(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、Mg:0.5%以上1.2%以下、Si:0.3%以上1.5%以下を含有し、残部不可避不純物及びAlの組成を有し、Mg/Siが1.0以下であるアルミニウム合金に対し、溶体化熱処理後に、温度T1℃にてt1時間保持する熱処理においてT1が60以上160以下であり、t1は63.5exp(−0.038T1)+2.5以上24以下にて温度T1℃に保持する第1の熱処理を行い、さらにその後、温度T2℃が温度T1℃を超えて170℃以下であり時間t2が3時間以上72時間以下の関係を満たす温度T2℃にてt2時間保持する第2の熱処理を行うことを特徴とする、単軸引張試験における引張強度が250MPa以上かつ伸びが20%以上である高強度高延性アルミニウム合金板の製造方法。
前記組成に加え、Cu:0.3%以上2.0%以下、Fe:0.25%以下、Mn:0.50%以下、Ti:0.20%以下、Cr:0.3%以下のうち、少なくとも1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載の高強度高延性アルミニウム合金板の製造方法。
第2の熱処理の後に、温度T2℃を超えて180℃以下の温度にて2時間以下の第3の熱処理を行うことを特徴とする、請求項1または2に記載の高強度高延性アルミニウム合金板の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、従来のAl−Mg−Si合金以上の延性および強度を有するだけでなく、酸洗性が良好な材料の提供を可能とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
アルミニウム合金において強度と延性を同時に向上させるためには、加工硬化率を増大させることが効果的である。加工硬化率を増大させるには、加工時に転位密度を効果的に増大させることが必要であり、これを達成するため、転位の動きに影響を及ぼす固溶原子の量の調整とともに、熱処理により生成させるクラスタの形成が活用されてきた。
しかし、クラスタを十分な量だけ生成させるには、長時間保持が必要であり、長時間保持は合金板表面を厚く覆う酸化皮膜を形成させ、上述した化成による弊害を引き起こす問題がある。
【0007】
本発明者は上述の問題を解決するため、アルミニウム合金において、できるだけ短時間でクラスタを効率的に生成させる手段を検討した。
アルミニウム合金の酸洗性確保の観点から、総熱処理時間を100時間以下とすることが望ましい。その結果、クラスタの生成を、核形成過程と、成長過程に分けて、それぞれに異なる熱処理を行うことで、酸化皮膜が過度に発達する前にクラスタを効率的に形成できることを知見した。さらに、核形成過程と成長過程において、各過程の熱処理を最適化し、析出物やクラスタ等の種類、大きさ、分布密度などを独立して制御することで、より好ましい加工硬化挙動が得られることを確認した。
【0008】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は次のとおりである。
(1)質量%で、Mg:0.5%以上1.2%以下、Si:0.3%以上1.5%以下を含有し、残部不可避不純物及びAlの組成を有し、Mg/Siが1.0以下であるアルミニウム合金に対し、溶体化熱処理後に、温度T1℃にてt1時間保持する熱処理においてT1が60以上160以下であり、t1は63.5exp(−0.038T1)+2.5以上
24以下にて温度T1℃に保持する第1の熱処理を行い、さらにその後、温度T2℃が温度T1℃を超えて170℃以下であり時間t2が3時間以上72時間以下の関係を満たす温度T2℃にてt2時間保持する第2の熱処理を行うことを特徴とする、単軸引張試験における引張強度が250MPa以上かつ伸びが20%以上である高強度高延性アルミニウム合金板の製造方法。
(2)前記組成に加え、Cu:0.3%以上2.0%以下、Fe:0.25%以下、Mn:0.50%以下、Ti:0.20%以下、Cr:0.3%以下のうち、少なくとも1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載の高強度高延性アルミニウム合金板の製造方法。
