【文献】
JADWISIENCZAK W.M.,Visible emission from AlN doped with Eu and Tb ions,Journal of applied physics,米国,2001年,vol.89,No.8,p.4384-4390
【文献】
LORENZ, K,Optical doping of AlN by rare earth implantation,Nuclear instruments & methods in physics research. Section B, Beam interactions with materials and atoms,North-Holland,2006年,242 (1-2),p.307 -310
【文献】
MACKENZIE,J D,Er doping of III-nitrides during growth by metalorganic molecular beam epitaxy,Journal of crystal growth,1997年,vol.175-176,p.84-88
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
本発明においては、α−アルミナ(Al
2O
3)単結晶(以下サファイアと呼ぶ)で作成された基板をサファイア基板と呼び、多結晶質のアルミナ(Al
2O
3)で作成された基板を多結晶アルミナ基板と呼ぶ。サファイア基板および多結晶アルミナ基板を合わせてアルミナ基板と呼ぶ。
【0003】
窒化ガリウム(GaN)、窒化アルミニウム(AlN)、窒化アルミニウム・ガリウム(AlGaN)等のIII族窒化物半導体よりなる結晶層は、青色帯〜紫外帯の短波長光を発する発光ダイオードやレーザーダイオード等の発光デバイスおよびパワートランジスタを構成する機能層として注目されている。またAlNは高熱伝導性を活かした放熱材としても期待される材料である。
【0004】
これらの結晶層は、α−アルミナ(Al
2O
3)単結晶(以下サファイアと呼ぶ)やSiC単結晶等の基板上に、分子線エピタキシャル法または有機金属気相成長法等の気相成長手段を用いて多層の半導体薄膜層を堆積させる方法が提案されている。特にサファイア基板はサイズ、供給能力およびコストの点から優れた基板材料であるが、基板材料とこれらの半導体薄膜層には、構成元素の種類、組成比、あるいは結晶構造が異なるため、格子定数および熱膨張係数にズレがある。そのズレに起因して、半導体薄膜層の形成プロセスにおいて内部応力が発生し、その結果、高密度の欠陥や歪が導入されてしまい、半導体素子のエネルギー効率の低下・素子寿命の短縮、特性不良、ワレによる歩留低下をもたらす。
【0005】
そのため、格子整合性に優れる同種材料基板、例えば、Alを多く含有するAlGaNの半導体薄膜層に対しては、AlN単結晶を基板として用いることが検討されている。即ち、サファイアやSiC単結晶等の基板上に昇華法、ハライド気相成長法(HVPE)等の気相成長法、あるいはフラックス法によりAlN結晶を作成し、AlN単結晶の上にAlGaNの半導体薄膜層を形成するというものである。この場合基となるサファイアやSiC単結晶等の基板の影響を取り除くために、サファイアやSiC単結晶等を研磨等により除去してAlN単結晶の自立基板とした上で、AlGaNの半導体薄膜層を積層することが望ましいとされている。自立基板化のためには100μm以上の厚さまでAlN単結晶を成長させる必要があるが、異種基板上での成長のため、内部歪が蓄積され、欠陥、ワレあるいはソリが内包してしまい、結果その上に積層するAlGaNの半導体薄膜層の影響を及ぼし、産業上十分な品質のAlGaNの半導体薄膜層が形成されるに至っていない。
【0006】
その対策として、前記自立基板上に再度AlN単結晶を成長させる方法が提案されている。この方法によると品質向上は期待できるが、工程が複雑となりコスト上昇を引き起こし、産業上の利用価値が低減してしまうという欠点がある。
【0007】
