特許第6463634号(P6463634)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6463634
(24)【登録日】2019年1月11日
(45)【発行日】2019年2月6日
(54)【発明の名称】改変宿主細胞の樹立方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/113 20100101AFI20190128BHJP
   C12N 5/16 20060101ALI20190128BHJP
   C12P 21/02 20060101ALN20190128BHJP
【FI】
   C12N15/113 ZZNA
   C12N5/16
   !C12P21/02 C
【請求項の数】19
【全頁数】35
(21)【出願番号】特願2014-540895(P2014-540895)
(86)(22)【出願日】2013年10月10日
(86)【国際出願番号】JP2013077629
(87)【国際公開番号】WO2014058025
(87)【国際公開日】20140417
【審査請求日】2016年5月17日
(31)【優先権主張番号】特願2012-225537(P2012-225537)
(32)【優先日】2012年10月10日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003311
【氏名又は名称】中外製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【弁理士】
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100135415
【弁理士】
【氏名又は名称】中濱 明子
(72)【発明者】
【氏名】田淵 久大
【審査官】 吉田 知美
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/119774(WO,A1)
【文献】 国際公開第2009/054433(WO,A1)
【文献】 国際公開第2009/020144(WO,A1)
【文献】 国際公開第2008/114673(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/137683(WO,A1)
【文献】 LEI, X. et al.,Regulation of NF-κB inhibitor IκBα and viral replication by a KSHV microRNA,Nat. Cell Biol.,2010年,12 (2),p.193-199
【文献】 LEI, X. et al.,Regulation of NF-κB inhibitor IκBα and viral replication by a KSHV microRNA,Nat. Cell Biol.,2010年,12 (2),p.193-199,要約、Figure 3(b)(c)(e)(f)(g)(h)(m)、Figure 4(a)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12N 5/16
C12P 21/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/WPIDS/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物細胞に、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を導入して、該遺伝子を発現させることを含む、同時に安定的に発現することが困難なタンパク質をコードする2つ以上の外来遺伝子を安定的に発現させることができる組換えタンパク質生産のための動物細胞株を樹立する方法であって、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAが
(1)NfkBiaのmRNAの一部に塩基対形成により結合し得る19〜25塩基長の連続する配列を含む30塩基長までの低分子RNAである;又は
(2)NfkBiaのmRNAの一部に塩基対形成により結合し得る19〜25塩基長の連続する配列を含む561塩基長までのmRNA型ノンコーディングRNAである;又は
(3)NfkBiaのmRNAの一部に塩基対形成により結合し得る19〜25塩基長の連続する配列を含む561〜1579塩基長のmRNA型ノンコーディングRNAである;
ここで、上記(1)〜(3)において、19〜25塩基長の連続する配列は、配列番号2で示される塩基配列中の任意の部分配列から転写されるRNA配列である、方法
【請求項2】
動物細胞に、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を導入して、該遺伝子を発現させることを含む、同時に安定的に発現することが困難なタンパク質をコードする2つ以上の外来遺伝子を安定的に発現させることができる組換えタンパク質生産のための動物細胞株を樹立する方法であって、
NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子が、配列番号1〜16及び29のいずれかの塩基配列を有する、方法。
【請求項3】
前記non-coding RNAの遺伝子が、配列番号2の塩基配列を有する、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
動物細胞に、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を導入して、該遺伝子を発現させることを含む、同時に安定的に発現することが困難なタンパク質をコードする2つ以上の外来遺伝子を安定的に発現させることができる組換えタンパク質生産のための動物細胞株を樹立する方法であって、
NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子が以下の塩基配列又はその相補配列を有するDNAである、方法:
(a)配列番号1〜16及び29のいずれかの塩基配列に塩基対形成により結合しうる配列;
(b)配列番号1〜16及び29のいずれかの塩基配列と1または数塩基を除き同一の塩基配列;
(c)配列番号1〜16及び29のいずれかの塩基配列を含む、NfkBia遺伝子の 3’側 非翻訳領域の部分配列;
(d)上記(c)の配列と1または数塩基を除き同一の塩基配列からなる配列。
【請求項5】
前記non-coding RNAの遺伝子が、以下の塩基配列又はその相補配列を有するDNAである、請求項4に記載の方法:
(a)配列番号2の塩基配列に塩基対形成により結合しうる配列;
(b)配列番号2の塩基配列と1または数塩基を除き同一の塩基配列;
(c)配列番号2の塩基配列を含む、NfkBia遺伝子の 3’側 非翻訳領域の部分配列;
(d)上記(c)の配列と1または数塩基を除き同一の塩基配列からなる配列。
【請求項6】
同時に安定的に発現することが困難なタンパク質がいずれも類似の機能を有するタンパク質に属することを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
類似の機能を有するタンパク質がトランスポーターまたは代謝酵素である請求項の方法。
【請求項8】
動物細胞に2種以上のトランスポーターの遺伝子を導入することを含む、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
動物細胞に2種以上の代謝酵素の遺伝子を導入することを含む、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
動物細胞にTauT及び2種の代謝酵素の遺伝子を導入することを含む、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
動物細胞が哺乳動物細胞である、請求項1〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
動物細胞に、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を導入して、該遺伝子を発現させ、且つ、同時に安定的に発現することが困難なタンパク質をコードする2つ以上の外来遺伝子を安定的に発現させた動物細胞であって、
NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAが
(1)NfkBiaのmRNAの一部に塩基対形成により結合し得る19〜25塩基長の連続する配列を含む30塩基長までの低分子RNAであって、該19〜25塩基長の連続する配列は、配列番号2で示される塩基配列中の任意の部分配列から転写される配列である、RNA;又は
(2)NfkBiaのmRNAの一部に塩基対形成により結合し得る19〜25塩基長の連続する配列を含む561塩基長までのmRNA型ノンコーディングRNAであって、該19〜25塩基長の連続する配列は、配列番号2で示される塩基配列中の任意の部分配列から転写される配列である、RNA;又は
(3)NfkBiaのmRNAの一部に塩基対形成により結合し得る19〜25塩基長の連続する配列を含む561〜1579塩基長のmRNA型ノンコーディングRNAであって、該19〜25塩基長の連続する配列は、配列番号2で示される塩基配列中の任意の部分配列から転写される配列である、RNA;又は
(4)配列番号1〜16及び29のいずれかの塩基配列によりコードされるRNA;又は
(5)以下の塩基配列又はその相補配列によりコードされるRNA:
(a)配列番号1〜16及び29のいずれかの塩基配列に塩基対形成により結合しうる配列;
(b)配列番号1〜16及び29のいずれかの塩基配列と1または数塩基を除き同一の塩基配列;
(c)配列番号1〜16及び29のいずれかの塩基配列を含む、NfkBia遺伝子の 3’側 非翻訳領域の部分配列;
(d)上記(c)の配列と1または数塩基を除き同一の塩基配列からなる配列
である、動物細胞
【請求項13】
哺乳動物細胞である、請求項12の動物細胞。
【請求項14】
細胞に、更に所望のタンパク質の遺伝子が導入されている、請求項1〜11のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
所望のタンパク質が抗体である、請求項14記載の方法。
【請求項16】
動物細胞に、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を導入して、該遺伝子を発現させることを含む、同時に安定的に発現することが困難なタンパク質をコードする2つ以上の外来遺伝子を安定的に発現させることができる組換えタンパク質生産のための動物細胞株を樹立する方法であって、
動物細胞に、1番目の外来遺伝子およびNfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を導入して、これらの遺伝子を発現させること、および
動物細胞に、1番目の外来遺伝子と同時に安定的に発現することが困難な2番目の外来遺伝子を導入すること、を含み、
1番目と2番目の外来遺伝子はタンパク質をコードする遺伝子であり、
ここで、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子は、以下の(ア)〜(オ)のいずれかの配列又はその相補配列:
(ア)配列番号2の塩基配列;
(イ)配列番号2の塩基配列に塩基対形成により結合しうる配列;
(ウ)配列番号2の塩基配列と1または数塩基を除き同一の塩基配列;
(エ)配列番号2の塩基配列を含む、NfkBia遺伝子の 3’側 非翻訳領域の部分配列;
(オ)上記(エ)の配列と1または数塩基を除き同一の塩基配列からなる配列を有し、
NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子、およびタンパク質をコードする1番目と2番目の外来遺伝子を発現する、組換えタンパク質生産のための動物細胞株が樹立される、前記方法。
【請求項17】
動物細胞に、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を導入して、該遺伝子を発現させることを含む、同時に安定的に発現することが困難なタンパク質をコードする2つ以上の外来遺伝子を安定的に発現させることができる組換えタンパク質生産のための動物細胞株を樹立する方法であって、
動物細胞に、1番目の外来遺伝子およびNfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を導入して、これらの遺伝子を発現させること、
動物細胞に、2番目の外来遺伝子を導入すること、および
動物細胞に、2番目の外来遺伝子と同時に安定的に発現することが困難な3番目の外来遺伝子を導入すること、を含み、
1番目、2番目、および3番目の外来遺伝子はタンパク質をコードする遺伝子であり、
ここで、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子は、以下の(ア)〜(オ)のいずれかの配列又はその相補配列:
(ア)配列番号2の塩基配列;
(イ)配列番号2の塩基配列に塩基対形成により結合しうる配列;
(ウ)配列番号2の塩基配列と1または数塩基を除き同一の塩基配列;
(エ)配列番号2の塩基配列を含む、NfkBia遺伝子の 3’側 非翻訳領域の部分配列;
(オ)上記(エ)の配列と1または数塩基を除き同一の塩基配列からなる配列を有し、
NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子、およびタンパク質をコードする1番目、2番目、3番目の外来遺伝子を発現する、組換えタンパク質生産のための動物細胞株が樹立される、前記方法。
【請求項18】
1番目の外来遺伝子がTAUT(taurine transporter)遺伝子である、請求項16または17に記載の方法。
【請求項19】
動物細胞に、更に所望のタンパク質の遺伝子が導入されており、当該所望のタンパク質の生産のための宿主細胞株が樹立される、請求項1618のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養動物細胞を用いた組換えタンパク質の製造に関し、より詳細には、目的のタンパク質を効率良く製造できるような宿主細胞を樹立する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組換え技術を用いて、医薬として有用なタンパク質を生産する際に、動物細胞を用いると、原核細胞が行い得ないような複雑な翻訳後修飾やフォールディングが可能となるため、動物細胞は組換えタンパク質生産のための宿主細胞として多用されてきている。
【0003】
近年、抗体や生理活性タンパク質などの多くのバイオ医薬品が輩出されているが、組換えタンパク質を効率よく動物細胞に生産させる技術は、バイオ医薬品の低コスト化につながり、患者への安定な供給を約束するものである。
【0004】
従って、より生産効率の高いタンパク質の製造方法が望まれている。
【0005】
宿主細胞に、目的のタンパク質の遺伝子に加えて、他の構造遺伝子を導入して高い発現量で発現させることにより、目的のタンパク質の生産効率を向上させる技術が知られている。
【0006】
例えば、膜輸送タンパク質であるタウリントランスポーター(TauT)遺伝子を高発現し、且つ所望のタンパク質をコードするDNAが導入された細胞を培養することを含む、タンパク質の製造方法が開示されている(特許文献1:WO2007/119774、特許文献2:WO2009/051109)。
【0007】
また、タウリン合成経路の酵素であるシステインスルフィン酸デカルボキシラーゼ(CSAD)遺伝子が導入された細胞を用いることによって所望のタンパク質の生産量が増加することが開示されている(特許文献3:WO2008/114673)。
【0008】
また、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)遺伝子が導入された細胞を用いることによって所望のタンパク質の生産量が増加することが開示されている(特許文献4:WO2009/020144)。アラニンアミノトランスフェラーゼはアラニンからグルタミン酸を生成させる酵素であり、ヒト肝細胞に含まれる酵素GTP(グルタミン−ピルビン酸トランスアミナーゼ)としても知られている。
【0009】
また、Bicarbonateトランスポーター機能を有するアニオンエクスチェンジャー(AE)の遺伝子が導入された細胞を用いることによって所望のタンパク質の生産量が増加することが開示されている(特許文献5:WO2009/054433)。
【0010】
さらに、CSADとTauTの共発現、ALTとTauTの共発現、BicarbonateトランスポーターとCSAD、又はBicarbonateトランスポーターとALTの共発現の結果、より一層所望のタンパク質の生産量が増加することも開示されている(特許文献3-5)。
【0011】
しかしながら、本発明者らは、今までの研究から、2種類の外来遺伝子を宿主細胞に導入する場合、其々単独で導入するとその遺伝子が安定的に発現した細胞株が樹立できる場合であっても、当該2種類の外来遺伝子を共に安定的に高発現させた細胞株が樹立できない場合があった。この場合、少なくとも一方の当該外来遺伝子と同じ遺伝子若しくはカウンターパート遺伝子の宿主細胞での発現量がqPCRで検出限界以下である場合、2種類の遺伝子を共に安定的に高発現させた細胞株が樹立できないことを経験した。特に、同じ機能を有する蛋白質の遺伝子若しくは同じ代謝系反応に関与する酵素の遺伝子、たとえば、2種類の膜輸送タンパク質を共に高発現させた宿主細胞や、2種類の酵素を共に高発現させた宿主細胞の樹立は不可能であった。また、GlycArt社の2種類の糖鎖関連酵素遺伝子は宿主細胞において発現しているが、さらに高発現させた宿主細胞由来の抗体産生細胞は、酵素遺伝子発現が不安定なため、抗体のアフコシル含量が期待される範囲を逸脱する事例がみられた。
【0012】
このように、異なる2種類以上の遺伝子を高発現させることには、困難が伴うことが多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】WO2007/119774
【特許文献2】WO2009/051109
【特許文献3】WO2008/114673
【特許文献4】WO2009/020144
【特許文献5】WO2009/054433
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、組換えタンパク質生産に使用される宿主細胞において、発現が困難な遺伝子を安定的に高発現させるための新規な技術を提供する。また、倍加時間が速く、安定に増殖する細胞株を樹立する技術も提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らの研究グループは、以前、タンパク質をコードしない核酸配列であって、宿主細胞内でRNAとして発現することにより、NfkBia(nuclear factor κB inhibitor α、又はI-κB(inhibitor-κB))の発現を制御し、組換え抗体等のタンパク質の産生能を向上させる機能を有する特定の核酸配列を見出した(PCT/JP2012/058577(WO2012/137683))。本発明者らは、そのような機能を有するRNA若しくはDNA又はそれらの配列を総称してAPES(Antibody Production Enhancing Sequence)(場合により、PPES (Polypeptide Production Enhancing Sequence)とも言う)と命名した。
【0016】
APESは、NfkBia(又はI-κB)の発現抑制を介してNF-κ(kappa)Bを活性化する機能性核酸であると考えられた。また、この様な機能を有する核酸として、KSHV miRNA-K1なども知られている(Lei, Xiufen et al., Nat. Cell. Biol.,12(2), p193-199, 2010)。
【0017】
今回、本発明者らは、APESの新たな用途を見出した。
【0018】
すなわち、本発明者らは、APESが、(1)通常の細胞では発現が困難な特定の遺伝子を高発現させた細胞の構築や、(2)通常の細胞では樹立が困難な異なる2種以上の遺伝子を安定的に高発現させた細胞の構築を可能にするような、導入遺伝子を安定的に高発現させる機能を持つことを見出した。
【0019】
したがって、本願は、APES遺伝子を宿主細胞に導入することにより、発現困難な外来遺伝子若しくは発現が不安定な外来遺伝子を、当該細胞内で安定的に高発現させる方法を提供する。
【0020】
また、本願は、APES遺伝子を宿主細胞に導入することによる、倍加時間が速く、安定に増殖する細胞の樹立方法を提供する。
【0021】
APES遺伝子は、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNA(タンパク質に翻訳されないRNA)をコードするDNAである。
【0022】
本願発明の要旨は次のとおりである。
(1)細胞に、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を導入して、該遺伝子を発現させることを含む、2つ以上の外来遺伝子を安定的に発現させることができる組換えタンパク質生産のための細胞株を樹立する方法。
(2)2つ以上の外来遺伝子が、同時に安定的に発現することが困難なタンパク質をコードする、(1)の方法。
(3)同時に安定的に発現することが困難なタンパク質がいずれも類似の機能を有するタンパク質に属することを特徴とする、(2)の方法。
(4)類似の機能を有するタンパク質が、トランスポーターまたは代謝酵素である(3)の方法。
(5)細胞に2種以上のトランスポーター(TauTとAE1)の遺伝子が導入される、(1)〜(4)の方法。
(6)細胞に2種以上の代謝酵素(ピルビン酸代謝経路の酵素、ALT1とPC)の遺伝子が導入される、(1)〜(4)の方法。
(7)細胞にTauT及び2種の代謝酵素の遺伝子が導入される、(1)〜(4)の方法。
(8)細胞に、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を含むDNA構築物を導入し、該non-coding RNAを細胞内で発現させることを含む、倍加時間の早い細胞を構築する方法。
(9)細胞に、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を導入して、該遺伝子を発現させ、且つ、2つ以上の外来遺伝子を安定的に発現させた細胞。
(10)NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAが、NfkBiaのmRNAの一部に塩基対形成により結合し得る19〜25塩基長の連続する配列を含む30塩基長までの低分子RNAである、(1)〜(8)の方法、又は(9)の細胞。
(11)NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAが、NfkBiaのmRNAの一部に塩基対形成により結合し得る19〜25塩基長の連続する配列を含む561塩基長までのmRNA型ノンコーディングRNAである、(1)〜(8)の方法、又は(9)の細胞。
(12)NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAが、NfkBiaのmRNAの一部に塩基対形成により結合し得る19〜25塩基長の連続する配列を含む561〜1579塩基長のmRNA型ノンコーディングRNAである、(1)〜(8)の方法、又は(9)の細胞。
(13)19〜25塩基長の連続する配列が、配列番号2で示される塩基配列中の任意の部分配列又はその相補配列である、(10)から(12)の方法又は細胞。
(14)NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子が、配列番号1〜16及び29のいずれかの塩基配列を有する、(1)〜(8)の方法、又は(9)の細胞。
(15)NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子が、以下の塩基配列又はその相補配列を有するDNAである、(1)〜(8)の方法、又は(9)の細胞:
(a)配列番号1〜16及び29のいずれかの塩基配列に塩基対形成により結合しうる配列;
(b)配列番号1〜16及び29のいずれかの塩基配列と1または数塩基を除き同一の塩基配列;
(c)配列番号1〜16及び29のいずれかの塩基配列を含む、NfkBia遺伝子の 3’側 非翻訳領域の部分配列;
(d)上記(c)の配列と1または数塩基を除き同一の塩基配列。
(16)細胞に、更に所望のタンパク質の遺伝子が導入されている、(1)〜(8)の方法又は(9)の細胞。
(17)所望のタンパク質が抗体である(16)の方法又は細胞。
(18)上記(1)に記載の2つ以上の外来遺伝子を安定的に発現させることができる組換えタンパク質生産のための細胞株を樹立する方法であって、
細胞に、1番目の外来遺伝子およびNfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を導入して、これらの遺伝子を発現させること、および
細胞に、1番目の外来遺伝子と同時に安定的に発現することが困難な2番目の外来遺伝子を導入すること、を含み、
1番目と2番目の外来遺伝子はタンパク質をコードする遺伝子であり、
NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子、およびタンパク質をコードする1番目と2番目の外来遺伝子を発現する、組換えタンパク質生産のための細胞株が樹立される、前記方法。
(19)上記(1)に記載の2つ以上の外来遺伝子を安定的に発現させることができる組換えタンパク質生産のための細胞株を樹立する方法であって、
細胞に、1番目の外来遺伝子およびNfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を導入して、これらの遺伝子を発現させること、
細胞に、2番目の外来遺伝子を導入すること、および
細胞に、2番目の外来遺伝子と同時に安定的に発現することが困難な3番目の外来遺伝子を導入すること、を含み、
1番目、2番目、および3番目の外来遺伝子はタンパク質をコードする遺伝子であり、
NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子、およびタンパク質をコードする1番目、2番目、3番目の外来遺伝子を発現する、組換えタンパク質生産のための細胞株が樹立される、前記方法。
(20)1番目の外来遺伝子がTAUT(taurine transporter)遺伝子である、(18)または(19)に記載の方法。
