(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記母材の化学組成が、質量%で、C:0.1%以下、Si:0.4〜1.5%、Mn:8〜11%、Cr:15〜17%、Ni:5〜8%、Cu:1〜4%およびN:0.01〜0.3%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であることを特徴とする、請求項1に記載の高圧水素ガスおよび液体水素用オーステナイト系高Mnステンレス鋼溶接継手。
前記オーステナイト系ステンレス鋼の母材に対し、質量%で、C:0.1%以下、Si:0.4〜1.5%、Mn:7.0〜12%、Cr:14〜20%、Ni:5〜12%、Cu:1〜4%およびN:0.01〜0.4%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である化学組成を有する溶接材料を用いて溶接することを特徴とする、請求項3に記載の高圧水素ガスおよび液体水素用オーステナイト系高Mnステンレス鋼溶接継手の製造方法。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化防止の観点から、温室効果ガス(CO
2、NO
x、SO
x)の排出を抑制するため、水素をエネルギーとして利用する技術開発が進んでいる。このような背景から、水素の貯蔵・輸送に用いる金属材料の開発が期待されている。
【0003】
従来、圧力40MPa程度までの水素ガスは厚肉のCr−Mo鋼製ボンベに高圧ガスとして充填・貯蔵されている。また、高圧水素ガスの配管用材料あるいは燃料電池自動車の高圧水素ガスタンクライナーとしては、高圧水素ガス環境下での耐水素ガス脆化特性が他の構造用鋼、例えば上記のCr−Mo鋼を含む炭素鋼や、JIS規格のSUS304系オーステナイト系ステンレス鋼(以下、「SUS304鋼と記載」)と比較して良好である、JIS規格のSUS316系オーステナイト系ステンレス鋼(以下、「SUS316鋼と記載」)も使用されている。
【0004】
また近年、燃料電池自動車の一般販売に先駆けて水素ステーションの公的な試作・実証実験が進行している。大量の水素を液体水素として貯蔵しておき、必要な際に液体水素を昇圧して70MPa以上の高圧水素ガスとして供給可能な水素ステーションも実証段階にある。このような水素ステーションが実用化され、普及していく中で、高圧水素ガスと液体水素の両水素環境において使用できる、安価かつ強度の高い金属材料に対するニーズがより一層強くなっている。
【0005】
極低温となる液体水素の貯蔵・輸送には、従来、オーステナイト系のSUS304鋼もしくはSUS316鋼が使用されている。特に、貯蔵容器内で液体水素が蒸気となる容器上層部は、低温における水素ガス脆化を考慮する必要があり、耐水素脆化特性に優れるSUS316鋼を使用することが望ましい。しかし、SUS316鋼は、高価なレアメタルであるNiを10%以上、Moを2%以上含有するステンレス鋼である。そのため、SUS316鋼は、汎用性と経済性(コスト)に大きな課題がある。
さらに、高圧水素ガス用の容器や配管およびこれらに付属する機器は、溶接、および溶接後に加工して使用されることが多いため、溶接部における耐水素脆化特性が重要となるとともに、溶接材料にも汎用性と経済性が求められている。
【0006】
一般的に、例えば非特許文献1に記載されている通り、SUS304鋼を母材とする場合は溶接材料としてSUS308系鋼が使用され、一方SUS316鋼を母材とする場合は溶接材料として母材と同様のSUS316系鋼が使用されている。しかし、これら溶接材料は、Niを9%以上含有しており、経済性の点で問題がある。
【0007】
特許文献1において、40MPa超の高圧水素ガス環境および液体水素環境での耐水素脆化特性に優れたオーステナイト系高Mnステンレス鋼が開示されている。このオーステナイト系高Mnステンレス鋼は、素材に加工熱処理を施すことで破壊の起点となるδフェライト相の体積率、サイズを制御しているが、このような加工熱処理を溶接部に実施することは困難である。
【0008】
特許文献2において、溶接継手の溶接金属が、質量%で、C:0.02%以下、Si:1.0%以下、Mn:3〜30%、Cr:22を超えて30%まで、Ni:8〜30%、V:0.001〜1.0% 、Mo:0〜3.0%、W:0〜6.0%、N:0.1〜0.5%、Al:0.10%以下、Ti、Nb、Zr、HfおよびTa:それぞれ0〜0.01%であり、残部がFeおよび不純物からなる高圧水素ガス用の容器、配管およびそれらの付属機器が開示されている。しかしながら、特許文献3に記載の発明の溶接継手の溶接金属に含まれるNi量は実質12%以上であり経済性の点で問題があり、さらに、液体水素環境までの適用は考慮していない。
【0009】
特許文献3において、耐水素ガス脆化特性に優れた溶接材料として、C:0.1%以下、Si:0.8%以下、Mn:1.5〜4.5%、Ni:8〜15%、Cr:18〜24%、Al:0.05%未満、N:0.15〜0.35%のステンレス鋼が開示されている。この溶接材料は、Ni含有量が8%以上であり引用文献2、3と同様に経済性の点で問題があり、さらに、液体水素環境下までの適用を考慮したものではない。