一方、またサファイアやSiC単結晶等の基板上に、AlN単結晶とは異なる性状をもつ物質や空隙を層状および/または領域状に挟み込んだような構造とした上でAlN単結晶を形成することが提案されている。このような構造とすることで内部応力を抑え、欠陥、ソリ、クラックや歪の低減を可能とする、あるいは、自立基板の作成を容易にする、というものである。
【0008】
特許文献1では基板上にチタンやバナジウムを含有する金属膜を虫食い状に形成した後、GaNやAlN単結晶を成長させる方法が開示されている。それによると虫食いの部分からGaNやAlNは成長し、金属膜の形成された部分では応力が緩和されるというものである。
【0009】
特許文献2では基板上にAlNの成長下地層、AlGaNやAlInNの中間層を形成した後AlN単結晶を成長させることが開示されている。それによるとAlN単結晶の成長後、加熱処理することにより中間層が分解消失し、自立基板化するというものである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
発明者らは、より高品質のAlN結晶を得るために、その種結晶となる基板材を検討してきた。種結晶がAlN単結晶であれば、構成元素、組成および結晶構造が目的結晶と同一であるため格子不整合や熱膨張係数差により誘導される応力は発生しない。応力の発生を抑えるという点では、AlN単結晶を種結晶として用いることが望ましいが、欠陥が多く含まれるAlN単結晶を種結晶に用いるとその上に成長するAlN単結晶もまた欠陥の多い結晶となってしまう。また現時点では、例えば4インチφサイズといった高品質のAlN単結晶基板を安価に、まとまった数量を、かつ安定して供給を受けることはできない。
【0012】
一方、例えばサファイア基板は品質、サイズ、価格および供給能力において優れた基板であるが、AlNとは異種の物質であるためにサファイア基板上にAlN層を形成すると、格子不整合および熱膨張係数差に起因したソリが発生してしまう。このソリは基板と形成層が異種のものである限り、不可避である。特許文献1、2では基板とAlN層の間にAlNとは異なる性状をもつ物質や空隙を層状および/または領域状に挟み込むという処理をすることにより少なくとも基板の前記ソリを低減している。しかしこれらの方法にも改善すべき課題がある。
【0013】
特許文献1はチタンやバナジウムを含有する金属膜が形成されていない箇所からのAlN単結晶の成長となることに特徴を持つ。しかし基となる基板がAlN単結晶とは異なる組成や結晶構造のものとなるため格子不整合によるソリの低減は困難である。
【0014】
特許文献2による中間層の分解による自立基板化はなしうるが、AlN結晶育成後の処理となるため、ソリの低減は成し得ていない。
【0015】
本発明の課題は、ソリを低減したAlN層が形成されたアルミナ基板を提供することを目的とする。また、AlN結晶を育成する際には育成したAlN結晶を自然剥離にて自立した結晶として取り出すことができるアルミナ基板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、かかる課題を解決するためになされたもので、アルミナ基板であって、前記アルミナ基板表面にはAlN層が形成されており、か
つ前記AlN層と前記アルミナ基板
との界面に希土類含有層および/または
希土類含有領域が形成されていることを特徴とするアルミナ基板である。希土類含有層および/または
希土類含有領域を形成することで格子不整合等の内部応力および歪を希土類含有層および/または
希土類含有領域に集中し、AlN層における内部応力および歪を低減することができる。そのため本発明のアルミナ基板のソリを低減することができ、また本発明の基板上にAlN結晶作成を行った場合、結晶作成中または冷却時に本発明の基板内で剥離し、自立基板化しやすいという効果がある。
【0017】
本発明の望ましい態様としては、希土類元素の含有量がAl元素比で1〜10000ppmであることが好ましい。これにより希土類含有層および/または領域における応力の集中とそれによるソリの低減効果をより顕著に出現することができる。
【0018】
