(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
一端を回転軸体と接続するための貫通孔を有するひげ玉に接続し、他端を他の部材に固定するためのひげ持に接続し、前記ひげ玉の周囲に拡径しながら巻回されるぜんまい部を有するひげぜんまいを備える時計用の調速機であって、
前記ひげ持を前記回転軸体の軸方向に移動させ、前記ひげ玉と前記ひげ持との相対距離を変更する、移動手段を有し、
前記移動手段は、温度により変形する部材を含む
ことを特徴とする調速機。
【背景技術】
【0002】
従来から機械式時計は、歩度(一日あたりの時計の進み又は遅れの程度)を一定に保つために、ひげぜんまいとてん輪等によって構成する調速機(てんぷ)が用いられている。ひげぜんまいは、よく知られているように、細いバネ材を渦巻き状に加工した構成であり、そのバネ力による伸縮によって、調速機は規則正しく往復運動を行う。
【0003】
さらに調速機には、がんぎ車とアンクルとで構成される脱進機という機構が接続されており、ひげぜんまいからエネルギーが伝達されて、調速機の往復運動が回転運動に変換される。調速機のひげぜんまいは、通常、金属を加工して形成され、このため、その加工精度のばらつきや金属が有する内部応力の影響などによって、設計通りの形状や特性が得られない場合が多い。
【0004】
しかし、ひげぜんまいは規則的に所定の歩度で調速機を往復運動させる必要があるので、形状や特性にばらつきがあると、必要とされる歩度精度や等時性が得られず、結果として時計の歩度ずれが生じてしまう。この歩度ずれを調整する手段として、緩急針調整機構(以下、緩急針と略す)と称される調整機構が広く用いられている。
【0005】
図9は、緩急針を備えた従来のひげぜんまいによる調速機の一例である。
図9において、調速機100は、ひげぜんまい101、緩急針110、てん輪111、てん真112、てんぷ受113などによって構成される。
【0006】
ひげぜんまい101は、一端を回転軸であるてん真112に接続するひげ玉(図示せず)と、他端をてんぷ受113に固定するためのひげ持102に接続し、ひげ玉の周囲に巻回されるぜんまい部103を有している。また、てん輪111は、回転軸であるてん真112を介してひげぜんまい101に接続され、ひげぜんまい101のバネ力によって往復回転運動を行う。
【0007】
ひげぜんまい101は、平面的にフラットな形状を有している。例えば、図示しないひげ玉からひげ持102に至るぜんまい部103が、略同じ厚さを有している。このような平たいひげぜんまいは、平ひげぜんまいと呼ばれている。
【0008】
また、ひげぜんまい101の外周部104は、緩急針110のひげ棒110aとひげ受110bとに挟まれており、緩急針110を矢印Rで示すいずれかの方向に動かすことで、ひげぜんまい101の有効長が変化し、バネ定数が変わることで、ひげぜんまい101の振動周期(調速機100の歩度)が調整される。
【0009】
ここで、緩急針110がぜんまい部103に接触しないように、ひげぜんまい101の外周部104は、折り曲げ部105で外側に折り曲げられており、この外周部104の先端にひげ持102が接続されている。
【0010】
このように、従来の調速機100は、金属材料によるひげぜんまい101を緩急針110によって有効長を変えることで歩度調整を実現していた。
【0011】
また近年、金属材料では無く、水晶やシリコン等の結晶構造を有する材料を用いて、エッチング技術により、ひげぜんまいを製造する提案がなされている。このエッチング加工技術は、よく知られているように、結晶材料を高精度に加工することが可能であり、一般的な金属によるひげぜんまいよりも加工精度のばらつきが少ない等の利点がある。
【0012】
また、調速機のひげぜんまい自体の歩度精度や等時性を向上する試みもなされており、平ひげぜんまいとは異なる形状のひげぜんまいの提案もなされている。例えば、線状のばね材が内側から外側上方に拡径しながら巻き回されて杯形状を有するひげぜんまいである(例えば、特許文献1参照。)。
【0013】
