特許第6465592号(P6465592)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6465592
(24)【登録日】2019年1月18日
(45)【発行日】2019年2月6日
(54)【発明の名称】涙液分泌促進組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/4525 20060101AFI20190128BHJP
   A61K 31/15 20060101ALI20190128BHJP
   A61K 31/343 20060101ALI20190128BHJP
   A61K 31/405 20060101ALI20190128BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20190128BHJP
【FI】
   A61K31/4525
   A61K31/15
   A61K31/343
   A61K31/405
   A61P27/02
【請求項の数】9
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-174934(P2014-174934)
(22)【出願日】2014年8月29日
(65)【公開番号】特開2016-50180(P2016-50180A)
(43)【公開日】2016年4月11日
【審査請求日】2017年8月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】学校法人慶應義塾
(73)【特許権者】
【識別番号】595149793
【氏名又は名称】株式会社オフテクス
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坪田 一男
(72)【発明者】
【氏名】三村 將
(72)【発明者】
【氏名】田中 謙二
(72)【発明者】
【氏名】今田 敏博
(72)【発明者】
【氏名】中村 滋
【審査官】 新熊 忠信
(56)【参考文献】
【文献】 特表2007−526292(JP,A)
【文献】 特開平10−067684(JP,A)
【文献】 Psychopharmacology,1996年,Vol.126,p.234-240
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−33/44
A61P 27/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物を有効成分として含有し、前記セロトニン濃度を上昇させる化合物が、パロキセチン、フルボキサミン、エスシタロプラム、及びその薬学的に許容され得る塩からなる群から選択される少なくとも一つである、涙液分泌促進組成物。
【請求項2】
経口剤である、請求項に記載の涙液分泌促進組成物。
【請求項3】
脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物を有効成分として含有し、前記セロトニン濃度を上昇させる化合物がL−トリプトファンであり、経口剤である涙液分泌促進組成物。
【請求項4】
脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物を有効成分として含有し、前記セロトニン濃度を上昇させる化合物が、パロキセチン、フルボキサミン、エスシタロプラム、及びその薬学的に許容され得る塩からなる群から選択される少なくとも一つである、角結膜障害の予防又は治療剤。
【請求項5】
脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物を有効成分として含有し、前記セロトニン濃度を上昇させる化合物がL−トリプトファンである、経口剤である角結膜障害の予防又は治療剤。
【請求項6】
角結膜障害がドライアイである請求項4または5に記載の予防又は治療剤。
【請求項7】
涙液分泌促進組成物又は角結膜障害の予防若しくは治療剤の製造のための脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物の使用であって、前記セロトニン濃度を上昇させる化合物が、パロキセチン、フルボキサミン、エスシタロプラム、及びその薬学的に許容され得る塩からなる群から選択される少なくとも一つである、使用
【請求項8】
経口剤である涙液分泌促進組成物の製造のための脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物の使用であって、前記セロトニン濃度を上昇させる化合物がL−トリプトファンである、使用。
【請求項9】
経口剤である角結膜障害の予防若しくは治療剤の製造のための脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物の使用であって、前記セロトニン濃度を上昇させる化合物がL−トリプトファンである、使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、涙液分泌促進組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ドライアイ症状は様々な要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり、近年注目されている要因の一つとして、パーソナルコンピュータ(PC)のディスプレイ画面(VDT)を見ながら行う作業(VDT作業)による眼への負荷がある。