(21)細胞に、更に所望のタンパク質の遺伝子が導入されており、当該所望のタンパク質の生産のための宿主細胞株が樹立される、(18)〜(20)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、宿主細胞中で各種の外来遺伝子を安定的に高発現させることができるようになった。したがって、本発明を利用して、通常の細胞では発現が困難なポリペプチドが医薬品として製造可能となる。また、発現が困難な抗原タンパク質の発現量を高めて、そのような抗原に対する抗体の開発が容易となる。また、本発明により、複数の遺伝子を安定的に高発現させた細胞が構築できることから、有用遺伝子を多数組み込んだ、組換えタンパク質を産生するための宿主細胞の作製が可能となる。
【0024】
また、本発明の別の態様により、倍加時間が速く、安定に増殖する細胞が樹立可能となった。したがって、培養動物細胞を用いた組換えタンパク質の生産において、そのような細胞を宿主として利用すれば、目的のタンパク質を効率良く生産可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1図1は、同定されたAI462015転写産物の配列およびマウスゲノムでの位置を示している。(参考例1)
図2図2は、CHO-DG44細胞にMab1(抗IL-6レセプター抗体)を高発現させた抗体産生細胞の継代培養3日目におけるAI462015転写産物の発現強度を示している。(参考例2)
図3図3は、CHO-DXB11s細胞にMab2(抗グリピカン3抗体)を高発現させた抗体産生細胞の継代培養3日目におけるAI462015転写産物の発現強度を示している。(参考例2)
図4図4は、Mab2(抗グリピカン3抗体)産生細胞の1Lジャー流加培養3日目におけるAI462015転写産物の発現強度を示している。(参考例2)
図5図5は、Mab2産生細胞の1Lジャーの流加培養後期13日目におけるAI462015転写産物の発現強度の昂進を示している。(参考例2)
図6図6は、Mab1(抗IL-6レセプター抗体)産生ポテンシャルの低かった細胞の1Lジャー流加培養3日目におけるAI462015転写産物の発現強度を示している。(参考例2)
図7図7は、転写産物AI462015(437p)の一部配列434bpの発現プラスミドである。(参考例3)
図8図8は、転写産物AI462015(437p)の一部配列165bpの発現プラスミドである。(参考例3)
図9図9は、コントロールとしてハイグロマイシン耐性遺伝子のみを発現させたプラスミドである。(参考例3)
図10図10は、転写産物AI462015(437p)の一部配列の強発現によってMab1産生量が増加することを示している。(参考例3)
図11図11は、抗体高産生細胞での転写産物AI462015の強発現とNfkBia発現抑制を示している。(参考例4)
図12図12は、NfkBia発現定量に用いたプローブセットを示している。(参考例4)
図13図13は、抗体高産生細胞でのNfkBia発現抑制の定量結果を示している。(参考例4)
図14図14は、マウスMCMV IE2プロモーター上(配列番号23)の8つのNfkB結合部位(下線部)を示している。(参考例4)
図15図15は、microRNA発現の解析法の概略である。(参考例5)
図16図16は、抗体高産生細胞で高発現していたmicroRNA由来のPCR産物を示している。(参考例5)
図17図17は、pHyg-TAUT発現細胞に転写産物AI642048(437p)の一部配列165bpを共発現させたプラスミド pPur-APES165 および ALT1を共発現させたpPur-ALT1である。(参考例6)
図18図18は、APES強発現による細胞高増殖、抗体高産生効果を示したシェーカー流加培養の結果である。(参考例6)
図19図19は、APES強発現による細胞高増殖、抗体高産生効果を示したL-Jar流加培養の結果である。(参考例6)
図20図20は、APES165強発現宿主候補細胞(9株)のAPES発現量と生細胞密度の相関を示している。(参考例6)
図21図21は、転写産物AI462015(437p)の一部配列APES165のさらに部分配列の強発現によってMab1産生量が増加することを示している。(参考例7)
図22図22は、図21で抗体高産生効果のあったAPES165のさらに部分配列がNfkbia相補配列を含むことを示している。(参考例7)
図23図23は、AI462015がマウスNfkbia mRNAの相補鎖であることを示している。(参考例1)
図24図24は、AI462015の相同配列がCHO−K1細胞ゲノムに存在することを示している。(参考例1)
図25-1】図25aは、AI462015の一部配列(5′末端から7-91番目)が、種を超えて保存されていることを示している。(参考例1)図25bは、AI462015の一部配列(5′末端から7-91番目)が、種を超えて保存されていることを示している。(参考例1)
図25-2】図25cは、AI462015の一部配列(5′末端から7-91番目)が、種を超えて保存されていることを示している。(参考例1)図25dは、AI462015の一部配列(5′末端から7-91番目)が、種を超えて保存されていることを示している。(参考例1)
図25-3】図25eは、AI462015の一部配列(5′末端から7-91番目)が、種を超えて保存されていることを示している。(参考例1)
図26】DXB11/TAUT/APES (DTP)細胞の樹立。(実施例1)
図27】ハムスターTAUT、ヒトALT1、及びNfkbia のmRNA発現レベルを示す。(実施例1)
図28】DXB11/TAUT/APES/AE1 (DTPE) 細胞の樹立。(実施例1)
図29】DXB11/TAUT/APES/ALT1/PC (DTPLC)細胞の樹立。(実施例1)。
図30】DXB11/TAUT/ALT1 (DTL)細胞にヒトPC発現プラスミドpNeo-PCを導入したが、DXB11/TAUT/ ALT1/PC (DTLC)は樹立されなかった。(実施例1)
図31】DXB11(dhfr-)及びDT宿主の倍加時間。(実施例2)
図32】各種の遺伝子の強制発現による改変宿主の作製。(実施例2)
図33】改変宿主の倍加時間。(実施例2)
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態についてより詳細に説明する。
【0027】
(1)APES(Antibody Production Enhancing Sequence)
APESは、NF-κBの抑制タンパク質であるI-κBを不活性化する核酸分子であり、より具体的には、I-κBの制御サブユニットであるI-κBα(NfkBia)の遺伝子発現を抑制する核酸分子である。そのような核酸分子の本体は、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAであるが、APESは、non-coding RNA自体、若しくはそのRNAをコードするDNA又はそれらの配列の総称である。
【0028】
あるいは、APESは、ヒト、マウス、ラットまたはハムスター由来のNfkBiaの遺伝子であるDNAまたはmRNAに塩基対形成により結合し、NfkBiaの発現を抑制し得る塩基配列を含む核酸分子である。そのような核酸分子は、NfkBia遺伝子DNAまたはmRNAに結合してその発現を阻害することができると思われる。APESは、例えば、NfkBiaのmRNAにRNA干渉する分子である。
【0029】
あるいは、APESは、ヒト、マウス、ラットまたはハムスター由来のNfkBiaの遺伝子DNAまたはmRNAに塩基対形成により結合し得る配列を含む、二本鎖RNA(dsRNA)、または短いdsRNAであるsiRNA、もしくは一本鎖に解離したsiRNA、またはshRNA、アンチセンスDNAもしくはRNA、microRNA(miRNA)またはmRNA型ノンコーディングRNAであってもよい。
【0030】
あるいは、APESは、ヒト、マウス、ラットまたはハムスター由来のNfkBia遺伝子DNAまたはmRNAの相補配列からなる塩基配列、またはそのような相補配列を配列の一部に含む塩基配列であって、NfkBiaの発現を抑制し得る塩基配列を含む核酸分子である。
【0031】
あるいは、APESは、ヒト、マウス、ラットまたはハムスター由来のNfkBia遺伝子DNAまたはmRNAの部分配列またはそのような部分配列の相補配列であって、NfkBiaの発現を抑制し得る塩基配列を含む核酸分子である。
【0032】
たとえば、APESは、標的であるNfkBia mRNAの一部に相同または相補的な配列を含む配列からなるオリゴヌクレオチドであることができる。そのようなオリゴヌクレオチドの例としては、NfkBia mRNA相補鎖の19〜25塩基に相当する配列、又は当該配列と一塩基を除き同一配列を持ち、且つNfkBiaの発現を抑制する効果を有する低分子RNAが挙げられる。ここで、低分子RNAとは、Small non-coding RNA (snRNA)を意味しており、snRNAにはmiRNAが含まれる。
【0033】
あるいは、APESは、長鎖のmRNA型ノンコーディングRNAであってもよく、例えばNfkBiaの遺伝子DNAまたはmRNAに塩基対形成により結合し得る配列を含む長さ561ヌクレオチド長(561 mer)までの配列からなり、且つNfkBiaの発現を抑制する効果を有するものであることができる。あるいは、APESは、さらに長鎖(数百〜数十万ヌクレオチド)のmRNA型ノンコーディングRNAであってもよい。例えば、APESは200−10万ヌクレオチド長、あるいは、300〜30万ヌクレオチド長の核酸分子または配列であることができる。APESは、NfkBiaのmRNAの一部に相補的な配列(例えば、上述のsnRNA配列)を含む、561〜1579塩基長、若しくは500〜1000塩基長のmRNA型ノンコーディングRNAであってもよい。
【0034】
塩基対形成により結合し得る配列とは、完全に対合する(すなわち100%相補的である)ものに限られず、機能に支障のない範囲で不対合塩基の存在も許容される。あるいは、APESの形態によっては、部分的な相補性がむしろ好ましい。したがって、例えば、NfkBiaの非翻訳領域を含む遺伝子DNAまたはmRNAに少なくとも70%、より好ましくは80%、さらに好ましくは90%、最も好ましくは95%相同であるような配列またはその相補配列も、「塩基対形成により結合し得る配列」に含まれる。例えば、561 mer若しくは500 merのmRNA型ノンコーディングRNAについて少なくとも90%相同の配列には、塩基の挿入、欠失、または点突然変異による1〜50個(若しくは561 merの場合は1〜56個)のミスマッチ塩基を含む変異配列であって、その宿主細胞中での発現に伴い、抗体等の組換えポリペプチドの産生能が増大する、或いは、NfkBiaの発現を抑制する機能を有するものが包含される。よって、例えば70%以上の相同性のような、ある程度の配列類似性を有する、宿主細胞とは異なる生物種由来のNfkBiaオルソログ(異種間相同遺伝子)由来の配列もAPESとして利用可能であると思われる。
【0035】
あるいは、塩基対形成により結合し得る配列とは、細胞内のような条件でNfkBiaのmRNAと結合し得る配列を包含する。そのような配列は、例えば、高度にストリンジェントな条件として当業者に公知の条件下でハイブリダイズし、且つ所望の機能を有する配列を含む。高度にストリンジェントな条件の一例は、ポリヌクレオチドとその他のポリヌクレオチドとを、6×SSPEまたはSSC、50%ホルムアミド、5×デンハルト試薬、0.5%SDS、100μg/mlの断片化した変性サケ精子DNAを含むハイブリダイゼーション緩衝液中で、42℃のハイブリダイゼーション温度で12〜16時間インキュベートすること(ここで一方のポリヌクレオチドが、膜のような固体表面に付着させてあってもよい)それに続いて、1×SSC、0.5%SDSを含む洗浄緩衝液を用いて42℃以上の至適温度で数回洗浄することである。その他の具体的な条件については、Sambrook等「Molecular Cloning: A Laboratory Manual第3版」Cold Spring Harbor Laboratory Pr;および、Ausubel等「分子生物学実験プロトコール」丸善、など多数の当業者に周知の実験マニュアルを参照されたい。
【0036】
APESの別の一態様は、ヒト、マウス、ラットまたはハムスター由来のNfkBiaのmRNA3’側非翻訳領域の部分配列に相同または相補的な配列であって、NfkBiaの発現を抑制し得る塩基配列を含む核酸分子である。
【0037】
後述の参考例において説明するように、本発明者らは、培養CHO細胞において抗体産生能と相関して発現量が高くなっているmRNA型ノンコーディングRNAを見出した。このRNAは、マウスゲノム中の437塩基からなる公知配列(図1、GenBank AccessionID:AI462015、配列番号1)の転写産物として同定された。AI462015の配列およびマウスゲノム上での位置が図1に示されている。AI462015の転写産物である437塩基はマウスNfkBia mRNA 3’側 非翻訳領域(513塩基)の相補鎖に相当する(図23)。さらに、本発明者らは、AI462015由来の一部の配列を有する核酸分子を宿主細胞に導入して発現させることにより、所望のポリペプチドの生産量を増加させることができることを見出した。
【0038】