この特許文献1に示した従来技術のひげぜんまいは、ばね材が平面視で交差する交差部において1巻目のばね材と2巻目のばね材とは離間しており、ひげぜんまいの外周の端部の下方に空間が確保される特徴を有している。このため、いわゆるブレゲひげぜんまいのように、ばね材の端部を上方(渦巻の垂直方向)に持ち上げることなく、ばね材の外側の端部にひげ持を取り付けることができ、端部を上方に無理に持ち上げる必要がないので、加工が簡単で、且つ、ばね材が残留応力によって経時的に変形することを防止できることが示されている。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、図面に基づいて本発明の調速機の具体的な実施形態を詳述する。
説明にあっては、その説明及び図は一例であって、これに限定されるものではない。また、図面における寸法や形状は実際の形状を正確に反映したものではなく、図面を見やすく、または、理解しやすくするため一部誇張して模式的に記載している。また、発明に直接関係しない一部の要素は省略し、各実施形態において重複する説明は省略するものとする。そして、同一の構成には同一の番号を付与しており、説明を省略している。
【0032】
[実施形態の特徴]
第1の実施形態の特徴は、ひげ玉とひげ持との相対距離を変更する移動手段にネジ機構を用い、手動によってひげ玉とひげ持との相対距離を変更して調速機の歩度を調整するものである。
第2の実施形態の特徴は、ひげ玉とひげ持との相対距離を変更する移動手段に温度により変形する部材を含み、温度変化に応じて、ひげ玉とひげ持との相対距離を変更して、調速機の歩度の温度特性を補正するものである。
【0033】
[ひげぜんまいの振動周期の説明:
図1〜
図3]
まず、各実施形態で使用するひげぜんまいの振動周期について、公知ではあるが本発明を理解する助けとなるので
図1〜
図3を用いて説明する。
図1は巻回が平坦なひげぜんまいを示しており、
図1(a)は、ひげぜんまいの斜視図であり、
図1(b)はひげぜんまいの側面図であり、
図1(c)は、ひげぜんまいのぜんまい部の一部の拡大断面図である。
【0034】
図1(a)において、符号1は各実施形態で使用するひげぜんまいである。ひげぜんまい1は、一端を回転軸体であるてん真(ここでは図示せず)に接続するひげ玉2と、他端をてんぷ受(図示せず)に固定するためのひげ持3に接続し、ひげ玉2の周囲に拡径しながら巻回されるぜんまい部4を有している。符号2aは、ひげ玉2が図示しないてん真と嵌合する貫通孔であり、符号3aはひげ持が図示しない他の部材と嵌合する貫通孔である。
【0035】
ひげぜんまい1は、フリーな状態では巻回が平坦なひげぜんまいであり、平ひげぜんまいと同じ形状である。ぜんまい部4の巻回は平坦であって、
図1(b)に示すように、ひげぜんまい1のひげ玉2とひげ持3との回転軸A方向(高さ方向)の相対距離は略ゼロである。
【0036】
ここで、
図1(c)に示すように、ぜんまい部4は、前述したように、巻回が平坦であるので、ぜんまい部4には、ねじりモーメントが発生せず、ぜんまい部4の断面4aは、ひげぜんまい1の回転軸Aに対して平行であり、角度を持たない。この条件で、ぜんまい
部4の断面4aの厚みをb、高さをhとすると、ぜんまい部4の断面二次モーメントI1は、次の数1で表される。
【0038】
次に
図2は、ひげ玉2とひげ持3とを回転軸Aの軸方向に移動させて、ひげ玉2とひげ持3が回転軸A方向に所定の距離だけ離れているすり鉢形状のひげぜんまいを示している。ここで、
図2(a)は、ひげぜんまいの斜視図であり、
図2(b)はひげぜんまいの側面図であり、
図2(c)は、ひげぜんまいのぜんまい部の一部の拡大断面図である。
【0039】
図2(a)と
図2(b)において、ひげぜんまい1のひげ玉2とひげ持3は、回転軸A方向に所定の相対距離Hだけ離れているので、ぜんまい部4は、ひげ玉2とひげ持3の間で、回転軸A方向に変位し、すり鉢状の形状となる。
【0040】
ここで
図2(c)に示すように、ぜんまい部4が回転軸A方向に変位し、すり鉢状になると、ぜんまい部4の断面4aは、図示するようにねじりモーメントMを受けて傾斜し、回転軸Aに対して所定のねじれ角θを有するようになる。この条件で、ぜんまい部4の断面4aの厚みをb、高さをhとすると、ぜんまい部4の断面二次モーメントI2は、次の数2で表される。
【0042】
すなわち、傾斜したぜんまい部4の断面4aの断面二次モーメントI2は、ねじれ角θの関数で表される。なお、断面4aのねじれ角θは一定ではなく、ぜんまい部4の巻回の位置(回転軸Aからの距離)によって異なるが、ひげ玉2とひげ持3の相対距離Hが広がるほど、ねじりモーメントMが増加するので、ねじれ角θは大きくなる。