【0010】
このように、40MPa超の高圧水素ガスと液体水素の両水素環境下で適用可能な経済性に優れた溶接継手およびそれに用いることができる溶接材料は、未だ出現していないのが現状である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、40MPa超の高圧水素ガスと液体水素の両水素環境下で適用可能な経済性に優れたオーステナイト系高Mnステンレス鋼溶接継手およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、前記の課題を解決するために、オーステナイト系高Mnステンレス鋼溶接継手において、主要元素であるCr、Mn、Ni、Cuと微量元素で構成されている合金成分組成と溶接部の凝固組織、変形組織、および高圧水素ガスと液体水素の両水素環境下における耐水素脆化特性の関係について鋭意研究を行い、以下の新しい知見を得て本発明を完成するに至った。
【0015】
(a)高圧水素ガス環境および液体水素環境において、溶接時の凝固段階で生成するδフェライト相は、オーステナイト相と比較して割れが生成しやすい。さらに、この割れが連結・伝播して材料破断に至る。
【0016】
(b)また、溶接時の凝固段階で生成するδフェライト相の体積率および形態はオーステナイト生成元素であるNiやMn、Cu等の含有量、溶接条件に依存し、その形態は針状または球状となる。
【0017】
(c)δフェライト相の形態が針状である場合、お互いのδフェライト相は連結して存在している。このように連結したδフェライト相組織では、割れが生成した後の割れの伝播が容易となり、高圧水素ガス環境および液体水素環境における溶接部の延性は著しく低下する。
【0018】
(d)δフェライト相の形態が球状である場合、δフェライト相で割れが生成しても、割れの伝播はδフェライト相とオーステナイト相の界面で停止する。
【0019】
(e)溶接金属中のδフェライト相において、長径の平均が0.05mm以下である球状の形態とするとともに、当該形態を有するδフェライト相の体積率を10%以下にすることで、δフェライト相を起点とした割れの連結・伝播を抑制でき、高圧水素ガス中および液体水素中で優れた耐水素脆化特性が得られる。
【0020】
(f)従来、ステンレス鋼の溶接部の組織はCreqとNieqの影響を受け、NieqにおいてはNiの他、Mn、C、Nにより整理されることが知られている。しかし本発明者らが検討した結果、Cuも溶接部の組織形成に影響をおよぼすことがわかった。
溶接金属において、以下の式(1)及び式(2)で算出されるCreqとNieqの比(Creq/Nieq)を1.10以下にすることで、体積率10%以下のδフェライト相組織を得ることができる。
ここで、
Creq=[Cr]+1.5[Si] ・・・(1)
Nieq=[Ni]+0.5[Mn]+[Cu]+30([C]+[N]) ・・(2)
であり、[Cr]、[Si]、[Ni]、[Mn]、[Cu]、[C]、[N]はそれぞれの元素の質量%を示す。
【0021】
(g)溶接部の耐水素脆化特性をより一層高めるためには、δフェライト相の形態を球状で、長径が0.05mm以下に制御することが好ましい。既存のSUS304鋼やSUS316鋼等のオーステナイト系ステンレス鋼では、溶接時の入熱量を20kJ/cm程度とすることが最適である。しかしながら、本発明の溶接継手では、溶接時の入熱量が大きい場合、溶接終了後も溶接部は高温となり、δフェライト相が粗大化し、さらに、δフェライト相の球状化が阻害されてしまう。上記の溶接部の組織を得るためには、入熱量を7.2kJ/cm以下とすることが好ましい。なお、既存のオーステナイト系ステンレス鋼において溶接時の入熱量を7.2kJ/cm以下とした場合、入熱不足のため、上記の本発明に係る溶接部の組織を得ることができない。
【0022】
本発明は、上記(a)〜(g)の知見に基づきなされたもので、本発明の要旨は、以下の通りである。
【0023】
(1)オーステナイト系ステンレス鋼の母材と溶接金属とからなる溶接継手であって、前記溶接金属の化学組成が、質量%でC:0.2%以下、Si:2.0%以下、Mn:5.5〜14.5%、Cr:13.5〜22.0%、Ni:3.5〜12.5%、Cu:1〜5%およびN:0.01〜0.4%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、以下の式(1)及び(2)で算出されるCreqとNieqの比(Creq/Nieq)が1.10以下であり、前記溶接金属中のδフェライト相の体積率が10%以下であ
り、前記δフェライト相の長径の平均が0.05mm以下であり、かつ前記δフェライト相の形態が、(前記δフェライト相の短径)/(前記フェライト相の長径)で表されるアスペクト比が0.3以上である球状であることを特徴とする高圧水素ガスおよび液体水素用オーステナイト系高Mnステンレス鋼溶接継手。