本発明の望ましい態様としては、AlN層の厚さが0.02μmから100μmであることが好ましい。これによりソリの低減効果をより顕著に出現することができる。また本発明のアルミナ基板上にAlN等の結晶育成を行う際に過度の応力がかかった場合には本発明のアルミナ基板内にて自然剥離を起こし、育成結晶内でのクラックやワレの発生を防止することができる。
【0019】
本発明の望ましい態様としては、アルミナ基板はサファイアであることが好ましい。これにより発光デバイスやパワートランジスタ等単結晶基板上に半導体層を積層するデバイスに有用な基板材を提供することができる。
【0020】
本発明の望ましい態様としては、AlN層は主として単結晶であることが好ましい。これにより発光デバイスやパワートランジスタ等単結晶基板上に半導体層を積層するデバイス作成のコストを低減することができる。
本発明の望ましい態様としては、希土類含有領域の形状は、アルミナ基板表面に対し垂直な方向よりも平行な方向に長い形状であることが好ましい。応力集中が顕著となるためである。
本発明の望ましい態様としては、希土類含有層および希土類含有領域は、アルミナ基板表面に対し平行な方向に分布していることが好ましい。AlN結晶育成と自然剥離による自立化を行う場合、クラックの伝搬方向を基板表面に対し平行な方向に誘導し、自然剥離の際にAlN結晶へのクラック伝搬を抑止できるためである。
【発明の効果】
【0021】
本発明によるとソリを低減したAlN層が形成されたアルミナ基板を提供することができる。
【0022】
本発明のアルミナ基板を用いてAlN結晶等を育成することにより、育成したAlN結晶等を自然剥離にて自立した結晶として取り出すことができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本実施形態は希土類含有層および/または領域をAlN層の内部またはAlN層とアルミナ基板表面で形成される界面に配置した構造とすることが特徴である。その構造について
図1および
図2を用いて説明する。
【0025】
本実施形態における希土類とはYおよびランタニド族の各元素を意味する。これらの元素はAlに比べイオン半径が極めて大きいため、後述する引っ張り応力を集中させるための層および/または領域に用いる元素として効果が高い。また本実施形態の構造を形成することが比較的容易になしえる元素である、という特徴をもつ。希土類元素は1種類に限定されるものではなく、複数種類の希土類元素を同時に用いても良い。
【0026】
図1は希土類含有層31が層状に配置された構造を示し、
図1(a)は希土類含有層31が窒化されていないアルミナ基板33とアルミナ基板上に形成されたAlN層30の界面に配置されている例である。また
図1(b)は希土類含有層31がAlN層30の内部に配置されている例である。このような構造をとることにより、アルミナ基板33とAlN層30の格子不整合および熱膨張係数差に起因する応力を希土類含有層31に集中させることができ、集中させた応力の分だけ、希土類含有層より表面に近い側に位置するAlN層30にかかる応力を減少させることができることとなる。同時にAlN層30における歪、欠陥、ソリ、クラックおよびワレを低減することができる。また希土類は高融点物質であるため比較的高温下のAlN結晶育成に耐えうる物質である。
【0027】
一方、本実施形態のアルミナ基板を種結晶として用いAlN結晶を育成する場合、AlN結晶が成長するに従い、アルミナ基板およびAlN結晶の格子不整合および熱膨張係数差による応力はさらに増大していくが、この応力は希土類含有層31に最も集中することとなる。そのため、希土類含有層31よりも基板表面に近い側に位置するAlN層およびそれを種として成長したAlN結晶に入る応力は、希土類含有層31に集中した分だけ緩和される。また、更に過度の応力が蓄積された場合、最も応力の集中している箇所、すなわち希土類含有層31にて剥離が起こり、AlN結晶が自立化するのである。
【0028】
ここで希土類含有層31に応力が集中する理由を説明する。一般的に、格子間隔の異なる2種類の物質が結合する場合、格子不整合のため応力が発生する。また格子間隔が一致していても熱膨張係数が異なる場合、温度変動により格子間隔が異なってしまうため、やはり格子不整合を起こし応力が発生する。アルミナ基板に比べAlN結晶は大きな格子間隔をとり、希土類含有層は更に大きな格子間隔をとる。したがって