【0043】
次に
図3のグラフは、
図1に示す平坦なひげぜんまい1の断面二次モーメントI1と、
図2に示すすり鉢形状のひげぜんまい1の断面二次モーメントI2との比が、断面4aのねじれ角θによって、どのように変化するかの一例を示している。ここで、グラフの横軸は、ぜんまい部4の断面4aの回転軸Aに対するねじれ角θであり、縦軸は、断面二次モーメント比(I2/I1)である。
【0044】
この
図3のグラフから、断面4aのねじれ角θが大きくなると、断面二次モーメント比
が増加することが理解できる。そして、ひげぜんまい1のバネ定数kは、ひげぜんまい1の断面二次モーメントIと、ひげぜんまい1の弾性率Eと、ひげぜんまい1の有効長Lと、によって次の数3で表される。
【0046】
すなわち、ひげぜんまい1のバネ定数kは、断面二次モーメントIの関数で表され、断面二次モーメントIに比例してバネ定数kも増加する。
【0047】
さらに、ひげぜんまい1の往復運動の振動周期Tは、前述したバネ定数kと、ひげぜんまい1に接続されるてん輪(
図9参照)の慣性モーメントIと、によって次の数4で表される。
【0049】
すなわち、ひげぜんまい1の振動周期Tは、バネ定数kの関数で表され、バネ定数kが増加すると、振動周期Tは短くなる。
【0050】
以上のことから、
図1で示すように巻回が平坦なひげぜんまい1を、
図2で示すように、何らかの手段によって、ひげ玉2とひげ持3との相対距離を回転軸A方向に移動させ、ひげぜんまい1の巻回をすり鉢状にするならば、ねじりモーメントMが発生して断面4aのねじれ角θが大きくなる。その結果、断面二次モーメントIが増加してバネ定数kを大きくし、ひげぜんまい1の振動周期Tを短くする(すなわち、調速機の歩度を速くする)ことが可能となる。
【0051】
本発明は以上のような原理に基づき、ひげぜんまいのひげ玉とひげ持とを移動手段によって回転軸方向に移動させ、相対距離を変更することで、断面二次モーメントを変化させ、ひげぜんまいの振動周期Tを変えて、調速機の歩度を調整することが大きな特徴である。
【0052】
[第1の実施形態の調速機の構成説明:
図4]
第1の実施形態の調速機の構成を、
図4を用いて説明する。
図4(a)は、第1の実施形態の調速機の側面図であり、
図4(b)は
図4(a)に示す領域Bを拡大した断面図である。なお、第1の実施形態のひげぜんまいの構成は、前述したひげぜんまいの振動周期の説明図(
図1、
図2)で示したひげぜんまい1と同一構成であるので、同一番号を付して説明する。
【0053】
図4(a)において、符号10は、第1の実施形態の調速機である。調速機10は、ひげぜんまい1、てん真11、てん輪12、てんぷ受13、移動手段20などによって構成される。ひげぜんまい1は、巻回が平坦な平ひげぜんまいであり、前述したように、一端を回転軸体であるてん真11に接続するひげ玉2と、他端を他の部材であるてんぷ受13に固定するためのひげ持3に接続し、ひげ玉2の周囲に拡径しながら巻回されるぜんまい部4を有している。符号20は、移動手段である。
【0054】
ひげ玉2は、てん真11と接続するための貫通孔2a(
図4には省略)を有しており、てん真11は、ひげ玉2の貫通孔2aに填め込まれ嵌合して、ひげぜんまい1とてん真11が接続し、一体化される。なお、ひげぜんまい1は、平ひげぜんまいに限定されず、初めから所定の深さのすり鉢形状に形成したすり鉢型ひげぜんまいでもよい。
【0055】
てん輪12は、輪形状であって、その回転中心がてん真11に接続され、ひげぜんまい1のバネ力によって往復回転運動を行う。
【0056】
てん真11の一端(図面上の上部)は、てんぷ受13の図示しない穴によって受けられ、回転可能に保持されている。また、てん真11の他端(図面上の下部)は、図示しないが、時計の地板などの穴によって受けられ、回転可能に保持されている。なお、てん真11には、調速機10の往復運動を回転運動に変換するための振り石等が取り付けられているが、本発明に直接係わらないので説明は省略する。
【0057】
次に、本発明の特徴である第1の実施形態の移動手段20の構成を、
図4(b)を用いて説明する。
