRQ 3’ primer と 予想されたAPES配列由来のmicroRNA-specific Primer(APES 40-61 5’ primer, あるいは APES 71-91 5’ primer)、さらに ポジティブコントロールのU6 snRNA 5’ primerを用いてqPCR反応(95℃ 5sec, 60℃ 20sec, 30cycles)をおこなった。PCR反応液は、精製後、3%アガロースゲルで電気泳動した。
図16に示したように、APES 40-61 5’ primerとU6 snRNA 5’ primerによるPCR反応で目的の大きさのバンドがみられた。レーン1,2,3で示したように、APES 40-61(AAGTACCAAAATAATTACCAAC:配列番号10)22塩基がMAb1(抗IL-6R抗体) 高産生細胞中で高発現していた。ポジティブコントロールのU6 snRNA(レーン4)の発現量はいずれの細胞においても同レベルであったこと、またAPES 71-91(CATATACAACATTTACAAGAA:配列番号15)の存在は確認されなかったことから(data not shown)、種を超えて配列が保存されているAPES 40-61(22塩基)がmicroRNAとして抗体高産生化に寄与すると考えられた。
【0146】
〔参考例6〕APES強発現による抗体産生用宿主細胞の高増殖化例
抗体産生用宿主細胞DXB11/TAUTから、1Lジャー流加培養14日目に3.9g/LのMAb1(抗IL-6R抗体)を産生する抗体高産生細胞(DXB11/TAUT/MAb1)が得られ、TAUTの生存率維持能によって培養31日目に8.1g/Lを産生したが、実生産を考慮して培養14日目に高産生にするには、細胞最高到達密度(4.1 x10e6 cells/mL)を増加させる必要があった。APES強発現によるNfkbia mRNAの発現抑制(参考例4)がNfkbの活性化を促進するのであれば、増殖関連遺伝子の発現が亢進されるため、細胞最高到達密度は上がる可能性がある。APESと同様に抗体高産生化に寄与したALT1の共発現用プラスミドをそれぞれ(pPur-APES165, pPur-ALT1,
図17)、上記抗体高産生細胞DXB11/TAUT/MAb1(親株)に導入して高増殖な上位3株ずつを選抜し、シェーカー流加培養をおこなうと、APES165強発現細胞の細胞最高到達密度の平均値は(11.5±1.7)x10e6 cells/mLであり、ALT1強発現細胞の(8.9±1.8) x10e6 cells/mL以上に高増殖な細胞が得られた。さらにシェーカー流加培養14日目の抗体産生量の平均値は、APES強発現細胞:4.4±0.6 g/L, ALT1強発現細胞:4.0±0.6 g/Lと導入前のDXB11/TAUT/MAb1細胞:3.4g/L以上に高くなったことから、APES強発現効果はTAUT強発現効果に独立してポジティブに作用することが示された(
図18)。APES強発現による正の効果は1L-Jar流加培養において顕著であり、それぞれシェーカー流加培養での高増殖細胞を比較すると、APES強発現株は最も高増殖で、培養12日目で5.3g/Lと親株の3.2g/L, ALT1強発現株4.4g/Lに対して短期間培養で高産生である長所が示された(
図19)。以上の結果に基づき、抗体産生用宿主細胞DXB11/TAUTをより高増殖な宿主細胞に改変することにし、APES165強発現宿主DXB11/TAUT/APESを作成した。DXB11/TAUT宿主にpPur-APES165をエレクトロポレーション法で遺伝子導入し、薬剤選抜後に生存率、増殖ともに良好であった宿主候補の9株について、継代培養時のAPES snRNA (small non-coding RNA)発現量を定量した。APES発現量の高かったDXB11/TAUT/APES宿主候補株は培養時の生細胞密度が高く、相関(R
2=0.70)が示された(
図20)。
【0147】
〔参考例7〕APES強発現による抗体産生細胞の高産生化例2
参考例3と同様に、MAb1強発現DXB11s細胞にAI462015転写産物の5’側の部分配列を発現するプラスミドを導入し、抗体産生ポテンシャルを比較した。
【0148】
APES4-168(APES165)に加えて、さらにその一部配列からなるAPES4-68(配列番号5)およびAPES69-133(配列番号6)の発現ユニットを作成して、細胞の抗体産生ポテンシャルを検討した。空ベクター強発現(null)に対して APES 4-68は p<0.05, APES69-133は p<0.01の有意差で抗体高産生でとなった(t検定 P< 0.001、
図21)。
【0149】
参考例3および本参考例において同定された、APES活性を有する部分配列が、それぞれ、マウスAI462015転写産物のどの領域に相当するのかを
図22に示した。APES活性を示した部分配列はNfkbia相補配列を23塩基以上含んでいる。
【0150】
本発明は、あらゆる抗体等の組換えポリペプチド産生細胞へ応用可能である。
【0151】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。