図1(a)のようにアルミナ基板33とAlN層30の間に希土類含有層31を挟んだ場合は、まずアルミナ基板33と希土類含有層31で形成する界面近傍の希土類含有層31に応力が発生し、更に希土類含有層31とAlN層30の界面近傍にも応力が発生することになる。即ち希土類含有層31では二重の応力が発生するため単にアルミナ基板33上にAlN層30を形成したときにAlN層30に発生する応力より大きな応力が希土類含有層31にかかることとなる。AlN層30はこの希土類含有層31に余剰に発生した応力の分だけアルミナ基板33から受ける応力を相殺し、ソリが低減するのである。
【0029】
図1(b)のようにアルミナ基板33に直接希土類含有層が接合するのではなくAlN層を介して接合される場合も同様のことが言える。ただしアルミナ基板との接合により受ける応力はAlN層を介している分だけ集中が緩和される構造となっている。
【0030】
希土類元素を含有する箇所が層状ではなく領域になっている場合も同様のことが言える。本実施形態では基板表面に対し略平行かつ連続的に希土類元素が分布されている場合を希土類含有層とし、不連続に分布している場合は希土類含有領域とした。なお、希土類含有領域は必ずしも基板表面に対し略平行である必要はない。
図2は希土類含有領域の配置を模式的に示したものである。
図2(a)は希土類含有領域32がアルミナ基板界面に接して配置される構造、
図2(b)はアルミナ基板界面には接せず、AlN層に囲まれた状態で配置されている構造、および
図2(c)は希土類含有領域32がAlN層表面に対し傾いた状態で配置されている構造を図示している。いずれの場合でも上述の希土類含有層の場合と同様のことが言える、即ちAlN層30において希土類含有領域32より表面に近い方に配置された部分のAlN層30は希土類含有領域32に応力が集中した結果、その分だけアルミナ基板33との相互作用によって発生する応力を相殺することができ、やはりソリが低減する。
【0031】
本実施形態のアルミナ基板を種結晶としてAlN結晶を育成する場合、アルミナ基板33とAlN結晶との格子不整合に起因する応力はAlN結晶成長とともに増加し、過度の応力が蓄積されるとクラックが発生する。このときクラックは応力の集中している希土類含有層31および/または領域32が起点となり、更に希土類含有層31および/または領域32に沿って伝搬する。希土類含有層31および/または領域32が基板表面に対して略平行な方向に分布することにより、クラックは育成されたAlN結晶に向かうことなく、AlN結晶を自然剥離させて自立化することができる。
【0032】
本実施形態のアルミナ基板は表面層がAlN層であるため高温下でのAlN結晶育成が可能である。少なくとも1750℃以下の温度での育成であれば本実施形態のアルミナ基板の構成物質であるアルミナ基板33、希土類含有層31および/または領域32、およびAlN層30いずれも分解されることはないので例えばフラックス法等の液相法によるAlN単結晶育成が可能となる。また昇華法のように2000℃を超える高温下の育成であっても少なくとも表面層であるAlN層30は分解しないため育成が可能である。
【0033】
希土類含有層31は単層、複層いずれの形態でも構わない。単層であれば希土類含有層31における応力集中がより強く働くため自然剥離が容易となる。複層であれば1層あたりの応力集中は緩和されるが、クラックの伝搬方向が強く限定されるようになるため、育成したAlN結晶へのクラック伝搬をより効果的に防止できる。
【0034】
希土類含有領域32の形状に限定はないが、基板表面に対し垂直な方向よりも平行な方向に長い形状であることが好ましい。応力集中が顕著となるためである。また
図2では矩形状の希土類含有領域を図示したが、矩形には限定されない。楕円球状であっても不定形状、その他の形状であっても構わない。また
図2(a)、(b)、および(c)に図示したような配置をもつ希土類含有領域32が混在していても、あるいは希土類含有層31と組み合わせの構造となっていても構わない。
【0035】