【0003】
IT技術の向上とインターネット基盤の充実に伴って、日常生活の中でPCを使用する機会は、飛躍的に増加している。米国Intel社が概算したところ、世界にはインターネットに接続したPCが約10億台あり、今やオフィスワーカーのほとんどがVDT(Visual Display Terminals)を見ながら仕事を行っている。そしてPCの使用頻度の増加に伴い、VDT作業が原因と考えられるドライアイ症状を訴える人も増加しており、先進工業国ではドライアイ症状が重大な健康問題として取り上げられ始めている。国内にもドライアイ患者が800万人以上いると言われており、ドライアイなどに伴う角結膜疾患治療剤の市場規模は近年さらに伸長している。VDT作業によって瞬き回数が通常の4分の1程度に減り、涙液の蒸発量が増えることが、ドライアイ症状の発症の一因と考えられている。
【0004】
このドライアイ症状を緩和する方法として、人工涙液を点眼することにより不足した涙液を外部から補充する方法や、涙点に涙点プラグと呼ばれる栓を挿入して涙点を閉鎖する方法が多く用いられてきた。しかしながら、いずれの方法も一時的な対症療法に過ぎない。それゆえ、このような対症療法ではなく、涙液の分泌量を増加させることによって、眼精疲労、眼の乾燥、異物感又は不快感等の症状を根本的に改善する組成物が求められている。
【0005】
涙液の分泌量を増加させる組成物として、2010年12月に参天製薬からP2Y2受容体作動薬であるジクアス(登録商標)が発売されている。この製剤は結膜上皮及び杯細胞膜上のP2Y2受容体に作用し、細胞内のカルシウム濃度を上昇させることにより水分及びムチンの分泌を促進する事で、ドライアイに対する効果を発揮する。この製剤は、人工涙液の点眼や涙点プラグの挿入等の従来の対症療法とは異なり、涙液分泌を促進することでドライアイの治療効果を発揮する点で、画期的な医薬品であるが、点眼剤であるため一日に複数回点眼する手間を要する。
【0006】
また、その他の涙液分泌を促進する組成物として、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬を有効成分として含有する涙液分泌促進及び角結膜障害治療剤(特許文献1)、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害ペプチドを有効成分として含有する涙液分泌促進組成物(特許文献2)、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)を有効成分として含有する涙液分泌促進組成物(特許文献3)、並びにキマーゼ阻害薬を有効成分として含有する涙液分泌促進剤(特許文献4)が開示されている。さらに、PAR-2(Protease-activated receptor-2/プロテアーゼ活性化受容体2)を活性化させるペプチドに涙液分泌促進作用があることが開示されており(特許文献5,6)、今後新たな涙液分泌促進製剤の開発が期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−218792号公報
【特許文献2】特開2012−136440公報
【特許文献3】特開2012−121827公報
【特許文献4】特開2001−58958号公報
【特許文献5】特開2001−181208号公報
【特許文献6】特開2005−187482号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記の特許文献は、脳内セロトニン濃度と角結膜障害の関係については何ら開示しておらず、脳内セロトニン濃度の上昇が角結膜障害、特にはドライアイの予防又は治療効果を有するかどうかについては知られていなかった。
【0009】
うつ病症状とドライアイの関連についてはCurrent Eye Research, 36(1), 1-7, 2011、Br J Ophthalmol 2013;97:1399-1403に報告があるが、うつ病治療薬であるセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン前駆体のドライアイ治療作用については記載されていない。
【0010】
本発明の目的は、脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物を有効成分として含有するドライアイの予防又は治療剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物を、特に経口で投与することによって、高い涙液分泌促進効果を発揮し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物を有効成分として含有する、涙液分泌促進組成物。
[2] 脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物がセロトニン再取り込み阻害薬又はセロトニン前駆体である、項[1]に記載の涙液分泌促進組成物。
[3] セロトニン再取り込み阻害薬がパロキセチン、フルボキサミン、エスシタロプラム、及びその薬学的に許容され得る塩から選択される、項[1]に記載の涙液分泌促進組成物。