Creq=[Cr]+1.5[Si] … (1)
Nieq=[Ni]+0.5[Mn]+[Cu]+30([C]+[N]) …(2)ここで、[Cr]、[Si]、[Ni]、[Mn]、[Cu]、[C]、[N]はそれぞれの元素の質量%を示す
。
(2)前記母材の化学組成が、質量%で、C:0.1%以下、Si:0.4〜1.5%、Mn:8〜11%、Cr:15〜17%、Ni:5〜8%、Cu:1〜4%およびN:0.01〜0.3%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であることを特徴とする、上記(1
)に記載の高圧水素ガスおよび液体水素用オーステナイト系高Mnステンレス鋼溶接継手。
(
3)上記(1)
または(2)に記載の高圧水素ガスおよび液体水素用オーステナイト系高Mnステンレス鋼溶接継手の製造方法であって、オーステナイト系ステンレス鋼の母材に対して溶接する際、溶接金属を、質量%でC:0.1%以下、Si:0.4〜1.5%、Mn:7〜11%、Cr:15〜20%、Ni:5〜12%、Cu:1〜4%およびN:0.01〜0.3%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、かつ以下の式(1)及び(2)で算出されるCreqとNieqの比(Creq/Nieq)が1.10以下を満足する化学組成と
し、入熱量を7.2kJ/cm以下として溶接することを特徴とする、高圧水素ガスおよび液体水素用オーステナイト系高Mnステンレス鋼溶接継手の製造方法。
Creq=[Cr]+1.5[Si] ・・・ (1)
Nieq=[Ni]+0.5[Mn]+[Cu]+30([C]+[N]) …(2)ここで、[Cr]、[Si]、[Ni]、[Mn]、[Cu]、[C]、[N]はそれぞれの元素の質量%を示す
。
(4)前記オーステナイト系ステンレス鋼の母材に対し、質量%でC:0.1%以下、Si:0.4〜1.5%、Mn:7.0〜12%、Cr:14〜20%、Ni:5〜12%、Cu:1〜4%およびN:0.01〜0.4%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である化学組成を有する溶接材料を用いて溶接することを特徴とする、上記(
3)に記載の高圧水素ガスおよび液体水素用オーステナイト系高Mnステンレス鋼溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、高圧水素ガスおよび液体水素環境下で好適に使用することが可能な、優れた経済性及び優れた機械的性質を有し、かつ耐水素脆化感受性に優れた溶接継手を提供することができる。また、そのような溶接継手を得るための最適な溶接材料を用いた製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は溶接継手およびその製造方法について規定するものである。
水素環境下で用いられる貯蔵タンクや配管等の構造体の最終的な使用状況において要求されるものは、構造体に用いる溶接継手の特性であり、そのためには溶接継手の化学組成および組織を制御し、規定することは当然かつ重要事項である。
一方で、溶接材料については、溶接継手作成時に、溶解、凝固を経るため、溶接材料自体の特性や組織は、特に規定が必要ではない。さらに溶接材料は溶接母材(以下、単に母材または母鋼材ともいう。)との混合が起きるため、溶接材料の化学組成は、最終的に必要となる溶接継手の化学組成と同じものである必然性はなく、厳密な規定は意味がないとも言える。しかし、最終的な溶接継手の化学組成、組織、さらには特性を制御するためには、溶接材料の化学組成が特定の範囲内に規定されることも当然である。
【0026】
以下では、まず、溶接継手の化学組成および組織について説明する。その後、そのような溶接継手を得るために好適な溶接材料を用いた溶接継手の製造方法について、その溶接材料を使用して作成された溶接継手の特性と関連づけて説明することとする。
【0027】
まず、本発明の溶接継手において、溶接金属の化学組成を限定する理由について説明する。なお、各元素の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
溶接継手における溶接金属の化学組成は、溶接する母鋼材の化学組成や用いる溶接材料の化学組成、さらには溶接条件に依存する母鋼材と溶接材料の混合の状況に影響されるものである。しかしながら、本発明では、最終的な溶接金属の化学組成を以下のようにすることで、本発明の目的を達することができる。なお、本発明の溶接継手は、後述する本発明の溶接材料を用いて製造することで、実現が容易になるが、本発明の溶接継手は、当該製造条件に限定されるものでないことは言うまでもない。つまり、溶接する母鋼材、用いる溶接材料、さらに溶接条件を適切に選択することで、最終的な溶接継手における溶接金属の化学組成を本発明の範囲内に制御することができる。
【0028】
<C:0.2%以下>