(3)前記第2の熱処理の後に、温度T2℃を超えて180℃以下の温度にて2時間以下の第3の熱処理を行うことを特徴とする、請求項1または2に記載の高強度高延性アルミニウム合金板の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、高強度かつ高成形性、さらに酸洗性が良好であるAl−Mg−Siアルミニウム合金板が提供でき、自動車等輸送機器において、従来鋼板が使用されている部位へ鋼板代替として適用が可能となる。その結果、輸送機器の軽量化に大きく寄与する。
【発明を実施するための形態】
【0011】
Al−Mg−Si合金では、材料強度を制御するため、Mg−Siクラスタ(以下クラスタ)の形成が必須となることが、ほぼ間違いのない事実として一般に認識されている。
この認識に従い、以下の説明では、「クラスタ」との関連で、本発明の要件を説明するが、本発明では、「クラスタ」そのものはあえて定量的には規定していない。これは、本発明で制御する「クラスタ」は非常に微細なため、観察領域が狭くなり、現状の分析機器では非常に局所的な情報しか得ることができず、比較評価において信頼に足るデータを得ることが困難と考えたためである。将来的には分析機器の発達により、クラスタのサイズ、密度、組成や構造などに関して、十分な量のデータに基づく定量的な規定が可能となると予想され、本発明効果への「クラスタ」影響の寄与について、多少の齟齬も生じる可能性もあるが、本発明では「クラスタ」が本発明効果の原因として説明を行うことを記しておく。
本発明者は、Al-Mg-Si合金における175℃以下での析出過程の研究として、Mgクラスタ、Siクラスタ、Mg-Siクラスタ、GPゾーン等が生成することを知見している。GPゾーンとは透過電子顕微鏡にてコントラストを示す2nm程度のサイズを持つMg-Siクラスタを意味する。Al-Mg-Si合金においては、Mg-Siクラスタ、GPゾーンおよびβ相、β’相、β”相の析出の状態により材料強度や伸びに種々の影響を及ぼすと推定できるので、各種クラスタの制御技術は重要であり、Al-Mg-Si合金における熱処理条件、時効条件などを研究した結果、本実施形態において説明する有効性について知見した。また、Al-Mg-Si合金について時効する場合に特定の異なる温度域において2段階で熱処理することによりクラスタの核生成と成長、クラスタの大きさや分布などの状態変化を制御できることを知見した。
これらの知見に基づき本発明者は、適用対象とするAl-Mg-Si合金の組成比について以下の態様を採用する。
【0012】
(アルミニウム合金板の成分)
「Mg含有量:0.5質量%以上1.2質量%以下」
本実施形態のアルミニウム合金板において、Mg含有量が0.5質量%未満では、加工硬化増に十分寄与するだけのクラスタは形成されない。一方、1.2質量%を超えると、以下に限定するMg/Si比を増大させて、Mg−Siクラスタの加工硬化能を低下させ、延性上昇の効果を低減させる。更に、Mgを過剰に添加すれば、Mg単体の析出物が生成する。このMg単独の析出物は破壊の起点となり延性を大きく低下させる。
「Si含有量:0.3質量%以上1.5質量%以下」
本実施形態のアルミニウム合金板において、SiもMgと同様、含有量が0.3質量%未満では、加工硬化増に十分寄与するだけのクラスタは形成されない。1.5質量%を超えると、以下に限定するMg/Si比を減少させて、この場合も、Mg−Siクラスタの加工硬化能を低下させて、延性上昇の効果を低減させる。更に、Siを過剰に添加すれば、Si単体の析出物が生成する。このSi単独の析出物も破壊の起点となり延性を大きく低下させる。
【0013】
本実施形態のアルミニウム合金板において、加工硬化に最適な大きさや分布密度でクラスタを形成させるためには、MgとSiの質量%での添加量比の制御も重要である。Mg/Siが1.0以下であれば、クラスタ分布を好ましい状態に制御できる。クラスタはSi原子を核として形成し、成長すると考えられるため、Mg原子の数よりもSi原子の数を多くする、つまりMg/Siを1.0以下とすることで、Si原子を中心としたクラスタの分布密度が増大し、加工硬化能が向上する。