[4] セロトニン前駆体がL−トリプトファンである、項[1]に記載の涙液分泌促進組成物。
[5] 経口剤である、項[1]〜[4]のいずれか一項に記載の涙液分泌促進組成物。
[6] 脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物を有効成分として含有する、角結膜障害の予防又は治療剤。
[7] 脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物がセロトニン再取り込み阻害薬又はセロトニン前駆体である、項[6]に記載の予防又は治療剤。
[8] セロトニン再取り込み阻害薬がパロキセチン、フルボキサミン、エスシタロプラム、及びその薬学的に許容され得る塩から選択される、項[6]に記載の予防又は治療剤。
[9] セロトニン前駆体がL−トリプトファンである、項[6]に記載の予防又は治療剤。
[10] 角結膜障害がドライアイである項[6]に記載の予防又は治療剤。
[11] 涙液分泌促進組成物又は角結膜障害の予防若しくは治療剤の製造のための脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物の使用。
【発明の効果】
【0013】
本発明の脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物を含有する涙液分泌促進組成物は、涙液分泌を促進し、維持ストレスによる涙液分泌量の減少を予防し得る。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】(A),(B)パロキセチン塩酸塩の投与による用量依存的な涙液分泌減少の抑制効果を示す表及びグラフ。
図2】(A),(B)セロトニン選択的取り込み阻害剤の投与による涙液分泌減少の抑制効果を示す表及びグラフ。
図3】(A),(B)L−トリプトファンの投与による涙液分泌減少の抑制効果を示す表及びグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書において、「予防」とは、涙液の分泌量の減少を阻止、抑制、又は遅延すること、涙液の分泌量を維持すること、涙液の分泌量を増大させること、及び/又は、角膜及び/又は結膜の障害(以下、角結膜障害と称する)の発症を阻止、抑制、又は遅延することを意味する。
【0016】
本明細書において、「治療」とは、涙液の分泌量の減少を阻止、抑制、又は遅延すること、涙液の分泌量を維持すること、涙液の分泌量を増大させること、及び/又は角結膜障害の症状を治癒、軽減、改善、又は抑制することを意味し、「治療」には「予防」が含まれる。
【0017】
本発明の一つの態様によれば、脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物を有効成分として含有する、涙液分泌促進組成物が提供される。
【0018】
本発明の別の態様によれば、脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物を有効成分として含有する、角結膜障害の予防又は治療剤が提供される。
【0019】
本発明のさらに別の態様によれば、角結膜障害の予防若しくは治療剤又は涙液分泌促進組成物の製造のための脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物の使用が提供される。
【0020】
角結膜障害としては、ドライアイ、シェーグレン症候群、スティーブンス・ジョンソン症候群、角結膜炎などが含まれ、好ましくはドライアイである。
【0021】
脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物は、脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物であれば特に限定されないが、好ましくはセロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors, SSRI)又はセロトニン前駆体である。
【0022】
セロトニン再取り込み阻害薬は、抗うつ薬の一種であり、シナプスにおけるセロトニンの再吸収に作用することでうつ症状や病気としての不安の改善を目的とする薬である。セロトニン再取り込み阻害薬としては、特に限定されないが、パロキセチン、フルボキサミン、エスシタロプラム、セルトラリン、フルオキセチン、シタロプラム、リトキセチン、イフォキセチン、フェモキセチン、ダポキセチン、ネファゾドン、シアノドテピン、セリクラミン、アデメチオニン、ベンラファキシン、ベンラファキシン、ミルナシプラン、トラゾドン、デュロキセチンなどが挙げられ、これらを単独で又は2種以上混合して使用してもよい。
【0023】
セロトニン再取り込み阻害薬は薬学的に許容され得る塩であってもよく、そのような塩としては塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の無機酸や、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、炭酸、ピクリン酸、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、グルタミン酸などの有機酸との酸付加塩であってもよい。セロトニン再取り込み阻害薬は市販品を入手してもよいし、又は公知の方法で製造することも可能である。