希土類含有層31および希土類含有領域32は基板表面に対し略平行な方向に分布していることが望ましい。AlN結晶育成と自然剥離による自立化を行う場合、クラックの伝搬方向を基板表面に対し平行な方向に誘導し、自然剥離の際にAlN結晶へのクラック伝搬を抑止できるためである。なお略平行な方向とは育成されたAlN結晶へのクラック伝搬を抑止できる程度の高低差は許容されるレベルの平行という意味である。
【0036】
基になる基板はアルミナ基板、即ちサファイア基板、または多結晶アルミナ基板である。
【0037】
含有される希土類の量はAl元素比で1ppm以上10000ppm以下、更に好ましくは1ppm以上1000ppm以下である。これにより希土類含有層および/または領域における応力の集中とそれによるソリの低減を成し得る。
【0038】
AlN層の層厚は0.02μm以上100μm以下、好ましくは0.05μm以上10μm以下、更に好ましくは0.05μm以上1μm以下である。これによりソリの低減を成し得る。また本発明のアルミナ基板上にAlN等の結晶育成を行う際に過度の応力がかかった場合には本発明のアルミナ基板内にて自然剥離を起こし、育成結晶内でのクラックやワレの発生を防止することができる。
【0039】
サファイア基板を用いる場合は形成されるAlN層は主として単結晶であることが要求される。実用上、基になる基板の総面積に対して50%以上は単結晶化していることが望ましい。これにより発光デバイスやパワートランジスタ等単結晶基板上に半導体層を積層するデバイス作成のコストを低減することができる。
【0040】
以下、本実施形態のアルミナ基板を作成するための一例を示すが、別法で本実施形態の構造をもつアルミナ基板を作成しても構わない。
【0041】
図3に、作成フローを例示する。主な工程として、a)希土類含有原料を基になるアルミナ基板に塗布する工程、b)乾燥する工程、c)塗布した基板を空気中で熱処理する工程、d)窒化処理する工程からなる。またこの工程を繰り返し行っても良い。
【0042】
まずアルミナ基板上に、当該希土類元素を含む原料を塗布する。簡便に塗布できるスピンコート法により行ったが、それに限定されるものではなく、噴霧法、蒸着法、スパッタ法等により行っても構わない。また塗布を行わず、後述する窒化処理する工程を希土類を含む雰囲気で行っても良い。
【0043】
スピンコート法では原料溶液を用いる必要があるため、原料として希土類硝酸塩のエタノール溶液および高純度化学研究所製の希土類MOD溶液を用いた。MOD溶液は当該希土類元素の有機塩を、キシレンを主体とした溶液に溶かしたものである。揮発性が高いため塗布後の溶液の再凝集を防止することができる。希土類硝酸塩のエタノール溶液または希土類MOD溶液を1000〜3000rpmで回転させたアルミナ基板上で20〜120秒間スピンコートさせて塗布層を形成した。再凝集に注意を払えば、水溶液を用いることもできる。蒸着法やスパッタ法であれば、酸化物、金属といった形態の希土類原料を用いることができる。
【0044】
原料として塩類を用いる場合、希土類を酸化物化するために空気中で熱処理することが好ましい。この熱処理により、別種のアニオンの混入を抑制できる。熱処理温度は塩類の種類にもよるが、500℃〜1400℃が好ましく、更に好ましくは600℃〜1000℃である。この温度範囲では基板表面の平滑性が維持され、かつ塗布溶液を完全に熱分解し、無機塩、有機塩であっても希土類酸化物にすることができる。
【0045】
窒化処理は希土類元素を表面に塗布したアルミナ基板あるいはサファイア基板を窒素中で加熱し行う。
図4を使って説明する。
図4は加熱部を模式的に示したものである。加熱炉はカーボンヒーター22、試料設置台20および全体を覆うチャンバー23で構成されている。チャンバー23にはガス排気口24およびガス導入口25が設置されており、ガス排気口24は回転ポンプ(図示せず)および拡散ポンプ(図示せず)に連結されており、脱気できる構造となっている。また、ガス導入口25を通して窒素ガスを導入できる構造となっている。
【0046】