図4(b)において、移動手段20は、てんぷ受13の所定の箇所に雌ネジが形成されたネジ穴21が配置され、このネジ穴21に、雄ネジが形成された移動部材22がねじ込まれて配置される。なお、ネジ穴21は、平面視でひげぜんまい1のひげ持3の貫通孔3aの位置と等しい位置に、てん真11の軸方向と平行になるように形成される。
【0058】
移動部材22は、雄ネジが形成された棒状のネジ部22aを有しており、このネジ部22aが前述のてんぷ受13のネジ穴21にねじ込まれている。また、移動部材22の先端には円形のネジ頭23が形成されており、ネジ頭23にはスリット23aが形成されている。このスリット23aに小型ドライバ等(図示せず)を填め込んで矢印Cの方向(右回り又は左回り)に回転することで、移動部材22をてんぷ受13に対して矢印Dの方向に上下移動させることができる。
【0059】
また、移動部材22の端部22b(図面上の下部)は、ネジは形成されず、ひげぜんまい1のひげ持3の貫通孔3aに填め込まれ、ワッシャー状の止め部材24が端部22bに嵌合または接着等によって固定されている。もちろん、止め部材24を省略して、端部22bとひげ持3とを接着剤等で直接接続してもよい。
この構成によって、ひげぜんまい1のひげ持3は、移動部材22によって下方向が規制されることになる。
【0060】
すなわち、ひげぜんまい1のひげ持3は、バネ力によって、ひげ玉2が位置する方向(
図4(a)矢印F方向)に戻ろうとする力が働くが、移動部材22が回転されて、
図4(b)で示す矢印D方向に上下に移動すると、ひげ持3は、移動部材22と共に一体的に上
下に移動することになる。また、移動部材22は、回転軸体であるてん真11の軸方向と平行に移動するので、移動部材22と一体的に移動するひげ持3も、てん真11の軸方向と平行に移動することができる。
【0061】
[第1の実施形態の調速機の歩度調整動作の説明:
図4、
図5]
次に、第1の実施形態の調速機の歩度調整動作を、
図4と
図5とを用いて説明する。
なお、
図5(a)は移動部材22を最も下部に移動させてひげぜんまい1を平坦にした場合の調速機10の側面図であり、
図5(b)は移動部材22を最も上部に移動させてひげぜんまい1をすり鉢状に大きく変形させた場合の調速機10の側面図である。
【0062】
図4(b)において、移動部材22のネジ頭23をドライバ等で右回転させて、移動部材22を図面上の下方向に移動させると、前述したように、ひげぜんまい1のひげ持3も下方向に移動するので、ひげぜんまい1は、すり鉢形状が浅くなる。そして、移動部材22を最も下部に移動させると、
図5(a)に示すように、ひげぜんまい1のひげ玉2とひげ持3との相対距離は略ゼロとなって、ひげぜんまい1は平坦になる。
【0063】
その結果、ひげぜんまい1が受けるねじりモーメントMが略ゼロになるので、断面4aのねじれ角θは略ゼロになる(
図1参照)。これにより、断面二次モーメントIは最小なり(数1及び
図3参照)、バネ定数kが減少し(数3参照)、ひげぜんまい1の振動周期Tが長くなるので(数4参照)、調速機10の歩度は最も遅くなるように調整される。
【0064】
また、
図4(b)において、移動部材22のネジ頭23をドライバ等で左回転させて、移動部材22を図面上の上方向に移動させると、前述したように、ひげぜんまい1のひげ持3も上方向に移動するので、ひげぜんまい1は、すり鉢形状が深くなる。そして、移動部材22を最も上部に移動させると、
図5(b)に示すように、ひげぜんまい1のひげ玉2とひげ持3との相対距離Hは所定の範囲内で最大となり、ひげぜんまい1のすり鉢形状は最も深くなる。
【0065】
その結果、ひげぜんまい1が受けるねじりモーメントMが大きくなるので、断面4aのねじれ角θは増加する(
図2参照)。これにより、断面二次モーメントIは所定の範囲内で最大となり(数2及び
図3参照)、バネ定数kが増加し(数3参照)、ひげぜんまい1の振動周期Tが短くなるので(数4参照)、調速機10の歩度は最も速くなるように調整される。
【0066】
このように、調速機10の移動部材22を回転させて、ひげぜんまい1のひげ持3を、
図5(a)で示す位置から、
図5(b)で示す位置の範囲に任意に移動させることで、ひげぜんまい1の断面二次モーメントIを変化させて、調速機10の歩度を調整することができる。
【0067】