上述のAI462015由来の配列またはその一部の配列は、マウス、ハムスター等のげっ歯類のみならず、ヒトにおいても保存されており、他の哺乳動物や、魚類、昆虫等の動物においても保存性が高い配列と考えられる。従って、AI462015由来の配列またはその一部の配列に対応する各種動物細胞の由来のNfkBia mRNA 3’側 非翻訳領域の部分配列若しくはその相補配列も本発明のAPESの配列として使用できる。
【0039】
APESの一つの具体例は、マウスAI462015由来の一部の配列、あるいはそのような部分配列において1〜数個の塩基が置換、欠損又は付加された配列を有する。特に、5’側4番目のGから168番目までのCまでの塩基配列からなる165塩基のDNA配列(配列番号2、APES165)、もしくはその相補(アンチセンス)DNA配列またはこれらのDNAから転写されるRNA配列を含む配列、またはこの配列中の任意の長さの部分配列が挙げられる。あるいは、5’側4番目のGから3’末端のTまでの塩基配列からなる434塩基のDNA配列(配列番号3、APES434)、もしくはその相補(アンチセンス)DNA配列またはこれらのDNAから転写されるRNA配列を含む配列、またはこの配列に由来する任意の長さの部分配列が挙げられる。マウスAI462015の配列に対応するヒト、ハムスター、ラット等の哺乳類由来の配列を含む配列若しくはそれらの部分配列、あるいはそのような部分配列において1〜数個の塩基が置換、欠損又は付加された塩基配列も含まれる。
【0040】
一態様において、APESは、AI462015中の5’側4番目から133番目までの塩基配列(配列番号4、APES130)またはこの配列由来の一部の配列を有する。例えば、5’側4番目から68番目まで(配列番号5、APES4-68)、または69番目から133番目まで(配列番号6、APES69-133)のDNA配列もしくはその相補DNA配列またはこれらのDNAから転写される配列が挙げられる。
【0041】
一態様において、APESは、AI462015中の5’側40番目から91番目までの52塩基(配列番号7)の配列、または該52塩基が任意の位置で切断された一部配列に由来する配列を有する。例えば、前半部分(APES40-68の29塩基、もしくはAPES40-63の24塩基、もしくはAPES40-61の22塩基)または後半部分(APES69-91の23塩基)のDNA配列もしくはその相補DNA配列(それぞれ配列番号8〜11に相当)またはこれらのDNAから転写される配列が挙げられる。
【0042】
上述の52塩基は、一塩基を除いてラットNfkBia遺伝子の3’側非翻訳領域の相補鎖と同一配列である。また、その5’側の24塩基(APES40-63、配列番号9)はヒトNfkBia遺伝子の3’側非翻訳領域と同一配列である。また、5’側の22塩基(APES40-61、配列番号10:AAGTACCAAAATAATTACCAAC)はラット、アカゲザル、イヌ、ウマなど種を超えたNfkBia mRNAの3’側非翻訳領域の相補鎖と同一配列である。NfkBia遺伝子の3’側非翻訳領域に相補的な一部の配列を宿主細胞中で発現させることでRNAi効果が期待される。たとえば、上記52塩基中の19〜25塩基に相補的な配列を有するRNAが、microRNA(miRNA)としてNfkBiaのmRNAの非翻訳領域に作用することにより、翻訳が阻害される可能性がある。
【0043】
あるいは、APESは、AI462015中の5’側7番目から91番目までの85塩基(配列番号29)の配列、または該85塩基が任意の位置で切断された一部配列に由来する配列を有する。上記85塩基中の19〜25塩基に相補的な配列を有するRNAが、microRNA(miRNA)としてNfkBiaのmRNAの非翻訳領域に作用することにより、翻訳が阻害される可能性がある。
【0044】
一態様において、APESは21塩基のsiRNAサーチで見出される配列を有する。例えばAI462015中の84番目から104番目(配列番号12、APES84-104)、99番目から119番目(配列番号13、APES99-119)、101番目から121番目(配列番号14、APES101-121)のDNA配列に相補的な配列を含むmiRNA配列である。上述のAPES 69-133中の71番目から112番目の配列(配列番号16)がGeneChip上で定量されており、実際に高発現している領域であることから、APES84-104がmiRNAとして機能する可能性が高いと思われる。
【0045】
別の一態様において、APESはNfkBiaの発現を抑制する公知のnon-coding RNAであってもよい。そのような核酸分子の例として、KSHV(Kaposi's sarcoma-associated herpesvirus) miRNA-K1が挙げられる。(配列情報はX Cai et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2005 April 12; 102(15): 5570-5575などを参照)
【0046】
また、APESの構造的又は機能的な特徴に基づき、新たにAPESとしての活性を有する核酸分子を化学合成あるいは生物源から単離することが可能である。APESの構造的特徴は、標的であるNfkBia mRNAの一部に相補的な配列を含む核酸分子であることである。核酸分子の形態は、いかなる形態でもよく、DNA、DNAの転写産物、mRNA、cDNAであるか、exosome RNAであるか、化学合成一本鎖RNAであるか、化学合成二本鎖RNAであるかなどを問わない。機能的特徴は、その宿主細胞中での発現に伴い、抗体等の組換えポリペプチドの産生能が増大していること、或いは、NfkBiaの発現が抑制されていることである。
【0047】
生物源からAPESを単離する場合には、如何なる生物由来でもよく特に限定されない。具体的には、ヒト、チンパンジーなどの霊長類、マウス、ラット、ハムスターなどのげっ歯類、ウシ、豚、ヤギ、などの家畜類、ニワトリなどの鳥類、ゼブラフィッシュなどの魚類、ハエ等の昆虫類、線虫類などの動物由来のAPESが挙げられ、ヒト、げっ歯類或いは宿主細胞と同じ種由来のAPESであることが好ましく、例えば、APESを強発現させる細胞がチャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)である場合には、ヒト、マウス或いはハムスター由来のAPESであることが好ましい。
【0048】
このような核酸分子は、当業者に公知の方法により調製することができる。例えば、抗体等の組換えポリペプチドを高産生している培養細胞より全RNAを調製し、本発明の核酸配列(例えば、配列番号2のAPES165)に基づいてオリゴヌクレオチドを合成し、これをプライマーとして用いてPCR反応を行い、APESとしての特徴を有するcDNAを増幅させることにより調製すればよい。また、抗体等の組換えポリペプチドを高産生している培養細胞より低分子RNAを調製後にcDNAライブラリーを作製し、クローニングされたcDNAの塩基配列に基づき、NfkBia mRNAに相補的な部分配列を含む低分子RNAを得ることができる。cDNAライブラリーは、microRNA(miRNA)などの低分子RNAを調製後に、例えばSambrook, J. et al., Molecular Cloning、Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)に記載の方法により構築することも可能である。
【0049】
また、得られたcDNAの塩基配列を決定することにより、得られたcDNAをプローブとしてゲノムDNA ライブラリーをスクリーニングすることにより、APESが発現されるゲノムDNAを単離することができる。
【0050】
具体的には、次のようにすればよい。まず、本発明のAPESを発現する可能性のある細胞、組織などから、全RNAを単離する。mRNAの単離は、公知の方法、例えば、グアニジン超遠心法(Chirgwin, J. M. et al., Biochemistry (1979) 18, 5294-5299)、AGPC法 (Chomczynski, P. and Sacchi, N., Anal. Biochem. (1987) 162, 156-159) 等により全RNAを調製したのち、RNeasy Mini Kit (QIAGEN) 等を使用して全RNAをさらに精製する。
【0051】
得られた全RNAから逆転写酵素を用いてcDNAを合成する。cDNAの合成は、 SuperScriptTM II Reverse Transcriptase (Invitrogen)等を用いて行うこともできる。また、プライマー等を用いて、5'-Ampli FINDER RACE Kit (Clontech製)およびポリメラーゼ連鎖反応 (polymerase chain reaction ; PCR)を用いた5'-RACE法(Frohman, M. A. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. (1988) 85, 8998-9002 ; Belyavsky, A. et al., Nucleic Acids Res. (1989) 17, 2919-2932) にしたがい、cDNAの合成および増幅を行うことができる。
【0052】
得られたPCR産物から目的とするDNA断片を調製し、ベクターDNAと連結する。さらに、これより組換えベクターを作製し、大腸菌等に導入してコロニーを選択して所望の組換えベクターを調製する。目的とするDNAの塩基配列は、公知の方法、例えば、ジデオキシヌクレオチドチェインターミネーション法により確認することができる。
【0053】
また、得られたDNAは、市販のキットや公知の方法によって改変することができる。改変としては、例えば、site-directed mutagenesis 法による一塩基変異導入等が挙げられる。このようにして改変された配列も、APES活性を有するものである限り、本発明の範囲に包含される。ここで、「APES活性を有する」とは、宿主細胞内で発現することによってNfkBia(I-κBα)の発現を抑制する機能を有することを言う。
【0054】
本明細書中では、APES活性を有する核酸分子を本発明の核酸分子と呼ぶことがある。
【0055】
(2)APESの宿主細胞への導入及び発現
本発明は、APES、すなわち、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNA、の遺伝子を宿主細胞に導入することを含み、さらに、APESを発現させること、好ましくはAPESを強発現させることを含む。
【0056】
APESを強発現するとは、もとの細胞と比較してAPESの発現量が増加しているという意味である。もとの細胞は特に限定されないが、例えばCHO細胞など組換えタンパク質を製造する際に宿主として用いられている細胞を挙げることができる。具体例としては、後述の参考例に沿って説明するならば、AFFYMETRIX社のオリゴヌクレオチドアレイ(Affymetrix MOUSE430_2)を使ったGeneChip実験において、抗体遺伝子導入前のもとの細胞はAI462015のシグナル値が2000以下のものであり、これと比較してAPESの発現量が増加しているとは、例えば、AI462015のシグナル値が2倍以上となることである。
【0057】
APES遺伝子が導入され、APESを強発現する細胞は、内因性あるいは外来のAPESを細胞内に含む。APESを強発現する細胞として、例えば、APESが人為的に導入された細胞を挙げることができる。
【0058】
APESが人為的に導入された細胞は当業者に公知の方法により作製することが可能であり、例えば、APESをコードするDNA配列をベクターに組込み、該ベクターを細胞に形質転換することにより作製することが可能である。
【0059】
さらに、本明細書では遺伝子活性化技術(例えば、国際公開第WO94/12650号パンフレット参照)により内因性APESが活性化され、その結果、APESが強発現した細胞もAPESが人為的に導入された細胞に包含される。
【0060】
内因性APESの典型的な例は、宿主細胞のゲノム上にコードされたDNA配列としてのAPESである。また、本発明においては、遺伝子活性化技術によらず、例えば、抗体遺伝子導入後に何らかの要因で内因性APESの転写が活性化して、強発現した細胞も利用可能である。
【0061】
(3)発現ベクター
発現ベクターは、宿主細胞にAPESを強発現させるため、及びトランスポーターや代謝酵素等の外来のポリペプチドを発現させるために有用である。また、医薬品の有効成分や抗原として有用な外来のポリペプチドの発現にも、発現ベクターが使用される。
【0062】
本発明において使用可能な発現ベクターとしては、例えば、哺乳動物由来の発現ベクター(例えば、pcDNA3 (Invitrogen社製)や、pEGF-BOS (Nucleic Acids. Res.1990, 18(17),p5322)、pEF 、pCDM8 )、昆虫細胞由来の発現ベクター(例えば「Bac-to-BAC baculovairus expression system」(GIBCO BRL社製)、pBacPAK8)、植物由来の発現ベクター(例えばpMH1、pMH2)、動物ウィルス由来の発現ベクター(例えば、pHSV、pMV、pAdexLcw )、レトロウィルス由来の発現ベクター(例えば、pZIpneo)、酵母由来の発現ベクター(例えば、「Pichia Expression Kit」(Invitrogen社製)、pNV11 、SP-Q01)、枯草菌由来の発現ベクター(例えば、pPL608、pKTH50)などが挙げられる。