【0024】
好ましくはセロトニン再取り込み阻害薬は、パロキセチン、フルボキサミン、エスシタロプラム、及びその薬学的に許容され得る塩から選択される。
【0025】
セロトニン前駆体としてはL−トリプトファン又は5−ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)が挙げられる。好ましくはセロトニン前駆体はL−トリプトファンである。
【0026】
セロトニン再取り込み阻害薬及びセロトニン前駆体は、脳内セロトニン濃度を上昇させるため、本発明の予防若しくは治療剤又は組成物は、哺乳動物、特にヒトにおける涙液分泌の促進及び/又は角結膜障害の治療若しくは予防に有用である。
【0027】
本発明の予防若しくは治療剤又は医薬組成物は、必要に応じて薬学的担体と配合し、予防又は治療目的に応じて各種の投与形態を採用可能であり、経口投与、静脈内投与、経粘膜投与、皮下投与、筋肉内投与、眼局所投与などの各種の投与方法を適宜選択でき、これらの投与形態は、各々当業者に公知慣用の製剤方法により製造できる。本発明の予防若しくは治療剤又は医薬組成物は、好ましくは点眼剤以外の剤型で投与され、特に経口投与されることが好ましい。経口剤の場合、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、液剤(シロップ剤を含む、水剤、懸濁剤、乳剤、丸剤、エリキシル剤などの剤形から適宜選択でき、これらの製剤について、安定化、易吸収化、徐放化、易崩壊化、難崩壊化等の修飾を施すことも可能である。
【0028】
薬学的担体には製剤素材として慣用の各種有機又は無機担体物質が用いられ、固形製剤における賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤;液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等として配合される。また、必要に応じて製剤には更に、賦形剤、結合剤、滑沢剤、安定化剤、保存剤、溶剤、基剤、コーティング剤、矯味剤又は着色剤のような添加剤を使用してもよい。
【0029】
添加剤は、一般に経口投与剤に使用されるものであれば特に限定されない。以下に使用し得る添加剤の具体例を例示する。
(1)賦形剤:デンプン類、乳糖、白糖、ブドウ糖、マンニトール、硫酸カルシウム、炭酸カルシウム、タルク、トレハロース、キシリトール。
(2)結合剤:デンプン、セルロース、ゼラチン、アルギン酸ナトリウム、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、アラビアゴム、デキストリン。
(3)滑沢剤:ショ糖脂肪酸エステル、ポリエチレングリコール、タルク、ワックス類、ステアリン酸及びその塩類。
(4)安定化剤:アスコルビン酸、キレート剤、還元性物質、トコフェロール、亜硫酸水素ナトリウム。
(5)保存剤:安息香酸及びその塩類、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール。
(6)溶剤:精製水、生理食塩水、エタノール、グリセリン、植物油類。
(7)基剤:ワセリン、植物油類、タルク、マクロゴール。
(8)コーティング剤:白糖、ゼラチン、ヒドロキシプロピルメチルセルロース。
(9)矯味剤:白糖、ブドウ糖、サッカリン、キシリトール、アスコルビン酸、クエン酸、メントール。
(10)着色剤:水溶性食用色素。
【0030】
本発明の製剤は、常法(例えば第16改正日本薬局方製剤総則に記載の方法)に従って製造することができる。
【0031】
本発明の組成物が食品組成物である場合、脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物は涙液の分泌を促進する食品中の成分として含有される。食品は、特定保健用食品及び栄養機能食品等の保健機能食品、又は健康食品、及び食物サプリメントを含む一般食品であってよい。
【0032】
本発明の予防若しくは治療剤又は組成物中の脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物の量は、対象の症状、年齢、剤形等により異なるが、経口投与する場合、被験者の体重1kg当たりに対して1日当たり0.01 mg/kg〜20mg/kg、好ましくは0.05 mg/kg〜10 mg/kgを、1日当たり1〜数回、好ましくは1〜3回に分けて服用する。1日に1回又は2回投与する場合には、1回の投与量が約0.5mg〜500mgであることが一般的である。一実施形態において、脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物がセロトニン再取り込み阻害薬の場合、1日の投与量は0.1mg〜500mg、より好ましくは1〜200mgであり、脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物がトリプトファンの場合、1日の投与量は1〜3000mg、好ましくは10〜1000mgであり、脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物が5−ヒドロキシトリプトファンの場合、1日の投与量は0.1mg〜200mgである。