試料設置台の上にアルミナ板13を載置し、その上に窒化処理基板10、カーボン11を載せる。また同時に窒化処理基板10およびカーボン11全体を覆うように略密閉状の匣鉢12をアルミナ板13の上に載せて配置した。なお略密閉状とは、ガス流通を完全に遮断するほどの密閉性はないが、ガス流通をある程度抑制できる程度の密閉性という意味である。また希土類含有原料を窒化処理する際に配置する場合はカーボン11と同様に略密閉状の匣鉢で覆うように配置する。更に希土類含有原料やカーボンを保持治具に付着配置する場合はアルミナ板13あるいは略密閉状の匣鉢12の内側に塗布して行う。
【0047】
加熱温度は希土類元素の種類にもよるが、1400〜1800℃程度である。この温度より低いとAlN層の形成が十分ではなく、一方温度が高すぎると処理基板であるアルミナ基板が変質してしまう。また基板近傍にカーボンを配置する。カーボン量は処理サイズと処理条件によって異なるため一概には言えないが、0.1mg以上である。少なすぎると窒化処理が十分に行えずAlNが生成しないか微量となってしまう。また結晶性が低下することもある。0.1mgより多い場合は過剰の炭素はガス化せずそのままの形態を維持するためAlN生成にはあまり影響を与えない。ただし基板表面の平坦性の低下や異相の析出を起こすことがあるため、許容できるレベルに応じてカーボン量を調整する必要がある。
【0048】
カーボンの配置法およびカーボンの形態に特に制限はない。
図5では配置の一例を示す。2インチφサイズの窒化処理基板10の周囲4か所にカーボン11を均等に配置した。1か所にまとめて配置しても良く、匣鉢等の保持体に塗布しても良い。また、ブロックあるいは棒状のカーボンを配置しても良い。
【0049】
この処理により、アルミナ基板表面にAlN層が形成される。サファイア基板の場合、形成したAlN層は下地の基板方位を引き継いで形成される。なお塗布原料にAlを含まなくても基板表面にAlNが生成するため、このAlNはアルミナ基板表面に付着形成するのではなく、表面近傍のアルミナ基板のもつ酸素が窒素に置換され、AlNが形成されているのである。一方基板表面に塗布した希土類は窒化処理により大部分は消失する。窒化物あるいは炭化物を形成し、ガス化して消失するものと思われる。
【0050】
塗布した希土類の全量をガス化して消失させることにより希土類含有層および/または領域を形成することなくAlN層が形成されたアルミナ基板を作成することも可能であるが、発明者らは希土類元素の一部を敢えて層状および/または領域として残留させ、そこに格子不整合に起因する応力を集中させることを考えた。そのため一部の希土類を意図的に残留させることを試みた。試行錯誤の結果、塗布する希土類含有物の層厚および密度、熱処理温度、窒化処理温度、時間および雰囲気制御、更にカーボン量を調整することにより残留量を制御できることが判明し発明を完成するに至った。
【0051】
本実施形態では密閉型の加熱炉および略密閉型の匣鉢にて雰囲気維持を行ったが、それに限るものではない。カーボン量と希土類元素量を制御できるのであれば、ガスフロー、あるいは開放された加熱部としても、AlN層と希土類含有層および/または領域が形成されている基板を得ることは可能と思われる。
【0052】
ソリは表面反射光を利用した方法で曲率半径を求めることにより評価できる。
図6を用いて説明する。可視のLD、またはLED光源41から本実施形態のアルミナ基板10のAlN層が形成されている側の任意の一点431に光を照射し、スクリーン42にその反射光を結像させ、その位置441をマーキングする。(
図6(a))続いて光学系は固定した状態で、アルミナ基板をスクリーンと平行にDだけ移動し、照射位置を位置432に変え、同様に照射位置432からの反射光がスクリーン上に結像する位置442をマーキングする。(
図6(b))二つの結像位置441および442の距離を変位量Xとする。またアルミナ基板10とスクリーン42の距離をL、アルミナ基板10のソリの曲率半径Rとすると、LおよびRがDおよびXに比べて十分に大きければ近似的に曲率半径Rは次式で求めることができる。
【0053】
R=2LD/X
なお照射位置431を起点とした照射位置432の変位ベクトルと結像位置441を起点とした結像位置442の変位ベクトルが平行であれば凸、反平行であれば凹となっている。