【0063】
外来のポリペプチドを発現させるための発現ベクターは、該ポリペプチドをコードするDNAおよび当該DNAの発現を推進可能な発現制御配列を含む。同様に、APESを発現させるための発現ベクターは、APESをコードするDNAおよび当該DNAの発現を推進可能な発現制御配列を含む。単一のベクターが、一種以上のポリペプチドおよびAPESを発現させるように構築されてもよい。遺伝子活性化技術を用いて、例えば宿主ゲノムの一部であるようなAPESまたはポリペプチド遺伝子を活性化する場合、そのような宿主細胞由来のDNAの発現を促進する発現制御配列が導入されてもよい。
【0064】
発現制御配列の例としては、適当なプロモーター、エンハンサー、転写ターミネーター、タンパク質をコードする遺伝子における開始コドン(すなわちATG)を含むコザック配列、イントロンのためのスプライシングシグナル、ポリアデニル化部位、及びストップコドン等があり、ベクターの構築は当業者が適宜行うことができる。
【0065】
発現制御配列は、使用する動物細胞において遺伝子の転写量を増大させることが可能なプロモーター/エンハンサー領域を含むことが好ましい。所望のポリペプチドをコードする遺伝子の発現に関与するプロモーター/エンハンサー領域は、NF-κB結合配列を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。
【0066】
CHO細胞、COS細胞、NIH3T3細胞等の哺乳動物細胞での発現を目的とした場合には、細胞内で発現させるために必要なプロモーター、例えばSV40プロモーター(Mulliganら, Nature (1979) 277, 108)、MMLV-LTRプロモーター、EF1αプロモーター(Mizushimaら, Nucleic Acids Res. (1990) 18, 5322)、CMVプロモーターなどを持っていることが好ましい。また、細胞への形質転換を選抜するための遺伝子(例えば、薬剤(ネオマイシン、G418など)により判別できるような薬剤耐性遺伝子)を有すればさらに好ましい。このような特性を有するベクターとしては、例えば、pMAM、pDR2、pBK-RSV、pBK-CMV、pOPRSV、pOP13などが挙げられる。
【0067】
さらに、遺伝子を安定的に発現させ、かつ、細胞内での遺伝子のコピー数の増幅を目的とする場合には、核酸合成経路を欠損したCHO細胞にそれを相補するDHFR遺伝子を有するベクター(例えば、pCHOIなど)を導入し、メトトレキセート(MTX)により増幅させる方法が挙げられ、また、遺伝子の一過性の発現を目的とする場合には、SV40 T抗原を発現する遺伝子を染色体上に持つCOS細胞を用いてSV40の複製起点を持つベクター(pcDなど)で形質転換する方法が挙げられる。複製開始点としては、また、ポリオーマウィルス、アデノウィルス、ウシパピローマウィルス(BPV)等の由来のものを用いることもできる。さらに、宿主細胞系で遺伝子コピー数増幅のため、発現ベクターは選択マーカーとして、アミノグリコシドトランスフェラーゼ(APH)遺伝子、チミジンキナーゼ(TK)遺伝子、大腸菌キサンチングアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(Ecogpt)遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素(dhfr)遺伝子等を含むことができる。
【0068】
(4)宿主細胞
本発明において用いる宿主細胞は、特に限定されることなく、動物細胞、植物細胞、酵母などの真核細胞、大腸菌、枯草菌などの原核細胞など如何なる細胞でもよく、好ましくは、昆虫、魚、両生類、爬虫類、哺乳類由来の動物細胞であり、特に哺乳動物細胞が好ましい。哺乳動物細胞の由来としては、ヒト、チンパンジーなどの霊長類、マウス、ラット、ハムスターなどのげっ歯類、その他が挙げられ、ヒト、げっ歯類であることが好ましい。さらに本発明の細胞としては、通常ポリペプチドの発現によく用いられる、CHO細胞、COS細胞、3T3細胞、ミエローマ細胞、BHK細胞、HeLa細胞、Vero細胞などの哺乳動物培養細胞が好ましい。
【0069】
医薬品や抗原として有用なポリペプチドの大量発現を目的とする場合には特にCHO細胞が好ましい。CHO 細胞としては、特に、DHFR遺伝子を欠損したCHO 細胞であるdhfr-CHO(Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1980) 77, 4216-4220 )やCHO K-1 (Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1968) 60, 1275)を好適に使用することができる。
【0070】
上記のCHO細胞としては特に、DG44株、DXB-11株、K-1、CHO-Sが好ましく、特にDG44株及びDXB-11株が好ましい。
【0071】
宿主細胞は、例えば、医薬品や抗原のような所望のポリペプチドの製造のための産生系として使用することができる。そのような細胞は、所望のポリペプチドを産生できる天然の細胞であっても、所望のポリペプチドをコードするDNAを導入した細胞であってもよいが、所望のポリペプチドをコードするDNAを導入した形質転換細胞が好ましい。
【0072】
所望のポリペプチドをコードするDNAを導入した形質転換細胞の一例は、少なくとも所望のポリペプチドをコードするDNAを含む発現ベクターがトランスフェクトされている宿主細胞である。
【0073】
さらに、本発明において、「DNA(あるいは遺伝子)を導入した」細胞とは、外来性DNAがトランスフェクトされた細胞の他、遺伝子活性化技術(例えば、国際公開第WO94/12650号パンフレット参照)により内因性DNAが活性化され、その結果、当該DNAに対応する蛋白質の発現もしくは当該DNAの転写が開始或いは増加した細胞も包含する。
【0074】
APESが人為的に導入された細胞を用いて所望のポリペプチドを製造する場合、APESと所望のポリペプチドをコードする遺伝子の導入の順序は特に制限されず、APESを導入した後に所望のポリペプチドをコードする遺伝子を導入してもよいし、所望のポリペプチドをコードする遺伝子を導入した後にAPESを導入してもよい。又、APESと所望のポリペプチドをコードする遺伝子を同時に導入してもよい。
【0075】
ベクターを用いる場合、APES及び所望のポリペプチドをコードする遺伝子の導入は単一のベクターにより同時に導入してもよいし、複数のベクターを用いて別々に導入してもよい。
【0076】
(5)外来遺伝子
本発明では、宿主細胞にあらかじめAPESを導入して強発現させることにより、発現困難な外来遺伝子若しくは発現が不安定な外来遺伝子を、細胞内で安定的に高発現させることができる。
【0077】
宿主細胞を所望のポリペプチドの製造のために使用する場合、製造の目的である所望のポリペプチドの遺伝子に加えて、それ以外の外来遺伝子を導入して、細胞内で安定的に高発現させることができる。
【0078】
所望のポリペプチドをコードするDNAが導入された形質転換細胞内で、外来遺伝子が発現することによって、所望のポリペプチドの生産量が増加することが好ましい。そのような外来遺伝子としては、タウリントランスポーター(TauT)、システインスルフィン酸デカルボキシラーゼ(CSAD)、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)、アニオンエクスチェンジャー(AE)、ピルビン酸カルボキシラーゼ(PC)、X-box binding protein (XBP-1)等をコードするDNAが挙げられる。
【0079】
本発明では、宿主細胞にあらかじめAPESを導入して強発現させることにより、所望のタンパク質の遺伝子以外の複数の外来遺伝子を当該宿主細胞に導入して安定的に発現させることができる。宿主細胞中で、所望のポリペプチドの遺伝子に加えて、それ以外の特定の2つ以上の外来遺伝子が発現することによって、所望のポリペプチドの生産量が増加することが好ましい。その結果、組換えタンパク質生産に適した細胞株を樹立することが可能となる。
【0080】
そのような2つ以上の外来遺伝子は、同時に安定的に発現することが困難なタンパク質をコードする遺伝子であることができる。つまり、宿主細胞にあらかじめAPESを導入して強発現させることにより、所望のポリペプチドの遺伝子以外の、同時に安定的に発現することが困難な2つ以上の外来遺伝子を同時に安定的に発現させることが可能となる。したがって、「同時に安定的に発現することが困難」とは、宿主細胞中にAPESが導入されていない状態では、同時に安定的に発現することがない、2つ以上のタンパク質をコードする外来遺伝子の組み合わせである。
【0081】
ここで、「同時に安定的に発現することが困難な2つ以上の外来遺伝子」とは、APESを導入していない動物細胞、好ましくは所望のタンパク質の遺伝子を導入する前の宿主細胞に、其々単独で導入するとその外来遺伝子が安定的に発現する細胞株が樹立できるが、これらの外来遺伝子を2つ以上導入する処理を行った後、薬剤等による選抜処理を行っても、当該2つ以上のタンパク質をコードする外来遺伝子を同時に発現する細胞が得られないような遺伝子を言う。この場合、少なくとも一方の当該外来遺伝子と同じ遺伝子若しくはカウンターパート遺伝子の、当該外来遺伝子導入前の宿主細胞における発現量が、qPCRで検出限界以下であることが好ましい。
【0082】
また、本発明の細胞が、2つ以上のタンパク質をコードする外来遺伝子を導入することができた、所望のタンパク質を産生するための宿主細胞であっても、所望のタンパク質の遺伝子を導入した後、少なくとも2回、MTX等の薬剤処理により所望のタンパク質の遺伝子増幅のための選抜処理を行う際に、当該選抜処理前の当該2つ以上のタンパク質をコードする外来遺伝子のうち少なくとも1つの遺伝子の発現量が50%未満、好ましくは30%以下、さらに好ましくは10%以下、最も好ましくは発現が消失してしまうとき、本発明においてこの様な遺伝子を「同時に安定的に発現することが困難な2つ以上の外来遺伝子」と言う。
【0083】
また、別の側面としては「同時に安定的に発現することが困難な2つ以上の外来遺伝子」とは、2つ以上のタンパク質をコードする外来遺伝子を導入し、APESを導入していない細胞を選抜した時の、当該外来遺伝子の発現量に比して、当該細胞を少なくとも15世代継代培養を行った後、当該2つ以上のタンパク質をコードする外来遺伝子のうち少なくとも1つの遺伝子の発現量が50%未満、好ましくは30%以下、さらに好ましくは10%以下、最も好ましくは発現が消失してしまう遺伝子を言う。
【0084】
「同時に安定的に発現する」とは、具体的には、本発明の細胞が所望のタンパク質を産生するための宿主細胞である場合、2つ以上のタンパク質をコードする外来遺伝子を導入した、APESを含む宿主細胞に、所望のタンパク質の遺伝子を導入した後、少なくとも2回、MTX等の薬剤処理により所望のタンパク質の遺伝子増幅のための選抜処理を行っても、当該選抜処理前の当該2つ以上のタンパク質をコードする外来遺伝子の発現量が其々50%以上、好ましくは70%以上の発現量が維持されている状態を言う。
【0085】
また、別の側面としては「同時に安定的に発現する」とは、2つ以上の外来遺伝子を導入した細胞を選抜した時の、当該外来遺伝子の発現量に比して、当該細胞を少なくとも15世代継代培養を行った後においても、当該2つ以上のタンパク質をコードする外来遺伝子の発現量が其々50%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上の発現量が維持されている状態を言う。
【0086】
本発明において、上述の如く、2つ以上の外来遺伝子が「同時に安定的に発現している」状態が維持されている細胞株を、樹立された細胞株という。
【0087】
本発明における「同時に安定的に発現することが困難なタンパク質」は、類似の機能を有するタンパク質に属することができる。同時に安定的に発現することが困難な、類似の機能を有するタンパク質の組み合わせの例としては、2種類以上の膜輸送タンパク質若しくはそれが機能するために必要なアクセサリープロテインや、2種類以上の酵素タンパク質、好ましくは同一の代謝経路に関与する代謝酵素や、2種類以上の転写因子の組み合わせが挙げられる。
【0088】
あるいは、同時に安定的に発現することが困難なタンパク質の組み合わせは、2種類以上の膜輸送タンパク質と1若しくは2種類以上の酵素タンパク質の組み合わせであってもよい。あるいは、同時に安定的に発現することが困難なタンパク質の組み合わせは、1若しくは2種類以上の膜輸送タンパク質と2種類以上の酵素タンパク質の組み合わせであってもよい。
【0089】
膜輸送タンパク質は、生体膜にあって、物質の輸送を仲介するタンパク質を指し、輸送体(トランスポーター)、担体(キャリヤー)、透過酵素(パーミアーゼ)等ともいわれる。細胞膜の重要な役割として各種イオンや栄養素等を選択的に透過させる機能が有り、その機能をつかさどる膜タンパク質である。膜輸送タンパク質には、糖やアミノ酸等の有機物質の輸送を仲介するタンパク質、並びにイオン輸送体であるイオンポンプ及びイオンチャンネルも含まれる。各種の糖若しくはアミノ酸の輸送体(トランスポーター、パーミアーゼ)及びイオン輸送体が精製されており、それらの遺伝子が公知である。
【0090】
本発明において、例えば、類似の機能を有するタンパク質の遺伝子は、2種類以上のトランスポーター遺伝子の組み合わせであることができる。2種類のトランスポーターの例としては、TauTとAE1が挙げられる。