Cは本発明の溶接継手において、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。さらに、溶接金属のNieqを高め、δフェライト相の球状化を促進するのに有効な元素である。しかし、Cの過度の添加は、溶接時にM
23C
6型炭化物が析出し、水素環境下での延性を著しく低下させるため、C量の上限を0.2%とする必要がある。好ましいC量の上限は0.10%であり、更に好ましくは0.08%以下とする。
Cの含有量に特に下限を設ける必要はないが、極端な低下は製造コストの著しい上昇を招くため、望ましい下限は0.002%である。より好ましくは0.04以上である。
【0029】
<Si:2.0%以下>
Siは、本発明の溶接継手において、常温から極低温環境下でオーステナイト相の安定度を高めて耐水素脆化特性を向上させるために有効な元素である。さらに、材料強度を上昇させる上でも効果的な固溶強化元素である。これら効果を発現させるため、下限は0.1%とすることが好ましい。なお更に好ましくは、Si量は0.4%以上であり、最も好ましくは0.5%以上とする。
一方、Siの過度の含有はCreqを増加させ、溶接部に生成するδフェライト相の針状化を促進する。さらに、シグマ相などの金属間化合物の生成を助長し、熱間加工性や靭性の低下を招く可能性がある。そのため、Si量の上限を2.0%とする。好ましくは、Si量は1.5%以下であり、更に好ましくは1.0%以下とする。
【0030】
<Mn:5.5〜14.5%>
Mnは、常温から極低温環境下でオーステナイト安定度を高めて耐水素脆化特性を向上させ、Ni含有量の低減に有効な元素である。さらに、溶接部のNieqを高め、δフェライト相の球状化を促進する。上記効果を十分に得るためには、Mnの下限を5.5%とする必要がある。好ましくは、Mn量の下限を7.0%とし、更に好ましくは8.5%とする。
一方、Mnの過剰含有は、S系介在物の増加をもたらし延性の低下を招くため、Mn量の上限を14.5%とする。好ましくは、Mn量の上限を12%とし、更に好ましくは10%とする。
【0031】
<Cr:13.5〜22.0%>
Crは、ステンレス鋼に要求される耐食性を得るために必須の合金元素である。また、Crは溶接後の加工時に溶接継手に生成する加工誘起マルテンサイト相の延性改善に有効な元素である。この効果を十分に得るためにはCrの下限を13.5%とする必要がある。好ましくはCrの下限を15.0%とする。
一方、Crの過度の添加は、溶接部のδフェライト相の生成と針状化を促進させ、高圧水素ガスおよび液体水素中での耐水素脆化特性に悪影響をおよぼす。さらに、Crの過剰の添加は、CrN、Cr
2N等の窒化物やM
23C
6型炭化物を生成し、溶接部の延性、靭性、耐食性に悪影響をおよぼす。そのため、Cr量の上限を22.0%とする。好ましくは、Cr量の上限を20.0%とし、更に好ましくは17%とする。
【0032】
<Ni:3.5〜12.5%>
Niは、既存のSUS316鋼でも周知のように、耐水素脆化特性を改善させるのに極めて有効な元素であり、さらに、溶接部でのNieqを高めてδフェライト相の球状化を促進させるのに有効な元素である。これら効果を十分に得るためには、Niを3.5%以上含有する必要がある。好ましくは、Niを5.0%以上とし、更に好ましくは5.5%以上とする。
一方、多量のNiを含有させるには、溶接材料または母材を高Ni材とする必要がありコストの増加を招くため、Niの上限は12.5%とする。好ましくは、Ni量の上限は12.0%であり、更に好ましくは8.0%である。
【0033】
<Cu:1.0〜5.0%>
Cuは、MnやNiと同様にオーステナイト相を安定化させる元素であり、本発明が目標とする耐水素脆化特性の向上に有効な元素である。また、CuはMnとの相乗効果によって常温から極低温にかけて、変形組織を水素の影響を受けにくい組織に変化させる元素でもある。さらに、Cuは溶接部のNieqを増加させ、δフェライト相の球状化を促進させるのに有効な元素でもある。これら効果を得るため、Cuの下限は1.0%とする。好ましくは、Cu量の下限を1.5%とする。
一方、Cuの過度の含有は、鋼中でのCuの析出を促進させ、上記効果が飽和する。そのため、Cuの上限は5.0%とする。好ましくは、Cu量の上限を4.0%とし、更に好ましくは3.0%とする。
【0034】
<N:0.01〜0.4%>
Nは、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。さらに、溶接部のNieqを増加させ、δフェライト相の球状化を促進するのに有効な元素である。これらの効果を得るため、N量は0.01%以上とする。なお、Nを0.01%未満に減らすことは、製鋼コストの負担増加にも繋がる。また、Nは固溶強化により鋼の0.2%耐力や引張強度を向上させることが知られており、溶接部の強度向上に有効な元素である。この強度上昇効果を得る場合、Nは0.1%以上含有させることが好ましい。
一方、過剰なNの添加はCrN、Cr
2N等の窒化物の生成を促進し、耐水素脆化特性の改善を阻害するため、N量の上限を0.4%とする。好ましくは、0.3%とし、更に好ましくは、0.25%以下とする。