【実施例】
【0054】
<実施例1>
2インチφのサイズをもつc面サファイア基板に濃度2wt%の希土類元素としてYを含有するMOD溶液を、2000rpmで20秒間スピンコートにより塗布した。塗布後、150℃のホットプレート上で10分間乾燥させた後、空気中にて600℃、2時間熱処理した。熱処理後、100mm角のアルミナ板13に載せ、更に
図5に示すように基板10の周囲4か所に20mgづつ総量80mgの粉末状カーボン11を配置した。これを
図4に示すように、75mm角、高さ30mmのアルミナ匣鉢12で全体を覆ったうえで、試料設置台20に設置した。窒化処理炉はカーボンをヒーターとする抵抗加熱型の電気炉である。加熱前に回転ポンプと拡散ポンプを用いて0.03Paまで脱気し、次いで100kPa(大気圧)になるまで窒素ガスを流した後、窒素ガスのフローを停止した。窒化処理の処理温度を1750℃、処理時間を4時間、昇降温速度を600℃/時間とした。室温まで冷却後、処理基板を取り出し評価した。処理基板は概ね透明であったが、外周部から約1mm内側の領域にかけて白濁が認められた。また顕微鏡観察によると、透明部でもヒロックが形成されている箇所が認められた。
【0055】
中心部付近から切り出した10mm角の試料を用いてCuをターゲットとするXRD測定を行った結果、AlN(002)回折線が認められ、c軸に沿った単結晶または配向膜であることが確認された。一方、Yを含有する結晶相は見出すことができなかった。また、サファイア(006)回折線に対するAlN(002)回折線の強度比は52%であった。(112)面を利用した極図測定では6回軸対象のピークが6本出現しており、単結晶であることを確認できた。
【0056】
この試料を
図6記載の光学系で曲率半径を測定したところ、曲率半径は69mであり、AlN層形成表面側に凸であることがわかった。またAlN層形成表面側から蛍光X線により希土類の量の分析を行ったところ、Al原子数に対し110ppmのY原子が検出された。続いて、中心部付近における断面をFIB加工し、SEMの反射電子像の観察を行った。その形態を模式的に
図7(a)に示したが、厚さが0.3μmの第一の結晶50と第二の結晶53に挟まれるような状態で約0.02μm厚の白く光る層51が観察された。XRDの結果から第一の結晶50はAlN結晶であることが、また白く光る層51には反射電子像の性質からAl元素より原子量が大きい元素が含まれていることが判明した。処理工程にて使用された元素であることを考え合わせるとAl元素より原子量が大きい元素はYであることが考えられ、EPMAによりYであることを確認した。また第一の結晶50および第二の結晶53もEPMAにより元素分析を行い、第一の結晶50はAlN層、第二の結晶53はアルミナであることを各々確認した。
【0057】
<実施例2>
実施例1で切り出した10mm角の試料中、外周部付近の試料を用いて実施例1と同様にXRD測定、曲率半径測定、蛍光X線分析、およびSEM観察を行った。XRD測定では実施例1と同様、AlN(002)の回折線が認められ、サファイア(006)回折線に対するAlN(002)回折線の強度比は48%であった。(112)面を利用した極図測定では6回軸対象のピークが6本出現しており、単結晶であることを確認できた。しかし外周部近傍の白濁が認められた領域ではAlN(002)に加えAlN(101)も出現しており、単結晶ではなくボウル状となっていた。曲率半径は120mであり、また蛍光X線分析ではAl原子数に対し180ppmのY原子が検出された。実施例1と比較すると、希土類含有量が増えると曲率半径が大きくなる、即ちソリが小さくなっていることがわかる。
【0058】
SEMの反射電子像観察の結果を模式的に
図7(b)に示す。第一の結晶50に取り込まれるように白く光る領域52が観察され、実施例1と同様の推定と確認により、Yを含んでいることが判明した。この白く光る領域52は連続した層状ではなく、局所的な独立した領域として認められた。またこの白く光る領域52は、領域下方の一部もしくは全部が第二の結晶53と第一の結晶50との界面に接するように形成されたもの、および第一の結晶50に囲まれているもの、に大別された。また第一の結晶50の厚さは0.35μm、白く光る領域52の厚さは最大で約0.04μmであった。また第一の結晶50および第二の結晶53はEPMAの元素分析により、各々AlN層、およびアルミナであることを確認した。