本実施形態のアルミニウム合金板において、残部は不可避不純物とアルミニウムである。
【0014】
本実施形態のアルミニウム合金板において、成形性をさらに向上させるためにCuを添加してもよい。この場合、添加Cu量は0.3質量%以上2.0質量%以下となる。0.3質量%未満では十分な成形性向上は見られず、2.0質量%を超えれば、新規に析出物を形成することで延性が低下する。
本実施形態のアルミニウム合金板において、強度をさらに向上させるためにFeを添加してもよい。この場合、添加Fe量は0.25質量%以下となる。Feの添加量が0.25質量%を超えれば、延性が低下する。
本実施形態のアルミニウム合金板において、強度をさらに向上させるためにTiを添加してもよい。この場合、添加Ti量は0.20質量%以下となる。Tiの添加量が0.20質量%を超えれば、延性が低下する。
本実施形態のアルミニウム合金板において、強度をさらに向上させるためにMnを添加してもよい。この場合、添加Mn量は2.5質量%以下となる。Mnの添加量が2.5質量%を超えれば、延性が低下する。
本実施形態のアルミニウム合金板において、強度をさらに向上させるためにCrを添加してもよい。この場合、添加Cr量は0.3質量%以下となる。Crの添加量が0.3質量%を超えれば、延性が低下する。
【0015】
(アルミニウム合金板の製造方法)
次に、上記アルミニウム合金板の製造方法の一例について説明する。
一般的にアルミニウム合金板は、目的の組成の合金を溶解−鋳造−均質化熱処理−熱間圧延−冷間圧延−溶体化熱処理−焼入れ処理で製造される。本実施形態のアルミニウム合金板の特徴である、結晶組織やクラスタ分散、酸化皮膜の発達を制御するためには、上述の製造方法において、最終熱処理である溶体化熱処理後の熱履歴が重要となる。
以下では、まず、溶体化熱処理後の熱処理について述べ、その後、この熱履歴の前後の一般的な製造方法について述べる。
【0016】
溶体化熱処理終了後、次の熱履歴を経ることで、クラスタと酸化皮膜を制御し本実施形態の効果を得ることができる。この熱履歴は大きく3つの段階に分けることができる。
以下、この熱履歴を実行する順に第1の熱処理、第2の熱処理、第3の熱処理と呼ぶ。
【0017】
溶体化熱処理後に、保持温度T1℃にてt1時間保持する第1の熱処理を行う。
T1は60以上160以下であり、t1は63.5exp(−0.038T1)+2.5以上である。本実施形態の組成に係るアルミニウム合金板において、高強度高延性に必要なクラスタは60℃以上160℃以下の保持温度にて形成するが、所定の保持時間未満では高強度高延性を得るために十分なクラスタの核は形成しない。この保持時間は温度T1の関数となる。すなわち、高温で保持した場合、拡散係数が大きくなるために、所定サイズのクラスタへ成長するには短時間で済む。一方、低温では長時間保持が必要となる。
保持温度がT1℃の場合、63.5exp(−0.038T1)+2.5以上の保持時間が必要であり、それに満たない場合は高強度高延性に必要なクラスタの核が形成されず、つづく熱処理にて再溶解する可能性が高くなる。しかし、長時間保持では製造コスト増となり工業的な利点が低減し、さらに強固な酸化皮膜が形成される。そのため、上限は90時間以下とするのが妥当である。工業的に最も好ましくは、熱処理に最も多くの時間が費やされる第一の熱処理にて、その熱処理時間が24時間以内であることである。特に18時間以内であればなお好ましい。
【0018】
この第1の熱処理の熱処理条件は本願発明の骨子となるものである。その考え方は、前述したように、クラスタの核形成と成長に分類した場合、クラスタの核形成の熱処理を実施することである。すなわち、クラスタ核形成終了まで熱処理を実施することが本実施形態の第1の熱処理の目的である。
この第1の熱処理の考え方は
図1に示される。所定熱処理温度による熱処理を実施した場合、保持時間に従い、ある特定の温度から強度(降伏応力)は急に上昇する。この強度上昇開始までが核形成に該当し、本第1の熱処理は少なくともその時間まで、すなわち核形成が完了するまで熱処理を施す。これよりも短時間で第1の熱処理を終了すれば、つづく熱処理ではクラスタの成長は起こらず、アルミニウム合金において高強度かつ高延性を得ることができなくなる。
【0019】