【0035】
また、本発明に係る溶接継手では、上記で限定した溶接金属の化学組成を満たしつつ、以下の式(1)及び(2)で算出されるCreqとNieqの比(Creq/Nieq)を1.10以下とすることが重要である。
【0036】
Creq=[Cr]+1.5[Si] ・・・ (1)
Nieq=[Ni]+0.5[Mn]+[Cu]+30([C]+[N]) … (2)
ここで、[Cr]、[Si]、[Ni]、[Mn]、[Cu]、[C]、[N]はそれぞれの元素の質量%を示す。
【0037】
上記式(1)及び式(2)で算出されるCreqとNieqの比(Creq/Nieq)を1.10以下にすることで、溶接金属において、体積率10%以下のδフェライト相組織を得ることができる。
【0038】
次に、本発明の溶接継手の組織について説明する。
【0039】
高圧水素ガス環境および液体水素環境において、溶接時の凝固段階で生成するδフェライト相は、オーステナイト相と比較して割れが生成しやすい。さらに、この割れが連結・伝播して材料破断に至る。
【0040】
δフェライト相の形態が針状である場合、お互いのδフェライト相は連結して存在している。このように連結したδフェライト相組織では、割れが生成した後の割れの伝播が容易となり、高圧水素ガス環境および液体水素環境における溶接部の延性は著しく低下する。
一方、δフェライト相の形態が球状である場合、δフェライト相で割れが生成しても、割れの伝播はδフェライト相とオーステナイト相の界面で停止するため、溶接部の延性の低下を抑制することが可能となる。
したがって、本発明に係る溶接継手の溶接金属の組織は、球状のδフェライト相とすることが好ましい。
【0041】
さらに、本発明においては、δフェライト相の体積率を10%以下とし、かつ溶接金属中のδフェライト相の形態を球状とするとともに、その長径の平均を0.05mm以下にすることが好ましい。このように球状のδフェライト相の形態及び体積率を制御することで、δフェライト相を起点とした割れの連結・伝播を抑制でき、高圧水素ガス中および液体水素中でより一層優れた耐水素脆化特性が得られる。
このような溶接部の組織は、上記で限定した溶接継手における溶接金属の化学組成を満たしつつ、さらに上記式(1)及び(2)で算出されるCreqとNieqの比(Creq/Nieq)を1.10以下とし、適切な入熱量にて溶接することで得ることができる。
【0042】
δフェライト相の体積率は、作製した溶接継手の溶接部から試料を5つ切り出した後、フェライトメーターによる測定を行った。5つの試料それぞれから測定したδフェライト相の体積率の平均値を、その溶接継手のδフェライト相の体積率とした。
【0043】
本発明では、アスペクト比が0.3以上のδフェライト相を球状のδフェライト相と定義する。
ここで、アスペクト比とはδフェライト相の短径/長径であり、短径とは長径の中心部に対して垂直な位置におけるδフェライト相の長さのことである。
【0044】
δフェライト相の短径および長径は、δフェライト相の体積率測定で使用した試料を樹脂に埋め込み、観察面を研磨、シュウ酸電解エッチングした後、光学顕微鏡観察により測定した。倍率は200倍とし、450μm×600μmの長方形の領域内でのδフェライトに対して測定を行った。なお、測定は5つの各樹脂埋め試料に対し3視野で実施した。
観察位置による測定結果のばらつきはほとんど生じていないため、計15視野における測定結果の平均値をその溶接部のδフェライト相の長径と定めた。また、同時に測定視野内の各δフェライト相のアスペクト比を測定し、各測定結果の平均値を、その溶接部のδフェライト相のアスペクト比と定めた。なお、各測定視野に対しては予め点算法によるδフェライト相の体積率測定を行い、その測定結果が、フェライトメーターによる測定結果と著しく異なっていない視野を抽出した。
【0045】
なお、δフェライト相の体積率は、例えば、市販のフィッシャー製フェライトメーターで簡便に測定することができる。また、光学顕微鏡観察の画像解析でも求めることができる。さらに、δフェライト相の長径は、例えば、試料を樹脂に埋め込み、研磨、エッチングを施した後、光学顕微鏡観察により測定することができる。
【0046】
本発明の溶接継手が適用される母鋼材、つまり溶接される鋼材については、オーステナイト系ステンレス鋼である以外は、特に限定されるものではない。ただし、溶接部の耐水素性を高めるという本発明の目的からして、母鋼材についても耐水素性が高い材料(例えば、オーステナイト系高Mnステンレス鋼の母材)であることが好ましい。
背景技術に記述したように、耐水素性が非常に良好で、一般的に広く適用されているSUS316系鋼材を母鋼材として溶接継手を形成することは、本発明の好ましい例である。また、溶接継手の成分制御を容易にする意味では、母鋼材が本発明の溶接継手に近い成分系であることはさらに好ましく、特に耐水素性の向上を目的に設計された、例えば特許文献1(国際公開第2012/043877号公報)に開示された鋼材の溶接継手として形成することは非常に好ましい事例となる。