【0091】
類似の機能を有する酵素タンパク質の代表例は、複数の代謝酵素の組み合わせである。例えば、類似の機能を有する酵素タンパク質の遺伝子は、同一経路の2種類以上の代謝酵素遺伝子であることができる。そのような代謝酵素は、同一経路内の連続した反応を促進する2種以上の酵素であってもよい。例えば、同一経路の代謝酵素は、アミノ酸の分解反応を触媒する酵素であることができる。また、例えば、代謝酵素は、ピルビン酸代謝経路の酵素であることができる。2種以上のピルビン酸代謝経路の酵素の例は、ALT1とPCであることができる。
【0092】
あるいは、類似の機能を有する酵素タンパク質の例は、複数の糖転移酵素の組み合わせであってもよい。
【0093】
また、1若しくは2種類以上の膜輸送タンパク質と2種類以上の酵素タンパク質の組み合わせの例は、TauT及び2種の代謝酵素であることができる。
【0094】
上述したように、宿主細胞にAPESを人為的に発現させることは、細胞に、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNAの遺伝子を人為的に導入して、該遺伝子を発現させることより実現できる。2つ以上の外来遺伝子の発現も、同様に、細胞にそれらの外来遺伝子を人為的に導入して、該遺伝子を発現させることより実現できる。
【0095】
宿主細胞への外来性DNA(ベクターに組み込まれていてもよい)の導入は、例えば、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、カチオニックリボソームDOTAP(ベーリンガーマンハイム社製)を用いた方法、エレクトロポレーション法、Nucleofection法(amaxa社)、リポフェクションなどの方法で行うことが可能である。
【0096】
さらに、本発明において、「DNA(あるいは遺伝子)を導入した」細胞とは、外来性DNAがトランスフェクトされた細胞の他、遺伝子活性化技術(例えば、国際公開第WO94/12650号パンフレット参照)により内因性DNAが活性化され、その結果、当該DNAに対応する蛋白質の発現もしくは当該DNAの転写が開始或いは増加した細胞も包含する。
【0097】
同時に安定的に発現することが困難な2つ以上の外来タンパク質の遺伝子を宿主細胞に導入して安定的に発現させるには、2番目の外来遺伝子を導入するよりも前に、宿主細胞にあらかじめAPESを導入しておくことが好ましい。ベクターを用いる場合、APES及び2番目以降の外来遺伝子の導入は、複数のベクターを用いて別々に導入することが好ましい。
【0098】
一方、1つ目の外来遺伝子とAPESの導入の順番には特に制限がなく、APESを導入した後に1つ目の外来遺伝子を導入してもよいし、1つ目の外来遺伝子を導入した後にAPESを導入してもよい。又、APESと1つ目の外来遺伝子を同時に導入してもよい。ベクターを用いる場合、APES及び1つ目の外来遺伝子の導入は単一のベクターにより同時に導入してもよいし、複数のベクターを用いて別々に導入してもよい。
【0099】
(6)組換えタンパク質生産のための細胞株
本発明では、NfkBiaの発現を抑制するnon-coding RNA(APES)の遺伝子を導入して、該遺伝子を発現させることにより、継代培養を繰り返しても複数のタンパク質をコードする外来遺伝子が安定的に高発現する、組換えタンパク質生産のための細胞株を得ることができる。
【0100】
また、APESの遺伝子を宿主細胞に導入することにより、倍加時間が速く、安定に増殖することができる、組換えタンパク質生産のための細胞株を得ることができる。そのような細胞は、APESに加えて、さらに別の外来遺伝子が導入されて安定的に高発現する細胞であってもよい。
【0101】
本発明で提供される細胞の例としては、後述の実施例では、先ずTauT高発現な細胞にAPES165(配列番号2: gtctgtaaaa atctgtttaa taaatataca tcttagaagt accaaaataa ttaccaacaa aatacaacat atacaacatt tacaagaagg cgacacagac cttagttggg ggcgactttt aagcacatgc cactgaacac ctggctctta catgggagga cacac)を導入した細胞を樹立し、次いで、当該細胞にさらに別のトランスポーター遺伝子を導入することにより、協調的に機能する2種のトランスポーターが共に安定的に高発現する細胞が樹立されている。また、先ずTauT高発現な細胞にAPES165を導入した細胞を樹立し、次いで、当該細胞にさらに2種のピルビン酸代謝経路の酵素の遺伝子を導入することにより、TauT並びにピルビン酸代謝経路の連続した反応を促進する2種の酵素が共に安定的に高発現する細胞が樹立されている。これらの細胞は、組換えタンパク質生産のために好ましい性質を有するので、医薬品や抗原として有用な所望のタンパク質を生産するための宿主細胞として好適である。これらの細胞を宿主として、所望のタンパク質の遺伝子を人為的に導入したものを培養し、所望のタンパク質を産生させ、産生したタンパク質を回収することにより、当該所望のタンパク質を製造することができる。
【実施例】
【0102】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は、本発明を説明するためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0103】
実施例1:発現が困難な特定の遺伝子を高発現させた細胞の樹立
(1)膜タンパクのTauTとAE1は細胞表面上で塩素イオンの搬入・排出を通して協同的に機能する。これまで、TauT高発現細胞のTauT機能増強のために、AE1を同時に高発現させた宿主細胞の樹立を繰り返し試みたが、薬剤選抜過程で浮遊細胞の付着化がみられ、共発現細胞は樹立されなかった。この場合、宿主細胞における元々のAE1の発現量はqPCRで検出限界以下であった。
(2)酵素のALT1とPC(Pyruvate Carboxylase)は、アラニンからピルビン酸、ピルビン酸からオキサロ酢酸を生合成する。これまで、TCA回路へと続く代謝経路の反応を促進するために、ALT1高発現宿主細胞にPCを高発現させようとしたが、共発現細胞は樹立されなかった。この場合、宿主細胞における元々のALT1の発現量はqPCRで検出限界以下であった。
【0104】
ところが、上記2例において、2番目の遺伝子導入の前にあらかじめAPESを高発現させておくと、APESを含めて3種類以上の遺伝子を高発現する細胞が樹立された。つまり、(1)ではTauT高発現細胞にAPESを高発現させたTAUT/APES細胞を構築したのち、AE1を導入することで、TauTとAE1を高発現する高増殖なTAUT/APES/AE1細胞が樹立された。(2)においても、(1)のTAUT/APES高発現細胞からALT1が高発現なTAUT/APES/ALT1細胞を構築した後、PCを導入することで、ALT1とPCを高発現する高増殖なTAUT/APES/ALT1/PC細胞が樹立された。一方、あらかじめAPESを高発現させていないTAUT/ALT1細胞からは、ALT1とPCを高発現するTAUT/ALT1/PC細胞は樹立されなかった。
【0105】
なお、本実施例においては、宿主細胞としてCHO細胞DXB-11株を用いた。
【0106】
〔実施例1−1〕DXB11/TAUT/APES細胞の樹立
ハムスターTAUT発現プラスミドpHyg-TAUTを宿主細胞のDXB11にエレクトロポレーション法で導入し、200μg/mLハイグロマイシン存在下で選抜すると、高増殖、且つハムスターTAUT(taurine transporter)高発現な細胞であるDXB11/TauT (DT)が樹立された(図26)。さらに、APES発現プラスミドpPur-APES165をエレクトロポレーション法で導入し、6 μg/mLのピューロマイシン存在下で選抜すると、高増殖、且つAPESを強制発現させることでNfkbia mRNA発現が抑制された細胞であるDXB11/TAUT/APES (DTP)(図26)が樹立された。DTP細胞において、ハムスターTAUT mRNA高発現、Nfkbia mRNA発現抑制が継代培養を繰り返しても安定に維持されることはTaqman法で確認された(図27)。
【0107】
〔実施例1−2〕DXB11/TAUT/APES/AE1細胞の樹立
2種のトランスポーターを共に安定に高発現させた宿主細胞の樹立には困難を伴う場合がある。たとえば、宿主細胞DXB11にTAUTとAE1(anion exchanger 1)を共に高発現させた安定株は樹立されなかった。しかし、図26のハムスターTAUT高発現でAPESを強制発現させることでNfkbia mRNA発現が抑制された細胞であるDXB11/TauT/APES (DTP)にヒトAE1発現プラスミドpNeo-AE1をエレクトロポレーション法で導入し、200 μg/mLのG418存在下で選抜すると、高増殖、且つハムスターTAUTとヒトAE1を共に高発現している細胞であるDXB11/TAUT/APES/AE1 (DTPE) が樹立された(図28)。
【0108】
DTPE細胞において、ハムスターTAUT mRNA高発現、ヒトAE1 mRNA高発現、Nfkbia mRNA発現抑制が、継代培養を繰り返しても安定に維持されることはTaqman法で確認された(図27図28)。
【0109】
一方、APES導入前のDXB11/TAUT (DT)細胞にヒトAE1発現プラスミドpPur-AE1をエレクトロポレーション法で導入し、6 μg/mLのピューロマイシン存在下で選抜すると、DXB11/TAUT/AE1 (DTE)細胞は樹立されなかった。
【0110】
以上より、TAUTによるCl-イオンの排出、AE1によるCl-イオンの取り込みを介して、協調的に機能する2種のトランスポーターを共に高発現させるためには、APES高発現によるNfkbia mRNAの発現抑制が必要であると考えられる。
【0111】
〔実施例1−3〕DXB11/TAUT/APES/ALT1/PC細胞の樹立
2種の酵素を共に安定に高発現させた宿主細胞の樹立にも困難を伴う場合がある。たとえば、ALT1(alanine transferase)とPC(pyruvate carboxylase) を共に高発現させた安定株は樹立されなかった。しかし、図26のDXB11/TauT/APES (DTP)にヒトALT1発現プラスミドpNeo-ALT1をエレクトロポレーション法で導入し、200 μg/mLのG418存在下で選抜すると、高増殖、且つ ヒトALT1高発現な細胞であるDXB11/TAUT/APES/ALT1 (DTPL) が樹立されたが、さらに、DTPL細胞にヒトPC発現プラスミドpZeo-PCをエレクトロポレーション法で導入し、200 μg/mLの Zeocin存在下で選抜することで高増殖、且つヒトPC高発現な細胞であるDXB11/TAUT/APES/ALT1/PC (DTPLC)が樹立された(図29)。
【0112】
DTPLC細胞において、ハムスターTAUT mRNA高発現, ヒトALT1 mRNA高発現、、 Nfkbia発現抑制、ヒトPC mRNA高発現が継代培養を繰り返しても安定に維持されることはTaqman法で確認された(図27図29)。
【0113】
一方、APES導入前のDXB11/TAUT (DT)細胞にヒトALT1発現プラスミドpPur-ALT1をエレクトロポレーション法で導入し、6μg/mLのピューロマイシン存在下で選抜すると、高増殖、且つ ヒトALT1高発現な細胞であるDXB11/TAUT/ALT1 (DTL) が樹立されたが、さらに、DTL細胞にヒトPC発現プラスミドpNeo-PCをエレクトロポレーション法で導入し、200 μg/mLの G418存在下で選抜すると、DXB11/TAUT/ ALT1/PC (DTLC)は樹立されなかった(図30)。
【0114】
以上より、ピルビン酸代謝経路の連続した反応を促進する酵素であるALT1とPCを共に高発現させるためには、APES高発現によるNfkbia mRNAの発現抑制が必要であると考えられる。
【0115】
実施例2:倍加時間が速く、安定に増殖する細胞の樹立方法
〔実施例2−1〕倍加時間(概算値)の算出
倍加時間(概算値)は、125-mL Erlenmeyer Flaskによるシェーカー培養後、Roche Cedex Cell Counter and Analyzer system (Innovatis AG, Bielefeld, Germany) によって生細胞数を測定、算出した。Viabilityが90%以上に維持された状態の個々の細胞から継代培養を開始して、初発細胞密度2×105 cells/mLからの3日間培養、あるいは初発細胞密度1×105 cells/mLからの4日間培養などによって過増殖にならないように培養を繰り返しおこない、Viabilityを90%以上に維持しながら継代間の倍加時間を算出した。遺伝子を強制発現させた改変細胞の継代培地には各種遺伝子導入に用いたハイグロマイシン等の薬剤が含まれるが、薬剤以外はDXB11(dhfr-)と同一培地を使用した。
【0116】
遺伝子導入による改変前のDXB11(dhfr-)の倍加時間(概算値)は、薬剤を含まない培地での継代培養((Viabilityが99.5%の細胞から継代培養を7回(3日間培養を4回、4日間培養を3回))で算出したところ、27.5 ±1.7時間であった(図31)。
【0117】