すなわち、調速機10を時計(図示せず)に組み込んで歩度を調整する場合、作業者は、時計を歩度測定器(図示せず)にかけて、歩度が遅い場合は、ドライバ等の工具を用いて移動部材22のネジ頭23を左回転させ、ひげ玉2とひげ持3の相対距離Hを広げて、ひげぜんまい1のすり鉢形状を深くし、歩度が進む方向に調整すれば良い。また、歩度が速い場合は、移動部材22のネジ頭23を右回転させ、ひげ玉2とひげ持3の相対距離Hを狭めて、ひげぜんまい1を平坦に近づけ、歩度が遅れる方向に調整すれば良い。
【0068】
なお、調速機10の歩度の調整範囲は、移動部材22のネジ部22aの長さと、てんぷ受13とてん輪12との高さ方向の距離によって決定される。すなわち、歩度の調整範囲を広くする場合は、てんぷ受13とてん輪12との距離を広げて、ひげぜんまい1が深いすり鉢状になれるようにスペースを確保し、且つ、その距離に応じて移動部材22のネジ
部22aを長くすればよい。
【0069】
また、歩度の調整の細かさは、移動部材22のネジ部22aと、てんぷ受13に形成されるネジ穴21と、のネジのピッチに依存する。すなわち、歩度の調整を細かく精密するには、ネジのピッチを狭くし、移動部材22の1回転に対する上下の移動量を少なくすることで実現できる。
【0070】
なお、図示はしないが、歩度の調整が済んだ後に、移動部材22とテンプ受13とを固定してもよい。固定は、いわゆるロックナットをネジ部22aに嵌合させて移動部材22の回転を規制するか、接着剤等で固定する。そのようにすれば、時計に係る振動等により移動部材22が意図せずに回転してしまい、ひげぜんまい1のひげ玉2とひげ持3との相対距離Hが変わってしまうことがない。
【0071】
以上のように、第1の実施形態の調速機によれば、ドライバ等の簡単な工具によって、移動部材22を右又は左に回転させるだけで、ひげ玉2とひげ持3との相対距離を変更することができ、その結果、ひげぜんまい1の断面二次モーメントIを変化させてバネ定数kを調整し、ひげぜんまいの振動周期T(すなわち歩度)を簡単に調整できる調速機を提供できる。
【0072】
また、第1の実施形態の調速機は、従来例のような緩急針を必要とせず、ひげぜんまいの全体をフリーな状態に保てるので、ひげぜんまいに大きな衝撃が加わる可能性を激減させることができる。このため、ひげぜんまいの材料に水晶やシリコンを用いることが可能となり、量産性に優れ、特性が揃った調速機を提供できる。
【0073】
また、ひげ持3は、てん真11の軸方向と平行に移動するので、ひげぜんまいの重心を変化させることなく振動周期を調整でき、等時性に優れ、姿勢差の少ない調速機を実現できる。
【0074】
[第2の実施形態の調速機の構成説明:
図6]
次に、歩度の温度特性を補正する手段を備えた第2の実施形態の調速機の構成を、
図6を用いて説明する。
図6(a)は、第2の実施形態の常温時での調速機の側面図であり、
図6(b)は第2の実施形態の高温時(低温時)での調速機の側面図である。なお、第2の実施形態の調速機の構成の一部は、第1の実施形態の調速機10と同様であるので、同一要素には同一番号を付している。
【0075】
ここで、第2の実施形態の調速機を説明する前に、調速機の温度特性の一例を説明する。調速機の温度特性は、使用されるひげぜんまいやてん輪の材料等によって異なるが、一般的に環境温度が高くなると、ひげぜんまいの材料ヤング率の低下によってバネ定数kが低下し、その結果、前述した数4に基づいて、振動周期Tが長くなる。
【0076】
また、てん輪に関しては、環境温度が高くなると、てん輪の材料の熱膨張によって径がわずかに大きくなるので、慣性モーメントIが増加し、その結果、前述した数4に基づいて、振動周期Tが長くなる。従って調速機は一般的に、環境温度が高くなると歩度が遅れ、また、環境温度が低くなると歩度が速くなるという温度特性を有している。
【0077】
第2の実施形態の調速機は、このような調速機の温度特性を補正するものであり、移動手段に、温度により変形する部材を含み、ひげぜんまいのひげ玉とひげ持との相対距離を温度に応じて変更し、環境温度の変化による歩度の変動を低減するものである。
【0078】
まず、
図6(a)を用いて第2の実施形態の調速機の構成を説明する。
図6(a)において、符号30は第2の実施形態の調速機である。調速機30は、ひげぜんまい1、てん真11、てん輪12、てんぷ受13、移動手段40などによって構成される。ひげぜんまい1、てん真11、てん輪12の構成は、第1の実施形態と同様であるので説明は省略する。