従来知見では、所定降伏応力値以下になる時間を熱処理時間と定めている場合がある。このような定義であれば、核形成が完了せずに熱処理を終了する場合が含まれる。本願は逆に所定降伏応力以上に強度が上昇するまで熱処理を実施する。つまり、降伏応力がそれまで一定であった値から増大し始めるまで熱処理を実施する。そのためには、長時間の保持時間が必要となる。しかし、長時間時効は工業的な利点が少ない。それゆえ、
図1に示すような強度上昇が開始する時間を保持時間の最小値と決める。
【0020】
さらにその後、温度T2が温度T1を超え170℃以下であり時間t2が3時間以上72時間以下の関係を満たす温度T2℃にてt2時間の第2の熱処理を行う。
第2の熱処理では、第1の熱処理にて形成させたクラスタの成長を狙う。クラスタの成長に必要な温度は、第1の熱処理以上の温度での保持であり、したがってT1℃を超えた温度の保持が必要となる。しかし、170℃を超えるとクラスタとは異なる構造を有する析出物が形成する可能性が高くなり、かつ第1の熱処理で形成したクラスタもこの析出物へと成長する可能性も高くなる。クラスタとは異なる構造を有する析出物が生成すればクラスタの形成により得られる高強度かつ高延性が達成できなくなる。
保持時間の考え方は第1の熱処理と同じである。保持温度の上昇に従い、必要な保持時間は短くなる。その上限は72時間と規定できる。72時間を超えた保持時間でも十分なクラスタの成長は期待できるが、高温長時間製造による製造コスト増を引き起こすため望ましくない。また、高温長時間保持ではオストワルド成長によるクラスタの分散粗大化を経た強度低下の懸念がある。さらに、クラスタが十分に成長して上記析出物に変化する懸念もある。したがって、それら懸念のない温度範囲として、その上限保持時間は72時間とする。下限は3時間とし、3時間未満では、どのような保持温度であっても、第1の熱処理にて形成したクラスタが高強度高延性発現に必要なクラスタへの十分な成長が期待できなくなる。
【0021】
第2の熱処理の後に、温度T2を超えて180℃以下の温度にて2時間以下の第3の熱処理を行うことが好ましい。第3の熱処理では、第2の熱処理では完了できなかったクラスタ成長の完了を図る。第2の熱処理で規定する保持時間内であっても、ある程度の高強度高延性化は達成できるが、さらなる高強度高延性化が第3の熱処理により期待できる。
そのためには、第2の熱処理の保持温度ではさらに長時間の熱処理が必要となる。短時間でこの様な、さらなる高強度高延性を達成するには、第2の熱処理よりもさらに高温度に保持する必要がある。第2の熱処理の後のように、残存するMg原子量およびSi原子量が微量な場合、析出物が形成する温度は、若干上昇し180℃を超えた温度となる。
したがって、T2℃以上180℃以下の保持温度範囲で実施する。T2℃以下では、さらなる高強度高延性達成には長時間保持が必要となり、180℃を超える温度ではクラスタと異なる構造を有する析出物が形成あるいはクラスタが析出物へと変化して、高強度高延性が達成できなくなる。また、保持時間が2時間を超えれば、180℃以下の温度であっても第2の熱処理までで形成されたクラスタが析出物へと変化するおそれがある。保持時間の下限は特に設けないが、10分未満の保持時間ではクラスタの更なる成長は起こりにくくなるため、10分以上の保持時間が好ましい。
【0022】
上記した成分組成のAl−Mg−Si合金の鋳塊を、均質化熱処理、熱間圧延、冷間圧延を施した後、溶体化熱処理および溶体化熱処理後の熱処理を行う。これら工程は定法と同じである。なお、冷間圧延の間に1回以上の熱処理を行っても、また、熱間圧延後に熱延板の熱処理を行っても良い。
先ず、溶解、鋳造工程では、上記合金の溶湯を、連続鋳造圧延法、半連続鋳造法(DC鋳造法)等の定法の溶解鋳造法を選択実施する。
次に行う均質化熱処理では材質の均質化を狙う。均質化熱処理は添加元素の偏析をなくすことが主目的である。そのためには560℃以上融点以下の温度での熱処理が必要となる。熱処理時間は、添加元素量にもよるが、上記温度範囲内にて20分以上8時間以下であれば充分である。20分より短いと十分に偏析をなくすことは困難となり、一方8時間以上であれば製造コストが増加する。また、上記温度範囲内にて上記加熱時間で保持した後は20℃/sec以上の冷却速度で冷却する必要がある。20℃/sec未満の冷却速度であると、Mg、Siに加えて他の元素が析出物を形成し、これが後の工程での熱処理における固溶化の効率を低下させる。冷却速度を早める手段は、強制空冷、水冷などあるが、その手段に特に限定はない。