本発明の好適な母材の化学組成は、質量%で、C:0.1%以下、Si:0.4〜1.5%、Mn:8〜11%、Cr:15〜17%、Ni:5〜8%、Cu:1〜4%およびN:0.01〜0.3%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である化学組成である。
【0047】
次に、本発明の溶接継手の製造方法について説明する。
本発明の溶接継手は、後述する溶接材料を用いて製造することで、実現が容易になるが、本発明の溶接継手の製造方法は、当該製造条件に限定されるものでない。つまり、溶接する母鋼材、用いる溶接材料、さらに溶接条件を適切に選択することで、最終的な溶接継手における溶接金属の化学組成を本発明の範囲内に制御することができる。
以下、本発明の溶接継手を製造する際に用いる溶接材料の望ましい化学組成について説明する。
【0048】
本発明の溶接継手を製造する際は、質量%で、C:0.1%以下、Si:0.4〜1.5%、Mn:7.0〜12%、Cr:14〜20%、Ni:5〜12%、Cu:1〜4%およびN:0.01〜0.4%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である化学組成を有する溶接材料を用いることが望ましい。
以下に、溶接材料の化学組成について説明する。
【0049】
<C:0.1%以下>
Cは本発明の溶接継手において、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。さらに、溶接金属のNieqを高め、δフェライト相の球状化を促進するのに有効な元素であるが、過度の添加は、溶接時にM
23C
6型炭化物が析出し、水素環境下での延性を著しく低下させるため、溶接材料中のC量の上限を0.1%とする必要がある。好ましくは、C量は0.08%以下とする。一方、溶接材料中のCの含有量に特に下限を設ける必要はないが、極端な低下は製造コストの著しい上昇を招くため、望ましい下限は0.002%である。より好ましくは0.04%以上である。
【0050】
<Si:0.4〜1.5%>
Siは、本発明の溶接材料を使用した溶接継手において、常温から極低温環境下でオーステナイト相の安定度を高めて耐水素脆化特性を向上させるために有効な元素である。さらに、継手強度を上昇させる上でも効果的な固溶強化元素である。これら効果を発現させるため、溶接材料中のSi量の下限は0.4%とする。好ましくは0.5%以上である。
一方、Siの過度の添加はCreqを増加させ、溶接部に生成するδフェライト相の針状化を促進する。さらに、シグマ相などの金属間化合物の生成を助長し、熱間加工性や靭性の低下を招く可能性がある。そのため、溶接材料中のSi量の上限を1.5%とする。好ましくは、1.0%以下の範囲である。
【0051】
<Mn:7.0〜12%>
Mnは、常温から極低温環境下でオーステナイト安定度を高めて耐水素脆化特性を向上させ、Ni含有量の低減に有効な元素である。さらに、溶接部のNieqを高め、δフェライト相の球状化を促進するのに有効な元素でもある。また、本発明の目的である経済性を向上させるためには、Ni含有量をSUS304鋼におけるNi含有量以下、つまり8%以下と低減する必要がある。このNiの添加量の減少分を補い、かつ上記効果を十分に得るためには、溶接材料中のMn量の下限を7.0%とする必要がある。好ましくは、8.5%以上である。一方、本発明の溶接継手は高Mnが特徴である。溶接時の希釈を考慮し、溶接継手よりもMn含有量を高めておくことが好ましい。ただし、Mnの過剰添加は、溶接部でのS系介在物の増加をもたらし延性の低下を招くため、溶接材料におけるMn量の上限を12%とする。好ましくは、10%以下の範囲である。
【0052】
<Cr:14〜20%>
Crは、ステンレス鋼に要求される耐食性を得るために必須の合金元素である。また、Crは溶接部の加工時に溶接継手に生成する加工誘起マルテンサイト相の延性改善に有効な元素である。この効果を十分に得るためには、溶接材料中のCr量の下限を14%とする必要がある。好ましくは、15%以上である。一方、Crは溶接部のδフェライト相の生成と針状化を促進し、高圧水素ガスおよび液体水素中での耐水素脆化特性に悪影響をおよぼす。さらに、Crの過剰の添加は、CrN、Cr
2N等の窒化物やM
23C
6型炭化物を生成し、溶接部の延性、靭性、耐食性に悪影響をおよぼす。そのため、溶接材料中のCr量の上限を20%とする。好ましくは、17%以下の範囲である。
【0053】
<Ni:5〜12%>
Niは、既存のSUS316鋼でも周知のように、耐水素脆化特性を改善させるのに極めて有効な元素であり、さらに、溶接部でのNieqを高めてδフェライト相の球状化を促進させるのに有効な元素である。これら効果を十分に得るためには、溶接材料中のNiを5%以上含有する必要がある。好ましくは、5.5%以上である。一方、Niの過度の含有は材料コストの増加を招くため、材料コスト低減の観点から、溶接材料中のNiの上限は12%とする。好ましくは、8%以下である。