【0079】
図6(a)に示す移動手段40は、温度により変形するバイメタル41、接続部材42等によって構成される。バイメタル41の一端は固定部材31に固定されており、バイメタル41の他端には、平面視でひげぜんまい1のひげ持3の貫通孔3aと等しい位置に、貫通孔41aが形成されている。固定部材31は、てんぷ受13を固定し、図示しないが、時計の地板に固定されている。なお、固定部材31は、てんぷ受13、又は地板と一体でもよい。
【0080】
また、てんぷ受13は、てん真11を図示しない手段で受けていると共に、平面視でひげぜんまい1のひげ持3の貫通孔3aと等しい位置に、貫通孔13aが形成されている。接続部材42は、棒状の部材であり、バイメタル41の貫通孔41aと、てんぷ受13の貫通孔13aとを通過し、さらに、ひげぜんまい1のひげ持3の貫通孔3aを通過する。
【0081】
接続部材42の図面上の上部には、バイメタル41の貫通孔41aの径より大きい止め部材42aが配置され、接続部材42が貫通孔41aから抜けないように構成される。また、接続部材42の図面上の下部には、ひげ持3の貫通孔3aの径より大きい止め部材42bが配置され、接続部材42が貫通孔3aから抜けないように構成される。
【0082】
この構成によって、ひげぜんまい1のひげ持3は、バネ力によって、ひげ玉2が位置する方向(矢印G方向)に戻ろうとする力が働くが、ひげぜんまい1のひげ持3は、接続部材42の止め部材42bによって下方向が規制されているので、ひげ持3の上下方向の位置は、バイメタル41の位置(変形量)に依存した位置に留まることになる。
【0083】
なお、止め部材42a、42bのいずれか一方は、接続部材42と一体構造であり、他方は、接続部材42がそれぞれの貫通孔を通過した後に、嵌合、接着、ネジ構造等によって接続部材42に固定されるとよい。
【0084】
また、接続部材42とひげぜんまい1のひげ持3とは、接着等によって固着されてもよいが、接続部材42とバイメタル41は、バイメタル41が変形するので、固着しないほうが良く、バイメタル41の貫通孔41aの径は、接続部材42の外形より十分大きくし、バイメタル41が変形し、その貫通孔41aが傾いても、接続部材42は傾かない構造であることが好ましい。
【0085】
また、接続部材42を通すてんぷ受13の貫通孔13aは、なくても良い。つまり、てんぷ受13には、接続部材42を避けるような形状であってもよい。しかし、接続部材42が、てんぷ受13の貫通孔13aを通ることで、てんぷ受13は接続部材42のガイドとなり、接続部材42が傾くことを防ぎ、バイメタル41の変形による上下の移動をひげぜんまい1に正確に伝達することができる。従って、接続部材42をてんぷ受13の貫通孔13aに通さない場合は、他の手段で接続部材42を支持するとよい。
【0086】
[第2の実施形態の調速機の温度補正動作の説明:
図6]
次に、第2の実施形態の調速機の温度補正動作を、
図6を用いて説明する。
ここで、
図6(a)に示す状態を、常温時(例えば、20℃)での調速機30の動作例とする。このとき、移動手段40のバイメタル41は、変形せずに固定部材31からほぼ直線で延びており、その結果、ひげぜんまい1のひげ玉2とひげ持3とは、相対距離H1
であるとする。
【0087】
また、
図6(b)に示す状態を、高温時(例えば、40℃)での調速機30の動作例とする。このとき、移動手段40のバイメタル41(実線で示す)は、図面上で上方向に所定量だけ変形するように設計されており、それにより、ひげぜんまい1のひげ持3が移動するので、すり鉢形状は深くなり、ひげ玉2とひげ持3とは相対距離H2となって広くなる。
【0088】
その結果、前述したように、ぜんまい部4の断面4aのねじれ角θが大きくなるので、断面二次モーメントIが増加し(数2参照)、バネ定数kが増えて(数3参照)、ひげぜんまい1の振動周期Tが短くなり(数4参照)、調速機30は、温度上昇による歩度の遅れが補正されるように動作する。
【0089】
また、
図6(b)において点線で示すバイメタル41´は、低温時(例えば、0℃)での変形例であり、バイメタル41は、低温時には、図面上で下方向に所定量だけ変形するように設計されており、それにより、図示しないが、ひげぜんまい1のすり鉢形状は浅くなって平坦に近くなるので、ひげ玉2とひげ持3との相対距離は小さくなる。