【0023】
続く熱間圧延では、開始温度の設定が必要であり、その温度は450℃以上にすべきである。450℃未満の温度では、熱間圧延中での再結晶の頻度が急激に低下し、これが最終製品での未再結晶化の可能性を高くする。好ましくは開始温度が560℃以上であれば、均質化熱処理にて残存した析出物を固溶させることが可能となる。最終板厚は特に制限は設けず、5mm以下であることが、続く冷間圧延工程の容易さの点から好ましい。
なお、確実な再結晶を得るために、冷間圧延前に熱延板を焼鈍しても良い。その場合には400℃以上の温度にて20分以上の条件であれば充分であるが、長時間の焼鈍は製造コストを高める欠点となる。全体の製造コストを考慮して、この熱延板焼鈍を省略しても良い。
【0024】
続く冷間圧延は所望の板厚まで定法で圧延してよい。
熱延板焼鈍と同様、確実な再結晶を得るために、冷間圧延の途中に1回以上の熱処理(中間焼鈍)を実施しても良い。この時の温度も、冷間圧延前の熱延版焼鈍と同じく、400℃以上の温度にて、保持時間は、20分以上、製造コストを高めない時間以下の保持時間でよい。
中間焼鈍から最終板厚までの冷間圧延率は大きい方が好ましい。冷間圧延率を大きくすることで最終焼鈍時の再結晶粒が微細化する。望ましくは中間焼鈍から最終板厚までの冷間圧延率を75%以上とすると良い。
【0025】
冷間圧延終了後は、溶体化熱処理を行う。溶体化熱処理温度は550℃以上融点以下とする。この焼鈍の目的は添加したMg原子とSi原子の過飽和固溶量増である。550℃未満では、続く熱処理にて、加工硬化に寄与する十分な量のクラスタの形成が困難となる。また、焼鈍後は直ちに冷却することが望ましい。冷却が遅いとMgとSiの析出物が形成される。そのためには、50℃以下まで20℃/sec以上の冷却速度にて冷却する必要がある。20℃/sec未満の冷却速度ではMgとSiの析出物が形成され、所望の強度および延性が得られなくなる。
【0026】
以上説明の第1の熱処理と第2の熱処理を施し、必要に応じ第3の熱処理を施して得たアルミニウム合金板であるならば、クラスタの生成核数制御、クラスタの成長制御、クラスタの分布制御を好適に行っているので、短軸引張試験における引張強度が250MPa以上であり、引張強度に優れ、伸びが20%以上であり、伸びに優れる特徴を有する。また、各熱処理温度と時効時間を抑制し、表面の酸化皮膜の膜厚も抑制できているので、良好な酸洗性を有するアルミニウム合金板を提供できる。
従って、上述の熱処理により得られたアルミニウム合金板であるならば、自動車等の輸送器機の構造用材料として強度の高い成形性の良好な合金板を提供することができ、自動車に代表される輸送器機の軽量化に寄与する。
【実施例】
【0027】
表1に本実施例において用いた各種アルミニウム合金の成分(質量%)を示す。
表2は、表1記載の各合金の溶体化熱処理後の熱処理の条件、および得られたアルミニウム合金板の引張特性値(引張強度と伸び)を示す。表2中の全アルミニウム合金は、鋳造後、560℃にて1時間の均質化焼鈍処理を施した。均質化焼鈍後は30℃/secに
て室温まで冷却した。引き続き行う熱間圧延は500℃にて開始し、最終板厚は4mmとした。熱間圧延後は板厚1mmまでの冷間圧延を施し、冷間圧延中に中間焼鈍は施さなかった。
冷間圧延後に得られたアルミニウム合金板からJIS5号の引張試験片(対応国際規格ISO6892)を作製した。ゲージ長さは50mmであり、引張方向は素材圧延方向に平行とした。つづく溶体化熱処理ではソルトバスを用いて、560℃にて1分間の保持の処理を施した。保持後は水焼き入れを行った。水焼き入れによる冷却速度は20℃/sec以上である。水焼き入れ後は、オイルバスにて所定温度と所定保持時間の熱処理を施した。オイルバスによる熱処理後は空冷により室温まで冷却し、引張試験を実施した。
【0028】
【表1】
【0029】
【表2】
【0030】