〔実施例2−2〕各種の遺伝子強制発現宿主の樹立と倍加時間
図32に示したように、各種の遺伝子の強制発現によって改変宿主を樹立した。まずはDXB11(dhfr-)にTAUT (Taurine Transporter) の発現プラスミド(pHyg-TAUT)をエレクトロポレーション法で導入、約2-3週間後に200 μg/mL ハイグロマイシン存在下で増殖良好であった細胞を2種類選抜した。さらに、継代培養時の遺伝子発現プロファイルをAFFYMETRIX社のオリゴヌクレオチドアレイ(Affymetrix MOUSE430_2)を用いたGeneChip実験で比較し、TAUT mRNAが高発現で、その他の発現プロファイルはDXB11(dhfr-)と類似していた選抜株をDT宿主とした。樹立されたDT宿主の倍加時間(概算値)は、薬剤(ハイグロマイシン)を含む培地での継代培養(((Viabilityが90.0%以上の細胞から継代培養を11回(3日間培養を4回、4日間培養を7回))で算出したところ、26.1 ±2.7時間であり、倍加時間はDXB11(dhfr-)に対してほぼ同等であった(図31)。
【0118】
次に、DT宿主をさらに改変するために抗体産生細胞において発現が異常に亢進されていたAPESの一部配列APES165(特願2011-082002)を強制発現させた。DT宿主にpPur-APES165をエレクトロポレーション法で導入、約2-3週間後に6 μg/mL ピューロマイシン存在下で増殖良好であった細胞を9株選抜すると、APES発現量と細胞増殖に相関 (R2=0.701)がみられた(図20)。
【0119】
TAUTとAPESが共に高発現しており、倍加時間が20.8時間と最も速かった細胞株をDTP宿主とすると、DTP宿主はいままでにない形質を獲得していた。たとえば、TAUTと共に強制発現させた宿主細胞を樹立できなかったAE1(Anion Exchanger 1)の発現プラスミド(pNeo-AE1)をエレクトロポレーション法導入、約2-3週間後に200 μg/mL G418存在下で増殖良好であった細胞を選抜すると、TAUTとAE1が共に高発現な細胞が構築された。最もAE1発現量の高かった細胞をDTPE宿主とすると、長期間培養を繰り返しても安定であり、倍加時間はDTP宿主よりも速かった(図33、57継代、19.9 ±4.3時間)。
【0120】
次の例としては、TAUTと共に強制発現させた宿主細胞を樹立できたALT1 (Alanine Aminotransferase 1) の発現プラスミド(pNeo-ALT1)をエレクトロポレーション法で導入、約2-3週間後に200 μg/mL G418存在下で増殖良好であった細胞を選抜して、TAUTとAE1が共に高発現な細胞を構築した。ALT1発現量と細胞増殖には相関がみられるため、最もALT1発現量の高かった細胞をDTPL宿主とすると、こちらも長期間培養を繰り返しても安定であり、倍加時間はDTP宿主よりも速かった(図33、57継代、19.8 ±4.3時間)。ALT1はAPESの強制発現に依存せずにTAUTと共に強制発現させた宿主細胞を樹立できるので、DT宿主にALT1の発現プラスミド(pPur-ALT1)をエレクトロポレーション法で導入、約2-3週間後に6 μg/mL ピューロマイシン存在下で増殖良好であった細胞を選抜し、最もALT1発現量の高かった細胞をDTL宿主とすると、長期間培養を繰り返しても安定であったが、DTPL宿主との比較では増殖にばらつきがみられ、倍加時間はDTPL宿主よりも遅かった( 図33、57継代、21.9 ±7.3時間)。
【0121】
以上の結果は、(1)APESを強制発現させることで倍加時間の速い宿主細胞を構築できること、(2)APES強発現宿主はさらに新しい遺伝子を導入することで、倍加時間のより速い細胞を構築できることを示している。このような機能をもつ核酸配列は知られていない。
【0122】
参考例
本発明者らは、以前、高い組換え抗体産生能を有する培養細胞株(CHO細胞株)を材料として、当該細胞株で発現が顕著な遺伝子について検討を行い、一つのmRNA型ノンコーディングRNAを同定した。この転写産物はNfkBiaのmRNAの非翻訳領域の相補鎖に相当した。さらに、この転写産物中の一部の配列からなる核酸分子を組換え培養細胞中で発現させることにより、当該培養細胞の抗体産生能を顕著に向上させることを見出した。また、本発明者らは当該ノンコーディングRNAの発現が昂進された抗体高産生細胞ではNfkBiaの発現が抑制されていること、高い抗体産生能を有する培養細胞が細胞内でNfkBiaの発現を抑制していること、培養細胞内のNfkBiaの発現を制御する転写産物を高発現させることにより、抗体の生産量が増加することを見出した。
【0123】
これらの事項を、以下の参考例により説明する。
【0124】
〔参考例1〕各種遺伝子導入CHO細胞のGeneChip解析実験
GeneChip実験は、AFFYMETRIX社のオリゴヌクレオチドアレイ(Affymetrix MOUSE430_2)を用いて通常の手順にしたがった。ただし、Hamster Arrayは商品化されていないためMouse Genome 430 2.0 Arrayを用いた。ハイブリダイゼーション条件の最適化によって、Test 3 array 上のMouse Gene16種のプローブ中、8種のプローブでPresent Callが得られるようになり、Mouseとの塩基配列相同性が約90%以上の場合は、Hamster転写産物の発現定量が可能になった。
【0125】
各種遺伝子を強発現させた細胞から高純度total RNAを調製したのち、total RNAとT7プロモーター配列を含むオリゴdTプライマー(T7-(T)24)を用いてcDNAを合成した。つぎに、Bio-11 CTP, Bio-16 UTPとMegascript T7 Kit(Ambion)を用いた転写反応により、cDNAからビオチンラベルcRNAを合成した。cRNAはカラム精製後、電気泳動上で18sから28s rRNAに相当する分子量が確認された高品質cRNAを断片化し、均一なサイズをもつGeneChipサンプルとした。使用までのGeneChipサンプルは、ハイブリダイゼーションサンプル溶液を加えて−80℃で凍結保存した。サンプル溶液は使用直前に熱処理、遠心、Mouse Genome 430 2.0 Arrayにアプライし、Arrayを回転させながら45℃のハイブリダイゼーション専用オーブンで16時間インキュベーションした。サンプルを回収、Arrayを繰り返し洗ってStreptavidin R-Phycoerythrinで染色後にスキャンした。
【0126】
Array上の転写物(約45,000)のGeneChipシグナル値を比較することで、1Lジャー流加培養10日目に900mg/L以上のMAb1(抗IL-6R抗体;tocilizumab、商品名 アクテムラ)を産生するMAb1(抗IL-6R抗体)強発現 TAUT強発現 CSAD強発現DG44細胞の継代培養細胞において、発現強度が高く且つ発現昂進が著しい転写産物としてマウスゲノム上のmRNA型ノンコーディングRNAUG_GENE=AI462015(Affymetrix MOUSE430_2, 1420088_AT)を同定した(図1:AI462015転写産物の配列)。
【0127】
AI462015は437塩基のmRNA型ノンコーディングRNAであるが、その配列はマウスゲノム12のNfkBia mRNA 3’側の非翻訳領域近傍(56590831- 56590397)の相補鎖上に存在する。AI462015転写産物が直接にNfkBia mRNAの非翻訳領域に作用して翻訳を阻害する可能性、あるいは437塩基の一部の配列が低分子 RNAとして機能してNfkBia mRNAを分解する可能性が考えられた。
【0128】
たとえば、AI462015配列中の5’側40番目のAから91番目のAを含む52塩基の配列(AAGTACCAAAATAATTACCAACAAAATACAACATATACAACATTTACAAGAA:配列番号7)は、ラット NfkBia mRNA 3‘側の非翻訳領域(1478-1529, GENE ID: 25493 NfkBia) の相補鎖と一塩基(AI462015中の5’側61番目のA)を除いて一致しており、さらにはAI462015の40番目のAから63番目のAを含む24塩基の配列(AAGTACCAAAATAATTACCAACAA:配列番号9)は、ヒト NfkBia mRNA 3‘側の非翻訳領域の一部配列(TTGTTGGTAATTATTTTGGTACTT, 1490 - 1513:配列番号24)の相補鎖でもあることから、52塩基の一部である19-25塩基がmicroRNAとして、あるいは一部配列がアンチセンスRNAとしてCHO細胞のNfkBia mRNAに作用する可能性が予測された。
【0129】
さらに、その後のGeneBankの情報更新によって、AI462015の転写産物である437塩基はマウスNfkBia 遺伝子の3’側 非翻訳領域(513塩基)の相補鎖に相当することが明らかになった(図23)。図24に示したように、CHO-K1細胞のゲノム配列上にAI462015の相同配列が存在すること(配列番号25:AI462015;配列番号26-27:CHO-K1ゲノム)、さらに、抗体高産生なCHO細胞においてNfkbia の発現抑制(参考例4)がみられたことから、CHO細胞ではAI462015の相同配列が高発現されて機能するものと考えられる。
【0130】
たとえば、AI462015配列中の5’側7番目のTから91番目のAを含む85塩基の配列(図23と24の下線部、配列番号29)(TGTAAAAATCTGTTTAATAAATATACATCTTAGAAGTACCAAAATAATTACCAACAAAATACAACATATACAACATTTACAAGAA)は、ラット NfkBia mRNA 3‘側の非翻訳領域(1478-1562, GENE ID: 25493 NfkBia、配列番号31) の相補鎖と一塩基(AI462015中の5’側70番目のA)を除いて一致しており(Matching = 84/85、図25b)、同様に、ヒト(Matching = 75/85、図25a、配列番号30)、チンパンジー(Matching = 75/85、図25c、配列番号32)、アカゲザル(Matching = 74/85、図25d、配列番号33)、ウシ(Matching = 76/85、図25e、配列番号34)でも相同性が確認された。よって、この85塩基(Conserved Sequence 7-91)の一部である19-25塩基がmicroRNAとして、あるいは一部配列がアンチセンスRNAとして種を超えて動物細胞、若しくは哺乳動物細胞に作用すると考えられる。従って、動物培養細胞、好ましくはCHO細胞のような哺乳動物細胞のNfkBia mRNAにも作用することが予測された。
【0131】
〔参考例2〕抗体高産生細胞において発現昂進された転写産物の同定
参考例1で、MAb1(抗IL-6R抗体;tocilizumab、商品名 アクテムラ)高産生DG44細胞で転写産物AI462015の発現量が昂進されたが(図2)、異なる宿主細胞(CHO-DXB11s)に異なる抗体(MAb2:抗グリピカン3抗体;GC33(WO2006/006693参照))を高産生させた場合も同様にAI462015転写産物の発現昂進がみられた(図3)。
【0132】
図2に示したように、CHO-DG44細胞にタウリントランスポーター (TauT)遺伝子を強発現させた場合、システインスルフィン酸デカルボキシラーゼ(CSAD)遺伝子を強発現させた場合(data not shown)、TauTとCSADを共に強発現させた場合、いずれも転写産物AI462015の発現量は同程度であったが、TauTとCSADを共に強発現させた細胞にさらにMab1(抗IL-6レセプター抗体)を強発現させた場合は、AI462015の異常な昂進(宿主細胞の7倍)がみられ、発現量も異常に高いGeneChipシグナル値(10,000以上)を示した。コントロールのGAPDH発現強度は細胞間で同レベルであったことから、転写産物AI462015の発現昂進はMab1抗体高産生細胞に特異的であった。図3も同様であり、CHO-DXB11s細胞にMAb2(抗グリピカン3抗体)遺伝子を強発現させた場合、AI462015配列の発現昂進(TauT, CSAD, AE1強発現細胞の平均値の13倍)はMAb2抗体高産生細胞に特異的であった。
【0133】
以上の結果は、シェーカー継代培養3日目で安定増殖している抗体高産生細胞は、AI462015配列を異常に高発現していることを示している。
【0134】
また、1Lジャー培養3日目の生産培養条件下においてもAI462015配列の異常な発現昂進がみられた。図4に示したように1Lジャー流加培養の10日目に約1200−1400mg/LのMAb1(抗IL-6R抗体)を産生する2種の抗体高産生細胞は5,000以上の高いGeneChipシグナル値を示した。培養条件の違いから、1Lジャー流加培養3日目のシグナル値はシェーカー培養の50%程度であったが、培養後期13日目にAI462015配列の発現強度はシェーカー継代培養と同程度にまで昂進され、異常に高いシグナル値を示した(図5)。一方、抗体産生量の低いMAb1強発現DXB11s細胞(加水分解物無添加のシェーカー培養7日目で300mg/L以下、加水分解物添加でも500mg/L以下)は、高産生化に寄与する加水分解物(Hy-Fish、Procine Lysate)を添加した条件でも、1Lジャー培養3日目の AI462015配列の発現昂進はみられなかった(図6)。