【0059】
<実施例3>
c面サファイアを10mm角に切り出し窒化処理用の基板10を準備した。硝酸ネオジム水和物をエタノールに溶かし、濃度2wt%とした後、若干界面活性剤を加え、塗布溶液を作成した。スピンコートは3000rpmで20秒間行った。250℃のホットプレート上で10分間乾燥させた後、空気中にて800℃、2時間熱処理した。窒化処理は実施例3と同様に行った。ただし処理温度は1750℃とした。
【0060】
XRD測定ではAlN(002)の回折線が認められ、サファイア(006)回折線に対するAlN(002)回折線の強度比は15%であった。FIB加工断面の反射電子像SEM観察により、第一の結晶50の厚さは0.15μm、白く光る層51の厚さは約0.02μmであった。Nd原子はAl原子数比率で100ppmであり、曲率半径は74mであった。
【0061】
<比較例1>
窒化処理時間12時間、アルミナ匣鉢12として直径60mm、高さ50mmの円筒状アルミナルツボを用いた以外は実施例3と同様な処理を行ったところ、サファイア(006)回折線に対するAlN(002)回折線の強度比は18%、第一の結晶50の厚さは0.17μmと実施例3とほぼ同様であった。一方、曲率半径は15m、またNdは検出されなかった。実施例3と比較例1との比較から、希土類を含有することにより、本実施形態のアルミナ基板の曲率半径が大きくなる、即ちソリが小さくなっていることがわかる。
【0062】
<実施例4>
c面サファイアを10mm角に切り出し窒化処理用の基板10を準備した。濃度2wt%の希土類元素としてEuを含有するMOD溶液を、2000rpmで20秒間スピンコートにより塗布した。塗布後、150℃のホットプレート上で10分間乾燥させた後、空気中にて600℃、2時間熱処理した。窒化処理は実施例3と同様に行った。ただし処理温度は1650℃とした。
【0063】
XRD測定ではAlN(002)の回折線が認められ、サファイア(006)回折線に対するAlN(002)回折線の強度比は32%であった。FIB加工断面のSEM観察により、第一の結晶50の厚さは0.25μm、白く光る層51の厚さは約0.02μmであった。曲率半径は30mであり、またEu原子はAl原子数比率で35ppmであった。
【0064】
<実施例5>
多結晶アルミナ基板を10mm角に切り出し、窒化処理用の基板10を準備した。実施例4と同様の塗布、乾燥、空気中熱処理、および窒化処理を行った。ただし窒化処理温度は1550℃とした。
【0065】
XRD測定ではアルミナによる回折線に加え、AlN(100)、AlN(002)の回折線が認められた。第一の結晶50の厚さは0.05μm、Al原子数比率で10ppmEu原子が検出された。
【0066】
<実施例6>
実施例1にて中心部付近から切り出した10mm角の試料の中の1つを基板とし、フラックス法にてAlN単結晶育成を行った。フラックス法は以下の条件である。イットリア安定化ジルコニア製ルツボに材料(組成:Si35.7wt%、C2.3wt%、Al62.0wt% 重量:150g)を入れて、高周波加熱炉の加熱領域に置いた。材料直上には窒化処理したサファイア基板を固定したイットリア安定化ジルコニア製の撹拌治具を配置した。窒素雰囲気中で材料温度を1600℃まで上げて溶融させた後、撹拌羽根で溶液を撹拌しながら5時間保持して溶液を窒素で飽和させた。その後窒化処理したサファイア基板を溶液表面に接触させて100rpmで回転させながら、材料温度を徐々に下げてサファイア基板上にAlN単結晶を20時間かけて成長させた。結晶成長が終了した後、サファイア基板を溶液から離し材料を室温まで冷やした。冷却終了後炉内から試料を取り出したところ、アルミナ基板が横方向に剥離し、AlN単結晶板がサファイア基板の部分から分離していた。AlN結晶の育成中に希土類含有層が格子不整合による応力を集中して受けた結果、自然剥離したと思われる。AlN単結晶板の厚さは250μmであった。