表1に合金組成を示し、表2にそれら合金板の製造工程と引張特性を示す。
表1中、合金A〜Dまでは請求項で規定した成分組成を満たす合金、合金E〜Mまでは請求項で規定した成分組成から外れた組成の合金である。
図2は、参考のため、縦軸をSi含有量、横軸をMg含有量に設定した図表において先の表1に示す合金A〜Mの組成位置をプロットしたグラフである。また、このグラフにMg/Si≦1.0の境界ラインを描き、Mg/Si≦1.0の範囲を矢印で示した。
請求項において規定するMg:0.5%以上1.2%以下、Si:0.3%以上1.5%以下の範囲は、
図2において鎖線で囲まれる矩形状の領域であり、この領域内であってもMg/Si≦1.0の境界ラインより上の領域にプロットされている◆マークが実施例合金A〜Dの組成を示す。
図2において鎖線で囲まれる矩形領域外に合金E、G、I、K、Mの組成が該当し、鎖線で囲まれる矩形領域内であって、Mg/Si≦1.0の境界ラインより下の領域に合金F、J、H、Lの組成が該当する。
【0031】
合金E、F、GはMgとSiの組成が少なく、強度確保あるいは延性に必要なクラスタ量を確保できない。
過剰なMgあるいは過剰なSiを含有する、合金I、K、Mは破壊起点となる析出物が形成するために延性が低下する。Mg/Siが1.0以上となる合金H、J、Lでは、クラスタの種類が変化するために、クラスタの強度と延性の向上へ寄与が異なり、強度が低下した。
請求項1記載の成分である合金Aにおいて、製造工程が請求項範囲外である場合はTS:250MPa以上かつEl:20%以上が得られない。
試料No.17では、T1とt1が請求項規定以下の値となるために、強度に寄与する大きさまでにクラスタが成長することができず強度不足となる。試料No.18では温度は十分であってもクラスタ成長に十分な保持時間でないために強度不足となる。
【0032】
試料No.19では、熱処理2での保持時間が長いためにクラスタが析出物へと変化しはじめ、クラスタ形成材に特徴的な延性が確保できない。一方試料No.20では保持時間が短いためにクラスタは十分な強度を発現するサイズまで成長しない。
試料No.21では熱処理3での保持時間が長いためにクラスタが析出物に変化し、試料No.19と同様に十分な延性が確保されない。試料No.22では、熱処理3での保持温度が高いためにクラスタが析出物に変化し、この試料でも十分な延性が確保されない。
試料No.29と試料No.30では熱処理1の保持時間が短いために、強度に寄与するまでにクラスタが成長せず、十分な強度が得られない。
試料No.31では、熱処理2の保持温度が高く、クラスタが析出物へと変化してクラスタ形成にて発現される延性が確保できない。試料No.32では、熱処理2の保持温度が低いため、クラスタ成長が不十分となり、高い強度が得られない。
試料33では熱処理1の保持温度が低いため、高強度には寄与しない別の種類のクラスタが形成される。その結果、強度が大きく低下した。試料No.34では、熱処理1の保持温度が高いため、クラスタではなく析出物が形成される。そのために高い延性が得られない。
【0033】
以上説明のように、Mg:0.5%以上1.2%以下、Si:0.3%以上1.5%以下、Mg/Siが1.0以下であるアルミニウム合金を用いること、この組成の合金に対し、溶体化熱処理後に、温度T1℃にてt1時間保持する熱処理においてT1が60以上160以下の場合、t1として63.5exp(−0.038T1)+2.5以上にて温度T1℃に保持する第1の熱処理を行うこと、さらにその後、温度T2が温度T1℃を超えて170℃以下であり時間t2が3時間以上72時間以下の関係を満たす温度T2℃にてt2時間保持する第2の熱処理を行うならば、単軸引張試験における引張強度が250MPa以上、かつ、伸びが20%以上である優れた高強度かつ高延性のアルミニウム合金板を得られることが明らかとなった。
また、表1に示すように、前述の組成に対し、Mn、Cu、Cr、Ti、Feのうち、いずれか1種または2種以上を添加したアルミニウム合金であっても、前記と同様の条件にて第1の熱処理と第2の熱処理を施すことによって、引張強度が250MPa以上、かつ、伸びが20%以上である優れた高強度かつ高延性のアルミニウム合金板を得られることが明らかとなった。