【0054】
<Cu:1〜4%>
Cuは、MnやNiと同様にオーステナイト相を安定化させる元素であり、本発明が目標とする溶接継手の耐水素脆化特性の向上に有効な元素である。また、CuはMnとの相乗効果によって、常温から極低温にかけて、変形組織を水素の影響を受けにくい組織に変化させることで、溶接継手の加工による特性劣化を抑制することができる。さらに、Cuは溶接部のNieqを増加させ、δフェライト相の球状化を促進させる。これら効果を得るため、溶接材料中のCuの下限は1%とする。好ましくは、1.5%以上である。一方、Cuの過度の添加は、鋼中でのCuの析出を促進させ、上記効果が飽和する。さらに、製鋼時のCu汚染や熱間加工性を低下させる可能性がある。そのため、Cuの上限は4%とする。好ましくは、上記効果と製造性を両立させる観点から、3%以下の範囲である。
【0055】
<N:0.01〜0.4%>
Nは、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。さらに、溶接部のNieqを増加させ、δフェライト相の球状化を促進するのに有効な元素であり、これらの効果を得るために、溶接材料中のN量を0.01%以上とする。Nを0.01%未満に減らすことは、製鋼コストの負担増加にも繋がる。また、Nは固溶強化により鋼の0.2%耐力や引張強度を向上させることが知られており、溶接部の強度向上に有効な元素である。この強度上昇効果を得る場合、0.1%以上含有させることが好ましい。溶接時の希釈を考慮し、溶接継手よりもN含有量を高めておくことが好ましい。一方、0.4%を超えるNの添加は工業的な通常の溶製プロセスにおいて困難であり、製鋼コストの大幅な上昇を招くことから、溶接材料中のN量は0.4%以下とする。
【0056】
以上説明した化学組成を有する溶接材料によって、上述した化学組成及び所望の形態及び体積率であるδフェライト相を備えた溶接金属を得るためには、ガスタングステンアーク溶接(TIG溶接)方法を用いて溶接を施すことが好ましい。
【0057】
また、本発明の溶接継手が適用される母鋼材、つまり溶接される鋼材については、特に限定されるものではないが、溶接部の耐水素性を高めるという本発明の目的からして、母鋼材についても耐水素性が高い材料(例えば、オーステナイト系高Mnステンレス鋼の母材)であることが好ましい。なお、このような母鋼材と併せて、上記溶接材料と用いることで、より一層安定的に、上述した、化学組成、所望の形態及び体積率であるδフェライト相を備えた溶接金属を得ることが可能となる。
【0058】
具体的な溶接条件については特に限定しないが、本発明の溶接継手において、溶接時の入熱量を大きくした場合、溶接終了後も溶接部が高温となり、δフェライト相が粗大化し、さらに、δフェライト相の球状化が阻害されてしまうおそれがある。そのため、上記の溶接金属の組織を得るためには、溶接時の入熱量を7.2kJ/cm以下とすることが好ましい。
【0059】
また、TIG溶接による溶接を行う場合、シールドガスとして、窒素ガスを用いることが好ましい。
【0060】
その他の製造条件(溶接条件)については、本発明の効果を損なわない範囲で適宜決定してよく、また、突合せ部の開先形状等も特に限定せずとも、本発明の効果を十分に享受できる。
【実施例】
【0061】
以下、実施例により本発明の効果を説明するが、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。
【0062】
表1の化学成分を有するステンレス鋼を溶製した後、熱間圧延、熱延板熱処理により、板厚15mmの熱延焼鈍板を母鋼材(母材)a、b、cとして作製した。母鋼材bには、高強度化のため、意図的にNを添加している。
表2の化学成分を有するステンレス鋼を溶製した後、熱間鍛造、熱処理、伸線加工により、直径3.2mmの溶接材料を作製した。なお、No.6〜16に示す溶接材料は、本発明の好適な範囲を満足しない化学成分としている。
【0063】
次に、得られた母鋼材に片側20度のV開先を設け、同じ成分の母鋼材を突き合わせ、表2に示す溶接材料を母材と組み合わせて、開先内にTIG溶接にて8層溶接して、表3に示す溶接継手W1〜W25を作製した。
【0064】
次に、溶接継手W1〜W25におけるδフェライト相の体積率(%)、長径(mm)及びアスペクト比を求めた。
具体的には、まず、溶接継手W1〜W25の溶接部から試料を5つ切り出した後、各試料においてフェライトメーター(株式会社フィッシャー・インスツルメンツ製)によりδフェライト相の体積率を測定した。次に、5つの試料それぞれから測定したδフェライト相の体積率の平均値を算出し、求めた平均値をその溶接継手のδフェライト相の体積率とした。
【0065】