【0033】
特に、1日1回の服用とすれば、点眼に比べて投与頻度が少なくて済み、効果を奏しつつ遵守が良好になる点で有利である。
【0034】
投与期間は特に限定されないが、一定期間以上、例えば4日間以上、7日間以上、10日間以上、14日間以上、20日間以上、又は1ヶ月以上の長期の投与が、角結膜障害の予防又は治療により有用である。
【実施例】
【0035】
以下、実施例及び試験例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0036】
I.試験目的
脳内セロトニン濃度を上昇させる各種化合物の角結膜障害の予防及び/又は治療因子としての可能性を、外的ストレスにより涙液分泌能の低下を惹起させたマウスドライアイモデルを用いて検討した。
【0037】
II.試験方法
(1)動物
被験動物として、7-10週齢の雌性C57BL/6系マウスを用いた。マウスは気温23±5℃、相対湿度50±15%、8時−20時点灯、20時−翌朝8時消灯の環境を維持した飼育室にて飼育した。実験の差異は各群5匹に群分けした。
【0038】
(2)ドライアイモデルの作製方法
マウスを、公知の方法(Tracy L. Bale et al., Nature Genetics 24: 410-414, 2000)に従って涙液分泌能を低下させる処置(ストレス負荷)を行った。
【0039】
マウスは1日4時間、呼吸及び排泄可能な処置を施したポリプロピレン製遠沈管(容量約60ml)内に拘束し、拘束中、風速0.5〜1.0 m/sの風をマウスの顔面に向けて送った。拘束処置時間以外はケージ内で固形飼料と水道水は自由摂取とした。一連のドライアイ処置(ストレス負荷)を毎日反復して行った。
【0040】
(3)試験液の調製
脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物として、セロトニン選択的取り込み阻害剤であるパロキセチン塩酸塩(和光純薬工業株式会社)、フルボキサミンマレイン酸塩(和光純薬工業株式会社)及びエスシタロプラムシュウ酸塩(Sigma-Aldrich社)と、セロトニン前駆体であるL−トリプトファン(和光純薬工業株式会社)の4種類を使用した(表1)。パロキセチン塩酸塩、フルボキサミンマレイン酸塩、エスシタロプラムシュウ酸塩は溶媒として2%Dimethyl sulfoxidに溶解させ、L−トリプトファンは0.9%食塩水に溶解させた。
【0041】
用量は、セロトニン選択的取り込み阻害剤はヒト臨床使用用量を基準に、L−トリプトファンは、Glass JD et al., J Biol Rhythms.10:80-90, 1995及びSteinberg S et al, Biol Psychiatry. 45(3): 313-20, 1999を参考に設定した。
【0042】
【表1】
【0043】
(4)投薬方法及び投与期間
1日1回、ストレス負荷前(パロキセチン塩酸塩、フルボキサミンマレイン酸塩、エスシタロプラムシュウ酸塩は7日間、L-トリプトファンは実施せず)及びストレス期間中(4種とも毎日)に、試験液を経口ゾンデを用いて投与した。
【0044】
(5)涙液分泌量の測定方法
涙液分泌能:マウスの左右の外眼角に綿糸(ZONE-QUICK(登録商標)、昭和薬品化工株式会社)を15秒間挿入し、綿糸が涙液の浸透により褐色変色した長さを、0.5mmの精度で測定した。測定はストレス負荷前(初期値)、ストレス負荷3日目の翌日(ストレス負荷後値)に実施した(4日目は負荷なし)。左右眼の平均値を、個体の涙液分泌量とした。
【0045】
(6)統計解析
初期値とストレス負荷後値の比較では対応のあるt検定を、群間の比較では対応のないt検定もしくはDunnet 法による多重比較検定を行った。
【0046】
実施例1 セロトニン選択的取り込み阻害剤−用量反応性
溶媒対照、パロキセチン塩酸塩0.083、0.42、及び2.09mg/kg投与群の、ドライアイ処置前の初期値に対する涙液分泌量の変動比を調べたところ、パロキセチン塩酸塩の用量依存的に涙液分泌の減少が抑制され、0.42、及び2.09mg/kg投与群において、溶媒対照に比較し有意であった(p<0.05 Dunnett’s test)(図1A,B)。
【0047】
実施例2 セロトニン選択的取り込み阻害剤−各種阻害剤の比較
パロキセチン塩酸塩、フルボキサミンマレイン酸塩、及びエスシタロプラムシュウ酸塩のいずれのセロトニン選択的取り込み阻害剤においても、初期値に対する涙液分泌量の変動比の低下が、溶媒対照と比較して有意に抑制された(p<0.05 Student’s t-test)(図2A,B)。
【0048】
実施例3 セロトニン前駆体
L−トリプトファン200mg/kg投与群において、初期値に対する涙液分泌量の変動比の低下が、溶媒対照と比較して有意に抑制された (p<0.05 Dunnett’s test) (図3A,B)。
【0049】
以上の結果は、脳内セロトニン濃度を上昇させる化合物は、ヒトで摂取可能な用量において、ストレスにより惹起される涙液分泌能の低下を軽減する作用を有することを示唆するものである。本発明の薬剤を経口投与した被験動物のドライアイ症状を有効に抑制し得ることが確認された。
図1
図2
図3