【0090】
その結果、前述したように、ぜんまい部4の断面4aのねじれ角θが小さくなるので、断面二次モーメントIが低下し(数2参照)、バネ定数kが減って(数3参照)、ひげぜんまい1の振動周期Tが長くなり(数4参照)、調速機30は、温度低下による歩度の進みが補正されるように動作する。なお、バイメタル41が上下に変形すると、バイメタル41の先端の軌跡は、
図6(b)の矢印Kのように湾曲する。その結果、ひげぜんまい1のひげ持ち3は、てん真11とまったく平行に移動せず、平面方向(てん真11と直交する方向)にわずかに移動することになる。
【0091】
もちろん、調速機の設計段階で、ひげ玉2とひげ持3との相対距離をどうするか、バイメタル41の組成や熱による変形度合をどのようにするかを決められるので、バイメタル41の先端の軌跡が湾曲しても、それを見越して各部材を設計すればよい。
【0092】
[第2の実施形態の調速機の温度補正による歩度の改善の説明:
図7]
次に、第2の実施形態の調速機の温度補正による歩度の改善例を、
図7の模式的なグラフを用いて説明する。
図7において、横軸は環境温度であり、縦軸の左側は、ひげ玉2とひげ持3の相対距離Hであり、縦軸の右側は、調速機の歩度Sである。なお、歩度Sがゼロは調速機の狂いが無い状態であり、歩度Sがプラスは調速機の進みが速いことであり、歩度Sがマイナスは調速機の進みが遅いことを意味する。
【0093】
ここで、
図7で示すように、環境温度が常温(20℃)を中心に低温(0℃)から高温(40℃)まで変化した場合、調速機30の歩度Sは、低温では速く、高温では遅くなる右下がりの温度特性を有しているとする。なお、環境温度が常温のときに、歩度Sがゼロとなるように調整されているものとする。
【0094】
このような調速機30の温度特性を補正するために、第2の実施形態の移動手段40は、ひげ玉2とひげ持3の相対距離Hが、温度上昇によって右上がりの傾きになるようなバイメタル41を設計し、ひげぜんまい1のひげ持3に取り付けるのである。これにより、
図7に示すように、バイメタル41は、温度による変形によって、環境温度が低温のときは、ひげ玉2とひげ持3の相対距離Hを小さくし、高温のときは、相対距離Hを大きくするように動作する。
【0095】
このような移動手段40の動作によって、環境温度が低温のときは相対距離Hが小さいので、ぜんまい部4の断面4aのねじれ角θが小さくなり、その結果、ひげぜんまい1の振動周期Tが長くなるように、すなわち、歩度Sが遅くなるように補正される。また、同様に、環境温度が高温のときは相対距離Hが大きくなるので、ぜんまい部4の断面4aのねじれ角θが大きくなり、その結果、ひげぜんまい1の振動周期Tが短くなるように、すなわち、歩度Sが速くなるように補正される。
【0096】
図7で示す歩度S´は、移動手段40によって温度補正された調速機30の歩度の一例であり、温度補正された歩度S´は、温度変化に対して、ほぼフラットな特性に改善される。なお、温度変化によって適切に変形するバイメタルは、温度膨張率の異なる2種類の材料を適切に選択して貼り合わせることで実現できることはよく知られていることである。
【0097】
以上のように、第2の実施形態の調速機によれば、ひげぜんまい1やてん輪12などの材料特性の影響で、調速機の歩度に温度依存性があったとしても、温度変化に応じて、ひげぜんまい1のひげ玉2とひげ持3の相対距離Hを変化させ、歩度Sの温度特性を補正し、環境温度の変化に対して優れた歩度精度を有する調速機を提供することができる。
【0098】
[第2の実施形態の変形例の調速機の構成と温度補正動作の説明:
図8]
次に、第2の実施形態の変形例の調速機の構成を、
図8を用いて説明する。
なお、第2の実施形態の変形例の特徴は、温度によって伸縮する部材を用いてひげ玉とひげ持との相対距離を変更させ、調速機の歩度の温度特性を補正するものである。
【0099】
図8(a)は、第2の実施形態の変形例の低温時での調速機の側面図であり、
図8(b)は第2の実施形態の変形例の高温時での調速機の側面図である。なお、第2の実施形態の変形例の構成の一部は、第1の実施形態の調速機10と同様であるので、同一要素には同一番号を付し、重複する説明は一部省略する。
【0100】