次に、δフェライト相体積率の測定後、前述のδフェライト相の体積率測定で使用した試料から光学顕微鏡観察用の試料を切り出した後、樹脂に埋め込んで、観察面を研磨・シュウ酸電解エッチングを行った。その後、光学顕微鏡を用い、観察視野において、δフェライト相の長径を計測し、その平均値を求めた。この際、倍率は200倍とし、450μm×600μmの長方形の領域内でのδフェライトに対して測定を行った。なお、測定は5つの各樹脂埋め試料に対し3視野で実施し、計15視野における測定結果の平均値をその溶接部のδフェライト相の長径と定めた。また、同時に測定視野内の各δフェライト相のアスペクト比を測定し、各測定結果の平均値を、その溶接部のδフェライト相のアスペクト比とした。
なお、観察視野において、連結したδフェライト相の数の割合が4割以上の場合、その組織のδフェライト相は針状であるとみなした。連結した針状δフェライト相のサイズ測定は困難であるため、表3において、測定結果は「−」と記載した。
【0066】
表3に溶接金属の化学組成、Creq/Nieq、δフェライト相の体積率、長径長さ、アスペクト比、および溶接時の入熱量を示す。
【0067】
上記の溶接継手W1〜W25から、外径7mm、長さ35mmの平行部を持ち、標点間距離が25mmで、中央に幅6mmの溶接金属を有する引張試験片を、その平行部がそれぞれ溶接線と直交する方向に採取した。この引張試験片W1〜W25を用いて、1)大気中引張試験、2)高圧水素ガス中引張試験、3)液体水素中引張試験に供した。なお、比較のため、各母材からも上記同様の引張試験片を採取し、同様の試験1)〜3)を実施した。
【0068】
1)大気中引張試験は、試験温度:常温、試験環境:大気、歪速度:8×10
−4/秒で実施し、0.2%耐力(0.2%PS)及び伸び(EL)を求めた。
【0069】
2)高圧水素ガス中引張試験は、試験温度:常温、試験環境:45MPa水素中、90MPa水素中、120MPa水素中、歪速度:8×10
−5/秒で実施しELを求めた。
溶接部(溶接金属)における高圧水素ガス中での耐水素脆化特性は、(高圧水素ガス中での伸び(EL))/(大気中での伸び(EL))の値により評価した。なお、45MPa水素中、90MPa水素中、120MPa水素中のそれぞれの(高圧水素ガス中での伸び)/(大気中での伸び)は、表4、5においてEL:45MPa、EL:90MPa、EL:120MPaと表記し、これら値が0.9(90%)以上のものを合格とした。
【0070】
3)液体水素中の引張試験は、0.2%耐力まで1.7×10
−4/秒、それ以降は6.8×10
−4/秒で実施し、EL(LH
2)を求めた。
溶接部(溶接金属)における液体水素中での耐水素脆化特性は、(溶接金属の伸び)/(母鋼材の伸び)の値により評価した。なお、(溶接金属の伸び)/(母材の伸び)は、上記の同一の形状での引張試験において、試験片平行部に溶接部を有する試験片での伸び(溶接金属の伸び)と、母鋼材から作成した試験片での伸び(母材の伸び)との比である。
(溶接金属の伸び)/(母鋼材の伸び)はEL:LH
2と表記し、この値が0.9(90%)以上のものを合格とした。
母鋼材の評価結果を表4に、溶接部の評価結果を表5に示した。
【0071】
発明例である試験片W1〜W11は、本発明の溶接金属の化学組成、溶接部の金属組織が規定の範囲を満足するものであった。さらに、試験片W1〜W11はすべて溶接時の入熱量を7.2kJ/cm以下とした例である。その結果、高圧水素ガス環境および液体水素環境において、延性が低下しない、すなわち、非常に優れた耐水素脆化特性を示すことが確認できた。
【0072】
試験片W12〜18は溶接金属が規定の成分範囲を満足できず、本発明で規定する溶接金属組織を得ることができなかった結果、延性の低下に至った。
【0073】
試験片W19、20は溶接金属が規定の成分範囲を満足しているが、Creq/Nieqが1.10以上となっているため、本発明で規定する溶接金属組織を得ることができなかった結果、高圧水素ガス環境および液体水素環境において延性が低下した。
【0074】
試験片21は溶接金属のN量が規定の上限を上回った。その結果、金属組織中にCr系窒化物が析出することで高圧水素ガス環境および液体水素環境における延性低下が助長されてしまった。
【0075】
試験片22は溶接金属のCu量が規定の上限を上回った。試験片21は溶接金属のN量が規定の上限を上回った。その結果、金属組織中へのCu析出および凝固割れに起因した欠陥生成により、高圧水素ガス環境および液体水素環境における延性低下が助長されてしまった。
【0076】
発明例である試験片W23、24は溶接金属の成分、およびCreq/Nieqが規定の範囲を満足しているため、高圧水素ガス環境および液体水素環境において延性の低下はごくわずかであり、良好な耐水素脆化特性を示すことが確認できた。
【0077】
試験片W25は母材と溶接材料の成分範囲が本発明の望ましい範囲を満たしていないが、本発明の溶接金属の化学組成、溶接部の金属組織が規定の範囲を満足している。さらに、入熱量を7.2kJ/cm以下として溶接している。その結果、高圧水素ガス環境および液体水素環境において、延性が低下しない、すなわち、非常に優れた耐水素脆化特性を示すことが確認できた。
【0078】
【表1】
【0079】
【表2】
【0080】
【表3】
【0081】
【表4】
【0082】
【表5】