【0135】
図2で高いシグナル値を示したMAb1強発現TauT強発現CSAD強発現DG44細胞の抗体産生量が高かったこと(加水分解物無添加のシェーカー培養7日目で640mg/L)、図3で高いシグナル値を示したMAb2強発現DXB11s細胞の抗体産生量が高かったこと(加水分解物無添加のシェーカー培養7日目で640mg/L)、図6で抗体高産生化に寄与する加水分解物を加えた場合もシグナル値が昂進されなかった実験結果に基づいて、「AI462015配列の発現量が高い細胞は抗体産生ポテンシャルが高い」と考えられた。
【0136】
〔参考例3〕APES強発現による抗体産生細胞の高産生化例
AI462015配列発現量の高さが抗体産生ポテンシャルの高さと相関することを示すため、図6で抗体産生ポテンシャルの低かったMAb1強発現DXB11s細胞にAI462015配列の一部を発現するプラスミドを導入し、強発現させて抗体産生ポテンシャルを比較した。
【0137】
マウスゲノム由来の転写産物AI462015(図1、437塩基) 配列の一部(Affymetrix GeneChipのAI462015 Probe Sequenceを含む)5’側4番目のGから3’末端のTまでをAPES434、5’側4番目のGから168番目のCまでをAPES165と命名して、2種類の発現ユニットを作成した(APESとはAntibody Production Enhancing Sequenceの略称)。Kozak配列を加えた発現ユニットを合成することで、CMVプロモーター下で高発現するpHyg-APES434(図7)、 pHyg-APES165(図8)、pHyg-null(図9)を構築した。
【0138】
Amaxa社(現、LONZA社) 遺伝子導入システムNucleofectorによって、図6の抗体低産生株の MAb1強発現DXB11s細胞に発現プラスミドを導入し、96ウェルプレート上でHygromycin(200μg/ml) を含む選択培地存在下で高増殖だった全細胞株を選抜し、24ウェルプレート拡大後に抗体産生量を比較した。選抜された株数はそれぞれpHyg-APES434(N=38), pHyg-APES165(N=60)、pHyg-null(N=11)であり、それらの株数はAPES強発現プラスミド導入によるポジティブ効果を期待させた。1mL継代培地を含む24ウェルプレートでの静置培養は、培養13日目に細胞増殖がみられなかったので、抗体産生量および細胞数を測定した。抗体産生量の平均値はpHyg-APES434(44.3 mg/L)、 pHyg-APES165(41.2 mg/L)、pHyg-null(21.9 mg/L)、細胞数(平均値)はpHyg-APES434(9.27x105cells/mL)、 pHyg-APES165(11.39x105 cells/mL)、pHyg-null(7.76x105cells/mL)であり、pHyg-APES434、 pHyg-APES165導入細胞は共にコントロールのpHyg-nullに対して統計的に優位であった(t検定 P< 0.001, 図10)。
【0139】
以上の結果は、AI462015転写産物の5’側165bpを含む核酸配列(例えば配列番号2のDNAの転写産物であるAPES165、又は配列番号3のDNAの転写産物であるAPES434)を強発現させると、細胞の抗体産生ポテンシャルが上がったことを示している。
【0140】
〔参考例4〕抗体高産生CHO細胞におけるNfkBiaの発現抑制
参考例1で述べたように、AI462015配列はマウスゲノム12のNfkBia 遺伝子の3’側の非翻訳領域近傍(3’側78bp)の相補鎖上に存在すること、AI462015配列に含まれる22塩基(AAGTACCAAAATAATTACCAAC:配列番号10)はヒトNfkBia 遺伝子の3’側非翻訳領域(1492-1513)の相補鎖と同一配列であり、さらにラット、アカゲザル、イヌ、ウマなど種を超えて保存されていることからmicroRNAとしてRNA干渉してNfkBia mRNAを分解する可能性があること、あるいはAI462015発現を定量できるAFFYMETRIX社のオリゴヌクレオチドアレイ(Affymetrix MOUSE430_2)上の特異的プローブ配列領域(CATATACAACATTTACAAGAAGGCGACACAGACCTTAGTTGG:配列番号16)42bpの前半部分に相当する5’側71番目のCからの21塩基(CATATACAACATTTACAAGAA:配列番号15)がラットNfkBia mRNAの1478から1498塩基目の相補配列であることから、AI462015配列由来の核酸分子がNfkBia mRNA にRNA干渉し、発現を抑制することで抗体高産生CHO細胞のホメオスタシスを維持する可能性が考えられた(ノックアウトマウスのlethality はpostnatal)。(注記:後に、AI462015の転写産物はマウスNfkBia 遺伝子の3’側513塩基の非翻訳領域の相補鎖に相当することが判明した。参考例8参照。また、マウスGeneChipで定量されたAI462015の71番目から112番目の配列(配列番号16)はCHO細胞での転写産物として確認された。)
【0141】
そこで、抗体産生ポテンシャルが高かったAI462015高発現細胞でのNfkBia mRNA 発現量を定量し、その発現が抑制されていることを確認することにした。
【0142】
CHO細胞のNfkBia mRNA配列は未知であったため、マウスとラットのアミノ酸コード領域(共に942塩基:314アミノ酸)で保存されている配列からプローブ( 5’ACTTGGTGACTTTGGGTGCT、 5’GCCTCCAAACACACAGTCAT )(配列番号17、18)を設計して325bpのPCR産物を得た。 PCRクローニングされた325bp は、その配列相同性からCHO細胞由来NfkBia mRNAの一部配列であると考えられる(図11)。
【0143】
Mouse Genome 430 2.0 Array(参考例1)では、そのプローブ配列がCHO細胞の種特異的配列に相当するためなのか、NfkBia mRNA発現を定量できなかったが、325bp PCR産物量を比較すると、抗体を産生させていない遺伝子強発現細胞(レーン1,2)に対して、AI462015配列の発現が昂進された抗体高産生細胞(レーン3,4)ではNfkBia mRNA発現が抑制されていた。さらに、325bp の一部の配列を定量可能なTaqMan Probe Set(図12)を設計し、RT-PCR法で定量すると、抗体高産生細胞では、抗体を産生させていない細胞の約50%にまでNfkBia mRNA発現が抑制されていた(図13)。
【0144】
以上から、抗体高産生細胞ではNfkBia mRNAの発現が抑制されており、その結果、抗体産生ポテンシャルが上がると考えられる。実際、われわれが抗体遺伝子発現に用いている発現プラスミドのプロモーター/エンハンサー領域には 複数個以上のNfkB結合部位が存在しており(図14:マウスMCMV IE2プロモーター上のNfkB結合部位)、それらのエンハンサー領域は抗体遺伝子の高発現に必須の領域であることから、NfkBia発現抑制によって活性化されたNfkBが核内に移行し、プロモーター活性が増強されることが、抗体高産生の一因であると考えられる。
【0145】
〔参考例5〕抗体高産生CHO細胞で亢進されているmicroRNAの解析
microRNAを解析するために、図15に示したようにMir-XTMmiRNA First-Strand Sythesis Kit (Clontech)を用いて、継代培養中のMAb1(抗IL-6R抗体)高産生DXB11s細胞とMAb1(抗IL-6R抗体)高産生TAUT強発現DXB11s細胞、さらに抗体遺伝子導入前のDXB11s宿主細胞から調製したsmall RNAの3’側にpoly(A)タグを付加したのち、オリゴdTを3’側にPCRプライマー配列(mRQ 3’Primer)を5’側にもつアダプターをプライミングして一次鎖cDNAを合成した。得られたcDNAを鋳型にして、mRQ 3’ primer と 予想されたAPES配列由来のmicroRNA-specific Primer(APES 40-61 5’ primer, あるいは APES 71-91 5’ primer)、さらに ポジティブコントロールのU6 snRNA 5’ primerを用いてqPCR反応(95℃ 5sec, 60℃ 20sec, 30cycles)をおこなった。PCR反応液は、精製後、3%アガロースゲルで電気泳動した。図16に示したように、APES 40-61 5’ primerとU6 snRNA 5’ primerによるPCR反応で目的の大きさのバンドがみられた。レーン1,2,3で示したように、APES 40-61(AAGTACCAAAATAATTACCAAC:配列番号10)22塩基がMAb1(抗IL-6R抗体) 高産生細胞中で高発現していた。ポジティブコントロールのU6 snRNA(レーン4)の発現量はいずれの細胞においても同レベルであったこと、またAPES 71-91(CATATACAACATTTACAAGAA:配列番号15)の存在は確認されなかったことから(data not shown)、種を超えて配列が保存されているAPES 40-61(22塩基)がmicroRNAとして抗体高産生化に寄与すると考えられた。
【0146】
〔参考例6〕APES強発現による抗体産生用宿主細胞の高増殖化例
抗体産生用宿主細胞DXB11/TAUTから、1Lジャー流加培養14日目に3.9g/LのMAb1(抗IL-6R抗体)を産生する抗体高産生細胞(DXB11/TAUT/MAb1)が得られ、TAUTの生存率維持能によって培養31日目に8.1g/Lを産生したが、実生産を考慮して培養14日目に高産生にするには、細胞最高到達密度(4.1 x10e6 cells/mL)を増加させる必要があった。APES強発現によるNfkbia mRNAの発現抑制(参考例4)がNfkbの活性化を促進するのであれば、増殖関連遺伝子の発現が亢進されるため、細胞最高到達密度は上がる可能性がある。APESと同様に抗体高産生化に寄与したALT1の共発現用プラスミドをそれぞれ(pPur-APES165, pPur-ALT1, 図17)、上記抗体高産生細胞DXB11/TAUT/MAb1(親株)に導入して高増殖な上位3株ずつを選抜し、シェーカー流加培養をおこなうと、APES165強発現細胞の細胞最高到達密度の平均値は(11.5±1.7)x10e6 cells/mLであり、ALT1強発現細胞の(8.9±1.8) x10e6 cells/mL以上に高増殖な細胞が得られた。さらにシェーカー流加培養14日目の抗体産生量の平均値は、APES強発現細胞:4.4±0.6 g/L, ALT1強発現細胞:4.0±0.6 g/Lと導入前のDXB11/TAUT/MAb1細胞:3.4g/L以上に高くなったことから、APES強発現効果はTAUT強発現効果に独立してポジティブに作用することが示された(図18)。APES強発現による正の効果は1L-Jar流加培養において顕著であり、それぞれシェーカー流加培養での高増殖細胞を比較すると、APES強発現株は最も高増殖で、培養12日目で5.3g/Lと親株の3.2g/L, ALT1強発現株4.4g/Lに対して短期間培養で高産生である長所が示された(図19)。以上の結果に基づき、抗体産生用宿主細胞DXB11/TAUTをより高増殖な宿主細胞に改変することにし、APES165強発現宿主DXB11/TAUT/APESを作成した。DXB11/TAUT宿主にpPur-APES165をエレクトロポレーション法で遺伝子導入し、薬剤選抜後に生存率、増殖ともに良好であった宿主候補の9株について、継代培養時のAPES snRNA (small non-coding RNA)発現量を定量した。APES発現量の高かったDXB11/TAUT/APES宿主候補株は培養時の生細胞密度が高く、相関(R=0.70)が示された(図20)。
【0147】
〔参考例7〕APES強発現による抗体産生細胞の高産生化例2
参考例3と同様に、MAb1強発現DXB11s細胞にAI462015転写産物の5’側の部分配列を発現するプラスミドを導入し、抗体産生ポテンシャルを比較した。
【0148】
APES4-168(APES165)に加えて、さらにその一部配列からなるAPES4-68(配列番号5)およびAPES69-133(配列番号6)の発現ユニットを作成して、細胞の抗体産生ポテンシャルを検討した。空ベクター強発現(null)に対して APES 4-68は p<0.05, APES69-133は p<0.01の有意差で抗体高産生でとなった(t検定 P< 0.001、 図21)。
【0149】
参考例3および本参考例において同定された、APES活性を有する部分配列が、それぞれ、マウスAI462015転写産物のどの領域に相当するのかを図22に示した。APES活性を示した部分配列はNfkbia相補配列を23塩基以上含んでいる。
【0150】
本発明は、あらゆる抗体等の組換えポリペプチド産生細胞へ応用可能である。
【0151】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25-1(a)】
図25-1(b)】
図25-2(c)】
図25-2(d)】
図25-3(e)】
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32
図33
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]