図8(a)において、符号50は第2の実施形態の変形例の調速機である。調速機50は、ひげぜんまい1、てん真11、てん輪12、てんぷ受13、移動手段60などによって構成される。ひげぜんまい1、てん真11、てん輪12、てんぷ受13の構成は、第1の実施形態と同様であるので説明は省略する。
【0101】
次に、第2の実施形態の変形例の移動手段60の構成を、
図8(a)を用いて説明する。
移動手段60は、温度により変形する(伸縮する)棒状の伸縮部材61、止め部材62等によって構成される。伸縮部材61の一端は、例えば時計の地板51に垂直に(てん真11の軸方向と平行に)図示しない手段で固定されている。
【0102】
また、伸縮部材61の他端は、ひげぜんまい1のひげ持3の貫通孔3aを通り、ワッシャー状の止め部材62によって、ひげ持3に接続されている。なお、止め部材62による伸縮部材61の他端とひげ持3との接続方法は限定されず、嵌合、接着、ネジ構造等を用いることができる。
【0103】
以上の構成によって、ひげぜんまい1のひげ持3は、伸縮部材61の他端に固定されるので、ひげ持3の上下方向が規制され、ひげぜんまい1のひげ玉2とひげ持3との相対距離は、伸縮部材61の伸縮量に依存して決定されることになる。なお、伸縮部材61は、環境温度が低いと長手方向に適切に収縮し、環境温度が高いと長手方向に適切に伸張する特性を備えた部材を選定する。
【0104】
ここで
図8(a)は、環境温度が低温時(例えば、0℃)の状態を例示しており、このとき、伸縮部材61は所定の長さに収縮するので、ひげぜんまい1のひげ玉2とひげ持3との相対距離H3は小さくなり、ひげぜんまい1のすり鉢形状は浅くなる。その結果、ぜんまい部4の断面4aのねじれ角θが小さくなり、ひげぜんまい1の振動周期Tが長くなるように、すなわち、歩度Sが遅くなるように補正される。
【0105】
また、
図8(b)は、環境温度が高温時(例えば、40℃)の状態を例示しており、このとき、伸縮部材61は所定の長さに伸張するので、ひげぜんまい1のひげ玉2とひげ持3との相対距離H4は大きくなり、ひげぜんまい1のすり鉢形状は深くなる。その結果、ぜんまい部4の断面4aのねじれ角θが大きくなり、ひげぜんまい1の振動周期Tが短くなるように、すなわち、歩度Sが速くなるように補正される。
【0106】
このように、第2の実施形態の変形例においても、温度によって伸縮する部材を移動手段60に用いることで、前述した
図7のグラフで示すように、温度変化に応じて、ひげぜんまい1のひげ玉2とひげ持3の相対距離Hを変化させ、歩度Sの温度特性を補正し、環境温度の変化に対して優れた歩度精度を有する調速機を提供することができる。
【0107】
なお、第2の実施形態の変形例の移動手段60の伸縮部材61は、第2の実施形態のバイメタル41ほどには大きく変形(伸縮)できない可能性があるので、補正量は第2の実施形態の調速機30より少ない場合がある。しかし、伸縮部材61を地板51に対して垂直に固定することで、ひげ持3の移動方向をひげぜんまい1のてん真11の軸方向と平行にできる利点がある。これにより、温度変化によって、ひげ持3が上下方向に移動しても、ひげぜんまい1の重心を変化させることなく振動周期を調整できるので、等時性に優れ、姿勢差の少ない調速機を実現できる。
【0108】
また、図示しないが、伸縮部材61を地板51に固定するのではなく、伸縮部材61の図面上の上端をてんぷ受13等に固定し、伸縮部材61の図面上の下端をひげぜんまい1のひげ持3に接続する構成でもよい。この場合、伸縮部材61は、環境温度が低いと長手方向に適切に伸張し、環境温度が高いと長手方向に適切に収縮する部材を選定する。
【0109】
また、移動手段60の伸縮部材61は、第1の実施形態の移動部材22のように、ネジ構造を有し、ドライバ等で伸縮部材61を回転させることで、伸縮部材61を上下に移動できる手動による調整機構を備えてもよい。これにより、伸縮部材61を上下に移動させてひげ玉2とひげ持3の相対距離Hを変更して歩度調整した後に、伸縮部材61の伸縮機能によって温度補正を実施できる構成を実現することが可能となる。
【0110】
なお、本発明の実施形態で示した各図面等は、これに限定されるものではなく、本発明の要旨を満たすものであれば、任意に変更してよい。また、各実施形態のひげぜんまい1の構成は、平ひげぜんまいとして記述したが、この構成に限定されず、例えば、いわゆるブレゲひげぜんまいでもよい。